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    第 1 章 インドの経済成長と貧困問題

    (石上悦朗・佐藤隆広編『現代インド・南アジア経済論』ドラフト)

    2010.3.31

    黒崎卓(一橋大学経済研究所)・山崎幸治(神戸大学大学院国際協力研究科)

    要約

    近年の急成長にもかかわらず、インドにはなお深刻な貧困問題が存在する。

    本章は、経済成長と不平等、貧困削減の 3 つの間の関係に焦点を当て、インド

    経済の空間的・階層的特徴を描写する。本章で扱う貧困とは、単に所得や消費

    水準が低いことだけではなく、教育や健康面での人間開発の遅れも含んだ概念

    である。家計や個人レベルのミクロデータを用いた分析からは、都市部の生活

    水準の方が農村部よりもおおむね高いこと、経済成長や貧困の州間格差が大き

    く、所得格差については近年それが拡大する傾向があること、指定カーストや

    指定部族、イスラム教徒の生活水準が顕著に低いことなどが判明した。経済成

    長率の上昇は、特に所得・消費面での不平等の増大を伴っているため、トリッ

    クルダウンにより自動的に貧困削減が実現するには時間がかかることが懸念さ

    れる。これまで以上に効果的な貧困削減政策が求められているのである。

    1.はじめに

    1947 年 8 月 14 深夜、独立を直前にした演説の中でインド初代首相ジャワハ

    ルラール・ネルーは次のように述べた。「インドに奉仕するということは、困難

    を抱える多くの民に奉仕することを意味する。つまり、貧困、無知、病、そし

    て機会の不平等に終止符を打つことを意味するのだ。」そして、貧困と無知を解

    消し、自由と機会の平等が保証された民主的で豊かな国を築いていくことを高

    らかに宣言した。その約 2 年後に採択・施行されたインド憲法の前文には、全

    てのインド国民に社会的・経済的・政治的正義、思想・表現・信条および宗教

    の自由、そして地位と機会の平等を保証する決意が述べられている。このよう

    に、イギリスの植民地支配を脱却した独立インドにとって、貧困と格差をなく

    すことが経済発展の究極の目的であることに、疑問を挟む余地はなかったので

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    ある。

    しかしインド政府はその後、国有企業を通じて多様な経済活動に国家が直接

    に関与し、民間企業の活動には様々な規制や制約を加える経済システムを作り

    上げた結果、「眠れる巨象」と揶揄されるような長年の経済低迷を経験し、膨大

    な貧困層を抱え続けてきた。近年は「新興経済諸国」のひとつとして国際的に

    脚光を浴びているが、そうした変化は独立後 40 年以上の試行錯誤を経た結果と

    しての、1991 年以降のいわゆる「経済改革」まで待たねばならなかったのであ

    る(伊藤・絵所 1995)。

    本章は、独立インドが経験した経済成長と貧困削減の軌跡を概観する。イン

    ドは人口 12 億人という巨大経済であるだけでなく、紙幣に示される主要言語が

    16 もあることに象徴される多様な社会でもある。連邦国家としてのインドの基

    本構成単位である州は、おおむね言語に基づいて分けられている。そこで、本

    章では特に経済成長と貧困削減の地域ごとの差異、社会階層ごとの差異に着目

    する。また、ネルーの演説にすでに示されているように、貧困を単に所得や消

    費の不足としてのみ把握することは十分でない。教育や健康など人間開発の不

    足も貧困の重要な側面である。そこで本章では人間開発の側面も概観する1。

    2.独立後の経済成長と不平等、貧困削減、人間開発

    (1) 経済成長と不平等、貧困削減にかかわる政策・制度

    1950、60 年代インドの経済政策は、輸入代替と重化学工業化、5 カ年計画と

    いうキーワードで特徴づけられる(第 6 章)。経済成長の成果が国民全員に行き

    わたり、その結果として貧困も減少していくというトリックルダウンと、経済

    成長を担うべきは工業部門、特に資本財生産部門であるという考え方のもと、

    公共部門投資を核とした 5 カ年計画が実施されてきた。しかし経済成長実績は

    5 カ年計画の目標値を下回り続けた。

    1970 年代になると、インディラ・ガンディー首相の「貧困追放」キャンペー

    ンに象徴される方針転換がなされ、農村開発および公共サービス供給が重視さ

    れるようになった。農業部門に関しては、これより早い 1960 年代後半に、米と

    小麦の高収量品種が導入された「緑の革命」が始まり、補助金つきの化学肥料

    や灌漑開発という政策が功を奏して 1970 年代以降、食料生産が急増した(第 5

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    章および黒崎 2010)。基礎教育、保健医療、安全な水、電気、道路など公共財

    への普遍的アクセスが重視されるようになるのもこの時期である(Banerjee

    and Somanathan 2007)。

    農村開発重視の政策は、食料輸入に依存しないという限定的意味での食糧自

    給を達成させるとともに、食料価格の安定や労働需要の増加をもたらし、貧困

    削減に大きく貢献した。しかし経済全体の成長率は依然として満足できる水準

    ではなかった。これを克服すべく、1980 年代半ば以降、マクロ経済政策・工業

    化政策が改革されるとともに、貧困削減政策に多様な制度が付加されていった。

    前者は 1991 年以降にそのスピードを早めた「経済改革」と総称される一連の試

    みの嚆矢となった改革であるが、その経緯と詳細は本書の他の章に譲る。以下

    では後者の貧困削減政策に焦点を絞り、近年の変化を含めて簡単に説明する2。

    インドの貧困は社会階層間格差と密接な関わりがある。独立直後の指導者た

    ちもその重要性を認識し、インド憲法では格差是正政策として留保政策

    (Reservation Policy)が明確に規定された。カースト制度の最下位に位置づけ

    られてきた不可触民を「指定カースト」(Scheduled Castes: SC)と呼び換え、

    カースト制度の外にある被差別階層として「指定部族」(Scheduled Tribes: ST)

    を定義し、彼らの社会経済的地位を引き上げるために、議会の議席、大学の入

    学者、公職の一定割合を充てたのが留保政策である。SC と ST への割当枠を合

    わせると 22.5%であった。

    90 年代に入ると、二つの重要な留保政策の拡張が行われた。まず 1991 年、

    「その他後進諸階級」(Other Backward Classes:OBC)が新たに定められ、さら

    に 27%の割当枠が OBC に保証されることになった。その結果、留保枠は 5 割弱

    に達し、留保枠の対象とならない階層からは逆差別であるという批判が強まっ

    た(辻田 2006)。

    もう一つの拡張は、パンチャーヤット改革の一環として行われた。パンチャ

    ーヤット制度は、インド農村社会に伝統的に存在した自治制度を独立後制度化

    したものだが、1993 年の憲法改正により、インドのすべての州に 3 段階(人口

    の少ない州では 2 段階)の直接選挙に基づく地方自治制度が導入された。パン

    チャーヤット議員の留保枠には、人口比に応じた SC/ST 枠に加えて 3 分の1の

    女性枠も設けられた。Chattopadhyay and Duflo (2004)は、女性枠が公共投資

    を住民のニーズに合った方向に変えた可能性を指摘している。

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    農村の貧困層に農地を確保しようという土地改革は、独立直後より導入され

    てきたが、中間介在者の廃止を除いては実効を伴わなかった。例外的に小作農

    の権利強化などの土地改革を進めてきたのが、1977 年以降左翼系政権の下にあ

    る西ベンガル州である。次節で見るように、西ベンガル州はインドの中でとり

    わけ急速な貧困削減を達成した州であるが、Banerjee et al. (2002)は、土地

    改革がその要因のひとつであったことを計量経済学的に示している。

    貧困層にとっての死活問題は、雇用と食料の確保である。1970 年代前半に干

    ばつ対策としてマハーラーシュトラ州で導入された「雇用保証計画」は、低賃

    金で肉体労働を課すことによって、仕事がなく本当