技術開発と戦略的標準化 - AIST · 事業者間の互換性向上 コストダウン...

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関根重幸 産業技術総合研究所 企画本部 戦略経営室 [email protected] No.4 技術開発と戦略的標準化 科目No.GT512 科目名 『社会技術革新特論』 副題 「イノベーション技術の創造と社会受容」 2009年10月21日 知の市場

Transcript of 技術開発と戦略的標準化 - AIST · 事業者間の互換性向上 コストダウン...

関根重幸産業技術総合研究所 企画本部 戦略経営室[email protected]

No.4技術開発と戦略的標準化

科目No.GT512科目名 『社会技術革新特論』副題 「イノベーション技術の創造と社会受容」

2009年10月21日知の市場

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技術の実用化

技術が実用化されるとはどういうことか。

技術開発された成果が、製品やサービスとして社会で利用されること。

△良い製品を作れば売れる。

おいしいお菓子は口コミで広がる(ネット効果)

○コマーシャルが大切

○普及に有利な社会システムを利用

「普及に有利な社会システム」とは何か?

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バックアップ効果関根が定義した用語

製品やサービスの普及に有利な社会システムのこと。

規制(法律、政令、省令、自治体令など)法などによる努力義務公的標準フォーラム標準(コンソーシアム標準)、デファクト標準おまけ表彰

ブランドイメージテレビCM、ネット広告、雑誌広告、新聞広告自社パンフレット、ちらし、カタログネットワーク外部性ロックイン

規制は標準の1種であると分類する学者もいる

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公的標準とデファクト

公的標準ISOJIS、など

デファクトマイクロソフトウインドウズ

国際的な公的標準ISO 下記以外IEC 電気ITU 通信

フォーラム標準(コンソーシアム標準)業界レベル

IEEE(?)VHSビデオ、HD-DVD

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公的標準の例 JIS

日本工業標準調査会のウェブページで無料閲覧可能http://www.jisc.go.jp/

JIS検索>JIS規格名称からJISを検索(例:自転車)

40件ヒット

例規格番号 JISD9101規格名称 自転車用語

規格番号 JISD9301規格名称 一般用自転車

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問題提起

規格消費者の安心感向上 市場拡大

事業者間の互換性向上 コストダウン

第0近似

問題意識

実践では、より高度な近似が必要事例分析理論研究

パテントプール戦略etc.

やや高度化した戦略分析

キャッシュフロー黒字化の要件ブラックボックスを持った戦略先例に学ぶ(バネ工業会、JasPar、CD-RW、etc)

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標準について考えることの背景と目的

・技術(製品)の社会普及を促進手段として規制や規格を活用。

・ 規制等の社会システムを整理して理解する必要性。

・ 「規制・規格に関する社会システムについて、それらを活用す

る立場に立った構造化を検討し、可能であれば整理体系化する。」ことが必要。

・ なお、製品の価格とその変動を含めた考察、および、技術進歩と規制値改変のタイ

ムスケールに関する考察をしていない。今後の課題である。

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製品開発事例「三菱電機ロスナイ」

・ 空気対空気の全熱交換型換気扇

・ 文献等の資料調査およびインタビューインタビュー先:発明者の三菱電機の吉野昌孝氏、三菱電機中津川製作所関係者。

・ 経緯1969年基本特許出願、1978年登録。1970年最初の製品(家庭用)発売。その後、業務用製品群に拡張。1982年業界規格JRA4038とJRA4041の検討開始、1992年に成立。1992年JIS規格JIS-B8628検討開始、2000年に制定。

・ 製品機能換気、保温保湿、遮音、防炎の4つの機能。換気というアクティブな機能の実現に付随するデメリットを、それ以外のパッシブな機能で補完。

・ ポイント多様な機能を有することから、多種の規制等と関連。製品の機能ごとに関連する規制等を構造的に整理。発明者は、発明の初期段階から、知財化とともに規格化も目標。(技術的優位性)

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製品開発事例「三菱電機ロスナイ」

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ロスナイユニットの構造

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ロスナイ年表69特許出願

70発売 82業界規格ー92 93JIS規格ー001968発明

S40 S41 S42 S43 S44 S45 S46 S47 S48 S49 S50 S51 S52 S53 S54 S55 S56 S57 S58 S59 S60 S61 S62 S63 S63/H1 H2 H3 H4 H5 H6 H7 H8 H9 H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17 H18

1965 1966 1967 1968 1969 1970 1971 1972 1973 1974 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006

住宅用

販売

開始

・壁

埋込型

・壁

掛型

・ダ

クト用

・台

所用

・一

パイプ

・排

湿用

・防

・農

業用

・壁

埋込型

・壁

掛二パ

イプ型

・ロ

スナイ

セント

ラル

・ダ

クト用

・壁

埋込型

・急

速排気

機能付

・脱

臭機能

・Jー

ファ

業務用

・床置型

・天吊露

出型

・天吊埋

込型

・カセッ

ト型

・耐湿型

・床置ビ

ルトイ

型 ・パワー

排気カ

セッ

ト型

・パワー

脱臭カ

セッ

ト型

・店舗用

・ハイパー

エレ

ント搭載

社会での出来事

列島改造景気

第一次オイルショッ

売れるきっ

かけ)

第二次オイルショッ

室内濃度の指針値設定

(

厚生省、

ホルムアルデヒド

)

京都議定書採択

改正省エネ法(

温暖化対策)

改正建築基準法

(

性能標準採用

)

改正省エネ法

努力義務と判断基準)

住宅性能表示制度

環境庁が環境省へ組織改編

室内濃度の指針値設定

厚生省、

計13物質)

改正建築基準法

機械換気装置設置義務)

改正建築物衛生法

学校環境衛生基準改正

改正省エネ法(

対象拡大)

規格

特許

年号

西暦

ロスナイ研究開発

規格化を考えた

JRA 4038(全熱交換器)、JRA 4041(大型全熱交換器) JIS B8628(全熱交換器) 改定国際規格進行中

熱交換器(基本特許)

特願昭44-21477

告示昭47-19990

登録補正掲載

熱交換器付換気装置

特願昭44-33375

告示昭50-002950

登録

特願昭45-004936

告示昭54-002686

熱交換器(改良版)

基本アイデア

登録

市場創造第1期 市場創造第2期 市場創造第3期 市場創造第4期

原理模型作成

海外特許(基本特許) 登録

米、英、独、仏、加、伊 (※米国が一番最後)

JRA 4056(全熱交換器有効換気量試験方法)

熱交換器の製造方法

特願 平7-125045特願 平7-125133

登録

社会情勢

知財

規格

環境の時代オイルショック

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ロスナイを取り巻く規制

規制は、製品の機能とその性能に対して設けられる。

ロスナイの機能ごとに関連規制等(例)

例換気機能「厚生労働省の室内空気汚染に係るガイドライン」「建築基準法」

シックハウス対策(改正建築基準法)ビル管理に関係した「建築物における衛生的環境の確保に関する法律」

建築物環境衛生管理基準のホルムアルデヒドの濃度設定「学校保健法」

シックスクール対策「学校環境衛生の基準」ホルムアルデヒド濃度保温保湿機能「エネルギーの使用の合理化に関する法律(省エネ法)」など

遮音機能「騒音規制法」など

防炎機能「消防法」、「建築基準法」など

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普及促進の観点からの規制等の分類規制等に関する社会システム 以下の4つに分類

1)規制:製品の販売等に最低の性能保証を求める。適合が販売の条件。規格はその性能判定ツールとして参照される。

2)努力義務:罰則等はないが、法律などで強く推奨する方式。

3)標準のお墨付き効果:一定以上の性能保証をユーザーに対して担保する。生産者が規格の認証を受けるかどうかは任意。

4)高性能インセンティブ:高性能な製品やサービスを利用するユーザーに対してインセンティブを付与。組み合わせ割引、付加サービス、補助金など。

その他未分類政府調達。購入者側への規制。「国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律(グリーン購入法)」 など。

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ロスナイの機能ごとの関連規制等

保温保湿機能 防炎機能

屋内 屋外 屋内 内 外■関係省庁によるシックハウス対策・厚生労働省による室内濃度の指針値設定1997年、ホルムアルデヒド2002年、合計13物質の指針

・建築基準法2003年改正で、機械換気装置設置が義務化

・建築物における衛生的環境の確保に関する法律(建築物衛生法)

2003年改正で、ホルムアルデヒド濃度設定・学校環境衛生の基準(学校保健法に基づく基準)2002年改正で、ホルムアルデヒド濃度設定

■換気設備の型式認定制度(建築基準法に基づく制度)・1998年改正の建築基準法により性能標準採用。続く2003年の改正で機械換気装置設備の設置が義務化されたため、合わせて換気設備も型式認定制度の対象となった。

努力義務

■エネルギーの使用の合理化に関する法律(省エネ法)・2000年改正で、省エネの努力義務と判断基準を策定(工場、建築、・・・)・2006年改正で届出義務と報告義務の対象が拡大

■エネルギーの使用の合理化に関する法律(省エネ法)

標準のお墨付き効果

■住宅性能表示制度(住宅の品質確保の促進等に関する法律に基づく制度)・200年施行で、空気環境、省エネ、遮音等の9分野の性能項目で住宅に等級を付ける(任意)・2001年、空気環境に関する項目で特定測定物質

の濃度も追加・2003年、特定測定物質にアセトアルデヒド追加

■住宅性能表示制度(住宅の品質確保の促進等に関する法律に基づく制度)

■建築基準法■消防法

■製品を導入することに対する補助金・防衛施設周辺防音事業補助金交付(工事標準仕方書に記載)

遮音機能

ロスナイの機能

規制

換気機能

高性能インセンティブ

■住宅性能表示制度による住宅ローン優遇・民間金融機関による性能表示住宅への住宅ローン優遇策(固定金利、変動金利優遇)・地震保険の優遇・安価に専門的な紛争処理が受けられる

■騒音規制法・カラオケ等にちょる深夜騒音の規制など

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バックアップ効果の有効性どの社会システムによるバックアップ効果が有効なのか

技術的には余裕を持って基準値をクリアできるか?

できる

基準値をクリアすることは困難(リーズナブルなコストで)

東京都が実施したディーゼル自動車の粉塵規制

建築基準法(規制):住宅への換気システム設置単機能換気扇へのバックアップ効果

省エネや外部騒音などの複雑で高度なニーズを持つユーザーに対しては、ロスナイの性能は魅力的となり、省エネ努力義務やJISによる性能保証(お墨付き)がバックアップ効果として作用する。(高性能化と多機能化のどちらともいえる)

単機能製品

No

Yes

価格競争

付加価値(高性能化)

付加価値(多機能化)

速い自動車

安全な自動車、オーディオの付いた自動車、LEV

規制による強い普及促進

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規格化は早期に考える

製品発売当時、ロスナイの性能を評価する規格が無かった。ロスナイでは、発明から発売までが比較的短期間であったことから、現在振り返っても発売当時の規格成立は無理であったと思われる。一般論としては、新技術を社会に送り出す使命を持つ組織(研究開発型企業など)は技術のアイディアとともに普及のためにバックアップ効果が期待できる規格についても検討すべきである。

No.1企業 デファクト戦略が可能

それ以外 経営戦略、知財戦略、標準化戦略、研究開発戦略などの総合的な取組

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標準化活動の意義は明確なのか

リスクがないことを保証する側面と、ロスナイの例のように高品質または高性能を保証する側面である。

・同じ規格であっても、製品によって利用の目的は異なるのでは?・同じ規格作成に関わる複数の企業で、思惑は異なるのでは?

規格消費者の安心感向上 市場拡大

事業者間の互換性向上 コストダウン

第0近似

未検討

標準化活動に積極的でない企業では、社内でこうした合意(検討)がなされていないと思われる。

経産省などによる啓発活動

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規格化する範囲

全熱交換機の規格では、業界規格を作成するにあたって、何処までを規格とするかで業界内の調整に時間を要した。何処を知財で保護するかの判断においては、技術の発明者、ビジネスモデル立案者などが協議して、規格の成立まで継続的に検討すべき事項である。研究開発から規格の成立までに、少なくとも数年を要することを考えると、研究所等は、組織的に本事項をマネージメントするシステムを持つべきである。

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付属書

規格には本文に加えて付属書を記載できる。規格に従った規制値のみに着目されがちであるが、規制への適合評価の方法を念頭に規格作成に取り組むべきである。

全熱交換機の規格(JIS B 8628:2003)では、本文で全熱交換機を定義し、性能や構造などを定めているが、加えて、付属書で1)風量測定方法、2)静圧損失測定方法、3)有効換気量測定方法、4)熱交換効率測定方法、5)露付き試験方法、6)騒音測定方法を記載している。

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差別化戦略

高性能または高機能の製品を売り出す企業では、自社製品だけがクリアして、他社製品と差別化できるような基準レベルの設定を従前に進めることが基本原則ではある。しかし、市場動向、宣伝戦略、行政動向などのファクターによって大きく左右されるであろうから、複数のオプションを用意するべきであろう。

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時代の先読み

社会動向や規制に関する行政の動きをモニターし、必要に応じてアクションできる体勢を持つべきであることも示唆された。近年の環境意識の高まりに追従して、新たな規制等が次々に制定されている。一方、規制緩和も進められており、それによる規格の新しい使い方も増えていると考えられる。

規制緩和と規制強化を先取りできるか

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製品普及へのバックアップ効果

カテゴリー製品のアピール例と影響が大きい条件

差別化の尺度 要求される性能 バックアップ効果

規制

「最低限これだけは達成」(性能基準として標準を参照)

製品の技術到達レベルと規制値が近いときに影響大

努力義務「ここまで達成しましょう」(性能基準として標準を参照)

標準のお墨付き効果

「この性能は確実です」(性能基準として標準を参照)

高品質な製品に影響大

高性能インセンティブ

「こんなことも実現しています」高性能あるいは付加機能が多い時に影響大

・製品購入にサービス付加

・補助金

製品のもつ機能の性能

要求される製品性能

高必要最小限機能への

バッ

クアッ

プ効果

低高機能・差別化機能への

バッ

クアッ

プ効果

ロスナイのような高機能製品には図の下の方にあるシステムほどバックアップ効果は高いと考えられる。

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知財権と規格化

規格を介して規制等の社会システムと製品普及とは深く関係する。ポジティブに捉えれば、製品普及まで視野に入れた製品開発のビジネスモデルでは、知財化等とともに、規制・規格の活用も検討すべきである。ここでは、詳細に触れないが、規格化を推進することは知財権の大幅な放棄を意味しており(RAND条件)、それを認識した上での戦略立案が必要である。

一言で言えば、他社に対する競争力を維持させるためにブラックボックス化された技術等を持った上で、標準化を推進すべきである。ロスナイの例では、他の追随を許さないロスナイエレメントのノウハウがブラックボックスである。技術優位を自覚した発明者は、発明当初より標準化を意識したそうであるが、これは珍しい例と言えるかもしれない。

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まとめ

1.規格は社会システムの一部。システム全体を考慮して、自社技術・製品と規格の関係を考える。

2.規格は、4つに分類できる。(これは私的意見です)

3.特に、高性能・高付加価値製品の利用者にインセンティブを与えるような社会システムについては、戦略的に取り組むべき。

4. 「規制」とは最低限の性能基準を設けるものであるから、規制

値をかろうじて超えるような製品(技術)の場合には、規制をクリアすることが必須であり、また、規制が有ること自体が普及を促進する。