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2017.5.1
代数学概論第一 ・第二(田口) 講義ノート1
※ 未だ書きかけです。
1. 自然数、整数環、有理数体、実数体、複素数体、多項式環
この講義を通して、以下の記号を用ゐる:
N : 自然数全体の集合(この講義では 0 も含める)
Z : 整数全体の集合
Q : 有理数全体の集合
R : 実数全体の集合
C : 複素数全体の集合
F [X] : 体2 F を係数とする、X の多項式全体の集合
N はモノイド(単位的半群)を、Z とF [X] は可換環を、Q,R,C は可換体をなす。詳しくは後で述べるが、大雑把に言へば、環とは、(所謂四則演算の
うち)加・減・乗の三つが自由に出来る領域であり、体とは、さらに(0 以外の元による)除法も自由に出来る領域である。環や体に於ける乗法(積)は、一般には可換(=交換可能)とは限らない(例へば、行列のなす環に於ける積は一般には非可換である)。積が可換である様な環(resp. 体)を可換環(resp. 可換体)と言ふ。この講義では、Z や F [X] の様な簡単な構造の可換環の基本的性質
を学ぶと同時に、一般の環についても最低限の基本的性質を学ぶ。Zと F [X]とは性質が似てゐる。例へば、両方とも素因数(素元)分
解の一意性が成り立ち、最大公約数(元)や最小公倍数(元)の概念が定義できる。また、ユークリッド算(割り算をして商と余りを求める事)が出来、これを用ゐて最大公約数(元)を求められる、等々。シラバスでは剰余定理といふものについて説明する事になつてゐる
ので、ここでそれを説明しよう。多項式環 F [X] に於いて、f ∈ F [X]を一次式 X − c (c ∈ F ) で割ると余りは定数
f(X) = q(X) · (X − c) + r, r ∈ F,
だからf(c) = r
である。これを剰余定理と呼ぶ。同様に、整数 f ∈ Z を「函数」と思ふ事が出来る。この場合、代入
する「点」としては素数 p を考へるのが適切であり、
(函数 f の点 p での値)= f (mod p)
1http://www.math.titech.ac.jp/ taguchi/nihongo/17algI-notes.pdf2体については §9 を参照。
1
2
と解釈3 するのがよい。
2. 集合と写像
集合 (set) とは数学的にきちんと定義された「もの」の集まりである(詳しくは集合論の本や講義を参照)。集合 X に属する「もの」 x を X の元または要素 (element) と言
ふ。x が X に属するといふ事を x ∈ X または X ∋ x と記す。集合 Xが元 x, y, z, . . . から成るといふ事をX = {x, y, z, . . . } と記す。
定義 2.1. X が Y の部分集合 (subset) であるとは
x ∈ X =⇒ x ∈ Y
である事である。このとき
X ⊂ Y 又は Y ⊃ X
と記す。二つの集合 X, Y が等しい (X = Y )とはX ⊂ Y かつ X ⊃ Yである事、即ち
x ∈ X ⇐⇒ x ∈ Y
である事、である。X の元 x であつて条件 C を満たすもの全体のなす X の部分集合を
{x ∈ X| C}
と記す。元を一つも含まない集合を空集合と言ひ、記号∅ 又は { } で表す。
定義 2.2. 集合 X の二つの部分集合 A,B に対し、
A ∩B := {x ∈ X| x ∈ A かつ x ∈ B},A ∪B := {x ∈ X| x ∈ A 又は x ∈ B},
Ac := {x ∈ X| x ̸∈ A},A∖B := {x ∈ A| x ̸∈ B}
とおく。A ∩B を A と B の交はり (intersection) または共通部分、A ∪B を A と B の合併 (union) または和集合、Ac を A の補集合 (complement) と呼ぶ。
Ac = X ∖ A である。
定義 2.3. x ∈ X と y ∈ Y の組 (x, y) を順序対 (ordered pair) (又は単に組、対 (pair))と言ひ、それらの集合
X × Y := {(x, y)| x ∈ X, y ∈ Y }
をX と Y の直積 (direct product)又はデカルト積 (Cartesian product)
と呼ぶ。
3一般に(Z だけでなく)可換環に対してこの様な解釈が出来る。
3
対 (x, y) は(順序を逆にした) (y, x) や集合 {x, y} とは区別されねばならない(X × Y と Y × X も区別されねばならない)。例へば{x, y} = {y, x} は常に正しいが、(x, y) = (y, x) となるのは x = y のときに限る。また、{x, x} = {x} だが (x, x) ̸= (x) である。
定義 2.4. X, Y は集合とする。X から Y への写像 (map, mapping)
f : X → Y
とは、各 x ∈ X に対し Y の元 f(x) を一つずつ対応させる規則の事である。これを
f : x 7→ f(x)
等と書く。
例 2.5. (1) 各 x ∈ X に対し x 自身を対応させる写像を X 上の恒等写像(identity map) と呼び、idX : X → X なる記号で表す。
(2)
f : R∖ {(n+ 1/2)π| n ∈ Z} → Rx 7→ tan(x).
(3)
f : R → {0, 1}
x 7→
{0 if x ∈ Q,
1 if x ̸∈ Q.
写像 f : X → Y に対し、そのグラフ (graph) Γf を次の様に定義する:
Γf := {(x, f(x))| x ∈ X}.Γf は直積 X × Y の部分集合であり、次の性質を持つ:
(∗) 各 x ∈ X に対し (x, y) ∈ Γf となる y ∈ Y が唯一つ存在する。
逆に、X × Y の部分集合 Γ がこの性質 (∗) を持つ時、写像f : X → Y
をx 7→ ((x, y) ∈ Γ となる唯一つの y ∈ Y )
により定義出来る。(従つて「写像 f : X → Y とは (∗) の性質を持つ部分集合 Γ ⊂ X × Y の事」と定義する事も出来る。)
定義 2.6. 写像 f : X → Y に対し、
Im(f) := {f(x)| x ∈ X}を f の像 (image)と呼ぶ。これは Y の部分集合である。Im(f)はまたf(X) とも書かれる(一般に X ′ ⊂ X に対し f(X ′) := {f(x)| x ∈ X ′}と置く)。各 y ∈ Y に対し
f−1(y) := {x ∈ X| f(x) = y}
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を f による y の逆像 (inverse image) と呼ぶ。これは X の部分集合である。
Y の部分集合 Y ′ に対し
f−1(Y ′) := {x ∈ X| f(x) ∈ Y ′}を f による Y ′ の逆像 (inverse image) と呼ぶ。これは X の部分集合である。
上で、f−1 なる記号の使ひ方が二通り(引数に Y の元 y を取るものと Y の部分集合 Y ′ を取るものが)出て来たが、f−1({y}) = f−1(y)であり、f−1(Y ′) = ∪y∈Y ′f−1(y) である。
定義 2.7. 写像 f : X → Y が全射 (surjection)(又は上への写像)であるとは、各 y ∈ Y に対して f(x) = y となる x ∈ X が存在する事である。f が単射 (injection)(又は一対一の写像)であるとは、任意の x, x′ ∈ X に対し x ̸= x′ ならば f(x) ̸= f(x′) である事である。f が全単射 (bijection) であるとは全射かつ単射である事である。
問 2.8. 写像 f : X → Y について、次の同値性を確かめよ。[ここに#S は集合 S の濃度(=元の個数)を表す。](1) f は全射⇔ 任意の y ∈ Y に対し #f−1(y) ≥ 1 ⇔ f(X) = Y .(2) f は単射⇔ 任意の y ∈ Y に対し #f−1(y) ≤ 1.(3) f は全単射⇔ 任意の y ∈ Y に対し #f−1(y) = 1.
定義 2.9. f : X → Y が全単射であるとき、各 y ∈ Y に対し f(x) = yとなる x ∈ X が唯一つ存在するから、y にこの x を対応させる写像Y → X が考へられる。これを f の逆写像 (inverse of f) と呼び f−1
と記す;
f−1 : Y → X
y 7→ (f(x) = y となる唯一つの x).
逆に、逆写像 f−1 が存在するためには f が全単射である事が必要である。逆写像 f−1 : Y → X は、先に定義した逆像 f−1(y), f−1(Y ′) (定
義 2.6) と同じ記号 “f−1” を用ゐるが、意味が微妙に異なる4 事に注意せよ。
定義 2.10. 二つの写像 f : X → Y と g : Y → Z に対し、それらの合成(composite or composite map) g ◦ f : X → Z を (g ◦ f)(x) := g(f(x))
により定義する;
g ◦ f : X → Z
x 7→ g(f(x)).
特別の場合として、f が X から X 自身への写像ならば、f を何回でも合成出来る。f を n 回合成したものを fn : X → X と書く。
4逆写像 f−1 は f が全単射のときのみ定義され、f−1(y) は X の元だが、逆像f−1(y) は任意の写像 f : X → Y と任意の y ∈ Y に対して定義され、f−1(f) は Xの部分集合である。
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f : X → Y の逆写像 f−1 : Y → X が存在するとき、f ◦ f−1 = idY ,f−1 ◦ f = idX である。
問 2.11. (1) 二つの写像 f : X → Y , g : Y → X が f ◦ g = idY ,g ◦ f = idX を満たせば f, g は全単射であり f = g−1, g = f−1 である事を示せ。(2) f ◦ g = idY , g ◦ f = idX のうちのどちらか一方のみでは f−1, g−1 が存在するとは限らず、f = g−1 も g = f−1 も従はない事を例で示せ。
3. 論理
P, Q, . . . を命題 (proposition) とする。これらから別の命題を作る事が出来る:
P ∧ Q · · · P かつ Q
P ∨ Q · · · P または Q
¬P · · · P でない(P の否定)
P ⇒ Q · · · P ならば Q
命題 P が変数 x を含んでゐる事がある(このとき P を P(x) とも書く)。このとき P(x) の真偽は x を指定しないと定まらない。
「全ての x ∈ X に対し P(x) が成り立つ」
といふ命題を
∀x ∈ X, P(x) とか (∀x ∈ X)(P(x))
等と書く。また、
「或る x ∈ X に対し P(x) が成り立つ」
といふ命題を
∃x ∈ X, P(x) とか (∃x ∈ X)(P(x))
等と書く。命題が真であるとき T (true), 偽であるとき F (false) と略記する。
P, Q の真偽に応じて、それらから作られる幾つかの命題の真偽は以下の表(真偽表)の様になる:
P Q P∧Q P∨Q ¬P P⇒Q Q⇒P P⇔Q (¬P)∨QT T T T F T T T TT F F T F F T F FF T F T T T F F TF F F F T T T T T
真偽値の同じ命題は同値な命題である。例へば「P⇒Q」と「(¬P)∨Q」とは同値である。
問 3.1. 実数 a, b についての次の各命題の真偽を判定せよ:(1) a, b が無理数ならば a+ b も無理数である。(2) a, b の少なくとも一方が無理数ならば a+ b も無理数である。(3) a, b の一方だけが無理数ならば a+ b は無理数である。
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(4) a+ b が無理数ならば a, b は両方とも無理数である。(5) a+ b が無理数ならば a, b の少なくとも一方は無理数である。(6) a+ b が無理数ならば a, b のどちらか一方だけが無理数である。
問 3.2. (1) 次の命題の否定命題を作れ:P: x = y = z.
(2) I = (a, b) は R の区間とし、f : I → R は I 上の函数とする。次の各命題の否定命題を作れ:Q: (∀c ∈ I)(∀ε > 0)(∃δ > 0)(∀x ∈ I)(|x− c| < δ ⇒ |f(x)− f(c)| < ε).R: (∀ε > 0)(∃δ > 0)(∀c ∈ I)(∀x ∈ I)(|x− c| < δ ⇒ |f(x)− f(c)| < ε).
(3) 上の命題 Q, R に対し、命題「Q⇒R」及び「R⇒Q」の真偽を判定せよ。
問 3.3. x ∈ X についての命題 P(x) に対し、X の部分集合
AP = {x ∈ X| P(x)}を対応させる。(1) 次の等式を確かめよ:
AP∧Q = AP ∩ AQ, AP∨Q = AP ∪ AQ, A¬P = (AP)c.
(2) 命題「P(x)⇒ Q(x)」と命題「AP ⊂ AQ」とは同値である事を確かめよ。
4. 二項演算、二項関係
X は集合とする。
定義 4.1. X 上の二項演算 (binary operation)(又は単に演算 (operation)
とは、各 x, y ∈ X に対し X の元5 x · y を定める規則の事、即ち写像X ×X → X
(x, y) 7→ x · yの事である。
例 4.2. 実数の加法:
R× R → R(x, y) 7→ x+ y.
実数の乗法:
R× × R× → R×
(x, y) 7→ xy.
定義 4.3. X 上に二項関係 (binary relation)(又は単に関係 (relation)
∼ が6 定義されてゐるとは、各 x, y ∈ X に対し x ∼ y であるか否かが定まつてゐる事である。
5ここで、x · y といふ記号は暫定的なものであつて、本や講義等、場合によつて異なり得る。他に x.y, xy, x+ y, x ◦ y, x ∗ y, ... 等がよく使はれる。
6この記号 ∼ も必ずしも決まつたものではなく、例へば ≃ や ≡ 等も用ゐられる。
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例 4.4. X = R 上には “<” といふ二項関係が定義されてゐる。実際、x, y ∈ R に対し x < y であるか否かが決まつてゐる。
∼ が X 上の二項関係であるとき、
R := {(x, y) ∈ X ×X| x ∼ y}は X ×X の部分集合である。逆に、X ×X の任意の部分集合 R はX上に二項関係を定める。実際、「x ∼ y とは (x, y) ∈ R なる事」と定めればよい。従つて、「X 上の二項関係とは X ×X の部分集合の事」と思つてよい。
5. 同値関係
定義 5.1. 集合 X 上の二項関係 ∼ が同値関係 (equivalence relation)
であるとは、任意の x, y, z ∈ X に対して次が成り立つ事である:(1) (反射律)x ∼ x. (2) (対称律)x ∼ y =⇒ y ∼ x. (3) (推移律)x ∼ y かつ y ∼ z =⇒ x ∼ z.
部分集合 R ⊂ X ×X の言葉では、上の性質 (1), (2), (3) は次の様に言ひ換へられる:
(1) (x, x) ∈ R. (2) (x, y) ∈ R =⇒ (y, x) ∈ R.(3) (x, y) ∈ R かつ (y, z) ∈ R =⇒ (x, z) ∈ R.
例 5.2. (1) m は整数 ̸= 0 とする。X = Z 上の関係 ≡ をx ≡ y とは x− y が m で割り切れる事
と定義すると、これは同値関係になる。この関係は mに依るので、(単に x ≡ y でなく)x ≡ y (mod m) と記す事が多い。(2) V は体 F 上のベクトル空間とし、W はその部分空間とする。このときX = V 上の関係 ∼ を
x ∼ y とは x− y ∈ W なる事
と定義すると、これは同値関係になる。(3) X = R 上に関係 ∼ を
x ∼ y とは x ≤ y なる事
と定義すると、これは定義 5.1 の (1), (3) は満たすが (2) は満たさないので、同値関係ではない。(4) X = Cn+1 ∖ {0} 上に関係 ∼ を
x ∼ y とは或る c ∈ C× に対し cx = y なる事
と定義すると、これは同値関係になる。
問 5.3. (1) X = R 上に関係 ∼ をx ∼ y とは xy > 0 なる事
と定義する。この関係に対応する R×Rの部分集合を図示せよ。また、∼ が同値関係であるかどうかを判定せよ。
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(2) xy > 0 の代りに xy ≥ 0 によつて ∼ を定義した場合はどうか?
6. 集合の同値類による分割
集合 X 上の同値関係は X の分割を与へる事を説明する。
定義 6.1. 各 x ∈ X に対し、x を含む X の部分集合 [x] を
[x] := {x′ ∈ X| x′ ∼ x}
と定義し、これを(X に於ける)x の同値類 (equivalence class) と呼ぶ。また、X の ∼ に関する商集合(または剰余集合, quotient set,
factor set)X/∼ をX/∼ := {[x]| x ∈ X}
と定義する。
すると次が成り立つ:
• [x] ̸= ∅,
•∪
[x]∈X/∼
[x] = X,
• [x] ∩ [y] =
{[x] if [x] = [y],
∅ if [x] ̸= [y].
故に
(6.1) X =⊔
[x]∈X/∼
[x]
は X の分割である:
定義 6.2. 集合 X の分割 (partition) とは
(6.2) X =⊔λ∈Λ
Xλ,
と、X を幾つかの(非可算無限個でもよい)部分集合の非交和 (disjoit union)
に(即ち
(6.3) X =∪λ∈Λ
Xλ, Xλ ̸= ∅, Xλ ∩Xµ = ∅ (λ, µ ∈ Λ, λ ̸= µ)
となる様に)分ける事である(ここに⊔は非交和の記号)。或いは、
この条件 (6.3) を満たす集合族 (family of sets) (Xλ)λ∈Λ の事をX の分割といふ事もある。
上で、X 上の同値関係が X の分割を与へる事を見たが、逆に、(6.2)が X の分割であるとき、X 上の関係 ∼ を
x ∼ y とは或る λ ∈ Λ に対し x, y ∈ Xλ となる事
と定義すると、これは同値関係になる。従つて、X 上に同値関係を与へる事とX の分割を与へる事とは同等である。
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次に、∼ が X 上の同値関係であるとき、写像
π : X → X/∼x 7→ [x]
は全射である。逆に、全射
π : X → Y
が与へられたとき、X 上の関係 ∼ を
x ∼ x′ とは f(x) = f(x′) なる事
と定義すると、これは同値関係になり、写像
X/∼ → Y(6.4)
[x] 7→ π(x)(6.5)
は全単射である(即ち Y は X/∼ と “同一視” 出来る)(この写像 π を「自然な全射」または「自然な射影」等と呼ぶ)。また、
(6.6) X =⊔y∈Y
f−1(y)
は X の分割である。従つて次の三つは同等7 である:
(1) X 上に同値関係を与へる事、(2) X の分割を与へる事、(3) 全射 π : X → Y を与へる事。
集合 X 上の同値関係 ∼ に関する剰余集合X/∼ の各元(即ち各同値類 [x] から一つずつ元を取つて集めた集合をX/∼ の(∼ に関する)完全代表系と言ふ。即ち、
定義 6.3. X の部分集合X0が同値関係∼に関する一つの完全代表系 (acomplete set of representatives)であるとは、自然な全射 π : X → X/∼を X0 に制限したもの π|X0 : X0 → X/∼ が全単射である事である。各同値類 [x] ∈ X/∼ に対し、x0 ∈ [x] となる x0 ∈ X0 が(完全代
表系の定義により)唯一つ存在するが、これを [x] の(X0 に於ける)代表元 (representative) と呼ぶ。8
7. 剰余環 Z/mZ
剰余集合 X/∼ の例として、剰余環 Z/mZ を取り挙げる。m は 0 でない整数とする。既に見た様に(5.2, (1))、
a ≡ b (mod m) とは m|(a− b) なる事
7ここで、(3) の Y が (1), (2) にどの様に現れるかと言ふと、Y は (6.4) により(1) の X/∼ と同一視され、また Y は (6.6) の様に (2) の分割の添字集合として現れる。
8完全代表系を一つ固定して考へてゐない場合、[x] の任意の元を [x] の代表元と呼ぶ事もある。
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と定義する事により Z 上に同値関係 ≡ (mod m) が定まるのであつた(ここに「m|a」は「m は a を割り切る」事を表す記号)。この関係による Z の商集合を Z/mZ 又は Z/(m) と記す。集合として
Z/mZ = {[0], [1], . . . , [m− 1]}である。Z/mZ は(単に集合であるだけでなく)可換環の構造を持つ。即ち、この集合に和 [a] + [b] と積 [a][b] を
[a] + [b] := [a+ b], [a][b] := [ab]
により定義出来る。
問 7.1. この演算の定義が well-defined である事を確かめよ。
多項式環 F [x](F は体)の剰余環も同様に定義される。即ち、m ∈F [x] を 0 でない多項式とするとき、集合 F [x] に関係 ≡ (mod m) を
f ≡ g (mod m) とは m|(f − g) なる事
と定義すると、これは同値関係になる。これによる F [x] の商集合を
F [x]/mF [x] 又は F [x]/(m)
と書く。Z/mZ の時と同様、F [x]/(m) には和と積が自然に定義され、可換環となる。f ∈ F [x] の属する同値類を [f ] と書く。m の(多項式としての)次数を d とすると、
F [x]/(m) = {[f ]| f ∈ F [x]} = {[f ]| deg(f) < d}である。F [x]/(m) は d-次元 F -ベクトル空間である。
問 7.2. 剰余環 Q[x]/(x2 + 2x+ 3) を考へる。(1)Q[x]に於けるmod x2+2x+3の完全代表系として{[ax+b]| a, b ∈ Q}が取れる事を示せ。(2) i = 2, 3, 4 に対し、[xi] の代表元を (1) の代表系から選べ。
8. 群
群については後期の講義(代数学概論第三、第四)で詳述するので、ここでは最低限の定義と基本性質だけ述べるに止める。
定義 8.1. 集合 G が群 (group) であるとは、二項演算
G×G → G
(g, h) 7→ g · hが定義されてをり、以下の三つの公理を満たす事である:(G1) 任意の f, g, h ∈ G に対し (f · g) · h = f · (g · h).(G2) 或る元 e ∈ Gが存在して、任意の g ∈ Gに対し e ·g = g ·e = g.(G3) 任意の g ∈ G に対し或る g′ ∈ G が存在して g · g′ = g′ · g = e.
群Gが可換群 (commutative group)またはアーベル群 (abelian group)
であるとは、さらに次の公理を満たす事である:(G4) 任意の g, h ∈ G に対し g · h = h · g.
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注意 8.2. (G2) の元 e を G の単位元 (identity element) と呼ぶ。群の単位元は唯一つである。
(G3) の元 g′ を g の逆元 (inverse) と呼ぶ。g の逆元は(各 g につき)唯一つである。
G の演算の記号 · は他の記号で書かれる事も多い(記号を略して ghと「積」の様に書かれる事も多い)。特に可換群の場合は「プラス」の記号 + で書かれる事も少なくない。単位元の記号としては、 e の他、1 や (アーベル群の場合には) 0
が使はれる事もある。
注意 8.3. (G1)のみを仮定する代数系を半群 (semigroup)と呼ぶ。(G1)
と (G2) を仮定する代数系を単位的半群またはモノイド(monoid) と呼ぶ。
例 8.4. (1) 集合 {1, . . . , n}から自分自身への全単射全体の集合 Sn は、写像の合成 f ◦ g により二項演算
Sn × Sn → Sn; (f, g) 7→ f ◦ gが定義され、これに関して Snは群を成す。これをn次対称群 (nth symmetric group)
と呼ぶ。|Sn| = n! である。その単位元は恒等写像であり、f ∈ G の逆元は f の逆写像 f−1 である。Sn の元は(
1 · · · ni1 · · · in
)等の形で表示される。Sn の元を置換 (permutation) と言ふ。置換は見かけ(上の様な表示の仕方)が違つても同じ元を表す事がある事に注意せよ。(2) Z, Q, R, C, ... 等は加法に関しアーベル群をなす。剰余環 Z/mZ も同様。より一般に、n を自然数とするとき、Zn, Qn, Rn, Cn, (Z/mZ)n,... 等も加法に関しアーベル群をなす。(これらの群の演算は通常「和」の記号 + で表される。)
Z× = {±1}, Q× = Q∖ {0}, R× = Q∖ {0}, C× = Q∖ {0}, ... 等は乗法に関しアーベル群をなす。(これらの群の演算は通常 · で表されるか、又は間に何も書かずに (a, b) 7→ ab の様に表される。)(3) Q, R, C, ... 等の元を成分とする n次正方行列 g であつて正則なもの全体の集合GLn(Q), GLn(R), GLn(C), ... は行列の積に関し群をなす。n ≥ 2 ならばこれらは非可換である(n = 1 ならばQ×,R×,C×, ...と一致する)。
9. 環
定義 9.1. 集合 Rが環 (ring)であるとは、「和 (sum)」及び「積 (prod-
uct)」と呼ばれる二つの二項演算
+ : R×R → R; (a, b) 7→ a+ b
· : R×R → R; (a, b) 7→ a · b
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が定義されてをり、以下の公理を満たす事である:(A1) 任意の a, b, c ∈ R に対し (a+ b) + c = a+ (b+ c).(A2) 或る元 0R (又は単に 0) ∈ R が存在して、任意の a ∈ R に対
し a+ 0R = 0R + a = a.(A3) 任意の a ∈ Rに対し或る元 b ∈ Rが存在して a+b = b+a = 0R
となる(この b を −a と書く)。(A4) 任意の a, b ∈ R に対し a+ b = b+ a.(M1) 任意の a, b, c ∈ R に対し (a · b) · c = a · (b · c).(D) 任意の a, b, c ∈ Rに対し (a+b)·c = a·c+b·c, a·(b+c) = a·b+a·c.
即ち、R は + に関してアーベル群をなし · に関して半群をなし、さらに分配律 (D) を満たす、といふ事である。これらに加へて(M2) 或る元 1R (又は単に 1) ∈ R が存在して任意の a ∈ R に対し
a · 1R = 1R · a = a.
を仮定する事もある。この様な環を単位的環 (ring with unity)と言ふ。以下、断らない限りこれを仮定する。
注意 9.2. 公理 (M1) を仮定しない代数系で「環」と呼ばれるものもある(例へば「Lie 環」)。その立場からは、(M1) を仮定するものは結合的環 (associative ring) と呼ばれる。
さらに環 R が(C) 任意の a, b ∈ R に対し a · b = b · a
を満たすとき可換環 (commutative ring) と呼ばれる。
注意 9.3. (1) 以下では積 a · b の記号 · を省略して単に ab と記す。(2) a+ (−b) を a− b と記す。(3) a1, . . . , an ∈ R を足すとき、その結果は足す順序に依らないから、これを a1 + · · ·+ an と記す。(4) 積 a1 · · · an についても、並べる順序さへ変へなければ、どの隣り合ふ二つの積から計算しても(結合律 M1 により)結果は同じなので、括弧は付けなくてよい(が、R が非可換環ならば、a1, . . . , an を並べる順序には気を付けねばならない)。
例 9.4. (1) Z, Q, R, C は可換環である。N は環ではない。剰余環Z/mZ や F [x]/(m) (F は体)は可換環である。(2) R を環とする。R の元を係数とする多項式全体の集合 R[x] :={∑
i aixi| ai ∈ R} は(多項式の普通の和と積に関し)環をなす(R
が非可換のときでも R の元と変数 x とは可換と約束するのが普通であるが、「普通」でない場合もあり、その時はどういふ関係式を入れるか断つてある筈である)。これを R 上の(一変数)多項式環と言ふ(多変数版もある)。R が可換ならば R[x] も可換である。(3) Rを環とする。Rの元を係数とする形式的冪級数全体の集合R[[x]] :={∑∞
i=0 aixi| ai ∈ R} は(冪級数の普通の和と積に関し)環をなす。R
上の(一変数)形式的冪級数環と言ふ(多変数版もある)。
13
(4) Rを環とする。Rの元を成分とする n次正方行列全体の集合Mn(R)は(行列の普通の和と積に関し)環をなす。これを R上の行列環と言ふ。
定義 9.5. 環 Rの元 aが可逆元 (invertible element)または単元 (unit)であるとは、或る b ∈ R が存在して ab = ba = 1 となる事である。この b を a−1 と記す。
R の可逆元全体の集合を R× により表す。R× は R の積に関して群をなす。
例 9.6. Z× = {±1}, Q× = Q∖ {0}, R× = R∖ {0}, C× = C∖ {0}.mを 0でない整数とするとき、(Z/mZ)× = {a ∈ Z/mZ| a は m と互ひに素}.F を体とするとき、F [x]× = F×, また、F [[x]]× = {
∑∞i=0 aix
i| ai ∈ F, a0 ∈ F×}.Mn(F )× = GLn(F ).
定義 9.7. 可換環 R が体 (field)9 であるとはR× = R ∖ {0} である事である。
例 9.8. (1) Q, R, C は体である。剰余環 Z/mZ は m が素数 p のときに限り体である(これをしばしば Fp と記す)。剰余環 F [x]/(m) は mが既約多項式のときに限り体である。(2) F は体とする。F の元を係数とする一変数 x の有理式全体の集合F (x) := {f/g| f, g ∈ F [x], g ̸= 0} は自然に体をなす。(3) F は体とする。F の元を係数とする一変数 x の Laurent 級数全体の集合 F ((x)) := {
∑i aix
i| ai ∈ F, ai ̸= 0 なる i < 0 は有限個 } は自然に体をなす。
定義 9.9. R = {0} は自明に環をなす(この環に於いては 0 = 1 である)。これを零環 (zero ring) と呼ぶ。
注意 9.10. 任意の a, b ∈ R に対し ab = 0 となる環 R を零環と呼ぶ流儀もあるらしいが、あまり一般的ではない。
10. Z/mZ の乗法群
命題 10.1. a ∈ Z について[a] ∈ (Z/mZ)× ⇐⇒ a と m とは互ひに素。
定義 10.2. (Z/mZ)× の元の個数 φ(m) (を m の函数と思つたもの)を Euler 函数または Euler の tortient 函数と呼ぶ;
φ(m) : = #(Z/mZ)×
= {a ∈ Z| 1 ≤ a < m, (a,m) = 1}.9この講義では「体」と言つたら可換体の事とし、非可換体は「非可換体」または
「斜体」 (skew field) と呼ぶ事にする。
14
F は体とし、m ∈ F [x]は 0でない多項式とする。上の命題と同様に、
命題 10.3. a ∈ F [x]/(m) について
[a] ∈ (F [x]/(m))× ⇐⇒ a と m とは互ひに素。
問 10.4. m と互ひに素な任意の整数 a に対し
aφ(a) ≡ 1 (mod m)
である事を示せ。(特に m が素数 p のとき
ap−1 ≡ 1 (mod p)
である。)
問 10.5. 具体的な m(例へば m = 7, 10, . . .)に対し、Z/mZ に於いて次を計算せよ:(1) [2]i, [3]i, . . . を求めよ。(2) m と互ひに素な各 a に対し [a]−1 を求めよ。
注意 10.6. 次の事実が知られてゐる:m が素数 p のとき、p と互ひに素な或る整数 a があつて、
ai ̸≡ 1 (mod p) if i < p− 1.
問 10.4 で見た様に ap−1 ≡ 1 (mod p) であるから、上の様な a に対し
Z/pZ = {[a], [a]2, . . . , [a]p−1 = [1]}となる。この様な a を mod p の原始根 (primitive root) と呼ぶ。
11. 部分環
定義 11.1. 環 R の部分集合 S が、R の演算に関して環をなすとき、S は R の部分環 (subring) であると言ふ。
注意 11.2. R が単位的であるとき、部分環の条件には「S も単位的であり、1 を共有する、即ち 1S = 1R である」事も含めるのが普通である。
環 R の部分集合 S が部分環である事を確かめるには、S が、和、積、a 7→ −a で閉ぢてゐる事を確かめればよい。
例 11.3. (1) R, Q, Z はそれぞれC, R, Q の部分環である。(2) Z は多項式環 Z[x] の部分環である。Z[x] は二変数多項式環 Z[x, y]の部分環である。(3) R を環とする。R 上の n次行列環 Mn(R) に於いて、スカラー行列の全体 {a
. . .a
∣∣∣∣∣∣ a ∈ R
}
15
は Mn(R) の部分環である(これはしばしば R 自身と同一視される)。また、上三角行列の全体{a11 · · · a1n
. . ....
ann
∣∣∣∣∣∣ aij ∈ R
}も Mn(R) の部分環である(下三角でも同様)。
定義 11.4. 二つの環R,Sに対し、その(環としての)直積 (direct product)
R× S を、直積集合
R× S = {(r, s)| r ∈ R, s ∈ S}
に和と積をそれぞれ「成分ごとの和」と「成分ごとの積」
(r, s) + (r′, s′) = (r + r′, s+ s′), (r, s) · (r′, s′) = (r · r′, s · s′)
で定義したもの、と定義する。
R × S の零元は (0R, 0S) であり、(R, S が単位的ならば)1R×S =(1R, 1S) である。
12. 環の準同型
R, S を環とする。
定義 12.1. 写像 ϕ : R→ S が(環)準同型 ((ring) homomorphism) であるとは「環の構造を保つ事」即ち任意の x, y ∈ R に対して
ϕ(x+ y) = ϕ(x) + ϕ(y), ϕ(xy) = ϕ(x)ϕ(y)
なる事である。
注意 12.2. 上の定義より ϕ(0R) = 0S は自動的に従ふが、ϕ(1R) = 1Sは必ずしも従はない。R,S が単位的と仮定するときは通常 ϕ(1R) = 1Sも仮定する。
定義 12.3. 準同型 ϕ : R → S が同型 (isomorphism) であるとは、全単射である事10 である。
このとき、逆写像 ϕ−1 : S → R も同型である。単に二つの環 R,Sが同型であると言つたら、或る同型写像 ϕ : R→ S
が存在するといふ意味である(R と S の間の同型写像は一般には複数あり得る)。このとき R ≃ S 又は R ∼= S 等と記す。
10本当は「全単射であり、その逆写像も準同型である事」とすべきだが、この場合は「逆が準同型」なのは自動的だから省略してゐる。位相空間論に於ける「同相写像」の定義と比較せよ。
16
例 12.4. (1) 環準同型 ϕ : Z→ Z は恒等写像のみである。(2) R が S の部分環であるとき、包含写像 ϕ : R→ S は環準同型である。例へば ϕ : F [x]→ F [x, y]; f(x) 7→ f(x) 等。(3) F [x], F [y] を体 F 上の多項式環とする。F [y] の元 ξ を選ぶごとに環準同型
ϕ : F [x] → F [y]∑i
aixi 7→
∑i
aiξi
が定まる。11
(4) 整数 a に対し、その mod m での剰余類 a (mod m) を対応させる写像 ϕ : Z→ Z/mZ は全射環準同型である。多項式環の場合の ϕ : F [x]→ F [x]/(m) も同様。
定義 12.5. 準同型 ϕ : R→ S に対し、
Im(ϕ) := {ϕ(a)| a ∈ R}Ker(ϕ) := {a ∈ R| ϕ(a) = 0}
と置き、それぞれ ϕ の像 (image), 核 (kernel) と呼ぶ。
「像」は一般の(集合の間の)写像に対して定義される概念であるが、「核」は準同型でないと定義されない事に注意せよ。
問 12.6. (1) Im(ϕ) は S の部分環である事を確かめよ。(2) Ker(ϕ) は次の性質を持つ事を確かめよ:
(i) Ker(ϕ) は加法に関しアーベル群をなす。(ii) 任意の a ∈ R と b ∈ Ker(ϕ) に対し ab ∈ Ker(ϕ) かつ ba ∈
Ker(ϕ).
(特に、Ker(ϕ) は単位的とは限らない R の部分環である。)
13. イデアル
定義 13.1. 環 R の部分集合 I が R のイデアル (ideal) であるとは次の性質を持つ事である:
(1) I は加法に関しアーベル群をなす。(2) 任意の a ∈ R と b ∈ I に対し ab ∈ I かつ ba ∈ I.
R が可換のときは ab ∈ I と ba ∈ I とは同値であるが、非可換のときはさうではない。ab ∈ I だけ課したものを左イデアル、ba ∈ I だけ課したものを右イデアルと呼ぶ(左イデアルかつ右イデアルであるもの(即ち定義 13.1 の意味のイデアル)を両側イデアルとも呼ぶ)。
11この ϕ は「任意の a ∈ F に対し ϕ(a) = a」なる性質を持つ。この性質を持つ環準同型 ϕ : F [x]→ F [y] は全て上の様にして得られる。
17
例 13.2. (1) 環準同型 ϕ : R→ S の核 Ker(ϕ) はR のイデアルである。(実は逆に、任意のイデアルは或る環準同型の核になる事が次の節で分かる。)(2) R は可換環とする。12 m ∈ R に対し、
(m) := mR(または Rm)
:= {ma| a ∈ R}
はRのイデアルである。この形のイデアルを単項イデアル (principal ideal)
と呼ぶ。より一般に、m1, . . . ,mr ∈ R に対し
(m1, . . . ,mr) := m1R + · · ·+mrR(または Rm1 + · · ·+Rmr)
:= {m1a1 + · · ·+mrar| xi ∈ R}
は R のイデアルである。これを m1, . . . ,mr で生成される R のイデアルと言ふ。より一般に、R の部分集合 S に対し
(S) := {m1a1 + · · ·+mrar| r ≥ 1, mi ∈ S, ai ∈ R}は Rのイデアルである。これを S で生成される Rのイデアルと言ふ。
(3) R が直積環R = R1 ×R2 であるとき、
I1 := {(a1, 0)| a1 ∈ R1}I2 := {(0, a2)| a2 ∈ R2}
とおくと、これらは R のイデアルである。これらはそれぞれ R1, R2
と「同一視」出来、単位元を無視すれば R の部分環であるが、単位的環としては R の部分環ではない((1R1 , 0R2) ∈ I1, (0R1 , 1R2) ∈ I2 は1R = (1R1 , 1R2) と異なる)。
問 13.3. R は可換環とする。a, b ∈ R について、次の同値性を確かめよ:
a|b ⇐⇒ (a) ⊃ (b).
ここに a|b は「a は b を割り切る」事を表す記号である。
問 13.4. Zの単項13イデアルであつて (1728)を含むものを全て求めよ。
定義 13.5. 環 R の二つのイデアル I, J に対し、それらの和 I + J と積 IJ を
I + J := {a+ b| a ∈ I, b ∈ J},
IJ := {∑i
aibi| ai ∈ I, bi ∈ J},
と定義する。
12可換でなくても定義可能だが、修正が要る。13後に見る様に (§20), 実は Z のイデアルは全て単項である。
18
問 13.6. I, J がそれぞれ R の部分集合 S, T により生成されるイデアル (S), (T ) であるとき、
(S) + (T ) = (S ∪ T ),
(S)(T ) = (R), ここに R = {st| s ∈ S, t ∈ T},
である事を確かめよ。
14. 剰余環
R を環とし、I を R のイデアルとする。R に関係 ∼ を
a ∼ b とは a− b ∈ I なる事
と定義すると、これは R に於ける同値関係になる。この同値関係による R の剰余集合 R/ ∼ を R/I と書く。また、a ∈ R の属する同値類[a] を
a+ I 又は a (mod I)
等とも書く。集合 R/I に和と積を
[a] + [b] := [a+ b], [a][b] := [ab]
により定義すると、R/I はこれらの演算に関して環をなす。これを Rの I による剰余環14 (residue class ring 又は factor ring) と呼ぶ。例へば整数環 Z の剰余環 Z/mZ は上でR = Z, I = (m) = mZ とし
たときの R/I である。
問 14.1. (1) 剰余環に於ける和と積の定義が well-defined である事を確かめよ。
(2) イデアルの定義(定義 13.1)に於いて、「任意の a ∈ R と b ∈ I に対し…」となつてゐるが、これを「任意の a, b ∈ I に対し…」としたら、剰余環を定義するに際してどこが不都合になるか?
R, I は上の通りとする。自然な写像
π : R → R/I
a 7→ a (mod I)
がある。
命題 14.2. 上の写像 π は全射環準同型であり、Ker(π) = I である。
14「商環」と呼ぶ文献もあるが、「商環」は別の意味で使はれる事もあるので、この講義では使はない。
19
15. 環の同型定理
ϕ : R→ S が環準同型であるとき、ϕ は環準同型
ϕ̄ : R/Ker(ϕ) → Im(ϕ)
[a] 7→ ϕ(a)
を誘導する。
問 15.1. ϕ̄ が well-defined である事を確かめよ。
定理 15.2 (第一同型定理). ϕ̄ : R/Ker(ϕ)→ Im(ϕ) は環の同型である。
例 15.3. I が R のイデアルであるとき、行列環 Mn(R) の部分集合
Mn(I) := {(aij)| aij ∈ I}は Mn(R) のイデアルである。写像
Mn(R) → Mn(R/I)
(aij) 7→ ([aij])
は全射環準同型であり、その核は Mn(I) に一致する。従つて第一同型によりMn(R)/Mn(I) ≃ Mn(R/I) である。
問 15.4. 自然な同型 Z[x]/mZ[x] ≃ (Z/mZ)[x] がある事を示せ。
定理 15.5 (第二同型定理). 次の集合の間の自然な一対一対応がある:
{R の部分環で I を含むもの } 1:1←→ {R/I の部分環 }
{R のイデアルで I を含むもの } 1:1←→ {R/I のイデアル }
例 15.6. 多項式環Z[x] のイデアルで (x) を含むものは、Z[x]/(x) ≃ Zのイデアルと一対一に対応する。
問 15.7. Z/(1728) のイデアルを全て求めよ。次に、第三同型定理を説明するため記号を準備する。S は環 R の部
分環、I は Rのイデアルとする。このときS+I := {a+b| a ∈ S, b ∈ I}は Rの部分環であり、S を部分環として含む。また、I は S+I のイデアルでもある。そこで、包含写像S → S+ I と射影 S+ I → (S+ I)/I合成として、自然な準同型
ϕ : S → (S + I)/I
x 7→ x (mod I)
が得られ、その核は S ∩ I である。故に、第一同型定理により、単射準同型
ϕ̄ : S/(S ∩ I) → (S + I)/I
が誘導される。
20
定理 15.8 (第三同型定理). 上の写像 ϕ̄ : S/(S ∩ I) → (S + I)/I は同型である。
例 15.9. R = Z[x], S = Z, I = mR (m ∈ Z) とすると、S ∩ I = mZ,S + I = Z+mZ[x] であり、Z/mZ ≃ (Z+mZ[x])/mZ[x].
問 15.10. R は行列環 Mn(Z) とし、S はスカラー行列全体からなる Rの部分環とする。m ∈ Z とし、I は各成分が m の倍数である行列全体から成る R のイデアルとする。このとき (S + I)/I ≃ Z/mZ である事を示せ。
16. 零因子、整域、既約元、素元
以下、環 R は可換と仮定する(これまで通り 1 ∈ R も仮定する)。
定義 16.1. R の元 a が零因子 (zero-divisor) であるとは、0 でない或る元 b ∈ R に対し ab = 0 となる事である。
定義 16.2. 整域 (integral domain) とは、零環でなく、0 以外の零因子を持たない環の事である。
以下、R は整域と仮定する。R の元 a が単元 (unit) であるとは、或る b ∈ R に対して ab = 1 と
なる事であつた(定義 9.5)。R の単元全体のなす群を R× により表す。
定義 16.3. 二つの元 a, b ∈ R が互ひに同伴 (associated) であるとは、或る c ∈ R× に対して a = bc となる事である。
「互ひに同伴である」といふ関係は R に於ける同値関係である。容易に分かる様に:
命題 16.4. 整域 R の元 a, b について、
a と b とは同伴 ⇐⇒ a|b かつ b|a ⇐⇒ (a) = (b).
定義 16.5. 0 でも単元でもない元 a ∈ R が既約であるとは、a = bc(b, c ∈ R) と書けたとすると b または c の少なくとも一方が単元である事である。
定義 16.6. 0 でも単元でもない元 a ∈ R が素元であるとは、任意のb, c ∈ R に対し、a が積 bc を割り切るならば a は b または c の少なくとも一方を割り切る事15 である。
「既約元」「素元」の定義はどちらも(Zに於ける)「素数」の性質を抽出したものである。「素元」は一般の可換環に於いて定義されるが、「既約元」は普通整域に於いてのみ定義される。
15これは(後に説明する)「素イデアル」の言葉を使ふと、「単項イデアル (a) が素イデアルである事」と言ひ換へられる。
21
命題 16.7. 素元は既約である。
注意 16.8. 逆は必ずしも真ではない(即ち、既約であるが素元でない元はあり得る)が、後に見る様に (命題 18.3), 一意分解整域に於いては逆も成り立つ。
17. 分数体
R が整域であるとき、「分数」a
b(a, b ∈ R, b ̸= 0)たちの全体 K は体
をなす。これを R の分数体 (fraction field, field of fractions) と呼ぶ。形式的には、次の様に K を構成する:直積集合 R2 に同値関係 ∼ を
(a, b) ∼ (a′, b′) とは ab′ = a′b なる事
と定義し、K := {(a, b) ∈ R2| b ̸= 0}/ ∼
と置く。ここに和 + と積 · を
[(a, b)] + [(a′, b′)] := [(ab′ + a′b, bb′)],
[(a, b)] · [(a′, b′)] := [(aa′, bb′)],
と定義する。
問 17.1. (1) これにより K が体になる事を確かめよ。
(2) K の部分集合 {(a, 1)| a ∈ R} は R と同型な K の部分環である事を確かめよ。
18. 一意分解整域
定義 18.1. R が一意分解整域 (unique factorization domain, UFD) であるとは、0 でも単元でもない R の元は既約元の積に(順序と単元倍を除き)一意的に書ける事である。
即ち、UFD R に於いて、0 でも単元でもない元 a ∈ R は
a = upe11 · · · perr , u ∈ R×, pi は相異なる既約元, ei は整数 ≥ 1,
と書け、16 もしもう一通りに
a = vqf11 · · · qfss , v ∈ R×, qi は相異なる既約元, fi は整数 ≥ 1,
と書けたとすると、r = s であり、q1, . . . , qs を並べ替へれば各 i について pi と qi とは同伴となる、といふ事である。
例 18.2. (1) Z, F [x], F [[x]] は UFD である。
(2) R が UFD ならば、R 上の多項式環 R[x] も UFD である(この事の証明には多少の準備が要るので、後(§21)で説明する)。従つて多変数多項式環 Z[x1, . . . , xn] や F [x1, . . . , xn] (F は体)は UFD である。
16単数 u は(pi のどれかに「繰り込んで」しまへば)書かなくてもよい。
22
上の定義によると、UFDに於いては、a = u∏r
i=1 peii がb = v
∏sj=1 q
fii
を割り切る事は次の条件と同値である:「r ≤ s であり、qj を並べ替へれば i = 1, . . . , r に対して pi と qi とは同伴でありかつ ei ≤ fi.」
0 でない R の元 a の既約元分解に於ける既約元 p の冪指数は、「aが pで何回割れるか」を表す数である。これを ordp(a)または vp(a)により表す(p ∤ a のときは vp(a) := 0)。この記号を用ゐると、a が b を割り切る事は次の条件と同値である:「R の全ての既約元 p に対し vp(a) ≤ vp(b).」従つて UFD の定義より次が分かる:
命題 18.3. UFD に於いては既約元は素元である。
従つて UFDに於いては「既約元」と「素元」とは同値な概念である。「素元」の定義は素元分解の一意性を示すのに便利な様に出来てゐ
るので、次が分かる:
命題 18.4. 整域 R が UFD であるためには、0 でも単元でもない Rの任意の元が素元の積に分解出来る事が必要十分である。
UFD の定義 18.1 に於いては既約元分解の一意性を要求してゐたが、素元分解ならば一意性は自動的に従ふ事に注意されたい。
定義 18.5. a, b ∈ R とする。整域 R に於いて、a が b を割る(記号:a|b)とは、或る c ∈ R に対し b = ac となる事である。このとき a はb の約数(または約元または因子)(divisor) であると言ふ。
a, b ∈ Rの最大公約数(又は最大公約元、greatest common divisor)とは、次の性質を持つ元 d ∈ R の事である:
(1) d|a かつ d|b,(2) もし e ∈ R が「e|a かつ e|b」を満たせば e|d.a と b の最大公約元を GCD(a, b) と記す。
GCDと双対的に最小公倍数(又は最小公倍元, least common multiplier)LCM(a, b) も定義される。三つ以上の元 a1, . . . , an の最大公約元 GCD(a1, . . . , an) や最小公倍
元 LCM(a1, . . . , an) も同様に定義される。これらは、次の命題に見る様に、同伴を除き一意的に定まる。
命題 18.6. R は整域とする。
(1) a と b の最大公約元は、もし存在すれば、全て同伴である(従つてそれらは全て同じ単項イデアル (d) を生成する)。
(2) UFD に於いては、任意の二元に対しその最大公約元が存在する。a, b ∈ R に対し、その最大公約元は次で与へられる:
GCD(a, b) =∏p:素元
pep , ep := min(vp(a), vp(b)).
23
19. 単項イデアル整域
定義 19.1. 整域Rが単項イデアル整域 (PID = principal ideal domain)
であるとは、R の全てのイデアルが単項である事である。
例 19.2. Z, F [x], F [[x]] は PID である。
命題 19.3. R が PID のとき、任意の二元 a, b ∈ R は最大公約元 d を持ち、イデアルとして (a, b) = (d) である。
そこで、R が PID のときは、GCD(a, b) の代りに (a, b) とも書く(正確には前者は単元倍を除いて定まる或る元 ∈ R を表し、後者はそれにより生成される単項イデアルを表す)。
定理 19.4. PID は UFD である。
20. ユークリッド整域
定義 20.1. 整域 R がユークリッド整域 (Euclidean domain) であるとは次の性質を持つ函数 | · | : R→ Z≥0 が与へられてゐる事17 である:
(1) |(|a|) = 0⇐⇒ a = 0.(2) 任意の a, b ∈ R (b ̸= 0) に対し或る q, r ∈ R が存在して
a = bq + r かつ |r| < |b|
となる。
例 20.2. (1) Z は普通の絶対値 |a| によりユークリッド整域である。(2) 体上の一変数多項式環 F [x] は |a| = pdeg(a) によりユークリッド整域である。但し p は整数 ≥ 1. また、 deg(0) = −∞, p−∞ = 0, と定義する。
問 20.3. Z[i] = {a+ bi| ab,∈ Z} は |a+ bi| = a2+ b2 によりユークリッド整域になる事を確かめよ。
定理 20.4. ユークリッド整域は PID である。
従つて(定理 19.4 と合せて)、整域について
Euclid 整域 =⇒ PID =⇒ UFD
である。
17さらに「任意の a, b ∈ R に対し |ab| ≥ |a|」を仮定することもある。
24
21. UFD 上の多項式環
定理 21.1. UFD 上の多項式環は UFD である。
証明のために言葉の準備をする。以下 R は UFDとする。まづ UFDに於いては「最大公約元」の概念が定義される事を思ひ出しておく。
定義 21.2. R係数の多項式 f =∑n
i=0 aixi ∈ R[x] が原始的 (primitive)
であるとはGCD(a0, . . . , an) = 1 である事である。
以下、R の分数体を K とする。K係数の多項式 f ∈ K[x] は
f = cf0, c ∈ K, f0 ∈ R[x] は原始的
と書ける。18 この c は R の単元倍を除き一意的。これを c(f) と書き、f の内容 (content) と呼ぶ。
補題 21.3 (Gaussの補題). 任意の f, g ∈ K[x]に対し c(fg) = c(f)c(g).
系 21.4. (1) R[x] の原始多項式の K[x] に於ける分解はR[x] の原始多項式の積に取れる。(2) R[x] の既約元は K[x] に於いても既約である。
この系 21.4 (2) を「Gauss 補題」と呼ぶ事も多い。定理 21.1 の証明: 0 でも単元でもない f ∈ R[x] が既約元の積に一意的に書ける事を言ふ。f = c(f)f0 (f0 は原始的)と書く。c(f) はR の元だから仮定により一意分解する。f0 を R[x] に於いて既約元の積に書く。系 21.4, (i) により各因子は原始的としてよい。系 21.4,(ii) によりそれは K[x] に於ける既約分解でもある。体上の多項式環K[x] は UFD だから、それは順序と K× の元倍を除き一意的。即ちf0 = p1 · · · pr = q1 · · · qs (pi, qj は既約かつ原始的)とすると、r = sで、適当に並べ替へれば qi = cipi (ci ∈ K×). pi, qi は原始的だからci ∈ R×, 即ちR× の元倍を除き一意的。 □
22. 素イデアル、極大イデアル
R は 1 を含む可換環とする。
定義 22.1. R のイデアル P が素イデアル (prime ideal) であるとは、P ̸= R であり、任意の a, b ∈ R に対し
ab ∈ P =⇒ a ∈ P 又は b ∈ P
が成り立つ事である。
注意 22.2. P が単項イデアル (p) (p ̸= 0, p ̸∈ R×) であるとき、P が素イデアルである事と p が素元である事とは同値である。
18f =∑
i aixi の ai を a′i/bi と既約分数に書き、
c = GCD(a′0, . . . , a′n) · LCM(b0, . . . , bn) とすればよい。
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定義 22.3. R のイデアル M が極大イデアル (maximal ideal) であるとは、M ̸= R であり、M は R のイデアル (̸= R) 全体の集合の中で極大である事である。
定理 22.4. I は R のイデアルとする。(1) I が素イデアルである事と剰余環R/I が整域である事とは同値である。(2) I が極大イデアルである事と剰余環R/I が体である事とは同値である。(3) 極大イデアルは素イデアルである。(4) R 自身と異なる任意のイデアル I に対し、I を含む R の極大イデアルが存在する。
この (4) は「Zorn の補題」を(従つて「選択公理」を)使つて証明する典型的な命題である。
注意 22.5. S は R の部分環であるとする。(1) P が R の素イデアルならば P ∩ S は S の素イデアルである。(2) M が R の極大イデアルでも M ∩ S は S の極大イデアルとは限らない。(反例: (0) は Q の極大イデアルだが (0)∩Z = (0) は Z の極大イデアルではない。)(3) Q が S の素イデアル(resp. 極大イデアル)でも、Q により生成される R のイデアルQR = {
∑i aibi| ai ∈ Q, bi ∈ R} は R の素イデ
アル(resp. 極大イデアル)とは限らない。(反例: R = Z[i], S = Z,Q = (2), (5), (13), . . . .)
注意 22.6. I は R のイデアルとする。このとき、第二同型定理 15.5により
{R のイデアルで I を含むもの } 1:1←→ {R/I のイデアル }なる一対一対応があるが、これの「続き」として次の一対一対応がある:
{R の素イデアルで I を含むもの } 1:1←→ {R/I の素イデアル }
{R の極大イデアルで I を含むもの } 1:1←→ {R/I の極大イデアル }
23. PID の素イデアル
命題 23.1. PID に於いて、0 でない素イデアルは極大である。
特に、Z の極大イデアルは (p) (p は素数)の形であり、F [x] の極大イデアルは (f) (f は既約多項式)の形である。
上の命題は「PID は 1次元」といふ事である:
定義 23.2. 可換環 R の Krull 次元 (Krull dimension) とは、素イデアルの列
0 ⊂ P0 ⫋ P1 ⫋ · · · ⫋ Pd ⫋ R
の長さ d の上限の事である。R の Krull 次元を dim(R) と記す。
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例 23.3. dim(Z[x1, . . . , xn]) = n+ 1.F が体のとき dim(F [x1, . . . , xn]) = n (特に dim(F ) = 0).
実際、Z[x] の場合を次に詳しく見てみよう:
命題 23.4. Z[x] の素イデアルは次のいづれかの形である:
(0), (f), (p, g),
ここに f は Z[x]の既約元、pは素数、g は g は g (mod p)が (Z/pZ)[x]の既約元である様な元 ∈ Z[x] である。これらのうち、(p, g) は極大イデアルである。
F [x, y] の場合も同様である。
24. 中国式剰余定理
Rは可換環とする。I1, . . . , In を Rのイデアルとするとき、環準同型
π : R/∩ni=1 → R/I1 × · · ·R/In
a 7→ (a modI1, . . . , a modIn)
がある。これがいつ同型になるか考へよう。PID に於いては、a と b とが互ひに素である事はイデアルの等式
(a) + (b) = (1) = R と同値であつた。これを一般化して:
定義 24.1. 可換環Rのイデアル I, J が互ひに素 (coprime, mutually prime)
であるとは、I + J = R なる事である。
定理 24.2. R のイデアル I1, . . . , In がどの二つも互ひに素であるとき次が成り立つ:
(1) I1 と I2 · · · In とは互ひに素。(2)
∩ni=1 Ii = I1 · · · In.
(3) R/∩n
i=1 Ii = R/I1 × · · · ×R/In.
系 24.3. R が PID のとき、 0 でも単元でもない元 a ∈ R の素元分解を a = pe11 × · · · × penn とすると
R/pR ≃ R/pe11 R× · · · ×R/penn R.
25. ネーター環とアルティン環
定義 25.1. 可換環 R がネーター環 (Neotherian ring) であるとは、R
の全てのイデアルが有限生成である事である。
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例 25.2. (1) PID はネーター環である。(2) R がネーター環ならば、その任意の剰余環 R/I もネーター環である。(3) R がネーター環のとき、R 上の有限変数多項式環R[x1, . . . , xn] はネーター環である(ヒルベルトの基底定理)。(4) 無限変数の多項式環R[x1, x2, . . . ] はネーター環ではない。
(5) Z[√2, 3√2, 4√2, . . . ] はネーター環ではない。
定理 25.3. 可換環 R について、次の三条件は同値である:(1) R はネーター環である。(2) R に於けるイデアルの増大列 I1 ⊂ I2 ⊂ · · · は停留する。(3) R のイデアルの空でない族はその中に極大元を持つ。
定義 25.4. 可換環 R がアルティン環 (Artinian ring) であるとは、R
に於けるイデアルの減少列 I1 ⊃ I2 ⊃ · · · が停留する事である。
命題 25.5. アルティン環はネーター環である。
例 25.6. 剰余環 Z/mZ (m ̸= 0) や F [x]/(f) (f ̸= 0) はアルティン環である。Z はアルティン環ではない。