昭和57年7.月20目 623

慢 性 関 節 リウマ チ の 経 過 中 に 発 症 した

Creutzfe1dt-Jakob病 の1例

長崎大学医学部第2内 科

明石 光 伸 野村 邦雄 斉藤 厚 原 耕平

北松中央病院

石 野 徹

長崎大学医学部精神神経科

藤 井 薫

長崎大学医学部附属原爆後障害研究施設病理

荒 木 潤

長崎大学医学部細菌学

宮 本 勉

(昭和56年10月27日受付)

(昭和57年1月12日 受理)

Key words: Creutzfeldt-Jakob disease, slow virus infection

要 旨

症例 は62歳 の男性.家 族歴 では兄の子2人 が25歳 と30歳 頃進行性の痴呆 状態で死亡 してい る.

昭和40年 頃 より慢性関節 リウマチのため,時 々通院 していたが,52年4月 頃 よ りリウマチ肺臓炎を合併 し,

労作時 の呼吸困難や咳漱 を認め る ようになった.53年2月 頃 よ りフラフラ感,軽 度の言語障害 を訴え るよ うに

な り,同 時 に強 い関節痛 のため2月23日 入院 した.

リウマチ肺臓炎の悪化 も認め られたのでステ ロイ ド剤の投与を行い,1週 間後には関節痛 もほ とん ど消失 し

たが,次 第に うつ状態 となってきた のでステ ロイ ド剤を減量 し,1ヵ 月後には中止 した.し か し3月 下旬には

幻視が 出現 し,呼 びかけに も応答 しな くな り次第に無動性無言症の状態 とな った.こ の頃 よ り上下肢に ミオ ク

ロー ヌス様不随意運動が出現 する ようにな り,昏 睡状態 とな って きて全身状態が悪化 し,5月26日 呼吸不全で

死亡 した。

経過中脳波 で周期一同期性放 電がみ られた。病理学 的には大 脳皮質全領域 に海綿状態,反 応性肥大アス トロ

グリア,神 経細胞脱落 がみられ た。

剖検時に採取 した脳材料を用 いてマ ウスへの接種実験を行 ったが,1年 経過 した現在 までの ところ発症を認

めて いない.

は じめ に

creutzfeldt-Jakob(以 下c-Jと 略)病 は 比 較 的

まれ な 疾 患 で あ り,従 来 原 因不 明 な 神 経 系 に お

け る変 性 疾 患 と考 え られ て いた.と こ ろが1968年

Gibbsら1)が 動 物 へ の 接種 実 験 に成 功 して か らは,

本症 はslow virus infectionと 考 え られ るよ うに

な り,最 近 特 に 注 目され る 疾 患 とな っ て きて い

別刷請 求先;(〒852)長 崎市坂本町7-1

長崎大学医学部附属病院第2内 科

明石 光伸

624 感 染症学雑 誌 第56巻 第7号

Fig. 1 Family history

1: Patient

2: Died at age 25 after a rapidly progressive

dementia

3: Died at age 30 after a rapidly progressive

dementia

4: Mental dificiency

る.

著者 らは慢性関節 リウマチの 経過中に 発病 し

た,病 因発生的に 興味あると思われるc-J病 を

経験 したので文献的考察を加えここに報告する.

症 例

,62歳,男 性

主訴:関 節痛,労 作時の呼吸困難

家族歴:兄 の子2人 が25歳 と30歳頃に進行性の

痴呆で死亡 した.長 女と甥の子が精神薄弱(Fig.

1参 照).

生活史:小 学校卒で,成 績は普通,漁 船員をし

た後,20歳 頃か らは一本釣 りをして生計を立てて

いた.性 格は無 口で頑固であった.

現病歴:昭 和4.年 頃 より,慢 性関節 リウマチに

て時々病院に通院 していた.52年4月 頃には労作

時の呼吸困難や咳漱があり,当 時 リウマチ性肺臓

炎 と言われた.53年2月 頃からは時々頭がふらつ

いた り,物 の輪廓がはっきりせず.二 重に見える

と訴えるようにな1り,ま た 日常生活には支障ない

程度ではあるが言葉が仲々出てこないことがあっ

た.同 時に 関節痛が 強 く,歩 行困難が 生 じてき

たので,昭 和53年2.月23日 北松中央病院に入院 し

た.

入院時所見:身 長160cm.体 重49kg.胸 部両側

中下肺野に湿性ラ音を聴取.瞳 孔は左右均等で,

対光反射,輻 稜反射,眼 球運動は正常.腱 反射も

Table 1 Laboratory data

昭 和57年7月20日 625

Fig. 2 Electroencephalogram (18, April) shows periodic synchronous discharge

LF

RF

LC

RC

LO

RO

LMT

RMT

正常で,病 的反射は認められなかった.両 指およ

び膝関節の疹痛があって運動制限を認め,右 前腕

伸側の肘関節部にはウヅラ豆大の皮下結節を認め

た.

入院後の経過:リ ウマチ性肺臓炎は52年4月 の

X線 像に比べて悪化 していたため,2月28日 より

ステロイ ド剤の投与を開始 した.投 与1週 間後 よ

り関節痛はほとんど消失 したが,次 第に会話が少

な くなって,う つ状態になったため,こ れを減量

して1ヵ 月後には中止 した.し かし自発語はさら

に少な くなり,問 いかけに対 して首を振 るだけの

状態となった.3月22日 頃からは幻視が現われ,

時々上肢の振戦も生 じてきた.幻 視 はます ます

頻回に生じるようになり,ま た幻聴も出現 して不

安 ・興奮状態 とな り,3月28日 頃からは強い歩行

障害もみられ,終 日臥床 して一点を凝視するよう

な状態となった.時 には尿失禁もみられ,食 事 も

ほとんど摂らな くなった.

4月 に入ってからは,自 発性はほとんどな くな

り,嚥 下障害も認めるようになり,鼻 腔栄養を開

始 した.意 識は 呼名に 対 して 反応する程度 とな

り,四肢の筋強剛を認め,他動運動に対してかなり

抵抗を感じて同時に渋面を作った.時 に眼振も認

めた.4月 中旬には全 くの無動性無言症(Akine-

ticmutism)の 状態 とな り,上 肢は肘関節で強 く

屈曲して 胸につけ,筋 強剛は 著 しく,下 肢は伸

展したままで尖足位をとるようになった.こ の頃

より上肢の ミオクローヌス様不随意運動は,時 に

間代性全身痙李に移行し,こ れらは特に診察など

で刺激を与える時に認められた.失 禁状態は続い

て褥瘡も生 じるようになった.

臨床経過お よび 脳波よりc-J病 が 疑われて精

査のため5月19日 長崎大学第2内 科へ転院 した.

その後 ミオグローヌスは減少し,高 熱が出現 し5

月25日 よりは尿量が減少して浮腫 も生 じるように

な り,26日 に呼吸不全にて死亡した.精 神神経症

状の発症か ら死亡までの経過は4ヵ 月であった。

検査所見:Table1に 示 した ごとく,γ-globulin

626 感染 症学 雑 誌 第56巻 第7号

の 増 加, CRP 6+～4+, RA 2+,血 沈 の 亢進,

免 疫 グ ロブ リ ンで のIgA, IgEの 増 加 が み られ た

が,こ れ らの 異常 は ほ とん ど リウマ チ に よ る もの

と解 釈 され た.

脳 波 に は,周 期 一 同 期 性 放 電 が 認 め ら れ た

(Fig.2)。

胸 部 のx線 像 で は,両 側 中 一下肺 野 に 粒状,線 状

を 主 と した 陰影 が認 め られ,入 院 経 過 中 に ほ とん

ど変 化 を認 め な か った(Fig.3)。

病 理 解 剖所 見:脳 重 量1,230g.肉 眼 的 には 前頭

葉,側 頭 葉,後 頭 葉 の 脳 溝 が わ ず か に 深 くな っ

て い た が,は っ き り した萎 縮 は み られ ず,割 面 で

は 島 の 萎縮 が あ っ て皮 質 が 薄 くな っ て い た(Fig.

4).脳 皮質 の他 の部 分 で は,わ ず か に 薄 くな って

い る程 度 で あ っ た.

組織 学 約 に は,人 脳 皮 質 全 領 域 に 程 度 の 差 は あ

っ た が海 綿 状 態,反 応 性 肥 大 アス ト・グ リア,神

経 細 胞 脱落 が み られ た(Fig.5,6).

これ らの 変化 は大 脳 基 底 核 や 視 床 に もみ られ反

応 性 肥 大 ア ス トログ リア は皮 質 下白質 に もみ られ

た.小 脳 て は分 子 層 に海 綿 状 態,顆 粒 層 で は 顆粒

細 胞 の脱 落 消 失 がみ られ た が,プ ル キ ンエ細 胞 は

比 較的 保 た れ て お り,脊 髄 で は,反 応 性 肥 大 ア ス

トロ グ リア が前 角 にみ とめ られ た.

Fig. 3 Chest roentgenogram on admission shows

diffuse micronodular and linear shadow in bilate-

ral middle and lower lung fields

Fig. 1 Coronal section of cerebrum through mamil-

iary bodies. Cortical atrophy of insula is seen

Fig.5 Left iemporaI co,Lex. Spongiform changes

are seen. (•~55)

Fig. 6 Left temporal cortex. Spongiform changes

and reactive astrocytosis are seen. (•~550)

昭和57年7月20日 627

Fig. 7 Left upper lobe of the lung. Interstitial

pneurnonitis and masson body are seen. (•~275)

肺 に は 肺 線維 症,肉 芽 腫 性 細 気 管 支炎,マ ッ ソ

ン体,リ ンパ球 集 族 像 な ど リウマ チ肺 と して の比

較 的特 徴的 な所 見が 認 め られ た(Fig.7).

剖検 材料 の マ ウスへ の接 種:剖 検 時 に無 菌的 に

採 取 され た 大 脳 皮 質 部組織 を1/100モ ル リン酸緩

衝 食塩 水(pH7.2)で15% homogelnateと し,そ

れ を4週 齢DDYマ ウス(雄)脳 内に0.01ml接

種 した.接 種 後 約1年 を 経 過 した現 在 まで発 症 は

認 め て い な いが,な お 経 過 観 察 中 で あ る.

考 案

C-J病 は,1920年Creutzfeldt2)に よ り,さ ら

に 翌1921年Jakob3)に よ り初 め て報 告 され,主 と

して 中年 以 後 に 発 病 し,進 行 性 の 痴 呆 を 中 心 と

す る精 神障 害 に,錐 体 路 お よび 錐 体 外路 症 状 な ど

の神 経 障 害 を伴 って 亜 急 性 に経 過 して 死 亡す る予

後 不 良 な 疾 患 で あ る.病 理 学 的 には 灰 白質 の海

綿 状 変 性 を 特 徴 と し,最 初 ば変 性疾 患 の 一種 と考

え られ て いた が,1968年Gibbsら1)がC-J病 患

者 の脳 生 検 材 料 を チ ンパ ンジ ーの脳 内 お よび静 脈

内 に 接 種 して13ヵ 月後 に ヒ トのC-J病 と 同様 な

症 状 を 発生 させ る こ とに 成 功 して以 来,感 染 に

よ る疾 患 と考 え られ る よ うに な り,ニ ュー ギ ニ ァ

のFore族 にみ られ る 中枢 神 経 症 状 を 主 徴 とす

るKuruに 続 く ヒ トのslow virus infectionの 例

と して 注 日を あ び て ぎて い る.1974年 にはDuffy

ら4)は角 膜 移 植 を受 け た 患 者 が18ヵ 月 後 にC-J病

を発 病 した 例 を 報 告 して,ヒ トか ら ヒ トへ の伝 染

の 可能 性 を示 した.ま た脳 波用 電極 を通 して発 症

した 例5)も 報 告 され 臓 器 移 植 や 医 療 器 具 の 使 用

に際 す る取 り扱 いに も多 くの 問題 を投 げか け て い

る.

C-J病 の感 染 実 験 は そ の後 サ ル6)の み な らず マ

ゥ ス7),モ ル モ ッ トや ハ ム ス タ ー8)に も成 功 しC-J

病 に対 す る今 後 の 研 究 の進 展 が待 たれ て い る.近

年 本 症 は ヒ ツジ のScrapieや ヒ トのKuruと 臨

床症 状 や 病 現 組 織 像 が 類 似 して い る と ころか ら亜

急 性 海 綿 状 変 性 脳 症(subacute spongiform ence-

phabpathy)と 一括 され て 理 解 され る よ うに な っ

た9)10).さ らに そ の感 染 因 子は従 来 の ウ イル ス不

活 剤 では 不 活 化 され ず,電 顕 や免 疫 学 的 方法 に よ

って も明 らか な ウ イ ルス の 存 在 は証 明 され て いな

い11)が,最 近Scrapieの 病 原 体 はviroidの よ う

な も ので 核 酸 も証 明 した との報 告 が あ る12).し か

しC-J病 で は まだ 証 明 され て いな い13).今 の と

ころそ の 因 子 は,細 胞膜 に 密 接 に 結 合 してunit

membraneの 一 部 と して存 在 して い る の であ ろ う

と考 え られ て い るが11),従 来 の ウイ ル ス概 念 とは

異 な つた ウ ィル ス様 因子(例 えばviroid)で 証 明

づ け る必 要 が あ ろ うと思 わ れ る.

本 例 は 数 年 に わ た り対 称 性 お よび 多発 性 の 関 節

炎が 持 続 し, RA陽 性,皮 下 結 節 お よび 肺 病 変

な どか ら慢 性 関節 リウマ チ の診 断 は 疑 い な い と思

わ れ るが,血 清 補 体 価 は 正 常, LE細 胞 は 陰 性

で,ま た 全身 の 血管 炎 の病 理 学 的 所 見 も認 め られ

な か った.ま た昭 和40年 頃 よ り関 節 炎に よ る歩 行

障 害 が あ り, C-J病 に よる歩 行 障 害 な どの 神経 症

状 が い つ頃 か ら生 じて きた か 判 定 す る こ とば 困 難

で あ るが,精 神 症 状 が ス テ ロイ ドを 使 用 した後 に

急 速 に 出現 した こ とが,偶 発 的 な もの か,あ るい

は ステ ロ イ ドを使 用 した ため な の か 明 らか で な い

もの の, C-J病 が この慢 性 関 節 リウ マチ の 経過 中

に 発 生 した こ とに は間 違 い な く,発 生 病 因 学 的 に

興 味 の あ る症 例 と思 わ れ た.

家 族 内発 生 はJakobに よ るBackerの 家 系 が

よ く知 られ て い る が, Mayら14)は3家 系 を 報 告

し,日 本 で は2例 の家 族 内発 生 例 が 認 め られ て い

る154そ の ほ とん どは 散 発 例 で あ るが,本 例 は 兄

628 感染症学雑誌 第56巻 第6号

の子2人 が進行する痴呆状態を呈 して死亡したこ

とより,ま れな 家族内背景を持っC-J病 である

可能性が疑われた.

本症例の剖検時における脳材料を用いたマウス

への接種実験は現在まで(約1年 経過)の ところ

発症に至っていないが,マ ウスへの伝播実験での

潜伏期は一般に1年 以上であるので,な お経過を

観察する必要がある.さ らに他臓器の接種実験も

検討中でこれらの結果はあわせて報告する予定で

ある。

おわりに

臨床経過 と脳波に より生前にCreutzfeldt-Jakob

病 と診断 し,剖 検でこれを 確認 した1例 を 報告

した.本 例はまれな家族内背景を持つ可能性が疑

われ,ま た慢性関節 リウマチの増悪によりステロ

イ ド剤の使用によって急速に進行がみられたこと

などから, C-J病 の発症病因の面からも興味ある

症例であると考えられた.

文 献

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染 症. 診 断 と 治 療, 67: 87-91, 1979.

昭和57年7月20日 629

A case of Creutzfeldt-Jakob disease with a history of chronic rheumatoid arthritis

Mitsunobu AKASHI1, Kunio NOMURA1, Atsushi SAITO1, KoheiHARA1, Isao FUJII2,

Jun ARAKI3, Tsutomu MIYAMOTO4 & Toru ISHINO512nd Department of Internal Medicine

2Department of Neuropsychiatry

3Department of Pathology , Atomic Disease Institute

4Department of Bacteriology , Nagasaki University School of Medicine

5Hokusho Central Hospital , Nagasaki

A 62-year old man with a ten year history of chronic rheumatoid arthritis was admitted to the hospital

because of difficulty in walking and arthralgia in end-February, whose brother's sons had died at age 25 and 30

after a rapidly progressive dementia (no necropsy).The patient was treated with steroid hormone for rheumatoid arthritis. Personality changes were observed

for the first time in May. He became depressive and irritable, and so subsequently the steroid was tapered off.

But he became unresponsive. In mid-April, akinetic mutism and bilaterally synchronous myoclonic jerks

appearred.

The EEG (electroencephalogram) showed periodic synchronous discharge.

He died in end-May. The history and EEG suggested the diagnosis of Creutzfeldt-Jakob disease.

The necropsy confirmed the diagnosis of subacute spongiform encephalopathy.

Transmission experiment is carrying out. Mice were inoculated with brain necropsy material. However,

during 1 year period no animals have developed a neurological disorder.