漁業経営分析・診断マニュアル(案) ー沿岸漁業を事例とし...

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-1- 漁業経営分析・診断マニュアル(案) ー 沿岸漁業を事例として ー 船越茂雄(愛知県水産試験場) はじめに (1)まずは漁業生産のしくみを知ろう (2)沿岸漁業の宿命 ー 過当競争と過剰投資 どのような経営体を分析の対象とするか 経営分析の方法 (1)どのような手順で進めるか (2)漁業経営では水揚金額よりも所得や利益の大きさが重要 (3)経営体の類型化 経営資料の入手 (1)資料の入手には苦労する (2)漁協は経営資料の宝庫 (3)聞取調査でクロスチェック ① 聞取調査では目的をはっきりと相手に理解してもらう ② クロスチェックの要領 ③ 乗組員賃金の計算方法 分析事例 (1)しらす船びき網漁業の経営は、どのように分析したらいいのか? ① 水揚金額を構成する費目 ② 漁業利益 生産性及び収益性指標値のもとめ方 (2)しらす船びき網漁業の経営の採算ラインはどのように分析したらよいか? 3 しらす船びき網漁業の漁家経営の生産性や収益性の優劣はどのように分析するか? ① 物的生産性 ② 価値生産性 ③ 売上高利益率 ④ どのような経営規模がよいか (4)伊勢湾の小型底びき網漁業には、操業時間や兼業種類などが異なるいろいろなタ イプの経営体があるが、このような漁業の経営分析はどうしたらよいか ① 小型底びき網漁業の経営 ② 損益分岐点 ② 生産性と収益性の比較

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    漁業経営分析・診断マニュアル(案)

    ー 沿岸漁業を事例として ー

    船越茂雄(愛知県水産試験場)

    目 次

    1 はじめに

    (1)まずは漁業生産のしくみを知ろう

    (2)沿岸漁業の宿命 ー 過当競争と過剰投資

    2 どのような経営体を分析の対象とするか

    3 経営分析の方法

    (1)どのような手順で進めるか

    (2)漁業経営では水揚金額よりも所得や利益の大きさが重要

    (3)経営体の類型化

    4 経営資料の入手

    (1)資料の入手には苦労する

    (2)漁協は経営資料の宝庫

    (3)聞取調査でクロスチェック

    ① 聞取調査では目的をはっきりと相手に理解してもらう

    ② クロスチェックの要領

    ③ 乗組員賃金の計算方法

    5 分析事例

    (1)しらす船びき網漁業の経営は、どのように分析したらいいのか?

    ① 水揚金額を構成する費目

    ② 漁業利益

    ③ 生産性及び収益性指標値のもとめ方

    (2)しらす船びき網漁業の経営の採算ラインはどのように分析したらよいか?

    3 しらす船びき網漁業の漁家経営の生産性や収益性の優劣はどのように分析するか?( )

    ① 物的生産性

    ② 価値生産性

    ③ 売上高利益率

    ④ どのような経営規模がよいか

    (4)伊勢湾の小型底びき網漁業には、操業時間や兼業種類などが異なるいろいろなタ

    イプの経営体があるが、このような漁業の経営分析はどうしたらよいか

    ① 小型底びき網漁業の経営

    ② 損益分岐点

    ② 生産性と収益性の比較

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    1 はじめに

    (1)まずは漁業生産のしくみを知ろう

    これからの時代は、魚を獲るだけでなく、いかに上手に獲って儲けるかの時代である。

    その意味で漁業の経営研究はたいへん重要である。

    沿岸漁業の経営には、漁業に関わるさまざまの事柄が集約されている。たくさんの魚が

    いる場所を見つける漁場探索技術、いかに上手に獲るかの漁労技術、獲った魚の鮮度保持

    技術、適切な設備投資などの経営管理技術など、たくさんの技術の集大成として各種経営

    指標値が出てくる(図 。漁業経営の分析を行う際には、こうした背景についてよく知1)っておく必要がある。

    漁業の具体的現場に分け入っていくと、どんな漁村にも毎年、人よりも魚をたくさん獲

    ってくる人がいる。これは、日々の操業においては一見偶然的であるが、漁期を通じて見

    ると、何年かにわたって固定的で継続性をもっていることから、何らかの原因が存在して

    いると考えられる。何故、毎日、同じように漁に出ていて、水揚量、水揚金額に格差が生

    まれるのか、また、もうかる船、もうからない船があるのか。漁業経営の分析の出発点は

    ここにある。こうした漁業の生産性や収益性、言い換えれば経済生産性に格差が生まれる

    原因がわかれば、的確な診断によって経営改善の方向性も見えてくるはずである。

    ( ) ( ) ( )魚を探す 漁場探索技術 → 魚を獲る 漁労技術 → 魚の扱い 鮮度保持技術

    漁業収入→ 設備投資などのやりくり(経営管理技術) → 経営数値 漁業支出

    漁業所得

    図 漁業生産のしくみと経営1

    (2)沿岸漁業の宿命 ー 過当競争と過剰投資

    漁業経営は、過当競争によって絶えず過剰投資へと誘導されていく危険を持っている。

    その理由は、漁業が対象とする水産資源は、再生産が可能な生物資源であるとともに、無

    主物であるから早く獲った者に所有権が発生するためである。

    例えば、イワシやシラスなどの浮魚の漁場は、時々の潮の流れ、水温分布、風、海底地

    形などによって決まるが、そうした漁場を早く見つけ操業すれば、他の船よりもたくさん

    の魚を獲り儲けることができる。こうして先獲り競争が発生し、この競争で優位に立つた

    めに、漁船やエンジン、漁具、漁労機器などに過剰な設備投資を行い、より多くの漁獲量

    を上げようとする。個々の漁家のこうした努力は、結果的に水産資源の乱獲を招くととも

    に、漁業全体としてのコストを上昇させ、経営を悪化させてしまう。土地利用における”

    共有地の悲劇”と言われる問題によく似ている。水産資源を持続的に利用し、漁業経営の

    再生産を実現していくためには、漁業全体で資源を共同管理していかなければならない。

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    2 どのような経営体を分析の対象とするか

    農林水産省の漁業経営調査では、家族型経営、雇用型個人経営、会社経営、共同経営の

    4つの経営形態に分けて経営分析を行っているが、事例分析で紹介する経営は、会社経営

    以外の3つの経営、すなわち法人以外の沿岸漁船漁業経営体である。この内、しらす船び

    き網漁業は、雇用型個人経営と共同経営である。また、小型底びき網漁業のほとんどは家

    族型経営である。

    なお、ここで言う沿岸漁業は、農林水産省の定義よりも広く捉えたい。農林水産省の定

    義では、沿岸漁業は トン未満の動力漁船を使用する漁業、沖合漁業は トン以上の動10 10力漁船を使用する漁業となっているが、沿岸域や内湾域の漁業の多くは、県の漁業調整規

    則によって トン未満、もしくは トン未満のものが多いことから、 トン未満を沿15 20 20岸漁業と呼ぶ方が実態に合っている。

    3 経営分析の方法

    (1)どのような手順で進めるか

    まずは、ステップ として、漁業経営の内容がどうなっているのかを知る必要がある。1いくらの水揚金額(収入)があり、そのためにどれだけの経費を使っているのか。いくら

    の所得があり、所得を増やすために減価償却費、燃料費、その他経費をもっと減らすこと

    はできないのか、また、借入金が多過ぎないかなど、経営の実態を正しく把握することが

    大切である。

    ただし、1つの経営体だけを見ていても、減価償却費、燃料費などの削減目標を決める

    ことは難しい。そこで、ステップ として、漁業全体の中で各経営体の経営内容を相互に2比較し、改善の方向を探っていく必要がある。漁船漁業は、他の漁船と同じ漁場、資源、

    ルールの中で、厳しい競争をしながら操業している。もし他船に比べて生産性や収益性に

    優劣があれば、それらとの比較の中で、その原因と解決策を明らかにしていける可能性が

    。 、 ( )、 ( ) 、ある 生産性の指標値としては 物的生産性 隻・日 価値生産性 円 隻・日 などkg/ /( )、 ( ) 。収益性指標値としては付加価値生産性 円 隻・日 売上高利益率 % などが役に立つ/

    ある程度の生産性がなければ、収益性もよくならないので、そのバランスが重要となる。

    、 、 。最後にステップ として 現状把握 診断を踏まえた今後の改善策・方向性を提示する3

    <ステップ > 漁業経営内容の現状把握1

    ① 収入 水揚金額

    減価償却費② 支出 固定費 漁具費

    漁船保険料など

    燃料費変動費 人件費

    氷代など

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    <ステップ > 経営体相互の生産性・収益性の比較による診断2

    物的生産性③ 生産性の比較 価値生産性

    利益生産性など

    付加価値生産性④ 収益性の比較 売上高利益率

    損益分岐点など

    <ステップ > 現状把握、診断を踏まえた今後の改善策・方向性の提示3

    (2)漁業経営では水揚金額よりも所得や利益の大きさが重要

    漁業者の多くは、いくら儲かったかという場合、水揚金額のことを指す場合が多い。こ

    、 。れは漁業生産が本来的に狩猟行為であり 獲物の多い少ないが重要視されたためであろう

    しかし、収益性が重要である。漁村でしばしば目にすることであるが、表向き水揚金額を

    多く上げ、華々しく漁業を行っている経営体でも、経営の中身は借金地獄で火の車という

    のがある。こういう経営はよくない。

    大事なことは、水揚金額から漁業経費を引いた漁業所得や利益の大きさである。

    ○ 家族型経営の場合

    水揚金額ー漁業経費(人件費含まず)=漁業所得(家族労賃+利益)

    ○ 雇用型個人経営の場合

    水揚金額ー漁業経費(人件費含む)=漁業利益

    この場合、家族型経営は、家族労働中心のいわゆる漁家と呼ばれる経営体で、主に生業

    目的で漁業を営んでいることから、漁業所得の大きさが問題となる。一方、雇用型個人経

    営と共同経営では、漁業利益の大きさが問題となる(表 。1)家族型経営の所得には、概念上、家族労賃と利益が含まれているが、明確に分離するこ

    とはできない。もし、分離しようとする場合は、便宜的に家族労賃の単価として、地域の

    、 、 。平均賃金や最低賃金 乗組員と同額 地域の中小企業経営者賃金などを採用して計算する

    ただし、賃金単価の取り方によっては経営が黒字になったり赤字になったりする。こうし

    たあいまいさを排除するためには、家族労賃の単価に統一基準を設けておく。

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    表 漁船漁業の経営タイプと注目する経営指標1

    経営のタイプ タイプ分けの基準 注目する経営指標

    家族型経営 家族労働が中心 所得

    雇用型個人経営 雇用労働が中心

    共同経営 2人以上で共同経営 利益

    会社経営 法人経営

    (参考)農林水産省の経営調査区分を参照

    (3)経営体の類型化

    沿岸漁場においては 「イワシの時代」や「サバの時代」など漁獲対象資源の時代的変、

    化が見られる。一方、季節的にも春はイカナゴ、夏はスズキ、秋はサワラなど、盛漁期や

    旬があり、季節的に入れ変わり立ち変わり、いろいろな水産資源が漁場に来遊してくる。

    これに対して漁業の側、すなわち漁業経営体は、異なる漁具や漁法で漁業を営み、漁獲対

    象種の変化に対応している。これが「兼業」という生産形態である。

    例えば、伊勢・三河湾で主たる漁業として船びき網漁業を営む経営体には、以下のよう

    な組み合わせが多く見られる。

    ・ いかなご船びき網漁業( ~ 月)+しらす船びき網漁業( ~ 月)3 4 5 9+ふぐ延縄漁業( ~ 月)10 2

    また、小型底びき網漁業を営む経営体では、

    ・ 小型底びき網漁業( ~ 月)+のり養殖業( ~ 月)4 1 10 3・ 小型底びき網漁業( 月~ 月)+いかなご船びき網漁業( 月)4 2 3

    などの組み合わせが見られる。

    このように漁業経営体には、さまざまな兼業タイプが存在する。また、同じ漁業種類で

    も漁船規模、操業形態(昼操業、夜操業 、乗組員数の異なる経営体が存在する。したが)

    って、的確な経営診断を行うためには、こうしたタイプの違いを考慮し、同じような条件

    の下で漁業を行っている経営体をグループ分けする必要がある。これを漁業経営体の類型

    化と呼ぶ。

    3 3 5農林水産省の漁業経営調査(家族型経営調査)では、漁船トン数が トン未満、 ~トン、 ~ トン、 ~ トン未満の4段階に区分し、階層別に経営調査結果を取りま5 10 10 20とめている。こうしたトン数だけに注目した分類も漁業経営体の類型化の1つである。こ

    うした類型化によって、類型間及び同一類型内の経営内容の比較ができるようになる。

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    4 経営資料の入手

    (1)資料の入手には苦労する

    漁業の経営を分析しようとすると、まず資料の入手に苦労する。誰しも他人に自分の家

    の所得や家計費を知られたくない。よほど調査員と漁家の間に信頼関係がないと、拒否反

    応を示し、なかなか教えてもらえない。

    もう1つ困ったことは、収入と支出についてきちんと営漁簿をつけている経営体が少な

    。 、 、 、いことである 日々の労働で疲弊し 体力的・精神的に余裕がないし 水産資源の豊不漁

    漁場環境の悪化など外部要因によって経営内容が大きく影響されるので、煩わしい営漁簿

    の記帳を行うだけのモチベーションがなかなかわかない。

    また、沿岸漁業においては、比較的零細規模の経営体の場合、経営と家計が一体的で明

    確に分離していないことも多く、経営数値が把握しにくい。

    (2)漁協は経営資料の宝庫

    漁業の経営数値は 、あれこれ手を尽くして目的の数値を探っていくしかない。そのた、

    めには、まずは漁協に行くことである。漁協は経営資料の宝庫であり、大変に役に立つ。

    もちろん事前に各経営体の承諾を必ず得ておかなくてはならない。

    、 、 。漁協には たいてい漁業経営に精通した職員の方がいるので 協力していただくとよい

    このような職員の方は、漁業者と接する機会も多く、また、経営体の収入と支出の多くが

    漁協を通して行われているため、実務に精通している。

    ほとんどの経営体は、漁協の販売事業や購買事業、漁業近代化資金などの制度資金、系

    統組織による漁船保険などを利用しているので、収入としての水揚金額、支出としての手

    数料、燃料費や氷代、減価償却費の計算に必要な漁船建造費、漁船保険を始めとした各種

    保険料などは、漁協における資料収集によって入手することができる。

    (3)聞取調査でクロスチェック

    ① 聞取調査では目的をはっきりと相手に理解してもらう

    漁協資料が入手できれば、それらをよりどころにしながら、あらかじめ用意した経営調

    査票などをもとに経営体への聞取調査を行う。聞取調査によって数値のクロスチェックを

    しながら、精度を高めていく。その際、漁協で入手した資料をもとに、あらかじめ調査対

    象経営体の経営イメージを頭に描いておき、質問のシナリオを準備しておくとよい。その

    上で、漁協調査では入手できなかった大仲経費の内訳、乗組員賃金の計算方法、漁具の修

    繕費などについて聞く。こうした経営数値を的確に回答できる漁業者は、たいてい経営内

    容もよい。

    聞取調査では、目的を相手にしっかり理解してもらう必要がある。漁業をよくしたい、

    漁業がもっと儲かるようにしたい、などとアウトプットをはっきり説明し、理解してもら

    う。

    収入のように、漁業者が話したくないことは、なるべく漁協資料から把握し、所得や利

    益は経費を差し引いて間接的に計算で出すというスタンスでのぞむ。

    そして、漁業者の関心のある話題から入り、打ち解けた雰囲気をつくることが大切であ

    る。例えば 「今年の漁模様はどうですか 「魚の相場は安くていけませんね」などの話、 」、

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    題なら誰もが関心をもっている。また、漁業は金がかかってしょうがない、など経費の話

    題であれば、いくらでも話は盛り上がる。

    慣れてくれば「どのように魚を探しますか」とか「どのように漁場を決めますか」など

    の質問をすると、大体においてその人の漁業者としての力量を推し量ることもできる。

    ② クロスチェックの要領

    燃料費や氷代などについては、例えば「一日漁に出ると、どれくらい燃料と氷がいりまあ ぶ ら

    すか」と聞く。これについては、ほとんどの漁業者は、毎日のことなので、体に染みつい

    たように知っている。後は、漁協で調べた燃油単価と出漁日数から積算する。もし、漁協

    資料に燃料費や氷代が記載されていれば、それらと照合し、クロスチェックする。

    大事なことは、経営調査だけで聞取りを止めてはいけない。経営内容を的確に診断し、

    改善策までとりまとめようとすると、漁業者が水産資源や馬力競争、設備投資など漁業の

    あり方について、どのような考え方をもっているのか、ぜひ知っておく必要がある。こう

    した情報は、もうかる船ともうからない船の比較検討、生産性や収益性に差が生まれる原

    因分析、減価償却費が過大で、所得を圧迫しているような場合の考察において大変役に立

    つ。

    ③ 乗組員賃金の計算方法

    沿岸漁船漁業の経営調査で苦労することが多いのは、乗組員賃金である。家族労働型の

    経営の場合には、所得として一括処理すればよい。また、雇用型個人経営でも固定給を採

    。 、 、 、 、用している場合は簡単である しかし 歩合制で計算している場合は 船によって また

    地域によって計算方法がいろいろあるので面倒である。漁村に聞取調査に行くと、株がど

    うのこうのとか、大仲がどうかとか聞かされて、戸惑うことが多い。

    例えば 伊勢・三河湾の船びき網漁業などで使われている方法として 以下のような 大、 、 「

    仲代分制度」と呼ばれているものがある。よく聞かないとわかりにくい計算である。

    水揚金額 ー 大仲経費一人分賃金 =

    船代 + 網代 + 乗組員数

    、 、 、 、ここで船代として 網船1隻を 人分 運搬船1隻を 人分 網代は 人分などと2 1.5 2.5乗組員数に換算して計算する。理論的には 〔船代 + 網代〕の取り分は、毎年の減価償、

    0.1 0.2却費に対応する また 船長や機関長など船上での役割分担に応じて 増代 が ~。 、 、「 」人分加算されたりする。大仲経費、すなわち漁をやる上での直接的共通経費には、販売手

    数料、燃料費、氷代、食料費、その他魚探記録紙代などを含める。これらは船によってま

    ちまちなので、聞取調査でよく調べておく必要がある。

    一方、ぱっち網漁業や小型底びき網漁業など多くの漁業では、一般的方法として以下の

    ような「大仲歩合制度」が使われている。

    水揚金額 ー 大仲経費一人分賃金 =

    船主( ) + 乗組員( )4.5 5.5

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    、 。この計算では 船主は水揚金額から大仲経費を差し引いた額の %をとることになる45この比率は船主と乗組員との力関係によって決まる。まき網漁船のように乗組員数が多い

    場合には、時として乗組員がストライキによって、船主の取り分を %から %にした50 45りしたこともあった。

    以上のような計算方法がベースとなり、船や地域によっていろいろと変則的な計算がさ

    れているので、漁業の歴史などがわかりおもしろい。これらの賃金計算方法は、魚の豊不

    漁による影響を船主だけがかぶるのではなく、乗組員まで含め広くリスク分散させるねら

    いがある。形式上は利益を投資額に応じて分配する、という内容であるが、不漁時には乗

    組員の生活は極度に不安定となってしまうため問題が多い。そこで最近は、最低保障額を

    ~ 万円程度と決めている経営体も多い。10 15

    5 分析事例

    ここでは伊勢・三河湾、遠州灘海域における漁船漁業の代表例として、しらす船びき網

    漁業と小型底びき網漁業を取り上げ、経営内容について分析してみる。

    (1)しらす船びき網漁業の経営は、どのように分析したらいいのか?

    (一般的な漁業経営分析の方法)

    、 、しらす船びき網漁業の平均的な経営体は 人前後の乗組員で トン程度の網船 隻6 15 2トン程度の運搬船 隻の計 隻で船団をつくり、シラスを漁獲している。通常は船主10 1 3

    、 。 。も乗船し 舵を取っている 個人経営以外に兄弟や親族で協業経営をしている場合もある

    また、経営体によっては、2つの船団を所有しているものもある。年々、過当競争の中で

    エンジンの高馬力化、漁具の大型化が進み、過剰投資が進んでいる。以下、愛知県のしら

    す船びき網漁業を営む 経営体の平均データ(図 、表 )に基づいて経営内容を見てみ47 2 2る。

    ① 水揚金額を構成する費目

    まず、漁船の水揚金額とは、いったいどのような内容になっているのか見てみたい。

    水揚金額は 日の出漁で 万円(漁獲量 )ある。これはシラスやイカナ106 3,796 42,915kgゴを市場で売って仲買人から受け取った金額である。しらす船びき網漁業の経営は、雇用

    型個人経営であるので、水揚金額は、次のような内容で構成されている。

    水揚金額=漁業経費+漁業利益

    =固定費+変動費+漁業利益

    まず固定費である。固定費は、漁業をやっていく上でほぼ毎年かかる経費である。これ

    には減価償却費、修繕費、魚箱代、公租公課などがあり総額で 万円となる。788

    固定費=減価償却費( 万円)+修繕費など( )+魚箱代など( )519 222 47

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    = 万円788

    次に変動費である。変動費は、水揚量や出漁日数などに比例してかかる経費である。こ

    れは、燃料費、氷代、手数料、人件費、食料費、消耗品費の合計として総額で 万円2,360となる。

    変動費=燃料費( 万円)+手数料( )+人件費( )770 190 1,100+氷代・食料費・消耗品費( )300

    = 万円2,360

    図 しらす船びき網漁業経営における固定費、変動費、漁業所得の関係2(47経営体の平均値)

    経費を固定費と変動費のどちらに入れるかは、ケース・バイ・ケースで判断する。例えば

    修繕費は漁船や漁具の修繕にかかる費用であり、一見、変動費のように思われるが、漁業

    、 。者の聞取調査結果によれば ほぼ毎年この程度はかかるということなので固定費に入れた

    また、人件費は、固定給ではなく、水揚金額の変動にともなって変わる大仲歩合制で計算

    しているので変動費に入れた。

    ② 漁業利益

    水揚金額から固定費と変動費を合計した総経営費を差し引いたものが漁業利益であり、

    この場合 万円となる。648

    漁業利益=水揚金額( 万円)ー{ 固定費( 万円)+変動費( 万円 }3,796 788 2,360( )= 万円648

    ③ 生産性及び収益性指標値のもとめ方

    しらす船びき網漁業を営む経営体は、マイワシやカタクチイワシの子供であるイワシシ

    漁業所得, 648

    減価償却費,519

    修繕費, 222

    魚箱代等, 47

    燃料費, 770

    手数料, 190

    人件費, 1100

    氷・消耗品, 300

    変動費固定費

    漁業所得, 648

    減価償却費,519

    修繕費, 222

    魚箱代等, 47

    燃料費, 770

    手数料, 190

    人件費, 1100

    氷・消耗品, 300

    変動費固定費

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    ラスやイカナゴシラスを獲って生計を立てている。イカナゴはコーナゴとも呼ばれる。ど

    れくらい効率よく魚を獲っているかは、物的生産性の指標によって表すことができる。単

    位の取り方は 人・日などとなる。この経営体の場合は、 人の乗組員、 日の出漁でkg/ 6 106の漁獲量を揚げているので、42,915kg

    物的生産性= / 人× 日= /人・日42,915kg 6 106 67.5kg

    となる。1人の乗組員が1日働いて のシラスを獲ったことになる。67.5kgお金を稼ぐ効率は価値生産性(労働生産性)などの指標で示す。この場合、 人の乗組6

    員、 日の出漁で 万円の水揚金額を揚げているので、106 3,796

    価値生産性= 万円/ 人× 日= 万円/人・日3,796 6 106 5.97

    となる。1人の乗組員が1日働いて 円の水揚金額を揚げたことになる。59,700以下、同じようにして各種の経営指標値をもとめればよい。

    付加価値生産性=付加価値/人・日=(利益+人件費)/人・日

    売上高利益率 = 利益/水揚金額=(水揚金額ー総経営費)/人・日

    表 しらす船びき網漁業の経営基礎数値2

    項 目 経 営 数 値 備 考漁船数

    網船 隻 トン型 隻2 14 2運搬船 隻 トン型1 10

    乗組員数 人 船主 兄弟 親族など6 , ,出漁日数 日 シラス、イカナゴの合計106漁獲量 同上42,915kg

    水揚金額 万円3,796

    固定費 万円 ほぼ毎年かかる経費788減価償却費 万円 漁船、エンジンなど519修繕費など 万円222魚箱代 万円47

    変動費 万円 水揚量や出漁日数など2 ,360手数料 万円 に比例してかかる経費190燃料費 万円770人件費 万円1,100氷代 万円80

    食料費 万円80消耗品費など 万円140

    (注)公租公課は、固定費に入れずに漁家所得に入れてもよい。

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    (2)しらす船びき網漁業の経営の採算ラインはどのように分析したらよいか?

    いくら水揚金額を揚げれば経営の採算が合うのか、このような収入と支出が一致する水

    揚金額をもとめることを損益分岐点分析と言う。これは、年間、どれくらいのシラスを海

    で獲り、市場でどのような価格で売れば経営が成り立つかの目安になる。この損益分岐点

    の考え方は、

    水揚金額=固定費+変動費+漁業利益

    において、漁業利益がゼロのときの水揚金額のことを指し、以下の式でもとめることがで

    きる。

    損益分岐点=固定費/(1-変動費/水揚金額)

    一般的には、図で考えるとわかりやすいので、しらす船びき網漁業の中から と のA B2つの経営体を選んで紹介する。水揚金額、固定費、変動費がそれぞれ以下のケースにつ

    いて損益分岐点をもとめてみる。単位は万円である。

    経営体 =水揚金額、固定費、変動費= 、 、 万円A 3,945 533 2,193経営体 = 同上 = 、 、 万円B 3,452 839 2,065

    経営体 について図表でもとめる場合を示すと以下の通りである(図 。A 3)① 縦と横が同じ目盛りのx、y図を書く。x軸は水揚金額、y軸は経費と所得の合計値

    を示す。目盛りのつけかたは任意でよいが、ここでは水揚金額3,945万円付近の切りのよ

    い4,000としておく。

    ② 経費と所得の合計値が水揚金額と同じとなるよう左下の原点を通り、右上に上がる4

    5度線を引く。

    ③ 固定費533万円の線をx軸に平行に引く。

    ④ x軸の水揚金額3,945万円のときの変動費は 万円であるので、固定費の線より上2,193に 万円を積み上げた2,726万円をa点とし、このa点と水揚金額ゼロのときの固定費b2,193点を結び、経営体 の総経費線を引く。A⑤ 損益分岐点水揚金額は、この総経費線と②の45度線の交点のx値2,088万円としても

    とめることができる。

  • - 12 -

    図 しらす船びき網漁業の経営体 の損益分岐点3 A

    経営体 についても同様に損益分岐点をもとめることができる。これらを図 に1枚B 4の図として示した。

    、 。経営体 の損益分岐点水揚金額は 万円 経営体 は 万円と大きな差があるA 2,088 B 1,200変動費の傾きには明瞭な差はなく、水揚金額と固定費の差が損益分岐点の違いの主な原因

    。 、 、となっている 経営体 と経営体 の水揚金額及び固定費の差は それぞれ約 万円A B 500万円である。300

    水揚金額は、年々、運不運も含めさまざまな事情によって増減し、やむを得ない面もあ

    る。一方、漁船やエンジンなどの固定費は、経営努力によって設備投資が過度にならない

    よう注意する必要がある。

    400030001000 20000

    4000

    3000

    2000

    1000

    0

    総経営費

    固定費

    損益分岐点

    1200

    経費・所得

    水揚金額

    45度線

    533万円

    2,193万円

    a

    b

    変動費

    400030001000 20000

    4000

    3000

    2000

    1000

    0

    総経営費

    固定費

    損益分岐点

    1200

    経費・所得

    水揚金額

    45度線

    533万円

    2,193万円

    a

    b

    変動費

  • - 13 -

    図 しらす船びき網漁業の経営体 、 の損益分岐点4 A B

    3 しらす船びき網漁業の漁家経営の生産性や収益性の優劣はどのように分析するのか?( )

    漁業経営の生産性や収益性の優劣を評価する1つの方法は、経営体相互を比較してみる

    ことである。もし優劣の原因を明らかにすることができれば、それらの改善の方向も見え

    てくる。以下 (1)と同様にしらす船びき網漁業の47経営体について分析してみる。、

    ① 物的生産性

    これは魚を獲る技術が上手いか下手かを示す指標である。ここでは物的生産性を、1人

    の乗組員が1日働いて何 のシラスを漁獲したかを示す指標と定義する。kg横軸に網船トン数合計、縦軸にシラスの物的生産性をとり、船団馬力合計 を境に2400

    つのグループに色分けし図 に図示した。5物的生産性は網船トン数が トン付近までは急勾配で増加するが、それ以上ではほと30

    んど増加しない。すなわち /人・日付近に物的生産性の限界点が存在し、これ以上は95kgトン数増加も馬力増加も物的生産性の向上にはつながっていない。物的生産性と船団馬力

    合計との関係を、2つのグループのデータが混在する網船トン数合計 トン付近で比較30してみると、両者の間には明確な対応は見られない。このことから、漁獲量の増加には、

    エンジン馬力以外の例えば漁労技術など他の要因が関係していることがわかる。

    30001000 20000

    4000

    3000

    2000

    1000

    0

    A 経営体

    B 経営体

    総経営費

    総経営費

    固定費

    固定費

    損益分岐点

    損益分岐点

    1200 2,088

    経費・所得

    水揚金額

    30001000 20000

    4000

    3000

    2000

    1000

    0

    A 経営体

    B 経営体

    総経営費

    総経営費

    固定費

    固定費

    損益分岐点

    損益分岐点

    1200 2,088

    経費・所得

    水揚金額

  • - 14 -

    図 網船トン数合計と物的生産性の関係5

    ② 価値生産性

    価値生産性は、お金を稼ぐ技術が上手いか下手かを示す指標である。価値生産性は物的

    生産性をお金に換算したもので、1人の乗組員が1日働いて稼いだ水揚金額を示す指標で

    る。したがって、基本的に物的生産性に類似したパターンを示す。

    価値生産性も物的生産性と同様に、網船トン数が トン付近までは急勾配で増加する30が、約 万円/人・日のピークを示した後に漸減していく。船団馬力合計との間に明確な8関係は見られない(図 。6)

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    70

    80

    90

    100

    0 20 40 60 80 100

    網船トン数合計(トン)

    シラ

    ス物

    的生

    産性

    (kg

    /人

    ・日)

    船団馬力

  • - 15 -

    図 網船トン数合計と価値生産性の関係6

    ③ 売上高利益率

    これは水揚金額に対する利益の割合を示す指標である。したがって、この数値が大きい

    と儲けの割合も多い。

    網船トン数合計を横軸に、売上高利益率を縦軸にとり、47経営体の数値を減価償却費

    を 万円以上( 、 ~ 万円( 、 万円以下( )の3ランクに分けて図示600 L 400 600 M 400 S) )した(図 。7)

    前述したように、しらす漁業では年々、過当競争の中でエンジンの高馬力化、漁船・漁

    具の大型化が進み、過剰投資が進んでいる。経営体によっては2船団を所有したり、設備

    投資に熱心な船主も多いことから、漁業の適正規模を探ることが重要となっている。

    売上高利益率のピークは網船トン数合計が トン付近で見られ、指標値が %以上の30 30、 。高い数値を示す漁家は 減価償却費が 万円以下の 及び ~ 万円の である400 S 400 600 M

    減価償却費が 万円以上の漁家 の売上高利益率は %以下と低くなっている。これ600 L 26は設備投資を増やし過ぎると利益が減ってしまうことを示している。

    0

    1

    2

    3

    4

    5

    6

    7

    8

    9

    10

    0 20 40 60 80 100網船トン数合計

    価値

    生産

    性(万

    円/人

    ・日)

    船団馬力400<

    船団馬力

  • - 16 -

    図 網船トン数合計と売上高利益率の関係7

    ④ どのような経営規模がよいか

    しらす船びき網漁業の経営の生産性や収益性について、いくつかの指標に注目して見て

    きた。その結果から網船トン数、船団馬力、減価償却費は、いずれも過大になると物的生

    産性、付加価値生産性、売上高利益率の低下につながることがわかった。

    ここで、 枚の図のうちから、②と③の図を1枚にまとめたものを図示し、生産性と収3益性の関係について見てみる(図 。8)

    これによれば網船トン数が トンを越えると、価値生産性は漸減するが、売上高利益30率はそれ以上に急勾配で減少している。したがって、③の結果も併せて考えると、1つの

    目安として網船トン数が トン付近で、減価償却費が 万円以下の経営体が、生産性30 400も収益性も高く、バランスもよい経営規模と言える。

    0

    10

    20

    30

    40

    0 20 40 60 80 100

    網船トン数合計(トン)

    売上

    高利

    益率

    (%

    減価償却費400万円以下

    減価償却費400-600万円

    減価償却費600万円以上

    0

    10

    20

    30

    40

    0 20 40 60 80 100

    網船トン数合計(トン)

    売上

    高利

    益率

    (%

    減価償却費400万円以下

    減価償却費400-600万円

    減価償却費600万円以上

  • - 17 -

    図 網船トン数合計と価値生産性、売上高利益率の関係8

    (4)伊勢湾の小型底びき網漁業には、操業時間や兼業種類などが異なるいろいろなタイ

    プの経営体があるが、このような漁業の経営分析はどうしたらよいか?

    、 、 、伊勢湾の小型底びき網漁業は 伊勢湾内を漁場として ~ トン程度の船で シャコ10 12ガザミ、サルエビ、クルマエビ、アナゴ、カレイ、スズキ、カマス、アジなど多種多様の

    魚介類を獲っている。家族型経営が中心でさまざまなタイプの経営体がある。例えば、操

    業時間では昼間操業と夜間操業、兼業ではのり養殖業といかなご船びき網漁業、乗組員数

    では2人乗りと3人乗りの経営体がある。こうした条件の違う経営体の場合は、操業条件

    が比較的類似した経営体をグループ化し、類型化して分析するとわかりやすい。そこで経

    営体を8類型に分類することにし(図 、経営類型別の経営基礎数値を表 に示した。9 3)

    <主たる漁業> < 操業時間 > < 兼 業 > < 乗組員数 >

    人乗り2のり養殖

    ( ~ 月) 人乗り10 2 3昼間操業

    時出航 人乗りAM3 2時頃帰港 いかなご漁PM4

    小型底びき網漁業 ( 月) 人乗り3 3

    人乗り2のり養殖

    人乗り3夜間操業

    時出航 人乗りPM3 2時頃帰港 いかなご漁業AM4

    人乗り3

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    0 20 40 60 80 100網船トン数合計

    価値

    生産

    性*5、

    売上

    高利

    益率

    価値生産性

    売上高利益率

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    0 20 40 60 80 100網船トン数合計

    価値

    生産

    性*5、

    売上

    高利

    益率

    価値生産性

    売上高利益率

  • - 18 -

    図 伊勢湾の小型底びき網漁業の類型化9

    こうした類型化で注意しなければならないのは、基準を余りに細かくとると、1漁家1

    類型となったり、逆に基準を大きくとると、同一基準での生産性、収益性の比較ができな

    くなってしまうことである。どういった基準を採用するかは漁業生産の現場をよく見て判

    断することが大切である。

    ① 小型底びき網漁業の経営

    1 2 3例として、経営類型 の経営体 〔昼間操業ーのり養殖兼業ー 人乗り〕を選び、表、により経営の概要について見てみたい。

    145 108 1,628水揚金額は 小型底びき網漁業における 日の出漁 のり養殖の 日の労働で、 、万円となっている。内訳は小型底びき網漁業で 万円、のり養殖で 万円である。1,105 523

    固定費は、減価償却費、漁具費、漁船保険、修繕費で総額 万円となる。381

    次に、変動費は、手数料、燃料費、氷代、食費、その他で総額 万円である。644、 、 。2 人乗り経営の多くは家族型経営であるから この家族の漁業所得は 次のようになる

    漁業所得=水揚金額ー(固定費+変動費)

    = 万円ー( 万円+ 万円)1,628 381 644= 万円603

    以下、経営類家 ~ についても、同じようにして家族の漁業所得をもとめ表 に示し2 8 4たが、経営類型によって漁業所得には差がみとめられる。しかし、どの経営類型を選択す

    るかは、労働力事情、資金力、漁業経歴、地域事情などによって決まるので、全く自由と

    はいかない。例えば、昼間操業か夜間操業かは、操業と水揚げの過密化・競合を回避する

    ために昔から地域ごとにはっきりと分かれてきた。こうした慣習から脱却することはなか

    なか難しい。こうしたことから、どの経営類型が望ましい、といった結論を簡単に出すこ

    とはできない。

  • - 19 -

    表 小型底びき網漁業の経営基礎数値3

    1 2 3 4 5 6 7 8経営類型操業時間 昼間操業 夜間操業兼業種類 のり養殖兼業 いかなご兼業 のり養殖兼業 いかなご兼業乗組員数 人 人 人 人 人 人 人 人2 3 2 3 2 3 2 3

    4 11 18 13 7 8 10 2漁 家 数10.1 10.9 11.1 10.5 10.2 10 10.1 9.4漁船トン数145 153 178 181 125 130 160 163出漁日数108 108 108 108のり労働日数

    1,628 2,021 1,393 1,582 1,586 1,809 1,484 1,694水揚金額1,105 1,388 1,263 1,432 1,138 1,298 1,345 1,540小型底びき網

    130 150 139 154いかなご523 633 448 511のり養殖381 422 326 323 352 406 374 317固定費126 158 119 112 151 187 157 66減価償却費95 111 92 87 84 88 91 99漁具費26 27 18 20 17 32 19 34漁船保険

    134 126 97 104 100 99 107 118修繕費644 722 554 591 573 778 525 598変動費98 121 84 95 73 109 89 102手数料

    313 335 323 331 285 315 308 313燃料費14 28 8 8 22 31 11 9氷81 115 59 79 76 119 55 85食費73 24 62 121種苗費65 99 80 78 55 83 62 89その他

    表 経営類型別にみた小型底びき網漁業の家族所得4

    経営類型 家族の漁業所得

    万円1 6032 8773 5134 6685 6616 6257 5858 779

    ② 損益分岐点

    小型底びき網漁業の経営は家族型経営であるから、いわゆる漁家経営である。このよう

    な漁家と呼ばれる家族型経営の損益分岐点はどのようにもとめればよいのか。前述したよ

    うに、損益分岐点は以下の式からもとめることができる。

    損益分岐点=固定費/(1-変動費/水揚金額)

    したがって、先の経営類型 の損益分岐点は、表 から1 3/( ー / )= 万円381 1 644 1,628 630

  • - 20 -

    となる。

    一方、家族型経営の場合には、そもそも生業目的で漁業を営んでいるから、経営の再生

    産にとって、毎月・毎年の家計費はなくてはならない経費という考え方が成り立つ。そこ

    でやや乱暴であるが、家計費を固定費に組み入れ、損益分岐点をもとめることになるが、

    通常、漁家の家計費を調査することは困難である。そこで、仮に家計費が 万円であっ350たとすると、

    損益分岐点=( + )/(1- / )= 万円381 350 644 1,628 1,209

    となる。これは先の損益分岐点 万円の約 倍弱である。630 2家計費は贅沢をすればふくらむし、倹約をすれば減っていく。これらは計算上のことで

    あるので、家計費の扱いはケース・バイ・ケースで考えればよい。

    ③ 生産性と収益性の比較

    つのタイプの経営について、生産性と収益性を比較してみる。ここでは生産性として8価値生産性(万円 人・日)を、収益性として付加価値生産性(万円 人・日)を採用する。/ /

    価値生産性は、1人の乗組員が1日働いて獲得する水揚金額、付加価値生産性は、1人

    の乗組員が1日働いて獲得する付加価値である。ただし、

    付加価値=利益+人件費=所得

    、 、 、 。なので 家族型経営の場合には 家族所得と等しくなるので 漁業所得率と言ってもよい

    これら2つの指標値について、経営類型毎のデータを、それぞれ出漁日数、水揚金額との

    関係で図 、図 に示した。10 11

    いかなご船びき網漁業を兼業している経営体(経営類型 )の価値生産性は、 人3,4,7,8 2乗りが 人乗りを上回り、また、夜間操業が昼間操業を上回っている。データの分布は、3経営類型毎にまとまりをもって層状構造を示している。

    全般に漁業経営が厳しくなる中で、ほとんどの経営体は、労働力の削減によって所得水

    準を維持しようとしている(表 。小型底びき網漁業においても、年々、 人乗りの船が5 3)減り、 人乗りの船が増えている。2

    データ数の多い〔昼間操業ー 人乗り〕から見ると、価値生産性も付加価値生産性も出2漁日数の増加に比例して高くなっている。このことから小型底びき網漁業においては、出

    漁日数を増やすことが経営上重要であることがわかる。

    夜間操業では、一般に夜行性で魚価の高いクルマエビなどのエビ類、アナゴなどがより

    多く漁獲されるため、昼間操業よりも高い価値生産性や付加価値生産性が得られている。

  • - 21 -

    図 小型底びき網漁業における漁家類型別の価値生産性10(いかなご船びき網漁業を兼業)

    図 小型底びき網漁業における漁家類型別の付加価値生産性11(いかなご船びき網漁業を兼業)

    表 人当たり平均所得の比較5 1

    タイプ 人当たり平均所得1

    人乗り 万円2 296△50 万円

    人乗り 万円3 246

    0

    10,000

    20,000

    30,000

    40,000

    50,000

    60,000

    70,000

    100 150 200 250出漁日数

    価値

    生産

    性(円

    /人

    ・日)

    タイプ3 昼間操業ー2人乗り

    タイプ4 昼間操業ー3人乗り

    タイプ7 夜間操業ー2人乗り

    タイプ8 夜間操業ー3人乗り

    0

    10,000

    20,000

    30,000

    40,000

    50,000

    60,000

    70,000

    100 150 200 250出漁日数

    価値

    生産

    性(円

    /人

    ・日)

    タイプ3 昼間操業ー2人乗り

    タイプ4 昼間操業ー3人乗り

    タイプ7 夜間操業ー2人乗り

    タイプ8 夜間操業ー3人乗り

    0

    5,000

    10,000

    15,000

    20,000

    25,000

    30,000

    0 500 1,000 1,500 2,000 2,500

    水揚金額(万円)

    付加

    価値

    生産

    性(円

    /人

    ・日)

    タイプ3 昼間操業ー2人乗り

    タイプ4 昼間操業ー3人乗り

    タイプ7 夜間操業ー2人乗り

    タイプ8 夜間操業ー3人乗り

    0

    5,000

    10,000

    15,000

    20,000

    25,000

    30,000

    0 500 1,000 1,500 2,000 2,500

    水揚金額(万円)

    付加

    価値

    生産

    性(円

    /人

    ・日)

    タイプ3 昼間操業ー2人乗り

    タイプ4 昼間操業ー3人乗り

    タイプ7 夜間操業ー2人乗り

    タイプ8 夜間操業ー3人乗り

  • - 22 -

    小型底びき網漁業のように、いろいろなタイプの経営体がある場合の経営分析手法とし

    て、経営類型別に経営の生産性や収益性を見てきた。それらに差が生まれる要因はかなり

    複雑であるが、大別すれば経営類型の違い、すなわち生産構造の違いに由来するものと、

    それ以外の別の要因、おそらく個々の経営体の漁労技術や養殖技術などの優劣に由来する

    ものなどに区分されると考えられる(図 。12)

    生産構造 経営類型(ハード)

    ・漁場選択生産性と収益性に ・漁労機器、漁具の操作差の生まれる原因 漁労技術 ・網の仕立て

    (ソフト) ・魚の鮮度保持・養殖管理

    販売戦略 市場の需給や価格に対応した漁獲対象種の選択

    図 経済生産性に差の生まれる原因の分類12