【寄稿】(エレクトロニクスソサイエティ賞受賞記)...いFDTD...

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3 【寄稿】(エレクトロニクスソサイエティ賞受賞記) 電磁界理論およびマイクロ波分野 「高効率電磁界解析技術 LOD-FDTD 法の先駆的研究」 柴山 純(法政大学) この度は、栄えあるエレクトロニクスソサイエティ賞に お選び頂き、誠にありがとうございます。関係者の皆様に 心よりお礼申し上げます。受賞対象となりました局所的一 次元(LOD: Locally one-dimensional)法に基づく FDTD 法を 開発したのは 2005 年のことでしたが、当時の研究状況を 振り返り、その後の進展について述べさせて頂きます。 母校に着任 古河電工に 4 年間お世話になった後、1999 年に母校の 法政大学に助手として着任し、山内潤治教授のゼミの大学 院生とともに研究を始めました。光導波路の周波数領域解 法であり山内研究室で実績のあるビーム伝搬法(BPM)時間領域に拡張することが最初のテーマでした。コンピュ ータの性能が向上し、時間領域の数値解法としては FDTD 法が極めて広く使われていましたが、新しいことに取り組 みたい、と考えていた私は研究の進展していなかった BPM の時間領域化に狙いを定めました。2 次元問題の解 [1],[2]3 次元問題への拡張[3]、円筒座標系での広帯域 [4]、吸収境界条件の応用[5]などの成果が出ました。 他方、表面プラズモンポラリトン(SPP)を支持する金属 媒質を持つ光導波路にも興味を持っており、従来の周波数 領域 BPM を用いて SPP 導波路の固有モード解析[6]や表面 プラズモン共鳴(SPR)センサの特性解析などを行っていま した。しかし、どうしてもプラズモニックデバイスの時間 領域での解析を行いたくなり、調査を進めると金属は光波 帯で周波数分散性を持ち、これを時間領域手法に組み込む 必要のあることがわかりました。分散性を考慮できる手法 としてすでに種々の周波数依存型 FDTD (例えば[7])提案されており、この定式化の考えを時間領域 BPM に導 入することを考えました。しかし、BPM は波動方程式を もとに定式化されるため、電界あるいは磁界成分のみしか 計算できず、これが周波数依存の定式化を妨げていました。 FDTD 法の利用 そこで、いよいよ本腰を入れて FDTD 法を扱い始めま した。2004 年のことでした。早速、農工大の宇野先生の 教科書[8]から周波数依存化の方法を詳しく学び、SPR ンサの解析を試みました。ところが実際に解析を行ってみ ると、とにかく長時間の計算が必要でした。金属媒質を含 む場合では計算精度を維持するため、空間の刻み幅を波長 300400 分割程度と極めて小さく選ぶ必要があります。 これによって、よく知られた陽的 FDTD 法の Courant- Friedrichs-Lewy(CFL)条件により、時間刻み幅も必要以上 に小さくなり、計算が長時間にわたるのです。一般的な PC を使った場合では、小規模なモデルでも数時間、大規 模なモデルでは数日の計算が必要で、手法の高速化が喫緊 の課題でした。 そこで解決策を探しました。少しさかのぼる 1999 年、 富士通の並木武文氏[9]とカナダのダルハウジー大学のグ ループ[10]がそれぞれ独立して、 CFL 条件を除去した新し FDTD 法を発表していました。交互方向陰解(ADI)法を 用いたこの新しい陰的 FDTD 法を活用すれば、計算時間 が短縮できるはずだ、と感じ文献調査を行いました。 ADI-FDTD 法の並木氏の最初の論文は現在 1000 件近い引 用がありますが、当時は 50 件程度しか引用されておらず、 全ての論文を調査したところ、光領域で金属の分散を表す Drude モデルを組み込んだ周波数依存型 ADI-FDTD 法は まだ開発されていませんでした。 LOD-FDTD 法の開発 大学院生の村木弘法君(現 NEC)とアルゴリズムを大 急ぎで作り上げ、 SPR センサ解析の検討を始めました。そ うこうしているうちにふと、微分計算を空間で交互に行う ADI 法ではなく、より簡素に一方向に行う LOD 法を適用 したら、FDTD 法は動くのだろうか?と思い立ちました。 早速ノートを開いて 2 次元問題の式展開を行ってみると、 驚いたことに、ADI 法では六つの式を解かねばならない 一方で、LOD 法では四つの式のみで計算が可能だったの です。このアイデアを山内教授に話したところ、「そんな 簡単な計算式で反射問題が解けるのか?」と懐疑的な意見 を頂いたことを覚えています。数値計算に詳しい方はご 存じと思いますが、ADI 法は時間方向に 2 次精度であり、 LOD 法は 1 次精度なのです。時間刻み幅を大きく選ぶと、 LOD 法では計算精度が悪化するはずです。精度が悪い分、 計算式が簡単なんだな、と自身で納得しつつも、村木君に LOD 法の計算をお願いしました。 すると、普段陽気な村木君が神妙な顔で「時間刻み幅を

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    【寄稿】(エレクトロニクスソサイエティ賞受賞記)

    電磁界理論およびマイクロ波分野 「高効率電磁界解析技術 LOD-FDTD 法の先駆的研究」

    柴山 純(法政大学)

    この度は、栄えあるエレクトロニクスソサイエティ賞に

    お選び頂き、誠にありがとうございます。関係者の皆様に

    心よりお礼申し上げます。受賞対象となりました局所的一

    次元(LOD: Locally one-dimensional)法に基づく FDTD 法を

    開発したのは 2005 年のことでしたが、当時の研究状況を

    振り返り、その後の進展について述べさせて頂きます。

    母校に着任

    古河電工に 4 年間お世話になった後、1999 年に母校の

    法政大学に助手として着任し、山内潤治教授のゼミの大学

    院生とともに研究を始めました。光導波路の周波数領域解

    法であり山内研究室で実績のあるビーム伝搬法(BPM)を

    時間領域に拡張することが最初のテーマでした。コンピュ

    ータの性能が向上し、時間領域の数値解法としては FDTD

    法が極めて広く使われていましたが、新しいことに取り組

    みたい、と考えていた私は研究の進展していなかった

    BPM の時間領域化に狙いを定めました。2 次元問題の解

    析[1],[2]、3 次元問題への拡張[3]、円筒座標系での広帯域

    化[4]、吸収境界条件の応用[5]などの成果が出ました。

    他方、表面プラズモンポラリトン(SPP)を支持する金属

    媒質を持つ光導波路にも興味を持っており、従来の周波数

    領域BPMを用いてSPP導波路の固有モード解析[6]や表面

    プラズモン共鳴(SPR)センサの特性解析などを行っていま

    した。しかし、どうしてもプラズモニックデバイスの時間

    領域での解析を行いたくなり、調査を進めると金属は光波

    帯で周波数分散性を持ち、これを時間領域手法に組み込む

    必要のあることがわかりました。分散性を考慮できる手法

    としてすでに種々の周波数依存型 FDTD 法(例えば[7])が

    提案されており、この定式化の考えを時間領域 BPM に導

    入することを考えました。しかし、BPM は波動方程式を

    もとに定式化されるため、電界あるいは磁界成分のみしか

    計算できず、これが周波数依存の定式化を妨げていました。

    FDTD 法の利用

    そこで、いよいよ本腰を入れて FDTD 法を扱い始めま

    した。2004 年のことでした。早速、農工大の宇野先生の

    教科書[8]から周波数依存化の方法を詳しく学び、SPR セ

    ンサの解析を試みました。ところが実際に解析を行ってみ

    ると、とにかく長時間の計算が必要でした。金属媒質を含

    む場合では計算精度を維持するため、空間の刻み幅を波長

    の 300~400 分割程度と極めて小さく選ぶ必要があります。

    これによって、よく知られた陽的 FDTD 法の Courant-

    Friedrichs-Lewy(CFL)条件により、時間刻み幅も必要以上

    に小さくなり、計算が長時間にわたるのです。一般的な

    PC を使った場合では、小規模なモデルでも数時間、大規

    模なモデルでは数日の計算が必要で、手法の高速化が喫緊

    の課題でした。

    そこで解決策を探しました。少しさかのぼる 1999 年、

    富士通の並木武文氏[9]とカナダのダルハウジー大学のグ

    ループ[10]がそれぞれ独立して、CFL 条件を除去した新し

    い FDTD 法を発表していました。交互方向陰解(ADI)法を

    用いたこの新しい陰的 FDTD 法を活用すれば、計算時間

    が短縮できるはずだ、と感じ文献調査を行いました。

    ADI-FDTD 法の並木氏の最初の論文は現在 1000 件近い引

    用がありますが、当時は 50 件程度しか引用されておらず、

    全ての論文を調査したところ、光領域で金属の分散を表す

    Drude モデルを組み込んだ周波数依存型 ADI-FDTD 法は

    まだ開発されていませんでした。

    LOD-FDTD 法の開発

    大学院生の村木弘法君(現 NEC)とアルゴリズムを大

    急ぎで作り上げ、SPR センサ解析の検討を始めました。そ

    うこうしているうちにふと、微分計算を空間で交互に行う

    ADI 法ではなく、より簡素に一方向に行う LOD 法を適用

    したら、FDTD 法は動くのだろうか?と思い立ちました。

    早速ノートを開いて 2 次元問題の式展開を行ってみると、

    驚いたことに、ADI 法では六つの式を解かねばならない

    一方で、LOD 法では四つの式のみで計算が可能だったの

    です。このアイデアを山内教授に話したところ、「そんな

    簡単な計算式で反射問題が解けるのか?」と懐疑的な意見

    を頂いたことを覚えています。数値計算に詳しい方はご

    存じと思いますが、ADI 法は時間方向に 2 次精度であり、

    LOD法は 1次精度なのです。時間刻み幅を大きく選ぶと、

    LOD 法では計算精度が悪化するはずです。精度が悪い分、

    計算式が簡単なんだな、と自身で納得しつつも、村木君に

    LOD 法の計算をお願いしました。

    すると、普段陽気な村木君が神妙な顔で「時間刻み幅を

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    大きくしても ADI 法と同じ結果が出ます」、とやってきた

    のです。確かに反射問題の結果はほとんど一致(図)して

    おり、「本当に間違いないか?」と何度も確認しましたが、

    どうやら間違いはない、との結論になりました。計算時間

    は従来の陽的 FDTD 法の半分以下となっています。もう

    すでに他のグループが開発しているのではないか?と急

    に不安になり Google で調べてみると、一致する記事はな

    い、と出たのです。慌てて論文を執筆し、査読で色々指摘

    されるのを嫌い、Electronics Letters に投稿したところ、幸

    いにも採択されました[11]。2005 年のことでした。

    図 村木君が持ってきた誘電体導波路端面からの反射パワー

    のデータ。横軸 CFLN は陰的 FDTD 法の時間刻み幅の大きさで、

    従来の陽的 FDTD 法で取り得る最大刻み幅の何倍かを表してい

    る。時間刻み幅を 20 倍以上大きくしても、ADI と LOD の結果は

    ほとんど一致している。

    この方法を LOD-FDTD 法と命名しました。LOD 法は

    ADI 法の変形であり、ADI 法に比べ多少計算効率は向上す

    るものの研究テーマとしては誰も取り組まないだろう、と

    幾分醒めた気持ちを持っていました。しかし他方で、当分

    研究ネタには困らないな、とも考えておりました。ひとま

    ず、ADI 法と LOD 法の比較と緩慢変化包絡線型への拡張

    [12]、周波数依存型への拡張[13]を終え一息ついておりま

    した。さて、次は 3 次元問題に拡張してみるか、と準備し

    ていると、海外のグループから相次いで LOD-FDTD 法に

    関する論文が発表されたのです。

    その後の研究状況

    まず、2006 年に吸収境界条件の適用性を調べた論文が

    ブラジルと米国の共同グループから発表されました[14]。

    実はこのグループは上述した我々の論文[11]の出版とほ

    とんど同時に国際会議にて LOD-FDTD 法を発表しており

    ました[15]。我々は会議での発表に先立ちとにかくレター

    論文としてまとめた結果、プライオリティが得られたのは

    幸運でした。その後、南洋理工大の Tan 先生[16]、また同

    じシンガポールの A*STAR と ADI-FDTD 法を開発したダ

    ルハウジー大学の Chen 先生の共同グループ[17]各々から

    3 次元 LOD-FDTD 法が相次いで発表されました。我々も

    悠長にしているわけにはいかなくなり、分散媒質の組み込

    み[18],[19]、3 次元光導波路解析[20],[21]、周期境界条件の

    適用[22],[23]、円筒構造の解析[24]-[27]など、できること

    から取りかかっていきました。その間に、様々なグループ

    が LOD-FDTD 法の拡張や改良の研究に参入し、また、陰

    的 FDTD 法を扱う論文にもしばしば引用され、2012 年初

    頭には論文[11]は 100 件以上の引用となりました。特に、

    シンガポールと中国の研究グループの勢いはすさまじい

    ものがありました。

    その後、様々な国際会議に誘われるようになり、3 次元

    LOD-FDTD 法を開発した Tan 先生とも知り合うことが出

    来ました。先生はいつも「忙しい!」と言っているにも

    かかわらずハイペースで論文を発表するさまを見るのは、

    はて自分はどうか?と振り返る良い機会となっています。

    そんななか、先生と議論をしている際、先生の提案され

    た Fundamental 法[28]という手法に話が及びました。この

    手法の有用性を誰も、いや査読者さえわかっていない、

    と嘆かれており、それでは少し勉強してみるかと帰国後論

    文を読んでみました。すると、陰的 FDTD 法を極めて簡

    素に計算できる方法であるとわかりました。具体的には計

    算式の右辺の微分項を全て消去でき、しかも元の問題と等

    価な結果が得られるのです。

    これは、BPM の計算式の簡略化にも使えるのではない

    か?と気付き、最も複雑なフルベクトル BPM の再定式化

    に取りかかりました。その結果、右辺に 8 つある取り扱い

    の面倒な混合微分の計算を、たった 2 つに低減できること

    がわかり、論文を執筆しました [29] 。 Tan 先生が

    Fundamental 法と命名されたように、計算コストの低減に

    効果を発揮する基本法であり、陰的計算を繰り返す問題に

    は基本的に全て適用できます。しかし、他の計算分野への

    応用はそれほど進んでおらず、Fundamental 法のさらなる

    利用が期待されています。

    おわりに

    現在においても論文の引用ペースは落ちておらず、LOD

    法は FDTD 法以外の様々な計算手法へも適用され続けて

    います。我々が思い描いていたテーマの多くは海外のグル

    4 8 12 16 20 240.26

    0.28

    0.30

    0.32

    0.34

    0.36

    0.38

    TM

    TE

    Refle

    ctivi

    ty

    CFLN (=∆t/∆tCFL)

    LOD-FDTD ADI-FDTD FDTD

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    ープに先を越されてしまいましたが、LOD-FDTD 法の成

    果が世界に広まることにもなり、嬉しい誤算となりました。

    はじめから我々のグループで全てを行うことはとてもで

    きず研究テーマとしての余地が残っていたこと、またマク

    スウェルの方程式の直接数値解法という基本技術の成果

    であり波及効果が大きかったことが、このような状況をも

    たらしたと考えております。ADI-、LOD-FDTD 法の連立

    方程式を解く部分は山内教授からご指導頂き学生時代か

    ら継続して取り組んできた BPM のそれと同じであり、ア

    イデアが出た後直ちに陰的 FDTD 法の開発に取りかかれ

    たのは幸運でした。現時点では電磁界シミュレーションソ

    フトウェアが比較的安価に手に入り産学で広く利用され

    ておりますが、我々のグループではこれまでと同様、自作

    のソフトウェアにこだわり続けようと思っております。

    最後になりましたが、日頃変わらぬご指導を頂く本学山

    内潤治教授、中野久松名誉教授に深謝いたします。本研究

    はこれまでの大学院生と行ったものであり、皆さんの多大

    な努力に感謝いたします。

    文献

    [1] J. Shibayama et al., JLT, 18, 3, 437, 2000.

    [2] J. Shibayama et al., JLT, 21, 7, 1709, 2003.

    [3] J. Shibayama et al., EL, 35, 18, 1548, 1999.

    [4] J. Shibayama et al., EL, 36, 4, 319, 2000.

    [5] J. Shibayama et al., IEEE PTL, 13, 4, 314, 2001.

    [6] J. Shibayama et al., JLT, 23, 3, 1533, 2005.

    [7] T. Kashiwa and I. Fukai, MOTL, 3, 6, 203, 1990.

    [8] 宇野亨, FDTD 法による電磁界およびアンテナ解析,

    コロナ社, 1998.

    [9] T. Namiki, IEEE TMTT, 47, 10, 2003, 1999.

    [10] F.H. Zheng et al., IEEE MGWL, 9, 11, 441, 1999.

    [11] J. Shibayama et al., EL, 41, 19, 1046, 2005.

    [12] J. Shibayama et al., JLT, 24, 6, 2465, 2006.

    [13] J. Shibayama et al., EL, 42, 19, 1084, 2006.

    [14] V.E. do Nascimento et al., IEEE MWCL, 16, 7, 398, 2006.

    [15] V.E. do Nascimento et al., Proc. 22nd Simp. Brasileiro

    Telecomun., 288, 2005.

    [16] E.L. Tan, IEEE MWCL, 17, 2, 85, 2007.

    [17] I. Ahmed et al., IEEE TAP, 56, 11, 3596, 2008.

    [18] J. Shibayama et al., IEEE JQE, 46, 1, 40, 2010.

    [19] J. Shibayama et al., IEICE Trans. Electron., E95-C,

    4, 725, 2012.

    [20] J. Shibayama et al., JLT, 29, 11, 1652, 2011.

    [21] J. Shibayama et al., IEEE PTL, 23, 15, 1070, 2011.

    [22] J. Shibayama et al., IEEE AWPL, 8, 890, 2009.

    [23] Y. Wakabayashi et al., Radio Sci., 46, RS0F03, 2011.

    [24] J. Shibayama et al., IEEE MWCL, 19, 2, 56, 2009.

    [25] J. Shibayama et al., IEEE PTL, 24, 9, 957, 2012.

    [26] J. Shibayama et al., IEEE PTL, 29, 11, 865, 2017.

    [27] J. Shibayama et al., IEICE Trans. Electron., E101-C,

    8, 637, 2018.

    [28] E.L. Tan, IEEE TAP, 56, 1, 170, 2008.

    [29] J. Shibayama et al., IEEE PTL 25, 2, 147, 2013.

    著者略歴:

    1993 年法政大学工学部電気工学科卒。1995 年同大学院修士課

    程了。同年古河電気工業株式会社入社、光技術研究所勤務。1999

    年法政大学工学部助手。2015 年同大教授。博士(工学)。電磁界

    デバイスの数値解析の研究に従事。2013 年本会エレクトロニクス

    シミュレーション研究会より優秀論文発表賞(一般部門)、2017

    年米国電気電子学会(IEEE)より Ulrich L. Rohde Innovative

    Conference Paper Award on Computational Techniques in

    Electromagnetics、同年 International Symposium on Microwave and

    Optical Technology にて Best Paper Award を受賞。

  • 6

    【寄稿】(エレクトロニクスソサイエティ賞受賞記)

    光半導体およびフォトニクス分野 「フォトニック結晶レーザとシリコン基板上メンブレンレーザに 関する先駆的研究」

    松尾 慎治(日本電信電話株式会社)

    第 21 回エレクトロニクスソサイエティ賞を頂き、大変

    光栄に存じます。研究の実施と本賞受賞に関しまして、学

    会の皆様および研究を支えて下さった皆様に深く感謝い

    たします。本賞の対象となりました「フォトニック結晶レ

    ーザとシリコン基板上メンブレンレーザに関する先駆的

    研究」は、NTT 先端集積デバイス研究所および NTT ナノ

    フォトニクスセンタで実施したものです。研究をともに進

    めてきた多くの方に深くお礼申し上げます。また、本研究

    はこれまで NTT で培われてきた半導体レーザに関連する

    エピタキシャル成長技術とプロセス技術の蓄積なくして

    は実現できなかったものです。これまで技術を蓄積されて

    きた NTT 研究所の諸先輩方に深く感謝いたします。以下

    に今回の受賞の対象となりましたフォトニック結晶レー

    ザとシリコン基板上メンブレンレーザについて簡単に紹

    介させていただきます。

    フォトニック結晶レーザ

    レーザを小さくする試みは、半導体レーザの重要な指標

    であるしきい値電流や直接変調に必要な消費電力の削減

    に直接寄与することから、1960 年代のレーザ発振の実現

    以降、世界中の研究者により競われてきました。これは、

    物理としての興味はもちろん、低消費電力な光インターコ

    ネクションを実現するという応用面からも重要です。レー

    ザ発振を得るためには共振器サイズによらず共振器内に

    フォトンを一定時間以上閉じ込めておくことが必要です。

    そのためレーザの活性層を小さくするには、高性能な反射

    鏡をもつ共振器の研究が重要となります。また、活性層の

    ゲインは温度が上昇すると急激に減少するため、素子の電

    気抵抗や放熱特性も十分考慮することも重要です。

    これらのすべてをマイクロメートルのサイズで満足し

    ているのが、現在、データセンタやそのほかの多くの分野

    で応用されている面発光レーザです。面発光レーザは屈折

    率の異なる半導体層を波長オーダーで繰り返し積層した

    DBR(Distributed Bragg Reflector)による高反射率と活性層

    付近でのみ電流を絞る酸化狭窄構造の導入により低抵抗

    化を同時に実現しています。直径数ミクロンの活性層を用

    いた場合、しきい値電流は 1 mA 程度で 100 fJ/bit 以下の動

    作エネルギーで直接変調動作を実現しています。

    さらなるレーザ活性層の小型化が実現できればボード

    内や CPU 内の光配線やレーザを用いた極低消費電力なセ

    ンシング、コンピューティング等に適用可能となると期待

    されるために様々な共振器構造を用いてレーザの小型化

    に向けた研究開発がすすめられています。それらの中で二

    次元フォトニック結晶共振器は面発光レーザと比較して

    一桁程度、体積を小さくしつつ、共振器内へのフォトンの

    閉じ込め時間も維持できるため 90 年代後半からレーザ共

    振器としての研究が盛んにおこなわれてきました。世界初

    の光注入によるフォトニック結晶レーザは活性層を含む

    薄膜に空孔を形成し、エアブリッジ化したものでした[1]。

    作製が容易なこともあり多くの研究が行われましたが光

    注入においても光吸収に伴う発熱により室温連続発振は

    困難でした。室温連続発振は 2006 年ごろに量子ドット [2]

    や点欠陥のない H0 共振器[3]の適用によりしきい値光入

    力を大幅に削減することにより実現されました。一方、電

    流注入による室温連続発振は実現されていませんでした。

    そこで我々のグループでは電流注入による室温連続発振

    を実現しようと研究をスタートさせました。我々は図 1

    に示すような長手方向に波長程度のサイズをもつ活性層

    を InP 層で埋め込んだ埋め込みヘテロ構造を持つフォト

    ニック結晶レーザを提案し作製しました[4-6]。この構造は、

    図1 LEAP レーザの断面像

    InP

    活性層空気

  • 7

    キャリアとフォトンを効率的に活性層に閉じ込めること

    ができ、さらに活性層と比較して InP は大きな熱伝導率を

    持つことから活性層付近で発生した熱を効率的に除去で

    きるからです。この構造の特徴から我々は LEAP(λ-scale

    embedded active-region photonic crystal)レーザと呼んでい

    ます。一見すると作製は困難に思えますが、通常の埋め込

    みヘテロ構造をもつレーザとほぼ同じ技術を用いる事で

    比較的容易に実現できました。しかしながら、図 1 のよう

    な構造で電流注入を実現するためには、横方向に電流注入

    することが必要であり、これに関してはかなり試行錯誤を

    繰り返しました。ドーピングを行っていない InP 層をイオ

    ン注入で p 型化することをいろいろ試みましたが、p-InP

    層の抵抗が下がらず発熱によりゲインが劣化しレーザ発

    振に至らなかったためです。最終的には、亜鉛の熱拡散を

    用いる事により抵抗を大幅に削減することに成功し、世界

    で初めて電流注入による室温連続発振を得ることができ

    ました。また直接変調動作において、10 Gbit/s 変調を 4.8

    fJ/bit という面発光レーザの 1/10 以下の低消費エネルギー

    動作を実証しました[5]。これらの成果は、フォトニック

    結晶レーザがコンピュータのボード内やチップ内光イン

    ターコネクションに適用可能であることを世界で初めて

    実証しましたものです。

    シリコン(Si)基板上メンブレンレーザ

    LEAP レーザの結果からも明らかなようにメンブレン

    構造は活性層への光閉じ込めが通常のレーザと比較して

    3 倍程度となるため低電流密度で高速変調することが可

    能です。そこで面発光レーザ並みの低消費電力で波長多重

    技術の適用に適したレーザを開発できれば将来のデータ

    センターネットワークの大容量化を低消費電力に実現に

    できると考えました。その際にシリコンフォトニクス技術

    との融合が重要と考え、図 2 に示すような Si 基板上メン

    ブレンレーザの研究を開始しました[6,7]。SiO2/Si 基板上

    に LEAP レーザと同様に薄膜の横型 pin 接合を持つメンブ

    レンレーザを作製します。波長の制御は活性層直上に形成

    したグレーティングで行います。また、埋め込み再成長に

    用いた InP 層を用いてスポットサイズ変換器も作製でき

    ることからレンズを用いずに直接ファイバーと接続でき

    るようになりアセンブリコストの低減も期待できます。

    メンブレンレーザも LEAP レーザと同様に高効率化の

    ためには埋め込みヘテロ構造の適用が必要です。一方、Si

    基板上へ作製する大きなメリットの一つであるシリコン

    フォトニクスデバイスとの集積には、Si 導波路と埋め込ま

    れた活性層の位置合わせが必要となります。我々はウエハ

    レベルでの集積を考えて、最初に直接接合法により活性層

    を成長した InP 基板を熱酸化膜付 Si 基板に接合し、InP 基

    板を除去した後で、Si 基板上のマーカを用いて活性層をパ

    ターン化することにより高精度に位置合わせするプロセ

    スを提案しました[7]。InP の埋め込み再成長は活性層部分

    をエッチングして残った InP 上に行うことから格子不整

    合の問題は起きないことがメリットです。そして、Si と

    InP の熱膨張係数差に起因する歪の問題に対しては薄膜化

    (400 nm 程度)する事で回避することとしました。薄膜でレ

    ーザを作製するために LEAP レーザの作製で培った横注

    入レーザの作製技術が適用できたことは大変助かりまし

    た。

    作製した素子は活性層長 80 µm の 1.3 ミクロン帯 8ch の

    レーザアレイにおいて平均 1.35 mA のしきい値、25G NRZ

    信号による直接変調動作をバイアス電流 4 mAで実現して

    います。これは、現在データセンタで用いられている面発

    光レーザと同程度の消費電力であり、素子表面に形成した

    グレーティングのピッチを調整することで発振波長を選

    択できるためデータセンタ内に波長多重技術を用いた大

    容量光インターコネクションを実現できると考えていま

    す。

    このように、今回の受賞の対象となりました LEAP レー

    ザおよび Si 基板上メンブレンレーザは低消費電力という

    特長を生かし、データセンタ内に波長多重技術を導入を可

    能にし、また、これまで電気配線の方が有利と考えられて

    いたような極めて短い距離においても応用が期待されま

    す。さらに、これまでセンシングやコンピューティングと

    いった新たな領域での応用も期待される魅力的なレーザ

    です。

    図 2 メンブレンレーザの構造

  • 8

    参考文献

    [1] O. Painter et al., Science 284, 1819-1821 (1999).

    [2] M. Nomura et al., Opt. Express 14, 6308-6315 (2006).

    [3] K. Nozaki et al., Opt. Express 15, 7506-7514 (2007).

    [4] S. Matsuo et al., Nature Photonics 4, 648-654 (2010).

    [5] K. Takeda et al., Nature Photonics 7, 569-575 (2013).

    [6] S. Matsuo et al., Adv. Opt. Photon., 10, 567-643 (2018).

    [7] S. Matsuo et al., Opt. Express 22, 12139-12147 (2014).

    著者略歴:

    1988 年広島大・工・修了。2008 年東京工業大学大学院 物理情

    報システム創造専攻博士課程修了。博士(工学)。1988 年日本電

    信電話株式会社入社、現在 NTT 先端集積デバイス研究所上席特

    別研究員。化合物半導体デバイスの研究に従事。2012 年、2013

    年本会エレクトロニクスソサイエティ論文賞、2013 年応用物理学

    会第 10 回光・電子集積技術業績賞(林 厳雄賞)など受賞。電子

    情報通信学会シニアメンバー、応用物理学会会員、IEEE Fellow。

  • 9

    【寄稿】(エレクトロニクスソサイエティ賞受賞記)

    回路およびエレクトロニクス分野 「CMOS イメージセンサのバイオ医療応用に関する先駆的研究」

    太田 淳(奈良先端科学技術大学院大学)

    この度は平成 30 年度エレクトロニクスソサイエティ賞

    を頂き、誠に光栄に存じます。推薦頂きましたルネサスエ

    レクトロニクス(株)日高秀人氏を始めとするエレクトロ

    ニクソサイエティ関係各位、選考委員各位に厚くお礼申し

    上げます。また今回受賞の対象となりました CMOS イメ

    ージセンサのバイオ医療応用に関する先駆的研究」は、主

    として奈良先端科学技術大学院大学で実施したもので、研

    究をともにした研究室教員、研究員、学生はじめ多くの

    方々に深く感謝申し上げます。

    以下では、本賞の対象となりました CMOS イメージセ

    ンサのバイオ医療分野への応用に関する研究について二

    つの研究を取り上げます。一つ目は CMOS イメージセン

    サの人工視覚への応用です。これは CMOS イメージセン

    サの医療分野への適用を目指した研究です。もう一つはバ

    イオ応用として、脳内埋植型 CMOS イメージングデバイ

    スについて述べます。

    CMOS イメージセンサの人工視覚への応用

    私は 1998 年 3 月末に三菱電機(株)を退社し、現在の

    奈良先端科学技術大学院大学に助教授として赴任いたし

    ました。同じく三菱電機より一緒に赴任した教授布下正宏

    先生(現在同大学名誉教授)と研究室を立ち上げました。

    私自身独自の研究テーマを設定することになり、三菱電機

    で手掛けていた CMOS イメージセンサをベースとした研

    究を行うことにしました。大学に移る前後に IEEE

    Spectrum の人工視覚の記事を読み、視覚ということでイメ

    ージセンサとの組み合わせはできないかと思っていまし

    た。当時パルス周波数変調(Pulse frequency modulation: PFM)

    方式イメージセンサに興味があり、光強度を出力パルスの

    周波数変化として出力する PFM方式CMOSイメージセン

    サは人工視覚における網膜細胞刺激に使えるのではない

    かと考えました。このアイディアを学会で発表したところ、

    当時 NEDO による人工視覚プロジェクトを始めようとし

    ていたニデック(株)の方の目に留まり、プロジェクト参

    画(再委託)が決まりました。

    NEDO プロジェクトは医療福祉機器技術研究開発「人工

    視覚システムの研究開発」としてニデック、大阪大学医学

    部眼科、奈良先端科学技術大学院大学によるコンソーシア

    ム(プロジェクトリーダ大阪大学医学部眼科教授田野保雄

    (故人))として無事採択され 2001 年にスタートし、また

    同時に同じく田野先生を研究代表者とした厚生科研費も

    採択されスタートしました。NEDO プロジェクトで実施し

    た人工視覚システムを図 1 に示します。今でこそ医工連携

    は珍しくありませんが、プロジェクトリーダであった田野

    先生が医工連携体制の確立にご尽力なさいました。厚生科

    研費における医学側の体制も、大阪大学医学部の臨床研究

    者に加えて第二生理学講座を中心としたバイオサイエン

    ス研究者の参画もあり、当初から工学・バイオ・医学の 3

    分野融合領域でありかつ産学連携のプロジェクトである

    という、医療機器開発にとって理想的な体制ではないかと

    思います。私には医学部との共同研究は初めての経験であ

    り、融合領域研究の面白さと同時にその難しさを実感しま

    した。

    プロジェクト初期に画素上に刺激電極を形成した PFM

    方式 CMOS イメージセンサを設計試作し無事動作確認が

    できました[1]。次はそれを用いて網膜細胞刺激を実証す

    るステップに進むのですが、この時二つの道がありました。

    一つは試作デバイスをバイオ研究者に提供して評価して

    もらう道、もう一つは我々自身で評価する道です。我々は

    後者を選びました。デバイスへのフィードバックには電気

    生理実験を自分達で行うのが良いと判断したからです。実

    図 1 人工視覚システムモックアップ。(a) システム全体像、(b) 体内埋植デバイス、(c) 刺激電極アレイ。ニデック(株)ご提供。

  • 10

    際にはその道のりは長く困難なものでした。まず研究室で

    は電気生理の経験と設備はなかったため、大阪大学工学部

    教授八木哲也先生のもとに学生を派遣し電気生理技術を

    習得してもらい、その学生を中心に研究室内に電気生理計

    測システムを一から立ち上げました。学内で動物実験申請

    を行い、生きた蛙から摘出した網膜を用いた in vitro 実験

    を開始しました。生理食塩水中でもイメージセンサが動作

    可能な実装方法を工夫するなど初めてのことばかりです。

    生理食塩水中で動作させるとすぐに電気分解による泡が

    出てデバイスが動かなくなることが続きました。研究を中

    心となって進めてくれた助教の香川景一郎先生(現在静岡

    大学准教授)の奮闘もあり、PFM 方式 CMOS イメージセ

    ンサで網膜細胞の興奮を誘起し、活動電位を計測すること

    に成功しました[2]。設計・試作したデバイスを実際に研究

    室内で動物に適用し、更に設計にフィードバックするとい

    う我々の研究スタイルはこの時から始まりました。

    人工視覚はその後刺激単位を分散的に配置することに

    より少数配線で多数点の刺激を行う方法を考案し、各分散

    配置点に光入力回路を集積化するチップを研究室助教の

    徳田崇先生(現在准教授)が開発しました[3]。その後助教

    の野田俊彦先生(当時、現在豊橋技術科学大学准教授)が

    精力的に研究を進めてくれました[4]。動物実験はウサギ

    を用いることからニデック側の動物実験施設で行います

    が、我々自身が出向いて一緒に動物実験を行うことで、評

    価結果を迅速に設計に反映できます。動物実験を一緒に行

    うことは極めて重要であると認識しています。

    げっ歯類脳内埋植 CMOS イメージングデバイス

    人工視覚デバイスを立ち上げている頃、CMOS イメージ

    センサのバイオへの応用を色々模索していました。その中

    で学内のバイオサイエンス研究科教授塩坂貞夫先生(当時。

    現在大阪行岡医療大学教授)と出会い、一気にバイオ応用

    の研究が進みました。当時塩坂先生のグループは海馬での

    短期記憶や学習の過程におけるあるタンパク質分解酵素

    の役割を研究されていました。塩坂先生との議論の結果、

    この酵素に特異的に反応する蛍光基質を脳内に注入し、脳

    内に埋植した CMOS イメージセンサにより酵素の時空間

    的応答を蛍光パターンを通じて計測してみようというこ

    とになりました。私は脳内にセンサを刺入するとマウスは

    死んでしまうのではとお尋ねすると、先生は「大丈夫でし

    ょう」と即答されたことを今でも鮮明に覚えています。異

    分野の研究者が議論をすることで今までお互いにできな

    いと思い込んでいたことが実現できる実例かと思います。

    染色したマウス脳切片をセンサ上に載せて蛍光計測を

    行うことから始め、脳内埋植に向けて新たに設計した

    CMOS センサと蛍光励起用 LED を集積化したデバイスを

    作製し、マウス脳内に埋植を試みました。塩坂研究室助教

    田村英紀先生(当時。現在星薬科大学特任准教授)が埋植

    を担当し、我々の研究室学生も加わり、脳内埋植 CMOS イ

    メージングデバイスにより神経活動を可視化することに

    成功しました[5], [6]。その後これらの研究成果をもとに

    JST-CREST に応募し採択されました。CREST では新たに

    近畿大学医学部脳神経外科教授加藤天美先生にも共同研

    究者として参加して頂きました。これにより工学・バイオ・

    医学の 3 つの融合領域研究を進めることになりました。

    デバイス設計・試作を徳田先生と共に研究室の助教笹川

    清隆先生が担当し、塩坂研究室と共同で精力的に実験を進

    めてくれました。集積回路の特性を生かして、イメージン

    グだけでなく、刺激や電気計測の機能をオンチップ集積化

    したデバイスを開発し、その有効性を実証しました[7]。そ

    の後バイオのバックグラウンドを持つ研究者が何名か研

    究室に加わり、我々自身でマウスやラットのげっ歯類を用

    いた動物実験を行うことが可能となり、更に研究は加速し

    ました[8], [9]。図 2 に現在のデバイスを示します[10]。バ

    イオ研究者の研究に使えるまで完成度を高めることがで

    き、現在、神経科学や薬学の先生方に共同研究という形で

    使用をして頂いています。さらに医療分野への応用も視野

    に入れた研究も進めています。研究室で設計・試作したデ

    バイスを研究室で動物に埋植し、その特性を評価すること

    で、より良いデバイスに仕上げていく、という研究の進め

    方が、従来にないデバイスを生み出す原動力になったと思

    います。

    最後に、人工視覚研究プロジェクト半ばで急逝された大

    阪大学医学部教授田野保雄先生には、医工連携研究が初め

    図 2 マウス脳内埋植 CMOS イメージングデバイス。左上に埋植断面構造、中央に埋植部位(この場合 VTA:腹側被蓋野)、右上にデバイス写真を示す。

  • 11

    ての私を導いて下さり、常にご指導ご支援頂きました。生

    前のご厚意に感謝するとともに、ご冥福をお祈り申し上げ

    ます。また人工視覚プロジェクトでは、大阪大学医学部教

    授不二門尚先生はじめ大阪大学の先生方、ニデック人工視

    覚研究所所長寺澤靖雄博士はじめとする所員の方々に厚

    くお礼申し上げます。脳内埋植イメージングデバイスでは、

    塩坂貞夫先生とお会いしなければ本研究はありえなかっ

    たと思います。厚くお礼申し上げます。本研究ではチップ

    試作を数多く行いました。これらは東京大学大規模集積シ

    ステム設計教育研究センターを通し、日本ケイデンス株式

    会社の協力で行われたものです。ここに感謝の意を表しま

    す。

    参考文献 [1] K. Kagawa et al., IEEE Selected Topics Quantum Electron.

    10(4), 816, 2004. [2] T. Furunmiya et al., Biosen. Bioelectron. 21(7), 1059,

    2006. [3] T. Tokuda et al., IEEE Trans. Electron Dev. 56(11), 445,

    2009. [4] T. Noda et al., Sensors & Actuators A, 211, 27, 2014. [5] H. Tamura et al., J. Neurosci. Methods 173(1), 114, 2008. [6] D.C. Ng et al., Sensors & Actuators A 145 (4), 176, 2008. [7] A. Tagawa et al., Jpn. J. Appl. Phys. 49(4) 04DL03, 2010. [8] T. Kobayashi et al., Sci. Reprot, 6, 21247, 2016. [9] H. Takehara et al., Appl. Phys. Exp. 9(4), 047001, 2016. [10] J. Ohta et al., Proc. IEEE 105(1), 158, 2017.

    著者略歴:

    1981 年 3 月東京大学工学部物理工学科卒業、1983 年東京大学

    大学院物理工学専攻修士課程修了。1983 年 4 月~1998 年 3 月三

    菱電機(株)。この間 1992~1993年米国コロラド大学客員研究員。

    1998 年 4 月奈良先端科学技術大学院大学助教授、2004 年 10 月同

    教授。現在バイオ医療応用半導体デバイスの研究に従事。応用物

    理学会フェロー、映像情報メディア学会フェロー、電気学会上級

    会員、IEEE Senior Member。応用物理学会光電子集積技術業績賞、

    電子情報通信学会論文賞、映像情報メディア学会丹羽高柳賞論文

    賞など受賞。博士(工学)。

  • 12

    【寄稿】(ELEX Best Paper Award 受賞記)

    「A low power, VLSI object recognition processor using Sparse FIND feature for 60 fps HDTV resolution video」

    松川 豪(神戸大学)

    この度は ELEX Best Paper Award 2017 に選定した頂き、

    大変光栄に存じます。エレクトロソサエティの皆様、ご推

    薦いただきました方々、選考委員の皆様に感謝申し上げま

    す。また、本論文に関しましては神戸大学、トヨタ自動車、

    豊田中央研究所による成果でございます。日々研究を共に

    した学生、研究員の方々、貴重なご意見やご助言頂いた共

    同研究者の方々に深く御礼申し上げます。また、大学在学

    中にご指導いただいた吉本教授、川口教授にも心から感謝

    申し上げます。他にも大勢の方々のご助力がありこのよう

    な賞をいただくことができました。

    今回受賞対象となった論文では高解像度高フレームレ

    ートの動画像に対する高精度物体検出を 1W 以下で実行

    するプロセッサを提案している。車載カメラや監視カメラ

    などの分野では遠方物体を認識するため高解像度画像が

    使用される。特に車載分野では検出速度が人命に関わるた

    め高フレームレートに対応する必要があり、解像度とフレ

    ームレートに比例して演算量は増加する。また、物体認識

    アルゴリズムに高精度な特徴量を選択すると特徴量抽出

    や識別が複雑化することにより、さらに演算量が増加する。

    しかし、組み込みシステムでは電力制約により GPU や

    CPU を使用することができないため、専用ハードウェア

    による低消費電力化が必要となる。以下では本章の対象と

    なった Sparse FIND 特徴量を用いた HDTV 解像度 60fps 対

    応物体検出プロセッサに関する研究について述べさせて

    頂きます。

    本研究では高精度な物体検出を実現するために特徴量

    として Sparse FIND を用いた。人物の検出のために広く使

    われてきた特徴量として輝度勾配方向ヒストグラム

    (HOG)がある。Sparse FIND は図 1 に示すように HOG

    特徴量のうち閾値より高い要素のみを使用して相関を計

    算することにより、特徴量数を HOG の 1.5 倍程度に抑制

    しながらもモデルの形状をより詳細に表現する特徴量で

    ある。また、今回は識別器としてサポートベクトルマシン

    (SVM)を採用した。この物体検出アルゴリズムを高解像

    度で高速処理する際の課題が 2 つある。

    1 つ目は膨大な演算量である。Sparse FIND は特徴量数

    の増加を抑えながら認識精度の向上をしているものの

    HOG 特徴量抽出後にさらに要素間の相関を取るため演算

    量が増加する。HDTV 解像度@60fps の物体検出では演算

    量が 322GOPS となる。そのうち SVM による識別の演算

    量は全体の演算量の約 86%を占めるため、SVM 演算の高

    速化が必須となる。

    図 1 Sparse FIND の特徴量抽出

    課題の 2 つ目としては SVM 係数の RAM アクセスのラ

    ンダム性があげられる。SVM 演算において、Sparse FIND

    と SVM 係数の積和を計算するために SVM 係数を保持す

    る RAM へのアクセスが発生する。Sparse FIND はその特

    徴量抽出方法によりブロック毎の特徴量数にばらつきが

    あり、どのインデックスの特徴量が必要とされるかもブロ

    ック毎に異なる。したがって、SVM 高速化のために並列

    実行するとしても 1 サイクルで複数の SVM 係数を取って

    くる必要があるが、ブロック毎に必要となる SVM 係数が

    異なるため、RAM ブロック毎にアクセス回数の偏りが生

    じ、Sparse 化による特徴量削減効果を最大限に享受するこ

    とができない。

    膨大な演算量をハードウェアで処理するにあたり、

    SVM 演算高速化のために並列処理を行った。物体識別は

    検出ウィンドウ毎に行われ、検出ウィンドウは 75 のブロ

    ックから構成されている。そして、特徴量はブロックごと

    に抽出される。従って、1 つのブロックは最大 75 個の検

    出ウィンドウに属しているため、75 ウィンドウに対する

    SVM 演算を 75 並列実行することで効率的な並列化を図

    った。

    また、アルゴリズム方面からの演算量削減手法として

    HOGと Sparse FINDの二段階識別を行った。HOGは Sparse

    FIND の特徴量抽出処理の過程で取得することが可能であ

  • 13

    い、SVM 係数 RAM へのアクセスも規則的で効率的な高

    速化が容易である。そこで初めに HOG を用いた物体検出

    を実行し、Sparse FIND による物体検出を行うウィンドウ

    を限定しておくことで Sparse FIND 単独の場合と比較して

    総演算量を削減した。この時 HOG での物体検出時の閾値

    を設定し、閾値を超えた場合は Sparse FIND での検出を行

    う。この閾値により検出精度の制御ができ、閾値が高いと

    Sparse FIND 単体での識別と比較して精度が劣化してしま

    う。

    2 つ目の課題を解決するためにブロック並列演算を行

    った。Sparse FIND による SVM 識別において先ほど述べ

    たように SVM 係数 RAM へのアクセス回数のばらつきが

    発生する。そこで、2 ブロック分の特徴量を同時に計算す

    ることで、RAM ブロック毎のアクセス回数の偏りが軽減

    し、共通する特徴量を 1 度に取ってくることができるた

    め、より効率的な並列化が実現できる。図 2 に 2 ブロック

    並列処理回路のブロック図を示す。

    図 2 ブロック並列処理回路

    図 3 棄却閾値に対する処理速度ヒストグラム

    今回開発したプロセッサでの処理性能を評価した。

    Sparse FIND による物体検出では課題 2 であげた特徴によ

    り処理する画像毎に処理速度が異なる。また、HOG・Sparse

    FIND の二段階処理では HOG の棄却閾値が精度と性能に

    大きな影響を及ぼす。棄却閾値を変えたときの処理フレー

    ムレートのヒストグラムを図 3 に示す。本評価では提案回

    路を FPGA に実装し実際の処理サイクル数から評価を行

    った。棄却閾値を-0.88 以上にするとテスト画像において

    ワーストケースでの処理速度が 60fps を超え、認識精度劣

    化も Sparse FIND 単体と比較してわずかであった。

    図 4 に設計した物体検出 VLSI プロセッサのレイアウト

    写真を示す。40nm プロセスで設計し、シミュレーション

    による電力評価では 702mW となった。

    図 4:Chip Layout

    本論文では SparseFIND を用いた特徴量ベースの物体検

    出アクセラレータを提案したが、近年ではディープニュー

    ラルネットワーク(DNN)による識別が高い認識精度を示

    し、ILSVRC の結果では人間の認識性能を超えたといわれ

    ている。しかし、DNN 処理には膨大な量の積和演算が必

    要であり、パラメータも多くメモリ容量・帯域が大きくな

    ってしまう。そのため、多くの研究機関が高い電力効率や

    高速処理実現のため DNN ハードウェアアクセラレータを

    開発しており、様々な種類のアーキテクチャや処理方式を

    持つアクセラレータが提案されてきた。それでもなお、車

    載などの分野ではさらなる高速処理と低消費電力が求め

    られ、その実現のためには高性能アクセラレータの開発は

    もちろん、そのアクセラレータの性能を十分に発揮させる

    DNN ネットワークの開発、つまりハードウェアとアルゴ

    リズムの協調開発が必要となる。近年は Sparse な DNN と

    その Saprse 性を活かすアクセラレータの研究が発表され

    ている。このような傾向は今後も続くと思われる。私自身

    も幅広い知識を持ちエレクトロニクスの発展に貢献して

    いきたいと考えております。

    著者略歴:

    2013 年神戸大学工学部情報知能工学科卒。2015 年神戸大学大

    学院システム情報学研究科情報科学専攻修士課程修了。2017 年神

    戸大学大学院システム情報科学専攻博士課程修了。2013 年から

    2017 年までは高信頼プロセッサ及び画像認識プロセッサの研究

    に従事。現在はトヨタ自動車に在籍。

  • 14

    【寄稿】(エレクトロニクスソサイエティ招待論文賞受賞記)

    「GaInAsP 半導体ナノレーザのバイオセンシング応用」

    馬場 俊彦(横浜国立大学)

    このたび、表題の題目の招待論文にて本賞をいただいた。

    評価していただいた各位にお礼申し上げる。さて、タイト

    ルはバイオセンシングとなっているが、筆者自身、このよ

    うな分野の専門家ではない。そもそも化学や生物学は学生

    の頃から苦手で、勉強はあまりしてこなかった。そのよう

    な者が受賞していいのかな、という気持ちもあるが、あま

    りに勉強していなかったゆえに、逆に本研究に新鮮な気持

    ちで取り組むことができ、他機関にはない成果が積みあが

    った結果かもしれない、と思っている。

    GaInAsP は、初めて聞く人にはエキゾジックな名前かも

    しれないが、光通信用半導体レーザに一般的に使われる化

    合物半導体である。ただし発光波長が 1.3~1.6 µm と長い

    ので、発光特性の評価に Si 光検出器を用いることができ

    ず、通信応用以外で取り組む研究者は多くない。一方で通

    信用の測定器や光部品が充実しているので、検出器の不便

    さに目をつぶれば、様々な研究がやりやすい波長帯である。

    また In を含む半導体は、粘り気があって耐性に優れると

    いわれ、長寿命のレーザが得られるほか、表面が化学的に

    安定なことも知られている。さらに、長波長ということは、

    共振器電磁力学のような物理的な効果を生む波長サイズ

    の微小構造を作りやすいという利点もある。本研究で用い

    るフォトニック結晶ナノレーザも、そのような素子である。

    フォトニック結晶は 1990 年代に素子応用の議論が盛り

    上がり、1999 年に米 Caltech がナノレーザの初の発振を報

    告した。その後、韓国 KAIST、および NTT からも続報が

    あったが、これらは全て GaInAsP 半導体を用いている。筆

    者らの同半導体を用いたフォトニック結晶の取り組みは

    早く、1993 年頃に遡る。発光制御の兆候は見えたものの、

    レーザ発振に至らずにいたところ、上記の機関に先を越さ

    れてしまい、発振を初めて得たのは 2002 年の冬である。

    学部 4 年生から取り組んできた学生が博士課程 2 年のと

    き、鋭い発振スペクトルを初めて見て、呆然としていたの

    を思い出す。苦労は長かったが、勘所が分かってしまえば

    その後の進歩は早いもので、適当に作っても発振するよう

    になった。もちろん、精密に設計し、高精度なプロセスを

    開発した後は、室温連続動作もできるようになったが。

    とはいえ、フォトニック結晶ナノレーザというのは、半

    導体薄膜に多数の孔を空けて、宙に浮かせるといった、あ

    まり実用向きではない構造をしており、通信用レーザのよ

    うに、寿命 20 年といった議論には無縁に思えた。もちろ

    ん、非常に小さなレーザで、高速動作も期待されていたの

    で、光集積回路の微小光源といった謳い文句もキャッチー

    ではあったが、上のような形態でそれらの応用に耐えるも

    のかどうか、自信もなかった。そこで全く異なる応用とし

    て、バイオセンシングを採り上げた次第である。

    ナノレーザとセンシングの組み合わせは我々の提案で

    はなく、これもこのレーザに最初に成功した Caltech の発

    祥である。ただし当時の報告は、このレーザを液体に漬け

    たら波長が動いたのでセンサになる、といった原始的なも

    ので、応用先も明確ではなかった。一方、当時、ヒトゲノ

    ム解析が完了し、これからバイオ分野が大きく発展すると

    いう期待感が増していた時期で、微小パッシブ共振器を用

    いたバイオセンシングの研究が盛んになっていた。ここで

    は Q 値を高めて共振線幅を小さくすると高感度になる、

    という議論が多く、それならば、線幅が究極的に小さいレ

    ーザの方が有利だろうという考えで、ナノレーザのバイオ

    センシング応用に取り組むことにした次第である。

    前述のとおり、私はバイオに関しては素人だったので、

    まずは輪講で 3 年間、関連書籍を講読するなど、研究室全

    員で勉強し、専門家と議論できる程度の知識や用語を修得

    した。また偶然、この時期に筆者が所属する専攻が文科省

    グローバル COE に選定され、専攻を上げて医療情報に取

    り組む機運が高まったこともあり、共同体制を組んだ横浜

    市立大学医学研究科を含め、化学、生物学、医学の専門の

    協力者を得ることができた。

    そこで、手始めに、この種の実験でよく見られる汎用タ

    ンパク質をナノレーザに適当に吸着させて、そのときの波

    長シフトを調べてみた。その最初の実験から、「あれ?」

    ということが起きた。タンパク質を入れた溶液をかなり低

    濃度まで希釈しても、波長シフトが見られたのである。こ

    れはレーザの発振線幅が細いからではない。実際、ナノレ

    ーザの波長には、様々な要素によって 0.1 nm 程度の揺ら

  • 15

    ぎがあるため、実は線幅があまり細くても効果的ではない

    ないことがわかっていた。ここでいう波長シフトは、この

    揺らぎを超える比較的大きなものだったのである。従来、

    このようなシフトは、吸着物による周囲の屈折率上昇に起

    因すると一般的に解釈されていたが、この原理でこのシフ

    トを説明しようとすると、感度が 3 桁も高くなったことを

    意味するため「?」となったのである。我々素人は、当然、

    実験の手順を疑い、希釈用のピペットを濃度ごとに変えた

    り、別の方法で濃度を比較測定したり、タンパク質がない

    状況の参照実験を行ったり、実験担当者を変えたりした。

    また、上記のようなタンパク質の適当な吸着ではなく、あ

    らかじめナノレーザに特定の受容体を吸着させておき、こ

    れに特異的に吸着するタンパク質を検出し、その選択性も

    評価したりした。しかし、どうも低濃度からシフトが見ら

    れる実験は再現するようである。結局、このような検証を

    繰り返しても原因は特定できず、3 年以上が経過したため、

    少しずつ結果を公表することにした。本招待論文にまとめ

    た多くの成果は、このような実験結果である。ここでは、

    汎用のタンパク質の検出だけではなく、実際にがんの診断

    に使われているバイオマーカータンパク質の抗原抗体反

    応や、医療現場で厳格な管理が必要とされる環境毒素(エ

    ンドトキシン)の検出、生細胞の非染色イメージングなど、

    多岐にわたる内容を報告している。

    その後の大きな進展は、タンパク質などの分子の吸着が、

    ナノレーザの発振波長だけでなく、発光強度も変える事実

    を発見したことである(ここまでを本論文に含めている)。

    その後の調査で、ナノレーザの帯電状態が、波長や光強度

    に反映することがわかった。分子に限らず、物質は、溶液

    中で帯電している。一方、半導体は溶液中の電気的な作用

    によって物性を変化させる。これらは、いずれも電気化学

    の分野で古くから知られたことで、バイオセンサにもこれ

    を利用したものがある。しかし微小共振器やナノレーザ

    を研究してきたコミュニティーではほとんど知られてい

    ない。そのため、この発見は世界の 50 を超えるポータル

    サイトで報道されたし、本年 7 月にボストンで開かれた

    ゴードン会議でこの話題を講演したら、前述の Caltech や

    KAIST のグループが「驚いた」「非常に面白い」と声を掛

    けてくれたが、冷静に考えれば、これらのことが逆に驚き

    である。バイオという分野は多彩かつ複雑な要素で構成さ

    れているので、すぐ隣の分野でさえも、あまり把握されて

    いないということを実感した次第である。

    さて、これ以降の展開は本論文には載せていない。もと

    もと半導体レーザを液体に漬けて動作させる事例をほと

    んど聞いたことがないので、それについて語れる研究者も

    いないのであろうと思う。まず光強度が帯電で変化するの

    は、半導体と液体の界面近くに形成されるショットキー障

    壁によって非発光再結合が増えるか、その空乏層によって

    発光再結合が減るかのいずれかによるものとわかった。フ

    ォトニック結晶は孔だらけの構造なので、表面対体積比が

    大きく、前者の方が支配的と考えている。この現象は発光

    強度を測定するだけのセンシングを可能にするので、主に

    励起用レーザとフォトダイオードだけで簡単なセンシン

    グシステムが構成できる。最近、これを使って、アルツハ

    イマー病など神経系疾患のバイオマーカーを検出するこ

    とに成功し、論文にも公表した。検体の帯電を意図的に高

    める工夫をすれば、感度が高くなることもわかった。ただ

    しそれでも、この現象を用いたセンシングは比較的低感度

    である。超高感度を示す波長シフトの原理が解明できれば、

    さらに興味深い。

    本論文の後になるが、まずナノレーザをプラズマで強制

    的に帯電させたところ、波長シフトが起きることを見出し

    た。また、最近、ナノレーザ自体を作用電極として用いた

    電気化学回路を構成したところ、電解溶液中でナノレーザ

    の電位を変えることで、発光強度や波長が変えられること

    もわかった。加えて、両者は異なる電位で特徴的に変化す

    ることを突き止めた。すなわち、光強度と波長はいずれも

    電気的作用を受けているものの、必ずしも同じ原理で変化

    が起きているわけではないことになる。これらについては、

    さらに興味深い物理があるようなので、機会をあらためて

    ご報告したいと考えている。

    なお、本研究の推進には、日本学術振興会科研費基盤研

    究(S)のご支援をいただいている。本稿に述べたように、

    本研究は分野横断的な要素があり、科研費でなければ支援

    をいただけないかもしれない性格のものである。こちらに

    ついても、この場を借りて感謝する次第である。

    著者略歴:

    1990 年横浜国立大学博士課程修了、同年東京工業大学助手、

    1993 年横浜国立大学講師、1994 年同助教授、2005 年同教授にて

    現在に至る。フォトニック結晶、微小半導体レーザ、シリコンフ

    ォトニクス、バイオセンシング、スローライト、光変調器、LiDAR

    などの研究に従事。2000 年丸文研究奨励賞、2006 年日本学術振

    興会賞、2011 年電子情報通信学会エレクトロニクスソサイエティ

    賞、2012 年市村学術賞、2016 年文部科学大臣表彰科学技術賞。

    日本学術会議連携会員、応用物理学会副会長。

  • 16

    【寄稿】学生奨励賞受賞記

    「単一磁束量子回路を用いた FPGA の実装に向けた 4-input Logic Block の設計及び評価」

    荒木 美佳(横浜国立大学)

    「2 波長の 5 ピコ秒パルスを同時刻に対発生 する 10 GHz 繰返し全光半導体ゲート型モード 同期レーザ」

    石田 耕大(電気通信大学)

    この度は名誉あるエレクトロニ

    クスソサイエティ学生奨励賞を授

    与いただき、大変光栄に存じます。

    ご推薦くださいました学会関係者

    の皆様、また日頃からご指導頂い

    ております吉川信行教授には厚く

    御礼申し上げます。

    今回受賞対象となりました「単一磁束量子回路を用いた

    FPGA の実装」は、製品開発のキーデバイスとして注目さ

    れている FPGA (Field Programmable Gate Array)を、超伝導

    回路の一つである単一磁束量子 (Single Flux Quantum:

    SFQ) 回路で設計するというものです。FPGA は製品とし

    て作製後でも再設計が可能であるため、コストや開発時間

    など様々な面におけるメリットがあり、半導体集積回路で

    は多様な電子機器で使用されています。我々は、超伝導回

    路についての研究を行っており、その中でも SFQ 回路は

    消費電力が半導体回路に比べ 3 桁低く、数十 GHz での高

    速動作が可能であることが特徴です。そこで、高速動作性

    をもつ SFQ 回路で FPGA を実現するための研究を行なっ

    ています。FPGA は Switch box によって配線の方向を決定

    し、Connection block によって配線と Logic block を接続し、

    そして、Logic Block においては Look-up table に書き込ま

    れたデータによって論理機能が設定され演算が行われま

    す。本研究では、4 入力 Logic Block の設計および超伝導

    状態における動作実証を行い、外部初期信号によって任意

    の回路に変更可能であることを確認しました。

    今回の受賞を励みとして、一層の精進を重ねていく所存

    です。今後とも皆様のご指導ご鞭撻の程、何卒宜しくお願

    い申し上げます。

    著者略歴:

    2017 年横浜国立大学理工学部数物・電子情報系学科卒業、同年

    より同大学院工学府物理情報工学専攻博士前期課程所属、超伝導

    FPGA の研究に従事。2017 年度春季低温工学・超電導学会優良発

    表賞を受賞。

    この度は名誉あるエレクトロニ

    クスソサイエティ学生奨励賞を授

    与して下さり、大変光栄に思います。

    ご推薦して頂いた審査委員団の皆

    様に厚く御礼申し上げます。

    今回授賞対象となりました研究

    は、2.5 µm から 10 µm (30 THz から

    120 THz) までのような波長の長い光を用いた分子分光用

    光源の開発に関する報告です。この波長帯は多種多様な分

    子の振動準位や回転準位が存在するため、近年注目されて

    いますが、この波長帯で帯域の広い光を簡単に発生できる

    光源は少ないという課題があります。この打開策として、

    非線形結晶による差周波発生が挙げられます。目的の波長

    帯で帯域の広い光を得るには中心波長の異なる 2 つのパ

    ルス列が時間的に同期している種光源が必須ですが、時刻

    の同期性が難しいという課題があります。そこで私たちは

    2 波長のパルスを同時刻に生成可能な全光半導体ゲート

    型モード同期レーザ構造の提案・実証しました。これは従

    来の本モード同期レーザに、異なる波長𝜆𝜆1、𝜆𝜆2という 2 つ

    のレーザ光を入力した構造を有しています。これにより、

    モードロッカーとして動作している全光ゲートにおいて

    同一の時刻に異なる波長の 2 つのパルスが生成されます。

    本研究で試作した結果、2 パルス間の時刻の同期性がパル

    ス幅以下、2 パルス間の周波数差は 2.2 THz が得られまし

    た。現段階では 2 パルス間の周波数差が小さい状態ですが、

    今後はこの周波数差を 30 THz 以上に広げる予定です。

    今回の授賞を励みとして、より一層研究活動に努めてい

    きたいと思います。また、日頃からご指導を頂いている上

    野芳康教授、本研究の共著者である竹下諒氏、岡野謙悟氏

    そして関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。

    著者略歴:

    2017 年電気通信大学情報理工学部先進理工学科卒業、同年より、

    同大学院情報理工学研究科基盤理工学専攻博士前期課程在籍。

  • 17

    【寄稿】学生奨励賞受賞記

    「物理解析を用いた熱中症搬送人員数予測に 関する検討」

    長谷川 一馬(名古屋工業大学)

    「オンチップ光集積デバイスに関する研究」

    佐藤 孝憲(北海道大学)

    この度は名誉あるエレクトロニ

    クスソサイエティ学生奨励賞を授

    与して頂き、大変光栄に存じます。

    ご推薦して頂いた学会関係者の皆

    様方、本研究を進めるにあたりご

    指導頂きました名古屋工業大学の

    平田晃正教授、ならびにご関係者

    の皆様に厚く御礼申し上げます。

    今回受賞対象となりました「物理解析を用いた熱中症搬

    送人員数予測に関する検討」は、気象の時間情報を考慮し、

    複合物理解析から得られたデータとの融合による熱中症

    搬送人員数予測式を提案することを目的としております。

    近年、熱中症による搬送人員数が増加傾向にあります。

    熱中症は熱バランスの崩れや脱水症状により発症するた

    め、体内温度上昇や発汗量が影響しています。本研究グル

    ープでは数値人体モデル用いて暑熱環境下でのヒトの体

    内温度上昇および発汗量を推定可能な計算手法を開発し、

    測定値との比較によりその有効性を確認してきました。こ

    の計算技術を基に生体応答や暑さの慣れを加味し、搬送人

    員数を高精度に予測することができれば、熱中症予防の普

    及・啓発活動、消防活動などに応用できる可能性がありま

    す。

    本研究では、提案した熱中症搬送人員数予測式を用いて、

    暑さ指数 WBGT・平均気温・本研究グループの解析より

    得られた最大体内温度上昇量あるいは総発汗量を説明変

    数として用いた場合、最大体内温度上昇量あるいは総発汗

    量は、WBGT や平均気温と比べ、予測結果と実際の搬送

    人員数との相関が高く、提案予測式の有用性を示しました。

    今回の受賞を励みに、より一層精進を重ね、研究に努め

    たいと思います。今後とも皆様のご指導ご鞭撻のほど、

    どうぞよろしくお願いいたします。

    著者略歴:

    2017 年名古屋工業大学電気電子工学科卒業、同年より名古屋工

    業大学大学院工学研究博士前期課程電気・機械工学専攻在籍。同

    大学平田・伊藤研究室に所属し、生体電磁気学・計算物理学を応

    用した熱中症に関する研究に従事。

    この度は、エレクトロニクスソサ

    イエティ学生奨励賞という名誉あ

    る賞を賜り、大変光栄に存じます。

    ご推薦下さいました学会関係者の

    皆様に深く感謝申し上げます。

    私はこれまで、既存の電子デバイ

    スにおける限界性能突破の糸口と

    なるような、革新的な光デバイスを創出することを目指し

    て研究を続けてまいりました。その中でも、今回の受賞対

    象である「1 次元フォトニック結晶光導波路を用いたフォ

    トニックバンド内遷移に基づく光アイソレータの検討」は、

    シリコン材料のみで光アイソレーション動作を実現する

    デバイスに関する研究です。一般論として、光信号を一方

    向にのみ透過させる光アイソレーション動作は、シリカ、

    シリコン等の一般的な光学材料では実現することが困難

    であり、ガーネット等の高価な強磁性体バルク材料を用い

    る必要があります。これに対して、「フォトニックバンド

    間遷移」(Z. Yu and S. Fan, Nat. Photonics, 2009)の理論を用

    いると、シリコン材料の屈折率変化のみで光アイソレーシ

    ョンを実現することが可能であることが知られており、

    SOI プラットフォームで光アイソレータをモノリシック

    集積可能となることが期待されています。そこで私は、こ

    のフォトニックバンド間遷移という魅力的な物理現象に

    インスパイアされ、フォトニック結晶をデバイス設計に用

    いることで、従来理論とは少し異なる「フォトニックバン

    ド内.遷移」が可能であることを新たに示し、アイソレーシ

    ョン性能を向上できることを明らかにしました。

    今回の受賞を励みとして、より一層の精進を重ね、新規

    光デバイスの創出に貢献していく所存です。最後に、本研

    究の遂行にあたり大変貴重なご意見をいただきました、齊

    藤晋聖教授、藤澤剛准教授に、深く感謝申し上げます。

    著者略歴:

    2018 年 3 月、北海道大学大学院情報科学研究科博士後期課程修

    了(博士(工学))。現在、同大学にて日本学術振興会特別研究員

    PD として、光導波路デバイスの設計に関する研究に従事。

  • 18

    【寄稿】学生奨励賞受賞記

    「An ADPLL-based High Interference Tolerant BLE Receiver with DAC Feedback Loop」

    Zheng Sun(東京工業大学)

    「磁化のダイナミクスを考慮した電磁界解析」

    田中 和幸(日本大学) Firstly, I want to thank everyone for

    awarding our work as one of the

    Electronics Society student awards in

    2018. Our research recognized by this

    prestigious awards will encourage us

    to go further in this direction and

    pursue higher goals ambitiously. I

    would like to thank all those who supported our project, and

    also I want to thank our advisor, professor Okada, without his

    help, it is impossible to receive this achievement.

    In this paper, a high interference tolerant BLE receiver is

    presented by using a DAC feedback loop. As more devices

    connected in Internet of Things (IoT), the radio interference

    between difference wireless transceivers is becoming a

    significant issue. So, the BLE receiver must have high

    interference tolerance and low power consumption for longer

    battery-life. To avoid using the sliding IF (SIF) structure which

    has a significant problem of out-of-band blocker, a low-IF

    receiver is commonly adopted in some works. However, I and

    Q channels will consume more power. In a conventional

    hybrid-loop RX structure, the baseband power can be reduced

    by half. However, the analog baseband signal is directly fed

    into a varactor which has a significant SNDR degradation due

    to the nonlinearity of the varactor. In the proposed structure, a

    feedback DAC is implemented to generate an opposite analog

    signal which will neutralize the baseband signal and only small

    amplitude signal will be fed into the varactor. By using the

    center part of the varactor which has much higher linearity, the

    feedback loop can improve the SNDR performance

    significantly.

    With the encouraging from this award, we will go further in

    this research. Thanks again to all those who have helped us, we

    will appreciate your guidance in the future work.

    Biography:

    Sun Zheng received the B.S. degree in information engineering from

    Southeast University, Nanjing, China, in 2014, and the M.S. degree in

    information, production and systems engineering from Waseda

    University, Tokyo, Japan, in 2015. He is currently pursuing Ph.D.

    degree in electrical and electronic engineering from Tokyo Institute of

    Technology, Tokyo, Japan.

    この度は名誉あるエレクトロニ

    クスソサイエティ学生奨励賞を授

    与頂き、大変光栄に存じます。ご推

    薦くださいました学会関係者の皆

    様方には深く御礼申し上げます。

    今回受賞対象となりました「磁化

    のダイナミクスを考慮した電磁界

    解析-非線形性を有した磁性体モデル-」は、磁化のダイナ

    ミクスを考慮した電磁界を逐次計算する複合物理解析手

    法を開発し、磁化の非線形性による電磁界への影響の検討

    および新規磁化計測の基礎原理を提案した報告です。現在、

    スピン波を用いた論理演算回路等、磁性を応用したデバイ

    ス開発が盛んに行われています。スピン波を励起するひと

    つの方法として高強度パルスがあることや、磁性体外部の

    電磁界変化を考慮したデバイス設計をするためには電磁

    波と磁化ダイナミクスの相互作用を明らかにする必要が

    あります。しかし、一般的に電磁界解析において磁化のダ

    イナミクスは透磁率テンソル等のかたちで組み込まれ、磁

    化の非線形性に応答する電磁界の解析は困難です。一方、

    磁化のダイナミクス解析において電磁界との相互作用は

    考慮されていません。我々は、磁化のダイナミクスを逐次

    計算する電磁界解析手法を開発し両者の相互作用を検討

    しました。本報告では、新規解析手法により磁性体への高

    強度電磁波の入射に対する電磁界応答を明らかにしまし

    た。また、磁化のダイナミクスによる磁性体外部の電磁界

    変化を明らかにし、新規磁化計測の基礎原理を提案しまし

    た。

    今回の受賞を励みとして、一層の精進を重ねていく所存

    です。今後とも皆様のご指導ご鞭撻の程、何卒宜しくお願

    い申し上げます。最後に指導教員の大貫進一郎教授をはじ

    め、本研究で大変貴重なご助言を頂いている関係者の方々

    に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

    著者略歴:

    2015 年日本大学理工学部電気工学科卒業、同年、同大学院理工

    学研究科博士前期課程電気工学専攻に入学、2018 年同大学院修了。

    現在、トヨタ自動車株式会社に在籍。2017 年度電子情報通信学会

    電磁界理論研究会学生優秀発表賞を受賞。