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-47- 初級日本語作文指導実践報告 一一児童詩の活用一一 主邑 巧ミ <要旨> 川崎洋 (1930-2004 )の「たんぽぽJ を日本語Il・IV (作文)の授業で紹介し,その 授業過程,学習者の創作例を報告する。原詩「たんぽぽ」は詩の第二節に文字遊び(音 遊び)が加わる平易な児童詩である。このような平易な詩は,作文クラスで語学力だ けではなく,書くことへの忍耐力も必要とされる留学生に新たな日本語への興味を起 こさせることができる。留学生の学習背景は様々である。特に,漢字圏と非漢字閣の 混合クラスにおいては,文字遊ぴ(音遊び)が加わった詩は学習者を共通の音の世界 にいぎない,書くことへの自己啓発を行わせるのに役立つ。 <キーワード> 作文クラス 児童詩 自己啓発 0. はじめに 天理大学の日本語IIIIV (作文)クラスは今まで短文しか書いてこなかった日本語学習者が,初 めて一つの題材について構成のある文章を書くことを目標とした授業である。授業は春学期前に来 日した一年生,日本の日本語学校で来日経験を積んでいる学生,短期留学生などで合同で行ってい るので,その授業運営に難しさがある。それに加え,それら学習者の母語が異なること,特に漢字 圏であるか,非漢字圏出身であるかは,シラパスの設定,教材の選定をより一層難しくさせている。 しかしながら. 日本での生活に慣れ,会話が流暢になっている学習者が原稿用紙に向かったら,意 外にもなかなか書けない,誤字脱字が多い,更に非漢字圏の学習者の方が漢字圏の学習者よりも正 確に漢字が書けるという例はいくらでもある。卒業論文の執筆までまだ時間があり,書くことへの 重要さよりも,日常生活で必要な「聞く」「話す」の方が重要視されている状況で,作文授業におい て,どのようなシラパスを設定し,どのように学資者の動機を高め持続させていくか工夫する必要 があるであろう。以下,学習者の動機付けのために児童詩を活用した作文授業の実践報告をする。 (!) 1. 児童詩の活用 管見によると ,テキストに児童詩を教材として記載しているのは, 『日本語中級 J301 -一基礎から

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初級日本語作文指導実践報告

一一児童詩の活用一一

久 下 主邑巧ミ 子

<要旨>

川崎洋 (1930-2004)の「たんぽぽJを日本語Ill・IV (作文)の授業で紹介し,その

授業過程,学習者の創作例を報告する。原詩「たんぽぽ」は詩の第二節に文字遊び(音

遊び)が加わる平易な児童詩である。このような平易な詩は,作文クラスで語学力だ

けではなく,書くことへの忍耐力も必要とされる留学生に新たな日本語への興味を起

こさせることができる。留学生の学習背景は様々である。特に,漢字圏と非漢字閣の

混合クラスにおいては,文字遊ぴ(音遊び)が加わった詩は学習者を共通の音の世界

にいぎない,書くことへの自己啓発を行わせるのに役立つ。

<キーワード>

作文クラス 児童詩 自己啓発

0. はじめに

天理大学の日本語III• IV (作文)クラスは今まで短文しか書いてこなかった日本語学習者が,初

めて一つの題材について構成のある文章を書くことを目標とした授業である。授業は春学期前に来

日した一年生,日本の日本語学校で来日経験を積んでいる学生,短期留学生などで合同で行ってい

るので,その授業運営に難しさがある。それに加え,それら学習者の母語が異なること,特に漢字

圏であるか,非漢字圏出身であるかは,シラパスの設定,教材の選定をより一層難しくさせている。

しかしながら. 日本での生活に慣れ,会話が流暢になっている学習者が原稿用紙に向かったら,意

外にもなかなか書けない,誤字脱字が多い,更に非漢字圏の学習者の方が漢字圏の学習者よりも正

確に漢字が書けるという例はいくらでもある。卒業論文の執筆までまだ時間があり,書くことへの

重要さよりも,日常生活で必要な「聞く」「話す」の方が重要視されている状況で,作文授業におい

て,どのようなシラパスを設定し,どのように学資者の動機を高め持続させていくか工夫する必要

があるであろう。以下,学習者の動機付けのために児童詩を活用した作文授業の実践報告をする。

(!)

1. 児童詩の活用

管見によると,テキストに児童詩を教材として記載しているのは, 『日本語中級 J301-一基礎から

- 48ー 外国語教育

中級へ-j第2課の金子みすずの「わたしと小鳥と鈴とJ,rテーマ別中級から学ぶ日本語』第23課

の野口雨情の「しゃぽん玉Jの2作である。どちらも,初級後半から中級のレベルにある日本語学

習者向けのテキス卜で,創作というよりは読解に用いられている教材である。果たして,児童詩が

作文授業において教材となりうるのか。また,学習歴の浅い学習者に感情を十分に表現する作詩が( 2)

できるのであろうか。そのような疑問の中で,偶然,川崎洋作の「たんぽぽJという詩を目にした。

この短い詩は,詩の構成が簡潔であるばかりでなく,日本語の言葉あそびのおもしろさがプラスさ

れているユニークな詩である。詩の前半ではたんぽぽが飛んでいく↑背景をリアルに読者に想像させ,

その飛んでいく小さな綿にひとつひとつ名前があるという,その意外な視点に読者は小さなものの

存在を再認識させられずにはいられない。続いて,そのひとつひとつの命名の面白さがうたわれ,

最後の円iiに落ちるなJという一節によって作詩者のたんぽぽへのやさしい気持ちに気づく。それ

は初級の日本語学習者にも十分通じる詩の世界である。次に,その詩をあげる。

たんぽぽ

たん,iU0カず

たくさん飛んでいく

ひとつひとつ

みんな名前があるんだ

おーし、 たほ?ん,r

おーいぽぽんた

おーい /i0んた,io

おーいほ。た' ioん

川に落ちるな

川崎洋

この詩を黒板に大きく板書し,学習者に大きな声でよんでもらうと,「おーい,たぽんぽ」の個所

から必ず学習者の笑いが起こり始める。初めは名前の意図がわからなかった学習者も次第にその名

前の一つ一つが「たんぽぽJをもじったものであることに気がつき,命名の意図を理解してくる。

これは文字と意味を結びつけた日本語学習ではなしむしろ文字と音を結ぴつけた音の世界である

と言えるだろう。 言葉を意味から切り離した音の世界は,学習者の母語の背景,学習歴に関係せず,

心の琴線にふれるものであると思う 。読み始めは確かに日本語の詩であり,日本語の学習であった

ものが,この筒所にくると,個々の学習者を一時日本語という言葉の枠から離れさせ,学習者を共

通の音の世界へと誘っていく。そして,最後の一節で,学習者に実はこれが日本語の詩であったこ

とを再ぴ思い起こさせる。学習者は日本語から始まって,意味のない音の世界くぐり,また日本語

初級日本語作文指導実践報告 - 49一

の世界に戻ってくるという不思議な体験をする。次に,授業の実践について述べる。

2.授業の実践

この詩の具体的な提出時期としては,春学期(日本語III)のまだ学習者が作文という授業に慣れ

ていない頃,或いは秋学期(日本語IV)で授業に慣れてきた時期としている。前者では学習者にこ

れから始まる作文への心理的負担を軽減させ, 書く ことの楽しさや,書くことの自由さを伝えると

いう効果がある。後者では,一学期作文を書いてきて,書くことへの興味が生まれない学習者や,

書くことに面白きを感じながらも,適切な表現がみつけられずに書くことに少し抵抗を感じ始めて

いる学習者に,短くても面白い文が書けることを,作文は形式だけが重要ではないことをわからせ

ることができる。授業での導入順序はほぼ次の通りである。

1.教師は「たんぽぽ」と大きく板書する。

2.教師は「これは何か」と学習者にたずねる。

3.学習者に辞書で意味を調べさせたり,返答がない場合,黒板に「たんぽぽ」の絵をかいてみ

せたりして,花の名前であるとわからせる。

4. 詩の全文をゆっくりと板書し,学習者とともに大きな声で朗読する。

5.詩の意味を簡単に説明しながら,詩の情景を想像させる。

6. 必要に応、じて,文法的解説をおこなう。

7. 各自身近なものを一つ選んで,目を閉じてその情景をイメージさせてから,作詩にとりかか

らせる。

8.教師は机間巡回しながら,適宜学習者にアドヴアイスを与えていく。

以上が一連の流れで、あるが,学習者によっては題材の決定に長〈時間がかかる者や,積極的に取

り組むことができない者もいる。詩の導入から作詩作業の完成まで,だいたい30分一40分をあて,

時間厳守して提出してもらうようにしている。また,時間内に完成できなかった学習者には「未完」

と書かせるようにしている。この時間厳守と時間内に完成しない場合に「未完Jと書かせるのは,

この作詩に限らず,全ての作文の授業での課題作文提出に共通するプロセスである。学習者に時間

的な制限を与えることは自由詩の創作に相反するかもしれないが,授業の運営上必要な措置である。

そこで,未完者は「未完」と書くことによって,その創作が十分で・ないことを教師に示すことがで

きる。先にも述べたが,学習者の書く動機が高まり,作文の授業が他の授業とは異なり,自己との

対時であるとわかってくると,書くことに対する姿勢も異なってきて,自然に無駄な時間も省かれ,

倉I]作に熱中してくる。課題を波されて,初めは周りの学習者の様子を気にしていた学習者も,時間

内に完成させなければならないという制約をつけると,作業に早〈取り組む傾向がみられる。

3. 創作の実例

( 4)

今年度の受講者を例に授業の実践とかl作の実例をあげていく。受講者数は21名(漢字闘11名,非

- 50 - 外国語教育

漢字幽10名)である。各学習者の題材は以下に示した通りである。

男子学生| さくら( 2),梅,いのしし,魚.鼠,兎.車,新幹線.子供,ポーリング,恋愛

女子学生|細菌, ミYパチ,蝶,綿あめ,金魚,とんぼ.ぶどう.だんご,靴

原詩の「たくさん飛んでいく Jの影響か,飛ぶものを題材とする学習者が多かった。特に男子学

生では,「さくら」「うめJという「たんぽぽ」から連想される花類が題材にされ,女子学生では同

じ飛ぶでも「細菌J「ミツバチJ「蝶J「とんぼjというように小動物を,題材としている。更に,「飛

ぶjという移動を表す動詞から「走る」「跳ねる」「逃げる」などが連想されたのか,男子学生では

「鼠J「兎」「いのししJが,また, 生物から無生物の「車」 「新幹線」と連想、が飛躍して題材とされ

ている。一方,女子学生では「綿あめJ「ぶどうJ「だんごJのように食べ物へと題材が移行してい

るのも興味深い。題材の選択に何が影響したのか推測が難しいものもあるが,「金魚」は日本の夏の

風物として選ばれたよ うである。その他,「魚」「子供J「ポーリ ング」「恋愛J「靴Jなどの題材の選

定には個別のインタビューが必要であろう。因みに「ボーリングjは学習者の趣味ということであっ

た。また,題材の決定においては教師の発話も注意しなければならない。それは教師の発話からヒ

ントを得て題材を決定してしまう安易な学習者もいるからである。題材選定の段階では教師は極力

発話を避ける方がよいだろう。

題材の決定のあと,作詩にかかるわけであるが,その時に適切な言葉を見出すことが必要となっ

てくる。だが,学習者の限られた語嚢だけでは対処できない場合もある。そこで,教師はあくまで

もアドヴァイザーとして,学習者の表現したいことを簡単な日本語を使って聞き出してゆき,適切

な語嚢や表現を与え,詩を完成へと導く手助けをしなければならない。特に最後の一節が難しかっ

たようなので,そのアドヴアイスのいくつかの例をあげる。

(1) 新幹線→脱線するな

( 2 ) 蝶→蜘妹の巣にひっかかるな

( 3) 魚→網にかかるな

( 4 ) くるま→ガソリンがなくなってもとまるな

( 5) うさぎ→森で迷子になるな

(1)(2)(3)は学習者が辞書だけでは諮繋が見つけ出せなかった例である。( l)では「電車が走っ

ていて倒れる」という学習者の説明から「脱線Jを,( 2 ) ( 3 )では学習者は既に辞書で「蜘妹J「網J

の言葉を得ていたが,それをどのような動詞で用いればいいかわからなくて困っていたところに

「ひっかかるJ(この場合は蜘妹だけではなく蜘妹の巣であることも説明)を,魚が網の中に入って

いる状態を「(網に)かかるJというようにアドヴアイスした。更に,( 4)では学習者はすでに「止

まるな」と作詩していた。ただ,車は止まることも動くこともできるので,「止まるなJだけでは落

ち着きがない。そこで,「車は何で動くかJ「車はカ’ソリンがどうなったら止まるかJと口頭で質問

をしていくと,学習者自ら「ガソリンがなくなっても」という条件を考えつき,「ガソリンがな くなっ

初級日本語作文指導実践報告 - 51ー

てもJというフレーズを付け加えた。( 5)では学習者ははじめ「森に入るなjと作詩していた。そ

こで,教師が「どうしてうさぎは森に入ってはいけないのか」とたずねると,「帰ってこない」と答

えたので,更に, 「帰ってきたら森に入ってもいいのか」とたずねると, 「はいJという答えが返っ

てきたので,「迷子になるJという言葉をアドヴアイスすることにした。( 5)

学習者が既に作詩をしている場合も,違和感のあるものは教師の口頭質問によって,その意図を

はっきりとさせ,言葉を訂正させたり,加えたりさせたりする。この時も教師は安易に自分の考え

を押し付けるのではなく,できるだけ学習者自身が新しい言葉,表現に気づくように誘導すること

が大切である。教師は一方的に答えを与えるのではなく,あくまでもアドヴァイザーに徹すること

が重要である。また,学習者のレベルに応じて,少しくらい違和感のある表現でも許容範囲にあれ

ば良しとすることもある。次に,作詩例を四つあげる。

ミツバチ

ミツバチが

たくさん飛んでいく

一匹一匹

みんな名前があるんだ

おーい ツミチパ

おーいパツミチ

おーい チミツバ

おーい ミパチツ

私を刺すな

D.Kさん

この詩の創作において,学習者に質問されたのはミツバチの助数詞だけであった。学習者は鳥を

数えるのに「羽Jを使うことは知っていたが,「匹Jは犬や猫の小動物を数える際に用いるもので,

ハチ,蝿などに使うことを知っていなかった。次の「さかなJにおいても,助数詞を問われた。総

じて,学習者にと って助数詞は難しい学習項目の一つであると言える。ここでは引用していないが,

助数詞を質問或いは訂正させた例としては,さくら(花弁)が「枚J,ぶどうが「粒j,くつが「足J,

いのししが「頭」などある。

最後の「私を刺すなJという 一節で,作者或いは作者の身近な者がミツバチに刺された経験があ

るのではないかと想像できる。原詩の対象を気遣う表現ではないが,「私を」という表現が自己中心

的で,ミツバチという小さな生き物を怖がっている作者(人間)が可愛く映る。

次に,さかなという詩を紹介する。これは先に述べたように最後の一節をアドウ’アイスした詩で

ある。学習者は原詩の「飛んでいく」から,「泳いでいく」とうまく表現している。他にも,「一て

- 52 - 外函語教育

いく」の一節を工夫した例としては,「さくらがたくさん舞い落ちていくJ「うさぎがたくさんはね

ていく」「だんごをたくさん作っていく」等があった。

さかな T. Sさん

さかなが

たくさん泳いでいく

一匹一匹

みんな名前があるんだ

おーいかさな

おーいなかさ

おーい きなか

網にかかるな

また二節目を,「~ていくJではなく,「~ている」「~てある」と表現を変えた詩もあった。例え

ば,「こどもjで「こどもがたくさん遊んでいる」,「梅」で「梅がたくさん満開であるJ,「ぶどう J

で「ぶどうがたくさん棚にかかっているj,「くつJで「くつがたくさん並んでいるJ等があり,学

習者は状態の表現を上手に使用していると言える。次に,教師のアドヴアイスが不足していた例を

あげる。

さくら H Rさん

さくらが

たくさん咲いている

ひとつひとつ

みんな名前があるんだ

おーい さらく

おーい くらさ

おーい くさら

おーい らくさ

海に落ちるな

最後の一節は原詩の「JI/Jを「海Jにかえたものである。安易に語棄を換えているだけなので,

さくらと海の逮聞に問題がある。さくらは一般的には学校,公園,並木道などに縞えられているこ

初級日本語作文指導実践報告 - 53 -

とが多く,海岸,海というイメージはあまりない。そこで,教師は「さくらはどこに咲いているかJ

と学習者に問いかけ,最後の「海」との関連が低いことを学習者にわからせるべきだったと思われ

る。また,さくらの木であるか,さくらの花なのかという日本語の「さくらjのもつ暖味さを確か

める必要もあったのではないかと思われる。次の詩は,題材はユニークであるが,教師がいくつか

のアドヴアイスを怠った例である。

ポーリング S.Y

ボーリングが

たくさん転がていく

ひとつひとつ

みんな名前があるんだ

おーい グンリーポ

お-,、 ンリダーボ

おーい リンポーグ

おーい ーポリング

おーい ボーリング

瓶にはずれるな

「転がていく」は「転がる」の「て形」が定着していないことを表している。提出の前に,チェッ

クさせなければならない初級文法項目である。また,名前に関して,原詩の法則から機械的に名付

けていくことはできても,それを日本語の音節の法則からすると.発音できないものがあることも

気づかせるべきであった。「ンリグーポJ「 ポリング」 のように, 日本語の特殊音節である擦音,

長音は語頭に置けず,それは音読させれば容易に理解できることである。提出の前に各自で一度音

読することを強要していたが,声を出してよむのを恥ずかしがる学習者もあり,指導が徹底してい

なかった失敗例と言える。問様の失敗例として「金魚」がある。原詩の法則からすると,「ぎょんきJ

「んきぎょJ「きぎょんj等名付けられるが,「んぎよき」は日本語の音節法則からすれば,発音不

可能な言葉となる。「瓶」はおそらく学習者の母語(中国語)を直後使用したとみられるが,「はず

れるなjを生かすのであれば,「レールからはずれるな」や,或いは「はずれる」の反対の「まっす

ぐすすめ」等表現した方がよかっただろう。漢字閣の学習者は辞書を引く営慣を早くから身につけ

させないと,中級,上級になるにしたがって,漢字の確かめを君、るようになってくる。会話や読解

(精読でない場合)の授業では,どちらかと言うと内容の把握に力が入れられるので,作文の授業

で確かめのための小まめな辞書引きを習慣づけるようにしなければならないだろう。

- 54一一 外国 語教育

4. 創作の発展

21人の作詩の中で,原詩の「名前」を用いなかったものが三作ある。次の二首は「名前」のとこ

ろを「色Jにかえた例である。これは学習者が身近な「とんぼJ「だんごjを題材にしようとした時

に,どちらも 3音節なので名前のバリエーションがたくさんできないことに気つずき,自ら考えだし

たものだと思われる。偶然にもどちらも「色」のバリエーションをうたっている。

とんぼ Z.Hさん

とんぼが

たくさん飛んでいく

いっぴきいっぴき

みんな無類の色が

あるんだ

おーい赤とんぼ

おーい黒とんぼ

おーい緑とんぼ

おーい青とんぼ

私の顔にぶつかるな

だんご T.Sさん

fごんごを

たくさん作っていく

ひとつひとつ

みんな色があるんだ

おーい みどりちゃん

おーい あかちゃん

おーい おあちゃん

おーし、 きいろちゃん

食べられるな

とんぼに関して言えば,「赤とんぼ」は固有名詞だが,その他を同じように扱ってよいかは検討の

余地がある。「~色のとんぼjとすべきかもしれない。学習者にはその旨を伝え,最終的には「黒と

初級日本語作文指導実践報告 - 55ー

んぽJ「緑とんぼJ「青とんぼ」のままで提出してもらった。また,だんごに「あおいJだんごがあ

るのかは筆者には不明であるが,この点についても学習者に「青色のだんごがありますかJと念押

しをしてから,提出させた。ここでは日本の三色因子が「ピンク ・緑・白」で構成されているとア

ドヴアイスをしてもよかった と思う。最後に昨年度の学生の詩をあげる。あまり原詩にとらわれず

に自由に作詩するようにさせた例である。すると,「毎日毎日」や「今日も元気だしてJというよう

な豊かな表現の二節が加わっている。原i詩では最後の一節は「ーな」と禁止の形になっているが,

「~て」と励ますような形で終了することにより,作詩者の対象に対する優しい心遣いがうかがわ

れる。学習者が題材によってa情景を思い浮かべ,対象に語りかけるようになると,自ずと,原詩と

は異なった表現形式が選ばれていくのだろう。

ひまわり

ひまわりが

朝早く起きている

毎日毎日

みんな名前があるんだ

おーい ひまわり

おーし、 まひりわ

おーいわりひま

おーい りまわひ

今日も元気だして

I. Rさん

夏の厳しい朝日に照らされたひまわりが一本一本,その名のとおり太陽に向かつて咲いている様

子が自に浮かぶようである。 朝は元気なひまわりも,日中の暑さは堪らなくなるだろう。そこで,

作者は「今日も元気だしてJとエールを送る。作者のひまわりへの語りかけに,読者はこの詩の暖

かさを感ぜずにはいられないだろう。

5. おわりに

学習背景,文化も異なる留学生にとって, 日本語で作文を書くということは,語学力だけではな

し題材に対する知識,興味度なども関係してくる。また,語学を学ぶ四技能の中で,「書く」とい

う一番時聞がかかり ,忍耐のいる作業に挑戦する 自己啓発力も必要であろう。題材が 「自己紹介J

「昨日のことJなど, 具体的で身近なことについては,書くことがたくさんあっても,興味のない

題材に対しては書けないというのでは困る。学習者が日頃自分てるは絶対に書かないであろう題材や,

関心を持っていない題材を設定することも授業としては必要となってくる。課題をこなすうちに授

- 56 - 外国語教育

業への,ひいては日本語を書くことへの興味がわいてくればいい。作文の授業では他者と比べるこ

となく,自分のペースで,毎回の授業の課題に取り組みながら,独創的な観点でもって作文するこ

とを奨励している。書く量よりも質を重んじ,必ずしも授業内に書きあげなくても良しとしている。

それは既述した「未完」とし寸方法で,学習者は教師に伝えることができる。学習者の中には自主

的にホームワークとして,次週に[未完jの作文を完成させて提出するものもあれば,今回「未完J

であったゆえに,次週の作業にカを入れる者もいる。個人のもつ語学的センスは別として,日本語

で表現する,書くことへの挑戦が作文倉/J作の一番の課題であると思う。それには,学習意欲をかき

たてるために,今回レポー 卜したような簡単な児童詩の提示によ って,学習者が日本語の面白さを

発見するばかりではなく,そこから自己の創作意欲を高めてくれれば幸いだと思っている。

i.'E

( 1 ) 日本語に特有の文学として,俳句,川柳,短歌というものもあるが,ここでは長年試行錯誤してき

た詩について報告する。

( 2) 川崎洋 (1930-2004)東京生まれ。 1953年,茨木のり子と同人誌「権jを創f/Jo55年,第一詩集 fはくちょうjを刊行。 エッセイ集 『ことばのカJ『方言の息つ’かいjなどがある。童話,絵本,ラジオ・

テレビの台本.映画のシナリオも多数手がける。

( 3) 主な文法項目としては次の 5つがあげられる。 (1 )~ていく( 2)助数詞(ひとつひとつ) ( 3)~ん

だ( 4)応答詞(お-し、) ( 5)禁止形(辞書形十な)。学習者のレベル,時間配分などを考慮して適

宜紹介している。

( 4 ) 2010年春学期(日本語Ill)

( 5) 創作中に教師と特定の学習者だけが会話をすることは,時に他の学習者の迷惑になることもあるの

で,状況に応じて筆談という手段を用いて解決することもある。

参考文献

川崎洋(1910)r川崎洋詩集』思潮社現代詩文庫33

川崎洋 (1995)『続・川崎洋詩集j思潮社現代詩文庫133