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多様化する学習・教育支援論文特集 移動ロボットとテンキーパッドを利用する視覚障害のある児童生徒の ためのプログラミング教材* 家永 貴史 a) 江頭 尚弥 寺岡 章人 †† 木室 義彦 山口 明宏 沖本 誠司 ††† Educational Materials of Programming Education Using a Mobile Robot and a Numeric Keypad for the Visually Impaired Students Takafumi IENAGA a) , Naoya EGASHIRA , Akito TERAOKA †† , Yoshihiko KIMURO , Akihiro YAMAGUCHI , and Seiji OKIMOTO ††† あらまし 情報技術の体験的な学習には,プログラミングが効果的である.しかし,初学者向けのものは,GUI を多用したものが多く,視覚障害者にとってはバリアとなっている.これに対し,我々は移動ロボットを用いた プログラミング教育を提案し,視覚障害をもつ中高生が学習できる教材であることを示してきた.しかし,プロ グラミングを支援する仕組みとしては,改善の余地があることも明らかになった.一方,プログラミング環境と しては,PC だけでなくスマートフォンやタブレット PC など様々なものが利用されるようになっており,教材 としては IT 機器の利用状況の変化にも対応する必要がある.本研究では,視覚障害のあるコンピュータ初学者 でも,プログラミング教育が可能な移動ロボットとテンキーパッドを用いたプログラミング入力環境をもつ教材 の開発を行った.また,この教材を用いて視覚障害のある中学生に対して授業を行い,アンケートを通じて本教 材の有効性を確認した. キーワード 視覚障害,プログラミング,ロボット,教育 1. まえがき 情報化社会が進む中,晴眼者だけでなく視覚障害者 の日常生活にも,PC やインターネットは浸透してき ている [1], [2].このため,視覚の障害の有無を問わず, 情報技術の基本的な原理は,社会的な常識の一つとし て正しく理解し,身につけておくべきだと考えられて いる [3].この情報技術の基本的な原理の学習には,プ ログラミングの体験が効果的である [4], [5].ここで, 我々の考える情報技術(コンピュータ)の動作原理と 福岡工業大学,福岡市 Fukuoka Institute of Technology, 3–30–1 WajiroHigashi, Fukuoka-shi, 811–0295 Japan †† 公益財団法人九州先端科学技術研究所,福岡市 Institute of Systems, Information Technologies and Nano- technologies, 2–1–22 Momochihama, Fukuoka-shi, 814–0001 Japan ††† 福岡視覚特別支援学校,筑紫野市 Fukuoka Special Needs Education School for the Visually Impaired, 114 Ushijima, Chikushino-shi, 818–0014 Japan a) E-mail: ienaga@fit.ac.jp * 本論文はシステム開発論文である. は,「コンピュータはプログラムされたとおりに動作す る.間違ったプログラムは,間違ったとおりに動作す る,人がプログラムできないものはコンピュータにも できない」というものである. プログラミングの初学者向けの教材では,1)マウ スや GUI を多用するプログラミング環境,2)プログ ラムの実行状況を物理的に確認できる移動ロボット教 材が学校現場で用いられている [6][8].しかし,グラ フィカルな効果を多用するプログラミング環境は,視 覚障害のある児童生徒にとってはバリアである.また, 移動ロボット教材の有効性については,我々も報告 [9] してきたが,教材の入手性は常に課題となっている. 視覚障害を考慮したプログラミングに関しては,例 えば,長岡はエディタ画面を読み上げるためのスク リーンリーダや点字ディスプレイを利用することで, Java 言語によるプログラミング学習が可能であるこ とを示した [10].この他,GUI を触覚情報や音声情報 に変換する触覚ディスプレイや触図プリンタ,各種イ ンタフェースの研究開発 [11][13] が行われているが, 52 電子情報通信学会論文誌 D Vol. J98–D No. 1 pp. 52–60 c 一般社団法人電子情報通信学会 2015

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論 文 多様化する学習・教育支援論文特集

移動ロボットとテンキーパッドを利用する視覚障害のある児童生徒の

ためのプログラミング教材*

家永 貴史†a) 江頭 尚弥† 寺岡 章人†† 木室 義彦†

山口 明宏† 沖本 誠司†††

Educational Materials of Programming Education Using a Mobile Robot and a

Numeric Keypad for the Visually Impaired Students∗

Takafumi IENAGA†a), Naoya EGASHIRA†, Akito TERAOKA††, Yoshihiko KIMURO†,Akihiro YAMAGUCHI†, and Seiji OKIMOTO†††

あらまし 情報技術の体験的な学習には,プログラミングが効果的である.しかし,初学者向けのものは,GUI

を多用したものが多く,視覚障害者にとってはバリアとなっている.これに対し,我々は移動ロボットを用いたプログラミング教育を提案し,視覚障害をもつ中高生が学習できる教材であることを示してきた.しかし,プログラミングを支援する仕組みとしては,改善の余地があることも明らかになった.一方,プログラミング環境としては,PC だけでなくスマートフォンやタブレット PC など様々なものが利用されるようになっており,教材としては IT 機器の利用状況の変化にも対応する必要がある.本研究では,視覚障害のあるコンピュータ初学者でも,プログラミング教育が可能な移動ロボットとテンキーパッドを用いたプログラミング入力環境をもつ教材の開発を行った.また,この教材を用いて視覚障害のある中学生に対して授業を行い,アンケートを通じて本教材の有効性を確認した.

キーワード 視覚障害,プログラミング,ロボット,教育

1. ま え が き

情報化社会が進む中,晴眼者だけでなく視覚障害者

の日常生活にも,PCやインターネットは浸透してき

ている [1], [2].このため,視覚の障害の有無を問わず,

情報技術の基本的な原理は,社会的な常識の一つとし

て正しく理解し,身につけておくべきだと考えられて

いる [3].この情報技術の基本的な原理の学習には,プ

ログラミングの体験が効果的である [4], [5].ここで,

我々の考える情報技術(コンピュータ)の動作原理と

†福岡工業大学,福岡市Fukuoka Institute of Technology, 3–30–1 WajiroHigashi,

Fukuoka-shi, 811–0295 Japan††公益財団法人九州先端科学技術研究所,福岡市

Institute of Systems, Information Technologies and Nano-

technologies, 2–1–22 Momochihama, Fukuoka-shi, 814–0001

Japan†††福岡視覚特別支援学校,筑紫野市

Fukuoka Special Needs Education School for the Visually

Impaired, 114 Ushijima, Chikushino-shi, 818–0014 Japan

a) E-mail: [email protected]

* 本論文はシステム開発論文である.

は,「コンピュータはプログラムされたとおりに動作す

る.間違ったプログラムは,間違ったとおりに動作す

る,人がプログラムできないものはコンピュータにも

できない」というものである.

プログラミングの初学者向けの教材では,1)マウ

スや GUIを多用するプログラミング環境,2)プログ

ラムの実行状況を物理的に確認できる移動ロボット教

材が学校現場で用いられている [6]~[8].しかし,グラ

フィカルな効果を多用するプログラミング環境は,視

覚障害のある児童生徒にとってはバリアである.また,

移動ロボット教材の有効性については,我々も報告 [9]

してきたが,教材の入手性は常に課題となっている.

視覚障害を考慮したプログラミングに関しては,例

えば,長岡はエディタ画面を読み上げるためのスク

リーンリーダや点字ディスプレイを利用することで,

Java 言語によるプログラミング学習が可能であるこ

とを示した [10].この他,GUIを触覚情報や音声情報

に変換する触覚ディスプレイや触図プリンタ,各種イ

ンタフェースの研究開発 [11]~[13]が行われているが,

52 電子情報通信学会論文誌 D Vol. J98–D No. 1 pp. 52–60 c©一般社団法人電子情報通信学会 2015

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論文/移動ロボットとテンキーパッドを利用する視覚障害のある児童生徒のためのプログラミング教材

初学者を対象としプログラミングを主目的としたもの

は少ない.

これに対し,筆者らはGUIではなくボタン入力でプ

ログラミングを行う移動ロボットを用いた教育を行っ

ており,視覚障害のある児童生徒においても効果があ

ることを実験を通じて示した [14].しかし,ボタンの

配置や操作性に関する改良の要望やプログラム入力時

のフィードバックが不足しているとの意見も得られた.

特別な教育ニーズを必要とする児童生徒が適切な情報

教育を受けるためには,特別な配慮と指導上の工夫が

必要である [15]ことが指摘されているように,より学

習しやすくするためには,教材の改良が不可欠である

といえる.一方,現在のプログラミング環境としては,

PCだけでなくスマートフォンやタブレット PCなど

様々なものが利用されるようになっており,IT機器の

利用状況の変化にも対応する必要がある [1].そこで,

我々はこのような IT環境の変化に対応しながら,視

覚障害があっても初学者が楽しく学べる新しいプログ

ラミング教材を開発を行うこととした.

初学者向けの教材では,視覚情報を利用できる人で

あればマウスでのアイコン選択や少ないキー数のキー

ボードでプログラミングできることが望ましい.これ

に対し,我々は,視覚障害のある初学者向けの教材の

ハードウェアとして,以下が求められると考えている.

入力装置については,キーの存在を触覚で識別できる

ように,物理的なキーボードを用いてプログラムを入

力できることである.一方,出力装置については,プ

ログラムの動作結果をロボットの振る舞いとして安全

に確認できること,またセンサを用いた条件分岐が可

能なことである.更に,プロセッサとメモリについて

は,入力したコードを解析し,出力装置であるロボッ

トを動作させる十分な処理能力を有することである.

また,移動ロボット制御プログラムの本質は,プロ

グラムの 3要素(逐次処理,繰り返し処理,条件分岐)

と車輪の制御とセンサ情報の利用であり,プログラミ

ング環境には依存しないと考えられる.

本論文では,以上をふまえ,新たに開発した移動ロ

ボットを用いたコンピュータ教育の教材について述べ

る.また,開発した教材を用いた授業を通して行った

教材の評価と課題について述べる.

2. 開発したコンピュータ教育教材

開発した教育教材の構成要素としては,移動ロボッ

ト部分とプログラム入力部分,シラバスに分けられ

る.これらについて順に述べた後,旧教材の P!MOT

(図 1 (a))との比較を行う.

2. 1 移動ロボット

2. 1. 1 ハードウェア

移動ロボットは,PC や携帯端末などと異なり,多

くの人が保有し日常的に利用しているものではない.

そのため,コンピュータの初学者向けの教材としては,

機材の入手性や保守性に考慮する必要がある.そこで,

機材に関しては,できる限り市販品を利用することを

方針とした.

まず,ベースとなるロボットとして,イーケイジャ

パン社の KIROBO(MR-9132)を利用することとし

た.この KIROBOは,光センサとタッチセンサをそ

れぞれ二つずつとブザーを一つ搭載した自律二輪駆動

ロボットであり,筆者らのこれまでの取り組みと同様

の教育を実現するのに必要なハードウェアの機能を有

している.しかし,KIROBO の動作プログラミング

は,PC上のソフト(Icon Works)を利用する必要が

ある.Icon Worksは,GUIでプログラムコマンドを

タイル状に並べて行うように設計されているため,視

覚情報なしに入力することが難しい.そのため,本研

究で目指す視覚の障害の有無によらず学習可能な教材

を実現するという目的にそぐわない.

そこで,ロボットのファームウェアを動かすマイコ

ンとして,ホビー用途として普及している Arduino

を利用し,Arduino 上に載せたファームウェアから

KIROBOのセンサや駆動系を利用可能にすることと

した.ただし,KIROBOと Arduinoとを直接接続す

ることはできないため,イーケイジャパン社と協議し,

これらを接続するシールド基板を製作,利用すること

とした.なお,2014 年 2 月現在,このモータドライ

バシールドは市販(SU-1201)されている.作成した

移動ロボットを図 1 (b)に示す.

図 1 移動ロボットFig. 1 Mobile robot.

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電子情報通信学会論文誌 2015/1 Vol. J98–D No. 1

2. 1. 2 ファームウェアと命令セット

学習者が単にロボットを動かすだけであれば,

KIROBO のセンサやモータとやり取りをする Ar-

duinoのスケッチを作成できる教材を準備すれば良い.

しかし,本教材では,コンピュータ教育の初学者が,

プログラミングを通じてコンピュータの動作原理を理

解することを目指している.そのため,できる限り学

習に必要な命令が少ないほうが適切だと考えた.そこ

で,我々がこれまで開発してきた P!MOTと同様のプ

ログラミングを可能とするためのスケッチを作成し,

ファームウェアとして Arudino に搭載することとし

た.旧教材で利用していた命令を再検討し,表 1 のよ

うに絞り込んだ.

基本命令は,ロボットの移動とビープ音に関する五

つ(表 1 中の FW,BK,LR,RR,BEEP)である.

ここで,移動量や回転量,鳴動回数は,1から 9の 1

桁の数字とした.

制御命令は,繰り返し処理と条件分岐である.どち

らもブロック構造とし,繰り返しは FORとNEXTに

囲まれた基本命令列を,FOR に続く数字の部分だけ

繰り返す.繰り返し回数は,0から 9の 1桁の数字で

あり,数字が 0の場合は無限回の繰り返しを行う.ま

た,条件分岐の条件文はセンサの識別子とセンサの状

態(ON/OFF)の 2語で表すことにした.なお,ルー

プの回数やセンサの状態を除いて,変数の概念は扱わ

ないこととした.これは,プログラミングを通じてコ

ンピュータの動作原理を短時間で学習することが本教

材のねらいであり,変数の概念を扱うような本格的な

プログラミングの学習は,次の学習ステップだと考え

ているためである.

2. 2 プログラム入力環境

開発した移動ロボット自体には,プログラミングを

行うためのハードウェア環境は搭載されていない.そ

表 1 命令セットTable 1 Command set.

命令語 オペランド 説明FW 移動量 前進BK 移動量 後退LR 回転量 左回転RR 回転量 右回転

BEEP 鳴動時間 音を鳴らすFOR 繰り返し回数 繰り返しブロック開始

NEXT — 繰り返しブロック終了IF センサと状態 条件ブロック開始

ENDIF — 条件ブロック終了

こで,別途プログラミングを行う環境が必要である.

我々はプログラミング環境としては,以下の要件を満

たすことが望ましいと考えた.• 表 1 の命令セットを簡単に入力できること• 視覚障害の有無にかかわらず利用可能なこと• 一般的に普及している機器で利用できること• 動作にあたって入手・設定が困難なハードウェ

アやソフトウェアを必要としないこと• USB でロボット側のマイコンである Arduino

と接続できること• 旧教材で要望のあった音声ガイドの機能を実現

できること

そこで,これらの要件を考慮し,Windows 7が動作す

るPC上に,ロボットのプログラミング環境をC#言語

を用いて実装した.また,Microsoft社の提供する音声

合成ソフト(Microsoft Speech Platform)と日本語音

声合成データを用いて,テキスト読み上げ(TTS:Text

to Speech)の機能を実装することとした.

2. 2. 1 入力環境及び状態遷移

P!MOTでは,ロボットの背面についているボタン

のうち,26個のボタンに命令や値が割り振られており

(図 1 (a)),更に,そのうちの四つのボタンにはコンテ

クストによって二つの値が割り振られていた.これと

同様な形で,パソコンのキーボードの各キーに命令を

割り振ることも可能である.しかし,キーを視覚で確

認せずにプログラミングを行うことを考えると,利用

するキーは少ない方が良いと考えられる.そこで,コ

ンテクストによって入力可能な値が限定されることを

踏まえ,図 2 に示すキー配置のテンキーパッドでのプ

ログラム入力が可能になるようにした.これによって,

利用するキーは,0~9及び Enter,“-”,“.”の 13個

となり,P!MOTと比較し半減させることができた.

本プログラミング環境では,コンテクストの遷移に

図 2 キ ー 配 置Fig. 2 Layout of keymap.

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論文/移動ロボットとテンキーパッドを利用する視覚障害のある児童生徒のためのプログラミング教材

図 3 画面遷移図Fig. 3 Screen transition diagram.

図 4 キ ー 配 置Fig. 4 Keylayout in each screen.

応じて入力画面が遷移する.図 3 に画面の遷移図を示

す.また,それぞれのコンテクストにおけるキー配置

を図 4 に示す.コマンド入力画面では,キーとロボッ

トの移動方向との対応が直感的に分かりやすいように,

凸部のあるテンキーの “5”キーを中心として,上を前

進(FW),下を後退(BK),左を左回転(LR),右を

右回転(RR)と設定した.また,制御命令について

は,それ以外の場所に行をそろえ,左がブロック開始,

右がブロック終了となるように配置した.ロボットへ

のプログラム送信(SEND)のボタンは “Enter”キー

の場所に配置し,“RESET”ボタンは他のコンテクス

トでも利用していない “.”キーに配置した.これによ

り,視覚情報を使えない学習者がコンテクストを勘違

いし,誤って全てのプログラムを消してしまう可能性

に対応した.

実際の命令入力画面を図 5 に示す.画面左側にテ

図 5 コマンド入力画面Fig. 5 Screen for a command input.

ンキーと同様の配置のボタン群を配置し,右上に現在

入力中の命令,右下に入力済みのコードを表示してい

る.これにより,視覚情報を使えない学習者は入力し

たコードを全て記憶しておかなければならないのは旧

教材と同様であるが,視覚情報が使える学習者は,入

力したコードを確認しながら,マウスで入力でもプロ

グラミングが可能になっている.

2. 2. 2 入力支援機能

入力支援の機能として,コンテクスト上利用できな

いキーを押した場合と入力可能なボタンを押した際に

はそれぞれ異なる確認音を鳴らすこととした.また,

FORと NEXT及び IFと ENDIFの数が合わない場

合には,プログラムをロボットに送信できないように

した.

更に,TTS 機能は ON にした場合,入力したキー

の読み上げを行えるようにした.ただし,TTS機能は

必要な利用者と必要でない利用者がいると考え,利用

者側で機能の ONと OFFを切り替え可能とした.ま

た,読み上げるテキストは,XMLファイルで設定を

行えるようにし,プログラミング環境の再コンパイル

なしで読み上げ方を変更できるようにした.なお,こ

の設定ファイルでは,キー配置自体の変更も可能も可

能である.

2. 3 シ ラ バ ス

本教材を用いた授業のシラバスを表 2 に示す.こ

こで,「コンピュータの動作原理の理解」とは,「コン

ピュータはプログラムされたとおりに動作する.間

違ったプログラムは,間違ったとおりに動作する,人

がプログラムできないものはコンピュータにもできな

い」ということを理解することである.具体的には,

学習者はプログラムミスを繰り返しながら,逐次処理

や繰り返し,条件分岐といったプログラムの 3要素を

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電子情報通信学会論文誌 2015/1 Vol. J98–D No. 1

表 2 シ ラ バ スTable 2 Syllabus.

移動ロボットで学ぶプログラミング達成目標 移動ロボットのプログラミングを通じてコン

ピュータの動作原理を理解する.学習時間 90 分対象者 プログラミング初学者(視覚障害の有無を問わな

い)学習項目1 導入と機材の確認

a 移動ロボットの構造を触って確認b テンキーパッドのボタン配置の確認c ロボットのプログラムの実行と動作確認

2 逐次処理a 前進後退b 左右回転c 命令語とオペランドとの関係d 演習:U ターン,四角形に周回するプログラム

3 繰り返し処理a 繰り返しのある逐次処理b 繰り返し処理のプログラミング方法c 無限回の繰り返しd 演習:繰り返し処理を用いたプログラム

4 条件判断a センサの説明と確認b 演習:センサを利用したサンプルプログラムでセ

ンサ処理を確認c 条件判断の理解d 演習:センサに応じてロボットの回転方向を変え

るプログラム5 応用

a 演習:盲導犬ロボットの作成b ロボットに紐をつけ一緒に歩行c 作成したプログラムの考察

6 まとめ

学んでいき,最終的には 3要素全てを用いる盲導犬ロ

ボットプログラムを完成させることが達成目標となる.

学校現場でのロボットプログラミング授業のシラバス

は,1 コマ 50 分授業の 8 コマから 10 コマで設計し,

実施されることが多い.一方,新学習指導要領により,

例えば,中学校の技術・家庭科では,コマ数が削減さ

れており,各履修項目に対し,時間配分が困難な状況

にある.これに対し,我々が設計しているシラバスは,

できるだけ短時間に,初学者にプログラミングを体験

してもらい,より高度なプログラミングに興味が出て

くるかどうかを体験してもらうことが肝要と考えてい

る.このため,授業は,90分(学校授業では,2コマ

程度)を想定している.生徒 1人にロボット 1台を利

用する.また,必要に応じて補助教材として,点字若

しくは大きな文字サイズで印刷したキーボード配置図

を配布する.なお,実験授業では,視覚障害のある生

徒の場合,生徒 1名に補助者 1名を付けて行っている.

補助者は,教材の受け渡しや生徒が移動ロボットを見

図 6 システム全体構成図Fig. 6 System.

失った際の補助,講師の説明を聞きもらした際の再説

明を行う.生徒からの質問がなければ補助もしないが,

随時,生徒の進度に応じて,より難しい課題を与える.

2. 4 旧教材との比較

本節では,教育効果の確認がなされている旧教材 [14]

との比較を行うことで,本教材の特徴を整理する.

P!MOTでは,ロボット自体にプログラミングインタ

フェースが備わっているオールインワンのシステムと

なっている.一方,本教材の構成は,図 6 のように

なっている.このため,ロボットとは別にプログラミ

ング環境が必要ではあるが,入力インタフェースを学

習者の要求にあったものに柔軟に変更が可能である.

また,音声による入力のフィードバックや文法チェッ

クといったプログラミングを支援する機能の拡張も可

能となっている.また,今回は PC上で動作するもの

としたが,USB で外部機器と接続できるものであれ

ばプログラミング環境のハードウェアとして利用する

ことが可能であり,スマートホンやタブレット端末な

どからプログラミングを行うことも仕組みの上では可

能となっている.

プログラミングの際の手順も,P!MOTと本教材で

は異なっており,本教材は以下のような手順が必要と

なっている.

( 1) PCとロボットを USBケーブルで接続

( 2) テンキーを用いてプログラム作成

( 3) ロボットにプログラムを送信

( 4) USBケーブルを取り外す

( 5) ロボットのスイッチを ONにし,動作確認

( 6) 修正する場合は,(1)に戻る

プログラミング以外にケーブルの着脱やロボット本体

のスイッチの操作が必要な点については,学習上の障

害となるか否か検証が必要であると考えられる.

3. 評 価

2013 年 8 月 29 日に福岡視覚特別支援学校で行っ

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論文/移動ロボットとテンキーパッドを利用する視覚障害のある児童生徒のためのプログラミング教材

たロボットプログラミングの夏季授業(実験 1)及び

2013年 11月 9日に北九州視覚特別支援学校で行われ

た科学へジャンプ in北九州の中のワークショップの一

つ(実験 2)として本教材を用いた授業を行い,各受

講者に対して対面式の直接聴き取り調査を行った.

3. 1 実験 1:夏季授業における評価

3. 1. 1 目 的

本教材を用いた授業を通じた教材の有効性の確認と

改善のための課題の抽出が目的であった.

3. 1. 2 方 法

授業は,2. 3 のシラバスに沿って,90 分で実施し

た.なお,授業に先立ち

( 1) 講師が全員に説明

( 2) 全員で一斉に入力

( 3) 全員で動作の確認

( 4) 確認後,各自で自由にプログラミング

( 5)(1)に戻る

といったシラバス中の各項目を学習していく際の授業

の流れを説明した.教科書等はなく,講師の口頭説明

のみで授業が進められ,メモをとることも求めなかっ

たため,入力ミスや説明の聞き漏らしがあっても,各

自が落ちこぼれずに演習課題を実施できるように配慮

した.

受講者は,男性 4名,女性 3名の中学生 7名(全盲

3名,弱視 4名)であった.パソコンを使用した経験

があるのは 7名中 4 名で,4年から 6年の使用年数で

あった.パソコンの使用経験があるもののうち,プロ

グラミングの経験があるものはいなかった.

授業後の聞き取り調査では,「ロボットの動きの把握

状況」,「思い通りに動かせたか」,「キー配置」,「ロボッ

トプログラミングの難易度」,「今後のプログラミング

学習への意欲」,「授業の難易度と長さ」,「今回行ったプ

ログラムを先生として他の人に教えたいか」について

受講者からの回答を得た.

3. 1. 3 結果と考察

表 3 に,聞き取り調査の結果を示す.これより以下

が読み取れる.• 受講者はロボットの動きをおおよそ確認できた• テンキーの配置については覚えやすかった• プログラミングや授業の難易度については,受

講生によってばらついた• これからプログラミングの勉強をしたいと思っ

ている受講者が多かった• 他の人にも KIROBOのプログラミングを教え

表 3 実験 1 のアンケートの回答結果Table 3 Result of a questionaire.

KIROBO の動きは全部確認できましたか?評 価 1:いいえ 2 3 4 5:はい度 数 0 0 0 4 3

内訳

視力全盲 0 0 0 1 2

弱視 0 0 0 3 1

PC

経験有 0 0 0 3 1

無 0 0 0 1 2

思ったとおり動いてくれましたか?評 価 1:いいえ 2 3 4 5:はい度 数 0 1 2 2 2

内訳

視力全盲 0 0 1 1 1

弱視 0 1 1 1 1

PC

経験有 0 1 1 1 1

無 0 0 1 1 1

テンキーの配置は覚えやすかったですか?評価 1:いいえ 2 3 4 5:はい度数 1 0 1 0 5

内訳

視力全盲 0 0 0 0 3

弱視 1 0 1 0 2

PC

経験有 1 0 1 0 2

無 0 0 0 0 3

ロボットプログラミングはどうでしたか?評価 1:難しい 2 3 4 5:簡単度数 1 1 4 0 1

内訳

視力全盲 0 0 2 0 1

弱視 1 1 2 0 0

PC

経験有 1 0 3 0 0

無 0 1 1 0 1

これからプログラミングの勉強をしたいと思いましたか?評価 1:いいえ 2 3 4 5:はい度数 0 1 1 0 5

内訳

視力全盲 0 0 1 0 2

弱視 0 1 0 0 3

PC

経験有 0 1 1 0 2

無 0 0 0 0 3

授業はどんな感じでしたか?評価 1:易しい 2 3 4 5:難しい度数 3 0 1 2 1

内訳

視力全盲 2 0 1 0 0

弱視 1 0 0 2 1

PC

経験有 2 0 0 1 1

無 1 0 1 1 0

授業の時間はどうでしたか?評価 1:短い 2 3 4 5:長い度数 3 2 2 0 0

内訳

視力全盲 2 1 0 0 0

弱視 1 1 2 0 0

PC

経験有 2 1 1 0 0

無 1 1 1 0 0

KIROBO のプログラミングの先生になって他の人にも教えてみたいですか?

評価 1:いいえ 2 3 4 5:はい度数 1 1 0 0 5

内訳

視力全盲 1 0 0 0 2

弱視 0 1 0 0 3

PC

経験有 1 1 0 0 2

無 0 0 0 0 3

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電子情報通信学会論文誌 2015/1 Vol. J98–D No. 1

たいと思っている受講者が多かった• 授業を短いと感じた受講生が多かった

なお,全盲と弱視の受講者間に明確な違いは認められ

なかった.また,パソコンの使用経験によって,回答

結果に大きな違いはなかったと考えられる.

3. 2 実験 2:ワークショップにおける評価

3. 2. 1 目 的

前述の実験 1と同様,本教材の有効性の確認と課題

の抽出が目的であった.

3. 2. 2 方 法

授業は,前述の実験 1と同様の進め方で行った.受

講者は,男性 5名,女性 2名の中学生 7名(全盲 3名,

弱視 4名)であった.全員がパソコンを使用した経験

があり,3年から 10年の使用年数であった.パソコン

でのプログラミングの経験があるものは 2名であった.

授業後には,実験 1と同様の質問に加えて,「音声ガ

イドの必要性」,「ケーブルの着脱の容易さ」,「補助資

料(テンキー操作の一覧)の必要性」,「ロボットの動

作開始スイッチの押しやすさ」についても聞き取りを

行った.

3. 2. 3 結果と考察

表 4 に,聞き取り調査の結果を示す.これより以下

が読み取れる.• 受講者はロボットの動きをおおよそ確認できた• テンキーの配置についてはわかりやすく,キー

の数についても多いとは感じていない• プログラミングや授業の難易度については,受

講生によってばらついた• これからプログラミングの勉強をしたいと思っ

ている受講者が多かった• 他の人にも KIROBOのプログラミングを教え

たいと思っている受講者が多かった• 授業を短いと感じた受講生が多かった

以上より,実験 1と 2では,アンケートの項目や表

記に違いがあるものの,読み取れる結果は,ほぼ同様

であったと考えている.なお,対面式の聞き取りによ

るアンケート調査であったため,実験 1と 2における

アンケートの項目や表記の違いは,回答結果にほとん

ど影響がなかったと考えている.

次に,本実験のみの質問項目に着目する.音声ガイ

ドについては,良かったと回答する受講生が多く,特

に全盲の受講生は全員が 5(とても良かった)と回答し

ていた.また,補助資料(テンキー操作の一覧)につ

いても良くないと回答した人はおらず,邪魔にはなっ

表 4 実験 2 のアンケートの回答結果Table 4 Result of a questionaire in experiment 2.

質問 評価と度数

KIROBO の動きはどの程度確認できましたか?(1:全くできない—5:とてもできた)

評価 1 2 3 4 5

度数 0 0 0 1 6

内訳全盲 0 0 0 1 2

弱視 0 0 0 0 4

KIROBO は思ったとおりに動いてくれましたか?(1:全く動かない—5:とても動いた)

評価 1 2 3 4 5

度数 0 0 2 4 1

内訳全盲 0 0 0 2 1

弱視 0 0 2 2 0

テンキーの配置はわかりやすかったですか?(1:全く分からない—5:とてもわかりやすい)

評価 1 2 3 4 5

度数 0 0 0 4 3

内訳全盲 0 0 0 2 1

弱視 0 0 0 2 2

KIROBO のプログラミングはどうでしたか?(1:とても難しい—5:とても簡単)

評価 1 2 3 4 5

度数 2 2 0 2 1

内訳全盲 1 1 0 1 0

弱視 1 1 0 1 1

これからパソコンを使ってプログラミングの勉強をしてみたいですか?(1:全くしたくない—5:とてもしたい)

評価 1 2 3 4 5

度数 0 1 0 3 3

内訳全盲 0 0 0 2 1

弱視 0 1 0 1 2

これから KIROBO を使ってプログラミングの勉強をしてみたいですか?(1:全くしたくない—5:とてもしたい)

評価 1 2 3 4 5

度数 0 0 1 2 4

内訳全盲 0 0 1 1 1

弱視 0 0 0 1 3

授業はどんな感じでしたか?(n=6,欠損値あり)(1:とても難しい—5:とても易しい)

評価 1 2 3 4 5

度数 1 1 0 2 2

内訳全盲 0 1 0 0 1

弱視 1 0 0 2 1

授業の時間はどう感じましたか?(1:とても短い—5:とても長い)

評価 1 2 3 4 5

度数 3 3 0 0 1

内訳全盲 1 2 0 0 0

弱視 2 1 0 0 1

KIROBO のプログラミングの先生になって他の人にも教えてみたいですか? (1:全く教えたくない—5:とても教えたい)

評価 1 2 3 4 5

度数 0 0 3 4 0

内訳全盲 0 0 0 3 0

弱視 0 0 3 1 0

音声ガイドがあって良かったですか?(1:全く良くなかった—5:とても良かった)

評価 1 2 3 4 5

度数 0 1 1 1 4

内訳全盲 0 0 0 0 3

弱視 0 1 1 1 1

ケーブルをつけたり,外したりするのはどうでしたか?(1:とても難しい—5:とても簡単)

評価 1 2 3 4 5

度数 0 2 1 2 2

内訳全盲 0 2 0 0 1

弱視 0 0 1 2 1

KIROBO のスタートボタンの場所はどう感じましたか?(1:とても押しにくい—5:とても押しやすい)

評価 1 2 3 4 5

度数 0 2 1 0 4

内訳全盲 0 1 0 0 2

弱視 0 1 1 0 2

プログラミングをするときのボタンの数はどうでしたか?(1:とても少ない—5:とても多い)

評価 1 2 3 4 5

度数 1 2 4 0 0

内訳全盲 0 1 2 0 0

弱視 1 1 2 0 0

授業でテンキー操作の一覧があって良かったですか?(n=6,欠損値あり)(1:全く良くなかった—5:とても良かった)

評価 1 2 3 4 5

度数 0 0 3 1 2

内訳全盲 0 0 2 0 0

弱視 0 0 1 1 2

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論文/移動ロボットとテンキーパッドを利用する視覚障害のある児童生徒のためのプログラミング教材

ていないようであった.

USBケーブルの着脱については,難しいと感じた受

講生よりも,簡単と感じた受講生が多いように思われ

る.また,ロボットの動作開始ボタンについては,押

しやすいと回答した人が,押しにくいと回答した人よ

りも多かった.これらより,ロボットとプログラミン

グ環境を分離したことによって発生した手順について

は,学習上特に問題がないことが示唆された.

3. 3 総 合 考 察

本節では,前述の結果をふまえ,本教材を評価する.

a ) 初学者向けの教材として

受講者はプログラムの実行結果であるロボットの動

きを把握しながら,シラバスに記載された全ての演習

問題のプログラムを完成させていた.すなわち,90分

という短時間の間に,受講者は,逐次処理,繰り返し

処理,条件分岐というプログラミングの 3要素を学習

できており,プログラミングを通じてコンピュータの

動作原理を理解できたと考えられる.

また,授業内容の難しさは個々によって感じ方が違

うものの,今後プログラミングの勉強をしたいと回答

した受講者が多いこと,普段の 50分の授業よりも長い

時間,休憩なしで行った授業であったにもかかわらず,

授業時間を短いと感じた受講生が多いことから,学習

意欲や興味を引き出す効果があることが示唆された.

以上のことから,本教材は初学者向けの教材として

有効だと考えられる.なお,補助者がいない場合の影

響については,今後の課題であると考えている.

b ) 入力インタフェースと支援機能

本教材では入力インタフェースとして,テンキーパッ

ドを利用した.テンキーパッドでは利用できるキーの

数が限られるため,コンテクストによってキーの役割

を変えるという方式を採用したが,わかりやすかった

と回答した受講者が多く,初学者向けのプログラミン

グ入力インタフェースとして有効であることが示唆さ

れた.また,プログラム入力支援機能の一つである音

声ガイドについては,特に,全盲の受講者にとっては

役に立つものだったと考えられる.

なお,今回開発した教材では,コンテクストやテン

キーの状態を視覚障害のある学習者がどのように習得

したかは明らかではなかった.長いプログラムや熟考

の途中で,コンテクストの状態変化を忘れてしまう可

能性もある.今回の授業におけるプログラミングの最

終課題である「盲導犬ロボットの作成」においても,

プログラムは高々十行程度の短いものであった.その

ため,ロボットが動かない,プログラムの入力ミスが

あった,現在までに入力したプログラムがわからなく

なったといった場合には,プログラムを全て消去して,

最初から入力することが短時間でできていた.このこ

とが,入力しにくいという評価につながらなかった可

能性は考えられる.プログラミングの学習自体を主目

的とする場合には,更なる支援の仕組みが必要と考え

ている.

c ) ロボットとプログラミング環境の分離

本教材では,移動ロボットとプログラミング環境を

分離したため,ケーブルの着脱やロボットの動作時に

は別途開始ボタンを押すという一連の手順が必要で

あった.学習上の障害になる可能性も考えられたが,

受講者の多くにとっては大きな障害ではないことが示

唆された.一方,やや難しさを感じた受講生もいるた

め,誰もが学習できる初学者向けの教材としては,今

後改良を進める必要があると考えられる.

4. む す び

本論文では,視覚障害のある中高生でも容易にコン

ピュータのしくみが理解できることを目的として,開

発した移動ロボットとプログラミング環境からなる教

材とこれを用いた授業の結果を示し,教材の効果と課

題を示した.

今回の授業の受講者は,自由意思での参加であり学

習意欲の高い人が多かったと考えられる.このため,

教材やカリキュラムに含まれる不具合が,表出しな

かった可能性もある.今後も本教材を用いた授業を行

い効果を確認しながら,教材やシラバスの更なる改良

を進めたい.

謝辞 本研究は,立石科学技術振興財団の助成を受

け行った.移動ロボットのハードウェアについては,

イーケイジャパン社からの協力を得た.また,夏季授

業やワークショップの実施にあたっては,受講者や保

護者の皆様,福岡県立視覚特別支援学校や北九州視覚

特別支援学校をはじめとする関係者の皆様など,多く

の方に御協力頂いた.ここに記し改めて深く御礼申し

上げる.

文 献[1] 渡辺哲也,宮城愛美,南谷和範,長岡英司,“視覚障害者

のパソコン利用状況調査 2007,” 信学技報,WIT2008-2,

2008.

[2] 宮城愛美,渡辺哲也,南谷和範,長岡英司,“視覚障害者のインターネット利用状況調査 2007,”信学技報,WIT2008-3,

2008.

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電子情報通信学会論文誌 2015/1 Vol. J98–D No. 1

[3] 安浦寛人,“情報技術を社会常識にするためには,” 情報処理,vol.40, no.1, pp.47–49, 1999.

[4] 安浦寛人,“常識としての計算機教育,” 信学誌,vol.79,

no.9, pp.872–876, Sept. 1996.

[5] 久野 靖,“情報教育におけるプログラミング利用の可能性,” 情報処理,vol.48, no.6, pp.594–597, 2007.

[6] J. Steinmetz, “Computers and squeak as environ-

ments for learning,” Squeak: Open Personal Com-

puting and Multimedia, pp.453–482, 2001.

[7] 紅林秀治,兼宗 進,岡田雅美,佐藤和浩,久野 靖,“画面を飛び出したオブジェクト:自立型ロボットを活用した情報教育の提案,”情報教育シンポジウムシリーズ,vol.2002,

no.12, pp.77–84, 2002.

[8] 井戸坂幸男,兼宗 進,久野 靖,“中学校における自立型制御ロボット教材の評価と授業—新学習指導要領の「計測・制御」授業に向けて,” 情処学コンピュータと教育研報,vol.2010-CE-103, no.22, pp.1–7, 2010.

[9] 甲斐康司,木室義彦,坂口良文,安浦寛人,“情報社会に生きる小中学生のための計算機の動作原理の教育,” 情処学論,vol.43, no.4, pp.1121–1131, 2002.

[10] 長岡英司,“重度視覚障害者による Java プログラミングの可能性,” 筑波技術短期大学テクノレポート,vol.12,

pp.21–25, 2005.

[11] 駒田智彦,山口雄仁,川根 深,鈴木昌和,“音声インターフェースと触覚ディスプレーを組み合わせた視覚障害者の新たな科学情報利用環境,”信学技報,WIT2005-45, 2005.

[12] 金子 健,大内 進,岡本原正,“グラフィック出力に特化した点字プリンタの改良,” 第 31 回感覚代行シンポジウム,pp.101–105, 2005.

[13] 島田茂伸,篠原正美,清水 豊,下条 誠,“触覚 GUI装置の補正方法および触地図への応用,” 日本バーチャルリアリティ学会第 10 回記念大会論文抄録集,p.39, 2005

[14] 木室義彦,寺岡章人,家永貴史,八木博子,沖本誠司,“視覚障害のある中高生のためのロボットを用いたプログラミング教育,” 信学論(D),vol.J95-D, no.4, pp.940–947,

April 2012.

[15] 池谷尚剛,“すべての視覚障害児の学びを支える視覚障害教育の在り方に関する提言,” 視覚障害教育ブックレット,vol.15, pp.80–87, 2011.

(平成 26 年 2 月 28 日受付,7 月 7 日再受付)

家永 貴史 (正員)

2004 年九州大学大学院システム情報科学府博士後期課程修了.同年,(財)九州システム情報技術研究所(現九州先端研)研究員.2010年福岡工業大学助教.現在に至る.ICTと RTを活用する支援技術の研究に従事.電子情報通信学会,RSJ,VRSJ,

ITE,IEEE の各会員.博士(工学).

江頭 尚弥

2012 年福岡工業大学情報工学部情報システム工学科卒業.2014 年同大学院管理工学専攻修了見込み.ロボットシステムやナチュラルユーザインタフェースに興味がある.

寺岡 章人

1998 年九州芸術工科大学大学院博士後期課程修了.1999 年九州システム情報技術研究所(現九州先端研)特別研究員.現在に至る.マンマシンインタフェースの研究に従事.博士(芸術工学)

木室 義彦

1986 年九州大学大学院修士課程修了.同年同大学助手.1997 年同講師.1998 年(財)九州システム情報技術研究所研究員.2006 年同第 3 研究室長.2008 年(財)九州先端科学技術研究所生活支援情報技術研究室長.2010 年より福岡工業大学情報工

学部教授.現在に至る.ロボットシステム及びマンマシンインタフェースの研究に従事.情報処理学会,計測自動制御学会,日本ロボット学会の各会員.博士(工学).

山口 明宏 (正員)

1993 年九州工業大学大学院情報工学研究科修士課程修了.1996 年北海道大学大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学.同年北海道大学大学院工学研究科助手.2000 年福岡工業大学講師.2008 年同大学准教授,現在に至る.カオス理論の工学応

用の研究に従事.電子情報通信学会,情報処理学会,日本応用数理学会,日本ロボット学会,日本神経回路学会,日本物理学会,各会員.博士(理学)

沖本 誠司

1989 年広島大学学校教育学部盲学校教員養成課程卒業.1995 年から 2001 年福岡県立福岡盲学校.2004 年から福岡視覚特別支援学校教諭,現在に至る.視覚障害児に係る教育実践に従事.日本弱視教育研究会会員.

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