異世界マデウスに転生しまして欲望には正直に生き …...5...

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 75

+ 

+ 

+ 

+ 

はいどうも!

三度の飯より好きなものは、風呂と寝ること。だけど食うことも大切だよ!

欲望には正直に生きる、素材採取家のタケルです。

異世界マデウスに転生しまして幾い

星せい

霜そう

……

いや、実際は一年も経っていないんだけども。濃すぎる毎日を送っているから、何年も過ごして

いる気になるんだよな。

マデウスでは日々何事もなく平へ

穏おん

無事に過ごせる、ということが稀ま

なのだ。

基本的にどこも治安が悪い。

町の外はもちろん、町の中も。素行の悪いやつらが喧け

嘩か

しているのは日常風景の一部だし、スリ

にあって全財産失おうが、強盗にあって殺されようが、全てが自己責任。ぼんやり歩いているほう

が悪いよね、という世界。

マデウスに来てすぐ滞在したトルミ村が平和すぎて、そんな物ぶ

騒そう

なことはないのかな、なんて呑

気に考えた時もありました。

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 67

三食たらふく美味いものを食って、温かな温泉で疲れを取り、柔らかい布団で眠る。忙せ

しなくて

やかましくて、呆れることのほうが多い日々。

時々逃げ出したくなる時もあるけれど。

俺は、元気に過ごしています。

1 

根が深き、陰いん

謀ぼう

どっぷり、驚きだ

吠えまくっていた子爵サルサールは、王都の競売でデルブロン金貸を随分と吊り上げた金額で落

札する羽は

目め

となり、全身を激しく震わせ、がくりと両膝を折った。

顔を赤かったり青かったりさせていたが、最後には真っ白になって燃え尽きた。

サルサールを追い詰めたのが、大た

公こう

閣かっ

下か

、グランツ卿

きょう

この御仁、ただの曾ひ

孫まご

可愛い爺様ではない。グランツ卿は現王の後見人。つまり、王様と同じか

それ以上の発言権を有している最高位の貴族。

サルサールは、その大公に対して知らなかったとはいえ無ぶ

礼れい

な言葉の数々を放った。そんな彼に

対し、「極刑に処されても仕方ありませんよね、四し

肢し

欠けっ

損そん

にして海に沈めましょうか」と言って微

笑んだのは、王都の冒険者ギルド「キュレーネ」のギルドマスター。あのちょびヒゲ紳士、紳士の

毎日を平々凡々に過ごして、会社でロボのようにせこせこと働いて、給与をいただいて細々と生

活をしていたあのころ。

戻れたら、とは思う。

連続ドラマの最終回とかシリーズ物の映画の続編とか新作コンビニスイーツに近所にある銭湯の

リニューアルオープンなどなど、気になっていることはある。

仲良くしていた友人、同僚、後輩、上司。

逢えたら、とは思う。

だけど、そんな感傷に浸ひ

る暇もなく毎日が充実しているのだ。

素材採取家の仕事は多種多様。薬草の採取にうんこ拾い、鉱石の採掘やモンスターの抜け毛採り、

未知なる食材を発見したこともある。危険なモンスターと対た

峙じ

して全力で戦ったこともあった。

この世界では最強に地味な職業、素材採取家。人気のない職業の中でも上位に属する。

だが、俺はこの仕事にやりがいを感じている。地味にこつこつ、最高じゃないか。

一度気に入ったらとことん追求する性格の俺としては、まだ誰も発見してない素材に出逢えたら

と――

そんな夢を描いてしまった。

地球にいた時には描きもしなかった夢。ただ働いてそのまま老いていくのだと思っていた。

今は頼りになる相棒と、楽しい仲間たちがいる。

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 89

これは全て、ご縁ですよ。

「タケル、お前の調べたいことは済んだのか?」

競売で競り落とした木製の腕輪の受け取りを済ませた俺に、ドラゴニュートのクレイがひそりと

した声で聞いてきた。

俺は鞄

かばん

の中に腕輪をしまうと、深く頷く。

知りたいことは大体調べることができた。まさかの闇の深さに驚くどころか呆れてしまったが、

ともかくサルサールの妙な陰謀は阻止できるだろう。悪いことを考えているやつを一掃することは

できなくても、これからやらかそうと企

たくら

んでいることなら止められる。

国を助けるとか救うとか、そういうこっちゃない。

俺が守りたいのは、俺が王都で世話になっている宿「鮭

しゃけ

皮かわ

亭てい

」と猫獣人のクミルさん一家と、握

り飯弁当。

彼らが平へ

穏おん

に暮らしていくためにも、国は平和でなければならないのだ。

そして夜、鮭皮亭の食堂にて。

夕飯を済ませた俺たちは、今日の勝利を労

ねぎら

いあった。

お疲れ様、ありがとう、楽しかった、またやりたいな、などなど。

顔をした悪魔かもしれない。

それはともかく、ぐうの音ね

も出ないどころか明日をも知れない身となったサルサールは、ギルド

マスターに命じられるまま3100万10レイブの支払いに応じた。大公閣下に無礼な物言いをした

件については、厳しく処されるらしい。

震えるサルサールをつまらなそうに鼻で笑ったグランツ卿は――

「暇つぶしにはなったな。また、楽しませてくれ」

そう言い残して去った。3000万もの大金を暇つぶしの道具と言いきったのにはドン引いたが、

それにも増してサルサールを見下ろすグランツ卿の姿にはゾッとした。

その目は、道端の石ころを見ているかのようで冷たく、グランツ卿はやはり優しい爺さんじゃな

いんだなと改めて思う。本来ならば俺のような冒険者が一生逢えない立場の人間。口すら利けない。

利いたらいけない相手。

でもまあそれを言えば、俺が拠点としてベルカイムを治めるルセウヴァッハ領主だって伯爵様な

わけだし。

そもそも、相手の立場がどうのとか関係ないよな。

貴族だからとか王族だからとか、そんなのは気にしないでおこう。自分と同じ人間というだけ。

失礼な真似をしてはならないのは、貴族だけではない。

ご縁だよ。

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10

そんな賑に

やかな打ち上げ会の中、俺はテーブルの上に競売会場の外で販売した握り飯弁当の売上

金を全て並べ、地道にぽちぽちと計算。

この世界にはそろばんのような計算機はあるが、そろばんの使い方は小学校の時に触った程度で

既に使い方は忘れた。ああ、表計算ソフトが懐かしい。せめて電卓が欲しかった。

ちなみに、ちょっとした頼みごとをしたため、馬の神様であるプニさんは外出中。ダークキャモ

ルの肉かつ丼五杯で、嬉々として頼みごとを聞いてくれる神様。ちょろい。

「……うん、千食ピッタリの売り上げだ。釣り銭の渡し間違いもない」

まだまだ慣れない貨幣ではあるが、足してかけるくらいならできるようになった。金貨や銀貨と

いった貨幣をそれぞれ種類別にまとめ、合計金額を出してから総計算。多少の誤差はあるかもしれ

ないと思ったが、まったく漏れもない。

俺の言葉に、クミルさん一家は諸も

手て

と尻し

尾ぽ

を上げて喜んだ。

「千食! 

千食も売れたんだよ、アンタ!」

「すげぇなあ、すげぇことだよなあ、ああ、信じられん……」

「うふふふ、父ちゃんまた泣いてるの?」

「泣いちゃめーよ、父ちゃん」

「にゃーちゃ、めー」

ふわもふ猫一家は飛んだり跳ねたりとそれぞれを称た

えあった。旦那さんであるユルウさんは真っ

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 1213

よね」

「そうそう、そう思っている方は他にもいらっしゃいました。昼時に届けてもらえれば温かいのが

食べられるのに、とのお声もお客様からいただきました」

代わる代わる話してくれる二人に、俺はなるほど良い案を聞いたと頷く。

配達サービスか。ベルカイムでは当たり前に行われていた昼食配達。職人街のドワーフたちは、

仕事の片手間に食べられるようなものを食堂に頼んでいた。王都にはそういうサービスはないのだ

ろうか。

握り飯だけではなく、弁当を作って配達する店があったら絶対に流は

行や

るだろうな。日替わりで献

立を多少変えたら飽きられないだろうし、温かいスープをサービスしたらどうでしょう。

でも鮭皮亭はこれ以上忙しくさせられないから、配達をやるとしても別店舗をどこかに作って新

展開したほうがいい。

グランツ卿に相談したら面白そうだと乗ってくれるかもしれない。ふひひ。

「クレイストン、またもやタケルが悪いことを考えておるようじゃ」

「……我らは見守ろう」

「ピュイ」

エルフのブロライトたちは勝手なことを言っているが、ともかくギルドの受付嬢たちに一日の報

酬を手渡し、また何かあったらよろしくねと告げて帰宅させた。二人とも是非ともまた手伝わせて

先に泣き出し、続いて女お

将かみ

のクミルさんや三姉妹も笑いながらぼろぼろと泣いた。

お弁当販売の臨時バイトをしてくれたギルド受付のエリアとパントも頑張ってくれた。なにせ二

人は計算ができるし、失礼な輩

やから

には大声で注意することもできる。列の横入りには特に目め

敏ざと

く、卑ひ

怯きょう

な真似をする人には売りませんからね、ときっぱり断言したらしい。

二人がギルドの職員と知られていたおかげで、難癖をつける者もいなかったという。あとでキュ

レーネのギルドマスターにお礼を言っておこう。

「エリア、パント、二人ともお疲れさまでした。有難うございました」

俺がそう言って、清す

々すが

しそうな顔で微笑む二人に深く頭を下げると、彼女たちも同じく頭を深々

と下げた。

「いいえいいえ、私たちも楽しかったです!」

「そうですそうです、たいへん勉強になりました!」

マルス大佐たち竜

ドラゴンナイト

騎士の威光もあったかもしれないが、彼女たちが秩序を保ってくれたおかげで、

あれだけ繁盛していても酷いパニックにならずに済んだとマルス大佐から聞いている。

伊だ

達て

に、日ごろ荒くれ冒険者たちの相手をしているわけではない。ギルド職員すごい。

「お昼に握り飯弁当をいただいたんですけど、これほんっとうに美味しいんですよね。私びっくり

しました」

「でも、ギルドから鮭皮亭は少し離れているから、毎日のお昼ご飯に買いに来られないんです

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 1415

台所の裏にあった物置小屋を改造し、その部屋全体に維メ

ンテ持

の魔石を配置した。扉を開いたら効果

は消えるけど、扉を閉じておけば冷蔵庫のような状態となる。食材は腐らせてはなりません。

クレイに言わせてみれば、保存庫などは一部の貴族しか所有できない高級なものらしい。しかも

部屋全部が保存庫などとは聞いたことがないと。へえー。そうなんだー。

トルミ村にある宿や俺たちの屋敷にも作ってあるんだけど……余計なことは言わないでおこう。

クレイはまた俺の頭を殴るだろうし。

何はともあれ、クミルさんたちなら、この保存庫を上手いこと利用してくれるはず。

ユルウさんとの会話を終えた俺は、考えていたことを皆に言った。

「マルス大佐たちにも何かお礼をしたほうがいいな。現金を渡すより、クレイを一日貸し出すって

のはどうだろう」

「おお! 

それは何よりも喜ぶのではないか?」

「ピュイ!」

「待て、勝手なことを言うな」

「古ふ

馴な

染じ

みも騎士団の宿舎にいるんだろう? 

挨拶がてら演習指導? 

ってやつでもしてくれば

如いかが何

でしょう?」

「むっ、クレイストンの演習指導ならば、わたしも受けたい」

「演習指導って何をやるのかわかんないけど、ブロライトもこう言っていることだし」

ほしいと言ってくれたのは嬉しい。

クミルさん一家の三姉妹も今日一日頑張って疲れたらしく、眠そうな目をこすりながらゆっくり

と船をこぎはじめていた。

クミルさんに子供たちの寝かしつけを頼み、先に休んでもらう。

それからユルウさんと最終確認。

「人件費と材料費、諸経費と税金分を差し引いても……すごいな、この儲け」

「オコメの仕入れ値がとても安かったので、調味料や握り飯を包んだデンドラの葉のほうが高いく

らいでしたよ」

「オコメ様々だな。だけど、今日の人気っぷりで市場価格は跳ね上がるだろうから、安いうちにで

きるだけ仕入れておいたほうがいい」

「はい、そうしておきます。タケルさんに作っていただいた保存部屋のおかげで、食材を腐らせず

に済みますしね」

握り飯弁当の正体がエペペ穀こ

だということは、既に王都じゅうに広まっている。

ただし、エペペ穀をどうやって料理したらああなるのかは企業秘密。ただ煮るだけではリゾット

になる。しかし腕のいい料理人ならば、すぐに調理法を見つけるだろう。

ちなみに保存部屋というのは、大量に仕入れたエペペ穀の保存場所に困っていたユルウさんを見

かねて、俺が作ったものだ。

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 1617

「タケル、これはなんじゃ? 

何が書かれてあるのじゃ」

机の上に並べられた黒い葉を見たブロライトは、一枚を手に取った。書かれてある文字を読もう

としても、解読できずに眉根を寄せる。

前世で日本人だった俺が書いたその文字は、もしも紛失してしまっても誰にも解読することはで

きない。部分的に速記文字で書いてしまうのは、前世の営業職で染みついた癖。

「サルサールの企んでいることと、その関係者と、サルサールの動機などなどを書いた。盗まれる

ことはないと思うけど、万が一を考えて日本語で書いておいたんだ」

「ニホンゴ……もしやタケルの故郷の言語か?」

「そうそう。それじゃあサルサールの企んでいたことを説明するから。えーと、ちょっとややこし

いんだけど、サルサールのコラーダ商会はお隣のエポルナ・ルト大陸にあるストルファス帝国所属

のエドルート商会ってところと裏で通じていて、エドルート商会の取締役であるクリータス・ウォ

カリアっていう人はアルツェリオ王国の執し

政せい

である、ええと、ぱる……ぱりゆ……なんとかって侯

爵の同窓生」

「シルト・ティン・パリュライ侯爵だ」

「そう、その侯爵様ね。しると、ていん、ぱ、りゅ、らい、と」

クレイに指摘された部分を斜線で消し、正しい名前を書く。

「クリータスっていう人はその侯爵閣下と、ストルファス帝国の竜

ドラゴンナイト

騎士養成所で知り合って、それ

「だから勝手なことを言うなと!」

竜ドラゴンナイト

騎士諸君へのお礼はこれで決定。ブロライトも賛成しているから、あとは流されやすいクレイ

の背中を押すだけ。クレイはなんやかんやとやるんだから抵抗するだけ無駄。

明日は鮭皮亭も一日休み。今日の出張販売のために宿の営業も休止させてしまっているのだ。ち

なみに、明後日からは通常営業を開始してもらう。クミルさんたちは久々の休日を楽しんでくれる

だろう。俺も市場へ買い物に行きたい。

ユルウさんを休ませたあと、俺たちはクレイの部屋に集まった。

盗聴防止の魔

マジックアイテム

道具を起動させ、鞄の中から紙の束を取り出す。

紙といっても精製された白い紙ではなく、真っ黒の葉。白いペンのインクが滲に

みにくい木の葉だ。

その名もペパルの葉。羊皮紙を買うよりもお手軽なので、俺はこの紙を成形しノート状にして愛用

している。

真っ黒の大きな葉に白文字で書くわけだから、ちょっと暗黒魔導書のようだなと思ったのは黙っ

ておく。

ペパルの葉は魔素の濃い森にしか生は

えない。エルフの郷さ

にはそこかしこにわさわさ生えていたの

で、まとめてもらってきた。王都では一枚1000レイブという割と高い値段で売られていたけど、

知らなかったことにしておこう。

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 1819

ローブにもぐってもぞもぞふみふみと蠢

うごめ

くと、すぐに寝てしまった。

しばらく黙って考えていたブロライトが、小魚を噛みながら聞いてくる。

「待てタケル、なにゆえそのようなことまで知り得たのじゃ」

「んーと、エドルート商会の取締役について詳しそうな人に聞いたんだよ」

「誰じゃ」

「あの競売場にコラーダ商会の幹部の奥方たちが招かれていて、クリータスさんってどういう

人? 

って聞いたら、まあ喋

しゃべ

るわ喋るわ。聞いていないことまで教えてくれた。クリータスさんは

現在三人の奥さんと八人の子持ちですって。サルサール子爵と半年に一度グラン・リオ大陸の西端

にある港町で面会されているようざーますのよ、オホホ、って言っていた」

裕福な家庭の奥方というのは、あまり街中を出歩かない。庶民と肩を並べて歩くなど、はしたな

いざますという考え。

買い物がしたい時は店の人を屋敷に呼びつける、もしくは使用人に買いに行かせるのが、一般的

な貴族のお買い物。

そういうことをする代わりに客を招いて自宅でお茶会を開き、噂話や王宮ゴシップなどに花を咲

かせている。これはベルミナントの奥方、ミュリテリアさんに聞いた。ミュリテリアさんは噂話に

興味はなく、めったにお茶会を開かないことで有名。

それはともかく、噂話でもいいから何か知っていないかなと声をかけたら、五人の奥方に取り

以来クリータスは侯爵閣下を目の敵

かたき

にするようになったと」

ストルファス帝国の竜

ドラゴンナイト

騎士養成所は、生まれや育ちに関係なくやる気があれば誰にでも門も

戸こ

を開

いている。

クリータスは侯爵の素性を知らないまま知り合い、互いに切せ

磋さ

琢たく

磨ま

していった。だけど侯爵のほ

うが優秀で、容姿にも恵まれていて、クリータスが片思いをしていた女性を侯爵が好きにすらなっ

て……

とまあ、よくある青春時代のお話だ。

クリータスは、そうしたことをずっと根に持っていた。そして侯爵がアルツェリオ王国の王族と

知り、更に不満が膨らんでいった。

育ちの良し悪しで成績が決まるわけではないのに、クリータスは優秀な侯爵を逆恨みした。その

恨みはなぜかアルツェリオ王国に。

ほんと何でそんなことで恨むんだろうか。アイツは凄いできる奴だな、それじゃあボクも頑張ろ

う、えいさー、って前向きになれないもの? 

俺の成績が悪いのはアイツがいるせいだ、ってどう

して思えるんだろう。人のせいにするのは簡単だけど、それじゃ自分自身は成長しないまま。

俺は一旦説明を止めると、鞄の中から魔法瓶とカップを取り出しそれぞれに手渡す。各自手て

酌じゃく

カップにエプル茶を注ぎ、小魚の佃

つくだ

煮に

と木の実を皿に山盛りにしてつまみに。

ビーが俺の膝の上でぐるぐると忙せ

しなく動きはじめたので、ローブを丸めてかけてやる。ビーは

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 2021

伯爵位までであり、子爵と男爵はただの貴族。

そのことは当然サルサールもわかっていただろうが、それでもプライドの高いサルサールは諦め

なかった。

俺はひと息つくと、更にこの事件の闇の部分に踏み込む。

「元老院のクルーザース、マイヤーズ、ドノフリオの三人は、サルサールとエドルート商会から賄わ

賂ろ

をもらっている。グランツ卿が教えてくれた疑わしき人物名簿そのまま」

元老院の三名はそれぞれ伯爵位だ。

王宮での情報漏洩はこの三名が主。相当私腹を肥やしているようで、あの場でグランツ卿に強い

敵意を抱いていたのもこの三人だった。あの競売騒動の際に詳しく調ス

キャン査

した結果、もっと恐ろしい

ことが判明。

前王を殺した側室にイヴェル毒を渡したのが、コラーダ商会を介したエドルート商会だったって

こと。

しかも、企んだのは現役の元老の一人。

前王が亡くなったのは十数年も前。そのころからエドルート商会が絡んでいたとなると、サル

サールの陰謀というのは考えていたよりも奥が深そうだ。

囲まれて延え

々えん

とお話を聞く羽は

目め

になった。収穫はあったが、なかなか止まらない話に思わず軽めの

睡ソルシュ眠

をかけてしまった。安らかな眠りを貴方に。

香水の匂いがキツくて、俺もビーも耐え難かったのだ。

「そもそもエドルート商会ってのが、ストルファス帝国でも一番大きな商会らしくって、王族とつ

ながりがある由緒正しいところ。そんな大きな後ろ盾がある商会と縁をつないだんだ。有頂天に

なったサルサールがエドルート商会の言いなりになって、クリータスの積年の恨みを晴らすべく暗

躍したというわけ」

これも奥様たちに聞いたというか、一方的に喋ってくれたというか。

初代サルサール子爵は成り上がりらしい。サルサール子爵のおじいさんが優秀で、商会をはじめ

てどんどん財を蓄えて、財の蓄え方をアルツェリオ王家にも伝授したということで、国家功労者と

して爵位を授与された。

おじいさんは優秀だったが、その孫は爵位に胡あ

ぐら坐

をかいて好き放題やってきた。商会を広げたの

は凄いとしても、全て強引なやり口。話をしてくれた奥方の中にも、サルサールを強く恨んでいる

人がいた。理由は聞かなかったけど。

王都内で子爵位というのは下位貴族になる。いつか上位貴族である伯爵位に上り詰めるのがサル

サールの目標だったが、伯爵というのは代々続いている血筋のみであり、成り上がりではいただけ

ない爵位。そもそも領土に与えられた爵位が上がることはない。王宮の晩餐会などに呼ばれるのも

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 2223

十数年前、クリータスはエドルート商会に所属していなかった。

――と、なりますと。

アルツェリオ王国をどうにかしちゃいたいと思っている重要人物が、クリータス以外にもいると

いうわけで。

乗りかかった船ではあるけど、ちょっと面倒くさくなってきた……

「タケル、戻りました」

なぜか窓からのそりと入ってきたプニさんは、髪におがくずのようなものをつけていた。

催促される前に席を用意し、打ち上げ会のために作っておいたダークキャモルの肉揚げかつ丼を

鞄の中から取り出す。今まさにできたてホカホカのそれが、とろりと溶けた半熟の卵と醤油ベース

の匂いを漂わせ、腹の虫を呼び起こす。

「プニさん、お疲れ様でした。さあさあさあ、こちらへ」

椅子を引いて着席を促すと、プニさんは極上の微笑みを返してくれる。こりゃ首尾は上々、って

ことかな。

「お前の望みは叶えました。王国内の全ての馬は、わたくしの命め

に従います」

「ありがとう。さすがマデウスの全ての馬を司

つかさど

る神様だよな、凄い凄い」

「ひひん、ふふ、ひひひん、そうでしょう。わたくしは美しく、そして凄い、凄い神なのです!」

「知ってた知ってた! 

さあさ、かつ丼を食べてくださいな。五杯までね」

品よく着席したプニさんに胸元を汚さないようヨダレかけの布をかけ、カップに魔法瓶から冷た

いハデ茶を注ぐ。神様の機嫌を少しでも損なわないよう、懸命にヨイショヨイショ。ブロライトは

プニさんの髪の毛をとかし、クレイはプニさんの手を濡れ布巾で拭ってやった。ヨイショヨイショ。

プニさん愛用のフォークを渡すと、プニさんは律儀に「いただきます」と言ってから食べはじめ

た。クレイが俺に視線を向けてくる。

「タケル、プニ殿のおかげでサルサールの逃亡は防げるようだな」

「ああ。クレイに言われなければ気がつかなかった。さすが、元竜ド

ラゴンナイト

騎士」

「ふふふ。それしきのこと、竜

ドラゴンナイト

騎士でなくても思いつくであろう」

競売で落札した腕輪の受け取りが終わったあとでクレイに言われたんだ。もしかしたらサルサー

ルや元老院連中が国外逃亡をするかもしれないと。

聞いた瞬間、口があんぐりと開いてしまった。俺はサルサールが逃げる可能性を、すっかりと忘

れていたのだ。

慌ててどうすりゃいいのかと考えた。逃げるってどうやって? 

走るの? 

リアカーに荷物詰め

込んで? 

まっさかー。逃げるとしたら馬車じゃね? 

そうだよな。馬車だよ。だけど馬がなけ

りゃ馬車は動かせない。転ゲ

ト移門の魔法が使えたら話は別になるけど、まずは馬をどうにかしないと。

というわけで、マデウスのお馬さんの頂点に君臨する、大食らいの美女神様を思い出しました。

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 2425

それでお願いしたわけです。

プニ様お願い、王都内の馬に頼んでくれないかな、「明日は一日、絶対に、何が何でもお休みし

ましょうね」って。

これで王都内の馬は全力で休んでくれるだろう。なんせ馬の神様からの命令だからな。

あれっ。

でも、プニさん今なんて言った?

「あの、ププ、プニプニ様? 

……王国内の、馬、全てって? 

どういうことで?」

「もぐもぐもぐもぐ、んぐ、グラン・リオ大陸にあるもむもむ、アルツェリオ王国の息がんぐんぐ、

かかった、全ての馬ですよ? 

お前がそう言ったのではないですかぶるる」

「え」

グラン・リオ大陸にある、アルツェリオ王国の息がかかった全ての馬?

つまりそれって。

…………王都だけじゃなくて王国じゅう、ってこと?

あちゃー。

2 

瓶びん

底ぞこ

眼鏡と、暗黒魔導書

古アルタトゥムエクルウス

代馬の安息日。

アルツェリオ王国の住民は、謎の怪奇現象をそう呼んだ。

ある朝突然何の前触れもなく、王都エクサル内において馬という馬が全て職務放棄をしたのだ。

熟睡したまま起きない馬、地べたにはいつくばって梃て

子こ

でも動こうとしない馬、威い

嚇かく

し唸う

る馬、

どこかへ逃げてしまった馬などなど。

人々は慌てふためいた。これでは仕事にならない、どこへも行けない、何があったんだ、どうし

てくれるんだ、と。

日ごろ馬に対し愛情を持って接していた人の馬は、素直に飼い主の言うことを聞いた。しかし言

うことは聞くが、決して馬ば

房ぼう

の外に出ようとはしない。それゆえ、仕事にはならないという。

馬を虐

しいた

げていた者に対し、これは馬からの逆襲だという声も上がったが、人と信頼関係を築けて

いる馬すらも同じ有様。

人々は恐れ、噂しあった。

「四番街のサイモンいるだろう? 

赤毛のエグラリー一角馬を持っているヤツだよ。アイツ、毎

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 2627

日馬を叩いて言うこと聞かせていて、あれじゃあ馬が可哀想だと思っていたんだよなあ。俺がや

めろって何度も言ったのに、あの野郎、ちっとも言うことを聞かないで。それで、この騒動だろ? 

赤毛の馬は逃げちまいやがったと! 

ざまあねえよ!」

「馬にひでぇ仕打ちしていたヤツらの馬は、みーんな昨夜のうちに逃げちまったってなあ」

「そういやあ、隣町の荷も来ないんだって? 

ギルドが伝で

書しょ

虫むし

や遠と

見み

鏡きょう

の情報を集めて知ったらし

いんだけどな、他の町でも同じことが起こっているらしい。大陸の端っこにある辺境都市でさえも、

馬が言うことを聞かなくなったってよ」

「どうなっていやがる……」

「これはきっと馬の神様、馬神様のお怒りなんだよ!」

いくら偉大な魔法使いや魔導士であったとしても、これだけ大量の馬をどうにかするような真似

はできるわけがない。警備が厳重な王宮の馬でさえ、馬房で呑気にごろ寝。竜

ドラゴンナイト

騎士が魂の片割れと

している竜すらも、馬と同じ行動をしたらしい。

「馬」としてその背に人や荷を載せて運ぶ生物は、全て大地に腹をつけ、アーアー聞こえなーいと

ストライキ。いくら複雑な魔法でも、特殊な薬剤を用いても、「大陸全土の馬に同じ行動を取らせ

る」ことなど、人ができるわけがないのだ。

であるからして、人知を超えた異常事態は、神の御み

業わざ

に違いないと誰もが声を揃えて言った。

雄お

お々

しき馬の神、古

アルタトゥムエクルウス

代馬の御業であると。

「ひひん」

朝から大量の山盛り飯を頬張る神々しい美女が、そのアレ。

世界の馬という馬の頂点に君臨しているらしい、偉大なる神様でございます。

マデウスにおいては、荷物を運んだり人を運んだり、はたまた農作業を手伝ったり、粉ひきの原

動力として働いたりする生物を、総じて「馬」と呼ぶ。大きな鳥や羽の生えたヘビのような生き物

も、「馬」と通称で呼ぶのだ。

まさか竜

ドラゴンナイト

騎士の相棒までも巻き込んでしまうとは思わなかった。だって、竜を「馬」と呼ぶ人は

いないから。

ちょっとお休みしてくれれば良かったんだけど、まさか逃げ出してしまう馬まで現れるなん

て……戻ってくるのかな……

「人の子には良い教訓になったのではありませんか? 

馬を虐

しいた

げる者に馬を扱う資格はないのです。

馬を尊敬し、慈

いつく

しむことにより、馬は人の子にそれ以上の愛を返します。馬とは尊い生き物なので

すもぐもぐ」

口の周りとなぜか額にも米粒いっぱいつけて胸を張るプニさんは、蒸し魚を骨ごと食べながら馬

を称えた。

プニさんの言ったことは馬に限らずどんな生き物にも言えることだとは思うが、プニさんは馬を

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 2829

贔ひい

屓き

する馬の神様だから仕方がない。

サルサール子爵の王都外逃亡を阻止することはできた。できたがしかし、一体どれだけの人に迷

惑をかけてしまったのだろうか……考えるだけでも恐ろしい。

「日ごろ人の子に愛され大切にされている馬は、わたくしの命に従わなくても良いようにいたしま

した。全ての人の子に支障があるわけではありません」

「それじゃあ、気性の優しい馬に乗ればサルサールの逃亡もありえると?」

「ぶるるっ、馬は人の子を見分けます。無理やり言うことを聞かせようとする者は、後ろ足で蹴り

飛ばされることでしょう」

ヒエッ。

巨大な一角馬の逞

たくま

しい後ろ足を想像し、背筋が凍った。あの足で蹴られたとしたら、軽く逝い

く。

あの世へ。

金にモノを言わせて優しい馬を買い上げるくらいするかもしれないと危き

惧ぐ

していたが、その心配

も杞き

憂ゆう

に終わりそうだ。いくら馬が言うことを聞かないからって、殺してしまうようなことにはな

らないだろう。なんせ他の馬も同じ状態なんだし。

クミルさんが、プニさんが綺麗に食べつくした皿を片付けながら言う。

「タケルさん、大公様のお屋敷にお出かけになるんですよね? 

馬車がないので早めに出られたほ

うが宜しいですよ」

鮭皮亭の面々も今日は休みにしているため、朝から十番街にある大きな公園に出かけるらしい。

クミルさんたちには日ごろの感謝の気持ちとして、肉焼きジュペと小魚の佃煮が入った握り飯を弁

当として持たせた。冷たいエプル茶が入った魔法瓶も忘れずに。猫三姉妹は俺に花の冠をお土み

やげ産

作るのだと張り切ってくれた。可愛い。

「それは大丈夫。俺たちのことよりも、クミルさんたちは? 

もう出かけないと」

「あらっ? 

あらあらやだやだ、そうですね! 

アンター! 

ユーリソーリミーリ! 

出かける

よー!」

鮭皮亭を訪れたグランツ卿の正体がアルツェリオ王国ナンバー2である大公様だったと知った一

家は、仰天したもののすんなりと納得。そもそも貴族に出逢う機会が少ないため、驚きはするが特

別恐れおののくことはしないとユルウさんは震えながら言っていた。

グランツ卿の曾孫のティアリス嬢は鮭皮亭の三姉妹が気に入っているようだし、きっとまた顔を

出すだろう。曾孫馬鹿の曾ひ

爺じい

さんも来るに違いない。これで鮭皮亭には「大公閣下が訪れる宿」と

いう箔は

が付く。クミルさんたちにはそんなものいらないと言うだろうが、宿の安全を守り続ける後

見人のような存在は必要だ。ただでさえ昨日の握り飯弁当は大評判で、今朝も早くから宿を訪れる

者があとを絶たないのだから。

宿の入り口に「本日定休日、握り飯弁当は明日から販売を再開します」と書かれた紙を貼り、ク

ミルさんたちは出かけていった。

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 3031

「我らも出るか」

戸締りを確認したクレイを先頭に、俺たちは食堂からクレイの部屋へと移動する。

部屋の中央で転ゲ

ト移門の魔法を展開すると、中空に現れた謎の光。光が次第に大きくなるにつれ、

光の向こうに広がる森が見える。いや、これは森ではない。ちょっと緑が深い、グランツ卿のお屋

敷の裏庭だ。

グラディリスミュール大公閣下の本宅は王宮内にあり、城の一部となっている。だがしかし、グ

ランツ卿とその奥方は中層にあるこの別邸のほうが気に入っていた。曾孫娘のティアリスも気軽に

通えるし、何より生い茂る緑がとても美しいらしい。

そんなこと緑リ

ベルアリナ

の魔人に言ったら喜んで何やらかすかわからないから、黙っておこう。

「ピュピューィ、ピュピュ」

「うん? 

えーと、手土産は持った。ジャンボスイートポテトと塩バターポップコーン。奥方様に

はネブラリの花束」

「ピュイ!」

ビーに促され忘れ物がないように再度鞄の中を確認し、転ゲ

ト移門を維持。

先日訪れた際、グランツ卿に俺が転ゲ

ト移門を使えることを打ち明けた。俺の手の内を見せることに

より、グランツ卿の信頼を得るためだ。俺がこの魔法を使えるということは、俺たちは好きな時に

アルツェリオ王国から出ることができる。つまり、俺たちを裏切ったら俺たちもグランツ卿を見限

るからね、という意味も込めて。

俺たちのチーム「蒼そ

黒こく

の団だ

」の名は王都内に知れ渡っている。ランクAの冒険者が二人も所属し

ているだけでも珍しいことなのに、オマケでオールラウンダーの俺。更には、謎の神々しい美女ま

でいるのだから目立ってしょうがない。

ともあれ、グランツ卿は少なからず俺たちに脅威を感じている。クレイ一人で竜

ドラゴンナイト

騎士の一個大隊

を軽く吹き飛ばせるのだから、俺たちを敵に回したらどうなるのか、グランツ卿ならば考えなくて

もわかるだろう。

グランツ卿の別宅に転ゲ

ト移門をつなげられるのは、魔石を置かせてもらったから。以前、転ゲ

ト移門を

開くための魔石を置かせてほしいと言ったら、グランツ卿は人目につかない屋敷の裏庭を勧めてく

れた。裏庭といっても、ちょっとした森林公園くらいの広さがありましてね。中層の中では一番広

大な敷地なんですって。

「タケルの魔法は相も変わらず見事じゃな! 

貴殿のおかげで我らは労せず目的の場所に行ける」

「ピュイィーィ」

「わたくしが馬車を引きましたのに……」

はしゃぐブロライトとビーとは対照的に、綺麗な顔をぶすりと歪ませながらプニさんが転ゲ

ト移門を

くぐる。それに続いて俺が最後に出ると、転ゲ

ト移門は音もなく消え去った。

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 3233

プニさんはグランツ卿の屋敷まで馬車で移動するつもりだったらしいが、そんなことをすれば馬

が必要な人たちが集まってきてしまう。プニさんを売ってくれと。

わたくしは気高き馬ではありますが、わたくしを人の子の貨幣で売り買いするなど言ご

語ご

道どう

断だん

ぶる

る……とかなんとかキレるだろうから、余計な混乱を避けてみたのです。

「ほらプニさん、シェリル様の特製焼き菓子をいただくんだろう? 

王都を出たらベルカイムまで

馬車で移動してもらうからさ」

「約束ですよ。エドナ渓谷を通りましょう」

プニさんが通りたがっているエドナ渓谷っていうのは王都の東にあるグランドキャニオンばりに

でかい渓谷なのだが、方向は逆のような……だがしかし、馬神様のご要望には逆らうまい。王都に

来てから既にひと月半。その間、俺たちはプニさんの馬車「リベルアリナ号」に乗っていないのだ

から。

「タケル、何をぼんやりと呆ほ

けておる」

「別に呆けちゃいないんだけど。いや、王都に来てだいぶ経つなあと思ってさ」

「そういえばそうだな……月日が流れるのは早いものだ」

クレイは晴れ渡った青空を見上げ、目を細めた。

それに倣な

って俺も空を見上げる。ふわふわと浮かぶ白い雲を眺め、トルミ村のレインボーシープ

はどうしているかなと郷

きょう

愁しゅう

に駆られる。

グランツ卿に挨拶をしてサルサールの陰謀や元老院連中の企みをぶちまけたら、トルミ村に帰ろ

うかな。クレイやブロライトにも里帰りをさせたいし。俺もトルミ村のみんなに王都土産を渡した

い。そう、お米を!

生い茂る木々の合間から外に出ると、続いて広がる緑の綺麗な芝生。正面玄関の巨大噴水に数人

の小さなメイドさんたち。それぞれホウキや麻袋を手に、庭の掃除中だったらしい。

「こんちはー」

俺がメイドさんたちに声をかけると、彼女たちは俺たちの姿を見て同時に飛び跳ねた。

「まあまあまあっ、お客様!」

「タケル様! 

お客様!」

「ミュミュ、婦長様とジェームズ様にお伝えしてちょうだい! 

お客様がいらしたわ! 

お客様!」

「はいっ! 

いらっしゃいましお客様!」

「お客様! 

いらっしゃいまし!」

メイドさんたちはホウキをそのへんに放り出すと、俺たちのもとへ猛ダッシュ。あっという間に

ローブの裾を掴まれ、さあさこちらへと強引に連れられる。

前回訪れた時と同じく、俺たちは正面玄関から屋敷に入ることを許された。勝手口とか通用口で

いいのに、律儀なことだ。

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 3435

相変わらずどこもかしこも綺麗な屋敷内を眺めつつ、執事のジェームズさんに案内されたのはグ

ランツ卿の執務室。巨大で立派な扉が開いた先には、豪華な長椅子でグランツ卿に膝抱っこをされ

た奥方、シェリル様。

「あら、皆様がおいでになられましたよ、閣下」

「ううむ、もう少し儂わ

の女神を眺めておりたかった」

「まあ、お上手なこと。うふふふ」

だから老夫婦のイチャコラなんて見たくないんですけどね。

ほら、傍で控えているジェームズさんのスナギツネのような顔を見てみなさい。あの顔は開き

直っている顔だ。さすが執事。

プニさんは勝手知ったる屋敷ということで、グランツ卿の許可も得ず部屋の中に入り、窓辺の日

当たりのよい長椅子に腰かけてしまった。

ブロライトは夫婦に軽く会え

釈しゃく

をし、プニさんのあとに続く。小さなメイドさんたちはちょろちょ

ろと動き回り、プニさんの前に大量の焼き菓子を運ぶ。それに釣られたビーが俺の頭の上から焼き

菓子のもとへ。

グランツ卿が手招いたのを確認したクレイは、頭を下げてから入室。俺もクレイの真似をして

入った。シェリル様がグランツ卿を見つめながら言う。

「プニ様にわたくしがお作りした菓子をお持ちいたしますわ」

「そうだな。お前の作りし菓子はとても美味い。もちろん、儂にもあるのだろう?」

「うふふふ。それはどうかしら。プニ様もブロライト様も、たくさん食べてくださいますもの」

奥方様はグランツ卿の膝から降りると、俺たちに微笑みながらカーテシーを披露し、数人のメイ

ドさんを伴って退室した。

朝飯をたらふく食ったばかりだというのに、プニさんは優雅に焼き菓子を食べている。ビーとプ

ニさんの面倒はブロライトに任せるとして、俺とクレイはグランツ卿の執務机に向かう。

黒こく

檀たん

の巨大な机の上には、数枚の書類のようなものと、分厚い本の数々。立派な純白の筆ペンや

封ふう

蝋ろう

などが雑多に置かれてあった。どうやらグランツ卿は直前まで執務をされていたようだ。

「それで、首尾は」

黒革の執務椅子に深々と腰を掛けたグランツ卿はそう言って、長い足を組んでにやりと微笑む。

俺も同じくにやりと悪い笑みを浮かべると、クレイの眉根渓谷が更に深くなった。

「まずは俺が書いたこのリストを……」

俺が鞄から取り出したのは暗黒魔導書。じゃなくて、俺がペパルの葉に日本語で書いた陰謀者リ

スト。

巨大な黒い葉っぱにずらりと並んだ日本語。きっとグランツ卿は見たことのない言語だ。それが

紐つづりになって八枚。せめて白い紙に書けとクレイに言われたが、文字が読めればそれでいい

じゃんと言い張ってしまった。

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 3637

しばらくしてグランツ卿が口を開く。

「タケル、これはどこの国の魔導書だ」

うん、素直にクレイの言うことを聞けば良かった。

リストを訝

いぶか

しげな顔で見つめるグランツ卿は「どのような恐ろしい魔力が込められておるの

だ?」なんて言っている。

サルサールを中心に怪しいと思われていた関係者と商会と、その理由などをわかりやすく箇条書

きにしたんだけど……もう書いてしまったものは仕方がない。記録が残ればいいんだよ。

「サルサールが企んでいることと、その背後関係と理由などを書きました」

「これがか!? 

昨日の今日でここまで。だが、儂には読むことができぬ。見たことのない言語であ

るが、これは一体……」

「グランツ卿、こちらの眼鏡をかけてから読んでください」

俺はそう告げると、鞄の中から銀縁の丸眼鏡を取り出す。瓶底のように分厚い不格好な眼鏡だが、

俺にセンスを求めないでもらおう。

「この眼鏡をかけるとこの文章が読めます」

「ぬ? 

……なんと!」

端整な顔のグランツ卿が丸眼鏡をかけると、パーティーグッズのように思えてしまう。あまりに

も似合わなすぎて。

眼鏡の分厚いレンズには、解

アルジュス読

の魔石を使っている。日本語しか読めないうえに、一年間くらい

しか効果が続かない。

解アルジュス

読の魔法は俺の言語知識を伝える魔法。俺が知っている言語だけが対象だけど、俺には世界言

語の異ギ

フト能

があるため、読めない言語は存在しない。たぶん。

この丸眼鏡は日本語だけを読めるようにしてある。もしも盗難にでもあい、悪用されたら大変だ

から。

「……まさかそのようなことが! 

いや、だがしかし……ぬうう……ぬっ!? 

ストルファス帝国?」

瓶底眼鏡姿のグランツ卿は、リストに書かれてある人物の名前を見て驚

きょう

愕がく

し、怒り、嘆いた。

悪だくみをする理由まで事細かに書いたおかげで、特に質問もされずに済んだ。報告書作成は得

意でしてね。

グランツ卿は瞳の奥にふつふつとした炎を宿らせると、口元を歪ませてにやりと笑う。

その笑顔はまるで、恐怖の大魔王――

3 

王宮にて、献立計画

宮殿といえばこっちの世界でも俺が元いた世界でも、豪ご

華か

絢けん

爛らん

で敷地が無駄に広く、庶民の税を

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 3839

集めまくったその時代の象徴である。

王の権威を表すために増改築を繰り返した宮殿もあり、見た目が豪華なのに反して住み心地は悪

そうだった。

かの有名なフランスのヴェルサイユ宮殿。贅ぜ

の限りを尽くした美術的価値も高い建築物であるが、

あの寒々とした部屋で暮らしたいとは思わなかったな。なんせトイレ事情がアレで、庭とか噴水の

周りとか、当時はとんでもなかったらしいし。

言うまでもなく、俺は庶民だ。骨の髄ず

まで、庶民である。

二十畳の広さを誇る広々としたフローリングのリビングよりも、六畳和室に炬こ

燵たつ

がポツンと置か

れた部屋のほうが落ち着く。ベルカイムにあるルセウヴァッハ領主の屋敷や、王都エクサルの中層

にあるグランツ卿の別邸に滞在して思ったことが、「掃除大変そう」だった。だからこそ使用人の

仕事があるのだろうけど、調度品を壊したら誰が責任取るんだろうとか、そういう余計なことを考

えてしまう。ほら、庶民だから。

クレイは元竜ド

ラゴンナイト

騎士であり、ストルファス帝国の王室に仕えていた経験がある。もともと故郷では

次代の郷長となるべく鍛えられたと言っていたが、誰かに何かを命じたり頼んだりすることに慣れ

ているということだ。つまり、育ちがいい。

ブロライトは言わずもがな。見た目も中身もアレな子ではあるが、ハイエルフ族。グラン・リ

オ・エルフ族を治める女王の娘であり、執政官の弟。蝶

ちょう

よ花よと育てられたわけではないが、相応

の礼儀作法などは心得ている。つまり、育ちがいい。

プニさんは神様だ。人に傅

かしず

かれるのに慣れているし、プニさんの存在そのものが尊い。つまり、

育ちが……

「プニさんの場合、育ち云々の問題じゃないな」

「ピュ?」

「いや、なんでもない」

大きな金色の目を不安そうに瞬

しばたた

かせたビーが、こてりと首をかしげる。ぬるりとした艶つ

やかな

喉を指で撫でてやると、ビーは心地よさそうに目を細めた。

ビーが不安になるのも無理はない。俺たちが今いるこの部屋は、今までに通された貴族の部屋の

中でも、一番の居心地の悪さだ。

磨き抜かれたつるつるの石の上に敷かれた、毛足の長い臙え

脂じ

色いろ

の絨

じゅう

毯たん

。高い高い天井には、微量

の魔力を感じるシャンデリア。壁に飾られた天地創造の絵画には、雄々しいふるちん男が空に手を

伸ばす姿が描かれている。黒檀と黄金の細工の調度品にデカい陶器の壺。

調スキャン査

すれば一つひとつがとても貴重で、とても高価な品なのだろう。さすが、王宮。

「タケル、この飲み物は美味しくありません。お前が淹れたハデ茶を出しなさい」

そんなきらびやかな調度品に囲まれた応接室で、いつも通り偉そうにしているプニさん。侍女さ

んが淹れてくれた温かなお茶を一口飲むなり、眉をひそめてそう言った。

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 4041

いやいや、そこで控えている侍女さんたちに悪いでしょうよ。

「プニさん、そんな失礼なこと言っちゃいけません」

「ひひん。何な

故ぜ

ですか。事実を言ったまでです。それに、わたくしたちをこのような部屋に通して

おきながら、待たせすぎると思わないのですか」

そりゃそうだけど。

俺たちは今、王宮にいます。

アルツェリオ王国王都エクサルのど真ん中、丘の上に燦さ

然ぜん

と輝く超巨大な建造物である、王宮。

つまりが王様が住んでいる家。

その王宮の応接室に通されて、既に数時間が経過。

それぞれの町や村には時を知らせるための魔

マジックアイテム

道具が必ずあり、決まった時間ごとに時の音ね

が鳴り

響く。学校のチャイムのようなものだ。

国内の町や村には時を知らせるための一族が必ずいて、時知らせの魔

マジックアイテム

道具の保管と、時を知らせ

るための鐘を鳴らすのが仕事。この王都内にもそうした一族が住んでいる。広大な王都全土に時を

知らせるため、数百人体制で鐘を鳴らしているらしい。

王都では大体一時間置きに鐘を鳴らしてくれるから有難い。ちなみに大きな商店の店舗には時を

色で知らせるものも置いてあったりする。

ともなくそんなおかげで、王宮にある応接室でも開かれた窓の外から僅かに鐘の音が聞こえて

いた。

応接室に通されてから三つ目の鐘の音、ということは。

「プニ殿、お待たせいたして申し訳ない。王宮というところは、何かと手続きや準備などに時間が

かかるところなのだ」

クレイがプニさんに頭を下げると、プニさんはむっと唇を尖らせた。

これ以上機嫌を損ねられちゃ敵か

わないと、俺は鞄の中からハデ茶入りの魔法瓶を差し出す。つい

でにチェルシーさん特製の焼き菓子を添えて。

「お前がわたくしに謝罪をすることはありません。呼びつけておいてわたくしを待たせる人の子が

悪いのです」

確かに待たせすぎだとは思うけど、段取りを後回しにして急

きゅう

遽きょ

俺たちを王宮まで連れてきたグラ

ンツ卿の気持ちもわかる。

競売会場を利用した俺の調ス

キャン査

大会によって、アルツェリオ王国に仇あ

なす不ふ

穏おん

分子の名前がわかっ

た。グランツ卿がもともと怪しいと目を付けていた元老連中を筆頭に、芋づる式にぼろぼろと出

てきた貴族や商人たち。それらがアルツェリオ王家中枢にまで入り込んでいたことに危機感を覚え、

グランツ卿は俺たちを呼び出したのだ。

通常、庶民や冒険者が王宮を訪れるのには各種手続きが必要になる。警備のダレソレの了解と警

備主任であるダレソレの了解と竜

ドラゴンナイト

騎士であるダレソレの了解と……とまあ、各方面への申し送りに

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 4243

数日かかる。下位貴族すら王宮にはなかなか近づけないというのに、俺たちみたいな得え

体たい

の知れな

い冒険者を王宮に招くなんてもってのほか。

しかし、グランツ卿は自分の立場を大いに利用。国の一大事だからと、問答無用で俺たちを王宮

に連れてきた。

これが、夜明けごろの話。

早朝に叩き起こされた俺の気持ちになってもらいたい。レインボーシープの毛で編まれた鍛冶職

人見習いリブさんお手製の布団でぬくぬくしていた俺に、起きろと叫ぶラプトル顔のクレイのド

アップ。起き抜けにあの顔は心臓に悪い。

クミルさんたちも早朝に訪ねてきたグランツ卿の馬車に目を丸くし、王宮に行くことがわかると

絶叫。手土産はどうする、正装しなさい、その前に顔を洗いなさいとてんてこまい。三姉妹も起こ

してしまったのは申し訳なかった。

寝ぼけ眼

まなこ

をこすりつつ、熟睡中のビーを頭に乗せ、やってきました王宮。

豪華な内装を物珍しく見学していても、一時間もすれば飽きる。おまけに壁際にずらりと並んだ

メイドやボーイたち。無言、無表情のままこっちを見ているから居心地は最悪。プニさんがキレる

のも無理はないのだ。

「まともに朝飯も食べられなかったからな。今朝は白身魚のハデ茶漬けにしようと思っていた

のに」

「タケル、それはどのような食べ物じゃ」

落ち着きなく部屋をぐるぐると徘徊していたブロライトが、耳をピンと立てて聞いてきた。

よくぞ聞いてくれました。

「クレイの故郷で買った白身魚を少し炙あ

ってだな。王都の露店で買った小魚の佃煮と、大根おろし。

そこに醤油を少し垂らして、最後にハデ茶を入れるお茶漬け丼だ」

「どんぶりということは、もしやオコメなのか?」

「そうです」

できたてのホカホカ飯に、炙った白身魚と小魚の佃煮。大根おろしは添える程度。

チーム一同の脳内はハデ茶漬けのことで頭がいっぱいになっているのだろう。揃って喉を鳴ら

した。

しかし王宮の応接室でお茶漬けを食べるわけにもいかず、メイドさんが用意してくれた軽食など

で胃袋を黙らせる。この軽食っていうのが、美味しくない。サンドイッチのような食べ物だったの

だが、パンはかさかさで硬くて、野菜はぐねぐねで新鮮さが一切なく、挟まれている肉のようなも

のは味がしなかった。

王宮の人たちって、この食事が当たり前なのだろうか。だとしたら、俺は王宮で暮らせない。

「そのうち鉄板焼きもやろう。ベルカイムに戻ったら職人街で巨大鉄板を作ってもらう」

「テッパンヤキ? 

それも美味いのか?」

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 4445

「何を焼くのじゃ」

「わたくしも食べます」

「ピュイ!」

豪華なソファーに座って、豪華なテーブルを挟み、豪華な茶器を囲んで盛り上がる。

「焼くのはなんでもいいんだ。一定の温度を保つ魔石を鉄板に仕込んでだな、目の前で一気にじゅ

わっと焼くんだ。バターでもいいし、植物油でもいい。醤油を垂らしたら最高だな」

お茶漬けに続いて芳醇な香りを放つバターと醤油のコラボレーションを想像した面々の顔には、

僅かに笑みが零れる。

塩コショウだけでステーキを焼くのもいい。海鮮でもいい。そうだ、ベルカイムやトルミ村に鉄

板焼きを流行らせれば、俺がいつでも食べられるじゃないか。

俺が発案だけしておけば、あとは住民がいろいろとアレンジしてくれる。そのアレンジ方法も

様々で、俺が思いつかないようなものも発明してくれるのだ。俺が発案した大判焼きは進化を遂げ、

今じゃベルカイムの貴族御用達レストランのメインディッシュになっている。ちょっと意味がわか

らない。

それはともかく、俺たちは時間を潰すために食べたいものを言いあった。鞄から取り出したメモ

帳にそれぞれのリクエストを書き出し、ベルカイムに戻るまでの朝食と昼食と夕食を決めていく。

あれが食べたいこれが食べたいと呑気に盛り上がる俺たちを見守るメイドさんたちは、無表情

だった顔に僅かな笑みを見せた。あまりにもくだらないことで笑いあう俺たちを見て、警戒する必

要はないかもしれない、と思いはじめているのだろう。ふふ。

「静せ

粛しゅく

に、静粛に、落ち着いて。それじゃあ、夕飯にカニ鍋が一回、辛めの山菜雑ぞ

炊すい

が一回」

「朝は握り飯じゃ!」

「はいはい、四種の握り飯ね。全員参加で作るんだからな。俺一人にやらせるなよ」

「わたくしに手伝えと?」

「働かざる者食うんじゃない。と、言ってもプニさんは馬車を引いてくれるから、ハデ茶を魔法瓶

に入れる係でいいよ」

「ひひん」

メモ帳にそれぞれのリクエストを書き出し、献立を決める。カニの在庫がそろそろ心もとないの

で、王都での用事が済んだらカニ狩りかな。

それよりも先に一仕事しなくては。

「あ、そうだ。これが終わったら図書館に行かせてもらう」

「ぬ? 

以前にお前が受けたいと申しておった、書物を探す依頼のことか?」

「そうそう」

この前、図書館で出会った魔法学校の青年がギルドで正式に依頼を出してくれたのだ。彼のため

にも、本を探さないといけない。

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 4647

図書館には重要文献なども保管されているため、その警備は厳重だ。僅かな魔力の波動も察知す

るらしく、うかつに魔法を使うことができない。だがしかし、魔法を探知する魔

マジックアイテム

道具を確認するの

は人。

種族がどうであれ、人って眠くなったら眠るよな……

図書館を中心に、半径一キロ以内にいる人に安らかな眠りを数分だけ提供したら、本を魔法で探

してもバレないんじゃないかな。ついでに探している本を読ませてもらう。

そこまで大がかりなことをせずに、素直にグランツ卿に相談するのも有りかもしれない。図書館

でこういう本を探させてほしいと言えば、絶対に駄目だとは言われないような気がする。

人コ ネ脈

は持っているだけでは駄目なのだ。使わなくては、意味がない。

そんなことを考えていると、侍従たちが応接室に入ってきた。

「蒼黒の団の皆さま、大変お待たせいたしました」

侍従は深々と一礼し、続いてとんでもないことを言い放った。

「陛下のご準備が整いましたので、どうぞ謁見の間へとおいでください」

え。

陛下って、陛下、サン?

俺とビーが揃って首を傾げると、クレイの鈍器という名の拳

こぶし

が俺の後頭部に炸さ

裂れつ

「痛っ!」

「呆けるでない。現王陛下がお逢いくださると言われたのだ。もっとしゃんとせぬか」

「いやだって、王様? 

なんで王様に逢うわけ?」

「お前は何のために王宮へと招かれたと思う」

「……グランツ卿のお部屋訪問? 

あ、痛っ!」

「阿呆。お前が調べしことの審議が為されるのであろうが!」

そんな怒鳴ることないじゃないか。しかも二回も殴る? 

クレイにはビタミンが足りないな。怒

りっぽいのはカルシウム不足だっけか。魚の骨を食わせてやる。

王様に謁見ということは、アルツェリオ王国の頂点に君臨する人に逢うというわけだ。しかも、

相手はドワーフでもエルフでもリザードマンでもなく、人間。この巨大な国家の元首様。

お洋服、着替えるべき?

4 

衆人環視の、その中で

「良いか? 

陛下のご尊顔を直視してはならない。それが許されるのはエルフ族、ブロライトだけ

である」

「顔を見なければいいんだな。わかった」

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 4849

「あくまでもへりくだるのだぞ。無礼な真似は絶対にいたすな。何か問われたら、許可を得てから

答えるのだぞ」

「誰が許可するの?」

「執政官が同席なされるのであれば、執政官であるな。良いか? 

決してふざけた真似はするな」

「ふざけた真似なんてしないって。あのなあクレイ、俺はこれでもドワーフの王様やエルフの女王

様にも逢ったことがあるんだからな。人間の王様なんて噛みつくわけじゃないだろ? 

なんとかな

るって」

謁見の間へと向かう間に、クレイは俺に王族へ対する挨拶の仕方や言葉遣いなどを教えてくれた。

ドワーフの王様にしたような挨拶でいいらしい。

アルツェリオ王国の王様に謁見すると言われても、正装したほうがいいのかな、清ク

リーン潔

もう一度か

けたほうがいいのかな、くらいにしか思わない。王宮に来る前に清ク

リーン潔

をしたから、臭くはないだ

ろう。

ドワーフ王国の王様は気安い感じがしたけど、謁見の間に続く扉はここよりもずっとずっと立派

で巨大だった。ドワーフというのは、やたらと巨大なものを作りたがる気質なのだ。クレイの魔王

像然り。

俺の恐怖耐性はこういった緊張感もりもりの場にも発揮される。つまり、緊張しないのだ。どう

いう人なのかな、という期待はある。まさかドワーフの王様のようにちょこちょこと歩き回るよう

な、そんな王様ではないと思いたい。

エルフの女王様、ブロライトのお母さんは素晴らしい美人だったな……こう、これこそ女神様っ

ていう感じの、恐れ多いって言葉がピッタリだった。身近にいる本物の神様は恐れ多いというより

も、めんどくさい。

「人間の王は噛みつかぬが、周りにいる者どもが噛みつくやもしれぬぞ」

「ああ……伝統とかナントカにうるさそうな人たち?」

俺がそう口にすると、クレイが嫌そうに顔をしかめた。

グラン・リオ大陸のお隣にあるエポルナ・ルト大陸。その大陸を統す

べる大帝国、ストルファス。

クレイはそのやたらとでかい国の王宮で働いていたことがある。そこでクレイは慣習とか伝統とか

格式とかにうるさいほど拘

こだわ

る貴族と関わりあい、辟へ

易えき

したらしい。特に暗黙の了解というのが大の

苦手で、たいていそういうのは悪い金絡み。クレイによると、賄わ

賂ろ

なんてのは呼吸するより自然に

横行しているようで、王宮ってとんでもないところだなと思った。

グランツ卿が王宮に住みたがらないのは、そうした薄汚れた社会が大嫌いだったからだ。奥方を

何よりも大切にしているグランツ卿は、王宮に住むと自称側室候補がワラワラと付きまとうのが嫌

で仕方がないと言っていた。

俺とクレイの会話を聞いていたブロライトが尋ねてくる。

「グランツ卿も謁見の間に来ておるのじゃろう? 

見知った顔が一人はおるのじゃ」

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素 材 採 取 家 の 異 世 界 旅 行 記 7 5051

「いやあ、グランツ卿は面白そうにニヤニヤ笑っているだけかもしれないぞ。あの爺様ならやりそ

うだ」

今でこそ王位継承権を放棄しているグランツ卿だが、その昔は王位継承順位第二位でもあった。

だがしかし、グランツ卿は裏で暗躍することが大好き。表舞台は王様に任せ、自分は身軽に好き勝

手動くために継承権を返上した。もちろん、若き王様の後見人としてサポートはばっちり。

「不快な思いをするようなことがあれば、すぐにでも退室なさい。わたくしが許します」

プニさんは衆人環視の応接室を抜けてすぐ、最小サイズに化けてしまった。今は正装をしたブロ

ライトの胸ポケットに潜んでいる。

「プニさんも挨拶だけすればいいのに」

「ひひん。わたくしは神ですよ? 

神は人の子に頭を下げません。しょせん血と肉を持つただの人

の子に、へりくだることはいたしません」

いや、そういう挨拶じゃなくてさ。こんちはー、みたいな気安い……

無理か。王様相手に無理か。

俺のローブの下に隠れたがるビーを頭の上に乗せ、不安そうに揺れる長い尻尾の先をつまんで

やる。

ビーを変装させることも考えたが、王様を騙だ

すことはしないほうが良いとグランツ卿から助言が

あった。そもそもドラゴンは国が守るべき尊く、神聖な生き物。俺が竜

ドラゴンナイト

騎士ではないからと、取り

上げることはないはず。

「ピューイ……」

「ビーはドラゴンだぞ? 

胸を張ってただそこにいればいい。言葉がわからないふりをして、周り

の連中を威い

嚇かく

するんだ」

「ピュイ! 

ピュピュ」

「安心せい。ドラゴンの意思は何よりも尊重される。お前を取り上げるなら、我らはアルツェリオ

を出るだけだ」

「そうそう。クレイの言う通り。ルセウヴァッハ領を陰ながら見守りつつ、トルミ村に潜伏。活動

拠点を別の大陸にすればいい」

「どの大陸に行くのじゃ? 

わたしは船に乗ってみたい!」

「船? 

馬とどちらが速いのでしょうね」

これから王様に逢うというのに、なんとも呑気な連中だこと……なんて、傍に数人控えている侍

従さんたちは思っているだろう。中には明らかにバカにしたような、軽蔑した目で見てくる侍従も

いる。

王様に逢う人は皆緊張しまくって、言葉なんて発せないのかもしれない。ところがどっこい、俺

たちは王族慣れしているんだなこれが。得体の知れない獰ど

猛もう

なモンスター相手なら緊張するけど、

相手は言葉が通じる人間だろ? 

しかも、グランツ卿の甥お

御ご

様。話が通じる人であると信じたい。

EDITOR36
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