昭和59年2月20日 137

臨 床

Prcpionibacterium acnes と Entercbacter cloacaeが

分 離 され た 感 染 性 心 内 膜 炎 の1例

鹿児島大学医学部第二内科

西 岡紘 一 郎 大橋 保 大 重太 真 男

真 田 純 一 中村 一彦 橋 本 修 治

(昭和58年7月4日 受付)

(昭和58年9月20日 受理)

Key words: Infective endocarditis, Propionibacterium acnes, Enterobacter cloacae

要 旨

皮 膚汗 腺 の常在菌 とみ な され て きた 、PrcpionibacTeriumacnesが 分離 され た感 染性 心 内膜 炎 の1例 を

経験 した.症 例 は49歳 の女 性.こ れ まで心 雑音 を指 摘 された こ ともな く,外 傷 や抜 歯 な どの誘 因 も見 い

だせ な か った.昭 和57年10月14日 発 熱 と全 身倦 怠感 を主 訴 として入院.入 院直 後 に行 った血 液培 養 か ら

Prcpionibacterium acnesと EntercbacTer cloacaeが 分離 された.Penicillin G,引 き続 い て Piperacillin

とCefoxitinの 併 用, Ceftizoximeと Amikacinの 併 用 及 び ス テ ロ イ ドホ ル モ ン使 用 に て 僧 帽 弁 の

vegetationは 著 し く縮 小 した が,こ れ らの薬 剤 の減 量 に て再 びvegetationの 増大 を認 め た.第67病 日に

僧 帽弁 置換 術 を行 い,こ の と き僧 帽弁vegetationに つ いて細菌 学 的検査 を行 ったが,Candidaの み しか

同定 され なか った.

1.緒 言

心内膜炎はこれまで連鎖球菌やブ ドウ球菌によ

ることが多 く 「細菌性心内膜炎」 と呼ばれてきた

が,最 近はマイコプラズマや真菌などをはじめと

する非細菌性の心内膜炎 も報告 されてきて,「感染

性心内膜炎」とい う呼称が一般的になってきてい

る.近 年compromised hostに おける重症感染症

の原因菌は複雑多岐 となっているが,心 内膜炎の

原因菌 も多種多彩をきわめている.今 回われわれ

は,従 来皮膚汗腺の常在菌 とみなされ,1960年 代

ま で はDiphlhercid あ る い は Ccryneb acterium

属とされてきたPrcpicnibacTeriumacnesが 分離

された心内膜炎の1例 を経験したので,文 献的考

察を加えて報告する.

II. 症 例

患者: ,49歳,女 性.

主訴: 発熱,全 身倦怠感.

家族歴: 特記すべきことなし.

既往歴: 19歳黄疸,30歳 腎孟腎炎,こ れまでに

心雑音を指摘 された ことは一度 もなし.

現病歴: 昭和57年9月17日 より40℃台の発熱が

出現.近 医を受診 し,腎 孟腎炎の診断にて抗生物

質の投与を受けるも,全 身状態は改善せず,昭 和

57年10月14日 当科入院.

入院時現症:体 温38.2℃,血 圧102-70mmHg,

脈拍104/分,整.心 音は心尖部にてLevineIII度

の汎収縮期雑音を聴取.呼 吸音は正常.肝 腫及び

脾腫は触知せず.下 肢に静脈炎や浮腫を認めず.

入院時検査成績(Table1,2)

検尿では軽度のタンパ ク尿を認めた.末 梢血検

査では小球性低色素性貧血 と中等度の血小板減少

症が認め られた.血 液生化学検査ではLDH510

別刷請求先: (〒890)鹿 児島市宇宿町1208-1

鹿児 島大学医学部第2内 科

西岡紘一郎

138 感染症学雑誌 第58巻 第2号

Table 1. Laboratory findings (I)

Table 2. Laboratory findings (II)

WUと 軽度の上昇を示したが,他 には異常所見は

認められなかった.血 沈は1時 間値42mm,CRP

4+,RA+,RAHA160倍,抗 核抗体(ANF)20

倍 と自己抗体が軽微なが ら上昇し,補 体(C3)の

軽度低下が認められた.

心臓超音波検査所見(Fig.1)

臨床所見より感染性心内膜炎が強 く疑われたた

めに心臓超音波検査を行った.矢 印で示すごとく,

僧帽弁背方にvegetationと 思われ る輝度の増強

した塊状エ コーが認められた.

入院後臨床経過(Fig.2)

診断直後よりPenicillin G 1,600万 単位/日 の点

滴静注を開始したが,発熱は全 く改善 しなかった.

頭痛 も出現したため髄膜炎の合併も疑 って髄液検

昭和59年2月20日 139

Fig. 1 Two-dimensional echocardiogram. Note

the dense echoes with a mass on the posterior

mitral leaflet (arrow). RV: right ventricle, LV:

left ventricle, LA: left atrium, Ao: aorta.

Fig. 2 Clinical course after hospitalization

Clinical course

査 を 行 っ た が,そ の所 見 は得 られ な か った.10月

21日 よ りPiperacillin8g/日 とCefoxitin 8g/日 の

2剤 併 用 に 変 更 した と こ ろ,変 更 後5日 目よ り薬

疹 と思 わ れ る全 身 性 紅 斑 が 出 現 した.入 院 時 検 査

で軽 微 な が ら も 自己 抗 体 が 陽 性 で あ った 点 も考 慮

して,Prednisolone 30mg/日 を併 用 した と こ ろ,

発 熱 及 び皮 疹 は 改 善 した.こ の時 期 にや っ と血 液

培 養 の 結 果 が 判 明 した の で,10月29日 よ り抗 生 物

質 を Ceftizoxime 6gとAmikacin 600mgの 2剤

に 変 更 して,CRP及 び 血 沈 の 改善 傾 向 と超 音 波 検

査 で のvegetationの 著 明 な 縮 小 が認 め られ た.

転 帰:一 連 の 化 学 療 法 に よ って 僧 帽 弁 の

vegetationは 一 過 性 に 縮 小 した も の の,抗 生 物 質

の減 量 に 伴 って 再 びvegetationの 増 大 が 認 め ら

れ た た め,昭 和57年12月20日(第67病 日)外 科 的

に僧 帽 弁 の人 工 弁 置 換 術 を 施 行 した.術 後 の 経 過

は きわ め て順 調 で,昭 和58年6月 末 現 在 元 気 で 外

来 通 院 して い る.

III. 微 生 物 学 的 検 索 及 び結 果

1.血 液 培 養

入 院 直 後,動 ・静 脈 血 よ り数 回 にわ た り,ロ シ ュ

のBCBシ ス テ ムを 用 い て 血 液 培 養 を 施 行 した.

2.分 離 菌 株

数 回 に わ た る 血 液 培 養 の1つ か ら グ ラ ム陰 性 桿

菌 と グ ラ ム陽 性 嫌 気 性 菌 が 分 離 され た.残 りの 血

液 培 養 で は いず れ も菌 陰 性 を 示 した.グ ラ ム陰 性

桿 菌 は 通 常 の 同 定 法 に よ りEntercbacTercloacae

と判 明 した.グ ラ ム陽 性 嫌 気 性 菌 の 同 定 はAPI-

20Aシ ス テ ム に よ り 行 い,Prcpioniba cterium

acnesと 判 明 した.

3. Pmpionibacterium acnesの 性 状 (Table3)

分 離 株 の 性 状 は グ ラ ム染 色 陽 性 で,芽 胞 形 成 が

認 め られ な か った.生 化 学 的 性 状 はAPI-20Aシ ス

テ ムに て 行 った が,カ タ ラ ーゼ 陽 性,硝 酸 塩 還 元

陽 性,イ ン ドール 産 生 陽 性,VP反 応 陽 性 を示 し,

糖 分 解 能 で は ブ ドウ糖 と トレハ ロー ス を 分 解 し,

最 終 産 物 と し て プ ロ ピ オ ン酸 と酢 酸 を 産 生 した.

4.血 清 学 的検 査

Propionibacteriumacnesが 血 液 培 養 施 行 時 の

混 入菌 で は な くて 本 症 例 の 原 因 菌 で あ る裏 付 け と

して,Ouchterlony法 等 を 用 い た 患 者 血 清 との 血

140 感染症学雑誌 第58巻 第2号

Table 3. Biochemical characteristics of

P. acnes isolates.

Gram staining Positive

Catalase Positive

Gelatin liquefaction Positive

Aesculin hydrolysis Negative

Nitrate reduction Positive

Indole production Positive

Voges-Proskauer reaction Negative

Carbohydrate fermentations

Glucose Positive

Lactose Negative

Sucrose Negative

Xylose Negative

Mannitol Negative

Rhamnose Negative

Trehalose Positive

End products of glucose fermentation:

Propionic acid

Acetic acid

Identification was based on the API 20A system.

Table 4. Antibiotic susceptibility of P. acnes

and E. cloacae

清 学 的 検 索 を 施 行 す る の が 今 日望 ま しい とさ れ て

い る が,今 回 は検 討 で き な か った.

5.薬 剤 感 受 性 検 査(Table4)

分 離 さ れ たEntercbactercloacaeと

Propicnibacterium acnesの 双 方 に つ い て,栄 研 ト

リデ ィ ス ク を 用 い て 行 った.PrcpionibacTe rium

acnesは ペ ニ シ リン系,セ フ ェ ム系 抗 生 物 質 の い

ず れ に も高 感 受 性 を有 して いた が,フ ォス フ ォマ

イ シ ン に は全 く感 受 性 を 示 さ な か った.

6.摘 出 した 僧 帽弁vegetationに つ い て の検 索

臨 床 経 過 よ り判 断 して血 中 よ りの 分 離 株 が,摘

出 し た 僧 帽 弁vegetationの 中 に 未 だ 増 殖 し て い

る の で は な い か と疑 わ れ た の で,無 菌 的 操 作 に て

微 生 物 学 的 検 索 を 行 った.Candidaalbicansは 同

定 され た も の の,血 中 分 離 株 を含 め て の細 菌 は全

く分 離 さ れ な か った.

IV.考 察

細 菌性 心 内 膜 炎 の 原 因 菌 と し て はStrepTcooc-

cus viridansやSt¢phylococcus aureusに よ る,い

わ ゆ る 「古 典 的 」 心 内膜 炎 が これ まで 大 部 分 を 占

め て い た が,最 近 の新 しい 抗 生 物 質 の開 発 や 細 菌

培 養 法 の進 歩 等 に 伴 って,.他Pt cccccusや Peptcs-

trept cccccusな ど嫌 気 性 菌 やCandidaな ど真 菌 に

よ る症 例 が増 加 し て きて い る.こ の 傾 向 は 悪 性 腫

瘍 患 者 の感 染 症 で も同様 に認 め られ,多 種 多 彩 な

原 因 菌 で あ る点 が 特 徴 的 で あ る.こ の よ うな現 状

に 即 し て,1970年 代 に 入 る と 「感 染 性 心 内 膜 炎 」

とい う呼 称 が 一 般 的 とな っ て きた (Finland and

Barnes 19701),勝 ら19792),GregoratosandKar

liner 19793)).当 科 の過 去7年 間 の 心 内膜 炎 患 者15

例 で も この傾 向 が うか が わ れ る.15例 か ら計13株

が 分 離 さ れ て い る もの の(Table5),StrePTccoc-

cus群 は4株 し か な か った.残 る9株 は さ ま ざ ま

で あ り,嫌 気 性 菌 のPeptcstre ptcccccus2株,

Listeria 1株 な どが あ り,特 記 す べ き菌 株 が 多 い.

さて,臨 床 的 に心 内 膜 炎 と診 断 さ れ た 症 例 の 中

に は,頻 回 の 血 液 培 養 に も か か わ らず 菌 陰 性 を示

す こ と が あ る.こ れ ま で の 諸 家 の 報 告 で は

10～25%と され て い るが (Gregoratos and Kar-

liner 19793), Pesanti and Smith 19794)),当 科 の

心 内 膜 炎 患 者 で も菌 陰 性 が4例 (26.7%)に 認 め

られ て い る.こ の菌 陰 性 の原 因 と し て さ ま ざ ま の

要 因 が 掲 げ られ て い るが,Gregoratos ら3)は血 液

培 養 前 の,先 行 す る抗 生 物 質 投 与 を最 も頻 度 の 高

い もの と指 摘 して い る.

心 内 膜 炎 を 起 こ した 大 部 分 の 患 者 で は,先 天 性

心臓 病 や リウ マ チ性 心臓 病 を基 礎 に有 す る こ とが

多 く, Gregoratosら3)の 統 計 で は76%に もの ぼ る.

昭和59年2月20日 141

Table 5 Clinical data on 15 patients with endocarditis

* Present case

Abbreviations: MR= mitral regurgitation, MV= mitral valve, VSD= ventricular septal defect, AR= aortic regurgitation,

RHD= rheumatic heart disease, AV= aortic valve, ASR= aortic stenosis and regurgitation, TR= tricuspid regurgitation,

AS= aortic stenosis, MS= mitral stenosis

またや&低 い頻度の誘因としては抜歯,産 婦人科

的処置,外 傷な どが掲げられている.本 症例では

いま述べた誘因の可能性も全 くなく,こ れまで諸

検診等でも一度 も心雑音を指摘 された ことはな

かった ようである.し たがって本症例の場合,一

応基礎疾患 は過去になかった とみなされ るもの

の,心 臓超音波所見の推移 より 「既に僧帽弁 に障

害が存在 していたのでは」 との考えを拭いさるこ

ともできないようである.

ついで,Propicnibacterium acnes の病原性の有

無について文献的に触れてみたい.本 菌は皮膚汗

腺の常在菌 とみなされてきたため,特 に本邦では

軽視されているようである.し かし欧米ではかな

り以前から注 目されてきた.Wittlerら (1960)5)は

本菌によると思われる小児心内膜炎の1例 を報告

し て お り,Kaplanら(1969)6)も 本 菌 に よ る と思 わ

れ る感 染 症9例 の 中 で,心 内 膜 炎3例 と菌 血 症1

例 が あ った と報 告 して い る.1970年 代 に 入 り培 養

法 が確 立 して か らは 脳 外 科 領 域 で の 本 菌 感 染 症 の

報 告 が 多 い.Beelerら(1976)7)やSkinnerら

(1978)8)ら は脳 外 科 術 後 の 髄 膜 炎 の 症 例 を,Fried-

manら(1978)9)は 外 傷 性 眼 球 炎 の 症 例 を 報 告 して

い る.相 前 後 した 時 期 に は 小 児 科 領 域 で も-菌血 症

を は じめ と した 報 告 が な され て い る(Dunkleら

197610),Brokkら198011)).

本 邦 に お い て は,分 離 菌 状 況 報 告 の形 で 小 林 ら

(1979)12)が8株,上 野 ら(1979)13)が1株 を 報 告 し

た に と ど ま っ て い る.最 近 の2～3年 間 で 本 菌 は

難 病 と され て い るサ ル コイ ドー シ ス や 川 崎 病 と何

らか の 関 連 性 が あ る の で は と考 え ら れ て き て い

142 感染症学雑誌 第58巻 第2号

る14).

最後に,本 症例 ときわめて類似した症例報告を

Lewisら(1980)15)が 行っているが,彼 らの症例で

は血液培養ならびに摘出弁の両方から本菌が分離

同定 されている.本 症例でも摘出したvegetation

から本菌の分離 を試みたが,残 念なが ら陰性で

あった.患 者血清 との血清学的検索まで検討で き

ていれば申し分ないものであろうが,こ れは施行

できなかった.

本文の要旨は第57回日本感染症学会総会(大 阪)に おい

て発表した.

謝辞

細菌学的検査について御尽力をいただいた当病院検査室

の諸氏に深謝します.

文 献

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14) 三 上 理 一 郎, 細 田 裕, 小 高 稔: サル コイ ドー

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-1471, 1983.

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昭和59年2月20日 143

Isolation of Propionibacterium acnes and Enterobacter cloacaefrom a case of infective endocarditis

Kouichiro NISHIOKA, Tamotsu OHASHI, Tamao OSHIGE, Junichi SANADA,Kazuhiko NAKAMURA & Shuji HASHIMOTO

The Second Department of Internal Medicine, Faculty of Medicine, Kagoshima University

A 49-year-old woman became febrile four weeks before admission. There was no clinical evidence ofunderlying valvular heart disease or tooth extraction.

The initial physical examination on admission revealed fever, tachycardia and pansystolic heartmurmurs. She had markedly mitral valve vegetations by two-dimensional echocardiograms. Infective

endocarditis was therefore suspected. Propionibacterium acnes and Enterobacter cloacae were isolatedfrom blood culture.

Penicillin G and successive combined antibiotics were administerd, and by the 15th day she becameafebrile.

On the sixty-seventh day, a prosthetic mitral value was implanted. Microorganisms from theresected mitral valve had no growth.