脳 卒 中 の外 科16:103～106, 1988

私の手術法

Clippingが 不 可 能 で あ った動 脈 瘤 に対 す る

wrappingの 工夫―Dacron fabricを 用 い て ―

奥 謙,呉 淳 東,村 沢 明

斉 藤 洋 一,泉 本 修 一

A Technique for Wrapping Intracranial Aneurysms Using a Dacron Fabric

Yuzuru OKU, M.D., Junto GO, M.D., Akira MURASAWA, M.D., Yoichi SAITO, M.D., and Shuichi IZUMOTO, M.D.

Department of Neurosurgery, Kansai Rosai Hopsital, Amagasaki, Japan

Summary: Materials hitherto used for wrapping intracranial aneurysms failed to prevent early and late recurrent hemorrhage. This is probably because the mechanical strength of these materials is in-sufficient to reinforce the aneurysmal wall. To obtain early as well as long term prevention of bleed-ing, we have been using a Dacron fabric to wrap the aneurysms.

So far five aneurysms at various locations (three at the IC, two blister-like, non-ruptured and one fusiform, non-ruptured, one at the MCA bifurcation, non-ruptured, and one at the vertebral artery fusiform, ruptured) have been wrapped. Although the follow-up periods are short,-the longest one being two and a half years-the patients are all doing well with no hemorrhage. The Dacron fabric which has been commonly used in cardiovascular surgery is rather inelastic and the cut end does not come loose. So it was thought that this material would have sufficient toughness to reinforce the aneurysmal wall as long as it made contact with the wall or pressed against it after the wrapping was completed. But since the Dacron fabric is slightly hard and thick (0.5mm thick), there were some difficulties in manipulating it during the operative procedure. At the end of wrapping, the free ends of the Dacron fabric were approximated and closed with Sugita's clips. For this purpose "L" shaped clips with blades which open parallel to each other were used because other types of clips did not close at the tips due to the thickness of the Dacron fabric.

Occasionally sutures or Weck's clips were required to close the Dacron fabric.

Key words:

・intracranial aneurysm

・wrapping

・Dacron fabric

は じ め に

脳 動脈瘤 の手術 において ほ とん どの動 脈瘤 は柄部

clipping,あ るいは結紮術が行われ,再 出血の予防にはこ

れらが最善の方法であると考えられている.し かし動脈瘤

の中にはbroad baseで あった り,動 脈壁の小 さな膨隆で

あ っ た り,fusiform typeで あ っ た り,あ る い は動 脈 瘤 か

ら分 枝 が 出 て い た りす る た めclippingや 結 紮 が 行 え な い

症 例 が あ る.こ の よ う な例 には次 善 の策 と してwrapping,

あ る い はcoatingを 行 わ な けれ ば仕 方 が な い場 合 が あ る.

ま たclippingが 不 十 分 で あ る た め 残 りの 動 脈 瘤 壁 を補 強

す る 意 味 でwrappingやcoatingが 行 わ れ る こ と もあ る.

関西労災病院 脳神経外科

Wrappingやcoatingの 材料 としてこれまで種々のものが

使用 されてきたが,そ れぞれ術後早期および長期の再出血

の予防という点では満足のい く結果を得ていない.動 脈瘤

から出血 をさらに十分 に予防する目的で今度われわれは

wrappingの 材料 として血管外科で使用されているDacron

fabricを使用 して満足できる結果を得たので報告する.症

例は5例 の動脈瘤で内頸動脈の"ち まめ"状,未 破裂動脈

瘤2例,内 頸動脈fusiform type,未 破裂動脈瘤1例,中

大脳動脈分岐部嚢状,未 破裂動脈瘤1例 および椎骨動脈

fusiform type,破 裂動脈瘤1例 で最長2年 半の経過観察を

行った.

症 例

〈症例1〉62歳,女 性.

昭和59年11月12日,ク モ膜下 出血にて発症.同 日,

Hunt and Hess, grade IIIで入院,直 ちに脳血管撮影 を施

行 し右中大脳動脈および左内頸動脈後交通動脈に動脈瘤の

存在が確認された.CTス キャンにて右Sylvian fissureに

血腫量が多かったので右中大脳動脈瘤が破裂動脈瘤と診断,

同日clippingが 行われた.こ の動脈瘤が破裂動脈瘤であ

った.術 後,脳 血管攣縮の症状が認められたが治療により

神経脱落症状を残さずに回復.約1か 月後に左内頸動脈後

交通動脈の手術 を施行.

手術所見ならびに手術方法:動 脈瘤は内頸動脈壁が半球

状に膨隆 しその壁が赤 く薄 くなっていた.Clippingは 不

可能であると思われたので内頸動脈を動脈瘤 を中心に全周

にわたって剥離,後 交通動脈,前 脈絡動脈を確認 したのち

適当な大 きさに切断 したDacronfabricに 後交通動脈を通

過させる切 り込みを入れて(こ のとき先端 を小 さくY字 型

に切ると楽に後交通動脈が通るようになる),動 脈瘤およ

び内頸動脈の周囲を全体をこれで包み込むようにして両断

端を合わせて杉田の動脈瘤 クリップで止めwrappingを 終

了 した(Fig.1).術 後の脳血管撮影では動脈瘤は消失 して

いた(Fig.2).

〈症例2〉57歳,女 性.

昭和61年8月11日,頭 痛発作で発症・意識障害はなかっ

た.同 月16日,頭 痛の増強とともに複視が出現 し,他 の病

院に入院 したが原因不明のため同月21日,当 科へ転医・神

経学的には左動眼神経麻痺 を認めるのみであった.腰 椎穿

刺で髄液は水様透明であった.直 ちに脳血管撮影 を行い左

内頸動脈に2個 および右内頸動脈に1個 の動脈瘤 を認めた.

翌8月22日 に左内頸動脈の2個 の動脈瘤に対 してclipping

術施行.術 中クモ膜下出血は認めず未破裂の動脈瘤であっ

た.9月11日 に右内頸動脈瘤に対 して手術施行・

手術所見ならびに手術方法:動 脈瘤は柄部をもたず内頸

動 脈 壁 が膨 隆 す る い わ ゆ る"ち まめ"状 で後 交通 動 脈 とは

分 離 して い た.clippingは 不 可 能 で あ る と判 断 した の で

wrappingを 行 う こ と と した・ 後 交 通 動 脈 お よび 前 脈 絡 動

脈 を確 認 す る と同 時 に動 脈 瘤 を 中心 と して 内 頸動 脈 の全 周

を剥 離,後 交 通 動 脈 を通 過 させ 動 脈 瘤 を完 全 にwrapping

す る の に十 分 な大 き さのDacronfabricを 切 り取 る.つ い

で後 交 通 動 脈 を通過 させ る ため の 切 り込 み を入 れ る.こ の

よ うに作 成 したDacronfabricを まず 内 頸動 脈 の 裏 側 を通

過 させ 後 交 通 動 脈 を切 り込 み の 中 へ 入 れ る.つ い でDac-

ron fabricの 両 端 を合 わせ るが この 症例 の 場 合,切 り込 み

を入 れ た 両 側 のDacronfabricを 内頸 動 脈壁 にそ わせ て動

脈 瘤 を包 み 込 む と きに両 側 のDacronfabricが 交 叉 す る形

に な っ たの で,交 叉 す る部 分 で 一 針 縫 合 を行 い切 り込 み の

両 側 のDacronfabricを た た み こむ よ う に した.切 り込 み

を入 れ たDacronfabricの 広 い ほ うの 端 と反 対 側 の端 を合

わせ て動 脈 瘤 を包 み 込 ん で杉 田 の動 脈 瘤 ク リ ップで 止 め た

(Fig.3).術 後 に 施 行 した脳 血 管 撮 影 で は動 脈 瘤 は造 影 さ

れ ず(Fig.4),術 後 の 患 者 の経 過 も良 好 で軽 度 の 左 動 眼神

経 麻 痺 を残 す の み で あ る.

考 案

動 脈 瘤 のwrappingの 材 料 と して 使 用 さ れ る もの に は術

直後 よ り動 脈 瘤 壁 を十分 に補 強 し,長 期 にわ た って は もち

ろ ん術 直 後 よ り再 出 血 の 防止 が 可 能 で あ る こ とが そ の 条件

の1つ と し て 求 め られ る.こ れ ま で に 報 告 さ れ て い る

wrappingの 材 料,す な わ ちmuscle, fascia, muslin

gauze, Bemsheetな ど は こ の条 件 を 十 分 に 満 足 して い る

と は思 わ れ な い.Muscleは 吸 収 され た り1)再 出 血 例 が 報

告 され た り2)3)し て い る.Fasciaも 吸 収 され る こ とが報 告

され て い る1).Muslin gauzeは 強 い 線 維 化 が 起 こ った 後 に

は再 出血 の予 防 が 期待 で きる よ うで あ るが,術 直 後 に は 再

出血 が 起 こ っ て い る4).Bemsheetは こ れ らの 中 で は比 較

的 よい よ うに 思 わ れ るが や は り術 直 後 の 動脈 瘤 壁 の補 強 の

程 度 に 不 安 が 残 る.蛯 名 ら1)は そ の 点 を補 う た め にBem-

sheetの 上 か らAronalphaAを 使 用 す る こ と を勧 め て い

る.し か しBemsheet,す な わ ち綿 片 は,ク モ 膜 下 腔 で は

報 告 をみ ない が,脳 内 で は 肉芽 腫 を形 成 す る こ とが 報告 さ

れ て い る5).そ こで,わ れ わ れ は術 直 後 よ り十 分 な再 出血

の 予 防 を す る こ と を 目的 に 材 料 の 選 択 を行 いDacron fab-

ricを 使 用 した.Dacronfabricは こ れ まで 心臓 血 管 外 科 で

人 工 血 管,あ るい は大 動 脈 瘤 のwrappingに 使 用 され て い

る もの で,線 維 間 にfibrosisが 起 こ っ て 組 織 化 さ れheal-

ingが 起 こ る6)7).そ れ ゆ え脳 動 脈 瘤 に使 用 して もfibrosis

が起 こ り長 期 の再 出血 の 予 防 に 関 して は 問題 な い と思 われ

る.ま たDacron fabricは 比 較 的伸 縮 性 に乏 し く十分 な 強

度 を 有 し て い る た め 動 脈 瘤 壁 が 十 分 圧 迫 され る よ う に

104 脳卒 中の外科16:1988

wrappingを 行 え ば術 直 後 よ り再 出 血 の 予 防 に役 立 つ と思

わ れ る.さ らに 切 り取 っ た断 端 の線 維 の ほつ れ が 少 な いた

め そ の 断 端 に か な り近 い とこ ろ まで 十 分 な 強 度 が期 待 で き

る.し か し動 脈 分 枝 を通 過 させ るた め の 切 り込 み を 入れ る

と き,あ ま り細 長 い 部 分 を作 る とほつ れ が 目立 つ よ うで あ

るの で注 意 を 要 す る.ま たDacron fabricは や や 固 さが あ

るの で 症 例 に よ って は 動 脈 お よび動 脈瘤 の 裏側 を通 す と き

に や や 困 難 を 感 じた.そ の と き に は 裏側 を通 すDacrOn

fabricの 角の 部分 に糸 を通 して お き,そ の 糸 を まず動 脈 お

よ び 動 脈 瘤 の 裏 側 に 通 して お き,糸 を引 張 りなが らDac-

mnfabricを 通 過 させ る必 要 が あ った.Wrappingを 終 了

す る と き にDacron fabricの 両端 を合 わせ て 閉 じる の に 杉

田 の 動 脈 瘤 ク リ ップ を使 用 した.Dacron fabricの 厚 さが

0.5mmあ り閉 じる と き に二 枚 重 ね る とか な り分 厚 くな る

ので 通 常 の 直 の ク リ ップ,す なわ ちbladeが 扇状 に 開 く ク

リ ップ で 閉 じる と 手前 の部 分 のDacron fabricで ク リ ップ

の 先 端 が 開 くの でbladeが 平 行 に 開 くL字 型 の ク リ ップ

一No.21ま た はNo.22)を 使 用 した 一 と きに は 同 ク リ ップ

A

B

C

Fig.1 Case 1. A: A blister-shaped aneurysm (A) at left

internal carotid artery (IC). B: A schematic drawing

when a Dacron fabric was passed behind the IC. p:

posterior communicating artery. OP: optic nerve. D: Dacron fabric. C: Wrapping was completed.

A B

Fig.2 Case 1. A: Preoperative left CAG. The clip is on right

MCA aneurysm. B: Postoperative left CAG. The

aneurysm was not visualized.

Fig.3 Case 2. Operative photograph of wrapped aneurysm

at right IC.

B

Fig.4 Case 2. Preoperative (A) and postoperative (B) right

CAG. Two clips on left IC aneurysms were superim-

posed but aneurysm on right IC was no longer demonstrated (arrow).

Surgery for Cerebral Stroke 16:1988 105

で 閉 じ る こ とが で きな い場 合 もあ り,そ の と き に は縫 合 あ

るい はWeckのclipを 使 用 す る必 要 もあ った.

以 上,脳 動 脈 瘤 のwrappingにDacron fabricを 使 用 し

た 経 験 を報 告 した が,Dacron fabricも ま だ十 分 に 満 足 で

き る材料 とは い え な い.厚 さ と固 さが あ るの で術 中 の操 作

が や や 困難 な こ とが あ りwrappingす る と き十 分 注 意 しな

け れ ば 動 脈 の 分 岐 やparent arteryにstenosisを 起 こ しや

す い.強 度 は十 分 に あ り術 直 後 の動 脈 瘤 壁 の 補 強 に関 して

は問 題 な い と思 わ れ る.し か し大 動 脈 瘤 に使 用 され た例 で

は包 まれ た 中 の動 脈 瘤 壁 が長 期 の 間 に菲 薄 化 を きた して 出

血 した例 が報 告 され て い る8)の で脳 動 脈 瘤 で も さ らに長 期

間 の 観 察 が 必 要 で あ る と思 わ れ る.

文 献

1) Ebina K, Iwabuchi T, Suzuki S: A clinico-experimental study on various wrapping materials of cerebral aneurysms. Acta Neurochir (Wien) 72: 61-71, 1984

2) Mount LA, Antunes JL: Reults of treatment of intracranial aneurysms by wrapping and coating. J Neurosurg 42: 189-193, 1975

3) Sachs E Jr: The fate of muscle and cotton wrapped about intracranial carotid arteries and aneurysms. A laboratory and clinicopathologic study. Acta Neurochir (Wien) 26: 121-137,1972

4) Taylor JC, Choudhury AR: Reinforcement with gauze wrapping for ruptured aneurysms of the middle cerebral artery. J Neurosurg 47: 828-832, 1977

5) 須 賀 俊 博,大 原 宏 夫:綿 片 に よ る 異 物 肉 芽 腫 の1例.脳 神

経 外 科15:289-292,1987

6) Sauvage LR, Berger K, Beilin LB, et al: Presence of en-dothelium in an axillary-femoral graft of knitted Dacron with an external velour surface. Ann Surg 182: 749-753, 1975

7) Barros AAB, Berger K, Benedetto G, et al: A healable filamentous Dacron surgical fabric-Experimental studies and clinical experience. Ann Surg 192: 645-657, 1980

8) Dhillon JS, Randhawa GK, Straehley CJ, et al: Late rup-ture after Dacron wrapping of aortic aneurysms. Circula-tion 74 (suppl I): I11-I14, 1986

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