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Ryousuke Uemura, Toshirou Kawanaka, Takahiro Suzuki 平成26年度 樽前山火山監視システムについて ―北海道との共同整備によるシステム構築― 室蘭開発建設部 施設整備課 ○植村 亮介 川中 敏朗 鈴木 貴博 室蘭開発建設部及び室蘭建設管理部では、樽前山の火山防災事業を協同で行っており、火山 監視システムを用いた周辺自治体への火山観測データの提供を行っている。噴火やその他の災 害時に回線が切断されるリスクを軽減するために、一部区間での多重無線通信によるバックア ップ回線や通信網のループ化の整備を行っている。監視・観測設備等を協同で整備する事により、 各々で保有している観測データを互いに収集・配信し、火山監視の一元化を可能としている。 本稿は、樽前山火山監視システムを協同で整備することにより、機能性及び信頼性が向上し た実績と今後の方針について紹介する。 キーワード:維持・管理、防災、災害情報提供、監視システム 1. はじめに 樽前山は、道央の支笏洞爺国立公園の東端に位置する 活火山である。樽前山は江戸時代に2 回の大噴火を起こ し、大量の火山灰・軽石を放出し、明治時代の噴火では 山頂に溶岩ドームが形成された。昭和54(1979 ) のご く小規模な噴火後も火口原の温度上昇、地震群発や微量 の降灰が続くこともあった。 1) ひとたび大噴火が起こる と、苫小牧市、千歳市、恵庭市等広範囲に火山泥流、火 山噴出物による被害が予測され、鉄道や高速道路、空港、 港湾等にも被害が及び社会機能が麻痺する恐れもある。 -1 樽前山火山ハザードマップ(大噴火想定) 樽前山が噴火した場合に想定される噴火災害の種類と しては、火砕流や火山泥流、二次泥流等があげられる。 樽前山が噴火した際の被害想定では、大噴火の場合であ ると、樽前山を中心に5 10 ㎞の範囲で火砕流の本体に 襲われる危険性が高いと想定されており、また、さらに その周辺地域においても火砕流の熱風部に襲われる危険 性が高いと予測されている(図-1 )。 北海道開発局室蘭開発建設部と北海道室蘭建設管理部 では、エリア別に樽前山の火山防災事業を行っている。 その中で電気通信部門では、伝送路に光ケーブルを用い た火山監視システム及び防災情報共有システムにより周 辺の自治体へ情報提供を行うための樽前山全体のシステ ムとして協同で整備を行っている。これらのシステムを 構築している伝送路が噴火やその他の災害により回線が 切断されて監視不能となるリスクを軽減するために、光 ケーブルのループ構成による伝送路の迂回路の確保を行 い、さらに一部の区間で多重無線通信回線によるバック アップ回線を整備している。また、火山観測データの情 報を収集及び配信するサーバを室蘭開発建設部本部と室 蘭建設管理部苫小牧出張所の二箇所に設置することによ り危険分散を行い、監視・観測設備、データ伝送回線を 協同で整備し、それぞれで管理している観測局のデータ を互いに収集・配信し、情報共有を可能としている。 本稿では、樽前山火山監視システムを協同で整備する ことにより、機能性及び信頼性が向上した実績と今後の 方針について紹介する。

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Ryousuke Uemura, Toshirou Kawanaka, Takahiro Suzuki

平成26年度

樽前山火山監視システムについて ―北海道との共同整備によるシステム構築―

室蘭開発建設部 施設整備課 ○植村 亮介 川中 敏朗 鈴木 貴博

室蘭開発建設部及び室蘭建設管理部では、樽前山の火山防災事業を協同で行っており、火山

監視システムを用いた周辺自治体への火山観測データの提供を行っている。噴火やその他の災

害時に回線が切断されるリスクを軽減するために、一部区間での多重無線通信によるバックア

ップ回線や通信網のループ化の整備を行っている。監視・観測設備等を協同で整備する事により、

各々で保有している観測データを互いに収集・配信し、火山監視の一元化を可能としている。 本稿は、樽前山火山監視システムを協同で整備することにより、機能性及び信頼性が向上し

た実績と今後の方針について紹介する。

キーワード:維持・管理、防災、災害情報提供、監視システム

1. はじめに

樽前山は、道央の支笏洞爺国立公園の東端に位置する

活火山である。樽前山は江戸時代に2回の大噴火を起こ

し、大量の火山灰・軽石を放出し、明治時代の噴火では

山頂に溶岩ドームが形成された。昭和54年(1979年)のご

く小規模な噴火後も火口原の温度上昇、地震群発や微量

の降灰が続くこともあった。1)ひとたび大噴火が起こる

と、苫小牧市、千歳市、恵庭市等広範囲に火山泥流、火

山噴出物による被害が予測され、鉄道や高速道路、空港、

港湾等にも被害が及び社会機能が麻痺する恐れもある。

図-1 樽前山火山ハザードマップ(大噴火想定)

樽前山が噴火した場合に想定される噴火災害の種類と

しては、火砕流や火山泥流、二次泥流等があげられる。

樽前山が噴火した際の被害想定では、大噴火の場合であ

ると、樽前山を中心に5~10㎞の範囲で火砕流の本体に

襲われる危険性が高いと想定されており、また、さらに

その周辺地域においても火砕流の熱風部に襲われる危険

性が高いと予測されている(図-1)。 北海道開発局室蘭開発建設部と北海道室蘭建設管理部

では、エリア別に樽前山の火山防災事業を行っている。

その中で電気通信部門では、伝送路に光ケーブルを用い

た火山監視システム及び防災情報共有システムにより周

辺の自治体へ情報提供を行うための樽前山全体のシステ

ムとして協同で整備を行っている。これらのシステムを

構築している伝送路が噴火やその他の災害により回線が

切断されて監視不能となるリスクを軽減するために、光

ケーブルのループ構成による伝送路の迂回路の確保を行

い、さらに一部の区間で多重無線通信回線によるバック

アップ回線を整備している。また、火山観測データの情

報を収集及び配信するサーバを室蘭開発建設部本部と室

蘭建設管理部苫小牧出張所の二箇所に設置することによ

り危険分散を行い、監視・観測設備、データ伝送回線を

協同で整備し、それぞれで管理している観測局のデータ

を互いに収集・配信し、情報共有を可能としている。 本稿では、樽前山火山監視システムを協同で整備する

ことにより、機能性及び信頼性が向上した実績と今後の

方針について紹介する。

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図-2 樽前山観測局位置図

2. 火山観測機器について

火山観測局は図-2に示すとおり山頂から麓まで広範囲

に整備し、室蘭開発建設部と室蘭建設管理部で設置・管

理している火山観測用機器数は表-1に示すとおりである。 山頂に近い観測局では、電源及び通信線の敷設が困難

な箇所であるため機器への電源供給は太陽電池で行い、

監視局へのデータ伝送は無線設備を使用している(図-3)。 センサは、道路・河川テレメータに設置されている水

位計及び雨量計に加えて、火山観測用のセンサが設置さ

れている。ワイヤセンサとは、土石流がワイヤを切断し

た際に信号を発信し、ワイヤセンサ用テレメータ(砂防

テレメータ)を起動させて監視局に伝送する装置であり、

河川や谷となっている箇所を横断するように設置されて

いる。振動、音響センサとは、土石流が流下する際の震

動や音を検知する装置である。これらセンサによって、

樽前山の火山活動を監視するだけでなく、大雨や雪解け

の際に発生する土石流の発生も早期に発見することが可

能となる。 その他、監視用CCTVカメラと赤外線カメラによる監

視も常時行っている。複数のCCTVカメラによってあら

ゆる角度から樽前山の様子を監視するのはもとより、夜

間監視や噴火の前兆を把握するために、赤外線カメラを

使用して噴火時の対応に備えている。これらの樽前山監

視データ及び映像は札幌管区気象台に配信を行っている。

表-1 火山観測用機器数

室蘭開発建設部 室蘭建設管理部 CCTVカメラ 10 11 赤外線カメラ 3 2 ワイヤセンサ 19 22 振動センサ 13 10 音響センサ 6 14 水位・流速計 6 6

雨量計 7 6

図-3 樽前山山頂監視局(西山山頂付近)

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図-4 震動・空振EWS装置

(室蘭開発建設部樽前山火山対策防災拠点)

図-5 震動・空振EWS装置監視画面

(室蘭開発建設部治水課)

図-6 樽前山火山監視室

(室蘭建設管理部苫小牧出張所)

3. 樽前山火山監視機器について

火山監視する施設として、室蘭開発建設部では、本部

と苫小牧河川事務所に震動・空振EWS装置及びテレメ

ータEWS装置が設置され、白老にある樽前山火山対策

防災拠点には監視用端末が設置されている。EWSとは

早期警報システム(Early warning system)の略称である。 震動・空振EWS装置は樽前山の周囲に設置されてい

るワイヤセンサ及び振動、音響センサからの情報を収

集・表示している装置で、テレメータEWS装置は樽前

山周囲のテレメータより、河川水位及び雨量の状況を監

視している装置である。監視機器の状況を常時モニタし、

震動・空振EWS装置にて、ワイヤセンサに断線情報が

ないか、振動センサ及び音響センサからのデータに変動

がないかを監視している。これと同様に、テレメータ

EWS装置は、樽前山の周囲28箇所にあるテレメータ観測

局から雨量や水位、積雪、風向・風速等の情報を監視し

ている。 室蘭開発建設部治水課、苫小牧河川事務所及び樽前山

火山対策防災拠点には回転灯、警報器等が設置されてお

り、ワイヤセンサの切断、振動、音響センサの異常検知

及び時間雨量が規定値を超える事象が検出されると、い

ち早く確認できるよう警報が鳴動する。

4. 樽前山ネットワーク整備の経緯について

樽前山火山監視ネットワークは室蘭開発建設部と室蘭

建設管理部で平成11年度より協同で整備・管理を行って

おり、これまで室蘭開発建設部では大規模な改修を3度行っている。以下に、その経緯について述べる。 (1) 設置当初(平成11年度~平成12年度)

整備開始当初の構成は、室蘭開発建設部所有の観測局

からVHF無線回線によって、観測データを別々無線中継

局を経由して錦岡無線中継局へ送信し、苫小牧治水事務

所(現:室蘭開発建設部苫小牧河川事務所)へ伝送する

構成であった。この当初の構成では、系統上の無線設備

のいずれかに障害が発生した場合、データ欠測の危険性

が高く、かつ、室蘭開発建設部の観測データしか受信で

きなかった。

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(2) SDH光回線による樽前山火山監視の一元化

(平成13年度)

室蘭開発建設部と室蘭建設管理部の観測データをVHF無線回線により、別々無線中継局と錦岡無線中継局を経

由し、多重無線回線により苫小牧中継局に伝送されたの

ち、SDH光回線により一元化した樽前山火山全体のデー

タを苫小牧監視局に伝送する構成に変更した。これによ

り観測の安定性が増し、より一層経済的負担を減らし樽

前山全体の監視が可能となったが、障害発生時に回線断

となりデータ欠測になる問題は解消されていなかった。

(3) IP化及び光回線ループ化によるシステムの二重化

(平成23年度~整備中)

室蘭開発建設部では平成23年度より伝送路整備、観測

及び監視機器の更新に合わせて、各観測局や監視局の伝

送路のIP化や光ケーブルのループ構成による伝送路の迂

回路の確保と、さらに一部の区間で多重無線通信回線に

よるバックアップ回線の整備を行っている。 改修前の樽前山火山監視ネットワークの構成は、室蘭

開発建設部本部への火山情報の伝送は室蘭建設管理部苫

小牧出張所から防災情報共有の光ネットワークのみで接

続されており、樽前山を監視する観測局とは中継局を多

重無線通信で経由し、樽前山テレメータ観測局との接続

はSDHによる光ケーブル接続であった。当時はまだ光ケ

ーブルによるループ化が完成しておらず、このような状

態では、災害が発生した際に東西で物理的に分断される

と情報を送受信するための光ケーブル等の伝送路も分断

される可能性が高い問題も残っていた。 そこで、樽前山火山監視ネットワークの光ケーブルを

環状に整備しループ化を行い、仮に1箇所切断が発生し

ても逆側経由で迂回することによって情報の分断を防ぐ

ことが可能となった。また、火山監視施設自体の危険度

分散を考慮及び本部治水課で監視を強化するため、室蘭

開発建設部本部と室蘭建設管理部苫小牧出張所へ樽前山

火山監視の震動空振情報配信サーバを設置した。 今回の整備が完了した場合の樽前山監視システムの構

成を図-7に、樽前山監視データの防災情報共有を含めた

システムネットワーク構成を図-8に示す。

図-7 樽前山監視システム構成図(平成23年度~整備中)

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図-8 樽前山システムネットワーク系統図(平成23年度~)

5. まとめ

樽前山は、過去に幾度も噴火を起こしている活火山で

あり、1981 年の小噴火を最後に大きな活動はしていな

いが、現在も噴煙を上げ続けており、噴火による災害を

低減させるために今後も監視が必要である。しかしなが

ら、システム整備を行う上で単独事業では莫大な予算が

必要となる。そのために、北海道と協同で樽前山火山砂

防事業を進め、観測データ等を相互補完し、データの一

元化を図ることで経済的かつ効率的な整備を行った。現

在、樽前山監視ネットワークを完全な光通信ネットワー

クのループ化とするために、北海道側で整備が進められ

ており、また、多重無線通信回線によるバックアップ体

制の整備も進められている。そして、通信回線の二重化

の他に、施設自体の危険分散を考慮し、北海道開発局で

は室蘭開発建設部本部治水課と白老にある樽前山火山対

策防災拠点に、北海道では室蘭建設管理部苫小牧出張所

に監視施設を設置し監視局の二重化を、また、火山監視

システムの情報収集サーバを室蘭開発建設部本部と室蘭

建設管理部苫小牧出張所の二箇所に設置する二拠点化も

行っている。

樽前山火山監視システム用の独自のネットワークを構

築し、施工箇所の分担を行った結果、効率的かつ経済的

な整備を行うことができた。CCTV システムを樽前広域

ネットワークに組み込んでいないが、今後、関係機関と

協議して樽前広域ネットワークに組み込んでカメラの相

互制御を可能とする事を検討している。

現在の設備状況では、ネットワーク的にはループ化で

あるが物理的にはループ状になっていないため、樽前山

広域ネットワーク及び防災情報共有のネットワークのル

ープ化を行い、また、多重無線通信による通信回線のバ

ックアップ化を行い、火山ネットワークの回線断低減や、

システムの二重化を進め、関係機関及び周辺自治体への

情報提供を確実に行い、減災化の有効な手段として整備

を進めていきたい。

参考文献

1) 北海道開発局:樽前山直轄火山砂防事業再評価原案

準備書説明資料,平成18年