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学校教育学研究,2006,第18巻,pp.65-79 65 伝統的建造物群保存地区とそれをっつむ環境が育む総合的な学習 大辻秀子 山口.修 (明石市立二見西小学校) (兵庫教育大学総合学習系) 国の選定文化財である62の重要伝統的建造物群保存地区をその自然環境や歴史を含め解析した。建造物は,重層構造化, 屋根,壁などの外観にその違いがあらわれ,特に自然条件の厳しい集落:では,豪雪や暴風に適した屋根材料,屋根型となっ ていた。また建造物が密集する商家町や宿場町などでは,自然環境よりも町が合理的に機能するための重層構造や屋根型, また防火を目的とした屋根材料や壁構造になっていた。町並みが維持されてきたしくみはその地に住む人々の間を結ぶ精神 的につながっており,信仰に基づく祭りや神事,人々の生命や安全を守る防犯・防災意識に基づく相互扶助が中心となって いる。これら保存地区の小学校の総合的な学習の取り組みについては58校中42校の小学校が伝統的建造物群を取り入れてい た。3年生と6年生での取り組みが多く,社会科の地域学習や歴史学習との関連もしくはそれらの教科の発展的な学習とし て,設定されている。学習課題は町並みのもつよさの発見から始まり,次に学習課題を追求していく形になっていた。町並 みの特徴や歴史,建造物,伝統的産業などを学習課題にしていた。発展的な学習は町並みで学習したことを情報発信,文化 財調査,産業体験など学習内容を発展させていることがわかった。文化財を学習することによって地域文化理解さらに異文 化理解につながっていくことになると考えられる。伝統的建造物群以外にも,それぞれの地域には多様な文化財が存在して おり,重要伝統的建造物群保存地区でおこなわれていた総合的な学習と同じような学習課題がおこなえる可能性がある。文 化財の利用は,バーチャルリアリティにない本物の尊さや深さがあるため地域のよさの発見につながり,子どもの中にアイ デンティティを確立させることができると考えられる。 キーワード:町並み,壁,屋根,文化財,総合学習 大辻 秀子 明石市立二見西小学校・教員,〒674-oo94兵庫県明石市二見町西二見383-34, E-mail=hideko@pearl.ocn.nejp 山ロ 兵庫教育大学・総合学習系講座・教授,〒673-1494 兵庫県加東市下久米942-1 E-mail:osamyama@sci.hyogo-u.acjp Integrated Studies Using the Cultural Japanese Traditional Residences and its Hideko Oots両i and Osamu Yamaguchi 侮励3’一η醐P伽αアγ3C乃・・〃(功090砺’γθπ吻・(~々セαC伽Eぬ0α”0η) Cultural assets, especially the registered traditional residences, provide a suitable{ schools. The residences are still used as houses or stores these days, and are f乱miliar to u鍛ique architectural apparatuses such as windows, tiles or roof忌, and are quite impressive late and activate their minds of leaming fbr bigger aspects to the environment or histo ‘‘ 奄р?獅狽奄狽奄?刀h fbr birth place and cultural assets there藍n. Key Words:traditional residences, wall, roo£cultural assets, integratel studies Hideko Ootsゆ:Teacher of Futami-nishi Primary School,383-34 Futami-nishi, Akashi, Hyogo 674-0094Japan. E-maillhideko@pearl.ocn.nejp Osamu Yamaguchil Profヒssor, Department of Environment Sciences, Hyogo Universky of Education,942-1 Shimokume, Kato-city, Hyogo 673-1494 Japan, E-lnail:Osamyama@sci.hyogo-

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学校教育学研究,2006,第18巻,pp.65-79 65

伝統的建造物群保存地区とそれをっつむ環境が育む総合的な学習

大辻秀子  山口.修(明石市立二見西小学校) (兵庫教育大学総合学習系)

 国の選定文化財である62の重要伝統的建造物群保存地区をその自然環境や歴史を含め解析した。建造物は,重層構造化,

屋根,壁などの外観にその違いがあらわれ,特に自然条件の厳しい集落:では,豪雪や暴風に適した屋根材料,屋根型となっ

ていた。また建造物が密集する商家町や宿場町などでは,自然環境よりも町が合理的に機能するための重層構造や屋根型,

また防火を目的とした屋根材料や壁構造になっていた。町並みが維持されてきたしくみはその地に住む人々の間を結ぶ精神

的につながっており,信仰に基づく祭りや神事,人々の生命や安全を守る防犯・防災意識に基づく相互扶助が中心となって

いる。これら保存地区の小学校の総合的な学習の取り組みについては58校中42校の小学校が伝統的建造物群を取り入れてい

た。3年生と6年生での取り組みが多く,社会科の地域学習や歴史学習との関連もしくはそれらの教科の発展的な学習とし

て,設定されている。学習課題は町並みのもつよさの発見から始まり,次に学習課題を追求していく形になっていた。町並

みの特徴や歴史,建造物,伝統的産業などを学習課題にしていた。発展的な学習は町並みで学習したことを情報発信,文化

財調査,産業体験など学習内容を発展させていることがわかった。文化財を学習することによって地域文化理解さらに異文

化理解につながっていくことになると考えられる。伝統的建造物群以外にも,それぞれの地域には多様な文化財が存在して

おり,重要伝統的建造物群保存地区でおこなわれていた総合的な学習と同じような学習課題がおこなえる可能性がある。文

化財の利用は,バーチャルリアリティにない本物の尊さや深さがあるため地域のよさの発見につながり,子どもの中にアイ

デンティティを確立させることができると考えられる。

キーワード:町並み,壁,屋根,文化財,総合学習

大辻 秀子 明石市立二見西小学校・教員,〒674-oo94兵庫県明石市二見町西二見383-34,

      E-mail=hideko@pearl.ocn.nejp

山ロ  修 兵庫教育大学・総合学習系講座・教授,〒673-1494 兵庫県加東市下久米942-1

      E-mail:osamyama@sci.hyogo-u.acjp

  Integrated Studies Using the Cultural Assets of

Japanese Traditional Residences and its Surroundings.

    Hideko Oots両i and  Osamu Yamaguchi侮励3’一η醐P伽αアγ3C乃・・〃(功090砺’γθπ吻・(~々セαC伽Eぬ0α”0η)

 Cultural assets, especially the registered traditional residences, provide a suitable{eaching material fbr integrated studies in

schools. The residences are still used as houses or stores these days, and are f乱miliar to students in that restrict They have

u鍛ique architectural apparatuses such as windows, tiles or roof忌, and are quite impressive to young students. These things stimu.

late and activate their minds of leaming fbr bigger aspects to the environment or history, They also promote their mind of own

‘‘奄р?獅狽奄狽奄?刀h fbr birth place and cultural assets there藍n.

Key Words:traditional residences, wall, roo£cultural assets, integratel studies

 Hideko Ootsゆ:Teacher of Futami-nishi Primary School,383-34 Futami-nishi, Akashi, Hyogo

674-0094Japan. E-maillhideko@pearl.ocn.nejp

 Osamu Yamaguchil Profヒssor, Department of Environment Sciences, Hyogo Universky of Teacher

Education,942-1 Shimokume, Kato-city, Hyogo 673-1494 Japan, E-lnail:Osamyama@sci.hyogo-u.acjp

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66 学校教育学研究,2006,第18巻

はじめに

 人間がこの地球に誕生して以来,太陽・水・空気など

と無縁であったことはない。かつては,自然の中にとけ

込み自然の恵みを享受し,あるときは厳しい自然の脅威

を受け,自然の恐怖におののくというアニミズム的な発

想があった。そしてまた,自然の美しさに心をおどらせ,

自然とともに喜びを分かち合い生きてきた(佐島,1995)。

人間は自然に働きかけ,自然を生かし,命の源を形づくっ

てきたといえる。日本人は古来より,人間が自然を征服

していくという意識ではなく,人間もその一部であり,

自然と共生することを前提とした文化を創り上げてきた

(文化審議会,2002)。かっての開発主導のまちづくりに

よって,地域固有の歴史と文化が次々と消えていった時

代があるが,21世紀に入り,成熟社会に移行しつつある

今,スクラップアンドビルドとは訣別し,確かなものを

大事にする,よいものをつくる,そして磨きをかけるこ

とへと,人々の価値が転換しつつある(兵庫県教育委員

会,2000)。平成14年の内閣府の国民生活に関する世論

調査でも「物の豊かさよりも心の豊かさを重視した生き

方をしたい」とする回答が6α7%という過去最高の割合

になっていることからもうかがえる(内閣府,2002)。

 また社会は,IT化や交通の発達により,ますますグロー

バル化やボーダレス化が進んでいく時代になる。ともす

るとこの潮流に巻き込まれ,個性が埋没し,自分の存在

意義を見失うこともありうる。このような時代だからこ

そ,他者や異文化を理解してかつ自己のアイデンティティ

を保っため,自らの行動規範の基礎となる自国やふるさ

とへの文化の認識と,それを生み出した地域の自然風

土,歴史への理解が重要になってきたといえる(文化審

議会,2002)。文化財はその学術的価値とともに,祖先

から子孫へと大切に受け継がれてきたものであり,歴史

の結晶とでも言うべきものである。このため,学術上,

芸術上極めて重要なものが多く,地域の自然,歴史,文

化,個性を知る材料としては必要不可欠なものであり,

生涯学習にふさわしい資源となるうるものである(兵庫

県教育委員会,2000)。

 学校教育の現場では新しい時代に対応した教育改革の

取り組みとして,平成14年度より,総合的な学習の時間

が実施されている。この時間は,各学校が特色ある教育

活動を展開できるようにすることや,自ら学び自ら考え

る力などの生きる力をはぐくむために,既存の教科の枠

を超えた横断的・総合的な学習を実施できるようにする

必要があることから創設された。また,この学習が果た

す役割の一つとして,児童生徒の学びの場を地域に広げ

体験していくことがあげられる。学校で学ぶ知識等を生

活の中で実感を持って理解する機会を意図的・計画的に

設けるようにすることや,完全学校週五日制のもと,学

校での学習と家庭や地域での学習の有機的な関連を図り,

児童の学びの場を学校から地域に広げることが求められ

ている(国立教育政策研究所,2002)。このような学校

教育の展開において,特色ある学校づくりと関連して,

地域の特色やアイデンティティを特徴的に表す文化財及

びそれが存在する周辺環境を生きた教材として,導入す

ることは極めて有効な方策であると考えられる。身近で

直接触れることのできる「本物」の地域の文化財は,児

童生徒の問題意識を喚起することになり,児童生徒の課

題解決能力の育成にもつながっていくと考えられる。さ

らに,文化財に造詣のある地域住民等と接することによっ

て地域との関連も深まり,学校教育に対する地域の理解

も増進することになると考えられる(兵庫県教育委員会,

2000)。

 そこで本研究は,人間が自然と共生しながら作り上げ

てきた,また人々の工夫と歴史を積み重ね,かっ直接触

れることのできる文化財である伝統的建造物群を取り上

げ,それが育む教育的価値を考察し,総合的な学習の時

間におけるフィールドの場としての文化財の活用を提案

したい。

材料と方法

 重要伝統的建造物群保存地区の概要

 日本列島は,北海道から沖縄まで南北に長く横たわり,

気候・風土は変化に富んでいる。人々はそれぞれの地域

で多様な生活文化を育み,各地に個性的な歴史的集落・

町並みを生み出してきた(浅野,2000)。工業化への波

のもとに昭和30年代の高度経済成長期には,これらの集

落・町並みは壊され,急速に失われて行くようになった。

このような状況に対する危機感から,昭和40年代後半に

なると,各地で保存運動が起こり,古い町並みが残る地

方公共団体では,町並み保存条例を定め,独自の保存処

置を講ずるようになった。このような動きを受け,昭和

50年の文化財保護法の改正によって設けられたのが,伝

統的建造物群保存地区の制度である。これにより伝統的

建造物群は文化財に位置づけられ,それまで地方公共団

体の条例などによって行われていた集落・町並み保存が,

国法レベルで制度的に確立された(刈谷,2000)。伝統

的建造物群とは,文化財保護法によると,「周囲の環境

と一体をなして歴史的風致を形成している伝統的な建造

物群で価値の高いもの」をいい,伝統的建造物群保存地

区とは,「伝統的建造物群及びこれと一体となしてその

価値を形成している環境を保存するため,市町村が定め

る地区」をいう(文化庁,2000)。国は,市町村の申出

に基づき,その価値が高いものを重要伝統的建造物群保

存地区として選定するという形をとっている。これは,

保存地区内では多数の住民が現に生活しており,町並み

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歴史的町並みが育む総合学習 67

保存は地域住民の意思に負うところが大きいことから,

住民の門別を尊重し,その合意と市町村の自主決定権を

前提としたことによるもので,他の文化財の指定等に見

られない大きな特色となっている(江面,200D。

 昭和51年に角館町角館,南木曾町妻籠,白川村荻町,

京都市産下坂,同祇園新橋,萩市平安古,同堀内の7地

区で始まった重要伝統的建造物群保存地区は平成15年10

月現在62地区となっている(全国重要伝統的建造物群保

存地区協議会,2003)。伝統的建造物群保存地区は,建

造物群を中心として地区全体の自然的・歴史的環境が保

存・整備され,地域活性化の中核となって機能している

町である(光井,1995)。

 調査方法

 全国62地区にある重要伝統的建造物群保存地区でフィー

ルド調査をおこなうとともに,保存地区を校区に持つ小

学校の総合的な学習の時間を中心にしたその取り組みに

ついて聞き取り調査をおこなった。

 フィールド調査:地域ごとの自然環境の違いが顕著に

表れる部分は,建造物の外観であることが予想される

(杉本,1969)。そこで屋根型,屋根馬,外壁,屋敷囲み,

石畳,通路,常夜燈,のれんなどを中心とした外観を観

察比較し,伝統的建造物群を通して,人間と自然のかか

わりを分析した。時代性については,特に町家において

は,建造物の重層構造と壁構造にあらわれるため,その

2点を中心に,観察比較をおこなった(吉田,1988)。

また,保存地区がどのような形で歴史や文化を受け継ぎ,

群を維持しているしくみなどもあわせて,聞き取り調査

をおこなった。なお,不足する資料等については教育委

員会,各市町村の町並みセンターや資料館等を訪問して

収集を行った。休日等で訪問できなかった場合は,各市

町村と全国伝統的建造物群保存地区協議会のホームペー

ジによる収集及び電話による聞き取り調査を行った。フィー

ルド調査は,2002年6月に開始し,2003年8月に終了し

た。62地区すべて調査した。

 小学校調査:町並みの構造的な特徴を把握した後に,

小学校でこれを用いた学習の調査を実施した。そのため,

上記のフィールド調査とは別の日を設定し,総合的な学

習の時間の取り組みについて聞き取り調査をおこなった。

取り組みの有無設定学年,学習形態,活用内容,学習

目的,地域連携などを中心に直接訪問し調査をおこなっ

た。聞き取り相手は,総合学習担当教諭もしくは教務担

当教諭とした。学校の事情により,学校長,教頭,担当

学年教諭になった場合もある。聞き取り調査対象学校は,

函館市立弥生小学校,角館町立角館西小学校,佐原市立

佐原小学校,平村立平小学校,上平村立上平小学校,上

中町立熊川小学校,高山市立山王小学校,岩村町立岩邑

小学校,白川村立白川小学校,近江八幡市立八幡小学校,

五個荘町五個荘小学校,美山町立知井小学校,神戸市立

こうべ小学校,橿原市立今井小学校,室戸市吉良川小学

校,八女市福島小学校,吉井町吉井小学校,日南市立野

肥小学校,渡名喜村渡名喜島小学校,竹富村竹富小学校,

計20校である。日南市立干肥小学校については,兵庫教

育大学院に派遣研修生が在学しているので,その者から

聞き取りをおこなった。残りの小学校は,電話による聞

き取り調査になった。調査は2002年9月に開始し,2003

年11月に終了した。59校すべて調査した。ただし,1校

については,返答を拒否された。

結果

 町並みの特徴

 この調査では,町並みの形態はその果たしてきた歴史

的な役割や機能により,商家町,武家町,集落,港町,

宿場町,産業町,社寺町,茶屋町の8っの種別に分類す

ることができた(表1)。保存地区は商家町の指定が最

も多く16件ある。武家町10件,集落9件,港町9件,宿

場町7件,産業町5件,社寺町4件,茶屋町2件となっ

ている。さらに,重要伝統的建造物群保存制度の選定基

準をもとに町並みの特質を3つにまとめることもできる。

選定基準は昭和50年文部大臣告示157号で①伝統的建造

物群が全体として意匠的に優れていること②伝統的建造

物群及び地割がよく旧態を残しているもの③伝統的建造

物群及びその周囲の自然環境が地域的特色を顕著に示し

ているものとしている。商家町,茶屋町は①の意匠的建

造物に,武家町,港町は,②の建造物と地割に,集落・

宿場町・産業町・社寺町は,③のその周辺の景観に特徴

をみることができる。

 商家町とは地の利を得た要衝の地にあり,周辺各地の

物資や産物が集積し,交易によって栄えた町である(全

国伝統的建造物群保存地区協議会,2003)。この町には

2っのタイプを見ることができる。城下町の一画にでき

た町人地から発達した商家町として,川越市川越,高山

市三町,近江八幡市八幡,倉敷市倉敷川下,脇町南町,

八女市八女福島などの12件があげられる。また在郷で発

達した商家町には,橿原市今井町,富田林市富田林,室

戸市吉良川町,吉井町筑後吉井の4件があった。これら

の町は今なお優れた意匠をもつ町家が建ち並んでおり,

当時の繁栄の姿を想像することができる。これらの商家

建築は,重要文化財や登録文化財に指定されている建築

物も多く含んでおり文化的価値が高い。

 武家町は近世日本の武家社会によって生み出された城

下町を中心にした武士の町並みである。城郭を中心に武

家・町人の居住地,社寺などによって構成される複合都

市として城下全体が選定された武家町と,武家地の居住

区に限って選定された武家町に分かれている(全国伝統

的建造物群保存地区協議会,2003)。城下町は甘木市秋

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68 学校教育学研究,2006,第18巻

表1重要伝統的建造物群保存地区調査一覧

下口 重要伝統的建造物群 種別 伝統的建造 町並みの特徴保存地区名 建物 工作

1 函館市元町末広町 港町 77 . 0 幕末の開港地で旧居留地、洋風建築・宗教建築などが混在

2 弘前市仲町 武家町 30 5 藩政時代のままの基盤目割の地割、広い武家屋敷地跡が残る3 金ヶ崎町城内諏訪小路 武家町 25 35 藩政時代のままの地割で幅広の街路と武家屋敷地跡が残る4 角館町角館 武家町 39 5 要害として樹林帯を生かした地割、武家屋敷地跡が残る

5 下郷町大内宿 宿場町 49 9 荷継ぎ宿場、家屋の妻部分を道に向けて並ぶ密集した家屋群

6 川越市川越 商家町 79 13 江戸への流通で発達した商家、防火目的の町歩と蔵造の建築群7 佐原市佐原 商家町 77 3 利根川の港湾商業都市として舟運水路と商家が残る

8 小木町宿根木 港町 106 16 北前船産業の基地、狭い入り江の土地に密集した家屋群9 高岡市山町筋 商家町 93 11 城下町の商業地として発達、防火目的の町割と蔵造の建築群

10 平村相倉 山村集落 67 5 山腹の狭い台地にある合掌造の集落、周辺の山の自然環境と調和、世界遺産11 上平村菅沼 山村集落 28 2 山間の河岸段丘にある合掌造りの集落、周辺の山の自然環境と調和、世界遺産

12 金沢市東山ひがし 茶屋町 89 .6 藩政時代の遊興のとしてつくられた茶屋

13 上中町熊川宿 宿場町 225 109 鯖街道の荷継ぎ宿場が残る、曲がりのある街路が特徴

14 早川町赤沢 講中宿・山村落 84 39 身延山へ参るための信者の山中の宿場として発達

15 東部番士野宿 宿場町・養蚕町 垂10 14 北国街道の宿場と養蚕農家が残る16 南木曾町妻籠 宿場町 207 18 中山道42番目の宿場として規模が大きい、重伝建地区で最大面積、枡形のある街路17 楢川村奈良井 宿場町 156 7 中山道の宿場の姿を残す、鍵の手のある街路、木曽漆器の生産地.18 白馬村青青 山村集落 29 201 山腹の小規模の農村集落、棚田と重語堰用水、北アルプスの山景観との調和

19 高山市三町 商家町 172 2 飛騨地方の中心商業地として発達20 美濃布美濃町 商家町 116 10 美濃地方の中心商業地として発達、防火目的の広い街路とうだつのある商家群21 岩村町岩村本通り 商家町 114 23 東台地方の中心商業地として発達

22 白川村荻町 山村集落 117 11 河岸段丘にある合掌造集落、谷筋と同方向に並ぶ家群、自然環境と調和、世界遺産

23 関町関宿 宿場町 210 習 東海道の宿場が残る、枡形のある街路

24 大津市坂本 論詰群・門前町 120 118 比叡山延暦寺の山麓の里坊が中心、穴太積みの石垣群25 近江八幡市八幡 商家町 180 93 城下町として基盤目に地割された一区画に江戸時代の姿でまるごと残る商家群

26 五個荘町金堂 農村集落 194 104 田園地帯の中の近江商人の旧屋敷宅と農家家屋が混在する集落27 京都市上賀茂 社家町 38 46 明神川沿いにある上賀茂神社の神官・氏人の住居跡が中心となる

28 京都市産諸白 門前町 193 119 清水寺の参道沿い発達した、現在もにぎわっている

29 京都市祇園新橋 茶屋町 56 垂5 京の遊興の場として白川と新橋通沿いにつくられた茶屋群

30 京都市嵯峨鳥居本 門前町 33 6 愛宕神社の一の鳥居の前から続く参道沿いに発達、大文字舟形送り火の麓31 美山町北 農村集落 68 7 由良川沿いの田園地帯の茅葺農村集落32 富田林市富田林 在郷町・寺内町 181 29 寺を中心にできた門徒衆などの町人町、要塞的機能を持つ、在郷町へ発展

33 神戸市北野町山本通 港町 66 71 幕末の開港地として発達、旧居留地の異人館街

34 橿原市今井町. 在郷町・寺内町 504 119 寺を中心にできた門徒衆などの町人町、環壕で囲まれた要塞の町、在郷町へ発展

35 倉吉市打金玉川 商家町 144 22 日本海側の鳥取・米子の交通の拠点として発達した36 太田市大森銀山 鉱山町 240 34 石見銀山への道沿いの役所・問屋・郷宿など鉱山関連の家屋群

3フ 倉敷市倉敷川畔 商家町 237 45 倉敷川沿いに発達した備前地方の中心商業地、明治期以降は紡績の町38 成羽町馬屋 鉱山町. 80 5 銅・ベンガラ産出の鉱山の町として問屋・郷宿が残る、町全体がベンガラ色

39 竹原布竹原 製塩町 127 25 瀬戸内沿岸では赤穂の次に塩田で潤った商業地40 豊町御手洗 港町 195 75 島全体が瀬戸内海の海運の基地として機能した、潮止まり・風待ちの港41 萩市堀内 武家町 12 263 藩政時代のままの地割で街路と武家屋敷地跡が残る42 萩市平安古 武家町 9 23 藩政時代のままの地割で街路と武家屋敷地跡が残る43 萩市浜崎 港町 101 56 水産加工業を中心に発達した問屋・漁家の家屋群

44 柳井市古市金屋 商家町 44 44 瀬戸内海の海運によって栄えた商家群

45 脇町南町 商家町 88 0 阿波の藍によって潤った商家群

46 丸亀市塩飽本島町笠島 港町 113 0 瀬戸内海の海運の要所を占める塩飽の回船業者と船大工の港町47 内子町八日市護国 製蝋町 89 10 大洲街道にそった宿場と製蝋問屋が残る48 室戸市吉良川町 在郷町 120 42 良質の木炭の集散地としてうるおった、水切り庇のある家屋群

49 甘木市秋月 城下町 82 68 武家地と町人地の地割すべてを含む城下町として全国で一カ所のみの指定50 八女市八女福島 商家町 174 345 豊後地方の物産の集散地として潤った商業地、妻入商家群が残る51 吉井町筑後吉井 在郷町 154 98 豊後街道の宿場町・商家町として発展した妻入商家群のある町並み52 有田町有田内山 製磁町 160 0 街道沿に有田焼職人の町人地と陶器問屋の商人地が並ぶ53 長崎市東山手 港町 26 23 旧居留地の領事館などの公共施設が中心、洋風建築・宗教建築などが混在54 長崎市南山手 港町 41 11 旧居留地の教会・住宅が中心になる、洋風建築・宗教建築などが混在55 日南市飯肥 武家町 11 127 藩政時代のままの地割で、用水路と武家屋敷跡のが残る56 日向市美々津 港町 96 0 江戸時代に木材や木炭を大阪へ運ぶための海運の港町として発達57 椎葉村十根川 山村集落 32 126 山の斜面に石垣を築成してつくられた屋敷地と棚田状の農地を配列した集落58 出水市出水麓 武家町 93 482 藩政時代のままの基盤目割の地割が残る、屋敷地が道より一段高くつくられている59 知覧町知覧 武家町 29 158 藩政時代のままの地割が残る、屋敷地が道より一段高くつくられている

60 入来町入来麓 武家町 65 190 藩政時代のままの基盤目割の地割が残る61 渡名喜村渡名喜島 島の農村集落 102 204 防風を考慮した町割が残る島の集落、御嶽、共同井戸、道より掘り下げた屋敷地62 竹富町竹富島 島の農村集落 112 332 防風を考慮した町割が残る島の集落、御嶽、共同井戸、白砂の街路

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歴史的町並みが育む総合学習 69

表1の続き

番口 伝統的建造物の特徴年代 構造 外壁 屋根 千若 意匠

1 明治末~昭和初期 洋風建築、宗教建築 瓦葺、スレート葺、寄棟、切妻 平、妻

2 江戸期 木造平屋 茅葺寄棟 平入

3 江戸末~明治期 木造平屋 茅葺寄棟 平入

4 江戸末~昭和初期 木造平屋 茅葺寄棟、板葺切妻 平入

5 江戸末~明治期 木造平屋 茅葺寄棟 平入6 江戸末~昭和初期 蔵造二階、木造平屋 黒漆喰 本瓦葺、切妻 平入 鬼瓦、箱棟、観音開土扉窓

7 江戸末~昭和初期 蔵造二階、木造平屋及び二階 黒漆喰 桟瓦葺切妻、桟瓦葺寄棟 平、妻 箱棟、観音開鉄扉窓

8 江戸中~昭和初期 木造二階、木造平屋 木羽葺石置切妻、桟瓦葺切妻 平入 持送り

9 江戸末~明治期 蔵造二階 黒漆喰 桟瓦葺切妻 平入 軒支え柱、格子、箱棟、雪割瓦、鬼瓦

10 江戸末~明治期 合掌造 茅葺切妻 妻入 破風の明かり窓

11 江戸末~大正期 合掌造 茅葺切妻 妻入 破風の明かり窓

12 江戸末~明治期 木造二階 桟瓦葺切妻 平入 格子、簾

13 江戸~昭和初期 塗屋造つし二階 白漆喰 桟瓦葺切妻 平入 格子、袖うだつ、虫籠窓

14 江戸末~明治期 木造二階、木造平屋 木羽葺切妻、鉄山切妻 平入 軒マネキ札

15 江戸~明治期 木造二階、塗屋二つし二階 白漆喰 桟瓦葺切妻 平入 うだつ、袖うだつ、虫籠窓、持送り

16 江戸~明治期 木造二階、木造平屋 板葺切妻、木羽葺石置切妻 平入 持送り、うだつ

17 江戸末~明治期 木造二階 板葺切妻、鉄葺切妻 平入 霊送り、袖壁、格子

18 江戸末~明治期 木造中二階 茅葺兜造 平入

重9 江戸末~昭和初期 木造中二階 板葺切妻、鉄葺切妻 平入 格子、軒庇、

20 江戸~昭和初期 塗屋造つし二階 臼漆喰 桟瓦葺切妻 平入 格子、うだつ、なまこ壁

21 江戸~大正期 木造二階 桟瓦葺切妻 平入 持送り、格子

22 江戸末~昭和初期 合掌造 茅葺切妻 平入 破風の明かり窓

23 江戸~昭和初期 塗屋造つし二:階 白漆喰 桟瓦葺切妻 平入 格子、袖壁、虫籠窓、床几、漆喰絵

24 江戸中・末期 寺院建築 白漆喰 本瓦葺入母屋 平入

25 江戸期 塗屋造つし二階 白漆喰 桟瓦葺切妻 平入 格子、袖壁、虫籠窓

26 江戸末~昭和初期 木造平屋 桟瓦葺入母屋、切妻 平・妻

27 江戸末~大正期 木造平屋 桟瓦葺入母屋 妻入

28 江戸末~昭和初期 木造二階 桟瓦葺切妻及び入母屋 平・妻

29 江戸末~大正期 木造二階 桟瓦葺切妻 平入 格子、駒寄、簾

30 江戸末~明治期 塗屋造つし二階、木造平屋 白漆喰 桟瓦葺切妻、茅葺入母屋 平入 格子、駒寄、床几、虫籠窓

31 江戸~明治期 木造平屋 茅葺入母屋 平入 破風

32 江戸~明治期 塗屋三つし二階 白漆喰 本瓦葺切妻及び入母屋 平入 格子、虫籠窓、水切小庇、ばったり床几

33 明治~大正期 洋風建築 瓦葺、スレート葺、寄棟、切妻 平、妻

34 江戸~昭和初期 塗屋造つし二階、木造中二階 白漆喰 本瓦葺切妻 平入 格子、袖うだつ、虫籠窓、漆喰彫刻

35 江戸~昭和初期 塗屋造つし二階、 白漆喰、赤土壁 桟瓦葺切妻、 平入 格子、袖壁、うだつ、持送り

36 江戸末~明治期 木造二階、木造平屋 桟瓦葺切妻 平・妻 格子

37 江戸末~昭和初期 塗屋造つし二階、洋風建築 白漆喰 本瓦葺切妻 平入 格子、虫籠窓、なまこ壁

38 江戸末~明治期 塗屋造つし二階、木造中二階 赤土壁 桟瓦葺切妻及び入母屋 平入 格子、袖うだつ、虫籠窓

39 江戸~明治期 塗屋造中二階 白・灰色漆喰 本瓦葺切妻及び入母屋 平・妻 格子、袖壁、虫籠窓

40 江戸中~昭和初期 木造平屋 桟瓦葺切妻 平・妻

41 江戸期 木造平屋 桟瓦葺入母屋 平入

42 江戸期 木造平屋 桟瓦葺入母屋 平入

43 江戸~昭和初期 木造中二階、塗屋一つし二階 白漆喰 桟瓦葺切妻 平入 格子

44 江戸中・末期 塗屋造二階 白漆喰 本瓦葺入母屋 妻入

45 江戸中~昭和初期 塗屋造二階 白漆喰 本瓦葺切妻 平入 うだつ、虫籠窓、格子

46 江戸中~昭和初期 木造中二階、塗屋造つし二階 白漆喰 本瓦葺切妻 平入 格子、虫籠窓、なまこ壁、

47 江戸中~明治期 塗屋造二階 白漆喰・黄漆喰 桟瓦葺切妻 平入 格子、大戸、床几、なまこ壁

48 江戸末~昭和初期 塗屋三つし二階及び、平屋 白漆喰 桟瓦葺切妻 平入 永切瓦、漆喰彫刻、なまこ壁

49 江戸~昭和初期 木造平屋 桟瓦葺入母屋 平入

5Q 江戸~昭和初期 蔵造二階 白漆喰 本瓦葺入母屋 妻入 なまこ壁

51 明治~大正期 蔵造二階 白漆喰 本瓦葺入母屋 妻入 なまこ壁

52 江戸末~昭和初期 塗屋造二階、洋風建築 白漆喰 桟瓦葺入母屋 平・妻

53 江戸末~明治期 洋風建築、宗教建築 瓦葺、スレート葺、寄棟、切妻 平、妻

54 江戸詰~明治期 洋風建築、宗教建築 瓦葺、スレート葺、寄棟、切妻 平、妻

55 江戸期 木造平屋 本瓦葺入母屋 平入

56 江戸末~大正期 塗屋造つし二階、木造二階 白漆喰 本瓦葺入母屋および切妻 平入 虫籠窓、なまこ壁、格子

57 江戸末~明治期 木造平屋 桟瓦入母屋 平入

58 江戸~昭和初期 木造平屋 桟瓦入母屋 平入

59 江戸~大正期 木造平屋 桟瓦葺入母屋 平入

60 江戸~昭和初期 木造平屋 桟瓦葺入母屋 平入

61 明治~昭和初期 木造平屋、分棟式 赤瓦葺、寄棟 平入 シーサー

62 明治~昭和初期 木造平屋、分棟式 赤瓦葺、寄棟 平入 シーサー

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70 学校教育学研究,2006,第18巻

月の1件のみで,全国的に貴重な町並みとなっている。

武士の居住区としての武家町は9件である。東北地方で

は角館町角館,弘前市仲町,金ヶ崎町城内諏訪小路,中

国地方では萩市平安古,同堀内地区,九州地方南部では

知覧町知覧,出水市出水麓,入来町入来麓,日南市飯肥

がある。これらの町は建造物群よりも藩政時代の地割に

特徴があった。広大な敷地の中央に屋敷と庭園を配し,

周囲に門と塀を構えた格式ある町並みになっている。生

垣や屋敷林に地方色が表れているといえる。緑豊かで静

かな環境は今も住宅地として引き継がれている。武家町

の周囲には,藩政時代の史跡などの文化財も多く残って

いる。

 集落は農林水産業と結びついた日本人の生活基盤をな

し,日本全国に無数に存在していた町であるが,戦後の

高度成長の中で開発のため,最も変貌してきた町並み景

観といえる(全国伝統的建造物群保存地区協議会,2003)。

今や純粋な形の集落は,地方の山中や離島にしか残って

いないといってもよい。集落は地理的条件によって3つ

に分けられている。山村集落は,平村相倉,上平村菅沼,

白川村荻町,白馬青鬼,美山町北,椎葉村十根川の6件,

平野部の農村集落として五個荘町金堂の1件,島の農村

集落は渡名喜村渡名喜島,竹富町竹富島の2件であった。

これらの集落は,建造物群とその周辺環境の双方に特徴

があり,地域の自然や文化と強い結びつきを持っており,

自然の影響を受けた独特の形式を備えた民家を見ること

ができる。周辺の山,田園,川などの自然環境も町並み

を支える文化財として保存してあることに注目できる。

合掌造民家群を持つ相倉,菅沼,荻町の3件の集落は,

世界文化遺産にも登録され,特に価値の高いものとなっ

ている(平村,1994;上平村教育委員会,1994;白川村,

1976)。五個荘町金堂は近江平野の田園風景の中にたた

ずむ昔ながらの景観を今も保っていた。島の農村集落は

本土の農村集落とは様相を大きく違え,中国文化と亜熱

帯気候の影響を受けた集落景観であった。これらは,日

本人にとって,ふるさとの原風景として現在の人々に懐

かしさと癒しをもたらすことのできる貴重な景観である

といえる(渡名喜村教育委員会,2000)。

 港町は四方を海で囲まれた日本の海上交易を支えるた

め,各地の沿岸部に成立した町である。国内航路と海外

貿易拠点の2っのタイプに分けることができる(全国伝

統的建造物群保存地区協議会,2003)。北前航路などの

国内航路の東廻り・西廻りに代表される近世の国内海上

航路を支えた港町として,小木町宿根木,萩市浜崎,豊:

町御手洗,丸亀市笠島,日南市美々津の5件がある。ま

た,幕末に開かれた居留地と開港場としての港町は,函

館市元町末広町,神戸市北野山本通,長崎市東山手,弘

南山手の4件がある。国内航路の港町は外観は質素な作

りであるが,建物内部にはいると当時の繁栄によって得

た富をつぎ込んだ贅沢な作りになっている。開港場とし

ての港町は建造物群と地割の双方に特徴があった。港湾

と居留地部分に地割され,居留地内も公館,教会,住宅

部分に分けられていた。建造物は洋風建築・宗教建築と

独特の町並み景観をつくり出しており,国宝,重要文化

財指定の建築物,日本歴史の大転換期の証拠となる幕末

の文化財も数多く残っており文化的価値が高い。

 宿場町は江戸を中心として各地に張り巡らされた街道

の宿場として成立した町である。街道沿いの宿場町と,

山中の講中宿に分けることができる(全国伝統的建造物

群保存地区協議会,2003)。南会津街道の荷継ぎ宿下郷

村大内宿,鯖街道の上中町熊川宿,北国街道の東部町海

野宿,中山道の南木曾村払籠と楢川村奈良井,東海道の

関町関宿の6件は宿場町である。宿場の中心には大名の

本陣,脇本陣の他に高札場などが設けられ,これに続く

街道沿いには旅籠などの多くの町家が建ち並んでいる。

建造物群と周囲環境としての街道や山林などが一体となっ

て保存されており,江戸時代当時そのままの空間を醸し

出している。時代を感じることのできる町並みであるの

で,現在でも歴史環境を求める観光客でにぎわっている。

あとの1件は山岳信仰者の講中参りのために設けられた

山間の宿で,早川町赤沢宿のみとなる。平素は静かな山

村集落であるが,参詣の季節になると,今も集落あげて

の接待で活気づいている。

 産業町は地方の各藩が繁栄のために独自の産業を興し,

その産物と技術で栄えた町である(全国伝統的建造物群

保存地区協議会,2003)。鉱山町は大田市大森銀山と成

羽町晶晶の2件がある。これらは江戸時代最大の銀山,

銅とベンガラを産出した銅山として有名である。製塩町

は竹原市竹原の1件で,瀬戸内海の主要産業であった製

塩で栄えた町で,塩関連の問屋,商店が残っている。製

品町は和蝋燭づくりの町で,内子町八日市護国の1件で

ある。製磁町は有田町有田内山の1件で,今でも伝統産

業の陶器づくりが活発に行われている。東部二二野宿は,

養蚕町・宿場町とあわせた形で選定されているが,宿場

としての機能が強いため,そちらを優先している。これ

らの町には産業を支える多様な職人やこれを売りさばく

商人などが居住し,莫大な富の蓄積により,変化に富ん

だ装飾豊かな建造物群が多い。

 社寺町は信仰を集めてきた社寺を中心として成立した

町で4件ある。これらの町は信仰の形態や成立した時代,

地形などの違いにより独自の町並みに分かれる(全国伝

統的建造物群保存地区協議会,2003)。あわせて,寺社

の持つ広大な社寺林や森が周辺環境を特徴づけている。

門前町は京都市産二二と京都市嵯峨鳥居本の2件で,前

者は清水寺,後者は愛宕神社の参道にある。里二二は大

津市坂本の1件のみで,比叡山延暦寺の二二群となって

いる。社家町は京都市上賀茂の1件のみで,上賀茂神社

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歴史的町並みが育む総合学習 71

の氏人関連の町となっている。橿原市今井町と富田林市

富田林は,寺内町・在郷町とあわせた形で選定を受けて

いるが,在郷町の機能の方が強いため,そちらを優先し

ている。これらの社寺町は,今なお続く信仰とともに,

落ち着きのある風情を保持している。周辺には,国宝,

重要文化財,史跡などの文化財が多くある。

 茶屋町は近世から近代にかけて,豊かな町人文化を背

景とした遊興の場として都市の随所に創出された町であ

る(全国伝統的建造物群保存地区協議会,2003)。金沢

市東山ひがしと京都市祇園新橋の2件がある。二階に設

けられた座敷を中心とした洗練された社交の場として発

展をとげた町で,往時の停まいを今に残している。

 保存地区として選定されたこれらの町並みは,歴史や

伝統文化,地方文化を語ることのできる文化財として受

け継がれ,そこに暮らす人々の日常生活がある点におい

て,ほかの文化財とは一味異なる,人とともに生き続け

る文化財といえる。

 建物の特徴

 伝統的建造物の成立年代を時代別にすると,江戸期,

江戸~明治期,江戸~大正期,江戸~昭和初期,明治~

大正期,明治~昭和初期の6っに分類することができる

(表1)。どの地区においても,江戸期以前に遡ることが

ない。これは,この期以前の戦乱による破壊・燃焼に加

え,民家が耐久性を備えた建物となるには,近世社会が

安定期に入り,町人が高い経済力を蓄え始めた近世後期

以降になるためで,さらに広く普及するのは20世紀初頭

になるからである(宮本,2001)。商家町は江戸~昭和

初期の4っ時代にまたがる建物の頻度が高く,建物を通

して時代変遷をみることができるとともに,時代の発展

に柔軟に対応していった町であったことが推察できる。

 重層構造は平屋,っし二階,二階に分類することがで

きた。っし二階とは平屋の屋根裏部分を物置などに利用

した建て方で,通りからみると虫籠窓が設けられ二階に

見える(吉田,1988)。平屋は武家町および集落に顕著

に表れており,っし二階は商家町,港町,宿場町に,二

階は商家町,港町,宿場町,産業町,茶屋町が中心とな

る(表1と図IA)。江戸期には二階建てが,遊郭,茶屋,

旅籠に限られ,民家は平屋と定められていた(中岡,

豆g86)。しかし,商家町は江戸末期に近づくにつれ財力

を持ち,っし二階,そして二階建てへと建て直していく

が,それについての答めは受けていない。平屋→っし二

階→二階の重層化は町並みの時代的な判断材料になるが,

町の立地条件によってずれが出てくることを考慮にいれ

ておく必要がある(吉田,1988)。

 伝統的建造物の壁は塗屋造と蔵造別に分けることがで

きた。一般的な民家の土壁は,柱と柱の間に貫を通し,

竹で作った下地の上に土を塗りつける真壁造である。塗

屋造とは,柱の外側に壁の下地をつくり両面から土を塗

りつけ,その上を白漆喰等で仕上げる防火機能を持つ壁

の工法をいう。蔵造とは,塗屋造をさらに頑丈にし,壁

の厚さが20~25cmとなる土蔵と同じっくりで,耐火機能

を持つ壁の工法をいう(川島,1973)。塗屋造は,商家

町での頻度がα38と高く,港町,産業町,宿場町,社寺

町と下降して続く。蔵造は,商家町しか見ることができ

ないものとなっている(図1B)。これらは火事による

延焼を食い止めるための庶民の知恵が,全国に普及して

いったと考えられる。特に,蔵造の商家町である川越市

川越や高岡市山町筋,佐原市佐原は,大火と町並み発展

の歴史を重ねあわせることができる(高岡市教育委員会,

2001;川越市教育委員会,2000;佐原市教育委員会,

1998)。

 屋根は屋根葺材料と屋根型に特徴が表れている。屋根

葺材料は,瓦,茅,板,鉄に分類することができる(図

lC)。瓦葺はどの町においても利用されているが,特に

商家町の屋根で顕著になっている。これは前述の壁とも

関連するが,建物の防火機能を優先したものと考えられ

る。瓦は江戸中期以降に商家町を中心として普及してい

るが,経済的なことから一般的に普及し始めるのは明治

期以降となる(宮野,1994;小林・山田,2001)。また

瓦屋根はうだつや鬼瓦などの屋根飾りをつけるなど細工

をしゃすく,住み手の精神文化を表出する場所となって

いる(小林,1985)。茅葺は日本の伝統的な自然素材の

屋根材で,素材の得やすさ以外に,防寒防暑的および経

済的で,急勾配の屋根を作ることができ,排水もよく,

日本のモンスーン気候に適した材料であるため利用が多

かったと考えられる(宮野,1994;杉本,1969;川島,

1973)。これらの地域では集落の周辺に共同の茅場を作

り,20~30年の周期で屋根を葺き替えている。葺き替え

作業は,「結い」と呼ばれる相互扶助のしくみで,支え

られてきた(平村,1994;上平村教育委員会,1994;白

川村,1976)。茅葺は自然とのかかわりの強い集落が中

心で,地方の武家町や宿場町の一部にも利用されている。

しかし火に弱く,茅が育つ自然環境がない等の理由から,

家が密集する町並みには使われていない。五箇山や白川

郷の山村集落に茅葺屋根をみることができた。板葺は茅

に次ぎ自然から手に入れやすい伝統的な屋根材であり,

そいだ木片をはった木羽葺と皮葺に分かれ,板葺屋根の

上に木や自然の石で押さえて使われることもある。周辺

が山地であることと,経済的理由で瓦の普及がしにくかっ

たことをあげられる(杉本,196g)。山に囲まれた南木

曽町妻帯宿と佐渡の小木町宿根木にみることができた。

鉄葺は,板葺や茅葺が鉄の普及でトタン葺にかわったも

ので,比較的新しい時代の屋根材であり(杉本,1969),

高山市三町に見ることができた。この地区は商家町とし

ての財力があったが,雪や寒さに弱かった当時の瓦を使

用するのを避けたためであると推察される。

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72 学校教育学研究,2006,第18巻

 屋根型は,切妻,入母屋,寄棟に分類することができ

た。切妻型は晶晶を垂直に切り取った2っの傾斜面から

なる屋根で,寄棟型は破風部分のない4っの傾斜面から

なる屋根,そして入母屋型は寄棟に破風部分をあけた屋

根である。切妻型は構造的にも極めて自然で単純なため,

瓦葺にも適した形ですべての町並みに普及している(杉

本,1969)(図1D)。特に,街路にそって密集した町家

が多い商家町や宿場町は切妻にし,隣家と妻部分を合わ

せた方がより広い家が建てられるため,この形を多く利

用したと考えられる(吉田,1988)。切妻型が大型化し

急傾斜になった例が,五箇山と白川郷の合掌造で,豪雪

地帯であるため屋根への積雪を防止することと,養蚕業

の発達にともない天井空間を有効利用するために発達し

たと考えられている(平村,1994;上平村教育委員会,

1994;白川村,1976)。入母屋型は武家町に使われるこ

とが多く,社寺町,商家町,集落にも見ることができる。

これは本来,神社・仏閣などの屋根型で上層文化を象徴

しており,格式を重んじる武家屋敷や近畿圏の集落に取

り入れられたと考えられる(杉本,1969)。また美山町

北地区でもみられ,これは茅葺の里として名をはせてい

る。寄棟型は四方に屋根を持つため,他の屋根型より耐

風性があると考えられており,広く日本に分布し,特に

強風の害をうけやすい太平洋沿岸域に発達している(杉

本,1969)。竹富島や渡名喜島は台風の北上コースに当

たり,寄棟の低い屋根で赤瓦漆喰止めととなり暴風に対

抗できるようになっている(渡名喜村教育委員会,2000)。

 周辺環境の特徴

 山,島,川,海,田園,屋敷林・社寺林,生垣などの

自然的要素と,石垣,水路・水場,街道・街路などの人

工的要素に分けて,周辺環境の特徴を比較した。集落で

はこれらすべての要素と結びつきがあるが,その中でも,

田園,山,川,林などの自然的要素が中心となって周辺

環境を作り上げている。宿場町は山,田園,川,街道,

水路,社寺町では社寺林と街路,産業町では山と街道,

港町では海と山,武家町では生垣と屋敷林,商家町では

川と水路が周辺環境を特徴づけているといえる。建造物

とこれらの周辺環境が一体となって,町並みの景観を醸

し出している。周辺の自然環境と協調し,またその多様

性が高いものは集落であり,ほとんど全ての上記要素を

含んでいる。対象的なものは在郷の商家町と茶屋町であ

り,川および街路などの「小自然」のみであった。した

がって前者では将来のふるさとイメージへと発展しやす

い素地があり,環境教育への基礎的概念形成へとつなが

る可能性が高い(記田,1993b;藤岡,1997)。

 コミュニティの特徴

 保存地区の住民はこのような歴史的な環境の中で,文

化財と共存しながら日常生活を送っている。そのため建

造物,地割,周辺環境として目に見える構造物以外に,

住民間を結ぶ精神的あるいは心理的なつながりが機能し

ていることが窺える。これらはコンピュータ用語でのハー

ドとソフトに対比することができる。住民間を結ぶソフ

トに相当するものとして5っの要素が区分された。信仰・

祭・行事とは,寺社を中心にした結びつきで頻度にすれ

ば0.30であった(図lE)。自然環境の共同管理とは山や

海,川,森林,水路などをみんなのものとし,その利用

や維持の方法などを話し合い,ルールを決めて管理して

いくことで,その頻度は0.24であった。 相互扶助とは,

農村集落では「結い」,漁村では「患い」と呼ばれる住

民同士の助け合いのことでα24となっている。継承への

誇りとは先人が築いた町並みを誇りに思い,継承してい

く意識を強く持っていることでα16であった。防災意識・

掟とは,建物や蓄積した財産を火事や盗難から守ること

を住民共通の課題としていることで0.13であった。信仰・

祭・行事は,商家町が0.12,集落で0.09,社寺町で0.05,

武家町及び宿場町は0.03と,商家町と集落に傾向が強い

(図IE)。祭や行事は寺社との信仰による結びつきで行

われているが,地域住民にとっては信仰以上に,楽しみ・

喜びを共有できることに重点が置かれているように思わ

れる。自然環境が厳しい沖縄地方の祭は特に盛大に行わ

れている(渡名喜村教育委員会,2000;朝日新聞社,

2003)。相互扶助は集落で0.11,港町で0.05,宿場町で

0.03であり,集落に特に傾向が強い。茅屋根の葺き替え

作業などでは典型的な「結い」の機能が働いている(朝

日新聞社,2003)。防災意識・掟は,商家町で0.11,宿

場町で0.03と,商家町で特にその傾向が強い。家屋に不

燃化の構造を施すだけではなく,それ以前の問題として

出火しないことに重点をおいていることが窺える。防火

の町掟を定め,今も受け継がれているところや,夜回り

活動をする地区もある(町並みゼミ実行委員会,2003)。

継承への誇りは,武家町で0.15,商家町・集落及・産業

町ではおのおの0.02で,特に武家町にこの傾向が強い。

藩政時代の武士の子孫がそのまま住み続けている場合が

多く,大部分の生垣・樹木・塀などは当時のままとなっ

ている。武士の気風がそのまま受け継がれていると推察

できる。自然の共同管理は,集落では0.15,武家町で

0.05,宿場町で0.03,港町,産業町及び社寺町ではおの

おの0.02で,特に集落に傾向が強い。集落は生活の糧が

そのまま周辺の自然環境と結びついており,里山林およ

び水路などを管理しており,.この共同作用が同時にコミュ

ニティの維持の要因としても働きやすいと思われる。

 保存地区を校区に持つ小学校での総合的な学習を中心

にした伝統的建造物をもちいた学習への取り組み

 調査をした58校のうち,42校に取り組みがあった。地

域性を生かした特色ある教育活動を編成する上で,身近

な教材として取り上げやすいものになっていることを意

味している。しかし子どもたちにとっては,生まれて以

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歴史的町並みが育む総合学習 73

表2保存地区を校区に持つ小学校の「総合的な学習の時間」を中心にした重要伝統的建造物群教材の取り組み一覧

番口 小学校名 学年別 学習形態 活 用 対 象重要伝統的建造物群

@ 保存地区名

取り

gみ 3年 4年 5年 6年 縦割 町探検のみ 町探検+課題追 町並みの歴史 町並みの特徴 建造物 伝統産業・産物 伝統文化・芸能 町並み保存

1 函館市元町末広町 弥生小学校2 弘前市仲町 時敏小学校 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

3 金ヶ崎町城内諏訪小路 金ヶ崎小学校 ○ ○ ○ ○

4 角館町角館 角館西小学校 ○ ○ ○ ○ ○

5 下郷町大内宿 江川小学校分校6 川越市川越 川越第一小学校 ○ ○ ○ ○

7 佐原市佐原 佐原小学校8 小木町宿根木 小木小学校9 高岡市山町筋 平米小学校 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ O10 平村相倉 平小学校 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

11 上平村菅沼 上平小学校 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ O ○

12 金沢市東山ひがし 馬場小学校

給 上中町熊川宿 熊川小学校 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

14 早川町赤沢 早川南小学校 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

15 東部町海野宿 田中小学校 ○ ○ ○ ○ ○ O16 南木曾町妻籠 読書小学校 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

17 楢川村奈良井 楢川小学校 ○ ○ ○

18 白罵村青鬼 白馬北小学校

19 高山市三町 山王小学校 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

20 美濃市美濃町 美濃小学校 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

21 岩村町岩村本通り 岩邑小学校 ○ ○ ○ ○ ○ ○

22 白川村荻町 白用小学校 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

23 関町関宿 関小学校 ○ ○ ○ O24 大津市坂本 坂本小学校 ○ ○ ○ ○ ○ ○

25 近江八幡市八幡 八幡小学校 O ○ O ○

26 五個荘町金堂 五個荘小学校 ○ ○ ○ ○ ○

27 京都市上賀茂 上賀茂小学校 ※返答拒否

28 京都市産寧坂 清水小学校 ○ ○ ○ ○ ○ O29 京都市祇園新橋 有済小学校 ○ ○ O O30 京都市嵯峨鳥居本 嵯峨小学校 O ○ ○ ○

31 美山町北 知井小学校 ○ ○ ○ O O32 富田林市富田林 富田林小学校

33 神戸市北野町山本通 こうべ小学校

34 橿原市今井町 今井小学校 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

35 倉吉市打吹玉川 成徳小学校

36 太田市大森銀山 大森小学校37 倉敷市倉敷川畔 倉敷東小学校 ○ ○ ○ ○

38 成羽町吹屋 吹屋小学校

39 竹原市竹原 竹原小学校 ○ ○ ○ ○

40 豊町御手洗 豊小学校41 萩市堀内 明倫小学校 ○ ○ ○ ○ ○

42 萩市平安古43 萩市浜崎44 柳井市古市金屋 柳井小学校 ○ ○ ○ ○ ○

45 脇町南町 脇小学校 ○ ○ ○ O O46 丸亀市塩飽本島町笠島 本島小学校

4フ 内子町八日市護国 内子小学校 ○ ○ ○ ○ ○

48 室戸市吉良川町 吉良川小学校 ○ ○ O ○ ○

49 甘木市秋月 秋月小学校 ○ ○ ○ ○ O50 八女市八女福島 福島小学校 ○ O O ○ ○ O ○ ○ ○

51 吉井町筑後吉井 吉井小学校 ○ ○ ○ ○ ○ ○ O ○

52 有田町有田内山 有田小学校 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

53 長崎市東山手 浪平小学校 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 054 長崎市南山手55 日南市飯肥 鉄肥小学校 ○ ○ ○ o ○

56 日向市美々津 美々津小学校 ○ ○ ○ ○

57 椎葉村十根川 鹿野遊小学校

58 出水市出水麓 出水小学校 ○ ○ ○ ○ ○ O ○

59 知覧町知覧 知覧小学校 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

60 入来町入来麓 入来小学校61 渡名喜村渡名喜島 渡名喜小学校

62 竹富町竹富島 竹富小学校 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 0 ○ ○ ○

合計       62地区 59校 42 23 8 7 21 5 7 34 20 39 19 15 12 羽

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74 学校教育学研究,2006,第18巻

表2の続き

番口 小学校名 学習の目的 教材としない場合の理由 発展的な学習

1 弥生小学校 国際理解教育として英語活動を中心にした学習

2 時敏小学校 地域のよさ発見、地域に愛情や誇りを持つ心 を進めるため、6年図工で町並み写生あり インターネットで町並みを発信

3 金ヶ崎小学校. 地域への関心、地域理解、地域を大切にする心 サワラ七バ生垣刈り込み体験

4 角館西小学校 , 地域理解、地域のよさ発見 4年角.館さくら祭で観光案内ボランティア

5 江川小学校分校 児童にとって当たり前の町並みなので興味を持

6 川越第一小学校 地域への関心、地域のよさ発見 たない、町並み清掃活動や夜回り当番あり 小江戸祭への参加7 佐原小学校 児童が当たり前の町並みなので興味を持たない

8 小木小学校 町並みが学校から離れているため、児童が町並

9 平米小学校 地域理解、地域と自分の関係づくり みに興味を持たないため、来年度計画あり インターネットで町並み紹介、祭への参加

10 平小学校 地域理解、地域に愛情や誇りを持つ心 町並み紹介、清掃活動・祭へ参加、屋根葺体験11 上平小学校 地域理解 祭の練習と参加

12 馬場小学校 茶屋町という特殊な町並みであるため教材化

13 熊川小学校 地域理解・よさ発見、地域に愛情誇りを持つ心 しにくい、加賀友禅等の伝統文化学習あり インターネットで町並み紹介、イベントへの参加

14 早川南小学校 地域のよさ発見、地域に愛情や誇りを持つ心 インターネットで町並み紹介、親子町見学遠足

15 田中小学校 地域理解・よさ発見、地域の一員との自覚

16 読書小学校 地域のよさ発見、地域に愛1青や誇り・大切にする心 インターネットで町並み紹介、6年町並み写生会

17 楢川小学校 地域理解 児童の漆器作品を町の発表会に出品18 白馬北小学校 町並みが学校から離れているため、児童が町並19 山王小学校 地域理解と自分の関係づくり、地域を受継ぐ子育成 みに興味を持たないため、町並み遠足あり 済掃活動・観光パンフ配布、姉妹校へ観光案内

20 美濃小学校 地域理解 手漉き和紙卒業証書づくり、クラブ伝統芸能部21 .重罪小学校 地域理解、地域1. ア愛情や誇りを持つ心 町の歴史・文化財学習、観光ガイドブック作り

22 白川小学校 地域への関心・理解、地域に愛情や誇りを持つ心 沖縄.姉妹校とネット交流、清掃活動、町並紹介

23 関小学校 地域理解24 坂本小学校 地域理解、地域を大切にする心 6年町並みを主にした夏休みの自由研究25 八幡小学校 地域理解、地域のよさ発見、地域を大切にする心 5年フリーマーケットで商人体験(地域の要請)

26 五個荘小学校 地域理解、地域と自分の関係づくり 米作り体験27 上賀茂小学校28 清氷小学校 地域理解 姉妹校へ観光案内、観光客へ観光パンフ配布29 有済小学校 地域理解、地域を大切にする心 ネットで発信、学校内の指定文化財見学

30 嵯峨小学校 地域の一員としての自覚 神社・仏閣、史跡、学校内の指定文化財調査31 .知井小学校 地域理解、地域を大切にし愛情と誇りを持つ心 ネットで紹介、屋根葺替体験、大学と環境学習

32 富田林小学校 別のテーマを取り組む、町並みカルタ作り

33 こうべ小学校 国際理解教育として英語活動を中心に学習を進

34 今井小学校 地域のよさ発見、地域を大切にする心 めているため、2年生活科で町並み学習あり 町並みオリエンテーリング、写生会と画集

35 成徳小学校 児童に当たり前の町並みなので興味を持たない

36 大森小学校 特別活動で文化財学習の時間があり、総合は37 倉敷東小学校 地域のよさ発見 別のテーマで進めていきたいため 5年観光ガイド、町並み清掃活動

38 吹屋小学校 コンピュータを中心にした学習を優先している

39 竹原小学校 地域理解、よさ発見、地域に愛情誇りを持つ心 ため、6年親子で町並みカレンダー作成あり 観光パンフレット作り

40 豊小学校 コンピュータ学習の方が子どもが興味を持つ

明倫小学校 地域理解、地域に愛情や誇りを持つ心 神社・仏閣、史跡、学内文化財も調査

44 柳井小学校 地域のよさ発見、地域に愛情や誇りを持つ心

45 脇小学校 地域理解、地域のよさ発見、地域を大切にする心 観光案内、ネットで全国のうだつの町探し

46 本島小学校 人権教育をテーマにした総合を行っているため、

47 内子小学校 地域理解、地域に愛情や誇りを持つ心 校区の町並みは教材にしにくい 和蝋燭作り体験48 吉良川小学校. 地域理解、地域に愛情や誇りを持つ心 祭の練習・参加

49 秋月小学校 地域理解、地域のよさ発見、地域を大切にする心 観光案内50 福島小学校 地域のよさ発見、地域に愛情や誇りを持つ心 蔵造民家壁ぬり、ガイドブック作り、イベント手伝

51 吉井小学校 地域のよさ発見、地域を受け継ぐ子どもの育成 町写生会、ユネスコ活動への参加ζ清掃活動52 有田小学校 地域を受け継ぐ子どもの育成 焼物体験、ガイドブック作成、焼物まつり案内

浪平小学校 地域のよさ発見、地域の一員としての自覚

55 飯石小学校 地域への関心、地域のよさ発見 清掃活動、観光案内、城下祭での太平踊り56 美々津小学校 地域理解、地域に愛情や誇りを持つ心 観光案内、おきよ祭への参加57 鹿野遊小学校 コンピュータを中心にした学習を進めている

58 出水小学校 地域理解、地域のよさ発見 ため、児童が町並みに興味をもたない 全校町並み清掃活動59 知覧小学校 地域理解60 入来小学校 コンピュータを中心にした学習を進めているため

61 渡名喜小学校 小中学校一体型の教育計画で、町並み学習は62 竹富小学校 地域理解、地域のよさ発見 中学校で取り上げるため 町並み清掃活動、種取祭参加、ネット発信

合言 59校 「うつぐみ」精神の体験活動、小中一貫計画

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歴史的町並みが育む総合学習 75

来住み慣れた町並みで他の地域との比較にかけている点

もあり,当然のこととして受けとめており,この意味か

ら困難な点が存在する。残りの学校は別の情報や異文化

理解や福祉などの学習課題に取り組んでいた(表2)。

 対象学年

 取り組みのある学年では,3年生での活用の頻度は

0.36で,6年生では0.33と,他の学年に比べて有意に多

く活用されている(表2)。4年半と5年生,および縦

割学習においても活用はされているが,その頻度は少な

い。3年生では社会科の地域学習,6年生では歴史学習

との関連,もしくはそれらの教科の発展的な学習として

設定されている。学年間での活用の関連を見ると,単独

の学年で活用となっている学校は,42門中24校と半数以

上を占めている。残りの18校は,複数の学年にわたって

活用していることがわかった。2学年間で活用している

例は10校で,3学年間以上にわたって活用している例は

8校あった。各校においては,地域や学年,学校の実態

にあわせて町並み学習を位置づけていることがうかがえ

る。

 学習形態

 町並みを取り入れた総合的な学習の学習形態に関して

は,その頻度は町探検型が0.17で課題追求型が0.83と,

顕著な差をみることができる。町探検型のみを実施して

いる学校では,その大部分が3年生の活用となっており,

ここでは児童が町並みにまず興味を持つこと,町並みを

知ることなどにねらいをおいて取り組んでいることがわ

かった。児童が主体的に町並みから何かに興味をもち課

題を見つけ,調べることを求めた学習になっていないの

で,従来からある社会科での地域学習の町探検との関連

や違いをあきらかにしておくことが必要となるであろう。

社会科とは異なり,ここでは子どもたちにとって町並み

はふるさとへのインプットにもなっていた。課題追求型

を活用している学校では,実施学年にかかわらず町探検

をまず実施し,町並みに興味を持たせたり,体験をさせ

たりするなど課題発見までに十分時間をかけた取り組み

になっている。その後,児童自らが課題を見つけ,主体

的に地域にかかわりながら調べ,追求していくという総

合的な学習の時間の趣旨を生かした学習形態をとってい

る。

 学習課題

 学習課題に活用している町並みの対象物について,町

並みの歴史,町並みの特徴,建造物,伝統産業・産物,

伝統文化・芸能・文化財,町並み保存の6っの要素に分

類して分析した。 全体的には,町並みの特徴について

学習することが頻度でα34で最も多く,次いで町並みの

歴史が0.17,建造物が0,16,伝統的産業・産物が0.13と

なっているが,町並みの特徴以外の要素間において大き

な差はない(図F)。これらの要素のうち,単独で活用

される場合は少なく,多くの小学校は,これらの要素を

組み合わせて学習している。歴史的町並みは,児童にとっ

て多様な学習課題を提供してくれる場であることが読み

とれる。町並み学習を総合的な学習の時間に取り入れた

目的は,どの小学校においてもおおむね同じ内容の取り

組みになっている。地域への関心,地域理解,地域のよ

さ発見,地域との関係づくりなど,児童が地域の中で活

動することを通して,地域を大切にする,地域を愛する,

地域を誇りに思うなど,子どもの心を育てることに重点

をおいて取り組んでいるということが判明した。しかし,

これは逆にとらえると,児童が住んでいる地域を知らな

い,地域の中でつながりを持てていない,地域を誇りに

思えていないなど,児童が地域と断絶された状態にある

ことを示しているとも受けとめられる。町並みを活用し

ていない小学校の理由をみていく中で,多くの小学校が,

国際理解教育や情報教育などの新しい課題を優先して取

り組みたいという理由をあげている。そこには,歴史的

町並みの教材化の価値を認めながらも,IT化の波の中

でコンピュータを用いた情報教育や英語活動などの新し

い課題を優先している学校と,児童にとって町並みが当

たり前すぎるため興味や関心が持ちにくいとして新しい

課題を取り上げたとする学校がある。前者は,今後それ

らの課題を追求する中で,町並みをその素材として取り

入れる可能性がみえてきている。後者は,児童が興味・

関心をもっためには,それを取り上げる教師の町並みの

見方に影響をうける部分が多いのではないかと推察する

ことができ,教師にとって今後の研修のあり方が課題に

なってくると思われる。

 発展的な学習

 町並み学習を発展させてさらに新しい学習形態に取り

組んでいる学校は,42門中37校にみることができた。そ

れらの取り組みを大きく6っの要素に分けら分析すると,

情報発信が0,30,産業体験が0.25,町案内,文化財調査,

行事参加がそれぞれ0.14,自由研究0.02という分布を示

した(図lG)。これらを町並みの種類別にみても,そ

れぞれの町並みの特徴にあった発展的な学習ができるこ

とを意味していると思える(図lH)。情報発信として

白川村立白川小学校では,世界遺産でもある町並みや豊

かな自然環境について学習した内容を学校のホームペー

ジで発信し,それにより他地域の小学校とコンピュータ

ネットワーク上で新しい交流をうみ出し,活きた情報教

育をおこなっている。産業体験として楢川村立楢川小学

校が児童全員が町の伝統的な木曽檜工芸を体験し,それ

をきっかけとして自分たちの手による卒業記念品づくり

を行い,地域の展覧会に出品し,評価を得ている。町案

内としては角館町立角館西小学校が,角館さくら祭りで

観光客の1日ガイドを務め,訪れた人から感謝の手紙を

もらうなど成果をあげている。文化財調査としては平村

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76 学校教育学研究,2006,第18巻

A02

0.15

0.1

005

o

商家町 武家町 集落  港町 宿場町 産業町 社寺町 茶屋町

■平屋■つし二階口二階口その他

B懸 04

 0.35

 03 025

 02 0.15

 0.1

 005  0

商家町 武家町  集落  港町  宿場町 産業町 社寺町 茶屋町

■塗屋造■蔵造

%。3

  025

  0.2

  0.15

  0」

  0.05

   0商家町武家町 集落  港町 宿場町産業町社寺町茶屋町

■瓦葺■茅葺口板葺口鉄葺■その他

D遡 0・2

 0.15

0,1

0.05

0

商家町 集落 武家町 港町 宿場町産業町社寺町茶屋町

暦切聾      鰹入魔■       口富■馳 口切妻・入働■混夜 ■切り甕・盲鳳翼登    ■その舳

E 0.35  0,3

 0,25

腿 α2緊0.15

  0.1

 0.05

  0檸宇

肇匝

e

コ串

F遡 0・4

緊0.35

  0.3

 0.25

  0.2

 0.15

  0.1

 0.05

   0

歴史  特徴 建造物 産業  文化  保存

G樫0・35緊 0・3

 0.25  0.2 0.15  0.1

 0.05   0

鯉 課

H0.12

0.1

008

0ρ6

004

002

 0商家町 武家町  集落  港町  宿場町 産業町 社寺町 茶屋町

■町案内■産業体験口情報発信口文化財調査■行事参加■自由研究

図1 重要伝統的建造物群保存地区にみられる建造物の特徴とそれを用いた小学校での学習内容。A.町並みの種類別にみ

   た伝統的建造物の重層構造の分布。B.町並みの種類別にみた壁構造の分布。 c.町並みの種類別にみた屋根材料の分

   布。D.町並みの種類別にみた屋根型の分布。 E.町並みのコミュニティ維持要因の分布。 F.総合的な学習における

   町並みを用いた学習課題の分布。G.町並みを用いた総合的な学習から発展する内容。 H.町並みの種類別にみた学習

   内容の分布。

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歴史的町並みが育む総合学習 77

立平小学校が世界遺産どうしのつながりで日光東照宮に

ついてインターネットを主とした情報ネットで調べ,修

学旅行を利用した世界遺産の実地学習をおこなっている。

行事参加では日南市立飯肥小学校が地域の人から指導を

受けた太平踊りを町のイベントで披露し,伝統文化を基

にした地域交流に役立てている。

 市町村教育委員会単位または学校単位で,文化財を内

容にした職員研修も進められているが,まだその数は多

くない。総合的な学習を担当する教師たちにも重要伝統

的建造物群を手始めに文化財の価値を理解していく取り

組みへの必要性が感じられる。

考察

 伝統的建造物群を使った総合的な学習の時間の現状と

課題

 保存地区の小学校58校門,伝統的建造物群を総合的な

学習に取り入れた学校は42校であった。取り組みのある

学年は,3年生と6年生での活用が多かった。これは3

年生では社会科の地域学習,6年生では歴史学習との関

連,もしくはそれらの教科の発展的な学習として設定さ

れていた。伝統的建造物群の学習を進めるときには,ま

ず町並みの持つよさの発見というものが配列されていて,

その次に,児童が見つけた学習課題を追求していく形と

なっている。その学習課題は,町並みの特徴をつかむこ

とが中心で,町並みの建造物や歴史が続いていく(表2)。

子どもにとっての最初の気づきは,建造物全体とかまわ

りの環境のような大景観ではなく,虫籠窓,常夜燈,あ

るいはのれんなどの町の小さな「もの」とかが作文に記

せられているとの聞取り調査結果であった。この点は他

にも報告されており(引田,1993a),この「小さなもの」

から屋根・建物さらには街路樹・川・山さらに歴史など

の「大きなもの」へ視点が広がっている。この視点は文

化財に対してもその導入口あるいは認識入口になってい

ると考えられる。

 学習課題は,社会科の地域学習と歴史学習に関連して

いることが多いことがわかる。他方,これらの発展的な

学習としては,情報教育と関連させながら,この町並み

のよさをインターネットで発信している学校が,多数見

られた。続いて町並みに伝統的な産業を体験すること,

伝統的建造物群以外の文化財の調査へと発展している。

町並みの学習が情報に発展しているのは,そこに文化財

を取り入れることによって,より情報発信する意志とそ

の材料がふえることになる。文化財を学習することによっ

て地域文化理解にもなり,さらに異文化理解にもつながっ

ていき,調査結果の発表意慾へと発展すうことになって

いる。新しいこととして,文化財調査という新たな視点

が見いだされていることである。この中で最たるものが

世界遺産への発展である。建造物を通して文化を見る目

が育ち,それが広がりを持ってきたものと思われる。

 地域の中で新しい体験をすることは,地域と地球のつ

ながりを理解し,将来再び地域のために活動してくれる

力強い世代を育てることにつながる。このれは子どもに

とって将来の伝統的建造物群を支えてゆく伝統継承になっ

ている。また地域とかかわりをもっことは,自分自身の

存在意義を確認できる活動となる。ふるさとは,自然や

二半,人間同士がおりなすさまざまなかかわりの賜物で

ある(藤岡,1997)。日本の原風景およびふるさと風景

は日本人の精神文化を支えるものとして,貴重な場所と

いえる(小林ら,1996)。さらに,自然環境や地域コミュ

ニティに対する接触は,トポフィリアという土地愛に結

びつき,自分は根付いているという確固としたアイデン

ティティを形成する(新,1998;Kyung-Rock,1995)。

児童が自分たちの住んでいるところにアイデンティティ

を確立し,こころのふるさとを発見したという点におい

て,文化財は,バーチャルリアリティにない本物のもつ

尊さ,深さがそこに生きていると思われる。

 取り組みのない学校の学習分野をみると,コンピュー

タを使った情報教育,英語活動を中心とした国際理解教

育に重点がおかれ,現時点においては伝統的建造物群は

据え置かれた状態であることがわかった。

 伝統的建造物群を含めた文化財を用いた総合的な学習

への発展

 伝統的建造物群を教材にしていくとき,児童の興味や

視点がまず向くものは,商家町を例にとると,虫籠窓,

破風,なまこ壁,格子,大戸,袖壁,瓦,石垣,石畳,

路地,暖簾i,店の看板,道標,案内表示,小川,用水路,

生垣,樹木などその「部分」をあげることができる。次

の段階では,武家町,港町,あるいは商家町といった町

がもつ特徴に目を向けている。続いて,具体的な建造物

や町の歴史のことに目を向けて調べようとしていること

がわかる(表2)。また,門田(1993a)および延藤

(1996)がおこなった子どもの景観認識に関する研究で

は,虫籠窓や破風,なまこ壁などの「町家の要素」,石

垣,石畳,路地などの「道の要素」,暖簾,常夜灯,看

板などの「目印の要素」,小川,庭木,鉢植えなどの

「小自然の要素」の4っに分類して調査した結果,子ど

もの目からみた評価の高さは,小自然,町家,目印,道

の順であり,きれいなことや工夫していることが評価を

左右していることをあげ,町並みへの思いが強いほど,

その保存への参加意識が高い(小林ら,1996)。さらに,

歴史的町並みに好感を持つ子どもに,地域学習の機会が

多く存在していること,町並み保存の学習の必要性に理

解を示すものが多く存在している(三浦,2001)。町並

みにたいする興味や関心を喚起していくためには,町並

み見学や散策,または学校教育,社会教育における学習

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78 学校教育学研究,2006,第18巻

の機会を多く設けること,あるいは美観運動等を兼ねた

ボランティア作業などを啓発していくことが,こうした

子どもたちの存在をふやすことにつながり,まちづくり

への理解がさらに深まるものと思われる(曲田・福岡,

1998)。

 歴史的町並みが形となって現在まで維持されているの

は,建造物が群をつくるとともに,人々が群れをつくっ

てそこに住み続けようとする意思が存在しているからで

ある。その群れを維持してきたものとして,信仰に基づ

く祭りや神事,人々の生命や安全を守る防犯・防災意識

に基づく相互扶助が中心となっていると考えられる(図

E)。相互扶助の例として,五箇山や白川郷と呼ばれる

平村相倉,上平村菅沼,白川村荻町にその典型例をみる

ことができる。豪雪から冬のくらしを守ってくれる合掌

造家屋の茅葺屋根を「結い」と呼ばれる労力交換の慣行

で,助け合って葺き替えてきた(白川村,1976;朝日新

聞社,2002)。現在も,それらは村の共同生活を支える

一環として継承されている。また,橿原市今井町や上中

町熊川宿など町家が密集する地区では,火事や盗難から

建物や命を守るため町掟を定め,夜回り活動が行なわれ

た(町並みゼミ実行委員会,2003)。現在もその精神と

活動は,共同生活を送る上で重要な意識として引き継が

れている。信仰・祭・行事の例として,竹富村竹富島に

みることができる。そこでは,自然の豊饒・富貴を祈る

信仰心がうたき御嶽を中心とした神事や祭となってあら

われ,厳しい自然環境や圧政の「苦」を乗りこえるため

に歌や踊りで気勢をあげるという「楽」の姿に形を変え,

それが民俗芸能となって継承されている(三隅,2003)。

現在でも,島民を魂レベルで結びつける重要なものとし

て存在している。歴史的な町並みが維持してきたしくみ

に,このように人々の共同意識を支えるものが存在して

おり,それは,信仰・祭・行事,相互扶助であることが

うかがえる。

 原風景やふるさとは,自然や人間同士が織りなすさま

ざまなかかわりの賜物である。ふるさとで経験すること

は,すべての環境や社会のさまざまな状況下でどのよう

に生きていくかを学び考える訓練となる(藤岡,1997)。

伝統的建造物群をふくめた文化財の背景には人間の生き

てきた姿があり,今の自分たちのくらしが歴史の上に成

り立っていることから,それを受け継いでいくことの意

義,どのように生きていくかを考えることができるもの

といえる(関根,lgg8)。文化財を総合的な学習の時間

に教材として用いていく価値がここにある。

 兵庫県下および明石市における文化財学習

 これまでにみてきた重要伝統的建造物群保存地区は,

現段階では兵庫県には神戸市北野町山本通が港町として

登録されているにすぎない。しかし,これをめざして学

術調査がすでに終了した候補地として出石町中心部,篠

山市河原町,生野町口山谷,佐用町平福,赤穂市坂越,

御津町室津および津名郡一宮町江井が登録を予定してい

る(兵庫県HP,2003)。近い将来は計8ヵ所の伝統的建

造物群での実践が可能となる。さらに伝統的建造物群と

類似の文化的価値をもつものとして,いわゆる文化財が

控えている。

 兵庫県は,県域の地理的な位置や広大な面積,豊かな

資源に恵まれているこなどから,我が国の歴史の中でし

ばしば大きな役割を演じてきた。県内各地には重層的に

歴史文化資源が積み重なり,現在も息づいている。また,

兵庫県は,県域が太平洋から日本海に及ぶなど多様な地

理的環境を形づくっている上,摂津・丹波・播磨・但馬・

淡路の気候風土を異にした旧5力国より形成されている

ために,各地において個性豊かな歴史文化が培われてき

た(兵庫県教育委員会,2000)。2003年6月1日現在の

文化庁の調査発表では,国宝20件,重要文化財475件,

重要無形文化財5件,重要有形民俗文化財7件,重要無

形民俗文化財4件,特別史跡1件を含む史跡36件,名勝

7件,天然記念物16件,重要伝統的建造物群保存地区1

件,登録有形文化財119件となっている。埋蔵文化財の

遺跡所在件数は25406におよぶ全国第一位であるなど文

化財には恵まれている。県指定文化財のみでは719件で,

全国3位である(文化庁HP,2003)。これらのものは,

重要伝統的建造物群保存地区でおこなわれてきた総合的

な学習と同じような学習課題がおこなえる可能性が考え

られる。少なくともこれら合計26,823ヵ所の文化財数は

県下小学校849校数の32倍におよんでいる。また,市町

村単位でみると文化財数は一段と多数となり,例えば明

石市は,国指定6件,県指定ll件,市指定33件の合計50

件がある。これらは,建造物10件,絵画4件,彫刻4件,

工芸品6件,書跡4件,考古資料正件,歴史資料3件,

有形民俗1件,無形民俗6件,史跡8件,天然記念物2

件,そして文化保存技術1件である(明石市立文化博物

館HP,2003)。明石市には小学校が28校そして文化財50

件であるので,1校平均1.79件を使える計算になる。無

形民俗文化財の大蔵谷の牛乗り,大蔵谷の難口流し,藤

江の的射,明石浦のおしゃたか舟,清水のオクワハンは,

先人のくらしや願いを知ることができる伝統文化の学習

につながっていく。なお,地域文化財でなくても,明石

市およびその周辺のため池群および水田には,国指定の

天然記念物種オニバス(Euryale ferox)とコモウセンゴ

ケ(Drosera sparthulata)・モウセンゴケ(D. rotundifolia)

・イシモチソウ(D.peltata)を含む食虫植物および山形

県指定天然記念物カブトエビ(Triops sp.)の多数が確

認された(山口ら,2004)。これらを使えば生態系や環

境教育教材への適応など,環境教育にもつながっていく。

しかし,身近なところにある文化財を学習に利用してい

ない小学校が多い。積極的な活用をしていくたあに,ま

Page 15: 大辻秀子 山口.修 - 兵庫教育大学|Hyogo ...repository.hyogo-u.ac.jp/dspace/bitstream/10132/... · 山ロ 修 兵庫教育大学・総合学習系講座・教授,〒673-1494

歴史的町並みが育む総合学習

ず教師が文化財を知ることが必要であると考えられる。

文化財の情報は,県・市町村教育委員会のホームページ

や地元新聞社から刊行されている地元ガイドブックなど

が利用できる。バーチャルではない本物の持つ迫力や魅

力や深さにふれることで,学校教育現場への活用の有効

性を,また教師自身の生涯学習の一つとなって行くこと

を期待したい。

 本調査を終えた後の平成16年12月10日に兵庫県篠山市

の“ヘ原町妻入商家群”が第65番目の国指定の重要伝統

的建造物群保存地区に指定されました。したがって,兵

庫県には現在2ヶ所の国指定の保存地区があることにな

ります。

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            (2005.9.12受稿,2005.10.19受理)