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目 次 1 はじめに 2 コーポレート・アイデンティティの概念と歴史 3 ヴィードマンとユーゲルのコーポレート・アイデンティティ論 4 シュナイダーとヴューラーのコーポレート・アイデンティティ論 5 おわりに 1 企業倫理とコーポレート・アイデンティティ 岡 本 人 志 企業倫理とコーポレート・アイデンティティ、一見して別個の問題のように思わ れるかもしれないが、企業倫理がコーポレート・アイデンティティに注目し、その 成果を倫理に適合した企業文化の構築のために、応用志向的な立場から吟味してき たことは、すでに岡本人志[2008]が明らかにしたところである。しかしながら、 コーポレート・アイデンティティの側の、これに対応する動向は整理されているわ けではない。「企業倫理とコーポレート・アイデンティティ」というテーマを可能 にした、コーポレート・アイデンティティの側の動向を確認することが本稿の課題 である。 キーワード:企業倫理、コーポレート・アイデンティティ、ドイツ 1 はじめに コーポレート・アイデンティティと企業倫理は元来、別のところに起源をもっている。前 者の起源について、次のような論評がある。「コーポレート・アイデンティティの概念は、 企業のビジュアルな構築という分野から発展した。コーポレート・デザインのみでは不十分 であるという洞察が、コーポレート・アイデンティティを、コーポレート・コミュニケーシ

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目 次

1 はじめに

2 コーポレート・アイデンティティの概念と歴史

3 ヴィードマンとユーゲルのコーポレート・アイデンティティ論

4 シュナイダーとヴューラーのコーポレート・アイデンティティ論

5 おわりに

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企業倫理とコーポレート・アイデンティティ

岡 本 人 志

企業倫理とコーポレート・アイデンティティ、一見して別個の問題のように思わ

れるかもしれないが、企業倫理がコーポレート・アイデンティティに注目し、その

成果を倫理に適合した企業文化の構築のために、応用志向的な立場から吟味してき

たことは、すでに岡本人志[2008]が明らかにしたところである。しかしながら、

コーポレート・アイデンティティの側の、これに対応する動向は整理されているわ

けではない。「企業倫理とコーポレート・アイデンティティ」というテーマを可能

にした、コーポレート・アイデンティティの側の動向を確認することが本稿の課題

である。

キーワード:企業倫理、コーポレート・アイデンティティ、ドイツ

1 はじめに

コーポレート・アイデンティティと企業倫理は元来、別のところに起源をもっている。前

者の起源について、次のような論評がある。「コーポレート・アイデンティティの概念は、

企業のビジュアルな構築という分野から発展した。コーポレート・デザインのみでは不十分

であるという洞察が、コーポレート・アイデンティティを、コーポレート・コミュニケーシ

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ョンおよびコーポレート・ビヘイビァだけ広げる方向へと刺激した。しかし、コーポレー

ト・アイデンティティのプログラム実行においては、依然としてたいていはビジュアルな側

面が中心となる」(Schnyder,A.B.[1991]S.260.)。

企業倫理の側の動向に目を向けると、岡本人志[2008]が明らかにしたように、そこでは

「企業倫理と企業文化」というテーマ領域のなかで、コーポレート・アイデンティティが企

業倫理を定着させる場として検討され(Grabner-Kraeuter,S.[1998])、企業倫理の教科書に

おいてもコーポレート・アイデンティティが同じテーマ領域のなかで取り上げられている

(Friske,C./Bartsch,E./Schmeisser,W.[2005])。しかも、企業倫理のこの二つの著作では、

このテーマ領域に重要な位置が与えられている。

企業倫理の側で、コーポレート・アイデンティティがどのような文脈のなかで取り上げら

れているかを少し具体的に示しておきたい。以下の二つは企業倫理の側に属する論文からの

引用である。「倫理コードは、一方において他の企業内部メカニズムによって支援され、そ

して他方において、コード化された規範がそのときの企業アイデンティティと『調和』し、

他の(明示的または暗黙のうちに行われる、あるいは生きている)企業原則と対立しないと

きにのみ、意味をもつことができ、そして実効力をもつことができる。倫理コードの形態に

おいてモラル的規範を分離して規定し、指示することに伴う問題を避けるために、同様に規

範が行われる他の企業領域、コンセプト、または手段との『交差する場』もまた考慮される

べきである。それゆえに、必要なことは、倫理コードと企業文化の『調和』であり、そして

コード化された規範を企業のコーポレート・アイデンティティ・コンセプトのなかに埋め込

むことである」(Grabner-Kraeuter,S.[2000a]S.78.)。「企業文化の中心的側面は、それが経

営陣と協働者の知覚、意思決定、行動に対して一様に、見えることなしに、大部分は無意識

のうちに影響を与えることである。企業文化のなかに具体化される基本的な態度と価値を明

示し、管理のより広い一貫性のなかでわかりやすくしようとする、目標合理的な努力は、実

務においてしばしば、文書の策定と密接に関連している。この文書の名称は、『企業哲学』、

『企業の行動モデル』、『企業原則』、あるいはその内容に基づいて最も包括的に『コーポレー

ト・アイデンティティ・コンセプト』と呼ばれる。このような文書のなかに、目標とする企

業行動および方向指示的、方向性を与える文章内容がまとめられる」(Grabner-Kraeuter,S.

[2000b]S.303.)。

本稿の課題は、コーポレート・アイデンティティの側からする企業倫理への接近を描くこ

とにある。この課題に応えるために、第1に、コーポレート・アイデンティティの概念と全

般的な展開の過程を、Koerner,M.[1990]に基づいて概説する。コーポレート・アイデン

ティティというキーワードでドイツの文献資料を検索しても多くは発見できなかったが、そ

のなかでKoerner,M.[1990]は、コンパクトな展望を与えてくれる貴重な文献である。第

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企業倫理とコーポレート・アイデンティティ

2に、そしてこれこそが本稿のテーマであるが、コーポレート・アイデンティティの潮流の

なかで、企業倫理に接近する方向へと視野を拡張した文献資料を取り上げる。該当する文献

資料はさらに少ないが、Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]とSchneider,D.J.G./Wuehrer,G.A.

[1991]のなかに、この傾向を確認することができた。以下において著者名をカタカナ表記

する場合、それぞれヴィードマンら、シュナイダーらと略称する。どちらもGrabner-

Kraeuter,S.[1998]において取り上げられている文献であり、ヴィードマンらの著作は、

「モラル的または倫理的な内容が少なくとも含まれている企業原則を文書化することは、し

ばしばコーポレート・アイデンティティ過程の結果であり、この過程において、企業の明確

に組み立てられた統一的な自己理解がつくり出され、展開を続けられるべきである」

(Grabner-Kraeuter,S.[1998]S.206.)という一箇所にのみ注記されており、シュナイダーら

の著作は、「倫理的な考慮が行われうるのは、一方では企業原則または倫理コードの文書化

へと至る過程においてであり、そして他方では、策定された行動規範においてである。企業

文化の変革と形成に関する著作におけると同様に、コーポレート・アイデンティティおよび

企業の行動モデルというテーマ群に関する研究においても、しばしば策定過程への協働者の

参加、並びに行動規範と基本的価値の文書化に関して基本的コンセンサスへの努力が要求さ

れ、あるいは勧められている」(Grabner-Kraeuter,S.[1998]S.207.)という一箇所にのみ注

記されている。

2 コーポレート・アイデンティティの概念と歴史

Koerner,M.[1990]によると、1986年に行われたアンケート調査において、売上高上位

のドイツの製造業とサービス業の324社のうち78%がコーポレート・アイデンティティのテ

ーマに取り組んでいることが明らかになった。1987年に行われた、従業員100人以上を雇用

するドイツの企業を対象とする調査においても、50%以上の企業がこのテーマに取り組んで

いることが明らかになった。ドイツにおいて、コーポレート・アイデンティティは1980年代

後半において経営の新しいコンセプトとして広い範囲で注目されていたことがわかる

(Koerner,M.[1990]S.13.)。

2-1 コーポレート・アイデンティティの概念

コーポレート・アイデンティティは一般的には、企業または企業グループのアイデンティ

ティを意味する。企業のアイデンティティに関する問題は、その企業の「本質」と自己理解

の問題であり、企業の「人格」の問題である。1980年代のドイツにおいて、コーポレート・

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アイデンティティは企業の戦略として捉えられた。戦略としてのコーポレート・アイデンテ

ィティは、次のように理解することができる。「企業の自己理解の取り組みは研究において

も実務においても新しいものではない。すべての企業はその自己理解をもっていたし、現在

ももっている。新しい点は、企業におけるすべての意思決定とその実行を意識的に自己理解

の方向へと向け、そして個々の意思決定または行動において、それぞれが企業のアイデンテ

ィティと一致しうるか否かを問うことによって、経営の戦略のための基礎として利用するこ

とにある。企業におけるすべての行動を自己理解の指標へと方向づけることが首尾一貫して

すべての企業領域において、すべての意思決定において追求されるとき、それは経営の一つ

の新しい戦略となる」(Koerner,M.[1990]S.19.)。

2-2 コーポレート・アイデンティティの歴史

ケルナーは前項の概念に至るまでのコーポレート・アイデンティティの歴史を、伝統的な

時代、外部志向的な戦略の時代、内部志向的な戦略の時代という、三つの段階に区別する。

伝統的な時代:コーポレート・アイデンティティは伝統的には戦略として把握されていた

わけではなかったが、多くの企業は古くから、その自己理解を意識的に鮮明にしてきた。第

一次世界大戦前の時代においても、企業の創業者は重要であると思われる価値を、自ら範を

もって示し、企業の精神が協働者の間に行き渡るよう注意を払った。「たとえばRobert

Boschに関して、かれの格言となった節約を表す一つの出来事が企業内部で今日においても

語られている。かれは事務所を巡回したときに、床の上にゼムクリップを発見した。かれは

それを拾い上げ、『これは何か』と周囲に聞いた。誰かが『ゼムクリップ』と答えた。『違う』

と、ボッシュは叫んだ。『それは私のお金だ。私のお金がここで無駄遣いされている』と」

(Koerner,M.[1990]S.26-27.)。節約という価値がボッシュの企業においてすべての協働者

の意思決定と行動を貫いていたことは容易に理解できる。このように、すべての企業はそれ

独自の歴史をもち、それ独自の特徴をもち、独自のアイデンティティをもっていた。ケルナ

ーはボッシュの他にも、シーメンス、ベンツなどの例を示している。

外部志向的な戦略の時代:「コーポレート・アイデンティティのコンセプトに関する広範

囲な議論は1950年代末、アメリカ合衆国において始まった。この時代、企業は、財を生産し

販売することではもはや十分ではなく、多くの供給のなかで買い手が何を買うか、どこで買

うかを意思決定していることに気づいた」(Koerner,M.[1990]S.28.)。要するに『売り手市

場』から『買い手市場』へと変化したのである。良い製品を格安の価格で提供する以上のこ

とをしなければならなかったのである。企業は次第に、自己の製品を選んでもらうために、

ほとんどすべての市場において積極的なマーケティングを行い始めた。そして「製品とその

包装のデザインが重要な販売促進の要因となった。それは、自己のアイデンティティをもつ、

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企業倫理とコーポレート・アイデンティティ

明確な特徴をもつ、それゆえに他と取り違えようもない製品を作り出す試みであった」

(Koerner,M.[1990]S.28.)。コーポレート・アイデンティティの市場技術時代とも呼ばれる

この展開は、ドイツでは1920年代に始まっている。ケルナーは、次のようにいう。「この時

代の先駆者は、デザイナーのH. Domizlaffであった。かれは1921年以降、Reemtsmaタバコ

会社の出資者であった。かれはErnte23やR6のような商標をつくり、そしてかれの理論的著

作において、信頼を喚起するために包装、販売経路、品質、さらにデザインについて独自の

プロフィールを与えることの必要性を繰り返し指摘した。かれは後に、現在でも存在する企

業シンボルをつくり、そして『コーポレート・デザイン』の先祖とみなされている」

(Koerner,M.[1990]S.28.)。

第二次世界大戦後のドイツにおける展開の代表者はOtl Aicherであった。有名なバウハウ

スの伝統を引き継いでいたアイヒャーは、ルフト・ハンザなど多くの企業のシンボル・マー

クをデザインした。「製品と並んで全体としての企業のプロフィールをも作成し、そして信

頼構築の過程のなかに組み入れることが試みられるようになった。企業は、自己のイメージ

に関する活動を始めた。企業は、その宣伝活動を通じて、その姿、その建築物、その製品を

通じて、いかにして競争相手から差別化することができるかについて考え始めた。これはま

ず、企業のさまざまな領域について調整されずに、分離して行われた。1970年代初め、すべ

ての該当する領域を、会社全体に対して規定された統一的なアイデンティティ(哲学)へと

方向づけることが始められた。その結果、統一的な像が生まれ、そしてすべての外部者は発

信者を即座に見分けるようになった。これが外部志向的なコーポレート・アイデンティティ

戦略である」(Koerner,M.[1990]S.29.)。

内部志向的な戦略の時代:この時代は、「コーポレート・アイデンティティ戦略から企業

文化コンセプトへ」とも特徴づけられる。この時代へと企業を導いた三つの要因を、ケルナ

ーは取り出している。第1の要因について、次のように説明されている。「多くの企業にお

いて間もなく、外部志向的なコーポレート・アイデンティティの施策が部分的に実効性がな

いままであることが認識された。なぜならば、その述べるところが協働者の行動を通じて基

礎づけられなかったからであり、否、妨害されることさえあったからである。協働者は企業

の自己理解を、顧客に対する行動において表現し、強化するよう奨励されなければならない

のである」(Koerner,M.[1990]S.30.)。第2の要因となったのは、次のような理解である。

「企業のアイデンティティのなかに(あるいは特に)、協働者に対して同一化を促進する力も

あることが認識された。外部志向的なコーポレート・アイデンティティ戦略、すなわち、何

か特別なことを表明するという目的をもって市場と社会において自己理解をプロファイリン

グすることは、内部に対しても機能する。当然のことながら、何らかプラスに聞こえる自己

理解をつくり上げることは、まさに対内部においては十分なものではない。それは、経営の

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現実を外れない自己理解でなければならず、協働者によって受け容れられる自己理解でなけ

ればならない。それは、その信念となっている価値を取り入れるものでなければならない」

(Koerner,M.[1990]S.30.)。第3の要因については、次のように説明されている。「コーポ

レート・アイデンティティは企業における人間の行動にとって不可欠の共通性をつくり出す

一つの手段でありうるということが認識された。なぜならば、すべての協働者は(このよう

にかれらは説得されるのであるが)、同じ精神において行動し、そして意思決定の基礎とす

る共通の価値をつくり出すからである」(Koerner,M.[1990]S.30.)。

ケルナーは、「コーポレート・アイデンティティのコンセプトがその起源をコミュニケー

ション科学にもっている一方で、企業文化のコンセプトが実証的なアメリカ合衆国のマネジ

メント論に由来する」(Koerner,M.[1990]S.65.)ことを知っているが、その上で、「企業文

化のコンセプトは、コーポレート・アイデンティティのアプローチのさらなる発展と呼ばれ

ることが可能である」(Koerner,M.[1990]S.65.)と主張する。

2-3 コーポレート・アイデンティティと企業文化

コーポレート・アイデンティティに関する議論が企業の外部志向的な戦略から内部志向的

な戦略へと重点を移動させ、そして企業文化と関連する領域へと展開してきた、とするケル

ナーの所説を見て来た。

企業文化と関連する領域へのコーポレート・アイデンティティの展開という理解がケルナ

ーのみに特殊なものではなくて、むしろ広く見出される傾向であったことを、収集した文献

資料を通じて確認しておきたい。シュナイダーは1991年に、次のように記している。「『文化』

と『アイデンティティ』は1980年代において、マネジメントにとってなお広範囲にテーマと

されていなかったが、今日すでにこの標語の流行について語ることができる。比較的大きな

努力をもって、科学と実務が企業文化とコーポレート・アイデンティティに取り組んでいる。

しかしながら、二つのアプローチが経営の『軟らかい』質的な側面に取り組んでいるにもか

かわらず、二つのテーマ領域の統合はこれまで広い範囲で遅れているような印象を受ける」

(Schnyder,A.B.[1991]S.260.)。シュナイダーは、両者の統合、「企業文化、コーポレー

ト・アイデンティティ、文化的アイデンティティの間のリンクづけ」(Schnyder,A.B.[1991]

S.266.)を試みる。かれによると、コーポレート・アイデンティティの目指すところは、現

在の企業文化を理解し、将来の理想的文化を定義し、そして文化的アイデンティティ達成の

ための具体的な措置を立案し、実行することにある。シュナイダーは先行する研究として、

Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]とScholz,C.[1989]があることを指摘している。さらに、

私は、Kahle,E.[1988]、Renker,C.[1990]のなかにも、コーポレート・アイデンティティ

と企業文化との関連づけの試みを見出すことができた。ヴィードマンらの著作については、

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企業倫理とコーポレート・アイデンティティ

次節で取り上げる。ショルツは、「企業文化とコーポレート・アイデンティティは二つの独

立する分野ではないし、相互に交換可能な分野でもない。独自の企業文化に関する議論はむ

しろ、効果的なCIのための不可欠な基礎である」(Scholz,C.[1989]S.212.)という。カーレ

は、「企業文化を構成する要素としての企業アイデンティティ」(Kahle,E.[1988]S.1229.)

という側面に論及している。レンカーによる次のような記述は、企業倫理とコーポレート・

アイデンティティというテーマ領域に取り組む者にとって示唆を与えてくれる。「企業文化

は、コーポレート・アイデンティティ政策を通じて目標意識的に構築されるべき、事業政策

の枠組みである」(Renker,C.[1990]S.29.)。

「コーポレート・アイデンティティと企業文化」にはこれ以上立ち入らない。コーポレー

ト・アイデンティティの展開それ自体を追跡しようとする者にとっては重要なテーマである

かもしれないが、「企業倫理とコーポレート・アイデンティティ」をテーマとする本稿では、

その前提として、コーポレート・アイデンティティの一般的な動向を把握すれば足りる。

3 ヴィードマンとユーゲルのコーポレート・アイデンティティ論

ヴィードマンらはコーポレート・アイデンティティ戦略に対する主要な要求を、次のよう

に捉える。「数年来、さまざまな業種の企業は、特別の挑戦に直面しており、それに対する

回答に短期的な企業収益のみではなくて、一般に企業の長期的存続が依存している。ここで

は、一方では、次のような環境の変化が注目されるべきである。多くの市場における飽和状

態、技術発展の増大、ときには製品ライフサイクルの激烈な短縮、市場の国際化、部分的に

すばやく変化する品質に対する消費者の要求、企業のパフォーマンスに対する社会的関心、

そして特にエコロジー的な製品と生産過程の質に対する要求の増大がそれである。そして他

方では、企業の規模と複雑性の増大に基づいて、その経営あるいは管理の力量、それゆえに

また新しい状況に柔軟に対応する能力がいっそう限界に突き当たっていることは見落とされ

てはならない。これとともに、経済的に高い効率を追求する企業行動に対する社会の批判に

直面して、ますます頻繁に、経営者の間に動揺あるいは方向喪失が見出されるようになった。

増大する環境の要求と企業内での経営問題との緊張分野において、企業が今後も収益をあげ

続けることができるために、現在、コーポレート・アイデンティティ戦略の道がますます多

く採用されるようになった」(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.186-187.)。

このような企業内外の要求を前にして、ヴィードマンらは、「その基礎の上では期待され

る効果がほとんど得られない、短絡的なCI理解」(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.187.)、

具体的にはコミュニケーション政策とコーポレート・デザインの方法を中心とするコーポレ

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ート・アイデンティティに代えて、「企業哲学と企業文化の意識的な分析と形成を目指して

拡張されたCIコンセプト」(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.187.)、企業哲学と企業文化

の批判的な吟味とその新展開を中心に置く新しいコーポレート・アイデンティティ戦略を構

築すべきことを提案する。かれらは、コーポレート・アイデンティティの概念を拡張し、そ

してその策定と実行の過程を重視して、これが備えなければならない要件を示す。

3-1 コーポレート・アイデンティティ戦略の拡張

ヴィードマンらは、かれらが批判の対象とする伝統的なコーポレート・アイデンティテ

ィ・コンセプトを、次のように要約する。「実務においても科学的議論においても、CI戦略

に関連して、アイデンティティの伝達ないしイメージ形成の側面がしばしば一面的に押し出

される。したがって特別に注目されるのは、特にコーポレート・デザインとコーポレート・

コミュニケーションのさまざまな用具であった。少なからざる企業はこの場合、CI戦略の

内容的な核心(コーポレート・ビヘイビァ)を、コーポレート・デザインの作成および(ま

たは)実体を離れたイメージ・キャンペーンの展開以上には真剣に考えないという危険に陥

っている。CI戦略はこの場合、そのもとではコミュニケーション政策の『飾り』へと格下

げされてしまう」(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.189.)。

ヴィードマンらが拡張した、新しいコーポレート・アイデンティティ戦略は、次のように

要約される。「効果的なCI戦略は何よりもまず、企業の目標設定と関連するパートナーの期

待、要求、欲求の緊張分野における、すべての企業パフォーマンスの形成につねに努めなけ

ればならず、そして全体的な企業アイデンティティの批判的な点検をもって出発しなければ

ならない。冒頭でスケッチした挑戦(本稿3の冒頭----私注)および特に現実の価値観の変

化から生じるあの挑戦に直面するとき、たいていの場合個別的な行動の修正では十分ではな

い。出発点を構成しなければならないのはむしろ、企業哲学の体系的な分析とその形成であ

り、そしてまた、それと結合した企業文化の体系的な分析とその形成である」(Wiedmann,

K.-P./Jugel,S.[1987]S.189.)。

コーポレート・アイデンティティ戦略の出発点とされた企業哲学なるものは、次のように

説明されている。「全体として、企業哲学の幅は、企業の自己理解と目標コンセプトの領域

において重視される価値から、企業、その関連するパートナーとの関係における重点の置き

方(たとえば、『激しい売り込み』はわれわれにとって問題とはならない。われわれは、メ

ディア、市民活動などの側からの批判を真摯に受止める)、計画策定方法の適用における重

点の置き方(われわれは確実な事実をすべての意思決定の基礎とする)に関する価値観にま

で及ぶ。結局、すべての企業事象は、重視される価値のなかに結合されており、それは、そ

れなしにはいかなる企業政策的決定も行われえないような行動ルールの機能を遂行してい

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企業倫理とコーポレート・アイデンティティ

る。企業哲学はその場合、また―すべての企業構成員が共通の価値を基礎とすることを誓い、

そしてたとえば企業行動のガイドラインまたは原則の形で、拘束的な『ゲームのルール』が

文書化される限りにおいて― 非構造的な調整手段の機能を引き受ける。共通の基礎となる

価値の創造を通じて、相互に依存する意思決定担当者の調和、それゆえに協働もまた強化さ

れる。そして同時に、企業の個々の分野における目標設定および目標達成のさまざまな手法

を上位の企業利害と調整することが確保される」(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.190.)。

企業哲学と文書化された企業行動のガイドラインはつねに一致するわけではない。企業行

動のガイドラインあるいはコード、企業原則においてはしばしば願望とPRの考慮が前面に

出る。また、文書化によっては、企業哲学の一部分のみが表現されるにすぎない。「企業の

実際に機能している哲学はつねに明示的な形で存在するわけではない」(Wiedmann,K.-

P./Jugel,S.[1987]S.191.)。「それはむしろ、暗示的あるいは意識の背後において企業にお

ける思考と行動を規定する」(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.191.)。重要なことは、企

業哲学として存在する、基礎となる価値がどの程度まで企業文化のなかに具体化されている

か、である。「全体的に見ると、企業哲学には、企業文化のなかでのその具体化を通じて、

体制安定的な効果が期待される。その場合、企業目標へと導き、さらにそのときの枠組み条

件を考慮した行動モデル、思考と評価の図式が強化される限り、企業哲学と企業文化は、企

業の効果的な思考と行動に対して重要な貢献を行う」(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]

S.191.)。

しかし、企業哲学と企業文化がもつ逆機能の側面も忘れられてはならない。ヴィードマン

らが注視しているのは、この側面である。「しかしながら、外的および内的な要求(たとえ

ば、マーケティング志向をより強く考慮して、あるいは社会志向的な経営のコンセプトへの

方向づけを考慮して)が変化するならば、現存の企業哲学と企業文化は全く逆機能的に作用

する可能性があり、必要とされる企業行動の適応を困難にし、または妨害する可能性さえあ

る。企業哲学は一定の思考と行動などのモデルのなかに堅く根差し、明示的には現れていな

いか、あるいはたいてい部分的にのみ明示的に現れているので、それはもはや批判的に点検

されることはない。それゆえに、すでにマネジメントの思考のなかで、個々の事象の評価

(たとえば、企業と環境の状況の評価)において、さらに目標間の優先順位決定において、

あらゆる計画策定段階で誤った判断へと導き、そして『誤ったマネジメント』がある程度最

初からプログラミングされるという過ちが忍び込む危険性が存在する」(Wiedmann,K.-P./

Jugel,S.[1987]S.191.)。企業に対する新しい挑戦に関して、企業哲学と企業文化の逆機能

の存在が確認できるので、新しい企業原則を文書化することのみでは十分ではありえない。

それを超えて、変化した挑戦に対する企業文化の適応に向けて、目標とされる措置が必要と

される。その場合、重要なことは、この措置が、フォーマルな組織構造、管理と計画のプロ

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Vol. 9 No. 1

セスのみではなくて、インフォーマルな領域にも及ぶ点である。「CI戦略の中心目標は一般

に、企業原則に文書化されている、目標とする自己理解と企業文化のなかに表現される実際

のアイデンティティとの間の食い違いを極小化することでなければならない。結局、目標像

と現実とのこの一致を通じて初めて、外部と内部に伝達可能な、信頼できる企業アイデンテ

ィティが創出される」(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.192.)。

伝統的なコーポレート・アイデンティティを放棄して、拡張されたCIコンセプト、すな

わち「アイデンティティの形成あるいは批判的な点検、場合によっては企業哲学と企業文化

の変更を中心に置く、拡張されたCIコンセプト」(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.193)

を採用することによって、効果的なCI戦略を実現するための、基本的な成功条件が満たさ

れる。ヴィードマンらはこれを超えて、さらなる成功条件として、CI戦略の策定と実行の

過程に対して要求される諸条件を重視する。

3-2 コーポレート・アイデンティティ戦略の策定と実行の過程

効果的なCI戦略は、多段階から成る体系的な策定と実行の過程を必要とする。ヴィード

マンらのコーポレート・アイデンティティ論においては、この過程が備えなければならない

要件に関する記述に多くのページが当てられている。かれらはこれを、以下のような5項目

にまとめる。

第1に、前提条件として、忍耐強さが要求され、そしてなしうることを現実的に評価する

ことが要求される。「企業哲学と企業文化の修正は、計画的な措置によって達成可能である

にもかかわらず、その変更が一般に多くの時間を要し、さらに必ずしも成功するとは限らな

いことは見落とされてはならない」(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.194.)。企業哲学と

企業文化の修正の成功可能性は、「なしうることを現実的に評価することによって、そして

CI戦略の策定と実行の過程に参加するすべての人びとが高度の忍耐強さをもつことによっ

て高められる」(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.194.)。特に経営者の側における重要な

成功要件は、「CIプロジェクトに対する継続的な注意と支援」(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.

[1987]S.194.)である。

第2は、明確な方向づけの枠組みを確定し、それに適合した組織的な前提をつくることで

ある。ヴィードマンらが最も重視するのは、この第2の要件である。なしうることの現実的

な分析から出発して、CIプロジェクトの枠組みが作成される。これによって、CIプロジェ

クトの目標システムが確定され、その実現のための組織的なルールが決定される。CIプロ

ジェクトの目標、内容、計画された過程について関係者のコンセンサスを得るために、情報

と説得の過程が必要である。その場合、特にトップマネジメントの階層においてCI戦略の

核心とみなされるのは、「『美化された』アイデンティティの伝達ではなくて、新たな要求に

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企業倫理とコーポレート・アイデンティティ

適合するアイデンティティの創出であり、そして基本的に企業哲学と企業文化の根底からの

変革を求める意欲」(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.194.)である。下位の階層では、

「組織内の変化およびたいていはそれと結合した不安、反対が、CIプロジェクトの内容と目

的に関する基本的な情報を通じて取り去られなければならない」(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.

[1987]S.194.)。これらによって、CIプロジェクトの実行のための豊かな風土が醸成される。

適切な組織的な前提をつくるためには、次のことが強調されなければならない。「CIプロ

グラムの策定は、もっぱら宣伝担当の管理者あるいはPR部門の長、デザイナーの手にのみ

委ねられてはならず、さらに外部の助言者の単独の責任領域に委ねられてはならない。協働

者は、企業自体のなかにおいて『会社のスタイルと精神によって特徴づけられて』生成した

ものに対する場合とは対照的に、あるべきコンセプトとして外からかれらのところに持ち込

まれるものに対しては極めて鋭い感覚を示す。したがってCI戦略の策定と実行、特に中心

となる企業哲学の論議は、基本的に『協議』と『参加』の指導理念によって方向づけられる

べきである。これを前提として、一方では、CIプロジェクトの実現を主として管轄とし、

明確に確定された権限をもち、そしてさまざまな部署の協働者および外部の助言者から構成

されるCIワーキンググループが構成される。他方において、CIワーキンググループの中核

には属さない経営者を個々の情報、意思決定、形成の過程へと統合するための明確なルール

が決められなければならない」(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.194-195.)。ヴィードマ

ンらはCIプロジェクトの組織的な前提に関して、CIプロジェクトへの経営者の統合、協働

者の参加、そしてCIプロジェクトへの外部の助言者の参加を特に重視する。以下、順次、

これらを確認したい。

CIプロジェクトへの経営者、特にトップマネジメントの関わりがもつ意味あるいは意義

に関して、ヴィードマンらは、次のようにいう。「この関連においてなすべきことは、特に

CIプロジェクトへの経営者の強い統合と、さらにそれを超えて、個々のトップマネジメン

トがCIワーキンググループの枠内において協力することである。これは一方では、CIプロ

グラム全体に対して(経営者の側でのプル戦略の意味において)適切な階層面での重みを与

えるためである。他方では、結局つねに、経営者は、自己理解、全般的なガイドライン、企

業政策を方向づける基準に照らして、企業行動を定義しなければならない。このことを通じ

て、CIプログラムの策定が委譲できないものであること、あるいは少なくとも条件付での

み委譲可能であることが明らかとなる。さらに注意すべきことは、経営者階層の持続的な参

与のみが、経営者によって行われる企業関連の意思決定に含まれるCI関連の重要情報をワ

ーキンググループが適時に入手できることを保証しうることである。最後に、企業トップに

対しても継続的に、ワーキンググループの進捗に関して(定期的に行われる中間報告によっ

て)情報が与えられなければならない。ワーキンググループの成果が経営者の意図を追い越

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し、それにより全体として失敗を宣告されるような事態は、これによってのみ回避される」

(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.195.)。

企業トップの関わりと並んで重要なことは、企業のさまざまな領域と階層の協働者による、

CIプロジェクトへの参加である。これはたとえば情報提供のための行事やグループ討論の

ような形態で行われることが可能である。そして部分的には直接的にCIワーキンググルー

プに参加させるべきである。ヴィードマンらは、次のようにいう。「まさにCI戦略の文脈の

なかでの企業哲学の策定において、価値に関する基本的合意の創出が協働者の参加を通じて

保証され、それによって企業哲学が全体を拘束する意思決定と行動の基礎として真の管理用

具となるような措置が選択されるべきである。参加による企業哲学の策定を通じて、企業全

体にわたるセンシビリティが達成される。これにより、そのような措置の必要性と目標が意

識され、そして同時に共通の革新的な展開への心構えがつくられる」(Wiedmann,K.-

P./Jugel,S.[1987]S.195-196.)。協働者の参加は場合によっては、代表者のみでもよいが、

いずれにせよ、協働者と経営協議会を早期の段階で参加させることは、協働者の利害をCI

策定の文脈のなかにおいて十分に考慮することにも寄与するものである。さらに協働者の包

括的な参加は、企業哲学が「問題の近く」で、十分に「土着して」策定されることを可能に

し、それゆえに協働者が十分に共感できるように策定されることを可能にする。「全体とし

て、協働者の参加は、企業哲学が現実のなかにも『生きる』ことを可能にし、それによって

企業行動、コーポレート・コミュニケーション、並びに企業の現実の姿に対して、そして一

般的に企業文化の新たな復活に対して期待される作用を達成するための決定的な前提とな

る」(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.196.)。

ヴィードマンらは、CIプロジェクトへの外部の助言者の参加もまた重視する。かれらに

は、発案者、草案作成者、調整者、対案提示者の役割が期待される。この役割は、外部の助

言者がCIの策定と実行の全過程に関与することによって初めて達成されるものである。「外

部の助言者の中心的な任務は何よりもまず、企業における問題をセンシブルにすること、あ

るいは問題を突き止めるよう努めることにある。これによって変化への基礎を準備するため

である」(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.196-197.)。情報の局面では、外部の助言者は

情報の入手と準備に関して支援をしなければならない。「むしろ放棄することのできない任

務はさらに、センシブルな分析と検討を行うことにある。この必要性は、企業自身の協働者

がしばしば―忠誠心から、あるいは『経営による目隠し』に基づいて―、必要とされる批判

的な距離を(もはや)手に入れることができないという事実から生じる」(Wiedmann,K.-

P./Jugel,S.[1987]S.197.)。「外部の助言者の中心的な意義はさらに、CIプログラムの構想

作成の局面において与えられる。創造的な刺激を与えることによって、企業哲学と企業文化

のためのあるべき構成要素を定義し、企業内でのその批判的議論を保証することは、外部の

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企業倫理とコーポレート・アイデンティティ

助言者の任務である」(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.197.)。CIコンセプトの要素を具

体的に構成する局面においては、いかなる措置も部分領域のエゴを前面に押し出さないよう、

そして参加することのできない関係者の利害を十分に考慮するよう監視されなければならな

い。「さらにCIの実行の枠内においては、外部の助言者には変化の仕掛け人としての役割が

与えられる。新しく定義された優先的価値と行動基準を、たとえばセミナーやワークショッ

プのような特別の行事を通じて日々の労働のなかへと統合すべきである」(Wiedmann,K.-

P./Jugel,S.[1987]S.197.)。

コーポレート・アイデンティティ戦略の過程が備えなければならない第3の要件は、アイ

デンティティの形成と伝達に対する重要な要求を組織的に突き止めるための基準として求め

られる、全体的な思考と問題の早期認識である。既述した組織的な枠組みは、企業のさまざ

まな領域から、そしてさまざまな階層的地位にある協働者を参加させることを通じて、CI

戦略の策定と実行に対する企業内部の要求を広く考慮に入れ、これを組織的に突き止めるこ

とを狙ったものである。「そのような全体的な視点はもちろん、さまざまな企業外部の要求

の把捉を視野に入れる場合にも必要である。CI戦略の枠内における企業哲学の新たな規定

は、顧客の変化した欲求あるいは新しい競争条件のみによって方向づけられるべきではなく

て、広く社会の内部における企業の役割を考慮しなければならない。さまざまな利害グルー

プの側における期待、欲求、要求を超えて(たとえば、販売仲介者、納入業者、隣人、市民

運動、消費者政策の制度、地域機関)、ここでは企業に対する広範囲な要求もまた、(従来は)

個々の利害グループによっては申し立てられなかったか、あるいは部分的に申し立てられる

のみであったような要求もまた、分析の枠組みのなかに組み入れられなければならない」

(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.198.)。

コーポレート・アイデンティティ戦略の過程が備えなければならない第4の要件は新しく

策定された企業哲学を、包括的な文化政策の枠内において伝達することである。企業哲学の

あるべきコンセプトが構成されたとき、これは文書の形にまとめられるべきである。「企業

行動の原則あるいは企業行動のガイドラインの形態において企業哲学を文書化することは、

特に主体間での相互の点検可能性と批判可能性に照らして、緊急に必要であると思われる」

(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.198-199.)。

コーポレート・アイデンティティ戦略の過程が備えなければならない第5の、そして最後

の要件は、CI統制、あるいはコントロールの仕組みを設置することである。「CI戦略の策定

と実行の全プロセスは、体系的な『CI統制』による批判を伴うことを要求する」

(Wiedmann,K.-P./Jugel,S.[1987]S.199.)。CI統制においては、相互に区別される三つの課

題分野が存在する。その第1は、前提と目標の統制であり、第2は、計画の進行状況の統制

であり、第3は、結果の統制あるいはアセスメントである。

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4 シュナイダーとヴューラーのコーポレート・アイデンティティ論

シュナイダーらはSchneider,D.J.G./Wuehrer,G.A.[1991]の課題を、次のように設定する。

「イメージ、戦略、文化、成果要因は、最近数年間に、経営経済学の文献における議論が繰

り返し取り上げ、同様に実務における議論も取り上げてきた概念である。議論の多様性に基

づいて、概念の理解もまた統一的ではなくて、多様である。本稿の課題は、企業文化とCI

戦略の間の前提と関連をより厳密に研究し、そしてこのテーマに対する構想を発見し、明示

することにある」(Schneider,D.J.G./Wuehrer,G.A.[1991]S.138.)。「本稿の中心において、

このテーマの戦略的構成要素が問題となる」(Schneider,D.J.G./Wuehrer,G.A.[1991]S.138.)。

シュナイダーらは、戦略と成果要因について説明し、戦略的成果要因の一つにコーポレー

ト・アイデンティティを加えることを提案し、そして企業文化、コーポレート・アイデンテ

ィティ、コーポレート・イメージ、コーポレート対話の諸概念を、それらの関連を考慮しな

がら規定する。

4-1 戦略的成果要因としてのコーポレート・アイデンティティ

戦略研究における展開を、シュナイダーらは、次のように総括する。「戦略は1960年代と

70年代においては、未だ手段投入の意味に理解され、そして企業目標の補完的な概念とみな

されたが、ここにおいてアメリカの文献から影響を受けて―それはまたドイツの軍事研究、

特にクラウゼヴィッツによって少なからず刺激されたものであったが―、概念の変化が生じ

た。戦略的意思決定は―変化した概念理解によると―、長期的に企業の将来の成果を視野に

置き、企業の戦略的な成果要因の全体としての成果達成能力を構築するというものである。

戦略的成果要因は、企業の生き残りと繁栄を確かなものにする中心的な前提であり、能力で

ある」(Schneider,D.J.G./Wuehrer,G.A.[1991]S.138.)。戦略的経営の理念はシュナイダー

らによると、目標とする成果要因の整備を通じて企業の重点的な構築を行い、企業の意図す

るところを基礎とした競争を展開し、そして市場と技術におけるリーダーとしての地位を得

ようとする考慮から出発する。そこでは、長期的なものが意図される。

成果要因として一般に次のようなものを列挙することができる。

・企業の内部の事業分野に特有な成果要因

・個別の企業に特有な成果要因

・産業の内部における特定の戦略グループに特有な成果要因

・産業に特有な成果要因

・産業横断的な一般的な成果要因

シュナイダーらはこれらに、次のような要因を加える。「戦略に関する議論の枠内において、

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企業倫理とコーポレート・アイデンティティ

そしてコーポレート・アイデンティティ、企業文化、コーポレート・イメージ、コーポレー

ト対話を視野に置くと、企業の戦略的な基本的方向づけもまた重要である。それは、包括的

な戦略的考慮に対して決定的な作用をもつ、企業と環境に関する姿勢と考え方の束を意味す

る」(Schneider,D.J.G./Wuehrer,G.A.[1991]S.139.)

4-2 企業文化、コーポレート・アイデンティティ、コーポレート・イメージ、コーポレー

ト対話

シュナイダーらは、企業文化、コーポレート・アイデンティティ、コーポレート・イメー

ジ、コーポレート対話の概念について説明する。シュナイダーらがこれらの全体を取り上げ

る根拠は、次のような思考のなかに見出される。「全体として企業文化は、コーポレート・

アイデンティティの創出に対する本質的な前提である。この理由から、企業と環境、並びに

重要な環境の側面、いくつかを挙げると、たとえば技術の発展、市場の動向、価値観の変化

に関する予測が不可欠である。この土台の上に初めて戦略的なCIコンセプトが展開されう

る。それはこのとき、戦略に一致するコーポレート・イメージのポジション取りを可能にし、

そしてさまざまな範囲の重要な相手との間の責任ある対話を可能にする」(Schneider,

D.J.G./Wuehrer,G.A.[1991]S.152.)。

企業文化:企業文化のもとには、「企業において実際に生きている、部分的には両立し、

部分的には衝突する思考態度、姿勢、および価値が関連づけられた全体が理解され、それは

企業内部における行動にとって、そして環境に対する関係にとって直接的または間接的な意

義をもっている」(Schneider,D.J.G./Wuehrer,G.A.[1991]S.140.)。企業文化は、経営者の

スローガンやコンセプトを通じて定められ伝達されるものではなくて、企業において実際に

生きており、そして人びとの行動のなかに具体化されるものである。思考態度、姿勢、価値

は、経営者と協働者の行動に対するガイドラインとなるものである。それはたとえば、防御

的な行動か攻撃的な行動か、リスク回避の傾向、創造性などに対して、これらを助長したり

妨げたりする。このことからも理解できるように、企業文化は戦略的要因の一つとなりうる。

それは、企業の内外における人間の動機づけと行動に対して影響を与え、それを通じて企業

の成果に影響を与えるからである。

企業文化とコーポレート・イメージの間には関連がある。シュナイダーらは

Puempin,C./Kobi,J.-M./Wuethrich,H.A.[1985]を参照しながら、議論を進める。ピュムピ

ンらは企業のプロファイリングについて、プロフィール作成の基礎とするものを基準として、

ハードウェア関連的プロファイリングとソフトウェア関連的プロファイリングとを区別す

る。それぞれは、次のように定義される。「ハードウェア関連的プロファイリングのもとに、

われわれは、たとえば製品イノベーション、原材料イノベーション、加工と製作の技術的革

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新、平均以上の品質、効率的な販売と流通のシステムなどのような、物的な前提の表現であ

るような競争優位性を理解する。これに対して、ソフトウェア関連的プロファイリングにお

いては、競争優位は、たとえば平均以上のサービスとアドバイスの提供、際立った顧客サー

ビス精神、行き届いた保守と修理、人的に生み出される生産性優位など、企業の従業員によ

ってつくられる文化的前提に基づく」(Puempin,C./Kobi,J.-M./Wuethrich,H.A.[1985]S.19.)。

この二つのアプローチを、ピュムピンらは、競争企業による模倣の容易さという視点から評

価する。ハードウェア関連的プロファイリングがもつ、模倣からの保護能力は、ますます小

さいものとなっている。これに対して、ソフトウェア関連的プロファイリングの意義が、次

のように評価される。「ソフトウェア関連的プロファイリングの基礎は、強い特徴をもつ企

業文化である。たとえば、平均以上の顧客サービス精神は決して単に直接的に行動を指導し

た結果ではない。すなわち、規程集、統制システムなどはつまり、目標とするプロファイリ

ングを強要することはできない。顧客の高い評価および人的行動によって顧客の満足に真の

寄与をしようとする日々の配慮は、それに相応しい企業全体における価値と規範の仕組みを

必要とする。文書では規定されないこの思考様式は、決定的な行動コードを構成するもので

あり、それは、経営陣によって模範を示され、個々の協働者の行動に影響を与える。技術的

な知識とは異なって、永年にわたって生成し伝えられた企業文化は、競争企業による模倣の

危険に対しては、より有効に防御されうる」(Puempin,C./Kobi,J.-M./Wuethrich,H.A.[1985]

S.19.)。

コーポレート・イメージ:このコンセプトにおいては、主観的で個別的な評価ではなくて、

客観的な評価が出発点に置かれる。「製品(製品イメージ)、会社(会社イメージ)、国(国

のイメージ)は多数の人びとによって、同じまたは類似の方法で判断される。そのときどき

の評価対象に関して、一般化された、判で押したような評価が存在する。評価対象に関して、

具体的な場合においては会社であるが、一定の多数の人びとの間に、一定のイメージ、すな

わちその会社のイメージが存在する。会社イメージはまた、業界イメージと関連をもってお

り、そしてそれを超えて、国のイメージと関連をもっている。業界イメージは、一つの企業

のイメージのポジション取りに影響を与える。プラスの場合には、信頼が前もって与えられ、

好意的に評価される。マイナスの場合には、企業は、業界のマイナスのプロフィールをもつ

イメージに対して、それ自らの宣伝によるポジション取りをもって戦わなければならない」

(Schneider,D.J.G./Wuehrer,G.A.[1991]S.143.)。

コーポレート・アイデンティティのコンセプト:「コーポレート・アイデンティティのコ

ンセプトは、アイデンティティのポジション取り、あるいは企業の明確に組み立てられた

(企業自身と企業環境における)統一的な自己理解について位置を定めるための戦略的なコ

ンセプトとみなされうる。このコンセプトの戦略との結合は、ポジション取りした自己理解

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企業倫理とコーポレート・アイデンティティ

と自画像の枠内において、技術志向、製品と市場の分野、基本的な戦略的方向、協働者、顧

客、納入業者、競争企業に対する関係、行動を導く規範などのような、一連の中心的な戦略

的要素もまた明らかにされなければならないという点に現れる。明確な『われわれという意

識』の創出によって、コーポレート・アイデンティティのコンセプトは対内的には、生きて

いる行動モデルと規範のネットワークとしての企業文化を確立すべきであり、そして意思決

定に参加する者の多数が統一的な企業像ないし会社イメージおよび企業行動モデルの基礎に

基づいて意思決定し行動するよう支援すべきである。これを通じて、企業の諸活動の基本的

により高い互換性とシナジーが可能にされ、企業とその政策との一体化によって高度の動機

づけが可能にされる。対外的には、言語と非言語的行動によって発信されるシグナルが作成

されたコンセプトと一致し、それによって社会、顧客、マスコミ、資本提供者、納入業者、

将来の労働者などのような、さまざまな相手グループの側に、CIコンセプトの目指す意図

と一致するような会社イメージを構築することが可能にされる。その場合、CIコンセプト

は、企業が対内的および対外的に自らを描出する、すべての首尾一貫した価値、像、行動原

則、態様の全体を伝達する。それは、戦略的な経営と企業計画の中心的な構成部分であり、

そして戦略的コンセプトを日々の事業のなかへと戦略に沿って継続的に首尾よく実行するた

めの基本的な前提である」(Schneider,D.J.G./Wuehrer,G.A.[1991]S.143-145.)。

コーポレート対話:CIコンセプトとコーポレート対話との関係、後者の特質を、シュナ

イダーらは、次のように考える。「企業の内部社会と外部社会とのコミュニケーションは、

コーポレート対話において行われる。CIコンセプトにおいて、何が伝達されるべきかが内

容的に規定されると、コーポレート対話においては、いかに、どのような方法でコミュニケ

ーションされるべきか、情報と議論の対話パートナーは誰であるかが確定される。コーポレ

ート対話というこのコンセプトは、PR思考の拡張と変革を意味する。基本的なことは、コ

ーポレート対話が積極的な意思疎通活動(それは双方向のコミュニケーションを前提とする)

を意味するものであり、しかしながら、傷ついた企業イメージをもう一度美化するための

PR戦略と理解されてはならないということである」(Schneider,D.J.G./Wuehrer,G.A.[1991]

S.145.)。

シュナイダーらは、「疑いもなく、コーポレート対話のコンセプトはその発展の初期段階

にある。それは何人かの人によって、差し当たりはユートピアやスローガンとしてではある

が、その必要性と方法もまた示されている。コーポレート対話の重要性と企業の戦略的意図

とのその結合の重要性に対する、一つの好適の例を、ネスレ社の事例が示しており、その経

過のなかに、コーポレート対話の三つの過程モデルが識別できる」(Schneider,D.J.G./

Wuehrer,G.A.[1991]S.146.)として、シュタインマンらの企業倫理の研究(Steinmann,H./

Loehr,A.[1988])を援用する。シュタインマンらはこの事例がかれらの企業倫理論に対し

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Vol. 9 No. 1

てもつ意義を、次のように明言した。「この展開を再構成することを通じて、われわれは、

倫理的・政治的なコンフリクトを処理する場合において、経済の直接的な実務経験へと目を

向けるような企業倫理の概念へと到達したい」(Steinmann,H./Loehr,A.[1988]S.301.)。シ

ュタインマンらがネスレ社の不祥事とその解決を、かれらの企業倫理論の構築の出発点およ

び基礎としたことは、高見直樹[2006]において解明されたところである。項目を改めて、

コーポレート対話の事例としてのネスレ社の不祥事とその解決に関するシュナイダーらの所

説を取り上げたい。

4.3 ネスレ社のコーポレート対話

第三世界における母乳代用品の販売に関連するネスレ社の行動を巡って、ネスレ社と多数

の(社会的)利害グループとの間で1970年から1984年まで10年間以上続いた議論の過程を、

シュタインマンらは、コンフリクト、歩み寄り、コンセンサスという三つの局面に分けた。

シュナイダーらは、3局面への区分を継承する。Schneider,D.J.G./Wuehrer,G.A.[1991]に

沿って、それぞれの局面を見ていきたい。

第1の局面は、第三世界におけるベビー・キラーとしてのネスレ社という世論の広がり、

およびこの世論をリードした書物『ベビー・キラー』のドイツ語版の発行者をネスレ社が名

誉毀損として告訴したことをもって特徴づけられる。「なるほど『ベビー・キラー』のドイ

ツ語版の発行者は罰金刑の判決を受けたが、裁判所は当然のことながら、会社に対して、販

売の仕方を変更し、企業行動の倫理基準を考えるように勧告した。しかしながら、この企業

において行われた学習過程は十分なものではなかった。抗議は広がり、今や社会の大草原の

火のようにアメリカ合衆国へと飛び火した。アメリカ合衆国において、ネスレ社は、そこに

おいて支配的である自由な企業活動という考え方と価値を頼りにして、伝統的な対応戦略に

依拠することができると憶測し、そして私企業の任務に対して敵意に満ちた攻撃をするキャ

ンペーンの活動家に不信の念を抱いた。戦線は完全に硬直した」(Schneider,D.J.G./

Wuehrer,G.A.[1991]S.146.)。シュタインマンらのいうコンフリクトの局面である。

第2の局面は、WHOが1979年に、すべての関係者の参加のもとで母乳代用品の市場化に対

するコードの策定を始めたときに始まる。しかしながら、この局面においても、ネスレ社は、

重点をPRに置き、「『フォーチュン』誌に好意的な記事を書く一人のジャーナリストを雇うこ

とさえした」(Schneider,D.J.G./Wuehrer,G.A.[1991]S.146.)。WHOのコードは1981年に策

定され、それがネスレ社による具体的な行動コードの基礎となった。しかしながら、「これは

コンフリクトの最終的な解決ではなかった。なぜならば、運動グループはコードとの関連で、

市場化に関するWHO規定の精神に対する数多くの違反に基づいてネスレ社を非難したから

である。ネスレ社製品のボイコットは終結しなかったのである。この企業が自らに対して

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企業倫理とコーポレート・アイデンティティ

WHOのコードを受け入れ、内部においてそれを超えたときでさえ、終結しなかった。ネスレ

社によって設置されたNCCN(Nestle Coordination Center for Nutrition)の形態における対

話の制度でさえ、最初はPRのギャグとして怪しまれた。しかしながら、ネスレ社の敵対者は

ここにおいて、学び、そして考えを変えなければならなかった。というのは、この制度によっ

てコンセンサスの局面を開始したのはネスレ社であったからである」(Schneider,D.J.G./

Wuehrer,G.A.[1991]S.146.)。シュタインマンのいう歩み寄りの局面である。

第3の局面において、ネスレ社と運動グループとの間での対話が制度化され、それによっ

てコンフリクトを解決する方向へ向けた議論が進展する。「NCCNによるフォーラムは対立

する利害グループに対して、何よりもまず不信感をもつ敵対者間における誠実かつ信頼ある

対話を行う機会を提供した。外部の助言者および調停者として参加を求められた教会指導者、

医師、科学者は、このフォーラムに対して必要とされるモラル的な権限を付与した」

(Schneider,D.J.G./Wuehrer,G.A.[1991]S.146-147.)。シュナイダーらは、シュタインマンら

の著作から引用する。「全体として見ると、これを通じて、ネスレ社が営利経済的な利益追

求の問題に対処する場合の、完全に新しい方向性がつくり出され、当初の純粋に社会技術的

なコンフリクト処理を離れて、今やコミュニケーション志向的なそれへと転換することにな

った」(Steinmann,H./Loehr,A.[1988]S.306.)。

シュナイダーらはネスレ社におけるコーポレート対話の事例から、次のような結論を得た。

「コーポレート対話は企業の学習過程を刺激し、そして部分的にはこれを初めて可能にする。

それは再び、市場と環境の変化に対する戦略的資源の適応と準備を容易にする。ネスレ社が

そのマーケティング戦略を変えただけではなくて、第三世界の栄養問題の解決に対する産業

(および他の組織)の責任という点でも、学習過程が始まった。それと密接に関連している

のが、経営者と協働者のレベルでの価値観の変化および誠実な対話に対する企業のオープン

な取組みであった」(Schneider,D.J.G./Wuehrer,G.A.[1991]S.147.)。

5 おわりに

ヴィードマンらとシュナイダーらのコーポレート・アイデンティティ論が到達したところ

を―企業倫理との位置関係を念頭に置きながら―確認しておきたい。

ヴィードマンらは、コーポレート・アイデンティティに対する多様な要求を確認すること

から出発した。要求には、企業のパフォーマンスに対する社会の関心、経済的な効率を追求

する企業行動に対する社会の批判もまた含まれた。ヴィードマンらはコーポレート・アイデ

ンティティ戦略の拡張をもって、これに応えた。コーポレート・アイデンティティ戦略の中

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Vol. 9 No. 1

核を担うことになったのは企業哲学あるいは企業原則であり、その策定と実行の過程が議論

の中心に置かれた。

シュナイダーらは長期的な戦略的成果要因の一つとしてコーポレート・アイデンティティ

を位置づけ、コーポレート・アイデンティティ、企業文化、コーポレート・イメージ、コー

ポレート対話から成る全体を考察の対象に包括した。これらのうち、コーポレート対話は、

CIコンセプトにおいて決定された内容をコミュニケーションすることを管轄とするもので

あった。かれらがコーポレート対話において援用したのは、ネスレ社の不祥事解決の事例で

あり、しかも企業倫理の研究者によって再構成された不祥事解決のモデルであった。

今度は企業倫理の側からする、コーポレート・アイデンティティへの期待を見たい。企業

倫理の研究者は、次のように述べている。「企業文化の中心的な側面は、それが経営陣とす

べての協働者の知覚、意思決定、行動に対して、いわば目には見えることなしに、大部分は

無意識のうちに影響を与えることである。企業文化のなかに具体化される基本的な考え方と

価値を明示的なものにして、それによってさらに操作可能にする努力は、実践においてしば

しば『企業行動の哲学』、『企業の行動モデル』、『企業行動の指導原理』、あるいはその内容

から、もっと包括的にコーポレート・アイデンティティのコンセプトと呼ばれる文書の作成

と密接な関係をもっている。この文書においては、目標とする企業展開および企業とその構

成員のあるべき行動を記述する、方向指示的な、志向性を与える内容がまとめられている。

モラルあるいは倫理の内容が少なくとも明示的に含まれる企業行動の指導原理の策定はしば

しば、企業の構造的、統一的な自己理解が表明され、展開されるべき、コーポレート・アイ

デンティティの過程の結果である」(Grabner-Kraeuter,S.[1998]S.205-206.)。

「企業倫理とコーポレート・アイデンティティ」のテーマ領域において中心的な位置を占

めていたのは、ヴィードマンらとシュナイダーらのコーポレート・アイデンティティ論の吟

味および上記のグラプナー-クロイターの著作からの引用を重ね合わせることによって理解

できるように、企業哲学、企業の行動モデル、コード、ガイドラインであり、しかもその策

定と実行の過程である。私は本稿の続編として、企業の行動モデルに関する議論を整理する

ことを予定している。

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企業倫理とコーポレート・アイデンティティ

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