国際相続税(1 - MJS...2017/07/14  · 国際税務事例研究会 国際相続税( 1)...

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国際税務事例研究会 国際相続税(17 2017 7 14 日(金) MJS 税経システム研究所 客員研究員 埼玉学園大学大学院教授、税理士 座長 望月 文夫

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国際税務事例研究会

国際相続税(1)

第 7回 2017年 7月 14日(金)

MJS税経システム研究所 客員研究員

埼玉学園大学大学院教授、税理士

座長 望月 文夫

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【目 次】

第1 相続税・贈与税の納税義務者の範囲・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1

第2 国外財産の評価・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12

第3 国外財産の評価をめぐる事例(国税不服審判所平成 28年2月4日裁決)・・・・14

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国際相続税(1) 第1 相続税・贈与税の納税義務者の範囲

はじめに 相続税法は、相続税及び贈与税について、納税義務者、課税財産の範囲、税額の計算の方

法、申告、納付及び還付の手続並びにその納税義務の適正な履行を確保するための必要な事

項を定めるものとされます(相法1)。 最近の経済のグローバル化に伴い、相続税法においても諸外国の相続税の有無やその規

定内容と日本の相続税法との不一致などを利用した租税回避が見られるようになりました。

そこで、相続税・贈与税の納税義務者の範囲について、平成 12 年、平成 15 年、平成 25 年

に改正(課税強化)がなされてきました。 しかし、富裕層によるいわゆる「資産フライト」が引き続き見られたこと、孫に外国籍を

取得させるなどして相続税・贈与税の納税義務を免れようとする動きがあったこと、などに

よる租税回避の動きに対応する必要に迫られました。 そこで、平成 29 年度税制改正において、相続税・贈与税の納税義務の範囲が大きく変更

されました。一方、外国人のうち一時的に国内に住所を有する者に対する課税範囲も変更さ

れましたが、高度外国人材等の受入れの促進に資するものと考えられています。 以下、改正前の納税義務者の範囲を示した概要図を掲げます。 *平成 25年度税制改正後の相続税・贈与税の納税義務者の概要図

国内に 住所あり

国内に住所なし 日本国籍あり

日本国籍 な し

5年以内に国

内に住所あ

5年を超えて

国内に住所

なし

国内に住所あり

国内に 住所 なし

5 年以内に国内に

住所あり

5 年を超えて国内

に住所なし

(注)上の網掛け部分は、国内・国外財産に対して課税できる範囲であり、白い部分(右下

の3か所)は国内財産のみ課税される範囲を示します。 1 資産フライトの事例

これまでは、5年超国外において居住する者が、同じく5年超国外に居住する者に対して

国外財産を贈与した場合には、日本の贈与税が課税されることはありませんでした。一方、

相続人、受遺

者、受贈者

被相続人、贈与者 (国籍問わない)

国内・国外財産ともに課税

国内財産のみに課税

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これらの者が居住する国において、いわゆるキャピタルゲインが課税されない場合、贈与税

はどの国からも課税されないことになります。そこで、日本のいわゆる富裕層がこれらキャ

ピタルゲインを課税しない国に一定期間資産フライトを計画するという事例がありました。 具体的には、国外に5年超居住している A が、国外財産を、同じく国外に5年超居住し

ている B に贈与したとき、贈与税は課税されることはありませんでした。 以下の図をご覧下さい。

(資産フライトの一例) 株式などの売買や贈与などのキャピタルゲインに課税しない国は、いくつがあります。以

下に、それらの国(地域)への永住者の推移を『海外在留邦人数調査統計』から抜粋しまし

た。 *キャピタルゲイン非課税国への永住者数の推移

H8 H12 H17 H26 H27 H28 シンガポール 813 989 1,289 2,250 2,413 2,527 香 港 1,017 418 595 2,521 2,801 2,200 マレーシア 437 601 891 1,420 1,486 1,584 スイス 2,375 3,062 2,936 5,008 5,243 5,345

合 計 4,642 5,070 5,711 11,199 11,943 11,656 (注)各年 10 月1日現在の永住者数を示しています。

(出典:外務省『海外在留邦人数調査統計』)

日 本 外 国

贈与者 A (5年超)

国外財産 贈与 課税なし

受贈者 B (5年超)

国 外 に 転 出

国 外 に 転 出

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前頁の表からは、香港を除く3か国(特に、シンガポールとスイス)への永住者数は、着

実に増加していることがわかります。増えている永住者のうち、上に示した5年を超える期

間これらの国に滞在することで、国外財産の贈与をしてその国の税法だけでなく、日本の相

続税法上課税されないことを狙っていたいわゆる「資産フライト」が一定数を占めていると

言われています。 2 平成 29 年度税制改正による相続税・贈与税の納税義務の範囲の変更 (1)概要 平成 29 年度税制改正における相続税・贈与税の納税義務の範囲変更のポイントは、次に

掲げる事項になります。 ① 駐在など住所が一時的な外国人については、その住所がないものとみなす(注)。

一時的に日本に住所を有する外国人同士の相続の場合には、国外財産(本国の自宅

等)に日本の相続税が課税されないことになり、高度外国人材等の受入れの促進につ

ながる。 ② 贈与者と受贈者の双方が5年超国外に居住してから国外財産を贈与する等の租税回

避を抑制する。 ③ 日本の住所・国籍を有しない者が過去 10 年以内に日本に居住していた者(短期滞在

の外国人を除く)から国外財産を相続等する場合に国外財産を課税することで租税

回避(外国で出生し日本国籍を取得しなかった子に対して一時的に国外に住所を移

した上で国外財産の贈与をすることなどを想定)を抑制する。 (注)具体的には、現在日本に住所がある外国人については、出入国管理及び難民認定法別

表第一の在留資格の者で過去 15 年以内に日本に住所を有していた期間の合計が 10 年以下

である場合は、日本に住所がない者と同様の扱いとします。 現在日本に住所を有していないが過去 10年以内に住所があった外国人である被相続人等

については、過去 15 年以内において国内に住所を有していた期間の合計が 10 年以下の者

である場合は、日本に住所を有していたことがない者と同様の扱いとします。 (2)条文の改正点 まずは、29 年度税制改正後の条文を確認しておきます。 (相続税の納税義務者) 相続税法1条の3第1項 一 相続又は遺贈(贈与をした者の死亡により効力を生ずる贈与を含む。以下同じ。)に

より財産を取得した次に掲げる者であって、当該財産を取得した時においてこの法律

の施行地に住所を有するもの イ 一時居住者でない個人 ロ 一時居住者である個人(当該相続又は遺贈に係る被相続人(遺贈をした者を含む。

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以下同じ。)が一時居住被相続人又は非居住被相続人である場合を除く。) 二 相続又は遺贈により財産を取得した次に掲げる者であって、当該財産を取得した時

においてこの法律の施行地に住所を有しないもの イ 日本国籍を有する個人であって次に掲げるもの (1)当該相続又は遺贈に係る相続の開始前 10 年以内のいずれかの時においてこの法

律の施行地に住所を有していたことがあるもの (2)当該相続又は遺贈に係る相続の開始前 10 年以内のいずれの時においてもこの法

律の施行地に住所を有していたことがないもの(当該相続又は遺贈に係る被相続

人が一時居住被相続人又は非居住被相続人である場合を除く。) ロ 日本国籍を有しない個人(当該相続又は遺贈に係る被相続人が一時居住被相続人

又は非居住被相続人である場合を除く。) 三 相続又は遺贈によりこの法律の施行地にある財産を取得した個人で当該財産を取得

した時においてこの法律の施行地に住所を有するもの(第1号に掲げる者を除く。) 四、五 (略) 同条3項 一 一時居住者 相続開始の時において在留資格(出入国管理及び難民認定法(昭和 26年政令第 319 号)別表第一(在留資格)の上欄の在留資格をいう。次号及び次条第3

項において同じ。)を有する者であって当該相続の開始前 15 年以内においてこの法律

の施行地に住所を有していた期間の合計が 10 年以下であるものをいう。 二 一時居住被相続人 相続開始の時において在留資格を有し、かつ、この法律の施行地

に住所を有していた当該相続に係る被相続人であって当該相続の開始前15年以内にお

いてこの法律の施行地に住所を有していた期間の合計が 10 年以下であるものをいう。 三 非居住被相続人 相続開始の時においてこの法律の施行地に住所を有していなかっ

た当該相続に係る被相続人であって、当該相続の開始前 10 年以内のいずれかの時にお

いてこの法律の施行地に住所を有していたことがあるもののうち当該相続の開始前 15年以内においてこの法律の施行地に住所を有していた期間の合計が10年以下であるも

の(当該期間引き続き日本国籍を有していなかったものに限る。)又は当該相続の開始

前10年以内のいずれの時においてもこの法律の施行地に住所を有していたことがない

ものをいう。 以下、改正点について説明します。 3 「5年しばり」から「10 年しばり」への変更 (1)相続税に関する改正 平成 29 年度税制改正における大きな改正点の一つに、いわゆる「5年しばり」から「10年しばり」に変更されたことがあります。具体的には、日本国籍を有する個人について、次

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のようになりました(相法1条の3①二イ)。 ① その相続又は遺贈に係る相続の開始前 10 年以内のいずれかの時においてこの法律

の施行地に住所を有していたことがあるもの ② その相続又は遺贈に係る相続の開始前 10 年以内のいずれの時においてもこの法律

の施行地に住所を有していたことがないもの(その相続又は遺贈に係る被相続人が

一時居住被相続人又は非居住被相続人である場合を除きます。) 今回の改正によって、日本国籍を有する個人については、原則として、国内財産だけでな

く、国外財産について相続税の納税義務者となることになりました。 ただし、被相続人が 10 年以内に国内に住所がない場合には、相続人が同じく 10 年以内

に国内に住所がない場合であれば、国内財産のみに課税されることになります。 (2)贈与税に関する改正 贈与税についても、日本国籍を有する個人について、いわゆる「5年しばり」から「10 年

しばり」に変更されました(相法1条の4①二イ)。 ③ その贈与前 10 年以内のいずれかの時においてこの法律の施行地に住所を有してい

たことがあるもの ④ その贈与前 10 年以内のいずれの時においてもこの法律の施行地に住所を有してい

たことがないもの(その贈与をした者が一時居住贈与者又は非居住贈与者である場

合を除きます。) 今回の改正によって、日本国籍を有する個人については、原則として、国内財産だけでな

く、国外財産について贈与税の納税義務者となることになりました。 ただし、被相続人が 10 年以内に国内に住所がない場合には、相続人が同じく 10 年以内

に国内に住所がない場合であれば、国内財産のみに課税されることになります。 4 日本国籍のない個人への相続税・贈与税の納税義務 (1)相続税 平成 29 年度税制改正においては、日本国籍のない個人であっても相続税・贈与税の納税

義務者となるように変更されました。具体的には、次のように規定されています(相法1条

の3①二ロ)。 日本国籍を有しない個人(当該相続又は遺贈に係る被相続人が一時居住被相続人又は

非居住被相続人である場合を除きます。) なお、被相続人が 10 年以内に国内に住所がない場合には、相続人が同じく 10 年以内に

国内に住所がない場合であれば、国内財産のみに課税されることになります。 (2)贈与税 贈与税についても、同様の規定が導入されました(相法1条の4①二ロ)。

日本国籍を有しない個人(その贈与をした者が一時居住贈与者又は非居住贈与者で

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ある場合を除きます。) こちらも、相続の場合と同様、贈与者が 10 年以内に国内に住所がない場合には、受贈者

が同じく 10 年以内に国内に住所がない場合であれば、国内財産のみに課税されることにな

ります。 5 日本人の納税義務の概要図 以上のような見直しが行われましたので、日本人(相続人・受贈者の場合)については相

続税等の納税義務の範囲は、次の図のように見直されることになりました。

上の概要図にある薄い網掛け部分は、平成 29 年度税制改正以前の納税義務を示したもの

です。すなわち、改正前における国内財産だけでなく国外財産についても日本の相続税・贈

与税が課税される範囲になります。 これに対して、濃い網掛け(A と B の合計部分)は、平成 29 年4月1日以降、国外財産

への課税範囲が拡大された範囲になります。 以上により、国内財産のみに課税される範囲は非常に狭くなりました。10 年しばりにつ

いて具体的に言えば、被相続人(贈与者)と相続人(受贈者)がともに 10 年を超えて国内

に住所を有しないことになれば、国外財産については課税されることはありません。そこで、

10 年を超える隠遁生活を送ることができるかどうか、という問題になります。 一方、相続人(受贈者)が国内に住所を有せず、日本国籍を持たない場合であったとして

も、被相続人(贈与者)については日本国籍に関係なく、相続時(贈与時)に国内に 10 年

以内に住所を有しないという要件を満たさなければ、国内財産だけでなく国外財産にも相

続税(贈与税)が課税されることになります。 このように、平成 29 年度税制改正はいわゆる資産フライト対策として、非常に厳しい態

度を取ったことになります。

相続人

受贈者5年以内に住所あり

⇩10年以内に住所あり

A

B

国内に住所なし 5年以内に住所なし

⇩10年以内に住所なし

5年以内に住所あり⇩

10年以内に住所あり

(出典:財務省資料を一部改訂)

5年以内に住所あり⇩

10年以内に住所あり

被相続人、贈与者

国内に住所なし

日本国籍あり日本国籍なし

国内に住所あり

国内に住所あり

国内財産のみに課税

国内・国外財産ともに課税

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6 全体概要図 平成 29 年度税制改正を受けて、相続税・贈与税の納税義務の範囲を示すと次のようにな

ります。

7 一時居住者、一時居住被相続人非居住被及び相続人等の導入 平成 29 年度税制改正において、一時的に国内に滞在する外国人については、国外財産に

課税することのないよう、以下のような定義が導入されました(相法1の3③)。 ① 一時居住者 出入国管理及び難民認定法別表第1の在留資格の者で、過去 15

年以内において国内に住所を有していた期間の合計が 10 年以

下の者 ② 一時居住被相続人 日本国籍のない者で、過去 15 年以内において国内に住所を有

していた期間の合計が 10 年以下の者 ③ 非居住被相続人 相続開始の時において国内に住所を有していなかったその相

続に係る被相続人であって、相続開始前 10 年以内のいずれか

の時において国内に住所を有していたことがあるもののうち

その相続の開始前 15 年以内において国内に住所を有していた

期間の合計が 10年以下であるもの又はその相続開始前 10年以

内のいずれの時においても国内に住所を有していたことがな

いもの *一時的に日本に住所を有する外国人同士の相続等の場合には、国外財産(本国の自宅等)

相続人

受贈者

10年以内に住所あり

10年以内に住所なし

短期滞在の外国人(*2)

被相続人、贈与者

(注)図中の網掛け部分は国内・国外財産ともに課税。白い部分は国内財産のみに課税。

国内に住所あり 国内に住所なし

日本国籍あり短期滞在の外国人(*1)

日本国籍なし

  国内に住所あり

*1 出入国管理及び難民認定法別表第1の在留資格の者で、過去15年以内において国内に住所を有していた期間の合計が10年以下の者

*2 日本国籍のない者で、過去15年以内において国内に住所を有していた期間の合計が10年以下の者

(出典:財務省資料)

短期滞在の外国人(*1)

10年以内に住所あり

10年以内に住所なし

国内に住所なし 国内財産のみに課税

国内・国外財産ともに課税

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に日本の相続税が課税されないこととなり、高度外国人材等の受け入れの促進につながる

ことが期待されています。 また、贈与税についても類似の規定が導入されました(同1の4③)。 ④ 一時居住者 贈与の時において在留資格を有する者であってその贈与前 15

年以内において国内に住所を有していた期間の合計が 10 年以

下であるもの ⑤ 一時居住贈与者 贈与の時において在留資格を有し、かつ、国内に住所を有して

いたその贈与をした者であってその贈与前 15 年以内において

国内に住所を有していた期間の合計が 10 年以下であるもの ⑥ 非居住贈与者 贈与の時において国内に住所を有していなかったその贈与を

した者であって、その贈与前 10 年以内のいずれかの時におい

て国内に住所を有していたことがあるもののうちその贈与前

15 年以内において国内に住所を有していた期間の合計が 10 年

以下であるもの又はその贈与開始前 10 年以内のいずれの時に

おいても国内に住所を有していたことがないもの 8 平成29年度税制改正の意義と今後予想される租税回避の事例 さて、平成29年度税制改正により、これまでの5年しばりが10年しばりになりました。

いくら長寿時代と言っても、10年間も海外で「隠遁生活」を送るのは大変になります。そ

の意味で、今回の改正により租税回避をもくろんでいる富裕層には相当なインパクトがあ

ると思われます。 今後日本の相続税・贈与税の納税義務を免れたい日本人が採用し得る方法は、以下のよ

うにかなり限定的になると思います。 (1)10年間耐え忍ぶこと これまでの5年しばりの状況下で頑張ったことを、さらに5年間延長して10年間にする

方法です。あまりにも安易ですが、引き続き考えられる方法です。 (2)国籍を喪失すること 相続人・受贈者が住所の有無と日本国籍の有無で区分されていることから、住所を国外

に移しさらに日本国籍を喪失することで、国外財産の課税範囲が(一応)減少するかもし

れません。しかし、いくら相続人・受贈者が国籍を喪失したとしても、被相続人・贈与者

が国内に住所があった場合には何の意味もありません。また、今回の改正で被相続人・贈

与者が10年以内に国内に住所がある場合にも課税対象になってしまいました。国籍を喪失

したからといって相続税・贈与税を簡単に免れるわけではなくなりました。 ちなみに、法務省によると最近の日本国籍を喪失する者の状況は、次の通りとなってい

るとのことです。

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【国籍喪失者数の推移】 平成24年 平成25年 平成26年 平成27年 平成28年

711人 767人 899人 911人 1,058人 (出典:法務省「過去5年間の国籍喪失者の推移」)

日本では無国籍者は認められませんので、日本国籍を喪失した者は既に外国籍を有して

いることになります。上の表にあるように、最近5年間を見る限り日本国籍喪失者の人数

は着実に増加しています。 9 相続税法基本通達 本稿執筆直後、平成29年度税制改正に対応した通達改正が行われました。そこで、ここ

では改正の有無を含めて本稿に関係のありそうなものを掲げておきます。 なお、本文に下線の引いてあるものが平成29年度税制改正に伴う改正部分です。 (納税義務の範囲) 1 の3・1 の4共-3 法第1条の3第1項各号又は第1条の4第1項各号に掲げる

者の相 続税又は贈与税の納税義務の範囲は、それぞれ次のとおりであるから留意す

る(平 15 課資 2-1、平 25 課資 2-10、平 27 課資 2-9、平 29 課資 2-14 改正)。 (1)無制限納税義務者(法第1条の3第1項第1号又は第1条の4第1項第1号に

掲げる個人(以下「居住無制限納税義務者」という。)又は第1条の3第1項第2号

又は第1条の4第1項第2号に掲げる個人(以下「非居住無制限納税義務者」という。)

をいう。以下同じ。) 相続若しくは遺贈又は贈与により取得した財産の所在地がどこ

にあるか にかかわらず当該取得財産の全部に対して相続税又は贈与税の納税義務を

負う。 (2)制限納税義務者(法第1条の3第1項第3号又は第1条の4第1項第3号に掲

げる個人(以下「居住制限納税義務者」という。)又は第1条の3第1項第4号又は

第1条の4第1項第4号に掲げる個人(以下「非居住制限納税義務者」という。)を

いう。以下同じ。) 相続若しくは遺贈又は贈与により取得した財産のうち法施行地に

あるものに 対してだけ相続税又は贈与税の納税義務を負う。 (3)特定納税義務者(法第1条の3第1項第5号に掲げる個人をいう。以下同じ。) 被相続人が法第 21 条の9第5項に規定する特定贈与者(以下「特定贈与者」という。)

であるときの当該被相続人からの贈与により取得した財産で同条第3項の規定(以下

「相続時精算課税」という。)の適用を受けるものに対して相続税の納税義務を負う。 (注) 平成 29 年4月1日から平成 34 年3月 31 日までの間に非居住外国人(平成

29 年4月1日から相続若しくは遺贈又は贈与の時まで引き続き法施行地に住所を有

しない個人であって日本国籍を有しないものをいう。)から相続若しくは遺贈又は贈

与により財産を取得した時において法施行地に住所を有しない者であり、かつ、日本

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国籍を有しない個人については、所得税法等の一部を改正する等の法律(平成 29 年

法律第4号)附則第 31 条第2項の規定により上記⑵の非居住制限納税義務者に当た

ることに留意する。 (居住無制限納税義務者の判定) 1 の 3・1 の 4 共-4 (平 29 課資 2-14 改正により削除) (「住所」の意義) 1 の 3・1 の 4 共-5 法に規定する「住所」とは、各人の生活の本拠をいうのである

が、その生活の本拠であるかどうかは、客観的事実によって判定するものとする。こ

の場合において、同一人について同時に法施行地に 2 箇所以上の住所はないものと

する。(平 15 課資 2-1 改正) (国外勤務者等の住所の判定) 1 の 3・1 の 4 共-6 日本の国籍を有している者又は出入国管理及び難民認定法(昭和 26 年政令第 319 号)別表第二に掲げる永住者については、その者が相続若しくは

遺贈又は贈与により財産を取得した時において法施行地を離れている場合であって

も、その者が次に掲げる者に該当する場合(1 の 3・1 の 4 共-5 によりその者の住所

が明らかに法施行地外にあると認められる場合を除く。)は、その者の住所は、法施行

地にあるものとして取り扱うものとする。(昭 57 直資 2-177 追加、平 2 直資 2-136、平 15 課資 2-1 改正) (1) 学術、技芸の習得のため留学している者で法施行地にいる者の扶養親族となって

いる者 (2) 国外において勤務その他の人的役務の提供をする者で国外における当該人的役務の提供が短期間(おおむね1 年以内である場合をいうものとする。)であると見込まれる者(その者の配偶者その他生計を一

にする親族でその者と同居している者を含む。) (注) その者が相続若しくは遺贈又は贈与により財産を取得した時において法施行

地を離れている場合であっても、国外出張、国外興行等により一時的に法施行地を離

れているにすぎない者については、その者の住所は法施行地にあることとなるのであ

るから留意する。 (日本国籍と外国国籍とを併有する者がいる場合) 1 の 3・1 の 4 共-7 法第 1 条の 3 第 1 項第 2 号イ又は第 1 条の 4 第 1 項第 2 号イ

に規定する「日本国籍を有する個人」には、日本国籍と外国国籍とを併有する重国籍

者も含まれるのであるから留意する。(平 15 課資 2-1 追加、平 25 課資 2-10、平

27 課資 2-9 改正)

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まとめ 平成29年度税制改正による納税義務の範囲の再構築では、一時居住外国人を除いて資産

フライトを行うことが非常に難しくなった、というかほとんど不可能になったのではない

かと思います。 29年度税制改正は4月1日に施行されていますので、最近、隠遁生活が5年前後を経過

した方々には、「もう5年我慢すればいいのか。」と思っているかもしれませんが、ちょっ

と長いようにも思います。 最後に、「10年しばり」が「15年しばり」や「20年しばり」になるのかどうか、です

が、これは富裕層の動向によると思います。高齢化社会・格差社会が進行する中、今後も

資産フライトが進行するということがあれば、更なる税制改正が行われるかもしれませ

ん。

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第2 国外財産の評価 はじめに 相続税の課税対象となる財産が、「国内財産」か「国外財産」のいずれに該当するかに

ついては、財産がどこにあるのかその所在を判定する必要があります。 1 財産の所在 財産の所在については、相続税法10条に規定があります。そして、相続税法10条4項

に、「財産の所在の判定は、当該財産を相続、遺贈又は贈与により取得した時の現況によ

る。」と規定されています。 財産の種類 所在の判定

動産 その動産の所在によります 不動産又は不動産の上に存する権利、船舶

又は航空機 その不動産の所在によります。 船舶又は航空機については、船籍又は航空

機の登録をした機関の所在によります。 鉱業権、租鉱権、採石権 鉱区又は採石場の所在によります 漁業権又は入漁権 漁場に最も近い沿岸の属する市町村又はこ

れに相当する行政区画の所在によります。 預金、貯金、積金又は寄託金で次に掲げる

もの (1) 銀行又は無尽会社に対する預金、

貯金又は積金 (2) 農業協同組合、農業協同組合連合

会、水産業協同組合、信用協同組

合、信用金庫、労働金庫又は商工

組合中央金庫に対する預金、貯金

又は積金

その受け入れをした営業所又は事業所の所

在によります

生命保険契約又は損害保険契約などの保険

金 これらの契約を締結した保険会社の本店又

は主たる事務所の所在によります 退職手当金等 退職手当金等を支払う者の住所又は本店若

しくは主たる事務所の所在によります 貸付金債権 その債務者の住所又は本店若しくは主たる

事務所の所在によります 社債、株式、法人に対する出資又は外国預

託証券 その社債若しくは株式の発行法人、出資さ

れている法人、又は外国預託証券に係る株

式の発行法人の本店又は主たる事務所の所

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在によります 合同運用信託、投資信託又は特定目的信託

に関する権利 これらの信託の引受けをした営業所又は事

業所の所在によります 特許権、実用新案権、意匠権、商標権等 その登録をした機関の所在によります 著作権、出版権、著作隣接権 これを発行する営業所又は事業所の所在に

よります 上記財産以外の財産で、営業上又は事業上

の権利(売掛金等のほか営業権、電話加入

権等)

その営業所又は事業所の所在によります

国債、地方債 国債及び地方債は、法施行地(日本国内)

に所在するものとされます。外国又は外国

の地方公共団体その他これに準ずるものの

発行する公債は、その外国に所在するもの

とされます その他の財産 その財産の権利者であった被相続人の住所

によります 2 評価通達5-2(国外財産の評価) 国税庁は、国外財産の評価に関して平成12年に評価通達5-2を発遣しました。これ

は、平成12年度税制改正によって、一定の要件を満たした納税義務者が取得した国外財産

も相続税法上課税対象とされたことによります。 評価通達5-2は、次のようになっています。 (国外財産の評価) 5-2 国外にある財産の価額についても、この通達に定める評価方法により評価す

ることに留意する。 なお、この通達の定めによって評価することができない財産に

ついては、この通達に定める評価方法に準じて、又は売買実例価額、精通者意見価格

等を参酌して評価するものとする。(平 12 課評 2-4 外追加) (注) この通達の定めによって評価することができない財産については、課税上弊

害がない限り、その財産の取得価額を基にその財産が所在する地域若しくは国におけ

るその財産と同一種類の財産の一 般的な価格動向に基づき時点修正して求めた価額 又は課税時期後にその財産を譲渡した場合における譲渡価額を基に課税時期現在の

価額として算出した価額により評価することができる。

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第3 国外財産の評価をめぐる事例(国税不服審判所平成28年2月4日裁決)

1 事実の概要 本件は、審査請求人 P1、同 P2 及び同 P3(以下、順に「請求人 P1」、「請求人 P2」及び

「請求人 P3」といい、併せて「請求人ら」という。)が、被相続人 P4(以下「本件被相続

人」という。)に係る相続財産であるアメリカ合衆国(以下「米国」という。)e 州 f 市所在

の不動産の価額を、f 市財産税の評価額に基づき評価して相続税の申告をしたところ、原処

分庁が、当該不動産の価額は、e 州遺産税の申告における価額(鑑定評価額)によるべきで

あるなどとして、相続税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をしたのに対

し、請求人らが、その全部の取消しを求めた事案である。 2 争点 米国に所在する 17 の不動産の評価をどのようにすべきか 3 審査請求に至る経緯 イ 本件被相続人は、平成 22 年 3 月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡した。

本件被相続人の死亡により開始した相続(以下「本件相続」という。)の共同相続人は、

本件被相続人の妻である請求人 P2、長男である請求人 P1 及び二男である請求人 P3 で

ある。請求人らは、本件相続に係る相続税について、別表 1 の「当初申告」欄のとおり記

載した相続税の申告書(以下「本件申告書」という。)を、法定申告期限内である平成 23年 1 月 4 日に G 税務署長に提出して相続税の申告をした(以下「本件申告」という。)。

ロ 本件申告に係る相続財産及び債務等は、別表 2 の「申告額」欄に金額の記載のある財産

及び債務等であり、この中には、別表 3 記載の f 市○区所在の不動産 17 物件(ただし、

順号 1 の不動産については持分 3 分の 1。以下併せて「本件対象不動産」という。)が含

まれている。 ハ 請求人 P1 及び請求人 P3 は、平成 23 年 12 月 14 日、本件申告において、本件対象不

動産のうち、別表 3 の順号 2 ないし 17 の物件の本件被相続人の持分を全部としていた

が、これは誤りであり、真実の持分は 10 分の 6 であるなどとして、G 税務署長に対し、

別表 1 の「更正の請求」欄のとおり、更正の請求をしたが、同税務署長は、平成 24 年 3月 12 日付で、更正をすべき理由がない旨の通知処分をした。 請求人 P1 及び請求人 P3 は、上記通知処分に対し不服申立てをしていない。

ニ G 税務署長は、原処分庁所属の調査担当職員の調査に基づき、平成 25 年 7 月 30 日付

で、請求人らに対し、別表 1 の「更正処分及び賦課決定処分」欄のとおり、本件相続に係

る相続税の各更正処分(否認内容等は後記(4)のトのとおり。以下「本件各更正処分」とい

う。)及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」といい、本件

各更正処分と併せて「本件各更正処分等」という。)をした。

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ホ 請求人らは、平成 25 年 9 月 27 日、本件各更正処分等を不服として、異議申立てをし

たところ、異議審理庁は、平成 27 年 1 月 14 日付で、棄却の異議決定をした。 ヘ 請求人らは、平成 27 年 2 月 20 日、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、

審査請求をした。 なお、請求人らは、請求人 P1 を総代として選任した。

【経緯】 4 基礎事実 以下の事実は、請求人らと原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によって

もその事実が認められる。 イ 本件被相続人は、医師であり、同じく医師である P5 と共に、昭和○年頃から、a 市 b 町

○-○所在のd病院を共同で経営していた(以下、d 病院に係る事業を「本件病院事業」と

いう。)。 請求人 P2 は、d 病院に薬剤師として勤務していた。

ロ H 社は、昭和○年○月○日に設立された、医療器具のリース及び販売、不動産の売買、賃

貸借等を事業目的とする法人であり、本件相続開始日まで、本件被相続人が代表取締役を

務め、本件被相続人及び請求人 P2 が発行済株式の全部を有していた。 ハ 本件被相続人、請求人 P2、P5 及びH社は、昭和 62 年 5 月 15 日、外国における不動

産の売買、賃貸借等の事業を共同で営むことを目的とする任意組合契約を締結し、任意組

合を組成した(以下、当該任意組合を「本件組合」という。)。 本件組合は、f 市所在の不動産(主に居住用物件)を賃貸する事業(以下「本件不動産

事業」という。)を営んでいた。 本件相続開始日における本件不動産事業に係る不動産は、本件対象不動産のほか、別表

4 の順号 1 の不動産の請求人 P2 及び P5 の各持分 3 分の 1 並びに請求人 P2 所有の順号

18 の不動産(以下併せて「本件組合不動産」という。)である。 ニ 本件組合不動産の○○(登記記録)上の本件被相続人、請求人 P2 及び P5 の所有権登記

は、別表 4 の「登記持分(本件申告)」欄のとおりである。 ホ 請求人 P2 は、本件相続開始日後、f 市に事務所を置く不動産鑑定会社である J 社に本

件対象不動産の鑑定を依頼し、別表 3 の「 鑑定価額」欄のとおり鑑定結果を得た(以

下、同欄記載の価額を「本件鑑定価額」という。)上、2010(平成 22)年 12 月 19 日、

H22.3

被相続人 死亡

H22.1219 H23.1.4 H25.7.30

米国遺産税 申 告

日本相続税

申 告

本件更正 処分

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本件鑑定価額を本件対象不動産の価額として、本件被相続人に係る e State Estate Tax(e州遺産税)及び United States Estate Tax(連邦遺産税)の申告をした(以下、これらの

申告を併せて「本件米国申告」という。)。なお、e 州遺産税及び連邦遺産税は、いずれも

いわゆる遺産課税方式(被相続人の遺産全体を課税物件として課税する方式)による相続

税である。 本件米国申告のうち、e 州遺産税の申告については、e State Department of Taxation and Finance(e 州税務・財政局)から、当該申告が申告どおり受理され、納付義務が履

行されたことを証明する旨及びこれまでに開示されていなかった資産が新たに見つかっ

た場合等を除き、当該申告についての審議をやり直すことはない旨が記載された 2011(平

成 23)年 4 月 13 日付の Closing Letter(クロージングレター)と題する文書が発行され

ている。 なお、連邦遺産税については、特例措置により、2010(平成 22)年中はその課税が停

止されていたことから、本件相続に係る課税はされなかったものである。 ヘ 請求人らは、平成 22 年 12 月 28 日付遺産分割協議書(以下「本件遺産分割協議書」と

いう。)により、本件被相続人の相続財産について遺産分割協議を成立させた上、同協議

書記載の本件被相続人の財産及び債務等を相続財産及び債務等として、本件申告をした。 請求人らは、本件申告において、本件対象不動産の価額を、別表 3 の「本件申告におけ

る価額」欄の「 財産税評価額」欄記載の Real Property Tax(f 市財産税)の算定の基

礎となる評価額(Market Value。以下「財産税評価額」といい、本件対象不動産に係る

財産税評価額を「本件財産税評価額」という。)から、本件財産税評価額に借家権割合と

して 100 分の 30 の割合を乗じた金額を控除して算定した「 評価額」欄記載の価額とし

た。 ト 本件各更正処分が基礎とした相続財産及び債務等の金額は、別表 2 の「更正処分額」欄

のとおりであり、否認内容等は次のとおりである。 (イ) 本件対象不動産について 本件対象不動産の評価通達 5-2 に定める売買実例価額、精通者意見価格等を参酌して評

価した価額は、本件申告が用いた本件財産税評価額に基づく価額ではなく、本件鑑定価額と

認められるから、その差額を課税価格に加算又は減算する。 (ロ) 土地(貸家建付借地権)について 別表 2 の順号 1 の(1)ないし(4)の貸家建付借地権は、借家権割合の誤り等の評価誤りがあ

るから、その評価差額を課税価格に加算する。 (ハ) 有価証券について (以下、省略)

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5 両当事者の主張 原処分庁 請求人

次の理由から、本件対象不動産の価額は、

本件鑑定価額によるべきである。また、当

該価額から借家権の価額を控除することは

できない。

イ 本件鑑定価額は、f 市の不動産鑑定の精

通者である J 社によって、本件相続開始日

における市場価格として評価されたもので

あり、本件対象不動産の近隣の比較取引事

例各 3 件以上の売買実例価額を本件対象不

動産の各物件の態様に応じて調整した価額

等を考慮していることから、評価通達 5-2に定める「売買実例価額、精通者意見価格

等を参酌して評価するもの」に該当する。 ロ 本件鑑定価額の算定上考慮された比較

取引事例の財産税評価額は、同物件の売買

実例価額と比較して、大きくかい離してい

ることから、財産税評価額は「不特定多数

の当事者間で自由な取引が行われる場合に

通常成立すると認められる価額」を示すも

のとはいえず、評価通達 5-2 に定める「売

買実例価額、精通者意見価格等を参酌して

評価するもの」とは認められない。 また、請求人らが本件財産税評価額の算

次の理由から、本件対象不動産のうち、

別表 3 の順号 3 及び 4 以外の不動産(以下

「本件係争不動産」という。なお、本件組合

不動産>本件対象不動産>本件係争不動産

の順に、広い範囲を示すものである。)の価

額は、本件財産税評価額から、当該価額に

借家権割合として 100 分の 30 の割合を乗

じて計算した価額を控除した価額によるべ

きである 仮に、本件財産税評価額による評価が認

められないとしても、別表 3 の順号 3 及び

4 の不動産を含め、借家権割合の控除は認

められるべきである。

イ 本件鑑定価額は、売買実例価額として

採用した比較取引事例が各 3 件程度と少数

であり、売主・買主の条件、経済状況等、物

件に関連しない取引の特殊事情により価額

が左右されている可能性を否定できないこ

とから、「売買実例価額、精通者意見価格等

を参酌して評価するもの」として不適当で

ある。 ロ 本件財産税評価額は、各不動産区分に

おいて過去の近隣の売却物件の類似価格又

は○○という売買実例価額から導かれる数

値を用い、多くの比較取引事例の売買実例

価額を考慮した上で計算され、取引ごとの

特殊性を排除できるほどに平準化される形

で売買実例価額を算出されていることか

ら、本件鑑定価額よりも、評価通達 5-2 に

定める「売買実例価額、精通者意見価格等

を参酌して評価するもの」として適切であ

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定上考慮されたと主張する売買実例価額

は、その状況、所在地域等、本件対象不動産

との類似性が不明であり、どのように参酌

されているのかが明らかでない。 さらに、本件財産税評価額の評価基準日

は、2009(平成 21)年 1 月○日及び 2010(平成 22)年 1 月○日であり、本件相続開

始日ではない。 ハ 請求人らは、本件米国申告において、

本件対象不動産の価額を本件鑑定価額によ

っている。 ニ そもそも、本件対象不動産は、評価通

達 5-2 に定める「この通達に定める評価方

法に準じて」評価することができない財産

なのであるから、これに、ある部分につい

てのみ評価通達(評価通達 93)を適用して

評価をすることは背理であって、借家権の

価額を控除することはできない。また、国

外の不動産については、賃貸借による制約

の有無や程度、価額への影響が不明である

ことから、評価通達 93 の定めを国外の不動

産に適用する合理性は認められない。

る。 また、本件財産税評価額の評価基準日は、

2009(平成 21)年 1 月○日及び 2010(平成

22)年 1 月○日であるが、不動産の取引価額

は短期間で大きく変動するものとは考えに

くいから、この両日の価額が近似値であれ

ば、この間の平準化した価額を用いるのが

適切であり、これらの観点から考えれば、

本件相続開始日においてもこの平準化した

価額と同額であると強く推認することがで

きる。 ハ 仮に、本件鑑定価額が評価通達 5-2 に

定める価額と認められるとしても、同通達

は、最も適切なある特定の方法により評価

すべきとは定めておらず、納税者が、適切

な方法の中から、自己に最も有利な評価方

法を選択して申告することが認められるべ

きである。 ニ 本件財産税評価額は、借家権の負担が

ない物件をサンプルとして算出したもので

あると予測され、また、本件鑑定価額は、そ

の算定に当たり考慮された比較取引事例に

賃借権が設定されていない不動産が多く、

賃借権の設定による不動産価額の減少は評

価されていないと考えられるから、評価通

達 93 及び同 94 の(1)に準じて K 国税局長

が定める 100 分の 30 の借家権割合を控除

すべきである。

6 判断 イ 法令解釈等 (イ) 評価の原則 相続税法第 22 条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額について、特別の定

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めがあるものを除き、当該財産の取得の時における時価による旨規定しているところ、ここ

にいう時価とは、相続による取得の時において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数

の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち客観

的交換価値をいうものと解される。 そして、財産の客観的交換価値は、必ずしも一義的に確定されるものではないから、課税

実務においては、財産評価の一般的基準として、評価通達が定められ、原則として、同通達

に定められた画一的な評価方式によって財産を評価することとされているが、かかる取扱

いは、税負担の公平、効率的な税務行政の実現等の観点から合理的であり、当審判所におい

ても相当と認める。 (ロ) 国外財産の評価 評価通達 5-2 は、国外財産の評価について、同通達に定める評価方法によることを原則

としつつ、同通達の定めによって評価することができない財産については、同通達に定める

評価方法に準じて、又は売買実例価額、精通者意見価格等を参酌して評価するものとする旨

定めている。これは、外国の法令や制度は国内と同一ではないことから、国外財産の中には、

国内の法令や制度を前提として定められた評価通達をそのまま適用して評価することにな

じまないものがあり、そのような財産については、同通達に定める評価方法に準じて評価す

るか、又は売買実例価額、精通者意見価格等を参酌して、当該財産の客観的交換価値を個別

的に把握するとの趣旨に出たものであると解され、かかる取扱いは当審判所においても相

当と認める。 ロ 認定事実 請求人ら提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認め

られる。 (イ) e 州遺産税及び連邦遺産税(以下併せて「e 州遺産税等」という。)に係る財産の評価

に関する法令の規定 e 州遺産税の申告において計上すべき財産の評価については、非居住者にも居住者に関す

る規定が適用されるとされ、e Tax Law(e 州税法)第○章第○条(b)、第○条(b)(1)の各規定に

より、Internal Revenue Code(米国内国歳入法)第 26 章第 2031 条の規定が準用されてい

る。 そして、米国内国歳入法第 26 章第 2031 条は、連邦遺産税の申告において計上すべき

「gross estate(総遺産)」の価額は、被相続人の死亡時における資産の価額を算定するもの

と規定し、同法の委任を受けた米国財務省規則第 20 の 2031-1(b)は、「総遺産」に含まれる

資産の価額は、被相続人の死亡時における「fair market value(適正市場価額)」とする、

「適正市場価額」とは、自発的売手と自発的買手が、いずれも強制されることなく、かつ双

方ともに関連事実について合理的知識を持った上で、その資産を取引する際の価額をいう、

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資産は、地方税納税のための評価額で申告してはならない、ただし、当該価額が評価日時点

における適正市場価額を反映している場合はこの限りではないなどと規定している。 (ロ) 本件鑑定価額の評価方法等 本件鑑定価額に係る鑑定評価書(以下「本件鑑定評価書」という。)によれば、本件鑑定

価額は、J 社所属の e 州の認定を受けた鑑定人が、米国鑑定業務基準に従い、本件対象不動

産の本件相続開始日時点の市場価格(競争のある公開市場で、公正な販売に必要なあらゆる

条件において、買手と売手が互いに慎重かつ賢明に行動し、その価額が不適切な影響を受け

ないと仮定した場合に形成される価額をいう。)を評価したものであるとされている。 そして、本件鑑定評価書は、比較取引事例として、本件相続開始日に近接した時期の、本

件対象不動産の各物件と同一建物内の類似タイプのユニット又は近隣の類似物件の取引事

例を各 3 件以上選定し、取引時期、立地、設備、階数、眺望、建築の品質及び床面積等の市

場価格に影響を及ぼすと考えられる諸要因に係る本件対象不動産と比較取引事例の較差を

踏まえて比較取引事例の売買実例価額を調整し、取引事例比較方式による試算価格を算定

した上、物件ごとに、原価方式及び収益方式の採用の可否を判断して、別表 3 の順号 5 以

外の不動産については、原価方式及び収益方式を採用せず、取引事例比較方式による試算価

格そのものを採用価格とした上、そこから、本件相続開始日において有効に存続している賃

貸借契約の残存期間を考慮した減価を行って最終価格を決定し、また、同別表の順号 5 の

不動産については、取引事例比較方式による試算価格ではなく、収益方式による価格を採用

して最終価格を決定し、本件鑑定価額を求めている。 (ハ) 本件財産税評価額の評価方法等(なお、本項記載の事実は、当審判所が職権調査によ

り収集した f City Department of Finance(f 市財務局)作成の本件係争不動産に係る財産

税通知書(以下「本件財産税通知書」という。)及び同財務局発行の○年版の f 市財産税の評

価方法に関するガイドライン等の証拠から認められる。) A 評価基準時 財産税評価額の評価基準時は、各年の 1 月○日である。 なお、請求人らが本件申告において本件対象不動産の価額の基礎とした本件財産税評価

額には、評価基準時が 2009(平成 21)年 1 月○日である 2009/2010 年度の財産税評価額と、

評価基準時が 2010(平成 22)年 1 月○日である 2010/2011 年度の財産税評価額とが混在し

ている。 B 評価方法 財産税評価額の評価方法は、物件の居室数に応じて分類される「クラス」ごとに異なり、

本件係争不動産が属するクラス○(○ないし○件の居室を有する物件)及びクラス○(○件以上

の居室を有する物件)についての評価方法の概要は、次のとおりである(なお、請求人らが

当審判所に提出した f 市財務局発行の財産税に関するクラス別の説明書は、○年○月改訂版

であり、本件相続開始日当時の財産税評価額の評価方法を説明したものとは認められな

い。)。

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(A) クラス○についての評価方法 別表 3 の順号 5 の不動産は、クラス○に分類される。 本件財産税通知書において、別表 3 の順号 5 の不動産の本件財産税評価額は、収受した

又は収受可能な収入を基準に評価した価額であり、同不動産に係る総収入に、○○という係

数を乗じて計算する収益方式により評価したものであるとされている。 (B) クラス○についての評価方法 別表 3 の順号 1、2 及び 6 ないし 17 の各不動産は、クラス○に分類される。 本件財産税通知書において、別表 3 の順号 1、2 及び 6 ないし 17 の各不動産の本件財産

税評価額は、販売価額ではなく賃貸物件としての価額を評価すべきものであり、まず、ビル

全体に係る総収入額を推定し、これに○○を乗じてビル全体の評価額を推定した上で各居室

に割りつけるという収益方式により評価したものであるとされている。 (ニ) 財産税評価額に関する論評等 A f 市財務局が発行した○○(財産税報告書)の記載内容 f 市財務局が発行した○年版の財産税報告書の冒頭に、「○○」と題した特別報告が掲載され

ている。当該特別報告は、○年の e Real property Tax Law(e 州財産税法)の大改正の原因

となった上院法案○の内容等及びこれがその後○年間の f 市財産税に及ぼした影響について

まとめたものであり、そこには、「従前、自用の居住用不動産の財産税評価額は、売買事例

を比準した比較方式で評価されていたが、○法の制定により、e 州財産税法第○条が規定さ

れ、コンドミニアム形式等の居住用不動産は、売買価額と関係なく、賃貸用不動産として収

益方式により評価されることとなった結果、それらの不動産の財産税評価額は、相当低額と

なり、しばしば実際の市場価格や売買価額との相関関係が全く見出せないような状況とな

った。また、f 市財務局が実施した、個々の区画の売買価額を基に評価した価額と収益方式

によって算定された価額の比較分析では、両価額は顕著にかい離している場合があり、特に、

高価額のコンドミニアム等についてその傾向が顕著である。」旨が記載されている。 B City of Office of the Comptroller(f 市監査官室)が発行した○○(財務監査報告書)の

記載内容 f 市監査官室が○年に発行した財務監査報告書には、「f 市財務局が、財産の評価方法を変

更した結果、財産税評価額が大きく変動し、一部の不動産の納税額に大きく影響を及ぼした。

すなわち、クラス○の不動産の財産税評価額の評価方法は、○/○年度より前は、○○(純利益

キャップレート方式)を採用し、○/○年度から○○(○方式)に変更され、○/○年度から○○(純

利益キャップレート方式)に再度変更された。両評価方法は、e 州財産税法によって認めら

れているものの、変更の根拠は示されず、当該評価方法の変更は、クラス○の不動産の評価

額に多大な変動を及ぼした。また、居室数が○件より下のクラス○から○の不動産の財産税評

価額を算出するための標準が変更されたことにより、それらの不動産の財産税評価額にも

多大な影響を及ぼした。加えて、f 市財務局は、財産税評価額を算定する際に採用する比較

不動産の選定を、財産評価ガイドラインに従って適切に行っておらず、その結果、収益が不

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当に低く算定されて過少評価された不動産が見受けられる一方、収益が高く算定されて過

大評価された不動産も見受けられる。」旨が記載されている。 (ホ) 本件鑑定評価書が採用した比較取引事例に係る財産税評価額と売買価額との対比 A クラス○に分類される不動産について 別表 8 の(1)のとおり、クラス○に分類される別表 3 の順号 5 の不動産について、本件鑑

定評価書が選定した比較取引事例は 4 件であるが、各取引事例に係る不動産の財産税評価

額は、売買価額より 5 割ないし 6 割程度低い。 B クラス○に分類される不動産について 別表 8 の(2)ないし(15)のとおり、クラス○に分類される別表 3 の順号 1、2、6 ないし 17の各不動産について、本件鑑定評価書が選定した比較取引事例は 3 件ないし 5 件であるが、

各取引事例に係る不動産の財産税評価額は、売買価額より 7 割ないし 9 割程度低い。 ハ 判断 (イ) 評価通達 13《路線価方式》、同 14《路線価》、同 21《倍率方式》及び同 21-2《倍率

方式による評価》は、土地及び土地の上に存する権利については、売買実例価額、精通者意

見価格等を基として国税局長が評定した路線価に基づいて評価する路線価方式又はこれら

の価額等を基として国税局長が定める倍率を固定資産税評価額に乗じて評価する倍率方式

により評価する旨定めている。また、評価通達 89《家屋の評価》は、家屋については、固

定資産税評価額に一定の倍率を乗じて評価する旨定めている。 そうすると、こうした路線価、倍率ないし固定資産税評価額が定められていない本件対象

不動産については、評価通達の定めによって評価することができないことはもとより、同

通達に定める評価方法に準じて評価することもできないから、上記イの(ロ)のとおり、売買

実例価額、精通者意見価格等を参酌して、その時価、すなわち客観的交換価値を個別的に把

握するのが相当である。 (ロ) そこで、まず、本件鑑定価額が本件対象不動産の客観的交換価値を表すものであるか

をみると、上記 1 の(4)のホ、同 4 の(1)のロの(イ)及び(ロ)のとおり、本件鑑定価額は、本件

米国申告を行うため、e 州遺産税等に係る本件対象不動産の適正市場価額を求めたものであ

るところ、ここにいう適正市場価額とは、自発的売手と自発的買手が、いずれも強制される

ことなく、かつ双方ともに関連事実について合理的知識を持った上で、その資産を取引する

際の価額をいうものとされており、上記イの(イ)でみた相続税法第 22 条に規定する時価、

すなわち客観的交換価値と、基本的に同義の価額を指向するものであると認めることがで

きる。 そして、本件鑑定価額の評価方法等は、上記ロの(ロ)のとおりであって、その鑑定価額の

算定手順に別段不合理な点があるとは認め難いことに加え、上記 1 の(4)のホのとおり、本

件鑑定価額を基にした e 州遺産税の申告が、州税務当局によって是認されていることを併

せ考慮すれば、本件鑑定価額は、e 州遺産税等に係る適正市場価額を表すものであると認め

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られ、ひいては、客観的交換価値を表すものであると認めることができる。 したがって、本件鑑定価額は、本件対象不動産の時価と認められる。 (ハ) 一方、請求人らが本件申告において本件対象不動産の価額の評価の基とした本件財産

税評価額についてみると、次のようにいうことができる。 A 本件財産税評価額の評価基準時は、上記ロの(ハ)の A のとおり、2009 年(平成 21 年)

1 月○日又は 2010 年(平成 22 年)1 月○日であって、相続税法第 22 条に規定する時価の評

価基準時である本件相続開始日(平成 22 年 3 月○日)とは異なる。 B また、上記ロの(ハ)の B のとおり、本件係争不動産が分類されるクラス○及びクラス○に係る財産税評価額の評価方法は、いずれも収益方式によるものとされており、その基本的な

評価姿勢は、必ずしも市場価格ないし売買価額を指向するものとはいうことができない。 C さらに、上記ロの(ニ)の A のとおり、コンドミニアム形式等の居住用不動産に係る財産

税評価額は、売買価額と関係なく、収益方式により評価される結果、しばしば市場価格との

相関関係が見出せないような低額になる状況にあるとの指摘が f 市財務局からされており、

現に、同(ホ)のとおり、本件鑑定評価書が採用した比較取引事例に係る財産税評価額と売買

価額とを対比すると、前者は後者より、クラス○の不動産について 5 割ないし 6 割程度、ク

ラス○の不動産について 8 割ないし 9 割程度低いことが認められる。 これらによれば、少なくともクラス○及びクラス○に分類される不動産に係る財産税評価

額について、市場価格ないし売買価額との相関関係を見出すことはできず、かえって、所有

期間中繰り返し課される財産税としての性格を有することを考慮し、市場価格ないし売買

価額より相当程度低めの評価がされているものであることがうかがわれる。 D 加えて、上記ロの(ニ)の B のとおり、本件財産税評価額に関係する 2009/2010 年度及び

2010/2011 年度の財産税評価額については、f 市監査官室により、度重なる評価方法の変更

や比較不動産の不適切な選定等に起因する評価額の不安定性が指摘されている。 E 以上の諸点に鑑みれば、本件財産税評価額は、本件対象不動産の客観的交換価値を表す

ものであるとは認めることができず、これを時価と認めることはできない。 (ニ) 請求人らの主張について A 請求人らは、本件鑑定価額は、採用した比較取引事例が各 3 件程度と少数であり、取引

の特殊事情により価額が左右されている可能性を否定できないことから、売買実例価額、精

通者意見価格等を参酌して評価するものとして不適当である旨主張する。 しかしながら、請求人らの主張は、抽象的な懸念を述べるものにすぎず、各取引事例の特

殊事情について具体的に指摘するものではない。そして、上記(ロ)のとおり、本件鑑定価額

の評価方法等を検討しても、その算定手順に別段不合理な点は認められないから、請求人ら

の主張は採用することができない。 B 請求人らは、仮に、本件鑑定価額が評価通達 5-2 に定める売買実例価額、精通者意見

価格等を参酌して評価した価額に当たるとしても、同通達は、最も適切な特定の方法により

評価すべきとは定めていないのであるから、同じく売買実例価額、精通者意見価格等を参酌

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して評価した価額に当たる本件財産税評価額を納税者が選択して申告することも認められ

るべきであるなどと主張する。 しかしながら、上記(ハ)のとおり、そもそも本件財産税評価額は本件対象不動産の客観的

交換価値を表すものであるとは認められないのであるから、請求人らの主張はその前提を

欠き、採用することができない。 C 請求人らは、本件係争不動産の評価に当たり、評価通達 93 及び同 94 の(1)に準じて K国税局長が定める 100 分の 30 の借家権割合の控除が認められるべきである旨主張する。 しかしながら、上記(イ)のとおり、そもそも本件係争不動産は評価通達に定める評価方法

に準じて評価することができない財産なのであるから、借家権割合の控除に関してのみ同

通達に準じて評価することを許容すべき理由はない。 また、本件係争不動産に賃借権が設定されていることが、その価額に影響を及ぼすのであ

れば、当該事情は、本件鑑定価額の算定過程において考慮されるべきものであり、上記ロの

(ロ)のとおり、本件鑑定価額の算定においても、取引事例比較方式による試算価格を採用し

たものについては、本件相続開始日において有効に存続している賃貸借契約の残存期間を

考慮した減価が行われている。 これらによれば、請求人らの主張は採用することができない。 7 解説 この事件は、国外財産の評価に関する事件として今後の実務に参考になるものと思いま

す。今後、国外財産の評価を行う場合、何を拠り所にしていけばいいのかを考える上で参

考になります。 国外財産の評価を行う場合、評価通達に定める方法が適用できないとして、準ずる方法

はどの程度使用可能なのでしょうか。この裁決を見る限り、ほとんど適用不能のようにも

思えます。そうなると、絵に描いた餅になってしまいます。 次に、売買実例価格や精通者意見等をどの程度用いるか、ということになります。米国

等日本の相続税又は遺産税という形で課税される国がある一方、シンガポールやカナダ、

オーストラリアでは相続税が廃止されました。そのような場所に不動産を有する日本人が

死亡した場合には、本件のような遺産税の申告がないことになり、何を拠り所にしていけ

ばいいのか、という問題もあります。 本件事案は、米国に多数の不動産を所有していた組合の構成員である被相続人が死亡

し、その持分である米国不動産の評価をどのように行うべきかについて審判所が判断を下

したものです。 国外財産の評価については、評価通達5-2があります。同通達の適用順序としては、 まず、国内財産と同じように同通達を使用すること、次に、それが無理な場合には、評価

通達に定める方法に準じて評価すること、又は、売買実例価額、精通者意見価格等を参酌

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して評価すること、のいずれか、としています。 請求人は、米国における財産税評価額が「fair market value」であり、各不動産区分におい

て過去の近隣の売却物件の類似価格又は○○という売買実例価額から導かれる数値を用い、

多くの比較取引事例の売買実例価額を考慮した上で計算され、取引ごとの特殊性を排除で

きるほどに平準化される形で売買実例価額を算出されていることを主張しました。 これに対して、審判所は、財産税評価額の評価方法は、いずれも収益方式によるものとさ

れており、その基本的な評価姿勢は、必ずしも市場価格ないし売買価額を指向するものとは

いうことができないとし、請求人の主張を認めませんでした。 個人的には、相続税法 22 条が規定する時価=客観的交換価値というのは、市場価格・売

買価額であることはその通りだと思いますが、それは将来キャッシュフローをいくら生み

出すか、という収益方式と同義であると思われます。つまり、やみくもに「いくらで売買さ

れるか」を判断する際、第三者間であれば、(居住用の場合を除き)その物件を所有するこ

とで将来キャッシュフローをいくら生み出すことができるか、によると思います。その点で

いかがか、とは思います。 また、米国における Real Property Tax は日本の固定資産税と類似しています。毎年1月

1日現在というのも同じです。そうなると、固定資産税評価額を用いた「準ずる方法」とし

て認められる余地は全くないのか、という疑問も残ります。 しかし、国税不服審判所の公表している情報だけでは判断材料としては乏しいものがあ

るように思います。