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磁性超入門(2佐藤勝昭 ()科学技術振興機構 長岡技術科学大学セミナー 2013.1.25()

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磁性超入門(2)

佐藤勝昭

(独)科学技術振興機構

長岡技術科学大学セミナー 2013.1.25(金)

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第3章 鉄はなぜ強磁性になるのか まぐねの国の探索。この回は、なぜ鉄は強磁性になるかです。鉄は金属磁性体なので、スピン偏極バンドの考えを使って強磁性を説明します。ついで、絶縁性磁性体の強磁性を分子場理論で説明します。なお、バンド理論の初心者のために簡単な解説を付録につけました。

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3.1 鉄の磁気モーメントは原子磁石で説明できない

• 磁石というとほとんどの人が鉄Feを思い浮かべますね。にもかかわらず、鉄がなぜ強い磁性をもつかは、長い間なぞでした。

• 第2章で、磁石をどんどん小さくしていくと、最後は原子磁石(まぐね語では、原

子の磁気モーメント)に到達することを学びました。そして、原子磁石の磁気のもとは電子の周回運動(軌道角運動量)と電子の自転(スピン角運動量)であるということを知りました。

• 原子磁石どうしの間にそろえあう力が働かなければ、原子磁石の向きはランダムになって自発磁化をもちません。磁界を加えるとすこしずつ磁化が磁界の方を向いて磁化が誘起されます。これを常磁性といいます。

• 4f希土類イオンを含む常磁性体の磁化率の温度依存性は、軌道角運動量とスピン角運動量の両方が寄与するとしてよく説明できるが、3d遷移金属イオンを

含む常磁性体の磁化率はスピン角運動量のみが寄与するとしてよく説明できます。

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交換相互作用

• もし、隣接する原子磁石の間に磁石の向きを同じ方向にそろえあう力が働いたら、この物質は強磁性になり、隣接する原子磁石を逆方向にそろえ合う力が働いたら、反強磁性になります。原子磁石をそろえ合う力は、電子が担っており、交換相互作用といいます。強磁性体にはキュリー温度があり、この温度を超えると自発磁化を失うのですが、熱揺らぎが交換相互作用に打ち勝ったため自発磁化を失うのだと考えることができます。

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Fe原子あたりの磁気モーメント

•鉄の強磁性が、原子磁石が方向をそろえていることに よって生じているとしたら、鉄の1原子あたりの磁気 モーメントの大きさはいくらになるでしょうか。

•鉄原子は、アルゴンArの閉殻 [1s22s22p63s23p6]の外殻 に3d64s2という電子配置をもちます。閉殻はスピン角運 動量も軌道角運動量もゼロなので、外殻電子のみが磁性に寄与します。

• 3d遷移金属では軌道角運動量が消失しているので、磁気モーメントはスピンのみから生じます。2個の4s電子のスピンは打ち消しています。

• 3d電子が6個なのでフントの規則によって、図3.1に示すように全スピン角運動量はS=4×1/2=2です。従って、原子あたりの磁気モーメントの大きさは=2SB=4Bであるはずです。

• ところが、実験から求めた鉄1原子あたりの磁気モーメントは2.219Bしかないのです。鉄だけでなく、コバルトCo(1.715B)やニッケルNi(0.604B)でも磁気モーメントは原子磁石から期待される値よりずっと小さくなっています。

図3.1 フントの規則による3d6

電子系のスピンの配置

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遍歴電子モデル

• 「金属では、電子は原子の位置に束縛されていないのに、原子磁石で考えるのはおかしいのではないか」という質問があり、「第3章でお答えする」と書きました。金属磁性体では、まさに、原子磁石では説明できない現象が起きているのです。

• 金属では、電子が原子位置に束縛されないで金属全体に広がって「金属結合」に寄与しています。このように、金属全体に広がった電子という考えに沿って磁気モーメントを考える立場を「遍歴電子モデル(itinerant electron model)」または「バンド電子モデル(band electron model)」といいます。

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鉄のバンド構造

• 磁性体といえば、だれもが鉄Feを思い浮かべます。Feは金属です。

• 一般に金属であればエネルギーバンドモデルでは伝導帯の電子状態の一部が占有され残りが空いているような電子構造を持つはずです。

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3.2 非磁性金属のバンド構造と磁性金属のバンド構造

金属においては、一般に伝導帯の電子状態の一部が電子で占有され、残りが空いているような電子構造をもちます。電子が占有された最も上のエネルギーはフェルミエネルギーEFといいます。

(a)はアルカリ金属(Na,Kなど)のs電子に由来するバンド状態密度である。

(b)は、磁性をもたない遷移金属のバンド状態密度である。S電子帯に加えて、狭く状態密度の高いd電子帯が重畳している。

(b)

Energy

D

O

S

EF EC

(a)

Energy

D

O

S

EF EC

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常磁性金属と強磁性遷移金属

• 磁性がある場合のエネルギーバンドを考えるに当たっては、電子のスピンごとにバンドを考えなければならない。右側が上向きスピン、左側が下向きスピンを持つ電子の状態密度である。

• 普通の非磁性金属では図(a)のように、左右対称となる。これに対し、強磁性体では、図(b)に示すように上向きスピンバンドと下向きスピンバンドとに分裂する。分裂は、狭い3dバンドで大きく、広いspバンドでは小さい。 この分裂を交換分裂という

DOS

(down spin)

EC

EF

(b)

↑ ↓

DOS

(up spin)

E

DOS

(up spin)

EC

EF

(a)

↑ ↓

DOS

(down spin)

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Q3.1. クーロン相互作用が大きいと交換相互作用も大きいのですか?両者の関係がわかりません。

• 磁性体中の磁気モーメントが互いに向きを揃え合うように働くのが交換相互作用(exchange interaction)です。なぜ「交換」というのでしょうか。

• これはもともと、原子内の多電子系において、電子と電子の間に働くクーロン相互作用の総和を考えるときに、電子同士が区別できないことによる「数えすぎ」を補正するために導入された項に由来します。従って、交換相互作用は、クーロン相互作用に比例するのです。

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3.3 鉄の磁気モーメントはバンドモデルで説明できる スレーター・ポーリング曲線

• 種々の遷移金属合金について1原子あたりの原子磁気モーメントと平均電子数の関係を示した曲線。

• Crから始まって45の

傾斜で上昇する半直線か、Fe30Co70付近からNi60Cu40に向かって-45で下降す

る半直線のいずれかに載っています。 Fe, Co, Niの磁気モーメントはそれぞれ2.2, 1.7, 0.6μB 、こ

の値はフント則から期待される値より小さい.

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強磁性金属のスピン偏極バンド構造 ↑スピンバンドと↓スピンバンドの占有状態密度の差によって

磁気モーメントが決まる

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FeとNiのバンド状態密度

Ni

スピン状態密度

Ef

E

Fe

スピン状態密度

E

Ef

Niは↑スピンバンドは満ち、↓バンドにはわずかな正孔しかない。n↑-n↓=0.6

• Feは↑スピンバンドに比し↓バンドの状態密度がかなり小さい。n↑-n↓=2.2

↓バンドに0.6個の空孔があると、Cuからs電子が流れこみ、Cuが40%合

金したときモーメントを失う。

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Q2: バンド図の横軸に書いてあるとかとかHとかの記号は何を表しているのですか。

• エネルギーバンド分散曲線の横軸は電子の波の波数kです。結晶の周期性のため、バンドは逆格子の周期性をもち、隣接する逆格子点の中間点がブリルアンゾーン(BZ)の端になり、バンドはここで折り返されます。

• 3次元のBZは複雑な形になります。図は、bcc構造の結晶のBZです。点は原点でk=(0,0,0)に対応します。H点はk=(1,0,0)点に対応します。原点()から<100>方向にH点にいたる直線にはという名前がついています。

• E-k分散曲線は、BZの原点()からH点(k=(1,0,0)a*)に沿ってのダイヤグラム、H点からN点(k=(1,1,0) a*/21/2)に沿ってのダイヤグラム、N点からP点(k=(1,1,1)a*/31/2)に沿ってのダイヤグラム、P点から原点に沿ってのダイヤグラムを屏風のようにつなぎ合わせて示したものです。

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Q3: バンド分散曲線って何に役立つのですか

• 私の知るところでは、Feの--Hに沿っての分散曲線は、(1) Fe/Au多層膜の磁気光学スペクトルを理解するときおよび、(2) Fe/MgO/Fe TMR素子を設計するときにたいそう役立ったということです。

• 図3. 6は、Fe/Au接合においてバンド構造がどのように接続するかを表したものです。 Feのバンドで網をかけた範囲には、Auのバンド分散曲線がありませんから、この範囲に励起された電子は、Feの内部に閉じ込められ、Auに進むことができません。一方、Auのバンド構造で網をかけた範囲には、対応する下向きスピンのバンドの分散がないので、AuからFeに上向きスピンの電子は進むことができるけれども、下向きスピンの電子はFeに向かって進めず、Au内に閉じ込められ量子準位をつくります。

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3.4 自発磁化が生じるメカニズム:局在電子モデル

• 金属の強磁性の発現は、スピン偏極したバンドにおける上向きスピン電子と下向きスピン電子の数の差によって説明されました。

• 一方、鉄の酸化物など絶縁性の磁性体では、原子磁石(磁気モーメント)が向きをそろえて並ぶならば、自発磁化の大きさが説明できます。なぜそろえあうのでしょうか?これに回答を与えたのはワイスでした。ここでは、ワイス(Weiss)による現象論的な理論である「分子場理論」を紹介します

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ワイスの分子場理論

• ワイスは、図3.7(a)に示すように、強磁性体の中から1つの磁気モーメント(図では○で囲んである)を取り出し、その周りにあるすべての磁気モーメントから生じた有効磁界Heffによって、考えている磁気モーメントが常磁性的に分極するならば自己完結的に強磁性が説明できると考えました。これがワイスの分子場理論です。このとき磁気モーメントに加わる有効磁界を分子磁界 (molecular field)と呼びます。

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磁化の温度依存性を説明する

磁化Mをもつ磁性体に外部磁界Hが加わったときの有効磁界はHeff=H+AMと表されます。Aを分子場係数と呼びます。量子力学によれば、AはA=2zJex/(N(gB)2)で与えられます。ここにJexは交換相互作用、zは配位数です。 この磁界によって生じる常磁性磁化Mは、すべての磁気モーメントが整列したときに期待される磁化M0=NgBJで規格化して、 M /M0=BJ(gBHeffJ/kT) (3.1) という式で表されます。ここで、BJ(x)という関数は、全角運動量量子数Jをパラメータとするブリルアン関数 という非線形関数です。

強磁性状態では外部磁界がなくても自発磁化が生じるので、H=0のときの有効磁界Heff=AMを(3.1)に代入し M/M0=BJ (gBAMJ/kT)=BJ ((2zJexJ

2/kT) M/M0) (3.2) が成立しなければなりません。

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自発磁化が存在する条件

ここで左辺をyとおき(y=M/M0)、BJの引数をxと置くと、 (3.2)式は

y= (kT/2zJexJ2)x (3.3)

y=BJ(x) (3.4)

の連立方程式となります。 これを図解したのが図3.8です。図3.8の曲線は式(3.4)をJ=1/2, 3/2, 5/2の場合についてプロットしたものです。一方、図3. 8の細い直線は、式(3.3)を表します。その勾配はTに比例するので、温度が高いほど急に立ち上がります。

自発磁化が生じるのは、直線(3.3)と曲線(3.4)の交点がある場合です。低い温度(T1)では交点があるので自発磁化が存在しますが、高い温度T>Tc

では交点がなく、自発磁化は存在しません。

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自発磁化の温度変化

• 図3.9は、両者の交点から自発磁化Mの大きさを温度Tの関数と

して求めた曲線です。多くの強磁性体の磁化の温度依存性の実験値は、FeやNiのような金属

であっても分子場理論によってよく説明できます。

図3.9 自発磁化の温度変化

×は鉄、●はニッケル、○はコバルトの実測値、実線はJとしてスピンS=1/2,1,∞をとったときの計算値

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3.5 キュリーワイスの法則

磁気モーメント間に相互作用がない場合、常磁性体の磁化率 =M/Hの温度変化は、キュリーの法則に従い、 =C/T (3.5)

で与えられます。もし、1/ をTに対してプロットして図3. 10の上の直線のように原点を通れば常磁性です。

強磁性体のキュリー温度以上では、磁気モーメントがランダムになり常磁性になります。このときの磁化率は、キュリーワイスの法則

=C/(T-p) (3.6) で与えられます。 pのことを常磁性キュリー温度と呼びます。1/ をTに対してプロットしたとき図3.10の下の直線のように、外挿して横軸を横切る値がpです。この値が正であれば強磁性、負であれば反強磁性です。

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キュリーワイス則

•キュリーワイス則はワイスの分子場理論にもとづいて説明されます。有効磁界はHeff=H+AMで与えられます。一方、MとHeffの間にはキュリー則が成立するので、M/Heff=C/T と表せます。これらを連立して解くと、

•M=CH/(T-AC)が得られます。p=ACとすれば、

•=M/H= C/(T-p) (3.7)

•となって、キュリーワイス則が導かれました。

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Q3.4: 鉄は遍歴電子で、鉄の酸化物は局在電子で説明できるとありましたが、何が両者を分けているのですか

• 遍歴電子で考えるか、局在電子で考えるかの分かれ目は、バンドの幅W、すなわち電子の動きやすさと、電子相関U、すなわちクーロン相互作用の強さのどちらが優勢かで決まります。

• 3d電子系は不完全内殻をもっているので、単純に考えれば3dバンドは部分的にしか満ちておらず、金属的な電気伝導を示すはずです。しかし、電子が隣の原子のある軌道に移ろうとするとき、すでにその軌道に電子が1個占有しているなら、同じスピンの電子が移ってきても同じ軌道に入れないので、別の空いた軌道を占めるのでエネルギーの増加はないのですが、逆向きスピンの電子が移ってくると、同じ軌道に入ることができるためクーロン相互作用が強くなり、電子相関Uだけ高いエネルギーが必要になります。

• もしバンド幅WがUより十分大きいならば、電子が移動したほうがエネルギーを得するので金属的になりますが、WがUより小さいと、電子の移動が妨げられ、電子は原子位置に局在するのです。これをモット局在と言います。ワイドギャップの酸化物などでは、金属に比べバンド幅が狭いので、局在しやすいのです。

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Q3.5: どうして、金属である鉄やニッケルの磁化の温度依

存性が局在電子系を出発点としている分子場理論で説明できるのでしょうか?

• 鉄やニッケルの3dバンドは、図3.5(a)に示すように波数に対してエネルギーが大きく変化する広い3dバンドと、波数を変えてもエネルギーがほとんど変化しない狭いバンドから成り立っています。幅の狭いバンドは、局在性の強いバンドです。つまり、3d遷移金属の電子密度は結晶全体に広がる成分と、原子位置付近に局在する成分から成り立っています。原子付近に振幅をもつ成分に関しては、局在電子的に振る舞うと考えることができます。そのことは、実験で得られた磁化曲線がS=1/2でよくフィットできることにも見られます。

• ちなみに、MB. Stearnsは、Feに不純物を添加したときのメスバウア効果の研究から、不純物の磁気モーメントが、Feからの距離に応じて振動的に変化していることを見出しました。これに基づいて、鉄には局在3d電子と遍歴3d電子とがあって、遍歴3d電子が間接交換(RKKY)相互作用(付録B-3参照)を通じて局在3d電子のスピンをそろえるために強磁性になるという解釈をしました。遍歴電子磁性も物理的にはいろいろな解釈ができるようです。

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Q3.6: 常磁性相でのキュリーワイス則は金属磁性体では成り立たないのでしょうか

• 金属伝導性をもつ物質でも、キュリーワイス則に従う物質が見られます。原子位置付近に局在する成分があるとすればキュリーワイス則が成立しても不思議ではありません。また、金属伝導性をもつ強磁性体CoS2において磁化率はT*と呼ばれる温度以上でキュリーワイス的振る

舞いをします。これは守谷理論によって、縦モードのスピンの揺らぎが飽和することによって説明されています7)。

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遍歴電子磁性体の常磁性相では交換分裂はなくなるのですか?

• 「スピン偏極光電子分光によって上向きスピンバンドと下向きスピンバンドの温度変化を見ると、Niでは、分裂幅は磁化率と対応して小さくなるのに対し、Feでは分裂幅

は変化せずに強度比が変化して磁化率に対応する。」とされています。単純ではないようです。

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第3章のまとめ

• 第3章は鉄がなぜ強磁性になるかを出発点にして、磁気秩序と自発磁化の起源について探索しました。

• 遍歴磁性を出発点としたのは、実用的な磁性体の大部分は金属または合金であること、および、スピンエレクトロニクスにおいては、バンドモデルが出発点になっていることなどを考慮したからです。

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第4章 磁気ヒステリシスのなぞ まぐねの国の探索。この回は、磁気記録を入口として、磁性体を特徴づけている磁気ヒステリシス曲線について学びます。

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4.1磁性体を特徴づける磁気ヒステリシス • 磁性体を特徴づけるのが、磁気ヒステリシス曲線です。磁気記録はヒステリシスを利用しています。半導体の分野から磁性の分野に入った方が最初に戸惑うのが磁気ヒステリシスです。半導体デバイスでも電荷の蓄積によって起きるヒステリシス現象も見られるのですが、半導体そのものの物性にはヒステリシスは見られません。

• 第2章で、磁性体の磁気ヒステリシスは磁区を考えると説明できると書きました。バルクの磁性体の磁化曲線は磁区を考えて初めて説明できます。しかし、磁性薄膜の場合、単磁区磁性体のナノ粒子から構成されると、磁区に分かれていなくてもヒステリシスが見られるのです。実際、ハードディスクには、単磁区ナノ粒子からなる記録媒体が使われています。

• 実は、ヒステリシスのもとになっているのは磁気異方性なのです。特に最近のハードディスクは垂直磁気記録方式なので、垂直磁気異方性をもつ媒体材料が求められます。

• 第1章で、磁性体の「かたさ(磁化反転のしにくさ)」を表すのが保磁力で、保磁力が大きいとハード磁性体、小さいとソフト磁性体になると述べました。保磁力には磁気異方性が関わっているのですが、それだけでは説明できません。磁壁の核発生や、磁壁移動のピン止め(ピニング)などが関わっているのです。磁気記録媒体や永久磁石の開発では、磁気異方性の高い材料を探索するとともに核発生や磁壁移動を抑えるための技術的な工夫が行われています。

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4.2 磁気記録とヒステリシス

• コンピュータのストレージやテレビの録画に用いられているハードディスクでは、磁気ディスクという円盤状の記録メディア上の磁性薄膜に情報が記録されます。

• 図4.1は磁気ディスクの円周に沿ってどのように記録されているかを磁気力顕微鏡(magnetic force microscope)によって画像化した映像です。図を見ると、白黒の縞模様が見られますが、これは記録メディアの表面にN、Sの磁極が配列している様子を表しています。

• 模式的に描くと図4.2のように、NSの向きの異なるたくさんの永久磁石が円周に沿ってならんで磁気のパターンを作っています。

• ハードディスクではどうやって、このような磁気のパターンを記録できるのでしょうか。それを説明するキーワードが磁気ヒステリシスです。

図4.2 垂直磁気記録の模式図

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磁気ヒステリシス曲線

• 図4.3は、磁性体の磁化Mを磁界Hに対して描いた磁化曲線です。消磁状態(H=0, M=0)に磁界Hを加え増加したときの磁化Mの変化を初磁化曲線と呼びます。4.4にくわしく述べるように、磁化はこの曲線に沿って増加し、ついには飽和します。いったん飽和したあと、磁界を減じるともとには戻らず、図の矢印で示すようなループを描きます。

• このように、外場をプラスからマイナスに変化させたときとマイナスからプラスに変化させたときで径路が異なりループが生じる現象をヒステリシスといいます。ヒステリシスループがあると、磁界が0の時に正負2つの磁化状態をもちますから、この2つの値を1と0に対応させれば不揮発性の磁気記録ができるのです。

図4.3 強磁性体の典型的な磁化曲線

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4.3 磁性以外にもあるヒステリシス

• ヒステリシスは強誘電体の電界Eと分極Pの間にも見られます。図4.4は硫酸グリシン(TGS)という強誘電体の誘電ヒステリシスループです。ここでは電束密度D=0E+Pを縦軸に、Eを横軸にとってあります。強誘電メモリ(FeRAM)は強誘電体の残留分極Prを用いて情報を記録しています。

• このように、安定な2つの状態があって、両者の間にはポテンシャルの障壁があり、閾(しきい)値を超えないと応答しない系を双安定系といいます。このような系ではヒステリシスを示します。

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機械系のヒステリシス

• ヒステリシス現象は、機械系にも見られます。図4.5のように2つの歯車がかみ合っているとき、歯車1を左方向に回すときには歯車2はついてきますが、逆に右方向に回そうとすると、バックラッシュの角度だけ回転しないと、歯車2に回転が伝わりません。

• この場合も、歯車1が歯車2の右の壁にくっついた状態と、左の壁にくっついた状態という2つの安定状態があって、応答にバックラッシュという閾値動作があるためにヒステリシスが生じます。

図4.5 歯車もヒステリシスをもつ

”hysteresis”の語源は、ギリシャ語で「遅れ」を表すことばで、外界の変化

に対して応答が遅れることを意味しています。磁気ヒステリシスを磁気履歴ということがありますが、これは、hysteresisとhistoryを混同した誤訳に基づくものだといわれています。

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4.4 初磁化曲線と磁区

• 図のAにおいては、第2章に紹介したように反磁界による静磁エネルギーを小さくしようとして磁区に分かれ全体の磁化がゼロになっています。

• いま、磁化容易方向に磁界を加える場合を考えます。図4.6の初磁化曲線のB点に相当する磁界HBより弱い磁界を加えた場合、磁化は磁界とともに緩やかに増加していきます。磁化曲線A→Bの変化(初磁化範囲)は可逆的で、磁界をゼロにすると磁化はゼロに戻ります。

• HBより大きな磁界を加えると、磁化曲線は急に立ち上がります。この領域では、磁化は非可逆的に変化します。磁壁がポテンシャル障壁を越えて移動すると磁界を減じても元に戻れないのです。この領域(図4.6のB→C)を不連続磁化範囲といいます。

• 磁界がHCを超えると、磁化の増加が緩やかになります。この領域では磁区内の磁化が回転しているので、回転磁化範囲といいます。

図4.6 初磁化曲線

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カー効果で見る磁区の変化

• 初磁化状態では磁区に分かれ全体の磁化がゼロになっています。これを磁気光学効果による磁区イメージで表したのが図4.7(a)です。

• 磁化曲線A→Bの変化(初磁化範囲)は図4.7(b)に示すように磁壁が動いて、磁界の方向の磁区が広がるとして説明できます。

• B→Cの磁化曲線の急な立ち上がりの領域では、図4.7(c)に示すように磁壁は非可逆的に移動します。

• 磁界がHCを超える領域では図4.7(d)に示すように磁区内の磁化が回転します。

• 磁化の飽和は、図4.7(e)に示すような単一磁区になったことに対応します。

• 初磁化曲線をたどっていったん飽和したあと、磁界を取り去っても、図4.3に示すように磁化は0に戻りません。磁化は有限の値をもちます。このときの磁化を残留磁化といい、Mrと書きます。

図4.7 初磁化曲線の磁壁移動・磁化回転による説明

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Q4.1: 初磁化状態にあった磁性体をいったん飽和させると、

磁界をゼロにしても元の状態に戻らないとありましたが、どうすれば元の状態に戻せるのですか。

• 交流消磁法によって戻すことができます。交流磁界を加え、その振幅を徐々に小さくしていくと図4.8のように、ヒステリシスループがスパイラル状に小さくなり、ついには初磁化状態に戻るのです。

• ブラウン管式のカラーモニターでは、電子ビームのガイドであるシャドウマスクが地磁気の影響を受けて磁化し色むらが生じるので、これを防ぐために、スイッチオンの際に画面の周辺に巻いたコイルに数msで漸減する交流電流を流し消磁していました。

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4.5 磁気異方性

• 磁性体が初磁化曲線や磁気ヒステリシス曲線のような不可逆な磁化過程を示す原因のうち最も重要な原因は磁気異方性(magnetic anisotropy)で

す。強磁性体は、その形状や結晶構造・原子配列に起因して、磁化されやすい方向(磁化容易方向)を持ちます。これを磁気異方性と呼びます。

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4.5.1形状磁気異方性

• 第2章で、形状によって反磁界の大きさが変わる

ということを示しました。針状結晶は長軸方向と短軸方向で反磁界が異なることによって、長軸方向が磁化容易方向になります。薄膜では面内方向には反磁界がありませんが、面直方向には大きな反磁界が働きます。このため、面内が磁化容易方向になります。

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4.5.2 結晶磁気異方性

• 結晶において、特定結晶軸が磁化容易方向になる性質を結晶磁気異方性といいます。Coは六方晶なので、c軸が容易軸となる一軸異方性を示します。一方、Feは

立方晶なので、誘電率や導電率については等方性ですが、磁化に関しては図4.9に示すように異方性をもち、<001>が容易方向、<111>が困難方向です。

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磁気異方性エネルギー

磁化容易方向を向いている磁気モーメントを磁化困難方向に向けるのに必要なエネルギーのことを異方性エネルギーとよびます。

一軸異方性の磁性体に磁化容易方向から角度だけ傾けて外部磁界を加えたときの異方性エネルギーEuは、 𝐸u = 𝐾usin

2θ (4.1) で与えられます。Kuは異方性定数で、単位は[J/m3]です。異方性エネルギーをの関数として表したのがFig.10です。Ku>0のとき異方性エネルギーは=0, 180([100]方向)のとき極小値を取り、90, -90([110]方向)で極大値をとります。

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異方性磁界HK

いま、磁化容易軸から磁界を小角度だけ傾けたときの復元力を求めると𝐹 = 𝜕𝐸𝑢 𝜕𝜃 = 𝐾𝑢 sin 2∆𝜃~ 2𝐾𝑢∆𝜃 となります。磁化M0に対して磁化容易軸からだけ傾けた方向に磁界を印加して異方性と同じ復元力を与えるとき、この磁界HKを異方性磁界といいます。このときの力は

𝐹 = 𝜕𝐸 𝜕𝜃 = − 𝜕𝑀0𝐻𝐾 cos ∆𝜃 𝜕𝜃 = 𝑀0𝐻𝐾 sin ∆𝜃~𝑀0𝐻𝐾∆𝜃

となりますから両者を等しいと置いて、

𝐻K = 2𝐾u 𝑀0 (4.2)

が得られます。 異方性磁界の実際の値はどれくらいでしょう。六方晶のCoの単磁区微粒子では、磁化容易方向の磁気異方性エネルギーはKu=4.53×105[J/m3]、磁化はM0=1.79[Wb/m2]なので、HK=5.06×105 [A/m]となります。cgs-emu単位系では6.36 [kOe]です。

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4.5.3 誘導磁気異方性

• 磁性体の成長時に誘導される磁気異方性です。磁界中で成膜する場合、基板結晶と格子不整合のある薄膜を成膜する場合、スパッタ成膜の際に特定の原子対が形成される場合などがあります。

• たとえば、光磁気記録に用いるアモルファス希土類遷移金属合金薄膜(たとえばTbFeCo)は、垂直磁気異方性を示します。アモルファスは本来等方的なのに異方性が生じるのは、スパッタ時に面直方向に希土類の原子対が生じることが原因とされます。さらに、希土類を系統的に変えると軌道角運動量に対応して磁気異方性に変化が見られることから単一原子の磁気異方性も重要な働きをしていると考えられます。

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Q4.2:結晶磁気異方性はなぜ起きるのですか

• スピン軌道相互作用があるためです。結晶磁気異方性があるということは、スピンが結晶の対称性を感じているということを意味します。そのメカニズムには、古典的な磁気双極子間に働く静磁的な相互作用と、スピン角運動量と軌道角運動量の間に働く量子的なスピン軌道相互作用のいずれかが考えられますが、多くの研究の結果、磁気双極子相互作用は実測値の1/100以下の大きさであり、磁気異方性発現の原因にはなり得ないことが明らかになっています2)。

• 遷移金属の軌道磁気モーメントは消失しているとされていますが、実際にはわずかながら生きています。hcp構造のCoについて、XMCD(X線磁気円二色性)を使って求めた軌道磁気モーメントの実験値はおよそ0.15Bです。第1原理(近似や経験的なパラメータ等を含まない)バンド計算から求めた理論値はおよそ0.08 Bで実験値の約半分となっていますが、軌道が生き残っていることを示しています。

• 第1原理計算で磁気異方性を求めることは大変むずかしいとされます。Ry(リードベリ=13.6eV)単位のエネルギー固有値の差をとってeVの異方性を求めなければならないからです。

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Q4.3: Feは立方晶で等方的なのに、図4.9の磁化曲線はなぜ結晶方位によって折れ曲がりかたが違うのですか?

• 磁壁移動のしかたが方位によって異なるのです。[100]方向に磁界を加えると、図4.11に示すように磁界方向に磁化を向けている磁区の体積が増加するように180°磁壁や90°磁壁が移動して、ついに単磁区になって飽和磁化状態になります。磁壁移動を妨げるエネルギー障壁がなければ、この磁壁移動は極めて弱い磁界で終了します。これが図4.9の[100]方向の磁化曲線に対応します。

• 一方、磁界を[100]方位から45°に傾いた[110]に加えた場合、図4.12のように[100]およびそれに垂直な[010]方向の磁化をもつ磁区は等価ですから、両磁区の体積を増加するよう磁壁が移動し、極めて弱い磁界によってこの2種類の磁区のみで埋められます。このときのH方向の磁化成分は飽和磁化Msの1/√2=0.71 です。磁界を増加すると磁化は縦軸から離れ磁化回転しながら飽和に向かいます。

図4.11 Fe[100]方向に磁界を印加した時の磁壁移動と磁気飽和。弱い磁界で飽和磁化に達する

図4.12 Fe[110]方向に磁界を印加した時は、磁壁移動によって[100]磁

区と[010]磁区が埋め尽くし磁化がMs/ 2 をとった後、磁化回転が起きて飽和磁化状態に達する。

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4.6 保磁力のなぞ

• 残留磁化状態から逆方向に磁界を加えると、図4.3の第2象限のように、磁化は急激に減少します。これを減磁曲線といいます。減磁曲線が横軸と交わる(磁化が0になる)ときの磁界を保磁力といい、Hcと書きます。添字cは保磁力を表す英語(coercivity)の頭文字です。Coerciveとは強制的なという意味で、磁化をゼロにするために無理矢理加えなければならない磁界という意味です。

• 単純に考えると、大きな磁気異方性をもつ磁性体では異方性磁界HKが大きいので、保磁力Hcも大きいと考えられるのですが、実際に観測される保磁力は磁気異方性から期待されるものよりかなり小さいのです。保磁力は作製法に依存する構造敏感な量で、その機構は現在に至るまで完全には解明されていないのです。ここでは保磁力についての考え方を紹介するにとどめます。

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4.6.1単磁区ナノ粒子集合体の保磁力

第2章で、ナノサイズの磁性微粒子では単磁区になっていると述べました。このような単磁区微粒子の集合体の系を考えます。単磁区粒子では、磁壁移動がないので磁化過程は磁化回転のみによります。図4.13に示すように、材料内のすべての磁気モーメントが一斉に回転する場合の磁化過程を記述するのがストーナー・ウォルファースのモデルです。 この場合、磁化容易軸に反転磁界を加えたときの保磁力Hcは4.5節の異方性磁界HKに等しいと考えられ、

𝐻c =2𝐾𝑢

𝑀0 (4.3)

で与えられます

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4.6.2 磁壁の核発生がある場合の保磁力

異方性の大きな磁性体でも、いったん磁壁が導入されると、外部磁界で容易に動くことができ、磁化反転が起きやすくなります。図4.14にこの場合の磁区の様子を示します。

反転核が発生する外部磁界は、理想的には異方性磁界HKに等しいはずですが、

粒界の一部で異方性磁界が低下していたり、反磁界が局所的に大きくなっていたりすることで、HcはHKよりも小さくなっています。

式で書くと、 Hc=HK-NM0 (4.4) ここには異方性磁界の局所的低下を表す因子(<1)、Nは第2章で述べた反

磁界係数ですが、隣接する結晶粒からの影響も受けた値になっています。

ハード磁性材料にとっては磁壁の核発生をいかに抑えるかがキーになります。ネオジム磁石(Nd-Fe-B)では、結

晶粒界付近での反転核の発生を抑えるために結晶粒間に異方性磁界の大きなDyを拡散させて界面の異方性を高めて、核発生を抑えています。

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4.6.3 磁壁移動を妨げるサイトがある場合の保磁力

• ピニングサイトがあると、図4.15に示すように、磁壁はそこにトラップされていますが、いったんそのサイトから脱出すると磁化反転が進行し、第2のピニングサイトで磁壁がトラップされて止まります。ピニングサイトと周りとで磁壁のエネルギーに差があることがトラップされる原因です。このエネルギーの差は異方性エネルギーの差であると考えられます。

• SmCo磁石はこのタイプであるとされています。ピニングサイトは結晶粒界、格子欠陥や不純物などによってもたらされるため、材料作製プロセスに依存します。

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4.7 残留磁化のなぞ

磁気ヒステリシスにおいて飽和に達したのち磁界をゼロにしても残っている磁化を残留磁化ということは4.4に述べました。飽和磁化に対する残留磁化の比を角形比

と呼び、磁気記録においても永久磁石においてもこれが1に近いほどよいとされます。残留磁化状態とはどんな状態なのでしょうか。

磁気的に飽和した単磁区の状態から磁界を減じるときの磁区の様子を模式的に表したのが図4.16です。図4.16(a)の単磁区状態は磁極が生じ反磁界によって静磁エ

ネルギーが高く不安定なのですが、外部磁界によって無理やり単磁区にされているのです。

従って、外部磁界を減じると、反磁界を減じるさまざまな磁化方向の磁区が核発生しようとしますが、4.6に述べたように磁気異方性が強いと核発生が抑制されます。

いったん核ができると磁壁移動と磁化回転によって図4.16(b)のような状態になります。ここで、

磁壁のピニングサイトがあると逆方向の磁区は十分に成長できず、磁界をゼロにしても図4.16(c)のような磁化は打ち消されないで残ると考えられます。これが残留磁化です。

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Q4.4: 磁化反転の臨界磁界はどうやって導くことができるのですか

• 磁気異方性エネルギーと磁界中の磁化のエネルギーの和が不安定になるときの磁界の値を計算します。

• 図4.19に示すように、x軸が磁化容易方向であるような磁性体を考え、磁化容易軸からだけ傾いた方向に磁界を印加します。このとき、磁化Msは磁化容易軸からだけ傾いているとします。磁性体の持つエネルギーEuは次式で表されます。

𝐸u = 𝐾usin2θ +𝑀𝑠𝐻𝑐𝑜𝑠 α − θ

= 𝐾usin2θ +𝑀𝑠𝐻||cosθ − 𝑀𝑠𝐻sin𝜃 (4.6)

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アステロイド曲線

(4.6)が極小になる条件および不安定になる条件は 𝜕𝐸𝑢

𝜕θ= 0, 

𝜕2𝐸𝑢

𝜕θ2= 0

これより 2𝐾u 𝑀𝑠 sin𝜃cos𝜃 − 𝐻||sin𝜃 − 𝐻cos𝜃 = 0

および 2𝐾u 𝑀𝑠 −sin2𝜃 + cos2𝜃 − 𝐻||cos𝜃 + 𝐻sin𝜃 = 0を得

ます。

ここでHK=2Ku/Msと置き、連立して解くことによって

𝐻|| = −𝐻Kcos3𝜃, 𝐻 = 𝐻Ksin

3𝜃 (4.7)

が得られます。sin2θ + cos2θ = 1 を用いると、式(4.5)が導かれました。これをプロットしたのが図4.17です。

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磁化の緩和現象:HDDの記録はだいじょうぶ?

• 磁気記録の高密度化はとどまるところを知りません。現在では、実験室レベルで1[Tb/in2]すなわち1インチ四方に1012ビットの面内記録密度が実現しています。この記録密度を1ビットあたりのサイズになおすと、なんと、1辺25 [nm]の正方形に1ビットとなります。

• 普通の記録媒体に使われる磁性体の薄膜は、図4.20に示すような互いに分離された直径数nmの結晶粒の集合体で、黒と灰色で示すように磁気記録されています。1つのビットに数個の結晶粒が含まれていることがわかります。結晶粒の1つ1つは非常に小さい体積しか持ちません。たとえば結晶粒の直径が2 nmで高さが5 nmの円柱だとすると、V~63[nm3]=6.3×10-26[m3]の体積しかありません。磁気異方性定数がCoの値0.41[MJ/m3]としますと、KuV~2.58×10-20[J]~161[meV]の異方性エネルギーしかありません。

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超常磁性限界

• 室温の熱擾乱kT~25meVがあると、強磁性磁化があたかも常磁性体の磁気モーメントのように揺らいで減磁します。これが超常磁性状態です。図の黒いモザイクのピースが、歯が抜けるように1つずつ反転していき記録は保持できないのです。これを超常磁性限界とび、記録密度向上に立ちはだかる大きな障壁になっています。

• 磁気記録が10年間安定であるためには、KuV/kTが60以上ほしいといわれています。Kuの大きなCoでもKuV/kT~6.4ですから記録の保持には不十分であり、もっと異方性の大きなFePtなどの開発が進められているのです。

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第4章のまとめ

• 今回は、磁性体を特徴付けている磁気ヒステリシスのナゾに迫りました。ヒステリシス現象は強誘電体の自発分極にも見られ、双安定な状態間の遷移に障壁があると生じる一般的な現象であることも学びました。

• 磁化曲線には、初磁化曲線、ヒステリシスループという非線形で非可逆な現象をともなっており、最も重要な物理量は磁気異方性であるが、磁壁移動のピニングも重要であるということも学びました。

• 磁性体を応用するには、磁気ヒステリシスにともなう保磁力、残留磁化などを制御しなければなりませんが、形状・サイズ・作製法・加工法などに依存する構造敏感な量であるため、現在に至るまで完全にはナゾが解けていないことも学びました。

• 磁区や磁壁の微視的な計測法がすすみ、理論的な解析法が開拓されれば、いつかこれらのナゾが完全に解明される日がくると信じています。この分野に参入された若い研究者たちに期待します。