量子力学 II (’12年版 - Kobe Universitylim/kougi-note12-pdf/ryoriki-note6.pdf量子力学II...

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II (’12 ) ( テーマ ) 20 まれた「 学」 ある、 I学んだがこれを させて、 して を学 。  ( ) 1. 2. に依 3. 4. ユニタリー変 、対 5. に依 した 6. WKB 7. ( ) “Quantum Physics”(Second Edition) by S. Gasiorowicz, John Wiley and Sons, Inc.1996 :ガシオロ ィッツ  「 学  I, II, “Introduction to Quantum Mechanics” by David J. Griffiths, Prentice Hall Inc. I, II サイエンティフィック) ( 安)) テスト: テスト: 題レポート = 25:35:40

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量子力学 II (’12年版)

(授業のテーマと目標)

20世紀初頭に生まれた「現代物理学」である、量子力学の基礎は「量子力学 I」で学んだがこれを発展させて、主として量子力学の応用的な側面を学ぶ。 

(授業の内容と計画)

1. 電子と電磁場の相互作用2. 時間に依存しない摂動論 3. 本当の水素原子4. ユニタリー変換、対称性と保存則 5. 時間に依存した摂動論6. WKB 近似7. 散乱

(参考文献)

・“Quantum Physics”(Second Edition) by S. Gasiorowicz, John Wiley

and Sons, Inc.1996

邦訳:ガシオロウィッツ  「量子力学  I, II」, 林 武美、北門新作 共訳(丸善株式会社)・“Introduction to Quantum Mechanics” by David J. Griffiths, Prentice

Hall Inc.

・量子力学 I, II 猪木慶冶、川合 光 共著(講談社サイエンティフィック)

(成績評価(目安))

中間テスト: 期末テスト: 演習問題レポート = 25:35:40      

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第1章 電子と電磁場の相互作用

1.1 電磁場とスカラー・ベクトルポテンシャル、ゲージ対称性

 この章では電子が(電荷を持ったものなら例えば quark でも良いが)、

(外から与えられた)電場 ~E、磁場 ~B(外場という)中を運動する場合の物理現象(Landau レベル、Aharonov-Bohm (AB) 効果、Zeeman 効果、等)について議論する。実際には電子は電磁場から力を受けるだけでなく、相互作用(interaction) であるので、自分自身が電場、磁場を生成する。しかし、ここでは外場のほうがずっと強力で、こうした “反作用”

の効果は無視できるものとする。また、静電場中の電子の運動については既に水素原子の所で学んだので、ここでは主として磁場中の運動を議論する。尚、この講義では電磁気の単位系としてCGSガウス単位系を用いる。この単位系ではMKSA単位系とは異なり電場、磁場は同じ次元を持っており、従って相対論的な記述に適した単位系であると言える。古典電磁気学では、電場、磁場が表に現れ、それぞれのポテンシャルであるスカラーポテンシャル φ およびベクトルポテンシャル ~A,

~E = −1

c

∂ ~A

∂t− ~∇φ, (1.1)

~B = ~∇× ~A, (1.2)

は “裏方”である。しかしながら、量子力学では、ラグランジアン、ハミルトニアンといった解析力学的な物理量が基本的役割を果たすので、ポテンシャルがより基本的な物理量として登場する。例えば後述のAharonov-

Bohm (AB) 効果の場合には、磁場が存在しない領域を通過する電子に、ベクトルポテンシャルを通じて他の領域の磁場が影響を与えるが、これはスカラー・ベクトルポテンシャルがより基本的である、という事を示している。以下の議論で具体的にこれを見て行く。

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4 第 1章 電子と電磁場の相互作用

では、電磁場が決まった時に、スカラー・ベクトルポテンシャルは一意的に決まるであろうか?もちろん、ポテンシャルなので定数を加えても良いことは明らかだが、実はもっと大きな自由度(不定性)が存在することがわかる。つまり、一意的には決まらないのである。即ち、ポテンシャルを、一つの時間、空間座標に依存した関数 λ(t, ~r)

(の自由度)を用いて 

φ(t, ~r) → φ(t, ~r)′ = φ(t, ~r) +1

c

∂λ(t, ~r)

∂t, (1.3)

~A(t, ~r) → ~A(t, ~r)′ = ~A(t, ~r) − ~∇λ(t, ~r), (1.4)

と φ′, ~A′ に変換しても電磁場は不変である事が容易にわかる:  

~E = −1

c

∂ ~A′

∂t− ~∇φ′, (1.5)

~B = ~∇× ~A′. (1.6)

このような変換を(局所)ゲージ変換と言い、その下での不変性の事を、 「ゲージ不変性」、 or 「ゲージ対称性」  

という。

1.2 古典電磁気学における、電磁場中の電子 電磁場(外場)中の電子を古典物理学で考え、量子力学で重要となる

ハミルトニアンを導いてみよう。そのためにはラグランジアンが必要である。(解析力学の簡単な復習)  質量m の質点がポテンシャル V (x) の力を受け一次元的な運動をして

いるとする。この時のラグランジアンは 

L = T − V =m

2x2 − V (x). (1.7)

 これから x に共役な運動量は 

p =∂L

∂x= mx. (1.8)

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1.2. 古典電磁気学における、電磁場中の電子 5

これから、最小作用の原理に元ずく運動方程式(オイラー・ラグランジュ方程式)を導くと、 

d

dt

∂L

∂x− ∂L

∂x= 0

↔ dp

dt− ∂L

∂x= 0

↔ mx = −∂V

∂x(即ち F = ma). (1.9)

ハミルトニアンは、 

H = px − L = mx2 − L

=m

2x2 + V

=p2

2m+ V = T + V. (1.10)

同様に、電磁場中の電子のラグランジアンは、電子の質量をm、電荷を−e (e > 0) とすると 

L =m

2~r

2+ eφ − e~r

c· ~A. (1.11)

となる。(N.B.)

このラグランジアンが妥当であることの根拠を挙げるとすると以下の通りである: ・以下でみるようにこのラグランジアンから正しい運動方程式(ローレンツの力による運動を表す)が得られる。 ・荒っぽく言うと、電場からの力は静止した電荷が受け、磁場からの力(ローレンツ力)は運動する電荷が受ける。よって、磁場を生成する ~Aは電荷の速度ベクトル ~r に伴って現れるのは妥当である。・元々マクスウェルの理論は相対論と “相性が良い”(相対論でも変更されなかった)ので自然であるが、ポテンシャル・エネルギーに関係する項 eφ − e~r

c· ~A は次のように相対論的に(つまりローレンツ変換の下で不

変な形に)書くことが出来る:

−e

cuµ · Aµ, Aµ = (φ, ~A), uµ =

dxµ

dτ. (1.12)

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6 第 1章 電子と電磁場の相互作用

ここで、Aµ は φ と ~A を統一した4元の電磁ポテンシャル、また uµ は4元速度である。尚、ミンコフスキー空間の計量テンソルは

ηµν =

−1 0 0 0

0 1 0 0

0 0 1 0

0 0 0 1

(1.13)

としている。実際には電子は遅く(v = |~v| ¿ c)、電子の運動自身は非相対論的に扱うべきなので、dτ ' dt であり、uµ ' (c, ~v) (~v = ~r) とすると、(1.12) は近似的に eφ − e~r

c· ~A となる。 

(1.11)より共役運動量 ~p は 

~p =∂L

∂~r= m~r − e

c~A. (1.14)

と求まる。電子の位置ベクトル、運動量を~r = (r1, r2, r3) = (x, y, z), ~p =

(p1, p2, p3) = (px, py, pz)と表記する。すると運動方程式(オイラー・ラグランジュ方程式)は、ベクトルの成分を用いて表すと、 

d

dtpi −

∂L

∂ri

= mri −e

c(∂Ai

∂t+

∑j

∂Ai

∂rj

rj) − e∂φ

∂ri

+e

c

∑j

rj∂Aj

∂ri

= mri + e(− ∂φ

∂ri

− 1

c

∂Ai

∂t) +

e

c

∑j

(∂Aj

∂ri

− ∂Ai

∂rj

)rj = 0

↔ m~r = −e( ~E +1

c~v × ~B). (1.15)

ここで~vは速度ベクトル。また、∑

j(∂Aj

∂ri−∂Ai

∂rj)rj =

∑j,k εijkBkvj = (~v× ~B)i

の関係を用いた。尚、εijk (ε123 = 1, ε213 = −1, ε231 = 1, etc.) は3階の完全反対称テンソル(Levi-Civita テンソル)である。得られた (1.15)は確かにローレンツの力を受けて運動する電子の運動方程式である。このラグランジアンからハミルトニアンを求めると、  

H =∑

i

piri − L

=m

2~r

2 − eφ

=(~p + e

c~A)2

2m− eφ. (1.16)

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1.3. 電磁場中の電子に関するシュレディンガー方程式 7

となる。(1.16)の2行目においては、磁場の影響が消えていることに注意しよう。これは、磁場から受けるローレンツ力は電子に対し仕事をしない(速度と直交する)ので当然とも言える。しかし、3行目のように運動量を用いて書くと磁場 ( ~A) の効果が表れるのである。 このハミルトニアンは、電磁場が無い場合の外力を受けず “自由に”運動する自由粒子 (“free particle”)の場合のハミルトニアンH = ~p2

2mにおい

て次のような置き換えをすれば簡単に求められる事がわかる (Dirac の置き換え):  

H → H + eφ (1.17)

~p → ~p +e

c~A (1.18)

 あるいは、4元運動量 pµ = (Ec, ~p) を用いて相対論的に表すと(ハミル

トニアンH をエネルギーE と同定する)、 

pµ → pµ +e

cAµ (1.19)

という置き換えと見なすことが出来る。 

1.3 電磁場中の電子に関するシュレディンガー方程式

 前節で古典論のハミルトニアンが求まったので、あとは対応原理(オブザーバブルO に対して O は対応する演算子 (operator))を用いて  

E → E = ih∂

∂t, ~p → ~p = −ih~∇, (1.20)

あるいは相対論的に書くと

pµ → pµ = −ih∂

∂xµ(1.21)

という置き換えを行うことで容易に電磁場中の電子に関するシュレディンガー方程式が次のように求まる: 

ih∂ψ

∂t= 1

2m(−ih~∇ +

e

c~A)2 − eφψ. (1.22)

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8 第 1章 電子と電磁場の相互作用

¥古典論で見たゲージ対称性は、量子論ではどうなるであろうか?このため、シュレディンガー方程式においてポテンシャルをゲージ変換したもの,φ′, ~A′, に置き換えると、

ih∂ψ

∂t= 1

2m(−ih~∇ +

e

c~A′)2 − eφ′ψ

= 1

2m[−ih~∇ +

e

c( ~A − ~∇λ)]2 − e(φ +

1

c

∂λ

∂t)ψ. (1.23)

 となり、元のシュレディンガー方程式とは異なった方程式になってしまう。どうしたらゲージ不変性を保てるであろうか?古典論では電磁場の変換だけで上手く行っていた事を考えると、電子に関する物理量の期待値(これが古典物理の物理量に対応)を変えない様な変換、つまり波動関数ψ の絶対値を変えない位相変換を考えれば良さそうである。実際、 

ψ → ψ′ = ei eλhc ψ (1.24)

のように位相変換を行って、(1.23)においてψ の替わりにψ′ を代入してみると、 

∂t(ei eλ

hc ψ) = ei eλhc

∂ψ

∂t+

ie

hc

∂λ

∂tei eλ

hc ψ, (1.25)

等により、(1.23)に在った λ の(偏)微分を含む “余分な”項はきれいに消え、元のψに関するシュレディンガー方程式と同じ方程式が得られる。まとめると、波動関数に関する位相変換まで含むゲージ変換、

ψ → ψ′ = ei eλhc ψ,

φ → φ′ = φ +1

c

∂λ

∂t,

~A → ~A′ = ~A − ~∇λ, (1.26)

を行った後のシュレディンガー方程式は元のシュレディンガー方程式と完全に一致する。即ち、この量子力学的な電磁気の理論は(局所)ゲージ対称性を持つことがわかる。ところで、(1.19)式の置き換えは、量子力学では (1.21)の対応を用い

ると∂µ → Dµ ≡ ∂µ + i

e

hcAµ (1.27)

という置き換えと同等である。具体的には、この置き換えは

∂t→ Dt ≡

∂t− i

e

hφ (1.28)

~∇ → ~D ≡ ~∇ + ie

hc~A (1.29)

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1.3. 電磁場中の電子に関するシュレディンガー方程式 9

という置き換えである。即ちシュレディンガー方程式は 

ihDtψ = − h2

2m~D2ψ, (1.30)

のようにコンパクトに書き直せる。(1.27)のように定義されるD 微分を“共変微分”という。即ち、ゲージ対称性は普通の微分を共変微分に置き換える事で実現される。ゲージ変換 (1.26) は、共変微分Dtψ, ~Dψ が共変的に、即ち ψ そのもののゲージ変換(位相変換)と同じように変換すること: 

Dtψ → D′tψ

′ = ei eλhc (Dtψ), ~Dψ → ~D′ψ′ = ei eλ

hc ( ~Dψ)  (1.31)

と同等である。即ち、(1.30)はゲージ変換の下で、左右両辺が共に単なる位相変換をし ei eλ

hc ihDtψ = −ei eλhc

h2

2m~D2ψ となるだけなので、位相因子を

消去すると元の方程式 (1.30)と同等になる。こうして、(偏)微分を共変微分に置き換えればを自動的にゲージ対称性をもったシュレディンガー方程式が得られることになる。上の議論では電磁場のゲージ変換がまず与えられ、その後に波動関数

ψに関するゲージ変換を導入したが、ここで見方を逆にして考えてみよう。つまり、まず波動関数 ψ に関するゲージ変換が与えられたとし、このゲージ変換を2種類に分けて考える: (大局的ゲージ変換 (global gauge transformation))ゲージ変換のパラメーター λ が時刻、位置座標に依らない定数の時である。この時、自由粒子 (φ = 0, ~A = ~0)の場合のシュレディンガー方程式において ψを ψ′ = ei eλ

hc ψ と置き換えても λの偏微分を伴う余分な項は現れず、方程式の左右両辺は単なる位相変換になるので、シュレディンガー方程式は変換の下で不変になる。つまり電磁場の4元ポテンシャルの導入は必要でなく、従って電子の電磁相互作用は現れない。別の見方をすると、この場合には (1.26)から λ は定数なので、φ′ = φ, ~A′ = ~A となり、φ = 0, ~A = ~0 と固定してもゲージ不変性と抵触しない。こうして4元ポテンシャルは必要ないことになる。  (局所的ゲージ変換 (local gauge transformation))ゲージ変換のパラメーター λ が時刻、位置座標に依る場合である。この場合にはψ′ の微分から λの微分を伴う余分な項が現れ、これを打ち消すために4元ポテンシャル Aµの導入が必要となる。実際、この場合には(1.26)より、φ′ 6= φ, ~A′ 6= ~A なので、もはや φ = 0, ~A = ~0 と固定するこ

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10 第 1章 電子と電磁場の相互作用

図 1.1: 電磁相互作用の例 

とは正当化できす、ポテンシャル、従って電磁相互作用が必然的に導入されることになるのである。(余談) 上の議論から示唆される事であるが、素粒子理論では、重

力相互作用を除く素粒子の3つの相互作用である電磁相互作用、強い相互作用、弱い相互作用はいずれも局所ゲージ対称性の帰結として必然的に得られる。即ち、局所ゲージ対称性を課すことで、4元ポテンシャルの場(ゲージ場)、それを量子化して得られる粒子(ゲージボソン、光子のような)、ゲージボソンによって媒介される素粒子間の相互作用(電磁相互作用のような)が必然的に生まれる。こうして局所ゲージ対称性という「原理」を課すことで相互作用が得られることになるが、この原理を「ゲージ原理」という。残る重力相互作用に関しては一般座標変換の下での不変性から相互作用が生じるが、一般座標変換不変性も局所的対称性であることに変わりはないので、ゲージ原理と似たような原理で相互作用が生じているとみなすことも出来る(実際、一般相対性理論でも共変微分の概念が登場する)。例えば図 1.1では電磁相互作用による過程の例を “ファインマン図”を用いて表している。電子の運動方向が変わることで加速度が生じ、それによって電磁波、即ち光子が電子から放出され、それを u, d といったクォークが吸収し、それによって電磁気的な力を受ける、という状況が視覚的に表されている。 

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1.4. Landau レベル(一定磁場中の電子の運動) 11

図 1.2: 磁場から受けるローレンツ力による電子の円運動 

1.4 Landau レベル(一定磁場中の電子の運動) 時間に依らない(静的、static)一様な磁場中の電子の運動を考える。この場合、電子のエネルギーは量子化される事がわかる。こうしたエネルギーレベルを「Landau レベル」 という。エネルギーの量子化の理由は直感的に理解できる。例えば z 軸の方向に定磁場をかけると、まず古典的に考えると x− y 平面 (z = 0) 内でローレンツ力によって円運動する。つまり電子は「束縛状態」となる(図 1.2

参照)。量子論では束縛状態のエネルギーは量子化されるのである。前期量子論的扱い ちゃんとした量子論の解析の前に、「前期量子論」的に、ボーア・ゾンマーフェルトの量子化条件を用いてエネルギーレベルを求めてみる。簡単のために z 軸方向に強さB の磁場がかかっているとする:~B = (0, 0, B)。電場は無視する:~E = ~0。従って φ = 0 とし、ベクトル・ポテンシャル ~A

のみ存在すると考える。電子は x − y 平面内で等速円運動するものとする(螺旋運動はしない)。古典の運動方程式から、円運動の半径を r、速

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12 第 1章 電子と電磁場の相互作用

さを v とすると、  

Be

cv = m

v2

r. 即ち B

e

c= m

v

r. (1.32)

ボーア・ゾンマーフェルトの量子化条件(角運動量が hの整数倍)は  

rp = nh (n = 0, 1, 2, ...). (1.33)

ただし、共役な運動量は ~p = m~v − ec~A であり、単なるm~v でない事に注

意。ここでベクトルポテンシャルはゲージ変換の自由度のため一意的には決まらないが、ここでは ~A = −1

2~r × ~B と採る。 

(N.B.)~A = −1

2~r× ~B のベクトル・ポテンシャルから正しく磁場 ~Bが生成され

ることを示すことにしよう。Levi-Civita テンソル εijkを用い、また、相対性理論におけるアインシュタインの記法にならい「重複して現れる添え字に関しては 1から 3までの和をとる」という約束にすると

~∇× (~r × ~B)i = εijk∇j(~r × ~B)k

= εijkεklm(∇jrl)Bm = εijkεklmδjlBm

= −εjkiεjkmBm = −2δimBm = −2Bi (1.34)

が言える。ここで εjkiεjkm = 2δim という便利で良く出てくる関係式を用いた。つまり ~∇× (~r× ~B) = −2 ~B が言え、従って ~A = −1

2~r× ~Bとすると

~∇× ~A = ~B (1.35)

となり、正しく磁場(磁束密度) ~Bが生成されることが分かる。 さてこの時、図 1.2 より ~A は速度と同じ方向を向き、その大きさは

| ~A| =  12rB = cmv

2e. ここで(1.32)を用いた。よって、p = |~p| = mv −

ec| ~A| = mv − 1

2mv = 1

2mv。この式と (1.32) から得られる r = cmv

Beを

(1.33) に代入すると、 

v2 = n2hBe

cm2(1.36)

これから、電子のエネルギーは (1.16) より (φ = 0 なので)

En =m

2v2 = n(

hBe

mc) = nhω, (1.37)

と量子化される事がわかる。ただし、

ω ≡ Be

mc(1.38)

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1.4. Landau レベル(一定磁場中の電子の運動) 13

は、(1.32) より vr即ち、ちょうど古典論での円運動の角速度 ω(サイク

ロトロン振動数)と一致する。この結果はこれからきちんと求める結果と “ゼロ点振動” の部分を除き正確に一致している。また、エネルギーレベルが等間隔に並ぶ事は、この力学系が「調和振動子」と同等とみなせる事を示唆するが、この類推が正しい事は以下の議論で確かめられる。きちんとした量子化  つぎに、きちんとした量子論に基づいて Landau レベルを求めてみよう。簡単のために z 軸方向に強さB の磁場がかかり ( ~B = (0, 0, B))、電場は存在しない(φ = 0)とする。ゲージ変換の自由度のために、この磁場を再現するベクトルポテンシャルは一意的でないが、ここでは(調和振動子との対応が見やすい)次のような選択をする:  

~A = (0, Bx, 0) (1.39)

これは、 ~A = −12~r × ~B = (−By

2, Bx

2, 0) とは、ゲージ変換で結びついてい

ることが分かる。この場合のシュレンディンガー方程式は(1.22)式より、

ih∂ψ

∂t=

1

2m−h2(

∂2

∂x2+

∂2

∂z2) − h2(

∂y+ i

eB

hcx)2ψ. (1.40)

ここでハミルトニアンH は座標 y.z を含んでいないので明らかに 

[H, py] = [H, pz] = 0 ただし [H, px] 6= 0. (1.41)

よって、H, py, pz の同時固有状態、即ちエネルギー、py, pZ の確定した状態が可能である。そこで波動関数を  

ψ = e−i Eh

teikyu(x) (1.42)

のような変数分離した形に書こう。簡単のため z 軸方向の運動量は 0 (螺旋運動をしない)とした。すると、u(x) に関する時間に依らないシュレンディンガー方程式は、 

− h2

2m

d2

dx2+

1

2(e2B2

mc2)(x +

hck

eB)2u(x) = Eu(x), (1.43)

となる。ここで、

x0 =hck

eB, x′ = x + x0, ω =

eB

mc, (1.44)

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14 第 1章 電子と電磁場の相互作用

 とおけば、上の方程式は ( ddx′ = d

dxより) 

− h2

2m

d2

dx′2 +1

2mω2x′2u′(x′) = Eu′(x′), (1.45)

となり、角振動数が ω で、振動の中心が x = −x0 (x′ = 0) の単振動のハミルトニアンと完全に一致する。よって、エネルギー固有値は 

En = hω(n +1

2) (n = 0, 1, 2...), (1.46)

となる。これはゼロ点振動 12hω を除き前期量子論的結果 (1.37)と一致す

る。 また、エネルギーレベル n に対応する固有関数は 

ei(eBx0

hc)yun(x + x0), (1.47)

ここで un は振動の中心が原点の場合のエネルギー固有関数。 

1.5 Aharonov-Bohm 効果今まで見てきたように、量子力学においては電場、磁場 ~E, ~B よりポ

テンシャル φ, ~A の方がより基本的な役割を果たすように見える。実際シュレディンガー方程式にはポテンシャルが現れる(これに対し、古典物理の運動方程式では、ローレンツ力は電磁場で表されポテンシャルは現れない)。ポテンシャルが本質的な役割を果たすことを示す典型的な例としてAharonov-Bohm 効果を考える。これは、ある部分に磁場が存在する時に、磁場が存在しない領域を通

過する電子(荷電粒子)に、この磁場の影響が現れる、というもので、古典物理学ではあり得ない事である。それは、磁場が存在しない所でもベクトルポテンシャル ~A がゼロ(ベクトル)とはならない事による。 磁場が全く存在しない場合空間の全ての領域で

~B = ~∇× ~A = ~0 (1.48)

の場合をまず考える。磁場が全く存在しないのだから ~A = ~0 とする事が可能であり、また最も自然である。しかし、(1.48) の条件 ~∇× ~A = ~0 を満たす限り ~A はゼロベクトルであ

る必要はない。実際、この条件は力学で言えば ~A を力のベクトルと見な

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1.5. Aharonov-Bohm 効果 15

せば「保存力」の条件と同じであり、保存力はいくらでも存在するので~A を自由に選ぶ事が出来る。ちょうど保存力 ~F の場合にその位置エネルギー U が存在し ~F = −grad U = −~∇U と書けるのと同様に、

~A = −~∇λ, (1.49)

となるλが存在する。この時 ~∇× ~∇ = ~0より (1.48)が明らかに成立する。力学で位置エネルギーが力の線積分(微小仕事の和)でU(~r) = −

∫ ~r~r0

~F ·d~r(~r0, ~r は線積分の始点と終点の位置ベクトル) と書けるように、λ も 

λ(~r) = −∫ ~r

~r0

~A · d~r, (1.50)

と具体的に決めることが出来る。(1.49) は ~A がベクトルポテンシャルがゼロの状態からゲージパラメーター λ のゲージ変換を行ったものと考えられる、という事を意味している。ゲージ変換しても “物理は不変”であるから、ベクトルポテンシャルが存在しない場合と物理的に同じ (純粋にゲージの自由度、という意味で “pure gauge” という)と考えられる。実際、この λ を用いた次のゲージ変換でベルトルポテンシャルを消し去る事が出来る: 

~A → ~A′ = ~A − ~∇(−λ) = ~0. (1.51)

 このゲージ変換は波動関数に関しては 

ψ → ψ′ = eie(−λ)

hc ψ = ei ehc

∫ ~r

~r0

~A·d~rψ (1.52)

となるので、ψ′ に関するシュレディンガー方程式ではベルトルポテンシャルが完全に消去される事が期待される。実際、ψ が ~A のある時の (φ = 0)

シュレディンガー方程式を満たす、 

ih∂ψ

∂t= − h2

2m(~∇ + i

e

hc~A)2ψ, (1.53)

とする時、

ψ = e−i e

hc

∫ ~r

~r0

~Ad~rψ′ (1.54)

をこれに代入するとψ′ はベクトルポテンシャルの無い時のシュレディンガー方程式を満たすことがわかる: 

ih∂ψ′

∂t= − h2

2m~∇2ψ′. (1.55)

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16 第 1章 電子と電磁場の相互作用

図 1.3: 二つの経路C1, C2 にそった線積分 

ここで、~∇(∫ ~r~r0

~A · d~r) = ~A を用いた。こうしてベクトルポテンシャルの効果は、(局所)ゲージ変換によって完全に消し去る事が出来る。 ところで、(1.50)のようにλを一意的に定義できるのは、~B = ∇× ~A = ~0

のために、この線積分が~r0 から~r を結ぶ経路に依らないからである。ちょうど、保存力の場合に、力のする仕事は移動経路に依らず、そのためにポテンシャルエネルギーを一意的に定義出来るのと同じ理由である。例えば、図 1.3の二つの経路C1, C2 にそった ~A の線積分を考える。ふたつの線積分の差を考えると、「ストークスの定理」より ∫

C1

~A · d~r −∫

C2

~A · d~r =∮

~A · d~r

=∫

S(~∇× ~A) · d~S =

∫S

~B · d~S = Φ = 0 (1.56)

なので、二つの経路の線積分は等しく経路のとり方に依らない事がわかる。ここで、

∮は C1 および C2 (の逆向き)に沿った一周積分、

∫S は

これらの経路で囲まれた面上での面積分、Φ はこの面を貫く磁束を表す。しかしながら、C1, C2 で囲まれる領域の間に磁場が存在する場合には

経路上に磁場が存在しなくとも λを一意的に定義することは出来ないため、 ~A を−λのパラメターによるゲージ変換で消し去ることは出来ない。つまり、 ~A は “pure gauge” ではなく、何らかの物理的な効果を与える事が予想される。こうした効果として有名なものがAharanov-Bohm(AB)

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1.5. Aharonov-Bohm 効果 17

図 1.4: 円筒状のソレノイドにより生じる紙面に垂直な磁場 

効果に他ならない。磁場が存在しない領域が非単連結空間の時 

AB 効果について考えるために、無限に長い円筒状のソレノイドにより、図 1.4のように一部の(円筒状の)領域にのみ磁場が存在する場合を考えよう。ここで磁場は紙面に垂直にかかっているものとする。ここで大切なことは磁場の存在しない領域が 「非単連結空間」であることである。実際、もしも円筒部分以外の場所で円を(紙面上で)考えると、この円に沿った ~Aの一周線積分は、ストークスの定理より、より小さな半径の円にそった線積分に、積分値を変えずに変更することが出来、最後には円が一点に収縮して線積分は明らかにゼロとなる。しかし、磁場の存在する円筒部分を囲むような円を考えると、今度は磁場の存在しない空間が単連結でないために、この円を縮めて一点に持って行くことは出来ない。このため、磁場を含む閉じた経路に沿った ~A の一周線積分(図 1.5参照)はゼロとならず、上で議論したように紙面を貫く磁束Φ を表すことになる。即ち、磁束の無い領域でも ~A = ~0 と置くことは出来ず、磁場の傍らを通過する電子にも ~A を通じて何らかの影響が及ぶ事が予想される。 

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18 第 1章 電子と電磁場の相互作用

図 1.5: 円筒上の磁場を囲む円に沿ったべクトルポテンシャルの一周線積分 

実際、一周線積分がゼロとならない事から、磁束を挟んだふたつの異なった経路にそって電子が伝播する時の波動関数に付く ~Aの線積分による位相因子が経路によって異なるはずである。この効果がまさにAharonov-

Bohm 効果である。Aharonov-Bohm 効果 図 1.6のような、二重スリット S1, S2による電子線の干渉実験を考え

る。ここで、スリットの陰になる部分にソレノイドによる磁場がかかっていると考える。AB 効果とは、磁場が存在する時としない時で、スクリーン上の電子の波動関数の干渉模様に差が生じる、というものである。 スリット S1, S2 のそれぞれを通ってスクリーンに到達する二つ経路

C1, C2 にそって電子が運動する場合のスクリーン上での電子の波動関数を ψ1(~r), ψ2(~r) とすると、それぞれの経路を含み磁場のある領域を含まぬ領域では磁場は存在しないので ~Aの線積分を経路に依らず一意的に決めることが出来る。すると、(1.54) の結果を用いると、ψ1(~r), ψ2(~r) は ~A

がゼロの時の波動関数 ψ01(~r), ψ0

2(~r) を用いて

ψ1,2(~r) = e−i e

hc

∫C1,2

~A·d~rψ0

1,2(~r) (1.57)

の様に表すことが出来る。「重ね合わせの原理」より、実際の波動関数は

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1.5. Aharonov-Bohm 効果 19

図 1.6: 二重スリット S1, S2による電子線の干渉実験 

これらの和であり

ψ(~r) = e−i e

hc

∫C1

~A·d~rψ0

1(~r) + e−i e

hc

∫C2

~A·d~rψ0

2(~r)

= e−i e

hc

∫C1

~A·d~rψ01(~r) + ei e

hc

∮~A·d~rψ0

2(~r)

= e−i e

hc

∫C1

~A·d~rψ01(~r) + ei e

hcΦψ0

2(~r) (1.58)

となる。すると、スクリーン上での電子の存在確率は 

|ψ(~r)|2 = |ψ01(~r)|2 + |ψ0

2(~r)|2 + 2Re(ψ01(~r)

∗ψ02(~r)e

i ehc

Φ) (1.59)

となり、磁束Φ が存在する場合と存在しない場合で、明らかにスクリーン上の干渉模様が変化する事がわかる。 こうした干渉模様の変化は、実験的に確かめられている。

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21

第2章 時間に依存しない摂動論

2.1 摂動論の必要性  現実的な力学系では、波動方程式の解が exactに求まる例は少ない。そこで何らかの方法で近似的に解くことが大変重要となる。 

(時間に依らない摂動論) 水素原子、調和振動子の時のような「束縛状態」の解析には、「時間に依らないシュレディンガー(波動)方程式」を用いる。この時、水素原子に弱い磁場(外場)をかける、といった事によってハミルトニアンが少しだけ変更された(ハミルトニアンが摂動を受けた、と言う)とする: 

H = H0 + H ′ (2.1)

ここで、H0 は摂動を受ける前のハミルトニアン(例えば外磁場の無い時の水素原子のハミルトニアン)で、対応する波動方程式が正確に解けるものであり、一方H ′ は受けた摂動を表す項で、摂動の入ったハミルトニアンH による波動方程式 

Hψ = Eψ (2.2)

は exact に解けないとする。「摂動」の意味は、H ′ が H0 に比べて十分に“小さい” と見なせる、という事。演算子の大きさを比べるというのは意味があまりはっきりしない(二つの行列の大きさを比べる、というのと同じ)が下で明確な解析方法を述べる。この時、H の固有関数と固有値(エネルギー固有値、エネルギーレベル)もH0 のみの時に比べ、どちらも少しだけ変化するはずである。このズレを近似的に求める、というのが摂動論の目的。ちょうど、x が x + δx のように微小量 δx だけ変化すると関数

√x が 

√x + δx = 1 +

1

2δx − 1

8(δx)2 + . . . (2.3)

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22 第 2章 時間に依存しない摂動論

のように変化し、関数値のずれが微小量 δx の1次、2次、... の項の和(power series) に級数展開できるように、例えばエネルギー固有値もH ′

の “効果”(その行列要素)の1次、2次、...というように級数展開できるとして、1次、2次の項を順次、必要な精度に応じて求める、という事を考える。 こうした摂動論を「時間に依らない摂動論」とよぶ。これに対して散

乱のように(定常状態でなく)摂動と見なせる力(相互作用)によって状態が時間的に変化する場合の摂動論を「時間による摂動論」とよび、別の議論が必要である。

2.2 線形代数における摂動論  ψ, H は(無限次元の)ベクトル、行列で表せるので、量子力学の議論

に行く前に、これらを簡単な2成分のベクトルおよび 2 × 2 の行列に置き換えて摂動論の手法を議論しよう。シュレディンガー方程式を想定して、次の方程式を考える。 

H ~ψ = E ~ψ, H = H0 + H ′ (2.4)

ここで、~ψ は2成分の縦ベクトル、

H0 =

(E1 0

0 E2

), H ′ =

(ε1 ε∗3ε3 ε2

), (E1,2, ε1,2 :実数)  (2.5)

で、エルミート行列であるH ′ の各要素はH0 の成分 E1,2 に比べ十分に小さな量だとする: ε1,2, |ε3| ¿ E1,2. H0 は対角行列である必要なないが、エルミート行列は常に適当なユニタリー変換で「対角化」出来るので、一般性を失う事無く、この表式から出発できる。なお、H ′ = 0の時のH0

~ψ = E ~ψ の固有値は明らかに E1, E2であり、それぞれに対応する固有ベクトル(大きさを 1に “規格化”した)は

~ψ1 =

(1

0

), ~ψ2 =

(0

1

),

である。まずH の固有値(“エネルギー固有値”)を近似的に求めよう。固有値

はH ′ の要素の影響で ε1,2,3 のベキ級数(power series)の形で E1,2 から

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2.2. 線形代数における摂動論 23

ずれるはず。例として、エネルギー固有値を、O(ε) までの精度で(O(ε2)

以上の高次の微小量を無視して)求めよう。即ち、行列 H の固有値を求める。エネルギー固有値をE とすると、固有値方程式は 

det

(E1 + ε1 − E ε∗3

ε3 E2 + ε2 − E

)= 0

↔ (E1 + ε1 − E)(E2 + ε2 − E) − |ε3|2 = 0. (2.6)

固有値E がE1 から少しだけ (ε) ズレるとする:E = E1 + ε. O(ε2) 以上の高次の微小量を無視すると、固有値方程式から 

(ε1 − ε)(E2 − E1) ' 0. (2.7)

ここでエネルギー固有値に縮退がない 

E1 6= E2 (2.8)

とすると、ε = ε1. (2.9)

となる。同様に、もう一つの固有値の E2 からのズレは ε2 となる。即ちO(ε) ではエネルギー固有値は単にH ′ の対角成分だけズレる事がわかる。ズレをブラケット記法で書くと、~ψ1, ~ψ2を |1〉, |2〉 として 

〈1|H ′|1〉, 〈2|H ′|2〉 (2.10)

となる。この結果は後述の量子力学の結果と一致する。(N.B.)例えば、

〈1|H ′|1〉 = ~ψ†1H

′ ~ψ1 = ( 1 0 ) H ′(

1

0

)= ε1

である。 次にE1 + ε1 に対応する固有ベクトルを (1, ε) と置く。固有ベクトルの大きさは決まらないので、ひとつの要素を 1 とすることが出来る。規格化もすべきであるが、O(ε)では、このベクトルは既に規格化されている、と考えてよい。固有値方程式より (

0 ε∗3ε3 E2 − E1 + ε2 − ε1

) (1

ε

)=

(0

0

). (2.11)

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24 第 2章 時間に依存しない摂動論

これから ε∗3ε = 0, ε3 + (E2 − E1 + ε2 − ε1)ε = 0 が得られる。前者は、O(ε) では 0 = 0 で自明になってしまう、後者から

ε =ε3

E1 − E2

=〈2|H ′|1〉E1 − E2

. (2.12)

この結果は以下に論じる量子力学の結果とぴったり一致している。上の結果で、E1 = E2 即ち縮退がある時には、エネルギー固有値やそ

の固有ベクトルを決定する式は singularity を持ってしまい、これらを決める事が出来ない。別個の議論が必要となる。

2.3 縮退が無い時の摂動論  基本的には、線形代数で行った議論と同じものを、波動関数(ブラ・ケッ

ト)と演算子を用いて行う。線形代数の時には ε1,2,3, ε, ε の1次の項, O(ε) まで議論したが、微小

量 ε は複数あるので、O(ε)、 O(ε2) 等を分かりやすくするために、すべての微小量 ε に係数 λ を付ける。例えば λ2 の項は O(ε2) (“摂動の 2次のオーダー”と言ったりする)を表す事になる。そして最後に λ = 1 とすれば良い。この方針に従って、エネルギー固有値、固有関数を λ のベキ級数 (power series) の形で以下具体的に求める。 まずハミルトニアンは 

H = H0 + λH ′ (2.13)

と書ける。ここで、摂動のないときのハミルトニアンH0 によるシュレディンガー方程式は容易に解けて、H0 の固有関数 |n〉 (n = 1, 2, . . .) とその固有値En は分かっているものとする:

H0|n〉 = En|n〉. (2.14)

解くべきシュレディンガー方程式は 

H|ψ〉 = W |ψ〉, (W :エネルギー固有値).  (2.15)

|ψ〉 とW を λ のベキ級数に展開する: 

|ψ〉 = |ψ0〉 + λ|ψ1〉 + λ2|ψ2〉 + . . . (2.16)

W = W0 + λW1 + λ2W2 + . . . . (2.17)

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2.3. 縮退が無い時の摂動論 25

(2.15) にこれらを代入し、λ の各次数について方程式を書き下すと 

λ0 : (H0 − W0)|ψ0〉 = 0 (2.18)

λ1 : (H0 − W0)|ψ1〉 = (W1 − H ′)|ψ0〉 (2.19)

λ2 : (H0 − W0)|ψ2〉 = (W1 − H ′)|ψ1〉 + W2|ψ0〉 (2.20)

λ3 : (H0 − W0)|ψ3〉 = (W1 − H ′)|ψ2〉 + W2|ψ1〉 + W3|ψ0〉 (2.21)... (2.22)

という、順次 |ψ0〉 → |ψ1〉 → |ψ2〉 と求めるための “漸化式”が得られる。 まず一番上の式は摂動が無い時のシュレディンガー方程式に他ならないので、その解を 

|ψ0〉 = |n〉, W0 = En (2.23)

ととり、En および |n〉 の摂動による変化を計算する事にする。(N.B.)

|ψs〉 (s ≥ 1) は一意的に決められないことが分かる。何故ならば、|ψs〉が漸化式の解ならば、これに |ψ0〉 の定数倍を加えたものも又解となる。それは (H0 −W0)|ψ0〉 = 0 という性質のためである。しかし、線形代数の時に行ったように、固有ベクトルは各成分の比のみが決まるので |ψ〉 を∑

k ak|k〉 の様に(完全)規格直交系を用いて展開した時の |n〉 の係数を 1

とおくことにする。そして最終的にベクトルの規格化を考えれば |ψs〉 の係数が決定される。そこで、ここでは 

〈ψ0|ψs〉 = 0 (s ≥ 1), (2.24)

即ち、|ψs〉 は |ψ0〉 = |n〉 と直交すると仮定する。上の漸化式の左から 〈ψ0| をかけて内積をとると、〈ψ0|(H0 − W0) = 0

を用いると左辺はいずれも 0 となる。また (2.24) を用いると、右辺より   

−〈ψ0|H ′|ψs−1〉 + Ws〈ψ0|ψ0〉 = 0. (2.25)

よって、

Ws =〈ψ0|H ′|ψs−1〉

〈ψ0|ψ0〉= 〈n|H ′|ψs−1〉. (2.26)

(1次の摂動) (2.26) で s = 1 とすると、|ψ0〉 = |n〉 なので

W1 = 〈n|H ′|n〉, (2.27)

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26 第 2章 時間に依存しない摂動論

という摂動の1次のオーダーでのエネルギーのズレの表式が得られる。これは (2.10) と同じものである。次に、1次のオーダーでの固有関数のズレ |ψ1〉 を求める。

|ψ1〉 =∑k 6=n

a(1)k |k〉 ((2.24) → a(1)

n = 0) (2.28)

と規格直交系 |k〉 を用いて展開する。漸化式の2番目の式に代入すると∑k 6=n

a(1)k (Ek − En)|k〉 = (W1 − H ′)|n〉. (2.29)

これに左から 〈m| (m 6= n) をかけ内積をとると、〈m|k〉 = δmk より

a(1)m (Em − En) = −〈m|H ′|n〉. (2.30)

よって 

a(1)m = −〈m|H ′|n〉

Em − En

(m 6= n) (2.31)

と求まる。この結果は (2.12) と一致する。(2次の摂動)

(2.26) で s = 2 とすると

W2 = 〈n|H ′|ψ1〉 =∑m6=n

a(1)m 〈n|H ′|m〉 = −

∑m6=n

〈m|H ′|n〉〈n|H ′|m〉Em − En

= −∑m6=n

|〈m|H ′|n〉|2

Em − En

. (2.32)

固有関数の2次のずれ ψ2 を求めるため規格直交系で展開する:|ψ2〉 =

∑k 6=n a

(2)k |k〉. 漸化式の3番目の式 (2.20)に代入すると、∑

k 6=n

a(2)k (Ek − En)|k〉 =

∑k 6=n

a(1)k (W1 − H ′)|k〉 + W2|n〉. (2.33)

W1, a(1)k に上の結果を代入し、〈m| (m 6= n) をかけて内積をとると、

a(2)m = −〈m|H ′|n〉〈n|H ′|n〉

(Em − En)2+

∑k 6=n

〈m|H ′|k〉〈k|H ′|n〉(Em − En)(Ek − En)

(m 6= n), (2.34)

と求まる。(N.B.)

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2.4. 簡単な例 27

こうして2次のオーダーまで求めた |ψ〉 = |ψ0〉+λ|ψ1〉+λ2|ψ2〉 は 1 に規格化されていない。そこで、

〈ψ|ψ〉 ' 1 + λ2〈ψ1|ψ1〉 = 1 + λ2∑m 6=n

|a(1)m |2 = 1 + λ2

∑m6=n

|〈m|H ′|n〉|2

(Em − En)2

(2.35)

の平方根で ψ を割る必要がある。ただし、1次のオーダーでは、この規格化は必要ない事が分かる。 2次のオーダーまでのまとめ

λ = 1 と置き、摂動の2次のオーダーまでの結果をまとめると、

W = W0 + W1 + W2 = En + 〈n|H ′|n〉 −∑m6=n

|〈m|H ′|n〉|2

Em − En

, (2.36)

|ψ〉 = (1 +∑m6=n

|〈m|H ′|n〉|2

(Em − En)2)−

12|n〉 +

∑m6=n

[−〈m|H ′|n〉Em − En

(1 +〈n|H ′|n〉Em − En

)

+∑k 6=n

〈m|H ′|k〉〈k|H ′|n〉(Em − En)(Ek − En)

]|m〉

= (1 − 1

2

∑m6=n

|〈m|H ′|n〉|2

(Em − En)2)|n〉 +

∑m6=n

[−〈m|H ′|n〉Em − En

(1 +〈n|H ′|n〉Em − En

)

+∑k 6=n

〈m|H ′|k〉〈k|H ′|n〉(Em − En)(Ek − En)

]|m〉. (2.37)

2.4 簡単な例   (1次元の)調和振動子に、同じ型のポテンシャルエネルギーを摂動として加える: 

H0 =p2

2m+

1

2kx2, H ′ =

1

2∆kx2, (|∆k| ¿ k). (2.38)

摂動の無い時のエネルギー固有値は

En = (n +1

2)hω, (ω =

√k

m). (2.39)

 摂動の1次のオーダーでのエネルギー固有値の En からのズレを計算するには、 

〈n|x2|n〉 (2.40)

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28 第 2章 時間に依存しない摂動論

が必要。ここで x =√

h2mω

(a + a†) を用いると、N = a†a (数演算子)として 

〈n|x2|n〉 =h

2mω〈n|aa† + a†a|n〉 =

h

mω〈n|N +

1

2|n〉

=h

mω(n +

1

2) =

k(n +

1

2) =

En

k, (2.41)

ここで、mω2 = k を用いた。この結果は 〈n|12kx2|n〉 = En

2、即ちビリア

ル定理の帰結と同じ内容である事に注意しよう。よって 

W1 = 〈n|H ′|n〉 =1

2

∆k

kEn. (2.42)

同様に2次のオーダーでのエネルギー固有値(のずれ)W2 を計算すると

W2 = −1

8

∆k2

k2En. (2.43)

となる事が分かる。つまり2次のオーダーまででエネルギー固有値は 

 En(1 +1

2

∆k

k− 1

8

∆k2

k2) (2.44)

となる。一方で、この場合には単にバネ定数が k → k + ∆k に変更されただけ

なので、もちろん摂動を用いなくてもエネルギー固有値は正確に 

h

√k + ∆k

m(n +

1

2). (2.45)

と求まる。この式を |∆k| ¿ k として ∆kkの2乗までテーラー展開すると

h

√k

m(n +

1

2)(1 +

1

2

∆k

k− 1

8

∆k2

k2), (2.46)

となるが、これは摂動で求めた結果 (2.44) と完全に一致する。   

2.5 縮退があるときの摂動論  

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2.5. 縮退があるときの摂動論 29

現実的な問題の場合には、水素原子の場合のようにエネルギーが縮退している場合があり、このような場合の摂動の影響を調べる事が重要である。まず、先に議論した線形代数の場合について、縮退があると固有値と固有状態がどのようになるか考えてみよう。この場合、縮退の無い時のハミルトニアンH0 においてE1 = E2 ≡ E0 となり、エネルギー固有値や固有ベクトルを決定する関係式に現れる 1

E1−E2が発散して特異性 (singularity)

が現れ、そのままでは摂動論が上手くいかない。その原因は、この場合には H0 が単位行列に比例し、そのため任意のベクトル ~ψが固有ベクトルとなって摂動の “0次”で固有ベクトル(固有状態)が一意的に決まらない事にある:

H0~ψ = E0

~ψ. (2.47)

H0の固有値は常に縮退していてE0 である。よって、(少なくとも)固有状態は摂動H ′ を入れて初めて決まることになる。つまり行列H = H0 + H ′ の固有ベクトルと固有値を求めるにはH ′ の固有ベクトル、固有値を求めればよいことになる。

H ′ =

(ε1 ε3

ε3 ε2

)  (2.48)

の固有値と固有ベクトルは普通どおりに求めることが出来る(ただし、ここでは簡単のため ε1,2,3 は全て実数であるとする)。即ち、ふたつの固有値を ε1,2 とすると、それらは固有値方程式 (κ を固有値として) 

κ2 − (ε1 + ε2)κ + ε1ε2 − ε23 = 0 (2.49)

の2根として決まる:

ε1,2 =1

2(ε1 + ε2) ±

1

2

√(ε1 − ε2)2 + 4ε2

3. (2.50)

また、対応する二つの規格化された固有ベクトルを

~v1 =

(cos θ

− sin θ

), ~v2 =

(sin θ

cos θ

), (2.51)

とすると、“回転角” θ は 

tan 2θ =2ε3

ε2 − ε1

(2.52)

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30 第 2章 時間に依存しない摂動論

によって決まる(正確には、これは ε1 > ε2 の場合)。 (N.B.)

~v1 と ~v2 を並べて直交行列を作ると、これは丁度H ′ を対角化する行列である事が分かる。つまり θ は直交行列の回転角とも考えられる: (

cos θ − sin θ

sin θ cos θ

)H ′

(cos θ sin θ

− sin θ cos θ

)=

(ε1 0

0 ε2

). (2.53)

θ を決める (2.52) は、この式の左辺の非対角成分がゼロという関係式から容易に得られることが分かる。なお (2.52) から、固有状態を決める回転角は摂動のハミルトニアンH ′ で決まるにも関わらずO(1) の量であることがわかる。つまり、ハミルトニアンの固有状態は摂動を入れて初めて決定されることが分かる。まとめると、(H0の固有値は常にE0 なので)ふたつの固有値と固有ベ

クトルは以下のようになる: 

E0 + ε1, ~v1 (2.54)

E0 + ε2, ~v2 (2.55)

次に量子力学の場合にシステマティックな方法で同様の解析をする。今、エネルギー固有値が “2重に”縮退している場合を考える: 

W0 = En = Em (m 6= n). H0|n〉 = W0|n〉, H0|m〉 = W0|m〉, (2.56)

相変わらず、縮退の無い時に用いた漸化式は成り立つので、これを用いてエネルギー固有値と固有状態を摂動の1次のオーダーまでで求めよう。まず漸化式の1番目の式 

(H0 − W0)|ψ0〉 = 0, (2.57)

は、(2.56) より明らかなように |ψ0〉 として |n〉 、|m〉 のいずれをとっても成立する。より一般的には、これらの任意の線形結合 

|ψ0〉 = an|n〉 + am|m〉, (an, am :任意定数) (2.58)

で良い事が容易に分かる (H0(an|n〉+ am|m〉) = W0(an|n〉+ am|m〉))。つまり、摂動の 0次ではエネルギー固有状態が決まらない事を意味している。任意定数は漸化式の2番目の式、つまり1次のオーダーで決まるこ

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2.5. 縮退があるときの摂動論 31

とがわかる。即ち、2番目の式と 〈n|, 〈m| との内積をとると左辺は消えて、以下の2式を得る: 

(〈n|H ′|n〉 − W1)an + 〈n|H ′|m〉am = 0, (2.59)

〈m|H ′|n〉an + (〈m|H ′|m〉 − W1)am = 0. (2.60)

これを行列を用いて表すと、(〈n|H ′|n〉 − W1 〈n|H ′|m〉

〈m|H ′|n〉 〈m|H ′|m〉 − W1

) (an

am

)=

(0

0

). (2.61)

となり、ちょうど行列表示されたH ′ の固有値と固有ベクトルを求める固有値方程式になっていることがわかる。つまり、線形代数の時の議論と全く同じ議論であることがわかる。ふたつの固有値は

W1 =1

2(〈n|H ′|n〉+〈m|H ′|m〉)±1

2

√(〈n|H ′|n〉 − 〈m|H ′|m〉)2 + 4|〈n|H ′|m〉|2,

(2.62)

と求まるが、これは線形代数の時の結果、(2.50)とぴったり一致する。なお、縮退が無い時の摂動論の場合と違い、W1にはH ′ の対角成分のみでなく 〈n|H ′|m〉 といった非対角成分も寄与することに注意しよう。それぞれの固有値に対応する(規格化された)固有ベクトルを (an, am)t と書くと、これで 0次のオーダーでの固有状態が 

|ψ0〉 = an|n〉 + am|m〉 (2.63)

と決定されたことになる。次に1次のオーダーでの固有状態のずれ |ψ1〉は、再び2番目の漸化式を用いて求めることが出来る。ここで、|ψ1〉 には |n〉, |m〉 の勝手な線形結合を付け加える自由度が存在する事に注意すると、この自由度を用いて、常に |ψ1〉 のうちで |n〉, |m〉 に比例する部分を消すことが出来る、即ち 

〈n|ψ1〉 = 〈m|ψ1〉 = 0, (2.64)

とする(|ψ1〉 の規格化は後で考える)。つまり 

|ψ1〉 =∑

k 6=n,m

a(1)k |k〉 (2.65)

とする。これを2番目の式に代入すると、∑k 6=n,m

a(1)k (Ek − W0)|k〉 = (W1 − H ′)(an|n〉 + am|m〉). (2.66)

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32 第 2章 時間に依存しない摂動論

これと 〈l| (l 6= n,m) との内積をとると

  a(1)l = −〈l|H ′|n〉an + 〈l|H ′|m〉am

El − W0

, (l 6= n,m), (2.67)

と決まる。これで1次のオーダーでの波動関数が決まった事になる(更なる規格化は、1次のオーダーではする必要がない (〈ψ1|ψ0〉 = 0 より))。

2.6 正常Zeeman 効果縮退がある時の摂動論の簡単な例として、(正常)Zeeman 効果を考え

よう。水素原子は主量子数 n が同じである限り、(軌道)角運動量の大きさ l, 磁気量子数m が違っていてもエネルギー固有値は縮退しているが、外部から弱い一様な磁場 ~B がかかると、磁気量子数の違う状態の間の “

縮退が解ける”。これを、上の解析を用いて具体的にみよう。(N.B.)

この正常Zeeman効果の時には各 l に対して 2l+1個、つまり奇数個にエネルギーレベルが分離 (splitting)するが、実際の水素原子では、次章で論じるように電子がスピンを持っている為に生じる “spin-orbit coupling”

の効果で、同じ l でも全角運動量 ~J = ~L + ~S の大きさ j の二つの可能な場合 j = l + 1

2と j = l − 1

2に対応してエネルギーがずれるために、偶数

個のエネルギーレベルに分離する。これを “異常” Zeeman 効果という。ただし、原子の中には電子のスピンの総和が~0 となるものもあり、この場合には “spin-orbit coupling” は効かず、正常 Zeeman 効果の議論で取り扱える事になる。電子は(軌道)角運動量 ~Lによって磁気モーメント~µ = − e

2mec~L (me :電

子の質量, c :光速度) を持つ。磁気モーメントは磁場 ~B との内積で表されるエネルギー−~µ · ~B を持つ。磁場が十分弱いとして、これを摂動のハミルトニアンH ′ と考えることにする。一様磁場が z 方向にかかってる、~B = (0, 0, B) 、とすると

H ′ =e

2mec~L · ~B =

e

2mecBLz. (2.68)

n を固定し、~L2, Lz の固有状態を |l,m〉, 即ち

~L2|l,m〉 = l(l + 1)h2|l,m〉, Lz|l,m〉 = mh|l,m〉 (2.69)

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2.6. 正常 Zeeman 効果 33

と書く。|m| ≤ l < n の全ての状態が同じエネルギーを持ち n2 (正確にはスピンを考慮すると 2n2) 重の縮退がある。よって、(2.61) に対応する固有値方程式は、n2×n2 行列を用いて書かれる。しかし、〈l′,m′|Lz|l,m〉 =

mh〈l′,m′|l,m〉 = 0 ((l′, m′) 6= (l,m)) より、この行列の非対角成分はゼロで行列は対角行列なので、|l,m〉 のそれぞれが、そのまま固有状態になる事がわかる。また、|l,m〉 に対応する固有値は、単に行列の対角成分〈l,m|H ′|l,m〉になる:

W1 = 〈l,m|H ′|l,m〉 =e

2mecBmh = m(µBB) (µB ≡ eh

2mec:ボーア磁子).

(2.70)

次に |ψ1〉に関してであるが、主量子数を入れて全ての状態を |n, l,m〉の様に書くと、〈n′, l′, m′|Lz|n, l,m〉 = mh〈n′, l′,m′|n, l,m〉 = 0 ((n′, l′,m′) 6=(n, l,m))なので、H ′は |n, l,m〉 を基底とする行列表示では対角行列である。よって、H ′ を入れても固有状態は変化せず、(全てのオーダーで)固有関数のずれは無いことになる。即ち

|ψs〉 = 0 (s ≥ 1) (2.71)

である。まとめると、外磁場の影響は単にエネルギー固有値をm(µBB) だけずらす事である。こうしてある l の状態に注目すると、2l + 1 重の縮退は解け、µBB の間隔でエネルギーレベルが分かれる事になる(図 2.1 参照)。 

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34 第 2章 時間に依存しない摂動論

図 2.1: Zeeman 効果によるエネルギーレベルの分離 

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35

第3章 本当の水素原子

量子力学 I で議論した水素原子のスペクトル(エネルギーレベル)は、 

H0 =~p2

2me

− e2

r

=p2

r

2me

+~L2

2mer2− e2

r(p2

r = −h2(∂2

∂r2+

2

r

∂r)),

(~L :角運動量演算子, me :電子の質量),  (3.1)

を用いて得られたものである。このエネルギーレベルは殆ど正しいが、実際の水素原子では、わずかながらエネルギーレベル、およびエネルギー固有状態にずれが生じる。こうしたずれを、前章で学んだ(時間に依らない)摂動論を用いて解析するのがこの章の目的。上述のハミルトニアンH0 で考慮されていない、取り入れるべき主たる補正は以下の二つ: (ア)電子の運動エネルギーの相対論的効果による補正。(イ)電子のスピンの存在に起因する補正。 (ア)については、H0 はもともと非相対論的量子力学のシュレディンガー方程式なので相対論的効果は当然入っていない。正確に電子の運動を相対論的に扱うには、Pauli 方程式を相対論的にした Dirac 方程式が必要である。しかし、前期量子論的に水素原子中の電子の速さ v を見積もると 

β ≡ v

c∼ α (α =

e2

hc=

1

137:微細構造定数)  (3.2)

と光速に比べて十分小さいので、正確な Dirac 方程式による取り扱いをしなくても、β の(ベキの)オーダーの効果を摂動論を用いて取り入れれば十分意味のある結果が得られる。 次に(イ)については、直感的にはスピンを考慮しても外部から磁場をかけない限りエネルギーのズレ(正常 Zeeman 効果のような)は生じないようの思われる。しかしながら、実際には外部磁場が無くても、電

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36 第 3章 本当の水素原子

子の軌道角運動量 ~L とスピン角運動量 ~S の間に、スピン・軌道相互作用(spin-orbit coupling) と呼ばれる、 

~L · ~S (3.3)

に比例した(相互作用)ハミルトニアンで記述される相互作用が生じる。非常に荒っぽく言うと、軌道角運動量による磁気モーメントとスピン角運動量による磁気モーメントが(ふたつの磁石が相互作用するように)相互作用する、と言って良いかも知れない。実際には、このスピン・軌道相互作用も相対論的な効果、即ち β のベキに比例した効果として現れ、(ア)と同じ程度の寄与をする事がわかる。そこでこれらの効果を順次議論しよう。実際には、この他の効果として、換算質量 µ = mpme

mp+meの電子

質量からのわずかなずれ 

me − µ

me

' me

mp

= 5.4 × 10−4 (3.4)

の効果も考慮すべきだが、この効果はエネルギーレベルを全体としてほんのわずかずらすだけで縮退を解くといった効果は無いので、ここではこの効果は無視することにする。

3.1 運動エネルギーの相対論的補正 相対論を用いて電子の運動エネルギーを β ' |~p|

mec(β ¿ 1) のベキに

Taylor 展開すると 

K =√

(c~p)2 + m2ec

4 − mec2 =

~p2

2me

− 1

8

(~p2)2

m3ec

2+ . . . . (3.5)

この2項目を新たに加わる摂動H1 とする:

H1 = −1

8

(~p2)2

m3ec

2. (3.6)

摂動の無い時の電子の状態は3つの量子数 (n, l,m)で規定される。この状態を |nlm〉と書こう。nが同じならエネルギー固有値は 2n2 (2はスピンの自由度)重に縮退するので、縮退のある時の摂動論が必要になる。しかしながら、明らかにH1 は(3次元)回転対称性を持つので角運動量 ~Lの各

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3.1. 運動エネルギーの相対論的補正 37

成分と交換する:[~L,H1] = ~0。あるいは、具体的に考えると ~p2 = p2r +

~L2

r2

であり、また [~L2, Li] = [p2r, Li] = [ 1

r2 , Li] = 0 (Liはθ, ϕに関する微分) なので [~L, H1] = ~0 が言える。よって、[~L2, H1] = [Lz, H1] = 0 なので |nlm〉の基底で H1 も “同時対角化”可能である。つまり、H1 を角運動量の組(l,m) の異なる状態で挟んだ行列要素は消えるので、正常 Zeeman 効果の時の議論と同様に、摂動の1次のオーダーでのエネルギーレベルのずれは単に 

〈nlm|H1|nlm〉 (3.7)

で与えられる。ここで、(非相対論的)運動エネルギーを摂動の無い時のハミルトニアンとポテンシャルエネルギーを用いて

~p2

2me

= H0 +e2

r(3.8)

と書く。すると (3.7) は 

〈nlm|H1|nlm〉 = − 1

2mec2〈nlm|(H0 +

e2

r)(H0 +

e2

r)|nlm〉

= − 1

2mec2(E2

n + 2Ene2〈nlm|1r|nlm〉 + e4〈nlm| 1

r2|nlm〉) (3.9)

ここでEn = − e2

2a0( 1

n2 ) = −mec2α2

2( 1

n2 ) (a0 = hmecα

: ボーア半径) はH0 の固有値。r の逆ベキの期待値に関しての表式(計算略) 

〈nlm|1r|nlm〉 =

1

a0n2(3.10)

〈nlm| 1

r2|nlm〉 =

1

a20n

3(l + 12)

(3.11)

を用いると、結局エネルギーレベルのズレは

〈nlm|H1|nlm〉 = −1

2mec

2α4 1

n3 1

l + 12

− 3

4n (3.12)

と求まる。同じ n でも l が異なるとエネルギーのずれも異なる事に注意する。即ち、l の違いに関する縮退が解ける事になる。このH1 によるエネルギーのずれは摂動が無い時のエネルギー ∼ − e2

a0∼ −mec

2α2 に比べてO(α2) だけ小さい。これはH1 がH0 に比べて β2 だけ小さい事からも予想される事である。      

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38 第 3章 本当の水素原子

3.2 Spin-orbit coupling (エネルギーレベルの微細構造)

 量子力学 I では、水素原子の電子は原子核(陽子)から電気力(クー

ロン力)のみを受ける、としている。しかし、実際には電子は陽子に対して運動しているので、電子から見ると相対的に陽子は逆向きの速度で運動しているように見える。すると荷電粒子である陽子の運動によって電流が生じ,それによって電子の位置 ~r に(電場と共に)磁場が生じる。ビオ・サバールの法則からその磁場は (CGS ガウス単位系で)、電子の速度ベクトル ~v を用いて 

~B =1

c

e(−~v) × ~r

r3. (3.13)

一方、陽子が作る電場 ~E は 

~E =e~r

r3. (3.14)

これらから、

~B = −~v × ~E

c. (3.15)

の関係が得られる。ここでも | ~B| = β| ~E| であり、この補正は相対論的効果の一種とも見なせる。実際、相対論では、電場と磁場はローレンツ変換で互いに変換する。この磁場と電子のスピンによる磁気モーメント~µS = − e

2mecg~S (g : g因子) との相互作用ハミルトニアンは 

− ~µS · ~B =eg

2mec~B · ~S = − e

mec2(~v × ~E) · ~S = − e2

m2ec

2(~p × ~r

r3) · ~S

=e2

m2ec

2

1

r3~L · ~S. (3.16)

ここで g = 2とした(この値はディラック方程式から導出され、実測値と良く一致している)。結局 spin-orbit coupling によるハミルトニアンH2

H2 =e2

2m2ec

2

1

r3~L · ~S (3.17)

ここで、ディラック方程式から導かれる Thomas 因子(ここでは議論しない)のために、最後に 1/2 倍されている事に注意。

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3.2. Spin-orbit coupling (エネルギーレベルの微細構造) 39

~L· ~S は ~L, ~S の各成分と交換しないので、[Li, H0+H1+H2] = [Li, H2] 6=0, [Si, H0 + H1 + H2] = [Si, H2] 6= 0。よって ~L, ~S はもはや保存しなくな

る (後述のハイゼンベルグ方程式 ˙OH = − i

h[OH , H] (OH : 任意のハイゼ

ンベルグ表示でのオペレーター) を思い出そう)。しかし、この場合全角運動量 ~J = ~L + ~S は ~L · ~S つまりH2 及びH0, H1 と交換し、保存量であることがわかる(物理的には、~Lと ~S が混ざると、それぞれは保存しなくなるが、全体の角運動量 ~J は保存される事を言っていて、これは水素原子の系の座標回転の下での不変性の帰結である)。実際

 ~L · ~S =1

2( ~J2 − ~L2 − ~S2) (3.18)

と書け、~J (の各成分)は ~J2 だけでなく ~L2 や ~S2 とも交換するので、~J2, Jz

が保存する量子数となる。つまり、H, ~J2, Jz が同時対角化可能と成り、~J2, Jz の固有状態が、同時にエネルギー固有状態にも成る。よって量子力学 Iにおける ~L2, Lz の代わりに ~J2, Jz を考える事ができる。そこで、軌道角運動量 l とスピン 1/2を合成して得られる j = l+ 1

2と j = l− 1

2(l 6= 0)

のそれぞれの場合についてエネルギー固有値を求めよう。まず、(3.18)より、それぞれの場合における ~L · ~S の期待値は  

h2

(l + 1

2)(l + 3

2) − l(l + 1) − 3

4= h2

2l for j = l + 1

2

(l − 12)(l + 1

2) − l(l + 1) − 3

4= − h2

2(l + 1) for j = l − 1

2

.

(3.19)

よって、j = l ± 12の状態におけるH2 の期待値は 

e2h2

4m2ec

2〈nlm| 1

r3|nlm〉 ×

l for j = l + 1

2

−(l + 1) for j = l − 12

. (3.20)

と書ける。ここで |nlm〉 は軌道部分の波動関数。   

〈nlm| 1

r3|nlm〉 =

1

a30

1

n3l(l + 12)(l + 1)

(a0 =h

mecα:ボーア半径) (3.21)

を用いると、結局H2 の期待値は 

 mec

2α4

4n3l(l + 12)(l + 1)

×

l for j = l + 12

−(l + 1) for j = l − 12

. (3.22)

これは (3.12) と同じオーダーであることが分かる。 そこで、H1 とH2

の寄与をまとめ、H1 + H2 による摂動の一次のオーダーでのエネルギー

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40 第 3章 本当の水素原子

図 3.1: 水素原子のエネルギーレベルの微細構造 

のズレを保存する J を用いて表してみると、j = l + 12と j = l − 1

2のい

ずれの場合も同じ表式となることが分かる:

−mec2α4

2n3(

1

j + 12

− 3

4n). (3.23)

(N.B.)

・厳密には l = 0 の時には、(3.19) で j = l + 12の場合のみ意味がある

が、最終結果は j = l + 12と j = l − 1

2のいずれの場合も同じなので、得

られた (3.23) は l = 0 に対しても成立する。こうして、例えば n = 2 の場合には、2S1/2 と 2P1/2 の二つの状態はいずれも j = 1/2 なので縮退する(図 3.1参照)。 これは ~J とハミルトニアンが交換し、同時対角化可能であることから

自然な結果であるとも言えるが、必然ではない。実際、2S1/2 と 2P1/2 のレベルはわずかながら (O(mec

2α5logα)) 分離することが実験的に確かめられた (Lamb shift という)。これは “電子の自己相互作用” の結果であるが、この効果は「場の量子論」でしか扱えず、ここでは議論しない。・このエネルギーのずれ (3.23) は O(mec

2α4) であり、摂動の無い時のエネルギーレベルの間隔O(mec

2α2) に比べてO(α2) = O(10−4) だけ小さい。このずれによって生じるエネルギーレベルの微細な構造を “微細構造”という(α を “微細構造定数”と言う所以)。

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3.3. 異常 Zeeman 効果 41

3.3 異常Zeeman 効果 今までは外場は一切かかっていないとしたが、弱い外磁場が水素原子にかかったときのZeeman効果を考えてみよう。前章で述べた“正常”Zeeman

効果はスピンの自由度を無視した古典物理的にも理解可能な議論だったが、水素原子ではスピンの自由度も考慮する必要がある。この場合、前節で議論したように spin-orbit coupling のために j = l + 1

2, l − 1

2にエネル

ギーレベルが分裂するので、正常 Zeeman 効果と違って、偶数個のエネルギーレベルに分離すると言った “異常な”現象が起きる(正確には、これは spin-orbit coupling に比して外磁場の効果が十分小さい時)。まず、外磁場の効果が spin-orbit couplingに比しても十分小さい時を考えよう。一様な外磁場が z 軸方向にかかっているとする:~B = (0, 0, B)。 この場合、~L および ~S によって生じる磁気モーメントと外磁場との相互作用のハミルトニアン 

H ′ =e

2mecB(Lz + 2Sz) (2 : g因子) (3.24)

は摂動と考えて良く、摂動の無い時のハミルトニアンとしてH0 +H1 +H2

を採る。spin-orbit couplingのために無摂動のハミルトニアンの固有状態は ~L ではなく ~J = ~L + ~S の固有状態となるので、固有状態を ~J の大きさと z 成分、j, jz および l (l = j ∓ 1

2)を用いて

|j, jz, l〉 (3.25)

と表す(主量子数n は省く)。再び、jz の異なる状態は全て縮退しているので、2j + 1 重の縮退があるが、H ′ は jz を変えないので ([H ′, jz] = 0)、摂動の1次でのエネルギー固有値のずれは、単に

〈j, jz, l|H ′|j, jz, l〉 (3.26)

を計算すればよい。ここで Lz + 2Sz = Jz + Sz に注意すると 

〈j, jz, l|H ′|j, jz, l〉 =eB

2mechjz + 〈j, jz, l|Sz|j, jz, l〉. (3.27)

j = l + 12

(l = j − 12) の時の状態は、

|j, jz, l〉 =

√l + jz + 1

2

2l + 1|ljz−

1

2〉|1

2

1

2〉+

√l − jz + 1

2

2l + 1|ljz +

1

2〉|1

2− 1

2〉 (3.28)

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42 第 3章 本当の水素原子

図 3.2: 異常 Zeeman 効果による偶数本のエネルギーレベルへの分離 

のように、角運動量の合成のクレブシュ・ゴルダン (C.-G.)係数を用いて表される。Sz|12 ± 1

2〉 = ± h

2|12± 1

2〉 を用いると、この状態で Sz を挟んだ

期待値は容易に求められて

〈j, jz, l|Sz|j, jz, l〉 =h

2l + jz + 1

2

2l + 1−

l − jz + 12

2l + 1 =

hjz

2j.  (l = j − 1

2)

(3.29)

同様に、l = j + 12の場合には 

〈j, jz, l|Sz|j, jz, l〉 = − hjz

2(j + 1).  (l = j +

1

2). (3.30)

こうして、H ′ によるエネルギーレベルのずれは 

〈j, jz, l|H ′|j, jz, l〉 = µBBjz ×

(1 + 12j

) for l = j − 12

(1 − 12(j+1)

) for l = j + 12

(3.31)

ここでµB = eh2mec

はボーア磁子。n = 2の場合について、j = 3/2, 1/2の二つのレベルの異常Zeeman効果による偶数本のレベルへの分離 (splitting)

を表示すると図 3.2のようになる: 次に強い磁場がかかり、H1 + H2 よりH ′ の方が重要となる場合を考

える。この場合には、H1 + H2 は無視出来るので、H0 を無摂動のハミルトニアンとし、H ′ を摂動と考える。すると spin-orbit coupling がないの

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3.3. 異常 Zeeman 効果 43

図 3.3: 奇数本のエネルギーレベルへの分離 

で、量子力学 I で議論したのと同じように l,m が保存する量子数となる。しかしスピンの存在のために sz = ±1

2に応じて縮退した状態は2倍に増

える。そこで状態を|lmsz〉 (3.32)

と書く。H ′ は ~L2, Lz, Sz と交換するので、この基底でH ′ は対角化される。よってH ′ によるエネルギーのずれは

〈lmsz|H ′|lmsz〉 = µBB(m + 2sz) (3.33)

となる。一見、この場合はスピンの自由度のために正常 Zeeman 効果の場合に比べレベルの数が2倍になり、偶数本にレベルが分離するように思われるが、例えば n = 2, l = 1 の場合には5本に分離し、奇数本となる(図 3.3 参照): これは、g = 2 のためにm + 2sz が整数 (|m + 2sz| ≤ 2) として振舞うからである。

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45

第4章 ユニタリー変換、対称性と保存量

4.1 基底の変換とユニタリー変換例えば2次元平面において、同じベクトルでも基底となるベクトルの採り方によってベクトルの成分は異なる。例えば図 4.1のように、x-y 座標系と、これを −θ 回転した x′-y′ 座標系で見たベクトルの成分 (x, y)t,

(x′, y′)t は、回転の行列によって、 (x′

y′

)=

(cos θ − sin θ

sin θ cos θ

) (x

y

)(4.1)

と関係づけられる。別の観点からすると、座標系(基底ベクトル)は変わらず、ベクトルが θ

だけ回転した、見なすことも出来る。即ち

~V = x~ex + y ~ey = x′ ~e′x + y′ ~e′y → x′ ~ex + y′ ~ey (~ex, ~eyは x, y方向

の単位ベクトル。~e′x, ~e′yは回転した座標系での単位ベクトル). (4.2)

この (x, y)t から (x′, y′)t への線形変換(行列で表される)は、空間回転なのでベクトルの長さを変えない:

x′2 + y′2 = x2 + y2

↔ ( x′ y′ )

(x′

y′

)= ( x y )

(x

y

).

複素ベクトルに拡張すると、

~v → ~v′ = U~v (4.3)

のように行列U を用いて変換されるとき、長さ(の2乗)が変わらないという条件は 

~v′†~v′ = ~v†U †U~v = ~v†~v ↔ U †U = I, (4.4)

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46 第 4章 ユニタリー変換、対称性と保存量

図 4.1: 座標系の回転 

即ち、U がユニタリー行列であると言うことである。(4.1) の回転の行列O は実のユニタリー行列、即ち直交行列である:  

OtO = I (Ot : Oの転置). (4.5)

同様に、量子力学でも、状態の変換 

|ψ〉 → |ψ′〉 = U |ψ〉 (4.6)

(正確には |ψ〉 =∑

i xi|ei〉 =∑

i x′i|e′i〉 → |ψ′〉 =

∑i x

′i|ei〉 という変換。

ここで |ei〉, |e′i〉 は完全規格直交系: 〈ei|ej〉 = δij, etc.)の下でノルムが不変だという条件は  

||ψ′〉|2 = ||ψ〉|2 ↔ 〈ψ′|ψ′〉 = 〈ψ|U †U |ψ〉 = 〈ψ|ψ〉 ↔ U †U = 1 (4.7)

である。この時、U はユニタリー演算子である、と言い、この変換をユニタリー変換と言う。では、ユニタリー変換する前  

|ψ1〉 → |ψ2〉 = O|ψ1〉 (4.8)

で表される演算子 O は、変換後どのような演算子で表されるであろうか?|ψ1,2〉 に対応する変換後の状態ベクトルを |ψ′

1,2〉  = U |ψ1,2〉 と書くと、

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4.1. 基底の変換とユニタリー変換 47

図 4.2: ユニタリー演算子 U による基底の変換の下での演算子の変換性 

(4.8)の左から U をかけて、

|ψ′2〉 = UOU †U |ψ1〉 = UOU †|ψ′

1〉 (4.9)

が得られる。即ち、変換後のO に対応する演算子を O′ と書くと、 

|ψ′2〉 = O′|ψ′

1〉 → O′ = UOU † (4.10)

という関係が得られる。この関係は、図 4.2の様に考えると、容易に理解される。 (シュレディンガー表示とハイゼンベルグ表示) 基底を変えるとベクトルの成分が変わる様に、波動関数も(無限次元の)複素ベクトルに対応するので、状態のユニタリー変換により、波動関数は変わってしまう。これは波動関数の表し方が変わるという事なので、「表示」が変わる、という。今まで扱って来た波動関数、演算子の表示はシュレディンガー表示と呼ばれる:

ih∂

∂t|ψS〉 = H|ψS〉, 〈O〉 = 〈ψS|OS|ψS〉,

(|ψS〉 :時間に依存する, OS:時間に依存しない).  (4.11)

シュレディンガー方程式の解は形式的に |ψS(t)〉 = U †|ψS(0)〉, U = eih

Ht

と求まる(正確には、H が時刻 t に陽に依らず、エネルギー保存則が成

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48 第 4章 ユニタリー変換、対称性と保存量

立する場合を想定している)。ここで、波動関数は時間に依存せず、演算子(座標、運動量等)が古典力学と同様に時間依存性を持つような表示であるハイゼンベルグ表示にU によるユニタリー変換 (U †U = 1)で移ることが出来る: 

|ψH〉 = U |ψS(t)〉 = |ψS(0)〉, OS → OH = UOSU † = eih

HtOSe−ih

Ht.

(4.12)

表示は変わるが、観測量である物理量の期待値は表示に依らないはずである。実際、U †U = 1より

〈ψH |OH |ψH〉 = 〈ψS|U †UOSU †U |ψS〉 = 〈ψS|OS|ψS〉, (4.13)

が言える。ハイゼンベルグ表示では物理量を表す演算子が時間依存性を持つため、

その時間発展を記述する運動方程式である「ハイゼンベルグの運動方程式」が成立する:

d

dtOH(t) =

d

dt(e

ih

HtOSe−ih

Ht) = − i

h[OH(t), H]. (4.14)

この運動方程式は、交換関係− ih[OH , H]をポアソン括弧 O,Hに置き換

えれば古典の運動方程式になる、という著しい性質があることが分かる。

4.2 対称性と保存則 対称性とは、ある種の変換の下での不変性のことである、と言える。例

えば図 4.3のハート形は線対称性を持つが、これは線分 Lに関して折り返しても図形が不変であることを言っている。古典力学では、作用 (ラグランジアン)がある種の変換の下で不変だと、

それから最小作用の原理で導かれる運動方程式(オイラー・ラグランジュ方程式)も不変で物理法則が変わらない。この時、その対称性に特有の保存則が導かれる: 時間の並進(原点の平行移動)の対称性 → エネルギー保存則 空間座標の並進の対称性 → 運動量保存則 空間座標の回転の対称性 → 角運動量保存則 例として1次元空間を考え、原点を右に c だけ平行移動して x 軸を x′ 軸

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4.2. 対称性と保存則 49

図 4.3: ハート形の持つ線対称性 

に変更(並進)したとする(図 4.4参照)。同じ点 Pの座標を x, x′ とすると、

x′ = x − c (4.15)

この時、1個の粒子の運動を考えるとラグランジアンの内、位置エネルギーについては 

V (x) = V (x′ + c) ≡ V ′(x′) ↔ V (x) → V ′(x) = V (x + c) (4.16)

の様に変換される。位置エネルギーは、この置き換えに対して一般には不変ではない:V (x+c) 6= V (x)。しかし、V が定数の時には V (x+c) = V (x)

であり位置エネルギーは不変である。また、運動エネルギーは

d(x + c)

dt=

dx

dt(4.17)

より並進の下で常に不変。よって、この時ラグランアンが不変 となる。一方、V が定数の時には力が働かないので (F = −dV

dx= 0)、運動量は保

存される。こうして、並進不変性と「運動量保存即」が同等であることが分かる。2個の粒子がある時には、力が働いても内力(作用・反作用の力)ならば全運動量は保存されるが、これは、内力のときにはV (x1−x2)

のような位置エネルギーと成るため (F1 = − ∂V∂x1

= −V ′(x1 − x2), F2 =

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50 第 4章 ユニタリー変換、対称性と保存量

図 4.4: 空間座標の並進 

− ∂V∂x2

= V ′(x1 − x2))、x1 → x1 + c, x2 → x2 + c の下で位置エネルギーが不変であるからである。量子力学でも同様に、対称性から保存側が導かれる。例えば、空間並

進の下で波動関数は

ψ(~r) → ψ′(~r) = ψ(~r + ~c) (4.18)

と変換されるが、もしも考えている力学系に空間並進の対称性があり、V (~r +~c) = V (~r) だとすると、 ∂

∂ri= ∂

∂(ri+ci)なのでシュレディンガー方程

式は不変(ψ に関しても ψ′ に関しても同じ方程式が成り立つ)である。(微小変換と生成子)並進をN (N :大きな整数) ステップに分ける。1ステップの微小な並

進 ~r → ~r + ∆~c (∆~c = ~c/N) については、ψ(~r + ∆~c) ' (1 + ∆~c · ~∇)ψ(~r).

これをN 回繰り返し、N → ∞ とすると(limN→∞(1 + xN

)N = ex を思い出すと分かるように)

ψ′(~r) = ψ(~r + ~c) = limN→∞

(1 +~c

N· ~∇)Nψ(~r) = e~c·~∇ψ(~r) (4.19)

となるが(最後の式はψ(~r +~c)の~rの周りでのテーラー展開に過ぎないことに注意)、これはユニタリー変換であることがわかる。実際、指数関数の肩を運動量演算子 ~p = −ih~∇ で書き直すと 

UP ≡ e~c·~∇ = ei~c· ~ph (4.20)

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4.2. 対称性と保存則 51

となり、一般にH をエルミート演算子とすると eiθH (θ :実パラメーター) はユニタリー演算子なので、UP は確かにユニタリー演算子である。こうして、ある座標の並進を引き起こす演算子は、その座標に共役な運動量を指数関数の肩に乗せたものであることが分かる。指数の肩にあるエルミート演算子は、何らかの物理量(今は運動量)に対応するが、これは微小な変換による波動関数の変化分を表す演算子と見なせ、変換の「生成子 (generator)」と呼ばれる。それは、微小な変換さえ分かれば任意の変換は、微小変換の重ねあわせで生成できる、という意味。

ψ に関するシュレディンガー方程式を 

ih∂

∂tψ = Hψ (4.21)

と書くと、両辺の左から UP をかけて、ψ′ = UP ψ を用いると

ih∂

∂tψ′ = UP HU †

P ψ′ (4.22)

即ち ψ′ に関するハミルトニアンH ′ は

H ′ = UP HU †P . (4.23)

これは、(4.10) の特別な場合と考えられる。よって、空間並進の対称性があるとすると

H ′ = H ↔ UP HU †P = H ↔ UP H = HUP ↔ [UP , H] = 0. (4.24)

c を微少量として UP = ei~c· ~ph ' 1 + i~c · ~p

hとすると分かるように、

[UP , H] = 0 ↔ [~p,H] = 0. (4.25)

が並進対称性の条件である。ここで演算子をハイゼンベルグ表示で考え(~p → ~p(t))、ハイゼンベルグの運動方程式を用いると

d~p(t)

dt= − i

h[~p(t), H] = 0, (4.26)

即ち、運動量保存則が得られる。ここで、ハミルトニアンはハイゼンベルグ表示でも不変である事、およびシュレディンガー表示で交換する二つの演算子はハイゼンベルグ表示でも交換する、という事実を用いた。具

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52 第 4章 ユニタリー変換、対称性と保存量

体的にはハミルトニアンの内、運動エネルギーの項は ~p と明らかに交換するが、位置エネルギーとの交換関係は、 

[~p, V (~r)] = −ih~∇V (~r) (4.27)

となり、交換するのは位置エネルギーが定数の時のみ。よって、古典物理の時と同様、この時にのみ運動量保存が言える。一般に、 

「あるユニタリー変換の下で力学系が不変(対称性がある) → その生成子となる物理量は保存される」が言える。例えば、z 軸の周りの角 c の回転は、方位角 ϕに関する並進ϕ → ϕ + cとも考えられるので、その生成子は ϕに共役な運動量である−ih ∂

∂ϕであるが、これは角運動量の z成分Lzに他ならない。よって理論

が空間回転の対称性を持つと (位置エネルギーが原点からの距離 r のみに依存する V (r) の場合)、角運動量保存則が導かれることが分かる。前章の spin-orbit coupling (演算子 ~L · ~S により記述される)の所で、

[Ji, ~L · ~S] = 0 を議論したが、 ~J は軌道角運動量とスピン角運動量の和なので ~L と ~S の両方を同時に回転する変換の生成子と見なせ、従って、この交換関係が 0 という性質は単に ~L · ~S がそうした回転の下で不変であるということを言っているのである。

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53

第5章 時間に依存した摂動論

  先に学んだ「時間に依らない摂動論」と、ここで学ぶ「時間による摂動論」との物理的違いは何であろうか?「時間に依らない摂動論」の場合には「時間に依らないシュレディンガー方程式」を議論した。つまり想定されているのはエネルギー固有状態にあって時間的に変化しない “定常状態”に関して、エネルギー固有値、固有状態を求めること(例えば前章で議論した水素原子の場合)、であった。  これに対して、以下で議論される「時間に依る摂動論」の場合では、本来の「時間を含むシュレディンガー方程式」を考える。この場合、一般にはハミルトニアンは時間に依っていても良く、従って必ずしもエネルギーは保存しない。例えば電子のような荷電粒子に、外部から電磁波による振動する電場、磁場がかかる場合、等。あるいは、エネルギーが保存される場合であっても、定常状態ではなく時間的に状態が変化する場合も議論の対象となる。具体的には例えばポテンシャルによる散乱の場合には、始状態(ポテンシャルが効く領域に入射していく状態)と終状態(ポテンシャルで散乱され飛び去って行く状態)では運動量が変化している。この散乱の場合には粒子は束縛状態になく、エネルギー固有値も量子化されない。しかし、束縛状態の場合、あるいは磁場中のスピン歳差運動の場合のようにエネルギーレベルが量子化されている場合でも、初期状態がエネルギー固有状態になければ状態は時間的に変化しうるので、そうした場合も扱える。ひとつ注意すべきなのは、ポテンシャル散乱の様な非束縛状態の場合にはエネルギー固有値が連続スペクトルとなる為に、後で見るように離散スペクトルの場合のように確率振幅が振動的に振る舞うことなく、単位時間に一定の確率で遷移が起こる(Fermi の黄金律)といった特徴が現れる。

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54 第 5章 時間に依存した摂動論

5.1 相互作用表示と摂動展開既に学んだ様に、状態(ベクトル)の表示 (picture) は基底となる状態

の取り方を変えると変化する。代表的なものはシュレディンガー表示とハイゼンベルグ表示であるが、「時間に依存した摂動論」を議論する際には「摂動が無ければ状態は時間変化しない」様な表示 → 「相互作用表示」 を用いることで、摂動展開(摂動のオーダーによる展開)が自動的に行え便利である。そこで最初に相互作用表示を議論するが、そこで現れる “T積”(時間

順序積、time-ordered product) を理解するためにまず次のようなベクトルと行列に関する微分方程式を考える: 

d

dt~V (t) = M(t)~V (t), (5.1)

ここで ~V (t), M(t) はそれぞれ時刻 t に依存したベクトル、行列(成分数は任意)である。単なるスカラー関数 V (t) の場合(1成分のベクトル、行列の場合)の微分方程式であれば、この解は容易に

V (t) = e∫ t

t0M(t′)dt′

V (t0), (5.2)

と求まる。しかしながらM(t)が行列であるために、(5.2)で単純にV (t)を~V (t)に置き換えたものは(一般には)解とはならない。それは、e

∫ t

t0M(t′)dt′

をTaylor展開した時に、例えば2次の項は 12

∫ tt0

dt′∫ tt0

dt′′ M(t′)M(t′′)となるが、これを tで微分すると 1

2(M(t)

∫ tt0

dt′′ M(t′′)+∫ tt0

dt′ M(t′)M(t)) 6=M(t)

∫ tt0

dt′′ M(t′′)となり、M(t)を左側に出せないからである。そのため、

d

dte∫ t

t0M(t′)dt′ 6= M(t)e

∫ t

t0M(t′)dt′

.

つまり時刻の違う行列は(一般には)交換しないことにそもそもの原因がある。こうした欠点を克服するには時間的に後の行列を左側に並べて積をとる、という “T積”(時間順序積、time-ordered product) を用いれば良い。この様にすれば t による微分は常に 1番左側の行列に作用するからである。T積の説明をする前に、別の方法で微分方程式 (5.1) の解を求めよう。

(5.1) の両辺を t0から t まで積分し、一部移項すると

~V (t) = ~V (t0) +∫ t

t0dt′ M(t′)~V (t′). (5.3)

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5.1. 相互作用表示と摂動展開 55

ここで右辺はまた ~V (t′) を含んでいるのでこれ自身は解でなない。しかし、右辺の ~V (t′) に上式の右辺で t → t′, t′ → t′′ としたものを代入するとM の2次の項が現れる:

~V (t) = ~V (t0) +∫ t

t0dt′ M(t′)~V (t0) +

∫ t

t0dt′

∫ t′

t0dt′′ M(t′)M(t′′)~V (t′′).

(5.4)

この操作を繰り返すと、

~V (t) = 1+∫ t

t0dt′ M(t′)+

∫ t

t0dt′

∫ t′

t0dt′′ M(t′)M(t′′)+ . . . ~V (t0). (5.5)

のように(少なくとも形式的には)微分方程式の解が求まる。次に、T積を説明しよう。例えば2個の行列の積の場合には 

T (M(t1)M(t2)) =

M(t1)M(t2) for t1 > t2M(t2)M(t1) for t1 < t2

(5.6)

がT積の定義である。例えば 

T1

2

∫ t

t0dt′

∫ t

t0dt′′ M(t′)M(t′′) =

∫ t

t0dt′

∫ t′

t0dt′′ M(t′)M(t′′). (5.7)

これは、図 5.1に示すように正方形の積分領域を二つの領域 I, II に分けた時に、I, II の領域の積分がT積のために同じになるからである。即ち、領域 Iの積分

∫ tt0

dt′∫ t′

t0dt′′ M(t′)M(t′′)は、この領域では t′ > t′′ なのでT

積をとっても変わらないが、領域 II の積分∫ tt0

dt′′∫ t′′

t0dt′ M(t′)M(t′′) は、

この領域では t′ < t′′ なのでT積をとると∫ tt0

dt′′∫ t′′

t0dt′ M(t′′)M(t′) に変

わり、(t′と t′′ を入れ替えてみると分かるように)領域 I の積分と全く同じであることが分かる。同様にして一般に 

T 1

n!(∫ t

t0dt′M(t′))n

=∫ t

t0dt1

∫ t1

t0dt2 . . .

∫ tn−1

t0dtn M(t1)M(t2) . . .M(tn) (5.8)

が言える。このT積を用いれば、微分方程式の解 (5.5)は

~V (t) =∞∑

n=0

T 1

n!(∫ t

t0dt′M(t′))n~V (t0) = 1 +

∫ t

t0dt′M(t′) +

∫ t

t0dt′

∫ t′

t0dt′′ M(t′)M(t′′)

+ . . .~V (t0)

= Te∫ t

t0M(t′)dt′~V (t0) (5.9)

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56 第 5章 時間に依存した摂動論

図 5.1: 積分区間の時間順序に依る分類 

の様に表される。要するに、スカラー関数と同様にして解いた

~V (t) = e∫ t

t0M(t′)dt′ ~V (t0) (5.10)

において e∫ t

t0M(t′)dt′ → Te

∫ t

t0M(t′)dt′ という置き換えをすれば良いこと

が分かる。数学的準備が出来たので、2状態のみを持ち、状態とハミルトニアン

が2成分ベクトル、2× 2 行列で表される、簡単な量子力学系を例にとって、時間による摂動論と相互作用表示の意味を議論しよう。時間に依るシュレディンガー方程式

ih∂

∂t~ψ(t) = H ~ψ(t), (5.11)

を考える。ここで、ハミルトニアンHは 2×2行列で一般に時間に依存し 

H = H0 + H ′,

H0 =

(E1 o

0 E2

)= h

(a 0

0 b

), (非摂動部分;a, b :実定数)

H ′ = h

(ε1(t) ε3(t)

ε3(t) ε2(t)

), (摂動部分;ε1,2 :実数) (5.12)

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5.1. 相互作用表示と摂動展開 57

で与えられる。また、ベクトルの成分を

ψ(t) =

(c(S)1 (t)

c(S)2 (t)

)(Sはシュレディンガー表示の意)   (5.13)

とする。ただし |ε1,2,3| ¿ |a|, |b| とする。もしもH ′ = 0 とするとH = H0

は対角行列になり、また H0は t に依らないので微分方程式は容易に解けて

~ψ(t) = e−ih

H0t ~ψ(0) =

(e−iat 0

0 e−ibt

)~ψ(0) = U † ~ψ(0),

U = eih

H0t =

(eiat 0

0 eibt

). (5.14)

となる。この場合、例えば ~ψ(0) = (1, 0)t だと ~ψ(t) = (e−iat, 0)t となり、c(S)1 (t) は位相因子 e−iat を持ち、その意味で時間発展するが、c

(S)2 (t) = 0

なので状態の遷移は起きない。つまり、遷移は H ′ が入って初めて起きる。そこで U † と逆行列の U によるユニタリー変換をし H ′ = 0 だと~ψ(t) = ~ψ(0) となり時間発展しないような表示、別の言い方をすると、二つの状態間の相互作用を表す摂動ハミルトニアンH ′ が入ると初めて時間発展するような表示 「相互作用表示」にU によるユニタリー変換で移ることにする。相互作用表示の量を添字I で表すと、この表示での状態ベクトルと相互作用ハミルトニアンは

~ψI(t) =

(c1(t)

c2(t)

)= U ~ψ(t) =

(eiat 0

0 eibt

)~ψ(t) =

(eiatc

(S)1 (t)

eibtc(S)2 (t)

)(c1(t) = eiatcS

1 (t), c2(t) = eibtcS2 (t)), (5.15)

H ′I(t) = U H ′U †

=

(eiat 0

0 eibt

)h

(ε1(t) ε3(t)

ε3(t) ε2(t)

) (e−iat 0

0 e−ibt

)

= h

(ε1(t) ei(a−b)tε3(t)

e−i(a−b)tε3(t) ε2(t)

), (5.16)

で与えられる。確かに、H ′ = 0だと (5.14), (5.15)より ~ψI(t) = UU † ~ψ(0) =~ψ(0) となり時間発展せず、H ′ が入ると初めて時間発展することが分かる。よって相互作用表示での時間発展の方程式はH → H ′

I として、

ih∂

∂t~ψI(t) = H ′

I(t)~ψI(t), (5.17)

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58 第 5章 時間に依存した摂動論

となるはずである。(N.B.)

実際(5.11)に左から U(5.14)を作用させると 

ih ∂

∂t(U ~ψ) − (

∂U

∂t)U †Uψ = UHU †(U ~ψ)

→ ih ∂

∂t~ψI − (

∂U

∂t)U † ~ψI = UHU † ~ψI

→ ih∂

∂t~ψI − ih

i

hH0UU † ~ψI = (UH0U

† + UH ′U †)~ψI

→ ih∂

∂t~ψI = H ′

I~ψI (5.18)

の様にして(5.17)が得られる。 (5.17)の解は上で述べたようにT 積を用いて

~ψI(t) = Te−ih

∫ t

t0H′

I(t′)dt′~ψI(t0) 

= I2 −i

h

∫ t

t0dt′H ′

I(t′) − 1

h2

∫ t

t0dt′

∫ t′

t0dt′′ H ′

I(t′)H ′

I(t′′)

+i

h3

∫ t

t0dt′

∫ t′

t0dt′′

∫ t′′

t0dt′′′ H ′

I(t′)H ′

I(t′′)H ′

I(t′′′)

+ . . .~ψI(t0). (5.19)

と与えられる。ここで I2 は 2行 2列の単位行列である。(5.19)は自動的にH ′

Iに関する摂動展開の形になっていることが分かる。よって、この展開の必要なオーダーまでの項を求めれば、必要な摂動のオーダーでの波動関数 ~ψI(t)が求められることになる。例えば摂動の1次のオーダーまでで、c

(S)1 であらわされる状態 1 から

c(S)2 で表される状態 2 への遷移の確率を考えよう。その確率は (5.15)より(ここでは t0 = 0 とする)

c(S)1 (0) = c1(0) = 1, c

(S)2 (0) = c2(0) = 0. (5.20)

の初期条件のもとで

P = |c(S)2 (t)|2 = |c2(t)|2 (5.21)

を求めれば良い。(5.19) より摂動の 1次のオーダーまででの遷移の確率振幅は(摂動の 0次のオーダーでは遷移は起きないので)

c2(t) = − i

h

∫ t

0dt′H ′

I(t′)21 = −i

∫ t

0dt′e−i(a−b)t′ε3(t

′). (5.22)

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5.1. 相互作用表示と摂動展開 59

よって

P = |∫ t

0dt′e−i(a−b)t′ε3(t

′)|2 =1

h2 |∫ t

0dt′ ei

E2−E1h

t′ H ′21(t

′)|2 (5.23)

と求まる。 (例) 例として ε1(t) = ε2(t) = 0, ε3(t) = ε3(定数)の場合を考えよう。c1(0) =

1, c2(0) = 0の初期条件の下で、時刻 tでの確率振幅 c1(t), c2(t)を摂動の2次のオーダーまで求めると (2次のオーダーではT積に注意 → 宿題)

  

c1(t) = 1 − |ε3|2i

a − bt − ei(a−b)t − 1

i(a − b) (5.24)

c2(t) = ε3e−i(a−b)t − 1

a − b. (5.25)

また、遷移確率は

P = |c2(t)|2 = 4|ε3|2sin2 (a−b)t

2

(a − b)2(5.26)

と求まる。(N.B.)

実際には、ε1(t) = ε2(t) = 0, ε3(t) = ε3(定数) の場合には元のハミルトニアンH は時間に依らないので、シュレディンガー表示でのシュレディンガー方程式を厳密に(摂動論を用いずに)解くことが出来る。(厳密に解き、その結果を (5.24), (5.25), (5.26)と比較しなさい → 演習 or宿題。)ここまで簡単な系として2状態の量子力学系を論じたが、次にこの議論を任意の(一般には無限大の)数の状態を持つ量子力学系に拡張し、ベクトルと行列の代わりに bra-cket とそれに作用する演算子を用いて議論する。ただし、しばらくエネルギースペクトルは離散的でありエネルギー固有状態も |n〉 のように整数 n を用いて表すことが出来るものとする。議論の流れそのものは、上の2状態の場合と全く同じである。まず、シュレディンガー表示での(時間を含む)シュレディンガー方程式 

ih∂

∂t|ψ(t)〉 = H |ψ(t)〉, (5.27)

から出発する。ハミルトニアンは非摂動部分H0 と摂動部分H ′ に分けられる: 

H = H0 + H ′. (5.28)

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60 第 5章 時間に依存した摂動論

次にユニタリー演算子 U = eih

H0t を用いて相互作用表示に移る: 

|ψ(t)〉I = U |ψ(t)〉, (5.29)

H ′I(t) = UH ′U † (U = e

ih

H0t). (5.30)

この表示での時間発展は

ih∂

∂t|ψ〉I = H ′

I(t)|ψ〉I , (5.31)

となる。この解はT積を用いて

|ψ(t)〉I = Te−ih

∫ t

t0H′

I(t′)dt′|ψ(t0)〉I 

= 1 − i

h

∫ t

t0dt′H ′

I(t′) − 1

h2

∫ t

t0dt′

∫ t′

t0dt′′ H ′

I(t′)H ′

I(t′′)

+i

h3

∫ t

t0dt′

∫ t′

t0dt′′

∫ t′′

t0dt′′′ H ′

I(t′)H ′

I(t′′)H ′

I(t′′′)

+ . . .|ψ(t0)〉I . (5.32)

と与えられる。H ′ に限らず、シュレディンガー表示の演算子O は相互作用表示では

OI(t) = eih

H0tOe−ih

H0t. (5.33)

で表され、その時間発展は(O が時間に依らないとすると) 

∂tOI(t) =

i

h[H0, OI(t)]. (5.34)

で記述される。この方程式は一見ハイゼンベルグ方程式と同じように見えるが、右辺のハミルトニアンはH そのものでなくH0 であることに注意。演算子O で表される物理量の期待値は、相互作用表示では

I〈ψ(t)|OI(t)|ψ(t)〉I(= 〈ψ(t)|O|ψ(t)〉) (5.35)

で与えられる。 物理的に特に興味のあるのは、最初にH0 のある固有状態であったも

のが摂動H ′ によってH0 の別の固有状態に移って行くといった状況である。そこで、|ψ(t)〉 やH ′

I(t) をH0 の固有状態 |n〉 (ここではエネルギー固有値は離散的であって n は整数であると考えている),  

H0|n〉 = E(0)n |n〉 (5.36)

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5.1. 相互作用表示と摂動展開 61

の基底で表すのが便利である。即ち

|ψ(t)〉I → cn(t) = 〈n|ψ(t)〉I(|ψ(t)〉I =

∑n

|n〉〈n|ψ(t)〉I =∑n

cn(t)|n〉

(∑n

|n〉〈n| = 1 :完全性の条件)) (5.37)

H ′I(t) → H ′

nm(t) ≡ 〈n|H ′I(t)|m〉 = 〈n|e

ih

H0tH ′e−ih

H0t|m〉

= eih(E

(0)n −E

(0)m )t〈n|H ′|m〉 (5.38)

とすると、(5.32) の両辺の左から 〈n| をかけ、また右辺では完全性の条件∑n |n〉〈n| = 1 を必要なだけ挿入することで、解が 

cn(t) = cn(t0) −i

h

∫ t

t0dt′

∑m

H ′nm(t′)cm(t0)

− 1

h2

∫ t

t0dt′

∫ t′

t0dt′′

∑m.l

H ′nm(t′)H ′

ml(t′′)cl(t0)

+i

h3

∫ t

t0dt′

∫ t′

t0dt′′

∫ t′′

t0dt′′′

∑m,l,k

H ′nm(t′)H ′

ml(t′′)H ′

lk(t′′′)ck(t0)

+ . . . . (5.39)

と書ける。例えば、時刻 t0 で |m〉 の状態にあった粒子が時刻 t で |n〉 の状態にある確率振幅を摂動の1次までで表すと、cn(t0) = δnm より    

A(m → n) = cn(t) = δnm − i

h

∫ t

t0dt′H ′

nm(t′). (5.40)

これから、特に n 6= m として、H0の固有状態 |m〉から |n〉への遷移確率を求めると 

P (m → n) = |A(m → n)|2 =1

h2 |∫ t

t0dt′H ′

nm(t′)|2

=1

h2 |∫ t

t0dt′e

ih(E

(0)n −E

(0)m )t′〈n|H ′|m〉|2 (n 6= m), (5.41)

となる。2状態のみの場合は、この式は (5.23) と同等である。

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62 第 5章 時間に依存した摂動論

5.2 連続スペクトルと Fermi の黄金律(5.41) において、もしもH ′ が時間に依らない場合には積分は直ちに実

行できて、

P (m → n) = 4| 〈n|H ′|m〉E

(0)n − E

(0)m

|2 sin2(E(0)n − E(0)

m )(t − t0)

2h (n 6= m)

(5.42)

となるが((5.26)の一般化)、これは明らかに時間的に振動する。つまり異なる状態間を行ったり来たりするという事になる。しかし、例えば遠方から入射する粒子が有限の範囲に働くポテンシャルの影響を受けた後に運動量を変えて無限遠方に散乱されて飛び去る、といった状況を考えると散乱された粒子が初期状態に “振動して”戻ることはあり得ない。つまり、この表式では散乱等の現象を表すことが難しそうである。この振動してしまうという問題は、以下にみるように、平面波で表され

る自由粒子のような非束縛状態の場合にはエネルギー固有値(スペクトル)が連続的であることを考慮すると解消される。これを議論する為に、離散スペクトルを想定した今までの議論を連続スペクトルを許すように一般化する必要がある。H0 の固有状態であって、連続的な量子数(あるいは量子数の集合)ν を持つ状態を

〈ν|ν ′〉 = δ(ν − ν ′), (5.43)

のように規格化して導入する(量子数が複数ある集合には、右辺はその数だけのデルタ関数の積を表すものとする)。これに伴って完全性の条件は  ∫

dν |ν〉〈ν| = 1, (5.44)

となる。実際 (5.43)より

(∫

dν |ν〉〈ν|)|ν ′〉 =∫

dν|ν〉〈ν|ν ′〉

=∫

dν|ν〉δ(ν − ν ′) = |ν ′〉 (5.45)

が言える。具体的には、例えば H0 = ~p2

2mの固有状態である自由粒子(平面波)の

場合には、この規格化は

|~p〉 =1√

(2πh)3e

ih

~p·~r (5.46)

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5.2. 連続スペクトルと Fermi の黄金律 63

とする事に相当(〈~p|~p′〉 = δ3(~p − ~p′))。連続スペクトルの場合でも波動方程式の解はT積を用いて離散スペクトルの時と同様に表せる。ただし、行列やベクトルの掛け算の時に現れる添字に関する和は、完全性の条件が (5.44) のような積分で与えられる事に対応して、連続的な量子数に関する積分に直す必要がある。例えばスペクトルが全て連続的だとした場合の摂動の2次までの確率振幅の式は 

cν(t) = cν(t0) −i

h

∫dν ′

∫ t

t0dt′H ′

νν′(t′)cν′(t0)

− 1

h2

∫dν ′

∫dν ′′

∫ t

t0dt′

∫ t′

t0dt′′ H ′

νν′(t′)H ′ν′ν′′(t′′)cν′′(t0)

+ . . . . (5.47)

となる。(離散スペクトルも混在している場合には、その部分については積分ではなく和をとることにする。)ここで状態は |ψ(t)〉I =

∫dν cν(t)|ν〉と

表されるものとする。従って cν(t) = 〈ν|ψ(t)〉I。また、H ′νν′(t) = 〈ν|H ′

I(t)|ν ′〉。

(周期ポテンシャルによる離散スペクトル → 連続スペクトルの遷移) 連続スペクトルの例として、周期ポテンシャルを摂動として受ける場合の、離散スペクトルから 連続スペクトルへの遷移を考えよう。例えば、水素原子の電子(束縛状態で離散スペクトルを持つ)に外部から周期的電場がかかりイオン化(E > 0 となって非束縛状態、即ち連続スペクトルとなる)される場合などに相当する。角振動数 ω (> 0) で振動する摂動のハミルトニアンを

H ′ = A†eiωt + Ae−iωt (A :演算子)  (5.48)

とする。t0 で離散スペクトルの状態 |n〉 (エネルギーE(0)n ) にあった粒子

が t で連続スペクトルの状態 |ν〉 (そのエネルギーをEν とし、Eν > E(0)n

の場合を考える) に存在する確率振幅を摂動の一次で求め、その絶対値2乗から n → ν の遷移確率を計算すると、Aνn = 〈ν|A|n〉 等として、

P (n → ν) =1

h2 |∫ t

t0dt′e

ih(Eν−E

(0)n )t′(A†

νneiωt′ + Aνne−iωt′)|2

' 4| Aνn

h(ων − ωn − ω)|2 sin2(ων − ωn − ω)(t − t0)

2,(5.49)

ここで Eν ≡ hων , E(0)n ≡ hωn とした。また、上式において t′ 積分の結

果、分母が ων − ωn − ω となるもののみを残し、分母が ων − ωn + ω と

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64 第 5章 時間に依存した摂動論

なるものは無視した。これは分母が 0 と成りうる項が相対的に重要であるからである。物理的には、この分母が 0 という条件は 

ων − ωn − ω = 0 ↔ Eν − E(0)n = hω (5.50)

即ち、水素原子の例では、光子から hωのエネルギーを貰って、E(0)n → Eν

というレベル間の遷移が起きるという事を言っていて、エネルギー保存則(あるいは、振動という観点からは「共鳴」の条件)に対応すると言える。一見 (5.49) の結果は(ω = 0 とすれば)(5.42)の結果と何ら変わらな

いようであるが、物理的解釈としては「終状態」|ν〉 が連続スペクトルの状態なので、求めた確率は確率密度、即ち νからν + dν の範囲の状態に遷移する確率 dP (n → ν) が

dP (n → ν) = P (n → ν)dν (5.51)

と表されるものと解釈すべきものである。実際、|ψ(t)〉I =∫

dν cν(t)|ν〉とすると I〈ψ|ψ〉I =

∫|cν(t)|2 dν  =

∫P (n → ν)dν = 1 である。

量子論では時間間隔 t − t0 が小さい間はエネルギーの不確定性があるので、必ずしもエネルギー保存則を満たさない状態へも遷移確率があるが、時間が十分経つとエネルギーの不確定性は 0 に近づくので、エネルギー保存則を表す δ(ων − ωn − ω) が現れそうである。実際、(5.49) は t

が十分大きいときには連続変数ων の関数としてはデルタ関数のように振舞うことが分かる。これを見るために、一般に y が十分大きいと x の関数 sin2(xy)/x2 は

sin2(xy)

x2→ πy δ(x) (5.52)

と置きかえて構わないことに注意する。これは、yが大きいと、この関数はx = 0を少しでもはずれると急激に減少する関数であり、また sin2(xy)/x2

を x に関して積分すると πy となるからである。よって、(5.49) に現れるt − t0 に依存した項は t − t0 → ∞ で 

sin2 (ων−ωn−ω)(t−t0)2

(ων − ωn − ω)2

→ (t − t0) ·π

2δ(ων − ωn − ω), (5.53)

のように置き換えて良いが、これは要するに tが十分大きいとエネルギー保存則が成立することを表している。このように本来ων を固定して考えると tの振動する関数であったものが t−t0に比例する項に替わった(つまり遷

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5.2. 連続スペクトルと Fermi の黄金律 65

移をしたら元の状態には戻らない)のは |ν〉が連続スペクトルの状態であったためにエネルギーの不確定性がゼロに成り得るからである。これに対して離散スペクトルの場合にはエネルギーの不確定性∆E = Eν −E(0)

n − hω

がゼロとは成り得ず、従って

∆t ∼ h

∆E=

ων − ωn − ω(5.54)

の周期で振動が起きる、と解釈できる。(5.53) から、t− t0 が十分大きい時の、単位時間当たりに νからν + dν の範囲の状態に遷移する確率、これを dP (n → ν) と書くことにする、は

dP (n → ν)  = limt−t0→∞

1

t − t0P (n → ν) dν

=2π

hδ(Eν − E(0)

n − hω) |Aνn|2 dν (5.55)

となる(ここでデルタ関数の中を角振動数からエネルギーに置き換えたことに注意)。  ∫

P (n → ν) dν = 1 より、dν は連続パラメターが νからν + dν の範囲の、いわば “状態数”と考えられる(状態数が整数でないのは変であるが)。すると、

dν = ρ(Eν) dEν , ρ(Eν) =dν

dEν

(5.56)

と書いたときの ρ(E) は連続スペクトルを持つ場合の単位エネルギー当たりの状態数、即ち「状態密度」 と呼ばれるものである。(5.56) を (5.55) に代入し Eν で積分すると、エネルギー保存の成り立つ状態 |ν〉 への単位時間当たりの遷移確率は

P (n → ν) =∫

dP (n → ν)

=∫ 2π

hδ(Eν − E(0)

n − hω) |Aνn|2 ρ(Eν) dEν

=2π

h|Aνn|2 ρ(Eν) (Eν = E(0)

n + hω) (5.57)

と成る。この公式を「Fermi’s Golden Rule (Fermi の黄金律)」という。

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66 第 5章 時間に依存した摂動論

例えば、原子核のα崩壊は(原子のイオン化と違い外部からエネルギーをもらわなくても自発的に崩壊)、エネルギーE の束縛状態(正確には準安定状態)にあった α 粒子が原子核から受けるポテンシャルのバリアーを越えて、外部に自由粒子(連続スペクトル)として飛び出す現象である。ポテンシャルを V ′ とすると、単位時間の崩壊確率(崩壊幅 Γ という)は「Fermi の黄金律」より

Γ  =2π

h|V ′

~pn|2 ρ(E) (5.58)

ここで、V ′~pn は始状態の束縛状態 |n〉 と運動量 ~p の終状態(自由粒子)で

V ′ を挟んだもの:V ′~pn = 〈~p|V ′|n〉。またE = ~p2

2mより (p = |~p| として)

dE =p

mdp, d3p = p2 dp dΩ (dΩ :微小立体角) (5.59)

より dν に相当する “状態数” は d3p = mp dE dΩ と書かれる。よってこの場合 ρ(E) = d3p

dE= mp dΩ =

√2m3E dΩ と与えられる事が分かる。崩

壊が等方的であるとすると立体角 dΩ に関して積分して

ρ = 4π√

2m3E (5.60)

となる。よって、

Γ  =8π2

√2m3E

h|V ′

~pn|2. (5.61)

が崩壊幅となる。この崩壊幅は [T−1] の次元を持つ。従って τ = 1Γは時

間の次元を持ち、Γτ = 1 より τ の時間で崩壊する、即ち τ は崩壊する原子核の 「寿命」を与えると考えられる(正確にはα崩壊以外の崩壊先が無いとした場合)。しかし、実際には τ で原子核は無くなってしまうわけではない。単位時間あたりの崩壊率が Γ という事は、時刻 t の原子核の数をN(t) として

(dN(t)dt

)

N(t)= −Γ → N(t) = N(0) e−Γt = N(0) e−

tτ (5.62)

となる事を意味し、N(t) は 0 とはならない。Fermi のGolden Rule は連続スペクトルの状態があれば一般に成立す

るので、例えば水素原子の光子の自発放出による 2p → 1s の遷移の場合にも適用できる。この場合、水素原子の状態は始状態、終状態共に離散

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5.3. 原子の電磁波(輻射)放出・吸収 67

スペクトルの状態であるが、光子(輻射)は振動数が連続的に変わりうる自由粒子の状態と考えられる。(N.B.)

連続スペクトルの状態の規格化には、(5.43), (5.44) で述べたもの以外にも、いくつかの流儀がある。例えば、平面波の完全規格直交系を

〈~p|~p′〉 = (2π)3 δ3(~p − ~p′),∫ d3p

(2π)3|~p〉〈~p| = 1. (5.63)

とすると、状態数は d3p ではなくて d3p(2π)3

とすべきである。また、平面波は規格化されていない(体積積分すると無限大になる)ので有限な体積V の空間を考え、|~p〉 = 1√

Vei ~p·~r

h とする場合もある。この場合には「位相

空間」での状態数を計算すると V d3p(2πh)3

となる(これを示せ → 演習 or

宿題)。ただし遷移確率を求める際には、行列要素の方から 1/V が出て、状態数の方から V が出るので V は相殺し、最終結果は V に依存しないことが分かる。

5.3 原子の電磁波(輻射)放出・吸収 考えてみると量子力学の発見は電磁場のエネルギーの量子化(M. Planck)と原子から放出、あるいは原子に吸収される電磁波(輻射)のスペクトルの説明(N. Bohr)に端を発しているにも関わらず、これらを今まで量子力学の授業では扱って来なかった。そこで、フェルミの黄金律を用いて、原子による電磁波(輻射 (radiation))の単位時間あたりの放出 (emission)・吸収 (absorption) の確率を求めてみよう。(N.B.)

ボーアの原子模型で学ぶように、放出、吸収されるのは1個の光子である。この光子の概念をきちんと扱うためには、電磁場を様々な振動数の調和振動子の集まりと見なして、それらを量子化し電磁場のエネルギーが hω = hν を単位として量子化されることをみる必要がある。こうした量子化された場に関する理論体系を「場の量子論」という。しかし、この議論は授業の範囲を越えるので、ここでは電磁場は量子化せず、古典的な(量子化されていない)振動する場として扱う。た

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68 第 5章 時間に依存した摂動論

だし、電磁場が存在しない時にも電磁波が放出される、自発放出 (sponta-

neous emission)のような本質的に量子力学的な現象については、Einstein

のA 係数、B 係数の議論を用いてその確率を導出することにする。

5.3.1 原子中の電子が電磁波から受ける摂動

 原子中の電子は荷電粒子なので、これに電磁波をあてると振動する電

磁場が電子にかかる事になり、これから力を受ける。ローレンツ力の式~F = −e( ~E + 1

c~v × ~B) より、原子中の電子の速さは光速に比べ小さいの

で (vc

= O(α))、電子への磁場の影響は電場のそれに比べて小さく、ここでは無視することにしよう。更に、放出・吸収される電磁波の波長はほぼ可視光の波長で 0.1 (µm) = 10−7 (m) 程度で、原子の大きさの目安であるボーア半径 a = h

mcα' 0.5× 10−10 (m) より十分に大きいので、電磁場

の場所による依存性は無視する事にする。こうして、電子にかかる電場を(電場の方向を z-軸の方向として)

~E = E0 cos (ωt)~n (~n : z方向の単位ベクトル) (5.64)

と書くと、(シュタルク効果の時と同様に)電子が持つ電場による摂動のハミルトニアンは

H ′ = ezE0 cos (ωt) =eE0

2z(eiωt + e−iωt) (5.65)

と書ける。このハミルトニアンは (5.48) で述べた周期的ポテンシャルの場合でA = eE0

2z としたものと考えることができる。例えば光子の放出・

吸収により、原子中の電子が |ψa〉 で表される状態 a から |ψb〉 で表される状態 b へ遷移したとすると、遷移確率に関係する行列要素は

〈ψb|H ′|ψa〉 = −PzE0

2(eiωt + e−iωt), Pz ≡ −e 〈ψb|z|ψa〉 (5.66)

と表される。ここでPz は電荷に z 座標の期待値(正確には違う状態で挟んでいるので期待値とは言えないが)をかけたものなので、いわば電気双極子ベクトル (偏極ベクトル)の z 成分と見なせる。そこで電磁場の寄与をこのように近似する事を 「電気双極子近似」 と言う。

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5.3. 原子の電磁波(輻射)放出・吸収 69

5.3.2 フェルミの黄金律を用いた遷移確率の導出

 既に指摘したように、この問題は、先に議論した周期ポテンシャルによる遷移の場合と同様に扱うことができる。ただし、この場合には原子は離散スペクトルを持つが、放出・吸収される光子は連続スペクトルを持つためにフェルミの黄金律が適用できるのである。よって (5.57) において

Aνn → 〈ψb|A|ψa〉 = 〈ψb|eE0

2z|ψa〉 = −Pz

E0

2,

ρ(Eν) → ρ(Eγ) (Eγ :光子のエネルギー) (5.67)

と置き換えると(ただし、ρ(Eγ)は、光子のエネルギーがEγ からEγ+dEγ

の範囲に ρ(Eγ)dEγ 個の状態が存在することを意味する)、フェルミの黄金律より、単位時間当たりの光子の吸収による遷移の確率は

P (a → b) =π

2h|Pz|2 E2

0 ρ(Eγ) (5.68)

と与えられる。ただしエネルギー保存則よりEγ = Eb − Ea (Ea,bは始状態、終状態の原子のエネルギーレベル。Eb > Ea) が成立する。〈ψa|z|ψb〉 = 〈ψb|z|ψa〉∗ より、この遷移の逆過程、即ち角振動数 ω の光子を放出して bから a へ遷移する場合も同じ確率となる事が分かる。ここで下の議論の都合もあり、状態密度 ρ(Eγ) を、プランク分布で議論するような単位(角)振動数あたり、単位体積当たりの電磁場(輻射)のエネルギー密度 (少々紛らわしいが、これも ρ(ω) と書く)で書き直す事にする。そのために、電場の振幅の2乗E2

0 が電磁場のエネルギー密度に比例することに着目する。正確には単位体積当たりの電磁場のエネルギーは

1

8π( ~E2 + ~B2) (5.69)

で与えられる(CGSがウス単位系では ε0 = 1/(4π))。調和振動子では運動エネルギーと位置エネルギーの平均値が等しい(ビリアル定理)のと同様に電場と磁場の寄与の時間平均は丁度同じであり、また cos2(ωt) の時間平均は 1/2 なので、電磁場のエネルギー密度 u は

u =1

4π〈 ~E2〉 =

1

4π〈 ~E0

2cos2(ωt)〉 =

1

8πE2

0 (5.70)

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70 第 5章 時間に依存した摂動論

となる。よって dEγ の範囲の状態数 ρ(Eγ)dEγ に u を書けると、この範囲の電磁場の持つ単位体積当たりのエネルギーが

uρ(Eγ)dEγ =1

8πE2

0ρ(Eγ)dEγ (5.71)

となる。これをEγ = hω = hω の関係を用いて dω で書き直すと

1

8πE2

0 hρ(Eγ)dω (5.72)

と書ける。即ち、単位角振動数あたり、単位体積当たりの電磁場のエネルギー密度 ρ(ω) は

ρ(ω) =1

8πE2

0 hρ(Eγ) (5.73)

となる。この関係を用いると、遷移確率は

P (a → b) =4π2

h2 |Pz|2 ρ(ω) (5.74)

と求まる(MKSA 単位系では P (a → b) = πε0h2 |Pz|2 ρ(ω))。ここで、電

子の集合と電磁場の系が温度 T の熱平衡状態にある場合には、ρ(ω)はPlanck の黒体輻射 (black body radiation)の公式より

ρ(ω) =h

π2c3

ω3

ehωkT − 1

(5.75)

で与えられる。上の表式では電場は z 方向に偏極 (polarization) しているとしたため

Pz が現れたが、実際には電磁波は色々な方向に進行し、また偏極も進行方向と垂直に2方向をとりうる(電磁場は横波)ので、これらに関する平均を考えるのが現実的である。“電気双極子”のベクトルを

~P ≡ −e 〈ψb|~r|ψa〉 (5.76)

で定義すると、例えば電磁波が z 方向に進行する場合の二つの偏極方向は xおよび y 方向のいずれかなので、偏極方向について平均化すると、上の |Pz|2 の替わりに

1

2(|Px|2 + |Py|2) =

1

2sin2 θ |~P |2, |~P |2 = |Px|2 + |Py|2 + |Pz|2 (5.77)

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5.3. 原子の電磁波(輻射)放出・吸収 71

とすれば良い。ここでθはz軸、即ち電磁波の進行方向とベクトル(|Px|, |Py|, |Pz|)との成す角。次に sin2 θ を電磁波の進行方向について平均化すると

1

∫sin2 θ dΩ =

1

∫sin2 θ sin θ dθ dφ =

2

3(dΩ :微小立体角). (5.78)

よって、結局、平均化された遷移確率は

P (a → b) =4π2

3h2 |~P |2 ρ(ω) (5.79)

と求まる。これは、(5.74)において |Pz|2を平均化して 13(|Px|2 + |Py|2 +

|Pz|2) = 13|~P |2で置き換えたものである。

5.3.3 光子の吸収、誘導放出、自発放出

今までの議論では、電磁波を原子中の電子に“あてる”(照射)する事を想定した。例えば a の状態は、電磁場中の光子をひとつ吸収 (absorption)

して、よりエネルギーの高い bのような状態に遷移する、と考えることが出来る。一方、上で見たように電磁場中で b → a という逆過程が同じ確率で起き得る。これは電磁場の存在によって “刺激”された原子が光子を放出する現象と見なせるので誘導放出(stimulated emission)と呼ばれる。光子を用いると誘導放出は、(例えば)1個の光子が原子に吸収され、これに刺激されて2個の光子を放出する過程と考えることが出来る。この誘導放出の存在を指摘したのはA. Einstein であったが、電磁波をあてると光子が吸収でなく放出される、というのは当時は予想外の現象で驚きであったようである。誘導放射によれば、例えば全て b の状態にある多数の原子のひとつに1個の光子が入って来ると、2個の光子が放出され、それが隣の原子に入ると4個の光子を生成し、等々によって、ほぼ同時刻に振動数のそろった多数の光子を生成することが可能となる。これがレーザー (laser, light

amplification by stimulated emission of radiation) の原理である。これに対しボーアが議論したような高いエネルギーレベルの原子が光子を放出して低いエネルギーレベルに移る現象は、外から電磁波があてられなくても起きる現象で “自発放出 (spontaneous emission)” と呼ばれる。図 5.2参照。自発放出は、電磁場を古典的に扱う限り理解しがたいものである。実際、電磁波がかからないと (5.65) で述べたH ′ はゼロとなるので、b → a

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72 第 5章 時間に依存した摂動論

図 5.2: 原子による光子の吸収、誘導放出と自発放出 

のような遷移は起きない筈である。よって、本来自発放射を扱うには電磁場の量子化を行う必要があるが、これを持ちださなくても、次に述べる Einstein の議論を用いて、自発放出の確率を、吸収、誘導放出の確率と結びつけ、これを求めることが可能である。

5.3.4 Einstein のA 係数、B 係数

電磁場中に置かれた多数の原子の集合を考える。その内Na 個は状態 a

に、Nb 個は状態 b にあるとして、光子の吸収、等によるNa,b の時間変化を考えることにする。係数A を単位時間当たりの自発放出の確率とすると、単位時間当たり

この過程によって b から a に遷移する原子数はNb A と考えられる。つぎに、誘導放出の場合には、その確率は(5.79)に見られるように電磁場のエネルギー密度 ρ(ω) に比例するので、これをBbaρ(ω) と書こう。同様に吸収の確率をBabρ(ω)と書くと、吸収によって単位時間あたりNaBabρ(ω)

個の原子が a → b の遷移を起こすことになる。こうして、単位時間当たりのNb の変化は

dNb

dt= −NbA − NbBbaρ(ω) + NaBabρ(ω) (5.80)

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5.3. 原子の電磁波(輻射)放出・吸収 73

で与えられる。ここで、この原子の集合と電磁場の系は温度 T の熱平衡状態にあるとしよう。すると、エネルギーレベルの高い bの状態には、ボルツマン因子 e−

EkT の影響で、より少数の原子が存在することになる。つ

まりNa,b ∝ e−Ea,bkT (Ea,b :状態 a, bのエネルギーレベル) なので

Na

Nb

= e−Ea−Eb

kT = ehωkT (5.81)

という関係が得られる。熱平衡にあると (5.80) において dNb

dt= 0 なので

(5.81) の関係とあわせて

ρ(ω) =A

ehωkT Bab − Bba

(5.82)

が得られる。一方、Planck の黒体輻射の公式によれば

ρ(ω) =h

π2c3

ω3

ehωkT − 1

(5.83)

である。これら2式を比べて以下のふたつの重要な関係式が得られる

Bab = Bba

A =ω3h

π2c3Bba (5.84)

上の方の式は吸収と誘導放出の確率が同じ事を言っていて、既に述べたことである。一方、下の方の関係式から自発放出の確率A を導くことが出来る。実際 (5.79) より

Bab = Bba =4π2

3h2 |~P |2 ρ(ω) (5.85)

なので、これから直ちに単位時間当たりの自発放出の確率(崩壊幅) 

A =4ω3|~P |2

3hc3(5.86)

が得られる。

5.3.5 選択則

光子の吸収・放出の確率は

〈ψb|~r|ψa〉 (5.87)

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74 第 5章 時間に依存した摂動論

の絶対値2乗に比例するが、この行列要素はいつでも存在するわけでなく、ふたつの状態 |ψa〉, |ψb〉 が持つ(軌道)角運動量の間にある特別な関係がある場合にのみゼロでない値となる。つまり特別な角運動量の状態のみが遷移先として選択される事になるので、この性質を「選択則」(selection rule)

という。これを見るために、まず、ふたつの状態を原子の状態を記述する主量子

数、角運動量の大きさ、磁気量子数を用いて |n, l,m〉, |n′, l′, m′〉と書く。ここで重要なのは位置ベクトル~r を、大きさ 1 の角運動量 (l = 1) の状態を表す3つの (m = 1, 0,−1 に対応)球面調和関数 Y 1

1 , Y 01 , Y −1

1 を用いて表すことが出来る、という点である。実際、極座標表示すると

~r = r (sin θ cos φ, sin θ sin φ, cos θ) (5.88)

であるが、球面調和関数が

Y 01 =

√3

4πcos θ, Y ±1

1 = ∓√

3

8πsin θe±iφ (5.89)

で与えられるため、

~r =

√4π

3r (−Y 1

1 − Y −11√

2, i

Y 11 + Y −1

1√2

, Y 01 ) (5.90)

と位置ベクトルを球面調和関数で表すことができる。つまり位置ベクトル ~r は角運動量 l = 1 の波動関数と見なせるので 〈n′, l′,m′|~r|n, l,m〉 において ~r|n, l,m〉 は角運動量 l の状態と角運動量 1 の状態を表す波動関数の積をとること、即ち角運動量の合成を行う事と等価である。角運動量 l と角運動量 1を合成すると、合成した角運動量としては l+1, l, l−1(l 6= 0)

という三つの状態が可能である。よって |n′, l′,m′〉 との内積を考えると

l′ = l + 1, l, l − 1(l 6= 0) (5.91)

の場合以外は行列要素 〈n′, l′,m′|~r|n, l,m〉 がゼロとなることが分かる(異なる角運動量の状態は直交する)。また、磁気量子数に関しては、z は磁気量子数 0 の波動関数、また x, y は磁気量子数 1, −1 の波動関数の混ざったものと見なせるので、〈n′, l′,m′|z|n, l,m〉 はm′ = m の時のみ、〈n′, l′,m′|x, y|n, l,m〉 はm′ = m ± 1 の時のみ、即ち

m′ = m + 1, m, m − 1 (5.92)

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5.3. 原子の電磁波(輻射)放出・吸収 75

の場合にのみゼロでない行列要素が得られることが分かる。実は、角運動量保存則から得られる選択則の他に、パリティー保存則から更なる選択則が出る。電磁相互作用はパリティー対称性を持った理論なので ~r → −~r の元で不変な行列要素のみ許される。一方、位置ベクトル ~r は角運動量 1 の状態に対応するので、そのパリティー固有値は-1

であり(一般に、状態 |n, l,m〉 の持つパリティー固有値は (−1)l )、従って ~r|n, l,m〉 は始状態 |n, l,m〉 とは逆(符号)のパリティーを持つことになる。パリティー固有値の違う状態の内積は 0 となるので、角運動量保存則から許される l′ = l + 1, l, l − 1 の内で l の状態と逆のパリティーを持つ

l′ = l + 1, l − 1 (l = 0の場合には l + 1のみ) (5.93)

の状態への遷移のみが許されることになる。実際∫d3r Y m′

l ~r Y ml = 0 (5.94)

が言えるので l → l の遷移は起きないことが分かる。これは積分変数を~r → −~r と変換(パリティー変換)した時に被積分関数が(l に依らず)符号を変えるからである。この選択則に従うと、水素原子において第一励起状態から基底状態への自発放出で可能なのは |2, 1,m〉 → |1, 0, 0〉、即ち

2p → 1s (5.95)

遷移のみであることが分かる。

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77

第6章 WKB 近似

「WKB (Wentzel, Kramers, Brillouin) 法」は、一次元の時間に依らないシュレディンガー方程式の近似解を求める近似法で、この近似をWKB

近似という (国によっては違う言い方、例えばBWK 近似、と言ったりする)。一次元でなくとも3次元シュレディンガー方程式の動径方向の波動関数に用いたりもする。この手法は、束縛状態のエネルギーレベルやトンネル効果の確率を求める時などに特に有用である。この手法は「半古典的近似 (semi-classical approximation)」とも言われ、古典的なイメージからの類推という側面があるので、この辺について、具体的な話に入る前に少し直感的に議論しよう。例えば古典力学で、図 6.1のような階段型のポテンシャルの力を受けて粒子が左から右に一次元的に運動する場合を考える。古典力学なので、運動が可能という事は、E を力学的エネルギー、V (x) をポテンシャルエネルギーとして、当然 E > V (x) が成立している。今後、この条件が成立する x の領域を “

古典的領域”と呼ぶことにする。左側の領域 I から右側の領域 II に入ると粒子の速度は速まり、逆に単位長さ当たりの滞在時間は短くなる。これを量子力学で考えてみると、(時間に依らない)波動関数は、領域 I, II 共に平面波(ここでは三角関数で表す)と成るが、物質波の波長はド・ブロイの関係式λ = h

|p|から、I よりII の方が短くなる。これは I より II の方が運動量が大きいからである。ふたつの領域の境界で連続的に波動関数を接続すると、振幅は I より II

の方が小さくなることが分かる(図 6.2 参照)。これは古典論で述べた単位長さ当たりの滞在時間が短くなる事にちょうど相当していると言える。この例では何ら近似を用いずに平面波の解が得られるが、一般のポテンシャルの場合には、ポテンシャル、従って p = ±

√2m(E − V (x)) (E =

p2

2m+ V (x)) も場所と共に連続的に変化してしまうので、こうした平面波

を用いた記述は一般には出来なくなる。(例えば調和振動子の波動関数は三角関数では表されない。)しかしながら、もしもポテンシャルの空間的

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78 第 6章 WKB 近似

図 6.1: 階段型ポテンシャル 

変化が十分にゆっくりであれば平面波を、その波長と振幅を場所ごとに徐々に変えながら接続して波動関数を構成することが可能である(図 6.3

参照)。こうした考え方に立った近似法を

「WKB 法」という。上で述べた「ゆっくり変化する」という条件をより正確に述べると、物質波の波長が、その波長 λ = h

|p| 程度の領域で殆ど変化しない、という条件である。λdλ

dxが波長の変化になるので、これが λより十分小

さければ、殆ど変化しないと言える。結局半古典的近似が正当化される条件は

|dλ

dx| ¿ 1 (6.1)

であると言える。λ = h|p| を用いて書き直すと

| hp2

dp

dx| ¿ 1 (6.2)

とも書ける。なお、古典論では h → 0 と考えると、(6.2)は正確に成り立っている。この意味で、この条件が成立する場合は「半古典的」と見なせ、WKB 近似は半古典近似と言われるのである。上の議論ではE > V (x) という「古典的な領域」(古典力学で粒子の運

動が許される領域)を想定し、波動関数も振動解を想定した。しかし、以

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6.1. 古典的な領域 79

図 6.2: ポテンシャルの変化による波長と振幅の変化 

下に見るようにWKB 法は、 h|p| 程度の範囲でポテンシャルが殆ど変化し

ない、という条件さえあれば E < V (x) で p が純虚数となる「非古典的な領域」にも適用可能である。これがWKB 法をトンネル効果の場合に用いることが出来る理由である。(N.B.)

注意すべき点は、古典力学において粒子が一時的に静止する点、即ちE = V (x) となる「転回点 (turning points)」では λ = h

|p| が無限大となり(p = 0)、上で述べた条件が全く満たされない(V (x) = 定数 でない限り)ということである。これをどの様に扱うべきかは大きな問題点である。以下、具体的にWKB 法を用いたシュレディンガー方程式の解の構成法を述べよう。

6.1 古典的な領域出発点は時間に依らないシュレディンガー方程式 (ψ(x) は時間に依らない波動関数)

− h2

2m

d2ψ

dx2+ V (x)ψ = Eψ (6.3)

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80 第 6章 WKB 近似

図 6.3: ゆっくりしたポテンシャルの変化による波長と振幅の連続的変化 

である。ただし、ここでは古典的領域

E > V (x) (6.4)

を想定することにする。すると、場所xでの古典力学での運動量 pは(正のもののみ書くと)

p(x) =√

2m(E − V (x)). (6.5)

であり、p は実数である。p を用いると波動方程式は

d2ψ

dx2= −p2

h2ψ (6.6)

と書ける。p で決まる波長を持った平面波的な振る舞いを想定し、波動関数を

ψ(x) = A(x) eiφ(x) (6.7)

と書く。ここでA(x), φ(x)はいずれも実関数である。仮にV (x) 従ってp(x) が x に依らないとすると、振幅A(x) は定数となり、また位相部分は φ(x) = ± p

hx の様に平面波の時の振る舞いになる事に注意しよう。こ

れを(6.6)に代入すると

A′′ + 2iA′φ′ + iAφ′′ − A(φ′)2 = −p2

h2A, (6.8)

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6.1. 古典的な領域 81

が得られる。ここで ′ は x に関する微分を表すものとする。この実部と虚部をとると次の二つの微分方程式が得られる:

A′′ − A(φ′)2 = −p2

h2A, (6.9)

2A′φ′ + Aφ′′ = 0. (6.10)

(6.10) は (A2φ′)′ = 0 と(A 6= 0 である限り)同等なので、容易に解けて

A2|φ′| = C2, A =C√|φ′|

, (C :実定数) (6.11)

と求まる。しかし (6.9)の方は一般には解けないので、近似が必要となる。WKB 近似の考え方に従ってポテンシャル、よって振幅 Aの場所による変化が十分ゆっくりだとすると、A′′ は他の項に比べて無視して良いと考えられる。すると、

dx' ±p

h, (6.12)

即ち

φ(x) ' ±1

h

∫p(x) dx (6.13)

と解が求まる。こうして近似解として

ψ(x) ' C√p(x)

e±ih

∫p(x) dx (6.14)

が得られる。これは、期待した通り、x の付近では hp(x)で決まる波長を

持ち、振幅が√

p(x) に反比例する平面波で記述できることを言っている。よって

|ψ(x)|2 ' |C|2

p(x)(6.15)

となるが、これは最初に議論したように、ある場所での存在確率が粒子の速度に反比例することに丁度対応する。例として、無限の高さの壁を持ち、間が “でこぼこ”のポテンシャルの場合に、WKB 法を用いてどのように離散的なエネルギー固有値が求められるかを見てみよう:

V (x) =

ある有限な値を持つ関数 for 0 < x < a

∞ for x < 0, a < x. (6.16)

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82 第 6章 WKB 近似

エネルギーE が 0 < x < a で常に V (x) より大きいとすると、この領域での波動関数は (6.14) より、不定積分 φ(x) (6.13) を

φ(x) =1

h

∫ x

0p(x′) dx′ (6.17)

と固定すると、

ψ(x) ' 1√p(x)

c1 sin φ(x) + c2 cos φ(x) (6.18)

と線形結合の形で書ける。ただし、ここでは実数の波動関数を想定して、e∓iφ(x) (右向き、左向きの波に対応)の線形結合の替わりに、三角関数の線形結合の形に書いた。無限の壁があることから来る境界条件

ψ(0) = ψ(a) = 0 (6.19)

を課すと、

c2 = 0, sin φ(a) = 0 →∫ a

0p(x) dx = nπh =

n

2h (n = 1, 2, . . .)

(6.20)

という条件が出る。特に2番目の条件は、半古典的な議論であったボーアの原子模型における量子化条件を思い起こさせる。よって、この条件からエネルギーE の離散的固有値が求まることになる。例えば、特別な例として 0 < x < a の領域で V (x) = 0 の場合を考える

と、この場合には p(x) =√

2mE なので、(6.20) より

En =n2π2h2

2ma2(n = 1, 2, . . .) (6.21)

と求まるが、これは近似を用いないで正確に解いた結果と同じである。つまりこの場合には 0 < x < a の領域でのポテンシャルの変化は無いので、WKB 近似の前提条件(ポテンシャルがゆっくり変わる)が正確に成り立ち、正確な結果を与える、と考えられる。実際、この場合には波動関数の振幅A は一定なのでA′′ を落とすことは正当化される。 

WKB 近似が半古典近似であることから、この近似解を、h のベキによる展開(摂動展開と似ている)で最初の方の重要な部分(実際には h の0次、1次の項まで)をとってきたもの、と解釈することが可能である。つまり、量子力学から古典物理への移行は形式的に

h → 0 (6.22)

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6.1. 古典的な領域 83

の極限を採れば良いが、これは h を小さな量として完全に無視すると古典的になる事を言っている。よって量子力学的効果が小さい(半古典的)時には、h を小さいと思ってせいぜい h の1次のオーダーまで取り入れれば良い、という訳である。この事を確かめる為に、ポテンシャル(運動量)が一定の時の平面波の形を想定して

ψ(x) = eif(x)

h (6.23)

と書こう。ここで f(x) は複素数を値として持つ関数とし、運動量が一定ならば f(x) = px +定数 のようになる。f(x) を複素数とする限り一般性は失われていないことに注意しよう。この表式を (6.6) に代入すると

ihf ′′ − (f ′)2 + p2 = 0 (6.24)

という微分方程式が得られる。ここで f(x) を h のベキで展開する:

f(x) = f0(x) + hf1(x) + h2f2(x) + . . . (6.25)

これを (6.24) に代入して h のベキの各項をゼロとすると

(f ′0)

2 = p2, 2f ′0f

′1 − if ′′

0 = 0, (f ′1)

2 + 2f ′0f

′2 − if ′′

1 = 0, . . . (6.26)

が得られる。ただし hの 2次のオーダーまで書いた。hのゼロ次の式から

f0 = ±∫

p(x) dx (6.27)

となる。これを h の 1次の式に代入すると

f ′1 =

i

2

f ′′0

f ′0

=i

2

p′

p=

i

2(ln p)′ (6.28)

を得る。これを積分すれば

f1(x) =i

2ln p(x) + c0 (c0 :定数). (6.29)

よって h の一次のオーダーまでで近似すると

ψ(x) ' eih±

∫p(x)dx+h( i

2ln p(x)+c0)

= C1√p(x)

e±ih

∫p(x) dx (C = eic0), (6.30)

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84 第 6章 WKB 近似

が得られるが、これは (6.14) と同じである。ここで、(6.2) で導いた半古典的近似の条件を h展開の観点から見直し

てみよう。h の一次のオーダーまでで近似した (6.30)が正当化できるのは、次の次数の h2の項が hの項に比べて無視できる場合である。正確には f1,2の空間的変化が重要なので(定数項は波動関数の位相に寄与するだけである)、この条件は

hf ′2 ¿ f ′

1 (6.31)

と書ける。これを (6.26), (6.27), (6.29)の関係を用いて書きなおすと

| hp2

dp

dx| ¿ 1 (6.32)

となるが、これは(6.2)と同等である。ここで (h d2pdx2 )/(p

dpdx

)の項も現れるが、(6.32)より小さいことが導かれるので無視した。ここで注意すべきことは、(6.30)の導出においては p(x) が実数である

ことは用いておらず、非古典的な領域、即ちE < V (x)の領域にも適用可能であることである。この場合E < V (x) なので

p(x) =√

2m(E − V (x)) = i√

2m(V (x) − E) = i|p(x)| (6.33)

と書けるので

ψ(x) ' C ′√|p(x)|

e±1h

∫|p(x)| dx (C ′ :定数) (6.34)

となり、波動関数は指数関数的に振舞う。

6.2 トンネル効果(非古典的な領域)非古典的な領域での運動の例としてトンネル効果を考えよう。考えるポテンシャルは、“でこぼこ”の屋根を持った障壁である(図 6.4

参照):

V (x) =

0 for x < 0, a < x

ある有限な値を持つ関数 for 0 < x < a. (6.35)

x < 0 の領域から右に運動する粒子が、この障壁を越えて a < x の領域に達するトンネルの確率を求めよう。まず、古典的な領域での波動関数は正確に求まり、k =

√2mEhとして

ψ(x) =

A eikx + B e−ikx for x < 0

Feikx for a < x. (6.36)

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6.2. トンネル効果(非古典的な領域) 85

図 6.4: でこぼこの “屋根”を持ったポテンシャル障壁 

また、非古典的な領域 0 < x < a (この領域では 0 < E < V (x) とする)ではWKB 法を用いると (6.34) より

ψ(x) ' C√|p(x)|

e1h

∫ x

0|p(x′)| dx′

+D√|p(x)|

e−1h

∫ x

0|p(x′)| dx′

(6.37)

と書ける。トンネル確率、即ち透過確率 T は

T =|F |2

|A|2(6.38)

で与えられる。ここで障壁が高かったり、障壁の幅 (a) が厚かったりしてトンネルの確率が小さい場合には、x と共に増大する関数の寄与は小さい必要があるのでC は無視できると考えられる。よって、x = 0 および x = a での波動関数の接続条件より、|A|と |F |の比は、非古典領域での波動関数のx = 0 および x = a での値の比とほぼ(オーダー的に)等しいと考えられるので、

|F ||A|

∼ e−1h

∫ a

0|p(x′)| dx′

(6.39)

となり、従ってトンネル確率のオーダーは

T ∼ e−2γ, γ ≡ 1

h

∫ a

0|p(x)| dx (6.40)

で与えられることが分かる。

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86 第 6章 WKB 近似

図 6.5: ポテンシャル中を運動する粒子の転回点 T1,2

 

6.3 接続公式今まで扱って来た例では、ポテンシャルは転回点で不連続的に変化し

(垂直の “壁”)、そのため転回点の左右の近傍でE = V (x) と成ることは無かった。しかし、現実的にはポテンシャルは滑らかに変化するので、転回点の近傍ではE ' V (x) 即ち p(x) ' 0 となるのでWKB 近似は破綻してしまう。そこで、転回点の近傍のみで、シュレディンガー方程式を正確に解き、これを転回点の両脇のWKB 解(WKB 近似による解)とつなぐ事を考える。図 6.5 のような “鍋型の”ポテンシャルを考える。転回点は T1, T2 の2

箇所で、粒子は束縛されるが、そのエネルギー固有値を求めることを目標とする。ここでは、転回点 T2 での波動関数の接続を考えることにし、簡単のた

め T2 の位置が x = 0 となる様に座標の原点をずらすことにする。転回点の左右でのWKB 解は

ψWKB(x) '

1√p(x)

(Beih

∫ 0

xp(x′)dx′

+ Ce−ih

∫ 0

xp(x′)dx′

) for x < 0

1√|p(x)|

De−1h

∫ x

0|p(x′)|dx′

for 0 < x(6.41)

ここで、0 < x の領域で x とともに増大する指数関数の部分は無視した。

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6.3. 接続公式 87

これらの解は x = 0 の近傍では意味を成さないので、これらをつなぐ(patching)、x = 0 の近傍でのみ意味のある波動関数を求める。この領域ではポテンシャルは直線的に振舞う、即ち

V (x) ' E + V ′(0)x (6.42)

と振舞う、として良い。よって、paching の波動関数ψp(x) に関するシュレディンガー方程式は

− h2

2m

d2ψp

dx2= −V ′(0)xψp (6.43)

となる。ここで変数を x から無次元の変数

z ≡ αx, (α ≡ (2m

h2 V ′(0))13 ) (6.44)

に変換すると、微分方程式は

d2ψp

dz2= zψp (6.45)

と書き換えられる。この微分方程式は2階なので、その一般解はエアリー関数 (Airy function)と呼ばれる二つの特殊解 Ai(z), Bi(z) の線形結合で表される。エアリー関数は 1

3次のベッセル関数に関係しているが、ここ

では |z| が大きい時の漸近形のみ用いるので、これ以上立ち入らない事にする。よって ψp は

ψp(x) = a Ai(αx) + b Bi(αx) (a, b :定数) (6.46)

と書ける。この ψp を x = 0 の左右のWKB 解 ψWKB と、図 6.6のような二つの重複領域 (overlap zone)1,2でスムーズにつなぐ事を考える。重複領域はポテンシャルの線形近似が良い範囲であり、しかも原点より十分離れているのでエアリー関数の漸近形が使えるとする。例えば重複領域2を考えると、ここでは

p(x) '√

2m(−V ′(0))x = hα32

√−x (6.47)

となるので∫ x0 |p(x′)|dx′ = 2

3h(αx)

32 であり、よってWKB 解は

ψWKB(x) =D√

hα34 x

14

e−23(αx)

32 , (6.48)

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88 第 6章 WKB 近似

図 6.6: paching の波動関数を用いた接続 

となる、一方エアリー関数の 0 ¿ z における漸近形は

Ai(z) ∼ 1

2√

πz14

e−23z

32 , Bi(z) ∼ 1

√πz

14

e23z

32 , (6.49)

で与えられるので ψp(x) は重複領域2では

ψp(x) ' a

2√

π(αx)14

e−23(αx)

32 +

b√

π(αx)14

e23(αx)

32 (6.50)

となる。よって ψWKB と ψp を同一視すると、

a =

√4π

αhD, b = 0, (6.51)

が得られる。次に重複領域1について同様の議論をすると、まず ψWKB は

ψWKB(x) ' 1√hα

34 (−x)

14

(Bei 23(−αx)

32 + Ce−i 2

3(−αx)

32 ) (6.52)

と計算される。一方 ψp については b = 0 および Ai(z) の z ¿ 0での漸近形

Ai(z) ∼ 1√

π(−z)14

sin2

3(−z)

32 +

π

4, (6.53)

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6.3. 接続公式 89

を用いると、

ψp(x) ∼ a√

π(−αx)14

sin2

3(−αx)

32 +

π

4

=a

√π(−αx)

14

1

2iei π

4 ei 23(−αx)

32 − e−i π

4 e−i 23(−αx)

32 , (6.54)

となる。よって両者を比べると

a

2i√

πe

π4i =

B√hα

,−a

2i√

πe−

π4i =

C√hα

, (6.55)

という関係が得られる。ここで (6.51) を用いて a をD で書き表すと、結局、転回点の両側のWKB 解の関係を表す式

B = −iei π4 D, C = ie−i π

4 D, (6.56)

が得られる。これらを「接続公式」という。転回点 T2の位置を原点でなく x2 とすると、結局WKB 解は T2

の左右で

ψWKB(x) '

2D√p(x)

sin 1h

∫ x2x p(x′)dx′ + π

4 for x < x2

D√|p(x)|

e− 1

h

∫ x

x2|p(x′)|dx′

for x2 < x, (6.57)

と接続される。もう一つの転回点である T1 についても同様な議論が成り立ち、転回転の両側でのWKB解は、次の様に接続されることが分かる: 

ψWKB(x) '

D′√|p(x)|

e−1h

∫ x1x

|p(x′)|dx′for x < x1

2D′√p(x)

sin 1h

∫ xx1

p(x′)dx′ + π4 for x1 < x

. (6.58)

これは、T2の場合と同様な計算を再び行っても得られるが、x 軸の向きを反転させて(パリティー変換を行って)みるとT1,2 の役割が入れ換わることからも分かる様に、T2 の場合の結果 (6.57)において x → −x, x2 →−x1, p(x) → p(−x) と置き換え、その後に積分変数を x → −x と変えることで容易に得られる。この接続公式を使った例として、図 6.7のような x = 0で無限大となるポテンシャルによる束縛状態のエネルギーレベルを考えてみよう。

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90 第 6章 WKB 近似

図 6.7: 片側が無限大の障壁になっているポテンシャル 

この場合 x = x2 で接続された ψWKB(x) は x = 0 でゼロとなる必要があるので(今考えている場合には x = 0 でポテンシャルが不連続なので、この転回点では接続公式が使えないことに注意しよう)

1

h

∫ x2

0p(x′) dx′ +

π

4= nπ (n = 1, 2, . . .) (6.59)

あるいは ∫ x2

0p(x) dx = (n − 1

4)πh (6.60)

というエネルギーの量子化条件が求まる。例として 0 < x におけるポテンシャルが調和振動子のものと一致する

場合

V (x) =1

2mω2x2 (for 0 < x) (6.61)

を考えよう。この場合

x2 =1

ω

√2E

m(6.62)

であり、またp(x) = mω

√x2

2 − x2 (6.63)

と書ける。よって∫ x2

0p(x) dx = mω

∫ x2

0

√x2

2 − x2 dx =π

4mωx2

2 =πE

2ω(6.64)

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6.3. 接続公式 91

であり、従って (6.60) より n 番目のエネルギーレベルが

En = (2n − 1

2)hω =

[(2n − 1) +

1

2

]hω (n = 1, 2, . . .) (6.65)

と求まる。これは調和振動子における奇数番目のエネルギーレベルの場合(従って波動関数が奇関数の場合)の結果とぴったり一致している。波動関数が奇関数になるのは、無限大のポテンシャルの為に x = 0で波動関数がゼロに成るからであるので、この場合WKB 近似は正確なエネルギーレベルを与えることが分かる。

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93

第7章 散乱

ラザフォードの散乱実験によって原子模型が確立したように、物理学において、散乱実験は粒子の間に働く相互作用の法則や物質の性質を明らかにするために大きな役割を果たしている。この章では、量子力学において、散乱の確率、具体的には「散乱断面積」をどの様に求めることができるかについて解説する。

7.1 古典的な散乱理論 量子論を用いる前に、散乱理論の要点を理解するために、まず古典的な散乱理論を議論しよう。 例えば、ラザフォードの散乱実験の重い原子核中の陽子の様に、散乱を引き起こす力を生じる粒子 “標的(target)”がある点(散乱の中心)に静止しているとする。それによる力を受けながら、別の粒子(入射粒子)が散乱される状況を考える。その粒子はエネルギーEを持ち、衝突パラメター (impact parameter) b で入射し、散乱角 θ で飛び去るとする(図7.1参照): 衝突パラメター bとは、入射粒子の運動量ベクトルの延長線と衝突中心の間の距離のことである。普通は衝突パラメターが小さいほど力を受けやすく、従って散乱角は大きくなる。古典の散乱理論で扱う問題は、b

を与えたときに θを求めることである。

(例) 硬い球(ビリアードボール)による散乱標的が半径R の硬い球であるとする。この時、bと θ の関係は、b < R

の場合には

b = R sin(π − θ

2) = R cos(

θ

2) (7.1)

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94 第 7章 散乱

図 7.1: 散乱における、衝突パラメター b と散乱角 θ

 

で与えられる。また b > Rの場合には入射粒子は標的にぶつからないので θ = 0である。一般に、衝突係数 b の点の周辺の微小な断面積 dσ の領域を通過した入

射粒子は散乱角 θの方向を含む微小立体角 dΩの範囲の方向に散乱されるものとする。dσ が大きくなると dΩ も大きくなり、両者は比例するはず。その比例定数

dΩ(7.2)

を “微分断面積 (differential cross-section)”と言う。ここで、入射の際には断面積を考え、散乱され飛び去る際には断面積でなく立体角を考える理由は、ある微小立体角 dΩ内の方向に飛び去る場合に、それらの粒子の通過する領域である微小面の面積は散乱中心からの距離 r の 2乗に比例して r2dΩ の様に r に依存して変化してしまうからである。これに対して入射粒子の通過する領域の断面積は一定である。θを散乱の中心から見た天頂角と考え、方位角を φ とすると、dσ = b db dφと書け、またdΩ = sin θ dθ dφ なので、微分断面積は b, θを用いて

dΩ=

b

sin θ|db

dθ| (7.3)

と表される。尚、ここで散乱を引き起こす力は、例えばクーロン力の様な回転対称性のある力であり、従って散乱の様子は方位角 φには依らな

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7.1. 古典的な散乱理論 95

いと仮定している。(7.3)で絶対値が付いているのは、一般に bは θが大きくなると小さくなるので db

dθは負になるからである。

硬い球の場合にこれを適用すると、まず微分断面積は (7.1)、(7.3)より

dΩ=

R2

4(7.4)

となり θに依らないことが分かる。また、微分断面積を全ての立体角にわたって積分すると、全断面積 σが得られる:

σ =∫

dσ =∫ dσ

dΩdΩ. (7.5)

硬い球の場合には、(7.4)を代入すると

σ =∫ R2

4dΩ =

R2

4

∫dΩ =

R2

4× 4π = πR2 (7.6)

となるが、これは当然予想される球の断面の面積 πR2 に他ならない。つまりこの場合、球の断面の中に入って入射すれば必ず散乱され、断面を外れて入射すれば全く散乱されない、ということを言っている。実際の散乱実験の場合には、入射粒子は一様な強度のビーム(粒子束)となって入射する場合が多い。その強度は素粒子実験などではルミノシティーLと呼ばれる:

L =単位時間、単位断面積当たり入射して来る粒子の数. (7.7)

微小立体角 dΩの範囲に単位時間当たり散乱されて出ていく粒子数 dNは微小断面積 dσを単位時間当たりに通過する粒子数に等しく、従ってLdσ

で与えられる。よって 、微分断面積は、dN, dΩ, L を用いて

dΩ=

1

LdN

dΩ(7.8)

の様に、実験での観測量を用いて表すことが出来る。ルミノシティーが増えると、比例して dNも増えるが、その比で表される(微分)断面積はルミノシティー等には依らず、粒子に働く力(相互作用)の性質だけで決まるのである。そうした意味で、断面積という量が散乱理論において本質的に重要な役割を果たすことになる。

(例) ラザフォード散乱

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96 第 7章 散乱

硬い球の場合の散乱断面積は単に球の幾何学的大きさに対応し言わば自明であるが、力には色々な種類があり、その場合でも散乱断面積を決めることが出来る。代表的な例として、クーロン力による散乱であるラザフォード散乱を考える、エネルギーE、電荷 q1の入射粒子が、電荷 q2

で重く動かない標的によって散乱される場合を考える。この場合、b と θ

の関係の導出は少しやっかいであるが、結果は

b =q1q2

8πε0Ecot(

θ

2) (7.9)

となる。これから微分断面積は

dΩ=

[q1q2

16πε0E sin2( θ2)

]2

(7.10)

と求められる。ラザフォード散乱の大きな特徴として、θ → 0(“前方散乱”)において (7.10)が発散すること、また、(7.10)を積分して得られる全断面積も発散することである。これは、クーロン力は遠距離力なので、衝突パラメターがどんなに大きくともわずかながら力を受け、ほぼ前方に散乱されること、即ちクーロン力の及ぶ範囲が無限大であることを示している。

7.2 量子論的な散乱理論いよいよ、量子力学を用いて散乱を議論することにしよう。例えば入射粒子が z 軸方向の運動量を持って、散乱中心である原点に

向けて入射して来るとしよう。そのエネルギーをEとすると、入射粒子は、波数を k =

√2mEhとして、平面波

eikz (7.11)

で表される。平面波は空間的に広がっているので、特定の衝突パラメターを持った粒子の散乱と言う描像ではなく、入射粒子がビームとなって入射する状況を表していると見なせる。水面でも平面波がある場所で石にぶつかると、その石を中心に同心円状に波が広がるが、同様に散乱されて散乱中心から遠ざかる粒子の集団は、散乱中心から広がる球面波で表されると考えられる。即ち中心からの距離 r が十分に大きい所では

ψ(r, θ) ' Aeikz + f(θ)eikr

r (7.12)

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7.3. 部分波解析 97

の様に振る舞うようなシュレディンガー方程式の解を考えれば、これが散乱の様子を表すことになる。時間に依らない波動関数を考えるのは、定常的な入射粒子ビーム によって定常的な散乱が起きている状況を想定しているからであると思えばよい。また eikr

rは、動径方向に波数 kで進行す

る波を表すが、1rが付いているのは、ちょうど電球の光の強度が 1/r2で

減衰する様に、中心を囲む任意の半径の球面を単位時間に通過する確率の流れは確率の保存より一定であり、そのため確率の流れ密度、従って粒子の(存在)確率密度は 1/r2で減衰する必要があるからである。ここで “確率の流れ密度”の大きさは、その場所での確率密度に粒子の速さをかけたものであるが、粒子の速さは一定の為に確率の流れ密度は確率密度に比例して決まることに注意しよう。実際

|eikr

r|2 =

1

r2(7.13)

であり、確率密度は 1/r2で減衰することが分かる。また、|f(θ) eikr

r|2 =

|f(θ)|2r2 より、|f(θ)|2 は θ方向に散乱される確率、即ち微分断面積を表すと考えられる。実際、入射粒子が微小断面積dσを微小時間dtの間に通過する確率は、十分遠方での粒子の速さを vとして |Aeikz|2(dσ)(vdt) = A2dσvdt

となるが、これは dΩを dtの間に通過する確率 |Af(θ) eikr

r|2(r2dΩ)(vdt) =

A2|f(θ)r|2r2dΩvdtと等しいはずである。こうして

dΩ= |f(θ)|2 (7.14)

が得られる。散乱の様子を決定するf(θ)は散乱振幅 (scattering amplitude)

と呼ばれる。以下で、散乱振幅を計算するためのテクニックの一つである部分波解析について解説する。

7.3 部分波解析 ここまでの量子論的散乱の議論においては、衝突パラメター bは一意的に決まらず意味無さそうであるが、古典的には同じ速さで入射する粒子の散乱中心の周りの角運動量は bmvなので、bの代わりに角運動量を考えることが出来そうである。特に、クーロン力に代表されるような r のみに依存する中心力ポテンシャルの場合には、系の回転対称性の為に角運動量は保存されるので、各々の角運動量(正確には角運動量の大きさ

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98 第 7章 散乱

l)毎に散乱振幅を考えることが出来る。こうして各 l 毎に分けて散乱を解析する事を「部分波解析」と言う。以下でその手法を解説しよう。 一般に、中心力ポテンシャルの場合のシュレディンガー方程式の解

である波動関数は、ちょうど水素原子の場合に見られる様に動径部分と角度部分に変数分離した形で

ψ(r, θ, φ) = R(r)Y ml (θ, φ) (7.15)

の様に書ける。ここで Y ml は球面調和関数であり、また u(r) ≡ rR(r)は、

ポテンシャルを V (r)とすると、次の “動径方向の波動方程式”を満たす:

− h2

2m

d2u

dr2+

[V (r)+

h2

2m

l(l + 1)

r2

]u(r) = Eu(r). (7.16)

この様にR(r)でなく rR(r)が一次元的な波動方程式を満たす理由は、r ∼r + dr の球殻に粒子の存在する確率が 4πr2|R(r)|2 = 4π|u(r)|2 に比例し、u(r)が一次元的な波動関数の様に振る舞うからである。また、左辺の2項目の h2

2ml(l+1)

r2 の項は、回転座標系から見た時の遠心力を表すポテンシャルの項と見なす事が出来る。この項が無ければ、一次元の場合の波動方程式と完全に同じ形になる。ポテンシャルは rの大きな遠方で減衰するものとする。より正確には、

ここではポテンシャルによる力の働く範囲は実質的に “散乱領域”と呼ばれる有限の範囲に限定され、従って散乱断面積が発散する事が無いような場合を想定する。つまり、クーロンポテンシャルのような 1/rに比例して大きさが減衰するポテンシャルは想定しないことにする。すると、散乱中心からの距離に応じて、三つの領域に空間を分けることが出来る(図7.2参照):即ち、中心付近にはポテンシャルが存在する散乱領域があり、その周

りにポテンシャルがほぼ V (r) = 0であるが、遠心力によるポテンシャル項が無視出来ない “中間領域”があり、その周りに、光学でいう “輻射領域(radiation zone)”に対応する領域が存在する。より正確には、輻射領域とは (7.16)においてEの項に比べて遠心力ポテンシャルの項が無視できる領域、すなわちポテンシャルがゼロの時の波数を k =

√2mEhとして

kr À 1 (7.17)

を満たす領域として定義出来る。

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7.3. 部分波解析 99

図 7.2: 散乱領域、中間領域および輻射領域 

一番外側の輻射領域では (7.16)は単純に

d2u

dr2' −k2u(r) (7.18)

で近似されるので、その一般解は

u(r) ' Ceikr + De−ikr (C,D :任意定数) (7.19)

の様に書ける。散乱波に関してはC の方のみ採るべきなので

R(r) ∝ eikr

r(7.20)

と成るが、これは(7.12)での散乱波の振る舞いと同じである。次に、中間領域での波動関数を求めてみよう。ここではポテンシャルは相変わらず無視出来て V (r) = 0と考えて良いので、働く力に依らない一般的な波動関数の(一般)解を議論する事が出来る。(7.16)で V (r)の項のみ無視すると、微分方程式は

d2u

dr2− l(l + 1)

r2u(r) = −k2u(r). (7.21)

と書ける。この微分方程式の一般解は、第 1種球ベッセル (Bessel) 関数と第 2種球ベッセル関数(或いは球ノイマン (Neumann) 関数)の線形結合で

u(r) = Arjl(kr) + Brnl(kr) (A, B :未定定数) (7.22)

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100 第 7章 散乱

と書ける。しかし、これらは大雑把にはそれぞれ sin, cos の様に振る舞う関数なので、散乱波を表すには、平面波の様に振る舞う次の様に定義される第 1種、および第 2種の球ハンケル (Hankel) 関数の線形結合を用いる方が良い:

h(1)l (x) = jl(x) + inl(x), h

(2)l (x) = jl(x) − inl(x). (7.23)

lの小さいほうのハンケル関数を少しだけ具体的に書くと

h(1)0 (x) = −i

eix

x, h

(1)1 (x) = (− i

x2− 1

x)eix, (7.24)

h(2)0 (x) = i

e−ix

x, h

(1)1 (x) = (

i

x2− 1

x)e−ix, (7.25)

の様である。これから分かる様に kr À 1の輻射領域に入った場合の振る舞いを考えると、散乱波を記述するには eikrの様に振る舞う、第 1種ハンケル関数の方を用いるべきである。よって、散乱波の動径方向の波動関数は

R(r) ∝ h(1)l (kr) (7.26)

と書けることが分かる。こうして結局、散乱領域を除く V (r) = 0の領域での、入射波と散乱波の和は

ψ(r, θ, φ) = A

[eikr +

∑l.m

Cl,mh(1)l (kr)Y m

l (θ, φ)

](7.27)

と書けることが分かる。しかし、中心力ポテンシャルは方位角 φの方向の回転に関して不変(回転対称性より)なので、散乱波は実際には φに依らない。一方 Y m

l (θ, φ) は eimφの様な φ依存性を持つので、(7.27)においてm = 0のみが許されることになる。m = 0の球面調和関数は

Y 0l (θφ) =

√2l + 1

4πPl(cos θ) (7.28)

の様にルジャンドル (Legendre) 多項式で表されるので、結局波動関数は

ψ(r, θ) = A

[eikr + k

∞∑l=0

il+1(2l + 1)alh(1)l (kr)Pl(cos θ)

](7.29)

と書けることになる。ここで alは “部分波振幅 (partial wave amplitude)”

と呼ばれる量で、定式の様に定義すると散乱断面積は alを用いてすっきりと表すことが可能である。

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7.3. 部分波解析 101

輻射領域では、ハンケル関数は (7.23) より h(1)l (kr) ' (−i)l+1 eikr

krの様

に振る舞うので (7.29)の漸近的振る舞いと (7.12)を比較する事で、

f(θ) =∞∑l=0

(2l + 1)alPl(cos θ) (7.30)

という関係式が得られる。2l + 1は lに属する状態の磁気量子数mの採り方の自由度なので、alは角運動量が l の一つの状態当たりの散乱の確率振幅を表している、と考えることが出来る。これから微分断面積は、

dΩ= |f(θ)|2 =

∑l

∑l′

(2l + 1)(2l′ + 1)a∗l al′Pl(cos θ)Pl′(cos θ) (7.31)

と表される。これにdΩ = sin θdθdφをかけて積分し、全断面積を求めると

σ =∫ dσ

dΩdΩ =

∫ π

0sin θ dθ

∫ 2π

0dφ |f(θ)|2 = 4π

∞∑l=0

(2l + 1)|al|2 (7.32)

という簡潔な関係式が得られる。(7.32)を得る際にルジャンドル多項式の“規格直交性” ∫ 1

−1Pl(x)Pl′(x) dx =

(2

2l + 1

)δll′ (7.33)

を用いた。こうして、問題は与えられた V (x)の下で alを求めることに帰着する。これは、V (x)が存在する散乱領域でシュレヂィンガー方程式を解いて、これを中間領域での波動関数 (7.29)と接続することで実現可能である。その際に、直交座標で表されている (7.29)の入射波 Aeikz についても球座標で表すことにする。eikzは明らかにポテンシャルが存在しない時のシュレディンガー方程式の解であるので、(7.22)の様に球ベッセル関数で展開できるはずである。ここで、球ノイマン関数は、例えば n0(x) = − cos x

x

の様に x = 0で発散するが、一方例えば j0(x) = sin xxの様に(第 1種)球

ベッセル関数は原点で有限値をとる。よって入射波は jn(kr)で展開できるはずである。実際、レーリー (Rayleigh)の公式によれば

eikz = eikr cos θ =∞∑l=0

il(2l + 1)jl(kr)Pl(cos θ) (7.34)

と展開できる。よって、(7.29)は

ψ(r, θ) = A∞∑l=0

il(2l + 1)[jl(kr) + ikalh

(1)l (kr)

]Pl(cos θ) (7.35)

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102 第 7章 散乱

と書き換えられる。

(例) 量子論における硬い球による散乱古典論で議論した硬い球による散乱を部分波解析を用いて量子論的に

考えてみよう。硬い球を表すために次のようなポテンシャルを考える。

V (x) =∞ for r ≤ a

0 for r > a. (7.36)

すると、r < aでは波動関数はゼロとなるので、これと中間領域での波動関数を接続するということは、(7.35)が

ψ(a, θ) = A∞∑l=0

il(2l + 1)[jl(ka) + ikalh

(1)l (ka)

]Pl(cos θ) = 0 (7.37)

を要請することと同等である。Pl(cos θ)の直交性から、(7.37)は、各 lに関して

jl(ka) + ikalh(1)l (ka) = 0 (7.38)

が成立することと同値である。これから部分波振幅が

al = ijl(ka)

kh(1)l (ka)

(7.39)

の様に求まる。これから全断面積は

σ =4π

k2

∞∑0

(2l + 1)| jl(ka)

h(1)l (ka)

|2 (7.40)

となる。これは正確な結果であるが、特殊関数があって分かり難い。そこで特に

低エネルギーの場合について近似して調べてみよう。正確には ka ¿ 1、即ち物質波の波長が球の大きさより十分大きい場合を考える。上述の様に、xが小さい場合には jl(x) ' 2ll!

(2l+1)!xl より nl(x) ' − (2l)!

2ll!1

xl+1 の方がずっと大きくなる。よって、

jl(x)

h(1)l (x)

' −ijl(x)

nl(x)' i

2l + 1

[2ll!

(2l)!

]2

x2l+1 (7.41)

と近似出来る。これを用いると(7.40)は

σ ' 4π

k2

∞∑0

1

2l + 1

[2ll!

(2l)!

]4

(ka)4l+2 (7.42)

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7.3. 部分波解析 103

となる。ka ¿ 1を想定しているので (7.42)で l = 0の寄与が支配的になる。よって

σ ' 4πa2 (7.43)

が得られる。これは、古典論で得られた球の幾何学的断面積 πa2の丁度 4

倍になり、古典論の結果とは一致しない。(7.43)は球の断面積ではなく、球の表面積に成っている。直感的には波長の長い物質波においては回折が大きく、球の “裏側にまで回り込んで” の散乱が可能になるためであると理解することも出来る。