内視鏡処置具用マイクロ歯車打抜き技術開発...Spring R Work material d Die CL < 0...

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- 14 - 内視鏡処置具用マイクロ歯車打抜き技術開発 株式会社小松精機工作所 研究開発部研究開発課 鈴木 洋平 . はじめに 近年,身体への負担が低い内視鏡外科手術が注 目を浴びており,用途によって,さまざまな処置 具が小型化・高精度化をキーワードに開発されて いる.これらの部品は強度・耐食性の観点から金 属を用いることが多い.また,安定的に市場へ展 開するには,コストや生産性も考慮する必要があ る.これらの要求に応えることのできる工法がプ レス加工であり,他工法と比べて圧倒的に生産効 率と品質安定性に優れた工法である.加工切り口 面は,ダレ・せん断面・破断面・カエリで構成さ れるが,ギヤの様にお互いの加工面(切り口面) が接触するような部品は,理想としてダレが少な く,切り口面の出来る限りを平滑面にしたいとい う要求が多く難易度の高い加工となる. これらの技術的課題に対する工法として,精密 せん断加工法が考えられるが,本研究で取り扱う 部品は,微細且つ,薄板であるため,これまでの マクロの知見をそのまま採用することは困難で ある.具体的には被加工材が薄くなることでパン チとダイのクリアランス(以下 CL と表記)を小さ くする必要があり,ファインブランキング加工に おけるマクロの知見によると,CL は板厚の 1t 以下 1) とされている.これを本研究の 0.2mm 板厚に用いると CL 2μm/片側となり,金型の 製作精度及びパンチとダイの位置合わせ精度が 限界となる 2) .従って,この課題を解決するため の工法の開発が強く求められている. 2.目的 本研究では前述の課題に対して,精密せん断加 工法のなかでマイクロ部品に展開可能であろう, 極小 CL2μm/片側),ダイ刃先角に微小 R,逆 押さえ機構を用いた仕上げ抜き法 3) にてマイク ロギヤ加工を行い,その切り口面のダレ,せん断 面,破断面,カエリの構成比率を明らかにする. 更にダレ,破断の抑制効果を高めるため,仕上げ 抜き法の拡張であるマイナス打抜き法 4) にてマ イクロギヤの加工を行い,その有効性を明らかに する. さらに,ギヤの用途によって使用する材料の材 種及び機械的特性が異なる事を想定して,これら と加工切り口面との関係性についても検討を行 った. 3.実用的な価値、実用化の見込など 本研究に用いる仕上げ抜き法及び,押出し打抜 き法は,マイクロ部品に展開可能であると考えら れる精密せん断加工法の 1 種であり,その加工 切り口面の検証を行うことは,マイクロ部品のプ レス化を実現する過程で重要な価値があると考 える. 4.研究内容の詳細 マイクロギヤは Fig.1 に示すように,ピッチ円 直径(PCD)が 1.42mm,歯数9,モジュール m=0.18mm のインボリュート歯形を製作した. 被加工材は特殊金属エクセル製のステンレス鋼 ,SUS304, SUS316L, 析出硬化系ステンレス 3 種類を用いた.材料の機械的特性を Table1 に示す. φ1.418 Fig.1. マイクロギヤ形状と主要寸法(t=210μm) Table.1 Mechanical properties of the work material. Items SUS304 SUS316L 析出硬化系ステンレス鋼 Tensile strength [MPa] 1025 845 1697 0.2% proof stress [MPa] 778 633 1666 Elongation [%] 27 28 9 Vickers hardness [HV] 362 327 470

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内視鏡処置具用マイクロ歯車打抜き技術開発

株式会社小松精機工作所 研究開発部研究開発課 鈴木 洋平

1. はじめに

近年,身体への負担が低い内視鏡外科手術が注

目を浴びており,用途によって,さまざまな処置

具が小型化・高精度化をキーワードに開発されて

いる.これらの部品は強度・耐食性の観点から金

属を用いることが多い.また,安定的に市場へ展

開するには,コストや生産性も考慮する必要があ

る.これらの要求に応えることのできる工法がプ

レス加工であり,他工法と比べて圧倒的に生産効

率と品質安定性に優れた工法である.加工切り口

面は,ダレ・せん断面・破断面・カエリで構成さ

れるが,ギヤの様にお互いの加工面(切り口面)

が接触するような部品は,理想としてダレが少な

く,切り口面の出来る限りを平滑面にしたいとい

う要求が多く難易度の高い加工となる.

これらの技術的課題に対する工法として,精密

せん断加工法が考えられるが,本研究で取り扱う

部品は,微細且つ,薄板であるため,これまでの

マクロの知見をそのまま採用することは困難で

ある.具体的には被加工材が薄くなることでパン

チとダイのクリアランス(以下 CL と表記)を小さ

くする必要があり,ファインブランキング加工に

おけるマクロの知見によると,CL は板厚の 1%

t 以下 1)とされている.これを本研究の 0.2mm

板厚に用いると CL は 2μm/片側となり,金型の

製作精度及びパンチとダイの位置合わせ精度が

限界となる 2).従って,この課題を解決するため

の工法の開発が強く求められている.

2.目的

本研究では前述の課題に対して,精密せん断加

工法のなかでマイクロ部品に展開可能であろう,

極小 CL(2μm/片側),ダイ刃先角に微小 R,逆

押さえ機構を用いた仕上げ抜き法 3)にてマイク

ロギヤ加工を行い,その切り口面のダレ,せん断

面,破断面,カエリの構成比率を明らかにする.

更にダレ,破断の抑制効果を高めるため,仕上げ

抜き法の拡張であるマイナス打抜き法 4)にてマ

イクロギヤの加工を行い,その有効性を明らかに

する.

さらに,ギヤの用途によって使用する材料の材

種及び機械的特性が異なる事を想定して,これら

と加工切り口面との関係性についても検討を行

った.

3.実用的な価値、実用化の見込など

本研究に用いる仕上げ抜き法及び,押出し打抜

き法は,マイクロ部品に展開可能であると考えら

れる精密せん断加工法の 1 種であり,その加工

切り口面の検証を行うことは,マイクロ部品のプ

レス化を実現する過程で重要な価値があると考

える.

4.研究内容の詳細

マイクロギヤは Fig.1 に示すように,ピッチ円

直径(PCD)が 1.42mm,歯数9,モジュール

m=0.18mm のインボリュート歯形を製作した.

被加工材は特殊金属エクセル製のステンレス鋼

材,SUS304, SUS316L, 析出硬化系ステンレス

の 3 種類を用いた.材料の機械的特性を Table1

に示す.

φ1.418

Fig.1. マイクロギヤ形状と主要寸法(t=210μm)

Table.1 Mechanical properties of the work material.

Items SUS304 SUS316L 析出硬化系ステンレス鋼

Tensile strength [MPa] 1025 845 1697

0.2% proof stress [MPa] 778 633 1666

Elongation [%] 27 28 9

Vickers hardness [HV] 362 327 470

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(a) (b)

空Punched out blank

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Rd Die

Punch

Spring

Work material

CL≧0

Counter pressure pad

Blank holder

dD0

dP0

Fc

Fh

Fv

Counter pressure pad

(dP1>dD1) dD1

dP1 Punch

Spring

Work material Rd

Die

CL < 0

dD1

dP1

dD2

(dP2 < dP1) dP2

(dD2 > dD1)

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次に実生産における順送加工を想定して構想

した,仕上げ抜き法及び,押出し打抜き法の工法

概略図を Fig.2, Fig.3 に示す.前記金型詳細仕様

を Table2 に示す.金型製作については,パンチ

は超硬材を丸棒から直接プロファイルグライン

ダーを用いて製作し,ダイは超硬材をワイヤーカ

ット加工にて粗加工後,歯面表面の加工変質層を

除去するためラップ仕上げを行った.また,工具

(パンチ・ダイ)の位置精度を確保するため,ス

トリッパープレート,パンチプレート,ダイプレ

ート等の材料には強度及び,熱処理に及ぼす寸法

安定性が確保出来る SKD11 を用い,それぞれの

部品の正確な相対位置関係が必要になる穴加工

には冶具研削仕上げを用いた.最大板押え力はせ

ん断力の 50%程度,最大逆押え力はせん断力の

20%程度が目安とされている知見 5)を参考に設

定した.各工法における実金型のギヤ輪郭各部に

おける CL ばらつきは,切り口面評価における重

要なパラメーターであるが,形状が複雑なためギ

ヤの歯先円直径と歯底円直径をパンチとダイそ

れぞれで測定して,これを CL 値とした.なお,

本研究では,ギヤの軸穴は加工していない.プレ

ス機はスクリューサーボプレス機(DT-J515 微

細加工研究所製 加圧能力 50KN )を用いた.

Fig. 2 仕上げ抜き法の概略図(順送金型方式)

(a) 第一工程は逆押えしながら打抜きを行った後,加

工品を材料に押し戻す.(b) 第二工程で押し戻された

加工品を抜き落とす.

Fig.3 押出し打抜き法の概略図(順送金型方式)

(a) 第一工程は板厚の 90%を半抜き加工し,(b) 第二

工程で半抜きした材料をダイ上面に押し戻す.(c) 第

三工程は材料と製品を完全に分離させるため,(a)で用

いたパンチとダイとは別の工具にて抜き落とす.

次に製品の評価方法について検討すると,ギヤ

輪郭各個所における実 CL 値そのものを知るこ

とも製品切り口面の評価の際,極めて重要となる

が実際の値を直接測定するのは極めて困難であ

る.そこで同実 CL と得られた切り口面のだれの

大きさ h1,せん断面(平滑面)の大きさ h2,及

び破断面の大きさ h3 の各板厚比(構成比と称す

る)と同 CL には相関関係があると仮定し,輪郭

各個所の内,代表なる個所を選定し,同個所にお

ける構成比を求める.各ギヤ測定点は Fig.4(●印

の計 36 箇所)に示す通りである.

(a) (b)

(c)

Items Finish blanking Extrusion blanking

Clearance CL per side (mm) 2μm (0.95%t) -8μm (-3.8%t )

Punch outer diameter dP0 (mm) 1.746 -

Die inner diameter dD0 (mm) 1.750 -

Punch outer diameter dP1 (mm) - 1.746

Die inner diameter dD1 (mm) - 1.730

Punch outer diameter dP2 (mm) - 1.736

Die inner diameter dD2 (mm) - 1.750

Die radious(mm) 0.02 0.02

Table 2. Blanking tool specifications

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(a) Top view (b) Isometric view

Fig.4 マイクロギヤ切り口面の測定個所

4.2 実験結果

仕上げ抜き加工したマイクロギヤの SEM 写真

を(SUS304 材を代表例として)Fig.5 にしめす.

ギヤ全周に渡り構成比 h3/t にバラつきが生じて

いることが分かる.次に,押出し打抜き法で加工

したマイクロギヤ(SUS304 材)を Fig.6 に示

す.仕上げ抜き法と比較して,ギヤ全周に渡り構

成比 h3/t はほぼ一定であり,且つ小さいことが

分かる.この様子をより具体的に示すため,Fig.4

にしめす測定個所で,前記構成比を SEM の測長

機能を用いて測定した.なおカエリは SEM で確

認できないほど小さかったため,測定を行ってい

ない.両工法で加工した各測定個所における切り

口面の測定結果を Fig.7 に示す.仕上げ抜き法に

よって加工したマイクロギヤは,前述したギヤの

測定個所の違いにより,切り口面の構成比 h3/t が

明らかに異なる.一方,押出し打抜き法で加工し

たマイクロギヤは仕上げ抜き法に比べ,バラツキ

の少ない切り口面構成比 h3/t となっている.仕

上げ抜き法のような極小クリアランスであって

も,金型製作精度やクリアランスの調整精度によ

って,わずかな誤差が生まれ,切り口面のバラツ

キに繋がった結果であると推察する.他方押出し

打抜きではそのような金型調整精度や CL の調

整精度によって CL のバラツキが生じても製品

の構成比に与える影響すなわち,ばらつきは小さ

くできることが分かる.この結果を数値化するた

め,3 種類全ての材料において,測定個所を歯先

部,ピッチ円直径部,歯元部に分別し,切り口面

構成比(Fig.7 の平均値)をまとめた結果を Fig.8

に示す.この結果からも押出し打抜き法は輪郭形

状の影響を受けづらく,均質な切り口面構成比で

構成されていることが分かる.

また,材料の観点から見ても析出硬化系ステン

レスのように強度があり,伸びが低い材料におい

ても有効な工法であることが分かる.

(a) 仕上げ抜き加工による切り口面構成比率

(b) 押出し打抜き加工による切り口面構成比率

赤線は第一工程の 90%半抜き深さを示す.

Fig.7 切り口面構成比率(SUS304 材)

打抜き方向

打抜き方向

Fig.5 仕上げ抜き法で加工したマイクロギヤ

SEM 写真

Fig.6 押出し打抜き法で加工したマイクロギヤ

SEM 写真

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

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6B

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8C

-1C

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Co

nst

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t ra

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(%

)

Measuring points along the gear contour line

Shear droop Burnished surface Fractured surface

0%

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Measuring points along the gear contour line

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(a) SUS304

(b) SUS316L

(c) 析出硬化系ステンレス

Fig.8 仕上げ抜き法及び押出し打抜き法によって加

工したマイクロギヤの切り口面構成比の平均分布

5. まとめ

本研究では精密せん断加工のうち,仕上げ抜き

法と押出し打抜き法を用いてマイクロギヤの加

工を行い,以下の知見を得た.

(1)仕上げ抜き法は,切り口面に生じる破断面

がギヤ輪郭個所に影響され不均一に分布す

る.

(2)押出し打抜き法は,ギヤ輪郭個所の影響

を受けづらく,均質な切り口面割合の製品

性状が得られる.

以上より,マイクロギヤの製造においては,ギ

ヤの製品機能の観点,金型製作及び金型調整の観

点,更に材料の観点から見ても,仕上げ抜き法よ

りも押出し打抜き法を採用することが有効であ

る.しかしながら,切り口面に破断が生じている

こと自体が課題であり,更に第一工程の半せん断

押込み量をどの程度迄高められるかを把握する

ことが今後の課題である.

6.参考文献

1) 前田禎三, 中川威雄:塑性と加工, 9-92 (1968),

627-636.

2) 白鳥智美:SUS304 材のマイクロせん断加工

における切り口面安定性に及ぼす結晶粒径と

プロセス条件の影響, 首都大学東京,学位論

文,(2017),14-15.

3) F. Howard: Finish blanking I, Sheet Metal

Industries. Vol37 No.397 (1960) 339.

4) 山田通:マシナリー, 26-389 (1963), 956.

5) ファインブランキング技術研究会:ファイン

ブランキングハンドブック, (2010), 13, 日新

印刷.