解明 178.In vivoプロモーター解析によるインスリン...

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178. In vivo プロモーター解析によるインスリン感受性遺伝子の発現調節機構の 解明 矢作 直也 Key words:インスリン,転写因子,プロモーター,肝臓, 脂肪 *東京大学 医学部 糖尿病代謝内科 本研究は,過栄養状態・肥満に伴うインスリン抵抗性症候群の病態を解明し,治療に結び付けることを最終目標として行った. インスリン抵抗性の発生メカニズムを解明していくにあたっては,まずインスリン作用の全貌についてもっと深く理解せねばなら ない.そこで我々は転写調節からみたインスリン作用に注目し,インスリン作用を受けて転写調節される遺伝子を拾い上げるこ とから着手した.具体的には DNA マイクロアレイを用いてインスリン感受性遺伝子のスクリーニングを行った.その結果,イン スリンの標的臓器である肝臓および脂肪組織において,最もインスリン依存的に発現が誘導される遺伝子群は fatty acid synthase などの脂肪酸・中性脂肪合成系の諸酵素遺伝子(lipogenic 遺伝子)であることが明らかとなった(図 1) 1) 図 1. 肝臓と脂肪組織の摂食応答遺伝子. 肝臓および脂肪組織から mRNA を抽出し,DNA マイクロアレイにより各遺伝子の発現量の定量を行った.摂食後の 状態と絶食時とで比較し,倍率の自然対数を求め,横軸に肝臓での値を,縦軸に脂肪組織での値をプロットした.肝 臓でも脂肪組織でも lipogenic 遺伝子は強い摂食応答を示した. *現所属:東京大学 大学院医学系研究科 分子エネルギー代謝学 上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009) 1

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  • 178. In vivo プロモーター解析によるインスリン感受性遺伝子の発現調節機構の解明

    矢作 直也

    Key words:インスリン,転写因子,プロモーター,肝臓,脂肪

    *東京大学 医学部 糖尿病代謝内科

    緒 言

     本研究は,過栄養状態・肥満に伴うインスリン抵抗性症候群の病態を解明し,治療に結び付けることを最終目標として行った. インスリン抵抗性の発生メカニズムを解明していくにあたっては,まずインスリン作用の全貌についてもっと深く理解せねばならない.そこで我々は転写調節からみたインスリン作用に注目し,インスリン作用を受けて転写調節される遺伝子を拾い上げることから着手した.具体的には DNA マイクロアレイを用いてインスリン感受性遺伝子のスクリーニングを行った.その結果,インスリンの標的臓器である肝臓および脂肪組織において,最もインスリン依存的に発現が誘導される遺伝子群は fatty acid synthaseなどの脂肪酸・中性脂肪合成系の諸酵素遺伝子(lipogenic 遺伝子)であることが明らかとなった(図 1)1). 

     図 1. 肝臓と脂肪組織の摂食応答遺伝子.

    肝臓および脂肪組織から mRNA を抽出し,DNA マイクロアレイにより各遺伝子の発現量の定量を行った.摂食後の状態と絶食時とで比較し,倍率の自然対数を求め,横軸に肝臓での値を,縦軸に脂肪組織での値をプロットした.肝臓でも脂肪組織でも lipogenic 遺伝子は強い摂食応答を示した. 

      

    *現所属:東京大学 大学院医学系研究科 分子エネルギー代謝学

     上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009)

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  •  さらに重要なことに,これら lipogenic 遺伝子の発現は,肥満に伴うインスリン抵抗性状態では,脂肪組織において発現が著明に低下し,インスリン抵抗性を反映しているものと考えられた(図 2).従って,特に脂肪細胞における lipogenic 遺伝子の発現調節機構を解明することが,インスリン抵抗性の理解への第一歩となりうるものと考えられた. 

     図 2. インスリン抵抗性モデル(ob/ob マウス)脂肪組織のマイクロアレイ解析.

    マイクロアレイによるトランスクリプトーム解析結果を,野生型マウス脂肪組織の摂食応答を縦軸に,ob/ob マウスでの変化率(摂食時での対野生型比)を横軸にしてプロットした.強い摂食応答を示す lipogenic 遺伝子は ob/ob マウスでは発現が減少しており,インスリン抵抗性を反映しているものと考えられた. 

        一 方 我 々 は , Goldstein ・ Brown ら に よ っ て 発 見 さ れ た 転 写 因 子 sterol regulatory element-bindingprotein-1(SREBP-1)に対して,ノックアウトマウス 2)とトランスジェニックマウス 3)の樹立,解析を行い,それらの結果から,肝臓における lipogenic genes の転写に SREBP-1 が深く関与していることを報告してきた 4)-11).SREBP-1c はそのmRNA発現量自体がインスリン刺激で上昇することから,SREBP-1c の上流の調節機構がどうなっているかが重要なテーマとなった.

    方法および結果

     これらの結果を受け,SREBP-1c および lipogenic 遺伝子のプロモーター解析からインスリンシグナルの下流で働く転写調節機構を解明するべく,次のステップに進んだ. しかし,ここに,lipogenic 遺伝子の発現調節機構は in vitro の系では解析が困難である,という特殊事情が立ちはだかっていた.その理由は,培養細胞では lipogenic 遺伝子の発現誘導が観察されないからである.すなわち,in vivo の臓器(肝臓,脂肪組織)ではインスリン刺激により 30 倍~ 50 倍の発現誘導が見られるが,培養細胞では高濃度のインスリンに曝してもこのようなダイナミックな誘導現象は全く観察されない.その理由は現在全く不明であるが,このような事情により,lipogenic遺伝子のプロモーター解析は in vitro ではきちんと出来ない状況であった. そこで本研究では,マウス生体内で直接にプロモーター解析を行うことでこの問題を回避することとした.1 つはトランスジェニックマウスを作成して解析を行い,他の方法として,アデノウイルスを用いた遺伝子導入の系を用いた. 

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  •   SREBP-1c 遺伝子上流の 2.2kb 領域で駆動されるルシフェラーゼレポーター遺伝子の発現カセットを受精卵に注入してトランスジェニックマウスを 2 系統樹立し,解析したところ,肝臓および脂肪組織で,内因性の SREBP-1c の動きと完全に一致して,ダイナミックなレポーター遺伝子の摂食応答を観察できた(図 3)12).  

     図 3. SREBP-1c-promoter-luc-Tg mouse の肝臓・脂肪組織のルシフェラーゼ活性.

    SREBP-1c プロモーター領域で制御されるルシフェラーゼ遺伝子をゲノムに入れたトランスジェニックマウスを解析したところ,ほぼ内因性の SREBP-1c 遺伝子の動きと同等のルシフェラーゼレポーター活性の動きが見られ,SREBP-1c 遺伝子上流 2.2kb 領域の中に,摂食応答を引き起こすプロモーター活性のあることが確認された.

       一方,アデノウイルスを用いた系でも同様の結果が得られた.すなわち,トランスジェニックマウスと同様のコンストラクトをアデノウイルスに組み込んで,肝臓または脂肪にトランスダクションさせたところ,SREBP-1c の 2.2kb プロモーターに強い摂食応答活性が見られた(図 4).また,fatty acid synthase遺伝子上流の0.2kb についてもほぼ生理的な誘導現象に匹敵する強力なプロモーター活性を有していることを確認できた.ルシフェラーゼ活性の測定には,超高感度の生体イメージングシステムである IVIS(in vivo imaging system; Xenogen 社製)を使用した.このシステムはマウス丸ごとでルシフェラーゼによる発光を測定できる最新の装置であり,同一動物の反復測定が可能なため,絶食時と摂食時とで同一個体を比較することによりウイルスのトランスダクション量を補正でき,本研究に非常に有効であった. 

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     図 4. IVIS を用いた肝臓での in vivo プロモーター解析.

    アデノウイルスを用いて肝臓に SREBP-1c 遺伝子上流の 2.2kb プロモーターとルシフェラーゼレポーター遺伝子をトランスダクションし,摂食応答を in vivo imaging system (IVIS)により定量した.トランスジェニックマウスと同等のレポーター遺伝子の強い摂食応答が見られ,in vivo プロモーター解析をこの系で行えることが確認できた.

     

    考 察

     今後の展開方針としては,上述のアデノウイルスを用いた実験をさらに進め,deletion や mutation により作出した様々なコンストラクトをアデノウイルスを用いて遺伝子導入することで,細かくプロモーター解析を行っていき,大事な cis-element を同定することを目指す.さらにはそれを手がかりに,それらの cis-element に結合する trans-activator を探索し,上流の因子を同定していくことにより,転写調節経路の全体像を明らかにすることが可能と考えている. 本研究で最終的に目指すことは,インスリン抵抗性の分子機序の解明である.インスリン抵抗性の機序を明らかにするためには,まずその前に,インスリンシグナル伝達について全貌を理解せねばならない.インスリンシグナル伝達に関しては,インスリン受容体以降の数ステップのタンパクリン酸化カスケードまでは解明されてきているが,インスリン作用が及んでいく時間経過を考えると,その先にもさらに数百または数千段階(あるいはそれ以上)の生体反応が行われるはずである.そのような複雑な生体の反応の中で,インスリン抵抗性の発生箇所を突き止めることが如何に困難であるかは容易に想像できることである. このような複雑性を考慮すると,どのようなアプローチにせよインスリン抵抗性の病態解明は困難ではあるが,我々は,インスリン受容体からのトップダウンの流れの中でのメカニズム解明ではなく,インスリン作用の一番下流と思われる lipogenic 遺伝子の発現誘導現象から,ボトムアップしていく戦略を採用する. 従来,このようなボトムアップ戦略が奏功していなかったのは,前述のように,培養細胞ではプロモーター解析がうまく行えなかったことに原因があるものと考えられる. 本研究において確立された in vivo プロモーター解析を行っていくことで,ようやくインスリン作用を受けた lipogenic 遺伝子の転写調節機構がきちんと理解され,そこからさらに上流へ向けひとつひとつ辿っていくことで,いずれはインスリンシグナル伝達の源流部分としっかりと繋がることが期待される.

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  • 文 献

    1) Yahagi, N. & Shimano, H.: Unraveling Lipid Metabolism with Microarrays, pp. 237-248, In Berger Aand Roberts MA ed., CRC Press, New York, 2005.

    2) Shimano, H., Yahagi, N., Amemiya-Kudo, M., Hasty, A. H., Osuga, J., Tamura, Y., Shionoiri, F., Iizuka,Y., Ohashi, K., Harada, K., Gotoda, T., Ishibashi, S. & Yamada, N.: Sterol regulatory element-bindingprotein-1 as a key transcription factor for nutritional induction of lipogenic enzyme genes. J. Biol.Chem., 274:35832-35839, 1999.

    3) Shimano, H., Horton, JD., Hammer, RE., Shimomura, I., Brown, MS. & Goldstein, JL.: Overproductionof cholesterol and fatty acids causes massive liver enlargement in transgenic mice expressingtruncated SREBP-1a. J. Clin. Invest., 98:1575-1584, 1996.

    4) Sekiya, M., Yahagi, N., Matsuzaka, T., Takeuchi, Y., Nakagawa, Y., Takahashi, H., Okazaki, H., Iizuka,Y., Ohashi, K., Gotoda, T., Ishibashi, S., Nagai, R., Yamazaki, T., Kadowaki, T., Yamada, N., Osuga, JI.& Shimano, H.: Sterol regulatory element-binding protein (SREBP) -1-independent regulation oflipogenic gene expression in adipocytes. J. Lipid Res., 48:1581-1591, 2007.

    5) Inoue, N., Yahagi, N., Yamamoto, T., Ishikawa, M., Watanabe, K., Matsuzaka, T., Nakagawa, Y.,Takeuchi, Y., Kobayashi, K., Takahashi, A., Suzuki, H., Hasty, AH., Toyoshima, H., Yamada, N. &Shimano, H.: Cyclin-dependent kinase inhibitor, p21WAF1/CIP1, is involved in adipocytedifferentiation and hypertrophy, linking to obesity and insulin resistance. J. Biol. Chem.,283:21220-21229, 2008.

    6) Najima, Y., Yahagi, N., Takeuchi, Y., Matsuzaka, T., Sekiya, M., Nakagawa, Y., Amemiya-Kudo, M.,Okazaki, H., Okazaki, S., Tamura, Y., Iizuka, Y., Ohashi, K., Harada, K., Gotoda, T., Nagai, R.,Kadowaki, T., Ishibashi, S., Yamada, N., Osuga, JI. & Shimano, H.: High mobility group protein-B1(HMGB1) interacts with sterol regulatory element-binding proteins (SREBPs) to enhance their DNAbinding. J. Biol. Chem., 280:27523-27532, 2005.

    7) Yahagi, N., Shimano, H., Hasegawa, K., Ohashi, K., Matsuzaka, T., Najima, Y., Sekiya, M., Tomita, S.,Okazaki, H., Tamura, Y., Iizuka, Y., Ohashi, K., Nagai, R., Ishibashi, S., Kadowaki, T., Makuuchi, M.,Ohnishi, S., Osuga, JI. & Yamada, N.: Coordinate activation of lipogenic enzymes in hepatocellularcarcinoma. Eur. J. Cancer, 41:1316-1322, 2005.

    8) Yahagi, N., Shimano, H., Matsuzaka, T., Sekiya, M., Najima, Y., Okazaki, S., Okazaki, H., Tamura, Y.,Iizuka, Y., Inoue, N., Nakagawa, Y., Takeuchi, Y., Ohashi, K., Harada, K., Gotoda, T., Nagai, R.,Kadowaki, T., Ishibashi, S., Osuga, JI. & Yamada, N.: p53 involvement in the pathogenesis of fattyliver disease. J. Biol. Chem., 279:20571-20575, 2004.

    9) Yahagi, N., Shimano, H., Matsuzaka, T., Najima, Y., Sekiya, M., Nakagawa, Y., Ide, T., Tomita, S.,Okazaki, H., Tamura, Y., Iizuka, Y., Ohashi, K., Gotoda, T., Nagai, R., Kimura, S., Ishibashi, S., Osuga,JI. & Yamada, N.: p53 activation in adipocytes of obese mice. J. Biol. Chem., 278:25395-25400, 2003.

    10) Yahagi, N., Shimano, H., Hasty, AH., Matsuzaka, T., Ide, T., Yoshikawa, T., Amemiya-Kudo, M.,Tomita, S., Okazaki, H., Tamura, Y., Iizuka, Y., Ohashi, K., Osuga, J., Harada, K., Gotoda, T., Nagai,R., Ishibashi, S. & Yamada, N.: Absence of sterol regulatory element-binding protein-1 (SREBP-1)ameliorates fatty livers but not obesity or insulin resistance in Lepob/Lepob mice. J. Biol. Chem.,277:19353-19357, 2002.

    11) Sekiya, M., Yahagi, N., Matsuzaka, T., Najima, Y., Nakakuki, M., Nagai, R., Ishibashi, S., Osuga, J.,Yamada, N. & Shimano, H.: Polyunsaturated fatty acids ameliorate hepatic steatosis in obese miceby SREBP-1 suppression. Hepatology, 38:1529-1539, 2003.

    12) Takeuchi, Y., Yahagi, N., Nakagawa, Y., Matsuzaka, T., Shimizu, R., Sekiya, M., Iizuka, Y., Ohashi, K.,Gotoda, T., Yamamoto, M., Nagai, R., Kadowaki, T., Yamada, N., Osuga, JI. & Shimano, H.: In vivopromoter analysis on refeeding response of hepatic sterol regulatory element-binding protein-1cexpression. Biochem. Biophys. Res. Commun., 363:329-335, 2007.

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