Edit-R CRISPR-Cas9システムを用いた相組換え修復 …...1 Edit-R...

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1 Edit-R CRISPR-Cas9システムを用いた相同組換え修復 による蛍光レポーター遺伝子の導入実験 John A. Schiel, Maren M. Gross, Eldon T. Chou, Melissa L. Kelley, Anja van Brabant Smith, Dharmacon, Lafayette, CO, USA Edit-R CRISPR-Cas9システムを用いた相同組換え修復による蛍光レポーター遺伝子の導入実験 / 2018 Mar CRISPR–Cas9システムは、ゲノムの狙った位置にDNA二本鎖切断(DNA Double-Strand Break: DSB)を簡便に 生じさせることができるため、ゲノム編集ツールとして幅広く使用されるようになってきました。本アプリケー ションノートでは、Edit-R CRISPR-Cas9システムを用いた相同組換え修復(homology-directed repair: HDR)に よる蛍光レポーター遺伝子の導入実験をご紹介します。 はじめに ゲノム上でDSBが生じると、いくつかの経路で修復されます。 どの修復経路が関与するかは、修復タンパク 質やドナーテンプレートの存在等、さまざまな要因に左右されます。主要な修復経路として、非相同末端結 合(non-homologous end joining: NHEJ)やマイクロホモロジー媒介末端結合(microhomology-mediated end joining: MMEJ)、HDRがあります(1 - 3)。研究者たちは、ゲノムを改変するためにHDRを非常に頻繁に利用 してきましたが、HDRは効率が低いという特徴があり、ゲノムを正確に改変するためには、数キロベースの 長さの相同なDNA配列を含むドナーテンプレートを使用する必要がありました。しかし、部位特異的なヌク レアーゼを用いて、改変したいゲノム部位(近傍)にDSBを生じさせ、細胞内のDSB修復経路を強制的に始 動させることにより、HDR効率の高まることが明らかになりました。CRISPR-Cas9システムは、ゲノムの狙った 位置にDSBを効率よく生じさせることができるため、ゲノムを効率よく改変することができます。ゲノムの改 変には、ヌクレオチドの挿入や欠失・置換、蛍光レポーター遺伝子の導入などがあります( 4 - 6)。ゲノムに 挿入するDNAの長さに依り、複数の要因がHDR効率に影響を与えます。 必要なコンポネント CRISPR-Cas9システムを用いたHDRによるゲノム改変を行うには、以下の複数のコンポネントを細胞に導入 する必要があります。1Cas9ヌクレアーゼ(Cas9発現用プラスミド、Cas9 mRNACas9組み換えタンパク質、 Cas9安定発現細胞)、2)ガイドRNA(化学合成crRNA:tracrRNA、化学合成sgRNAsgRNA発現用ベクター)、3 )ドナーテンプレート(一本鎖DNAオリゴ、プラスミド)。使用するCas9ヌクレアーゼ、ガイドRNA、ドナーテンプ レートの種類に依って、それらのコンポネントの細胞への最適な導入法を検討・至適化する必要がありま す。標的とするゲノム改変部位(近傍)にDSBをできるだけ高頻度で生じさせることがゲノム改変を高効率で 成功させるには必須です(後述)。また、実験目的に合わせて適切なドナーテンプレート(ホモロジーアーム のデザインを含む)を選択することが重要です。50ヌクレオチド長以下の長さの短いヌクレオチドを挿入す るには、30~40ヌクレオチド長のホモロジーアームを持つ一本鎖DNAオリゴを使用するのが最も効率的です 7)。長いDNA(レポーター遺伝子等)を挿入するには、 500~1,000ヌクレオチド長のホモロジーアームを持 つドナープラスミドを使用します(6, 9)。

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Edit-R CRISPR-Cas9システムを用いた相同組換え修復による蛍光レポーター遺伝子の導入実験

John A. Schiel, Maren M. Gross, Eldon T. Chou, Melissa L. Kelley, Anja van Brabant Smith, Dharmacon, Lafayette, CO, USA

Edit-R CRISPR-Cas9システムを用いた相同組換え修復による蛍光レポーター遺伝子の導入実験 / 2018 Mar

CRISPR–Cas9システムは、ゲノムの狙った位置にDNA二本鎖切断(DNA Double-Strand Break: DSB)を簡便に

生じさせることができるため、ゲノム編集ツールとして幅広く使用されるようになってきました。本アプリケーションノートでは、Edit-R CRISPR-Cas9システムを用いた相同組換え修復(homology-directed repair: HDR)による蛍光レポーター遺伝子の導入実験をご紹介します。

はじめに

ゲノム上でDSBが生じると、いくつかの経路で修復されます。 どの修復経路が関与するかは、修復タンパク

質やドナーテンプレートの存在等、さまざまな要因に左右されます。主要な修復経路として、非相同末端結合(non-homologous end joining: NHEJ)やマイクロホモロジー媒介末端結合(microhomology-mediated end joining: MMEJ)、HDRがあります(1 - 3)。研究者たちは、ゲノムを改変するためにHDRを非常に頻繁に利用してきましたが、HDRは効率が低いという特徴があり、ゲノムを正確に改変するためには、数キロベースの長さの相同なDNA配列を含むドナーテンプレートを使用する必要がありました。しかし、部位特異的なヌクレアーゼを用いて、改変したいゲノム部位(近傍)にDSBを生じさせ、細胞内のDSB修復経路を強制的に始動させることにより、HDR効率の高まることが明らかになりました。CRISPR-Cas9システムは、ゲノムの狙った位置にDSBを効率よく生じさせることができるため、ゲノムを効率よく改変することができます。ゲノムの改変には、ヌクレオチドの挿入や欠失・置換、蛍光レポーター遺伝子の導入などがあります(4 - 6)。ゲノムに挿入するDNAの長さに依り、複数の要因がHDR効率に影響を与えます。

必要なコンポネントCRISPR-Cas9システムを用いたHDRによるゲノム改変を行うには、以下の複数のコンポネントを細胞に導入する必要があります。1)Cas9ヌクレアーゼ(Cas9発現用プラスミド、Cas9 mRNA、Cas9組み換えタンパク質、Cas9安定発現細胞)、2)ガイドRNA(化学合成crRNA:tracrRNA、化学合成sgRNA、sgRNA発現用ベクター)、3)ドナーテンプレート(一本鎖DNAオリゴ、プラスミド)。使用するCas9ヌクレアーゼ、ガイドRNA、ドナーテンプ

レートの種類に依って、それらのコンポネントの細胞への最適な導入法を検討・至適化する必要があります。標的とするゲノム改変部位(近傍)にDSBをできるだけ高頻度で生じさせることがゲノム改変を高効率で

成功させるには必須です(後述)。また、実験目的に合わせて適切なドナーテンプレート(ホモロジーアームのデザインを含む)を選択することが重要です。50ヌクレオチド長以下の長さの短いヌクレオチドを挿入するには、30~40ヌクレオチド長のホモロジーアームを持つ一本鎖DNAオリゴを使用するのが最も効率的です(7)。長いDNA(レポーター遺伝子等)を挿入するには、 500~1,000ヌクレオチド長のホモロジーアームを持つドナープラスミドを使用します(6, 9)。

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図1 目的のDNA配列をHDRにより挿入後にCas9ヌクレアーゼによる切断が起こらないようにホモロジーアーム配列を設計する方法Cas9ヌクレアーゼによるドナーテンプレートの切断を回避する3通りの対策を示します。1.挿入するDNA配列(図の青字)を、プロトスペーサー配列の全てあるいは一部がPAM(図の赤字)から離れるように設定する。2.右側のホモロジーアーム上のPAM配列にヌクレオチド変異(サイレント変異)を導入する(図の緑字&星印)。3.右側のホモロジーアーム上のcrRNAターゲット配列にヌクレオチド変異(サイレント変異)を導入する(図の緑字&星印)。

CRISPR-Cas9システムによるDNA切断部位の選択上の留意点HDRは、DSBに始まり、その修復で終わります。そのため、CRISPR-Cas9システムを用いて高効率でDSBが起こるようにすることが重要です。HDR実験を行う際には、Cas9ヌクレアーゼによりDSBが生じる効率と、標的とするゲノム改変部位とDSB部位間の距離の両方を考慮してcrRNAのターゲット部位を選択する必要があります。哺乳動物の遺伝子変換領域は極めて短く、外来DNAがDSB部位に挿入される効率は、挿入部位がDSB部位から10ヌクレオチド以上離れると17%、100ヌクレオチド離れると87%程度低下することが報告されています(8)。そのため、ゲノム改変を効率よく行うには、crRNAのDSB効率を考慮しつつ、crRNAのターゲット配列をできるだけDSB部位の近傍に設定する必要があります。

ドナーテンプレートの設計上の留意点ドナーテンプレートの設計に際しては、ドナーテンプレート自体がCas9ヌクレーゼにより切断されないように配慮する必要があります。ドナーテンプレートがCas9ヌクレアーゼによる切断を受けないようにするためには、以下の対策を1つ以上採用します(図1)。

1. 挿入するDNA配列を、プロトスペーサー(protospacer)配列(crRNAターゲット配列)の全てあるいは一部が、プロトスペーサー隣接モチーフ(protospacer adjacent motif: PAM)から離れるように設定する。

2.右側のホモロジーアーム上のPAM配列(S. pyogenesではNGG)にヌクレオチド変異(サイレント変異)を導入する。

3.右側のホモロジーアーム上のcrRNAターゲット配列(の出来るだけPAM近傍)にヌクレオチド変異(サイレント変異)を導入する。

標的のゲノム改変部位から100ヌクレオチド以内に、高いDSB効率性と特異性を兼ね備えたcrRNAを設計する

ことは、必ずしもいつも可能というわけではありません。そのような場合は、ドナープラスミドにポジティブセレクションを可能とするエレメント(例えば抗生物質耐性遺伝子)を導入することにより、目的のDNA配列の挿入された細胞の選択が容易になることが報告されています(10)。

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TGCCACCCTCATCTCCAATATGgtatggcgg

A.

B.

プロトスペーサー(protospacer)配列

PAM配列

crRNAによる切断部位

図2 ヒトSEC61B遺伝子へのTurboGFP蛍光マーカー遺伝子導入用ドナープラスミドの構築A. ヒトSEC61B遺伝子の開始コドン付近の塩基配列を示しました。開始コドンは緑字で、PAM配列は赤字で記載し

ました。プロトスペーサー配列には下線を引きました。B. ヒトSEC61B遺伝子のN末端にTurboGFP蛍光レポーター遺伝子を導入するために、1 kb長の 5’および3’ホモロジ

ーアームを増幅するようにプライマーを設計しました。PCRで増幅したDNA断片を、TurboGFP(tGFP)を挟むよう

にベクターに挿入することによりドナープラスミドを構築しました。ドナープラスミドの構築に使用したプライマーは、平均45ヌクレオチド長で、プライマーの半分の配列がホモロジーアームの増幅に必要なDNA領域(5‘アームの該当領域を灰色で、3’アームの該当領域を紫で表示)をターゲットとするように、もう半分の配列がドナープラスミド骨格の末端(5‘アームの該当領域を赤色で、3’アームの該当領域をオレンジで表示)と一致とするように設計しました。HA:ホモロジーアーム

HDR実験ワークフローの概要上述の留意点を考慮した上で、Cas9 mRNA・化学合成crRNA:tracrRNA・ドナーテンプレートを用いてターゲット遺伝子を正確に改変するHDR実験ワークフローを開発しました。具体的には、ターゲット遺伝子にTurboGFP蛍光レポーター遺伝子を導入してクローン細胞を作製後、蛍光顕微鏡観察およびサンガー法によるDNAシークエンシングによりTurboGFP遺伝子の正確な挿入を確認しました。開発したワークフローでは、リピッドベースのトランスフェクション法を用いてゲノム編集試薬を導入しています。目的のDNA配列を効率よく挿入するための重要なステップを以下に示します。

1. 最もゲノム編集効率の高いcrRNAを同定することにより、Cas9ヌクレアーゼによるDSB効率を最大化します2. 効果的なドナーテンプレートを設計します3. ドナーテンプレートの最適な量を決定します4. HDRによる遺伝子導入を評価する最適なタイムポイントを決定します5. 適当なアッセイ法を用いて、目的のDNA配列の正確な挿入を評価します

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結果

ゲノム編集効率の高いcrRNAの選択ヒトSEC61B遺伝子(Gene ID: 10952)のN末端にTurboGFP(Evrogen, Moscow, Russia)遺伝子をin-frameで挿入することを試みました。標的とするTurboGFP遺伝子挿入部位の近傍に2種類のcrRNA配列(crRNA1-CCCUCAUCUCCAAUAUGGUAおよびcrRNA2-CCAUACCAUAUUGGAGAUGA)を設計・化学合成し、Edit-R tracrRNAと共に、CAGプロモーターの制御下でCas9ヌクレアーゼを安定発現するU2OS細胞に導入しました。T7エンドヌクレアーゼI(T7EI)を用いたミスマッチ検出アッセイにより、各crRNAのゲノム編集効率をドナープラスミドの非存在下で評価しました。よりゲノム編集効率の高かったcrRNA1による挿入・欠失(indel)の生成効率は40%でした(データ非公表)。crRNA1を用いた際のCas9ヌクレアーゼによるDSB部位は、標的とするTurboGFP遺伝子挿入部位と完全に一致し、TurboGFP遺伝子の挿入によりプロトスペーサー配列が分離するため、Cas9ヌクレアーゼによる切断を避けることができます(図2A)。そのため、crRNA1は、ヒトSEC61B遺伝子のN末端へのTurboGFP遺伝子の挿入に最適なガイドRNAであることがわかりました。

ドナープラスミドの設計内在性のHDR経路に関与するタンパク質は、標的配列にホモロジーを持つテンプレートDNAを認識し、正確な修復を開始します(3)。私たちは、ヒトSEC61B遺伝子の開始コドン直後から1 kb長のホモロジーアームを持つTurboGFPドナープラスミドを構築しました(図2B)。ホモロジーアームは、U2OS細胞株から調製したゲノムDNAを鋳型として用いてPCRにより増幅しました。そのため、この細胞株からPCRよって増幅した産物に含まれる一塩基多型が、ドナープラスミドには含まれます。ノックインが成功した場合、TurboGFP遺伝子はSEC61B遺伝子のN末端にin-frameで挿入されます(図2B)。

HDRによる遺伝子導入を確認するタイムポイントの決定ゲノム編集試薬を細胞へ導入してから何日後に、HDRによる遺伝子導入を評価すればよいでしょうか?それは、使用するゲノム編集試薬に依ります。コントロール実験として、TurboGFP遺伝子を含むドナープラスミド(ホモロジーアームありと無しのいずれか)を、Cas9ヌクレアーゼおよびcrRNA:tracrRNAの非存在下でU2OS細胞に導入しました。ホモロジーアームなしのドナープラスミドを導入した際にはGFP蛍光は観察されませんでした。一方、ヒトSEC61B遺伝子に対して設計したホモロジーアームを持つドナープラスミドを導入した場合には、導入から24時間後において10%程度の細胞にGFPの蛍光が観察されました(図3)。このドナープラスミド由来のGFP蛍光は、1 kb長の5’ホモロジーアーム内に含まれるSEC61B遺伝子の内在性プロモーターに起因します(11)。TurboGFP遺伝子を含むドナープラスミドの細胞への導入から7日間にわたってGFPの発現を追跡したところ、ドナープラスミド由来のGFP蛍光は、ドナープラスミド導入から徐々に減少し、7日後には下げ止まりすることが分かりました。そのため、ドナープラスミド由来のGFP蛍光バックグラウンドを避けるために、HDRによる遺伝子導入を確認する際には、ドナープラスミド導入から7日後にGFP蛍光を評価することにしました。

図3 ドナープラスミド由来のTurboGFP発現解析ヒトSEC61B遺伝子に対して設計したホモロジーアームとTurboGFP遺伝子を含むドナープラスミドを、Cas9ヌクレアーゼおよびcrRNA・tracrRNAの非存在下でU2OS細胞に導入しました。GFP蛍光を蛍光顕微鏡およびフローサイトメーターにより解析しました。A. ドナープラスミド導入から3日後にGFPの蛍光を観察しました。B. ドナープラスミド導入から1~7日後におけるGFP陽性細胞の割合をフローサイトメーターで解析しました。

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標的部位へのTurboGFP遺伝子導入の確認標的部位への外来DNA導入を評価するには、さまざまな方法があります。私たちは、ハイコンテントイメージング・フローサイトメーター・PCR・サンガー法によるDNAシークエンシングを用いて、標的部位へのTurboGFP遺伝子の導入を確認しました。

ハイコンテントイメージングによるTurboGFP遺伝子導入・発現の確認U2OS細胞にゲノム編集試薬を導入してから7日後に、TurboGFPの発現および蛍光局在をハイコンテントイメージングにより解析しました。SEC61Bタンパク質は小胞体(endoplasmic reticulum)の膜およびポスト小胞体に局在することが知られています。SEC61B遺伝子のN末端にTurboGFPタグが導入されるようにゲノム編集した細胞において、TurboGFPの蛍光局在は、免疫染色によるSEC61Bタンパク質の局在性解析結果と一致しました(図4)。このことは、TurboGFP遺伝子がSEC61B遺伝子に対してin-frameで挿入されていることを示唆します。

フローサイトメーターによるTurboGFP発現細胞の検出U2OS細胞にゲノム編集試薬を導入してから7日後に、TurboGFPを発現する細胞の割合をフローサイトメーターにより解析しました。TurboGFP遺伝子を含むドナープラスミド(ホモロジーアームあり)を、Cas9 mRNAおよびcrRNA:tracrRNAの非存在下でU2OS細胞に導入した場合、0.13%の細胞がTurboGFP陽性でした(図5A)。一方、TurboGFP遺伝子を含むドナープラスミド(ホモロジーアームあり)をCas9 mRNAおよびcrRNA:tracrRNAと共にU2OS細胞に導入した場合、5.06%がTurboGFP陽性でした(図5B)。また、ソートしたTurboGFP陽性細胞135個について細胞内局在性を解析したところ、98.5%(133個)の細胞において、SEC61Bタンパク質が正しく局在していることが確認されました。以上の結果は、ドナープラスミド由来のTurboGFPの発現は、ゲノム編集試薬を導入してから7日後に解析した場合、全TurboGFP陽性細胞の内のごく一部に限られるという先に得た検証結果に一致します。

PCRおよびDNAシークエンシングによるTurboGFP遺伝子導入の確認ミスマッチ検出アッセイで使用したプライマーと、未処理のU2OS細胞・TurboGFP陽性あるいは陰性U2OS細胞(フローサイトメーターで確認)から調製したゲノムDNAを鋳型に用いてPCRを行いました(図6)。未処理の細胞およびTurboGFP陰性細胞からPCRにより増幅したDNA断片の長さは、予想された507 bpでした(図6AのクローンUNおよび1)。一方、SEC61B遺伝子のN末端にTurboGFP遺伝子を導入したTurboGFP陽性細胞から調製したゲノムDNAを鋳型としてPCR増幅した場合、標的部位へTurboGFP遺伝子の導入が成功した場合に予想される1,242 bp長の増幅断片が検出されました(図6Aのクローン2~4)。場合によっては、1,242 bp長以外の増幅断片も検出されましたが、それらは、TurboGFP遺伝子の導入に成功したのとは別の対立遺伝子において、NHEJ経路等により挿入・欠失が生じたことを示唆しています(図6Aのクローン3および4)。2種類のTurboGFP陽性細胞(図6Aのクローン3および4)から調製したゲノムDNAを鋳型としてPCRにより増幅したDNA断片をプラスミドにクローニング後に大腸菌に形質転換し、シングルコロニーについてDNAシークエンシングを行いました。TurboGFP陽性細胞クローン3では、少なくとも1つのSEC61B対立遺伝子へのTurboGFP遺伝子の導入に成功している一方で、他の対立遺伝子においてはTurboGFP遺伝子は導入されておらず、107 bp の欠失が確認されました(図6AおよびC)。興味深いことには、TurboGFP陽性細胞クローン4では、少なくとも1つのSEC61B対立遺伝子へのTurboGFP遺伝子の導入に成功している一方で、他の対立遺伝子においては不完全なTurboGFP遺伝子の導入が確認されました(図6AおよびD)。

図4 N末端にTurboGFPのタグを付けたヒトSEC61Bタンパク質の局在解析TurboGFP陽性のU2OS細胞をパラホルムアルデヒド固定後、SEC61Bタンパク質に対する一次抗体を用いて免疫染色を行い、TurboGFPの蛍光局在性と比較しました。

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図5 フローサイトメーターによるTurboGFP発現細胞の検出U2OS細胞にゲノム編集試薬を導入してから7日後に、TurboGFPを発現する細胞の割合をフローサイトメーターにより解析しました。GFPの蛍光強度はX軸に、575 nmで検出した自家蛍光はY軸に記載しました。A. TurboGFP遺伝子を含むドナープラスミド(ホモロジーアームあり)を、Cas9 mRNAおよびcrRNA:tracrRNAの非存在下で導入したU2OS細胞(約25,000個)、B. TurboGFP遺伝子を含むドナープラスミド(ホモロジーアームあり)を、Cas9 mRNAおよびcrRNA:tracrRNAと共に導入したU2OS細胞(約18,000個)。A-+ およびA++は、 unquantified quadrants containing zero FACS detected cells を示します。

図6 PCRおよびDNAシークエンシングを用いたTurboGFP遺伝子導入の確認A. ミスマッチ検出アッセイで使用したプライマーと、未処理(UN: untreated)のU2OS細胞・TurboGFP陽性あるいは陰性U2OS細胞

(フローサイトメーターで確認)から調製したゲノムDNAを鋳型に用いてPCRを行いました。B. TurboGFP陽性細胞から調製したゲノムDNAを鋳型としてPCRにより増幅したDNA断片をプラスミドにクローニング後に大腸菌

に形質転換し、シングルコロニーについてDNAシークエンシングを行いました。C. TurboGFP陽性細胞クローン3から調製したゲノムDNAを鋳型としてPCRにより増幅したDNA断片をプラスミドにクローニング後

に大腸菌に形質転換し、シングルコロニーについてDNAシークエンシングを行いました。少なくとも1つのSEC61B対立遺伝子においてはTurboGFP遺伝子は導入されておらず、107 bpの欠失が確認されました。

D. TurboGFP陽性細胞クローン4から調製したゲノムDNAを鋳型としてPCRにより増幅したDNA断片をプラスミドにクローニング後に大腸菌に形質転換し、シングルコロニーについてDNAシークエンシングを行いました。少なくとも1つのSEC61B対立遺伝子においては不完全なTurboGFP遺伝子の導入が確認されました。

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議論

本アプリケーションノートにおいて、Edit-R CRISPR–Cas9システムおよびドナープラスミドを用いることにより、内在性タンパク質に蛍光タグを導入することができることを示しました。具体的には、内在性のSEC61B遺伝子のN末端にTurboGFP蛍光レポーター遺伝子をin-frameで導入し、シングルセルクローニング後にTurboGFP遺伝子の導入をDNAシークエンンシングにより確認しました。HDRの活性は通常は低いため、ゲノム編集試薬の細胞へのトランスフェクション条件の至適化がHDR実験を行う上で最も重要なファクターの一つです。また、ドナ

ープラスミドのみを細胞にトランスフェクションして、ドナープラスミド由来の偽陽性の効果を評価する必要があります。本アプリケーションノートでご紹介した例では、GFP蛍光が、ゲノムに挿入されたTurboGFP遺伝子からではなく、ドナープラスミドのみから検出されました。ドナープラスミド由来のGFP発現は時間経過とともに減少しました。これは、ドナープラスミドが、細胞培養中に分解あるいは希釈されることによります。

CRISPR-Cas9システムを用いたHDR実験用のドナーテンプレートを選択する際には、導入する外来DNAのサイズを考慮しなければなりません。私どもの経験では、一本鎖DNAオリゴを用いて短いインサート(50ヌクレオチド長以下)を導入する際の効率は、ドナープラスミドを用いて大きいインサート(例えば、GFP遺伝子)を導入する効率と比較して、最大3倍高いです。その他の要因(例えば、ガイドRNAのゲノム編集効率や、DSBとゲノム改変部位との距離等)も、HDR効率に影響を与えます。

興味深いことに、TurboGFP遺伝子を導入したクローン細胞(TurboGFPの発現を蛍光イメージングにより確認済み)から調製したゲノムDNAを鋳型として用い、TurboGFP遺伝子導入部位をPCRにより増幅したところ、予想された長さのDNA断片以外のより短いDNA断片も検出しました。それらの予想外のDNA断片は、TurboGFP遺伝子の挿入されていないSEC61B遺伝子座に関してはNHEJが、TurboGFP遺伝子の挿入されたSEC61B遺伝子座に関しては他の修復経路(例えばMMEJ)に起因することが考えられます。以上の観察結果から、できるだけ多く

のクローン細胞について目的の遺伝子が正確に導入されているかを確認した上で、さらに実験を進める必要のあることが分かりました。

本アプリケーションノートでは、SEC61B遺伝子のN末端へのTurboGFP遺伝子の導入実験を例として取り上げ、HDRにより遺伝子導入実験を行う際に留意すべき点を検討しました。それらの留意点は、crRNAのデザイン・ドナープラスミドのデザイン、HDRによる遺伝子導入を確認するタイムポイント、遺伝子導入の確認方法などを含みます。本アプリケーションノートに記載した留意点は、TurboGFP遺伝子以外の比較的大きなDNAをゲノムの標的部位に導入する際にも参考にしていただけます。

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実験材料および方法

細胞培養全てのU2OS細胞(ATCC, Cat #HTB-96)は、製造者の推奨する方法に従って標準的な培地で培養・維持しました。U2OS細胞およびCAGプロモーターの制御下でCas9遺伝子を安定発現するU2OS細胞を、トランスフェクションの一日前に、96ウェルプレートに播種しました(10,000個/ウェル)。カスタムで化学合成したEdit-Rsynthetic crRNA (Dharmacon)およびtracrRNA (Dharmacon Cat #U-002000-20)を10 mM Tris-HCl (pH 7.5) に溶解して100 μMのストック溶液を調製しました。crRNAおよびtracrRNAを等モル比で混合し、10 mM Tris-HCl (pH 7.5)により2.5 μM 濃度に希釈しました。終濃度25 nMのcrRNA:tracrRNA複合体(25 nMのcrRNAおよびtracrRNA)、200 ngのEdit-R Cas9 Nuclease plasmid (Dharmacon Cat #U-005100-120) あるいは200 ngのEdit-R Cas9 Nuclease mRNA (Dharmacon Cat #CAS11195) 、200 ngのドナープラスミドを、DharmaFECT Duo transfection reagent (Dharmacon Cat #T-2010-03) をウェルあたり0.3 μL用いて細胞にコトランスフェクションしました。

細胞イメージングIN Cell Analyzer 2200 Imaging System (GE Healthcare; 製品コード: 29-0278-86)を用いて、培地をimaging medium (HBSS, 20 mM HEPES, 16.8 mM D-glucose, pH 7.2)に交換後、ライブセルを解析しました。10倍の対物レンズを用いてTurboGFP陽性細胞を同定した後、20倍の対物レンズを用いてGFP蛍光の局在を解析しました。免疫蛍光顕微鏡解析では、細胞を4%のパラホルムアルデヒド(Electron Microscopy Services, Cat #15710)で常温で15分間固定し、PBSで2回洗浄後、permeabilization buffer (200 mg saponin, 2% FBS, 100 μg BSAを含むPBS; Sigma, Cat #A3059)中に常温で30分間インキュベートしました。SEC61Bタンパク質の検出は、1次抗体としてポリクローナルウサギ抗体(ProteinTech Group, Cat #15087-1-AP)を含むpermeabilization buffer(抗体とbufferの比は1:50)中で1時間インキュベートし、PBSで2回洗浄後、2次抗体としてAlexa 568 goat anti-rabbit(Invitrogen, Cat #A11010)を含むpermeabilization buffer(抗体とbufferの比は1:250)中で常温で30分間インキュベートすることで行いました。全ての細胞は、Hoechst 33342 (Molecular Probes, Cat #H-3570) を含むPBS (試薬とbufferの比は1:2,500)中で10分間インキュベートし、PBSで2回洗浄後に顕微鏡で染色を観察しました。

フローサイトメーターによるTurboGFP発現細胞の検出U2OS細胞をトリプシン処理し、107個/mLとなるようにcell sorting mediumに懸濁後、ソーティングを行うまで氷上で保存しました。細胞は、コロラド大学がんセンターのFlow Cytometry CoreにおいてMoflo XDP 100 cell sorting instrumentを用いてソーティングしました[Cancer Center Support Grant (P30CA046934)]。ソーティングした細胞は、FBS enriched medium(FBSとU2OS培養培地の比を1:1として混合)を分注したチューブおよび96ウェルプレートに回収しました。

TurboGFP陽性細胞の単離Moflo XDP100 flow cytometerを用いてTurboGFP陽性の細胞をソートし、5枚の96ウェルプレートの各

ウェルに回収してコロニーを成長させました。ソート中に細胞培養液が外気に触れることに備えて、Penicillin-Streptomycin (2%; HyClone, Cat #SV30010)を通常のU2OS成長培地に添加しました。細胞を培養液中で維持し、3週間にわたってGFP蛍光を観察しました。

ゲノムDNAの調製・PCR・ミスマッチ検出アッセイゲノム編集試薬をトランスフェクションしてから72時間後の細胞を、Phusion HF buffer (Thermo Scientific, Cat #F-518L)およびproteinase K (Thermo Scientific, Cat #EO0491)、RNase A (Thermo Scientific, Cat #EN0531)中で56℃にて20分間インキュベートした後、95℃で5分間熱不活性化することで直接溶解してゲノムDNAを調製しました。 Phusion High-Fidelity DNA Polymerase (Thermo Scientific, Cat #F530S) および、DSB部位を挟むように設計したプライマーを用いてPCRを行いました。PCR増幅産物(500 ng)をT7EI (NEB, Cat #M0302L) を用いて37℃にて25分間処理し、2%アガロースゲル電気泳動で分析しました。サンプルのゲノム編集効率はImageJ software (NIH, imagej.nih.gov/ij, 1997-2014)を用いて数値化しました。

クロマトグラムは、Biomatters (geneious.com)によって作成されたGeneious Version 8.1.3を用いて解析しました。

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引用文献

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