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1087 広島大学大学院医歯薬学総合研究科創生医科学専攻病 態探求医科学講座細胞分子生物学研究室(〒734 8551 広島市南区霞 1 2 3現住所:広島国際大学薬学部(〒737 0112 呉市広古新 5 1 1e-mail: tideps.hirokoku-u.ac.jp 本総説は,平成 17 年度退官にあたり在職中の業績を中 心に記述されたものである. 1087 YAKUGAKU ZASSHI 126(11) 10871115 (2006) 2006 The Pharmaceutical Society of Japan Reviews細胞増殖のしくみ―細胞周期,癌遺伝子,細胞老化― 井出利憲 Mechanism of Cell ProliferationCell Cycle, Oncogenes, and Senescence Toshinori IDE Department of Cellular and Molecular Biology, Division of Integrated Medical Science, Graduated School of Biomedical Sciences, Hiroshima University, 1 2 3 Kasumi, Minami-ku, Hiroshima City 734 8551, Japan (Received August 2, 2006) Cell proliferation is regulated through a transition between the G0 phase and cell cycle. We isolated a mammalian temperature-sensitive mutant cell line defective in the function from the G0 phase to cell cycle. Senescent human somatic cells fail to enter into the cell cycle from the G0 phase with stimulation by any growth factor. Telomere shortening was found to be a cause of cellular senescence, and reexpression of telomerase immortalized human somatic cells. Immortal- ized human somatic cells showed normal phenotypes and were useful not only for basic research but also for clinical and applied ˆelds. The importance of p53 and p21 activation/induction i now well accepted in the signal transduction process from telomere shortening to growth arrest, but the precise mechanism is largely unknown as yet. We found that the MAP kinase cascade and histone acetylase have an important role in the signaling process to express p21. Tumor tis- sues and cells were found to have strong telomerase activity, while most normal somatic human tissues showed very weak or no activity. Telomerase activity was shown to be a good marker for early tumor diagnosis because signiˆcant telomerase activity was detected in very early tumors or even in some precancerous tissues compared with adjacent nor- mal tissues. Telomere/telomerase is a candidate target for cancer chemotherapeutics, and an agent that abrogated telo- mere functions was found to kill tumor cells eŠectively by inducing apoptosis whereas it showed no eŠect on the viability of normal cells. Key wordscell senescence; telomere; telomerase; cell cycle; immortalization; oncogene 1. はじめに 研究の歴史としては,昭和 40 年からの大学院時 代や昭和 45 年からの助手時代の研究も含まれる が,ここでは助教授として広島大学へ赴任した昭和 53 年以降に限って紹介する.赴任前の仕事を 1 だけ紹介すると,哺乳類細胞の DNA がスーパーコ イル構造を持つことを初めて示唆した仕事 1) は,ち ょっとしたひらめきによる成功であった. 全体を流れるテーマは『細胞増殖のしくみ』であ るが,概略的には,1) 細胞周期,2) 癌遺伝子,3) 細胞老化の 3 つに分けられる.主に細胞老化を中心 に紹介するが,細胞周期と癌遺伝子の話もこれに直 接関係するので触れておく. 2. 細胞周期 2-1. 細胞増殖の調節 細胞増殖の調節を考え た場合の焦点は,増殖と増殖停止の間の移行のメカ ニズムで,細胞周期を回転して増殖している細胞が 増殖を停止していわゆる G0 期に入る,あるいは G0 に停止している細胞が増殖誘導を受けて細胞周 期に入る,その機構である.すなわち,増殖調節の 焦点は『細胞周期と G0 期の間の移行調節』にある. 2-2. G0 期とは何か G0 期は,増殖能力は保 持しつつも増殖しない状態におかれている細胞の状 態を指す.体内にある大部分の体細胞は,増殖能力 を持ちながら G0 期に止まっている.肝臓などの臓 器を形成する細胞はもちろんのこと,血球などのよ うに細胞の置き換えがいつも起きている生理的再生

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1087

広島大学大学院医歯薬学総合研究科創生医科学専攻病

態探求医科学講座細胞分子生物学研究室(〒7348551広島市南区霞 123)現住所:広島国際大学薬学部(〒7370112 呉市広古新

開 511)e-mail: tide@ps.hirokoku-u.ac.jp本総説は,平成 17 年度退官にあたり在職中の業績を中

心に記述されたものである.

1087YAKUGAKU ZASSHI 126(11) 1087―1115 (2006) 2006 The Pharmaceutical Society of Japan

―Reviews―

細胞増殖のしくみ―細胞周期,癌遺伝子,細胞老化―

井 出 利 憲

Mechanism of Cell Proliferation―Cell Cycle, Oncogenes, and Senescence

Toshinori IDE

Department of Cellular and Molecular Biology, Division of Integrated Medical Science,Graduated School of Biomedical Sciences, Hiroshima University, 123 Kasumi,

Minami-ku, Hiroshima City 7348551, Japan

(Received August 2, 2006)

Cell proliferation is regulated through a transition between the G0 phase and cell cycle. We isolated a mammaliantemperature-sensitive mutant cell line defective in the function from the G0 phase to cell cycle. Senescent human somaticcells fail to enter into the cell cycle from the G0 phase with stimulation by any growth factor. Telomere shortening wasfound to be a cause of cellular senescence, and reexpression of telomerase immortalized human somatic cells. Immortal-ized human somatic cells showed normal phenotypes and were useful not only for basic research but also for clinical andapplied ˆelds. The importance of p53 and p21 activation/induction i now well accepted in the signal transductionprocess from telomere shortening to growth arrest, but the precise mechanism is largely unknown as yet. We found thatthe MAP kinase cascade and histone acetylase have an important role in the signaling process to express p21. Tumor tis-sues and cells were found to have strong telomerase activity, while most normal somatic human tissues showed veryweak or no activity. Telomerase activity was shown to be a good marker for early tumor diagnosis because signiˆcanttelomerase activity was detected in very early tumors or even in some precancerous tissues compared with adjacent nor-mal tissues. Telomere/telomerase is a candidate target for cancer chemotherapeutics, and an agent that abrogated telo-mere functions was found to kill tumor cells eŠectively by inducing apoptosis whereas it showed no eŠect on the viabilityof normal cells.

Key words―cell senescence; telomere; telomerase; cell cycle; immortalization; oncogene

1. はじめに

研究の歴史としては,昭和 40 年からの大学院時

代や昭和 45 年からの助手時代の研究も含まれる

が,ここでは助教授として広島大学へ赴任した昭和

53 年以降に限って紹介する.赴任前の仕事を 1 つ

だけ紹介すると,哺乳類細胞の DNA がスーパーコ

イル構造を持つことを初めて示唆した仕事1)は,ち

ょっとしたひらめきによる成功であった.

全体を流れるテーマは『細胞増殖のしくみ』であ

るが,概略的には,1) 細胞周期,2) 癌遺伝子,3)

細胞老化の 3 つに分けられる.主に細胞老化を中心

に紹介するが,細胞周期と癌遺伝子の話もこれに直

接関係するので触れておく.

2. 細胞周期

2-1. 細胞増殖の調節 細胞増殖の調節を考え

た場合の焦点は,増殖と増殖停止の間の移行のメカ

ニズムで,細胞周期を回転して増殖している細胞が

増殖を停止していわゆる G0 期に入る,あるいは

G0 に停止している細胞が増殖誘導を受けて細胞周

期に入る,その機構である.すなわち,増殖調節の

焦点は『細胞周期と G0 期の間の移行調節』にある.

2-2. G0 期とは何か G0 期は,増殖能力は保

持しつつも増殖しない状態におかれている細胞の状

態を指す.体内にある大部分の体細胞は,増殖能力

を持ちながら G0 期に止まっている.肝臓などの臓

器を形成する細胞はもちろんのこと,血球などのよ

うに細胞の置き換えがいつも起きている生理的再生

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1088

井出利憲

広島国際大学薬学部教授.1943 年生ま

れ.東京都出身.1965 年東京大学薬学

部卒業,1970 年同大学院薬学研究科博

士課程修了.1970 年東京大学医科学研

究所助手,1978 年広島大学医学部薬学

科助教授,1988 年同教授を経て,2006年より現職.

Fig. 1. Cell Cycle and G0 Phase

1088 Vol. 126 (2006)

系の幹細胞でも,普段は増殖していない幹細胞の方

が多い.培養系でも,正常細胞の場合には,増殖因

子を抜いたり細胞を飽和密度に置くことで,比較的

長い間安定な増殖停止状態に置くことができ,これ

を G0 期と考える.

これに対して,培養系における癌細胞の挙動は異

なる.癌細胞は G0 期に止めて置くことができず,

増殖を続けるか,死ぬかのどちらかでしかない.癌

細胞とはどのような細胞かを考える上でも,G0 期

の問題は中心的課題の 1 つである.

2-3. G1 期とは何か M 期と S 期の間にある

G1 期の長さは細胞によって違いがみられるが,細

胞分裂を終了して次第に細胞が大きくなり,DNA

合成の準備をする時期と考えられている.今ではこ

の時期に何が起きているかについて多くのことが分

かっているが,当時は M 期や S 期と違って生化学

的特徴が分かっておらず,G1 期という名称も M 期

と S 期の間(gap 1)としてしかとらえようがなか

った.具体的なことは不明ながら,細胞内反応の

シークエンスがあって,そのシークエンスが終了す

ることで S 期が開始するのだろうと考えられてい

た.

2-4. G0 期は細胞周期の中か外か G0 期は細

胞周期の M 期(細胞分裂期)と S 期(DNA 合成

期)との間にあることは分かっていた.DNA 含量

が 2 倍体であり,増殖誘導するとやがて S 期に入

って,ついで M 期へ進行するからである.ただ,

G0 期とは何かについて,これを細胞周期の中に描

く考え方と,周期の外に描く考え方と,2 つの考え

があった(Fig. 1).Figure 1 の中に R ポイント

(restriction point)が S 期の直前にあるが,これ

は,細胞周期の解析から,細胞が S 期へ進入する

かどうかを決定する重要なポイントと考えられてい

たもので,R ポイントまでは増殖因子依存性とタン

パク質合成依存性が高く,ここを過ぎれば,あとの

サイクルは増殖因子がなくても自動的に進行する.

現在ではむしろ G1 チェックポイントと呼ばれて,

そこで起きる現象がよく分かってきた.後で詳しく

述べる.

2-5. G0 期は G1 期の一部である G0 期を細

胞周期の中に描く考え方は,一定の順序で起きてい

る G1 期のシークエンス反応のどこかで止まってい

るのが G0 期で,G0 期の細胞を増殖誘導したとき

には,残りのシークエンスをたどって進み,やがて

S 期へ入る,と考える.細胞周期から G0 期に至る

プロセスは G1 期前半部分,G0 期から増殖誘導さ

れて S 期へ入るプロセスは G1 期後半部分で,細胞

周期内の G1 期を進行するプロセスとの間に特別に

(質的な)違いはないと考える.

2-6. G0 期は細胞周期の外である G0 期を細

胞周期の外に描く考え方は,1 つには,G1 期の長

さは一般に 10―20 時間位であるのに対し,G0 期

は増殖誘導がかかるまでいくらでも(何年でも)そ

こに留まるという違いを,印象的に示す意味があ

る.この場合,細胞周期は,あくまで増殖中の(細

胞周期を回転している)細胞の状態を示し,G0 期

から増殖誘導されて細胞周期へ入る細胞内で起きる

プロセスは,細胞周期内を回転する G1 期のプロセ

スとは機構的に違うのではないか,という期待があ

る.G0 期から増殖誘導されて S 期へ入るまでに細

胞周期内の G1 期の時間より長く掛かるのは,G0

期からスタートした細胞が細胞周期のどこかへ合流

するまでに,G1 期進行にはなかった特別なプロセ

スがあるものと期待する.

2-7. どうすれば違いが分かるか Figure 1 と

してどちらを採用するかはどうでもよいことと思え

るが,機構についてどう解析できるかと考えた.

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1089

Fig. 2. Isolation of G0-speciˆc Temperature-sensitive Mutant Cell Line, tsJY60(A) tsJT60 cells were arrested in G0 phase at 34°C, and stimulated to grow with fetal bovine serum at both temperatures. Frequencies in cells entering S phase

were monitored by labeling cells with tritiated-thymidine. ○: 34°C, ●: 40°C. (B) tsJT60 cells were arrested in G0 phase at 34°C, and stimulated to grow with fetalbovine serum at both temperatures. Changes in cell number were monitored. ○: 34°C, ●: 40°C. (C) tsJT60 cells were arrested in G0 phase at 34°C, and stimulatedto grow by replating in fresh medium at both temperatures. Changes in cell number were monitored. ○: 34°C, ●: 40°C. (D) Temperature of tsJT60 cells grownlogarithmically at 34°C was shifted (arrow) to 40°C (●) or maintained at 34°C (○) and the cell number was monitored.

1089No. 11

G0 期から S 期への進行には,細胞周期内の G1 期

進行とは別の機能が働くなら,その機能だけが変異

した変異株を取れる可能性がある.取れただけで,

G0 期が G1 期の外にあると考えるのが妥当と言え

る.その遺伝子がどういう役割を果たしているか調

べれば,さらに具体的な機構が分かる.もちろん,

G0 期が G1 期の中にあるなら,そのような変異株

は取れないはずである.取れなかったときは,存在

するはずがないのか,存在するけれども取れなかっ

ただけなのか,それは分からない.

2-8. G0 期特異的温度感受性変異株を狙う 増

殖に係わる必須の遺伝子が変異した場合,変異株は

増殖できなくなる可能性があるので,40°C(非許容

温度)では変異した遺伝子からの産物(タンパク質)

の高次構造が変わって機能を果たせないが,34°C

(許容温度)ではタンパク質が正常の構造・機能を

持つという,温度感受性変異株を狙った.狙いとす

る変異株は,G0 期に導入した細胞は,増殖誘導し

たとき 34°C なら細胞周期に入って増殖するが,40

°C では細胞周期に入れない(DNA 合成ができな

い).これに対して,細胞周期を回っている状態で

は,34°C でも 40°C でもよく増殖を続けるはずであ

る.

実験に使用したラットの繊維芽細胞である 3Y1

細胞は,非常に安定に G0 期に留めることができ,

増殖再開によく反応し,高温にも比較的強いなど,

他の哺乳類細胞と比べて際立ってよい性質を持って

いる.G0 期に導入した 3Y1 細胞を 40°C で増殖誘

導したとき,DNA 合成を開始できる大部分の細胞

(野生株)を殺すことで,目的とする変異株細胞を

濃縮する.生き残った細胞の中から,細胞周期回転

中は変異表現型を示さないものを選択する.これは

相当に大変なことで,様々な工夫をこらした上に大

変な労力を要した.

2-9. G0 期特異的変異株細胞が取れた 目的

とする性質を持った tsJT60 と名付けた変異株細胞

が一株取れた(Fig. 2).2)白丸は 34°C,黒丸は 40°C

を示す.Figure 2 に示すように,飽和密度と増殖因

子除去によって G0 期に導入した tsJT60 は,増殖

因子として血清を添加することで増殖誘導すると,

34°C では 15 時間位ののちに DNA 合成を開始する

が,40°C では全く DNA 合成が起きない(Fig. 2

(A)).細胞数の変化(Fig. 2(B))をみると,34°C

では血清を加えてから 2 日後には細胞数が 2 倍にな

るが,40°C では全く増えない.2 倍になったところ

で増殖が止まるのは,増える余地がなくなるからで

ある.G0 期に導入した細胞を剥がして,血清を含

む培地にまき直した場合も同様で,34°C では増殖

を開始して順調に増えるが,40°C では全く増える

ことはできない(Fig. 2(C)).これに対して,34°C

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10901090 Vol. 126 (2006)

でよく増殖している細胞を 40°C にしても増殖を続

け,何回も細胞周期を回転できる(Fig. 2(D)).ど

ちらの温度でもやがて増殖が遅くなるのは,シャー

レ一杯になったからである.

このような変異株細胞が得られたことは,この変

異細胞で変異している遺伝子の機能は,G0 期から

細胞周期に戻るときだけに必要で,細胞周期内を回

転するには必要がないことを明瞭に示している.つ

まり G0 期を細胞周期の外に描くのが妥当である

(Fig. 1).このような性質を示す変異細胞は,それ

までに例がないものであった.

2-10. この変異株はどのような性質であるか

たくさんのことを調べた.3―11)様々な増殖因子とそ

の組み合わせの中で,実に不思議なことに,血清と

EGF(表皮増殖因子)を一緒に与えると,40°C で

も G0 期から脱出できた.6,8)それぞれ単独ではいく

ら濃度を上げてもだめだった.これがなぜなのか,

今でも分かっていない.癌ウイルスである SV40 を

感染させると,40°C でも G0 期から細胞周期に入れ

た.5)後で述べるように,これについては今なら説

明がつく.

当時,細胞を増殖誘導したときに細胞内で起きる

反応,細胞内シグナル伝達経路の研究が少しずつ進

んでいた.増殖誘導の初期に起きる,いわゆる初期

シグナル伝達経路は調べた限り 40°C でも 34°C と同

じように起きていた.4)それだけでなく,細胞周期

の詳しい解析から,S 期に至るプロセスの大部分は

40°C でも進行しており,S 期直前の R ポイント付

近までは問題なく進行しているのではないかと考え

られた.3,4)しかし,40°C ではそこを超えられな

い,しかし,細胞周期内を回ってきたときは 40°C

でも超えられる.

現在では,サイクリンや CDK(サイクリン依存

的タンパク質キナーゼ),p53,RB といった役者と

それぞれの働きがずいぶん分かっているが,当時は

ほとんど分かっていなかった.細胞周期と G0 期の

間の移行は,増殖調節の機構として最も中心的な命

題であり,癌細胞とは G0 期に留まれなくなった細

胞であることを考えれば当然のことながら,G0 期

の調節を遺伝子レベル,分子生物学レベルで解析す

る手掛かりとなる初めての細胞が得られたことは大

きな注目を集めた.

この辺りのことについて,1986 年の生化学とい

う雑誌に 41 頁に渡る総説『動物細胞の細胞周期―

G0 期の周辺』を書く機会を与えられ,12)また,

1989 年に共立出版社から出した『細胞増殖のしく

み』という本は 10 刷りまで行った.13)

2-11. 変異した遺伝子のクローニング 変異

細胞に正常な細胞(野生株)から取った DNA を導

入して,表現型が正常に戻った細胞(野生型復帰株)

を単離し,ここから導入した DNA 部分を回収する

ことで,変異した遺伝子に対する正常型の遺伝子を

クローニングするという研究が,哺乳類細胞でも始

まっていた.変異した遺伝子の機能・役割を知るに

はこれが一番直接的であることは明らかなので,変

異細胞を取った直後からこれを試みた.長い間,手

を替え品を替えて努力したが,結論から言えば,不

成功に終わった.不成功と一言で終わってもよいの

であるが,少しこの辺りの背景,経緯を紹介したい.

2-12. クローニングの問題点 問題点はいく

つかあった.正常 DNA を導入して野生型に復帰し

た細胞を濃縮・単離するには,40°C で増殖誘導し

たとき G0 期から脱出できる,という性質を使うほ

かはない.しかし,元の変異細胞自身が 40°C でも

100 個に 1 個位は G0 期から出て増殖する.原因は,

100%の細胞をきちんと G0 期に留めることができ

ないためで,3Y1 以外の細胞ではこの値はもっと高

くなる.DNA 導入による野生復帰株は,せいぜい

10-6 程度しか得られないと考えられるので,バッ

クが高すぎる.

2 つ目は,自然復帰変異株の頻度である.温度感

受性変異株というのは,遺伝子のわずかな違い(1

塩基置換)によって作られるタンパク質の高次構造

が温度によって微妙に変化することを狙ったもの

で,細胞を継代維持する間に正常に復帰(自然復帰)

する可能性が高い.一般には 10-6 程度は起きる可

能性があるが,tsJT60 ではもっと高いことが分か

った.つまり,バックが高い.

3 番目は,DNA の導入効率である.遺伝子の導

入効率のよい細胞では遺伝子(cDNA)を導入した

とき,導入細胞は数 10%もの頻度で得られる.と

ころが,tsJT60 は異常に導入効率が悪く,10-6 程

度しかなかった.特定の cDNA を導入した場合で

さえこの程度の頻度なので,ゲノム DNA を導入し

て,特定の遺伝子部分(変異した遺伝子に対する正

常な部分)を取り込んで野生型に復帰する細胞の頻

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Fig. 3. Growth of tsJT60 Cells Transformed with Adenovirus 5 Virus○: 34°C, ●: 40°C. (a) Original tsJT60 cells. (b, c) tsJT60 cells transformed with adenovirus 5 wild type virus. (d―g) tsJT60 cells transformed with adenovi-

rus 5 E1B mutant virus (E1A gene is intact).

1091No. 11

度は,さらに 10-6 以下と考えられ,成功の可能性

はほとんどない.

2-13. 問題点への挑戦 それでも 1 つ目の問

題については,意外な展開があった.様々な癌遺伝

子を導入してトランスフォーム細胞を取ったとこ

ろ,6,7)驚いたことに,アデノウイルスの E1A とい

う癌遺伝子(正確には,E1A と E1B の癌遺伝子の

うち E1B が変異したもの)でトランスフォームし

た変異細胞に限って,34°C では旺盛に増殖するが,

40°C では急速に死滅した(Fig. 3).9,10) DNA 導入

細胞中の復帰株(これは生き延びてシャーレに残る)

が 10-8 程度でも回収できる可能性がある.この性

質は,tsJT60 のほかに得られた同じ性質の変異株

をトランスフォームしたときにもみられ,変異した

遺伝子によるものと考えられた.2 番目の問題は工

夫しようがなかったが,3 番目の問題については,

DNA 導入法を様々に工夫して,cDNA の導入なら

10-3 位にまで導入頻度を高めることができた.11)ゲ

ノム DNA を使うか cDNA を使うかはそれぞれ利

害得失があるが,両方について実際にいろいろ工夫

し,最近に至るまで新たな可能性を考えつくたびに

試してみた.

結局それでも成功には至らなかった.成功しなか

った試みはどんな研究もあることで,一例として紹

介した次第である.なお,これ以外にもたくさんの

面白い性質を持った温度感受性変異株を得て解析し

た14―21)が,省略する.また,変異株細胞とは別

に,細胞周期に関して細胞骨格との関係を含めてい

くつかの結果を得た22―29)が,省略する.

3. 癌遺伝子

3-1. T 抗原という癌遺伝子 当時,癌遺伝子

が癌を起こす原因であることが少しずつ分かってき

ていた.DNA 癌ウイルス SV40 の持つ T 抗原とい

う癌遺伝子(タンパク質も同じ名前)は,使い易い

こともあって,広大赴任前から使っていた.細胞周

期との関係では,T 抗原を導入すると,宿主細胞の

DNA 合成を強力に誘導することが分かっていた.

増殖因子の欠乏や飽和密度で培養した G0 期の細胞

に DMA 合成を誘導することは,強力な増殖因子

として働くだけのようにみえるが,普通なら到底

DNA 合成できないような条件,例えば,最終分化

して増殖能力を失った細胞とか,軟寒天培地に浮遊

させた細胞にも DNA 合成を誘導する.それだけで

なく,先ほど紹介したように,G0 期変異細胞であ

る tsJT60 にも 40°C で DNA 合成を誘導5,7)し,後述

するように老化細胞にさえ DNA 合成を誘導する.

3-2. T 抗原は細胞を G0 期に留まれなくする

細胞周期という観点からは,T 抗原は『細胞を G0

期に留まれないようにする』ことによって,癌細胞

の『自立的増殖能』を付与することが明らかである.

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10921092 Vol. 126 (2006)

癌細胞の特徴は,『よく増殖する』ということでは

なく,『生体内では本来 G0 期に留まるべき環境で

も細胞周期回転を続けてしまう』,言い換えれば

『生体内における増殖の調節機構を外れてしまう』

ことにある.もちろん,これだけが癌細胞の特徴で

はないが,例えば,癌細胞の持つもう 1 つの大きな

性質である『転移』と言う現象に関しても,正常細

胞なら,本来の場所とは別の場所へ移植された細胞

は,周囲の環境によって G0 期に留まらざるを得な

いのが普通であって,この調節が生きていれば,仮

に転移しても転移先の細胞は増殖できない.G0 期

に留まることなく増殖を継続することが,転移とい

う現象の成立に関しても大きな役割を果たしている.

T 抗原はどのようにして細胞を G0 期に留まれな

くしているかに注目して,いろいろと仕事をし

た.30―33)大した成果とは言えないかもしれない

が,少し前の仕事を ProcNAS32),その他33)に発表

し広大へきてからの仕事が Nature に載った.34)最

も,Nature の仕事は,実験解釈上大きな問題のあ

ることがのちに分かった.

3-3. T 抗原の働きに関する現在の理解 われ

われの貢献はささやかなものでしかないが,T 抗原

は様々な働きをするタンパク質であることが現在で

は分かっている.1 つは,T 抗原にはヘリカーゼの

活性があり,ウイルスの DNA 複製開始に係わる必

須の因子であることが分かっている.2 つ目は,そ

れ自身が転写因子として,SV40 の初期遺伝子の発

現抑制と後期遺伝子の発現促進に係わるだけでな

く,様々な細胞遺伝子の発現抑制,発現促進に働く

ことが分かっている.3 つ目は,癌抑制遺伝子の産

物である p53 や RB タンパク質と結合して,それら

の働きを阻害する.癌抑制遺伝子は正常な細胞で機

能していて,そこからできるタンパク質は,細胞が

勝手に増殖しないように抑制する増殖のブレーキと

して機能し,T 抗原はこの働きを阻害する結果とし

て,細胞が DNA 合成へ向かって容易に進行できる

ようになる.それが細胞周期における T 抗原の重

要な働きである.

3-4. 実はそう単純ではない 一応そう理解さ

れているのではあるが,事態はもう少し複雑で,現

在でも未解決の問題がある.温度感受性変異のある

T 抗原遺伝子を持った SV40 ウイルスは,非許容温

度ではウイルスの増殖もできないし,細胞をトラン

スフォームすることもできない.詳しくみると,非

許容温度ではヘリカーゼとしての働きも,転写因子

としての働きも失われているし,p53 とも RB とも

結合できない,p53 の重要な機能の 1 つである p21

の発現も現れるなど,T 抗原の働きが完全に失われ

ているようにみえる.ところが,この条件下でも細

胞 DNA 合成は誘導される.35―38)これは上記の T

抗原の機能だけからは説明困難で,細胞の持つ R

ポイント機構を理解する上でも,新たな機構の発見

につながる可能性がある重要なことと考え,しつこ

く追いかけた.T 抗原が p53 や RB 以外の細胞タン

パク質と結合していることが,細胞 DNA 合成誘導

に関係している可能性がある.T 抗原のほかに同じ

遺伝子から作られる small t 抗原というタンパク質

が係わる可能性もある.この辺りについて定年間際

まで追いかけたが,それぞれ困難な隘路があり,残

念ながら結論が得られていない.

4. ヒトの老化と細胞老化

4-1. 老化と寿命 生まれてから成長期には様

々な意味での体の活性,生理活性は上り坂にある.

成熟期からしばらくは高い活性が保たれたとして

も,やがて次第に下降していく.生体の持つ恒常性

維持機構はこのカーブを維持しようとするが,生体

を障害する様々な要因が押し下げる.このせめぎ合

いの中で,比較的早く老化するヒトも,比較的ゆっ

くり進むヒトもいる.機能維持が限界に達するとこ

ろが老衰による死である.

4-2. 老化の外因と内因 老化に係わる要因を

ごく概略的に外因と内因とに分ける.主な外的要因

は損傷の蓄積である.DNA の損傷が歳とともに蓄

積し,タンパク質の変性や,過酸化脂質の蓄積もい

われている.原因の 1 つは活性酸素である.分子レ

ベルの損傷だけでなく,細胞レベル,組織レベル,

個体レベルでも様々な原因によって損傷が蓄積す

る.損傷の多くは修復されるが,修復は不完全で損

傷の蓄積は不可避である.内的要因には遺伝子が係

わる.長寿の家系が持つ長寿遺伝子には,成人病を

発症させ難い体質の原因となる SNP(single nucle-

otide polymorphysm)があり,こういった遺伝子

レベルの違いの集積が,恒常性維持機構の強弱にも

影響する.遺伝的早老症の原因遺伝子の多くは,ゲ

ノム維持に係わる遺伝子である.DNA の老化への

係わりとしてテロメア短縮があるが,あとで詳述す

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10931093No. 11

る.

4-3. 生存曲線 先進国では平均寿命の伸びが

顕著であるが,18 世紀には先進国といえども 10 歳

まで生きられるのは全体の半分もなかった.その後

も感染症で死ぬヒトが多く,平均寿命は短かった.

ただ,最大寿命は,昔も今も大きく変わっていな

い.整理すれば,1) 平均寿命の伸びは,衛生環境

の改善や医療の進歩によって,人生の途中でなくな

るヒトが減ったためである.2) 若々しく元気な老

人が増え,老化の進行が遅くなっているようにみえ

るのは,衛生・医療だけでなく,生活環境全般の改

善のためである.3) 最大寿命(ヒトでは 120 歳と

言われる)は伸びている訳ではなく,生物学的寿命

の限界は変化していない.現在の日本では,医療環

境,衛生環境,栄養環境などの改善による平均寿命

(ゼロ歳児の平均余命)延長の上に,長寿になる可

能性を持った遺伝的素因が有効に発揮できるように

なって,百寿者が増加していると考えられる.

4-4. 老化と細胞再生能力 老化の過程で起き

る事象については膨大なデータの蓄積があるが,細

胞再生能力の低下による,細胞数の減少,組織・臓

器の萎縮は共通的な特徴である.細胞数だけではな

く細胞機能の低下もみられ,両者相まってシステム

としての劣化が進行する.老化を考える際には,コ

ラーゲンなど細胞間基質の劣化も考慮する必要はあ

るが,細胞間基質の代謝も細胞が果たしていること

であり,細胞自身の老化が重要である.

体細胞全体を増殖能力から 2 つに大別すると,増

殖能力を持った細胞と,増殖能力を失った細胞とが

ある.神経細胞や骨格筋細胞などは増殖能力がな

く,組織再生することはほとんどない.終末分化し

た血球や表皮細胞などの体細胞には増殖能力がない

が,幹細胞の分裂によって供給される.大部分の体

細胞には増殖能力があり,必要に応じて再生する能

力を持っている.ただ,体幹細胞を含むすべての体

細胞には細胞分裂できる回数に限界があり,老化す

る.この辺りについて以下に詳述する.

5. 細胞老化

5-1. 細胞老化とは ヒト胎児の細胞を培養す

ると,一定の分裂回数ののちに増殖停止することが

ヘイフリックによって 1961 年に報告された.39)こ

れを細胞の『分裂寿命』と言う.ヒト細胞は『有限

分裂寿命』である.分裂寿命(分裂できる回数)は

臓器によって異なり,同じ臓器に由来する細胞は同

じ分裂寿命を持つ.誕生後のヒト体細胞は分裂寿命

が短く,年齢が高いほど分裂寿命が短い.分裂寿命

によって『細胞老化』が起き,細胞老化はヒトの老

化の原因になると考えられた.細胞老化の原因とな

る機構については長い間不明であったが,1990 年

代になって,テロメア短縮が原因であることが分か

った.

5-2. 老化細胞の注目点 一定回数の分裂のの

ちに不可逆的な増殖停止状態に陥る老化細胞は,

G0 期と細胞周期との移行に注目していたわれわれ

にとって重要なテーマでもあり,以下のことを念頭

に仕事を進めた.1) なぜ一定回数分裂すると老化

するのか.2) 細胞周期へ戻れなくなるしくみは何

なのか.3) 増殖能力を失った終末分化細胞とどこ

が違うのか.4) ヒトの老化と関係があるのか.こ

れらのテーマは形を変えながら現在まで続いている.

5-3. どんなことが分かったか 本実験開始前

の先人の追試を含めて,様々な実験の結果いろいろ

なことが分かった.1) 分裂回数が問題なのであっ

て,他の因子によるのではない.2) 老化細胞はす

ぐ死ぬのではなく,長期間生存し続ける.3) どん

な増殖因子を加えても DNA 合成を再開できな

い.40) 4) 増殖因子に対する増殖の応答性は,若い

細胞からの継代過程でほとんど変わらないが,老化

する少し前から急速に低下する.40) 5) 増殖因子を

加えたとき,初期シグナル伝達経路は,若い細胞と

同じように起きる.42―44) 6) G0 期変異株細胞のよ

うに,増殖誘導後の細胞内反応の多くは起きるが,

R ポイント付近を通過できないことが DNA 合成を

開始できない原因らしい.このような老化細胞の性

質は,G0 期特異的細胞周期変異株が非許容温度で

示す性質と一見よく似ており,変異株細胞の解析に

よって,細胞老化と言う雲をつかむような現象にも

解決の糸口がつかめるかもしれないと言う期待を持

って進めた.

5-4. 分かったことその 2 7) SV40 の感染に

よって DNA を再開できる.36) 8) 他の DNA 癌ウイ

ルスの感染でも DNA 合成を再開する.41) 9) SV40

を感染あるいは T 抗原遺伝子を導入した細胞は,

分裂寿命が延長(延命)する.35) 10) 分裂寿命を延

長した細胞はしばらく増殖を継続するが,やがて異

常な形態の細胞が急に増えて死滅する(crisis と呼

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10941094 Vol. 126 (2006)

ぶ第 2 の増殖限界).35,38) 11) 正常細胞の老化前の

代数で T 抗原を失活させると,正常細胞様の表現

型になり,飽和密度になるまでよく増殖す

る.35,37,38) 12) 正常細胞の老化後の代数(延命)で

T 抗原を失活させると,増殖は直ちに停止する(老

化細胞様になりすぐには死なない).35,37,38)

T 抗原遺伝子の導入による分裂寿命の延長は,T

抗原が細胞老化に至る過程を遅延させるためなの

か,それとも,老化に至る過程には影響せず老化と

言う限界を乗り越えさせる結果なのか,問題であっ

た.後者が正しければいつまでも増殖を続けるだろ

うから,延命した細胞も結局は限界に達する事実か

らは前者が妥当であろうと予想していたが,結果は

11), 12)に要約した通り,後者が正しいとする結

果が得られた.現在では,細胞の老化はテロメア短

縮によって起きることであり,その過程には T 抗

原は影響を与えず,テロメアが短縮した時点で稼働

する増殖停止機構を T 抗原が阻害することで細胞

は延命することが分かった.

5-5. 分かったことその 3 13) 老化細胞を若

い細胞と細胞融合すると,融合細胞では両方の核で

DNA 合成しなくなる(老化細胞の表現型が優性).

14) 老化細胞には DNA 合成開始を阻止する因子が

存在する.48,50,51) 15) 老化細胞で発現が亢進する遺

伝子と低下する遺伝子があり,diŠerential hybridi-

zation に よ っ て い く つ か を ク ロ ー ニ ン グ し

た.45―47,55)最後の項目について若干付記すると,老

化した繊維芽細胞では,b2 ミクログブリンの発

現,46)インターフェロンの発現,インターフェロン

で誘導される遺伝子の発現が上がる.46,55)これらは

偶発的現象に過ぎないのか,老化細胞では特定遺伝

子のプロモータが共通に活性化されるのか,これら

の遺伝子の発現は老化細胞の機能として意味がある

のかなどの疑問が残ったが,十分な展開はできなか

った.その他にも老化細胞に係わる仕事があ

る49,52,54)が,省略する.

6. テロメアとは何か

1989 年と 1990 年に,ヒトの組織でも培養細胞で

もテロメアが短縮することが示され,これが,細胞

の分裂寿命あるいは細胞老化の原因として,一躍脚

光を浴びた.

6-1. テロメアとは何か 真核生物のゲノム

DNA は直鎖状で,直鎖状 DNA の末端部分は短い

塩基配列の繰り返しからなる特殊な塩基配列からで

きている.5′から 3′へ向かう鎖には,塩基として G

が多く含まれていて,哺乳類では共通して 5′-

(TTAGGG)-3′という 6 塩基からなる繰り返しがあ

り,ヒトの体細胞ではおよそ 10 kbp の長さを持っ

ている.これをテロメア DNA と言う(Fig. 4).た

だ,多くの哺乳類のテロメア DNA は 50 kbp と長

く,類人猿であるチンパンジーやゴリラなどでも同

様である.53)ヒトのテロメアが特に短いことが,老

化にテロメアが係わるという結果を生む.テロメア

DNA の 大部 分は 二本 鎖で ,反 対 側の 鎖 3 ′-

(AATCCC)n-5′は G を含まない.通常の意味での

遺伝子はここには存在しない.一番端の部分では,

3′末端の一本鎖がオーバーハングしていることが特

徴で,G を含む鎖なので最近では G テイルと呼ぶ

(Fig. 4).およそ 100 塩基位の長さで,非常に大事

な役割を持っている.

6-2. なぜテロメアが必要か 真核生物の DNA

がテロメア構造を持つのは,DNA は本来末端を持

たないものとして細胞が認識していることに関係す

る.DNA に末端があったとき,細胞はゲノム

DNA が切断されたものと判断する.DNA の損傷

は実は日常的に起きているが,切断は死に直結する

一大事なので,細胞はいつでも損傷の有無をチェッ

クし,損傷を直す修復酵素を用意していて,切断が

あればすぐに修復しようとする.しかし,直鎖状

DNA の本来の末端はつながっては困る.もし

DNA がテロメア末端同士でつながると,細胞分裂

のときに動原体を 2 つ持った染色体が形成され,染

色体の正常な分離が妨げられ,その結果,異常な染

色体を生じ,細胞死につながるからである.そのた

め,直鎖状 DNA の末端は覆い隠される必要があ

る.これがテロメアの役割の 1 つである.

6-3. テロメアの構造 テロメア DNA はルー

プを形成して末端を隠している(Fig. 5).繰り返

し配列を使って G テイルが内部のテロメア DNA

と部分二本鎖を形成する.この結果,テロメア

DNA は大きなループを形成し,これを t ループ

(telomere loop)と言う.ここには TRF2 という糊

付けタンパク質や,テロメア配列に結合する TRF1

と言うタンパク質がある(Fig. 5).いずれもテロ

メア DNA の塩基配列を厳密に認識して結合し,塩

基配列が 1 つでも変化すると結合できない.実際に

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1095

Fig. 4. Structure of Telomere DNA

Fig. 5. Telomere Ends of Linear DNA are Hidden by t-loopFormation

1095No. 11

は多くのタンパク質と会合した大きな複合体を作っ

ている.このようなテロメア複合体は,核膜のすぐ

内側に存在するヘテロクロマチンとして存在すると

考えられる.

テロメアループを形成するには,1) ある程度の

長さのテロメア長が必要であること(短縮あるいは

消失するとループ形成できない),2) G テイルが

必要であること(短縮あるいは消失するとループ形

成できない),3) 正確な塩基配列が維持されること

(変異すると TRF1 や TRF2 が結合できずループ形

成できない),4) テロメア結合タンパク質が必要で

あること(変異するとループ形成やテロメア長に異

常が生じる),などが分かった.

7. テロメアは短縮する

7-1. テロメアは DNA 複製毎に短縮する テ

ロメア DNA は複製のたびに短縮する(Fig. 6).末

端部分の娘鎖にある RNA プライマーは,DNA に

置き換えられないため,複製終了時には娘鎖の 5′

最末端部分は 100 塩基分程度短縮する.娘鎖の 3′

最末端側では鋳型鎖との間で完全な二本鎖ができそ

うであるが,実際には両末端側に G テイルが存在

することが分かっているので,娘鎖の 3′最末端側

では鋳型鎖が 100 塩基分位分解されるものと考えら

れている.こうして,複製のたびに鋳型鎖も娘鎖も

5′最末端が 100 塩基位短くなる.実験的に証明され

たのは,テロメア DNA を測定する方法が工夫され

た 1990 年以後のことである.

7-2. テロメア DNA は実際に短縮する 始め

は 10 kbp 以上あったヒト胎児繊維芽細胞のテロメ

アは,分裂回数が進むにつれて短縮する(Fig. 7).

重要なことは,およそ 5 kbp 位まで短縮すると細胞

は老化して,増殖を停止することで,これが分裂寿

命の限界である.繊維芽細胞だけでなく,血管内皮

細胞等でも同様である.ただ,5 kbp は平均値に過

ぎず,細胞毎に染色体毎にテロメアの長さは異なる

ため,現実のテロメアサイズには大きな幅がある.

染色体末端のテロメアの 1 つが短縮の限界に達する

と,細胞は増殖を停止すると考えられるが,厳密な

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1096

Fig. 6. Telomere Ends are not Replicated (End ReplicationProblem)

Fig. 7. Telomere and G-tail Shorten in Cultured Cells withProliferation

1096 Vol. 126 (2006)

証明は困難である.前述のように T 抗原という癌

遺伝子は,老化細胞にも DNA 合成を誘導し,T 抗

原によるトランスフォーム細胞は老化を超えてさら

に分裂を続ける(延命).35)しかし延命中にもテロ

メア短縮は進行し,ついに死滅する(Fig. 7).こ

れが crisis である.このとき,テロメアがほとんど

消失するために染色体末端同士の融合が頻繁に起

き,異常な核を持った細胞が急増する.

テロメアが約 5 kbp 付近まで短縮したところで増

殖を止める(細胞老化)のは,テロメア短縮のため

に受動的に増殖できなくなると言うより,テロメア

がさらに消失して細胞死に至るのを防ぐための,正

常細胞が持っている積極的な予防的措置である,と

考えられている.後述するところも含めて,この辺

りをまとめて蛋白質核酸酵素誌56)に総説を,また,

『ヒト細胞の老化と不死化』と言う本57)を出した.

7-3. G テイルも短縮する 最近まで G テイル

を測るよい方法がなかったが,高感度で定量的に測

れる方法を開発して 2005 年に Nature Methods に

報告した.58)細胞分裂の進行とともにテロメアが短

縮するだけでなく,G テイルも短縮する(Fig. 7).

T 抗原を導入した細胞の延命中にもさらに短縮し,

ついにほとんど消失する.分裂寿命にはテロメア全

体の短縮と G テイル短縮の両方が影響するが,G

テイルの重要性は明らかで,テロメア全体がかなり

長くても G テイルが短縮すれば細胞は老化するし,

G テイルが十分に長ければテロメアがかなり短縮

しても老化細胞にならない.この測定方法を使っ

て,今後,老化との関連で様々なヒト疾患との関係

を調べることができると期待される.

7-4. 体内の細胞でもテロメアが短縮する

Figure 8 はわれわれのデータではないが,末梢血液

中のリンパ球のテロメア長を調べたものである.59)

概略的には,年齢の高いヒトほどテロメアが短い,

同じ年齢でも個人差が相当に大きい,5 kbp 以下の

平均テロメア長を持つ例がない,などのことが分か

る.60 歳辺りから平均テロメア長が 5 kbp 程度に

なるヒトが出てくるが,高齢者でも 5 kbp 以下の例

がみられないのは,リンパ球の場合でもテロメア長

が 5 kbp 辺りまで短縮すると増殖が悪くなるためと

理解できる.リンパ球の増殖が悪くなれば,結果と

して感染に対して弱くなる,自己免疫による慢性疾

患が増える,と言ったことにつながる可能性がある

が,実際,60 歳位からそのような変化が顕著に現

れる.もちろん,百歳でも十分に長いテロメアを持

つヒトもいる.と言うより,こういうヒトが百歳ま

で生きられる,というべきであろう.

Figure 9 は第一内科の先生方との共同研究による

肝臓の場合である.高感度で定量的な測定法を改良

し,60)それを使って測定した.61)正常肝ではテロメ

アが 1 年に 100 bp 位短縮することが分かる.肝細

胞はおよそ年 1 回分裂するという教科書的な記述と

よく合っている.ただ,高齢者になってもまだ 5

kbp より長く,肝細胞は高齢者でも十分な再生能力

があると考えられる.慢性肝炎あるいは肝硬変で

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hon p.11 [100%]

1097

Fig. 8. Telomeres in Human Periphery Lymphocytes Shortenwith Age

Fig. 9. Changes in Telomere Size in Human Liver Tissues

1097No. 11

は,同じ年齢の健常者に比べてテロメアが短い.局

所的な細胞再生を繰り返していることを考えれば妥

当な結果で,5 kbp 辺りまで短縮している患者さん

では再生能力が非常に低下している可能性がある.

血管内皮細胞でも年齢とともにテロメアが短縮

し,特に動脈硬化等の病変部では正常部位よりはる

かに短縮している.血管内皮細胞の再生が悪くなれ

ば,損傷部位では基底膜が露出して血栓ができ易く

なる等,病変部をさらに増悪させると考えられる.

血管の老化は,循環の悪化を通して全身の老化に影

響を与える重要な原因としてよく知られていること

で,『ヒトは血管から老いる』と言う言葉もある.

血管内皮細胞のテロメア短縮の程度は,老化を考え

る上で注目に値する.

体内のほとんどの組織・細胞で,年齢に伴うテロ

メア長変化が測定されており,ほとんどの組織で年

齢とともにテロメアが短縮するが,増殖しない神

経,筋肉では短縮しないことが報告されている.

7-5. ヒトの老化との関係 体細胞のほとんど

は増殖能力を持っていて,細胞の置き換えがかなら

ずあるので,年齢とともにテロメアが短縮すること

は避けられないが,高齢者でも体内のすべての細胞

がテロメア短縮の限界に達する訳ではない.ただ,

リンパ球のように,早いヒトでは 60 歳位から平均

テロメア長としては増殖限界に達し,免疫系の機能

に影響を与える可能性がある.組織によっては健常

部位のテロメアは長くても,損傷と修復を繰り返す

部位では増殖限界までテロメアが短縮する可能性が

ある.こういったことが,再生の不良,損傷修復の

不全を引き起こし,組織の萎縮や機能低下,病変の

増悪と相まって,老化という総合的な症状につなが

ると考えられる.

Figure 10 に示したのはわれわれのデータではな

いが,60 歳以上のヒトから血球を採取し,テロメ

ア長を測定して長短の二群に分け,以後 15 年間に

渡る生存率の変化をみた.62)これでみると,テロメ

アの長かったヒトのその後の生存率が,有意に高い

ことが分かる.テロメアが短かかったヒトたちは,

心臓血管系や感染症でなくなる頻度が高かった.

Figure 11 には,テロメア短縮に影響を与える因

子を挙げた.生理的な組織再生による細胞増殖に加

えて,損傷修復による細胞増殖がテロメア短縮の原

因になっていることは紹介した.それ以外にも,

Fig. 11 に示したように放射線や活性酸素等による

ゲノム障害によって,テロメアの異常な短縮がみら

れる.ゲノム損傷は日常的に起きていることであ

り,特に活性酸素は老化の主たる外因と考えられ

る.遺伝的変異による遺伝的早老症でも,テロメア

短縮や異常な代謝がみられる.つまり,テロメア短

縮には内因と外因の両方が係わる.

7-6. テロメア短縮による細胞機能変化 この

Fig. 11 の右の方で,テロメア短縮による遺伝子発

現の変化が老化に影響するように描いた.Figure

12 はヒト繊維芽細胞の例で,細胞の分裂回数が 31

回と若いとき(31 代と言うことにする)には,

KGF(keratinocyte growth factor)や IGF-II( in-

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hon p.12 [100%]

1098

Fig. 10. Human Survival Depends upon Telomere Length

Fig. 11. Causes of Telomere Shortening

Fig. 12. Changes in Expression Level of Growth Factors ac-cording to Cellular Senescence of Human Fibroblasts

KGF (keratinocytes growth factor), IGFII (insulin-like growth factorII), and GAPDH (glyceraldehydes 3-phosphate dehydrogenase) as a controlof expression level. PDL (population doubling level). : Cells growth-ar-rested at saturation density at 37 PDL.

1098 Vol. 126 (2006)

sulin-like growth factor)などの増殖因子遺伝子が

よく発現している.63,64)しかし 60 代目では,細胞

増殖能は若い細胞と変わらないにも係わらず,遺伝

子発現が低下している.87 代の老化細胞では,全

く発現がみられない.37 代の星印は,細胞を飽和

密度において完全に増殖停止させたもので,このと

きには発現は低下していないので,老化細胞での発

現低下は単純に増殖が止まった結果ではない.もち

ろん,増殖状態にも細胞老化にも影響されず,発現

の変わらない増殖因子もある.Figure 12 の右側

は,この繊維芽細胞にテロメアを延長するテロメ

ラーゼという酵素の遺伝子(hTERT)を導入して,

テロメアが延長した細胞である.テロメアが延長し

た細胞では,分裂を繰り返しても増殖因子の発現が

若い状態のまま保たれる.63)似たことは,血管内皮

細胞の増殖因子遺伝子の発現でもみられた(未発

表).増殖因子の生産は,産生細胞自身だけでなく

周囲の細胞の増殖にも大いに影響を与えることは当

然で,老化とともに細胞の増殖能力が低下するの

は,テロメア短縮による直接効果のほかに,増殖因

子の生産能力が低下することが関係しているのかも

しれない.

Figure 13 は,様々な年齢のヒトから採取された

繊維芽細胞を使って,細胞の全タンパク質を調べた

プロテオーム解析である(未発表).タンパク質の

スポットの濃さを規格化して,それぞれのサンプル

間で比較した結果が棒グラフで表示してある.左か

ら右へ向かって,0 歳(若)から 97 歳(老)まで

順に並べてある.全体の中では一部に過ぎないが,

かなり多くのタンパク質スポットが年齢に従って発

現が上昇する,あるいは低下する傾向を示すことが

分かる.これらのことは,細胞の老化に伴ってテロ

メア短縮が起き,それが遺伝子の発現を変化させる

ことを示し,それが個体の老化に係わることを示唆

している(Fig. 11).

8. 早期老化

8-1. 早期増殖停止という現象 繊維芽細胞や

血管内非細胞など,一部の細胞を除いてヒト体細胞

の大部分は,培養系で長い間増殖を続けることがで

きない.培養系ではほとんど全く増殖しない細胞か

ら,数回から 20 回程度は分裂できる細胞など様々

であるが,テロメア短縮以前に増殖停止してしま

う.培養系の不備による増殖停止ということで,し

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hon p.13 [100%]

1099

Fig. 13. Proteome Analysis of Human Fibroblasts from Patients of DiŠerent Ages

Fig. 14. Response of Cells against Wide Variety of Stress

1099No. 11

ゃれてカルチャーショックと呼ばれる.ほかにも,

ヌクレオチドアナログの取り込み,活性酸素への曝

露や DNA 損傷剤によるゲノム損傷,ある種の代謝

阻害剤による増殖停止,あるいは異常タンパク質の

蓄積や小胞体ストレスなどによっても,テロメア短

縮に係わりなく増殖が停止する.

8-2. これは細胞老化なのか 以上に述べた増

殖停止の例が細胞老化との関連で注目されたのは,

増殖停止した細胞の表現型が,テロメア短縮による

増殖停止と区別がつかないことからであった.扁平

で大きな特有の細胞形態を示すこと,特徴的な遺伝

子発現の変化があること,老化細胞の特徴と考えら

れていた SA(senescence associated)b-gal の発現

が共通してみられる.テロメアが短縮していないこ

とを除けば,いわゆる老化細胞との区別がつかな

い.テロメア短縮以前の細胞老化ということで,こ

れを早期老化とも言う.他方,増殖停止のすべてが

老化細胞様の表現型を示す訳ではない.生体内の細

胞の多くは増殖停止しているが,老化細胞ではな

い.培養系でも,増殖因子の欠乏,飽和密度,細胞

の分化など,いわゆる生理的条件下での増殖停止は

老化細胞の表現型を示さない.したがって,老化細

胞の表現型を示して増殖停止するのは,特別な意味

があるに違いない.

8-3. 早期老化とはどういうことか 現在,細

胞への様々な不都合な事態に対する細胞の応答反応

の 1 つが細胞老化である,と理解される.Figure

14 に示すような様々な不都合な事態(ストレスと

総称する)に対して細胞はまず一時的に増殖を停止

し,ストレスへの対応反応を細胞内で引き起こす.

例えば DNA 損傷というストレスに対して修復酵

素が十分に働いて損傷が修復されれば,細胞は再び

増殖を開始できる.しかし,十分に損傷を修復しき

れない,しかし細胞を殺すほどのことではないと判

断されれば,細胞を生かしたまま増殖を永久に停止

させる.これが細胞老化である.テロメア短縮とい

う損傷(ストレス)は修復することができないので

細胞老化を引き起こす.しかし,細胞老化を起こす

のはテロメア短縮に限らないことが理解できる.も

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hon p.14 [100%]

1100

Fig. 15. Cellular Senescence by Exposure to HydrogenPeroxide

A) Growth-arrest and senescence-associated b-gal (SA-b-gal) expres-sion by hydrogen peroxide exposure. B) Telomere mutation by hydrogenperoxide exposure revealed by Southern hybridization using probes with wildtype and mutant base sequences.

Fig. 16. Extension of Proliferative Lifespan of Human Os-teoblasts by Low Oxygen Pressure and Addition of AscorbicAcid

1100 Vol. 126 (2006)

っと損傷が大きくて修復しきれない,あるいはその

ような細胞を生かしておくことが個体に不都合であ

れば,細胞はアポトーシスを起こして死ぬ.

様々なストレスに応答する細胞内反応については

現在研究が進行中であって,細胞老化の場合につい

てはあとで紹介するが,活性酸素や遺伝的早老症と

の関係を紹介しておく.

8-4. 活性酸素 Figure 15(A)は,ヒト繊維芽

細胞に過酸化水素を処理し続けた場合の増殖曲線

で,棒グラフは老化細胞に特有の b-gal を発現した

細胞の頻度である.細胞形態でみても b-gal の発現

でみても老化細胞になる(未発表).遺伝子発現変

化についても老化細胞と同じ変化が得られている.

通常の老化は 80 代を超えてから起きるから,42 代

での老化は早期老化である.高濃度の過酸化水素を

処理すれば,アポトーシスによって死ぬ.テロメア

長の短縮はこの間にほとんどみられないが,テロメ

アを検出するテロメアプローブとの結合量が非常に

低下している(Fig. 15(B)).これは,テロメア配

列に変異が起きている可能性を示す(未発表).活

性酸素は 3 つ並んでいる G の 1 番目を高頻度に T

へ塩基置換する.テロメアプローブとして,

TTATGG を検出する配列を使うと,対照細胞

DNA のシグナルは非常に弱いにも係わらず,過酸

化水素処理した細胞 DNA のシグナルが強いことが

分かった(Fig. 15(B)).過酸化水素を処理した早

期老化細胞では,テロメアループの糊付けタンパク

質 TRF2 の存在量は変化しないが,テロメアに結

合している量が著しく低下していることが分かった

(未発表).活性酸素によってテロメア配列の塩基が

変化し,TRF2 が結合できなくなり,テロメアは

ループを巻けず細胞は老化すると理解される.

活性酸素を下げたらどうなるか.ヒトの骨芽細胞

を培養したとき,通常は 18 代位で早期老化し増殖

が止まる(Fig. 16).気相(空気)の酸素濃度は約

20%である.気相の酸素濃度を 3%に下げて培養し

たとき,40 代位まで分裂を継続する.さらに,活

性酸素を消去するアスコルビン酸を添加すると,50

代以上にまで分裂寿命が延びる(未発表).普通の

酸素が細胞内で活性酸素を作って毒性を発揮してい

ることが分かる.ただ,早期老化を起こす細胞の多

くは,低酸素にするだけで分裂寿命が延びる訳では

ない.

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hon p.15 [100%]

1101

Fig. 17. Shortening of Proliferative Lifespan of HumanFibroblasts with Donor Age and in Patients with Premature-senescence Syndrome

1101No. 11

8-5. 活性酸素と老化 ショウジョウバエや線

虫に,活性酸素を消去する働きを持った遺伝子を導

入しておくと,寿命が延びるという報告がある.他

方,酵母,線虫,ショウジョウバエだけでなく,マ

ウスでも,変異が起きて遺伝子産物の機能が低下す

ると長寿になる,という遺伝子がある.これは,ど

の生物にも保存されている共通性の高い遺伝子で,

哺乳類では IGF-1(insulin-like growth factor)やイ

ンシュリンが働くときのシグナル伝達経路の遺伝子

群である.これらの遺伝子群の変異体は,個体の大

きさが小さく活発ではないといった問題はあるが,

長寿になる.また一方では,カロリー制限が寿命を

延ばす,という研究はマウスでかなり古くから知ら

れていた,霊長類のサルでも実験が進行中で,途中

経過としては通常のサルが既に老化した症状を示し

ているのに対して,カロリー制限したサルはまだ若

々しく保たれているという.寿命が延びる機構は十

分に分かっていないが,活性酸素と遺伝子とカロ

リー制限の三題噺から共通に考えられることは,過

剰なエネルギー消費を抑えると活性酸素の産生が抑

制され,寿命が延びるという関係がみえる.ただ,

糖の過剰な代謝が,活性酸素とは別に細胞に早期老

化を引き起こす機構がある可能性もある.

8-6. 遺伝的早老症 ヒトの遺伝的早老症に

は,広義のものまで含めるとたくさんの例が知られ

ている.これらの早老症は,細胞レベルでは細胞老

化と早期老化のいずれかあるいは両方に係わるもの

と思われる.Werner 症候群,Bloom 症候群,

Rothmund-Thomson 症候群の原因遺伝子は DNA

ヘリカーゼで,Ataxia-telangiectasis 症候群の原因

遺伝子(ATM)は,ゲノム損傷修復に係わるシグ

ナル伝達系で働くタンパク質キナーゼの遺伝子,

Nijmegen 症候群,Cockaine 症候群,Xeroderma

pigmentosum の原因遺伝子は,いずれもゲノム損

傷の修復に係わる遺伝子群である.遺伝子の産物は

テロメア辺りに局在しているものも多い.

早老症患者さんの細胞は,細胞の分裂寿命が短い

ことが報告されている(Fig. 17).これらの患者さ

んの細胞では,テロメア短縮が早いこともたびたび

報告されている.76)テロメアは短い塩基配列の繰り

返しのため,ほかの DNA のテロメア配列同士の間

で二本鎖を形成して絡まる可能性が高い.ウエル

ナー症候群のヘリカーゼ(WRN 遺伝子)はテロメ

ア部位に局在しており,試験管内ではテロメアの絡

み合いを解きほぐす.65)患者さんのリンパ球は培養

中にテロメア長が異常な変動を示し,66,67)健常者の

リンパ球が EB ウイルスの感染によって一部が不死

化するのに対して,患者さんのリンパ球は全く不死

化しない.68)その他,リンパ球の不死化についての

結果があるが省略する.69―75) WRN 遺伝子あるいは

ATM 遺伝子の変異はテロメアの長いマウスでは早

老症を現さないが,テロメアを短縮させると WRN

変異も ATM 変異も早老症が現れる.ヒトのテロメ

アは元々短いため,これらの遺伝子の変異による早

老症が現れ易いものと考えられる.Hutchinson-

Gilford progeria(プロジェリア)症候群の原因遺

伝子は核骨格タンパク質ラミン A であるが,この

場合,テロメアの異常短縮とともに,異常なラミン

タンパク質の蓄積による細胞ストレスが早期老化を

引き起こす.

9. 増殖停止のプロセス

9-1. 増殖誘導によって起きる細胞内プロセス

Figure 18 は非常に単純化したものであるが,細胞

に増殖刺激が与えられたのち,DNA 合成開始に至

る細胞内で起きるシグナル伝達経路である.増殖因

子によって初期シグナル伝達系が働き,初期遺伝子

が活性化され,初期遺伝子によって作られた転写因

子が二次遺伝子を活性化し,やがてサイクリンと

CDK(サイクリン依存性キナーゼ)タンパク質が

合成・蓄積し,この複合体が活性化されると,癌抑

制遺伝子タンパク質の 1 つである RB をリン酸化す

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1102

Fig. 18. Intracellular Signal Transduction Process Leading tothe Induction of DNA Synthesis Fig. 19. Interruption by Cell Stress of Signal Transduction

Process Leading to Proliferation

1102 Vol. 126 (2006)

る.E2F は DNA 合成に必要な酵素の遺伝子を活性

化する転写因子であるが,RB がリン酸化されるこ

とによって E2F が活性になり,DNA 合成に必要な

酵素遺伝子が活性化され,やがて S 期へ進行する.

T 抗原は,p53 タンパク質にも RB タンパク質にも

結合して働きを失わせ,G1 チェックポイントを働

かなくさせる.

9-2. ストレスがあったとき ストレスがあっ

たらどうなるのか.ストレスがきたとき,重要な反

応の 1 つは癌抑制遺伝子として有名な p53 の活性

化である(Fig. 19).タンパク質としての活性化だ

けでなく,この遺伝子が活性化されて p53 タンパ

ク質が増える場合もある.p53 タンパク質は,転写

因子としてたくさんの遺伝子を活性化あるいは逆に

抑制するが,その中でも重要なのは,p21 遺伝子の

活性化である.その結果,p21 タンパク質がたくさ

ん作られてサイクリンと CDK の複合体に結合し,

その働きを阻害する.その結果,これ以降の反応が

進行せず,S 期への進行は阻止される.

p53 を介さない経路もあり,例えばストレス応答

MAP キナーゼが知られている.p53 を介さずに

CKI(cyclin-dependent kinase inhibitor)が作られ

てサイクリンと CDK の複合体を阻害する(Fig. 19).

CKI は複数の遺伝子を含むファミリーで,p21 もこ

のファミリーの一員である.正常細胞が飽和密度に

達したとき,あるいは正常細胞を浮遊状態においた

とき,p53 を介さずに p16 や p27 などの CKI の仲

間が誘導されて増殖停止を導くが,これらの場合に

は老化細胞の表現型が現れる訳ではない.複数の経

路にはストレスの種類によって共通部分と特異的な

部分があり,相互のクロストークもある.

9-3. G1 期チェックポイント機構 このよう

な増殖停止機構が,細胞周期のところで述べた R

ポイントの機構でもあり,最近では G1 チェックポ

イントと呼ばれる.チェックポイントでは,細胞周

期のある時点から先へ進行してよいかどうかがチェ

ックされ,不都合があると細胞周期をそこから先へ

進ませない.G1 チェックポイント以外に,S 期内,

G2 期内,M 期内には,それぞれ重要なチェックポ

イントがある.DNA 損傷に対しては主に p53 の経

路が働いており(Fig. 20),p21 を発現させて増殖

を停止させるほか,DNA の損傷を修復する酵素の

遺伝子群を活性化して修復を促進する働きや,損傷

が大き過ぎたときには p53 タンパク質に別の修飾

が起きて活性化され,アポトーシスを起こすための

遺伝子が活性化されたりする.このように p53 は

重要な働きをしていて,ゲノムの守護者(guardian

of genome)とも言われるが,ストレスとしてはゲ

ノムの損傷だけに働いている訳ではない.

9-4. 細胞老化による増殖停止 繊維芽細胞で

は,老化するにつれて p21 の発現が急に増加し,

やがて増殖停止する.51)通常,p21 の発現は p53 に

よって促進されることが多いが,細胞老化の場合に

はそれだけではない.老化細胞で上昇するだけでな

く,T 抗原遺伝子を導入して延命している細胞で

も,継代とともに上昇する.T 抗原によって p53 タ

ンパク質が不活性化される結果,p21 発現量は著し

く低下するが,継代とともに次第に上昇する(Fig.

21).51) p53 を介する p21 の上昇は 3 分の 1 程度で

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1103

Fig. 20. Signal Transduction Process via p21 towardsGrowth-arrest

Fig. 21. Induction of p21 with Cellular Senescence

Fig. 22. Mechanism in p21 Expression with Cellular Senes-cence

1103No. 11

しかなく,3 分の 2 は p53 の関与なしに p21 の上昇

があることが分かった(Fig. 22).実際,p53 をノ

ックアウトしてた細胞でも,老化に伴う p21 の上

昇が見られる(未発表).p21 遺伝子のプロモータ

配列をレポータ遺伝子につないで細胞に導入してお

くと,導入細胞が老化するにつれてレポータ遺伝子

の発現が急上昇するが,プロモータ領域から p53

タンパク質の結合部位を除去してもレポータ遺伝子

の発現は上昇する(未発表).これに対して,ゲノ

ム損傷の際には,p53 変異細胞や,p53 結合部位を

除去した変異プロモータでは,p21 は全く発現が上

がらない.

9-5. 細胞老化における p21 発現へのシグナル伝

達経路 現在のところ,p53 経路以外の候補は,

先ほども上げた MAP キナーゼカスケードである.

ストレス応答 MAP キナーゼカスケードの阻害剤を

老化細胞に処理すると,p21 の発現が抑制されるだ

けでなく,老化細胞が増殖を継続するようになる

(未発表).老化細胞の p21 遺伝子のプロモータ領

域には,若い細胞に比べて HDAC(histone dea-

cethylase)がたくさん結合していることが分かった

(未発表)(Fig. 20).ヒストンを脱アセチル化する

ことでクロマチン構造を緩め,転写を促進すると考

えればこれは妥当なことである.

細胞老化に係わるシグナル伝達経路はほとんど未

知である.p21 の発現調節にしぼって話を進めたが,

p21 タンパク質の分解も非常に大きな調節を受けて

いて,存在量の調節には合成も分解も重要である.

テロメア短縮を検知するタンパク質は何から始まっ

て,それを p21 量の調節にまで伝えるシグナル伝

達経路のすべてが未知というほかはない.

10. テロメラーゼ

テロメア短縮によって,細胞は分裂寿命が決めら

れていることが分かった.すべての細胞に分裂寿命

があるなら,よほど長いテロメアを持っていたとし

ても子孫ほどテロメアが短くなりやがて生物は絶え

てしまう.ほとんどの真核生物の細胞は,テロメア

を延長する酵素テロメラーゼを持っている.

10-1. テロメラーゼとは テロメラーゼは,

触媒作用を持つ酵素タンパク質サブユニット

(hTERT:human telomerase reverse transcriptase)

と,テロメア配列の鋳型となる RNA サブユニット

(hTR:human telomerase RNA component)との複

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hon p.18 [100%]

1104

Fig. 23. TelomeraseFig. 24. Distribution of Telomerase in Various Human Tis-

sues and Cells

1104 Vol. 126 (2006)

合体である(Fig. 23).hTERT 遺伝子のクローニ

ングは困難なものであったが,当時東京工業大学

(現京大)におられた石川先生のグループが成功さ

れ,共同研究の成果として Nature Genetics に報告

することができた.77)この 2 つのサブユニットによ

る複合体だけでテロメラーゼ活性を示すので,酵素

反応には必要十分と考えられる.ただ,ほかにも会

合しているタンパク質が知られ,細胞からテロメ

ラーゼを分画すると非常に大きな複合体として回収

される(未発表)ので,核内で反応する際には多く

のタンパク質からなる複合体の形成が必要であると

考えられる.

10-2. テロメラーゼの反応 テロメラーゼ

は,鋳型 RNA を鋳型として,プライマーとなる

DNA の 3′末端にテロメア DNA を延長する,一種

の逆転写酵素である.プライマーの塩基配列はテロ

メアでなくてもよい.酵素反応としては 6 塩基を延

長すると一休みしてまた 6 塩基を延長する.ただ,

6 塩基の延長毎に酵素が外れるかどうかには問題

で,はずれずに鋳型あるいは延長した DNA が尺取

り虫のように移動するという考え方もある.テロメ

ラーゼが延長するのは,オーバーハングしている

G テイルをさらに延長することで,これによって

一本鎖が十分延長すれば,逆側の鎖はこれを鋳型に

して通常の DNA 合成が進行して,二本鎖が合成さ

れると考えられている.

10-3. テロメラーゼの分布 真核単細胞生物

には例外なくテロメラーゼがある.テロメラーゼが

十分に働くことでテロメアが保たれ,テロメア短縮

による分裂寿命はない.真核多細胞生物では,生殖

系列の細胞群にはすべてテロメラーゼ活性がある.

植物の体細胞には,調べられた限り大抵テロメラー

ゼ活性があり,基本的に分裂寿命のない不死化細胞

である.株分けや,挿し木など,栄養生殖で何百年

も植物体を増やせるケースが多いのは,体細胞が不

死化細胞であることが背景にある.動物の場合で

も,体細胞がテロメラーゼ活性を持っているケース

が多い.いわゆる下等動物だけでなく,脊椎動物の

魚類でもテロメラーゼ活性を持つものが多い.哺乳

類でも,例えばマウスの繊維芽細胞には強いテロメ

ラーゼ活性がある.霊長類のチンパンジーでさえ,

かなりの体細胞組織に活性がみられる.53)このよう

に,生物界全体としてはテロメラーゼがあるのが標

準である.

10-4. ヒトの場合 生物界全体の中では哺乳

類はかなり特殊であるが,中でもヒトでは体細胞の

ほとんどにテロメラーゼ活性がないことが顕著であ

る(Fig. 24).生殖系列の細胞には強いテロメラー

ゼ活性があり,発生過程では受精卵から始まって発

生初期にはすべての細胞に強い活性がある不死化細

胞と考えられる.ES 細胞(胚性幹細胞)も不死化

細胞である.発生が進んで体細胞が分化すると,組

織によって時期の違いはあるがテロメラーゼ活性が

消失し,それ以後は有限分裂寿命になる.誕生後の

体細胞にはほぼテロメラーゼ活性がない.ただ,血

球や表皮,消化管上皮などの幹細胞やリンパ球に

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1105

Fig. 25. Immortalization of Human B Lymphocytes after Infection with EB Virus

1105No. 11

は,成人でも弱いテロメラーゼ活性があり,78)分裂

ごとのテロメア短縮を減弱し一生を通じて多くの細

胞を供給できる.ただテロメラーゼ活性は弱く,こ

れらの細胞群も年齢とともにテロメアが短縮する.

したがって,体幹細胞を含めてヒト体細胞は有限分

裂寿命である.

10-5. テロメラーゼの発現調節 ヒトでは,

テロメラーゼを発現していない体細胞でも,鋳型

RNA は発現しているのが普通で,テロメラーゼの

発現は触媒サブユニット( hTERT)の発現量

(mRNA 量)で決まる.77)転写後調節や,タンパク

質レベルでの修飾などによる活性調節についての報

告もあるがマイナーである.発現調節の 1 つは,分

化形質のように,ある時期以降は金輪際発現しない

タイプの調節である.発生とともに体細胞で抑制さ

れるテロメラーゼの再発現は,滅多なことでは起き

ない.後述するように,癌細胞の多くは強く発現し

ているが,癌細胞と正常細胞とを細胞融合すると,

融合細胞ではテロメラーゼの発現が抑制される.79)

発現しない表現型が優性である.しかも,特定の正

常ヒト染色体を導入すると,癌細胞のテロメラーゼ

発現が抑制されて,テロメアが短縮する.80)発現し

ていない体細胞では発現調節領域と遺伝子領域のメ

チル化が高いことが分かっている(未発表).テロ

メラーゼ遺伝子のプロモータ領域をレポータ遺伝子

につないで癌細胞に導入すると強く発現するが,正

常体細胞に導入したときは,導入遺伝子が宿主

DNA に組み込まれる前には発現がみられるもの

の,宿主 DNA に組み込まれたあとはレポータの発

現が強く抑制される.組み込まれた後ではクロマチ

ン構造による調節が働くことを示唆する(未発表).

10-6. ヒト細胞は滅多なことでは不死化しない

ヒトの体細胞を培養系で不死化することは,非常に

難しいまれな事象である.テロメラーゼがなかなか

再発現しないからである.唯一の例外として,B リ

ンパ球に癌ウイルスの一種である EB(Epstein-Barr)

ウイルスを感染させると 100%不死化すると信じら

れてきた.しかし,50 例のヒトからリンパ球を頂

戴して EB ウイルスを感染させて培養し続けたとこ

ろ,大部分は長短様々な分裂寿命を持っていて,不

死化するのは 10%程度に過ぎないことが分かった

(Fig. 25).60,68―70)エイジーン研究所の杉本さんとの

仕事である.リンパ球には元々弱いテロメラーゼ活

性があるが,培養中に低下しテロメアも短縮する.

しかし,不死化したリンパ球には,例外なく強いテ

ロメラーゼ活性がありテロメア長は保たれる.ウエ

ルナー患者さんの場合には,44 例の中で不死化し

たものは 1 例もなかった.68)他の遺伝的な特徴を持

つ患者さんの例では,11 例中 5 例が不死化すると

言う高頻度で,不死化には遺伝的な背景が係わるこ

とを示しているが,詳細は不明である.

ヒトが生まれたとき,体細胞のテロメアが比較的

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1106

Fig. 26. Immortalization of Human Astrocytes after Transfection with hTERT

1106 Vol. 126 (2006)

短く,テロメラーゼの発現がなく,一生の間に増殖

限界近くまで短縮する可能性があることが,他の生

物と違ってテロメア短縮が個体の老化に深く係わる

原因である.他方,テロメラーゼの再発現が強く抑

制されていることが,ヒトにおける癌の発生を極め

て低く抑えている原因の 1 つである.

10-7. テロメラーゼ発現の量的調節 テロメ

ラーゼが発現している細胞でも,増殖状況によって

活性の上下がある.酵素活性の上下は,この場合で

も hTERT の転写調節で行われる.また,細胞周期

の中でも,S 期には活性が高く,ほかの期では活性

が低い.81)このような活性の上下に係わる転写調節

は,クロマチン構造の変化ではなく,転写因子によ

って行われるようで,よく知られた Myc という転

写因子は上皮系の細胞では hTERT の転写を上昇さ

せる.テロメアを維持するテロメラーゼ活性の必要

十分量は分かっていない.正常細胞にもごく微量の

テロメラーゼ活性があって G テイルの短縮を遅く

しているとの報告もあるが,詳細は省略する.

11. 細胞の不死化

ヒトの正常体細胞にテロメラーゼを発現させるこ

とは難しいが,適当なプロモータに接続した

hTERT 遺伝子(cDNA)を導入すれば,テロメラー

ゼを発現して不死化細胞になる.

11-1. 多くのヒト体細胞は不死化する ヒト

体細胞に hTERT 遺伝子(cDNA)を導入すること

で多くの細胞が不死化した.われわれが試みたもの

だけでも,胎児や成人の繊維芽細胞,血管内皮細胞

だけでなく,平滑筋細胞,肝実質細胞,肝間葉系細

胞,アストロサイト,乳腺上皮細胞など多くの例が

ある.Figure 26 にはアストロサイト,82) Fig. 27 に

は肝実質細胞(未発表)の例を示した.いずれの細

胞も通常は 20 回位しか分裂できないが,hTERT

を導入することで不死化する.

11-2. 不死化した細胞は正常表現型を示す 不

死化細胞は,形態,増殖速度,増殖因子依存性など

が若い正常細胞と同様であるだけでなく,本来の分

化機能がよく維持される.肝実質細胞では,アルブ

ミンの産生や薬物代謝酵素 CYP の発現など,多く

の機能が維持されている(未発表).多くの遺伝子

の発現をみても,正常細胞とほとんど同じである.

染色体の構成も正常である.一般に,分化した細胞

を培養系に移すと,本来持っていた分化機能を比較

的速やかに消失することが多いが,hTERT を導入

した細胞では維持されることが多い.テロメア短縮

によって老化しつつある細胞でも,hTERT 導入に

よって若返ることは前述した.癌細胞的な表現型は

示さず,細胞増殖の接触阻止能,足場依存的増殖は

保たれ,動物に移植しても造腫瘍性はみられない.

11-3. 不死化しない細胞もある ただ,あら

ゆる体細胞が不死化する訳ではない.上皮系細胞の

中には hTERT 導入だけでは不死化しないものがあ

る.われわれの実験でも,骨芽細胞は hTERT の導

入で不死化できないだけでなく,分裂寿命の延長も

みられなかった(未発表).上皮系細胞の多くや骨

芽細胞もカルチャーショックを受けるが,まず T

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hon p.21 [100%]

1107

Fig. 27. Immortalization of Human Fetal Hepatocytes after Transfection with hTERT

1107No. 11

抗原を導入してカルチャーショックによる増殖停止

を乗り越え,なおかつ hTERT の導入によってテロ

メア短縮を阻止するという二重の処置によって例外

なく不死化する.しかし骨芽細胞の場合はちょっと

特殊である.培養条件の工夫によってカルチャーシ

ョックを回避し,60 代位まで増殖を継続するよう

にしても hTERT 導入によって不死化できなかった

(未発表).これらの細胞系では,増殖停止に際して

p21 ではなく p16 の発現が著しく上昇することが分

かった(未発表).骨芽細胞の場合,Bmi1 遺伝子

の導入によって p16 の働きを抑えると,hTERT の

導入によって増殖を継続するようになる(未発表).

増殖停止のしくみも,それを乗り越えさせるしくみ

も,細胞によってずいぶん違う訳で,一筋縄では行

かないことが分かる.

11-4. 不死化細胞の利用 培養細胞は様々な

目的で使われるが,体内にあったときの機能を維持

することがなかなか難しい.組織から切り出して培

養に移したばかりの初代培養細胞は異なった細胞腫

の混ざりで,注目する細胞だけを純化させることも

一般に増殖能力が乏しい(カルチャーショック)の

で,困難である.しかも培養中に分化機能を失う.

何度もヒトから採取するのは大変であるし,別のヒ

トから取った細胞では個人差があって,同じ性質を

示すとは限らないため,初代培養を使う研究者は苦

労している.ある程度の正常な分化機能を維持し

た,均質でいくらでも増殖する細胞集団として,不

死化細胞が使える.正常細胞の機能解析にはもちろ

ん有用だし,遺伝性疾患の解析にも有用で,毒性試

験や有用物質の生産,ヒト感染ウイルスのワクチン

生産等にも利用できる可能性がある.

11-5. ヒトへの応用は可能か 通常の体細胞

にせよ,幹細胞にせよ,hTERT を導入した不死化

細胞は,再生医療や移植医療や抗老化医療にも使え

るだろうか.動物実験レベルでは,不死化した b

細胞の糖尿病ラットへの移植,急性・慢性肝疾患ラ

ットへの不死化肝細胞移植による救命,骨や軟骨へ

の移植治療など,様々な応用が試みられている.た

だ,hTERT の導入によって不死化した細胞は,正

常な表現型を維持しているとは言え,導入した遺伝

子が宿主細胞のゲノム DNA に組み込まれている部

分ではゲノムが変化している.これが悪い影響を与

えない保証はない.もう 1 つは,テロメラーゼの発

現は,後述するように細胞が癌化する際の必須の一

歩であることへの危惧である.したがって,ミリポ

アフィルターのような膜を介した人工肝臓に患者さ

んの血液を還流するとか,b 細胞やホルモン産生細

胞をミリポアチャンバーに封じて移植するなどは可

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1108

Fig. 28. Search for Compounds that may Induce EndogenousTelomerase Gene

1108 Vol. 126 (2006)

能であろうが,不死化細胞を直接に体内へ移植する

ことは,患者さんの生死に直接係わる緊急時を除い

ては避けるべきではないかと思われる.

11-6. 内因性 hTERT の発現誘導 テロメラー

ゼ遺伝子を自在に発現させる薬があれば,必要なと

きだけ発現させて細胞を若返らせる可能性がある.

自分自身の細胞を活発に再生する再生医療や抗老化

医療にも使えるかもしれない(Fig. 28).後述する

毛嚢の例をヒントにして,頭に塗れば毛髪の再生に

も効く可能性がある.hTERT のプロモータ領域に

レポータ遺伝子をつないで癌細胞に導入すると発現

するが,正常細胞に導入すると全く発現しない.正

常細胞を元に検定細胞を作って,発現を誘導する薬

を探せばよい.逆に,癌細胞で発現しなくなる薬

は,テロメラーゼ発現を抑制する薬になる.実際に

スクリーニングを開始している.

11-7. テロメラーゼはテロメア延長だけが機能

か テロメラーゼはテロメアを延長するが,

hTERT を導入した細胞の振る舞いは,それだけと

言えないところがある.肝実質細胞やアストロサイ

トが hTERT 導入によって不死化することを紹介し

たが,これらの細胞は,通常なら 20 代前にカルチ

ャーショックで増殖停止し,テロメア短縮はほとん

どみられない.この場合,hTERT を導入するだけ

でカルチャーショックを免れて増殖を継続すること

は,テロメア延長では説明できない.培養に移した

細胞はしばしば速やかに分化機能を消失するが,

hTERT を導入した細胞では分化機能が維持される

ことが多い(未発表).ウエルナー患者さんの細胞

では高頻度に染色体異常が起き,蓄積するが,

hTERT で不死化した繊維芽細胞では染色体異常が

ほとんど蓄積しない(未発表).hTERT 導入で不

死化した繊維芽細胞は,そうでない細胞に比べて癌

化に抵抗するという報告もある.細胞が正常性を維

持する好都合な変化が起きているようにみえる.

11-8. 幹細胞への影響 ヒトの骨髄には多能

性幹細胞があることが分かって,これを再生医療に

応用することが臨床的にも行われるようになってき

た.血管の再生には臨床で使われており,心筋や神

経の再生にも試験的に使われ始めている.問題の 1

つは,多能性幹細胞はたくさん取れないことで,少

数の細胞では移植しても効果がないことである.培

養で増殖させてそれを移植できればよいが,培養系

でなかなか増殖しないのと,増殖しても移植後の分

化能が低下するなどの問題がある.このような幹細

胞に hTERT を導入すると,培養系での増殖能がよ

くなり,分化する性質も維持されると言われる.と

は言え,テロメラーゼによる幹細胞の挙動の変化

が,テロメア延長によって現れるという説明は難し

い.

11-9. 不思議なことは他にもある 2005 年の

Nature に出た報告83)によれば,TERT 遺伝子を導

入したマウスの毛嚢細胞でテロメラーゼを恒常的に

発現させると,毛がふさふさしたマウスができる.

驚くべきことに,テロメア延長機能を失わせた変異

TERT 遺伝子を導入したときにも,正常遺伝子を導

入したときと同じ効果が現れるという.この報告が

正しければ,毛をふさふささせる働きはテロメラー

ゼ遺伝子のテロメア延長以外の機能によるものであ

る.

12. 癌とテロメラーゼ

12-1. 細胞の癌化と不死化 細胞が癌化する

とき,発癌物質,放射線,癌ウイルスと原因が何で

あれ,結局は遺伝子が変化することが分かったこと

は大きな進歩であった.これらの癌遺伝子は,増殖

の異常を含めて癌細胞が癌らしい表現型を表すこと

に働く.培養系の発癌実験で,マウスの細胞は容易

に癌化するのに,ヒトの細胞は極めて癌化し難いこ

とは顕著であった.ヒト細胞に癌細胞らしい表現系

を与えることは容易であっても,癌細胞らしい表現

型と不死化とは全く独立の事象で,それが両方とも

起きることが癌化には必須なのである(Fig. 29).

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1109

Fig. 29. Tumor Cell Phenotype and Immortalized Phenotype

Fig. 30. Telomerase Activity in Various Human Tumor Tis-sues

Fig. 31. Telomerase Activity in Human Liver

1109No. 11

テロメラーゼ活性が比較的容易に測定できるように

なった 1995 年頃から,多くの臨床の先生方と一緒

に癌組織でのテロメラーゼ活性やテロメラーゼ遺伝

子産物の発現を調べた84―105)ところ,大部分の癌組

織でテロメラーゼ活性陽性であった(Fig. 30).

12-2. 肝癌におけるテロメラーゼ活性 高感

度で定量的で,短時間に簡便に測定できる方法を開

発し,106,107)これを使って第一内科の先生方と肝臓

について測定した結果を Fig. 31 に示す.正常な肝

では活性が全く検出できない.慢性肝疾患では弱い

活性が検出される例が半分以上あるが,炎症部位に

浸潤しているリンパ球による弱い活性を検出してい

るものと思われる.非癌部では 1000 個に 1 個以下

の値なので,これ以上の活性を癌細胞の存在による

ものと仮定し,肝癌についてみると,高分化型,中

分化型,低分化型と,悪くなるに従って陽性率も活

性の強さも上昇することが分かる.高分化型は,ほ

とんどが 1 cm 以下で特徴的な癌マーカーの発現も

10 から 30%しか検出されないレベルであることを

考えると,テロメラーゼ陽性率は高いと評価でき

る.さらに注目されることは,いわゆる前癌病変と

されるノジュールでもかなりの頻度で活性が陽性に

出ることである.これらについては,直ちに処置す

るか経過観察するかは臨床医の判断であるが,いず

れにせよ他の診断マーカーに比較して,非常に早期

から情報が得られることは大きな進歩である.

12-3. 不死化した細胞だけが癌になれる 体

内で癌として検出できるまでには,多くの場合,癌

細胞への最初の変異が生じてから 20 年,30 年とい

う年月を経ていると考えられている.少数の癌細胞

が増殖しつつ死滅しつつ変異を重ねて臨床的に検出

できる癌組織にまで成長するためには,不死化しな

ければならない.非常に初期の癌でもテロメラーゼ

活性陽性なのはそれを示している.初期の癌で検出

できることは臨床応用として重要であるが,癌の発

生機序を考える上でも大きな貢献であった.悪性化

の進行とともにテロメラーゼ活性が上昇する場合が

多いが,細胞 1 個当たりの活性が上がるためか,陽

性細胞の頻度が上がるためなのかは簡単には分から

なかった.当時,東京工業大学におられた石川先生

がお作りになったテロメラーゼの抗体を使って免疫

染色したところ,主に陽性細胞の頻度が上がるため

であることが分かった.100)なお,正常な肝細胞は

ほとんど染まらなかったが,グリソン鞘に近い部分

に少数の染色される細胞があった.肝幹細胞の可能

性として興味深い.

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11101110 Vol. 126 (2006)

12-4. その他の癌組織 実にたくさんの癌組

織について測定したが,強い関心のあった胃癌や大

腸癌では,肝臓ほどうまく行かなかった.1 つの問

題はテロメラーゼ活性測定を妨害する強い阻害因子

の存在で,テロメラーゼの鋳型 RNA を分解するこ

とが分かり,RNase 阻害剤の添加で解決した.93)癌

診断法としての問題は,正常な組織に幹細胞があっ

て,弱いながらもテロメラーゼ活性があることであ

る.大部分の例で正常部位に比べて癌部位の活性が

高いのではあるが,癌組織との間の活性変化が連続

的で,癌と非癌との間のテロメラーゼ活性に明確な

線を引くことができなかった.なお,正常な大腸組

織で陰窩の部分だけを単離して上部と下部に分ける

と,幹細胞のある下部にかなり強い活性がみられ

た.96)ただ,テロメラーゼタンパク質を免疫染色す

るとかなり上部の細胞にも検出でき,上部にはタン

パク質はあっても活性がなくなるものと思われた.

転移のために血中を流れる少数の癌細胞を検出で

きないか,尿から膀胱癌の細胞を検出できないかな

ど,多くの試みもしたが,安定な結果は得られなか

った.十二指腸にカテーテルを入れて,膵臓癌の細

胞を採取して測定することは,比較的安定に成功し

た.104)いずれにせよ,組織によっては非常に早期

から検出できるよい方法と言えるものの,細胞を採

取しない限り測定できないことは大きな制約である.

12-5. テロメラーゼ陰性の癌細胞 表から分

かるように,一部の癌組織はテロメラーゼ陰性であ

る.これらの癌細胞も実は不死化していると考えら

れる.培養系でもテロメラーゼ活性のない不死化細

胞があるが,テロメア配列検出プローブで染まる大

小様々なスポットが,染色体外にみえることが分か

った.108)ここには,直鎖状のテロメア DNA 断片が

多くのタンパク質とともに集合体を形成し,単離で

きる.109)この短い染色体外テロメア DNA との間で

頻繁に組み替えを起こすことで,染色体末端のテロ

メアが延長・維持されると考えられ,ALT(alter-

native lengthening of telomere repeats)と呼ぶ.テ

ロメラーゼ陰性細胞のテロメア長をサザン法で調べ

ると非常に長く(20 kbp 以上)みえるが,染色体

末端のテロメアを in situ 染色するとシグナルは非

常に弱く,108)明らかに矛盾する.サザン法で長く

みえるのは,DNA 精製の過程で,染色体 DNA の

テロメア末端と染色体外テロメア配列との間で部分

的二本鎖を形成し,絡まった大きな DNA として電

気泳動されるためと分かった.65,110)

12-6. テロメラーゼと制癌剤 正常細胞が癌

細胞になるまでには様々な変化が必要である.正常

細胞なら当然アポトーシスを起こすような場合で

も,癌細胞はアポトーシス抵抗性を獲得していて,

簡単には死なない.老化細胞で発現上昇することを

みつけた,インターフェロンで誘導される遺伝子の

1 つ55)が,アポトーシスへの抵抗性を与え癌細胞で

発現が高いことが分かった.111)新たな制癌剤の

ターゲットは,ほかにも様々にあり得るであろう.

多くの従来型の制癌剤が増殖阻害剤であり,増殖の

旺盛な正常細胞も殺すために強い副作用があり,新

たなターゲットが模索されている.癌組織の大部分

にはテロメラーゼ活性があり,正常体細胞の大部分

にはないことから,当初,多くの製薬企業がテロメ

ラーゼ阻害剤の開発に参入したが,現在ではフェイ

ズ II まで行ったごく一部を除いて撤退している.

テロメラーゼを阻害しても,癌細胞が増殖を続けて

テロメアが短縮するのを待たなければならないこと

が当初から大きな問題であった.siRNA などによ

ってテロメラーゼを抑制しても,テロメア短縮の限

界まで増殖を続けてから死ぬ(未発表).これでは

役に立たない.

12-7. 新しい制癌剤 テロメア配列には G 塩

基が並んでいて,DNA は四重鎖を形成できる.鎖

の間に入り込むことによって,四重鎖形成を安定化

するテロメスタチンという抗生物質がある.東大分

生研の新家先生の発見である.培養系で癌細胞に与

えると 1 週間以内に死滅するが,正常細胞では同じ

濃度でほとんど影響がない(Fig. 32).112)テロメス

タチンを与えられた癌細胞では強いアポトーシスが

起きている.テロメア全体のサイズには短縮がみら

れないが,G テイルが著しく短縮している(Fig.

33).テロメアループの糊付けタンパク質であった

TRF2 は,テロメアから外れる(Fig. 34).テロメ

ア配列への TRF1 タンパク質の結合は少し低下す

るだけである.蛍光染色でみても,テロメア部分に

TRF1 は局在しているが,TRF2 はほとんどみえな

くなる.テロメスタチンはテロメアの G テイルを

短縮させ,糊付けタンパク質 TRF2 が結合できな

くなり,テロメアループが崩壊し,その結果,癌細

胞が死ぬ,というプロセスが考えられる(Fig. 35).

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1111

Fig. 32. Telomestatin Kills Tumor Cells Immediately, Selec-tively, and EŠectively

Fig. 33. Telomestatin Shortens Telomere G-tail

Fig. 34. Telomestatin Removes TRF2 from Telomere DNA

Fig. 35. Telomestatin Destroys Telomere t-loop and KillsTumor Cells

1111No. 11

ただ,癌細胞と正常細胞に対する選択毒性の機序

は現在のところ説明がつかない.正常細胞に

hTERT 遺伝子を導入して不死化した細胞もテロメ

スタチンで死なないので,テロメラーゼの有無と言

う単純なことではない.テロメラーゼが働くように

なった癌細胞では,テロメア部分のクロマチン構造

が正常細胞とは異なっているのではないかと想像し

ている.テロメラーゼの活性阻害ではない新たで有

効な制癌ターゲットを示したという点で,大きな進

歩と考えている.

13. おわりに

細胞周期の仕事から細胞老化まで,ほぼ一貫して

『細胞増殖のしくみ』の周辺にいた.仕事はいつも

そうであるように,これで終わりと言うことはな

く,進むにつれて益々分からないことがみえてく

る.実際,多くのテーマが進行中であることは,今

まで紹介した中にも垣間みえる.とは言え,一応こ

れで一区切りと言うことで,更なる展開は次の世代

に任せようと思っている.

謝辞 広島大学の 28 年間のうち,始めの 10 年

間は石橋教授の助教授としてのびのび仕事をさせて

いただいた.ただ,その時期にもそのあとで教授に

なってからも,一緒の仕事をする教員のポストがな

いという状況が長く続いた.赴任した次の年から定

年まで,200 から 400 人もの利用者を抱えた劣悪な

医歯薬学 RI 共同施設を切り盛りしなければなら

ず,研究は著しく制約された.助手席がいただけた

頃からは,学部や研究科の管理職的仕事に忙殺され

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hon p.26 [100%]

11121112 Vol. 126 (2006)

るようになった.そんな訳で,研究面で不本意なと

ころはあるが,多くの先輩や研究仲間・同僚を始

め,研究室の教職員,学生のご援助と献身とに恵ま

れ,全体として振り返ればそれなりに面白く仕事を

展開できたと思っている.関係各位に心からお礼を

申し上げる.学生や院生の教育についても力を入

れ,この間の経験や講義録を元に実験手引書113)や

教科書,114―118)その他119)を書いたが,いずれも非常

な好評を持って世に迎えられたことは,予想外では

なかったとは言え望外の幸せであった.

本稿と同趣旨の原稿を,『広島大学医学雑誌』か

らも依頼されている.趣旨からして内容的にほとん

ど同一にならざるを得ないが,両雑誌の読者はほと

んどオーバーラップしておらず,お許しいただきた

い.

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