当科における腹腔鏡下子宮全摘出術 -...

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青森臨産婦誌 第 26 巻第 1 号,2011 年 7 原   著 当科における腹腔鏡下子宮全摘出術 冨 浦 一 行 1 ・平 川 八 大 1 ・葛 西 亜希子 1 葛 西 剛一郎 1 ・高 橋 秀 身 1 ・福 井 淳 史 2 阿 部 和 弘 2 1 大館市立総合病院産婦人科 2 弘前大学大学院医学研究科産科婦人科学講座 Laparoscopic hysterectomy in our hospital Kazuyuki TOMIURA 1 , Hachidai HIRAKAWA 1 , Akiko KASAI 1 Goichiro KASAI 1 , Hidemi TAKAHASHI 1 , Atsushi FUKUI 2 Kazuhiro ABE 2 1 Department of Obstetrics and Gynecology, Odate Municipal General Hospital 2 Department of Obstetrics and Gynecology, Hirosaki University Graduate School of Medicine は じ め に 子宮全摘術は,婦人科手術の中でも最も多 く行われている基本的な手術のひとつであ る。近年,腹腔鏡下手術の普及に伴い,子宮 全摘術も腹腔鏡下に行われてきている。当科 においても,2009 年 6 月から積極的に腹腔 鏡下子宮全摘術を導入し,多くの症例に実 施するまでになった。そこで,これまでの 腹腔鏡下での子宮全摘術について振り返っ てみたので報告する。また,当科において の全腹腔鏡下子宮全摘術(total laparoscopic hysterectomy; TLH)についても紹介する。 対象と方法 当院での手術記録が明確に残っていた 2002 年から 2010 年までの子宮筋腫や子宮腺 筋症に対して行った子宮全摘出術の術式を検 討し,さらに 2009 年 1 月から 2010 年 12 月 までの腹腔鏡下に子宮全摘出術を実施した症 例について,その術式や合併症などについて 検討した。 結     果 2009 年には,腹式子宮全摘術が 36 例,腟 式子宮全摘術が 6 例,腹腔鏡下での子宮全摘 術が 13 例であり,2010 年には腹式子宮全摘 術が 18 例,腟式子宮全摘術が 7 例,腹腔鏡 下での子宮全摘術が 36 例であった(図1)。 腹腔鏡下での子宮全摘術の内訳は,腟式操 作の占める割合が多い腹腔鏡補助下腟式子 宮 全 摘 術(laparoscopically-assisted vaginal total hysterectomy; LAVTH) が 2009 年 は 6 例,2010 年は 7 例であり,腹腔鏡下に子宮 広間膜,子宮動脈の処理までを行う腹腔鏡 下 子 宮 全 摘 術(laparoscopic hysterectomy; LH)が 2009 年は 6 例,2010 年が 15 例であ り,腹腔鏡下に腟の切断開放まで行う TLH が 2009 年は 1 例,2010 年は 14 例であった。 2009 年と 2010 年の腹腔鏡下子宮全摘術 においての平均をみると,摘出子宮重量は 295g,出血量は 196g,手術時間は 196 分,

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青森臨産婦誌 第 26 巻第 1号,2011 年

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青森臨産婦誌

原   著

当科における腹腔鏡下子宮全摘出術

冨 浦 一 行 1・平 川 八 大 1・葛 西 亜希子 1

葛 西 剛一郎 1・高 橋 秀 身 1・福 井 淳 史 2

阿 部 和 弘 2

1 大館市立総合病院産婦人科2 弘前大学大学院医学研究科産科婦人科学講座

Laparoscopic hysterectomy in our hospital

Kazuyuki TOMIURA 1, Hachidai HIRAKAWA 1, Akiko KASAI 1

Goichiro KASAI 1, Hidemi TAKAHASHI 1, Atsushi FUKUI 2

Kazuhiro ABE 2

1 Department of Obstetrics and Gynecology, Odate Municipal General Hospital2 Department of Obstetrics and Gynecology, Hirosaki University Graduate School of Medicine

は じ め に

 子宮全摘術は,婦人科手術の中でも最も多く行われている基本的な手術のひとつである。近年,腹腔鏡下手術の普及に伴い,子宮全摘術も腹腔鏡下に行われてきている。当科においても,2009 年 6 月から積極的に腹腔鏡下子宮全摘術を導入し,多くの症例に実施するまでになった。そこで,これまでの腹腔鏡下での子宮全摘術について振り返ってみたので報告する。また,当科においての全腹腔鏡下子宮全摘術(total laparoscopic hysterectomy; TLH)についても紹介する。

対 象 と 方 法

 当院での手術記録が明確に残っていた2002 年から 2010 年までの子宮筋腫や子宮腺筋症に対して行った子宮全摘出術の術式を検討し,さらに 2009 年 1 月から 2010 年 12 月までの腹腔鏡下に子宮全摘出術を実施した症例について,その術式や合併症などについて

検討した。

結     果

 2009 年には,腹式子宮全摘術が 36 例,腟式子宮全摘術が 6例,腹腔鏡下での子宮全摘術が 13 例であり,2010 年には腹式子宮全摘術が 18 例,腟式子宮全摘術が 7例,腹腔鏡下での子宮全摘術が 36 例であった(図 1)。 腹腔鏡下での子宮全摘術の内訳は,腟式操作の占める割合が多い腹腔鏡補助下腟式子宮全摘術(laparoscopically-assisted vaginal total hysterectomy; LAVTH)が 2009 年は6例,2010 年は 7例であり,腹腔鏡下に子宮広間膜,子宮動脈の処理までを行う腹腔鏡下子宮全摘術(laparoscopic hysterectomy; LH)が 2009 年は 6 例,2010 年が 15 例であり,腹腔鏡下に腟の切断開放まで行うTLHが 2009 年は 1例,2010 年は 14 例であった。 2009 年と 2010 年の腹腔鏡下子宮全摘術においての平均をみると,摘出子宮重量は295g,出血量は 196g,手術時間は 196 分,

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経腟分娩歴のない症例が 12 例,開腹歴のある症例が 22 例,術前に GnRH agonist を投与した症例が 26 例であった。また,合併症では膀胱損傷が 1例,開腹移行が 3例,輸血が 2例あった(表 1)。 開腹移行例や再手術を要した症例を表 2に

まとめた。症例 1は腹腔鏡下子宮全摘術を導入して間もない時期であり,無理をせずに開腹に移行した。症例 2では術後 1日目に腟動脈から出血があり,腟が狭いために全身麻酔下で腟式に止血した。症例 3では腫瘤が大きく出血が多くなり,症例 4では子宮動脈の同

腹腔鏡下手術(n=49)

開腹手術(n=54)

年齢 (歳) 46.2±5.0 47.1±7.3腫瘍重量 (g) 294.5±132.9 493.1±849.5出血量 (g) 369.5±292.0 457.0±460.5手術時間 (分) 195.8±48.9 117.0±34.5経腟分娩歴なし 12 例開腹歴あり 22 例術前 GnRHa 投与 26 例合併症など 開腹手術に移行 3 例

膀胱損傷 1 例輸血 2例

表1 子宮全摘術の比較(2009年1月~2010年 12月)

症例 年 年齢 診断腫瘍重量(g)

出血量(g)

手術時間(分)

経腟分娩歴(回数)

開腹歴 合併症 GnRHa投与 備考

1 2009 49 筋腫 559 110 149 あり(1) なし なし なし 術野視界不良2 2009 52 筋腫 336 1,371 240 あり(1) なし なし あり 癒着著明

腟動脈より出血あり腟式に止血・輸血

3 2010 50 筋腫 670 1,153 182 あり(2) なし なし あり 腫瘤大きい輸血

4 2010 48 筋腫 361 700 204 あり(3) なし なし あり 子宮動脈同定困難止血困難

表2 開腹手術に移行または再手術となった子宮全摘術症例

図1 子宮全摘術の術式の変遷ATH:腹式子宮全摘術,VTH:腟式子宮全摘術,LAVTH:腹腔鏡補助下腟式子宮全摘術,LH:腹腔鏡下子宮全摘術,TLH:全腹腔鏡下子宮全摘術.

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定が困難であり,開腹に移行した(表 2)。

TLH導入までの経緯

 われわれは 2009 年 6 月に第一回倉敷セミナー(表 3)に参加してから, 腹腔鏡下子宮全摘術に取り組み始めた。当初は,腟式手術の経験を生かして LAVTHを行なっていたが,腟の狭い症例や子宮の可動性が不良な症例に対しては限界を感じていた。そこで,倉敷成人病センターでの手術見学を複数回行ったり,直接の出張手術指導を受けたりしてTLHを実施してきた(表 4)。

TLH の 手 技

①トロカーの挿入(図 2):術者は患者の左側に立って臍底部を持ち上げ,ここに約 1

cm の切開を腹膜の一部まで行い,ブレードレストロカー(オプティビュー®,エチコンエンドサージャリー)を挿入し気腹を行う。左右上前腸骨棘の 3 ~ 4 cm 内側に 5 mm,

2009 年 6 月 9 日~ 6月 10 日第 1日・10:30 開会・10:35 各施設ごとに自己紹介 (どこまで腹腔鏡手術でやっているか,悩んでいる事,今日勉強したいポイント) ・10:45 スーチャリング講義・11:00 スーチャリングトレーニング(ベーシック)・12:30 J&J 社会貢献活動について・13:00 スーチャリングトレーニング(アドバンス)・14:00 講義TLHの導入と手技のポイント(安藤正明先生・金尾祐之先生)・15:40 腹腔鏡化手術のTips(倉敷成人病センター産婦人科医師)・16:30 閉会・18:00 懇親会第 2日・倉敷成人病センターにて手術見学(希望者)

表3 第 1回倉敷セミナーのプログラム

1 )2009 年 6 月 9 日第 1回倉敷セミナー「TLH」への参加(冨浦)2)倉敷成人病センターでの手術見学 ① 2009 年 6 月(冨浦) ② 2010 年 4 月(葛西) 5日間 ③ 2011 年 2 月(冨浦・葛西) 2日間3)2009 年 6 月 LAVHを開始4)2009 年7月 LH開始4)2009 年12月 TLH開始,以後 LHと TLHが増加(2010 年 9 月以後 LAVHなし)5)2010 年 3 月 TLH出張指導(倉敷成人病センター金尾祐之先生)

表4 当科におけるTLH導入の過程

図2 トロッカーの配置(手前は足側)

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その中点付近に 5 mmのトロカーを挿入する。子宮内には子宮マニピレーターを挿入する。②膀胱腹膜の切開剥離・子宮動脈の同定分離・結紮(凝固)・切断(図 3):最初に膀胱腹膜の切開をモノポーラーで行い,膀胱腹膜の剥離を吸引管で行い,後腹膜腔を展開して子宮動脈や尿管を分離同定し,子宮動脈を結紮(凝固)切断し,尿管の走行を確認しやすくする。③上部靱帯の切断(図 4):子宮円索,固有卵巣索,卵管をベッセルシーリング・システム(リガシュア TM アトラス,あるいはエンシール®)にて凝固後切断する。組織が厚い場合には無理をせず数回に分けて行う。尿管を確認し,子宮広間膜後葉を仙骨子宮靱帯付着部までモノポーラーで切離する。

④膀胱剥離:膀胱腹膜を充分に行う。⑤基靱帯の凝固切断あるいは縫合結紮・切断(図 5):縫合針(1-0)を腹壁から刺入し,基靱帯の縫合結紮を行ってからベッセルシーリング・システムにて基靱帯の凝固切断を行う。縫合結紮を行わないことも多い。⑥腟壁切開(図 6):子宮マニピレーターを抜去して腟パイプを挿入し,パイプの輪郭を確認し切断ラインを明確にし,モノポーラーで腟を切開し子宮を切離する。⑦子宮の回収(図 7):腟管の切断後,助手が把持鉗子などで子宮頸部を把持し,腟パイプ内に押しつけて子宮を腟内に誘導する。術者は腟側に移動し,強砕石位をとり,腟側から双鈎鉗子にて子宮頸部を把持牽引し,子宮の分割あるいは coring を行いながら子宮を

図3 左子宮動脈の分離凝固切断,右下方に右尿管(◀)が確認される。

図4 左上部靱帯の処理

図5 右基靱帯の縫合結紮切断 図6 腟壁切開

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回収する。⑧腟断端の縫合・骨盤腹膜の縫合(図 8):腟断端の縫合は可能な限り腟式に行っている。腹腔鏡下で行うこともある。場合により,骨盤腹膜の縫合を 2-0 合成吸収糸で行う。⑨腹壁切開創の縫合閉鎖・腟断端の確認・腟壁裂傷の有無の確認

考     察

 産婦人科領域での腹腔鏡下手術の適応とその割合は増加してきているが,2008 年度において開腹術 54.7%,腹腔鏡下手術 27.6%,腟式手術 17.5%などであり,依然として開腹術が多いのが現状である 1)。当科においても腹腔鏡手術は行われてはいたが,年間数例~10 数例であり,その適応は限られていた。子宮全摘術も 2006 年に腹腔鏡下胆嚢摘出術と同時に行った LAVTH が 1 例,2007 年に1例の LAVTHがあったのみである。 手術を重ねることで,手術の環境改善(手術器具の準備,気腹圧や気腹流量,骨盤高位の程度,ハイビジョンシステムの導入)がなされ,より大きな腫瘍重量の摘出,癒着高度症例などにも適応を拡大してきた。全国的にみても施設間の差は大きいが,摘出子宮重量の限界は 300g 程度から,500~600g そして800g程度と上昇してきているようである。倉敷成人病センターでは特に限界を設けていないとしている。われわれの施設でも,最近

の最大摘出腫瘍重量は 980g に達した。子宮筋腫の形状にもよるが,子宮動脈や尿管の同定・分離を前方アプローチで行なうことで可能になっていると思われる。 再手術で止血した症例や出血の多い症例を検討してみると,LAVTH や LH において,傍腟結合織や腟動脈からと腟管の切断時に出血が多かった。この点からみて,LAVTHやLH よりも TLH で出血が少なく,腟管の切断の前にできる限り腟の傍結合織を処理しておくことが望ましいと思われる。 手術時間の安全性の向上や手術時間の短縮には,術者の技術の向上だけでなく,手術環境の改善,麻酔科医や手術場スタッフの協力が不可欠である。

結     語

 腹腔鏡下子宮全摘術の導入には,熟練した術者の指導を受けて始め,LAVTH,LH からほとんどTLHへと術式が変遷した。今後は常に安全性に配慮した上で,これまで腹式で行っていた症例に対しできる限りの適応拡大を行いたいと思っている。

文     献1 )塩田 充,平松祐司,三橋直樹,正岡直樹,藤井多久磨.開腹手術,腹腔鏡下手術の割合に関する全国調査(2008 年度).産婦人科手術.2011; 22: 169.

図7 子宮の回収 図8 腟断端の縫合

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2)武内裕之.腹腔鏡下単純子宮全摘術.子宮筋腫の臨床.メジカルビュー社 pp.127-138.

3 )安藤正明,白河一郎.全腹腔鏡下子宮全摘出術

(合併症予防のための基本操作).腹腔鏡手術スキルアップシリーズ 産婦人科 2実践編 pp.86-102.