脈管専門医からみたABIの位置づけ ·...

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25 閉塞性動脈硬化症のスクリーニングにおいて、ABI (ankle brachial index)は最も普及している検査法といえ る。TASC Ⅱにおいて ABI が 0 .90 以下ならびに 1 .40 を超 える場合は、潜在性心血管イベントの存在を疑うべきと されていること、ACC/AHA末梢動脈疾患診療ガイドライ ン2011においても、0.90以下ならびに1.40以上を異常 値としていることなどからしても、ABI は非常に有益な検 査法で、施設によっては血管内治療の前後で数値を確認 し、改善の有無を判断することがルーチン化されている ところもある。 このようななか今回は、脈管専門医として「ABI/baPWV で見つかる血管病変」「ABIを地域医療に活かす」という 2 点について述べる。 ABI/baPWV でみつかる血管病変 症例 1 62歳、男性。依頼内容は「間欠性跛行のため、下肢動脈 エコーの実施」で、カルテにはABI右0.76、左1.15との 記載があった(1)。下肢動脈エコーでは右前脛骨動脈に 閉塞、右総腸骨動脈に狭窄が確認された。依頼内容には なかったが、血圧が右 120 /70、左 97 /66 で左右差があり、 波形にも異常があったため、頸動脈エコーを実施したと ころ、右の椎骨動脈には順行性血流、左椎骨動脈には逆 流性血流があり、subclavian steal phenomenon がみつ かった。MRAを撮ると逆行性の血流が疑われた。また、 鎖骨下動脈の信号強度に左右差があり、近位部の狭窄・ 閉塞が疑われるような画像で、血管造影でも起始部が描 出されなかったため、「左鎖骨下動脈閉塞」と診断された。 患者の主訴は間欠性跛行で下肢動脈エコーの依頼だった が、最終的に左鎖骨下動脈閉塞をみつけられた。 症例2 間欠性跛行で来院した75歳の男性で、ABIは右0.84、 左0.87で左右差が小さい。大動脈狭窄を疑って脈波を 確認した。下肢の脈波はなだらかで、%mean artery pressure(%MAP)が45%以上、upstroke time(UT)も 180msec以上。上肢の波形が少しなだらかな感じを受け た。エコーではまず腹部大動脈を観察し、次に左右上腕 の血流波形を取得、鎖骨下動脈起始部を観察した結果、 左の鎖骨下動脈起始部に 3 m/sec の病変があった。波形か らは右上肢にも異常が疑われたため腕頭動脈を確認した ところ、可動性の血栓をみつけたため、急遽、手術に踏 み切った。 症例 3 頭痛と複視で来院した77歳、女性。神経内科では一般 的な受診であり、まずは頭蓋内病変を評価した。その結 果脳梗塞がみつかり、原因精査を行った。頸動脈エコー上、 両側総頸動脈に多層性の壁肥厚があり、側頭動脈エコー でhaloサインを認めたため、側頭動脈生検を行い側頭動 脈炎の確定診断となった。通常ならこれで終了となるが、 筆者はbaPWV/ABIに注目した。血圧は右127/63、左 127/65で左右差がなく、baPWVは右2,129、左2,115 で高値、ABI は右 1 .18、左 1 .19 で左右差がなかった。し かし波形の異常がみられたため鎖骨下動脈と上腕動脈の エコーを実施すると、両側鎖骨下動脈に炎症像、両側 IMC 肥厚あり、上腕動脈は post-stenotic pattern だった。 血管造影検査を実施すると両側鎖骨下動脈から上腕動脈 にかけて狭窄があった。側頭動脈炎は全身の動脈に炎症 を波及させる。狭窄病変に対して、血管内治療で血流を 改善させた。 ABI を地域医療に活かす 日本心・血管病予防会では「TAKE! ABI&Echo」という 啓発活動を実施しており、当院も地域の住民を対象に血 管年齢を調べるイベントを主催している。対象は 40 歳以 上の男女で、各回50名募集している。イベントでは血管 年齢について筆者からの説明があり、その後に血管年齢 測定として血圧脈波検査、頸動脈エコー検査、腹部大動 脈エコー検査(希望者のみ)を実施する。筆者のいる地域 のように公共交通網の整備が不十分な地方都市では自動 車が主な交通手段であり、住民の歩行機会が少ないこと が推測される。そのため動脈硬化が存在しても間欠性跛 行などを呈していない潜伏性PAD患者が隠れている可能 性がある。 当院がある北播磨は神戸市の北側に位置し、人口28.6 濱口浩敏 (北播磨総合医療センター神経内科部長) 脈管専門医からみた ABI の位置づけ 第 15 回 臨床血圧脈波研究会 CVT セッション③ この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles.

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 閉塞性動脈硬化症のスクリーニングにおいて、ABI(ankle brachial index)は最も普及している検査法といえる。TASCⅡにおいてABIが0.90以下ならびに1.40を超える場合は、潜在性心血管イベントの存在を疑うべきとされていること、ACC/AHA末梢動脈疾患診療ガイドライン2011においても、0.90以下ならびに1.40以上を異常値としていることなどからしても、ABIは非常に有益な検査法で、施設によっては血管内治療の前後で数値を確認し、改善の有無を判断することがルーチン化されているところもある。 このようななか今回は、脈管専門医として「ABI/baPWVで見つかる血管病変」「ABIを地域医療に活かす」という2点について述べる。

ABI/baPWVでみつかる血管病変症例1 62歳、男性。依頼内容は「間欠性跛行のため、下肢動脈エコーの実施」で、カルテにはABI右0.76、左1.15との記載があった(図1)。下肢動脈エコーでは右前脛骨動脈に閉塞、右総腸骨動脈に狭窄が確認された。依頼内容にはなかったが、血圧が右120/70、左97/66で左右差があり、波形にも異常があったため、頸動脈エコーを実施したところ、右の椎骨動脈には順行性血流、左椎骨動脈には逆流性血流があり、subclavian steal phenomenonがみつかった。MRAを撮ると逆行性の血流が疑われた。また、鎖骨下動脈の信号強度に左右差があり、近位部の狭窄・閉塞が疑われるような画像で、血管造影でも起始部が描出されなかったため、「左鎖骨下動脈閉塞」と診断された。患者の主訴は間欠性跛行で下肢動脈エコーの依頼だったが、最終的に左鎖骨下動脈閉塞をみつけられた。

症例2 間欠性跛行で来院した75歳の男性で、ABIは右0.84、左0 .87で左右差が小さい。大動脈狭窄を疑って脈波を確認した。下肢の脈波はなだらかで、%mean artery pressure(% MAP)が45%以上、upstroke time(UT)も180msec以上。上肢の波形が少しなだらかな感じを受けた。エコーではまず腹部大動脈を観察し、次に左右上腕

の血流波形を取得、鎖骨下動脈起始部を観察した結果、左の鎖骨下動脈起始部に3m/secの病変があった。波形からは右上肢にも異常が疑われたため腕頭動脈を確認したところ、可動性の血栓をみつけたため、急遽、手術に踏み切った。

症例3 頭痛と複視で来院した77歳、女性。神経内科では一般的な受診であり、まずは頭蓋内病変を評価した。その結果脳梗塞がみつかり、原因精査を行った。頸動脈エコー上、両側総頸動脈に多層性の壁肥厚があり、側頭動脈エコーでhaloサインを認めたため、側頭動脈生検を行い側頭動脈炎の確定診断となった。通常ならこれで終了となるが、筆者はbaPWV/ABIに注目した。血圧は右127/63、左127/65で左右差がなく、baPWVは右2,129、左2,115で高値、ABIは右1.18、左1.19で左右差がなかった。しかし波形の異常がみられたため鎖骨下動脈と上腕動脈のエコーを実施すると、両側鎖骨下動脈に炎症像、両側IMC肥厚あり、上腕動脈はpost-stenotic patternだった。血管造影検査を実施すると両側鎖骨下動脈から上腕動脈にかけて狭窄があった。側頭動脈炎は全身の動脈に炎症を波及させる。狭窄病変に対して、血管内治療で血流を改善させた。

ABIを地域医療に活かす 日本心・血管病予防会では「TAKE! ABI&Echo」という啓発活動を実施しており、当院も地域の住民を対象に血管年齢を調べるイベントを主催している。対象は40歳以上の男女で、各回50名募集している。イベントでは血管年齢について筆者からの説明があり、その後に血管年齢測定として血圧脈波検査、頸動脈エコー検査、腹部大動脈エコー検査(希望者のみ)を実施する。筆者のいる地域のように公共交通網の整備が不十分な地方都市では自動車が主な交通手段であり、住民の歩行機会が少ないことが推測される。そのため動脈硬化が存在しても間欠性跛行などを呈していない潜伏性PAD患者が隠れている可能性がある。 当院がある北播磨は神戸市の北側に位置し、人口28.6

濱口浩敏(北播磨総合医療センター神経内科部長)

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第15回 臨床血圧脈波研究会 CVTセッション③

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CVTセッション③

万人の医療圏である。広報で依頼を出して血管年齢調査企画参加者第1回,第2回合計100名(男32名、女68名、平均年齢66.3歳)を募った。参加者は総頸動脈IMT、ABIを測り、基本情報項目として跛行症状の有無を確認した。実施方法は、最初に脈管専門医によるレクチャーを行い、血管疾患を早期に発見する意義を伝えた。検査担当はCVT、超音波検査士などを有する検査技師・放射線技師を中心に据え、相談窓口には脈管専門医を配置し,参加者全員に結果説明を行った。異常がみつかった市民には後日外来受診してもらい、精密検査を実施した。基本情報では跛行症状を呈する人は2例、頸動脈エコーでは内頸動脈狭窄が2例みつかった。ABIの結果は、右の平均が1.12、左の平均が1.10で、0.9以下の症例が1例、上肢血圧の左右差例が1例あったが、後日再検で左右差は認め

なかった(表1)。地方都市の高齢者における下肢病変の進展状況は予想に反して有病者が少なかった。ただこれは、先着順で第1回は募集開始後2時間、第2回は30分で満席となったため,健康志向の強い方が応募したこと、平均年齢が66.3歳と想定よりも若い市民が応募したことが要因と考えられた。

まとめ ABIは簡便に動脈硬化の評価ができる有用な検査法である。単に依頼された数値結果を確認して下肢動脈の狭窄・閉塞を判断するのみではなく、さまざまなデータから疾患を読み解くのが脈管専門医の腕の見せ所である。さらにはCVTと密に連携し、ABIの啓発活動を行うことも脈管専門医の重要な役割であると考えている。

表1 ● 血管年齢調査によるABIの結果

ABI 値(右)平均 1.12 (左)平均 1.10

0.90 以下 0例 1例0.91 以上 1.00 未満 3例 10 例1.00 以上 97 例 89 例上肢血圧の左右差例 1例→後日再検で左右差なし

ABI間欠性跛行で来院

依頼内容「間欠性跛行があるので、下肢動脈エコーをお願いします」

カルテにはABI 右 0.76/ 左 1.15と記載あり

血圧左右差右 120/70、左 97/66波形異常あり

図1 ● 症例1の所見

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