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東レリサーチセンター The TRC News No.118(Mar.2014) 29 1.はじめに 上市される抗体医薬品の品目数の増加に伴い、その品 質評価に要求される技術水準も高いものになっている。 抗体医薬品の品質評価は、「抗体医薬品の品質評価のた めのガイダンスについて」 1︶ あるいは「ICH Q6B:生物 薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医 薬品)の規格及び試験方法の設定について」 2︶ などで示 されているように、複数の分析手法を用いて多面的に行 う必要がある。 抗体医薬品の安定性評価では、抗体医薬品の安定性試 験に関するガイドライン「ICH Q5C:生物薬品(バイ オテクノロジー応用製品/生物起源由来製品)の安定性 試験について」 3︶ に記載されているとおり、分子特性の 同一性、純度及び力価の変化を捉えることができる総合 的な評価法を用いなければならない。例えば、抗体分子 間の同一性や純度の評価には、ペプチドマッピングを含 む各種クロマトグラフィーや電気泳動法が、力価には ELISA法が用いられている。このうち電気泳動法では等 電点電気泳動法やSDS-PAGE法(図1に測定・解析例を 示す)などが用いられているが、両手法とも最終的な解 析を目視で行うことが多く、測定者間による結果のばら つきが問題となりやすい。特に安定性試験のように長期 にわたる試験においては、再現よく結果を取得するのは 容易なことではない。さらに、例えばSDS-PAGE法で は用いるゲルの分解能、および染色試薬の感度が必ずし も高いものではないという欠点に加え、一連の測定に長 時間を要するなど作業上の問題もあり、ハイスループッ ト解析からはほど遠い。そこで、これらの欠点を克服で きるキャピラリー電気泳動法の一手法を用いて抗体医薬 品の簡易バリデーションを実施したので紹介する。 図1 SDS-PAGE法における抗体医薬品の測定・解析例 2.キャピラリー電気泳動法とは キャピラリー電気泳動法そのものは新しい技術ではな く、従来は主に低分子化合物の分析に用いられてきた。 弊社においても10年近く前から特に低分子有機化合物分 析や無機分析の分野にて積極的に利用してきたという実 績があり、イオンクロマトグラフィーと並んで重要な分 析手法となっている。 近年、技術開発が進みキャピラリー管内に非架橋型ポリ マーを流し込むことでSDS-PAGE様のゲル電気泳動(キャ ピラリーゲル電気泳動法)を行える装置が市販されるよう になり、SDS-PAGE法の欠点を補った測定を行うことが 可能になった。このことからキャピラリーゲル電気泳動法 は抗体医薬品の品質試験分野で積極的に利用されはじめて おり、このような状況を鑑みて日本薬局方には参考情報と して第十四改正以来収載されるとともに、2011年には日 EU医薬品規制調和国際会議(ICH)においてICH Q4B の事項別付属文書 4︶ として国際調和している。 測定原理としては、キャピラリー管内にゲルを導入 し、その後SDSで処理した試料を導入した上で管の両 端に高電圧を印加して試料を分離させるというシンプ ルなものである。検出器には一般的なUV/PDAに加 え、レーザー励起蛍光検出器(LIFLaser Induced Fluorescence)も用いることができるため、適切な前処 理を行うことで高感度での測定が可能となっている。 3.抗体医薬品を用いた測定例 簡易バリデーションとして、抗体医薬品を用いて直線 性、検出限界、定量限界および再現性を確認した。測定 条件を表1に示す。 表1 測定条件 ○装置:PA 800 plus(Beckman Coulter) ○キャピラリー:50 µm I.D.,全長 300 mm ○検出:UV220 nm○注入:-5.0 kV20 ○分離:-15 kV30分(還元︶/ 45分(非還元) ○試料:Recombinant IgG+100 mM Tris-HCl(pH 9.0︶+ 1% SDS 3.1.還元条件下での測定例 2-Mercaptoethanol による還元条件下において、測定 点としてやや広めの0.21.2 mg/mLの範囲に0.2 mg/mL 刻みの6点を設定し、各々繰り返し3回の測定を行った。 濃度に対し得られたピーク面積を図2のようにプロット したところ、重鎖・軽鎖ともに相関係数は0.996となり、 検出限界、定量限界はそれぞれ0.09 mg/mL0.280.29 mg/mLと良好な値を得た。結果を表2に示す。 [特集]TRC第10回医薬ポスターセッション A-5:CMC分野におけるキャピラリー 電気泳動による抗体医薬品の分析 安定性試験室 吉村 卓也 ●[特集]TRC第10回医薬ポスターセッション A-5:CMC分野におけるキャピラリー電気泳動による抗体医薬品の分析

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東レリサーチセンター The TRC News No.118(Mar.2014)・29

 1.はじめに

 上市される抗体医薬品の品目数の増加に伴い、その品質評価に要求される技術水準も高いものになっている。抗体医薬品の品質評価は、「抗体医薬品の品質評価のためのガイダンスについて」1︶あるいは「ICH Q6B:生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)の規格及び試験方法の設定について」2︶などで示されているように、複数の分析手法を用いて多面的に行う必要がある。 抗体医薬品の安定性評価では、抗体医薬品の安定性試験に関するガイドライン「ICH Q5C:生物薬品(バイオテクノロジー応用製品/生物起源由来製品)の安定性試験について」3︶に記載されているとおり、分子特性の同一性、純度及び力価の変化を捉えることができる総合的な評価法を用いなければならない。例えば、抗体分子間の同一性や純度の評価には、ペプチドマッピングを含む各種クロマトグラフィーや電気泳動法が、力価にはELISA法が用いられている。このうち電気泳動法では等電点電気泳動法やSDS-PAGE法(図1に測定・解析例を示す)などが用いられているが、両手法とも最終的な解析を目視で行うことが多く、測定者間による結果のばらつきが問題となりやすい。特に安定性試験のように長期にわたる試験においては、再現よく結果を取得するのは容易なことではない。さらに、例えばSDS-PAGE法では用いるゲルの分解能、および染色試薬の感度が必ずしも高いものではないという欠点に加え、一連の測定に長時間を要するなど作業上の問題もあり、ハイスループット解析からはほど遠い。そこで、これらの欠点を克服できるキャピラリー電気泳動法の一手法を用いて抗体医薬品の簡易バリデーションを実施したので紹介する。

図1 SDS-PAGE法における抗体医薬品の測定・解析例

2.キャピラリー電気泳動法とは

 キャピラリー電気泳動法そのものは新しい技術ではなく、従来は主に低分子化合物の分析に用いられてきた。弊社においても10年近く前から特に低分子有機化合物分析や無機分析の分野にて積極的に利用してきたという実績があり、イオンクロマトグラフィーと並んで重要な分析手法となっている。 近年、技術開発が進みキャピラリー管内に非架橋型ポリマーを流し込むことでSDS-PAGE様のゲル電気泳動(キャピラリーゲル電気泳動法)を行える装置が市販されるようになり、SDS-PAGE法の欠点を補った測定を行うことが可能になった。このことからキャピラリーゲル電気泳動法は抗体医薬品の品質試験分野で積極的に利用されはじめており、このような状況を鑑みて日本薬局方には参考情報として第十四改正以来収載されるとともに、2011年には日米EU医薬品規制調和国際会議(ICH)においてICH Q4Bの事項別付属文書4︶として国際調和している。 測定原理としては、キャピラリー管内にゲルを導入し、その後SDSで処理した試料を導入した上で管の両端に高電圧を印加して試料を分離させるというシンプルなものである。検出器には一般的なUV/PDAに加え、 レ ー ザ ー 励 起 蛍 光 検 出 器(LIF:Laser Induced Fluorescence)も用いることができるため、適切な前処理を行うことで高感度での測定が可能となっている。

3.抗体医薬品を用いた測定例

 簡易バリデーションとして、抗体医薬品を用いて直線性、検出限界、定量限界および再現性を確認した。測定条件を表1に示す。

表1 測定条件

○装置: PA 800 plus(Beckman Coulter)○キャピラリー: 50 µm I.D.,全長 300 mm○検出: UV(220 nm)○注入: -5.0 kV,20 秒○分離: -15 kV,30分(還元︶/ 45分(非還元)○試料: Recombinant IgG+100 mM Tris-HCl(pH 9.0︶+

1% SDS

3.1.還元条件下での測定例 2-Mercaptoethanolによる還元条件下において、測定点としてやや広めの0.2~1.2 mg/mLの範囲に0.2 mg/mL 刻みの6点を設定し、各々繰り返し3回の測定を行った。濃度に対し得られたピーク面積を図2のようにプロットしたところ、重鎖・軽鎖ともに相関係数は0.996となり、検出限界、定量限界はそれぞれ0.09 mg/mL、0.28~0.29 mg/mLと良好な値を得た。結果を表2に示す。

[特集]TRC第10回医薬ポスターセッション

A-5:CMC分野におけるキャピラリー電気泳動による抗体医薬品の分析

安定性試験室 吉村 卓也

●[特集]TRC第10回医薬ポスターセッション A-5:CMC分野におけるキャピラリー電気泳動による抗体医薬品の分析

30・東レリサーチセンター The TRC News No.118(Mar.2014)

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4000

8000

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2

面積

濃度(mg/mL)

軽鎖

重鎖

図2 還元条件における濃度と面積の相関(n=3)

表2 還元条件における検出限界と定量限界

相関係数検出限界(mg/mL)

定量限界(mg/mL)

軽鎖 0.996 0.09 0.28重鎖 0.996 0.09 0.29

 この結果をもとに、検出限界、定量限界付近の濃度で繰り返し6回の測定を行い、再現性を確認した。ピーク面積の% RSDは軽鎖でそれぞれ0.5%、0.7%、重鎖で0.2%、1.2%、となり良好な再現性を得ることができた。結果を表3に示す。

表3 繰り返し6回測定時の再現性

面積0.1 mg/mL 0.3 mg/mL

平均 %RSD 平均 %RSD軽鎖 474 0.5 1397 0.7

NGHC(糖鎖非修飾体)

4 22.3 14 10.6

重鎖 873 0.2 2480 1.2

3.2.非還元条件下での測定例  非 還 元 条 件 下 で0.1~0.5 mg/mLの 範 囲 に お い て、 0.1 mg/mL刻みの濃度5点を設定し各々繰り返し3回の測定を行った。濃度に対し得られたピーク面積を図3のようにプロットしたところ、相関係数は0.997となり、検出限界、定量限界はそれぞれ0.03 mg/mL、0.11 mg/mLと良好な値を得た。結果を表4に示す。 また、SDS-PAGE法では分離が困難な糖鎖非修飾体と思われるピークも検出した(図4,分離度:3.0)。

0

4000

8000

0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5

面積

濃度(mg/mL)

図3 非還元条件における濃度と面積の相関(n=3)

表4 非還元条件における検出限界と定量限界

相関係数 検出限界(mg/mL) 定量限界(mg/mL)0.997 0.03 0.11

図4 糖鎖非修飾体と思われるピークの検出例

4.結論と今後の課題

 検出限界、定量限界、再現性及び直線性の検討結果から、キャピラリーゲル電気泳動法は抗体医薬品の品質評価を行うにあたって非常に優れた手法であることが確認できた。今後は高感度化した測定法の開発、キャピラリー等電点電気泳動法(ProteinSimple社製iCE3)による測定法について検討を行うとともに、糖鎖解析やペプチドマッピングへの応用など、現在ではHPLCでの測定が主流であるもののゲル電気泳動法と同じく測定上の課題が存在する分析系へのアプローチを行い、お客様からのハイスループットかつ高精度な分析へのニーズに応えていきたい。

5.引用文献

1) 「抗体医薬品の品質評価のためのガイダンス」について(平成24年12月14日薬食審査発1214第1号)

2) 生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)の規格及び試験方法の設定について(平成13年5月1日医薬審発第571号)

3) 生物薬品(バイオテクノロジー応用製品/生物起源由来製品)の安定性試験について(平成10年1月6日医薬審第6号)

4) ICH Q4Bガイドラインに基づく事項別付属文書(キャピラリー電気泳動法)について(平成23年1月27日薬食審査発0127第3号)

■吉村 卓也(よしむら たくや) 名古屋研究部 安定性試験室 趣味:旅行、プログラミング

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