[特集]半導体 (5)パワーデバイスパッケージの...

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24東レリサーチセンター The TRC News No.121(Oct.2015) 1.はじめに 電力制御に使用されるMOSFETIGBTなどのパワー 半導体の分野では、これまでのシリコンデバイスは性能 的に限界が近づきつつあり、これに代わるものとして次 世代の材料開発が進んでいる。その中でも耐電圧・耐熱 性に優れ、高速・高温動作が可能であるSiCが実用化の 面でリードしており、省エネルギーの点からも今後は SiCデバイスの普及が進んでいくものと考えられる。こ の特性を最大限に生かすためにはパッケージ構成材料の 耐熱性の向上や接合部の耐久性など、パッケージング技 術にもこれまで以上に高い信頼性が要求される。特に発 熱量の多いパワーデバイスは、動作温度を定格上限以下 に維持するため、パッケージ全体の熱設計の最適化が厳 しく求められるようになってきている。この熱設計の際 に、放熱性の良し悪しを議論するための指標となるのが 「熱抵抗」である。熱抵抗は熱の伝えにくさを表すもの で、放熱経路上の材料の熱伝導性や形状・大 きさなどに よって決まる。また、材料同士の接合状態も影響する。 これは接触熱抵抗や界面熱抵抗と呼ばれる。接合部に何 らかの欠陥があれば熱の流れが阻害されて熱抵抗が増大 することになる。これを応用すれば、熱抵抗を測定する ことで欠陥を検知するといったことも可能である。例え ば、デバイスパッケージ内で接合不良が起こっている場 合、正常なものと熱抵抗の比較を行うことで欠陥を発見 し、場所を特定できる。すなわち、半導体デバイスの故 障解析における非破壊検査手法の一つとして用いること ができるのである。 本稿では、半導体パッケージの熱抵抗を直接的に測定 できる「過渡熱測定」について解説し、適用事例として SiC MOSFETの放熱特性評価および故障解析結果を紹 介する。 2.過渡熱測定による放熱特性評価 過渡熱測定 1,2︶ は、デバイス通電ON/OFF時に起こる 発熱部の温度変化を測定することで、デバイスの放熱特 性を得る手法である。例えば図1に示すような構造をも FET等の半導体デバイスを考える。接合部(ジャン クション)で発生した熱は、チップからはんだ接合層を 通り、電極へと流れる。デバイス自体は接触熱抵抗を 改善するためのグリスなどの放熱材(Thermal Interface Material)を介してヒートシンクへ接続され、熱は外部 環境へ散逸する。標準的な測定方法は、ヒートシンクを 一定の温度に制御しながらデバイスに通電して発熱させ る。この状態から通電を切り、非発熱状態で接合部温度 が次第に低下していく様子を記録するのであるが、接合 部温度の測定には半導体の電流-電圧特性が温度依存性 を持つことを利用する。あらかじめデバイスを恒温器に 入れ、温度を変えながら発熱が無視できる程度の微弱電 流を通電しつつ電圧変化を測定しておく。実際の測定で も微弱電流を通電しながら冷却過程の電圧値を記録し、 変換係数(k-factor)を用いて温度に換算して温度降下曲 線を得る。したがって外付けの温度計などは使用しない。 次に、発熱部分からヒートシンク(外部環境)までの 放熱経路に図₂のような一次元の熱回路モデルを仮定す る。熱回路の熱抵抗Rthおよび熱容量Cthは放熱経路上の 各層のRthCthに対応している。先に得た温度降下曲線 を基に、それぞれのRthCthを決定し、グラフ化したも のが「構造関数」である。構造関数を用いることで熱特 性を可視化することができ、材質が異なる部分では構造 関数に変化が生じるため、各層の熱抵抗の比較も容易に なる。 なお、具体的な手順や方法などは、JEDEC Standard JESD51-14 2︶ に詳細記述されているので参照されたい。 3.熱抵抗と熱容量 前項で述べた通り、過渡熱測定で得られる数値は熱抵 抗と熱容量である。構造関数を正しく理解し、便利に使 うためにはこれらが意味するところをよく理解する必要 がある。 熱抵抗とは文字通り、熱の伝わりにくさ、流れにくさ を表すものである。伝熱形態を熱伝導に限れば、熱の伝 [特集]半導体 (5)パワーデバイスパッケージの 放熱特性評価と応用 材料物性研究部 遠藤 亮 半導体パッケージ 図1 典型的なパッケージデバイスの構成 R th1 C th1 R th2 C th2 C th3 R th3 C th4 R th4 図2 熱回路(一次元熱抵抗モデル) ●[特集]半導体 (5)パワーデバイスパッケージの放熱特性評価と応用

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24・東レリサーチセンター The TRC News No.121(Oct.2015)

1.はじめに

 電力制御に使用されるMOSFETやIGBTなどのパワー半導体の分野では、これまでのシリコンデバイスは性能的に限界が近づきつつあり、これに代わるものとして次世代の材料開発が進んでいる。その中でも耐電圧・耐熱性に優れ、高速・高温動作が可能であるSiCが実用化の面でリードしており、省エネルギーの点からも今後はSiCデバイスの普及が進んでいくものと考えられる。この特性を最大限に生かすためにはパッケージ構成材料の耐熱性の向上や接合部の耐久性など、パッケージング技術にもこれまで以上に高い信頼性が要求される。特に発熱量の多いパワーデバイスは、動作温度を定格上限以下に維持するため、パッケージ全体の熱設計の最適化が厳しく求められるようになってきている。この熱設計の際に、放熱性の良し悪しを議論するための指標となるのが「熱抵抗」である。熱抵抗は熱の伝えにくさを表すもので、放熱経路上の材料の熱伝導性や形状・大きさなどによって決まる。また、材料同士の接合状態も影響する。これは接触熱抵抗や界面熱抵抗と呼ばれる。接合部に何らかの欠陥があれば熱の流れが阻害されて熱抵抗が増大することになる。これを応用すれば、熱抵抗を測定することで欠陥を検知するといったことも可能である。例えば、デバイスパッケージ内で接合不良が起こっている場合、正常なものと熱抵抗の比較を行うことで欠陥を発見し、場所を特定できる。すなわち、半導体デバイスの故障解析における非破壊検査手法の一つとして用いることができるのである。 本稿では、半導体パッケージの熱抵抗を直接的に測定できる「過渡熱測定」について解説し、適用事例としてSiC MOSFETの放熱特性評価および故障解析結果を紹介する。

2.過渡熱測定による放熱特性評価

 過渡熱測定1,2︶は、デバイス通電ON/OFF時に起こる発熱部の温度変化を測定することで、デバイスの放熱特性を得る手法である。例えば図1に示すような構造をもつFET等の半導体デバイスを考える。接合部(ジャンクション)で発生した熱は、チップからはんだ接合層を通り、電極へと流れる。デバイス自体は接触熱抵抗を改善するためのグリスなどの放熱材(Thermal Interface Material)を介してヒートシンクへ接続され、熱は外部環境へ散逸する。標準的な測定方法は、ヒートシンクを一定の温度に制御しながらデバイスに通電して発熱させる。この状態から通電を切り、非発熱状態で接合部温度が次第に低下していく様子を記録するのであるが、接合部温度の測定には半導体の電流-電圧特性が温度依存性を持つことを利用する。あらかじめデバイスを恒温器に入れ、温度を変えながら発熱が無視できる程度の微弱電流を通電しつつ電圧変化を測定しておく。実際の測定でも微弱電流を通電しながら冷却過程の電圧値を記録し、変換係数(k-factor)を用いて温度に換算して温度降下曲線を得る。したがって外付けの温度計などは使用しない。 次に、発熱部分からヒートシンク(外部環境)までの放熱経路に図₂のような一次元の熱回路モデルを仮定する。熱回路の熱抵抗Rthおよび熱容量Cthは放熱経路上の各層のRthとCthに対応している。先に得た温度降下曲線を基に、それぞれのRthとCthを決定し、グラフ化したものが「構造関数」である。構造関数を用いることで熱特性を可視化することができ、材質が異なる部分では構造関数に変化が生じるため、各層の熱抵抗の比較も容易になる。 なお、具体的な手順や方法などは、JEDEC Standard JESD51-142︶に詳細記述されているので参照されたい。

3.熱抵抗と熱容量

 前項で述べた通り、過渡熱測定で得られる数値は熱抵抗と熱容量である。構造関数を正しく理解し、便利に使うためにはこれらが意味するところをよく理解する必要がある。 熱抵抗とは文字通り、熱の伝わりにくさ、流れにくさを表すものである。伝熱形態を熱伝導に限れば、熱の伝

[特集]半導体

(5)パワーデバイスパッケージの放熱特性評価と応用

材料物性研究部 遠藤 亮

チップ

ダイアタッチ

ダイパッド

グリース ヒートシンク

半導体パッケージ 接合部(発熱部)

図1 典型的なパッケージデバイスの構成

Rth1

Cth1

Rth2

Cth2 Cth3

Rth3

Cth4

Rth4

図2 熱回路(一次元熱抵抗モデル)

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東レリサーチセンター The TRC News No.121(Oct.2015)・25

わりやすさを表す熱伝導率との関係は、

熱抵抗︵K W︲1︶= 厚み︵m︶

————————————————断面積︵m2︶×熱伝導率︵W m︲1K︲1︶

で記述される。もしくは単位面積あたりで、

熱抵抗︵m2 K W︲1︶= 厚み︵m︶

――――――――――熱伝導率︵W m︲1K︲1︶

とされる場合もある。熱抵抗は、熱伝導を特徴付ける物性値である熱伝導率とは異なり、対流や放射による伝熱の効果も含むため、形状や周囲の状況によって値が変化する。従って、測定の際の条件設定が重要である。半導体パッケージでは、放熱特性を表す熱抵抗値としていくつか定義があるが、よく使われるのがジャンクション-ケース間の熱抵抗θJCである。半導体の接合部(ジャンクション)とパッケージ表面(ケース)の熱抵抗で、半導体に通電したときの電力とパッケージの表面温度を測定すれば接合部の温度が計算できる。使用中に接合部温度(チャネル温度などとも)が上限値を超えないようにするため、設計時に目安とされる。 一方、熱容量とは「ある物体の温度を1℃上昇させるために必要な熱量」を意味している。単位はJ K︲1︵= W s K︲1)である。一般に物性値として与えられるのは単位質量あたりであれば比熱容量(J kg︲1 K︲1)、密度と比熱容量の積として単位体積あたりの熱容量(J m︲3 K︲1)である。例えば、熱容量がCの物体①と2Cの物体②があるとする。両物体に同じ熱量Q︵J︶を加えたとすると、物体①の温度上昇値はQ/C︵K︶であり、物体②はQ/2C︵K︶である。つまり、熱容量が大きい物体ほど温度変化しにくい、より熱を蓄えられることになる。 以上、厳密さには目を瞑って要約すると、・熱抵抗は熱の伝えにくさであり、

大きいほど熱を伝えにくい・熱容量は温度変化のしやすさであり、

大きいほど温度変化しにくいといえる。

4.構造関数

 (累積)構造関数は図₃のように横軸に熱抵抗、縦軸に熱容量をプロットした形をしており、原点を発熱源として、そこから放熱経路上に存在する材料の熱抵抗Rth・熱容量Cthを順に積み重ねていく。材料が異なれば熱抵抗・熱容量が変化するので、傾きが変化する。理想的にはRthとCthは材料(層)と一対一で決まり、直線のつなぎ合わせで表現されるはずであるが、実際の過渡熱測定で得られる構造関数は₃次元の温度分布の影響やRthとCth

を細分化したネットワークとして表現・計算されるために、それぞれの境界はそれほど明確でない場合が多い。図₄は後述するSiC MOSFET(TO-247パッケージ)の過渡熱測定結果より得られた累積構造関数である。ヒートシンクとパッケージの接触界面にグリスを塗布した場合としない場合で測定すれば、構造関数の分岐を使ってパッケージ内外の熱抵抗を分離でき、θJCが求められる(Transient Dual Interface法2︶)。測定対象の内部構成がわからなくても構造関数の算出は可能であるが、既知であれば図₄のように構造関数と各部材の対応付けができる。構造関数の縦軸(熱容量)は全体が見やすいために対数表示がよく用いられるが、境界を見分けるには縦軸を線形表示にしたり、さらに微分形の構造関数を使うことでより明確になるので、場合によって使い分けると良い。 構造関数から読み取れる情報は当然ながら熱抵抗と熱容量であるが、その変化量に注目すればさらなる解釈ができる。熱抵抗は厚みと熱伝導率で決まるから、熱抵抗が大きければ「厚みが厚い」か「熱伝導率が低い」(もしくはいずれも)と読み替えることができる。また、単位体積あたりの熱容量は物質間で大きな差がない(多孔質は除く)といわれている3︶から、熱容量が大きければ「体積が大きい(厚みが厚い)」と言える。例えば、構造関数の「熱抵抗が小さく熱容量が大きい(横軸の変化が小さく、縦軸の変化が大きい)」部分は、熱伝導率が大きく、体積も大きい(もしくは厚みが厚い)であろうことが予想できる。デバイスパッケージであれば放熱板などが該

熱抵抗 Rth

熱容

量C

th

チップ

ダイアタッチ

ダイパッド

グリス

ヒートシンク構造関数

大 放熱性 小

図3 累積構造関数の例

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.210-4

10-2

100

102

104

熱抵抗(K W-1)

熱容

量(W

s K-1

)

チップ

はんだ 電極 外部環境 (グリス+ヒートシンク)

● グリスなし

○ グリスあり

分岐点

θ JC

図4 SiC�MOSFETの構造関数

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当する。「熱抵抗が大きく熱容量が小さい(横軸の変化が大きく、縦軸の変化が小さい)」部分は、熱伝導率が低く、体積が小さい(もしくは厚みが薄い)ので、接合層などが候補としてあげられるであろう。従って、詳細な内部構成がわからなくても、構造関数を見ればある程度の予想がつくケースも多い。 なお、構造関数の算出にあたっては、前述のように1次元の熱回路を前提としている。現実には₁次元、つまり一方向にだけ熱が流れるような状況はありえない。図₁ のようなデバイスの断面を考えても、少なくとも上や横方向に広がりが生じる。このような₂次元・₃次元的な効果も含んでいることを踏まえていないと誤った解釈をしてしまう可能性もあるので注意が必要である。ただし、単純な構造のデバイスの場合は、放熱面を冷却すること、冷却側以外の放熱経路を遮断することで、全体で見れば接合部からヒートシンクまでほぼ一方向伝熱に見立てられるため、さほど問題とはならない。なお、発熱部や主な放熱経路が₂つ以上のモジュールなども実際には多数あるが、その場合は測定の段階から注意深い判断が必要となる。

5.SiC�MOSFETの放熱特性評価

 前項にて過渡熱測定の実施例としてSiC MOSFETの構造関数を図₄に示した。構造関数を見れば、熱抵抗の大小が見て分かり、どの部分が放熱を阻害しているかが一目瞭然となる。直接の測定結果は図₅に示すような温度降下曲線(初期ノイズ補正済み)である。計測の初期には電気的なノイズが含まれるため、構造関数の算出に用いるデータでは除外・補正する2︶。温度降下は通電OFF後、直ちに起こり、時間軸が線形表示では変化が分かりにくいため、通常は対数表示で見る。そうすることで温度降下曲線の屈曲が見えるようになる。この微妙な変化がデバイスの放熱特性を表しており、構造関数を計算するための重要な情報となる。

6.故障解析への応用

 冒頭で述べた通り、デバイス中に生じた不具合が放熱特性に影響を与えている場合は、過渡熱測定を実施することで検知することができる。ここでは前出のSiC MOSFETに対して200℃に加熱した状態から急冷する熱衝撃試験を実施し、試験前後での構造関数を比較した事例を紹介する4︶。試験後に電気特性に大きな変化がないことを確認した上で、過渡熱測定を実施した。図₆に構造関数を示す。はんだ層に相当する部分が試験後には右側に伸びる形、つまり熱抵抗の増大が見られている。その他の部分については構造関数にほとんど変化は見られないことから、はんだ層になんらかの不具合が発生していることが予想できる。

 図₇に超音波映像装置(SAT)によるパッケージ内部の検査を行った結果を示す。空隙があると超音波がほぼ透過せずに反射することを利用して内部のクラックなどを検知することができる。中央下部の正方形に見えるのがチップ部分である。反射・透過像のいずれもチップ付近に試験前後で変化が見られている。試験後のチップ周りに剥離等が起きていることが予想される。 次に、MOSFETを切断してチップ付近の断面観察を行った。図₈に示したパッケージ開封後の写真で、切断位置は図中点線の部分である。図₉が断面の光学顕微鏡像である。試験後のものにははんだ層にいくつかの空隙が見られている。しかしながら、正常品であってもこの

10-6 10-5 10-4 10-3 10-2 10-1 100 101 1020

10

20

30

40

● グリスなし

○ グリスあり

時間(s)

接合

部の

温度

変化

(℃)

図5 SiC�MOSFETの温度降下曲線

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.410-4

10-2

100

102

104

熱抵抗(K W-1)

熱容

量(W

s K-1

)

● 試験前グリスなし

○ 試験前グリスあり

● 試験後グリスなし

○ 試験後グリスあり

はんだ層の熱抵抗が増加

試験前

試験後

SiC MOSFET

図6 熱衝撃試験前後の構造関数の変化

未試験品 試験後

<反射像> <透過像>

未試験品 試験後 図7 超音波映像装置による内部検査結果

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ような空隙が見られる場合もあるため、これが熱抵抗増加の原因とは限らない。そこで走査型電子顕微鏡(SEM)ではんだ層付近を拡大観察した(図10)。チップとはんだの界面付近にクラックが生じているのが分かる。これより試験後に熱抵抗が増加したのはクラックが原因と考えられる。チップ部分の応力をラマン分光法で測定すると、低温で圧縮応力が増大する₅︶ことから、急冷操作による熱応力(衝撃)が割れの直接の原因と推定される。

7.まとめ

 過渡熱測定を用いたSiC MOSFETの放熱特性評価と故障解析の事例を紹介した。熱抵抗測定は周囲の状況に左右されやすいため、規格等で決められた環境や熟練した技術が必要とされてきた。過渡熱測定はこれまでの熱抵抗測定を置き換える評価技術として普及しつつあるが、測定原理や構造関数の導出過程が直感的に理解しにくいため、敬遠されている部分も少なくない。簡単には熱流体解析(CFD)の逆のプロセスと考えればよい。CFDでは対象の構造モデル(形状や寸法)と構成材の熱伝導率等の物性値を入力し、温度分布や過渡温度応答を計算しているが、一方の過渡熱測定は過渡温度応答を測定して、物性値を逆算しているに過ぎない。多くの場合、形状情報が不明なため一次元モデルを仮定して、形状情報を計算から除外(パラメータを固定)していること以外はCFDによる計算プロセスの逆である。こういったことからも、過渡熱測定はCFDと相性がよい。最近では実測された構造関数を元に、CFD技術と連携して形状モデルや物性値等のパラメータの精密化を行う試みも実施されている。今後、より重要となる電子デバイスの熱設計を強力に支援する技術として、さらなる発展が期待される。

8.参考文献

1) Oliver Steffens, Peter Szabo, Michael Lenz, Gabor Farkas, Proc. 21st SEMITHERM, San Jose, 313-321 ︵2005︶.

2) JEDEC Standard JESD51-14 :“Transient Dual Interface Test Method for the Measurement of the Thermal Resistance Junction to Case of Semiconductor Devices with Heat Flow Through a Single Path”

3)I. Hatta, Thermochimica Acta, 446, 176-179 (2006)4) 遠藤亮, 渡邊淳一, 杉江隆一, 山元隆志, MES2014 第

24回マイクロエレクトロニクスシンポジウム論文集, 151-154 ︵2014︶.

₅) 内田智之, 小坂賢一, 遠藤亮, 山元隆志, 杉江隆一, MES2014 第24回マイクロエレクトロニクスシンポジウム論文集, 49-52 ︵2014︶.

■遠藤 亮(えんどう りょう) 材料物性研究部 第₂研究室 専門研究員 趣味:湯治

切断面

チップ

はんだ

Cu 電極

Al ワイヤー

図8 パッケージ開封後のチップ付近

チップ

はんだ

電極 チップ

はんだ

電極

クラック

試験後

未試験品

図10 チップ付近の断面SEM像

未試験品

試験後

チップ

チップ

モールド樹脂

モールド樹脂

Cu 電極

Cu 電極 はんだ

はんだ

図9 チップ付近断面の光学顕微鏡像

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