災害リスク情報と不動産市場のヘドニック分析 - ESRIESRI Discussion Paper Series...

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ESRI Discussion Paper Series No.327 災害リスク情報と不動産市場のヘドニック分析 佐藤 慶一、松浦 広明、田中 陽三、永松 伸吾 大井 昌弘、大原 美保、廣井 February 2016 内閣府経済社会総合研究所 Economic and Social Research Institute Cabinet Office Tokyo, Japan 論文は、すべて研究者個人の責任で執筆されており、内閣府経済社会総合研究所の見解を示すものでは ありません(問い合わせ先:https://form.cao.go.jp/esri/opinion-0002.html )。

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ESRI Discussion Paper Series No.327

災害リスク情報と不動産市場のヘドニック分析

佐藤 慶一、松浦 広明、田中 陽三、永松 伸吾

大井 昌弘、大原 美保、廣井 悠

February 2016

内閣府経済社会総合研究所 Economic and Social Research Institute Cabinet Office Tokyo, Japan

論文は、すべて研究者個人の責任で執筆されており、内閣府経済社会総合研究所の見解を示すものでは

ありません(問い合わせ先:https://form.cao.go.jp/esri/opinion-0002.html)。

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ESRIディスカッション・ペーパー・シリーズは、内閣府経済社会総合研究所の研

究者および外部研究者によって行われた研究成果をとりまとめたものです。学界、研究

機関等の関係する方々から幅広くコメントを頂き、今後の研究に役立てることを意図し

て発表しております。 論文は、すべて研究者個人の責任で執筆されており、内閣府経済社会総合研究所の見解

を示すものではありません。

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災害リスク情報と不動産市場のヘドニック分析

佐藤慶一 1)、松浦広明 2)、田中陽三 3)、永松伸吾 4)、

大井昌弘 5)、大原美保 6)、廣井悠 7)

平成 28 年 2 月

【要旨】

本稿では、日本全国の公示地価、宅地取引価格、家賃の三つの不動産市場データと、地

震動超過確率、床上浸水確率、土砂災害確率の三つの災害リスク情報を収集・整理して、

ヘドニック分析による実証分析を行った。データの地点情報の制約により、市区町村単位

に集計した災害リスク情報を用いて分析した場合、地震動超過確率については、三つの不

動産データのいずれにおいても災害リスクが高い地点で不動産価格が高いという関係性が

見られた。計測地点の住所情報が把握できる公示地価データと 250mメッシュ単位の災害

リスク情報を用いて分析した場合、地震動超過確率や床上浸水確率と公示地価に統計的に

有意な関係性は見られなくなった。さらに、それぞれ 50%以上のダミー変数を説明変数と

した場合、公示地価が低くなる傾向が見出され、不動産市場との関係において災害リスク

情報に高い閾値があることが示唆された。これらの災害リスク情報を人々がどのように解

釈し居住選択等を行っているのかを把握するためには、更なる研究が必要である。

1) 専修大学ネットワーク情報学部准教授 2) 松蔭大学副学長 3) 内閣府経済社会総合研究所研究官 4) 関西大学社会安全学部・大学院社会安全研究科教授 5) 国立研究開発法人防災科学技術研究所社会防災システム研究領域 災害リスク研究ユニット

主任研究員 6) 国立研究開発法人土木研究所水災害・リスクマネジメント国際センター水災害研究グルー

プ主任研究員 7) 名古屋大学減災連携研究センター准教授

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目次 1. はじめに ....................................................................................................................................................... 3 2. 災害リスク評価とその応用 .................................................................................................................... 4

2.1 災害リスク評価研究の対象............................................................................................................ 4 2.2 災害リスクの構成要素 .................................................................................................................... 4 2.3 ヘドニック分析と災害リスク情報............................................................................................... 5

2.3.1 ヘドニック分析の概要 ............................................................................................................... 5 2.3.2 関連する先行研究........................................................................................................................ 6

3. 公開データの収集・整理......................................................................................................................... 7 3.1 災害リスク情報.................................................................................................................................... 7

3.1.1 地震(Hazard)情報 .................................................................................................................... 7 3.1.2 水害(Hazard)情報 .................................................................................................................... 9 3.1.3 土砂災害(Hazard)情報 ......................................................................................................... 11 3.1.4 暴露(Exposure)、脆弱性(Vulnerability)情報............................................................... 11

3.2 不動産市場データ ............................................................................................................................. 13 3.3 市区町村単位の災害リスク情報の生成 ...................................................................................... 13

4. 災害リスク情報と不動産市場のヘドニック分析 ........................................................................... 14 4.1 市区町村単位の災害リスク情報を用いた分析....................................................................... 14 4.2 メッシュ単位の災害リスク情報を用いた分析....................................................................... 19

4.2.1 Hazard 情報の集計単位について......................................................................................... 19 4.2.2 メッシュ単位の Hazard 情報と公示地価のヘドニック分析 ....................................... 20 4.2.3 脆弱性や暴露量との交互作用について ............................................................................ 22 4.2.4 分析結果の頑健性について .................................................................................................. 23

5. まとめ.......................................................................................................................................................... 28 5.1 結論と考察 .......................................................................................................................................... 28 5.2 今後の課題 .......................................................................................................................................... 30

謝辞.................................................................................................................................................................... 31 参考文献........................................................................................................................................................... 32 参考資料........................................................................................................................................................... 35

1. 洪水に対する脆弱性の推計方法 ..................................................................................................... 35 2. 地震出火リスク情報の検討 .............................................................................................................. 36 3. 復元力(Resilience)の検討:社会関係資本の役割.................................................................. 45 4. 災害リスク情報と不動産市場の分布図、散布図....................................................................... 46

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1. はじめに 世界的な防災研究の潮流において、災害リスクの評価とその応用は中心的な研究テーマ

となっており、多くの研究が行われている。防災とはすなわち、将来起こる災害のリスクの

軽減であるから、どのような災害がどの程度起こりうるかと言うことについての事前の評

価がなければ、効果的な取り組みは困難である。このような問題意識から、災害リスクの同

定とその評価は、2005 年の国連防災世界会議において採択された兵庫行動枠組における五

つの優先的な事項の一つに掲げられたことが、こうした研究の趨勢の背景にある。

これらの会議の開催国であった我が国の状況は果たしてどうなのであろうか。確かに、内

閣府政策統括官(防災担当)では、南海トラフ巨大地震や首都直下地震、首都圏大規模水害

などの巨大災害についてかなり詳細な被害想定を行っているし、地方自治体においても、ハ

ザードマップや被害想定はかなりの程度整備されている。そしてそのほとんどは、インター

ネットなどを通じてだれもが参照できるようになっている。しかし、国際的な研究の趨勢と

は異なり、かなり独特な発展の方向を見せている。

厳密に言えば、前述の我が国の取り組みはいずれも災害リスクの評価ではない。災害リス

クの評価とは、どこにどのようなリスクがあるかを概観的に示し、それらを相互比較したり

することが大きな機能の一つである。したがって、一般的には確率的なアプローチが重要と

なってくる。あるいは、後に詳述するように、ハザードとは独立に脆弱性や復元力などを評

価するアプローチが採用される。その意味で、リスク評価研究における社会科学の役割は極

めて大きなものがある。

他方で、我が国で行われているのは、防災対策を整備する目的において、いくつかの災害

のシナリオを定量的に示したものがほとんどである。これらのアプローチは、特定の災害が

ある規模で起こると言うことを前提として、その被害の広がりや規模を定量的に把握する

ものである。こうしたアプローチは、直感的な理解が容易である一方で、地域間のリスクの

差を定量的に把握したり、政策の優先順位を決定する方法には適していない。それぞれのシ

ナリオの前提が異なるからである。例えば、首都直下地震と南海トラフ巨大地震のどちらの

切迫性が高く、政策の優先順位を置くべきかという判断は、既存の被害想定のみから困難で

ある。それぞれの発生可能性についての前提が全く異なるからである。したがって、中長期

的に、ハード対策も含めた被害軽減策を検討する材料としては、これらのみでは必ずしも十

分ではない。

こうした世界的な研究潮流を踏まえ、我々は、我が国における本格的な災害リスク評価研

究の立ち上げと、その政策への応用研究の可能性を示すことを目的とした研究を進めてい

る。前者については、災害リスクインデックスについて検討を進めた結果の一部を、永松他

(2015)において報告した。本研究では、後者の応用研究の可能性について着目し、災害リ

スク情報と不動産市場の関係性を分析する。永松他(2015)と本研究の内容は異なるが、そ

れらは上述のような流れで一体として進められた研究である。本研究では、まず、災害リス

ク評価研究や災害リスク情報と不動産市場の関係性に関する先行研究などを概観する。次

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に、実証分析に用いる公開データの収集・整理の詳細について報告する。その上で、災害リ

スク情報と不動産市場のヘドニック分析を行う。

2. 災害リスク評価とその応用 2.1 災害リスク評価研究の対象

災害リスク評価研究の対象は様々であるが、ここでは特定の個人や企業を対象とした評

価ではなく、特定の地域毎に、そこに居住する人々や企業など、社会一般を対象とした評価

に注目する。災害リスク研究には、国家レベルの評価(Peduzzi et al. 2009, Jongman, Ward, and

Aerts 2012, Peduzzi et al. 2012)から、地方政府レベル(Shiau and Hsiao 2012)、都市レベル(Borden

et al. 2007)、街区あるいはコミュニティレベルの小さな単位(Wood, Burton, and Cutter 2010)を

対象とした評価などがある。

一般的には評価対象の地理的範囲が大きくなればなるほど、災害リスクが平均化されて

しまい、具体的な被害軽減のための政策へと結びつけにくいという問題がある(Pelling 2006)。

そのため、より細かな範囲でのリスク評価が行われることが望ましいが、データの利用可能

性が低下するという問題がある。

2.2 災害リスクの構成要素

自然災害は、地震、台風、暴風、豪雨など、自然の外力に起因して生じる被害を指す。し

たがって災害リスクは、一つにはその自然現象の破壊力の大きさの関数であることは論を

待たない。ここではこの破壊力の大きさと発生確率をハザード(Hazard)と定義する。この

ハザードの規模が大きければ大きいほど、またその発生確率が高ければ高いほど、災害リス

クは高いことになる。

しかしながら、自然災害をもたらす要因は、決して外力だけではなく、社会の側にも多数

存在する。全く同じようなハザードであっても、災害の様相はその社会によって大きく異な

ることを考えてほしい。例えば、2004 年のスマトラ沖大地震及びインド洋津波では全世界

で 20 万人を超える人々が亡くなったが、2011 年の東北地方太平洋沖地震では、死亡、行方

不明、震災関連死の合計で 2 万人である。これらを外力の違いだけで説明することは困難で

ある。

すなわち、災害リスクには自然の要素と社会の要素の両面があり、それぞれを、R, H, S と

表せば、次のような関数として定義される。

R=f(H, S)

災害リスクをもたらす社会的な要素は、研究者により違いはあるものの、一般的には、暴

露(Exposure)、脆弱性(Vulnerability)そして復元力(Resilience)などがある。

暴露とは、外力にその社会がどの程度さらされているかを示す概念である。どんなに強い

外力が発生したとしても、そこに居住する人々が皆無であり、いかなる社会基盤も存在しな

ければ、被害は発生しない。逆にその地域に人々が密集して暮らしており、経済活動が活発

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に行われていたとすれば、そのリスクは極めて大きなものとなる。

脆弱性とは、その社会が外力に対してどの程度脆弱であるかを示す指標である。脆弱性は、

工学、経済学、心理学、生態学など様々な分野で用いられる概念であり、それぞれの立場か

ら多くの議論が存在する(Adger 2005)。リスク指標の作成にあっても、どのように脆弱性を

捉えるかによって、様々な方法論が存在する。これについては後に詳述しよう。

最後に、近年では、災害リスクの要素として、復元力(Resilience)という考え方が広まっ

ている。レジリエンスもまた、災害研究だけでなく、幅広い学問分野で用いられている概念

である。一般的には、被害を受けた社会やコミュニティが速やかに元の状態に回復する

(bouncing back)能力を指しているが、社会機能の維持や新しい環境への適用といった概念

も含まれる非常に多様な概念である(Keating et al. 2014)。

レジリエンス概念の重要性が高まってきた理由は、気候変動が進めば不確実性が増大し、

過去の災害の履歴や経験が当てはまらなくなるため、それらを利用したこれまでの災害対

策の有効性が低くなるからである(Keating et al. 2014)。したがって、いかなる災害が発生し

た場合でも、なんとか社会的機能を維持し、災害前のより良い状態へと回復する自律的な社

会の能力として、レジリエンスは極めて魅力的な概念を提供している。

災害リスク評価研究には、以上述べたようなすべての構成要素を評価して、包括的な指標

を構築しようというもの(Cardona 2005, Peduzzi et al. 2009, Mucke et al. 2014)もあれば、ハザ

ードと暴露を計算して潜在的なリスクを評価しようとするもの(Ward et al. 2013)もある。

さらには、そのような災害リスク評価を含めた災害情報に対する人間行動や社会の関係

性を探索するものとして、心理学的なアプローチ(中谷内他 2012)や、不動産市場との関

係性を分析する経済学的な研究(齋藤・中川 2012)の蓄積がある。

2.3 ヘドニック分析と災害リスク情報

2.3.1 ヘドニック分析の概要

ヘドニック分析は,古くは Court(1939)によって自動車の価格分析の枠組みで紹介され、

1960 年代に Griliches(1967)によって再発見された後、Rosen (1974) によって経済学的意味づ

けがなされた、ある商品価格をさまざまな属性(性能や機能)の価値の集合体とみなすこと

で、回帰分析のテクニックを利用し、各属性の商品価格への貢献度を推定する経済学の手法

である。都市経済学においては、地価や住宅価格などを目的変数とし、その価格形成に影響

していると考えられる不動産の持つさまざまな属性を説明変数とする市場価格関数を推定

することで、不動産の持つ属性の価格形成における貢献度を評価することに用いられてき

た。不動産価格指数の推計において、住宅には同質の財が存在せず、不動産ごとの不均一性

が非常に強いため、個々の不動産ごとに品質調整を施す必要があり、その実行可能性、経済

学的意味づけの明快さからヘドニック分析は今日でも最も使われている品質調整手法の一

つである(Shimizu and Karato 2015)。環境経済学や法と経済学などの分野においても、環境・

生態系の変化や法規制の効果を推計する際にヘドニック分析は広く利用されている

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(Palmquist and Smith 2002, Malani 2008)。

2.3.2 関連する先行研究

災害リスクと不動産市場に関する実証研究は、海外に多数の先行研究が存在する。アメリ

カ・カルフォルニア州における、地震災害リスクを示す地域区分である SSZ(Special Studies

Zone)内外で、住宅の売買価格に有意な差が存在することを指摘した Brookshire et al.(1985)、

1989 年の Loma Prieta 地震前後で、地震リスクに関する消費者の選好が変化したことを指摘

した Beron et al.(1997)、1999 年のハリケーン・フロイド前後で、洪水地域の住宅販売価格

の割引が著しく大きくなったことを指摘した Bin et al.(2004)などが挙げられる。

近年、国内においても、首都直下地震の発生リスクの指摘や東日本大震災の発生に応じて、

地震災害リスクと地価や家賃など不動産市場との関係についての実証研究が進められてい

る。中川(2003)では、東京都が公表している地震に関する地域危険度の中の建物倒壊危険

度と公示地価や家賃との関係についてヘドニック分析を行なった結果がまとめられている。

齋藤・中川(2012)では、同じく地域危険度の中の建物倒壊危険度と地価公示データをパネ

ルデータ化して時系列分析を行ない、また、大阪の上町断層帯と周辺地価の関係、愛知県が

公表した水害ハザードマップと公示地価の関係など、扱う対象地域や災害リスク情報を拡

大した実証研究が展開されている。Naoi et al.(2010)や 瀬古(2014)では、慶應義塾家計パ

ネル調査(Keio Household Panel Survey:KHPS)データを利用して、住宅価格を目的変数と

したヘドニック分析が行われ、説明変数に市町村単位で集計した防災科学技術研究所が公

開する地震動の超過確率の市レベルの平均値を用いている。これらの国内の先行研究を個

別に見ると、例えば、中川(2003)が用いた建物倒壊危険度は Vulnerability であり Hazard そ

のものではないこと、瀬古(2014)が用いた KHPS の質問紙調査データの信頼性などについ

て指摘ができるが、全体的な潮流として、扱う災害リスク情報の範囲が拡大してきているこ

とが窺える。

永松他(2015)では、既往研究を参考に、災害リスクを、Hazard(地震の発生可能性と振

動の強さ)、Exposure(被災対象物量)、Vulnerability(被災対象物の脆弱性)、Resilience(地

域社会の持続可能性)という四つの項目を掛けあわせたものとして定義した。さらに Hazard

については、地震などの単一の災害ではなく、河川氾濫や豪雨による土砂崩れなど複数の災

害を含めたマルチハザード型を志向することを課題として挙げた。本研究では、永松他

(2015)の作業を継続しつつ、マルチハザード型の災害リスク情報を用いた応用研究として、

不動産市場との対応関係の分析に取り組むこととした。

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3. 公開データの収集・整理 本章では、ヘドニック分析を行う際に説明変数や目的変数として用いる災害リスク情報

や不動産市場データを整理する。

3.1 災害リスク情報

3.1.1 地震(Hazard)情報

地震の発生確率は、地震そのものが発生する確率であり、地震調査研究推進本部により評

価されている。地震動の超過確率とは、ある地点において、その地点に影響を与える様々な

地震について、ある期間内に少なくとも 1 回地震動の強さがあるレベルを超える確率であ

る。例えば、東京駅周辺では今後 30 年以内に「震度 5 弱以上の揺れに見舞われる確率は

99.9%」、「震度 5 強以上の揺れに見舞われる確率は 91.5%」、「震度 6弱以上の揺れに見舞わ

れる確率は 44.7%」、「震度 6 強以上の揺れに見舞われる確率は 6.7%」であり、地震動の強

さのレベルにあたるのが「震度 5 弱、5 強、6 弱、6 強」、対応する超過確率が「99.9%、91.5%、

44.7%、6.7%」となり、地震動の強さのレベルが大きくなると超過確率は小さくなる。

確率論的地震動予測地図 1)は、主要活断層帯の地震や海溝型地震をはじめとして、対象地

域に影響を及ぼす全ての地震を考慮し、「ある地震の発生確率」に「その地震が発生したと

きのある地点での地震動がある大きさを超える確率」を乗じたものを全ての地震に対して

まとめた「地震動の超過確率」を計算したものであり、その結果として、各地点での地震動

の確率や地震動の強さの分布が地図に示されている。ここで、「地震の発生確率」と「地震

動の超過確率」とは異なるため、留意が必要である。

確率論的地震動予測地図では、地震動の強さを指定して超過確率を表示させる場合(例え

ば、今後 30 年以内に震度 6 弱以上の揺れに見舞われる確率)と、超過確率を指定して対応

する地震動の強さを表示させる場合(例えば、今後 30 年以内に 3%の確率で見舞われる震

度)がある。ある地点を指定した場合、地震動の強さと超過確率の関係を曲線で表すことが

でき、これをハザードカーブという。なお、地震の発生確率が大きい順に地震が起こるわけ

ではなく、地震動の超過確率が大きい地点から順に強い揺れに見舞われるわけではないこ

とに留意が必要である。

ある地点で今後 30 年以内に震度 6 弱以上の揺れに見舞われる確率は、全ての地震につ

いて「地震が発生する確率」×「ある地点で震度 6 弱以上の揺れに見舞われる確率」を総

合的に考慮して求められる。例えば、ある地点 S において、二つの地震 A、B を考える。

今後 30 年以内の地震 A の発生確率が 40%、地震 Bの発生確率が 30%であり、地震 A によ

り地点 S が震度 6 弱以上の揺れに見舞われる確率が 60%、地震 B による確率が 40%の場

合、「30 年以内に地震により地点 S で震度 6 弱以上の揺れに見舞われる確率」は、次のよ

うになる。

地震 A の場合: 0.4 × 0.6 = 0.24

1) 地震調査研究推進本部:全国地震動予測地図

(http://www.jishin.go.jp/evaluation/seismic_hazard_map/shm_report/)より。

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地震 B の場合: 0.3 × 0.4 = 0.12

ここで、30 年以内に地震 A 、地震 B によって地点 S で震度 6 弱以上にならない確率は、

(1-0.24)×(1-0.12)であるため、30 年以内に地震 A または地震 B によって地点 S で震度

6 弱以上の揺れに見舞われる確率は、

1 - { (1-0.24)×(1-0.12) } ≒ 0.33

となるが、確率値の単純な足し算にはならないことに留意が必要である。

主要活断層帯の地震や海溝型地震は繰り返し発生し、その活動間隔は、ブラウン運動を表

現する確率モデルである BPT 分布(Brownian Passage Time 分布)に従うと考えられる。BPT

分布のモデルは、一定の速度でたまる応力(歪み)と不規則に変化する応力(歪み)からな

る物理モデルと対応しており、震源が特定できる再現期間を考慮した地震発生の確率モデ

ルとして用いられている。また、過去の最新活動時期が不明の場合は、地震の発生がポアソ

ン過程に従うと仮定し、「平均的に何年間隔で地震が発生するか」という情報のみを用いて

地震の発生確率を計算している。ポアソン過程のモデルは、地震が発生する条件付き確率は

時間によらず一定であり、震源が特定できない地震発生の確率モデルとして用いられてい

る。確率論的地震動予測地図は、平均活動間隔や最新活動時期の評価結果に幅がある場合が

多いため、両者の中央の値を代表値として地震発生確率を計算する「平均ケース」、評価さ

れた確率の最大値を用いる「最大ケース」を考えている。ある期間内に地震が発生する確率

の値は、地震発生の可能性を量的に表すものである。内陸の活断層の多くは平均活動間隔が

長いため、30 年確率はあまり大きな値にならないが、その値が 10%程度以下でも実際には

地震が発生している。

長期間平均ハザードは、数百~数万年といった長期間の再現期間に対応した地震による

地震動の大きさを示した地図であり、発生頻度が低くとも大きな地震動となる地震の影響

を示すために作成されている。この地図では、全ての地震活動をポアソン過程として評価し

ている。例えば、「再現期間 1000 年相当」の地図は、1000 年に 1 回の頻度で見舞われる地

震動の分布を表しており、確率論的地震動予測地図の「30 年 3%の確率で一定の揺れに見

舞われる地図」に相当する。

今後 30 年以内に震度 6 弱以上の揺れに見舞われる確率は、小さくても 0%ではない。今

後 30 年以内に火事で被災する確率は 1.9%、交通事故で死亡する確率は 0.2%であるため、

例えば、今後 30 年以内に 3%という数値は決して低くないことがわかる。また、地震の発

生確率が高くなくても、その地震が発生すれば、その被害は甚大なものとなるため、今後 30

年以内に震度 6 弱以上の揺れに見舞われる確率が 3%は、高いと考えることは妥当である。

日本はどこであっても被害をもたらす地震の発生する可能性があるため、確率が相対的に

高いとされた地域では、家具の固定、防災用品の準備などの防災対策に加えて、家屋の耐震

化等を含めた対策を実施することが大切である。また、日本全体や特定の地域における防災

投資等のためにリスク評価を行う場合は、将来にわたり発生しうるすべての地震シナリオ

を考慮した地震ハザード評価を行う必要があるため、確率論的地震動予測地図の活用が期

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待される。

本研究では、地震(Hazard)情報として、国立研究開発法人防災科学技術研究所の地震ハ

ザードステーション(J-SHIS) 2)で公開されている「確率論的地震動予測地図」(2010 年版

及び 2014 年版)のうち、今後 30 年以内に震度 6 強以上の揺れに見舞われる確率(最大ケー

ス)(以下、「地震動超過確率」という。)のデータを用いる。このデータによると、東海地

方や関東地方等で高確率の地域がみられる。なお、データは 4 分の 1 地域メッシュ(1メッ

シュが約 250m×約 250m。以下、「250mメッシュ」と言う。)単位で提供されているものの、

2013 年までのデータはいわゆる日本測地系の 250m メッシュ、2014 年のデータは世界測地

系の 250mメッシュで作成されていることに留意が必要である。

3.1.2 水害(Hazard)情報

水害には、河川の水位が急激に上昇して発生する外水氾濫、雨量が都市の処理能力を超え

て発生する内水氾濫、高潮、津波がある。水防法では、河川管理者(国土交通大臣又は都道

府県知事)が指定河川について浸水想定区域を指定し、その区域及び浸水した場合に想定さ

れる水深を公表するとともに、関係市町村長に通知しなければならないと定めている。また、

市町村長は浸水想定区域等を記載した印刷物の配布やその他の必要な措置を講じなければ

ならないと定めており、これに基づき、市町村内では一般に洪水ハザードマップや防災マッ

プ風水害編などの印刷物が配布されている。

水防法は、2015 年 5 月 20 日に「水防法等の一部を改正する法律」が公布、7 月 19日に一

部施行、11 月 19 日に完全施行されたことにより、新たな局面を迎えた。改正前は「洪水防

御に関する計画の基本となる降雨により河川が氾濫した場合に浸水が想定される区域を浸

水想定区域として指定する」と定められていたのに対し、本改正により、「想定最大規模降

雨により河川が氾濫した場合に浸水が想定される区域を洪水浸水想定区域として指定する」

ことが新たに定められた。また、改正前は、内水氾濫や高潮についての浸水想定区域の指定

は規定されていなかったのに対し、改正後は「都道府県知事又は市町村長が雨水出水浸水想

定区域を指定する」ことや「都道府県知事が高潮浸水区を指定する」ことが定められた 3)。

また、津波に関しては、東日本大震災後の 2011 年 12 月 14 日に制定された「津波防災地

域づくりに関する法律(津波防災地域づくり法)」において、「都道府県知事が津波があった

場合に想定される浸水の区域及び水深を設定する」ことが定められている 4)。

国土交通省のハザードマップポータルサイト 5)によれば、全国の 1,718 市町村のうち、印

2) 防災科学技術研究所:地震ハザードステーション(http://www.j-shis.bosai.go.jp/)より。 3) 国土交通省:水防法等の一部を改正する法律案新旧対照条文(2015 年 12 月 13 日現在の

http://www.mlit.go.jp/river/suibou/pdf/suibouhou_houritsu.pdf)より。

4) 国土交通省「津波防災地域づくりに関する法律」(平成 23 年法律第 123 号)

5 ) 国 土 交通省:ハザードマップポータルサイト( 2015 年 12 月 13 日現在の

http://disaportal.gsi.go.jp/publicate/index.html?code=1)より。

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10

刷物等の配布により洪水(外水氾濫)、内水、高潮、津波のハザードマップを公表している

市町村数(2015 年 12 月 13 日現在)は表 1 の通りである。洪水(外水氾濫)に関しては、

76.3%の市町村がマップを公表しているものの、2015 年の水防法改正で定められた想定最

大規模降雨による洪水浸水想定区域への対応は現在実施中である可能性が高い。内水・高潮

についても、現時点で作成済みの市町村は一部に限られ、多くの市町村が水防法改正に対応

中であると想定される。よって、本研究では、水害のうち、関連する市町村数が多い洪水(外

水氾濫)を対象とし、水防法改正前の「洪水防御に関する計画の基本となる降雨による浸水

想定区域」を研究対象とする。

表 1 水害に関するハザードマップを公表している市町村の状況

水害種別 公表している市町村数と

その割合

インターネットで公開して

いる市町村数とその割合

洪水 1,310 (76.3%) 1,226(71.3%)

内水 304 (17.7%) 284(16.5%)

高潮 112 (6.5%) 106(6.2%)

津波 567 (33.0%) 518(30.2%)

国土交通省の国土数値情報ダウンロードサービス 6)では、洪水(外水氾濫)による浸水想

定区域(データ時点:2011 年度)の GIS データを提供している。河川管理者から提供され

た浸水想定区域が浸水深ごとのポリゴンデータとして整備されており、各ポリゴンに対し

て、浸水深さ、作成種別、作成主体、指定年月日、告示番号、対象河川、指定の前提となる

計画降雨の規模、関係市町村などの情報が付与されている。本研究では、この情報を用いて、

250mメッシュ単位の床上浸水確率を算出する。池永・大原(2015)では、先に述べた国土

数値情報の浸水想定区域のポリゴンデータとこれに付随する計画降雨の規模の情報を用い

て、再現期間 7)に応じた床上浸水のリスク曝露人口分布の推計を行った。本研究でも、同様

に、国土数値情報の浸水想定区域のポリゴンデータとこれに付随する計画降雨の規模の情

報を用いて、床上浸水区域のポリゴンデータを作成する。なお、建築基準法では 1階の床高

は 45cmと定められていることから、浸水深さが 50cm以上であれば床上浸水とする。また、

浸水想定区域には、「既往最大の豪雨」などのように計画降雨の規模の定めがないものも含

まれるが、この場合は、河川整備の計画降雨の規模の概ね最大規模である 200 年に 1 度の

降雨、すなわち再現期間 200 年として扱うこととする。

次に、作成した床上浸水区域のポリゴンデータに対して、下記の式により、床上浸水の確

率の情報を付与する。

6) 国土数値情報ダウンロードサービス:浸水想定区域データ(2015 年 12 月 13 日現在の

http://nlftp.mlit.go.jp/ksj/gml/datalist/KsjTmplt-A31.html)より。 7) ある一定規模の降雨量を超える降雨が、初めて降る期間(年数)の期待値。

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今後 30 年以内に床上浸水に見舞われる確率:1-(1-1/【再現期間】)^30

本研究では、水害(Hazard)情報として、250mメッシュ単位の、今後 30年以内に床上浸

水に見舞われる確率(以下、「床上浸水確率」という。)を用いるが、それを作成する際、メ

ッシュ内には確率の異なる複数のポリゴンデータが含まれる場合があるため、メッシュ内

に含まれる床上浸水確率の最大値、最小値、平均値をとる方法が考えられる。そこで、本研

究ではメッシュ内に含まれる床上浸水確率としては最大値を利用する。

3.1.3 土砂災害(Hazard)情報

一般に土砂災害とは、がけ崩れ、土石流、地すべり等による被害を指す。水害の場合と同

様、法律では、都道府県知事は土砂災害が発生するおそれのある区域を土砂災害警戒区域や

土砂災害特別警戒区域として指定することができると定めている 8)。しかし、土砂災害警戒

区域等の指定には一定の時間を要する場合が多いことから、区域指定を待つことなく土砂

災害危険個所等における警戒避難体制を整えることが重要である。そこで、国土交通省では、

2014 年 9 月に、全国の土砂災害危険箇所(約 53 万箇所)等における警戒避難体制の緊急点

検を行うよう都道府県へ要請を行い、緊急点検の結果と当面の警戒避難体制の改善に向け

た取り組みについてとりまとめを行い、その結果をホームページ上で公開している 9)。

本研究で用いる土砂災害(Hazard)情報としては、区域指定されていない土砂災害のリス

クも捉えるため、国土数値情報ダウンロードサービスで公開されている 2010 年度の「土砂

災害危険個所」のデータを用いる。ただし、このデータには土砂災害の再現期間や発生確率

のデータが含まれていないことから、今後 30 年以内に土砂災害が発生する確率(以下、「土

砂災害確率」という。)は、「土砂災害危険個所」では 1、それ以外では 0 とみなす。また、

データには大小さまざまなポリゴンデータが含まれていることから、メッシュ単位の土砂

災害確率としては、土砂災害危険個所が 250mメッシュに含まれるか否かを判定し、含まれ

る場合は当該メッシュにおける今後 30 年以内の土砂災害確率を 1、含まれない場合は当該

メッシュの同確率を 0 とする。

3.1.4 暴露(Exposure)、脆弱性(Vulnerability)情報

永松他(2015)の継続として、暴露(Exposure)、脆弱性(Vulnerability)、復元力(Resilience)

の情報を収集していたので、その一部を分析に用いることとした。Hazard、Exposure、

Vulnerability、Resilience のデータの概要は、表 2 のとおりである。

暴露(Exposure)としては、2010 年国勢調査の市区町村単位の人口データを利用する。な

お、暴露(Exposure)については、地震、洪水等の災害の種類を問わず共通とする。

8) 国土交通省「土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律」(平成 12

年 5 月 8 日法律第 57 号) 9) 国土交通省:土砂災害危険箇所の行政の体制整備に係る緊急点検結果と対応方針について

(http://www.mlit.go.jp/report/press/mizukokudo03_hh_000843.html)より。

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脆弱性(Vulnerability)としては、様々な定義が考えられるが、本研究では、地震に対する

脆弱性には、佐藤(2011)の研究で推計された市区町村単位の住宅の非耐震化率データと 10

人未満の事業所数が全事業所数に占める割合 10)を用いる。また、洪水に対する脆弱性には、

住宅・土地統計調査の住宅数や棟数等、法人建物調査の建物数を用いて、市区町村単位で建

物の延べ床面積に対する 1 階部分の床面積の比率を推計して用いる。なお、土砂災害に対す

るメッシュ単位の脆弱性は、地震や洪水と異なり災害が発生した場合には地域全体が被災

すると考えて脆弱性は 1(100%)とする。ただし、住宅・土地統計調査は人口 1.5万人未満

の町村部のデータが欠落しているため、同統計調査に基づくデータについては、全国の地方

自治体をカバーできていない点に留意が必要である。

復元力(Resilience)については、データ収集は行ったものの分析上の制約から用いていな

い。洪水に対する脆弱性の推計手法等の概要と復元力(Resilience)の検討の詳細は巻末の参

考資料に掲載する。

表 2 災害リスク情報の一覧 11)。

10) e-Stat:地域別統計データベース(https://www.e-

stat.go.jp/SG1/chiiki/CommunityProfileTopDispatchAction.do?code=2)より。 11) NPO 数については、「NPO 法人データベース NPO ヒロバ」(2015 年 12 月時点の

http://www.npo-hiroba.or.jp)より。

データ名称 内容(出所,年)

ハザード(250mメッシュ単位)

地震動超過確率今後30年以内に震度6強以上の揺れに見舞われる確率,「確率論的地震動予測地図」(国立研究開発法人防災科学技術研究所,2010年、2014年)

床上浸水確率今後30年以内に床上浸水被害に見舞われる確率,「浸水想定区域」(国土交通省,データ作成年度は2011年度)を基に筆者作成

土砂災害確率今後30年以内に土砂災害に見舞われる確率,「土砂災害危険個所」(国土交通省,2010年度)を基に筆者作成

暴露(市区町村単位)

人口 人口,「国勢調査」(総務省,2010年)

地震に対する脆弱性(市区町村単位)

非耐震化率 住宅の非耐震化率,「住宅・土地統計調査」(総務省,2008)を基に筆者作成

10人未満の事業所数が全事業所数に占める割合

事業所数(民営)従業者1~4人と5人~9人のデータを全事業所数で除した値,「経済センサス」(総務省,2009)

洪水に対する脆弱性(市区町村単位)

1階床面積比率住宅及び法人建物の1階部分の床面積比率,「住宅・土地統計調査」(総務省,2013)及び「法人建物調査」(国土交通省,2008)を基に筆者作成

復元力(市区町村単位)

ジニ係数 年間収入のジニ係数,「住宅・土地統計調査」(総務省,2013)を基に筆者作成

NPO数 人口当たりNPO数,「NPO法人データベースNPOヒロバ」掲載のデータを基に筆者作成

※ただし、土砂災害に対する脆弱性については、土砂災害確率が1のメッシュでは1、そうでないメッシュでは0と考えた。

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3.2 不動産市場データ

不動産市場データとしては、国土交通省が公表している地価公示の公示地価等、不動産

取引価格情報の宅地の取引価格(以下、「宅地取引価格」と言う。)等の 2 種類のデータに

加え、株式会社ネクストから提供いただいた住宅・不動産情報サイト『HOME'S』の家賃

情報の計 3 種類のデータを用意する。なお、それぞれのデータには価格以外の情報も含ま

れている。データの概要は表 3 のとおりである。

表 3 不動産市場データ一覧

3.3 市区町村単位の災害リスク情報の生成

前節で収集した不動産市場データのうち、不動産取引価格情報や家賃データについては、

個々の物件のデータであるものの、市区町村単位の位置情報しか特定できないよう加工さ

れているため、このままではメッシュが特定できず、メッシュ単位の災害リスク情報をヘド

ニック分析で利用することができない。そこで本研究では、これらの不動産市場データをヘ

ドニック分析において利用する際には、メッシュ単位の災害リスク情報を市区町村単位に

変換して用いる。市区町村単位の災害リスク情報の生成手順は以下のとおりである。

まず、地理情報を扱うことのできる GIS ソフト「ArcGIS10.2」上で国勢調査の基本単位区

の人口、基本単位区の境界データ、250m メッシュを用意し、基本単位区の境界と 250m メ

ッシュを交差する。これにより基本単位区がメッシュの境界によって、いくつかのポリゴン

に分割されるが、その際、基本単位区内に人口が均一に分布していると仮定すると、ポリゴ

ン内の人口は元の基本単位区とポリゴンの面積比で容易に計算できる。次に、ポリゴンは元

のメッシュと同じ災害リスク情報を持つと仮定して、この災害リスク情報を人口比(ポリゴ

ン内の人口/ポリゴンが属する市区町村の人口)で加重平均して市区町村単位の災害リスク

情報を作成する。

また、年次の異なる市区町村単位のデータを扱う場合には、2013 年 4 月 1 日時点の市区

町村でデータを再整理した後、分析に用いる。

データ名称 内容(出所,年)

不動産市場データ

地価公示標準地の公示地価の他、地積、容積率、水道有無、ガス有無、下水有無、前面道路の状況(国道、都道府県道、市区町村道、私道等)、標準地コード(住宅地、商業地、工業地等)、駅からの距離等が含まれる,「国土数値情報」(国土交通省,2011年、2015年)

不動産取引価格情報宅地の取引価格の他、面積、容積率、前面道路(国道、都道府県道、市区町村道、私道等)、地域(住宅地、商業地、工業地等)等が含まれる,「土地情報総合システム」(国土交通省,2014年)

家賃データ家賃の他、面積、構造(鉄骨鉄筋コンクリート造、鉄筋コンクリート造、鉄骨造、木造等)、駅距離、築年数、階数等が含まれる,株式会社ネクストより提供いただいた、不動産・住宅情報サイト『HOME'S』掲載の2015年7月時点の家賃情報

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4. 災害リスク情報と不動産市場のヘドニック分析 4.1 市区町村単位の災害リスク情報を用いた分析

前章で整備した市区町村単位の地震動超過確率・床上浸水確率・土砂災害確率の三つの

Hazard 情報と、公示地価・宅地取引価格・家賃の三つの不動産市場データの関係性をプロッ

トした結果を図 1 とした。公示地価は 2015 年 1 月 1 日時点のデータ、宅地取引価格は 2014

年度に取引されたデータ、家賃は 2015 年 7 月時点のデータである。

相関係数を見ると、地震動超過確率は、0.149〜0.280 と弱い正の相関関係が見られた。床

上浸水確率は、−0.070〜0.033 ととても弱い正負の相関関係が見られた。土砂災害確率は、−

0.229〜−0.144 と弱い負の相関関係が見られた。

災害リスク情報と不動産市場価格の関係を分析する際には、災害の確率が相当に低い地

域(以下に示すように大半の地域において災害の確率が低い)では、それが不動産市場価格

に有意に影響を及ぼすことは考えにくい。そこで、地震動超過確率、床上浸水確率及び土砂

災害確率について、50%以上、40%以上 50%未満、30%以上 40%未満、という区間ダミー変

数を設けて、ヘドニック分析に利用することとした。

図 1 市区町村単位の Hazard 情報と不動産市場の散布図

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分析に利用した変数の記述統計量は表 4 及び表 5 の通りである。公示地価は 2015 年 1月

1 日時点のデータ、宅地取引価格は 2014 年度に取引されたデータ、家賃は 2015 年 7 月時点

のデータである。地震動超過確率(市区町村単位)は平均 10.3〜12.8%程度で、50%以上地

点は全サンプルの 0.4〜0.9%程度となる。床上浸水確率(市区町村単位)は平均 7.1〜7.5%

程度で、50%以上地点は全サンプルの 0.1%程度となる。土砂災害確率(市区町村単位)は平

均 2.8〜6.8%程度で、50%以上地点は全サンプルの 0.1〜0.6%程度となる。

公示地価、宅地取引価格、家賃の 3 データごとに、Hazard 情報の数値をそのまま説明変

数として用いたモデルと、Hazard 情報の区間ダミー変数を用いたモデルでヘドニック分析

を行った結果を表 6 にまとめた。説明変数は、そもそも不動産市場データによって利用で

きるものが若干異なることと、推計した際に VIF を求め多重共線性の疑義が高いものを除

去したため、三つのデータで完全に一致しない。

Hazard 情報の数値をそのままモデルに用いた場合、地震動超過確率の係数は統計的有意

にプラスとなり、地震動超過確率が高い地点ほど、不動産価格が高いという関係性が示され

た。床上浸水確率と土砂災害確率の係数は統計的有意にマイナスとなり、床上浸水や土砂災

害のリスクが高い地点ほど、不動産価格が低いという関係性が示された。

Hazard 情報の数値をそのまま用いず、区間ダミーを用いた場合、地震動超過確率が 50%

以上と非常に高い場合は、地価、宅地取引価格、家賃とも下げる効果が確認された。床上浸

水確率が 50%以上ダミーは、宅地取引価格データで係数がプラスとなっているが、データ

数が 85 と極端に少ないことに起因すると考えられる。サンプル数が多い家賃データでは係

数が統計的有意にマイナスとなっている。土砂災害確率は、どの区間ダミーでも係数はマイ

ナスに推定された。

ここでは、三つの Hazard 情報と、三つの不動産市場データを用いたことにより、Hazard

情報と不動産市場の関係性を複眼的に分析することができた。概ねどの災害でもリスクが

高い地点ほど不動産市場価格が低くなる、というほぼ期待通りの結果が得られた。数値その

ものをモデルに投入すると、都道府県固定効果や他の説明変数の影響を除いても、地震災害

のリスクが高いところほど不動産価格が高いという関係性が残った。これは以下のように

省略された変数バイアスの影響による可能性がある。

市区町村単位で集計された災害リスク情報を用いる場合、省略された変数の影響をコン

トロールするための手法として、一つ集計単位が上の都道府県ダミー変数を利用せざるを

得ない。同じ都道府県内でも市区町村により地域特性が異なるため、可能であれば市区町

村ダミー変数を利用したいが、災害リスク情報の集計単位からの制約があり、省略された

変数バイアスについての懸念が残る。次節以降で、より詳細な分析を行うこととした。

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表 4 記述統計量 1

利用した変数 公示地価(2015 年) 宅地取引価格(2014 年度) 家賃(2015 年 7 月時点)

平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差

公示地価・宅地取引価格・家

賃(公示地価は(円/㎡)、そ

の他は(円)) 185,435 783,987 23,689,392 109,417,437 69,824 40,531

地震動超過確率 0.108 0.110 0.103 0.118 0.128 0.109

50%以上ダミー 0.004 0.066 0.009 0.093 0.006 0.079

40-50%ダミー 0.027 0.162 0.035 0.184 0.020 0.140

30-40%ダミー 0.035 0.185 0.031 0.174 0.052 0.222

床上浸水確率 0.071 0.070 0.074 0.072 0.075 0.072

50%以上ダミー 0.001 0.025 0.001 0.031 0.000 0.019

40-50%ダミー 0.001 0.033 0.002 0.040 0.001 0.032

30-40%ダミー 0.010 0.099 0.011 0.104 0.008 0.088

土砂災害確率 0.057 0.085 0.068 0.096 0.028 0.052

50%以上ダミー 0.005 0.069 0.006 0.080 0.001 0.025

40-50%ダミー 0.004 0.060 0.009 0.093 0.001 0.023

30-40%ダミー 0.019 0.136 0.022 0.148 0.006 0.078

容積率(%) 221.5 125.1 174.9 91.1 - -

地積(㎡) 986.9 12,325.0 411.1 458.3 - -

インフラ

水道ダミー 0.997 0.059 - - - -

ガスダミー 0.664 0.472 - - - -

下水ダミー 0.877 0.328 - - - -

前面道路

国道ダミー 0.058 0.233 0.030 0.169 - -

都道府県道ダミー 0.101 0.301 0.066 0.248 - -

市区町村道ダミー 0.793 0.405 0.684 0.465 - -

私道ダミー 0.031 0.173 0.095 0.294 - -

用途

住宅地ダミー 0.616 0.486 0.811 0.392 - -

商業地ダミー 0.208 0.406 0.009 0.093 - -

工業地ダミー 0.083 0.275 0.022 0.148 - -

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表 5 記述統計量 2

利用した変数 公示地価(2015 年) 宅地取引価格(2014 年度) 家賃(2015 年 7 月時点)

平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差

駅からの距離(公示地価は

(m)、宅地取引価格・家賃

は(分))

1952.8 3050.5 29.49 27.42 10.20 9.81

床面積(㎡) - - - - 39.92 18.72

築年数(年) - - - - 17.54 11.24

階数 - - - - 4.44 3.84

構造

鉄骨造ダミー - - - - 0.316 0.465

鉄筋コンクリート造ダミー - - - - 0.396 0.489

鉄骨・鉄筋コンクリート造

ダミー - - - - 0.041 0.198

サンプルサイズ 22,579 91,036 2,603,316

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表 6 Hazard 情報(市区町村単位)と不動産市場データを用いた分析結果

説明変数

目的変数

Log(公示地価)(2015 年) Log(宅地取引価格)(2014 年度) Log(家賃)(2015 年 7 月時点)

地震動超過確率

(市区町村単位)

0.978*** 0.973*** 0.490***

(0.068) (0.060) (0.002)

50%以上ダミ

-0.159** -0.126** -0.146*** -0.014*** -0.094*** -0.101***

(0.058) (0.065) (0.036) (0.042) (0.002) (0.002)

40%以上 50%

未満ダミー

0.051 0.179*** -0.011***

(0.038) (0.028) (0.002)

30%以上 40%

未満ダミー

0.039** 0.067** 0.006***

(0.021) (0.020) (0.001)

床上浸水確率

(市区町村単位)

-0.749*** -0.269*** -0.489***

(0.067) (0.055) (0.002)

50%以上ダミ

-0.175 -0.058 0.132 0.181* -0.041*** -0.029***

(0.143) (0.145) (0.100) (0.103) (0.006) (0.006)

40%以上 50%

未満ダミー

-0.150 -0.273** -0.148***

(0.111) (0.080) (0.004)

30%以上 40%

未満ダミー

0.001 -0.146*** -0.046***

(0.038) (0.031) (0.001)

土砂災害確率

(市区町村単位)

-1.050*** -1.957*** -0.318***

(0.057) (0.049) (0.003)

50%以上ダミ

-0.002 -0.008 -0.726 -0.713*** -0.046*** -0.050***

(0.056) (0.056) (0.051) (0.052) (0.005) (0.005)

40%以上 50%

未満ダミー

-0.180*** -0.183*** -0.048***

(0.061) (0.043) (0.005)

30%以上 40%未

満ダミー

-0.167*** -0.285*** -0.063***

(0.027) (0.023) (0.002)

都道府県固定効果 YES YES YES YES YES YES YES YES YES

コントロール YES※1 YES※1 YES※1 YES※2 YES※2 YES※2 YES※3 YES※3 YES※3

Observations 22,494 22,500 22,500 82,981 82,981 82,975 2,603,257 2,603,257 2,603,251

R-squared 0.7652 0.7647 0.7708 0.5026 0.4905 0.4919 0.7964 0.792 0.7924

Standard errors are in parentheses. *** p<0.01, ** p<0.05, * p<0.1

※1 log(地積)、log(容積率)、水道ダミー、ガスダミー、下水ダミー、国道/都道府県道/市区町村道/私道ダミー、住宅地/商業地/工業地ダミー、駅距離四分位ダミー

※2 log(地積)、log(容積率)、国道/都道府県道/市区町村道/私道ダミー、住宅地/商業地/工業地ダミー、駅距離四分位ダミー

※3 log(床面積)、鉄骨造ダミー、鉄筋コンクリート造ダミー、鉄骨・鉄筋コンクリート造ダミー、駅距離、築年数、log(階数)

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4.2 メッシュ単位の災害リスク情報を用いた分析

4.2.1 Hazard 情報の集計単位について

市区町村単位と 250mメッシュ単位の地震動超過確率、床上浸水確率、土砂災害確率の関

係性をプロットした結果を図 2 とした。地震動超過確率では、相関係数 0.873 と高いが、プ

ロットすると、同程度の市区町村単位の確率でも、メッシュ単位で相応の差があることが確

認される。床上浸水確率でも、市区町村単位での集計値とメッシュ単位の集計値に差異があ

ることが確認される。土砂災害確率は、メッシュ単位の場合、土砂災害危険個所が含まれる

か含まれないかのダミー変数となる。市区町村単位での集計値が小さくても、メッシュ単位

だと 1 になるケースも多く見られる。Hazard 情報は、集計単位により値が変動しており、

細かいメッシュ単位の方が、Hazard 情報として精度が高く、これを用いた分析について検

討を行う必要性が指摘できる。

参考までに、メッシュ単位の Hazard 情報と公示地価の関係性を図 3 にプロットした。市

区町村単位の Hazard 情報と比べて相関係数の絶対値が低下している。

図 2 集計単位による Hazard 情報の違い

図 3 メッシュ単位の Hazard 情報と公示地価の散布図

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4.2.2 メッシュ単位の Hazard 情報と公示地価のヘドニック分析

宅地取引価格や家賃データと異なり、公示地価のデータは、計測地点の住所が既知である

ため、公示地価の各計測地点をメッシュ単位の地震動超過確率、床上浸水確率、土砂災害確

率のデータとマッチすることが可能である。このデータを用いれば、市区町村固定効果を上

記の推計式に加えて推計することで、市区町村内のメッシュ単位の variation のみを使って、

Hazard 情報と公示地価の関係を分析できる。この手法には、明らかな利点がある。市区町村

単位の省略された変数、すなわち Hazard 情報と公示地価の両方と関係のある市区町村単位

の変数が、我々の関心である Hazard 情報の係数に与えるバイアスをコントロール出来る。

自然現象である災害リスクの Hazard 情報は一見、外生であるように思える。しかし、例

えば、現在の水害リスク情報が、過去に起きた水害と相関し、その過去の水害が都市の形成・

発展過程に影響を与え、最終的に今日の地価形成に影響を与えていることも考えられる。こ

の場合、災害リスクの Hazard 情報は必ずしも外生とは言えないことになる。その場合、市

区町村固定効果でコントロールすることができれば、市区町村単位の都市形成・発展の我々

の分析への影響をうまくコントロールできるかもしれない。

また、市区町村単位の Hazard 情報とは違い、メッシュ単位の Hazard 情報のデータは平準

化されていないため、高災害リスクの地点が前者に比べかなりサンプルに残る。例えば、地

震動超過確率が 50%以上の地点は、市区町村単位の災害リスク情報の分析では全サンプル

の 0.4%しかないが、メッシュ単位の分析では 2.4%ある。

表 7 は、メッシュ単位の Hazard 情報の分析に使用した変数の記述統計である。ここで、

公示地価は 2015 年 1 月 1 日時点のデータと 2011 年 1 月 1 日時点のデータ、地震動超過確

率は 2010 年と 2014 年のデータ、床上浸水確率は 2011 年度、土砂災害確率は 2010年度、非

耐震化率は 2008 年、10 人未満事業所比率は 2009 年、1 階床面積比率は住宅が 2013年、非

住宅が 2008 年、人口は 2010 年のデータである。

表 8 は、メッシュ単位のデータを使った分析結果である。ここで、公示地価は 2015 年 1

月 1 日時点のデータ、地震動超過確率は 2014 年のデータ、床上浸水確率は 2011年度、土砂

災害確率は 2010 年度のデータである。第 1 列及び第 2列では、地震動超過確率、床上浸水

確率及び土砂災害確率の公示地価への影響を分析している。市区町村単位での分析と比較

する為、第 1 列では、都道府県固定効果のみを使った分析結果を示した。これは、地震動超

過確率が 1%上昇すると、公示地価が 0.4%有意に上昇することを表している。しかし、こ

の効果は、市区町村固定効果をさらにコントロールすることで消えてしまう(第 2列)。第

3 列及び第 4 列は、地震動超過確率、床上浸水確率の代わりに、それぞれ確率が 50%以上の

ダミー変数を含めて分析している。地震動超過確率 50%以上の地点は 92 市区町村に跨る

553 地点、床上浸水確率 50%以上の地点は 102 市区町村に跨る 250 地点となっている。これ

は全サンプルのそれぞれ 2.4%と 1.1%である 12)。この閾値を利用してダミー変数を作成し

12) ただし、公示地価の計測地点を 1 地点以上含む市区町村は 1,526 市区町村あり、そのうち

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推計式に含めた正当性は 4.2.4 で論じる。第 3 列では、都道府県固定効果を含めた分析を、

第 4 列では市区町村固定効果を含めた分析をそれぞれ行っている。第 4 列の結果は、地震

動超過確率が 50%以上の地点では、50%未満の地点に比べ、公示地価が 7.1%低くなってい

ることを示している。一方、床上浸水確率が 50%以上の地点では、50%未満の地点に比べて、

公示地価が 7.0%低くなっていることを示している。土砂災害確率は全ての推計式で、公示

地価を有意に低下させている。第 4 列の推計式では、土砂災害危険個所に含まれている地点

は、そうでない地点に比べて 7.9%公示地価が低くなる傾向にある。

表 7 記述統計量

利用した変数 度数 平均 標準偏差 利用した変数 度数 平均 標準偏差

公示地価計測地点単位

Log(公示地価 2015 年(円/㎡)) 23,363 11.23 1.12 市区町村道ダミー 23,363 0.790 0.407

Log(公示地価 2011 年(円/㎡)) 20,812 11.28 1.07 私道ダミー 23,363 0.030 0.172

木造ダミー 22,828 0.626 0.484 水道ダミー 23,363 0.996 0.062

鉄骨造ダミー 22,828 0.235 0.424 ガスダミー 23,363 0.645 0.478

鉄筋コンクリート造ダミー 22,828 0.106 0.308 下水ダミー 23,363 0.873 0.333

鉄骨・鉄筋コンクリート造ダミー 22,828 0.031 0.173 Log(建ぺい率(%)) 23,345 4.1 0.2

住宅地域ダミー 23,363 0.610 0.488 Log(容積率(%)) 23,345 5.3 0.5

商業地域ダミー 23,363 0.205 0.404 Log(地積(㎡)) 23,363 5.6 0.9

工業地域ダミー 23,363 0.080 0.272 駅からの距離(m) 23,363 2089 3890

国道ダミー 23,363 0.058 0.234 最寄りの県庁所在地からの距離

(km) 23,363 25.4 31.3

都道府県道ダミー 23,363 0.103 0.304

メッシュ単位

地震動超過確率(2014 年) 23,363 0.112 0.132 地震動超過確率 50%以上(2010

年) 23,363 0.025 0.158

地震動超過確率(2010 年) 23,363 0.073 0.13 床上浸水確率 50%以上(2011 年

度) 23,363 0.011 0.103

地震動超過確率 50%以上(2014 年) 23,363 0.024 0.152 土砂災害確率(2010 年度) 23,363 0.168 0.374

市区町村単位

非耐震化率【市区町村】(2008 年) 23,363 0.788 0.069 10 人未満事業所比率【市区町村】

(2009 年) 23,363 0.782 0.037

1 階床面積比率【市区町村】(住宅は 2013 年、非住宅は

2008 年) 22,579 0.517 0.097 人口【市区町村】(2010 年) 23,363 201,247 165,232

Note: 駅からの距離は四分位ダミーを作成し分析に使用した。

地震動超過確率 50%以上の地点を含む市区町村は 92 市区町村(6.0%)、床上浸水確率 50%以

上の地点を含む市区町村は 102 市区町村(6.6%)存在する。

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表 8 メッシュ単位データの分析

説明変数 Log(公示地価

2015 年) Log(公示地価

2015 年) Log(公示地価

2015 年) Log(公示地価

2015 年)

地震動超過確率(2014 年) 0.436*** -0.0154 (0.1080) (0.0738)

地震動超過確率(2014 年)が 50%以上の地価計

測地点ダミー -0.0228 -0.0709*** (0.0470) (0.0228)

床上浸水確率(2011 年度) -0.125** 0.0165 (0.0495) (0.0292)

床上浸水確率(2011 年度)が 50%以上の地価計

測地点ダミー -0.116*** -0.0695*** (0.0376) (0.0221)

土砂災害確率(2010 年度) -0.0769*** -0.0776*** -0.0864*** -0.0789*** (0.0176) (0.0096) (0.0177) (0.0096)

都道府県固定効果 YES NO YES NO 市区町村固定効果 NO YES NO YES コントロール変数※ YES YES YES YES Clustered Standard Error(市区町村) YES YES YES YES Observations 22,810 22,810 22,810 22,810 R-squared 0.822 0.926 0.821 0.926

Standard errors are in parentheses. All standard errors are clustered at municipality level. *** p<0.01, ** p<0.05, * p<0.1 ※Log(建ぺい率)、Log(容積率)、Log(地積)、木造ダミー、鉄骨造ダミー、鉄筋コンクリート造ダミー、鉄骨・鉄筋コンク

リート造ダミー、水道ダミー、ガスダミー、下水ダミー、国道ダミー、都道府県道ダミー、市区町村道ダミー、私道ダ

ミー、住居地域ダミー、商業地域ダミー、工業地域ダミー、駅からの距離第四分位ダミー、最寄りの県庁所在地からの

距離、最寄りの県庁所在地からの距離^2 でコントロールした。

4.2.3 脆弱性や暴露量との交互作用について

災害被害の潜在的な規模は、ハザード(Hazard)だけでなく、被害対象のハザードに対す

る脆弱性(Vulnerability)や暴露量(Exposure)によっても決定される。ハザードの高い地域

であっても、脆弱性の低い地域であれば、災害リスク情報の地価への影響は限定的なものと

なるかもしれない。本節では、表 8 第 4 列目の推計式をベースに、地震動超過確率、床上

浸水確率と公示地価の関係性が、脆弱性や暴露量のレベルによって異なるかを検証した。表

9 の第 2 列では、脆弱性指標に市区町村ごとの非耐震化率と 1階床面積比率を利用し、それ

ぞれ地震動超過確率が 50%以上、床上浸水確率 50%以上との交差項を含めて分析した。こ

こで、公示地価は 2015 年 1 月 1 日時点のデータ、地震動超過確率は 2014 年のデータ、床上

浸水確率は 2011 年度、土砂災害確率は 2010 年度、非耐震化率は 2008 年、10人未満事業所

比率は 2009 年、1 階床面積比率は住宅が 2013 年、非住宅が 2008 年、人口は 2010 年のデー

タである。脆弱性や暴露量のデータとして市区町村単位のデータを利用したのには、二つの

理由がある。一つは、データ上の問題である。公示地価のデータには、その上に建っている

建物の構造データが入っているが、築年数のデータまでは含まれていない。このため、計測

地点の建物の脆弱性は、その建物の構造でしか計測することができない。築年数も含めた建

物の脆弱性を計測できる最小単位は市区町村単位である。もう一つは、公示地価は、あくま

で土地の価格であるため、理論的には、その上に建っている建物の価値に影響を受けないは

ずである。一方で、もし、その地域の耐震化率が全体的に低く、その地域全体で、地震が起

こった場合に周囲の建物の被害が大きくなることが予想されるなら、地域の土地への需要

を通じて、その計測点の公示地価に影響をあたえるかもしれない。

しかし、我々の推計結果は非耐震化率に関してこの仮説を必ずしも支持していない。地震

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動超過確率が 50%以上の地点における公示地価の下落率は、非耐震化率上位 25%の地点と

それ以外の地点で変わらないとの結果が出ている。一方で、床上浸水確率が 50%以上の地

点の公示地価の下落は、主に 1 階床面積比率が高い上位 25%の地点で起きていることが分

かる(10.4% vs 3.1%)。第 3 列では、地震に対するもう一つの脆弱性指標である「10人未満事

業所比率上位 25%」との交差項を検討している。非耐震化率と同様、地震動超過確率が 50%

以上の地点における公示地価の下落率は、10 人未満事業所比率上位 25%の地点とそれ以外

の地点で変化がないとの結果を得た。第 4 列では、暴露指標である人口と地震動超過確率と

の交差項を検討している。地震動超過確率が 50%以上の地点における公示地価の下落率は、

人口上位 25%の地点とそれ以外の地点で変化がないとの結果を得た。床上浸水確率上位

50%と 1 階床面積比率上位 25%の交差項は全ての推計式で有意に地価を減らしている。

表 9 脆弱性や暴露量との交互作用の検討 説明変数

地震(Hazard)情報 Log(公示地価

2015年) Log(公示地価

2015年) Log(公示地価

2015年) Log(公示地価

2015年)

(地震動超過確率(2014 年)が50%以上の地点)*(非耐震化率

(2008 年)上位 25%の地点) 0.0852

(0.0631)

(地震動超過確率(2014 年)が50%以上の地点)*(10人未満事業所比率(2009 年)上位25%の地点)

0.0356

(0.0556)

(地震動超過確率(2014 年)が50%以上の地点)*(人口(2010年)

上位 25%の地価計測地点) -0.00681 (0.0327)

地震動超過確率(2014年)が 50%以上の地価計測地点ダミー -0.0709*** -0.0838*** -0.0810*** -0.0687**

(0.0228) (0.0241) (0.0241) (0.0277) 水害(Hazard)情報

(床上浸水確率(2011年度)が50%以上の地点)*(1階床面積比率

(2008 及び 2013年)上位 25%の地点)

-0.0731* -0.0763* -0.0735* (0.0431) (0.0427) (0.0427)

床上浸水確率(2011 年度)が 50%以上の地価計測地点ダミー -0.0695*** -0.0313 -0.0314 -0.0319

(0.0221) (0.0269) (0.0269) (0.0267) 土砂災害(Hazard)情報

土砂災害確率(2010 年度) -0.0789*** -0.0789*** -0.0788*** -0.0788***

(0.0096) (0.0096) (0.0096) (0.0096) 市区町村固定効果 YES YES YES YES コントロール変数※ YES YES YES YES Clustered Standard Error(市区町村) YES YES YES YES ジョイント効果:(床上浸水確率(2011 年度)が 50%以上の地点)*

(1 階床面積比率(2008 及び 2013 年)上位 25%の地点)+(床上浸水確

率(2011 年度)が50%以上の地価計測地点ダミー) -0.104*** -0.108*** -0.105***

Observations 22,810 22,810 22,810 22,810 R-squared 0.926 0.926 0.926 0.926

Standard errors are in parentheses. All standard errors are clustered at municipality level. *** p<0.01, ** p<0.05, * p<0.1 ※Log(建ぺい率)、Log(容積率)、Log(地積)、木造ダミー、鉄骨造ダミー、鉄筋コンクリート造ダミー、鉄骨・鉄筋コンクリート造ダミー、水道ダミー、ガスダミー、下水ダミー、国道ダミー、都道府県道ダミー、市区町村道ダミー、私道ダミー、住居地域ダミー、商業地域ダ

ミー、工業地域ダミー、駅からの距離第四分位ダミー、最寄りの県庁所在地からの距離、最寄りの県庁所在地からの距離^2でコントロールした。

4.2.4 分析結果の頑健性について

上記の分析結果の頑健性について、①高 Hazard 情報ダミー変数の閾値、②公示地価の計

測地点固定効果のコントロール、の 2 点から確認をした結果を、以下に示す。

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① 高 Hazard 情報ダミー変数の閾値

上記の分析では、地震動超過確率と床上浸水確率のデータを分析する際にダミー変数を

利用した。これは、Hazard 情報の不動産市場への影響が線形でないことを仮定している。一

方で、ダミー変数使用の際に利用した閾値 50%以上の恣意性に疑問が残るかもしれない。

そこで、この節ではこの閾値を利用した根拠とその頑健性について示したい。地震動超過確

率と床上浸水確率は 50%を超えたところから、公示地価を急速に減少させている。このこ

とは、地震動超過確率と床上浸水確率のデータを 10%ごとに区切り、公示地価との関係を

分析することで分かる。それ以外の変数は、4.2.2 の分析に使用されたものと全く同じであ

る。図 4 は、表 8 と同じ推計式でコントロールした上で、地震動超過確率、床上浸水確率

と公示地価がどのような関係にあるかを柔軟な関数形 13)を用いて再推計し、その係数をプ

ロットしたものである。ここで、公示地価は 2015 年 1 月 1 日時点のデータ、地震動超過確

率は 2014 年のデータ、床上浸水確率は 2011 年度のデータである。それぞれ地震動超過確

率、床上浸水確率が 10%以下の地点と比べて、どのくらい公示地価が増減しているのかを

表したものである。

もし地震動超過確率そのものを回帰分析の式に入れるのが正しい specification なのであれ

ば、地震動超過確率が 10%から 20%に上がる変化と、50%から 60%に上がる変化の効果は

同じはずなので、地震動超過確率の公示地価への効果は直線になるはずである。しかし、公

示地価と地震動超過確率、床上浸水確率の関係を見ると、ある閾値を境として急速に公示地

価が下落しているのが分かる。まず、地震動超過確率の効果に注目すると、公示地価が、地

震動超過確率が 50%以上の地点から、急速に下落していることが分かる。逆に 10%以上 50%

未満のカテゴリーの公示地価は、ほぼ 10%未満のカテゴリーの公示地価と変わりがない。

これは、地震動超過確率が高くない地域では、人々は地震リスクそのものについて意識して

いない、あるいは地震リスクが周知されていないことによるのかもしれない。一方、床上浸

水の場合も床上浸水確率が 50%を超えた所から、公示地価が急速に下落している。床上浸

水確率 50%以上のカテゴリーでは、10%未満のカテゴリーよりも約 5%公示地価が低くなっ

ているのが分かる。床上浸水に特徴的なのは、低レベルのリスク(40%未満)では、床上浸

水のリスクが上がるごとに公示地価が上昇する傾向にある。これは、河川から近い場所ほど、

町の中心部に近い傾向があるため、床上浸水確率が高い場所ほど、地価が高くなる傾向を表

しているものと考えられる。

13) 関数形の概要は以下のとおりである。y=β1*D[地震動超過確率 10%以上]+β2*D[地震動超過

確率 20%以上]…….β6*D[地震動超過確率 60%以上]+ β7*D[床上浸水確率 10%以上]+β8*D[床

上浸水確率 20%以上]…….β12*D[床上浸水確率 60%以上]+Xβ+ε

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図 4 地震動超過確率、床上浸水確率の公示地価への効果(10%刻み) 14)

図 4 は、地震動超過確率、床上浸水確率ともに 50%を超えたところから急速に公示地価

が下落する傾向を示しているが、ダミー変数の閾値を 40%、60%と変化させていった場合に、

表 8 及び表 9 の結果はどう変わるだろうか。表 10 の上段は、ダミー変数の閾値を 40%、

60%と変えることによって、表 8 の第 4 列の推定結果の頑健性をテストしたものである。

ここで、公示地価は 2015 年 1 月 1 日時点のデータ、地震動超過確率は 2014 年のデータ、床

上浸水確率は 2011 年度、土砂災害確率は 2010 年度、非耐震化率は 2008 年、1 階床面積比

率は住宅が 2013 年、非住宅が 2008 年、人口は 2010 年のデータである。地震動超過確率、

床上浸水確率の閾値を 50%以上から 60%以上にすると、公示地価の下落は大きくなり、50%

以上から 40%以上にすると小さくなり下落効果が有意でなくなる。地震動超過確率の特に

高い地域に絞れば絞るほど、公示地価の下落は大きくなると考えられるので、閾値の変化に

対し、推定値はロバストであると言える。中段は、表 9 の第 2 列の推定結果の頑健性をテ

ストしたものである。地震動超過確率、床上浸水確率の閾値を 50%以上から 60%以上にす

ると、非耐震化率上位 25%の市区町村もそうでない市区町村でも公示地価は有意に下落す

る一方で、40%以上にすると公示地価の下落効果はどちらでも有意ではなくなる。下段は、

表 9 の第 4 列の推定結果の頑健性をテストしたものである。地震動超過確率を 50%から

60%以上にすると公示地価は、人口上位 25%の地点とそれ以外の地点で変化なく下落する

との結果を得た。また、床上浸水確率を 60%以上にすると、公示地価は、1階床面積比率上

14) 公示地価の地点データに付与された地震動超過確率の最大値は 68.2%。床上浸水確率の最

大値は 98.2%である。確率 60%のカテゴリーに入るのは、全地点のそれぞれ 0.68%と 0.95%

である。これはそれぞれ 159 地点と 223 地点に相当する。地震動超過確率には 70%以上の観

測値は存在しないが、床上浸水確率には 14 市区町村に跨る 19地点 70%を超える地点があり、

うち 10 市区町村に跨る 14 地点は 90%を超える。

-0.14-0.12-0.1

-0.08-0.06-0.04-0.02

00.020.040.060.08

<10 10~20 20~30 30~40 40~50 50~60 60~

地震動超過確率、床上浸水確率

閾値区間ダミーの係数

地震動超過確率、床上浸水確率の閾値

地震動超過確率 床上浸水確率

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26

位 25%の地点で、それ以外の地点よりも有意に大きく、40%以上にすると 1階床面積比率上

位 25%の地点での公示地価の下落は有意ではなくなる。このことから、表 8 及び表 9 の第

2 列及び第 4 列の推計式は地震動超過確率、床上浸水確率の閾値の変化に対して頑健である

と言える。

表 10 地震動超過確率ダミー、床上浸水確率ダミーの閾値に対する頑健性 閾値 40%以上 50%以上 60%以上

地震動超過確率(2014年)が XX%以上の地価計測地点ダミー -0.0244 -0.0709*** -0.0763**

(0.0165) (0.0228) (0.0336)

床上浸水確率(2011 年度)が XX%以上の地価計測地点ダミー -0.00218 -0.0695*** -0.0697***

(0.0196) (0.0221) (0.0243)

土砂災害確率(2010年度)ダミー -0.0782*** -0.0789*** -0.0783***

(0.0096) (0.0096) (0.0096) 市区町村固定効果 YES YES YES

コントロール変数※ YES YES YES

Clustered Standard Error YES YES YES

Observations 22,810 22,810 22,810

R-squared 0.926 0.926 0.926

閾値: 40%以上 50%以上 60%以上

(地震動超過確率(2014 年)がXX%以上の地価計測地点ダミー)*(非耐震化率(2008年)上位25%の市区町村)

-0.0148 0.0852 0.0685

(0.0541) (0.0631) (0.0893)

地震動超過確率(2014年)が XX%以上の地価計測地点ダミー -0.0218 -0.0838*** -0.0881**

(0.0165) (0.0241) (0.0358)

(床上浸水確率(2011年度)がXX%以上の地価計測地点ダミー)*(1階床面積比率(2008年及び

2013 年)上位 25%の市町村) 0.00308 -0.0731* -0.106**

(0.0401) (0.0431) (0.0462)

床上浸水確率(2011年度)が XX%以上の地価計測地点ダミー -0.00331 -0.0313 -0.012

(0.0253) (0.0269) (0.0312)

土砂災害確率(2010 年度)ダミー -0.0781*** -0.0789*** -0.0782***

(0.0096) (0.0096) (0.0096) 市区町村固定効果 YES YES YES

コントロール変数※ YES YES YES

Clustered Standard Error YES YES YES

Observations 22,810 22,810 22,810

R-squared 0.926 0.926 0.926

閾値: 40%以上 50%以上 60%以上

(地震動超過確率(2014 年)がXX%以上の地価計測地点ダミー)*(人口(2010年)上位 25%の地

点) -0.00549 -0.00681 0.0213

(0.0250) (0.0327) (0.0439)

(地震動超過確率(2014 年)がXX%以上の地価計測地点ダミー) -0.0234 -0.0687** -0.0817*

(0.0199) (0.0277) (0.0428) (床上浸水確率(2011年度)がXX%以上の地価計測地点ダミー)*(1階床面積比率(2008年及び

2013 年)上位 25%の地点) 0.00304 -0.0735* -0.107**

(0.0401) (0.0427) (0.0462)

(床上浸水確率(2011年度)がXX%以上の地価計測地点ダミー) -0.00324 -0.0319 -0.0121

(0.0253) (0.0267) (0.0312)

土砂災害確率(2010 年度)ダミー -0.0782*** -0.0788*** -0.0782***

(0.0096) (0.0096) (0.0096) 市区町村固定効果 YES YES YES

コントロール変数※ YES YES YES

Clustered Standard Error YES YES YES

Observations 22,810 22,810 22,810

R-squared 0.926 0.926 0.926

Standard errors are in parentheses. All standard errors are clustered at municipality level. *** p<0.01, ** p<0.05, * p<0.1

※Log(建ぺい率)、Log(容積率)、Log(地積)、木造ダミー、鉄骨造ダミー、鉄筋コンクリート造ダミー、鉄骨・鉄筋コンクリート造ダミー、水道ダミー、ガスダミー、下水ダミー、国道 ダミー、

都道府県道ダミー、市区町村道ダミー、私道ダミー、住居地域ダミー、商業地域ダミー、工業地域ダミー、駅からの距離第四分位ダミー、最寄りの県庁所在地からの距離、最寄りの 県庁所在

地からの距離^2 でコントロールした。

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ESRI Discussion Paper Series No.327 「災害リスク情報と不動産市場のヘドニック分析」

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②公示地価の計測地点固定効果のコントロール

4.2.2 の分析では、都道府県固定効果に対して、市区町村固定効果を含めた分析の持つ利

点を説明した上で、メッシュ単位の分析を行った。では、公示地価データのパネル構造を利

用し、さらに地点固定効果をコントロールした場合はどうであろうか。本項では、2015 年

と 2011 年の公示地価を利用して(公示地価の計測)地点固定効果をコントロールした分析

を試みた。

ここで、2015 年と 2011 年における地点 i の公示地価を考えよう。2015 年における地点 i

の公示地価は、時間を通じて変化する説明変数 X、そして時間を通じて変化しない地点固定

効果 c によって説明できるとしよう。これは 2011 年においても同様である。したがって、

最初の式から二つ目の式を引くことで、この期間における公示地価の変化は次のように説

明できる。

𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿�𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝑖𝑖 ,2015 � = 𝑋𝑋𝑖𝑖 ,2015𝛽𝛽 + 𝐿𝐿𝑖𝑖 + 𝜀𝜀𝑖𝑖,2015

𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿�𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝑖𝑖 ,2011 � = 𝑋𝑋𝑖𝑖 ,2011𝛽𝛽 + 𝐿𝐿𝑖𝑖 + 𝜀𝜀𝑖𝑖,2011

∆𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿�𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝑖𝑖 ,2011 � = 𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿�𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝑖𝑖 ,2015 � − 𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿�𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝑖𝑖 ,2011 �

= ∆𝑋𝑋𝑖𝑖 ,2011𝛽𝛽 +∆𝜀𝜀𝑖𝑖2011

このことは、2015 年と 2011 年における公示地価の変化が、説明変数 Xの同期間における

変化によって説明できること表していて、公示地価の地点固有効果が式から取り除かれる

ことを示している。結果として、過去のデータが得られない二つの Hazard(床上浸水確率、

土砂災害確率)変数は、推計式から抜け落ちることになる。このアプローチは、2時点しか

ない場合のパネルデータの固定効果モデルと同じ推計値をもたらすことが知られている。

地点固定効果をコントロールしているのと同様なので、当然、市区町村単位の固定効果はコ

ントロールしていることになる。しかしながら我々は全てのXを観測できるわけではない。

その場合、地震動超過確率の変化の公示地価の変化への効果は、∆𝑋𝑋のうち観測できなかっ

た変数からの影響を受けることになる。その中には市区町村単位で時間を通じて変化する

変数も含まれる。そのため、我々は上記の階差方程式に、市区町村固定効果を加えて分析し

た。これは 2011 年から 2015 年における各市区町村固有の公示地価の変化を捉えている。通

常のパネルデータによる固定効果モデルにおける、市区町村特殊トレンドと言われている

ものと同じである。

表 11 は、この階差方程式を利用した推計結果をまとめたものである。ここで、公示地価

は 2015 年 1 月 1 日時点のデータと 2011 年 1 月 1 日時点のデータ、地震動超過確率は 2010

年と 2014 年のデータである。第 1 列では、地震動超過確率の変化の公示地価の変化への効

果を分析している。これまでの分析と同様、地震動超過確率の変化は、公示地価の増減に有

意に影響を与えていない。

第 2 列では、地震動超過確率 50%の地域に含まれるかどうかの変化の公示地価への影響

を分析している。この変数は、もし 2010 年に含まれていた地点が 2014 年に含まれていな

ければ-1、逆に 2010 年に含まれていない地域が新たに含まれれば+1、両年とも同じカテ

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ゴリーなら 0 となる。第 2 列の結果は、2014 年に新たに、地震動超過確率 50%の地域に含

まれた(あるいは除外された)地点では、1.8%地価が下落(上昇)していることを示してい

る。

第 3 列では、その効果をさらに詳しく分析し、2010 年に地震動超過確率 50%の地域に含

まれていたが 2014 年に含まれなくなった地点、2010 年には地震動超過確率 50%の地域に含

まれてはいなかったが 2014 年に含まれるようになった地点の効果を別々に推計している。

通常、パネルデータの固定効果モデルでは、地震発生リスクの増加と減少の効果を対称的に

扱う必要があるが、階差モデルではこの二つを別々に評価できるという利点がある。

第 3 列の結果より 2010 年には地震動超過確率 50%以上の地域に含まれていたけれども、

2014 年に含まれなくなった地点において、地価が 2.1%上昇しているのが分かる。逆に 2014

年に地震動超過確率 50%以上の地域に新たに含まれるようになった地点では 1.2%地価が下

落していることが分かる。これは人々がその土地が地震リスクの高い地域から除外された

と言う情報に反応する一方、その土地が地震リスクの高い地域に含まれたという情報には

そこまで大きく反応していないことを示しているものとも考えられ、今後より詳細に検討

していくべき課題と考えられる。

表 11 2011 年の公示地価及び 2010 年の地震動超過確率を用いた階差方程式による分析

説明変数 ∆𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿�公示地価� (2015−2011)

∆𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿�公示地価� (2015−2011)

∆𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿𝐿�公示地価� (2015−2011)

地震動超過確率の変化(2014-

2010)

0.0064

(0.0092) 地震動超過確率が 50%の地域に

含まれたかどうかの変化(2014-

2010)

-0.0177*** (0.0052)

うち 2010 年には含まれていたが

2014 年に含まれなくなった地点

0.0214***

(0.0076)

うち 2010 年には含まれていなか

ったが 2014 年に含まれるようになった地点

-0.0122*

(0.0074)

市区町村固定効果 YES YES YES

Observations 20,812 20,812 20,812

R-squared 0.759 0.76 0.76

Standard errors are in parentheses. All standard errors are clustered at municipality level. *** p<0.01, ** p<0.05, * p<0.1

5. まとめ 5.1 結論と考察

本研究では、災害リスク評価に関する応用研究として、公開されている災害リスク情報と

不動産市場の関係性を分析した。災害リスクが高い地点ほど不動産市場価格が低くなると

いう関係性が期待され、先行研究でもそのような傾向が部分的に確認されているが、扱うデ

ータの地理的範囲や災害リスクによっては、現実には必ずしも期待どおりの結果にはなら

ない可能性もある。そこで、日本全国の公示地価、宅地取引価格、家賃等の三つの不動産市

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場データと、地震動超過確率、床上浸水確率、土砂災害確率等の三つの災害リスク情報を収

集・整理して、ヘドニック分析による実証分析を行った。

宅地取引価格及び家賃データの地点情報の制約に応じて、市区町村単位に集計した

Hazard 情報を用いて、全ての都道府県単位の変数のバイアスをコントロールした場合、床

上浸水確率と土砂災害確率についてはほぼ期待通りの結果が得られた。ただし、地震動超過

確率についてはリスクが高いところほど不動産価格が高いという関係性が残った。

三つの不動産市場のデータのうち、公示地価のデータのみ計測地点の住所情報が詳細に

把握できるため、市区町村単位より細やかな 250m メッシュ単位の Hazard 情報を与えるこ

とが可能となる。その場合、推計式の中に市区町村固定効果を加えることができ、Hazard 情

報と公示地価の両方と関係のある全ての市区町村単位の変数が Hazard 情報の係数に与える

バイアスをコントロール出来る。

日本全国の公示地価データに対して、メッシュ単位の Hazard 情報を用いて、全ての市区

町村単位の変数のバイアスをコントロールした場合、地震動超過確率と公示地価に統計的

に有意な関係性は見られなくなった。同様に、床上浸水確率と公示地価にも統計的に有意

な関係性は見られなくなった。土砂災害確率と公示地価には統計的に有意な関係性が残

り、土砂災害確率が高い地点ほど公示地価が低い傾向が確認された。さらに、地震動超過

確率、床上浸水確率の代わりに、それぞれ確率が 50%以上のダミー変数を説明変数として

分析すると、それぞれ 50%以上の地点では 50%未満の地点に比べて公示地価が低いとの結

果が得られた。

次に、Hazard 情報と、地域の脆弱性や暴露量との交互作用を確認した結果、地震動超過

確率が 50%以上の地点における公示地価の下落は、地域の脆弱性や暴露量と関係してない

との結果を得た。一方で、床上浸水確率が 50%以上の地点の公示地価の下落は、主に床上

浸水確率が高い上位 25%の地点で起きていることが分かった。

分析結果の頑健性について、高 Hazard 情報ダミー変数の閾値、公示地価の計測地点固定

効果のコントロール、の 2 点から確認をした。高 Hazard の区間ダミーの値を変えながら、

閾値を探索したところ、地震動超過確率、床上浸水確率ともに 50%以上から公示地価への

マイナスの影響が確認される結果となった。

最後に、2010 年と 2014 年の 2 時点の地震動超過確率と 2011 年と 2015 年の 2 時点の公

示地価のデータを用いて、地震動超過確率の変化が公示地価へ与える影響を分析すると、

サンプル数の少ない区間ダミーを利用すると若干の関係性が見いだされるものの、地震動

超過確率の数値の変化は、公示地価の増減に有意に影響を与えていない結果となった。

以上の本研究での実証分析の結果から、我が国の地震リスク情報と水害リスク情報の公

示地価への影響は極めて限定的で、全体の 1〜2%程度の高災害リスクのみがマイナスに影

響していることが分かった。地震動超過確率が 50%以上という極めて高リスクの地点以外

でも、地震発生リスクが相対的に高い地域もあれば低い地域もあるが、そのような地震発

生リスク情報全体は公示地価と関係してないという結果が得られている。洪水ハザードマ

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ップでも、再現期間が短く、深い浸水が予測されている非常に限られたエリア以外でも、

相対的に水害リスクが高い地域もあれば低い地域もあるが、そのような水害リスク情報全

体は公示地価と関係していないという結果が得られている。

この結果について、①そもそも多くの人々は災害リスク情報を認識していない、②人々

が災害リスク情報を誤って認識しているため居住選択に影響していない、③人々が災害リ

スク情報を正しく認識しているが居住選択において気にしていない、など複数の解釈があ

り得る。これらの解釈についてはリスク心理学的な質問紙調査等で検証することが考えら

れるが、いずれか一つの回答に収束するというより、回答者によって異なる回答が得ら

れ、多様な解釈が成立するものと考えられる。今後の我が国全体の土地利用の災害安全性

を高めていく方策について、この多様な解釈に応じて、それぞれ簡潔に示す。解釈①の場

合、災害リスク情報の浸透を図るような広報キャンペーンや教育が求められると考えられ

る。解釈②の場合、不動産市場における災害リスク認知のバイアスを解消するような情報

やコミュニケーションのデザインが求められるものと考えられる。解釈③の場合は、災害

リスク情報の問題を超えて、災害リスクコントロールに関する規制や誘導の政策の必要性

があらためて示唆されるものと考えられる。

5.2 今後の課題

本研究のアプローチにはいくつかの限界がある。一つは、不動産市場は、数多くある

様々な市場のうちの一つでしかないということである。例えば、地震リスクは、居住地の

選択には影響がないかもしれないけれども、防災グッズの購買行動には影響があるかもし

れない。この場合、不動産市場への影響だけを基準に地震リスク情報の市場への影響を評

価するならば、その影響力を過小評価することになる。

二つ目は分析上の問題であり、とりわけ省略された変数バイアスの問題である。この問

題に対し、本研究ではメッシュ単位の災害データが使用可能である地価公示データでは市

区町村固定効果を、市区町村単位の災害データしか使用できない宅地取引価格・家賃デー

タでは都道府県固定効果を推計式に含めて分析することで一部対応した。

理想的には、地価公示データのように計測地点が時間を通して一定である場合にはパネ

ルデータを用い、計測地点固定効果をコントロールすることで問題に対応することが望ま

しいだろう。しかし、最近の Abbottt and Klaiber(2011)の研究はこのアプローチ(すなわち

within-location variation を使って分析すること)がもたらす新たなバイアスについても示唆

している。また、データの制約の問題もある。今回使用している災害情報データの多くは一

時点でしか存在せず、その中で唯一過去に遡ることが可能な地震発生リスクのデータも

2008 年(今後 30 年以内に震度 6 強以上の揺れに見舞われる確率を含むデータは 2009 年)

までしか遡れない。

最後に、今後の課題を 2 点示し、締め括りとする。1 点目は、災害リスク評価に関する

総合的なデータベースの構築である。本研究で部分的に災害リスク評価と不動産市場に関

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するデータを収集・整理して分析したが、データの種類や単位も異なり処理が極めて煩雑

であり、残された作業も少なくない。公開データを逐次追加したりアップデートしていけ

る仕組みができれば、上述のデータの制約も乗り越えられ、さらに社会科学系の防災分野

における実証研究を広げていける可能性がある。

2 点目は、参考資料に示した復元力(Resilience)や、地震火災リスクなども含めたマル

チハザード型のリスクインデックスの開発を継続することである。本研究は、同指標の開

発途上において、応用可能性を探索する作業となったが、今後も指標の開発と、それを利

用した不動産市場データや人々の防災対策行動データを用いた分析、さらには防災事業や

復興政策の検証など、研究の余地が少なくないものと考えている。

謝辞 本稿の作成にあたり、株式会社ネクストには、不動産・住宅情報サイト『HOME’S』のデ

ータの研究目的利用に協力いただいた。また、慶應義塾大学経済学部の直井道生氏には、

ESRI セミナーの際、草稿に貴重なコメントをいただいた。その他、内閣府経済社会総合研

究所の梅溪健児所長、杉原茂次長、坪内浩氏、道上浩也氏、田町典子氏、小菅浩典氏には、

多くのご助言をいただいた。この場を借りて厚く御礼申し上げたい。ただし、本稿に含まれ

得る誤りはすべて筆者らに帰するものである。

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ESRI Discussion Paper Series No.327 「災害リスク情報と不動産市場のヘドニック分析」

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Ward, P. J., B. Jongman, F. S. Weiland, A. Bouwman, R. van Beek, M. F. P. Bierkens, W. Ligtvoet,

and H. C. Winsemius. 2013. "Assessing flood risk at the global scale: model setup, results, and

sensitivity." Environmental Research Letters 8 (4). doi: 10.1088/1748-9326/8/4/044019.

Wood, Nathan J., Christopher G. Burton, and Susan L. Cutter. 2010. "Community variations in social

vulnerability to Cascadia-related tsunamis in the US Pacific Northwest." Natural Hazards 52

(2):369-389. doi: 10.1007/s11069-009-9376-1.

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35

参考資料 1. 洪水に対する脆弱性の推計方法

本研究では、洪水に対する脆弱性を(1階部分の床面積)÷(建物の延べ床面積)と考え、

市区町村単位で建物の階数別の床面積データと浸水想定区域データを用いて洪水に対する

脆弱性を計算する。ただし、全国の建物の延べ床面積を網羅的に整理した統計は存在しない

ため、本研究では、建物を住宅と非住宅 1)に分けて考え、それぞれ別々に市区町村単位で 1

階床面積を計算した後、延べ床面積で除して洪水に対する脆弱性を算出する。

(1)住宅の床面積の計算方法について

統計データとしては、2013 年住宅・土地統計調査の第 5 表:階数別住宅数【市部】、第 6

表:階数別住宅数【町村部】、第 13 表:1 住宅当たりの延べ床面積【市区町村】、第 29表:

階数別むね数【市区町村】を用意し、1 階部分の床面積を以下のように計算する。

【一戸建、長屋建、その他の場合】

(1 階の床面積) =(住宅数)×(1 住宅当たりの延べ床面積)÷(階数)

【共同住宅の場合】

(1 階の床面積) =(住宅数)÷(階数)×(1住宅当たりの専有部分の床面積)

ただし、計算に当たっては以下の仮定を置いたため、データの解釈には留意が必要である。

・同じ建て方(一戸建、長屋建、共同住宅、その他)の建物では、第 13 表の「1住宅当た

りの延べ床面積(共同住宅の場合は 1 住宅当たりの専有部分の床面積)」は同一市区町

村内では全て同じ値とする(例えば、札幌市内の一戸建の住宅の延べ床面積は、一律 130

㎡とみなしている)。また、建物の各階の床面積は同じとする(すなわち、建物はすべ

て直方体とみなしている)。

・一戸建と長屋建の住宅については、第 5 表及び第 6 表では 1 階建、2階建以上と分類さ

れているため、2 階建以上を 2 階建とみなす。

・共同住宅については、第 5 表では 1 階建、2 階建、3~5 階建、6~10 階建、11階建以上

、第 6 表では 1 階建、2 階建、 3~5 階建、6 階建以上と分類されているため、第 5 表

の 6~10 階建は 8 階建、 11 階建以上は 11 階建、第 6 表の 6 階建以上は 8 階建とみな

す。また、第 29 表では 1 階建、2 階建、3~5 階建、6 階建以上の 4分類しかないので、

3~5 階建は 4 階建、6 階以上の棟数のうち半分を 8 階建、残りの半分を 11階建の棟数

として 5 分類とする。

・その他の住宅については、第 5 表及び第 6 表では階数別に整理されていないため、全て

2 階建とみなす。

・本編でも記載しているが、人口 1.5 万人未満の町村部のデータは欠落している。

1) ただし、ここで言う「非住宅」とは、後述する法人建物統計で得られる建物であり、住宅

以外のすべてを含むものではないことに留意されたい。

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36

ここで得られた市区町村単位の 1 階部分の床面積を、同じく市区町村単位の住宅の延べ

床面積で割ることで、洪水に対する脆弱性(住宅分)を計算することができる。

(2)非住宅の床面積の計算方法について

統計データとしては、2008 年法人建物調査の第 25 表:延べ床面積(都道府県別・法人業

種別)【工場敷地以外】、第 28 表:延べ床面積(都道府県別・法人業種別)【工場敷地内】、

第 37 表:延べ床面積(都道府県別・階数別)【工場敷地以外】、経済センサスから得られる

市区町村別・産業分類別の従業者数を用意し、1 階部分の床面積を以下のように計算した。

まずは同一県内の同業種では 1 従業者あたりの延べ床面積は同じと仮定し、第 25表及び

第 28 表の都道府県別の延べ床面積を経済センサスの都道府県内の市区町村の法人業種別従

業者数で按分して市区町村別の延べ床面積を計算する。

次に、第 37 表の都道府県別・階数別・床面積の構成比を用いて、工場敷地以外の市区町

村別の床面積のうち、SRC、RC、S 造の床面積を 1~31 階建までの階数別に整理する。ただ

し、第 37 表では 1 階建、2 階建、3 階建、4~5 階建、6~9 階建、10~15 階建、16~20 階

建、21~30 階建、31 階建以上と分類されているため、1 階建、2 階建、3 階建、4~5階建は

5 階建、6~9 階建は 8 階建、10~15 階建は 13 階建、16~20 階建は 18 階建、21~30階建は

26 階建、31 階建以上は 31 階建とみなす。そして、SRC、RC、S 造の床面積のうち 1 階部

分、その他の構造(木造、CB造、その他)についてはすべて 2 階建と考えて 1階部分の床

面積を計算し合計することで、工場敷地以外の市区町村別の 1階部分の床面積を計算する。

ただし、市区町村別の階数別床面積の構成比は、その市区町村が属する都道府県の構成比と

同じと仮定していることと、住宅の場合と同様、建物は直方体であるという仮定を置いて計

算していることに留意が必要である。工場敷地内の床面積はすべて 1階として計算し、階数

別には整理せずに扱う。

ここで得られた市区町村別の 1 階部分の床面積を、同じく市区町村別の建物の延べ床面

積で割ることで、洪水に対する脆弱性(非住宅分)を計算することができる。

本研究では、建物の 1 階部分の床面積(住宅+非住宅)を建物の延べ床面積(住宅+非住

宅)で除して、洪水に対する脆弱性を計算している。

2. 地震出火リスク情報の検討

地震火災については関東大震災や阪神・淡路大震災の例を持ち出すまでもなく、わが国に

おいて甚大な被害をまねきうる現象であることは広く知られている。しかしながら地震火

災被害をリスク評価する上では、先述の地震・水害・土砂災害と比べて下記の 3点の特徴が

あるものと考えられる。はじめに地震火災被害の不確実性の高さが挙げられる。そもそも地

震火災の発生や延焼の程度には季節、発生時間帯、風速、湿度など様々な(事前には予測で

きない)不確定要素が影響するため、地震発生時の季節や時間や気象条件次第で被害が大き

く変わりうるものと考えられる。また被害を受ける箇所についても、津波や河川氾濫と異な

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37

り、ハザードが市街地のなかで面的に発生するため、リスク評価を行う上では恣意的に出火

点を設定するか、領域内での密度指標を用いることが多く、ピンポイントでの精緻な評価が

困難である。つぎに、人的被害の算出が他のハザードに比べて比較的複雑であるという特徴

がある。大きく分けて地震火災の人的被害リスクを評価するには「出火」、「延焼」、「消火」、

「避難」の 4 段階が想定され、一般に高度かつ大規模な計算を必要とするほか、それぞれの

プロセスにおいて人や建物の「密度」が大きく影響する。これにより、何が Hazard で、何

が Vulnerability で、また何を Exposure とするかについては、研究者によってまちまちであ

り、現在のところ共通見解が得られていない。最後に、被災データの少なさがある。関東大

震災では甚大な被害を呈したものの、大規模な地震火災被害の蓋然性は一般に低いものと

考えられ、100 件以上の出火が発生した事例は近年、三大震災のみである。それゆえ我々が

前提とすべき地震火災に関する被災データは限られており、帰納的アプローチはもちろん

のこと、演繹的に地震火災リスクを計量する上で前提とする仮説も、直近の災害の被災事例

を基にしたものであることが少なくない。つまり、出火から避難に至るまでの数々の社会状

況の変化を反映した研究を行うことは、特に大規模な現象を検討するうえでは困難と考え

られる。このような状況のなか、わが国では特定の想定地震に依拠した被害の見積もりは全

国で行われているものの、全国統一基準かつ長期的視点からの評価は行われていないとい

う現状がある。このように、地震火災リスクについては事前に公開されているリスク情報は

ごく限られていることからも、本研究でこの検討を行うこととした。

ここでは、地震火災リスクのなかでも特に「出火」に焦点を絞り、客観的評価手法のひと

つとして地震出火のリスク評価を行う。わが国ではこれまでにも、過去に発生した地震火災

のデータを用いて出火現象をリスク評価する研究が数多く行われ、木造建物の倒壊率と出

火率の関係から出火率を算出する河角式、季節係数や時刻係数を取り入れた水野式、出火件

数をポアソン分布に従うものとしてポアソン回帰法を用いた小出式、地震動の加速度を説

明変数として直接出火率を求める難波式、津波火災を対象として一般化線形モデルを用い

出火予測式を求めた廣井の研究など、様々な予測手法が用いられてきた(堀内(1972)、小出

(1982)、廣井(2014))。このような帰納的アプローチに対して、東京都が公表している火災危

険度(地域危険度)は工学的基盤に最大速度 30kine を入力して地表の計測震度を計算し、

過去の地震から出火要因ごとに出火率を算定しミクロレベルの出火確率を積み上げて火災

危険度を評価する演繹的アプローチともいえる試みである(東京都消防庁(2013))。本研究

は主に前者の帰納的アプローチを用いて評価を行う。

・出火予測モデルの作成

ここでは、日本火災学会・地震火災専門委員会が行った「東日本大震災時に発生した地震火

災に関する網羅調査」のデータを用いる。この調査は北海道を含めた東日本 1 都 1 道 16県

の全消防本部に対して、2011 年 3 月 11 日から 2011 年 4 月 11 日までに発生した 1カ月間の

火災概要を尋ねており、回収率 100%の悉皆調査となっている。2015 年 4 月末時点で全ての

消防本部から得られた回答を集計した結果、調査対象となる火災(調査対象の消防本部で

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2011 年 3 月 11 日から 1 か月間に発生した全火災)は 3,194 件であった。このもとで筆者らは

地震火災の分類コード表を作成し、それぞれの分類コードごとに地震火災を定義し、これを

さらに 1.津波火災、2.揺れによる火災、3.間接的に生じた火災に分類するなど、すべての火

災を整理している。その結果、震災後 1 か月に発生した全火災 3,194 件のうち津波火災は

159 件、揺れによる火災は 175 件、間接的に生じた火災は 64 件発生していたことがわかっ

ている。最終的に、東日本大震災時に発生した地震火災は 398 件となっているが、本研究で

はこの 398 件を分析対象とし議論を進める。なお、用いたデータの特性により、以降では東

日本大震災と同じ時刻・季節に地震が発生したと仮定したうえでの結果であることに留意

されたい。

表 12 様々なタイプの地震火災の出火率 2)

(東日本大震災時、震度階級別の 10,000 世帯あたり出火件数)

なお表 12 はこれら様々な地震火災の出火率を示すものである(市区町村単位で集計、な

お津波火災は津波浸水地域のみを計上)。以降ではデータ制約上、北海道を除いた全 707市

町村を対象とし、津波火災については扱わない。ここでは出火現象がポアソン分布に従うと

仮定し市区町村を集計単位としたうえで、一般化線形混合モデル(GLMM)を用いて揺れに

よる火災、間接的な原因で発生した地震火災のそれぞれを、出火数予測モデル(1)式にあて

はめた。なおその平均は揺れによる火災は(2)式、間接的な原因で発生した火災は(3)式のよ

うな線形予測子で示されるものと考えた。なお(2) 、(3)式におけるパラメータ rk,i は分類 k

の出火件数に対する領域 i の地域性をあらわす独立パラメータとしており、その確率密度関

数は(4)式に示すように平均 0 の正規分布と仮定し、sk,は変数とし最尤法でパラメータ推定

する。その他の各変数は下記の通りとした 3)。

:領域 i における世帯数

:領域 i における揺れに関する指標(計測震度)

:領域 i における全壊建物数(棟)

:領域 i における停電率

2) ただし、通電火災、ローソク火災は、揺れによる火災や間接的な原因の火災の内数であ

る。 3) ただし、nkiは領域 iにおける火災 k の出火件数、k=1 は揺れによる火災、k=2は津波に

よる火災、k=3 は間接的な原因による火災を表す。

震度階級 震度6強以上 震度6弱 震度5強 震度5弱 震度5弱未満計測震度 6.0以上 5.5から6.0 5.0から5.5 4.5から5.0 4.5未満

津波火災 0.594 1.787 1.138 0.335 0.000

揺れによる火災 0.376 0.145 0.058 0.035 0.010間接的な原因の火災 0.060 0.080 0.010 0.023 0.010

通電火災 0.034 0.042 0.006 0.016 0.015ローソク火災 0.107 0.019 0.005 0.003 0.000

1,ix

2,ix

3,ix

1,iz

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39

…(1)

ただし

…(2)

…(3)

…(4)

このもとで、上記に示した市区町村別の地震火災発生件数データを用いて、最尤法を用い

たパラメータ推定を行う。最尤推定にあたっては、(1)式(ただし線形予測子は(2) 、 (3)で示したもの)と(4)式の両確率分布の積を(5)式のように独立パラメータ で積分することで,

尤度 を最大にするパラメータがそれぞれ求まる(対数尤度の最大化)。

, , 0 1 2 3 , , ,( , , , , ) ( )k i k i k i k i k ikL p n r p r s drα α α α

−∞= ∫ …(5)

(ただし(5)式は揺れによる地震火災の一例)

この結果が表 13 である。様々な指標を試したが赤池情報量規準に基づくと揺れは計測震

度、人口等については世帯数が最も説明力が高かったためこれを用いた。

表 13 一般化線形混合モデル(GLMM)の推定パラメータ

(1%有意を***,5%有意を**,10%有意を*で示した)

・確率論的地震出火予測地図の作成

ところで上記の推定式は市区町村単位で行われたものであるが、集計単位をメッシュと

して同様の分析を行うことも可能である。特に地震出火リスクを地域単位で住民が評価す

る際は、集計単位のばらつく市区町村単位の分析よりも適切とも考えられる。このためここ

では紙面での可視性も考慮して、上記の調査で得られた地震火災の出火点を GIS ポイント

データからメッシュデータの属性データに変換し、調査範囲を対象とした 2次メッシュ(約

,, ,

, , ,,

exp( )( )

!

nk ik i k i

k i k i k ik i

p nn

λ λλ

−=

( 1,2,3 1,2,3... )k i m= = 

1, 0 1 1, 2 2, 3 3, 1,exp( )i i i i ix x x rλ α α α α= + + + +

3, 0 1 1, 2 2, 3 1, 3,exp( )i i i i ix x z rλ γ γ γ γ= + + + +

2,

, 22

1( ) exp( )22

k ik i k

kk

rp r s

ssπ= −

,k ir

,k i ki

L L=∏

火災分類

係数名 α0 α1 α2 α3係数値 -10.00 0.052 1.383 0.911Pr(>Z) 0.0000*** 0.0000*** 0.0000*** 0.0000***AIC

火災分類

係数名 γ0 γ1 γ2 γ3係数値 -8.895 0.039 0.796 1.17Pr(>Z) 0.0000*** 0.0000*** 0.0000*** 0.0000***AIC

揺れによる火災

437.4

間接的な原因で発生した火災

255.6

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40

10km×約 10km)内の出火件数データを作成した。なお、これまでは揺れによる火災や間接

的な原因で発生する火災の出火件数予測の変数として世帯数、計測震度、全壊建物数もしく

は停電率の 3 変数を用いたが、ここではこのうち前者の 2 変数(世帯数、計測震度)を用い

ることとし、改めて得られた予測式を地震動の超過確率とかけ合わせることで、地震出火リ

スクを確率的に把握することとした。詳しくは、確率論的地震動予測地図のデータを用いて、

各メッシュ内で 30 年以内の地震火災発生件数の期待値や 30 年以内に 1 件でも地震火災が

発生する確率、及び 30 年以内の地震火災発生件数の期待値に人口をかけ合わせた被害ポテ

ンシャル指標(以降では地震出火曝露人口と呼ぶ)を計算した。この結果が図 5~図 7 及

び表 14 である(ただし東日本大震災と同じ時刻・季節に地震が発生したと仮定したケース)。

ここではハザードとして確率論的地震動予測地図を用いたため、揺れに伴う地震火災と間

接的な原因で発生する地震火災を総合して予測地図を作成したが、今後、津波被害の発生確

率などが明らかにされれば、津波火災についても同様の予測地図を作ることができる。

図 5 30 年以内の地震火災発生件数の期待値(2 次メッシュ内、ただし東日本大震災と同じ

季節、時刻に地震が発生すると仮定したケース)

70

火災件数

多い

火災件数

少ない

0

0.01

0.3

0.15

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図 6 30 年以内に 1 件でも地震火災が発生する確率(2 次メッシュ内、ただし東日本大震災

と同じ季節、時刻に地震が発生すると仮定したケース)

図 7 30 年以内の地震出火曝露人口(2 次メッシュ内、ただし東日本大震災と同じ季節、時

刻に地震が発生すると仮定したケース)

1

確率高い

確率低い

0

0.1

0.15

0.25

1275

曝露人口

多い

曝露人口

少ない

0

0.0008

0.004

0.02

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42

表 14 3 種類の地震出火リスク指標のトップ 20

・予備的な分析

予備的な分析として、2012 年の地価データ、市街地データ、災害リスクに関するデータ

を用いて、中京圏の土地価格データを分析した。まず、市街地データとして容積率を、災害

リスクの代理変数として標高を取り上げ、地価データとの関係を調べた一例を示す(図 8)。

総じて、標高が低く海に近いところが地価が安いという傾向にあるが、図 1の中心部など標

高が低くても地価がそれなりに高いところは見受けられる。そこで、容積率を「都市化」の

1 指標とし(例えば利便性・収益性)、地価を容積率で除したものを紫色の丸印で示した。直

径が大きければ大きいほど、容積率の割に地価が高いことを示す。

図 8 地価と容積率・標高

メッシュ名 数値(件) メッシュ名 数値 メッシュ名 数値(万人・件)

東京西部 69.123 東京西部 1.000 東京西部 12755.280東京西南部 31.856 東京西南部 1.000 東京西南部 5371.829東京首部 23.356 東京首部 1.000 東京首部 3899.558川崎 15.297 川崎 1.000 川崎 2297.058赤羽 10.490 赤羽 1.000 赤羽 1434.536

大阪東北部 8.640 大阪東北部 1.000 大阪東北部 1153.208大阪東南部 7.078 大阪東南部 0.999 大阪東南部 913.538吉祥寺 6.712 吉祥寺 0.999 吉祥寺 850.881溝口 6.279 溝口 0.998 溝口 724.034草加 5.122 草加 0.994 草加 567.873船橋 4.641 船橋 0.990 船橋 474.757

横浜西部 4.048 横浜西部 0.983 横浜西部 405.078名古屋南部 3.175 名古屋南部 0.958 立川 281.572大阪西北部 3.146 大阪西北部 0.957 大阪西北部 280.224

立川 3.071 立川 0.954 伊丹 277.818伊丹 2.797 伊丹 0.939 名古屋南部 273.758戸塚 2.750 戸塚 0.936 荏田 239.581荏田 2.731 荏田 0.935 吹田 236.914吹田 2.580 吹田 0.924 戸塚 234.928原町田 2.380 原町田 0.907 原町田 201.239

30年の出火件数期待値 30年に1件でも発生する確率 30年の地震出火曝露人口

地価(円/㎡)

標高(m)

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43

次に、地価関数を各属性の線形和とみなし、市街地データを、名古屋駅からの距離、用途

地域、容積率で、また災害リスクをその地点の標高と読み替えて分析を行った。その結果が

表 15 である。以上より、災害リスクの要素も考慮した土地価格の推定をすることが可能に

なった。係数の正負を見ると、容積率や商業地域の指定(ダミー変数、商業地域であれば 1、

そうでなければ 0)が正の値になっているほか、標高が高ければ高いほど土地価格は高いと

いう傾向が明らかになった(1mあたり 1878 円)。他方で名古屋駅までの距離は負の値であ

り、名古屋駅から遠ければ遠いほど地価が減少する傾向にあることが分かる。なお、図 9は

容積率と標高の関係を示したものであり、容積率の高い地域は標高の低い地域に集中して

いることが分かっている。

表 15 ヘドニック分析の結果

図 9 容積率(横軸)、標高(縦軸)の関係

この分析からは、標高で代替される災害リスク、おそらく津波や水害については、少なく

とも名古屋市においては、標高が高くなればなるほど土地価格は高くなることが分かった。

現状では、図 2 に示されるように容積率の高い場所ほど標高は低いが、このような土地利用

変数 係数 t値容積率(%) 902.632459 7.770863516標高(m) 1878.87125 1.997577629名古屋駅までの距離(m) -7.081075416 -1.946996292商業地域 172107.0397 2.827181982重決定係数サンプル数平均地価(円/㎡)

0.35774

225876

-10.00000000

0.00000000

10.00000000

20.00000000

30.00000000

40.00000000

50.00000000

60.00000000

70.00000000

80.00000000

90.00000000

0 100 200 300 400 500 600 700 800 900

標高(m)

容積率(%)

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44

のされ方も改善点が多いものと考えられる。本研究で得られた関係式を用いて、災害リスク

を考慮した土地利用計画(容積率、用途地域)を進めた場合の土地価格に対する影響及びそ

の場合における曝露人口分布の変化なども今後検討することができる。

・地震出火リスク情報を用いた分析

最後に、地震出火確率が地価に与える影響をみるため、ヘドニック分析を行った。ここで

は、目的変数に公示地価(対数)を用い、その他の変数は今後 30 年以内に震度 6弱の揺れ

に見舞われる確率(最大ケース)、床上浸水確率(平均値)、土砂災害確率を用い、メッシュ

単位でその影響を求めた。都道府県もしくは市区町村の固定効果別、30 年以内に 1 件でも

地震火災が発生する確率と 30 年以内の地震火災発生件数の期待値別の 4パターンを試算し

た結果は表 16 のようになる。

しかしながら地震出火リスク情報は上記の地震動の超過確率との相関が強く、多重共線

性のチェックを行った結果、市区町村の固定効果と地震火災の発生確率を考慮したパター

ンについては、VIF が極めて高くなった。これは、地震出火リスク情報が世帯数を基にして

計算している点や、同じくリスク評価の際に用いた上記の地震動の超過確率も正の影響を

与えている点などが原因と考えられる。

以上のような問題点もあり、地震出火リスク情報は今回の分析には使用しなかった。地震

による火災やその延焼など揺れに伴う 2 次災害の影響を評価しうるモデル式の構築などが

今後の課題として考えられる。

表 16 地震出火リスク情報と公示地価の関係

VARIABLES Log(公示地価) Log(公示地価) Log(公示地価) Log(公示地価)

今後 30 年以内に震度 6 弱の揺れに

見舞われる確率

0.03238 0.7031*** 0.354639*** 0.4391952***

(0.04094) (0.0351008) (0.0368504) (0.0372791)

30 年以内に 1 件でも地震火災が発

生する確率

2.86153*** 1.3191221*** -

(0.03132) (0.0510422) -

30 年以内の地震火災出火件数期待

- 0.0269528*** - 0.0036016***

- (0.0006911) - (0.0008576)

床上浸水確率(平均値) -0.11669** -0.203276*** 0.1149069** 0.1269992***

(0.04094) (0.0462181) (0.0354633) (0.0359840)

土砂災害確率 -0.22553*** -0.3079141*** -0.2157630*** -0.2253102***

(0.0125) (0.0141051) (0.0106080) (0.0107588)

固定効果 都道府県 都道府県 市町村 市町村

R-squared 0.6509 0.555 0.8058 0.8001

**Standard errors in parentheses *** p<0.01, ** p<0.05, * p<0.1

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3. 復元力(Resilience)の検討:社会関係資本の役割

(災害)レジリエンスは、近年、日本および国際社会の災害対策において注目を集めてい

る概念である(参考 1)。レジリエンスは、自然災害を回避不可能な自然現象と認識し、人々

の生命や生活を守るよう、災害への備え、対応、復興に重点を置いた概念である。2005 年

の「兵庫行動枠組 2005-2015」の副題に”Building the resilience of nations and communities to

disasters”が採用されたことで、広く防災関係者に知られることとなった。この副題の通り、

同枠組みでは、国家レベルと共にコミュニティ・レベルでのレジリエンス強化を謳っている。

これまで地域コミュニティが共同して壊滅的な被害を乗り越え、復興を成し遂げた例はい

くつも報告されてきた。Aldrich(2012)は質的・数量的分析を用いながら、社会関係資本がコ

ミュニティ・レベルのレジリエンスに対して重要な影響を及ぼすことを報告している(参考

2)。コミュニティ内の社会関係資本により、人々は被災時の精神的な支援に加え、情報、救

援、ファイナンス、育児など様々な資源へのアクセスが可能となり、効率的に日常生活のリ

ズムを取り戻すことができる。このような社会関係資本の役割は、耐震性強化、浸水対策、

防波堤の建設などといった物理的資本への投資同様、災害対策に置いて重要な役割を果た

してきたと考えられるが、社会関係資本への投資は政策側からは過小評価されてきた。

本研究では、レジリエンスにおける社会関係資本の役割に焦点をあて、ジニ係数と人口当

たり NPO 数の二つの指標を用いて、市区町村レベルの社会関係資本の計測を試みた。ジニ

係数の計算には、2013 年の住宅・土地統計調査の世帯の年間収入階級(5 区分)を利用した。

ジニ係数の計算には、いくつかの仮定をおくことが必要となる。本研究では、ジニ係数を、

300 万円未満、300~500、500~700、700~1000、1000 万円以上の 5 区分から計算している

が、それぞれの区分内での所得の分布は一様分布を仮定し、各区分の平均値を 150 万円、

400 万円、600 万円、850 万円、1500 万円として計算した。1000 万円以上の区分に関しては、

さらに平均を 1750 万円、2000 万円と仮定することで、指標のロバストネスを確認した。ジ

ニ係数が低く経済的資源が公平に分配される地域では、災害に対し社会的に結束して対応

できるため災害に対するレジリエンス・キャパシティーが高くなると想定されている(参考

3)。NPO 数の計算には、市区町村別の特定非営利活動法人(NPO)数を NPO法人データベ

ース NPO ヒロバ( http://www.npo-hiroba.or.jp )のデータを用い、人口当たり NPO 数はそ

の値を地域別統計データベース 4)の総人口で除することで求めた。人口当たり NPO 数が多

い地域ほど、市民活動を通じて市民が地域の活動に積極的に参加しているため、コミュニテ

ィ・エンゲージメントが高く、そのためレジリエンス・キャパシティーが高いという想定で

ある(参考 4)。

参考 1. Annan K. "Message for the international day for disaster reduction 8 October 2003.",

http://www.unisdr.org/2003/campaign/pa-camp03-sg-eng.htm.

4) e-Stat:地域別統計データベース(https://www.e-

stat.go.jp/SG1/chiiki/CommunityProfileTopDispatchAction.do?code=2)より。

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参考 2. Aldrich DP. "Building resilience : social capital in post-disaster recovery."

参考 3. Cutter SL, Burton CG, Emrich CT. 2010. "Disaster resilience indicators for benchmarking

baseline conditions." Journal of Homeland Security and Emergency Management. 7(1).

参考 4. Center H. 2002. "Human links to coastal disasters." The H John Heinz III Center for Science,

Economics and the Environment.

4. 災害リスク情報と不動産市場の分布図、散布図

・地震、床上浸水、土砂災害確率の分布図

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・地震、床上浸水、土砂災害確率と公示地価の対数値との散布図