特集 若者の消費者トラブル対策を考える · 特集....

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特集 若者の消費者トラブル対策を考える 特集1 「成年年齢引下げ」議論の現状 1 特集2 成人になると巻き込まれやすい消費者トラブル 5 特集 3 実践報告 若者の消費者トラブル防止活動 ①新社会人向け消費者教育の実践 ②学生団体による同世代での消費者教育 9 消費者問題アラカルト 改正特定商取引法の政省令について 12 新インターネットと上手につき合う 絵をみて分かるインターネット技術の基礎 インターネットの通信速度 16 賃貸住宅の基礎知識-入居から原状回復まで- 入居中のトラブルと相談対応(2) −賃料滞納と相談対応− 消費生活相談に役立つ社会心理学 人間関係に注意 海外ニュース <アメリカ>滑り台での子どもの事故で注意すべきこと 18 20 23 <オーストラリア>肥満対策を政府に提言 <ドイツ>フィットネスクラブに欠けているサービスは <オーストリア>栄養指導の品質保証マークを創設 消費者教育実践事例集 批判的思考を促す「深く考える協働場面」を導入した授業 -「環境に配慮した消費行動」から「よりよい生活」につなぐ学習- 25 クレジットカード取引におけるセキュリティ対策 インターネット決済におけるセキュリティ対策(1) 自動運転の未来図 自動運転の事故と責任-模擬裁判の試み- 27 30 苦情相談 適合しない接続部品を使用し水漏れを起こしたドラム式洗濯乾燥機 33 暮らしの法律 Q&A 非課税枠を超えた分を親から借りたら税金がかかる? 35 暮らしの判例 呉服店での立替払契約における名義貸し 36 誌上法学講座 新時代の消費者契約法を学ぶ 総則(1~3条) 39 ウェブ版 NO.642017目次

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特集 若者の消費者トラブル対策を考える

特集1 「成年年齢引下げ」議論の現状 1

特集2 成人になると巻き込まれやすい消費者トラブル 5

特集 3 実践報告 若者の消費者トラブル防止活動

①新社会人向け消費者教育の実践

②学生団体による同世代での消費者教育

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消費者問題アラカルト 改正特定商取引法の政省令について

12

新インターネットと上手につき合う 絵をみて分かるインターネット技術の基礎 インターネットの通信速度 16

賃貸住宅の基礎知識-入居から原状回復まで- 入居中のトラブルと相談対応(2)

−賃料滞納と相談対応−

消費生活相談に役立つ社会心理学 人間関係に注意

海外ニュース <アメリカ>滑り台での子どもの事故で注意すべきこと

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<オーストラリア>肥満対策を政府に提言

<ドイツ>フィットネスクラブに欠けているサービスは

<オーストリア>栄養指導の品質保証マークを創設

消費者教育実践事例集 批判的思考を促す「深く考える協働場面」を導入した授業

-「環境に配慮した消費行動」から「よりよい生活」につなぐ学習-

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クレジットカード取引におけるセキュリティ対策 インターネット決済におけるセキュリティ対策(1)

自動運転の未来図 自動運転の事故と責任-模擬裁判の試み-

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苦情相談 適合しない接続部品を使用し水漏れを起こしたドラム式洗濯乾燥機 33

暮らしの法律 Q&A 非課税枠を超えた分を親から借りたら税金がかかる? 35

暮らしの判例 呉服店での立替払契約における名義貸し 36

誌上法学講座 新時代の消費者契約法を学ぶ 総則(1~3条) 39

ウェブ版

NO.64(2017)

目次

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特定適格消費者団体「消費者支援機構関西(KC’s)」常任理事。専門は、民法、消費者法。成年年齢に 関する論文として、「消費者被害救済法理としての未成年者取消権の法的論点」『消費者法研究』第2号(信山社、2017年)71ページなど。

坂東 俊矢 Bando Toshiya 京都産業大学法学部教授、弁護士

「成年年齢引下げ」議論の現状特集1

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若者の消費者トラブル対策を考える

特 集

私法上の契約を、自らの判断だけで有効に締結することができる年齢、すなわち成年年齢*1

は、1896年(明治29年)の民法制定以来、20歳とされています(民法4条)。2007年5月の憲法改正に関する国民投票法の制定や2015年6月の公職選挙法の改正で、選挙権を行使できる年齢が18歳以上とされました。それが契機となって、民法の成年年齢についても18歳に引き下げることの妥当性が検討されています*2。もっとも、選挙年齢と取引に関する成年年齢とは、法的にもその依って立つ基盤が異なります。その年齢が同じであっても構いませんが、それは法論理的に必然なわけではありません。一方で成年年齢が20歳なのか、18歳なのかについては、わが国の社会の判断であって、これも法論理的に年齢が定まるものではありません。その議論のきっかけになるのでしょうか。成年年齢を18歳に引き下げる民法の改正法案が

はじめに-成年年齢をめぐる現状-

2018年の通常国会にも提出される予定になっています。成年年齢引下げには、それによって生ずる問題を克服するための法の整備や施策が実施され、また、国民の意識や覚悟が醸成される必要があります。20歳という成年年齢は、社会に深く受け入れられています。本当に、成年年齢を引き下げる機は熟してい

るのでしょうか。

⑴法制審議会民法改正については、通常、法制審議会での

議論が報告書にまとめられて、法務大臣への答申がなされます。もっとも、答申が出ても実際には民法の改正が実現せず、宿題であり続けることもあります。成年年齢引下げも、実はそうした宿題の1つです。法制審議会は、2009年10月28日の第160回会議で「民法の成年年齢の引下げについての意見」を議論し、法務大臣への答申とすること

成年年齢引下げに関する議論の経緯

*1 �新聞報道などでは「成人年齢」という言葉が使われていることがあるが、本稿は「成年年齢」と記載する。*2 �例えば、自由民主党政務調査会は2015年9月17日に「成年年齢に関する提言」を公表して、成年年齢を20歳から18歳に引き下げる法制度上

の措置を講ずるべきとの提言をしている。もっとも、この提言では消費者施策については触れられていない。一方、日本弁護士連合会(日弁連)は2016年2月18日に「民法の成年年齢の引下げに関する意見書」を公表している。日弁連は、国民のコンセンサスが得られていない現状では、成年年齢の引下げには慎重であるべきとしている。

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特集 若者の消費者トラブル対策を考える

「成年年齢引下げ」議論の現状特集1

を承認しています。答申の内容は、「民法が定める成年年齢を18歳に引き下げるのが適当である。しかし、そのためには若者の自立を促すような施策や消費者被害の拡大のおそれ等の問題に対応する施策が実現されることが必要である。引下げの時期は、施策の浸透や国民の意識を踏まえた国会の判断に委ねる」とまとめることができます。2009年9月に消費者庁が開設され若者への消費者施策が実施されることへの期待感も、この答申の背景にあったと思われます。さて、この答申の土台となる報告書が、法制審議会民法成年年齢部会による2009年7月29日の「民法の成年年齢の引下げについての最終報告書」です。その報告書においても「特段の弊害のない限り、民法の成年年齢を18歳に引き下げるのが適当である」と結論づけられています。もっとも、報告書の後半では、成年年齢を引き下げた場合の問題点が、契約年齢と親権の対象年齢の引下げという観点から検討されています。注目されるのは、消費者被害が拡大しないための施策として、消費者教育とともに消費者保護施策の充実が指摘され、その例として若年者の社会的経験の乏しさによる判断力不足に乗じて取引がなされた場合に契約を取り消すことができるようにすることなどが、既に部会で議論されていたことです。18~19歳を対象とする具体的な消費者被害の防止のための法的な対応策が問われていたのです。

⑵消費者委員会ところが、法制審議会の「最終報告書」にもかかわらず、成年年齢の引下げの前提としての若者の消費者保護施策が積極的に実施されてきたとは言えません。それは、若者の契約に関する

消費者被害の救済法理として、民法の未成年者取消権が機能していたため、20歳未満の被害が相対的には少数であったことが1つの理由であると思われます。契約に関する消費者被害は、むしろ成年に達した20歳になった直後に増えていて*3、例えばマルチ商法に関する相談件数は、20~22歳男性の相談件数が18~19歳男性の約7倍に達しているとの報告もあります*4。だとすると、仮に成年年齢を18歳に引き下げれば、それまでは保護されていた18~19歳が新たに被害の対象となることは明らかです。成年になった直後の若年者の消費者保護のあり方が問われたのです。消費者庁長官からの諮問を受けて、この問題

を検討したのは、消費者委員会の「成年年齢引下げ対応検討ワーキング・グループ」(以下、消費者委員会WG)でした。消費者委員会WGは、2017年1月に「報告書」を公表しています。そこでは、18~22歳までを「若年成人」として保護の対象ととらえることが提案されています。そして、具体的には、消費者契約法や特定商取引法*5に、消費者の年齢、知識や経験、契約能力に配慮するよう努める義務を規定すること、消費者契約法に、事業者が、若年成人の知識、経験不足等、合理的な判断をすることができない事情に乗じて締結させた消費者契約の取消しができる制度、いわゆる「つけ込み型勧誘」の規制を検討すること、が提案されています。消費者契約法にかかわるこの提案は、同時期

に開催されていた内閣府消費者委員会消費者契約法専門調査会でその立法化が検討されました。しかしながら「つけ込み型勧誘」の規制については委員の間で意見が一致せず、2017年8月の「報告書」では、消費者の不安をあおる告知と勧

*3 �2016年の10歳代後半の消費生活相談が1.6万件であったのに対して、20歳代前半の相談は約2.4倍の3.9万件寄せられている(消費者庁「平成29年版消費者白書」145ページ)。

*4 �国民生活センター「成人になると巻き込まれやすくなる消費者トラブル-きっぱり断ることも勇気!-」(2016年10月27日公表)� �http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20161027_1.pdf

*5 �特定商取引法の省令改正によって、とりわけ若者の被害が目立つ「連鎖販売取引」と「訪問販売」に関して、行政処分等の執行の強化が提案されている。

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特集 若者の消費者トラブル対策を考える

「成年年齢引下げ」議論の現状特集1

誘目的で新たに構築した関係の濫らん用よう(典型的に

はいわゆる「デート商法」)に限定して、取消権を付与することとされました。もっとも、消費者委員会による内閣総理大臣への2017年8月8日の「答申書」には、この報告書に基づく法改正等に加えて、これは異例ですが、喫緊に対応すべき課題として3点が付言として追記されています。その中に、高齢者・若年成人・障がい者等の知識・経験・判断力の不足を不当に利用した「つけ込み型勧誘」に取消権を付与することが含まれています。この「答申書」を受けて、消費者庁からどのよ

うな消費者契約法の改正案が提案されるのかは、現段階では分かりません。ただ、消費者委員会WGの「報告書」に基づく改正だけでなく、消費者契約の基本ルールとして広く「つけ込み型勧誘」を規制することが期待されます。そのことが、成年年齢の引下げを検討する前提条件となることは、これまでの検討経過からしても明らかだからです。加えて、仮に「つけ込み型勧誘」を規制しても、それが若年成人の契約環境を公正なものとするためにどのような役割を果たしているのかを検証しなければなりません。その適正な検証のためには、法の施行後からある程度の期間が経過することが必要だろうと思います。

成年年齢の引下げを実施することは、「つけ込み型勧誘」を規制するだけでその環境が整うわけではもちろんありません。一方で、未成年者の自立を促し、他方で社会の構成員となるまでは適切な教育と保護を図る必要があります。それは、法を含む社会の責任で実現されなければなりません。成年年齢の引下げの理由として、選挙権を行使し得る18~19歳の若者が自立して判断す

消費者としての自立と成年年齢

ることの必要性が指摘され、自立を促すためにも、取引の場面でも自らの主体的な判断で契約をできる制度とすることが重要であると言われることがあります。この議論には、違和感が拭えません。20歳になったばかりの若者に契約締結を迫

る悪質業者の常じょう套とう文句として「君も大人になっ

たのだから、他人に相談することなく、自分で、今、決めなさい」という勧誘文言が使われることがあります。自分で決めることの強調は、取引場面での自立とはもちろん違います。自立した判断には、正しい情報と慎重さが必要です。若者が適切に選択権を行使するためには、そのための準備を未成年者の段階からすることが不可欠です。民法では、法定代理人(多くの場合、親権者)が処分を許した財産、例えば小遣いは未成年者であっても自由に使えます(民法5条3項)。また、法定代理人の同意を得て働いている15歳以上の未成年者は(労働基準法56条)、自ら賃金を得て(労働基準法59条)、それを法定代理人が認める使途の範囲で自由に使うことができます。小遣いや賃金の額は、同じ未成年者であっても年齢や生活環境によって違います。18歳以上の者を成年として、民法に組み込まれているこの準備のしくみの埒

らちがい外とす

ることに合理性はありません。仮にそうするのであれば、それに代わる法的なしくみが不可欠です。消費者委員会から提案されている「つけ込み型勧誘」の規制などの法的な対応は、そのために実現すべき喫緊で最低限の法的な枠組みだと思います。消費者被害にあった時の対応にも考えるべき

ことがあります。例えば、トラブルにあったとき誰に頼るかという問いに、誰にも頼らないと回答した人の割合が、15~19歳では15.5%だったのが、20~24歳になると22.2%に増加しているとの調査があります*6。誰かに相

*6 �消費者庁「平成29年版消費者白書」

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特集 若者の消費者トラブル対策を考える

「成年年齢引下げ」議論の現状特集1

談することは、自立した消費生活を営むうえでの大人の知恵だと思いますが、必ずしも現実はそのようには動いていません。例えば、民法の未成年者取消権の認知度が68.8%、15~19歳に限っては51.2%であるとの調査もあります*7。被害救済のために適切に権利行使をするためには、消費生活センター等の機関に相談することが依然として大切ですが、それは社会の共通の認識にまではなっていないようです*8。確かに、消費者の自立と消費者市民社会の構築に向けた若者への消費者教育の重要性が指摘され、行政や教育現場などでそのための地道な努力が積み重ねられており、頭が下がる思いがします*9。しかしそれとて、まだまだ途上の段階であって、その成果の検証には時間が必要だと思います。

法制審議会の答申にもかかわらず、成年年齢の引下げが実現していない理由は、そのために解決すべき課題が存在していること、とりわけ、若者の消費者被害救済に向けた法制度の構築と自立のための支援策の実施が条件とされていたからです。なるほど、わが国の消費者法と政策の発展は、目覚ましいものがあります。しかしながら、それが若者の消費者政策として意識的に展開されてきたかといえば、そうではなかったと言わざるを得ません。消費者委員会と消費者委員会WGでの検討は、正面からその課題に向かい合った最初の成果であったと評価できると思います。まずなすべきは、そこでまとめられた消費者契約法の改正を、「答申書」に記載さ

まとめに代えて

れた付言を含めて、実現することです。そして、法改正による成果と若者に対する消費者教育の進展との検証をして初めて、成年年齢の引下げの基盤が整備されると考えるべきです。その検証に時間が必要なことは明らかです。だとすると私には、成年年齢を引き下げるその時が今、来ているとは到底思えないのです。未成年者をめぐる民法理論には、市民社会を

担う主体を育てるための覚悟が込められています。平等を原則とする民法で、未成年者があれほどまでに保護されているのは、市民社会の主体を育むための社会制度としての意味があります。そして、その保護は、今は成人になった人を含めて、共通に与えられていたお互い様の利益です。自立を急がせることが、本人にとってはもちろん、社会にとって本当に適切であるのかは、慎重に検討されなければならない課題なのです*10。

*7 �消費者庁「平成28年度消費者意識基本調査」*8 �消費者トラブルを消費生活センター等の行政機関の相談窓口に相談した割合は、この間、7%程度で推移している(消費者庁「平成28年度消費者

意識基本調査」40ページ)。*9 �消費者庁「平成29年版消費者白書」では、「若者の自立支援に向けた取組」(162ページ以下)として、消費者教育の実践例などが報告されている。*10 �成年年齢引下げに関する民事法理論を検討したものとして、河上正二責任編集『消費者法研究』第2号(信山社、2017年)がある。貴重な論文と

資料が多数掲載されていて参考になる。

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成人になると巻き込まれやすい消費者トラブル

特集2

国民生活センター 相談情報部

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特集 若者の消費者トラブル対策を考える

全国の消費生活センター等に寄せられる相談をみると、20歳になった若者(成人20〜22歳)からの相談件数は、18〜19歳の未成年と比べて多くなっています(図)*1。また、契約する商品・役務においても、未成年のトラブルではあまりみられなかった副業や借金、美容に関する相談が多く寄せられているという特徴がみられます(表1、2)。さらに、社会経験が乏しい若者をねらって勧誘等を行う悪質な事業者とのトラブルも発生しています。国民生活センターでは、こうした若者を取り巻く消費者トラブルの特徴の分析、具体的な相談事例を踏まえ注意喚起を行っています*2。本稿では、この注意喚起資料に基づき、若者の消費者トラブルの現状を紹介します。

全国の消費生活センター等に寄せられた相談について、「18〜19歳」と成人になりたての「20〜22歳」に分けて分析しました。⑴ 契約当事者属性(職業)契約当事者18〜19歳における男女別の職業

若者を取り巻く 消費者トラブルの分析

をみると、男女共に8割弱が「学生」で、次いで「給与生活者」が2割弱を占めています。一方、20〜22歳では、男性は「学生」と「給与生活者」がそれぞれ5割弱を占めています。女性は「給与生活者」が5割で最も多く、次に「学生」が約4割でした。短大や専門学校などを卒業し、就職をする時期に当たるため、男女共に給与生活者の割合が高くなっています。⑵ 商品・役務別(表1、2)18〜19歳、20〜22歳の男女ともに「アダ

ルト情報サイト」「賃貸アパート」「出会い系サイト」などが上位を占めています。18〜19歳に関しては、男女の差はありません。一方、20〜22歳は男女で特徴が異なります。

男性の特徴としては、「フリーローン・サラ金」が上位に挙がっているほか、「他の内職・副業」

*1 �本稿におけるデータは国民生活センターと全国の消費生活センター等をオンラインネットワークで結び、消費生活に関する相談情報を蓄積しているデーターベースであるPIO-NET(パイオネット:全国消費生活情報ネットワークシステム)に登録された相談情報である(2017年8月31日までの登録分)。消費生活センター等からの経由相談は含まれていない。

*2 �国民生活センター「成人になると巻き込まれやすくなる消費者トラブル−きっぱり断ることも勇気!−」(2016年10月27日公表)� �http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20161027_1.pdf

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2,000

4,000

6,000

8,000

10,000

2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017(年度)20歳~22歳の平均値18歳~19歳の平均値

(件)

5,153 4,8165,646 5,816 5,752

4,824

1,513

8,110 7,7758,886 8,951

8,385

2,744

8,185

図 契約当事者18歳~ 22歳の年度別相談件数(平均値)

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特集 若者の消費者トラブル対策を考える

成人になると巻き込まれやすい消費者トラブル特集2

「教養娯楽教材」(もうかると言われて購入した投資用教材が主に含まれる)など、金もうけに関する相談が多くみられます。女性の特徴としては、「脱毛エステ」「痩身エステ」「美顔エステ」「エステティックサービス(全般)」「医療サービス」(美容医療を含む)といった「美容」に関するものが多くなっています。

⑶ 販売購入形態別(表3)どのような販売形態(通信販売、店舗購入、訪

男性(総件数:37,302件) 女性(総件数:29,222件)順位 商品・役務 件数 順位 商品・役務 件数1 アダルト情報サイト 12,214 1 アダルト情報サイト 7,1802 テレビ放送サービス(全般) 2,540 2 テレビ放送サービス(全般) 1,6023 出会い系サイト 2,186 3 デジタルコンテンツ(全般) 1,4724 デジタルコンテンツ(全般) 1,560 4 出会い系サイト 1,2735 賃貸アパート 1,013 5 賃貸アパート 9746 他のデジタルコンテンツ 937 6 他のデジタルコンテンツ 9177 新聞 822 7 他の健康食品 7928 普通・小型自動車 755 8 携帯電話サービス 5339 光ファイバー 626 9 脱毛エステ 49810 携帯電話サービス 593 10 財布類 49111 商品一般 535 11 相談その他(全般) 45712 オンラインゲーム 523 12 商品一般 37813 相談その他(全般) 500 13 コンサート 36814 自動車運転教習所 458 14 新聞 36315 オートバイ 364 15 光ファイバー 357

表1 18歳~19歳の商品・役務別相談件数(上位15位)

男性(総件数:76,290件) 女性(総件数:82,057件)順位 商品・役務 件数 順位 商品・役務 件数1 アダルト情報サイト 11,823 1 アダルト情報サイト 10,3562 賃貸アパート 4,364 2 賃貸アパート 4,4333 出会い系サイト 3,579 3 脱毛エステ 4,1544 フリーローン・サラ金 3,202 4 出会い系サイト 3,3265 デジタルコンテンツ(全般) 2,870 5 デジタルコンテンツ(全般) 3,3236 普通・小型自動車 2,450 6 痩身エステ 2,3617 商品一般 2,238 7 他のデジタルコンテンツ 2,2598 携帯電話サービス 1,783 8 美顔エステ 1,8689 他のデジタルコンテンツ 1,719 9 商品一般 1,65810 光ファイバー 1,585 10 携帯電話サービス 1,59111 テレビ放送サービス(全般) 1,304 11 エステティックサービス(全般) 1,54912 他の内職・副業 1,237 12 フリーローン・サラ金 1,46413 モバイルデータ通信 1,098 13 医療サービス 1,34114 相談その他(全般) 1,054 14 モバイルデータ通信 1,23415 教養娯楽教材 992 15 テレビ放送サービス(全般) 1,132

表2 20歳~22歳の商品・役務別相談件数(上位15位)

販売購入形態18歳~19歳(総件数:62,197件) 20歳~22歳(総件数:144,537件)

男 女 男 女通信販売 22,052(63.2%) 17,203(63.0%) 30,909(45.0%) 33,581(44.3%)店舗購入 6,513(18.7%) 6,302(23.1%) 20,447(29.8%) 28,865(38.1%)訪問販売 4,977(14.3%) 3,096(11.3%) 7,441(10.8%) 7,536(9.9%)マルチ取引 694(2.0%) 214(0.8%) 6,954(10.1%) 3,447(4.5%)電話勧誘販売 363(1.0%) 280(1.0%) 1,947(2.8%) 1,411(1.9%)その他 284(0.8%) 219(0.8%) 1,009(1.5%) 990(1.3%)

表3 販売購入形態別の相談件数と割合

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特集 若者の消費者トラブル対策を考える

成人になると巻き込まれやすい消費者トラブル特集2

問販売、マルチ取引、電話勧誘販売)で商品・役務を購入したのかをみると、18〜19歳では、「通信販売」が男女共に6割を超え、次いで多い「店舗購入」と合わせると約8割を占めています。一方、20〜22歳では、18〜19歳と比較して男女共に「通信販売」の割合が約4割と減少する半面、「店舗購入」や「マルチ取引」の割合が増加しています。特に「マルチ取引」の割合は、男性で18〜19歳の約5倍となっており、成人を迎えた後にマルチ取引でのトラブルに巻き込まれやすくなることがうかがえます。一方、女性は商品・役務別の中でエステ関係が上位を占めていることもあり、「店舗購入」の割合が男性よりも高くなっています。⑷ 既支払金額契約の相手方に対して実際に支払った金額の平均金額は、18〜19歳では男性が約15万円、女性が約12万円ですが、20〜22歳では、男性が約29万円、女性が約17万円と、18〜19歳に比べて高額となっています。

内職しようと思い、スマートフォンで検索して見つけた副業サイトに連絡したところ、「必ず利益を得られる」と言われ、ホームページ作成を依頼し料金の50万円を支払った。しかし、さらなる金銭の支払いを提案されるなど事業者に不審感がある。事業者の情報をネットで検索したところ、詐欺的な会社らしいので解約したい。� (22歳 女性 家事従事者)

主な相談事例

事業者の説明をうのみにして 契約したホームページ作成内職

事例1

「必ず痩せる」というエステのモニター募集広告を見て店舗に出向いたところ、約20万円のコースの契約を勧められた。「今日中なら安い。20歳だから自分で決めればいいではないか」と言われ契約したが、効果がなく中途解約を申し出た。違約金が高額で納得できない。(20歳 女性 学生)

20歳の誕生日を迎えた数日後、友人からもうかる話があると言われ、言われるがまま消費者金融で100万円借金をして仮想通貨の投資のような契約をしたが、解約したい。� (20歳 男性 学生)

SNSで知り合った女性に連れて行かれた事務所で自己啓発セミナーの契約を勧められた。借金して会費を払うよう言われ、女性同行のもと銀行でローンカードを作らされたが、さらに別の銀行でもカードを作らされそうになった。�(20歳 男性 学生)

相談事例から成人になりたての若者の消費者トラブルの特徴として、「スマートフォン(以下、スマホ)」「SNS」「借金」の3つのキーワードを挙げることができます。⑴ スマホ1つ目の「スマホ」は今や現代人の生活必需品

となっていますが、特に保有率の高い若者にとってはコミュニケーションツールとして、友

せかされて契約した痩身エステ事例2

20歳になった途端に契約させられた仮想通貨でのもうけ話

事例3

SNSで知り合った人からの セミナーの勧誘

事例4

トラブルの特徴

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特集 若者の消費者トラブル対策を考える

成人になると巻き込まれやすい消費者トラブル特集2

だち同士で連絡を取り合うためになくてはならないものとなっています。また、スマホはコミュニケーションツールとしての役割にとどまらず、いつでも手元でインターネットに接続し、知りたい情報を瞬時に取得することができます。しかし、入手した膨大で多種多様な情報の中から正しい情報を選択し、活用することは容易ではありません。場合によっては誤った情報に基づいて意思決定してしまうこともあり、スマホで収集した情報の使い方次第ではトラブルの入り口になってしまいます。特に若者のトラブル事例においては、「楽にもうける」などと自分が欲しているキーワードで検索し、自分に都合のよい情報のみを信じ、偏った情報で安易に契約してトラブルになっているケースが少なくありません。⑵ SNS「SNS」も、スマホの普及に伴い、若者のコミュニケーションツールとして欠かせないものになっており、事例からもSNSでのつながりが新たな消費者トラブルを生み出している状況がうかがえます。例えば、これまでのマルチ取引では、大学の友人やアルバイト先の同僚といった、日常的に顔を合わせる身近な者からの勧誘がきっかけとなっていましたが、近年ではSNSを通じて知り合った面識のない者からの勧誘がきっかけとなる事案が少なくありません。こうしたSNS上での出会いは基本的には非対面で行われますが、直接顔を合わせることがなく、SNSでやり取りをするだけの「友人」の言うことを信じ、この友人から紹介されたもうけ話に乗りトラブルになるケースがあります。また、非対面であるがゆえに、身近な家族や友人には相談できないような悩みを相談しやすいという側面もあるためか、その悩みに付け込まれて高額な契約をさせられるトラブルも発生しています。

⑶ 借金若者が消費者金融で借金をして高額な契約を

していることが相談事例からうかがえます。親からの仕送りやアルバイトの収入で生計を立てる学生、収入の少ない社会人になりたての若者にとって、数十万円、時には百万円を超えるような高額な支払いは簡単にできるものではありません。それにもかかわらず、こうした若者が高額な契約をしている背景には、悪質な事業者が消費者金融での借金を促し、代金の支払いに充てさせていることが一因としてあります。「お金がない」と断っても、「消費者金融でお金を借りればよいではないか」などと言われ、消費者金融の無人契約機の操作の方法や、オペレーターへの答え方などを事細かに指南され、断り切れずに借金をしてしまうのです。

若者の消費者トラブルは、若者の安易な気持ちや知識不足に付け込まれて契約してしまう点は従前と変わりませんが、情報通信技術の発達により、いつも手元にあるスマホで情報収集から勧誘、契約締結、決済に至る一連の行為が完結可能となった昨今、さらに巧妙な手口やより解決が難しいトラブルがみられるようになってきています。こうした現状を踏まえると、若者の消費者トラブルを未然に防ぐためには、子どもの頃からの消費者教育が非常に重要であり、その必要性も今日格段に高まってきています。多くの若者に消費者としての自覚を意識させ

る社会、甘い言葉や勧誘に対してきっぱりと「断る勇気」が育まれる社会が構築されることが重要です。

まとめ

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実践報告 若者の消費者トラブル防止活動

特集3

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特集 若者の消費者トラブル対策を考える

若者向けの消費者教育を行うタイミングを考える際、その最大のポイントは「自宅住まいから一人暮らしに変わるとき」「学生から社会人に変わるとき」にあります。

保護者の元を離れて一人で生活を始め、自ら生計を立てるとき、若者はさまざまな出来事に直面します。例えば、アパートや保険の契約、電気製品の正しい使い方、訪問販売やマルチ商法の勧誘。周囲の支えもありますが、若者は自立した社会人としてこうした出来事に一人で対応しなくてはなりません。経験が若者を成長させることは確かです。しかし、しなくてよい苦労、想定外の被害を避けるためには、消費者トラブルに関する知識が必要です。

教室という場所でテキストをもとに教員から学ぶという体制の整った学生と異なり、社会人は自発的な学習意欲がなければ学ぶ機会を得られません。それが学校教育と社会人教育の大きな違いです。新社会人は学校から社会への移行期であり、この機会をとらえて消費者問題に意識を向けてもらうことが、その後の長い人生の学習の動機づけになり得ます。その意味で、新社会人向け教育はとても重要です。

以下、島根県消費者センター(以下、当センター)の消費生活相談員が実施している新社会人向け消費者教育事例を紹介します。

「新社会人」という層の特質

島根県安来市のある企業では、高校を卒業したばかりの新入社員研修の一部として、2014年度から毎年当センターの出前講座を利用しています。

2017年の受講者は25人。講座で心がけたのは、タイムリーな事件やこれから社会人となって遭遇するであろう代表的なトラブル(マルチ商法、架空請求、保証人、多重債務など)の事例を紹介し、受講者自身の人生にかかわりのあることとして関心を引くことです。単なる座学ではなく、ロールプレー形式による参加型グループ学習として、問題点・気をつけるべきことなどを話し合い、グループごとに発表してもらいました(写真)。

雲南雇用対策協議会(以下、協議会)では、毎年2月に雲南市内の高校3年生で就職が内定した人を集めて、社会人として必要な知識やマナーなどを身に着けるための2日間の研修を行っています。県外に就職し地域を巣立つ人も含まれています。

きっかけは、協議会が高校教員と研修内容を検討協議するなかで、学校側から当センターの

企業の新入社員研修で事例1

地域の就職内定者研修で事例2

写真 参加型グループ学習のようす

❶ 新社会人向け消費者教育の実践1971年に開設した消費生活センター。マスコットキャラクター「だまされないゾウくん」を活用してTwitterやFacebookで広く情報発信している。

島根県消費者センター

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特集 若者の消費者トラブル対策を考える

実践報告 若者の消費者トラブル防止活動特集3

出前講座を活用する案が出たことでした。2012年度に初めて講座を行い、効果的な内容であると評価され、毎年依頼を受けています。

2017年は70人の受講者に対して当センターと金融広報委員会の役割分担による講座を実施しました。当センターからは、マルチ商法やアフィリエイトなどの若者に多いトラブルを紹介し、クーリング・オフ通知の出し方など具体的に方法をお知らせしたほか、日々の生活に必要な知識である「新しい洗濯表示」も取り上げました。金融広報委員会からは、税金や社会保険など社会人に欠かせない金銭関係の知識を取り上げ、全体としてバランスの取れた研修になりました。

以上の事例は、2つとも相手方からの依頼により出前講座が始まり、内容が好評だったため継続的に行うこととなったものです。地元企業の職員研修部門、地域の雇用対策部門に消費者

若者の巣立ちを支援する

教育の需要はあると考えます。出前講座の新規の実施先の参考としていただければと思います。

また、長年にわたり学校等の出前講座で成果を挙げてきたことが、結果として新社会人向け講座開始につながったことにも注目しています。口コミの力は大きく、日頃の活動で若者に対する消費者教育の意義や効果を広く理解してもらうことが、その後の展開に大きな役割を果たします。

新社会人向け講座は、悪質商法への防御力が未熟な若者に消費者トラブルの相談窓口を身近に感じてもらう機会として有効です。「消費者市民社会」など消費者教育の範囲は本来とても幅広ですが、最低限必要なのは「被害を予防する/被害を回復する」ための知識です。一期一会の講座でそのためのリテラシーを身に着けてもらえるよう、私たちも常に講座の手法の改善に努めています。

学生団体スマセレは、兵庫県のくらしのヤングクリエーターとして活動認定された兵庫県立大学の学生たちが2016年3月に立ち上げた団体です。

兵庫県と大学生協関西北陸事業連合(締結時は大学生協神戸事業連合)との間で、2010年に

「次世代の消費者教育・学習に関する協定書」を締結し、兵庫を担う若者の消費者問題への関心を高め、自分で理解・選択・行動できる消費者力の向上を図るとともに、次世代の消費者リーダーとなる人材の養成をめざし、大学生への消費者教育に協働で取り組んでいます。協定のもと、活動等を顕著に実践したと認められる人に

きっかけは行政の取り組み 対して、兵庫県知事から「くらしのヤングクリエーター活動認定証」が交付されています。

2017年7月に神戸市にてセミナー「Chal-lenge to Change ~築こういい関係、つなごういい社会~」を開催しました。当日は、食品企業ならびに関係団体の協力を得て、事業者から社会人として心がけて実践していること、消費者と事業者がつながっていることとそのメリット、消費者市民社会・消費者志向経営を実現するための取り組みなどについて講演がありました。その後「2020年までに実現する消費者市民社会」をテーマにグループでワークショップを行

アクティブラーニングとピアサポート

❷ 学生団体による同世代での消費者教育兵庫県立大学学生。2013年~兵庫県くらしのヤングクリエーター、2016年~兵庫県長期ビジョン審議会委員。元全国大学生活協同組合連合会理事など。

田中 喜陽 Tanaka Yoshiaki 学生団体スマセレ会長理事

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特集 若者の消費者トラブル対策を考える

実践報告 若者の消費者トラブル防止活動特集3

いました(写真1)。SNSに埋もれた消費者の声をキャッチするシステムを作るアイデアや、就職活動に学びの場を入れて、消費者と事業者のコミュニケーションの場にするアイデアなどが出されました。今回のようなイベントは学生による実行委員会で企画立案・運営まで行い、こうした活動を通して、学生はアクティブラーニングをし、学びを深めます。

さまざまなことを学んだ学生は、次は友達や後輩などが消費者被害にあわないように、学生同士のピアサポート(助け合い)の活動として、街頭での啓発活動や大学生向けのチラシなどの制作を行います(写真2)。街頭では子どもからお年寄りまでさまざまな人に声をかけ、啓発グッズなどを配布します。「188*知っていますか?」と声をかけると、ほとんどの人は知らないという反応をします。また、若い人の中には、悪質商法の話をすると、金銭的被害がなく相談をしたことはないが、似たような経験をしたことはあるという人もいます。このように、たくさんある情報をすべて伝えるのではなく、ポイントを絞ることで自分のこととして考えてもらえるように工夫しています。学生だけの知識では不足している部分は警察や消費生活センターなどの専門家に協力してもらい、学びを深めながら活動をしています。

スマホの普及によって情報へのアクセスは昔に比べると簡単になりました。同時にそれは有

スマホ・SNS世代の若者

害な情報にアクセスしやすくなったことでもあります。あふれんばかりの情報の中から良い情報を選ぶ“選択眼”が必要とされています。また、SNS等の普及により、知らない人とつながるのが簡単な時代になり、好奇心やアルバイト感覚からトラブルに巻き込まれるケースも少なくありません。

最近では、学業が忙しく、あまりアルバイトができない学生の間で「何もしなくても毎月数万円が入ってくる」という怪しげなビジネスが流行しているようです。そういったビジネスの多くはSNS等で無料のセミナーに勧誘されることから始まります。また、勧誘に使われるSNSアカウントには「新入生歓迎パーティ」などといった名前のものも存在します。もちろん中にはちゃんとしたものもあり、必ずしもトラブルに巻き込まれるわけではありませんが、その可能性は高いと思います。

今では、昔に比べれば社会経験が少ないまま学生として成人を迎える人も増えています。多様なトラブルが存在する現代において、成年年齢の引下げによって、被害にあう若者が増える可能性はあると思います。20歳1日目と19歳365日目の経験値の差はそれほどないと思います。したがって、成年年齢引下げのメリットは何なのか、またデメリットにどのように対処するのかという議論と同時に、どのように若者の消費者被害をなくし、また消費者市民を育成するための消費者教育を行うのかという議論も必要だと思います。

若者のほとんどは、今後社会で活躍し、また、家庭を持ち、子どもを持つ人もいるでしょう。消費者志向で事業を行う社会人や消費者教育のできる大人を増やし、消費者市民社会を実現するためには若者の消費者力アップが必要だと思います。

成年年齢引下げについて

* 消費者ホットライン:局番なしの「188(いやや !)」。お住まいの地域の市区町村や都道府県の消費生活センター等を案内する全国共通の3桁の電話番号。

写真2 配布しているチラシ

写真1ワークショップのようす

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改正特定商取引法の政省令について

村 千鶴子 Mura Chizuko 東京経済大学現代法学部教授、弁護士専門は契約法、消費者法。国民生活センター消費者判例情報評価委員会委員、東京都消費者被害救済委員会会長。著書に『誌上法学講座−特定商取引法を学ぶ−改訂版』(国民生活センター、2016年)ほか多数。

旧法では、訪問販売・通信販売・電話勧誘販売の定義の1つの要件として「商品もしくは指定権利の販売」または「有償の役務の提供」であることと定めています。1976年に訪問販売法として制定された際には指定商品の売買に限定していました。その後、1988年の改正で指定役務・指定権利が追加されました。この指定制度は消費者被害の後追いであると批判されていましたが、2008年改正法で、原則として商品と役務についてはすべての取引を規制対象とするとして指定制度を廃止しました。しかし、権利は「指定権利」のまま改正されませんでした。

ところが、2008年改正後に、高齢者をねらった訪問販売や電話勧誘販売で、鉱物の採掘権、お墓や有料老人ホーム、外国の不動産の利用権、事業投資、未公開株式、社債などの金銭債権、外国通貨、仮想通貨などさまざまな「権利」と称する取引被害が多発するようになりました。旧法の指定権利制度では消費者保護に著しく欠ける事態が多発しました。そこで、これらの取引にも特商法の規制が及ぶように改正する必要性が出てきました。

改正法では「指定権利」を「特定権利」に拡大しました。特定権利とは、「一 施設を利用し又は

役務の提供を受ける権利のうち国民の日常生活

訪問販売・通信販売・電話勧誘販売の定義の拡大

2016年6月3日に公布された改正特定商取引法*(以下、改正法)について政省令が公布されました。施行日は2017年12月1日です。そこで本稿では、改正法について政省令を中心に、消費生活相談における助言・あっせんの実務に即して紹介することにします。

なお改正法では、行政監督に関しても執行体制を強化していますが、本稿では、消費生活相談業務の消費者に対する助言やあっせんに直接かかわらない点については原稿の分量の制約から取り上げていませんので、ご了承ください。

特定商取引法(以下、特商法)には遡そ

及きゅう

効はありません。したがって、施行日である2017年12月1日以降に締結された契約に改正法が適用されます。改正法施行日以前に締結された契約には改正以前の特商法(以下、旧法)が適用されます。

なお、消費生活相談におけるあっせんは、消費者と事業者との間の話し合いによる解決の調整であって、裁判ではありません。施行日前の案件であっても改正法に準じた解決を求め、話し合いを試みることは差し支えありません。ただし、あくまでも話し合いによる解決のために歩み寄りを求めることである点に注意が必要です。

はじめに

施行日について

* ウェブ版「国民生活」2016年9月号「消費者問題アラカルト」参照(http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201609_06.pdf)

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定めています(政令1条)。

一 電話、郵便、民間事業者による信書の送達に関する法律第二条第六項に規定する一般信書便事業者若しくは同条第九項に規定する特定信書便事業者による同条第二項に規定する信書便(以下「信書便」という。)、電報、ファクシミリ装置を用いて送信する方法若しくは法第十二条の三第一項に規定する電磁的方法

(以下「電磁的方法」という。)により、若しくはビラ若しくはパンフレットを配布し若しくは拡声器で住居の外から呼び掛けることにより、又は住居を訪問して、当該売買契約又は役務提供契約の締結について勧誘をするためのものであることを告げずに営業所その他特定の場所への来訪を要請すること。 二 電話、郵便、信書便、電報、ファクシミリ装置を用いて送信する方法若しくは電磁的方法により、又は住居を訪問して、他の者に比して著しく有利な条件で当該売買契約又は役務提供契約を締結することができる旨を告げ、営業所その他特定の場所への来訪を要請すること(当該要請の日前に当該販売又は役務の提供の事業に関して取引のあつた者に対して要請する場合を除く。)

呼出手段を具体的に定めている点に特徴があります。1号の「目的隠匿型」特定顧客取引では、

「電話、郵便、信書便、電報、ファクシミリ、電磁的方法、ビラ若しくはパンフレットの配布、拡声器で住居の外から呼び掛ける、個別住居訪問」と定めています。この目的隠匿型の特定顧客取引の典型的なものが、若者をねらったいわゆるアポイントメントセールスです。スマホが普及した近年では、若者の日常的な通信手段はもっぱらスマホによるSNSとなっています。そこで、若者をねらう呼び出し手段ももっぱらSNSになっています。若者のライフスタイルを考えれば、当然にそうなるわけです。

では、SNSは上記の「電磁的方法」に含まれ

に係る取引において販売されるものであつて政

令で定めるもの 二 社債その他の金銭債権 三

株式会社の株式、合同会社、合名会社若しくは

合資会社の社員の持分若しくはその他の社団法

人の社員権又は外国法人の社員権でこれらの権

利の性質を有するもの」です(改正法2条4項)。1号の定義は旧法の指定権利の定義と同じ規

定です。この規定に関する政令は、旧法のまま維持されました。政令で指定されている権利は、

「一 保養のための施設又はスポーツ施設を利用

する権利 二 映画、演劇、音楽、スポーツ、

写真又は絵画、彫刻その他の美術工芸品を鑑賞

し、又は観覧する権利 三 語学の教授を受ける

権利」の3種類です(別表第一)。つまり、改正法の特定権利は、旧法の指定権

利に社債等の債権と未公開株式や合同会社・一般社団法人などの社員権が追加されただけのようにみえます。ただし、改正の際に消費者庁では、「従来の役務の解釈は狭過ぎたので、今後はもっと広く解釈する。例えば、仮想通貨の取引や『権利の売買』と称していても取引の実態が資産運用取引であれば役務として解釈する」とした趣旨の説明をしています。このような具体的な法律の解釈運用については解釈通達で明記されることになると思われます。商品・役務・特定権利に当たるかどうかの当てはめについては、契約書などの記載から分かる形式や外形だけではなく、取引の実態はどのようなものかを把握し、解釈通達の内容も踏まえたうえで判断することが必要だということになると思われます。

訪問販売の定義として、事業者の営業所等以外の場所での取引だけではなく、営業所等における取引であっても、消費者が営業所等に出向いた事情によっては「特定顧客取引」として訪問販売の規制対象となっています。そして、特定顧客に該当するための誘引方法として「呼び出す」手法のものについては、政令で次のように

特定顧客取引の問題

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医療脱毛などの美容医療で、継続的サービス契約を締結させ、中途解約を認めなかったり、高額な違約金を定めるものが多く、深刻な消費者被害となっていました。エステティック業者であれば特定継続的役務提供として規制され、不当な行為の禁止、契約書面などの交付義務、クーリング・オフ制度、中途解約制度、清算方法の規制があるのに、クリニックとの契約の場合には特商法の規制が及ばない、という事態が問題となっていました。そこで、特定継続的役務提供に7番目の役務として美容医療を政令で追加しました(表)。

改正政令では、提供期間が1月を超え、契約金額が5万円を超える「人の皮膚を清潔にし若しくは美化し、体型を整え、体重を減じ、又は歯牙を漂白するための医学的処置・手術及びその他の治療を行うこと(美容を目的とするものであつて、主務省令で定める方法によるものに限る。)」と定義して、いわゆる「美容医療」を追加指定しました(政令11条、12条、15条、16条別表第四)。

美容医療の定義ではさらに「美容を目的とするもので、主務省令で定める方法によるものに限る」との限定を設けている点に特徴があります。主務省令では改正省令31条の4で、次のとおり定めています。

一 脱毛光の照射又は針を通じて電気を流すことによる方法二 にきび、しみ、そばかす、ほくろ、入れ墨その他の皮膚に付着しているものの除去又は皮膚の活性化光若しくは音波の照射、薬剤の使用又は機器を用いた刺激による方法三 皮膚のしわ又はたるみの症状の軽減薬剤の使用又は糸の挿入による方法

美容医療−特定継続的役務提供の追加るでしょうか。政令の「電磁的方法」とは、改正法12条の3第1項 に規定する電磁的方法を指します。12条の3は電子メール広告の規制に関する規定ですが、「……電磁的方法(電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であつて主務省令で定めるものをいう。)……」と定めています。主務省令では「電磁的方法」について、旧省令11条の2においては「……電子情報処理組織を使用して電磁的記録を相手方の使用に係る電子計算機に送信して提供する方法……及び電話番号を送受信のために用いて電磁的記録を相手方の使用に係る携帯して使用する通信端末機器に送信して提供する方法……とする。」と定めています。この規定は、電子メールとショートメールを指しています。

SNSは、「電子データを相手の使用する端末に送信する」ものではないので「電磁的方法」には該当しないということになります。若者の日常生活で当たり前に利用されている方法で「目的を隠して呼び出し」ても特定顧客取引には該当せず、訪問販売の規制が及ばないことは重大な欠陥です。

このような事態が起こったのは、スマホとSNSの技術開発と商品化が、前記の政省令が定められた後であったためでした。そこで、内閣府消費者委員会特定商取引法専門調査会から、現状に即してSNSで呼び出した場合にも特定顧客取引であるとする改正をすべきであると指摘されました。

これを受けて、上記の主務省令を次の内容に改正しました(改正省令11条の2)。ショートメールと電子メールに加えて「……その受信す

る者を特定して情報を伝達するために用いられ

る電気通信(電気通信事業法第2条第1号に規

定する電気通信をいう)を送信する方法(他人に

委託して行う場合を含む)」との規定を追加しました。この追加による具体的・典型的なものがSNSです。

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円、サービス提供後の解約の場合には利用済みのサービスの対価と解約料として5万円または未使用サービス料金(契約合計金額−利用済みのサービスの対価)の2割のいずれか低い額の合計額が事業者の請求できる上限です。

通信販売の広告には、表示すべき事項が法律と省令で定められ、行政処分の対象とされています。今回、省令の改正により「商品の売買契約を2回以上継続して締結する必要があるときは、その旨及び金額、契約期間その他の販売条件」が広告表示事項に追加されました(改正省令8条7号)。これは定期購入に関するトラブルが多発したことによるものです。

通信販売の広告表示事項の追加

四 脂肪の減少  光若しくは音波の照射、薬剤の使用又は機器を用いた刺激による方法五 歯牙の漂白歯牙の漂白剤の塗布による方法

関連商品としては、いわゆる健康食品・化粧品・マウスピース(歯牙の漂白のために用いるもののみ)及び歯牙の漂白剤、医薬品及び医薬部外品であって美容を目的とするものを指定しています(政令14条、別表第五)。

消費者は、契約期間内であればいつでも将来に向かって契約を解除することができます(中途解約の自由)。その際の清算方法は、サービス提供前の解約の場合には解約料の上限は2万

表 改正特定商取引法の規制対象となる「特定継続的役務提供」

政令12条 政令11条1項 政令11条2項法 49条

中途解約

特定継続的役務 特定継続的役務提供の期間 契約金額 利用開始前 利用開始後

(いずれか低い額)

一 人の皮膚を清潔にし若しくは美化し、体型を整え、又は体重を減ずるための施術を行うこと(二の項に掲げるものを除く。) 1月

5万円を超えること

2万円2万円または 未使用サービス料金の1割

二 人の皮膚を清潔にし、若しくは美化し、体型を整え、体重を減じ、又は歯牙を漂白するための医学的処置・手術およびその他の治療を行うこと(美容を目的とするもので、主務省令で定める方法によるものに限る。)

1月 2万円5万円または未使用サービス料金の2割

三 語学の教授(学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第一条に規定する学校、同法第百二十四条に規定する専修学校若しくは同法第百三十四条第一項に規定する各種学校の入学者を選抜するための学力試験に備えるため又は同法第一条に規定する学校(大学を除く。)における教育の補習のための学力の教授に該当するものを除く。) 

2月 1万5千円5万円または未使用サービス料金の2割

四 学校教育法第一条に規定する学校(幼稚園及び小学校を除く。)、同法第百二十四条に規定する専修学校若しくは同法第百三十四条第一項に規定する各種学校の入学者を選抜するための学力試験(五の項において「入学試験」という。)に備えるため又は学校教育(同法第一条に規定する学校

(幼稚園及び大学を除く。)における教育をいう。同項において同じ。)の補習のための学力の教授(同項に規定する場所以外の場所において提供されるものに限る。)

2月 2万円 5万円または月謝相当額

五 入学試験に備えるため又は学校教育の補習のための学校教育法第一条に規定する学校(幼稚園及び大学を除く。)の児童、生徒又は学生を対象とした学力の教授(役務提供事業者の事業所その他の役務提供事業者が当該役務提供のために用意する場所において提供されるものに限る。)

2月 1万1千円 2万円または月謝相当額

六 電子計算機又はワードプロセッサーの操作に関する知識又は技術の教授 2月 1万5千円

5万円または未使用サービス料金の2割

七 結婚を希望する者への異性の紹介 2月 3万円2万円または未使用サービス料金の2割

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上り

下り

ルーター

1秒間

1億ビット

PC

ハブ

高橋 誠Takahashi Makoto

株式会社アンクにて、システム開発の傍ら、『Cの絵本(第2版)』(翔泳社、2016年)を始めとするIT専門書の企画、監修、執筆を行っている。

システムエンジニア

絵をみて分かるインターネット技術の基礎

インターネットの通信速度第 回5

インターネットのしくみについて、基礎から分かりやすく解説します。

インターネットの通信速度はbps(ビーピーエス)という単位で表します。bit per secondの略です。これは、1秒間に流れるビットの数を示したもので、多くの場合、M(メガ:100万倍)やG(ギガ:10億倍)といった補助単位をつけて、Mbps、Gbpsと表現します。例えば100Mbpsは1秒間に1億ビットの通信ができるという意味です。

インターネット回線の広告では、よくその通信速度をアピールしています。今回はインターネットの通信速度について紹介しましょう。

通信速度の単位「bps」

インターネットの通信速度は主にインターネット回線の種類によって変わります。ただし、LAN環境に遅い部分があると結果的にその速度に落ちてしまいます。LAN環境は1Gbpsに対応するものが主流になってきています。

インターネットを利用するとき、それぞれの箇所ではどのくらいの速度が出ているのでしょうか。回線と機器の通信速度

LANケーブルノイズ耐性により、「カテゴリー」という規格に分かれています。1Gbpsに対応したLANケーブルは「カテゴリー6」または「カテゴリー 5e」になります。

無線LAN機器が対応する通信規格によって通信速度が異なります。

通信規格 速度(理論値)IEEE802.11ac 6.93GbpsIEEE802.11n 600MbpsIEEE802.11g 54MbpsIEEE802.11aIEEE802.11b 11Mbps

インターネット回線通信速度の例

回線の種類 速度(ベストエフォート)下り 上り

光回線 1Gbps 1GbpsCATV 320Mbps 10Mbps無線通信 440Mbps 30MbpsADSL 47Mbps 5Mbps

有線LAN機器が対応する伝送方式によって通信速度が異なります。

伝送方式 速度(理論値)1000Base-T 1Gbps1000Base-TX100Base-T 100Mbps

ビットとは?ビットはコンピューターが扱う情報の一番小さな単位で、ONとOFFの2通りの状態を表すことができます。たくさんのビットを使えば多くの情報を表せます。1ビット

8ビット

… 2通りの値を  表せる

… 組み合わせで  256通りの値を  表せる

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通信事業者

1Gbpsの回線

ベストエフォートは「最大限の努力」という意味です。

結局、どの程度の通信速度があれば十分なのでしょうか。

ベストエフォートとは?

実際に必要な通信速度は?

企業向けにギャランティ(保証)付きの回線もありますが、値段が高くなってしまいます。

家庭用のインターネット回線は、複数の契約者で回線を分け合っており、他の契約者が大量の通信をすると、別の契約者の通信速度が遅くなってしまいます。無線通信では、これに加えて距離や他の電波、気象条件などで通信速度が遅くなることがあります。このように速度を保証しない回線のことをベストエフォート型の回線といいます。

ベストエフォート型の回線の通信速度の実測値は、公表値の3割程度出ればよいほうでしょう。

前ページで紹介した回線は、帯域が広くて通信速度が速いという意味で、ブロードバンド回線と呼ばれます。これらの回線であれば、Webページや画像を閲覧するのに十分な速度があります。

通信速度が問題となるのは動画の閲覧でしょう。下の表は、大まかなデータのサイズと、回線がサポートするおおよその範囲を示しています。

データの種類 データサイズ ADSL 無線通信 CATV 光回線

インターネット回線を使った音声通話 1秒当たり12KB(96Kビット)以下動画(Webページ埋込) 1秒当たり100KB(800Kビット)程度動画(SD画質=低解像度なハイビジョン映像) 1秒当たり360KB(2.8Mビット)程度動画(HD画質=高解像度なハイビジョン映像) 1秒当たり600KB(4.8Mビット)程度動画(4K画質) 1秒当たり3MB(24Mビット)程度

*1 上り=インターネット側へデータを送ること  *2 下り=インターネット側からデータを受け取ること

上りと下りで速度が違うのはなぜ?インターネットの用途としてはWebサイトの閲覧がほとんどです。Webサイトの閲覧では、Webページの「要求」よりもWebページや画像のデータなどを返す「応答」のほうが、はるかに通信量が多くなります。そのため、限られた帯域(データを一度にやり取りできる容量)を下りのほうに多めに割り振って、実利用での速度を向上させているのです。

バイトとは?8ビットのことを1バイトといい、コンピューターがデータを扱うときの基本単位になっています。1バイトの1,024倍を1KB(キロバイト)、そのさらに1,024倍を1MB(メガバイト)、そのさらに1,024倍を1GB(ギガバイト)といいます。

要求(上り)*1URLなど

応答(下り)*2Webページ、画像、映像など

PC Webサーバ

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2017.11 18

第 回

村川 隆生 Murakawa Takao TM不動産トラブル研究所 代表住宅業界・不動産業界で約30年勤務後、一般財団法人不動産適正取引推進機構勤務。2016年11月に退職し、現在、同機構 客員研究員。

入居中のトラブルと相談対応⑵

−賃料滞納と相談対応−

5

の期間内に支払いをしないときには、解除の意思表示をすることにより賃貸借契約を解除できることになります。・信頼関係破壊の法理

しかし、賃貸借契約は、長期間契約が継続することが予定されている継続的契約であることから、貸主と借主間の信頼関係が重要な要素とされています。裁判所は、賃料滞納等により貸主・借主間の信頼関係が破壊されているといえるかどうかにより契約解除の判断をします。

信頼関係が破壊されていると認めるに足らない特段の事情があるときには契約解除を認めていません。信頼関係が破壊されているか否かは、賃料滞納期間のみならず、賃料滞納に至る事情、従前の賃料支払い状況、借主の対応など諸事情を総合的に考慮して判断されます。したがって、1カ月、2カ月の賃料滞納だけをもって契約解除が認められることはありません。しかし、賃料支払いは契約における借主の最大の義務であり、また、貸主の賃貸経営を揺るがすことにもなり、個人貸主の場合は特に生活の基盤になっていることから、長期間の賃料滞納は信頼関係を破壊することになります。基準はありませんが、一般には、3カ月以上の賃料滞納は信頼関係を破壊すると考えられています。過去にも度々賃料滞納があるなどの事情があるとさらに解除が認められやすくなります。

「貸主は、借主が賃料を1カ月でも滞納した

解除特約による解除

賃貸借契約を締結した借主の最大の義務は、賃料を支払うことです。したがって、借主の賃料滞納は最大の契約違反になりますので、当然に契約解除事由になります。

賃貸経営は賃料を得ることで成り立っていますので、貸主は、賃貸借契約を締結するに当たり、賃料不払いが生じた場合に備えて次のような担保措置を講じるのが通常です。

① 契約解除特約(貸主の解除権)② 連帯保証人③ 家賃保証会社との債務保証委託契約

借主が賃料を滞納する事情はさまざまです。遊興費等に費消して払えない借主は別として、失業、事故、病気等で収入の途

みちを閉ざされ、賃

料支払いの意思はあっても支払いができない状態に陥っていることも少なくありません。賃料滞納トラブルと相談対応について考えます。

・民法の規定を適用【民法541条】

当事者の一方がその債務を履行しない場合に

おいて、相手方が相当の期間を定めてその履

行の催告をし、その期間内に履行がないとき

は、相手方は、契約の解除をすることができる。

賃貸借においてもこの規定が適用されます。したがって、貸主は、借主に賃料滞納がある場合、相当の期間を定めて催告を行い、借主がそ

賃料滞納と契約解除

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2017.11 19

ときは、催告を要せず直ちに契約を解除できる」旨の解除特約を定めた賃貸借契約書は多くあります。しかし、特約があるとしても信頼関係破壊の法理で判断されるのは同じですから、1カ月の滞納だけをもって契約の解除が認められることはありません。相談対応においてはその旨を説明して、速やかに滞納賃料を支払って、滞納状態を解消することを助言します。

特約の効力について次のような最高裁判例があります(昭和43年11月21日判決)。

一般に、賃借人が賃料を1カ月分でも滞納し

たときは催告を要せず契約を解除できる旨を

定めた特約条項は、賃貸借契約が当事者間の

信頼関係を基礎とする継続的債権関係である

ことにかんがみれば、賃料が約定の期日に支

払われず、これがため契約を解除するに当た

り催告をしなくてもあながち不合理とは認め

られないような事情が存する場合には、無催

告で解除権を行使することが許される旨を定

めた約定であると解するのが相当である。

上告代理人は、1回でも賃料の支払いを遅滞したことをもって解除原因とするが如

ごとき特約は

「極めて過酷な特約」と主張しています。しかし、本事案における借主は、賃料を4カ月滞納していたこともあり、無催告解除が認められています。

・家賃保証会社の増加連帯保証人の引き受け手が少なくなり、入居

できずに困っている人が増えるなかで「保証人代行サービス」が生まれ、その後、保証範囲を広げながら現在の家賃債務保証事業が確立されてきました。この保証会社による家賃保証は、連帯保証人の人的保証に対して「システム保証」とも呼ばれています。貸主・借主双方にとってメリットのある保証システムですが、2006年以降、新規参入事業者が急激に増加するとともに、2008年には、代位弁済をした保証会社の強引

家賃保証会社の強引な弁済請求

な取立行為や不当な契約解除要求等のトラブルが急増して社会問題になりました。その後、国の業界に対する業務の適正化等への指導もあり、トラブルは減少したものの、現在でも強引な取立行為等に対する相談は少なくありません。・強引な取立行為

一般に、保証会社の弁済請求は、通常の貸主、管理会社の賃料支払督促に比べて厳しいといえます。保証会社の担当者の中には、夜討ち朝駆けで押しかけたり、大声で請求するなど悪質で強引な取り立てを行う者もいます。しかし、保証会社を取り締まる法律がないことから、これらの者の行為を規制する効果的な手段がないのが実情です。保証会社の従業員から脅迫等によって精神的苦痛を受けているとして慰謝料を求めた裁判事例がありますが、「保証会社従業員の行為が相当性を逸脱した違法行為であると速断することはできない」として不法行為を否定しています(東京地裁 平成23年1月25日判決)。

一般に、大手保証会社は期日までに支払いがない場合には法的手続きに移行するのが早く、規模の小さい保証会社は厳しい手段での回収を行うことが多いといえます。

不当と思われる取立行為であるとしても、止める手段が見当たらず、結局、弁済額を支払わない限り解決しないことになります。

強引な取立行為に対する相談では、話を聞いてあげることしかできないのが実情です。法的対応の可否については判断できませんので、弁護士相談を案内します。

なお、賃料滞納の理由が、失業、病気、交通事故等により収入が得られなくなったことであるとしても、裁判では、それらの事情は賃料滞納の減免事由にはならないと考えておくことが必要です。

次回(第6回)12月号は、入居中のトラブル⑶「貸主・借主の変更等」について勉強します。

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2017.11 20

今井 芳昭 Imai Yoshiaki 慶應義塾大学文学部教授専門は社会心理学。その中でも個人間の影響の及ぼし合い(対人的影響)や社会的影響力に関心を持っている。主著に『依頼と説得の心理学』(サイエンス社、2006年)『影響力』(光文社新書、2010年)など。

人間関係に注意社会心理学

消費生活相談に役立つ

第 回4

今回焦点を当てるのは、人間関係を用いた影響テクニックです。事例に登場する学生は、友人からの誘いに乗って、被害にあっています。ここで考えたいことは、「なぜ友人からの誘いに乗ったのか」ということです。多くの人は、友人からの誘いや働きかけにはできるだけ応じようと思うのではないでしょうか。その背景にはどのような考えや理由があるのでしょうか。この事例では、頼んできた送り手が友人ですが、そのほかにも家族や親戚、近所の知り合い、あるいは、初対面だったけれども、何回か会ううちに親しくなった人物という場合もあるでしょう。

こうした人間関係に基づく働きかけに応じる際の背景にあるのも、第2回*2で見た「報酬」であるといえます。この場合には、どのような報酬がかかわっていると考えられるのでしょうか。少なくとも2点を挙げることができます。1点目は、人間関係の維持です。現在の良好な人間関係を壊したくないと考えるから、友人や知り合いからの働きかけに応じようという気になりやすくなります。友人や知り合いからの働きかけに応じないために、それがきっかけで友人や知り合いから嫌われてしまったり、人間関係が悪くなったりしてしまうことを受け手が懸念するということです。私たちは、ノーベル賞受賞者のダニエル・カーネマンが指摘したよう

人間関係の背景にある報酬

友人の説得を断りきれず… :マルチ取引

友人から突然、電話があり「すごい人に会ってほしい」と言われ、カフェで会うことになった。友人から、日経225先物についての投資用教材ソフトがあることやその教材のすばらしさについて説明を受けた。その後、高級ブランド品を身に着けたA氏がやってきて、「うまくいっている」と言われた。翌日、教材を契約することになっていたが不安になり、友人に契約するのをやめたいと話したところ、「何が不安なの?一緒にやろう」と説得され、契約した。代金58万円は消費者金融で借りるよう言われ、友人が「フリーターで月収16万円と話すように」と消費者金融での借り方を教えてくれた。また、証券会社で取引口座を開設するために「未上場会社の役員」と記載するよう言われた。人を勧誘して契約に至ればマージンを得られることは契約時に説明されていた。うそをついてお金を借りたり、証券口座を開いたりしたことに罪悪感があるうえ、資金がないので日経225先物の取引はできない。人を誘うことにも罪悪感がありできない。返済が困難で親に肩代わりしてもらった。解約したい。� (20歳代 男性 学生)*1

事例

*1 �国民生活センター「成人になると巻き込まれやすくなる消費者トラブル-きっぱり断ることも勇気!-」(2016年10月27日公表)� �http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20161027_1.pdf�より

*2 �ウェブ版「国民生活」2017年9月号「消費生活相談に役立つ社会心理学」第2回「報酬をもらったら注意」� �http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201709_08.pdf

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2017.11 21

消費生活相談に役立つ社会心理学

ていないので、受け手に影響を与えるためには、特別な影響テクニックを用いる必要があります。それにはどのようなものがあるのでしょうか。ここでは、人当たりの良さと返報性という2つに分けて考えてみることにします(図)。通常、見知らぬ人から何らかの働きかけを受

けても、それに応じることはまずありません。応じなくてもこちらに失うものはないからです。街中で寄付を求められても、署名を求められても、その活動に関心がない限り、応じることはありません。そうなると、初対面の送り手が受け手に何かを頼んだり説得したりすることは、ほとんどできないことになってしまいます。そこで、送り手は受け手の心理的な障壁を低くするための工夫を色々行っています。その1つが人当たりの良さであり、それを達成するためにいくつかの方法が考えられます。1つ目はルックス(外見)です。まずは、一目

見て好感や信頼感を持たれるようなルックスを心がけます。小ぎれいに身だしなみを整え、笑顔で、明るい元気なトーンで受け手に話します。初対面において第一印象の影響は大きく、最

初に形成された印象と矛盾するような情報がその後与えられても、最初の印象は変更されにくいことが明らかにされています。そのため、巧妙な送り手は、ルックス、人当たりの良い話し方やしぐさなどには十分に配慮しています。

に*3、まだ手に入れていないものを手に入れること(報酬獲得)よりも、既に手に入れているものを失うこと(損失回避)のほうを重視するようです。現在の人間関係が壊れてしまうことを、新しい人間関係を作ることよりも大事に思うのです。2点目は、友人や知り合いを喜ばせたいと考えるからです。私たちにとって、友人や知り合いが喜んでくれることは、自分にとっても喜びであり、報酬となります。このことは、社会心理学者フリッツ・ハイダーの認知的バランス理論からも言えることです。友人や知り合いが喜ぶことは、彼らの働きかけに受け手が応じることです*4。しかし、実際には、いくら友人からの紹介とはいえ、購入代金を用意することが難しければ、応じることもできないわけですが、そこは、友人の背景にいる業者が既に先回りしていて、どのようにすればローンを借りやすくなるかまで指南しています。業者は、友人を利用することからローンの借り方まで、受け手が契約するよう仕向けるために考えられることはすべて組み込むかたちで、受け手に働きかけているといえるでしょう。なお、冒頭の事例のように、友人関係を使って悪質商法のような働きかけを行った場合、それをきっかけに友人関係が壊れてしまう場合があります。受け手のほうは、友人との関係を維持するために応諾したのに、皮肉なことに、それをきっかけに友人関係が壊れてしまうことがあるということです。

先の事例では友人が送り手になっていました。すなわち、既に人間関係(相互の信頼、助け合い、情報の共有など)が確立されている場合でしたが、初対面の場合は、そうした人間関係ができ

影響を与えやすくするための影響テクニックとは?

*3 �ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー(上、下)』(早川書房、2012年)*4 �フリッツ・ハイダー『対人関係の心理学』(誠信書房、1978年)

図 人間関係にかかわる影響テクニック

友人・知人・家族に対する受け手の反応

返報性(お返し)の原理 (以前に受けた恩義を返すように行動するパターン) 受け手が返報的に行動するよう(送り手の依頼、説得に応じるよう)仕向ける 受け手に借りを作らせる(ものをおごる、情報を提供するなど) 以前の借りを思い出させる

人間関係の維持 現在の人間関係を壊したくない友人、知人、家族を喜ばせたい 友人、知人を 喜ばせるため に応諾する

初対面の送り手が用いる影響テクニック (人当たりの良さ)

ルックス(第一印象)への配慮 信頼できそうな身なり 自信ある明るい話し方 笑顔受け手との 類似点の強調 受け手を褒める

類似点:メガネをかけている

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2017.11 22

消費生活相談に役立つ社会心理学

感を作り上げ、その罪悪感を解消するために、送り手からの働きかけに応じるように仕向ける方法を採ることもあります。

こうした人間関係を利用した影響テクニックから身を守るために言えることは、初対面なのに親しくしてくる人、親しくなった人には注意するということです。通常、初めから無償で親身になってくれる、よく話を聞いてくれる、色々と相談に乗ってくれるということは、そうそうあるものではないと心得ることです。本当に親切な人も中にはいますが、そうでない人もいます。両者を見分けるのは難しいことですが、相手を信じるとともに、冷静に客観的に状況を見ている目を持つことも大事です。受け手のためを思っている、受け手の味方で

あるというような姿勢を見せている人には、特に注意が必要でしょう。この点に関して、テレビドラマで似たような台詞が述べられていました。あるテレビドラマでは、主役の刑事が「敵は味方のフリをする」と繰り返し述べていました。別のテレビドラマでは、主人公は次のように言っていました。「人の弱みに付け入る詐欺師は、善人の仮面をかぶっていやはるんどす」。覚えておいてよい台詞です。一般的に、人を信頼するということは、社会の円滑化をもたらすものですが、他者に全幅の信頼を置いたがゆえに、不利益を被ってしまうことがあります。特に、初対面で親しく近づいてきた人に対しては、当初は信頼したとしても、その送り手の立場から状況をとらえ直してみて、自分が不利な状況に陥っていないかどうか、信頼できる友人や家族に相談してみること、自分で関連情報をネットや書籍で調べてみることが重要です。また、人間関係が確立されていたとしても、時とともにその関係性が変わる可能性もあることを覚えておく必要があるでしょう。

人間関係に関する防衛法

2つ目は、受け手との類似点の強調です。あるいは受け手との接点を見つけると言ってもよいでしょう。私たちは、相手と自分が同じカテゴリーに所属していることが分かると、親近感を覚えるものです(ホッグとアブラムスの社会的アイデンティティ理論*5)。例えば、初対面の人であっても、同郷であるとか、同じ学校の出身であるとかが分かると、たとえ、その場所が多少離れていても、学年が違っていても、相手が心理的に近い存在に見えてきます。そのことが、その後の依頼や説得に好影響をもたらし得るのです。類似点を作るもう1つの方法は、共感です。共感とは、相手と同じ考え、気持ちになるということです。私たちにとって自分の考え、気持ちを人に理解してもらえることは、その正しさが保証されることにもなり、大きな報酬になります。そのため、狡

こう猾かつな送り手は、初対面の受

け手に対して、とても理解のある、物分かりのよい、共感する人物を演技するのです。あるいは、何かにつけ相手を褒める場合もあります。次に挙げるのは、返報性(お返し)の原理です。これは、以前、自分を助けてくれた人が、困っている場合には、今度は自分が助けてあげる(恩を受けたら返す)というように、相互の支援を促す社会的なルールです。返報性の原理については、私たちが子どもから成人へと発達する過程において、家族や周囲の人たちから、この原理に基づいて行動することを教えられます。そのため、以前、自分がお世話になった人、自分を助けてくれた人から、何か頼みごとをされると、この返報性の原理が働き、応じてあげなければならない気になってしまいます。人からコーヒー1杯をおごってもらっただけでも、そのお返しをしなければならないという気になります。送り手はそうした受け手の気持ちを利用しようとします。なお、悪質な送り手の場合は、受け手が送り手に何らかの損失を与えたと思い込ませて罪悪*5 �M.�A.�ホッグ�&�D.�アブラムス『社会的アイデンティティ理論』(北大路書房、1995年)

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文/安藤 佳子 Ando Yoshiko

2017.11 23

最新の統計によると、オーストラリアの成人の63.4%、子どもの27%が過体重か肥満であり、他の多くの国々同様、過体重・肥満が原因の2型糖尿病、心臓病、ガンなども増加し、タバコの害を上回るとも言われる。また、同じく統計の試算によれば、医療費、長期欠勤による損失や公的扶助など、肥満によるコストは86億豪㌦(約7578億円)にも上る。

肥満は今や個人の健康問題ではなく、連邦政府が強いリーダーシップで「局面の打開(Tipping the Scales)」を図るべきとする提言(アクションプラン)が、2年間の検討を経てこのほどOPC(肥満政策連合)とGLOBE(WHO協同ディーキン大学グローバル肥満防止センター)の主導で発表された。心臓財団、ガン評議会等の国内外34団体も「オーストラリア慢性疾患予防連合」として協議に参加した。

今回提言されたアクションプランをいくつか紹介すると、●特に現代の子どもの食生活を取り巻く環境を大きく改善するために無料衛星放送におけるジャンクフードや加糖飲料のコマーシャルを午後5時30分~9時30分の間放送禁止にする ●加糖飲料に20%課税し価格を引き上げて消費量低減を図る ●2014年に導入された自主基準の健康食品評価システム(5スターレーティング)を2019年7月までに法定規制に格上げする ●徒歩、自転車、公共交通機関の利用など移動手段における自動車への過大な依存からの脱却のための環境整備 ●国民の健康意識の啓発等、いずれもエビデンスに基づく具体的で実効性が期待される内容であり、OPCを始め各団体は、政府の積極的な取り組みに期待している。

●CHOICE ホームページ  https://www.choice.com.au/shopping/packaging-labelling-and-advertising/advertising/articles/36-groups-on-obesity-190917●OPC Tipping the Scales(pdf.)  http://www.opc.org.au/tipping-the-scales.aspx ほか

肥満対策を政府に提言オーストラリア

子どもがからだを動かして活発に遊ぶことは、心身の健全な発達のためにも非常によいことであるが、負傷には十分注意しなければならない。CDC(疾病予防管理センター)の統計によれば、毎年14歳以下の子どもが20万人以上児童公園などの遊具関連の事故で骨折、内臓損傷などを起こし救急搬送されている。このようななか、AAP(アメリカ小児科学会)の全国大会において、滑り台における事故原因に関する新たな調査結果が報告された。

NEISS(全国負傷電子サーベイランシステム)で収集された2002~2015年のデータに基づく今回の調査結果によると、全国では推定352,698人の6歳以下の子どもが滑り台で負傷しており、中でも12~23ヵ月の幼児が最も割合が多かった。骨折が最も多く36%を占め、脛

けい骨の潜在骨折も算入す

ればさらに増えるだろうとしている。特に下肢(下か

腿たい

)の骨折の94%は保護者や年長者が子どもを膝ひざ

の上などに乗せて滑った際に起きている。子どもの足先が滑り台の床面や側面に触れて引っかかり、滑り落ちる力でねじれ、折れ曲げられたことで骨折するのだが、子ども一人の場合には、たとえ足先が引っかかっても骨折することは少ない。からだが大きく体重もある保護者などが一緒に滑ると重傷化することが明らかになったとしている。

調査を行ったアイオワ大学のジェニセン教授は「多くの保護者はこの危険性を知らなかった、知っていたら絶対にしなかっただろうと言っている」と述べる。AAPは、改めて子どもを膝に乗せて滑らないよう注意喚起し、乗せる場合は子どもの足先が滑り台に触れないよう支えることを助言している。

●AAP ホームページ  https://www.aap.org/en-us/about-the-aap/aap-press-room/Pages/Riding-a-Slide-While-Riding-on-a-Parents-Lap-Increases-the-Risk-of-Injury.aspx

●CDC ホームページ  https://www.cdc.gov/homeandrecreationalsafety/playground-injuries/playgroundinjuries-factsheet.htm ほか

滑り台での子どもの事故で注意すべきことアメリカ

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文/岸 葉子 Kishi Yoko

2017.11 24

太り過ぎ、食物アレルギー等に悩む人々が増え、専門家による栄養指導の需要が高まっている。そこで、VKI(オーストリア消費者情報協会)は栄養指導サービスのテストを行った。検索サイト、雑誌・テレビ広告等から無作為に選んだウィーン市内の16事業者(個人・団体)を対象とした。

テストの方法は、テスター2名が一般客を装って、実際に栄養指導を受ける手法とした。テスター①は22歳、標準体重、食生活が不規則で偏食気味、運動不足、消化不良等という設定、テスター②は47歳、標準体重、ビーガン(完全菜食主義)*に移行したいという設定で、栄養バランスの良い食事の指導を求めた。

評価に当たり重視したのは、現在の栄養学の知見

に基づいているか、各自の要望に合った栄養指導がなされたかという点である。その結果、3事業者が

「非常に良い」と判定されたが、5事業者は栄養指導に必要な資格要件さえも満たしておらず、「論外」と判定された。また、資格要件を満たした事業者の中にも、科学的に不確かな情報や誤った情報に基づいて助言する事業者が散見された。ビーガンに関する助言に、お手上げの事業者もみられた。

質の低い事業者が目立つ現状を憂慮したVEÖ(オーストリア栄養学者連盟)は、専門的な栄養指導に必要な資質を保証するVEÖマーク(ゴールド、シルバー)を創設し、2017年10月から運用を開始した。消費者が栄養指導サービスを選ぶ際の目安になると期待している。

栄養指導の品質保証マークを創設オーストリア

ドイツでは、人口の12.3%がフィットネスクラブに会員登録しているという。サービスの質が気になることから、商品テスト財団は、全国規模でチェーン展開する7事業者を対象にテストを行った。テストに当たり、一般客を装ったテスター 35名がフィットネスクラブ(1事業者当たり5カ所のスタジオ)で新規に登録した。1つのスタジオごとに1人のテスターが計6回のトレーニングに通い、トレーナーの質、トレーニング環境等を調査した。

その結果、設備の質、トレーニング環境・清潔さ等は、全事業者で高評価となった。しかし、人件費の節約により、人的サービスは不十分な事業者が多かったという。例えば、テスターがマシーンの使い方を故意に間違えたり、身体の不調を訴えてみたところ、トレーナーが適切に助言・指導したのは、筋

力トレーニング専門の1事業者だけだった。中には、従業員の姿が見当たらないスタジオもあったという。誤ったトレーニング法は負傷につながることから、同財団は人的不備を問題視している。

なお、ドイツ各地の消費者センターでは、フィットネスクラブとの契約に関して、度々、注意喚起を行っている。同クラブのほとんどが2年契約となっているが、2年間で退会するには、契約上、3カ月前までに解約告知書を提出する必要がある。したがって、解約告知書を出し忘れると、自動的に契約更新となるため、カレンダーに契約期間を記入し、出し忘れを防ぐよう助言している。さらに、期間満了前に退会できるのは、裁判例によると、妊娠、重篤な病気などに限られるのが現状である。そこで、解約に困った場合は、法律相談を受けるよう勧めている。

ドイツ フィットネスクラブに欠けているサービスは

●VKI『消費者』2017年9月号  https://www.konsument.at/ernährungsberatung092017●VEÖ ホームページ  https://www.veoe.org/mitglieder/qualifizierungsprogramm/

●商品テスト財団『テスト』2017年9月号  https://www.test.de/Fitnessstudio-Test-4648762-0/●ハンブルク消費者センター ホームページ  http://www.vzhh.de/recht/32619/aerger-im-fitnessstudio.aspx

* ウェブ版「国民生活」2016年3月号「海外ニュース」 http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201603_09.pdf

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2017.11 25

このコーナーでは、消費者教育の実践事例を紹介します。

第 回44 批判的思考を促す「深く考える協働場面」を導入した授業

-「環境に配慮した消費行動」から   「よりよい生活」につなぐ学習-

土屋 善和 Tsuchiya Yoshikazu 琉球大学教育学部講師専門は家庭科教育。家庭科における「学力」をテーマに研究を進めている。現在は、生活を創造する力として批判的思考力に着目し、批判的思考力を育む授業検討や教材開発を行っている。

由は、中学生と中学生以外では考えられる行動に違いがあると想定したからです。次に、環境に配慮した消費行動を考え、付

ふ箋せん

に記入(赤色は「食」、黄色は「衣」、緑色は「住」)し、それを模造紙に貼りました。付箋には、「エアコンの温度を調整する」「調理中のごみをなるべく出さない」といった、実生活における生徒の身近な行動が記載されていました。そして、付箋に記載された消費行動の効果や

影響を考え、模造紙に直接記入していきました。またその効果や影響がどのようなことを引き起こすのかも考え、さらに必要に応じて模造紙上の他の内容と結び付けていくことで、最終的に「よりよい生活」へつなげられるように考えを掘

今回実践した「批判的思考を促す『深く考える協働場面』を導入した授業」は、中学校家庭科の消費生活を題材とした4時間構成のうちの4時間目に設定しました。本授業は、環境を変えることで自分の生活が変わること、また自分の生活を変えれば環境を変えられること、つまり環境と自分の生活との相互作用の関係に気づかせることを目的としました。そして生徒が環境に配慮した消費行動を実践することで、社会や自身の生活がどのようによくなっていくか考えられるようになることをめざしました。

⑴授業概要授業は、2017年2月下旬から3月上旬に行いました。対象は、琉球大学教育学部附属中学校3年生4クラス(計145名)です。授業は、生徒の実態と課題をヒアリングした後に私が立案し、附属中の家庭科教諭が実践しました。⑵授業の流れ授業の流れを表1に示します。ここでは、特に本授業の中心的な学習活動となっている「深く考える協働場面」の内容を説明します。まず、4~5名ずつの班に分かれ、模造紙上段に「私たち(または中学生)ができる環境に配慮した消費行動」、下段に「よりよい生活」と記入しました。「私たち」と「中学生」とに分けた理

本授業の目的とねらい

班単位で検討する学習が中心

表1 授業の流れ

導 入 (5分)前回の授業の振り返り 展 開 (40分)【深く考える協働場面】(グループ活動)

①私たち(または中学生)ができる環境に配慮した消費行動を考え、付

箋せん

に書き出し模造紙に貼る。②付箋に書いた消費行動をすることでどうなるの

か(効果・影響)を模造紙に書き出す。その際に、最終的に、「よりよい生活」へとつながるように考える。

③各班の模造紙を見て回り、コメントや助言を付箋に書いて貼る。

④自分の班に戻り、再度意見を練り上げる。必要に応じて模造紙に付け足しをする。

まとめ (5分)今後の消費行動について記述する。

私たち(中学生)ができる「環境に配慮した消費行動」がどのように「よりよい生活」につながるのか考えよう!

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2017.11 26

るのかな」「この消費行動からは、この効果・影響しか考えられないかな。他にはないかな」「ここからどうやって『よりよい生活』につながるのかな」といった声掛けをしました。

授業の最後に生徒には、今回の学習を通して今後どのような消費行動をしていくかを考えて記述してもらいました(表2)。生徒は、環境に配慮した消費行動にはさまざ

まな効果や影響があり、自分のよりよい生活につながることに気づいたようすでした。また、見通しを持って物事を深く多面的に考えることの必要性に気づいた生徒もいました。

課題としては、表1の授業の流れのうち、「展開」の③に当たる班同士の交流の持ち方が挙げられます。この場面は他の班の意見を知ることができるだけでなく、他の班からコメントがもらえる機会でもあるため、これをもとに生徒は思考を深め、自分たちの意見をさらに練り上げることができると考えました。しかし今回は、生徒が意見を練り上げるための場面として十分に機能しませんでした。したがって今後は、班同士で意見交流をする

場面を、班内での考えをさらに深めることができる場面として機能するような手立てを検討し、授業改善を図っていきたいと考えています。

自身の行動の重要性を再認識

課題および今後の展開

り下げていきました。一通り班で模造紙に考えをまとめた後、他の班の模造紙を見て回り、コメントを青色の付箋に記入して、模造紙に貼っていきました。そしてそのコメントを参考に、再度模造紙上の意見をまとめる場面も設けました。以上が学習の一連の流れとなります。生徒は図のように意見をまとめました。環境に配慮した消費行動について深く追究することで、生徒はそうした行動の意味や必要性を見いだし、さらに自身の生活との結び付きにも気づくため、実生活における実践につながると考えました。

班内での学習において環境に配慮した消費行動について追究する際に生徒は、「その行動がなぜ環境に良いのか」「この行動とあの行動には関係性があるのか」「この行動をすることでどのように『よりよい生活』に結び付くのか」といった思考を巡らすことが想定されます。これらの思考は、省察的、客観的、多面的、懐疑的であり、意見や考えを批判的にとらえているといえます。つまり、消費行動を深く掘り下げて考える今回の学習を通して、生徒の批判的思考が促されると考えられます。また、生徒の批判的思考を促すために、教諭から「この効果・影響があると、今度はどうな

「深く考える協働場面」で促される批判的思考

図 生徒が意見をまとめた模造紙

※ �本授業は、科学研究費基盤研究C「21世紀型能力としての批判的思考力を育成する中学校の授業デザイン」(代表:道田泰司�課題番号16K04306)の助成を受けたものです。

表2  生徒の記述

・私達の普段の行動は、よりよい生活につなげることができるんだとわかった。ゴミを減らすことで、いろいろな選択肢が増えたので、まずはそれからやっていきたいと思います。

・環境に良い行動がどんな行動かということは知っていても、その行動をすることで、どんな結果になっていくのかということは詳しく考えたことがありませんでした。でも、これからは自分の行動がどんな結果を生むのかまで考えて、目的を持って行動できると思います。

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2017.11 27

クレジットカード取引におけるセキュリティ対策

山本 正行 Yamamoto Masayuki 山本国際コンサルタンツ代表関東学院大学経済学部経営学科講師、決済サービス事業の企画、戦略立案を専門とするコンサルタント。消費生活相談員を対象とした研修も実施。講演、執筆多数。

インターネット決済におけるセキュリティ対策(1)

第 回6

ります。世の中が便利になることは良いことですが、その陰には危険が潜むことを忘れてはいけません。

インターネットでのカード利用は若年層にも広がっています。例えば、最近は未成年者がゲームに興じて数十万円以上もの高額利用をしてしまうという相談があります。最初はコンビニエンスストアで小遣いの範囲でサーバ型電子マネーを買って課金するのですが、ある段階から親のクレジットカードを使うようになり、抑制が働かなくなってしまうというものです。

このような事例では「使い過ぎ」も深刻ですが、親のカードを子どもが簡単に利用できる点がより深刻だと思います。親のカード管理方法が問われるばかりでなく、危険を認識していない未成年者が、不適切なインターネットサイト

(以下、サイト)でカード決済を行い、カード情報が流出してしまう可能性も否定できません。

まずカード情報の漏えいは、①利用者のパソコン ②利用者がアクセスしたサイト ③カード情報が保管される事業者のサーバなどで発生します。それぞれの場面について詳しくみていきましょう。①利用者のパソコンから漏えい

利用者のパソコンがウイルスに感染し、パソ

未成年者の高額利用も

カード情報を漏えいから守るには

今回はインターネットでクレジットカードを利用する際の危険性や、事故を未然に防ぐ予防策について解説します。

インターネットでクレジットカードを利用する際に意識しなければならないことは、利用者が見えない相手にカード情報や個人情報を提供していることです。

対面販売では自分のカードを操作するようすなどを目で確認できます。注意していれば、照明が暗い、雑然としている、店員の挙動が不審、などの危険な状態を察知することができます。しかし、インターネット販売では打ち込んだカード情報がどのように処理されているのかは見えません。利用者に与えられる情報はパソコンやスマートフォン(以下、スマホ)の画面やメールなどで送られるメッセージがすべてです。周到に仕立てられた偽サイトなどは見破ることも難しいことがあります。

ネットショッピングが始まった当初は、「ネットでカード番号を打ち込むことは危険」と考えてカード払いを控える人が多かったものです。しかし、ネットショッピングが普及し、誰もがパソコンやスマホの画面をクリックするだけで簡単に物が買える時代になりました。消費者がその利便性に慣れてしまい、危険を察知する能力を失いかけていないか、心配に思うことがあ

対面販売とは異なるインターネット販売

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2017.11 28

クレジットカード取引におけるセキュリティ対策

するなど。URLが企業名と異なる場合は利用しない。③カード情報が保管される事業者のサーバからの漏えい事業者のサーバがサイバー攻撃を受け、情報

が漏えいする事故も後を絶ちません。このような事故に備え、カード情報を保管するサーバを持つ事業者はPCI DSS*というセキュリティ規格に準拠することが義務づけられています。PCI DSSに準拠した事業者のサーバセキュリティは盤石な状態が維持され、保管されたカード情報が漏えいすることはまずありません。例えばアップル、グーグルなどの大手事業者はすべてPCI DSSに準拠していますが、準拠しない事業者の危険性が指摘されています。アメリカでは大手流通業のPOSシステムがサイバー攻撃を受け、大量のカード情報が漏えいするという事故も発生しています。日本では割賦販売法の改正に際し、カード情報を保管する店舗やサイトに対しPCI DSS準拠を義務づけることになりました。

事業者のサーバからの情報漏えいは、利用者自身で防ぐことは難しいという問題があります。しかし、「②利用者がアクセスしたサイトから漏えい」で述べた予防策を心がけることで、被害にあう可能性を大幅に減らすことができます。

不幸にしてカード情報が盗まれてしまった場合は、速やかにカード発行会社に連絡し、早急に悪用を食い止めるよう対処する必要があります。しかし、通常カード情報の漏えいは利用者が気づかないうちに発生します。基本的なことですが、利用明細を日常的に確認して身に覚えのない請求がないかチェックすることが重要で

盗まれたカード情報を悪用から防ぐには

コン内に保存されたカード情報などの個人情報が盗まれることがあります。また、キーボードでタイプした内容をそのまま記録する装置もあり、ネットカフェ、ホテルの共用パソコンなどに仕掛けられていたという事例も確認されています。〈主な予防策〉◦パソコンには必ずウイルス除去ソフトを導入

する。◦公共の場所に置かれたパソコンでは、アカウ

ントへのログインやネットショッピングは行わない。◦中古パソコンは必ず初期化してから利用す

る。②利用者がアクセスしたサイトから漏えい

悪質なサイト業者が犯罪に加担し、カード情報を横流しするなどの可能性はまったく否定できるものではありません。また、銀行やクレジットカード会社(以下、カード会社)をかたり、「登録情報の更新が必要」などとだまして不正なサイトに誘導し、暗証番号などのカード情報を不正に取得しようとする者もいます。「フィッシング詐欺」と呼ばれ、カード情報ばかりでなくネットバンキングやカード会社のウェブサービスのID、パスワードまでも盗み取られてしまいます。〈主な予防策〉◦よく利用するサイトやスマホ(アップル、グー

グル)以外のサービスではカード情報を登録しない。◦「登録変更が必要」などのメールには応じな

い。気になる場合は該当する銀行やカード会社に直接電話で連絡し、事実関係を確認する。◦ネットバンキング、カード会社のウェブサー

ビスを利用する際は、本来の正しいサイトであることを確認する。例えば、URLをチェックし、各メニューをクリックして内容を確認

*  ウェブ版「国民生活」2017年7月号「クレジットカード取引におけるセキュリティ対策」第2回「クレジットカード情報はこうして盗まれる」 http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201707_10.pdf

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クレジットカード取引におけるセキュリティ対策

しまうおそれがあります。筆者も昨年、IDとパスワードが漏えいし、第三者がグーグルのアカウントに侵入し、迷惑メールを仕掛けるという被害を受けました。

最近は、交流サイト、スマホなどのアカウントのIDにメールアドレスを利用することが増えています。いくつもIDを覚える必要がなく便利ですが、複数のサービスで同じパスワードを設定しているような場合、万一メールアドレスとパスワードが流失すると、さまざまなサービスで悪用される可能性があります。これを防ぐためにも、同じパスワードを複数のサービスで利用することは避けるべきでしょう。また、最近はID、パスワードを入れた後、スマホなどに送られるID番号を入力しないとログインを認めない「2段階認証」をサポートするサービスが増えています。2段階認証は第三者による不正利用を防ぐ有効な対策です。

最後に、インターネットのサービスを使ううえで注意したい事項をまとめました。◦パスワードは3カ月に1回程度変更する。◦複数のサービスに同じパスワードを設定しな

い。◦2段階認証が使える場合は積極的に利用(設

定)する。◦スマホやパソコンのアカウント(アップル、

グーグル、マイクロソフト等)の管理画面から、身に覚えのない端末から不正なアクセスがないかチェックする。

◦第三者によるログインが確認された場合は速やかにパスワードを変更する。

一見面倒に思えるかもしれませんが、被害を最小限に食い止めるためにもぜひ実行していただきたいと思います。

す。カード会社から毎月送られて来る利用明細書だけでは気づくまでに時間がかかります。カード会社はどこもウェブサービスを提供しており、請求額確定前のものも含め利用明細をいつでも確認できるようになっています。ウェブサービスを日常的に閲覧し、異常な利用がないか確認することを強くお勧めします。

カード会社は、カード情報の漏えいを察知した場合に速やかに該当するカードの取引の請求を止めるなどの措置を講じます。カード番号の変更が必要と判断した場合は利用者に速やかに連絡します。カード番号が変更される場合は差し替え用の新しいカードが発行され、それまで利用していたカードは利用できなくなります。このような場合には、前のカード番号を登録しているサイトのカード情報を速やかに更新しなければなりません。前のカード番号のままではサービスが停止されることもあります。登録の更新はカード会社にはできないため、利用者自身の手で行う必要があります。あまり利用していないカードであれば対象となるサービスが少なく作業も限定的ですが、日常的によく利用しているカードの登録変更作業は膨大になることもあります。変更漏れのないよう、カード情報を登録したサービスはリストにして保管しておくとよいでしょう。

インターネットを利用する際は、カード決済を伴わない場合でも十分に注意を払う必要があります。特に、近年はサイバー攻撃による個人情報流失事故が増えており懸念が深まります。

先にも述べたとおり、事業者のサーバがサイバー攻撃を受けた場合でも、事業者がPCI DSSに準拠していれば、まずカード情報が漏えいすることはありません。しかし、利用者のユーザー名(ID)、パスワードは比較的簡単に漏えいして

インターネットを利用するうえでの一般的な注意事項

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2017.11 30

自動運転の現状と将来を、技術面と法的面から解説します。

中山 幸二 Nakayama Koji 明治大学大学院法務研究科教授専門は民事法学、司法制度論。日本学術会議「車の自動運転検討小委員会」委員、経済産業省・国土交通省委託「自動走行の民事上の責任及び社会受容性に関する研究」有識者会議委員、公益財団法人自動車製造物責任相談センター審査委員会委員長、日本民事訴訟法学会理事。

自動運転の事故と責任ー模擬裁判の試みー

最終回

連して、私はこれまで6件の模擬裁判を行ってきました。ここでは、その一部(2017年1月20日に実施した2件)を紹介してみましょう。

〈第1事例〉は、現に実用化している自動運転のレベル1とレベル2にまたがるケースで、運転者が運転支援の機能を過信・誤信して事故になってしまった事例です。消費者問題の典型例ですので、詳しい肉付けをして紹介します。事故状況については、図1をご覧ください。

2016年1月31日未明、70歳のAさんが、買ったばかりの最新車両で、茨城県内の常磐高速道を、アダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)*1を使って時速100㎞で前の車に追従

自動車の運行にかかる工学的な意味での権限・責任の分配(システム責任とドライバー責任の区分)と、法律的な意味での責任の分配は大きく異なります。この点につき、しばしば誤解や認識のズレがあり、議論が噛

かみ合わないことが少

なくありません。特に民事責任については、現行法上、被害者救済のため多重的な構造を用意しており(運転者の不法行為責任・雇い主の使用者責任・保有者の運行供用者責任・メーカーの製造物責任・道路設営者の営造物責任など)、責任者が多数併存するところが工学技術者や一般消費者には分かりにくい点です。そこで、自動運転の未来を考えるうえでは、工学と法学の架橋のため、技術者と法律家の対話が必要だと感じています。社会的受容のためには、専門家と消費者との対話も必須です。

工学と法学の架橋をめざし、さらに専門家と消費者の対話を可能とするため、具体的な事例を俎

そ上じょうに載せ、技術と法律の両面から具体的に

検討する手法として、模擬裁判が1つの有益な手段であると思われます。自動運転の事故に関

交通事故の法的責任

模擬裁判の実験

*1 �「クルマの構造・メカニズム“ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)”とは?」(JAF)�http://qa.jaf.or.jp/mechanism/structure/02.htm

図1 模擬裁判 第1事例 運転支援システム(自動ブレーキ機能等)の過信・誤信事例

資料提供:模擬裁判WG 自動運転・法的インフラ研究会

前方の車両は交差点直前で右折誘導車線へ車線変更。本件車両は原告がブレーキを踏まず、直前に自動ブレーキ作動も高速のため停止が間に合わず赤信号停止のトレーラーに追突

片側2車線道路交差点には右折信号、右折誘導車線あり

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ています。④「取扱説明書」(乙1号証)および「注意事項説明書」(乙2号証)には、ACC等の操作方法と作動条件について明確な説明が記載されており、かつ、運転者は必要に応じてブレーキペダルを踏む安全運転の義務があるとの注意事項が記載されている。

⑤販売担当者が注意事項説明書を用いて各運転支援装置の機能と注意事項を説明し、原告から確認の署名をもらっている。

⑥ACCと自動ブレーキは連動しておらず、各機能を混同したのは原告である。これに対して、【原告側】はさらにこう反論し

ています。⑦自動ブレーキに細かい作動条件があったとしても、商談および購入時には十分な説明がなかった。

⑧特に、ACC走行中、先行車両が急な進路変更をした場合、自動ブレーキがどのように作動するかについては一切説明がなかった。双方の主張と争点を整理したうえで、原告の

本人尋問と被告側販売担当者の証人尋問を行いました(ここがナマの模擬裁判の山場ですが、本稿では紙幅がありませんので、その詳細を割愛します)。さらに、専門家の鑑定人として、交通安全環境研究所の自動車研究部長のK氏に出廷していただき、いわゆる自動ブレーキというものがメーカーにより、また車種により大きく性能が異なっており、現実には車両ごとに制動機能にかなり差があることの実験結果を説明してもらいました。まさに自動ブレーキの過信は禁物だということが技術的に示されました。判決は3名の裁判官の合議で下されました。

この模擬裁判では、司法研修所の教官も務めたベテラン弁護士のL教授が裁判長、元検察官の

走行してきた。水戸インターの出口でいったん減速し、ETCで料金所を通過。そのまま、接続するバイパスの交差点に向かって、前の車を一定の車間距離を保って追従走行していたところ、前方の信号が赤信号と右折可の矢印信号に変わった。そのとき、前の車がスピードを落とさないまま、急に右折レーンに車線変更し、右折した。Aさんとしては、信号待ちをして停止している大型トレーラーが前方に見え、十分に距離があり自動ブレーキもあるから当然に停止するだろうと思っていたところ、前方のトレーラーに追突してしまった。これによりAさんは頸けい椎つい捻挫、いわゆるムチ打ち症になった、とい

う事故状況です。被害者となったAさんは、かつて定時制高校

の教師をやっていて、定年後も地域のボランティアなど務め、正義感が強い。最近のテレビCM等で盛んに自動ブレーキと宣伝されているが、きっと同じような事故が生じているだろうと思って調べたところ、裁判例はない。そこで自ら、大手自動車メーカーのB社を相手にPL訴訟を起こして警鐘を鳴らそう、自動ブレーキや安全装置と喧

けん伝でんしているが実は危ないではない

か、と社会に問題提起したケースです*2。模擬裁判では、【原告側】が次のように主張しています。①いったんブレーキを踏むとACC機能が解除されると説明を受けたので、ブレーキを踏むのは控えるべきだと思っていた。②テレビCMや新聞広告でも、「自動ブレーキ」により衝

つい立たての前で急停車する映像が宣伝され

ており、ぶつからない車という認識であった。③被告には、製造物責任法上の「説明・警告上の欠陥」があったと言わざるを得ない。これに対して、【被告側】は次のように反論し

*2 �この模擬裁判の後、2017年4月14日に、警察庁と国土交通省により、本件と類似した誤信・誤解に基づく事故(2016年11月27日に発生)の事例が公表され、自動ブレーキの過信を戒める警告がなされた。「現在実用化されている「自動運転」機能は、完全な自動運転ではありません!」(国土交通省)�http://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha07_hh_000244.html

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から突如2人乗りの自転車が飛び出てきて転倒した。自動運転車は15.1m手前でこれを検知し、瞬時に計算したが、急停車しても自転車への衝突は避けられないと判断し、12m離れた左後方から走ってくるトラックとの距離も同時に計算しつつ、ウィンカーを出して左車線に舵

かじ

を切った(自動運転車は人間と異なり、100分の1秒〜1,000分の1秒単位で認知・計算し、操舵します)。しかし、トラックの運転者がこれに気づくのが遅れ、急きょ左にハンドルを切ったため、路肩の電柱に激突し、トラックの運転者が死亡した。遺族が、自転車の2人と自動運転車の所有者に損害賠償を求め、保険会社が入って示談が成立。保険会社から自動運転車のメーカーに製造物責任を理由に求償請求訴訟を提起した、という事例です。ここでは、詳細を省きますが、自動運転車の予測、すなわち左後方から接近するトラックが減速して衝突を回避すると予測した人工知能の判断の是非が主要な争点となりました。さらに、車線変更時に時速60㎞の速度制限を超えて加速すれば、事故を回避できた可能性がありますが、かかる法定速度超過をアルゴリズムに設定することができるかとの問題提起もなされました。人間であれば緊急の場合には法令を破ってでも行動するわけですが、自動運転車にもこれを許すか、これを要求してよいか、が1つの論点となっています。なお、仮に双方の車が自動運転車であったな

らば、車車間通信で速度を調整し、事故を回避できたであろうと考えられます。

このように、手間はかかりますが、一つ一つの個別事例を設定して、具体的に検討することで、技術的な課題と法的な課題、さらには利用者たる消費者の課題を析出する作業を行っています。今後も、さらに技術の進展に応じた具体的課題を追求していきたいと思います。

M教授が右陪席判事、そして(ここが注目される点ですが)消費者代表として消費生活アドバイザーのNさんに左陪席判事を務めてもらいました。結論は、多数決の2:1で請求棄却の判決でした。法律家の2裁判官は、本件では丁寧な説明がなされており、特に「注意事項説明書」に原告の署名がなされていたことを重視し、「説明・警告上の欠陥」はなかったと判断しました。これに対して消費者代表の裁判官Nさんは、原告の言い分がよく分かるとし、取扱説明書などの紙だけでは不十分で、シミュレーターなどの導入が望まれるとの少数意見を出しています。ただし、消費者も自分の署名には慎重になるべきだとの指摘も加えておりました。もちろん現実の裁判では少数意見は公表されないのですが、これが模擬裁判の良いところで、消費者意識を反映する柔軟な実験ができたわけです。

〈第2事例〉は、10年後の未来を想定して、完全自動運転車と従来型の自動車との混在交通下で起きた事故を検討しています(図2)。片側二車線の道路で、渋滞中の反対車線の間

図2 模擬裁判 第2事例  レベル4自動走行車の事故 

電柱に衝突した時点

資料提供:模擬裁判WG 自動運転・法的インフラ研究会

2.8m

3.5m

45km/h

事故回避の方針 “反対車線渋滞”法定速度60km/h

2.8m

3.5m 15.1m 12m

45km/h

60km/h

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2017.11 33

国民生活センター 相談情報部

適合しない接続部品を使用し水漏れを起こしたドラム式洗濯乾燥機

配送・設置込みで購入したドラム式洗濯乾燥機の水漏れ事故において、設置の際、適正な接続部品が使われていなかった、という事例を紹介する。

が、浸水による損害額は約350万円に上り、納得できない。� (50歳代 女性 家事従事者)

相談を受けた国民生活センター(以下、当センター)で、洗濯機の取扱説明書と施工説明書の記載内容を確認したところ、どちらにも次の内容が明記されていた。◦水道の給水栓の形状により、給水栓と洗濯機の給水ホースをつなぐ接続部品が異なる。

◦洗濯機に付属の「接続部品A」が適合している給水栓は「横水栓」のみで、それ以外の給水栓の場合は別売の接続部品が必要である。

◦適合しない接続部品を使用すると漏水事故のおそれがあり、保証の対象外になる。相談者宅の給水栓は、別売の「接続部品B」が

必要な形状であった。相談者宅の給水栓に適合しない接続部品Aを

使用したことが水漏れの原因である可能性が高いと思われたため、責任の所在等について弁護士の助言を受けた。その結果、「配送業者には不適切な接続部品Aを使用して設置した過失があり、相談者に対して不法行為責任を負う。一方、配送業者は販売店の履行補助者であり、販売店

結果概要家電量販店(以下、販売店)で、ドラム式洗濯乾燥機(以下、洗濯機)を自宅への搬入・設置込みで購入した。洗濯機の設置は、搬入の事前見積もりのために販売店が委託した配送業者(以下、配送業者)が行った。その後、約3カ月間は問題なく使用していた。ある日の夜、洗濯機をスタートさせて2階で就寝し、翌朝、1階に下りると、洗濯機の給水ホースと給水栓をつなぐ「接続部品A」が外れて水が漏れ、1階全体が浸水していた。販売店に連絡すると、配送業者とともに来訪し、洗濯機を再び接続した。「また外れないか心配だ」と伝えたら、「外れても水が止まる『接続部品B』に付け替えた」と言われ、その時初めて、そのような接続部品があることを知った。その後、販売店から「購入時に別売の接続部品Bを付けるかどうか確認したはずだ。事前見積もり時と納品時にも説明したが、不要と言われたと報告を受けている」と言われたが、こちらは接続部品Bの存在すら知らなかった、と伝えた。販売店は「洗濯機の取り付けに問題はなく、当社に責任はないため、補償はできない」と言う

相談内容

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2017.11 34

見舞金として、計350万円を相談者に支払う」との提案があり、相談者がこれに合意した。当センターは、同様の事故を防止するため、

販売店に対し①設置サービス付きで洗濯機を販売する際には必ず給水栓の形状を確認し、適合する接続部品を使用すること、②洗濯機の付属品が適合しない場合には別売品の購入が必要であることや、付属品を使用した際のリスクを具体的に説明することを要望した。また、洗濯機のメーカーに対しても、設置業

者や消費者が接続部品の適否や水漏れのリスク等について明確に認識できるよう、洗濯機の施工説明書や取扱説明書により分かりやすく表示することや、現在最も多く使用されている給水栓の形状に適合した接続部品を付属品とすることを要望した。その後、相談者に350万円が支払われたこ

とを確認し相談を終了した。

本件では、適正な接続部品の説明に関して、販売店側と相談者の主張が食い違っていた。仮に、相談者が適正な接続部品の必要性と水

漏れのリスクについて適切な説明を受けていれば、適合しない接続部品をそのまま使って水漏れが起きたときには別売の接続部品を購入するよりも多額の損害を受けるであろうことが容易に想像でき、適正な接続部品を購入しようと思うのが通常であろうから、接続部品に関する適切な説明はなかったのではないかと思われたが、この点は水掛け論のままであった。当センターは、同様の事故を防止するという

観点から、適切な対策を講じるよう販売店およびメーカーに要望した。販売店およびメーカーには、要望を真

しん摯しに受け止め、今後同様の事故

が起きないよう積極的に取り組むことを期待したい。

問題点

に対しても不法行為責任を問うことができる。また、販売店は設置サービス付きで商品を販売しており、契約責任を負う。相談者は、設置サービス上の瑕

か疵しによる損害として、販売店に対し

て損害賠償を請求できる」との見解を得た。これを踏まえ、当センターは販売店から話を

聞いた。販売店は、「洗濯機購入時、搬入の見積もり時、洗濯機設置時の計3回、接続部品Bの購入を勧めたが、3回とも相談者が購入を断った」と述べた。一方、相談者は「一度も購入を勧められたことはない」と言い、両者の主張は食い違っていた。このため、当センターから販売店本社に連絡した。販売店の本社担当者は、「当社は3回にわたり接続部品Bについて説明した。水漏れのリスクまで説明したとは考えにくいが、接続部品については取扱説明書にも記載がある。相談者は取扱説明書を十分に読むべきだった」と、相談者にも責任があるかのような主張をした。また、「大半の住宅の給水栓は、別売の接続部品を購入する必要がある」との話もあった。当センターは、設置サービス付きの洗濯機を購入し、水漏れが起きたことをもって販売店の責任を問うことができると考えており、損害賠償について検討してほしいと販売店側に伝えた。相談者の過失の有無につき、当センターで弁

護士に尋ねたところ、「仮に販売店が接続部品Bの必要性を説明し、相談者が不要と回答したとしても、水漏れが起きるリスクを説明していなければ説明したことにはならず、相談者の過失とはならない。また、取扱説明書は、商品の設置後に使用方法等を知るために読むものであり、適正に設置されていることが前提である。設置上の瑕疵の有無を確認するためにすべての内容に目を通すことまでは要求されていない。したがって、相談者に過失はなく、損害を受けた金額全額の賠償を請求できる」との見解を得た。その後、販売店から「本件の損害賠償および

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2017.11 35

菅原 修 Sugawara Shu 弁護士。第一東京弁護士会、子ども法委員会所属。一般民事事件、夫婦・子どもの問題、相続問題等の家事事件、企業法務、刑事事件などを広く手がける。協力:萩谷 雅和(萩谷法律事務所)

非課税枠を超えた分を親から借りたら税金がかかる?

相談者の気持ち

住宅を購入するのに父から贈与してもらっても非課税枠だけでは資金が足りません。非課税枠を超える分のお金を父に借りたいのですが、贈与税がかかるのでしょうか?

たこと、④借入額、⑤貸主が借主に金銭を渡した日付、⑥返済時期、方法、金額(分割返済の場合)、⑦利息の合意および利率、⑧遅延損害金の利率、⑨期限の利益喪失などが定められているか否かが問題となります。

①から⑨にはいくつか注意点があります。まず、②については、氏名を自署し、実印で押印します。

④および⑥については、そもそも返済時期が定められていない場合や借入額が高額で返済計画が現実的ではないような場合(例えば100年間にわたる分割返済など)には、形式上金銭消費貸借としているに過ぎず、実質的には借入額の全額が贈与であると取り扱われる可能性があります。そのため、返済計画を現実的なものとし、実際に返済するときには記録も必要です。

また、⑦については、無利息の場合、利息相当額の利益を得たとして、当該金額が贈与であるとされることがあります。

贈与額の計算に当たっては、現行法上、110万円の基礎控除、父母等から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の非課税の特例、相続時精算課税選択の特例などがありますので、詳細については専門家に相談しましょう。

借り入れ(金銭消費貸借)をする場合、税務上、借り入れの全額または利息(利子)相当額が贈与とし

て取り扱われれば、贈与税がかかります。特に、住宅購入目的の場合、金額が大きいため、贈与として取り扱われると贈与税も高額になります。

重要なことは、真に金銭消費貸借であるといえるか否かです。簡単にいえば、親以外の第三者から借り入れる場合と同等の形式、内容を備えているかどうかが問題となります。

まず形式面では、金銭消費貸借契約書や借用書等の有無が問題になります。親子間では軽視されがちですが、第三者からみても金銭消費貸借であることが明らかな書面が作成されていれば、金銭消費貸借として取り扱われることになります。なお、借入額が1万円以上の場合には、その金額に応じて印紙税がかかります(第1号文書に該当)。そのため、収入印紙を貼り付け、書面と収入印紙の彩紋にかけて消印等を行うことにより、印紙税を納付する必要があります。

また、内容面では、通常の金銭消費貸借において定める事項、つまり ①書面作成日(契約締結日)、②貸主および借主の氏名、住所、押印、③貸主が借主に金銭を貸し付ける旨の合意をし

第 回66

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2017.11 36

判例暮らしの

消費者問題にかかわる判例を分かりやすく解説します

国民生活センター 相談情報部

Aは2011年11月に営業を停止し、2012年4月に破産手続開始決定を受けた。

そこで、Xは名義人であるYらに対して本件立替払契約に基づく立替金残金の支払いを求めて本件訴訟を提起した。また、支払い済みの名義人らに対しては不当利得返還債務の不存在確認を求めた。 

第一審は2008年の改正割賦販売法(以下、改正法)施行後に締結された契約に関して、改正法35条の3の13第1項6号(改正内容の詳細は後述)による立替払契約の取消しの適用を

信販会社であるXは、2003年4月に呉服店であるAとの間で個別信用購入あっせん加盟店契約を締結した。Aは、事業継続中、運転資金を得る目的で既存の顧客に対して名義貸しを依頼し、これに応じた顧客との間で締結した架空の売買契約に基づいて信販会社から代金相当額の支払いを受けるとともに、自ら割賦金相当額の支払いを負担しており、このような立替払契約の不正利用の件数は相当数あった。その後、

事案の概要

呉服店での立替払契約における名義貸し

本件は、呉服店から名義貸しの依頼を受けそれに応じて個別クレジット契約に名義を

貸した消費者に対して、信販会社が立替金残金の支払いを求めた事例の上告審である。

裁判所は、呉服店が消費者に名義貸しを依頼した際に告げた「絶対に迷惑をかけない」

「クレジットを組めないで困っている高齢者を助けてほしい」などの勧誘文句が、割賦販

売法にいう「購入者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なもの」に当たり、不実告知が

あった場合には契約を取り消し得る旨の判断を示し、信義則違反を理由に名義貸しをし

た消費者らの契約取消しの主張を否定した原判決を破棄し、高裁に差し戻した。

名義貸しの事案について、販売業者に利用されたと認められる場合には、契約の取消

しができるとした点において重要な判決である。

(最高裁平成29年2月21日判決〈破棄差戻し〉、民集第

7巻2号99ページ、裁判所ウェブサイト掲載)

原告・被上告人:X(信販会社)被告・上告人:Yら(消費者)関係者:A(呉服店〈Xの加盟店〉)

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2017.11 37

暮らしの判例●名義貸しの場合について

改正法35条の3の13第1項6号は、あっせん業者が加盟店である販売業者に立替払契約の勧誘や申込書面の取次等の媒介行為を行わせるなど、あっせん業者と販売業者との間に密接な関係があることに着目している。特に訪問販売においては、販売業者の不当な勧誘行為により購入者の契約締結に向けた意思表示に瑕

か疵し

が生じやすいことから、購入者保護を徹底させる趣旨で、訪問販売によって売買契約が締結された個別信用購入あっせんについては、消費者契約法4条及び5条の特則として、販売業者が立替払契約の締結について勧誘をするに際し、契約締結の動機に関するものも含め、立替払契約又は売買契約に関する事項であって購入者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なものについて不実告知をした場合には、あっせん業者がこれを認識していたか否か、認識できたか否かを問わず、購入者は、あっせん業者との間の立替払契約の申込みの意思表示を取り消すことができることを新たに認めたものと解される。

そして、立替払契約が購入者の承諾の下で名義貸しという不正な方法によって締結されたものであったとしても、それが販売業者の依頼に基づくものであり、その依頼の際、契約締結を必要とする事情、契約締結により購入者が実質的に負うこととなるリスクの有無、契約締結によりあっせん業者に実質的な損害が生ずる可能性の有無など、契約締結の動機に関する重要な事項について販売業者による不実告知があった場合には、これによって購入者に誤認が生じ、その結果、立替払契約が締結される可能性もあるといえる。このような経過で立替払契約が締結されたときは、購入者は販売業者に利用されたとも評価し得るのであり、購入者として保護に値しないということはできない。よって、改正法35条の3の13第1項6号に掲げる事項につき不実告知があったとして立替払契約の申込みの意思表示を取り消すことを認めても、同号の趣旨に反するものとはいえない。

認めて、Xの請求を認めなかった。控訴審は、Aが勧誘の際に行った説明につい

て、「その内容は購入者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なものに当たらず不実告知の対象とはならない」と判断したうえで、名義貸しをしたYらのクーリング・オフ、契約の取消しなどは信義誠実の原則に反し認められないとして、Xの請求を全面的に認容した。そこで、Yらが上告したのが本件である。

Yらが立替払契約に名義を貸した経過の概要は以下のようなものであった。

Aの担当者がYらの自宅を訪れて、「お年寄りが布団を購入したいんだが、75歳以上だとローンを組めないので困っている。代わりに名義を貸してほしい」「絶対に迷惑はかけない」「本来の購入者である高齢者から集金できない場合にはA自身が責任を持って支払う」ことなどを説明した。そこで、Yらは、Aの説明を信じて、実際に商品を購入する高齢者がいること、高齢者が契約を締結していること、契約に基づいて商品の引き渡しがされていること、真実の購入者が支払いをすること、もし高齢者からの支払いがなかった場合にはAが責任を持ってXに対する支払いをすること、したがってYらのリスクはまったくなく、Xにも迷惑はかけないと認識して名義を貸すことに応じた。その際作成された契約書は、訪問販売ではなく店舗での取引との内容であった。

さらに、Aは、Xからの確認電話に対しては、本人であること、契約締結の意思があること、商品を受け取っていると回答するよう指示しており、Yらはその指示に従った。

●改正法35条の3の13第1項6号の解釈改正法35条の3の13第1項6号に規定す

る事項には、立替払契約又は売買契約に関する事項であって購入者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なものであれば、契約内容や取引条件のみならず、契約締結の動機も含まれる。

理 由

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2017.11 38

暮らしの判例れ、初めて最高裁で判断がなされた。 

本判決は、立替払契約の締結について、信販会社は加盟店に媒介の委託をするなど密接な関係があるなどの理由から、改正法35条の3の13は消費者契約法4条及び5条の特則として定められたもので、上記第1項6号には契約締結決定についての動機も含むとした。訪問販売等の立替払契約の取消しが問題となる事案で参考になる重要な判断である。

さらに名義貸しの事案に関して、契約締結を必要とする事情、契約締結により購入者が実質的に負うこととなるリスクの有無、契約締結によりあっせん業者に実質的な損害が生ずる可能性の有無などを考慮すべきことと指摘した点も重要である。これまで名義貸しについては、名義を貸与した消費者の行為のみを不正行為に加担したものと問題視して保護に値しないとする判例が少なくなかったが(本件原審判決〈参考判例②〉も同様の立場に立つ)、名義を貸与した経過によっては販売業者に利用されたと評価できる場合があり、そのような場合には契約の取消しができるとした。

本件販売業者が改正後契約に係かか

るXらに対してした上記上告の内容は、改正法35条の3の13第1項6号にいう「購入者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なもの」に当たるというべきである。

2008年の割賦販売法改正により、「訪問販売において、加盟店である販売業者が契約の締結について勧誘をするに際し重要事項について事実と異なることを告げ、消費者が誤認して契約の申込み又は承諾の意思表示をした場合には売買契約だけでなく立替払契約も取消しできる」との制度が新設された。重要事項とは、「一 購入者又は役務の提供を受ける者の支払総額、二 個別信用購入あつせんに係る各回ごとの商品若しくは権利の代金又は役務の対価の全部又は一部の支払分の額並びにその支払の時期及び方法、三 商品の種類及びその性能若しくは品質…その他これらに類するものとして特定商取引に関する法律第六条第一項第一号 又は第二十一条第一項第一号 に規定する主務省令で定める事項のうち、購入者又は役務の提供を受ける者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なもの、四 商品の引渡時期若しくは権利の移転時期又は役務の提供時期、五 クーリング・オフに関する事項、六 前各号に掲げるもののほか、当該個別信用購入あつせん関係受領契約又は当該個別信用購入あつせん関係販売契約若しくは当該個別信用購入あつせん関係役務提供契約に関する事項であつて、購入者又は役務の提供を受ける者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なもの」と定められている。

本件は、消費者が販売業者から頼まれて立替払契約に名義を貸すいわゆる「名義貸し」に関する事例である。販売業者が消費者に名義貸しを依頼する際に説明した内容が事実と異なる内容であり、消費者が、説明内容が事実であると誤認して名義を貸した場合に、上記六に関する不実告知に当たるとして取消しできるかが争わ

解 説

①旭川地裁平成26年3月28日判決(『判例タイムズ』1422号120ページ、本件第一審判決)

②札幌高裁平成26年12月18日判決(『判例タイムズ』1422号111ページ、本件原審判決)

③静岡地裁平成11年12月24日判決(『金融法務事情』1579号59ページ〈名義貸与者に対する信販会社の契約意思確認等に過失がなかったものとして立替金の請求が全額認容された事例〉)

④福岡地裁昭和61年9月9日判決(『判例時報』1259号79ページ〈日本ビデコン事件〉加盟店契約時の信販会社の加盟店に対する調査義務違反の過失を認めて立替払契約に名義貸与者の債務額を減額した事例)

⑤最高裁平成29年2月21日判決、事件番号平成27年(受)第660号(〈LEX / DB〉 本件名義貸しに係る別の信販会社との事件。本件と同趣旨の判決)

参考判例

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2017.11 39

誌上法学講座 新時代の消費者契約法を学ぶ

第 回

総則(1~3条)

宮下 修一 Miyashita Shuichi 中央大学法科大学院教授博士(法学)。専門は民法・消費者法。消費者庁「消費者契約法の運用状況に関する検討会」委員等を歴任。

2

用範囲を決めるに当たっては、「情報・交渉力の格差」を念頭に置く必要があると指摘されています(次項で詳しく検討します)。ここでは、次に検討する2条だけが対象のようですが、本法に規定されている条文はすべて消費者契約を前提にしているわけですから、2条以外の規定の解釈にも1条にいう「格差」の存在は影響を及ぼすと考えるべきでしょう。実際に、1条が、2条以下の各条文の解釈においても基本的かつ最も重要な解釈原理となるという見解も有力です。

ところで、これまで「消費者」「事業者」「消費者契約」という言葉を当たり前のように使ってきましたが、そもそもそれらは具体的に何を意味するのでしょうか。2条は、次のような定義規定を置いています(4項は省略します)。

1 この法律において「消費者」とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。2 この法律……において「事業者」とは、法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。3 この法律において「消費者契約」とは、消費者と事業者との間で締結される契約をいう。

これによれば、「消費者=個人-事業として又は事業のために契約当事者となる個人」およ

「消費者」「事業者」 「消費者契約」の定義

今回からは、消費者契約法(以下、本法)の条文の内容を順次確認していくことにします。なお、今回は、補則(11条)と雑則(48条・

49条の2)も取り扱う予定でしたが、紙幅の関係で今後に譲り、「総則」(1~3条)のみに絞ることにします。

既に第1回の連載でも紹介しましたが、1条は、本法の目的を定めています。具体的には、「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差」を考慮し、契約取消権、不当条項の無効、適格消費者団体による差止請求という法的な救済手段を定めることによって、「消費者の利益の擁護」を図り、「国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展」に寄与することを目的としています。同様の「格差」は消費者基本法の目的にも規定されていますが、その4年前に立法された本法は、「格差」を正面から認めたわが国初の法律であり、画期的であると評されています。『逐条解説』*1では、この「格差」は「構造的」なものであって、消費者に自己責任を求めることが適切ではない場合のうち、上記の救済手段が用意される前提になるものと考えられています。重要なのは、本法の適用に際して1条の内容

が影響を与える可能性があるという点です。『逐条解説』では、本法で取り扱う消費者契約の適

法の目的

*1 �消費者庁消費者制度課『逐条解説�消費者契約法(第2版補訂版)』(商事法務)

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2017.11 40

誌上法学講座誌上法学講座

⑴個人で魚屋を営むAさんは、魚の仕入れや配達などをするために、車を購入した。⑵個人で魚屋を営むAさんは、趣味のツーリングのために、オートバイを購入した。⑶個人で魚屋を営むAさんは、魚屋の収支管理だけでなく、趣味のツーリングの情報を入手するために、パソコンを購入した。�

⑴では、Aさんは、事業のために車を購入しているのですから「事業者」といえそうです。これに対して⑵では、逆に趣味のためにオートバイを購入しているのですから「消費者」といえそうです。それでは、⑶はどのように考えればよいのでしょうか。『逐条解説』では、判断基準として次の2点が挙げられています。⒈ 契約締結段階における当該行為が目的達成のためになされたものであることの客観的・外形的基準(例:名目等)があるかどうか。

⒉ 1のみで判断するのが現実的に困難な場合には、物理的・実質的(例:時間等)基準に従い、当該事項が主として(例:使用時間のうち2分の1以上を事業のために使用)目的達成のためになされたかどうか。⑶の事例は名目が2つあるので、1の基準だ

けでは判断できません。「それなら、2の基準に従って、魚屋の収支管理か、趣味のツーリングか、どちらかで多く使っているか割合で決めよう!」という人がいるかもしれません。ただ、使用時間がちょうど半 (々50:50)だったらどうでしょうか。こう質問すると、きっと困った顔をされるでしょう。どうやら、事はそう単純ではなさそうです。

裁判例を見ると、契約取消しや不当条項の無効を争う前に、当事者が消費者であるかどうかが争われるケースがかなりあります。その中には、悪質な業者が本法の適用逃れをねらって、中小事業者に会社名や屋号を用いて契約書を作

裁判例に見る「消費者」「事業者」の判断基準

び「事業者=法人+事業として又は事業のために契約当事者となる個人」という図式が成り立ちそうです。これでめでたし、となるかといえば、そうは問屋が卸しません。前記の図式では、「事業として又は事業のために契約当事者となる個人」が誰か、もう少し踏み込んで言うと、その判断のポイントとなる「事業」とは何かが明らかにならないと、「消費者」と「事業者」の最終的な範囲も明らかとはなりません。『逐条解説』では、既に述べたように「消費者」と「事業者」を区別する観点は「情報・交渉力の格差」であると指摘します。そのうえで、この格差は「事業」に由来するとしています。ところが、本法には、「事業」とは○○であると定義する規定がないのです。

それでは、「事業」とは何でしょうか。例えば、消費者安全法の2条には、「『消費者』とは、個人(商業、工業、金融業その他の事業を行う場合におけるものを除く。)」、また、「『事業者』とは、商業、工業、金融業その他の事業を行う者(個人にあっては、当該事業を行う場合におけるものに限る。)」という定義が存在します。そうすると、事業とは「商業、工業、金融業」を指すということになりそうですが、消費者庁の消費者安全法に関する解説では、これらはすべて事業を例示したものに過ぎないとされています。『逐条解説』を見ると、「事業(として)」とは「一定の目的をもってなされる同種の行為の反復継続的遂行」であるけれども、営利性や公益性の有無は問わないとされています(なお、「事業のために」とは、事業の用に供するために行うものをいいます)。しかし、これだけではやはり判断基準は判然としません。

どうも抽象的に考えてもうまくいかないので、次のような事例で考えてみましょう。

「事業」とは何か

事例で考える「消費者」「事業者」の判断基準

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誌上法学講座誌上法学講座「国民生活」2013年2月号「暮らしの判例」*2)。

紙幅の関係ですべては紹介できませんが、裁判例を詳細に分析すると、「消費者」と「事業者」の判断に際しては、①事業の内容(具体的か否かも含む)、②商品・役務の用途(事業用か否か)、③事業への商品の利用状況と必要性、④事業の規模・収入、⑤事業者名での契約締結の有無、⑥商品・役務に関する費用の経費計上の有無などが考慮されています。さらに、形式的には「事業者」に該当するよう

に見える場合であっても、1条の趣旨を踏まえて情報の質・量及び交渉力の格差があるか否かという観点も考慮されています。事業を営んでいる人であっても、具体的な取

引の場面では、上記の基準からすると相手方との関係では「消費者」と判断される場合があります。その逆で、特に事業を営んで来なかった人であっても、事業を営む目的で行動すれば「事業者」と判断される場合もあるでしょう。その意味では、「消費者」「事業者」は、具体的な状況に応じて変化する相対的・可変的な概念であるといえます。言い方を変えれば、私たちは、誰でも「消費者」や「事業者」になる資格(法律用語ふうの造語でいえば「消費者適格」「事業者適格」)を持っているともいえるでしょう。

3条は、事業者の明確配慮努力義務(契約内容が消費者にとって明確かつ平易なものになるよう配慮する努力義務)・情報提供努力義務を定めた1項と、消費者の情報活用・内容理解努力義務を定めた2項から成り立っています。元々、本法が制定されるまでの議論の過程で

は、事業者は、情報の質・量や交渉力において優

具体的な状況に応じて変化する判断基準

事業者の情報提供努力義務と消費者の情報活用・内容理解努力義務

成させるケースもまま見られます。ただ、裁判所は、単に契約書の名義が会社名や屋号になっているだけで事業者であると判断しているわけではありません。例えば、経営していた学習塾の名義で電話機リース契約を締結したものの、その時点で既に廃業していた事例(大阪簡裁平成16年10月7日判決〔判例集未登載〕)では、元経営者は消費者に該当するとされています。また、絵画6点の売買契約(合計代金7656万円)において、買主は、絵画のレンタル(リース)事業およびサロン経営という事業のために購入したのだから事業者であるという売主の主張に対して、確かに買主はそのような意向は示したものの、具体的な採算の有無を検討した形跡がないことから、構想は具体的ではなく、絵画の購入を具体的な事業の準備とは評価できないため、買主は消費者であるとした事例もあります(東京地裁平成27年2月5日判決『判例時報』2298号63ページ/ただし、4条に基づく契約取消しは否定)。ところで、2条2項では、法人その他の団体

は事業者に当たるとされており、『逐条解説』では、営利性や公益性の有無は問わないとされています。有名な学納金(入学金・授業料等)の返還訴訟でも、営利法人とはいえない学校法人の事業者性が肯定されています(最高裁平成18年11月27日判決最高裁判所民事判例集60巻9号3437ページ)。それでは、団体であれば直ちに事業者性が肯定されるかといえば、そうではありません。例えば、いわゆる「権利能力なき社団」である大学のラグビーチームが部員の多くがインフルエンザになったことを理由に旅館の宿泊等を取りやめたために旅館から取消料の支払いを求められた事例では、「消費者との関係で情報の質及び量並びに交渉力において優位に立っていると評価できない」として、1条の目的に言及しつつ、上記チームは消費者に当たると判示されました(東京地裁平成23年11月17日判決『判例時報』2150号49ページ、ウェブ版*2 �http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201302_12.pdf

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2017.11 42

誌上法学講座誌上法学講座だという議論は、場合によっては消費者にとって「両

もろ刃はの剣」となる可能性もあり、現状では慎重

に展開する必要があります。実際に、おそらくはそのような観点から、3条全体の法的効力の発生を否定した裁判例も存在します(名古屋地裁平成19年1月29日判決〔判例集未登載〕)。もっとも、本法は、元々事業者-消費者間の

格差があることを前提としているのですから、仮に消費者に努力義務を課すとしても、本来であれば、事業者の情報提供義務は法的義務として明確に規定すべきです。そうすれば、「両刃の剣」という状態が生じることはないでしょう。一刻も早い対応が望まれるところです。

前回の連載で触れたように、3条については、2017年8月に公表された内閣府消費者委員会消費者契約法専門調査会の報告書によって、次の2点の追加が提言されています。①事業者が、消費者契約の条項を定めるに当たっては、条項の解釈について疑義が生ずることのないよう配慮するよう努めなければならない旨を明らかにすること(条項使用者不利の原則)。

②事業者が、情報提供に際して当該消費者契約の目的となるものの性質に応じ、当該消費者契約の目的となるものについての知識および経験について考慮すること。いずれも、現実の消費者被害を考慮すれば絶

対に必要なものであり、それが提言されたことは一歩前進といえます。特に、②については、同年8月8日に消費者

委員会委員長が内閣総理大臣に宛てた答申書にもあるように、民法上の成年年齢を18歳に引き下げる動きや高齢者の消費者被害が依然として高水準にあることを踏まえれば、消費者の知識・経験に加えて年齢も考慮する旨の規定とすることが極めて重要です。今後の具体的な立法に際しては、そのような条文とすることが必要不可欠であるといえるでしょう。

3条の改正へ向けて

位に立つことから消費者に対して商品や役務に関する情報提供をする義務(情報提供義務)があり、それに違反した場合には損害賠償責任を負うという規定が設けられる方向性が示されていました。しかし、実際の立法案が作成される段階で、事業者サイドの反発が強かったことを踏まえて、法的責任が生じない努力規定とされました。その一方で、消費者の自己責任という観点から、消費者は、事業者から提供された情報を活用し、契約の内容に関して理解する努力義務を負うという規定が設けられることになりました。『逐条解説』では、1項の事業者の努力義務については「努めなければならない」とする一方で、2項の消費者の努力義務については「努めるものとする」として、当事者間の格差を前提として、前者よりも後者の努力のニュアンスは若干弱めたものとされています。

この3条をめぐっては、直接の法的効力は生じなくても、民法上の詐欺・錯誤・公序良俗違反・不法行為等の規定の適用、あるいは4条の契約取消権の行使に際してその趣旨を考慮するというかたちで、間接的に法的効力を持たせるべきであるという見解が有力に主張されています。実際に、本法施行前の事案ではありますが、1条・3条・4条の立法趣旨を考慮して、事業者に対して不法行為に基づく損害賠償責任を認めた裁判例もあります(大津地裁平成15年10月3日判決〔裁判所ウェブサイト〕)。もっとも、この裁判例では、3条2項の趣旨および公平の見地から、消費者側の過失を考慮して2割の過失相殺がなされています。つまり、3条1項に法的効力を持たせるなら、バランスをとって2項にも法的効力を持たせるというわけです。もちろん、前記のように努力義務のニュアンスに違いはあるわけですから、1項と2項の適用のあり方には差をつけるべきであるという主張も可能でしょう。しかしながら、前記の状況を考慮すれば、3条に法的効力を持たせるべき

3条の法的効力

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