高精度 プレス焼結によるシリコン・炭素複合厚膜の創製 ト室 …...15) F...

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高精度プレス焼結によるシリコン・炭素複合厚膜の創製 城所貴博 *1 ,閻 紀旺 *2 High-precision press sintering for porous silicon-carbon composite thick films Takahiro KIDOKORO and Jiwang YAN 近年,電気自動車などに使用されている大型蓄電池の普及に伴い,リチウムイオン電池の高容量化が求められ ている.本研究では,ダイヤモンドワイヤソーによるシリコンウエハ切断時に大量に排出される廃シリコン粉末を再利 用し,高精度プレス焼結による低コスト・高容量リチウムイオン電池のシリコン負極の創製を試みた.負極の強度と導 電性を付加するためポリアクリロニトリルをシリコン粉末に混合し,高温高圧の条件下で焼結実験を行った.また,気 孔を形成させるために,スペーサとして塩化ナトリウムを混合し加圧焼結を行った.さまざまな混合方法や焼結条件 で得られた複合膜の特性をレーザラマンなどにより評価を行った.その結果,本提案手法により多孔質複合厚膜の シリコン負極を創製する可能性が示された. Key words: high-precision press molding, infrared sintering, silicon powder, lithium ion battery, thick film 1.緒 近年,リチウムイオン電池は電子機器の消費電力の増加や 大型蓄電池の普及に伴い,高容量化が強く求められている. 高容量化を実現するために,従来使用されている炭素負極 から,その約10倍の理論容量を持つシリコン(以下Si)負極に 替える研究が盛んに行われている 1)2) .しかし,Si負極生産に おいてSiナノ粒子やナノファイバが大量に必要になり,生産コ ストが非常に高くなることが問題として指摘されている. 一方,半導体デバイスや太陽電池に用いられているSiウエ ハは,莫大なエネルギを使用して作られるSiインゴットをダイ ヤモンドワイヤソーによって切断して生産されている.現状で は,インゴットからウエハを取り出せる体積割合は半分に満た ず,残りの半分以上が切断する際に粒径がサブミクロン程度 Si粉末として大量に排出される.このSi粉末はダイヤモンド 砥粒などの不純物を含んでおり,純度の要求が高いSiインゴ ットに再利用することは困難であり,産業廃棄物として埋め立 てられているのが現状である. 以上の2つの背景から,本研究では産業廃棄物であるSi末を再利用し,低コスト・高容量のリチウムイオン電池の負極 を創製することを提案する.一方,Siはリチウムイオン吸蔵時 に約3倍も体積が膨張し 3) ,充放電を繰り返し行うと膨張収縮 によりクラックの発生や集電体からの脱離が起こりやすい問題 がある.その結果,導電経路が崩壊し,電池寿命の低下につ ながっている.この体積膨張の対策として,Thakurらは多孔質 Si 粉末を用いた高容量のSi負極を開発し,600サイクルの 充放電後も負極性能を維持している 4) .すなわち,体積膨張 を吸収する気孔を形成することで,電池の長寿命化が可能で ある.しかし,電池の製造方法として化学気相成長(CVD)によ Si薄膜形成が行われている 5) が,負極の製造に長時間かか るうえ高コストであることや,厚膜化が困難(通常膜厚500 nm 以下)である問題点が残されている. そこで本研究では,温度と圧力が精密に制御された高精 度プレス成形を用いて膜厚数十 μm以上の厚膜を形成させ る.また,Si負極の強度と導電性を付加するため,ポリアクリロ ニトリル( 以下PAN)を廃Si粉末に混合し焼結させる.さらに, 体積変化を緩和させるため,スペーサ法を用いて厚膜内に気 孔を形成させる.本報では,さまざまな混合方法や焼結実験 で得られた複合膜の特性評価を行い,電池負極として使用 可能な厚膜の創製条件を明らかにする. 2.実験方法 2.1 製膜方法 はじめに廃 Si 粉末(融点 1410˚C,密度 2.33 g/cm 3 )と,有機 溶媒である N-メチルピロリドン(N-metyl-pyrrolidone, NMP)溶解させた PAN を混合することで Si 粒子に PAN を被膜し, スラリーを製作した.Si PAN の質量比は 3:1 とした.銅箔上 にスラリーを塗布乾燥(膜厚 50 μm)し,1 cm 角に裁断した.ス ラリーを反応性の少ない Si ウエハに挟み,プレス焼結実験を 行った.焼結には図 1 に示す高精度プレス成形装置(東芝機 ()GMP211 )を用いた.この装置は温度 1˚C 単位, プレス力 0.01 kN 単位での精密制御が可能である.加熱方法 は赤外線加熱のため,Si を透過し PAN を選択的に加熱する ので,短時間かつ少ないエネルギで焼結が可能である.また, 窒素雰囲気下で焼結を行うことにより,Si の酸化を防ぐことが できる.さらに,図 2 に示すように,焼結によって PAN が黒鉛 *1 慶應義塾大学大学院 理工学研究科:〒223-8522 神奈川県横 浜市港北区日吉3-14-1 Keio University *2 慶應義塾大学理工学部 機械工学科:同上 〈学会受付日:2014821日〉 〈採録決定日:20141110日〉 23 砥粒加工学会誌 Journal of the Japan Society for Abrasive Technology Vol.59 No.1 2015 JAN. 23-26 23

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図 11 SBF 浸漬結果(120 時間浸漬後)

4. 結 言

本研究では,条件を変化させてレーザを照射した際に得ら

れる加工面の形状について調査するとともに,得られた加工

面の化学的な組成や結晶構造の変化について分析を行っ

た.また,レーザ照射によって創成された表面の生体活性能

を評価することにより,本手法の人工歯根に対する表面改質

手法としての有効性について検討・考察を加えた.以下に得

られた結果を示す. (1) レーザのエネルギ分布を考慮してレーザを照射すること

により,さまざまな形状を有する表面を創成することが可

能になる.ことが明らかとなった. (2) 純Ti表面へのレーザ照射により表面にOH基を多く含む

厚い酸化皮膜を創成可能になることが明らかとなった. (3) 純 Ti 表面に対してレーザ照射を行うことにより照射面に

生体活性能を付与可能になることが明らかとなった. 謝 辞 本研究の遂行にあたり,研究助成をいただいた公益財団法人

天田財団に深甚なる謝意を表する.また本研究で用いたレーザ

装置においてご協力いただいた㈱メガオプトに謝意を表する.

5. 参考文献 1) 塩山司, 伊藤創造, 武部純, 石橋寛二, 横田光正, 石川義人, 飯島伸,

鈴木哲也, 八重柏隆, 佐藤雅仁, 朝岡昌弘, 高橋直子, 口腔インプラント室における臨床統計観察, 岩手医科大学歯学雑誌, 34, 3 (2009) 97.

2) T Hayakawa, K Takahashi, M Yoshinari, H Okada, H Yamamoto, M Sato, K Nemoto, Trabecular bone response to titanium implants provided with a thin carbonate-containing apatite coating applied using molecular precursor method, Int J Oral Maxillofac Implants, 21, 6 (2006) 851.

3) B Setzer, M Bächle, M C Metzger, R J Kohal, The gene-expression and phenotypic response of hFOB 1.19 osteoblasts to surface-modified titanium and zirconia, Biomaterials, 30, 6 (2009) 979.

4) G Zhao, Z Schwartz, M Wieland, F Rupp, J Geis-Gerstorfer, D L Cochran, B D Boyan, High surface energy enhances cell response to titanium substrate microstructure, J Biomed Mater Res A, 74, 1 (2005) 49.

5) Mizutani M., Honda R., Kurashina Y., Komotori J. and Ohmori H., Improved Cytocompatibility of Nanosecond-Pulsed Laser-Treated Commercially Pure Ti Surfaces, International Journal of Automation Technology, 8, 1 (2014) 102.

6) A Obata, T Zhai, T Kasuga, Apatite-forming ability on titanium surface modified by hydrothermal treatment and ultraviolet irradiation, J Mater Res, 23, 12 (2008) 3169.

7) Y Zhao, T Xiong, W Huang, Effect of heat treatment on bioactivity of anodic titania films, Appl Surf Sci, 256, 10 (2010) 3073.

8) 大槻主税, 上高原理暢, 体液環境下における生体活性材料表面でのアパタイト析出, 日本結晶成長学会誌, 31, 2 (2004) 69.

9) 土師正聖, 上出篤, 小茂鳥潤, 仙名保, 今井宏明, 進藤豊彦, ペルヒドロポリシラザンから作製した SiO2 膜の構造分析と生体活性能の評価, 57, 2 (2008) 174.

10) 小久保正, H M Kim, 川下将一, 関節・骨修復用セラミックスの新展開, 38, 1 (2003) 2.

11) A Sugino, K Tsuru, S Hayakawa, A Osaka, K Kikuta, G Kawachi, C Ohtsuki, Induced deposition of bone-like hydroxyapatite on thermally oxidized titanium substrates using a spatial gap in a solution that mimics a body fluid, J Ceram Soc Jpn, 117, 1364, (2009) 515.

12) J M Wu, S Hayakawa, K Tsuru, A Osaka, Low-Temperature Preparation of Anatase and Rutile Layers on Titanium Substrates and Their Ability To Induce in Vitro Apatite Deposition, J Am Ceram Soc, 87, 9, (2004) 1635.

13) W Wu, G H Nancollas, Kinetics of Heterogeneous Nucleation of Calcium Phosphates on Anatase and Rutile Surfaces, J Colloid Interface Sci, 199, 2, (1998) 206.

14) J M Zhao, J F Liu, J M Wu, K Tsuru, S Hayakawa, A Osaka, J F Liu, J M Wu, Apatite Formation on Rutile and Anatase Layers Derived by Hydrolysis of Titanylsulfate in a Simulated Body, J Ceram Soc Jpn, 114, 1327 (2006) 253.

15) F Lindberg, J Heinrichs, F Ericson, H Engqvist, P Thomsen, Hydroxylapatite growth on single-crystal rutile substrates, Biomaterials, 29, 23 (2008) 3317.

16) X Zhao, X Liu, C Ding, P K Chu, Effects of plasma treatment on bioactivity of TiO2 coatings, Surf Coat Technol, 201, 15, (2007) 6878.

17) I P Grigal, A M Markeev, S A Gudkova, A G Chernikova, A S Mityaev, A P Alekhin, Correlation between bioactivity and structural properties of titanium dioxide coatings grown by atomic layer deposition, Appl Surf Sci, 258, 8 (2012) 3415.

18) T Kokubo, H Takadama, How useful is SBF in predicting in vivo bone bioactivity?, Biomaterials, 27, 15 (2006) 2907.

19) A Oyane, H M Kim, T Furuya, T Kokubo, T Miyazaki, T Nakamura, Preparation and assessment of revised simulated body fluids, J Biomed Mater Res A, 65, 2 (2003) 188.

20) ISO/FDIS 23317 :2007(E), Implants for surgery - In vitro evaluation for apatite-forming ability of implant materials.

21) X Zhao, J You, Z Chen, X Liu, C Ding, Bioactivity and cytocompatibility of plasma-sprayed titania coating treated by sulfuric acid treatment, Surf Coat Technol, 202, 14 (2008) 3221.

シリーズ D0P5 D2P5 D4P5

SBF浸漬前

SBF浸漬後5日間

20µm

SBF浸漬後5日間

(断面図)

SBF浸漬後5日間

20µm

2µm

5µm

高精度プレス焼結によるシリコン・炭素複合厚膜の創製

城所貴博*1,閻 紀旺*2

High-precision press sintering for porous silicon-carbon composite thick films

Takahiro KIDOKORO and Jiwang YAN

近年,電気自動車などに使用されている大型蓄電池の普及に伴い,リチウムイオン電池の高容量化が求められ

ている.本研究では,ダイヤモンドワイヤソーによるシリコンウエハ切断時に大量に排出される廃シリコン粉末を再利

用し,高精度プレス焼結による低コスト・高容量リチウムイオン電池のシリコン負極の創製を試みた.負極の強度と導

電性を付加するためポリアクリロニトリルをシリコン粉末に混合し,高温高圧の条件下で焼結実験を行った.また,気

孔を形成させるために,スペーサとして塩化ナトリウムを混合し加圧焼結を行った.さまざまな混合方法や焼結条件

で得られた複合膜の特性をレーザラマンなどにより評価を行った.その結果,本提案手法により多孔質複合厚膜の

シリコン負極を創製する可能性が示された.

Key words: high-precision press molding, infrared sintering, silicon powder, lithium ion battery, thick film

1.緒 言

近年,リチウムイオン電池は電子機器の消費電力の増加や

大型蓄電池の普及に伴い,高容量化が強く求められている.

高容量化を実現するために,従来使用されている炭素負極

から,その約10倍の理論容量を持つシリコン(以下Si)負極に

替える研究が盛んに行われている1)2).しかし,Si負極生産に

おいてSiナノ粒子やナノファイバが大量に必要になり,生産コ

ストが非常に高くなることが問題として指摘されている. 一方,半導体デバイスや太陽電池に用いられているSiウエ

ハは,莫大なエネルギを使用して作られるSiインゴットをダイ

ヤモンドワイヤソーによって切断して生産されている.現状で

は,インゴットからウエハを取り出せる体積割合は半分に満た

ず,残りの半分以上が切断する際に粒径がサブミクロン程度

のSi粉末として大量に排出される.このSi粉末はダイヤモンド

砥粒などの不純物を含んでおり,純度の要求が高いSiインゴ

ットに再利用することは困難であり,産業廃棄物として埋め立

てられているのが現状である. 以上の2つの背景から,本研究では産業廃棄物であるSi粉

末を再利用し,低コスト・高容量のリチウムイオン電池の負極

を創製することを提案する.一方,Siはリチウムイオン吸蔵時

に約3倍も体積が膨張し3),充放電を繰り返し行うと膨張収縮

によりクラックの発生や集電体からの脱離が起こりやすい問題

がある.その結果,導電経路が崩壊し,電池寿命の低下につ

ながっている.この体積膨張の対策として,Thakurらは多孔質

のSi粉末を用いた高容量のSi負極を開発し,600サイクルの

充放電後も負極性能を維持している4).すなわち,体積膨張

を吸収する気孔を形成することで,電池の長寿命化が可能で

ある.しかし,電池の製造方法として化学気相成長(CVD)によ

るSi薄膜形成が行われている5)が,負極の製造に長時間かか

るうえ高コストであることや,厚膜化が困難(通常膜厚500 nm以下)である問題点が残されている.

そこで本研究では,温度と圧力が精密に制御された高精

度プレス成形を用いて膜厚数十 μm以上の厚膜を形成させ

る.また,Si負極の強度と導電性を付加するため,ポリアクリロ

ニトリル(以下PAN)を廃Si粉末に混合し焼結させる.さらに,

体積変化を緩和させるため,スペーサ法を用いて厚膜内に気

孔を形成させる.本報では,さまざまな混合方法や焼結実験

で得られた複合膜の特性評価を行い,電池負極として使用

可能な厚膜の創製条件を明らかにする.

2.実験方法 2.1 製膜方法

はじめに廃 Si 粉末(融点 1410˚C,密度 2.33 g/cm3)と,有機

溶媒である N-メチルピロリドン(N-metyl-pyrrolidone, NMP)に溶解させた PAN を混合することで Si 粒子に PAN を被膜し,

スラリーを製作した.Si と PAN の質量比は 3:1 とした.銅箔上

にスラリーを塗布乾燥(膜厚 50 μm)し,1 cm 角に裁断した.ス

ラリーを反応性の少ない Si ウエハに挟み,プレス焼結実験を

行った.焼結には図 1 に示す高精度プレス成形装置(東芝機

械(株)製 GMP211 型)を用いた.この装置は温度 1˚C 単位,

プレス力 0.01 kN 単位での精密制御が可能である.加熱方法

は赤外線加熱のため,Si を透過し PAN を選択的に加熱する

ので,短時間かつ少ないエネルギで焼結が可能である.また,

窒素雰囲気下で焼結を行うことにより,Si の酸化を防ぐことが

できる.さらに,図 2 に示すように,焼結によって PAN が黒鉛

*1 慶應義塾大学大学院 理工学研究科:〒223-8522 神奈川県横

浜市港北区日吉3-14-1 Keio University

*2 慶應義塾大学理工学部 機械工学科:同上 〈学会受付日:2014年8月21日〉 〈採録決定日:2014年11月10日〉

論 文

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砥粒加工学会誌

Journal of the Japan Society for Abrasive Technology Vol.59 No.1 2015 JAN. 23-26

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Page 2: 高精度 プレス焼結によるシリコン・炭素複合厚膜の創製 ト室 …...15) F Lindberg, J Heinrichs , F Ericson , H Engqvist, P Thomsen , Hydroxylapatite growth on

を含有する構造に縮合し,導電性炭素層が形成される.PANは 270~350˚C で環化し,400~500˚C で水素が脱離する.そ

して 600~1300˚C では窒素が脱離する構造変化が知られて

いる 6).Si に導電性炭素層を形成することによって,激しい体

積変化を繰り返しても導電経路が失われずに充放電を繰り返

すことが可能である 7).実験は温度 400~800˚C,圧力 0~100 MPa,保持時間 1~30 min の範囲で行った.

2.2 気孔の形成方法

図 3 に気孔形成プロセスの模式図を示す.厚膜中に気孔

を形成させるため,スペーサ法 8)を用いる.すなわち,スラリー

にスペーサ粒子である塩化ナトリウム(以下 NaCl)を混合し,

加圧焼結を行う.焼結後に NaCl を溶解させ取り除き,NaClの存在した箇所が気孔となり,多孔質の焼結体が得られる.こ

の方法の利点は,スペーサ粒子の形状が気孔として転写され

るため,気孔の形状や大きさ,気孔率を制御できることと,加

圧により強度向上が可能であることが挙げられる.しかし,ス

ペーサ法を電池負極に応用するには微粒子の NaCl が必要

である.ここで,飽和食塩水に NMP をすばやく混合し撹拌す

ることで,反応晶析法により NaCl 微粒子(粒径 1~5 μm程度)を生成した.この方法は,水に対して高い溶解度を示す NaClが有機溶媒である NMP に対して難溶性を示すため,溶解度

の差を利用することにより NaCl 微粒子が生成される.最終的

に得られた焼結体を水に浸すことで,膜内部の NaCl を溶解

させ取り除くことにより,多孔質膜を形成する.

2.3 Si 粉末および膜特性の評価

走査型電子顕微鏡(SEM)で粉末および厚膜表面の形態を

観察し,顕微レーザラマン分光光度計 (日本分光(株 )製NRS-3100 型)を用いて結晶構造を解析した.また,バインダ

特性を評価するため,銅箔に PAN のみを塗布し,加熱時間と

温度を変化させて焼結実験を行い,レーザラマンを用いて

PAN の材料構造変化を解析した.さらに,テスタを用いて

PAN の導電率を測定し,ナノインデンタを用いて複合膜のヤ

ング率を測定した.さらに,複合膜を集束イオンビーム(FIB)で切断後,その断面を走査型イオン顕微鏡(SIM)で観察し,

画像解析によって気孔率の計測を行った.

3.実験結果および考察

3.1 Si 粉末の構造観察および評価

比較のため,図 4(a),(b)に純 Si 粉末と廃 Si 粉末の SEM

図 1 高精度プレス焼結の模式図

赤外線

圧力

セラミックス平板

熱電対 赤外線ランプ

シリコンウエハ 粒子塗布層銅箔

環化(270~350˚C) 脱水素・窒素(400~1300˚C )

図 2 PAN の黒鉛化メカニズム

(a) 反応晶析 (b) ポリアクリロニトリル被膜

(c) 加圧焼結 (d) 多孔質構造形成

図 3 製膜および気孔形成プロセスの模式図

(c)ラマンスペクトル 図 4 各種 Si 粉末の SEM 像とラマンスペクトル

10 μm 10 μm

(a) 純 Si 粉末 (b) 廃 Si 粉末

NaClの溶解

気孔

加圧

加熱

ポリアクリロニトリル

ポリアクリロニトリルN-メチルピロリドン

廃Si粉末, NaCl(aq)

N-メチルピロリドン

廃Si粉末NaCl

140

270

400

530

400450500550600650

ピーク強度

a.u.

ラマンシフト cm-1

廃Si粉末

純Si粉末

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砥粒加工学会誌

Journal of the Japan Society for Abrasive Technology Vol.59 No.1 2015 JAN. 23-26

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を含有する構造に縮合し,導電性炭素層が形成される.PANは 270~350˚C で環化し,400~500˚C で水素が脱離する.そ

して 600~1300˚C では窒素が脱離する構造変化が知られて

いる 6).Si に導電性炭素層を形成することによって,激しい体

積変化を繰り返しても導電経路が失われずに充放電を繰り返

すことが可能である 7).実験は温度 400~800˚C,圧力 0~100 MPa,保持時間 1~30 min の範囲で行った.

2.2 気孔の形成方法

図 3 に気孔形成プロセスの模式図を示す.厚膜中に気孔

を形成させるため,スペーサ法 8)を用いる.すなわち,スラリー

にスペーサ粒子である塩化ナトリウム(以下 NaCl)を混合し,

加圧焼結を行う.焼結後に NaCl を溶解させ取り除き,NaClの存在した箇所が気孔となり,多孔質の焼結体が得られる.こ

の方法の利点は,スペーサ粒子の形状が気孔として転写され

るため,気孔の形状や大きさ,気孔率を制御できることと,加

圧により強度向上が可能であることが挙げられる.しかし,ス

ペーサ法を電池負極に応用するには微粒子の NaCl が必要

である.ここで,飽和食塩水に NMP をすばやく混合し撹拌す

ることで,反応晶析法により NaCl 微粒子(粒径 1~5 μm程度)を生成した.この方法は,水に対して高い溶解度を示す NaClが有機溶媒である NMP に対して難溶性を示すため,溶解度

の差を利用することにより NaCl 微粒子が生成される.最終的

に得られた焼結体を水に浸すことで,膜内部の NaCl を溶解

させ取り除くことにより,多孔質膜を形成する.

2.3 Si 粉末および膜特性の評価

走査型電子顕微鏡(SEM)で粉末および厚膜表面の形態を

観察し,顕微レーザラマン分光光度計 (日本分光(株 )製NRS-3100 型)を用いて結晶構造を解析した.また,バインダ

特性を評価するため,銅箔に PAN のみを塗布し,加熱時間と

温度を変化させて焼結実験を行い,レーザラマンを用いて

PAN の材料構造変化を解析した.さらに,テスタを用いて

PAN の導電率を測定し,ナノインデンタを用いて複合膜のヤ

ング率を測定した.さらに,複合膜を集束イオンビーム(FIB)で切断後,その断面を走査型イオン顕微鏡(SIM)で観察し,

画像解析によって気孔率の計測を行った.

3.実験結果および考察

3.1 Si 粉末の構造観察および評価

比較のため,図 4(a),(b)に純 Si 粉末と廃 Si 粉末の SEM

図 1 高精度プレス焼結の模式図

赤外線

圧力

セラミックス平板

熱電対 赤外線ランプ

シリコンウエハ 粒子塗布層銅箔

環化(270~350˚C) 脱水素・窒素(400~1300˚C )

図 2 PAN の黒鉛化メカニズム

(a) 反応晶析 (b) ポリアクリロニトリル被膜

(c) 加圧焼結 (d) 多孔質構造形成

図 3 製膜および気孔形成プロセスの模式図

(c)ラマンスペクトル 図 4 各種 Si 粉末の SEM 像とラマンスペクトル

10 μm 10 μm

(a) 純 Si 粉末 (b) 廃 Si 粉末

NaClの溶解

気孔

加圧

加熱

ポリアクリロニトリル

ポリアクリロニトリルN-メチルピロリドン

廃Si粉末, NaCl(aq)

N-メチルピロリドン

廃Si粉末NaCl

140

270

400

530

400450500550600650

ピーク強度

a.u.

ラマンシフト cm-1

廃Si粉末

純Si粉末

写真をそれぞれ示す.廃 Si 粉末は Si 切断時の切りくずであ

るため,純 Si 粉末に比べて形状が不均一であることがわかる.

また,レーザラマンによる純 Si と廃 Si 粉末のスペクトルを図

4(c)に示す.純 Si は 520 cm-1 前後に単結晶 Si のピークが確

認できる.一方,廃 Si 粉末は 510 cm-1前後にピークが確認で

き,半値幅も増大しているため,多結晶 Si に近い結晶構造で

あることがわかる.これはウエハ加工時のダイヤモンド砥粒の

微小切削作用によるものであると考えられる.

3.2 焼結におけるPAN特性の変化

PAN の焼結実験(550˚C,5 min)後のラマンスペクトルを図

5 に示す.グラファイト構造に起因する 1580 cm-1 のピークは,

グラファイトバンドと呼ばれ,そのピーク高さをGとした.また,

1360 cm-1 の D バンドピークはダングリングボンドを持つ炭素

原子や炭素欠陥に起因するものであり,そのピーク高さをDと

した.グラファイト構造は導電率に影響すると考えられるので,

その指標として相対強度であるピーク高さ比 G/D を導入した.

加熱時間 1~30 min,温度 400~700˚C の範囲で焼結を行い,

50 μm の範囲を 5 μm 間隔で PAN 表面の G/D 値をマッピン

グした結果を図 6 に示す.G/D 値が大きいほど赤色に近い色

で示した.5 min 加熱の結果から,G/D 値が増加していること

が読み取れ,温度上昇とともに導電率が増加していることが

考えられる.また,700˚C の結果から,1~5 min に加熱時間を

変化させた場合,時間とともに均一性が増すことがわかる.一

方,550˚C の結果から,5~30 min に加熱時間を変化させた

場合,G/D 値は増加していないことがわかる.以上から,加熱

時間とともに G/D 値の均一性が増し,5 min 以上の加熱時間

では導電率が安定することがわかる.

また,各条件の導電率の測定結果を図 7 に示す.加熱時

間が 5 min の結果から,温度上昇とともに導電率が増加して

おり,G/D値のマッピング結果と一致している.500~600˚C付

近で導電率の急激な増加が見られるが,PAN の窒素脱離に

よるグラファイト構造の形成が原因であると考えられる.さらに,

リチウムイオン電池は導電率 logσが-2 Scm-1以上あれば十分で

ある 9)ので,図 6,図 7 の結果から 600˚Cで 5 min 以上の加熱

が必要であることが推定できる.

3.3 複合膜の構造観察および評価

スペーサ法を用いずに製膜した Si と PAN の複合膜(600˚C,5 min)表面における,加圧(5 MPa)部分と加圧なしの部分との

境界の SEM 写真を図 8 に示す.加圧なしの部分は加圧部分

に比べ,基板からの剥離やクラックが複数の箇所で発生して

いることがわかる.また,図 9(a),(b)に加圧あり,(c)に加圧なし

の複合膜表面の SEM 写真を示す.加圧なしの(c)は,加圧あ

りの(a),(b)に比べて粒子間の結合がなく,粉末に近い状態で

あることがわかる.以上から圧力なしの複合膜は,基板との結

着が弱いため剥離が起こり,粒子間の結合が弱いためクラッ

クが起こると考えられる.比較のため,Si粉末のみの焼結体の

SEM 写真(780˚C,17 min,100 MPa)を図 9(d)に示す.(d)は(b)より高温高圧かつ長時間の焼結実験を行ったにもかかわ

らず粒子間の結合が見られず,(c)のように粉末状であること

がわかる.このことから,短時間で焼結を行うにはバインダで

ある PAN が必要不可欠であることが考えられる.

図 6 異なる温度・加熱時間での PAN の G/D 値マッピング

図 5 PAN のラマンスペクトル

200

400

600

10001200140016001800

ピーク強度

a.u.

ラマンシフト cm-1

GD

1580 cm-11360 cm-1

温度

˚C

加熱時間 min

図 8 加圧の有無による表面形態の差異

図 7 各焼結条件での PAN の導電率

圧力なし圧力あり

剥離

3 mm

(cm-1)

-4

-3

-2

-1

0

300 400 500 600 700 800

導電率logσ

Scm

-1

焼結温度 ˚C

1 min

5 min

30 min

Li-ion電池に必要な導電率

必要焼結条件

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砥粒加工学会誌

Journal of the Japan Society for Abrasive Technology Vol.59 No.1 2015 JAN. 23-26

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Page 4: 高精度 プレス焼結によるシリコン・炭素複合厚膜の創製 ト室 …...15) F Lindberg, J Heinrichs , F Ericson , H Engqvist, P Thomsen , Hydroxylapatite growth on

ここで,各圧力に対する複合膜のヤング率を測定した結果

を図 10に示す.同図に,各複合膜をFIBで切断し,その断面

の気孔率の測定結果も併せて示した.圧力の増加とともに,

ヤング率が増加し気孔率が減少することが容易にわかる.ヤ

ング率が高いほど Si 負極の問題点である体積変化を軽減で

きる 10)ため,圧力の増加は電池の長寿命化に寄与すると考え

られる.また,図 9(a),(b)に対応する複合膜の断面 SIM 写真

を図 11 に示す.圧力が高いほど粒子結合の割合が多くなり,

気孔が小さくなり,気孔率が低下することがわかる.この現象

が圧力の増加とともにヤング率が増加し,気孔率が減少する

原因であると考えられる. 最後に,600˚C,5 min,10 MPa の条件で加圧焼結し,スペ

ーサの有無の場合の断面 SIM 写真を図 12 に示す.SIM 写

真から粒子の結合はどちらも確認できるが,気孔率が大きく

異なる.気孔率はスペーサなしの場合が 25%で,ありの場合

は 54%であった.つまり,同じ圧力条件下でもスペーサ法を

用いることで気孔率を増加させることが可能であることがわか

る.このことから,スペーサ法を用いることで,膜の体積変化の

軽減と緩和がさらに可能となり,電池の長寿命化に寄与する

ことが考えられる.

4.結 言

半導体製造におけるワイヤソー切断工程で発生した廃 Si粉末を再利用し,加圧焼結による Si・炭素複合膜の創製法を

提案した.得られた結論は以下のとおりである. (1) 短時間で複合厚膜の焼結を行うにはバインダである

PAN が必要であり,十分な導電率を持たせるため 600˚C で 5 min 以上の加熱が必要である.

(2) 焼結すると同時に加圧を行うことで,銅基板との結着によ

り剥離を抑えることや,粒子間同士の結合によりクラック

の発生の軽減することができる. (3) スペーサ法を用いることで,高圧条件下でも高い気孔率

を形成でき,多孔質複合厚膜の創製が可能である.

5.参考文献 1) X. Liu et al: Size-Dependent Fracture of Silicon Nanoparticles During

Lithiation ACS NANO, 6, 2, (2012), 15221. 2) Q. Si et al: The Development of Novel Si/C Composite with Carbon

Nanofiber for Lithium Ion Batteries, Journal of the Japan Society of Powder and Powder Metallurgy, 57, 11, (2010), 734

3) J. Kong et al: Silicon nanoparticles encapsulated in hollow graphitized carbon nanofibers for lithium ion battery anodes, Nanoscale, 5, (2013), 2967

4) M. Thakur et al: Inexpensive method for producing macroporous silicon particulates (MPSPs) with pyrolyzed polyacrylonitrile for lithium ion batteries, Scientific Reports, 2, 795, (2012).

5) 仙波恒太朗編: リチウム二次電池部材の高容量化・高出力化と安全性

向上, 技術情報協会, (2008), 89 6) M. Molenda et al: A new method of coating powdered supportswith

conductive carbon films, 88, 2, (2007), 503 7) G. Liu et al: Polymers with Tailored Electronic Structure for High

Capacity Lithium Battery Electrodes, Advanced Materials, 23, 40, (2011), 4679

8) Q.Z. Wang et al: Open-celled porous Cu prepared by replication of NaCl space-holders, Materials Science and Engineering, 527, 4, (2010), 1275

9) M. Molenda et al: An attempt to improve electrical conductivity of the pyrolysed carbon-LiMn2O4−ySy (0 ≤ y ≤ 0.5) composites, 174, 2, (2007), 613

10) H. Usui et al: Anode properties of thick-film electrodes prepared by gas deposition of Ni-coated Si particles, Journal of Power Sources, 196, (2011), 2143

1 μm 1 μm

(a) 5 MPa (b) 50 MPa 図 11 圧力による複合膜断面形態の差異

1 μm 1 μm

(a) スペーサなし (b) スペーサあり 図 12 NaCl スペーサの有無による断面形態の差異

図 10 圧力と複合膜のヤング率,断面気孔率の関係

(a) 複合膜,5 MPa (b) 複合膜,50 MPa

(c) 複合膜,加圧なし (d) Si 粉末,100 MPa 図 9 複合膜表面の SEM 写真

10 μm 10 μm

10 μm 10 μm

0

10

20

30

40

50

0

2

4

6

8

0 10 20 30 40 50 60

気孔率

ヤング率

GPa

圧力 MPa

ヤング率 気孔率

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