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特集 シェアリングエコノミーと消費生活 特集1 拡大するシェアリングエコノミー−現状と課題− 1 特集2 政府におけるシェアリングエコノミー推進の取り組み 5 特集3 シェアリングエコノミーをめぐる法的課題−取引当事者間の私法的関係を中心に− 特集4 モノのシェアリング“フリマアプリ”に関する相談事例 8 11 消費者問題アラカルト ドローンと法規制 12 新インターネットと上手につき合う 絵をみて分かるインターネット技術の基礎 ウェブ閲覧のセキュリティ 16 賃貸住宅の基礎知識-入居から原状回復まで- 契約の更新と更新手続き −契約更新と更新料・更新手数料− 消費生活相談に役立つ社会心理学 不当な働きかけから身を守るには 海外ニュース <イギリス>バイナリーオプション詐欺 18 20 23 <香港>海外でレンタカーを利用する際の注意 <ドイツ>日本製の電子ピアノに高い評価 <オーストリア>バスマティ米(香り米)等のヒ素は基準値内 消費者教育実践事例集 知的障がい者の自立支援のための金銭管理講座 25 明治時代の生活に学ぶ 下駄と革靴のドッキング−靴をめぐる悩みと工夫− 私たちと経済 27 29 苦情相談 キャンペーンの条件として高齢者に不必要な契約をさせた携帯電話会社 32 暮らしの法律 Q&A 生計を同じくする家族が成年後見人になる場合、生活費の管理は? 34 暮らしの判例 出会い系サイト事業者による「訴訟詐欺」 35 誌上法学講座 新時代の消費者契約法を学ぶ 契約取消権(4条)(2) 38 ウェブ版 NO.662018目次 New! 経済と暮らし

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特集 シェアリングエコノミーと消費生活

特集1 拡大するシェアリングエコノミー−現状と課題− 1

特集2 政府におけるシェアリングエコノミー推進の取り組み 5

特集3 シェアリングエコノミーをめぐる法的課題−取引当事者間の私法的関係を中心に−

特集4 モノのシェアリング“フリマアプリ”に関する相談事例

8

11

消費者問題アラカルト ドローンと法規制 12

新インターネットと上手につき合う 絵をみて分かるインターネット技術の基礎 ウェブ閲覧のセキュリティ 16

賃貸住宅の基礎知識-入居から原状回復まで- 契約の更新と更新手続き

−契約更新と更新料・更新手数料−

消費生活相談に役立つ社会心理学 不当な働きかけから身を守るには

海外ニュース <イギリス>バイナリーオプション詐欺

18

20

23

<香港>海外でレンタカーを利用する際の注意

<ドイツ>日本製の電子ピアノに高い評価

<オーストリア>バスマティ米(香り米)等のヒ素は基準値内

消費者教育実践事例集 知的障がい者の自立支援のための金銭管理講座 25

明治時代の生活に学ぶ 下駄と革靴のドッキング−靴をめぐる悩みと工夫−

私たちと経済

27

29

苦情相談 キャンペーンの条件として高齢者に不必要な契約をさせた携帯電話会社

32

暮らしの法律 Q&A 生計を同じくする家族が成年後見人になる場合、生活費の管理は? 34

暮らしの判例 出会い系サイト事業者による「訴訟詐欺」 35

誌上法学講座 新時代の消費者契約法を学ぶ 契約取消権(4条)(2)

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ウェブ版 NO.66(2018)

目次

New!

経済と暮らし

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専門は地域経済、地方創生、政策全般。著書『シェアリングエコノミーへの期待と課題~日本経済の健全な成長に向けて~』(大和総研調査季報、2016年秋季号vol.24)など。

市川 拓也 Ichikawa Takuya 株式会社大和総研 政策調査部 主任研究員

1特集

拡大するシェアリングエコノミー―現状と課題―

シェア事業者

提供者 利用者評価

図1 シェアリングエコノミーの構図

出典:大和総研作成

2018.1 1

シェアリングエコノミーと消費生活

特集

⒈ シェアリングエコノミーとは昨今、注目される言葉として「シェアリング

エコノミー」があります。シェアリングエコノミーとは、「個人等が保有する活用可能な資産等(スキルや時間等の無形のものを含む。)を、インターネット上のマッチングプラットフォームを介して他の個人等も利用可能とする経済活性化活動」*1です。つまり、インターネットを通じたモノやスキル等の有効活用と言えます。従来であれば、モノやスキル等を利用する場

シェアリングエコノミーの概要 合は消費者として店舗を訪問し、販売者から対面で購入するのが普通でしたが、インターネットを通じていつでもどこでも、必要なだけ利用できる点がシェアリングエコノミーの大きな特徴の1つとなっています(図1)。また、インターネットの瞬時のマッチングが

可能となったことで、個人が手軽にモノやスキル等を提供できるようになった点も大きな特徴です。貸出については、技術的に短時間での提供も可能なことから、提供できる時に望む分だけ提供できるのです。シェアリングエコノミーでは提供者と利用者

の関係は固定的ではありません。ある時の提供者は別の時には利用者となることもあります。対象や時間によって、提供者と利用者が相互に入れ替わることができる点も従来にない特徴と言えるでしょう。⒉ シェア等の分類表はシェアリングエコノミーを分類したもの

です*2。「シェアの分類」をさらに「サービスの分類」に分けていますが、例えば、民泊は「サー

*1 �内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室�シェアリングエコノミー検討会議「シェアリングエコノミー検討会議�中間報告書-シェアリングエコノミー推進プログラム-」(2016�年11�月)。� �https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/senmon_bunka/shiearingu/chuukanhoukokusho.pdf

*2 �消費者庁「平成29年版消費者白書」� �http://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_research/white_paper/2017/white_paper_122.html#m01

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かなり当てはまる15.7

ある程度当てはまる36.2

まったく当てはまらない4.6

あまり当てはまらない9.1

どちらともいえない34.3

計 51.9

図2 できるだけモノを持たない暮らしに憧れる(%)

出典:�消費者庁「平成28年度消費生活に関する意識調査�結果報告書ーSNSの利用、暮らしの豊かさ、シェアリングエコノミー等に関する調査―」(2017年7月)より大和総研作成

シェアの分類 サービスの分類 提供側の主なニーズ 利用側の主なニーズ

空間のシェアホームシェア(民泊を含む) ・自宅の空き部屋を有効的に使いたい

・ゲストを招いておもてなしがしたい・ホテルより安価な場所に泊まりたい・古民家を借りるなど、貴重な経験をしたい

遊休施設 ・休日のオフィスの会議室を有効的に使いたい・閉店中の店舗を貸し出ししたい

・会議室を安価に利用したい・日頃借りられないスペースを借りてみたい

モノのシェアフリマアプリ ・不要になったモノを捨てるのはもったいない ・欲しいモノを安価に手に入れたい

・販売終了してしまったものを手に入れたい

レンタルサービス ・必要なときに必要なだけ、モノを利用したい

移動のシェアカーシェア ・車に乗らない時間帯も、有効的に使いたい ・維持費をかけずに車を運転したい

ライドシェア ・自分の車を使って収入を得たい ・観光の際の交通手段が欲しい

スキルのシェア

家事代行 ・家事が得意・自分の空き時間を有効に使いたい ・忙しくて家事ができない

育児 ・子どもと触れ合いたい・自分の空き時間を有効に使いたい ・信頼できる人に子どもを預けたい

知識 ・自分の知識を幅広く活用したい ・知らない(できない)ことを手軽に教えて欲しい

シェアリングエコノミーの種類表

出典:消費者庁「平成29年版消費者白書」

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特集 シェアリングエコノミーと消費生活

拡大するシェアリングエコノミー ―現状と課題―特集1

ビスの分類」の「ホームシェア」に入り、駐車場シェアは「遊休施設」に該当するでしょう。訪日外国人の旅行ガイドや料理の提供などのシェアは、「シェアの分類」では「スキルのシェア」ということになるでしょう。シェアリングエコノミーには、使っていない

「おカネ」を使いたい人に提供するクラウドファンディングも該当するとの見方もあります。「利用したい」と「提供したい」とのマッチングが、シェアリングエコノミーの本質であり、技術的には多様な取引が対象となり得ます。これからもさまざまな「シェア」が出てくるでしょう。

⒈ ITの進歩こうしたシェアリングエコノミーが日本で拡

大する背景として挙げられるのが、インターネットおよびスマートフォン等の普及です。インターネットの普及率は個人ベースでも既に80%台*3の高水準にありますが、スマートフォン、タブレット型端末はここ数年で急拡大したもので、スマートフォンの普及率(世帯)は2015年末には70%超となりました。ニーズに合わせて他人同士が保有する資産等を利用するには、

拡大の背景

地理的制限を超えて互いの情報のやり取りがスムーズにできる必要がありますが、この点でスマートフォン等の普及は大きな意義があると言えます。必要な時に必要なだけインターネットに接続し利用できる利便性こそが、シェアリングエコノミーの急拡大の原動力となっているのです。⒉ 消費者の意識の変化シェアリングエコノミーが拡大する背景とし

て、技術的な進歩が大きい点を挙げましたが、利用者側の意識の変化も重要なポイントです。図2は消費者庁「平成28年度消費生活に関する意識調査」の調査結果です*4。これによると、「できるだけモノを持たない暮らしに憧れる」と

*3 �2016年の値で世帯が85.6%、個人が83.5%(総務省「情報通信統計データベース」(出典元:総務省「通信利用動向調査」))。*4 http://www.caa.go.jp/information/pdf/information_isikicyousa_170726_0001.pdf

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特集 シェアリングエコノミーと消費生活

拡大するシェアリングエコノミー ―現状と課題―特集1

の回答が「かなり当てはまる」と「ある程度当てはまる」の合計で5割を超えています。なるべくモノを持たないという現代の消費者

の意識は、自らモノを所有せず他人のモノを利用するシェアリングエコノミーの理念的な部分と合致しています。さらに環境意識の高まりや自由な働き方を求める意向も合わせて考えれば、人々の意識はかつてより「シェア」に対して積極的になっていると言えるでしょう。�

⒈ 業法規制と相互評価シェアリングエコノミーは技術的進歩によっ

て売買等が容易にできるという実態先行で拡大してきました。したがって、必ずしも従来型の業法規制の枠組みに収まり切れていないのが現状です。法令の遵

じゅん守しゅが求められることは当然で

すが、著しく進む技術進歩に法令や制度が十分対応できていないのです。従来型の消費者保護の観点からすれば、商品

やサービスの品質を確保するために、販売等を行う企業には厳格な規制が必要との理屈は成り立ちます。しかし、特定の事業を行う企業を行政が許可や監督を行うのと異なり、必要な時にのみ売買等を行う無数の個人のすべての取引に行政が目を光らせるのは困難でしょう。シェアリングエコノミーは提供者が企業であ

ることを排除しませんが、基本的には個人と考えられています。したがって、モノやスキル等の質をどう担保するのかが問題となりますが、この点は利用者が提供者を評価するしくみに依拠しています。低い評価を受ければ、新たな利用者獲得は困難になるため、提供者には質の高いサービスを提供するインセンティブが働くのです。あわせて利用者側も評価を受けるため、利

従来型規制との違い

用者の質も問われることになります。⒉ 相互評価の補完しかし、相互評価だけで十分かという点もあ

ります。例えば、盗品の取引を制限するには、インターネット上でマッチング機能を提供する事業者(以下、シェア事業者)の適正な関与も必要でしょう。この点では、一般社団法人シェアリングエコノミー協会による「シェアリングエコノミー認証制度」が参考になります。これは、同協会の自主ルールに適合したシェア事業者を認証する制度で、2017年11月までに15の取得サービスが発表されました。相互評価によるしくみを補完するものであり、シェアリングエコノミーに合った消費者保護の具体的な方法として注目されます。

⒈ 収入源として期待世界的に拡大するシェアリングエコノミーで

すが、今後、私たちの暮らしにどのような影響が及ぶのか気になるところです。個人が容易にモノやスキル等を売ることができるため、かつてより副収入を得やすくなるでしょう。楽しみながら趣味の延長として行うことも、本格的に事業として行うことも可能です。現時点では兼業・副業を禁止している企業の

割合は77.2%*5といまだ大勢を占めますが、今後、いっそう顕在化するであろう人手不足の問題を考えれば、優秀な人材を確保すべくそれを容認していかざるを得ないと思われます。企業への労働供給という意味では、クラウドソーシングを通じフリーランスのような時間や場所に縛られない働き方も増えていくでしょう。⒉ 生活の向上等利用者は多種多様な提供者によるモノやスキ

暮らしへの影響

*5 �株式会社リクルートキャリア「兼業・副業に対する企業の意識調査」(2017年2月14日)。� �https://www.recruitcareer.co.jp/news/20170214.pdf

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特集 シェアリングエコノミーと消費生活

拡大するシェアリングエコノミー ―現状と課題―特集1

ル等を利用できることで、利便性や満足感が高まることが予想されます。例えば、慢性的な駐車場不足に陥っているところで、個人の駐車場が提供されれば利用者の利便性は高まります。公共交通が途絶えた地域で、個人が有する移動手段が提供されれば交通弱者の救済にもなります。2018年6月には住宅宿泊事業法が全面的に

施行される見込みですが、今後、民泊が健全なかたちで拡大すれば、大都市の宿泊施設不足の緩和につながり、特に東京オリンピック・パラリンピックの際は訪日外国人観光客の受け皿として期待できます。他人が家庭の家事労働を軽減してくれれば、

その分、提供者として別のモノやスキル等の提供を行うこともできます。クラウドソーシングが普及し在宅勤務が広まれば、満員電車の混雑緩和も期待できるかもしれません。

⒈ 多様な課題このようにみれば、シェアリングエコノミー

は暮らしにとって良い方向に働くようですが、一方で課題もあります。まず、フリーランスの状態で細切れの仕事を雇用関係も持たずに行うケースでは、収入が安定しないばかりか、社会保障の面でも問題を抱えることになります。課題はシェアリングエコノミーの当事者間だ

けではありません。国や自治体からみると、個人間の取引で生じた所得をどう把握し課税するかという問題があるでしょう。ライドシェアは解禁されていませんが、個人が資格もないまま自由に旅客運送を行うようになれば、安全性の問題や既存タクシー事業者との摩擦が生じるでしょう。民泊は住宅宿泊事業法により、国家戦略特別区域外や簡易宿所以外でも合法的に行えるようになりますが、ビジネスを目的とした家主不在型の民泊参入が急増するようであれば、旅館等の経営に影響がないはずがありません。以前か

課題と注意点

ら問題視されている騒音等への対応も必要です。⒉ 利用者の注意点これらは、法制度を含めて国民の議論の下で

解消していくべき課題ですが、一消費者としてシェアリングエコノミーに接する際の注意点としては、当事者間のトラブルの問題が挙げられます。シェアリングエコノミーについては基本的に個人間のやり取りであり、トラブルに巻き込まれやすくなります。「平成29年版消費者白書*2」には、「『フリマアプリで購入して届いたものが、既に壊れていた』、『スキルのシェアの出品者から情報を購入したが、その後高額の情報商材の購入を強要された』」との相談事例が挙げられています。このようなことはシェアリングエコノミーでなくとも起こり得ますが、素人半分の個人が提供しているケースでは、その頻度は高いものと考えられます。従来のような業法規制の枠内であれば、許可

の取り消しや消費者への信頼低下を回避すべく、許可等を経た事業者として極力トラブルに陥らない措置を取るインセンティブが働きました。しかし、シェアリングエコノミーの世界では、前述のとおり、提供者からのモノやスキル等の質は、基本的に利用者による評価によって担保されています。提供者のモノやスキル等の質だけでなく、手続き面も含め、利用者の期待と一致しなければトラブルに陥る可能性があります。同白書には「利用側の消費者は、相手が必ずしもプロではないことを十分理解したうえで、サービスを利用する必要があります」とあり、利用者側はこの点を十分に踏まえなければなりません。従来の企業とお客様の関係ではなく、基本的に相手方は対等の個人であることを意識して利用することが肝要です。国民としては過度に恐れることなく、経済面

での期待も大きいシェアリングエコノミーと、上手に付き合っていくことが望まれます。

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総合ITベンダーに入社後、官庁向けシステム開発プロジェクト等に従事。2015年より内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室に出向。2017年1月より現職を併任。

岩坪 慶哲 Iwatsubo Yoshiaki 内閣官房シェアリングエコノミー促進室参事官補佐

2特集

政府におけるシェアリング エコノミー推進の取り組み

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特集 シェアリングエコノミーと消費生活

活用されていないヒト・モノ・カネを第三者がマッチングするビジネスは、従来から存在していましたが、スマートフォンやSNSの普及により、「シェアリングエコノミー」と呼ばれるサービスが進展しつつあります。シェアリングエコノミーは、民泊やライドシェアが有名ですが、その他にも駐車場や会議室などのスペースシェア、ITスキルや家事・育児などの労働力のシェアなど、さまざまな分野で新たなサービスが登場してきています。

このようなシェアサービスは、十分に活用されていない資産や個人のスキル、隙間の時間などの有効活用を促し、社会全体の生産性向上につながるものです。シェアリングエコノミーには、一億総活躍社会の実現や経済成長、地方創生、地域共助のしくみの充実など、わが国の諸課題の解決への貢献が期待されます。

他方、シェアリングエコノミーは、従来型のサービスモデルとは異なる特性を持った黎

れい明めい

期にあるサービスモデルであり、健全な発展に向けて整理すべき課題が多いこ

政府がシェアリングエコノミーの促進に取り組む意義

とも事実です。例えば、サービスの品質について、従来型サービスでは本業として資本を投下した事業者が責任を負っていますが、シェアリングエコノミーではサービスを提供する個人等が責任を負うことが基本であることなどから、サービスの利用に不安を覚える消費者が多くいます

(図)。このようなことから、政府では、シェアリン

グエコノミーの健全な発展に向けて、シェアリングエコノミーをめぐる課題を整理し、解決に向けた取り組みを実施しています。

政府では、2016年7月より、内閣官房IT総合戦略室長(政府CIO)の下に、シェアリングエコノミー検討会議を開催しています。

同検討会議では、インターネット上でマッチ

取り組み状況

図 シェアリングエコノミーの基本構造従来型のサービス提供(BtoC) シェアリングエコノミーにおけるサービス提供(CtoC)

「空き状態」を正確、リアルタイムに把握できるデジタルプラットフォームの提供

事業者(サービス提供者)

個人(消費者)

業法に基づく許可、品質管理等

一時的なサービス提供

・多くの場合、多数かつ多様な個人

・法人であっても、本業として資本を投下していない法人

・多くの場合、個人・クラウドソーシングなどでは企業など法人も利用者

提供サービス情報の登録

マッチング機能、情報交換機能、評価機能、決済機能等の提供

提供サービス情報の照会

事業(反復継続)としてサービス提供

行政

シェア事業者

利用者提供者

出典:内閣官房シェアリングエコノミー促進室作成

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特集 シェアリングエコノミーと消費生活

政府におけるシェアリングエコノミー推進の取り組み特集2

ング機能を提供する事業者(以下、シェア事業者)とシェアリングエコノミーの活用に取り組んでいる自治体へのヒアリング結果や、会議の構成員や関係省庁から提供されたさまざまな情報を基に、活発な議論がなされました。例えば、

「シェア事業者が担う責任」についての議論では、サービスの提供者と利用者の行為の責任をシェア事業者がどこまで負うかが論点となり、消費者側からは「シェア事業者に責任を持ってほしい」という声が上がる一方、事業者側からは「シェア事業者の責任について、一定の限度を示すことが必要ではないか」等、さまざまな意見が出ました。

また、「平成28年版情報通信白書*1」によると、わが国は諸外国と比較して、シェアリングエコノミーに対する認知度や利用意向が最も低いことに加え、「事故やトラブル時の対応に不安がある」とする声が多いのが特徴です。このことから、シェアリングエコノミーの健全な普及に向けて、認知度向上や安全性・信頼性の確保による利用者の不安解消が課題であることが明らかとなりました。

こうした議論や状況を踏まえ、同年11月に、必要な措置を盛り込んだ「シェアリングエコノミー推進プログラム」を公表しました*2。以下に、同プログラムの内容とその後の進捗状況を紹介します。⑴ 自主的ルールによる安全性・信頼性の確保①内容

シェアリングエコノミーは、シェア事業者が運営するマッチングプラットフォームを通じた個人間取引(CtoC)等を基本としているため、取引にかかわる不安の低減が、その発展を進めるうえで課題となります。他方、変化の激しいビジネス環境であり、法律による画一的な規制がなじみにくい分野でもあります。このため、民間団体等による安全性・信頼性を高める自主的

ルール運用を促進することとし、シェア事業者に対して、本人確認の徹底や評価のしくみの実装、相談窓口の設置等を求める「シェアリングエコノミー・モデルガイドライン」を示しました。②進捗状況 

本モデルガイドラインを基に、一般社団法人シェアリングエコノミー協会が、サービス利用者の安全性・信頼性を確保するための措置を講ずるシェア事業者を認証審査するしくみを作りました。2017年11月時点で、15のサービスが認証マークを取得したことが公表されています*3。今後、この認証マークが、消費者にとって安心して利用できるサービスかどうかを判断する材料として活用されるよう、同取り組みの普及が期待されます。⑵ グレーゾーン解消等に向けた取り組み①内容

シェアリングエコノミーがさまざまな分野に進展すればするほど、事業者によるサービスの提供を念頭にして規定された既存法令が、個人間取引についても適用されるのか否かが不明瞭

(グレーゾーン)となる可能性が高まります。このグレーゾーン等への対処方法として、「弁護士等の活用による法令調査・法令違反でない根拠の明確化の推奨」「グレーゾーン解消制度等の活用の推奨」「現行規制の検証」の3点を挙げました。②進捗状況

2017年1月、内閣官房に設置されたシェアリングエコノミー促進室(政府相談窓口)において、シェア事業者からの相談に対して、必要な情報提供や規制官庁との調整、法令解釈に係

かかる

グレーゾーン解消制度の活用等に向けた支援を行っています*4。⑶ シェアリングエコノミー活用自治体の創出①内容

地方においては、少子高齢化や都市への人口*1 総務省「平成28年版情報通信白書」 http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h28/pdf/n3100000.pdf*2  内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室「シェアリングエコノミー検討会議中間報告書−シェアリングエコノミー推進プログラム−」(2016年11月)

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/senmon_bunka/shiearingu/chuukanhoukokusho.pdf*3 一般社団法人 シェアリングエコノミー協会「シェアリングエコノミー認証マーク取得サービス」 https://sharing-economy.jp/ja/trust/case/

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特集 シェアリングエコノミーと消費生活

政府におけるシェアリングエコノミー推進の取り組み特集2

流出に伴い、雇用の創出や交流人口の増加、交通過疎地における高齢者の足の確保など、多くの課題を抱えています。シェアリングエコノミーは、これらの地域課題を解決する手段として活用できる可能性があります。このため、政府において、「地方自治体とシェア事業者の連携実証」「ベストプラクティス集の作成・共有」

「シェアリングエコノミー伝道師の派遣」等を行っていくこととしました。②進捗状況

2016年11月、秋田県湯沢市、千葉県千葉市、静岡県浜松市、佐賀県多久市、長崎県島原市の5都市が、シェアリングエコノミーによる

「共助」で地域課題解決をめざす、「シェアリングシティ宣言」を発表しました。このうち、多久市では、市がローカルシェアリングセンター

(造語)というコワーキング(Coworking)や交流の場を作り、高齢者や育児・介護などを理由にフルタイムで働くことが困難な住民を募って、パソコンスキル向上のための研修等を開催しています。そうして得たスキルを活用し、クラウドソーシングによってウェブライティングなどの仕事を都会から受注することにより、地域住民が稼げるしくみづくりを推進しています。このようなシェアリングシティは、事業者団体による自主的な取り組みのもと、2017年11月時点で、15都市に広がっています*5。

また、このような事例の横展開を図るため、2017年3月、豊富な知見や活用の実績等を備える「シェアリングエコノミー伝道師」を内閣官房が任命し、自治体が主催するセミナー等での講演や、ウェブ・雑誌等媒体での紹介記事の執筆などの普及・啓発活動を実施しています。

政府の成長戦略「未来投資戦略2017*6」に

今後の方向性

おいて、「シェアリングエコノミーを活用した社会課題解決や新しい生活産業の実装による地域経済の活性化のため、(中略)モデルとなるシェアリングエコノミー活用の事例を本年度中に少なくとも30地域で創出することを目指す」とされています。この目標を達成すべく、シェアリングエコノミー促進室において、地域課題の解決に向けてシェアリングエコノミーの活用に意欲のある自治体からの相談を受け付け、必要に応じてシェアリングエコノミー伝道師の派遣等を行っています。また、関係省庁においても、先進事例の実証事業(総務省「IoTサービス創出支援事業」)や自治体と事業者のマッチングイベント(総務省「地域IoT官民ネット」、経済産業省

「IoT Lab Connection」)の開催など、さまざまな取り組みを行っています。さらに、2018年度当初予算の事業として、消費者庁が徳島県に開設した「新未来創造オフィス」の周辺地域を対象に、消費者モニターを活用したシェアリングエコノミーに関する実証実験や、過疎地域を含めた地方におけるシェアリングエコノミー活用推進の事業を総務省が盛り込むなど、新たな施策が打ち出されています。

社会課題の解決に向けて投入可能な政策資源が減少していくなか、多様化・複雑化する課題の解決手段の1つとして、シェアリングエコノミーは期待されています。他方、シェアリングエコノミーは、従来型のサービスモデルとは異なる特性を持った黎明期にあるサービスモデルであり、サービス利用者の不安解消などの課題があります。

シェアリングエコノミーの健全な発展に向けて、政府は安全性・信頼性の確保など、さまざまな取り組みを引き続き実施してまいります。

まとめ

*4  同年5月、グレーゾーン解消制度の活用により、自動車で中長距離を移動するドライバーと同区間の移動を希望する人をマッチングし、ガソリン代および道路通行料相当での相乗りを実現するサービスについて、道路運送法の「旅客自動車運送事業」に該当しないことが公表された。

*5 一般社団法人 シェアリングエコノミー協会「認定都市のご紹介」 https://sharing-economy.jp/ja/city/case/*6  「未来投資戦略2017 ーSociety5.0の実現に向けた改革ー」(2017年6月9日)

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/miraitousi2017_t.pdf

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専門は民法。経済産業省「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」起草担当。近時の消費者法関係の論文として「消費者契約法における「勧誘」要件の解釈」(『判例時報』2330号116ページ、2017年)

宮澤 俊昭 Miyazawa Toshiaki 横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授

3特集

シェアリングエコノミーをめぐる法的課題 ― 取引当事者間の私法的関係を中心に―

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特集 シェアリングエコノミーと消費生活

現在、何らかの意味で「共有」という要素を持つさまざまなサービスが広くシェアリングエコノミーとして論じられています。本稿では、フリマ、民泊、クラウドソーシングなど、インターネット上でマッチング機能を提供する事業者(以下、シェア事業者)が運営するネット上のプラットフォームにおいて、ある主体によって提供される時間・空間・物・能力などを他の主体が利用することを内容とする取引(以下、前者を「提供者」、後者を「利用者」)が行われるシェアリングエコノミーを対象として、取引当事者間の法律関係を私法的な視点から検討します。

事業者の運営するプラットフォームにおいて提供者と利用者が取引を行うという形態は、インターネットショッピングモールやアプリマーケット等(以下、ネットモール等)と共通します。しかし、提供者と利用者の関係については次のような違いがみられます。ネットモール等においては、提供者は、事業と

して行うために資本を投下し、プラットフォームを運営する事業者との間で出店等のための契約を締結し、プラットフォーム上に仮想店舗を設置したり、自己の商品・サービスを掲載したりし

本稿で検討するシェアリングエコノミー

提供者と利用者の間の法律関係

ます。これに対して、利用者は、資本を投下して事業を起こさない限り、提供者として取引に参加することはありません。この意味で、ネットモール等における提供者と利用者の取引は、当事者間の地位に互換性のない事業者と消費者の間の消費者取引として理解できます。これに対してシェアリングエコノミーにおいては、資本を投下せずとも、また事業として行わなくとも提供者となることが可能です。そのため、提供者と利用者がいずれも消費者であって両者の地位に互換性の認められる取引が多くみられます。以上のような違いは、提供者と利用者の法律

関係にも影響を及ぼします。ネットモール等での提供者は、消費者契約法(以下、消契法)2条2項にいう事業者であるのが通常です。そこで、利用者が消費者(消契法2条1項)である場合には、両者間の取引について、民法に加えて、消契法が適用されます。これに対して、シェアリングエコノミーにおいては、提供者が事業者かどうかは個別の事案ごとに異なります。提供者が事業者ではない場合には、消契法の適用はなく、民法上の規定に基づいて判断がされます*1。

シェアリングエコノミーでの提供者と利用者の間の取引においていずれかの主体が損害を被った場合、その損害を被った提供者または利

シェア事業者の提供者・利用者に対する責任

*1 �経済産業省「電子商取引及び情報財取引等に関する準則(2017年6月)」(以下、準則)Ⅰ-7-2参照。� �http://www.meti.go.jp/press/2017/06/20170605001/20170605001-1.pdf

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特集 シェアリングエコノミーと消費生活

シェアリングエコノミーをめぐる法的課題 ―取引当事者間の私法的関係を中心に―特集3

用者に対するシェア事業者の責任については、①シェア事業者が責任を負うとすればそれはどのような責任か、という問題と、②シェア事業者が提供者または利用者に対して責任を負う場合、利用規約等における免責条項があるときに、シェア事業者はそれに基づいて責任を免れるのか、という問題の2つに分けて考える必要があります。①の問題については、インターネットオーク

ションに関する名古屋地裁平成20年3月28日判決*2(以下、平成20年名古屋地判)が参考になります。平成20年名古屋地判は、インターネットオークションの事案において、インターネットオークションを運営する事業者と落札者の間でインターネットオークションの利用契約が締結されており、当該利用契約がその事業者の運営するインターネットオークションのシステムの利用を当然の前提としていることから、当該利用契約における信義則上、インターネットオークション運営事業者は、欠陥のないシステムを構築してサービスを提供すべき義務(以下、欠陥のないシステム構築義務)を負うとの判断を示しました。シェアリングエコノミーにおいても、インターネットオークションと同様に、シェア事業者の運営するプラットフォームのシステムを利用して提供者と利用者が直接契約を締結するという三当事者による取引形態をとっています。そのため、⒜提供者または利用者とシェア事業者との間にシェアリングエコノミーの利用についての契約関係があること、⒝当該契約がシェア事業者により運営されるプラットフォームのシステムの利用を当然の前提としていること、という2つの要素が認められる場合には、シェア事業者は、契約の相手方である提供者・利用者に対して欠陥のないシステム構築

義務を負うものと考えられます*3。この欠陥のないシステム構築義務の具体的内

容について、平成20年名古屋地判は、「そのサービス提供当時におけるインターネットオークションを巡る社会情勢、関連法規、システムの技術水準、システムの構築及び維持管理に要する費用、システム導入による効果、システム利用者の利便性等を総合考慮して判断されるべき」との一般論を述べたうえで、インターネットオークションを運営する事業者に、時宜に即して相応の注意喚起の措置をとる義務があるとしました。現在、多様なシェアリングサービスが展開されており、また社会情勢も大きく変容しています。欠陥のないシステム構築義務としてシェア事業者が具体的に行わなければならない内容については、それぞれの事業の内容を踏まえて、個別の事例ごとに前述の要素を総合考慮することによって判断されることになると考えられます。以上のような欠陥のないシステム構築義務が

シェア事業者に課される場合であっても、シェア事業者は利用契約上の免責条項に基づいて責任を免れる可能性があります(前述②の問題)。当該免責条項が有効に契約内容となっていれば、シェア事業者はその免責条項に基づいて免責されます。しかし、当該免責条項が無効である場合、または当該免責条項が利用契約の内容とされない場合には、当該免責条項に基づく免責をシェア事業者は受けられません。免責条項が無効となる場合としては、公序良

俗違反(民法90条)のほか、消契法上の不当条項に関する規律(消契法8〜10条)が適用される場合が挙げられます。通常、シェア事業者は、消契法上の事業者と考えられるため、損害を受けた提供者または利用者が消費者であれば、こ

*2 �『判例時報』2029号89ページ。なお、結論としてはインターネットオークション運営事業者の賠償責任は否定された。同判決の判断は、控訴審(名古屋高裁平成20年11月11日判決、裁判所ウェブサイト)でも維持され、上告審(最高裁平成21年10月27日判決)で確定している。

*3 �これに対し、ネットモール等において、利用者が、プラットフォーム運営事業者との間で利用契約を締結せずに、プラットフォーム上で提供者との間で取引を行った場合には、その事業者に欠陥のないシステム構築義務は生じないと考えられる。

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特集 シェアリングエコノミーと消費生活

シェアリングエコノミーをめぐる法的課題 ―取引当事者間の私法的関係を中心に―特集3

れらの消契法上の規定に基づいて免責条項の有効性が判断されます。免責条項が契約の内容とされない場合として

は、約款法理に基づく場合が挙げられます。シェア事業者の準備した利用規約に免責条項が含まれているとき、その免責条項が約款法理に基づいて契約の内容とされない場合があります。この点で重要となるのが、2017年6月に成立した改正民法において新たに設けられた定型約款に関する規律です。改正民法施行後は、定型約款の合意について定める改正民法548条の2第1項の要件が満たされなければ、利用規約に含まれる個別の条項について契約の内容とする合意をしたとみなされません。すなわち、免責条項を含むすべての利用規約の条項は契約の内容とされないことになります。また同項の要件を満たしていた場合であっても、定型約款に含まれる条項のうち、相手方の権利を制限し、または相手方の義務を加重する条項であって、信義則に反して相手方の利益を一方的に害する条項は、合意をしなかったものとみなされます(改正民法548条の2第2項)。この要件に当てはまる免責条項は契約の内容とされません。

シェアリングエコノミーをめぐっては、取引当事者間の私法的課題の他にもさまざまな法的課題が存在します。私法上の問題でいえば、提供者または利用者が第三者に違法に損害を与えた場合のシェア事業者の責任のあり方が問題となります。ネットモールの事案ですが、出店者による第三者の商標権侵害について、一定の場合にはネットモール運営事業者がその責任を負う可能性のあることを認めた裁判例があります*4。

おわりに

この判決を踏まえて、民泊サービスにおいて、近隣住民に対して迷惑行為を繰り返す民泊利用者によって近隣住民の権利が侵害された場合のシェア事業者の責任を論じる見解があります*5。ネットモールとは異なるシェアリングサービスにおいて、商標権以外の権利・利益が侵害された事案についてもこの判決を基礎として論じ得るのか、といった問題も含めて、シェアリングエコノミーの特徴も踏まえながら、検討を行う必要があります。また公法的(業法的)規制との関係についても、多くの課題が残されています。公衆衛生等の公益や利用者・消費者の利益等の要請に基づく公法的規制であっても、既存の事業者の既得権の維持を図るために利用されていることがあります。規制の趣旨とシェアリングエコノミーの業態を勘案しながら、個別に対応を考えていくことが求められます*6。さらに大きな視野で見た場合、先でも触れた

とおり、シェアリングエコノミーは、消費者対消費者という取引形態を生み出しています。しかし、これは事業者と消費者の間の情報の質および量並びに交渉力の格差を根本から変更するものではありません。社会における消費者と事業者の間の格差は維持されたまま、消費者対消費者という対等な当事者間の取引が行われることとなります。そのため、このような状況に対応するための私法的規律・公法的規律を構想するに当たっては、消費者法の基本理念としての「消費者の自立の支援(消費者基本法2条1項)」の重要性が従来にも増して大きなものとなります。この意味でも、消費者対消費者の取引を含むシェアリングエコノミーの法的規律は、今後の消費者法における大きな課題の1つとなるものと考えられます。

*4 �知財高裁平成24年2月14日判決『判例時報』2161号86ページ。なお、結論としてはネットモール運営事業者の責任は否定された。*5 �森亮二「プラットフォーマーの法律問題」(『NBL』1087号7ページ、2016年)等参照。*6 �例えば、民泊サービスについての住宅宿泊事業法について、熊谷則一「民泊をめぐる問題点」(『ジュリスト』1511号82ページ、2017年)参照。

このほか、フリマサービスを利用して商品を販売する売主に対する公法的規制について準則*1Ⅰ-7-5を、シェア事業者に対する公法的規制について準則*1Ⅰ-7-6をそれぞれ参照。プラットフォームを運営する事業者一般の公法的責任について論じる森*5の8ページ以下も参照。

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4特集

モノのシェアリング“フリマアプリ”に関する相談事例

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特集 シェアリングエコノミーと消費生活

シェアリングエコノミーのうち、モノのシェアリングでは「フリマ」が代表例のひとつです*1。インターネット上のプラットフォーム(フリマ運営業者)を介して個人同士がモノを売買できる“フリマアプリ”は、スマホの普及とともに利用者が増加しています*2。一方でフリマアプリに関する相談が寄せられています。その一例を紹介します*3。

気に入っているブラウスの色違いをフリマアプリで購入した。代金8,500円はクレジットカードで支払った。後日、商品が届いたので、中身をよく見ずに

売主の評価をした。その後、ブラウスを試着したところ、全体の寸法が違うことに気づき、よく確認したらブランドは同じだが品番が違う類似品であることが分かった。写真で掲載されていたブラウスと違うものな

ので売主とフリマ運営業者に「届いた商品が違うので返品したい」というメールを送ったが、返信はない。今後どうすればいいか。� (20歳代 女性)

フリマアプリで、説明欄に新品と書かれたヘアアイロンを見つけ、代金5,000円をフリマ

掲載写真とは違うブラウスが届いた事例1

新品と書かれていたのに、壊れたヘアアイロンが送られてきた

事例2

運営業者に支払って購入した。数日後、ヘアアイロンが届いたが、新品では

なく電源が壊れていた。フリマ運営業者に苦情を伝えると、売主から「申し訳ない」というメッセージが届いた。その後、フリマ運営業者から「売主から連絡があったようなので、当事者で話し合うように」と言われ、売主と返品交渉を始めた。すると売主から「返品を受けるので先に評価してほしい」というメッセージがあり、言われるままに評価したところ、一切連絡が取れなくなった。このフリマアプリは商品到着後に売主を評価

することで代金が支払われるしくみになっているので、フリマ運営業者から売主に代金が支払われてしまった。返金してほしいが、今後どうすればいいか。� (10歳代 女性)

フリマアプリでブランドバッグを購入したが、不要になった。そこで別のフリマアプリに出品したところ、出品当日に買主が決まり、翌日代金が振り込まれた。ところが買主から「ニセモノだ」というメールが届いた。自分はニセモノと思わずに出品していたので、すぐに全額返金してバッグを返品してもらうことになった。しかし、偽ブランド品を売買することは違法だと聞いたことがある。罰せられることがあるのか。� (30歳代 女性)

売却したブランドバッグがニセモノではないかと指摘された

事例3

*1 �消費者庁「平成29年版消費者白書」� �http://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_research/white_paper/2017/white_paper_122.html#m01

*2 �経済産業省「平成28年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備(電子商取引に関する市場調査)報告書」� �(2017年9月、�http://www.meti.go.jp/press/2017/04/20170424001/20170424001-2.pdf)によると、フリマアプリ市場は2017年以降もさらに拡大すると予測している。

*3 �本稿における相談事例は国民生活センターと全国の消費生活センター等をオンラインネットワークで結び、消費生活に関する相談情報を蓄積しているデータベースであるPIO-NET(パイオネット:全国消費生活情報ネットワークシステム)に登録された相談情報である。

(文責:国民生活センター広報部)

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ドローンと法規制

寺田 麻佑 Terada Mayu 国際基督教大学教養学部 准教授専門は法学(行政法、情報通信法、環境法)。博士(法学)。近著に『EUとドイツの情報通信法制ー技術発展に即応した規制と制度の展開ー』(勁草書房、2017年)。

⑴ドローンとその利用ドローンとは「無人航空機」とも呼ばれ、操縦

をしている者が搭乗をすることなく飛行が可能なように設計された航空機のことをいいます。このドローンは、特に最近、技術の発達に伴って機械の小型化が進んだことや、自動制御の技術が使用されて操作が容易となったこと、さらには、機体によっては比較的安価になったこともあり、さまざまな用途で、日本を含め世界各国において利用されるようになっています。ドローンというと、撮影に使うドローンなど

をすぐに想像すると思いますが、日本においては、ドローンの一種である産業用無人ヘリコプター使用の歴史が長く、これまで約20年以上使用されてきた実績があります*1。ドローンは、最近では報道局が空撮に利用す

るほか、カメラを搭載したドローンによって調査や点検がされています*2。また、ドローンは災害観測・監視・警備のほかにも、物流(配送事業)への活用が期待されています。⑵航空法改正に至る経緯しかし、その一方で、2014年11月3日には

神奈川県で行われた湘南国際マラソンのスター

はじめにードローンに関する航空法改正までの経緯ー

ト地点において、空撮用ドローンが落下して関係者が負傷する事故が起きるなど、安全性の問題や盗撮などの問題、さらには攻撃やテロなどの可能性への対処などが問題となっています。このような状況のなかで、2015年4月22日に、首相官邸の屋上において微量の放射性物質を積み、カメラを搭載したドローンが発見されました。この官邸ドローン事件の後、急速にドローン

に関する法整備の検討が進められ、2015年9月4日に、無人航空機「ドローン」の飛行を規制する改正航空法(以下、改正法)が成立し、同年12月10日に施行されました。また、2016年3月には原子力発電所などの重要施設周辺のドローンの飛行を禁止する議員立法である「国会議事堂、内閣総理大臣官邸その他の国の重要な施設等、外国公館等及び原子力事業所の周辺地域の上空における小型無人機等の飛行の禁止に関する法律」(以下、小型無人機等飛行禁止法)も公布されています*3。

⑴2015年航空法改正前の規制と改正の内容2015年に改正されるまでの日本の航空法に

法規制内容の変遷

*1 �一般社団法人農林水産航空協会「産業用無人航空機運用要領」(http://www.j3a.or.jp/business/airplane/outline.pdf)参照。その他、一般社団法人日本産業用無人航空機工業会(JUAV)の定める産業用無人航空機安全基準、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が実施するUAVを用いた飛行実験での安全確保を目的とした運用技術ガイドライン、一般社団法人日本UAS産業振興協議会(JUIDA)による安全ガイドライン等がある。

*2 �例えば、国土交通省は、2015年7月に神奈川県箱根町周辺(大涌谷)において激しくなった火山活動の影響を調査するためにドローンを活用した。*3 �警察庁ホームページ�https://www.npa.go.jp/bureau/security/kogatamujinki/index.html

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ことができるもの(その重量その他の事由を勘案してその飛行により航空機の航行の安全並びに地上及び水上の人及び物件の安全が損なわれるおそれがないものとして国土交通省令で定めるものを除く。)をいう」と定義しています。また、無人航空機から除くものについては、

2015年の航空法改正当時から2017年現在も、重量が200g未満のものとされています(航空法施行規則5条の2)*4。⑶ドローン飛行の許可が必要な場合―無人航空機の基本的な飛行禁止空域*5

まず、飛行の禁止空域として、国土交通大臣が個別に許可する場合を除き、次の空域が禁止区域とされました。飛行禁止空域を飛行するためには、必ず許可が必要となっています。それらの空域とは、無人航空機の飛行により

航空機の航行の安全に影響を及ぼすおそれがあるものとして国土交通省令で定める空域(改正法132条1号)と、前号に掲げる空域以外の空域であって、国土交通省令で定める人または家屋の密集している地域の上空(改正法132条2号)となっています(図)。特に、改正法132条2号の人家屋密集地域は、国土交通大臣が告示で定

おいては、ドローンは模型航空機の一種とされていて、原則として航空機の運航に危険を及ぼす可能性のある空域である、上空250m以上の飛行のみが禁止されていました。2015年の改正では、無人航空機(ドローン)

の急速な普及に伴い、安全面の懸念が高まりつつあることから、緊急的な措置として、基本的な飛行法則を定めることが必要との認識の下、①無人航空機の飛行に当たって許可を必要とする空域�②無人航空機の飛行方法�③事故や災害救助等の場合の適用除外と罰則(罰金)を定めたものです。以下、定義規定とともに、①②③についてみ

ていくこととします。⑵無人航空機の定め―航空法上の定義2015年の航空法の改正によって、「無人航

空機」の定義が2条22項に新設されています。そこにおいて、「無人航空機」とは、「航空の用に供することができる飛行機、回転翼航空機、滑空機、飛行船その他政令で定める機器であつて構造上人が乗ることができないもののうち、遠隔操作又は自動操縦(プログラムにより自動的に操縦を行うことをいう)により飛行させる

*4 �200g未満の機体については現在のところ規制の対象としていないが、小型無人機等飛行禁止法においては、航空法上規制の対象とならない小型のドローン(無人航空機)も規制の対象となっている。

*5 �飛行禁止区域とは、航空機の飛行を禁止する区域のことで、航空法と航空法施行規則に根拠がある。ちなみに、航空法における航空機の飛行禁止区域の定めについては、航空法80条と航空法施行規則173条に定められている。

国土交通省ホームページより�http://www.mlit.go.jp/koku/koku_fr10_000041.html

図 無人航空機の飛行の許可が必要となる空域

(空域の形状はイメージ)

150m以上の高さの空域(B)安全性を確保し、許可を受けた場合は飛行可能

人口集中地区の上空(C)安全性を確保し、許可を受けた場合は

飛行可能

空港等の周辺(進入表面等)の上空の空域(A)安全性を確保し、許可を受けた場合は

飛行可能

A、B、C以外の空域飛行可能

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⑹罰則等と災害時等の例外規定許可や承認等を得ずに無人航空機を飛行させ

るなど、規定違反に対しては、50万円以下の罰金が処せられることとなっています(改正法157条の4)。また、前記飛行禁止空域や飛行方法の原則には、捜索や救助その他の緊急性があるものとして国土交通省令で定める目的(「捜索又は救助」、航空法施行規則236条の8)のために行う無人航空機の飛行に関する特例(改正法132条の3)が存在しています。

既に無人航空機(ドローン)は、災害地調査や報道用の写真撮影などを含めてさまざまな用途への活用がなされています。例えば、災害地などの状況を把握し、立ち入り禁止になっている地域でもドローンによる空撮を行うことで被害状況を確認したうえで、保険金を迅速に支払うといったことが現実に行われており*9、そういった意味において、ドローンは私たちの暮らしにかかわるものとなってきています。その中でも、今後特に注目されている利用形

態は、商業用の宅配に利用するというものです。ドローンによる商業用の宅配は、今後の高齢

化社会に活用できる可能性も含めて注目されています。特に、人口が少なく配達等が困難な山や過疎地に物品を配達したり、市街地において配達する人の数などが足りずに宅配が適切な時間内になされないような混雑状況を解決するための配達用途として、有効であると考えられます。例えば、救急医療において薬の配達などに使

うことも考えられますし、AEDなど必要な設備

ドローンの暮らしへの影響

める年の国勢調査の結果による人口集中地区とされています*6。⑷飛行方法の原則無人航空機の飛行方法としては、あらかじめ

国土交通大臣の承認を受ける場合などを除き、原則として、①日出から日没までの間の飛行(改正法132条の2第1号)、②目視による常時監視がなされること(改正法132条の2第2号)、③無人航空機と地上または水上の人または物件との間の国土交通省令で定める距離(30メートル)を保持すること(改正法132条の2第3号)、④多数の者が集まる場所の上空以外の空域で飛行すること(法132条の2第4号)、⑤爆発物等、危険物の輸送を行なってはならないこと(禁止)(改正法132条の2第5号)*7、⑥省令で定める場合を除いて、無人機からの物件投下の禁止(同条6号)、が定められています。⑸許可が必要な場合や飛行方法の原則によらない場合の承認申請方法許可が必要な場合や、改正法132条の2各

号の原則以外の方法による飛行について、地上の人や物件の安全が確保されている状況においては、それぞれ申請を行う必要があり、それに対して国土交通大臣が許可・承認するとされています。実際の許可・承認等の審査に当たっては、細かく審査要領が公表されており、それによれば、特に操縦者の飛行経験・技能等に関し、原則として10時間以上の飛行経験が要求されているほか、各種技能試験の結果や民間団体の認証試験等の結果も考慮しながら、実際に事故等を起こさないような技能の保持と体制になっているかが審査されたうえで、許可もしくは承認がなされるようになっています*8。

*6 �2017年6月24日からは、2015年の国勢調査の結果による人口集中地区が採用されるようになっている。*7 �輸送禁止物件については、火薬類、高圧ガス、凶器など、航空機の場合に輸送を禁止している物件(航空法施行規則194条1項)と同様の物件が

定められている。*8 �国土交通省航空局航空局長「無人航空機の飛行に関する許可・承認の審査要領」(2015年11月17日制定、2017年3月31日一部改正)。� �

http://www.mlit.go.jp/common/001110202.pdf*9 �NHK�NEWS�WEB「ドローンで台風の被災状況を調査」(2017年11月20日)。

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飛行ではなく、現在は、海上から海浜地区のマンションにドローン宅配を行うことをまずは想定して実験を行っています。しかし、海上飛行に関しても存在する、第三者の上空飛行に関する船との調整など、さまざまな問題があります*13。⑶今後の検討課題既にみてきたように、日本における現状の航

空法の規制では、人や家屋が多く集まる地域の上空や、空港周辺や航空機の安全に影響を及ぼすおそれのある高度のほか、お祭りやイベントで一時的に多く人が集まる場所等においては、飛行が原則禁止されています。宅配への利用など、ドローンの商業利用を見

据えた場合、事故等が起こった際の賠償等のあり方、保険のあり方、罰則等のあり方、機体の登録制もしくは免許制等の導入の是非も今後の課題です。また、ドローンによる商業用の宅配サービス

を確立するためには、安全にドローンを運航させるための方策が必要となり、その中でもドローン専用の空路(ドローンハイウェイ)の設定が可能かどうかが問題となります。そのため、これらの航空法の規制を緩めることも視野に入れた、特区の可能性も模索されていますが、ドローンハイウェイを設けるのであれば、千葉市等において検討されている、特区による規制緩和だけではなく、一般法改正も視野に入れた具体的な検討が必要となるでしょう。

を運ぶなどの用途も考えられます。

まず、商業利用を見据えたドローンの飛行一般に関して、所有権侵害やプライバシー侵害等で問題となり得る民法、刑事法等一般法による規制が関係するほか、警察庁が所管する小型無人機等飛行禁止法も施行されているため、対象施設周辺地域の上空飛行が禁止されていることが問題となり得ます。また、以下に紹介するように、特区構想におけるドローン宅配等において、どの程度規制緩和がなされるのかについては、いまだ未知数な点があります。以下、千葉市において検討されているドロー

ン宅配について紹介したうえで、ドローン宅配の問題点を検討してみます。⑴特区における規制緩和2013年から始まった、国家戦略特区制度*10

は、地方創生戦略の一環として、大幅な規制緩和を行うことで日本の規制改革を進めるきっかけとなる地区を設けるというもので、各地で進められています。⑵千葉市におけるドローン宅配の検討状況千葉市は国家戦略特区指定を受けており、そ

の中でも、ドローンの商業宅配に力を入れています。そして、実際に、ドローン宅配を進めるための実証実験を何度も行っており、物流や保険などの観点からも、具体的なドローン宅配が検討されています*11、12。この点、千葉市においては、飛行禁止区域で

ある人口集中地区が多いため、陸上のドローン

おわりにードローン宅配実現に向けての課題ー

*10 閣議決定資料「国家戦略特別区域基本方針」(2014年2月26日、1ページ)。*11 �千葉市ドローン宅配等分科会技術検討会資料参照。*12 �同様の特区を有する徳島県、グローバル創業・雇用創出特区としての福岡市においても、ドローン宅配の実証実験は行われている。もっとも、徳

島県と福岡市においては、災害時や離島への宅配などを想定し、人口集中地区での宅配は想定していないため、人口集中地区での具体的な日常的な宅配を検討している千葉市を主に取り上げている。

*13 �千葉日報「ドローン海上飛行�宅配実験、40キロ先で操作千葉市稲毛海浜公園」(2016年11月22日)。

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Webサーバ

高橋 誠Takahashi Makoto

株式会社アンクにて、システム開発の傍ら、『Cの絵本(第2版)』(翔泳社、2016年)を始めとするIT専門書の企画、監修、執筆を行っている。

システムエンジニア

絵をみて分かるインターネット技術の基礎

ウェブ閲覧のセキュリティ第 回7

インターネットのしくみについて、基礎から分かりやすく解説します。

* SSLやTLSはインターネットの暗号化通信のプロトコル。

インターネットはオープンで自由な半面、危険も多く存在します。今回はウェブを安全に閲覧する際に知っておいてもらいたい事柄を紹介していきます。

● クッキーとはウェブの閲覧は「Webサーバへの要求」と「Webサーバ

からの応答」が1セットであり、次の「要求」と「応答」とは関連がありません。この状態ではWebサーバはユーザーからの通信が続いているのか、別のユーザーからの通信なのか判断できません。そこで、情報を継続的にやり取りしてアクセスしているブラウザを区別するために、クッキーという最低限の識別情報をやり取りするしくみがあります。

クッキーは主に次のような用途で使われます。・訪問履歴の記録 ・ショッピングカート機能 ・ログイン状態の維持

ブラウザにはWebページの閲覧履歴や、Webページ上の入力欄の入力履歴、キャッシュファイル (一度読み込んだHTMLファイルや画像ファイルを保存したもの。ファイルが変更されていなければ再利用する)などがありますが、その中でもセキュリティ上重要なのがクッキーです。

ブラウザに格納される情報キャッシュは英語でCacheと記述し、現金(Cash)とは関係ありません。

HTTPSだと通信量は増えてしまいますが、近年は安全意識の高まりから、通常の通信でもHTTPSを採用するWebサイトが多くなっています。

ウェブの標準的なプロトコルであるHTTPは情報を暗号化されていない普通の文字でやり取りするため、万が一通信内容を盗み見られたら危険です。そこでパスワードや個人情報など重要な情報を扱う際は、暗号化された状態で情報をやり取りするHTTPS接続を使います。

HTTPS(HTTP over SSL/TLS*)は、暗号化された安全なウェブの通信方式(プロトコル)です。

HTTPS接続

Webサーバ

クッキーなし

サーバにはどの通信も同じに見える

応答要求

Webサーバ

クッキーあり

サーバが発行したクッキーのおかげで相手を区別できる

クッキー

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●Captcha、図形を使った認証文字列を読みづらく変形させた画像を見て、

その文字列を入力させる方法をCaptcha(キャプチャ)といいます。これにより、ログインを何度も試行するプログラムをある程度ブロックできます。この認証方式も重要な情報を扱う際、補助的に使われます。

近年は画像認識技術が向上して見破られるケースが増えてきたので、図形を一定の場所にはめ込む、写真に写っているものを答えさせるなど、工夫を凝らしたものが多くなっています。

● HTTPSのアクセスHTTPSでWebサーバにアクセスするには、ブラウザのアドレスバーにhttpsで始まるURLを指定し

ます(WebサーバがHTTPSに対応している必要があります)。右図はInternet ExplorerでYahoo! Japanのサイトを

表示した例です。HTTPS通信中は、アドレスバーなどに鍵のマークが表示されます。鍵マークをクリックすると、ドメイン(○○.yahoo.co.jp)を持つ会社や機関の存在を証明した認証局の情報が表示されます。

なお、サーバが持っている証明書と、ドメイン名が一致していない場合は、閲覧を続けてもよいかを確認する警告ページが表示されます。

Webサイトにアクセスしたユーザーを確認する処理を認証といいます。認証の種類を紹介します。

いろいろな認証

パスワードはある程度の長さを持ち、数字や記号を含む、容易に特定できないものにしましょう。

●ソーシャルログイン既にユーザーが利用している

FacebookなどのSNSのアカウントを使って別のWebサイトにログインする方法です。ユーザーはパスワードを覚えなくてよくなり、Webサイト運営側もユーザーに面倒な手続きなしに、気軽にWebサイトを利用してもらえるというメリットがあります。

●2段階認証通常のログインの後、あらかじめ

登録されたメールアドレスや携帯電話のショートメッセージに、確認用のコードや複雑なURLを持つWebサイトのURLを送る方法です。

メールアドレスが架空のものでないことを証明し、第三者によるなりすましを防ぐことができます。

●秘密の質問「好きな料理」や「母親の旧姓」など、本人

でないと分からない情報を入力させる方法です。パスワードを忘れたときなどに補助的に使われます。

●ベーシック認証とダイジェスト認証どちらもウェブの基本的な認証方式で、前

者はパスワードが暗号化されないのに対し、後者は暗号化されたものがWebサーバに送られます。アクセスするとダイアログボックスが表示されるのが特徴です。近年は独自の認証方式を採用するWebサイトが多く、あまり使われません。

ログインとログアウト

ユーザー名とパスワードを入力してユーザー向けのWebサイトにアクセスすることをログイン、その状態を終えることをログアウトといいます(ログオン/ログアウト、サインイン/サインアウトともいいます)。

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第 回

村川 隆生 Murakawa Takao TM不動産トラブル研究所 代表住宅業界・不動産業界で約30年勤務後、一般財団法人不動産適正取引推進機構勤務。2016年11月に退職し、現在、同機構 客員研究員。

契約の更新と更新手続き

−契約更新と更新料・更新手数料−

7

・法定更新他方、契約期間満了日の6カ月以上前までに、

貸主・借主が、相手方に対し、更新に関して何らの通知をしなかった場合、契約期間を除き、従前と同じ契約条件で契約は更新したものとみなされます(借地借家法26条1項)。これが「法定更新」です。借地借家法(以下、法)は、合意更新手続きがされなかった場合、契約期間満了日に契約は更新したとみなすことで借主を保護しています。法定更新された賃貸借契約は、「期間の定めのない契約」になりますが、借主に特段の不利益は生じません。

・契約条件の変更更新に際し、貸主が更新後の賃料の値上げ、

原状回復特約の追加、変更等の借主に不利な更新条件での更新を求めることがあります。契約条件の変更は、契約期間中に貸主が賃貸

建物を売却して賃貸建物の所有者が変更(いわゆる「オーナーチェンジ」)になっている場合に特に多く、建物の新しい所有者となった新貸主が更新のタイミングで契約条件の変更を求めてきます。借主が貸主の求める更新条件に同意しない場合に貸主が更新を拒否して建物の明け渡しを求めるなどのトラブルが生じています。法26条1項は、契約条件を変更しなければ

更新しない旨の通知は期間満了日の6カ月以上前までにすることが必要としています。そうす

更新条件の拒否と更新

借主が契約期間満了後も借りたいときには更新手続きが必要になります。普通建物賃貸借契約の場合、借主が継続して賃借を希望するときは、原則として、契約を更新することができますが、法律上は更新契約も新たな契約ですので、貸主・借主間で契約(更新)条件を話し合い、合意した条件で新たに契約(更新契約)を締結することになります。この更新の時に更新後の契約条件や更新料、更新手数料等についてトラブルが生じることがあります(なお、定期建物賃貸借契約の場合は、契約期間満了により契約が終了するので更新に関する問題は生じません)。契約の更新と更新手続きについて勉強します。

・合意更新通常、契約期間の満了日が近づくと貸主は、

借主に対し、更新希望の有無についての通知を行い(管理会社が代行することが多い)、借主が更新を希望するときには、更新手続きを行います(更新契約の締結等)。当事者間の合意により更新することを「合意更新」といいます。契約において「本契約は、貸主及び借主が期間満了日の6月前までに契約に関して何らの通知をしなかったときは、従前の契約と同じ条件(契約期間を含む)で更新するものとする」とした自動更新特約を定めている場合もあります(関西圏で多い)。この自動更新も合意更新の1つです。

契約更新

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2018.1 19

日判決)。また、更新料特約の適用について、東京地裁

平成23年4月27日判決は、「本件更新料特約は合意更新する場合に、賃借人に更新後の賃料の1カ月分に相当する金額の更新料の支払義務を課したものと解するのが相当である」として、法定更新された契約については更新料特約を根拠として更新料の支払いを求めることができないと判示し、法定更新の場合には更新料の支払義務は生じないと解しています。この法定更新の場合について、一般財団法人不動産適正取引推進機構発行の「建物賃貸借契約の手引」は、法定更新の場合も支払う特約があるときは、支払義務があるとの考え方を示しています。最近は、法定更新の場合も支払う特約が付されていることが多くなっています。特約の内容を確認することが大事です。・更新手数料(労務報酬料)更新手続きを代行した管理会社等が、借主に

対し、更新手数料(労務報酬料)を請求することがあります。大多数の借主は支払いに疑問を感じているときでもトラブルを避けるために支払っているのが現実といえますが、支払いをめぐりトラブルになることも少なからずあります。借主には更新手続きをした管理会社等に更新手数料を支払う義務があるのでしょうか。更新手続きを行う管理会社等は、貸主から手

続きの委託を受けて行いますので、その労務報酬は委託者である貸主が負担すべきものです。更新事務を委託していない借主に負担義務は無いといえます。ただし、更新に際して賃料値下げ等の交渉や更新事務を依頼したときには、相応の報酬支払義務が生じますので、何らかの交渉を依頼するときには費用の有無を確認しておくことが必要です。

次回(第8回)2月号は、「退去時の手続き」について勉強します。

ると、貸主が6カ月以上前までに更新条件の変更通知をして、借主がこの条件に同意しない場合、貸主は更新を拒絶できることになり、借主は更新できないことになります。借主は同意しないと更新できないのでしょうか。・更新拒絶と正当事由法28条は、貸主からの法26条1項に基づ

く契約条件を変更しなければ更新しない旨の通知は、「正当な事由」がない限りすることができないと規定し、貸主からの解約、更新拒絶について「正当事由」要件を課すことで借主の居住の安定を図り、借主を保護しています。賃料値上げ等の更新条件の合意ができないま

まに契約期間満了日が到来して合意更新できなかった場合、契約は、契約期間を除き従前と同じ条件で更新したものとみなされます。したがって、借主は、貸主の更新条件を承諾しないときでも法定更新により契約は存続し、住み続けることができます。法28条の「正当事由」は厳格に判断され、貸

主事情による理由(建替、売却等)はもちろんのこと、老朽化、耐震強度不足等の理由もそれだけで認められることはありません。正当事由を認める場合でも、次の住まいの確保、経済的給付等による借主の保護が十分手当てされていることが前提になります。

・更新料更新料は、契約書に更新料を支払う旨の「更

新料特約」がある場合にのみ、借主に更新料支払義務が生じます。この更新料特約は、消費者契約法10条に違反するとして争われていましたが、最高裁は、更新料の額が高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り、民法の基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものには当たらないと判示しました(平成23年7月15

更新料と更新手数料

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今井 芳昭 Imai Yoshiaki 慶應義塾大学文学部教授専門は社会心理学。その中でも個人間の影響の及ぼし合い(対人的影響)や社会的影響力に関心を持っている。主著に『依頼と説得の心理学』(サイエンス社、2006年)、『影響力』(光文社新書、2010年)など。

社会心理学

消費生活相談に役立つ

最終回

不当な働きかけから身を守るには

許されるでしょうし、また、そのように理解しないと、受け手自身の置かれている状況をうまくとらえられなくなります。既に私たちは、そのうちの主要な4つについ

てみてきました。人に影響を与えるには、⒜報酬、⒝少しずつのかかわり(コミットメント)、⒞人間関係、そして、⒟専門家の肩書きが利用されています。そして、送り手は働きかけの効果を高めるために、それらを複数組み合わせています。合わせ技です。多くの影響テクニックが使われているほど、受け手はそうした働きかけに抵抗しづらくなってしまいます。

しかしながら、影響テクニックについて知っていたとしても、送り手の示す状況にどっぷり浸つかっていると、そうした影響テクニックが自

分に対して使われていると判断できなくなります。どうしたらよいのでしょうか。既に指摘してきたことですが、自分の置かれている状況から距離を置くことです。熱くなっている自分を冷ますのです。具体的には、いったん、その場所から離れ、時間を置いて、冷静に自分の状況を見つめ直しましょう。送り手と対面している場合は、トイレに行っ

たり、携帯電話を使ったりして、送り手との対話を中断するだけでも考える余裕ができます。また、その後、送り手とのコミュニケーション回路を絶つことも有効です。電話番号表示機能を使って発信者を確認したり、知らない電話番

距離を置き、別の枠組みで状況を見直す

本連載の最終回では、消費者が送り手からの不当な働きかけに対し、意に反してつい応じてしまわないように、その防衛策を、復習も含めてまとめておきたいと思います(図)。

不当な働きかけから自分を守る効果的な方策の1つは、中国の兵法家・孫子も指摘しているように敵を知ることです。送り手がどのような影響テクニックを用いて受け手に働きかけてくるのかを知りましょう。一見、人当たりのよい送り手を敵呼ばわりするのは気が引けますが、消費者(受け手)から不当に金銭をだまし取ろうとする送り手に対しては、敵と表現することは

敵を知る(手の内を知る)

図 主な影響テクニックと防衛策

受け手の防衛策

・送り手の影響テクニックを知る。・送り手の枠組み(ストーリー)を想像する。

・頭を冷やす(距離や時間を置く、人に相談する)。

受け手の反応(応諾)

送り手に言われたとおりに判断し、行動してしまう。

受け手の特徴(己を知る)

・大事にしているもの(友人、家族、健康、趣味など)・パーソナリティー(影響されやすい、優柔不断など)

送り手の枠組み(ストーリー)(敵を知る)

送り手の影響テクニック

他の影響テクニック他者の反応(社会的証明)、良い印象(味方のフリ)、希少性、類似性、返報性、「あなたの自由ですよ」

少しずつのかかわり(コミットメント) 人間関係 専門家の肩書き

報 酬

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消費生活相談に役立つ社会心理学

相手(送り手)の真意、目的を推測することは、受け手にとって大事なことです。送り手は、受け手のことを思って色々と親切にしてくれているのか、それとも受け手にお金を払わせるために親しくしているのか、見極めることが重要です。もちろん、それはたやすいことではありませんが、相手の真意、目的を推測する目を持つことが自分を救うことになるのです。

ストレスを受け病気になってしまった場合、人によって病気になる部位が異なるように、人から働きかけを受けた場合、受け手の心理的に弱い部分が影響を受けやすいと考えることができます。皆さんにはどのような特徴があるでしょうか。優柔不断でなかなか判断できない、大切な家族のことを指摘されると弱い。そうした個人的な特徴に送り手の影響テクニックがうまくはまってしまうと、送り手の働きかけから逃れにくくなり、つい応じてしまいやすくなります。その意味で、自分がどのような場合に送り手

からの働きかけに応じてしまいやすいのか、今までの経験を思い出して、自分の傾向を把握しておくことは重要です。それを基に今後の対応策を練ることができるからです。そして、大事なことは、誰もがだまされてし

まう可能性があると心得ることです。もしかしたら自分も悪質な送り手の餌

え食じきになってしまう

のではないかという気持ちが、有効な対抗手段へとつながっていくのです。

送り手も暇ではありませんので、効率よく受け手に影響を与え、目的とする金銭を手に入れようとします。その際に用いられるのが、第2回で紹介した希少性の原理です*1。受け手に対して時間的切迫感を持たせたり、数量的に限定したりして、受け手の判断を急かすのです。例

己を知る

決断を急せ

かされたら断る

号が表示された場合には、その番号を検索したりすることもできます。受け手にとって、お金がもうかる、自分の欲

しくてたまらなかったものが手に入る(報酬)となると、送り手が提供している枠組みでしか物事が見えなくなります。さらに、送り手との接触期間や回数が多くなるほど、かかわり(コミットメント)も大きくなり、(送り手が設定している)別の枠組み(ストーリー)を想像しにくくなります。そのため、働きかけの初期にいったん立ち止まって、送り手は受け手に何を求めているのかを考えてみることです。また、送り手のほうは、受け手が別の枠組み

で状況を理解するようになっては困るので、「このことを人に話してはダメ、誰にも相談してはダメですよ」と言いがちです。そう言われた場合には、その言葉を鵜

う呑のみにするのではなく、

その言葉が注意信号であると判断します。だまされていそうな自分を人にさらけ出して相談するのは少々勇気のいることですが、それは一時の恥であり、状況を全体的にみれば、相談したほうがメリットは大きいといえるでしょう。そのためには日頃から、気安く話せる、相談しやすい人を作っておくことです。普段から世間話をして何でも話せる人間関係を築いておけば、いざというときに親身に相談に乗ってくれ、手助けしてくれるかもしれません。また、消費者トラブルで誰にも相談できずに

困っているのであれば、消費者ホットライン「1

い8や8や」があります。困っているときには、遠

慮せずに活用しましょう。大事なことは、送り手の枠組み(ストーリー)

のまま自分の置かれている状況を理解するのではなく、別の枠組みがないか、検討してみることです。その点を指摘しているのが、以前にも紹介したテレビドラマです。主人公である刑事が次のような言葉を発していました。「相手の目的は何か、相手の立場になって考えてみた」*1 �R.�B.�チャルディーニ『影響力の武器(第三版)』(誠信書房、2014年)

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消費生活相談に役立つ社会心理学

働きかけにおける送り手と受け手の関係はイタチごっこだという側面もあるからです。本連載のような記事を読んで受け手が勉強し、今までのやり方がうまくいかないとなると、送り手はどうするでしょうか。別の新しい影響テクニックを考案してくるでしょう*4。受け手としても継続的に自分の身を守るための勉強をしていく必要があります。さらに、もう1つ懸念すべき材料があります。

それはAI(人工知能)です。現在は、人間同士のやり取りですが、将来の敵はAI(人工知能)かもしれません。シンギュラリティという言葉を聞いたことが

あるでしょうか。これは、2045年頃にAIが人間の全知能を超える時点のことで、技術的特異点とも訳されています。もちろんAIは人間が作っているものですが、そのAIが人間の知能を超える日が来るとアメリカの未来学者であるレイ・カーツワイルが予測しています*5。彼によれば技術の発達は、指数関数的(2倍、4倍、16倍と倍倍で大きくなっていく)であり、今後、急速に技術が発達し、人間の持っている全知能をAIが超えてしまうというのです。実際、将棋の世界ではプロ棋士がAIに勝てなくなってきており、その一端を目にするようになってきました。こう考えると、今までは送り手が同じ人間で

したが、将来的にはAIも送り手になる可能性が高いといえます。しかも、そのAIが通常の人間よりも高能力なのです。スーパーAIから働きかけられたら、人間は抵抗できず、思わず応じてしまうのかもしれません。そのような状況になるまでには、あと20年

以上あります。まずは、私たちが受け手としてどのような影響テクニックの影響を受けてしまいやすいか、地道に勉強していくしかないのでしょう。

えば、「今、契約しないと、明日はもう割引できませんよ」とか「これが最後の商品です」と言ってきます。そうすると、受け手は自分の自由(例えば、割

引を受ける自由、欲しい商品を手に入れる自由)が脅かされたように感じ、その自由を回復するために、思わず購入や契約をしようという気になりがちです*2。急かされると、多くの人はじっくり考えたり、人に相談したりできなくなり、「Yes」と答えてしまいやすくなります。送り手にとっては、時間の短縮と応諾の獲得という一石二鳥になりますので、希少性を使わない手はありません。受け手の防衛法としては、送り手が希少性を

使ってきたら、注意信号だと思って、逆に、十分時間を使って判断します。はやる気持ちと頭を冷やすのです。しかし、送り手も働きかけの手をゆるめませ

ん。さらに次のように言ってくる場合があります。「あなたが自由に決めていいんですよ。あなたの自由ですよ。私は無理に買ってほしいとは言っていませんから」この言葉も魔物です。一見、送り手が受け手

のことを思って、受け手を強制せずに、受け手の自由意思で物事を判断させていると受け手に思わせています。しかし、送り手は「あなたの自由ですよ」とは言いながら、十中八九、受け手が送り手の望むように判断することを知っているのです*3。

今までに主要な4つの影響テクニックを紹介してきました。それらを十分理解していれば、受け手は自分の身を守ることができるでしょうか。残念ながら、答えはNoであるといえます。もちろん今回も紹介したような、別の影響テクニックがまだあるということもその理由ですが、

働きかけの将来

*2 �Brehm,�S.�S.�&�Brehm,�J.�W.(1981).�Psychological�reactance.�New�York�:�Academic�Press.*3 �R.=V.�ジュール、J.=L.�ボーヴォワ『これで相手は思いのまま-悪用厳禁の心理操作術-』(阪神コミュニケーションズ、2006年)*4 �R.�チャルディーニ『PRE-SUASION:影響力と説得のための革命的瞬間』(誠信書房、2017年)*5 �R.�カーツワイル『シンギュラリティは近い―人類が生命を超越するとき』Kindle版(NHK出版、2012年)

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文/安藤 佳子 Ando Yoshiko

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バイナリーオプション詐欺の被害が増加している。ロンドン市警によると、2017年上半期で約700件、1800万ポンド(約27億円)の被害があり、2012年以降の累計では約6000万ポンド(約90億円)、2,000人以上となる。その多くは高齢者だ。バイナリーオプションとは、株などの値動きを予

想し、一定時間後に事前に決めた数値の差額から、一定額の払戻金を受け取るもの。外れた場合投資額をすべて失い、短期間に繰り返すうちに損失額が大きくなる*。最近、SNSなどに偽の成功者の写真を送って勧誘し、取引サイトに誘導する詐欺が増えている。業者による操作で当初は少額をもうけさせるが、払い戻しに応じず次々に投資額を引き上げて送金させ、最終的に投資者のアカウントを凍結する手口で、消費者は多額の損失を被り、口座番号などを

知られたうえ相手の連絡先も分からない。Which?の調査では、最初の払い戻しまでに当初の40倍の額を払い込んだ例や、投資金は全額サイトが所有し運用するという業者、短時間では変動しないはずの金相場を予想させる業者まである。バイナリーオプションの取引業者はGC(賭博委員

会)の営業許可が必要だが、詐欺業者の多くは海外が拠点で許可もない。また、賭博であるためGCによる被害者の救済もない。しかし、2018年1月から金融商品としてFCA(金融行為規制機構)の規制を受けることになり、今後トラブルになった場合には金融オンブズマン制度や、金融サービス補償制度による救済の道も開ける。しかしロンドン市警やWhich?などは、リスクの高い同取引には手を出さないほうが賢明と警告・助言している。

香港では近年、海外旅行先でレンタカーを利用する人が増えるにつれ、HKCC(香港消費者委員会)への相談も増えている。特に外国のレンタカー会社のサイトを利用しトラブルになると、責任の所在が不明で交渉が進まず救済が困難な場合も多い。HKCCが取り扱ったケースでは、ヨーロッパでス

ポーツカーを借り、ホイールフードに少し傷を付けたもののそのまま返却したところ、後日2,000ユーロ(約27万円)の修理代を含め2,350ユーロ(約31万円)が勝手に口座から引き落とされたという相談がある。修理の日付が返却の2日後で、相談者による傷の修理費のみであるか疑わしいと不満を表している。当初、会社側は客と合意書を交わしているとして交渉を拒否したがHKCCのあっせんで修理

費の一部(235ユーロ)を払い戻すことに同意した。また、友人と2人旅でレンタカーを申し込み、友

人のカードで前払いしたが、カード名義人と運転者名が違うことを理由に現地で借りられなかったケースもある。さらに、英語版のカーナビを予約したが、観光シーズンで英語版が不足し韓国語版しかないため、やむなく別の会社の高いレンタカーにしたという相談では、HKCCと協力関係にある韓国消費者院を通じ苦情を伝え、会社は相談者に謝罪した。HKCCでは、「契約書の条件をよく読む」「借りる

前と返却前に業者立ち会いで車体や車内、タイヤやライトなどを点検し書面を作成するとともに写真も撮っておく」などをアドバイスしている。

●HKCC ホームページ  https://www.consumer.org.hk/ws_en/news/press/493/car-rental.html ほか

海外でレンタカーを利用する際の注意香 港

●FCA ホームページ https://www.fca.org.uk/scamsmart/binary-options-scams●Which? ホームページ http://press.which.co.uk/whichpressreleases/which-issues-warning-over-biggest-investment-con-in-britain/ ほか

バイナリーオプション詐欺イギリス

* 国民生活センター2014年9月4日発表情報(http://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20140904_1.html)

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文/岸 葉子 Kishi Yoko

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オーストリアでは、米は料理の付け合わせという位置づけである。しかし、アジア料理の人気が高まり、最近は米を購入して自分で調理する消費者が増えている。また、ライスワッフル(ポン菓子を薄い円筒形に成型したスナック)やミルクライス(米を牛乳、砂糖で煮たデザート)のように、菓子の素材としても使われている。このように、身近になった米・米加工品について、EUでは2016年1月より無機ヒ素の基準値(上限値)を導入した。同物質は発がん性のある物質に分類されており、米・米加工品に比較的高濃度に含まれるためである。そこで、オーバーエスターライヒ労働者会議所は、

国内に流通する米などのヒ素含有量がEUの基準値内かどうかテストした。対象はバスマティ米など長

粒種の米(精米および玄米)15商品、米の代替品(スペルト小麦、一粒小麦等)5商品である。その結果、全商品がEU基準値の範囲内だったが、

外皮に化学物質が蓄積しやすい玄米では、比較的高めの数値が出た。一方、無機ヒ素の基準値がないスペルト小麦など代替品からは、同物質は検出されなかった。以上のように基準値を超える商品はなかったが、

ヒ素は水溶性なので、調理前に米を洗うこと、ゆで水を捨てることで、含有量をより減らせるという。また同団体は、米製品ばかり食べるのではなく、色々な代替品を取り入れるよう勧める。さらに、乳幼児のためにライスワッフルを購入する際は、基準値の厳しい乳幼児用食品を選ぶべきだと助言している。

●オーバーエスターライヒ労働者会議所 ホームページ  https://ooe.arbeiterkammer.at/service/testsundpreisvergleiche/tests/Arsen-Grenzwerte_bei_Reis_eingehalten.html

●欧州委員会規則 2015/1006号 http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32015R1006&from=EN

自宅でピアノを練習する際に困るのが、近隣や家族に迷惑をかける大きな音だろう。そこで、音量調節が可能で、ヘッドホン装着のまま演奏できる電子ピアノの出番となる。最近では、実用性のみならず、音質など性能を宣伝する商品が目立つことから、商品テスト財団は電子ピアノ10商品を対象に、音質と弾き心地を中心にテストした。このうち、9商品が日本製(4社)、1商品がドイツ製である。その結果、全商品が余裕を持って合格点を獲得し

たが、上位3商品(日本の2社製)は、「素晴らしく生き生きとした音色」と絶賛された。いずれも、技術力を駆使して、アコースティック・グランドピアノの音色を再現した商品だとされる。この3商品は「音色がただただ美しく」、テストに協力したピアニストたちは、電子ピアノだという現実をほとんど忘

れるほどだったという。また、弾き心地のテストでは、ピアニスト11名

が鍵盤のタッチ感やペダルの動き等を吟味したが、計4商品(日本の2社製)の評価が特に高かった。実際に、アコースティック・グランドピアノを弾いている感覚に近かったという。もっとも、電子ピアノがアコースティック品に近

付いたとはいっても、両者の差は完全には埋められないようである。同財団は、室内楽を中心に50年のキャリアを持つ女性ピアニスト(ポーランド出身)の見解を紹介している。それによると、電子ピアノは夜間等の練習に欠かせない存在だが、音色の微妙なニュアンス、残響、タッチ感等が本物のグランドピアノとは異なるとのことである。

●商品テスト財団『テスト』2017年11月号 https://www.test.de/Digitalpiano-elektrisches-Klavier-Test-4280890-0/

バスマティ米(香り米)等のヒ素は基準値内

日本製の電子ピアノに高い評価

オーストリア

ドイツ

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このコーナーでは、消費者教育の実践事例を紹介します。

第 回46

小野 由美子 Ono Yumiko 東京家政学院大学現代生活学部現代家政学科准教授専門は消費者教育。日常的な見守りが必要な「要支援消費者」の消費者教育について研究している。特別支援学校における調査や、教材の開発に取り組んでいる。

知的障がい者の自立支援のための金銭管理講座

談相手を確認する→ふりかえりです。全体で2時間の場合は50分の講座に10分休憩を2セット、3時間だと3セットを目安にしています。⒉内容①お買い物ゲーム

主催者とは事前の打ち合わせを行い、参加者の年代や人数、男女比といった基本的な属性のほかに、障がいの種類や程度、就労状況について確認をします。お小遣いなど、日常的なお金の使い方についても可能な限り尋ねますが、講座の最初に行う「お買い物ゲーム」(図)で、お金の模型を使いながら支払い方、お釣りのもらい方を何人かにやってもらい、参加者のようすを確認したうえで講座内容の最終調整をします。②お金の「ものさし」

1,000円、1万円、10万円の価値を確認するために、日頃よく購入する品物等がいくつ買えるかを考えます。参加者に最近買った物を尋ねると、ジュースや雑誌、ゲームソフトなどが挙がります。「1,000円をペットボトルのジュー

私が代表を務める「多重債務者問題からみた社会福祉のあり方研究会」(通称:おたふくけん、以下、研究会)は2004年に発足しました。当初は、借金を抱えることで生じる生活問題を生活保護やホームレス問題等とのかかわりで検討と実践を重ねていましたが、消費生活を送るうえで家族や支援者の見守りが日常的に必要な「要支援消費者」への取り組みが求められていると考えるに至りました。2008年に知的障がい者に家計管理支援をしている専門家を研究会のメンバーに迎えたのが転機となり、知的障がいのある当事者と家族、支援者のための講座を行うようになりました。本稿では私が障がい者の就労や生活の支援をする機関などで実践してきた講座について紹介します。

⒈目的と進行お金の大切さを確認するとともに、身近な電

子マネーも現金と同じ価値があるので貸し借りはしないこと、身近な携帯電話やスマートフォンも使い方によっては消費者トラブルを招くことを学習します。断り方を知り、困った時は信頼のおける人に相談することを確認します。

進行は、講座の流れの説明→お買い物ゲーム→お金の「ものさし」(1万円で何がいくつ買える?)→家計の費目を挙げる(お金に種類?)→電子マネーを知る→消費者トラブルの紹介と断り方の練習→トラブル防止の替え歌を歌う→相

講座「勉強しよう! お金のこと」

図 お買い物ゲームの例

おかねを どのように つかってる?おかねの はらいかた

コンビニへ出かけて…

プリン 1つ 120円ジュース 1本 150円おべんとう1つ 450円

合計 720円

おさいふに2220円

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ける人の名前と連絡先を書き出してもらいます。⑧ふりかえり

最後に、参加者に何を勉強したかを挙げてもらいます。ポイントは ①お金は大切なこと ②お金と同じ価値のある電子マネーも貸し借りしないこと ③はっきりと断ること ④トラブルに巻き込まれてもあきらめずに相談することです。⒊知識や行動の定着のために

消費者問題を知的障がいのある人に学習してもらうためには、優先度を明確にして情報量を絞り込み、説明を文章で完結させるよりは、視覚や聴覚といった感覚も大切にする工夫が大切です。替え歌以外にもロールプレイングも有効ですが、トラブルにあったところで終わるのではなく、問題を解決するところまで疑似体験してもらい、それぞれの断り方を披露して、そこから自分に合った断り方を繰り返し練習するとさらに効果が高まります。参加者の集中力を継続させるためにも、話の構成を複雑にせず、結論を先にして解説は後にするといった簡潔な情報の伝え方も心がけています。

当事者の消費者トラブルを未然に防ぐことに加え、トラブルにあっても「隠さなくていい」ことを知り、周囲に「あきらめずに」相談する姿勢を育むことが大切です。加えて、講座の主催者や支援者とのコミュニケーションも大切にしています。というのは、講座において私と参加者とのかかわりは「点」であり、根気強く繰り返して「線」や「面」にして知識を定着してもらうためには見守る人たちの理解と協力が不可欠だからです。当事者の「消費者力」に加えて、見守る人の「見守り力」もともに高めていくことが重要だと考えています。

見守る人たちとの関係も大切に

スの値段である140円で割ると7.14となるので、7本買えますね」と、スマートフォンの計算機能を使いながら説明します。その人にとっての「ものさし」を基準に考えることで、桁が違った場合に大きな違いが実感できます。③家計の費目を挙げる

お小遣い以外にも、生活をしていくうえでお金がかかることを意識してもらいます。例えば、手を洗っているイラストを見せながら「今朝、手や顔を洗いましたか?水は温かかったですか?水道代に加えて、ガスや電気にもお金がかかりますよ」などと伝えます。④電子マネーを知る

交通系ICカードを実際に見せ、電子マネーのよいところと危険なところを両方提示することが、現実の生活で上手に生かしていく観点からも大切です。電子マネーは現金と同じ大切なものなので貸し借りはしないように伝えます。⑤消費者トラブルの紹介と断り方の練習

キャッチセールスやマルチ商法などの事例紹介と断り方を学びます。「帰ります! 帰ります! 帰ります!」と断る練習も、声を合わせて行います。アポイントメントセールスで店舗に連れて行かれて契約してしまっても、断る意思を示しておき、信頼のおける人に必ず相談することで、後日に交渉ができることを説明します。⑥トラブル防止の替え歌を歌う

講座の冒頭で「今日は替え歌をみんなで歌いますから、のどの調子を整えておいてくださいね」と声をかけます。研究会のメンバーが作った替え歌は「ももたろう」をベースに、アポイントメントセールスなどをテーマにした数種類があり、参加者にとっては眠気覚ましにもなります。宿題として、誰かに替え歌を披露するよう話すこともあります。⑦相談相手を確認する

家族、社会福祉関係者、職場関係者、出身学校の先生、地域の支援者など具体的に信頼のお

写真 講座のようす

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第 回

下駄と革靴のドッキング

―靴をめぐる悩みと工夫―2

難波 知子 Namba Tomoko お茶の水女子大学基幹研究院准教授博士(学術)。専門は、近代日本の学校制服史。著書に『近代日本学校制服図録』(創元社、2016年)、『学校制服の文化史』(創元社、2012年)など。「明治150年」関連施策推進ロゴマーク審査委員。

の製造が急がれました。日本における製靴業の始まりは、明治3年(1870年)に西村勝三が東京築地に設けた製靴工場といわれています。明治時代の軍靴は、足

た袋び

などのサイズ表記として使用されていた「文

もん」で表され、明治43年(1910

年)には、9文3分(22.5㎝)から12文3分(28.8㎝)まで、7㎜刻みで10種類のサイズが設定されました。現在の5㎜ずつのサイズ展開と比べると、やや大きな刻み方と言えます。

当時の軍靴はあらかじめサイズを決めて作る既製靴でした。しかも初期の国産靴は、製造技術も経験も足りず、兵士の足に合わない場合があったと思われます。明治23年(1890年)に行われた第1回陸海軍連合大演習では、訓練中に患った病気やけがの患者数が調べられましたが、最も多かったのが「靴傷」でした。兵士たちが訓練中最も悩まされたのが、靴擦れだったのです。また慣れない革靴は、外反母趾などの弊害ももたらしました。陸軍の軍医であった森鷗外は、足に合わない靴の弊害として、圧痛やまめ、魚の目、巻爪のほか、ひどい場合には骨の変形を引き起こすことがあると指摘しました。そして健康的な靴作りの要点は、足を靴に合わせるのではなく、靴を足に合わせて作ることだ

靴擦れと外反母趾の問題

前回*は、明治時代になって男性の丁ちょん

髷まげ

がざんぎり(散髪)に、女性の結髪が束髪に変わり、それまでの苦労や悩みから解放された人びとのエピソードを紹介しました。このように西洋文化を採り入れて便利になった側面もあれば、新しい悩みや問題を抱えることになった場合もありました。今回は、新たな悩みを生んだ「履き物」について取り上げます。みなさんは靴擦

ずれや外

反母ぼ

趾し

などに悩まされていないでしょうか。こうした足や靴をめぐるトラブルが生まれることになったのも、明治時代に洋服と合わせて革靴が採り入れられたことに始まります。

洋服の着用とともに、足元には革靴が採り入れられました。それまで下

げ駄た

や草履になじんでいた人々にとって、つま先からかかとまでを覆う革靴の導入は、身体感覚や行動様式の変容を伴い、さまざまな戸惑いや苦労が生じたと思われます。とりわけ、足部を覆う硬い革靴の窮屈さと、室内でも靴のまま生活する西洋の習慣は大きなカルチャーショックだったことでしょう。

最初に革靴が必要とされたのは軍靴でした。軍靴は当初、欧米から輸入されましたが、欧米人向けに作られた軍靴はなかなか日本人の足に合わず、また多額の費用もかかったため、国内で

下駄・草履から革靴へ

* ウェブ版「国民生活」2017年12月号「明治時代の生活に学ぶ」 http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201712_12.pdf

平成30年(2018年)は、明治元年(1868年)から起算して満150年に当たることから、政府では、「明治150年」関連施策を推進しています。その一環として本誌では、明治時代を生きた人々の暮らしを振り返り、現代の暮らしを展望します。 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/meiji150/portal/

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2018.1 28

がすよう設計されたものでした(図1)。靴の中の蒸れた空気をそのままにしておくと、水虫(当時は「靴虫」と呼ばれたようです)の原因になるため、通気性をよくすることが、履き心地と合わせて考えられました。また明治38年(1905年)に特許権が認められた「日本靴」(第9415号)は、靴と下駄が合体したアイデアです(図2)。なぜこのようなかたちが生まれたかというと、当時の道路が今のように舗装されておらず、雨が降れば水や泥で高価な靴を汚してしまうおそれがあったからです。高さのある下駄を靴に装着することで、靴を汚すことなく外出できるように考えられています。その他にも玄関の上り框がまち

に取り付け、汚れた靴を手で触らずに脱ぐことができる「靴脱ぎ」の道具も発明されています。明治時代の日本では革靴そのものは採り入れられましたが、室内でも土足という習慣は普及しませんでした。

特許のアイデアからは、外来の革靴を生活環境や生活習慣に合わせて変化させようと試行錯誤しているようすが伝わってきます。明治時代に新たに生まれた靴の悩みをいかに克服するか、私たちはまだ試行錯誤の途上にいるのかもしれません。

と述べています。現代の靴作りは明治時代に比べ、格段に進歩

したはずですが、いまなお私たちは靴による足のトラブルに悩まされてはいないでしょうか。それは、足には合わなくても、格好のいい靴、流行のデザインの靴を無理して履くことがあることも一因でしょう。鷗外は、流行靴や見た目がいいだけの靴を選ぶことを戒め、健康的な靴を選ぶよう説いています。しかし美的な欲求は、そう簡単にコントロールできないことを歴史は示してくれています。

革靴を経験した明治時代の人々は、日本の気候や文化に合わせて改良を施すため、さまざまな知恵をめぐらせます。明治時代の特許情報を見ると、靴をめぐる発明がたくさん出てきます。中には思わず笑ってしまうようなアイデアもあれば、今でも通用しそうなものもあります。

例えば、明治31年(1898年)に登録された「靴」(第3184号)は、甲の部分に襞

ひだを寄せ、留

め具で調整することにより、歩くときの締め付けを緩和するとともに、隙間から足の蒸気を逃

特許からみた靴をめぐる発明

図1「靴」(特許第3184号) 図2「日本靴」(特許第9415号)

出典:「特許情報プラットフォーム」(図1・2)

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2018.1 29

経済と暮らし新連載

第 回1生活者の視点から、市場経済の基礎や金融のしくみを分かりやすく解説します

川元 由喜子 Kawamoto Yukiko 経済に強いママを増やす会主宰1985年日興證券(株)入社、1987~1992年ニューヨーク勤務。1995~2003年HSBC投信投資顧問(株)。2009~2016年ありがとう投信(株)。2010年より「経済に強いママを増やす会」主宰。草の根金融教育活動に注力。

とか下がったとか、財布のひもが緩いとか固いとか、そうしたことが経済の良しあしを形作っているのです。

例えばあなたは、今日仕事の帰りに食料品を買って帰ろうと考えます。会社では最近仕事の受注が少しずつ増えて、仕事が忙しくなってきました。このままいくと、ボーナスが増えるかも、と思った瞬間、いつもより高い肉のパッケージが、買い物かごに入っています。あなたがそんな買い物をしている時は、他の会社に勤めている人たちも、最近忙しくなってきたな、と感じていたりするものです。するとスーパーでは、来店客が増えたり高いものが売れるようになったりしますから、より多くの利益が上がります。そこでスーパーは、もっと利益が上がるように、仕入れを増やしたり高いものを仕入れたりするでしょう。さらには、内装工事を施して、店内を奇麗に作り変えるかもしれません。それが食料品の生産者や内装工事業者に波及して、忙しい人がまた増えていくでしょう。

こうした一連の流れ、これが「経済」です。今見てきたのは、景気がだんだん良くなるようすですが、そこに登場するのは私たち消費者であり、商品を売る小売店であり、物を生産する企業であり、そこで働く労働者、一般市民です。こうやって経済を動かしている一つ一つを「経済主体」と呼んだりしますが、「政府」もそんな経済主体の1つなのです。確かに消費者一人一人に比べれば、政府ははるかに大きな経済主体です。しかし消費者全体という塊で考えれば、政府といえどもそう簡単に動かせるわけではあ

「経済」という言葉は、「政治・経済」というかたちで、政治とひとまとめに扱われることが多いようです。学校の社会科でも確か「政治経済」は1つの科目でしたし、「政治経済学部」のある大学は珍しくないでしょう。そのせいなのかどうなのか、多くの人は経済も政治と同じように、永田町や霞が関で、政治家や官僚が動かしているもの、と感じているのではないでしょうか。世論調査で「政権に望むこと」の上位に「景気対策」が定番であるのをみても、それが現れているように思います。

実際「経済」という言葉は中国の古典に由来する「経世済民」、つまり「世を治め民を救う」ことだそうですから、「政治」とほぼ同じ意味です。これでは混同するのも無理はありません。エコノミー(economy)という用語の訳語としてこれを当てたということですが、一方の「エコノミー」の語源は、ギリシャ語の「家の管理・家計」を意味する言葉だそうです。国家を「家」に見立てて翻訳したのでしょうが、今にして思えば「家計」こそが「エコノミー」の主役である、という訳語にしてほしかったところです。

さて、改めて「経済」というのは何かといえば、物やサービスを生産したり、それによって所得を得たり、また、必要なものを消費したりする活動です。「経済」を動かしているのは、生産活動に携わり、そこから給与を得、それによって買い物をする私たち自身に他なりません。仕事が忙しいとかヒマであるとか、給料が上がった

経済は私たちの生活そのもの

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2018.1 30

になるでしょう。ですから「家計消費支出」などの伸びが認められると、景気は既にピークが近いかもしれない、と読むわけです。

景気指標は誰でも見ることができますから、誰もが自由に景気を判断してよいわけで、同じ経済指標でも、見る人によって景気動向の判断は違ってきます。専門家は案外、最後は長年の勘に従って結論を出す、ということもあるようです。政府の景気判断としては、内閣府が「月例経済報告」というかたちで発表しています*3。

ところで経済統計といえば、一般に一番なじみがあるのは「GDP(国内総生産)」かもしれません。景気動向を見定める、というのは経済活動が勢いづいているか減速しているかを判断することですが、GDPは国全体の生産活動の大きさを表します。シンプルにいえば、生産したものを売ったその売り上げの合計なのですが、そのまま全部を足すと、原材料などは何度も売り上

GDPのあれこれ

りません。経済は政府の立案する政策よりも、案外私たち消費者の気分で動いたりするものなのです。景気というのは文字どおり「気」だから、とよく言われますが、まさにそのとおりです。

では、その「景気」とは、どうやったら「見える」ものなのでしょうか。もちろん身の回りの物や人の動き、自分の収入や生活の実感も重要ですが、世の中全体の状況を知ろうと思えば、さまざまな経済指標をフォローすることになります。身近なところでは、消費に関する統計、例えば家計の支出額の増減や、小売業の販売額などです。自動車や住宅などの販売データも重要です。買い物をするためには収入が必要ですから、雇用関係の指標も見る必要があります。雇用関係の指標とは、雇用者数、失業率、求人倍率といったものです。雇用する側の企業動向としては、生産額や出荷の増減、企業収益などの指標があります。企業だけではなく、政府による投資も景気を左右します。これら多くの指標を統合した「景気動向指数」*1というものも、内閣府から毎月発表されています(図1)。

数々の研究所や金融機関などはこうした経済指標を読み、総合的に景気の動向を判断するのです。

先程は身の回りに近い「消費」からさかのぼるかたちで紹介しましたが、景気を先導すると考えられているのは、例えば「機械受注」や「住宅着工」などです。機械は多くの場合、設備投資に回って生産能力を増やしますから、機械の受注が増えていれば、そのうち物の生産が増えてくるだろうと予想できます。生産が増えて売り上げが伸び、企業の収益も伸びて従業員の給与が増える、そこでやっと消費が伸びてくること

景気はどうやって「見る」?

*1 内閣府「景気動向指数」 http://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/di/menu_di.html*2 内閣府「景気動向指数」長期系列 http://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/di/di.html *3 内閣府「月例経済報告(月例)」 http://www5.cao.go.jp/keizai3/getsurei/getsurei-index.html

資料:内閣府ホームページより*2著者作成

図1 景気動向指数(1985 〜 2017)

先行指数: 景気の動きに対し、先行して動く指標。景気の先行きに対する予測を行うときに参照される。

一致指数: 景気の動きに対し、一致して動く指標。景気の現状を把握するのに用いられる。

遅行指数: 景気の動きに対し、遅行して動く指標。景気の転換点を確認するものとして利用される。

(2010年=100)先行指数

(年)171512090603200097949188198570

80

90

100

110

120

130一致指数遅行指数

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2018.1 31

円にしかならないけれど物価は0.5%下がりました、というよりも、500万円の年収が+10%の550万円になって物価上昇率が7.5%、というほうが、同じ年率2.5%でも「景気がよい」と実感できるのではないでしょうか。肌感覚は名目値に近いものです。2つのグラフを比べれば、大きな違いがあるのは明らかですね(図2)。

もう1つ考えられるのは、日本の経済には、既に多くの蓄積がある、ということです。土地も家屋も既にあり、両親も豊かな財産を持っているという人は、毎月の収入が少し増えたからといって、より豊かになったと感じるのは難しいと思うのです。日本には既に余るほどの住宅や、道路、鉄道、電力など十分なインフラがあります。金融資産も、もちろん経済主体によってまちまちですが、国全体としてはたっぷりあるのです。経済統計はどうしても、年ごとの生産額が重視されるようになっていますが、私たちの感じる豊かさは、蓄積された富に、その多くが由来しているのではないでしょうか。

GDPでは測れないものがある、と気づいている人は多いようで、「幸福度」を計測しようという試みもあります。それは客観性の面から少々無理がありそうですが、富の「蓄積」を経済指標としてうまく利用することならできそうに思えます。時代の要請にあった指標が、色々と開発されるとよいですね。

げに計上されてしまいます。ダブらないように足し合わせた「付加価値の合計」、それがGDPです。そのまま何も調整しなければ「名目GDP」、物価で調整したものが「実質GDP」です。

物価で調整するのはなぜでしょうか。生産量が同じでも、価格が上がれば売り上げは増えてしまいますよね。実際に生産活動が増えているかいないのか、正確に測るために調整するのです。インフレの時代は、この手続きが重要でした。今でも必要なことは確かですが、デフレが深刻な問題ととらえられている現在、経済を「実質」中心に語るだけでは時代の要請に応えられないのではないかと、私は思います。デフレになっている要因は、専門的には多々あるのですが、シンプルに考えれば、日本に消費する以上の供給力があったからこうなっているわけです。価格を下げながらたくさん生産して、生産が増えた、と喜んではいられません。価格が適度に上がって、名目GDPが増えることが重要です。

最近の日本の景気は、1965~70年のいざなぎ景気を超える長期にわたって拡大を続けています。しかし肌感覚ではそれほどの好景気なのだろうか、と皆さん不思議に思っているのではないでしょうか。理由は色々あると思いますが、1つにはGDPの伸び率の水準、特に名目の伸び率が低いことが考えられます。月給の伸び率でいうと、年収500万円が+2%の510万

*4  内閣府「長期経済統計」国民経済計算 http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je12/h10_data01.html 内閣府「国民経済計算統計」国内総生産 http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kakuhou/files/h27/h27_kaku_top.html

資料:内閣府ホームページより*4著者作成

図2 いざなぎ景気とアベノミクスの名目GDP

(単位:10億円) (単位:10億円)

(年) (年)

いざなぎ景気

リーマンショック

アベノミクス

120,000

100,000

80,000

60,000

40,000

20,000

01964 65 66 67 68 69 70 71 72

600,000

500,000

400,000

300,000

200,000

100,000

02008 09 10 11 12 13 14 15 16

いざなぎ景気の名目GDP アベノミクスの名目GDP

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2018.1 32

国民生活センター 相談情報部

キャンペーンの条件として高齢者に不必要な契約をさせた携帯電話会社

高齢者に高額なキャッシュバックの条件として通信契約を5回線契約させた事例について、スマートフォンの契約等に関するガイドラインも併せて紹介する。

(相談者:40歳代 女性 給与生活者/ 契約当事者:70歳代 女性 家事従事者)

相談を受け付けた国民生活センター(以下、当センター)は相談者である契約当時者の娘から詳細な経緯を聴き取り、契約内容等を確認した。今回、販売店は「キャッシュバック」として渡す電子マネーをクーポンにすれば現金に換金できると契約当時者に案内していたが、実際は現金への換金はできないものであった。

そこで、当センターは、販売店に対して、高齢者である母親には不必要な回線数の契約であること、契約の動機となったキャッシュバックについて、現金に換金できると不実の内容を告げていることから、不要な4回線分について、費用負担なく解約してほしい旨を申し出るように相談者に助言した。

相談者が販売店に申し出たところ、当初は4回線分の通常解約の違約金を請求されたが、「通常解約ではなく、販売店の問題のある勧誘により契約してしまったので、初めから契約がなかったことにしてほしい」と再度伝えて検討を依頼した結果、違約金を含め、費用負担なしで4回線分の解約になった。

当センターは相談者に対し、本件について今

結果概要数日前に70歳代の母がスマートフォンの契

約先を変えようと思い、携帯電話会社の店舗に行ったところ、「2回線契約すると安くなる」と案内された。初めは断っていたが、店員に強く勧められ、1回線のみ契約する場合とあまり差がなかったので2回線を契約した。契約書にサインする際に、さらに「合計5回線契約するとキャッシュバックが増額されるキャンペーン中である。MNP(番号ポータビリティ)で乗り換える回線以外の4回線はSIMカードだけの契約でよい。契約期間の拘束はあるが、半年後に解約して違約金を払ってもキャッシュバックは残る」と言われた。2、3回断ったが、しつこく勧誘され、結局合計5回線を契約してしまった。キャッシュバックはインターネット上でしか使えない電子マネーで渡すと言われた。母はインターネット通販をしないので、実店舗で現金に換金できないと困ると伝えたところ、「クーポンに変えれば、実店舗で換金できる」と言われた。ところが、帰宅後にキャッシュバックのしくみを確認したところ、クーポンは実店舗で現金に換金できないと分かった。店員の説明は間違っているし、やはり5回線もの通信サービスの契約は必要ないので、4回線分の通信契約を解約したい。

相談内容

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2018.1 33

取り価格等と照らして、契約者に合理的な額の負担を求めることが適当とされている。

ただし、同ガイドラインは携帯電話端末と通信サービスをセットで契約する場合に対象とされ、本件のように端末購入をしない通信サービス契約単体の場合は同ガイドラインの対象ではない。しかし、本件の契約の動機となったキャッシュバックに関して、現金に換金できるという誤った説明がなされていたことは問題であった。

このことを踏まえ、場合によっては当センターがあっせんに入ることも想定しつつ、相談者が自主交渉したところ、全額返金となった。

本件のように当初希望していた契約に加え、オプションや追加の通信サービス契約等に関する相談がみられる。例えば、月額料金を少しでも安くしたいと思い、広告を見て来店した高齢者に対して、スマートフォンの契約に加え、タブレット端末の契約や、それぞれの端末に複数の不必要なオプションを契約させ、結果として月額料金が従来より大幅に上回ることになった事例においては、相談者の意に反した契約であったため全面解約および全額返金となった。最近では、利用明細をウェブサイト等で確認する方法が一般的になっており、特にインターネットに慣れていない高齢者にとっては、実際の月額料金がいくらになっているのか気づきにくい場合もある。契約する際には、キャッシュバックの有無にかかわらず、月額料金や、解約時の違約金等が発生するかどうかも十分確認して慎重に検討することが重要である。

一方、随時実施されるキャンペーン等の複雑な料金割引のしくみや通信契約と同時に勧誘されるオプションの契約条件は消費者にとって大変分かりにくい。そのため、携帯電話事業者や販売店には、キャッシュバックの時期や方法、無料期間の終了時期等も含め契約内容に関して、電気通信事業法やガイドライン等の遵

じゅん守しゅ

に加え、よりいっそうの丁寧な説明を求めたい。

後も請求が来たり、不審に思う点が出たりした場合には、速やかに当センターに連絡するように伝え、相談を終了した。

●勧誘について携帯電話等の電気通信サービスは、電気通信

事業法の対象である。同法の施行規則22条の2の3第4項および消費者保護ルールに関するガイドライン*1では、通信サービスを提供する携帯電話会社等の電気通信事業者等は、利用者(契約者)の知識および経験並びに契約締結の目的に照らして、利用者に理解されるために必要な方法および程度で提供条件の概要を説明しなければならないとされている(適合性の原則)。また、同法27条の2第2号では、利用者(契約者)が通信サービスを契約しない旨の意思、あるいは勧誘を引き続き受けることを希望しない意思を示した場合、その通信サービスについての勧誘を続けることを禁止している(勧誘継続行為の禁止)。本件は5回線の契約について複数回断っている70歳代の契約当時者に対して、実質不要と思われる回線数を案内して契約させている点について、契約当時者の利用実態や意思に即した契約であったとは考えにくい。●キャッシュバックについて

また、本件では契約の動機づけとしてキャッシュバックを用いている。スマートフォンを契約する際に、販売店が現金でのキャッシュバックや、本件のように現金以外の商品券、ポイント等を消費者に還元するケースがある。スマートフォンの端末購入補助を目的としたキャッシュバック等については、ガイドライン*2において、携帯電話会社が通信料金や端末代金に対する割引や、実質的に端末代金の代価と考え得る金銭その他の物品等を契約者に提供する場合は、端末を購入しない利用者との間で著しい不公正を生じないように、端末の調達費用や関連する下

問題点

*1 総務省 電気通信事業法の消費者保護ルールに関するガイドライン(平成29年9月最終改定)*2  総務省 モバイルサービスの提供条件・端末に関する指針(平成29年1月10日策定)内「Ⅱ スマートフォンの端末購入補助の適正化に関するガイドライン」

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2018.1 34

菅原 修 Sugawara Shu 弁護士。第一東京弁護士会、子ども法委員会所属。一般民事事件、夫婦・子どもの問題、相続問題等の家事事件、企業法務、刑事事件などを広く手がける。協力:萩谷 雅和(萩谷法律事務所)

生計を同じくする家族が成年後見人になる場合、生活費の管理は?

相談者の気持ち

同居している父の認知症が進んでいるので、長女の私(50歳代)が後見人になりたいと考えています。私にはお小遣い程度の収入しかなく、主に父の年金で2人の生計を立てています。私が後見人になったら生活費はどのように管理したらよいでしょう?

相談者が父親の成年後見人(以下、後見人)となった場合、相談者の財産と父親の財産を区別して管

理する必要があります。この場合、①後見人となった後も、相談者は父親の財産から生活費を支出してよいのか、②仮に支出できるとして、どのような手続きを経る必要があるのかが問題となります。まず、①後見人となった後も、相談者は父親

の財産から相談者の生活費を支出してよいのでしょうか。成年後見とは、認知症などにより判断能力が欠ける者(成年被後見人〈以下、被後見人〉)に対して、家庭裁判所が後見人という代理人を選任し、その後見人が財産管理等を行う制度です(民法〈以下、法〉7条以下、838条以下)。成年後見は、被後見人の利益を保護するための制度ですから、後見人は自己の財産と被後見人の財産を区別して管理する義務を負い、被後見人の財産からの支出は、原則として被後見人本人のために行われなければなりません。もっとも、被後見人が扶養義務を負う場合に

は、例外が認められることがあります。本件では、被後見人である父親と相談者が「老親と成年した子」の関係にありますので、父親は相談者に対して、扶養義務のうちの生活扶助義務(扶養義務

者自身の生活に余力がある場合に、その余力をもって扶養権利者を扶養する義務)を負っています(法877条1項)*。したがって、父親に一定の収入や資産がある場合には、収入額や資産額、相談者における扶助の必要性等を考慮して、適正な範囲内の生活費を支出することができます。では、②父親の財産から相談者に生活費を支

出する場合、どのような手続きを経る必要があるでしょうか。この場合、生活費を支出する被後見人(父親)と生活費を受け取る後見人(相談者)の間で利害が対立します。そこで、後見人が自己の利益を図ろうとして権限を濫

らん用ようしないように、

裁判所に特別代理人(利害対立のない第三者)の選任を申し立てたうえで、特別代理人が被後見人を代理することとされています(法860条本文、826条)。なお、成年後見監督人(成年後見人の職務を監督する者)が選任されている場合、同監督人が被後見人を代理するため、特別代理人の選任は不要です(法860条但書、851条4号)。手続きを無視して生活費を受け取ったり、過大な金額を生活費名目で受け取ったりすれば、民事上、刑事上の責任(業務上横領罪)を問われるおそれがあります。

* ウェブ版「国民生活」2017年6月号「暮らしの法律Q&A」参照

第 回68

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2018.1 35

判例暮らしの

消費者問題にかかわる判例を分かりやすく解説します

国民生活センター 相談情報部

日に本件サイトに登録したとして、Xから登録料・事務手数料・調査費用合計約26万円の支払いを求める督

とく促そく状の送付を受け、同月10日、

上記金額を同月17日までに支払うよう求める「通告書」を受け取った。これらの書面には「連日報道されている架空請求と勘違いして放置さ

Xは携帯電話有料サイト(出会い系サイト、以下、本件サイト)を運営する事業者と称している者、Yは22歳の男性である。2004年3月1日頃、Yは2003年5月24

事案の概要

出会い系サイト事業者による「訴訟詐欺」利用した覚えがないのに出会い系サイト登録料等の請求を受けたという相談が、消費

生活センターに寄せられている。このような架空請求を受けても、支払い義務はないた

め、消費生活センターでは消費者に請求をそのまま放置するようアドバイスしている。

ところが、消費者が「そのまま放置」することに付け込み、本当に提訴し、欠席裁判で

勝訴してしまおうとする事業者がいた。しかし、本件の消費者は放置しなかった。消費

生活センターや弁護士会のアドバイスを受け、反訴したのである。消費者のために18

名もの消費者問題に精通した弁護士による弁護団が結成された。事業者は、訴訟を取り

下げようとしたが、消費者は同意せず裁判所もこの事業者の一連のやり方を「訴訟詐欺」

と断じて事業者の請求を棄却し、逆に事業者に慰謝料30万円の支払いを命じた。本判

決は2005年のものであるが、これ以降10年以上にわたり、このように裁判を脅しの

ために使い実際に提訴する出会い系サイトの事案は見られない。

本判決により、訴訟を悪用する出会い系サイト事業者はいなくなったともいえ、その

契機となった意味のある判決である。

(東京地裁平成17年3月22日判決〈確

定〉、『判例時報』1916号46ページ掲載)

原告・反訴被告:X(出会い系サイト事業者)被告・反訴原告:Y(消費者)関係者:A(Xの従業員と思われる者・許可代理人)

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2018.1 36

暮らしの判例

うとした。しかし、Yの同意がなかったため取り下げは成立しなかった。Yから反訴の提起がされたにもかかわらず、

Xは第二回口頭弁論期日以降、一度も審理に出頭しなかった。Xは訴訟において「営業所」の住所としてAの住所を送達場所として届け出ており、従前は問題なく送達できていた。しかし、第二回口頭弁論期日直前以降は送達文書が「転居先不明」で返送されたうえ、送達場所変更の届け出もされないままであったため、届け出のあった送達場所に書留郵便に付する送達とせざるを得ない事態となっていた。

裁判所は、Xの登録料等の支払い請求について、Yの各供述の信用性が高い一方で、Xが第二回口頭弁論期日以降一度も審理に出頭していなかったこと等の理由から、Yによる本件サイトの利用を認めるに足りる証拠はなく、登録を前提としたXの請求には理由がないとして棄却したうえで、反訴について次のように判断した。Xの行為は、Yを畏

い怖ふさせ、金員を支払わせ

るための恐喝行為に当たるものといえる。さらにいえば、Xの行為は詐欺行為とも評価し得るものである。すなわち、Yが本件サイトを利用したことが一度もないことは認定したとおりであるが、本件サイトの運営業者を名乗る以上、Xとしてもそのことは十分承知しているはずであり、にもかかわらず、本件督促状、本件通告書を送付しているのは、利用したものと誤信して支払いに及ぶ可能性を見込んだものであるとの推認ができる。また、実際に提訴に及んでいることについては、いわゆる架空請求について、一般的に「相手にしないで放置するべき」と報道されていることに便乗し、提訴後も応訴することなく弁論期日に欠席させることで勝訴判決を取得できるとの計算のもとで提訴に及んでいる

理 由

れている方もいらっしゃるかもしれませんが、…貴殿の当サイト利用に基づくものです」「悪質な踏み倒しとみなす」「さらなる調査を請求する」「法的措置を取る」「延滞手数料を加算する」「給料差押えなど強制執行に入る」「刑事告訴に入る」「詐欺罪での訴訟をする」といった記載が並んでいた。またXからYに送付された「調査結果書面」に

は、Yのプライバシー情報が多数記載されており、今後さらに「家族」や「銀行口座」といった情報にまで調査が及ぶことを示唆する内容であった。Xに情報提供を行ったことがないYにとっては、Xがいかなる方法によりこれらの情報を入手したのかが不明であり、大きな不安を抱いた。このような状況の下で、Yは身に覚えがなかっ

たため、すぐに警察や消費生活センターに相談し「無視しておくのがよい」とのアドバイスを受け、放置していた。ところが、Xが少額訴訟を提起し、Yに対して本件サイトへの登録料3万円、規約に違反してメールアドレスおよび電話番号を無断で変更したことによる違約金5万円、Yに連絡するために調査会社に依頼した際の調査費用6万3000円、計14万3000円の支払いを求めた(本訴)。Yは驚いて消費生活センターや弁護士会の法

律相談に出向き「放っておくと敗訴になってしまう」とのアドバイスを受けて「本件サイトを利用した覚えはない」との答弁書を裁判所に提出した。そのうえで、Xにプライバシー情報を不正に入手され、架空請求を受け提訴までされたことによって精神的苦痛を被ったとして、Xに対して慰謝料100万円および弁護士費用10万円の支払いを求めた(反訴)。少額訴訟の第一回口頭弁論には、XはAを許

可代理人として出頭させたが、Yに多数の訴訟代理人が就任し、本件が地方裁判所に移送される決定がなされた途端、本件訴訟を取り下げよ

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暮らしの判例

視したところ提訴までされている。本件は「架空請求」は無視しても事業者が提訴

してくる場合がないわけではないことを示す事例である。提訴されたにもかかわらず無視して応訴しなければ、原告である事業者の言い分どおりの欠席判決となるため消費者には取り返しのつかない不利益となる。消費生活相談ではこのような事態が起こる場合もあり得ることを配慮して助言することが重要であることが分かる。また、架空請求被害で頻繁に行われているさ

まざまな恫どう喝かつ的な督促行為が恐喝や詐欺に該当

する不法行為であると判断している点は、消費生活相談業務の参考となる。さらに、少額訴訟を架空請求の手段として利

用した点について、裁判所が「訴訟詐欺」ともいえると指摘した点は評価することができる。判例では、不当な訴訟の提起が不法行為を構成するためには「訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合」であるとし、具体的には「提訴者の主張した権利または法律関係が事実的・法律的根拠を欠くものであり」かつ「提訴者がそのことを知っていたか、または通常人であれば知り得たのにあえて提訴した場合」に限っている(参考判例①)。本件では、裁判制度を悪用する「訴訟詐欺」に該当するとして違法性を認めたものと解することができる。

のではないか、あえて少額訴訟を選んだのはYが応訴してきた場合でも第一回期日での終結を押し切ろうとしたのではないか、との推認もでき、被害予防のための報道や裁判制度をも悪用する極めて悪質ないわゆる訴訟詐欺に該当する可能性が高いものといわざるを得ない。こうしたXによる一連のプライバシー侵害、恐喝行為等によってYが精神的苦痛を被ったことは明らかであるけれども、その一方で、結果として本訴が棄却されることでXの恐喝行為ないし詐欺行為が未遂で終わること、かつ、本件の審理を経る過程でYの受けた精神的苦痛は相当程度慰

藉しゃされているものと評価されることをも総合し

て斟しん酌しゃくすれば、Yの慰謝料額は30万円と思料

する。

本件は出会い系サイト利用を口実としたいわゆる「架空請求」に関する事例である。出会い系サイトやアダルトサイトに関する架空請求はいまだに増加し続けている。架空請求に対する対策は、「無視する」「相手に

対して決して連絡しない(連絡をすれば、メールアドレスだけではなく、電話番号、住所、氏名、職業や職場、家族に関する情報等さまざまな個人情報を相手業者に知られてしまう危険がある)」ことである。無視をすれば、メールによる請求の場合にはメールアドレスしか知らないことが通常であるので、それ以上の被害に発展することはないと考えられる。郵便等による請求であっても、訴訟等の法的手続きを取る場合には「契約の成立」を事業者側で証明する責任があるため、通常は訴訟まで提起してこないからである。ところが、本件事案では、消費者は事業者の運営するサイトを利用したことがなく、事業者に情報提供をしたこともなかったにもかかわらず、事業者から郵便による督促を受け、無

解 説

①最高裁第三小法廷昭和63年1月26日判決(民集42巻1号1ページ、裁判所ウェブサイト。不当訴訟が不法行為を構成するための要件について判断した事例)②東京地裁平成11年2月25日判決(『判例タイムズ』1054号235ページ。医師による診療費の架空請求が不法行為に当たり、医療に対する信頼を揺るがす行為であること等も考慮して、患者の慰謝料請求について30万円の慰謝料を認めた事例)

参考判例

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誌上法学講座 新時代の消費者契約法を学ぶ

第 回

契約取消権(4条)(2)

4

宮下 修一 Miyashita Shuichi 中央大学法科大学院教授博士(法学)。専門は民法・消費者法。消費者庁「消費者契約法の運用状況に関する検討会」委員等を歴任。

「○○会社の株式は値上がりして必ずもうかるから、買いましょう!」と強く勧めたとします。ここでは、担当者は、株式相場(株価)という、実際にはどう変化するか分からない不確実なものについて、確実に値上がりをすると決めつけた(=断定した)うえで、そのような自らの判断を告げて(=提供して)います。証券取引の知識も経験もある担当者がこのような発言をすれば、一般の消費者は、必ずもうかると誤解して株式を購入することも少なくないでしょう。

『逐条解説』*1は、このように「確実ではないものを確実であると誤解させるような決めつけ方」を「断定的判断」、また、それを告知することを「断定的判断の提供」と定義しています。

それでは、「断定的判断の提供」かどうかは、どのような基準で判断されるのでしょうか。

『逐条解説』では、事業者の非断定的な予想や個人的見解を示すことは、「断定的判断の提供」とはならないとされています。具体的には、「この取引をすれば、100万円もうかるかもしれ

4 4 4 4

ない4 4

」と告知することがその例として挙げられています。

しかし、文末に「かもしれない」や「だろう」といった、一種の可能性を示す言葉を付ければ、

「断定的判断の提供」の有無の判断基準

今回は、前回に引き続き消費者契約法(以下、法)の「誤認」型について検討します。まず取り上げるのは、「断定的判断の提供」です。「断定的判断の提供」を理由とする契約取消権

を規定する法4条1項2号は、次の①~⑦をその行使の要件として定めています。事業者が、①「消費者契約」の ②「勧誘」に際して、その ③「契約の目的となるものに関し、将来における変動が不確実な事項」について ④断定的判断を提供し(=「断定的判断の提供」)、消費者が、⑤④によって誤認をし(断定的判断の提供と誤認の因果関係)、⑥⑤によって申込みまたは承諾の意思表示を行ったこと(誤認と意思表示の因果関係)。また、⑦取消しの意思表示も必要です。

このうち、①・②・⑦については前回の連載における検討内容と共通します。また、⑤・⑥については次回2項との関連で検討します。そこで、ここでは③・④を検討することにします。

そもそも、日常生活ではほとんど耳にしない言葉である「断定的判断の提供」とは、どのようなものなのでしょうか。

例えば、証券会社の担当者が、顧客に対して

「断定的判断の提供」による契約取消しの要件

「断定的判断の提供」とは

*1  消費者契約法逐条解説(2017年12月) http://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/consumer_contract_act/annotations.html

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誌上法学講座誌上法学講座

について「断定的判断の提供」をすることが要件とされています。条文上は、契約の目的となるものの「将来におけるその価額」と「将来において当該消費者が受け取るべき金額」の2つが例示されています。『逐条解説』では、「変動不確実事項」とは、「将

来において消費者が財産上の利得を得るか否かを見通すことが契約の性質上そもそも困難である事項」であるとしています。このような立場に対しては、およそ消費者契約の目的となるものに関するものであれば本号の対象とすべきである、さらに進んで、積極的な行為で誤認させる以上、契約が取り消されてもやむを得ないという本号の趣旨等からすると、「変動不確実事項」に限らず、事業者が断定的判断の提供によって誤認を惹

じゃっき起すれば本号の対象とすべきである

という見解もあります。本号の適用が肯定された裁判例は多数存在し

ますが*2、特に注目すべきは、パチンコ攻略情報の売買契約で、常に多くの出玉を獲得することができるパチンコの打ち方の手順等の情報が

「変動不確実事項」に当たるとしたものが散見されることです(例えば、東京地裁平成17年11月8日判決、『判例時報』1941号98ページ)。ここでも、パチンコの出玉は結果的には換金が可能である点を考慮すると、(それを正面から認めてよいかどうかという問題はさておき)確かに広い意味では財産上の利得に関連するとはいえますが、通常の意味で想定されるところの財産上の利得を超えたものであるといえるでしょう。

ちなみに、易学受講契約とそれに付随する印鑑購入等の契約で、運勢や将来の生活状態が「変動不確実事項」であるか否かが争われた事案で、第一審(神戸地裁尼崎支部平成15年10月24日判決、『消費者法ニュース』60号58・214ページ〔要旨のみ〕)では肯定されたものの、控訴審(大阪高裁平成16年7月30日、判例集未

それだけで「断定的判断の提供」に当たらないと、それこそ断定してしまってよいのでしょうか。例えば、事業者が、取引によって得られる利益を繰り返し強調した後に、「100万円もうかるかもしれない」と告げたのであれば、消費者は、むしろ確実に利益が得られると誤解する可能性が極めて高いといえるでしょう。

また、『逐条解説』では、消費者の判断材料となるような「エコノミストA氏は、『半年後に、円は1ドル=120円に下落する』と言っている」という発言のように、真実を告げることも問題とはならないとしています。さらに、過去のデータを参考にした仮定を明示し、それを前提とした試算を示して「今まで元本割れしたことはなく、試算を考慮すれば今後も元本割れしないだろう」と告げることは、試算の前提としての仮定が明示されているので、やはり「断定的判断の提供」には当たらないとされています。

しかし、そのような場合であっても、事業者の説明が全体として利益が確実に得られるというトーンであれば、むしろ前記の言葉はいずれも「断定的判断の提供」の一要素を構成しているといえるでしょう。『逐条解説』の見解に対し、個々の言明をバラ

バラに評価するのではなく、当該状況において消費者がいかなる理解をするのが通常だと考えられるのかがポイントであって形式的に割り切るべきでないという見解もあります。「断定的判断の提供」の判断に際しては、前述したように、事業者の発言の言葉尻や体裁にのみ目を向けるのではなく、勧誘の過程における事業者の言動全体に目を向ける必要があるでしょう。

次に、法4条1項2号では、「将来における変動が不確実な事項」(以下、「変動不確実事項」)

「将来における変動が不確実な事項」

*2  裁判例の詳細は、宮下修一「消費者契約法4条の新たな展開(1)−「誤認類型」・「困惑類型」をめぐる議論と裁判例の動向−」『国民生活研究』50巻2号(2010年9月刊)105 ~ 110ページを参照。

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が主張立証すべき抗弁事由です)。上記のうち、①・②・⑨については前回の連載

の内容と共通します。そこで以下では、③~⑧の要件を取り上げることにします(なお、紙幅の関係で、今回の連載では③の一部・④・⑥・⑥′のみ検討します)。

法4条2項が適用されるためには、「重要事項」または「関連事項」に関する「利益告知」と「重要事項」に関する「不利益事実の不告知」が必要です。

まず、「利益告知」について確認しましょう。『逐条解説』によれば、「関連事項」とは「ある重要事項」につながる事項を広く意味しますが、後述するように「不利益事実の不告知」の対象が限定されている関係で一般的・平均的な消費者を念頭に若干限定的にとらえられています(「重要事項」については、次項以降で詳論します)。また、「利益」とは、財産上の利益に限定されず、さらにここでは「一般的・平均的な消費者の利益」ではなく、「当該(=個別具体的な)消費者の利益」の「利益」が問題とされます。

次に、「不利益事実の不告知」について確認しましょう。『逐条解説』によれば、「不利益」とは、前述の「利益」と同様に、必ずしも財産上の不利益に限らず、また、「当該(=個別具体的な)消費者の利益」の「不利益」を指します。ただし、「不利益事実」とは、先行行為である「利益告知」によって当該事実が存在しないと一般的・平均的な消費者が通常認識するものに限定されます

(この「認識」は⑦の「誤認」にあたります)。ところで、うっかり見落としがちですが、「利

益告知」と「不利益事実の不告知」は、条文上「かつ」という接続詞で結ばれていますので、条文上はどちらも必要です。この点を踏まえて『逐条解説』は、デジタルCSチューナーセットを購入する際に取付け機材が必要なことについてカ

「利益告知」と「不利益事実の不告知」

登載)で財産上の利得に影響しない漠然とした運勢や運命は「変動不確実事項」には当たらないとして否定されたものがあります。もっとも、控訴審では、結果的に公序良俗違反による契約自体の無効が認められています。消費者契約法上の立法趣旨に照らすと、条文上は必ずしも明示されていない財産上の利得を盾にして、民法上契約の効力が否定されるような取引にまで本号を適用しないという解釈論を展開することには、強い疑問を覚えるところです。

なお、『逐条解説』では、事業者が商品・サービスについての効用・メリットを説明する場合で、一定の前提(使用条件等)の下で客観的に見通すことが可能な情報を提供することは問題とならないとされています。もっとも、そうした前提を単に示すだけで効用等を強調した説明をするのであれば、そうした効用等は依然として「変動不確実事項」に当たると考えられるでしょう。

「不利益事実の不告知」を理由とする契約取消権を規定する法4条2項は、次の①~⑨をその行使の要件として定めています。事業者が、①「消費者契約」の ②「勧誘」に際して、③契約の「重要事項」または当該「重要事項」に関連する事項(=

「関連事項」)につき、④消費者の利益になる旨を告げ(=「利益告知」)、かつ、⑤「故意」に ⑥消費者の不利益となる事実を告げないこと(=「不利益事実の不告知」/ただし、⑥′④利益告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものであること)、消費者が、⑦⑥によって誤認をし(故意による不利益事実の不告知と誤認の因果関係)、⑧⑦によって申込みまたは承諾の意思表示を行ったこと(誤認と意思表示の因果関係)。また、⑨取消しの意思表示も必要です。なお、事業者が消費者に事実告知をしようとしたにもかかわらず消費者が拒絶した場合には、本項は適用されません(これは、事業者側

「不利益事実の不告知」による契約取消しの要件

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「消費者契約法4条2項本文にいう『重要事項』とは、同条4項において、当該消費者契約の目的となるものの『質、用途その他の内容』又は『対価その他の取引条件』をいうものと定義されているのであって、同条1項2号では断定的判断の提供の対象となる事項につき『将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項』と明示されているのとは異なり、同条2項、4項では商品先物取引の委託契約に係る将来における当該商品の価格など将来における変動が不確実な事項を含意するような文言は用いられていない。そうすると、本件契約において、将来における金の価格は『重要事項』に当たらないと解するのが相当であ」る。

このように最高裁は、「重要事項」の範囲について、1項2号を引き合いに出しながら4項(現5項)では「将来における変動が不確実な事項」を含意する文言が用いられていないことからそのような事項を「重要事項」から除外するという、いわば「限定的解釈論」を採用しています。

しかしながら、そもそも1項2号は、あくまで「断定的判断の提供」に関する規定であって、同じ「誤認」型に属するとはいっても「重要事項」を問題にはせず要件自体が異なるのですから、「不利益事実の不告知」と同列に論じられるものではありません。また、本判決では、原告である顧客が同時期に他の事業者とも商品先物取引を行っていたことや断定的判断の提供の禁止の意味について理解しているかのような言動をしていたという個別具体的な事情が、判決の結論に影響した可能性もあります。その意味では、本判決の結論は、例えば商品先物取引には法4条2項は適用されないというようなかたちで一般化できるものではないことに留意が必要です*4。

タログにも記載がなく説明もなかったという事例を挙げて、この場合には「利益告知」がないので本項は適用されないと説明します。詳しい解説はありませんが、例えばこのセットを買えばふだん見られない番組が見られるようになるといった「利益」の「告知」をしていないので、要件を充足しないということなのでしょう。

これに対して、学説では、「不利益事実の不告知」は実質的には「不実告知」であり、この場合には先行行為である「利益告知」や後に検討する

「故意」の存在にかかわらず取消しを認めるべきであるとして、立法のあり方自体への批判も存在します。裁判例を見ると*3、「利益告知」を明確にせず、本項の適用を認めたものも散見されます(例えば、東京地裁平成21年6月19日判決、『判例時報』2058号69ページ)。

前記の事例でも取付け機材が別途必要なことは不利益事実ですから、仮にそれを知りながら告げないのであれば、それだけで非難に値する行動といえるのではないでしょうか。そのことを考慮すれば、根本的に立法のあり方を改めるべきです。当面は、明確に「利益告知」がなくとも、取引全体における事業者側の態様を考慮して「不利益事実の不告知」の存在をもって本項の適用を認める可能性を追求すべきです。

「重要事項」については前回の連載でも言及しましたが、実は本項、さらに法4条1項2号の断定的判断の提供との関係で非常に興味深い最高裁判決(最高裁平成22年3月30日判決、『判例時報』2075号32ページ)が存在します。事案は、金の商品先物取引について、「将来における金の価格」が本項と4項(現5項)にいう「重要事項」に当たるか否かが争われたものです。最高裁は、以下のように述べて、これを否定しました。

「重要事項」をめぐる最高裁判決

*3  裁判例の詳細は、宮下修一「消費者契約法4条の新たな展開(2)−「誤認類型」・「困惑類型」をめぐる議論と裁判例の動向−」『国民生活研究』50巻3号(2010年12月刊)32 ~ 33ページを参照。

*4  本判決の詳細は、宮下修一「消費者契約法4条の『重要事項』の意味‒最高裁判所平成22年3月30日判決を受けて−」『国民生活研究』50巻1号(2010年 6月刊)80 ~ 90ページを参照。

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