利用者主体の個別支援計画作成に関する一考察 - Hiroshima...

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利用者主体の個別支援計画作成に関する一考察 -救護施設Aにおける OJT を通して一 渡辺晴子 1.研究目的 近年, 日本の社会福祉は「利用者主体の援助」を主軸として,サービス供給および費用 負担に関わる制度改革を推進しようとしている.2000 4 月施行の介護保険制度における 「介護サービス計画J 2006 4 月施行の障害者自立支援法における「サービス利用計画」 など,いわゆるケアプラン1)の導入と併せて,苦情解決,不服申立てなどを含む利用者の 権利擁護に関する援助の重要性が再確認されたところである.これらの制度におけるケア プランは「措置制度から利用・契約制度へ」というサービス供給の制度的変更にともなう 「利用者一サービス事業者間の契約書Jのニュアンスを含む一方,個々の利用者が自らの 生活問題解決に取り組むことを支援するための計画,すなわち「利用者の個別支援計画」 であり,まさに「利用者主体の援助」の要として位置づけられている. このような傾向は救護施設においても例外ではなく,昨今の生活保護制度および救護施 設のあり方に関する議論の中でも「見直しの基本的視点」として認識されている. 2004 12 月,社会保障審議会福祉部会に設置された生活保護制度の在り方に関する専門委員会は その報告書において,利用者の能力や生活問題に対応した「日常生活自立支援JI 社会生活 自立支援JI 就労自立支援」を含む「自立支援Jの考え方を提案した(生活保護制度の在り 方に関する専門委員会 2004: 466). これに対して,全国救護施設協議会(以下,全救協) 生活保護制度のあり方に関する検討委員会は「今後の救護施設のあり方に関する課題提起」 において,①「生活扶助」と「自立支援」の両立,②「あらゆる障害者を幅広く受け入れ る」セーフテイネット機能の維持,③地域生活支援の促進,④利用者のニーズ、にもとづく 自己実現の支援,⑤関連する制度・運用の見直しを強調した(全国救護施設協議会 2005a: 2-4). また,全救協はそれまでに個別支援計画に関する検討を開始していた. 2002 8 に救護施設における個別支援計画に関する検討委員会を立ち上げるとともに, 2003 6 には「救護施設個別支援計画書・第 1 次案J(以下第 l 次案J) をまとめ, 2005 12 には「救護施設個別支援計画書」を完成した(全国救護施設協議会 2003a; 2003b ; 2005b) . しかし,全国の救護施設において,これらの個別支援計画書様式あるいは個別支援計画 そのものがどのように受け入れられたかは,次の調査結果にみるとおりである.全救協は 51

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  • 利用者主体の個別支援計画作成に関する一考察

    -救護施設AにおけるOJTを通して一

    渡辺晴子

    1.研究目的

    近年, 日本の社会福祉は「利用者主体の援助」を主軸として,サービス供給および費用

    負担に関わる制度改革を推進しようとしている.2000年 4月施行の介護保険制度における

    「介護サービス計画J,2006年 4月施行の障害者自立支援法における「サービス利用計画」

    など,いわゆるケアプラン1)の導入と併せて,苦情解決,不服申立てなどを含む利用者の

    権利擁護に関する援助の重要性が再確認されたところである.これらの制度におけるケア

    プランは「措置制度から利用・契約制度へ」というサービス供給の制度的変更にともなう

    「利用者一サービス事業者間の契約書Jのニュアンスを含む一方,個々の利用者が自らの

    生活問題解決に取り組むことを支援するための計画,すなわち「利用者の個別支援計画」

    であり,まさに「利用者主体の援助」の要として位置づけられている.

    このような傾向は救護施設においても例外ではなく,昨今の生活保護制度および救護施

    設のあり方に関する議論の中でも「見直しの基本的視点」として認識されている.2004年

    12月,社会保障審議会福祉部会に設置された生活保護制度の在り方に関する専門委員会は

    その報告書において,利用者の能力や生活問題に対応した「日常生活自立支援JI社会生活

    自立支援JI就労自立支援」を含む「自立支援Jの考え方を提案した(生活保護制度の在り

    方に関する専門委員会 2004: 466). これに対して,全国救護施設協議会(以下,全救協)

    生活保護制度のあり方に関する検討委員会は「今後の救護施設のあり方に関する課題提起」

    において,①「生活扶助」と「自立支援」の両立,②「あらゆる障害者を幅広く受け入れ

    る」セーフテイネット機能の維持,③地域生活支援の促進,④利用者のニーズ、にもとづく

    自己実現の支援,⑤関連する制度・運用の見直しを強調した(全国救護施設協議会 2005a:

    2-4). また,全救協はそれまでに個別支援計画に関する検討を開始していた.2002年 8月

    に救護施設における個別支援計画に関する検討委員会を立ち上げるとともに, 2003年 6月

    には「救護施設個別支援計画書・第 1次案J(以下第 l次案J) をまとめ, 2005年 12月

    には「救護施設個別支援計画書」を完成した(全国救護施設協議会 2003a; 2003b ; 2005b) .

    しかし,全国の救護施設において,これらの個別支援計画書様式あるいは個別支援計画

    そのものがどのように受け入れられたかは,次の調査結果にみるとおりである.全救協は

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  • 利用者主体の個別支援計画作成に関する一考察

    全会員施設 180 施設を対象に,会報『全救協~ 117号 (2004年 12月発行)に添付する方法

    で調査票を配布し, 87施設から回答を得た(回収率 48%にその結果第 l次案を使用し

    ている」と答えた施設は 24施設 (27.6%),r第 l次案は使用せず,独自様式を使用してい

    る」は 37施設 (42.5%),r第 1次案と独自様式を併用している」は 17施設(19.5%) で

    あった.また個別支援計画書を作成していなしリと答えた施設も 9施設(10.4%)あっ

    た第 1次案」を使用していない,あるいは独自様式と併用する理由として第 1次案」

    はアセスメント項目が多いこと,記述方式であること,多くの時間を要すること,利用者

    特性に適した独自様式の方が使用しやすいことなどがあげられている.個別支援計画書を

    作成していない理由として,基本的には「第 l次案」を使用する計画を持ちながらも,現

    在は検討中であること,職員の意識改革や施設内の組織体制,パソコン導入などの準備中

    であることがあげられている(全国救護施設協議会 2005a: 23-5).

    救護施設Aもまた個別支援計画をめぐっては同様の問題を抱えていた.救護施設Aでは,

    全救協に並行して,独自に作成した個別支援計画書様式を導入しており, 2003年度末から

    の全救協「第 1次案j への切り替えも問題なく行われるはずであった. しかし,現場職員

    らは「アセスメント様式が使いづらしリ「計画を作成する時聞がなしリ「計画を立てる意味

    が分からなしリといった戸惑いを抱き,また独自様式を作成した指導課長は現場職員の資

    質向上の必要性を訴えた.このような背景において,施設内に組織されたケアマネ研究会

    は個別支援計画の検討に取り組むことになった.

    本研究は,救護施設Aにおける職場内研修 (on-the-job training : OJT) ,主にケアマネ

    研究会の取り組みを通して,救護施設における個別支援計画をめぐる諸問題を明らかにす

    るとともに,利用者主体の個別支援計画作成および実施を促進する諸要因について検討す

    ることを目的とする.

    II. 研究方法

    2004年 4月から 2007年 3月までの 3年間,筆者は救護施設Aのケアマネ研究会および

    ケースカンファレンスのアドバイザーとして関与する機会を得た.実際にアドバイザーの

    任を果たすことができたかは疑問であるが,毎月 l 回 2~3 時間のケアマネ研究会へ継続的

    に参加した.本研究は,第 1,こ救護施設Aのケアマネ研究会およびケースカンファレンス

    における筆者の参与観察とフィールドノート,第 2iこ救護施設Aの利用者に関するケース

    記録,個別支援計画書などの関連資料にもとづくものである.

    倫理的配慮については,救護施設Aのケアマネ研究会メンバーおよび施設長に対して,

    研究目的と個人情報等に関する守秘義務を説明するとともに,研究結果の公表についての

    承諾を得ている.また,ケアマネ研究会「個別支援計画モデルプロジェクト」の 3事例に

    関しては,プロジェクト開始時にメンバーが利用者本人に対して研究への参加についての

    意思確認を行っている.いずれも文書化している.

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  • 広島国際大学医療福祉学科紀要 第4号 2008年 3月

    ill. 救護施設Aにおける OJTの取り組み

    1 .救護施設Aおよびケアマネ研究会の概要

    まずは救護施設A ~20 周年記念誌~ (1980 年)および『事業計画書~ (2004'-""'2006年度

    版)の資料をもとに,救護施設Aおよびケアマネ研究会の概要について説明する.

    1960年,救護施設AはX県下唯一の救護施設として設立された.当時の目的は主に知的

    障害者福祉対策であったという.その後, 1970年に知的障害者更生施設Bを設立分離, 1977

    年に知的障害者更生施設Cを併設, 1998年に自活訓練ホーム(自活訓練事業), 2001年に

    精神障害者グループOホーム0,2004年に精神障害者グループ。ホームEを開設し,利用者の

    自立支援に取り組んで、きた.

    救護施設Aの利用者定員は 150人であるが, 2006年 3月現在,利用者数は 153人である.

    利用者の基本的属性について,性別は男性 90人,女性 63人,平均年齢は 63.0歳である.

    入所期間の平均年数は 18年 4ヶ月であり,特に男性 16年 6ヶ月,女性 20年 1ヶ月である.

    障害の状況について,身体障害のみ 5人,知的障害のみ 40人,精神障害のみ 75人,重複

    障害 23人,その他の病弱者・生活障害 8人,障害なし 2人である.精神障害をもっ利用者

    は合計約人であり,利用者全体の約 6割を占めている.

    職員構成について,施設長を中心に,事務,栄養士などによる庶務課 9人,寮母,看護

    師などによる指導課 30人(うち非常勤 l人),その他非常勤の嘱託医・機能訓練士 3人,

    合計 43人(うち非常勤 4人)からなる.また,利用者に対する直接的援助を担う指導課は

    指導課長を中心として,居室単位の「ホーム活動J(ホームルーム,小遣い管理,苦情解決,

    よろず相談,ケースカンファレンス,個別支援計画),障害・能力別の日中活動班「療育班」

    (ADL訓練・評価,音楽鑑賞・カラオケ・本の朗読・日光浴などのライブリータイム,軽

    運動,造形活動)と「作業班J(農耕班・室内班・陶芸班・工芸斑などの所内授産,内勤実

    習班・環境整備班・外勤実習班・自活訓練班の自立支援)を担当する.その他,利用者の

    共同生活に関する「全体活動J(リハピリ,生活行事,クラブ活動,自治会活動,地域交流),

    施設運営に関する「委員会・研究会J(入退荘・防災対策・生活労働・地域支援・企画文化・

    保健給食・研修実習などの委員会,ケアマネ・アルコホーリク・ SSTなどの研究会)など

    を通して援助を提供している.

    ケアマネ研究会は「委員会・研究会j の 1っとして位置づけられ,救護施設Aにおける

    ケアマネジメントの実践力を高めることを目的とする.毎月 1回 2'-""'3時間,勤務時間内に

    実施される.メンバーは指導課長の他, 8.-...., 10人の指導課職員から構成され,年度ごとに

    交替する 2) メンバーの選出方法については,利用者の居室単位ごとの「ホーム活動」に

    おけるケースカンファレンスおよび個別支援計画作成を円滑に実施するために,各「ホー

    ム活動」担当職員グループから 1.-....,2名が選ばれる.つまり,ケアマネ研究会はメンバーが

    ケアマネジメントを学ぶための OJTであると同時に,ケースカンファレンスおよび個別支

    援計画作成のリーダーを養成するための OJTであることを期待されていた.

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  • 利用者主体の個別支援計画作成に関する一考察

    2004~2006年度の 3年間,ケアマネ研究会は個別支援計画に関する検討を行った.主に,

    2004年度は個別支援計画書様式の検討, 2005年度は全救協「救護施設個別支援計画書」を

    使用した事例検討を含む「個別支援計画モデ、/レプロジェクトJの実施, 2006年度は救護施

    設Aの全職員および利用者に向けた個別支援計画作成のためのハンドブック『こんな生活

    がしたい一個別支援計画ハンドブックー』の作成に取り組んだ(表 1).

    表1 ケアマネ研究会における個別支援計画の検討プロセス

    年度 月 検討内容

    2004 4~7 個別支援計画に関する課題の明確化・共有化

    8~10 既存アセスメント様式の比較検討

    11~2 全国救護施設協議会アセスメント様式「救護施設個別支援計画書」の再検討

    2005 4~7 「個別支援計画モデルプロジェクトjの企画

    8 職員研修会の実施(研修実習委員会との共同)

    研修テーマ「救護施設における『個別支援計画』の必要性と課題」

    9~ 「個別支援計画モデルプロジェクト」の実施 (~2006 年 9 月)

    事例a:本人の希望と能力を活かした生活支援に関する事例

    事例b:精神障害と健康不安をもっ人の援助に関する事例

    事例c:知的障害をもっ人の就労支援に関する事例

    2006 4~5 「救護施設A個別支援計画ハンドブ、ック」の企画

    6~3 「救護施設A個別支援計画ハンドブ、ック」の作成

    3 「救護施設A個別支援計画ノ、ンド、ブック」の完成

    タイトル『こんな生活がしたい 個別支援計画ノ、ンドブPックー』

    2. 個別支援計画をとりまく状況

    ケアマネ研究会において個別支援計画の検討に取り組むことになった経緯については前

    述のとおりであるが,本題に入る前に,ケアマネ研究会とその準備のための打ち合わせ会

    における指導課長および現場職員らの発言にもとづき, 2004年当時の救護施設Aにおける

    個別支援計画をとりまく状況について整理しておきたい.

    2004年 4月,筆者は指導課長よりケアマネ研究会およびケースカンファレンスのアドバ

    イザーの依頼を受けた.その際に,指導課長が強調したことは新しい救護施設A独自の個

    別支援計画書様式の作成と職員の資質向上の必要'1空で、あった.指導課長の一途な熱心さに,

    その依頼を断ることは不可能で、あった.

    その後,第 1回ケアマネ研究会において,従来の救護施設A独自様式および全救協「第

    l次案j についてメンバーの考えを尋ねた.その結果第 1次案」についてはアセスメン

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  • 広島国際大学医療福祉学科紀要第4号 2008年 3月

    ト様式に関して「項目が多いJI繰り返しが多いJI記入方法が分からなしリなどの具体的

    な問題点があげられたが,メンバーの発言の大半は個別支援計画そのものに対する戸惑い

    であった何のために計画を立てるのか分からなしリ「今すぐにできることを計画に書く

    意味はあるのか」などの個別支援計画の目的あるいは意義に関する疑問計画する時間が

    確保できなし、JI職員間で計画が共有されていなしリ「記録の種類が多く,内容が重複するj

    などの個別支援計画作成および実施に関する業務体制の問題があげられた.実際に,個別

    支援計画書様式および個別支援計画について職員間で、意見交換をする機会はケアマネ研究

    会の他にはなく,メンバーらは改めて各自の考えを知ることになった.

    そして,ケアマネ研究会は救護施設A独自の個別支援計画書様式を作成するにあたって,

    個別支援計画に関する課題の明確化および共有化から開始することを決めた.

    N. 個別支援計画をめぐる諸問題の構図

    1 .個別支援計画に関する問題の多元性

    第 2・3回ケアマネ研究会で、は,個別支援計画を含む,救護施設Aで実際に行われている

    援助内容および方法についての問題点を話し合った.その上で, K]法を参考に,メンバー

    各自の考えをカードに記述し,内容ごとに分類整理した(川喜田 1967). 第 1段階では,

    10グループ。に分類し,各グループにタイトルをつけた.第 2段階では,それらを 4グルー

    プに整理した.第 3段階では,グループ。聞の関係性について検討した(図1).

    j-----ーーーーーーーー--------ーーーーー・・ーーーーー・ーーーー・ーーーーーーーーーーーーーーーー噌

    個別支援計画

    lT l

    --•

    -

    l m

    業務内容・体制

    職員間の

    役割分担

    知識の不足 1f 時聞の不足 11 職員の不足|

    救護施設A全体の方向性

    図1 救護施設Aにおける個別支援計画をめぐる諸問題

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  • 利用者主体の個別支援計画作成に関する一考察

    第 lグ、ルーフ。は「個別支援計画j に関する問題でおり,救護施設Aにおいて個別支援計

    画の「位置づけ」が暖昧であること利用者のニーズ」アセスメントが容易でないことな

    どがあげられる.第 2グループは「業務内容・体制」に関する問題であり, I記録の量と質」

    「作業内容JI職員聞の連絡JI職員聞の役割分担Jの下位グループから構成されている.

    「記録の量と質」については,現在使用している記録の種類が多いこと,個別支援計画書

    類と重複することなどの問題があげられる. I作業内容Jとは主に「所内授産」に関するも

    のであるが, 日中活動に占める作業時間が多いこと,収益優先の方針は担当職員にとって

    負担であること,個別支援計画との関連性がないことなどの問題があげられる職員聞の

    連絡」については,職員会議において発言がしづらいこと,個別支援計画に関する連絡調

    整が不十分で、あることなどの問題があげられる職員聞の役割分担j については,職員 1

    人が担当する役割が多いこと,個別支援計画に関する責任が集中することなどの問題があ

    げられる.第 3グルーフ。は「知識の不足JI時間の不足JI職員の不足」に関する問題であ

    り,職員が勉強不足であること,利用者に向き合う時聞がないこと,職員配置が不十分で

    あることなどがあげられる.第 4グループ。は「救護施設A全体の方向性」に関する問題で

    あり,救護施設Aの全職員が同じ目標を持っていないことなどがあげられる.

    また,これらのグループは相互に関連しており個別支援計画」と「業務内容・体制」

    の問題は表裏一体であること,その背景には「知識の不足JI時間の不足JI職員の不足J

    などの問題があること,そして総合的には「救護施 ltA全体の方向性」の問題であること

    が理解された.つまり,救護施設Aにおける個別支援計画に関する問題は「個別支援計画」

    のみに起因するものではなく,むしろ「個別支援計画」の実施に関する「業務内容・体制」

    および「知識の不足JI時間の不足JI職員の不足」の問題と密接に関連するものであり,

    さらに「救護施設A全体の方向性」の問題をも内包する多元的な問題であることが明らか

    にされた.

    2 ケアマネ研究会において共有化された課題

    このような個別支援計画をめぐる諸問題をふまえて,ケアマネ研究会は救護施設A独自

    の個別支援計画書様式の作成に取り組んだ.しかし,結果として,従来の救護施設A独自

    様式,厚生労働省「精神障害者ケアガイドラインム全救協「第 l次案」など,既存様式の

    検討に終始した.

    2004年度末,ある種マンネリズムに陥っていたケアマネ研究会は再び、実践現場を振り返

    ることを決め,ケースカンファレンスを通して確認された個別支援計画に関する問題点を

    詳細に報告し,具体的課題について話し合った.ここで改めて明確化,共有化された課題

    は,記録の整理と活用,職種および業務聞の連携,職員の資質向上,施設の管理運営体制

    の改善,物理的環境の改善と社会資源の開発の 5点であった.また,これらの課題を達成

    するためには,新たに救護施設A独自の個別支援計画書様式を作成すること以上に,実践

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  • 広島国際大学医療福祉学科紀要第4号 2008年 3月

    現場における個別支援計画作成および実施のプロセスを見直すことが優先されると考えた.

    (1)記録の整理と活用

    実践に関する記録については種類が多いこと,また重複も少なくないことから,記録を

    統合整理することが課題にあげられた.例えば,利用者の個人情報に関する記録は,庶務

    課事務が管理する「個人台帳J,電子データ化された「個人票J,個別支援計画書における

    「基本情報j の 3種類が存在する.いずれもほぼ同様の項目から構成されている.

    その一方,ケース記録や個別支援計画書のような利用者の援助に関する情報が職員聞に

    おいて共有されていないことから,記録を有効に活用することが課題にあげられた.

    ( 2)職種および業種問の連携

    個別支援計画のプロセスにおいては,その局面ごとに,情報の共有化,援助内容および

    方法の合意形成,連絡調整など,職種および業務聞における職員の連携が不可欠である.

    第 lの課題は,個別支援計画に関する情報を共有すること,そして利用者の援助に関す

    る連絡調整の仕組みを形成することである.特に,利用者の日常生活において直接的援助

    を担っている居室単位の「ホーム活動」と日中活動の「療育班JI作業班」の担当職員間の

    連絡体制を確保することである.

    第 2の課題は,個別支援計画に関する援助内容および方法の合意形成の仕組みを再編成

    することである.従来,個別支援計画は「ホーム活動」のケースカンファレンスにおいて

    作成されておりホーム活動」担当職員グループが担当している.このグループに日中活

    動の「療育班JI作業班」担当職員が含まれているとは限らず,また栄養士,看護師,医師

    などの専門職は関与していない.この合意形成の仕組みとして,利用者の援助に関係する

    職種および業務の職員によるケア会議を開催することが提案された.

    ( 3 )職員の資質向上

    救護施設Aでは,社会福祉士や精神保健福祉士などの資格をもっ特定の職員に限らず,

    各利用者の「ホーム活動」担当職員を中心として個別支援計画を作成している.つまり,

    指導課の全職員に対して,個別支援計画に関する目的および方法を理解し,実践すること

    が求められている.これに対応する職員の資質向上を図るために,個別支援計画に関する

    O]Tを実施すること,全救協「救護施設個別支援計画書」を活用するためのハンドブック

    を作成することなどが課題としてあげられた.

    (4)施設の管理運営体制の改善

    個別支援計画の作成および実胞にあたり,施設の管理運営体制が障害となる場合がある.

    つまり,個別支援に対応できる組織体制へと改善することが必要である.

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  • 利用者主体の個別支援計画作成に関する一考察

    第 1の課題は,援助に関する決定権限をできる限り実践現場の近くに置くことである.

    あらかじめ決定することが困難な援助内容の詳細や必要に応じた多少の変更については,

    実践現場レベルに一任することである.例えば,利用者の体調や意欲に合わせて,買い物

    などの外出援助を決定し,実施することについては,特別な手続きを省略することも必要

    である.救護施設Aでは,買い物や外食などの外出援助は「ホーム活動」の一環として位

    置づけられており, 10日から 2週間前までに申請することになっている.

    第 2の課題は,同一法人施設問における職員の移動によって,利用者の個別支援計画に

    影響を与えないことである.これまでの反省から,まずは引継ぎの徹底が強調された.

    ( 5 )物理的環境の改善と社会資源の開発

    個別支援計画の作成および実施は,施設内外の物理的環境および社会資源の状況からも

    大きく影響される.これらの状況を改善することによって,不要となる援助も少なくない

    と考えられる.例えば,現在の共同居室において利用者間の人間関係の調整は必要不可欠

    な援助であるが,居室を個室化することによって,その多くは不要となるかもしれない.

    また,交通手段を確保することによって,利用者の社会参加,地域住民との交流,施設に

    おけるボランティア活動などが促進されることも考えられる.

    v.利用者主体の個別支援計画作成および実施の試みとその成果1. r個別支援計画モデルプロジェクト」の概要

    救護施設Aにおける個別支援計画作成および実施のプロセスを見直すことを目的として,

    2005~2006 年度にかけてケアマネ研究会は「個別支援計画モデルプロ、ジェクト」を企画,

    実施した.具体的には,利用者を中心として,利用者の援助に関係する施設内外の専門職

    および家族などによって構成されるケア会議を開催し,利用者主体の個別支援計画を作成

    するという試みである.ここでいうケア会議とは「ホーム活動Jのケースカンファレンス

    とは別のものであり,プロジェクトの一環として試験的に実施されるものである.そして,

    前述の共有化された課題については,職種および業種聞の連携,職員の資質向上など,特

    に個別支援計画の作成に関わる課題から取り組むことになった.

    r~固別支援計画モデ、ルプロジェクト」では,第 1 に個別支援計画の理解,第 2 にモデル

    ケースの選定,第 3に個別支援計画案の作成,第 4にケア会議の開催,第 5に個別支援計

    画の実施,第 6にモニタリングの実施を計画した.

    第 lの個別支援計画の理解については,個別支援,すなわち「利用者主体の援助」のあ

    り方を確認するとともに,個別支援計画作成および実施のフOロセスに関する解説を行った.

    個別支援とは,利用者が自らの生活問題を認識し,それに対処する方法を検討し,そして

    その緩和に取り組むことを援助することである.このような理解にもとづき,プロジェク

    トでは利用者本人の参加を積極的に支援することを決めた.また,個別支援計画書様式に

    。。

  • 広島国際大学医療福祉学科紀要 第 4号 2008年 3月

    ついては,全救協「救護施設個別支援計画書」を使用した 3) I 1基本情報JI II利用者

    の希望・要望JI皿アセスメントJINニーズ、整理表JIV支援計画JIVIモニタリング

    記録表JIVII支援計画に具体化されなかったニーズJI咽同意書」の各様式から構成され

    ている(全国救護施設協議会 2005b).

    第 2のモデ、ルケースの選定については,救護施設Aにおける利用者の特徴をふまえて,

    「日常的な身体介護を必要とする事例JI施設における生活の質の向上を目標とする事例」

    「社会復帰を目標とする事例」をそれぞれ取り上げることが提案された.しかし,利用者

    本人の参加を重視したことやケアマネ研究会メンバーの担当ケースを考慮したことなどに

    よって, I施設における生活の質の向上を目標とする事例」にあたる 3事例を検討すること

    になった.事例 a I本人の希望と能力を活かした生活支援に関する事例J,事例 b I精神障

    害と健康不安をもっ人の援助に関する事例J,事例 cI知的障害をもっ人の就労支援に関す

    る事例」である(表 2). これらの各事例に対してケアプランナー (careplanner : Cp) と

    ケーススーパーパイザー (casesupervisor : CSV) を決め,両者は指導課長によるスーパ

    ービジョンを受けながら,個別支援計画の作成に取り組むことになった.また,ケアプラ

    ンナーには利用者の「ホーム活動」担当職員を選ぶこと,その基礎には「ホーム活動」担

    当職員グループによるケースカンファレンスを置くこととした.

    第 4のケア会議の開催については,モデルケースの利用者および家族に対してケア会議

    の目的を丁寧に説明すること,利用者の援助に関係する施設内外の専門職,特に施設内の

    栄養士,看護師,医師,施設外の福祉事務所ケースワーカーに対して協力を要請すること

    を事前準備として行った.また,利用者はプ口、ジェクト開始時に説明を受けるとともに,

    アセスメントおよび個別支援計画案の作成にも参加したが,個別支援計画の意味,そして

    利用者本人に求められている役割を理解するためには十分な時間を必要とした.

    なお,プロジェクトは第 5の個別支援計画の実施をもって一旦終了した.その理由は,

    予定した実施期間を半年間延長していたこと,モデルケースの個別支援計画実施において

    予想外の対処を要したことなどである.

    2. モデルケースにみる利用者主体の個別支援計画作成および実施を促進する諸要因

    「個別支援計画モデルフ。ロジェクトJにおける最大の成果は,救護施設Aの個別支援計

    画に関する諸問題に直面しながらも,実践現場レベルにおいて利用者主体の個別支援計画

    作成および実施に取り組み,検討を重ねたことである.プロジェクトはケアマネ研究会の

    研修として実施されたが,そのプロセスにおいて利用者,利用者の援助に関係する施設内

    外の専門職,家族,ボランティアなどを巻き込みながら,救護施設Aにおける個別支援お

    よび個別支援計画に関する諸問題の解決策を模索する実践的試みへと展開した.そして,

    モデルケースにおける利用者主体の個別支援計画作成および実施の試みを通して,利用者

    本人の参加,利用者の生活問題に関する理解,個別支援計画のプロセスにおける協働,個

    nu Fhd

  • 利用者主体の個別支援計画作成に関する一考察

    表2 r個別支援計画モデルプロジェクト」のモデルケース

    事例a 事例b 事例c

    本人の希望と能力を活 精神障害と健康不安をも 知的障害をもっ人の就

    かした生活支援に関する つ人の援助に関する事 労支援に関する事例

    事例 伊j

    性別 男性 女性 男性

    年齢 50歳代 50歳代 60歳代

    心身の状況 コルサコフ症候群 統合失調症 知的障害

    脳出血術後の症候性て 睦脱

    んかん

    各種手帳 療育手帳A 療育手帳 82

    精神障害者保健福祉手

    帳 2級

    入所期間 8年 29年 40年

    (途中 2年間は知的障害

    者施設に入所)

    個別支援計画の 本人の特技を活かした 施設慣れで崩れている やりがいのある,収入に

    総合的支援目標 就労支援を中心に,生き 生活を,本人なりに主体 つながる作業をみつける

    がし、ある生活をつくる. 的に生活できるようにす とともに,生活に潤いを

    る. 持たせられるようにする.

    個別支援計画の ①スクリーン印刷ができ ①健康に留意した生活 ①現在の農耕作業だけ

    支援目標 るように環境を整える. をする. では収入につながらず,

    ②場面に適した,他の利 ②疾病や症状の緩和の 新しい作業を検討する. I

    用者とのコミュニケーショ ために心掛けなければ (施設内就労)

    ン方法を身につける. ならないことを,具体的 ②SST参加により様々な

    ③希望する余暇活動が な行動と結びつけて理 場面での表現方法を学

    できるように環境を整え 解する. ぶ.

    る. ③興味ある活動を行うこ ③身だしなみと衛生面に

    ④健康維持を図るため とで,意欲が持てるように 気をつけることができるよ

    の活動および相談援助 する. うにする.

    を利用する. ④従妹との人間関係を ④趣味を通して仲間づく

    ⑤清潔感覚を身につけ 維持する. りをする.

    るため,生活指導を受け ⑤地域のイベント情報を

    る. 収集し,公共交通機関を

    利用してグループ外出

    する.

    ケア会議の 本人,兄,福祉事務所 本人,従妹,福祉事務所 本人,福祉事務所 CW,

    参加者 CW, Cp(ホーム活動担 CW2名, Cp(ホーム活動 Cp(ホーム活動担当),

    当), CSV,栄養士,看護 担当), CSV,栄養士,看 CSV,栄養士,看護師,

    師,作業班担当,司会, 護師,療育班担当,司 作業班担当,司会,記録

    記録 会,記録

    -60

  • 広島国際大学医療福祉学科紀要 第4号 2008年 3月

    別支援計画に関する合意形成の仕組み, ソーシヤノレサポートネットワークの再構築などの

    諸要因が大きく関連していることを経験的に確認した.プロジェクトの成果は,救護施設

    Aの全職員および利用者に向けた個別支援計画作成のためのハンドブック『こんな生活が

    したい 個別支援計画ハンドブック一』にまとめ,今後の検討材料として活用することを

    提案した.

    (1)利用者本人の参加

    利用者主体の個別支援計画作成および実施において,利用者本人の参加は最も基本的な

    ことである.前述のとおり,プロジェクトでは利用者が自らの生活問題解決に取り組むこ

    とを支援するための計画として個別支援計画を捉え直し,個別支援計画作成および実施に

    おける利用者本人の参加を積極的に支援した.結果として,利用者本人,利用者の援助に

    関係する施設内外の専門職,家族,ボランティアなどの援助者,個別支援計画のプロセス

    に対して変化を与えることになった.

    第 lに,利用者本人の生活問題解決に対する意欲を高めた.従来,利用者が個別支援計

    画に関わる機会は限られており,完成した計画に対して同意する程度で、あった.プロジェ

    クトにおいては,問題解決の主体として位置づけられ,常に参加すること,自らの考えを

    表現することが求められた.

    第 2に,個別支援,すなわち「利用者主体の援助」に関する理解を促進した.プロジェ

    クト開始前に作成された個別支援計画において,利用者は援助の対象で、あった.その支援

    目標は「毎日健康観察をするJr身だしなみの確認と声かけ」など,援助を提供する職員の

    立場からの目標であった.プロジェクトにおいては,利用者の立場から支援目標を立てる

    ことによって,利用者本人にとっての生活問題とその解決方法が具体的に議論された.

    第 3に,個別支援計画のプロセスにおいて利用者本人の参加とその援助を位置づけた.

    アセスメントの実施,ケア会議の開催,個別支援計画の完成および実施において,利用者

    本人の参加を確保するために,ケアプランナーは利用者への聴き取り,説明,確認などに

    十分な時間を費やした.また,これらの援助を通して,利用者との日常会話が増加したこ

    と,利用者との相互理解が深まったことなど,二次的効果も報告されている.

    ( 2 )利用者の生活問題に関する理解

    全救協「救護施設個別支援計画書J,特に rrnアセスメント」の様式を使用することに

    よって,利用者のもつ生活問題に関する理解が促進されるとともに,利用者のストレング

    スが着目されるようになった rrnアセスメント」の様式は, r生活基盤Jr身体・健康J

    「日常生活JrコミュニケーションJr社会生活技能Jr社会参加Jr就労Jr家族支援」に関

    する各領域および「緊急時の対応Jr支援上配慮が必要な社会行動」の各項目から構成され,

    それぞれの「現状(実行状況)J r希望Jr本人の能力と制限Jr環境との関係」をふまえて,

    61

  • 利用者主体の個別支援計画作成に関する一考察

    「支援の要否JI施設等の改善課題の有無」を判断する.利用者の生活問題を「本人の能力

    と制限Jおよび「環境との関係」の 2側面から捉えることによって,問題の所在をより明

    らかにすることができた.そして環境との関係Jを調整することによって,利用者のス

    トレングスを活かすことにつなげるという視点が強化された.

    ( 3 )個別支援計画のプロセスにおける協働

    利用者主体の個別支援計画作成および実施のプロセスにおいて,利用者,利用者の援助

    に関係する施設内外の専門職,家族,ボランティアなどによる協働とその仕組みは,必要

    不可欠の前提条件である.

    第 lに,利用者とケアプランナーによる協働である.プロジェクトでは,利用者の参加

    を確保し,利用者本人にとっての生活問題とその解決方法を検討するために,両者の協働

    を重視した.実際に,アセスメントが 1回の面接で終了することはなく,必要に合わせて

    面接を重ねた.また,これらの協働を通して,両者の信頼関係が形成されていった.

    第 2に,ケアプランナー,ケーススーパーパイザー,指導課長による協働である.従来,

    個別支援計画の作成は「ホーム活動」担当職員であるケアプランナーによる孤独な作業で

    あった.プロジェクトでは「ホーム活動」担当職員グループによるケースカンファレンス

    を基礎に置くとともに,協働作成者としてケーススーパーパイザーを置いた.また,両者

    に対するスーパーバイザーとして指導課長が関わることによって,個別支援計画の内容に

    関する助言だけではなく,その実施に関する助言および支持が得られた.

    第 3に,施設内の職種および業務聞における協働である.プロジェクトのケア会議は,

    栄養士,看護師による専門的助言および援助を引き出すとともに,利用者の援助に関係す

    る各業務の担当職員聞における連絡体制の構築を促進した.

    第 4に,施設内外の専門職,家族,ボランティアなどの援助者間における協働である.

    福祉事務所ケースワーカーがケア会議に参加したことによって,利用者の生活問題解決の

    目標および支援体制が拡大された.例えば,地域における作業受託の機会や特別養護老人

    ホームへの移行の可能性などが検討された.家族,ボランティアについては後述する.

    (4 )個別支援計画に関する合意形成の仕組み

    プロジェクトにおいて試験的に実殖されたケア会議は,利用者本人,利用者の援助に関

    係する施設内外の専門職および家族にとって,個別支援計画に関する援助内容および方法

    の合意形成の機会となった.また,個別支援計画に対する実質的合意は,その実施におけ

    る協働的な支援体制につながることを経験した.

    従来, Iホーム活動」担当職員グループによるケースカンファレンスにおいて作成された

    個別支援計画は,利用者が同意書に署名するという形式的合意をもって,その実施が開始

    されていた.利用者の援助に関係する施設内外の専門職および家族に対しては,その内容

    -62

  • 広島国際大学医療福祉学科紀要第4号 2008年3月

    を周知する仕組みさえも確保されていなかった.プロジェクトにおけるケア会議の開催に

    よって,利用者の援助に関係する施設内外の専門職および家族は,利用者の個別支援計画

    を共に検討するとともに,各自の役割分担を調整,決定する機会を得ることになった.

    ( 5 )ソーシャルサポートネットワークの再構築

    利用者が自らの生活問題解決に取り組むにあたって,家族やボランティアなどの人々は

    利用者に対して様々な支援を提供するとともに,利用者が生活を再形成するための基盤と

    なる.しかし,長期間に及ぶ施設入所によって,多くの利用者がもっ人間関係は非常に希

    薄になっている.モデルケースにおいても同様の状況にあったが,ケア会議への参加を契

    機として,これまで施設を訪問することのなかった兄,他県に在住する従妹との交流が再

    開した.また,ケアプランナーを中心とする職員の情報収集と協力依頼によって,利用者

    の知人がボランティアとして個別支援計画の実施に協力することも決まった.このような

    ソーシャルサポートネットワークの再構築もまた,利用者主体の個別支援計画作成および

    実施を促進すると考えられる.

    VI. 考察

    2007年 3月,救護施設Aケアマネ研究会は『こんな生活がしたい 個別支援計画ハンド

    ブック 』を完成した.タイトルにある「こんな生活がしたしリとは,利用者本人を尊重

    すること,利用者本人の立場から個別支援計画を作成,実施することの重要性を表現した

    ものである. 3年間に及ぶ個別支援計画に関する検討を通して,ケアマネ研究会がたどり

    着いた lつの結論である.つまり,個別支援計画に関する問題とは,個別支援,すなわち

    「利用者主体の援助」に関する問題そのものであることを痛感したのである.

    利用者主体とは,利用者本人こそが生活問題の主体であり,かつ生活問題解決の主体で

    あることを意味する.同時に,利用者を尊重することその人らしさ (personhood)J を

    維持、向上することを意味しているその人らしさJとは,認知症ケアに関して「パーソ

    ン・センタード・ケア (personcentered care)J を提唱した Kitwood, T.による語である

    が, r人や社会とのつながりのなかで,周囲から一人ひとりの人に与えられる立場や尊敬の

    念,共感,思いやり,信頼Jと定義される (Kitwood1997 : 8 ;水野 2004: 1386).

    救護施設Aに限らず,救護施設における個別支援および個別支援計画については,その

    背景において様々な問題が関連している.

    その lつは,救護施設の目的とその実態のずれによって起こる問題である.救護施設は

    生活保護法第 38条に規定される保護施設であり,その目的は「身体上又は精神上著しい障

    害があるために日常生活を営むことが困難な要保護者を入所させて,生活扶助を行うこと」

    である.しかし,実際のところ,救護施設の利用者は身体障害,知的障害,精神障害など

    の様々な障害をもっ人々である.また,その状況は高齢化,重度化,重複化の傾向にある

    。リρ0

  • 利用者主体の個別支援計画作成に関する一考察

    (中川ほか 2003: 24). 全救協「平成 17年度救護施設実態調査」の結果によれば,利用者

    の性別は男性 6割,女性 4割,平均年齢は 62.3歳である.障害の種類は「精神障害J51. 5%,

    「知的障害J45.9%,r身体障害J25.2%であり,そのうち重複障害は「知的・精神障害の

    重複J13.6%, r身体・知的障害の重複J8.6%, r身体・精神障害の重複J4.5%,さらに

    「身体・知的・精神の重複J3.8%である.また,障害の程度は身体障害者手帳 r1・2級J

    相当 47.4%,療育手帳 rAJ相当 47.2%,精神障害者保健福祉手帳 r1・2級j相当 62.3%

    である(全国救護施設協議会 2006: 10-5). このような実態に対して最低生活の保障と

    いう生活保護法の原理」にもとづく救護施設においては,必要最低限の条件整備さえも図

    られていない. 1人当たり居室面積等の施設設備基準,職員の配置基準など,他の障害者

    福祉法と比較して,より低い基準が設定されている.つまり,救護施設は社会福祉法体系

    のダブソレスタンダードという問題をその根底に抱えているのである(丸木 2000;中川ほか

    2003 ;高間 2004).

    その一方,救護施設は「総合福祉施設Jとして(小寺 1979;一番ヶ瀬ほか 1988),そし

    て「総合的専門性」を目指して(田中 1997),これらの利用者に対する援助の向上に苦闘

    している.全救協「今後の救護施設のあり方に関する課題提起Jにみるとおり, rあらゆる

    障害者を幅広く受け入れる」ことを前提としながらも,個々の利用者に対する自己実現,

    自立支援を促進するための援助,すなわち個別支援の重要性を強調している(全国救護施設

    協議会 2005a: 2-4). 全救協「救護施設個別支援計画書」においても,個別支援の「総合

    的支援目標」とは「利用者の現在・将来の生活や自己実現に対する意向・希望んすなわち

    「その人らしさ」を尊重するものでなければならないと説明しており,特に rrr利用者の希望・要望j とし、う様式を設けている(全国救護施設協議会 2005b:9-10).

    また,救護施設における個別支援計画は社会福祉施設」としづ援助提供の組織体制と

    も関連している.r利用者主体の援助Jの重要性は,援助提供に関わる組織によって変わる

    ものではない.しかし,援助提供の組織体制は,個別支援計画の位置づけに影響を与える

    (白津 2003;施設ケアプラン研究会 2005).白I事政和によれば,ケアプランの作成者,ま

    たケアプランとその実施計画および業務マニュアルの関係は,在宅と施設において異なる

    という(白津 2003: 46-7). 前者について,在宅では,ケアマネジャーなど l人の専門職

    がケアプランを作成し,各サービス事業者にその実施を依頼する.施設では,社会福祉士

    などの担当職員を中心としながらも,施設内における職種および業務間の連携,チームア

    プローチによってケアプランを作成,実施する.後者について,在宅では,ケアプラン,

    各サービス事業者によるケアプラン(実施計画)および業務マニュアルはそれぞれ独立し

    ている.施設では,ケアプランは実施計画と一体的な関係にあり,業務マニュアルと直接

    連動した関係にある.また,施設におけるケアプランと業務マニュアルの関係について,

    「前者が利用者ケアの個別化に対応すること jであり, r後者が利用者ケアの標準化に対応すること」であると説明される(白津 2003: 122). つまり,施設におけるケアプランは,

    64

  • 広島国際大学医療福祉学科紀要 第4号 2008年 3月

    施設内の職種および業務間の連携,業務内容とその体制に影響される.そして,施設にお

    ける援助提供の組織体制もまたケアプランに影響されるのである.このような両者の相互

    関係において,利用者主体のケアプラン作成および実施は業務マニュアルの変更,さらに

    は「施設全体の理念」および「職員の態度や考え方J1職員のケア能力」を改善する機会と

    なるかもしれない(白津 2003: 146).

    以上,救護施設Aにおけるケアマネ研究会の取り組みを通して,利用者主体の個別支援

    計画に関する一考察を試みた.最後に,利用者主体の個別支援計画作成および実施に関す

    る課題をもって結論とする.

    ①個別支援の理解に関する課題

    最も基本的な課題は,個別支援,すなわち「利用者主体の援助」を理解することである.

    実践現場レベルにおいて,利用者本人が生活問題および生活問題解決の主体であること,

    利用者の「その人らしさj を尊重することについて再確認するとともに,そのような利用

    者主体の援助のあり方について実際的および具体的に理解する必要がある.

    111国別支援計画モデルフ。ロジェクトJを通して,個別支援計画作成および実施のフ。ロセ

    スにおける利用者本人の参加は,利用者本人をはじめ,利用者の援助に関係する施設内外

    の専門職,家族,ボランティアなどの援助者にとって,個別支援の理解を促進するもので

    あることが示唆された.

    ②個別支援の組織に関する課題

    個別支援計画の作成および実施は,施設における援助および管理運営に関する組織体制

    に大きく影響される.従来の集団処遇にもとづく組織体制において,個別支援を計画,実

    施することは極めて困難である.つまり,個別支援に対応できる組織体制を確立すること

    がその前提条件として要求される.

    第 lに,利用者,利用者の援助に関係する施設内外の専門職,家族,ボランティアなど

    の合意形成および連絡調整,すなわち協働に関する仕組みが必要である.利用者とケアプ

    ランナー聞における相談面接,施設内の職種および業務聞におけるケースカンファレンス,

    そして施設内外の専門職,家族,ボランティアなどの間におけるケア会議のように,段階

    的な仕組みが必要である.また,個別支援計画に関するスーパービジョンの体制は不可欠

    である.その他,援助に関する決定権限を実践現場レベルへ委譲すること,職員の移動に

    よる弊害を最小限にとどめること,職員の資質向上を図るために個別支援計画に関する

    OJTを実施することなどが課題としてあげられる.

    ③個別支援の環境に関する課題

    また,個別支援計画の作成および実施は,施設内外における物理的および社会的環境に

    65ー

  • 利用者主体の個別支援計画作成に関する一考察

    も影響される.つまり,個別支援を推進するためには,個別支援に対応できる環境を整備

    することが必要で、ある.

    救護施設Aにおける施設内環境については,特に利用者の居室が共同居室であること,

    食堂や浴室などの共同スペースもまた規模,設備に関して集団処遇型であること,そして

    それらの利用についても個別的な対応がなされていないことなどが改善すべき課題として

    あげられる.また,施設外環境については,地域社会における社会資源を開発し活用する

    こと,利用者の社会参加,地域住民との交流などを積極的に促進することが課題としてあ

    げられる.

    ④個別支援計画作成および実施の手続きに関する課題

    これらの個別支援そのものに関する課題は,同時に,個別支援計画の作成および実施に

    関する課題でもある.繰り返しになるが,個別支援計画作成および実施の手続きに関する

    課題としては,利用者本人の参加を確保すること,利用者および利用者の援助に関係する

    施設内外の専門職,家族,ボランティアなどの聞における合意形成および連絡調整に関す

    る仕組みを形成すること,スーパービジョン体制を整備することなどがあげられる.

    【注】

    1)ケアプラン (careplan) とは「各要援護者に即した個別化されたサービスとサポート

    のパッケージを準備・計画するもの」であり処遇計画」と言い換えることもできる

    (白津 1992: 78). 日本においては介護保険制度の導入によってケアマネジメント」

    の用語と併せて一般的に使用されるようになった.ただし,本稿では「個別支援計画」

    と表現する.その理由は,全国救護施設協議会が「個別支援計画」の用語を使用してい

    るというだけではなく,個々の利用者が自らの生活問題解決に取り組むこと,まさにそ

    のことに対する支援を重視するからである.

    2) 指導課主任のY氏は例外的に,私がアドバイザーを務めた 2004~2006 年度の 3 年間,

    ケアマネ研究会メンバーとして実質的なまとめ役を担ってくださった.また, 2005年

    度には研修実習委員会メンバーとしても個別支援計画をテーマに救護施設A全職員を

    対象とする職員研修会を企画,実施するなど,精力的に活動された.Y氏というキーパ

    ーソンの存在はケアマネ研究会の活動とその成果に大きく貢献した.

    3) I個別支援計画モデルフ。ロ、ジェクト」開始時には全国救護施設協議会「救護施設個別支

    援計画書・第 l次案」を使用していたが, 2005年 12月以降,その完成版「救護施設個

    別支援計画書」に変更した.主な見直し内容は, 2003年度以降の救護施設に関する制

    度改正にともなう変更,地域生活移行に向けた支援に関する説明の追加である.様式の

    大きな変更はないが IIIIアセスメント」様式における支援の「優先度」に関する項目

    が「支援の要否」および「施設等の改善課題の有無」の表現に分割された.また,この

    66

  • 広島国際大学医療福祉学科紀要 第4号 2008年3月

    様式は記述式であることから「簡略化」が懸案事項になっていたが利用者の全体像

    を把握し,どこに生活のしづらさがあり,どのような支援をどの程度行う必要があるか

    を導きだすためには,単なるチェック方式では不十分で、ある」ことから改めて記述式が

    採用された.その一方,より多くの救護施設が個別支援計画作成に取り組むことができ

    るように,一部のアセスメント項目にチェック方式を採用するとともにアセスメン

    トの着眼点の例示Jを添付した「体験版Jが導入された(全国救護施設協議会 2005b).

    【文献】

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