連続繊維シート接着による橋脚耐震補強工の変状調...

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連続繊維シート接着による橋脚耐震補強工の変状調査 Survey on Deformation of Seismic Retrofitting RC piers with Continuous Fiber Sheets 野々村 佳哲 内藤 勲 ** 島多 昭典 *** 川村 浩二 **** 村中 智幸 ***** 渡辺 淳 ****** NONOMURA Yoshinori, NAITOH Isao, SHIMATA Akinori, KAWAMURA Kohji, MURANAKA Tomoyuki, and WATANABE Jun 道路橋橋脚の耐震補強工として広く普及している連続繊維シート接着工法において、浮き、ひび割 れなどの発生が確認されている。これらの変状の実態を把握し、原因を解明するため、北海道内にお ける連続繊維シート接着工法の施工箇所15橋梁29橋脚を対象に目視、打音、赤外線サーモグラフィに より変状の有無を調査し、その経年変化を観察した。その結果、連続繊維シート接着工法の変状とし ては浮きが最も多いこと、変状が発生している主な箇所は繊維シートの上に被覆された補強効果に直 接影響しない保護モルタルであること、保護モルタルの浮きは収縮などによるひび割れに起因して発 生し、外部からの水分の影響を受けて経年で拡大する傾向があること、このような浮きの発生を防ぐ ために接着プライマーの使用や保護モルタルの養生期間を十分に確保することが有効であることを確 認した。 《キーワード:連続繊維シート;浮き;変状調査;打音調査》 For seismic reinforcement of highway bridge piers, a method in which continuous fiber sheets are adhered to the piers is often used. However, flaking and cracking have been found to occur when this method is used. We surveyed flaking and cracking due to aging to understand the causes of deformation. Visual survey, hammering test and IR thermography inspection were done at twenty nine piers of fifteen highway bridges in Hokkaido where the method was applied. The following was confirmed. 1) Of the types of deformation seen when the continuous fiber sheets are adhered to piers, flaking was the most common. 2)Deformation was confirmed to be occurring mainly at the protection mortar. Such mortar covers fiber sheets and does not contribute to seismic reinforcement. 3)The flaking of the protection mortar is caused by shrinkage cracking, and it tends to expand with age. The flaking expands particularly fast where it is exposed to rainwater. 4) The use of an adhesive primer and the securing of a sufficiently long curing period for the protection mortar are effective in preventing flaking. 《Keywords:Continuous Fiber Sheet;flaking;Survey on Deformation;Hammering Test》 報 文 2 寒地土木研究所月報 №736 2014年9月

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連続繊維シート接着による橋脚耐震補強工の変状調査

Survey on Deformation of Seismic Retrofitting RC pierswith Continuous Fiber Sheets

野々村 佳哲* 内藤 勲** 島多 昭典*** 川村 浩二****

村中 智幸***** 渡辺 淳******

NONOMURA Yoshinori, NAITOH Isao, SHIMATA Akinori, KAWAMURA Kohji,MURANAKA Tomoyuki, and WATANABE Jun

 道路橋橋脚の耐震補強工として広く普及している連続繊維シート接着工法において、浮き、ひび割れなどの発生が確認されている。これらの変状の実態を把握し、原因を解明するため、北海道内における連続繊維シート接着工法の施工箇所15橋梁29橋脚を対象に目視、打音、赤外線サーモグラフィにより変状の有無を調査し、その経年変化を観察した。その結果、連続繊維シート接着工法の変状としては浮きが最も多いこと、変状が発生している主な箇所は繊維シートの上に被覆された補強効果に直接影響しない保護モルタルであること、保護モルタルの浮きは収縮などによるひび割れに起因して発生し、外部からの水分の影響を受けて経年で拡大する傾向があること、このような浮きの発生を防ぐために接着プライマーの使用や保護モルタルの養生期間を十分に確保することが有効であることを確認した。

《キーワード:連続繊維シート;浮き;変状調査;打音調査》

 For seismic reinforcement of highway bridge piers, a method in which continuous fiber sheets are adhered to the piers is often used. However, flaking and cracking have been found to occur when this method is used. We surveyed flaking and cracking due to aging to understand the causes of deformation. Visual survey, hammering test and IR thermography inspection were done at twenty nine piers of fifteen highway bridges in Hokkaido where the method was applied. The following was confirmed. 1) Of the types of deformation seen when the continuous fiber sheets are adhered to piers, flaking was the most common. 2) Deformation was confirmed to be occurring mainly at the protection mortar. Such mortar covers fiber sheets and does not contribute to seismic reinforcement. 3) The flaking of the protection mortar is caused by shrinkage cracking, and it tends to expand with age. The flaking expands particularly fast where it is exposed to rainwater. 4) The use of an adhesive primer and the securing of a sufficiently long curing period for the protection mortar are effective in preventing flaking.

《Keywords:Continuous Fiber Sheet;flaking;Survey on Deformation;Hammering Test》

報 文

2 寒地土木研究所月報 №736 2014年9月

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続繊維シートは、繊維を布状に束ねただけの状態で出荷されるため、含浸接着樹脂を下塗り材・上塗り材として現場施工し、繊維間に樹脂を浸透・硬化させて繊維同士を結合することで耐震補強効果を発揮するようになる。そのため、含浸接着樹脂は、単に連続繊維シートを接着させる役割だけではなく、構造材料としての役割も持つ。また、含浸接着樹脂は透水性や透気性が非常に小さいため、塩分や二酸化炭素といった劣化因子の侵入抑制効果を期待する場合もある。シート工法に使用される樹脂材料は、主にエポキシ樹脂とアクリル樹脂の2種類があり、価格面で優れるエポキシ樹脂の使用が主流である。アクリル樹脂は、速硬性や低温下での施工性の面で優れており、施工時間の限られた工事や冬期工事などで用いられる場合がある。 連続繊維シートは主たる補強材であり、補強量や補強方向に応じて複数枚を積層して使用される。耐震補強に用いる連続繊維シートには炭素繊維とアラミド繊維がある。炭素繊維は、引張強度や剛性、耐久性が他の繊維よりも高いことから、補強材としての施工実績が多い。アラミド繊維は、靱性を有し、曲げやすい素材であることから、炭素繊維に比べ、隅角部の面取りが小さくてすむという利点がある。 工法の最終層には、樹脂で硬化させた繊維シート部を外的因子による劣化や損傷から守るために表面保護工が実施される。橋脚の耐震補強の場合には、保護モルタルと保護塗装の2層が施工されるケースが多い。保護モルタルは、紫外線の遮断、衝突物からの保護、耐火性能の向上を目的に実施される。保護モルタルは1mm を標準とし、走行車両や河川流下物などの衝突の危険性がある場合には10mm 厚で施工されることが多い3)。保護塗装は、紫外線の遮断、保護モルタルの雨水からの保護、美観の向上などを目的に実施される。どちらの保護材も外的因子からの保護を目的としており、構造的な強度を期待するものではない。

1.はじめに

 平成7年に発生した兵庫県南部地震を契機に耐震基準が見直され、様々な工法により既設橋梁の耐震補強対策が行われている。そのうち、橋脚の補強工法としては、高強度で軽量である炭素繊維やアラミド繊維などの連続繊維シート接着による補強工(以下、シート工法)が広く普及している。シート工法は、その補強効果については多くの研究が実施されている一方で、耐久性に関する研究は少ないのが現状であり、北海道のような積雪寒冷環境下においては、施工後比較的早い段階で、表面の浮きなどの変状が生じている事例も報告されている。 そこで、寒地土木研究所では、積雪寒冷地でのシート工法の現状を確認し、変状要因を把握するため、シート工法が施工された北海道の道路構造物50箇所程度を対象に、1箇所あたり1~3年に1回の頻度で現地調査

(目視調査、打音調査)を行ってきた。また、特に大きい浮きが確認された構造物では、はつり出しを伴う調査を実施している1),2)。 本稿では、調査箇所のうち道路橋橋脚にシート工法が施工されたケースを抽出し、主な変状事例およびその変状原因について報告する。また、変状発生後の補修事例についても紹介する。

2.シート工法の材料構成と役割

 変状事例報告に先立ち、基礎知識として、シート工法の材料構成と役割について概説する。図-1にはシート工法の標準的な断面構成を示す。 シート工法では、まず最初に、施工するコンクリート面の素地調整工としてケレン掛け、プライマー塗布、パテ材塗布が行われる。ケレン掛けは母材コンクリート表面の汚れの除去を目的として行われる。母材コンクリートに脆弱層がある場合には、ブラスト処理などによって脆弱化箇所を除去した後、断面修復工が行われる場合もある。プライマー塗布は、プライマーをコンクリートに浸透させることで表層を強化し、含浸接着樹脂の接着力を確保するために実施される。パテ材塗布は、コンクリート表面の不陸調整や、シート貼付け後の気泡発生の原因となるピンホールを埋めることを目的に実施される。パテ材は、段差部やピンホール部分のみに施工されるケースもあるが、一般的には、シート接着面全体に塗布するケースが多い。 素地調整工の完了後、シート貼付けが行われる。連

図-1 シート工法の断面構成

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3.シート工法の変状調査

3.1 調査目的および調査対象

 シート工法は、2節で述べたとおり、いくつもの材料を重ね合わせ、それらが一体となり効果を発揮する工法である。しかし、その一方で、シート工法の施工箇所において使用材料間の剥離による「浮き」変状が生じ、一体性が失われている事例が確認されている1)。そこで、シート工法施工後の変状について実態を把握し、その変状原因を解明するための現地調査を実施した。調査では、シート工法による橋脚の耐震補強が行われた北海道の橋梁のうち、近づいて打音調査が実施できる15橋梁を対象に、変状の有無を調査し、その経年変化を観察した。調査対象橋梁におけるシート工法の施工年度は2004 ~ 2008年(平成16 ~ 20年)である。そのうち、徒歩で近接可能な29橋脚を調査対象とした。調査は2009 ~ 2013年(平成21 ~ 25年)に1~3年に1回/橋梁の頻度で実施した。 図-2に調査対象橋梁での使用材料の内訳を示す。連続繊維シートは炭素繊維の使用が9割以上を占め、一部でアラミド繊維の使用が確認された。含浸接着樹脂は、確認できた箇所は全てエポキシ樹脂であった。保護モルタルは、約7割の橋梁で10mm 厚で施工されていた。厚さ1mm の保護モルタル層については、車両や河川流下物の衝突の恐れのない、山間部の高橋脚での使用が多く見られた。また、海岸線沿いの橋梁において、かぶり厚として保護モルタルの厚さを40mmとする事例があった。

3.2 調査方法

 シート工法の変状の範囲や進行程度を調べるために、調査方法としては、目視調査の他、浮きの検出に優れる打音調査4)および赤外線サーモグラフィ調査5)

を用いた。 打音調査は、初年度の調査では打音ハンマー(写真

-1(a))を用いて、調査2年目以降は打音ハンマーと打音棒(写真-1(b))を併用して調査した。打音ハンマーは対象構造物の表面を叩くことで、打音棒は先端の球を対象構造物の表面で転がすことで音を生じさせ、健全箇所と浮き箇所との音の変化によって変状を検出するものである。 打音ハンマーは、コンクリート構造物の浮き、剥離の点検調査に使用されている器具で、今回の調査では重量が200 ~ 260g 程度のものを用いた。打音検査の密度(間隔)は、縦横2~5cm 程度に1箇所を目安に

写真-1 打音調査器具

図-2 シート工法の使用材料の内訳

(a) 打音ハンマー    (b) 打音棒

実施しており、橋梁における第三者被害予防措置要領(案)4)で示される打音検査の密度の目安である縦横20cm 程度に1箇所と比較して高密度に実施した。 打音棒は、写真-1(b)に示すように1m 程度まで伸縮可能な棒の先端に直径1~ 1.5cm 程度の球がついている器具で、建築構造物の外壁タイルの剥離検査器具として広く使用されている。打音ハンマーに比べ、面積あたりの調査速度が速いという長所がある一方、打撃力が小さいため検出精度に劣る場合があるという短所を有する。 また、一部の橋梁では調査の1~3年目において赤外線サーモグラフィカメラにより浮きの有無を調査した。健全箇所と浮き箇所とでは表面温度の変化速度が異なるため、写真-2に示すように、構造物表面の赤外線撮影画像から浮きや漏水などの変状を検出することができる。カメラによる撮影のみで済むため、遠距離から広範囲を測定できるという利点がある。 今回の調査では、目視調査および赤外線サーモグラ

4 寒地土木研究所月報 №736 2014年9月

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フィ調査は施工面積全体を対象に実施し、打音調査は手の届く範囲全てを対象に実施した。打音調査によって判明した浮きについては、その浮き範囲および数を調査年度毎に記録し、経年変化を観察した。

4.調査結果

 5年間にわたり15橋29橋脚を継続的に調査した結果、26橋脚で変状の発生が確認された。以下に、シート工法による巻立て補強工で見られた主な変状事例について紹介する。

4.1 主な変状事例

4.1.1 浮き

 浮きは、小さいものも含めると調査個所の約9割にあたる25橋脚で生じていた。本稿中で言う浮きとは、シート工法のいずれかの材料界面に空気溜まりなどが生じ、剥離が生じている状態をいう。 浮きの形態としては、保護モルタルのひび割れとともに発生している事例が最も多くみられ、20橋脚で確認した(写真-3)。大きい箇所では写真-4に示すように数 m2に及ぶ箇所もあり、1m2以上の浮きは7橋脚で確認した。また、ひび割れの発生がない浮きとしては、3cm ~ 30cm 程度の円形の浮きが生じている例(写真-5)や補強範囲の下端に広範囲の浮きが生じ

写真-2 赤外線サーモグラフィによる浮きの検出

写真-3 ひび割れに沿って発生した浮き

写真-6 補強範囲下端のひび割れの無い浮き

写真-4 ひび割れを伴う浮き(約2m2)

写真-5 ひび割れの無い円形の浮き

(上5cm,下10cm)

ている例(写真-6)があり、前者は5橋脚で、後者は1橋脚で確認した。ひび割れの有無に関わらず、いずれの浮きも表面は平滑であり、目視のみで浮きの有無を判別することはできなかった。そのため、浮き検出のためには、打音調査や赤外線サーモグラフィ調査を実施する必要がある。 浮きのうち、ひび割れの無い浮き箇所では経年での変化がなかった。一方、ひび割れを伴う浮きはその多くが経年で拡大していく傾向がみられた。また、シート工法の施工箇所に橋梁上部工からの水かかりがある箇所では、水かかりの無い箇所と比べ、経年での拡大が速い傾向にあった(写真-7)。なお、1例のみでは

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あるが、ひび割れを伴う浮きが拡大していった結果、浮き箇所の保護モルタルが剥落し、繊維シート部が露出した事例もあった(写真-8)。4.1.2 ひび割れおよびエフロレッセンス

 保護モルタルのひび割れは、調査個所の約7割にあたる20橋脚で生じていた。このうち、ひび割れが網目状に発展し、ひび割れ密度が高くなっていた3橋脚ではエフロレッセンスの析出も確認した(写真-9)。一般に、シート工法で用いる含浸接着樹脂は物質遮蔽性が非常に高いことから、エフロレッセンスは樹脂層よりも表層側の部分、つまり保護モルタルの成分が、雨水などの外からの水分の影響を受けて析出したものであると考えられる。4.1.3 保護塗装の剥がれ

 保護モルタルの表面に塗布する保護塗装が剥がれ、保護モルタルが露出している事例を3橋脚で確認した

(写真-10)。保護塗装の剥がれは、排水溝の真下など水かかりのある場所で見られたことから、塗装施工時

写真-7 水かかり部の浮き

写真-9 ひび割れからのエフロレッセンスの析出

写真-10 保護塗膜の剥がれ

写真-8 繊維シート部の露出 の僅かな空気溜まりや塗装固化後の収縮等による細かな浮きが、流水の作用を受けて拡大したと考えられる。4.1.4 保護モルタルのすり減り

 海岸沿いの橋梁において、橋脚の補強部に波浪を直接受け、保護モルタルがすり減っている事例を2橋梁4橋脚で確認した。すり減り量の大きい部分では10mm厚の保護モルタルが消失し、繊維シート部が露出していた(写真-11)。露出した箇所を打音した結果、連続繊維シートの浮きは発生していなかった。 橋脚に直接波浪を受ける橋梁のうち、一方の橋梁では保護モルタルの厚さを40mm としており、今回の調査期間内では繊維シート部の露出は確認されなかった。海岸線沿いで補強部に波浪を直接受ける橋梁等については、河積阻害率に影響のない範囲で保護モルタルの厚さを増すことや、短繊維を混入したポリマーセメントモルタルなどのすり減り抵抗性を高めた材料を用いることなどの対策が必要であると考えられる。

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写真-11 波浪によるすり減り

た。サーモグラフィ調査は構造物表面の温度差から浮きを検出するものであり、日射や外気温などの影響を大きく受けるが、今回の調査では調査箇所を短時間で巡回し、必ずしも赤外線写真撮影に適した天候や時間帯とはならなかったため、浮きの判定が調査年度によって異なるという不安定な結果になったと考えられる。

4.3 浮きの規模と使用材料

 現地調査の結果、約9割の橋脚で浮きが見つかったが、その大きさはφ3cm 程度のものから、1辺が400cmに至るものまで、その規模は様々であった。そこで、各橋脚の調査最終年で見つかった最も大きい浮きに着目し、使用材料との関係を整理した。浮きは円形のものだけではなく、写真-4や写真-6にあるように不規則な形の箇所も多かったため、今回の整理にあたっては、浮きの規模の指標として、簡易的に、水平方向・垂直方向いずれかの一辺の最大長さを採用した。図-

3に、調査対象とした29橋脚における浮きの規模と使用材料との関係を示す。 図-3において、全体の傾向を見ると、7割近くの橋脚で50cm を超える浮きが発生していた。そのため、橋脚の浮きを橋梁点検などで検出しようとする場合、第三者被害点検4)と同様に、縦横20cm 程度に1箇所の打音により、大多数の橋脚で浮きを検出できると考えられる。

4.2 浮きと調査方法

 今回、シート工法による橋脚の耐震補強工において確認された変状のうち、ひび割れ、エフロレッセンス、すり減り、繊維シートの露出については目視で判別できたが、浮きについては、打音調査や赤外線サーモグラフィ調査を実施する必要があった。 浮きの調査方法のうち、打音調査では、打音ハンマーと打音棒の2種類の点検器具を試行した。今回の調査の範囲では、打音ハンマーで検出した浮きは、打音棒でも検出することができた。シート工法は一般的に、保護層を含めて10mm 程度の厚さであるため、打撃力の小さい打音棒でも十分に浮きを検出できたと考えられる。また、今回の調査で施工例のあった40mm の保護層の場合でも、打音ハンマーと打音棒で変わりなく浮きの検出ができた。打音棒は、棒の先端で構造物表面をなぞるだけよいため、打音ハンマーに比べ、広範囲を素早く点検できるという利点があることから、シート工法の浮き調査においては、非常に有効な調査方法であるといえる。 今回の調査では赤外線サーモグラフィについても試行した。赤外線サーモグラフィは、写真-2に示したような、日射を受けて温度変化の大きくなる箇所において浮きを検出することができたものの、日陰で温度変化が小さくなる箇所においては、打音調査で検出した浮きを見逃すケースがあった(写真-12)。また、打音調査では翌年以降の経年変化観察でも同様に検出できた一方で、赤外線サーモグラフィ調査では翌年以降の調査で、調査日が曇りや雨となり1日の温度変化が少なくなった場合に浮きが検出できないケースがあっ

写真-12 日陰部で浮きの検出ができなかった事例

図-3 浮きの規模の割合と使用材料との関係

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程度の小さい浮きがあったとしても、シート工法による補強効果は十分保持されていると考えられる。

4.5 浮きの発生原因に関する考察

 ひび割れを伴う浮き箇所において、はつり出し調査によって判明した浮き部は、保護モルタルであった。また、4.1.1節で述べたように、経年で変化していく浮きはひび割れを伴っており、直接の水かかりがある箇所では浮きの拡大進行が速かった。これらのことから、北海道内の多くの橋脚で確認されたひび割れを伴う浮きは、収縮などの何らかの原因によって保護モルタルにひび割れが生じた後、水分の供給による凍結融解作用を受けて浮きが発生、拡大したものと推察される。なお、シート工法に用いられる含浸接着樹脂の透水性が非常に低いことから、水分の外部供給による凍結融解作用は、樹脂層よりも表面側の保護モルタル部分のみに影響し、母材コンクリートへ及ぼす影響は非常に小さいと考えられる。 一方、1mm 厚の保護モルタル箇所などで確認されたひび割れの無い浮きでは、はつり出し調査を行った事例はないものの、いずれも初回調査で見つかっており、5年間の継続調査で拡大などの変化が見られなかったことから、施工初期に発生した浮きであり、その進行は遅いと考えられる。 ひび割れを伴う浮きが発生した箇所において、構造物から剥離していると考えられる表面保護層(保護モルタルおよび保護塗装)は、あくまでも繊維シート部を衝突物や紫外線劣化等から保護するために設けられたものであり、耐震補強の補強効果に寄与するものではない。また、シート工法の副次的効果である劣化因子侵入の抑制効果についても、含浸接着樹脂が抑制の主体であることから、保護層の変状だけでは既設構造

 次に、使用した連続繊維シートと浮きの規模との関係を見ると、炭素繊維は調査対象橋脚の9割を占めたため全体傾向と同様となり、アラミド繊維は調査対象橋脚のうち7%のみと使用件数が少なかったため明確な傾向は確認できなかった。 保護モルタルの厚さと浮きの規模との関係を見ると、保護モルタルの厚さ1mm のケースでは最大でも10cm程度の小さい浮きであったのに対し、保護モルタルの厚さ40mm のケースでは全て1m 以上の浮きとなっており、明確な差異が確認できる。また、図には示していないが、厚さ1mm 箇所で発生した浮きはひび割れの無い浮きで経年変化が無かったのに対し、厚さ40mm箇所の浮きはひび割れを伴っており経年で拡大した。つまり、浮きの発生・拡大要因としては保護モルタルの厚さとひび割れの有無の影響が顕著である。

4.4 浮きの境界面

 変状調査では、打音調査や赤外線サーモグラフィ調査によって浮きの有無やその範囲について確認したが、これらの調査方法では、シート工法のどの材料層を境界面として浮きが生じているかを判断できない。また、浮きの境界面を非破壊で推定する方法が存在しないため、浮きの境界面を確認する方法は、現在のところ、はつり出し調査のみである。 浮き箇所のはつり出し調査等によって浮きの境界面を特定した事例は全部で3橋梁あり、いずれも10mm厚の保護モルタルが施工され、ひび割れを伴う1辺1m以上の浮きが生じている箇所であった。はつり出し等の結果、浮きの境界面は3橋梁とも繊維シート部と保護モルタルとの境界面であり、保護モルタルが剥離している状態であった。また、はつり落とした保護モルタルについて繊維シート部と接着していた面を観察すると、写真-13に示すように連続繊維シート表面の凹凸と同様の凹凸が確認されている箇所もあったことから、施工当初は繊維シート部と保護モルタルが密着していたと考えられる。 さらに、はつり出し調査の後、繊維シート部の健全性を確認するため、露出した繊維シート面を対象に打音調査や赤外線サーモグラフィ調査を実施した。繊維シート部にはφ5cm 程度の小さい浮きはあったものの全体では構造物本体との接着が保たれていた。既往研究6)において、橋脚よりも定着条件の厳しい梁の下面接着工法の場合に、面積率で50%の浮きがある場合でも、浮きが無い場合と同程度の耐力を有することが確認されている。そのため、橋脚においてφ5cm

写真-13 保護モルタルの接着面

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われた。 A 橋では、繊維シート表面を水で洗浄した後、ポリマーセメントモルタルを直塗りした。再補修箇所を1年後に確認したところ、ひび割れおよび浮きが発生していた。 B 橋では、繊維シート表面を水で洗浄し、モルタル用の接着プライマーを塗布した後、ポリマーセメントモルタルを施工した。その後、5日間の加温養生を行ってから保護塗装を施工した。再補修箇所を3年後に確認したところ、再補修範囲の外側ではひび割れや浮きが発生しているものの、再補修箇所ではひび割れや浮きは生じていなかった(写真-15)。 以上より、モルタル自身の付着性のみに期待して施工した場合、施工初期に付着力が確保されていたとし

物への劣化因子侵入抑制効果が急速に低下するものではない。このことから、今回の調査において多くの変状が確認されたが、シート工法はその耐震補強効果を保っていると考えらえる。

4.6 施工から変状発生までの年数

 調査対象とした29橋脚におけるシート工法施工後の経過年数と変状発生件数の関係を図-4に示す。現地調査では施工後2年目以降から調査を開始した箇所もあるため、図には、経過年数毎の調査件数もあわせて示している。また、変状発生件数と調査件数の比を変状発生率とし、経過年数毎の発生率を図-5に示す。 図-5を見ると、浮きの発生率は、施工後1年目以降20%程度ずつ増えていき、施工後5年経過時点で90%に達した。ひび割れの発生率も同様で、年数経過ともに発生割合が増えていき、施工後6年経過時点で70%に達していた。 また、浮きが進展して行くと、写真-8に示したように保護モルタルの剥落により繊維シート部が露出する可能性があり、紫外線劣化により連続繊維シートの強度低下を引き起こす懸念がある。シート工法に用いる材料のうち、炭素繊維は紫外線劣化することはないが、エポキシ樹脂が劣化するため、引張強度は変わらないものの、引張剛性などが緩やかに低下する7)。また、アラミド繊維は繊維そのものが紫外線劣化するため、紫外線を直接受けることによって引張強度が低下することが報告されている8),9)。そのため、浮きの進行拡大によって保護モルタルが剥落する可能性のある箇所では、早期の補修が望まれる。

5.シート工法の変状の補修事例

5.1 繊維シート露出時の応急措置

 保護モルタルが剥落し、繊維シート部が露出した場合、紫外線劣化により連続繊維シートの強度低下を引き起こす懸念がある。そのため、本復旧までの暫定的な紫外線劣化対策として、ブルーシートなどで露出箇所を覆うことが望ましい(写真-14(a))。また、車両衝突や波浪などの外力による繊維シート部の擦傷が懸念される場合、防炎シートなど厚手の素材を用いるのがよい(写真-14(b))。

5.2 モルタルによる補修

 10mm 厚の保護モルタルに1m2以上の浮きが発生した A 橋、B 橋において、モルタルによる再補修が行

0%

20%

40%

60%

80%

100%

/ (%

)

図-4 施工後経過年数と変状発生件数

図-5 施工後経過年数と変状発生率

(a) ブルーシートによる保護 (b) 防炎シートによる保護

写真-14 繊維シート露出時の応急処置

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修において、保護層の役割である紫外線の遮断、衝突物からの保護、美観の向上を代替する材料としてポリウレア樹脂を選定し、2~3mm 程度の膜厚で施工した。1年経過後、新たな変状の発生は確認されておらず、今後、保護モルタルに代わる材料の1つとして期待される。

6.まとめ

 シート工法による耐震補強工が施工された北海道内の橋脚を対象に、2009年から2013年にかけて変状の有無を調査し、その経年変化を観察した。その結果、以下に示す知見が得られた。

(1) 既往の調査1)と同様に、シート工法の変状は浮きが最も多く、浮きによって剥離していたのは表面保護工である保護モルタルが主であった。また、今回の調査範囲では、構造材料である繊維シートが構造物から大きく剥離しているケースは確認されなかった。

(2) ひび割れの無い浮き箇所では経年での変化がな  かった一方、ひび割れを伴う浮きはその多くで経

年で拡大していく傾向がみられた。また、直接の水かかりがある箇所では、浮きの拡大速度が速い傾向にあった。

(3) 浮きの拡大および保護モルタルのすり減りを原因として、繊維シートが露出する事例があった。そのため、海岸線沿いで補強部に波浪を直接受ける橋梁等については、河積阻害率に影響のない範囲で保護モルタルの厚さを増すことや、すり減り抵抗性の高い材料を用いるなどの対策が必要であると考えられる。

(4) シート工法における浮きの外観は平滑であることから、浮きを検出するためには打音やサーモグラ

ても、ひび割れや劣化因子の侵入によって付着力が低下し、浮き発生の要因となる可能性が高い。そのため、含浸接着樹脂と保護モルタルとの界面には接着増強の役割を持たせたプライマーを用いた方が接着効果が高まると考えられる。 今回の調査対象とした橋脚におけるモルタル用の接着プライマー使用の有無と、浮きの規模との関係を図-6に示す。図を見ると、プライマーを使用した場合の方が浮きの発生する割合が低く、一定の効果が確認できる。しかしながら、プライマーを使用しても少なからず浮きが発生している。一般に、通常の施工では、モルタル施工翌日に保護塗装を行い、さらに翌日に加温養生を終えるのに対し、浮きの生じていない B橋では、初期ひび割れの発生を抑えるため、モルタル施工後、5日間の加温養生を行ってから保護塗装を施工していた。そのため、保護工としてモルタルを用いる場合、接着プライマーの使用だけではなく、保護モルタルの十分な養生も有効な対策の1つであると考えられる。

5.3 ポリウレア樹脂による補修

 ポリウレア樹脂は下水道のライニング材などに使用されるひび割れ追従性、耐摩耗性、耐衝撃性に優れた材料である。C 橋では、保護モルタルの剥落箇所の補

写真-15 モルタルによる補修

写真-16 ポリウレア樹脂による補修

図-6 プライマーの有無と浮きの規模との関係

10 寒地土木研究所月報 №736 2014年9月

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参考文献

1) 内藤勲,田口史雄,野々村佳哲:北海道における繊維シート接着コンクリートの変状調査,寒地土木研究所月報,No.692,pp.11–19,2011.1

2) 野々村佳哲,内藤勲,島多昭典:連続繊維シートを用いた剥落防止工に生じた浮き変状に関する調査事例報告,北海道開発技術研究発表会,第57回,IK-7,2014.2

3) 東日本高速道路株式会社ほか:構造物施工管理要領,2011.7

4) 国土交通省道路局国道・防災課:橋梁における第三者被害予防措置要領(案),p.8,2008.3

5) 財団法人土木研究センター:土木コンクリート構造物のはく落防止用赤外線サーモグラフィによる変状調査マニュアル,2009.3

6) 鹿毛忠継,桝田佳寛:RC はりの CFRP シートによる曲げ補強効果に及ぼす浮きの影響、コンクリート工学年次論文報告集,Vol.20,pp.425–430,1998

7) 西崎到,守屋進,木嶋健,佐々木厳:被覆系コンクリート補修補強材料の耐久性に関する研究,土木研究所成果報告書,2009-No.9,pp.20–21,2009

8) 西村次男,加藤佳孝,山口明伸,魚本健人:紫外線促進試験による FRP ロッドの劣化性状に関する研究,コンクリート工学年次論文報告集,Vol.

  19,pp.1255–1260,19979) 財団法人鉄道総合研究所:アラミド繊維シートに

よる鉄道高架橋柱の耐震補強工法設計・施工指針,pp.81–83,1996

10) 国土交通省:橋梁定期点検要領(案),p.10,2004.3

フィによる調査を行う必要がある。(5) 建築構造物の外壁タイルの剥離検査器具として広

く使用されている打音棒を用いることで、シート工法の浮きを効率的に検出することができた。

(6) サーモグラフィによる調査は、遠距離から広範囲を測定できるという利点があるものの、天候や外気温などの測定条件によっては浮きを見逃すケースもあるため、実施に当たっては時期や時間帯の選定が重要である。

(7) 保護モルタルの厚さが1mm の場合には浮きが発生しにくく、10mm 以上の場合には浮きが発生しやすい傾向を確認した。そのため、保護モルタルの浮きは、収縮等によるひび割れが生じた後、水分の供給による凍結融解作用によって変状が拡大するものと推察される。

(8) 浮きの発生を防ぐため、材料選定や施工管理に配慮し、耐久性に優れた表面保護工を施工する必要がある。例えば、モルタルによって10mm 厚の保護工を施工する場合、接着増強の役割を持たせたプライマーの使用や、保護モルタル施工後に十分な養生期間の確保などが有効である。

  現在、5年毎に実施される橋梁点検10)では、目視調査を標準としており、打音調査や赤外線サーモグラフィ調査の実施は任意であるため、必ずしも存在する浮きが全て検出されるとは限らない。また、点検において浮きが確認された場合、補修すべきかどうかを判断する基準はない。そのため、橋梁点検における合理的な浮きの点検手法を確立するとともに、繊維シートの露出に至った箇所の情報を集積し、保護モルタルの剥落に至る可能性の高い浮きの規模や位置条件などを整理していく必要がある。

寒地土木研究所月報 №736 2014年9月 11

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内藤 勲**

NAITOH Isao

寒地土木研究所寒地保全技術研究グループ耐寒材料チーム主任研究員

渡辺 淳******

WATANABE Jun

寒地土木研究所技術開発調整監付寒地技術推進室道東支所主任研究員

川村 浩二****

KAWAMURA Kohji

寒地土木研究所技術開発調整監付寒地技術推進室研究員

野々村 佳哲*

NONOMURA Yoshinori

寒地土木研究所寒地保全技術研究グループ耐寒材料チーム研究員

村中 智幸*****

MURANAKA Tomoyuki

北海道開発局釧路開発建設部根室道路事務所第2計画係長

(前 寒地技術推進室 道北支所研究員)

島多 昭典***

SHIMATA Akinori

寒地土木研究所寒地保全技術研究グループ耐寒材料チーム上席研究員技術士(建設)

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