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建設労務安全 22・8 32 脚立は、天板、蝶番(回転金具)、支柱、 踏さん、開き止めなどによって構成され た作業用架台の一種で、鋼製脚立と、ア ルミニウム合金製脚立に分けられます。 安衛則第 528 条は、脚立について、丈 夫な構造で、材料に著しい損傷や腐食が ないものとし、脚と水平面(床面)との 角度は75度以下、踏み面は作業を安全に 行うために必要な面積を有することと規 定しています。 脚立は、単独使用のほかに、2~3台 を並べて足場板を敷き「脚立足場」とし て、また、並べた脚立にバタ角を敷きそ の上に足場板を敷き詰めて「棚足場」と するなど、いろいろな使い方ができる万 能足場用機材です。 脚立として多く使われている「6尺脚 立(1.8m)」は、高さが2m未満である ため安衛法の高所作業には該当せず、天 板での作業を禁じていません。しかし従 来、建設業界では脚立からの転落災害が 多発したため、脚立使用時の3点支持、 足場板のゴムバンド固定とともに、天板 上での単独作業や足場板の使用を禁じる 「建設業の脚立ルール」がありました。 しかし、このルールを嫌い、最近では可 搬式作業台(立ち馬等)の使用が増えて おり、災害も多発しています。 また、脚立と似た形状のものに通称 「うま」があります。これはパイプ脚立 のことで、踏面、踏さんがパイプである ため、安全作業に必要な踏み板面積がな く、足場板との併用で棚足場として認め られていますが、単独使用はできませ ん。軽いのですが、単独使用などの誤使 用による墜落防止のため、持ち込み禁止 とする現場が多いようです。最近はほと んど見かけなくなりました。 災害事例に学ぶ安衛法令 本コーナーでは、現場でよく見られる災害事例を事業者 と被災者の両視点から検討していくとともに、関連する安 衛法令を考える。まずは建設業の死亡災害で最も多い墜落 災害を取り上げ、「足場からの墜落災害」について、足場 の種類別に紹介する。 (編集部) 労働安全コンサルタント 笠原 秀樹 足場からの墜落・転落編 ⑤脚立 脚立足場の片方が倒れて転落死

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建設労務安全 22・832

脚立は、天板、蝶番(回転金具)、支柱、

踏さん、開き止めなどによって構成され

た作業用架台の一種で、鋼製脚立と、ア

ルミニウム合金製脚立に分けられます。

安衛則第 528 条は、脚立について、丈

夫な構造で、材料に著しい損傷や腐食が

ないものとし、脚と水平面(床面)との

角度は75度以下、踏み面は作業を安全に

行うために必要な面積を有することと規

定しています。

脚立は、単独使用のほかに、2~3台

を並べて足場板を敷き「脚立足場」とし

て、また、並べた脚立にバタ角を敷きそ

の上に足場板を敷き詰めて「棚足場」と

するなど、いろいろな使い方ができる万

能足場用機材です。

脚立として多く使われている「6尺脚

立(1.8m)」は、高さが2m未満である

ため安衛法の高所作業には該当せず、天

板での作業を禁じていません。しかし従

来、建設業界では脚立からの転落災害が

多発したため、脚立使用時の3点支持、

足場板のゴムバンド固定とともに、天板

上での単独作業や足場板の使用を禁じる

「建設業の脚立ルール」がありました。

しかし、このルールを嫌い、最近では可

搬式作業台(立ち馬等)の使用が増えて

おり、災害も多発しています。

また、脚立と似た形状のものに通称

「うま」があります。これはパイプ脚立

のことで、踏面、踏さんがパイプである

ため、安全作業に必要な踏み板面積がな

く、足場板との併用で棚足場として認め

られていますが、単独使用はできませ

ん。軽いのですが、単独使用などの誤使

用による墜落防止のため、持ち込み禁止

とする現場が多いようです。最近はほと

んど見かけなくなりました。

災害事例に学ぶ安衛法令災害事例に学ぶ安衛法令

労働安全コンサルタント

笠原 秀樹労働安全コンサルタント

笠原 秀樹

本コーナーでは、現場でよく見られる災害事例を事業者と被災者の両視点から検討していくとともに、関連する安衛法令を考える。まずは建設業の死亡災害で最も多い墜落災害を取り上げ、「足場からの墜落災害」について、足場の種類別に紹介する。 (編集部)

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足場からの墜落・転落編 ⑤脚立

脚立足場の片方が倒れて転落死

33 建設労務安全 22・8

脚立足場で作業中に片方の脚立が倒れて転落脚立足場で作業中に片方の脚立が倒れて転落1

災害事例に学ぶ安衛法令

●発生状況牧場の厩舎でコンパネ用合板を使っての内部間仕切り壁作業中、被災者(大工、66歳・経験50年)は、脚立2台の間へ木製足場板を天板の下の段に敷き作業床として使用していた。何らかの原因で片方の脚立が倒れ、1.5m下のアスファルトの床面に転落し全身を強打して死亡した。

●要因……被災者のアルミ脚立の使用不良(不完全な開脚と開き止め不良)脚立はイラストの形状からアルミニウム合金製脚立(アルミ脚立)と思われます。架設

した脚立足場は、アルミ脚立(高さ1.7m)を2台並べて天板下の踏みさんに木製足場板(幅

0.21m、長さ3m)1枚を架け渡し、脚立と足場板はそれぞれ1個所ずつ固定用のゴムバ

ンドで結束していました。

アルミ脚立転倒の原因は、事例シートでは被災者が作業中に荷重が偏ったためと推測し

ています。これに加え、脚立の3点支持不履行と、開き止めの不完全及びアルミ脚立が鋼

製脚立に比べて4割ほど軽く、安定性などに影響したと思われます。

●対策……事業者 ・ 作業者共に脚立使用の安全基準を再確認脚立を脚立足場として使用する場合は、①脚柱の開き止めを完全に作動させる(アルミ

製は開き止めが脚柱上部2個所にあるため片利きのおそれがあるが、鋼製脚立は最下段の

踏みさんをつなぐ位置1個所で開脚すれば開脚角度を確実に保持できる)、②脚立間隔は

1.8 m以下、③足場板は3個所以上の脚立の踏みさんに架け渡し固定(3点支持)、④足場

板の長手方向の重なり部分は20cm以上、⑤足場板の踏みさんからの突き出しは10cm以上

20cm以下、⑥足場板の設置は高さ2m以下――とすることが必要です(※1、2)。

また、事例シートでは安全帯使用が望ましいと述べていますが、この高さでは墜落阻止

建設労務安全 22・834

脚立と型枠の横ばたパイプに渡した足場板が外れて転落脚立と型枠の横ばたパイプに渡した足場板が外れて転落2

の効果はありません(ランヤード長さの2倍以上の高さが必要)。被災者は保護帽を着用

していましたが、転落時の衝撃で留め具が破損し脱げた状態でした。

【関連条文】 ※1:安衛則第 528 条・・・脚立の構造※2:安衛則第 563 条第1項第5号、同第2項・・・作業床の構造

●発生状況壁型枠を組立て中、被災者(型枠大工、30歳・経験9年)は上部位置のフォームタイを締めるため、足場板の片方を脚立の踏さんに、もう一方を型枠下部の横ばたパイプに架けて作業を行っていたところ、型わく側の足場板が外れて転落し、左足関節骨折を負った。

●要因……事業者の仮設計画の不備、被災者の不正な脚立足場使用事例シートでは、足場板の外れた原因を“作業のはずみ”としていますが、足場板の支

持スパンが長く足場板がたわんで外れたことが考えられます。薦められることではありま

せんが、もし足場板端部に短い桟木か釘が打ってあればパイプに掛かり、足場板の外れは

防げたかもしれません。

●対策……元請と事業者は仮設計画の作成を

①被災者が、なぜ脚立をそのまま足場として使わなかったか疑問です。「なぜ」の解明は

元請の責務です(※1)。

イラストからは脚立を広げる十分なスペースがあり、脚立を壁に平行に3連並べ、足

場板を架ければ脚立足場ができます。また、可搬式作業台(立ち馬)を使えばより簡単

35 建設労務安全 22・8

です。しかし、作業者には「仕事を手早く終えたい」、「できるだけ仮設に手間ひまをか

けたくない」という気持ちがあります。付近に脚立が1脚しかなかったが探しに行くの

は面倒、脚立3連を組むのはもっと面倒、可搬式作業台はない、1人作業・・・などの

理由が推測できます。

②事業者は型枠支保工の組立て等作業主任者を選任し、作業主任者は作業方法を決定し、

作業を直接指揮する必要がありますが(※2)、当該作業は壁の型枠組立て作業で、支

保工の組立て作業ではないため不要です。しかし、作業主任者の選任は狭い範囲だけで

なく型枠工事全般の災害防止に努めることで、それは安衛法の目的(※3)に沿うもの

でもあります。

③脚立を一列に並べて足場板を架け渡す脚立足場は、脚立間隔 1.8 m以下、足場板の突き

出しは10cm以上20cm以下で、足場板端部に桟木等をずれ止めとして取り付けたとして

も突き出しが5cm程度しか確保できません(※4)。

【類似災害】同様の類似災害は多く、作業台のほかに脚立やローリングタワーの事例があります。

災害事例に学ぶ安衛法令

【関連条文】 ※1:安衛法第 10条第1項第4号・・・労働災害の原因の調査及び再発防止対策※2: 安衛法第 14 条、安衛法施行令第6条第 14 号、安衛則第 246、247 条・・・型枠支保工の組

立て等作業主任者の選任、職務※3:安衛法第1条・・・労働安全衛生法の目的※4:安衛則第 563 条第1項第5号、同第2項・・・作業床の構造

脚立上でリード線を引っ張った反動で後方のEV開口部より墜落脚立上でリード線を引っ張った反動で後方のEV開口部より墜落3

建設労務安全 22・836

●発生状況被災者(電工、56歳・経験38年)は脚立(1.5m)にまたがり、壁のボックスからス

チール線(リード線)を使って電線束を引き出していたところ、強く引いたときに電線と

スチール線の接合部が外れ、勢い余って後方のエレベーターシャフト開口部の手すりを乗

り越え墜落した。

●要因……元請の開口部養生の不備、被災者の作業打合せの欠席・作業当日の遅刻被災者は、災害発生前日の作業打合せに参加せず、当日も遅れて入場したため、エレベ

ーター工事着手のため開口部養生を一時撤去すること、階段床部分がモルタル仕上げ中で

あることなどの連絡事項を聞かずに(知らずに)作業に就きました。被災者は経験豊富で

したが、「作業打合せは時間の無駄」と軽視したことが大きく影響しました。

当日、壁面の電気ボックス付近の床はモルタル仕上げ中のため、脚立の位置が作業個所

より離れて開口部に近い位置となり、被災者は無理な姿勢で作業を行うことになりました。

また、一時的な状態とはいえ、開口部養生に大きな不備がありました。

●対策…… 元請の開口部養生指示と作業間連絡・調整の徹底①元請は、エレベーター業者に、エレベーター開口部の養生を一度に撤去せず、フロアご

とに養生を盛り変えて安全確保を指導する必要があります(開口部全面を覆うように指

示を行う)。

注文者及び事業者は当該個所が「高さ2m以上の作業床端部、開口部等で墜落により

労働者に危険を及ぼす恐れのある箇所」(※1)に該当しますから、囲い、手すり、覆

い等を設けなければなりません。状況がイラストの通りとすれば、囲い等に不備があり

ます。

②特定元方事業者の措置義務6項目の1つに、複数の作業者が1つの場所で働く建設現場

等では、作業間の連絡及び調整を行います(※2)。

通常、毎日現場で開催する工程連絡打合せ等で作業間の調整や周知を行いますが、問

題は事例のような、作業打合せの欠席者や翌日の朝礼等に遅れた作業者への連絡や伝達

の仕方です。元請社員は担当業者別に対応し、記録の配布や朝礼での再確認など、現場

事情に適した有効な手立てを考えます。

【類似災害】エレベーター開口部付近の足場上で作業中に転落し、さらにEV開口部上部のすき間か

らシャフト内に墜落した。EV開口部は上部まで完全にふさぐ必要がある。

【関連条文】 ※1:安衛則第 519 条第1項、同 653 条第1項・・・開口部等の墜落防止措置※2:安衛法第 30条第1項第2号、安衛則第 636 条・・・作業間の連絡及び調整

37 建設労務安全 22・8

災害事例に学ぶ安衛法令

3尺脚立(90cm)の天板から転落 3尺脚立(90cm)の天板から転落 4

●発生状況被災者(塗装工、71歳・経験40年)は引き戸を塗装中に上部の塗装状況を確認するため、高さ90cmの脚立の天板に乗ったところ、バランスを崩して転落し、大腿骨骨折を負った。

●要因……事業者の作業者の適正配置の不備、被災者の不安全行動被災者は、引き戸レール隠し箱上部の塗装を確認するため、両手に塗料缶と刷毛を持っ

たまま3尺脚立の面積の狭い天板に乗り、何らかの原因でバランスを崩しました。両手に

物を持っての昇降は、たとえ高さ2m未満の低い個所でも転落時に身を守る動作が遅れて

被災します。

●対策…… 事業者は作業者への体調管理と適正配置を重視する 作業者は脚立の昇降時は手に物を持たない

脚立の天板は幅 12cm、長さ30cmと狭く、作業床としての必要な幅 40cm以上を満たし

ていないため作業床にはなりません(※1)。そこで、建設業界では天板上に乗って作業

をしないルールがあります。

複数の脚立の踏みさんに足場板を渡して脚立足場として使う場合、足場板の幅は21cm

で作業床(法規定は幅40cm)に満たないのですが、作業を行う床の高さが2m以下ならば、

もともと作業床には該当しないため法違反とはなりません。しかし、床の高さが2m未満

の個所での墜落 ・ 転落災害は多いのです。

被災者は高齢で病み上がりでした。職長や作業主任者等は、自己申告や朝礼時及びラジ

オ体操で作業者の状況や様子を観察し、作業者の体調を把握した適正配置を行います(※

2)。安衛法令には高齢者の年齢の定義はありませんが、一般には65歳以上としています。

これは世界保健機構(WHO)に由来するものです。

また、高齢者は単独作業を避ける配置をしてください。

【関連条文】 ※1:安衛則第 563 条第1項第2号・・・作業床の幅※2:安衛法第 62条・・・中高年齢者等についての配慮