CHDFが有効であった慢性透析患者に発生した 遠位 …ous...

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CHDFが有効であった慢性透析患者に発生した 遠位弓部大動脈瘤の1治験例 久我 貴之 秋山 紀雄 吉村 耕一 竹中 博昭 藤岡顕太郎 江里 健輔 旨:慢性透析患者に発生した遠位弓部大動脈瘤の1例を経験した. 症例は61歳男性.透析治療中胸部異常陰影を指摘され,胸部大動脈瘤の診断で当科を受 診した.胸部CT検査およびDSA検査で遠位弓部大動脈瘤と診断した.遠心ポンプを用い た補助循環下瘤切除術およびパッチ閉鎖術を施行した.術後血液炉過法による透析を行っ たが,循環動態が不安定であったため,持続的血液透析戸過法に変更した.その後の経過 は良好であり,術後23日目に退院した. 透析療法の進歩に伴い,透析患者の手術適応が拡大している.しかし,透析患者に対す る心大血管症例の報告は少ない.自験例より十分な術前術後管理を行うことで手術可能で あり,術直後の透析方法として,持続的血液炉過法は有用であった. (日血外会誌2 : 429-434, 1993) 索引用語:遠位弓部大動脈瘤,慢性透析患者, CHDF (Continuous hemodiafiltration) はじめに 透析療法の進歩に伴い,透析患者の手術適応も拡大 してきている1・2).しかしながら,透析患者に対する手 術侵襲の大きい心大血管領域の手術は比較的まれであ る3・4). 今回,慢性透析患者に発生した遠位弓部大動脈瘤の 1手術例を経験したので,その術後におけるcontinu- ous hemodiafiltration(以下CHDF)の有用性を若干の 文献的考察を加えて報告する. 61歳,男性. 山口大学医学部第1外科(Tel : 0836-22-2260) 〒755 宇部市小串H44 受付:1993年6月3日 受理:1993年7月22日 訴:胸部異常陰影. 既往歴:40歳より高血圧症で加療中であった.57歳 より慢性腎不全で人工透析を開始した. 家族歴:両親とも高血圧症であり,父親はクモ膜下 出血で,母親は腎不全で死亡している. 現病歴:1987年近医で人工透析治療を受けていた 際,胸写上異常陰影を指摘された.胸部CT検査で胸部 大動脈瘤と診断されたものの,経過観察されていた. 1990年6月胸部CT検査で瘤の増大を認めたため10 月5日手術目的で当科に入院した. 入院時現症:身長164cm,体重54.5kg,血圧200/ lOOmmHg,脈拍60/分,整.眼球および眼瞼結膜に貧 血および黄疸なく,胸腹部に聴打診上異常を認めなか った.左上肢に内シャントが作成されていた. 入院時血液検査成績:BUN 63mg/d/, クレアチニン 14.5mg/d/,鳥-ミクログロプリン26,070ng/m/, Na 137mEq//, K 6.0mEq//と腎障害を呈していた.血小 95

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CHDFが有効であった慢性透析患者に発生した

    遠位弓部大動脈瘤の1治験例

久我 貴之   秋山 紀雄   吉村 耕一

竹中 博昭   藤岡顕太郎   江里 健輔

要  旨:慢性透析患者に発生した遠位弓部大動脈瘤の1例を経験した.

 症例は61歳男性.透析治療中胸部異常陰影を指摘され,胸部大動脈瘤の診断で当科を受

診した.胸部CT検査およびDSA検査で遠位弓部大動脈瘤と診断した.遠心ポンプを用い

た補助循環下瘤切除術およびパッチ閉鎖術を施行した.術後血液炉過法による透析を行っ

たが,循環動態が不安定であったため,持続的血液透析戸過法に変更した.その後の経過

は良好であり,術後23日目に退院した.

 透析療法の進歩に伴い,透析患者の手術適応が拡大している.しかし,透析患者に対す

る心大血管症例の報告は少ない.自験例より十分な術前術後管理を行うことで手術可能で

あり,術直後の透析方法として,持続的血液炉過法は有用であった.

(日血外会誌2 : 429-434, 1993)

索引用語:遠位弓部大動脈瘤,慢性透析患者, CHDF (Continuous hemodiafiltration)

          はじめに

 透析療法の進歩に伴い,透析患者の手術適応も拡大

してきている1・2).しかしながら,透析患者に対する手

術侵襲の大きい心大血管領域の手術は比較的まれであ

る3・4).

 今回,慢性透析患者に発生した遠位弓部大動脈瘤の

1手術例を経験したので,その術後におけるcontinu-

ous hemodiafiltration(以下CHDF)の有用性を若干の

文献的考察を加えて報告する.

          症  例

 症 例 61歳,男性.

山口大学医学部第1外科(Tel : 0836-22-2260)

〒755 宇部市小串H44

受付:1993年6月3日

受理:1993年7月22日

 主 訴:胸部異常陰影.

 既往歴:40歳より高血圧症で加療中であった.57歳

より慢性腎不全で人工透析を開始した.

 家族歴:両親とも高血圧症であり,父親はクモ膜下

出血で,母親は腎不全で死亡している.

 現病歴:1987年近医で人工透析治療を受けていた

際,胸写上異常陰影を指摘された.胸部CT検査で胸部

大動脈瘤と診断されたものの,経過観察されていた.

1990年6月胸部CT検査で瘤の増大を認めたため10

月5日手術目的で当科に入院した.

 入院時現症:身長164cm,体重54.5kg,血圧200/

lOOmmHg,脈拍60/分,整.眼球および眼瞼結膜に貧

血および黄疸なく,胸腹部に聴打診上異常を認めなか

った.左上肢に内シャントが作成されていた.

 入院時血液検査成績:BUN 63mg/d/, クレアチニン

14.5mg/d/,鳥-ミクログロプリン26,070ng/m/, Na

137mEq//, K 6.0mEq//と腎障害を呈していた.血小

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430

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       図1 胸部X線検査所見

左第2弓左側に突出した限局性の腫瘤陰影(矢印)を認

めた.

板減少(13.2X10Vm�)およびFDP高値(286ng/m/)

を認めた. RBC 417X10‘/m�, Hb 13.1g/d/, Ht 40.3%

で貧血はなく,また肝機能は正常範囲内であった.

 胸部X線検査:左第2弓左側に突出した限局性の

腫瘤陰影を認めた(図1).

 胸部CT検査:大動脈弓部近傍で左側外方に突出し

た嚢状の大動脈瘤を認めた(図2).

 IA-DSA検査:左鎖骨下動脈分岐部直下に嚢状の

大動脈瘤を認めた(図3).

 以上より,手術前日まで隔日透析を行った後,遠位

弓部大動脈瘤の診断で10月16日手術を行った.

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               日血外会誌 2巻3号

 手術所見:左房脱血・左大腿動脈送血による遠心ポ

ンプを用いた補助循環下手術を行った.左鎖骨下動脈

分岐部直下より末梢にかけて約4cm大の嚢状の大動

脈瘤を認めた.左総頚動脈と左鎖骨下動脈との間に中

枢側遮断銀子を,瘤の末梢の下行大動脈に末梢側遮断

錨子をかけ,瘤切除術および4×3cm大のパッチを用

いたパッチ閉鎖術を施行した(図4).大動脈遮断時間

40分,出血m. 560m/であった.

 術後経過:水分バランスおよび高カリウム血症に対

して,術後1病日に比較的循環動態に影響の少ない

hcmofiltration(HF)を施行したが,急激な除水により

頻拍症および低血圧をきたした.そこで確実で十分な

透析を得るため3病日よりcontinuous hemodiafiltra-

tion (CHDF)に変更した.5病日に抜管でき,7病日

より経口を開始した.6病日より間欠的hemodialysis

(HD)に移行できた.経過中BUN,クレアチニン,カ

リウムは比較的安定していた.術後23日目に軽快退院

した(図5,図6).

          考  察

 透析療法の進歩に伴い,透析患者および腎不全患者

の手術適応も拡大してきているl・2).しかしながら,こ

れらの患者に対する心大血管領域の手術例は比較的ま

れであり,心大血管30例を集計している佐々木ら3)の

報告では,大血管の手術例はそのうちI例のみであっ

た.井上ら4)は透析患者の血行再建手術6例を報告し

ているが,いずれも腹部大動脈瘤および大動脈腸骨動

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?・・-           図2 胸部CT検査所見

大動脈弓部近傍で左側外方に突出した嚢状の大動脈瘤(矢印)を認めた.

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1993年8月 久我ほか:慢性透析患者に発生した遠位弓部大動脈瘤の1治験例

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         図3 1A-DSA検査所見

左鎖骨下動脈分岐部直下に嚢状の大動脈瘤(矢印)を認めた.

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                 図4 術中所見

A:左鎖骨下動脈分岐部直下から末梢にかけて約4cm大の嚢状大動脈瘤(矢印)を認めた.

B:瘤切除およびパッチ閉鎖術(矢印)を施行した.

脈閉塞症であった.自験例は補助循環法として遠心ポ

ンプを要した遠位弓部大動脈瘤例であった.

 透析患者に対する手術問題点には,1)術前透析カリ

キュラムと術前管理,2)術後の水分管理と高カリウム

血症対策,3)合併症としての貧血および出血傾向対策

などがある5).しかし自験例のごとき遠位弓部大動脈

瘤手術には上記の特異性のほかに,ヘパリンの使用,

補助循環および大動脈遮断などがある.したがって,

自験例ではこれら両者の問題点を総合して手術・術後

管理を考慮されなければならない.

 術前透析に関して,井上ら4)は直前3日間,清水ら1)

は直前2日間透析を施行し,カリウムをそれぞれ3.5

~4.5mEq//, 5mEq//以下に,Htをそれぞれ30%以

97

431

上,25~30%に維持するように述べている.自験例では

透析期間が4年と長く,透析コントロールが良好であ

った点および術中遠心ポンプ使用による術直後の

hypovolemiaや低血圧を予防する目的で,過度の除水

を避け前日までの隔日透析施行とした.自験例では術

前に貧血がなかった点は,手術における高心拍出状態,

出血・輸血およびヘパリン使用を考慮しても管理上有

利であった.

 術中の大きな問題点と'して,補助循環とヘパリン投

与量がある.補助循環法には各種tubeを用いた一時的

バイパス法や人工心肺を用いた方法があるが,自験例

では少量ヘパリンの投与ですむ遠心ポンプを用いたー

時的バイパス法を選択した6).この方法では術後のへ

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 f=DP Fib血小板

(n9ymi)(mg/d≪)(×10''ymm')

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 12  50 5

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日血外会誌 2巻3号

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20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 1 2

圈卜個

3 4 5  6 7

                  図S 入院経過表

術前は手術前日までの隔日透析を行った.術後はI病日に血液炉過法を施行したが循環動態が不

安定であり,持続的血液透析炉過法に変更し,経過良好であった.

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      160

 BPs  140

CrnmHg)

      120

100

120

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      100

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前 中

     6

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(£/m'\n')

     4

     3

前 中

●一一→ HDF

o 一一o CHDF

前: 透析施行前

中: 透析施行中

          前    中

           図6 透析法別循環動態の変化

自験例において,持続血液透析炉過法は血液透析および血液炉過法と比較して循

環動態の変動が少なかった.

パリンの影響や出血傾向もなく第1病日におけるHF

施行も可能であった.

 術後透析に関して,出血を危惧してHDの施行は術

後1週間目以降,早くても第2病日に行うとの報告が

多い1・2).また手術直後に際しCAPDを含めたPDの

98

[副

有用性が報告されている7).自験例では遠心ポンプ使

用に伴うhypovolemia・低血圧,少量のヘパリン使用に

おける出血およびパッチ閉鎖術といえども人工物使用

に対する感染対策の点より術後透析法を検討し,比較

的循環動態の少ないHFを術後第】病日に採用した.

1993年8月 久我ほか:慢性透析患者に発生した遠位弓部大動脈瘤の1治験例

しかし,血圧低下,頻脈をきたしたため, CHDFに変

更した.この際,HFおよびCHDFとも抗凝固剤の危

険を考えて,ヘパリンではなくメシル酸ナファモスタ

ットを使用した.自験例では, CHDFの方がHFと比

較して血圧低下,心拍出量低下および脈拍増加の点に

おいて,循環動態上安定し有用であった.さらに,そ

れ以降の水分コントロールおよびweaningが容易で

あった.

 透析技術の進歩により透析患者の手術適応が拡大し

てきている.透析患者では高血圧の合併とともに石灰

化などの動脈硬化状態の進展が報告され8),大動脈瘤

発生の可能性が考えられる.こうした状況に対して,

自験例はさらに手術適応をひろげる上で,術後の透析

方法のひとつとしてCHDFの有用性について報告し

た.

          結  語

 61歳男性の慢性透析患者に発生した遠位弓部大動

脈瘤の1例を経験した.十分な術前・術中・術後管理

を行うことで,安全な手術施行が可能であり,術後急

性期の透析方法として, CHDFは有用であった.

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          文 献

 1)清水武昭,菅野鑑一郎,平沢由平他:高度腎障害

   合併症例の手術療法の問題点.日臨外医会誌,44;

   341-344, 1983.

2)内田久則,中山義介,横田和彦他:慢性腎不全に

   よる長期血液透析患者における腹部外科手術-

   術前危険因子の分析と手術成績~.日臨外医会

   誌,46: 1263-1271, 1985.

 3)佐々木昭彦,泉山 修,数井暉久他:慢性腎不全

   患者に発症した解離性大動脈瘤(mb)のl治験

   例.日胸外会誌,37 : 2046-2052, 1989.

 4)井上芳徳,岩井武尚,佐藤彰治他:血液透析患者

   の血行再建手術.手術,43 : 1647- 1650, 1989.

 5)比田井耕:腎機能障害を伴う患者の手術.外科,

   41: 1117一日22,1979.

 6)茂泉善政,阿部康之,畑 正樹他:Bio-pumpを

   用いた下行大動脈瘤の手術一大量出血時の対

   策-.胸部外科,43 : 1052- 1055, 1990.

 7)北村昌也,山崎健二,竹村隆広他:慢性透析患者

   に合併した各種心疾患に対する外科治療の検討

   -持続的携行型腹膜透析(CAPD)の有用性-.

   日胸外会誌,37 : 2507-25 11,1989.

 8)西尾正一,梁間 真,小早川等:慢性透析患者の

   動脈硬化危険因子に関する考察.泌尿紀要,36:

   645-648, 1990.

99

434

Abstract

日血外会誌 2巻3号

The Usefulness of Continuous Hemodiafiltration in the Hemodialysis

Patient with Distal Arch Thoracic Aortic Aneurysm

Takayuki Kuga, Norio Akiyama, Kouichi Yoshimura,

Hiroaki Takenaka, Kentaroh Fujioka and Kensuke Esato

FirstDepartment of Surgery, Yamaguchi University School of Medicine

Key words: Distal arch aorticaneurysm, Chronic hemodialysis patient,Continuous hemodiafiltration

A 61-year-old male developed an abnormal chest shadow during dialysis treatment and was admitted

to our hospital on a diagnosis of thoracic aortic aneurysm. A distal arch aortic aneurysm was diagnosed

by chest CT examination and DSA examination. Aneurysmectomy and patch closure were performed using

a bio-pump. At first,hemofiltration was performed postoperatively, but the hemodynamics were unstable.

As a result, the dialysis method was changed to continuous hemodiafiltration. After that, his hospital

course was uneventful and he was discharged on the 23rd postoperative day.

The operative indications in hemodialysis patients have spread because of progress in dialysis

treatment. However, there are few reports concerning cardiovascular operations. We suggest that it is

possible to perform the operation by sufficient pre- and postoperative management. Continuous

hemodiafiltration was useful as a dialysis method immediately after operation.

(Jpn. J. Vase. Surg., 2: 429-434, 1993)

100