Dr.Hokaのアドバイス 緊急手術の場合の術前訪問 …14 15 2 術前管理 A...

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14 15 2 A Dr.Hoka のアドバイス 問題点を聞き出せるかが鍵 術前のコンディションや問題点を大げさに言う患者と,異常 をなるべく隠そうとする患者がいる。それを見分けるのも術前 評価の大事な仕事である。症状を大げさに言う人と隠す人では, 大げさに言ってくれた人の方が対処しやすい。大したことはな いと自分で判断して隠している人の方が危ない。聞かれなかっ たから言わなかったというようなことがないように,術前訪問 では,細かく,しつこく,具体的に術前のコンディションを聞 き取ることが大切である。 総合評価(ASA 分類) ASA の身体評価(PS)による分類(表4)が用いられる。 緊急手術では“E”をつける(例:PS2E)。 表 4 ASA 分類 分類 身体評価 PS1 (手術となる原因以外は)健康な患者 PS2 軽度の全身疾患をもつ患者 PS3 重度の全身疾患をもつ患者 PS4 生命を脅かすような超重度の全身疾患をもつ患者 PS5 手術なしでは生存不可能な瀕死状態の患者 PS6 臓器移植のドナーとなる,脳死と宣告された患者 図3 Allenテスト 一口メモ ASA 分類と周術期死亡率の関係(おおよその目安) ASA 分類   周術期死亡率   PS1 1/10,000 〜 100,000 人 PS2 1/1,000 〜 10,000 人 PS3 1/100 〜 1,000 人 PS4 1/10 〜 100 人 緊急手術の場合の術前訪問 TEMPLA(テンプラ)は絶対に聞き逃さない 手術までに時間の余裕がないとき,絶対に聞き逃してはいけ ないのが TEMPLA である。 T:Teeth→歯の状態(差し歯入れ歯ぐらつきなど)を聞 く。 E:Emergency →緊急手術の理由を聞く。手術の適応を再確 認する。 M:Medications →薬をチェックする。日常,使っている薬, 特に抗血小板薬抗凝固薬降圧薬の有無を聞く。 P:Past, Present and Pregnancy →既往歴現病歴妊娠有無をチェックする。特に心臓病,糖尿病,失神,胸痛の有 無を聞く。 L:Last meal →最後の食事は何時頃で,何を食べたのかを聞 く。 A:Allergy and Asthma →アレルギー喘息の有無を聞く。 よくある合併症の術前診察のポイント 表5(p.16)にまとめるが,詳しくは10章「注意すべき疾患 の麻酔」を参照のこと。

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術前管理

A

術前評価

 

Dr.Hoka のアドバイス

問題点を聞き出せるかが鍵術前のコンディションや問題点を大げさに言う患者と,異常をなるべく隠そうとする患者がいる。それを見分けるのも術前評価の大事な仕事である。症状を大げさに言う人と隠す人では,大げさに言ってくれた人の方が対処しやすい。大したことはないと自分で判断して隠している人の方が危ない。聞かれなかったから言わなかったというようなことがないように,術前訪問では,細かく,しつこく,具体的に術前のコンディションを聞き取ることが大切である。

総合評価(ASA分類)

ASA の身体評価(PS)による分類(表4)が用いられる。緊急手術では“E”をつける(例:PS2E)。

表4 ASA分類

分類 身体評価PS1 (手術となる原因以外は)健康な患者PS2 軽度の全身疾患をもつ患者PS3 重度の全身疾患をもつ患者PS4 生命を脅かすような超重度の全身疾患をもつ患者PS5 手術なしでは生存不可能な瀕死状態の患者PS6 臓器移植のドナーとなる,脳死と宣告された患者

図3 Allenテスト

一口メモ ASA分類と周術期死亡率の関係(おおよその目安)  ASA分類   周術期死亡率   PS1 1/10,000〜100,000人 PS2 1/1,000〜10,000人 PS3 1/100〜1,000人 PS4 1/10〜100人

緊急手術の場合の術前訪問

TEMPLA(テンプラ)は絶対に聞き逃さない

手術までに時間の余裕がないとき,絶対に聞き逃してはいけないのが TEMPLAである。◦T:Teeth→歯の状態(差し歯や入れ歯,ぐらつきなど)を聞く。◦E:Emergency→緊急手術の理由を聞く。手術の適応を再確認する。◦M:Medications→薬をチェックする。日常,使っている薬,特に抗血小板薬や抗凝固薬,降圧薬の有無を聞く。◦P:Past,PresentandPregnancy→既往歴と現病歴と妊娠の有無をチェックする。特に心臓病,糖尿病,失神,胸痛の有無を聞く。◦L:Lastmeal→最後の食事は何時頃で,何を食べたのかを聞く。◦A:AllergyandAsthma→アレルギーと喘息の有無を聞く。

よくある合併症の術前診察のポイント

表5(p.16)にまとめるが,詳しくは10章「注意すべき疾患の麻酔」を参照のこと。

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術前管理

C

患者への説明

麻酔の必要性,危険性(合併症),実際の流れを説明し,同意を得る

◦患者への説明内容は表1のとおりである。

表1 患者への説明の内容

◦麻酔の必要性◦麻酔の手技と手順◦絶飲食・前投薬◦危険性(合併症)◦輸血の可能性◦術後痛や術後の状態

術前訪問の実際

◦患者の確認と自己紹介をする。

◦入院の理由や現在の体調など,話しやすい内容から聞き始める。

○○さんですね。私は,麻酔科の△△です。明日の麻酔を担当します。どうぞよろしくお願いします。今日は術前訪問に参りました。これから診察と麻酔の説明を行いますが,その前にいくつかお聞きしたいことがあります。

◦病歴や合併症を確認する。特に麻酔を受けたことがあるか否か,家族や血縁者も含めて麻酔で問題はなかったかを確認する。アレルギー歴についても必ず聞く。◦手術室に入ってからの手順を説明する。◦麻酔の合併症を説明する。◦絶飲食の指示と前投薬の説明をする。◦最後に「何かご質問はありますか?」と尋ねる。◦麻酔の同意書に署名をもらう。

説明の実際

以下は,麻酔科医から患者への説明を,各項目ごとに経時的に列挙したものである。

全身麻酔の気管挿管法

◦手術室に入ったら,お名前を確認したあと,血圧計や酸素濃度測定用の装置などのモニターを付けます。◦麻酔薬を点滴から注射して眠ってもらいます。その後,筋肉を弛緩させる薬を使ったあと,柔らかいチューブを口(鼻)から気管に入れます。これは,手術中の人工呼吸を安全に行うためのもので,全身麻酔に欠かせない手技です。◦この際,喉頭鏡という金属の器具で口を開けるために歯を傷つける可能性があります。細心の注意を払いますが,折れやすい歯があったり,口がうまく開かなかったり,気管の入り口が見えにくいなど手技が難しいときに歯が傷つくことがあります。

C 患者への説明

2 術前管理

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3

麻酔の準備とモニター

A

麻酔の準備

 

Dr.Hoka のアドバイス

指示と指示受けの間違い例指導医が「ケタミン20ミリを iv」と指示し,研修医が「ケタミン20ml を iv」した。指導医は20mg のつもりだったが,研修医は20ml(200mg)投与してしまった。「ミリ」の指示はだめ。

6 静脈路確保のポイント麻酔導入前に必ず末梢静脈路を確保する。◦四肢の静脈に静脈留置針を挿入する。原則として左手(非利き手側)の手背の静脈もしくは前腕の静脈に留置する。◦穿刺血管を十分怒張させてから実施する(叩いたり,心臓より低くするなど)。◦留置針は一般的に20〜18G(ゲージ)を用いる。輸血が必要なときは18G か16G を用いる(ゲージ数が小さいほど径は太くなる)。

 

Dr.Hoka のアドバイス

血管確保で神経損傷血管確保後に神経障害性疼痛が生じることがある。手背部で神経損傷が起きることはまずないが,肘の正中部の静脈ではときに一生を悲惨にするような神経損傷を作ることがある。血管の近くには神経が走っていることをいつも念頭に置き,できるだけ肘の正中部や橈骨茎状突起付近を避けることと,穿刺の際に針を血管より深く刺さないようにすることが重要である。

まず血管選び,次いで静脈を怒張させ,血管の真上から刺入する

◦血管の選び方が重要である。光(無影燈)を当ててよく見えるようにする。◦血管の膨らみを指先で感知する。少なくとも2cm以上は真っ直ぐな血管を選ぶ。◦針を刺入する際には,血管の真上から入れる。血管は横から刺すと逃げていく。真上だと左右に逃げられない。◦針のベベル(斜端,孔の開いた面)を上に向けて刺入する。◦皮膚に刺すときは針をある程度立てて(その方が皮膚を貫くときの外筒のめくれが少ない),スピードをもって進める(大事なことは内筒と外筒の段差の部分をスムースに潜り込ませることである)。躊躇し,ゆっくりし過ぎると外筒のめくれが大きくなる。◦皮下に針先が入ったら針の角度をなるべく皮膚に平行にする。◦血管の真上に針先が来たら,針先で血管壁を捕まえるようにして針で貫く。ここで針に逆流が生じる。◦逆流があったら,内筒が血管内に入っているという証である。ここでいったん力を緩める。針が血管を押したままなので力を緩めると弾性で少し針先が浮く。同時に押していた血管がまた膨れてくるので,針先を進めやすくなる。

血管の真上から刺す

逆流確認

皮膚を手前に引っ張る

図5 静脈路確保

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4

全身麻酔

A

全身麻酔の導入

◦左手の母指と示指でマスクを保持する。このとき口を軽く開けておく(唇を開く)。

◦中指と環指は患者の下顎骨縁を,小指は下顎角を保持する。指を軟部組織に食い込ませないように注意する。

◦小指で下顎を前上方に挙上する。頭部を後屈させ過ぎない。

◦バッグを加圧して気道の開通を確認(胸郭の動き,バッグの動き,PetCO2波形)する。

◦以上で気道確保ができないときは,経口・経鼻エアウェイなどの使用を考慮する。詳細は p.198「気道確保困難」を参照。

筋弛緩薬の投与

マスクによる気道確保ができることを確認したら,ロクロニウム(エスラックスⓇ)またはベクロニウム(マスキュラックスⓇ)を投与する。処方例

エスラックス 0.6〜0.9mg/kg を静注 またはマスキュラックス 0.1〜0.15mg/kg を静注

気管挿管(経口挿管)

挿管困難患者は事前に診断

十分な麻酔深度と筋弛緩が得られたら気管挿管を行う。

左手の母指と示指でマスク保持

中指・環指は下顎骨縁

小指は下顎骨を挙上

手の力は上方

図1 マスク保持法

麻酔が浅いときは挿管前に静脈麻酔薬のプロポフォール(ディプリバンⓇまたはプロポフォール注マルイシⓇ)の追加や吸入麻酔薬の投与を行う。処方例

ディプリバンまたはプロポフォール注マルイシ 1〜2mg/kg を静注

気管挿管の方法

◦喉頭鏡を用いる方法◦気管支ファイバースコープを用いる方法◦光ガイド下の挿管法(トラキライトⓇ)◦ラリンジアルマスクを通した挿管法◦ビデオ喉頭鏡を用いる方法◦その他(盲目的挿管法など)

気管挿管の難易度

Cormack分類(図2)で評価し,麻酔チャートに記載する。

喉頭鏡による気管挿管の手技

◦マスクを患者からはずす。◦喉頭鏡(一般的にはマッキントッシュ型を用いる)を点灯さ

せ,ハンドルを左手で保持する。◦患者の頭部を後屈し,下顎を突きだした姿勢(sniffing

position)にする(p.68図3)。

Cormack 1 Cormack 2 Cormack 3 Cormack 4

喉頭蓋,声門,披裂軟骨が見える

声門の一部が見える

喉頭蓋のみ見える

喉頭蓋も見えない

図2 Cormack分類

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4

全身麻酔

B

麻酔の維持

◦麻酔の維持に用いる麻酔薬の種類と投与量は,手術の大きさ,刺激の強さ,患者の忍容度,呼吸循環の安定性などに影響される。

◦麻酔深度を適切に保つ。BIS値を40〜60を目安に維持する。◦筋弛緩薬は必要に応じて投与する。◦以下に一般的な全身麻酔の維持例を挙げる。

吸入麻酔を用いる場合

◦セボフルラン(セボフレンⓇ)と亜酸化窒素(笑気Ⓡ)で維持処方例

セボフレン 1.5〜2.5%を投与笑気 60〜70%(酸素30〜40%)を投与

◦イソフルラン(フォーレンⓇ)と亜酸化窒素(笑気Ⓡ)で維持処方例

フォーレン 1.0〜1.5%を投与笑気 60〜70%(酸素30〜40%)を投与

◦デスフルラン(スープレンⓇ)とフェンタニル(フェンタニルⓇ)を併用して維持処方例

スープレン 6.0〜7.5%を投与空気3 l/分,酸素1 l/分を投与フェンタニル 1〜2µg/kg を1時間ごとに静注

吸入麻酔と静脈麻酔を併用する場合

◦セボフルラン(セボフレンⓇ)と亜酸化窒素(笑気Ⓡ)にフェンタニル(フェンタニルⓇ)を併用して維持処方例

セボフレン 1.5〜2.5%を投与笑気 60〜70%(酸素30〜40%)を投与フェンタニル 1〜2µg/kg を1時間ごとに静注

◦セボフルラン(セボフレンⓇ)とレミフェンタニル(アルチ

バⓇ)を併用して維持処方例

セボフレン 1.0〜1.5%を投与アルチバ 0.1〜1µg/kg/分を持続静注空気3 l/分,酸素1 l/分を投与

◦デスフルラン(スープレンⓇ)とレミフェンタニル(アルチバⓇ)を併用して維持処方例

スープレン 4.0〜6.0%を投与アルチバ 0.1〜1µg/kg/分を持続静注空気3 l/分,酸素1 l/分を投与

全静脈麻酔の場合

◦レミフェンタニル(アルチバⓇ)*とプロポフォール(ディプリバンⓇまたはプロポフォール注マルイシⓇ)を併用して維持処方例

アルチバ 0.1〜1µg/kg/分を持続静注ディプリバンまたはプロポフォール注マルイシ 4〜6mg/

kg/時で持続静注

* レミフェンタニル使用上の注意点レミフェンタニルは効果がすぐ切れるので,手術侵襲が大きい場合は術直

後の鎮痛のために手術終了10〜15分前にフェンタニル2µg/kg を静注する。

B 麻酔の維持maintenance of anesthesia

4 全身麻酔

100  �  101

5

区域麻酔と神経ブロック

A

区域麻酔

2 硬膜外麻酔epidural anesthesia

硬膜外麻酔の適応

脊髄くも膜下麻酔と同様な手術,あるいは術後痛管理に硬膜外麻酔を使用する手術(胸部以下の手術が対象)。

硬膜外麻酔の準備

◦硬膜外針(Tuohy針:19G-100mm,高度肥満患者ではときに120mm針を用いる)

◦抵抗消失法に用いる注射器◦5ml のディスポーザブル注射器◦生理食塩液◦局所麻酔薬(メピバカイン1%など)

手 技

穿刺部は手術部位や切開部位で決定

術前準備

◦体位,消毒,浸潤麻酔は脊髄くも膜下麻酔に同じ。

穿刺部位の決定

◦手術の部位,切開の部位から穿刺部位を決定する。◦腰椎は正中法で可能だが,胸椎は傍正中法が容易である。◦穿刺部位を決めてマーキングする。

薬剤の準備

◦抵抗消失法(硬膜外腔に達したことを確認)に使う生理食塩液を専用注射器(5ml)に吸引する。

◦5ml注射器に1%リドカインを吸引する(浸潤麻酔用)。◦10ml注射器に使用する局所麻酔薬(例えば1%メピバカイン

10ml)を吸引する。

Tuohy針の穿刺  (図4)

◦両手で Tuohy針を持つ。◦Tuohy針を進め,棘間靱帯に針先が進んだら,内筒を抜く。◦生理食塩液の入った注射器を付け,圧をかけながら進める。◦抵抗が消失したところで止める。

 

Dr.Hoka のアドバイス

硬膜穿刺をしないためには硬膜外麻酔が汎用されている理由は,ほぼ確実に硬膜外腔に

留置できるからである。硬膜外腔の奥には硬膜があり,さらにその奥にくも膜下腔と

脊髄がある。針が深く入りすぎると脊髄損傷の危険がある。脊髄損傷は決して許されない。一生が台無しになる。抵抗消失法で抵抗が変わったときに針先をそこで停止できることが硬膜外麻酔を許される最低条件である。

右手で注射器を押す場合,左手で Tuohy針に抵抗をつける。左手の抵抗力が大きいほど針は止まりやすい。左手の力に自信のない人は,両手でしっかりと抵抗をつけながら押すようにする。少なくとも研修医の間は両手で針を押すべきである。

A.両手の場合 B.片手の場合

図4 硬膜外針の挿入

160  �  161

9

各科麻酔の要点

F

産科の麻酔

ポイントと術前チェック

妊娠高血圧症候群とHELLP症候群には要注意

◦緊急手術(帝王切開術)が多いため,限られた時間で麻酔しなければならない。したがって,術者に待てる時間を聞き,超緊急(15分以内に胎児を取り出す必要があるとき)の場合は,手術室への搬入と患者評価と麻酔の準備を同時にすばやく行わなければならない。

◦妊婦と胎児の2つの生命を考慮して麻酔をする。胎児の低酸素血症を予防する。

◦妊娠に伴う変化を熟知する。◦貧血の有無の確認と,輸血の準備(特に癒着胎盤,前置胎盤,

常位胎盤早期剝離などの大量出血が予想される手術の場合)をする。

◦止血困難予想症例(例えば癒着胎盤)では,動脈塞栓術などを計画的に行う。

◦妊娠高血圧症候群*1のチェックをしておく。◦HELLP症候群*2に注意する。

*1 妊娠高血圧症候群妊娠20週以降〜分娩後12週までに高血圧がみられる場合,または高血圧

に蛋白尿を伴う場合のいずれかで,かつこれらの症状が当該妊娠に偶然合併したものでない場合をいう。主症状は,高血圧,子癇,蛋白尿,意識障害

(脳出血あり)で,肺水腫や DIC を呈することもある。*2 HELLP症候群

溶血hemolysis,肝酵素の上昇elevated liver enzymes,血小板数減少low platelet count を三徴とする疾患で,妊娠高血圧症候群に伴うことが多い。

麻酔上の注意点

妊婦は常に full-stomach と心得る

仰臥位低血圧症候群に注意する

◦十分な酸素投与を行い,胎児への酸素供給も増やす。◦余裕があれば脊髄くも膜下麻酔か硬膜外麻酔を行い,超緊急

では全身麻酔を行う。超緊急の場合は,搬入と同時に術野の消毒後,迅速導入し,手術を開始する。

◦太い静脈針を留置する。また,大量出血が予想されれば2本の輸液ルートを確保する。

◦硬膜穿刺後頭痛を軽減するため,細いブロック針(25G または 27G)を用いる(p.104参照)。

◦全身麻酔は迅速導入(チオペンタール,スキサメトニウム)で行い,輪状軟骨圧迫を加える(常に full-stomachと考え,Mendelson症候群を予防するため)。娩出後に鎮痛薬を投与する。

◦気管チューブは細めのものを用いる。◦仰臥位低血圧症候群*を防ぐため,左側に子宮を偏位させる。◦血圧低下にはエフェドリンを静脈内投与する(5〜10mg ず

つ)。◦吸入麻酔薬は子宮を弛緩させるので,使用しないか低濃度で

使用する。◦娩出後は子宮収縮薬(オキシトシン5単位)を点滴静注する。◦娩出後,児の全身評価(p.234)と蘇生を行う。◦妊婦では深部静脈血栓が生じやすいので注意する。

* 仰臥位低血圧症候群妊娠末期に仰臥位をとると,増大した子宮が下大静脈を圧迫し,静脈還流

量が減少して低血圧を来す。冷汗,顔面蒼白,頻脈,多呼吸を呈し,失神することもある。

F 産科の麻酔obstetric anesthesia

9 各科麻酔の要点

200  �  201

11

急変時の対応

B

挿管困難

ポイント

気管挿管が困難なときは,無理せず,すぐに上級医に代わる

◦挿管操作前に十分な酸素化を行う(純酸素を3分以上吸入させる)。

◦挿管を失敗した後のマスク換気による酸素化の継続が重要である。

◦麻酔導入に際して,挿管困難を想定したいくつかのプランをもって臨む。

◦喉頭展開の回数が無駄に増えることがないように,最初の喉頭展開を最高の条件で行う(筋弛緩薬の効果が十分で,かつ頭部伸展と下顎挙上位で行う)。

◦気管挿管が困難なときは,無理して何度も繰り返していると喉頭浮腫を引き起こす。早急に上級医に代わるべきである。

対処法

以下で挙げる対処法は,研修医のレベルを越えているかもしれない。◦最初の喉頭鏡(マッキントッシュ型)による喉頭展開(ステッ

プ1)で予期せぬ気管挿管困難に遭遇した場合,気管挿管の試行回数は3回に止める。強引な挿入手技は喉頭浮腫を引き起こし,ますます挿管を困難にする。

◦ステップ1(喉頭鏡による挿管)で気管挿管ができなかった場合は,ステップ2(声門上気道確保デバイスを使用)へ進み,それでも挿管困難な場合,ステップ3(覚醒させる)へ進む。

◦挿管困難だけでなく,換気も困難な状況に陥った場合(CICV)はステップ4(輪状甲状間膜穿刺あるいは切開)へ進む。

ステップ1

◦通常の気管挿管法で工夫する。◦筋弛緩薬の効果が十分か,頭位(sniffing position)は OK か

を確認する。◦必要なら,BURP*で喉頭を外部から操作して,視野を得る。◦Cormack分類(p.67)の3か4のまま(声帯がほとんど見えな

い,あるいは全然見えない)ならば,チューブイントロデューサー(下記の「Dr.Hoka のアドバイス」)を使う。

◦代替手段として,フレキシブルファイバースコープ(以下ファイバー)による挿管やブラード喉頭鏡,ライトワンドのような光源付スタイレットを用いる。ただし,使用経験がなければ用いない。

◦最近では,喉頭鏡の先端にビデオスコープが付いたものなど,挿管用ビデオカメラ付喉頭鏡デバイス(エアウェイスコープⓇ,エアトラックⓇ,マックグラスⓇなど)も用いられている。これらを用いると,かなりの挿管困難症例が挿管可能になる。

 

Dr.Hoka のアドバイス 

挿�管用チューブイントロデューサー(ガムエラスティックブジー:GEB)長さが60cm で先端にわずかな角度がついており,柔軟性材

質でできている。値段も安価で,技術的にも簡単でかつ挿管成功率は高い。

GEB が気管に入るとクリック音を感じることができる。クリックが感じられたら,GEB をレールにして気管チューブを気管に滑り込ませる。クリックが感じ取れなかった場合は,GEBが気管内腔の中央に位置しているか,あるいは食道に入ってい

* BURPbackward, upward, rightward pressure の略語で,外部から甲状軟骨部分

を後方や上方,右方などに押し動かして声門を見やすくする方法。

B 挿管困難difficult intubation

11急変時の対応

250   �   251

付 録

B

薬剤一覧

一般名 商品名 通常使用量 要点・使用上の注意血液凝固阻止薬アンチトロンビンⅢ

アンスロビン Pノイアート500,1,500単 位/V

1,000〜3,000単位/日緩徐に静注DIC に1日1,500単位(30単位/kg)をヘパリンの持続点滴のもとに点滴静注

ヘパリンの存在下,あるいは非存在下にトロンビンを特異的に阻害アンチトロンビンⅢ低下を伴う DIC に適応

ダナパロイド オルガラン1,250単位/1ml/A

DIC に1回1,250単位を12時間ごとに静注

(1日2,500単位まで)

抗Ⅹa因子

蛋白分解酵素阻害薬メシル酸ガベキサート

FOY100mg/V

DIC には20〜39mg/kg を24時 間 か け て持続点滴静注

セリンプロテアーゼ阻害薬線溶系より凝固系を強く阻害分子量小さく抗原性がない血小板凝集抑制

メシル酸ナファモスタット

フサン10mg/V50mg/V

DIC には0.06〜0.20 mg/kg/時で持続点滴静注24時間

セリンプロテアーゼ阻害薬抗凝固作用血小板凝集抑制

●悪性高熱症に使用する薬剤一般名 商品名 通常使用量 要点・使用上の注意ダントロレン ダントリウム

20mg/V初回1mg/kg を静注,症状改善なければ5〜10分 お き に1mg/kg ずつ,最大7mg/kg まで

悪性高熱症の唯一の治療薬1バ イ ア ル を60mlの蒸留水で溶解する血管外漏出に注意

●麻酔から覚めないとき(筋力が回復しないとき)の拮抗薬一般名 商品名 通常使用量 要点・使用上の注意フルマゼニル アネキセート

0.5mg/5ml/A0.2mgを緩徐に静注,0.1mgずつ追加投与,1mg まで

ベンゾジアゼピン受容体拮抗薬

ナロキソン(オピオイド拮抗薬)

ナロキソン0.2mg/1ml/A

2〜20µg/kg を静注(大人では0.1mg ずつ追加投与,1mg まで)

麻薬の呼吸抑制,鎮痛に拮抗レペタン以外は完全拮抗効果が40分で切れるので再投与も考慮

ネオスチグミン ワゴスチグミン0.5mg/1ml/A

0.02mg/kgを緩徐に静注

筋弛緩薬の残存を拮抗抗コリンエステラーゼ薬徐脈徐脈予防のためにアトロピン(0.01mg/kg)を併用

スガマデクス ブリディオン200mg/2ml/V500mg/5ml/V

1回2mg/kg静注ロクロニウムの投与直後に緊急に回復が必要な場合は1回16mg/kg静注

ロクロニウム,ベクロニウムの筋弛緩作用を拮抗する。包接型の拮抗薬(内側に包み込む)であるアナフィラキシーに注意

●人工呼吸中の鎮静に使用する薬剤一般名 商品名 通常使用量 要点・使用上の注意プロポフォール ディプリバン

500mg/50ml/Vプロポフォール注マルイシ200mg/20ml/A

0.5〜3mg / kg/時を静注

気道系(挿管)刺激抑制強い小児に禁忌

ミダゾラム ドルミカム10mg/2ml/A

0.05〜0.3mg/kg/時を静注

筋弛緩作用比較的強い

デクスメデトミジン

プレセデックス(ホスピーラ)200µg/2ml/V

6µg/kg/時で10分間,続いて0.2〜0.7 µg/kg/時で持続静注

ICU で人工呼吸中および抜管後の鎮静