第三節 条約の司法審査 第二節 条約の国内執行の形態 第一節 ......187...

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Meiji University Title �-�- Author(s) �,Citation �, 39(4-5-6): 185-229 URL http://hdl.handle.net/10291/9161 Rights Issue Date 1966-03-31 Text version publisher Type Departmental Bulletin Paper DOI https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

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Page 1: 第三節 条約の司法審査 第二節 条約の国内執行の形態 第一節 ......187 条約と法律との関係 まず、第一の問題は条約締結に立法部のうち上院のみが参加するというアメリカの特殊な制度から生じるものであかという諸問題を、附加的に検討した。

Meiji University

 

Title 条約と法律との関係-米国における論議の検討-

Author(s) 中原,精一

Citation 法律論叢, 39(4-5-6): 185-229

URL http://hdl.handle.net/10291/9161

Rights

Issue Date 1966-03-31

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                           https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

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条約と

法律との関係

1米国における

論議の検

寸ー

二=口

条約と法律との関係185

    目    次

はしがき

第一章 条約と既存の法律との関係

 第一節 条約と既存の州法との関係

 第二節 既存の法律を優位とする主張

 第三節 条約を優位とする主張

第二章 条約と事後の法律との関係

 第一節 既存の条約を優位とする主張

 第二節 事後の法律を優位とする主張

第三章 条約と法律との関係に附随する若干の問題

 第一節 下院の条約締結権参加の傾向

 第二節 条約の国内執行の形態

 第三節 条約の司法審査

あとがき

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186叢=△Lfiee律法

は し が き

 アメリカ合衆国憲法が制定された当時の経過から推して、国際条約と連邦議会の制定する法律との抵触問題につい

ては、建国当時、ほとんど関心がよせられていなかつた、とみてよかろう(-)。連合規約(〉巨巳窪宮08齢エ♀碧一。昌)

のもとにおける連合時代、条約の国内的効力についての考え方は、 「条約は対外問題を処理することを目的とし、法

律は国内問題を処理することを目的とする」(2)から、両者の抵触はおこりえないとし、 「すくなくとも、条約の国内

的効力に関する限り、連合は条約の執行を州法に依存した」(3)のである。のちに、合衆国憲法第六章二項1いわゆ

る最高法規条項  に、憲法や法律とならんで、条約が国の最高法規であると規定されたことも、実は独立戦争後の、

イギリスとの平和条約(一七八三年)に規定された、外国人の財産権の保護を目的として、各州の財産没収法との抵触

を解決する手段として設けられたのである(4)。しかし、連邦国家としての体制がすすむにつれて、連邦政府の権限が

強化されるようになつてから、外交権に関する諸問題は、アメリカ合衆国の国政の中で、重要な地位をしめるように

なつてきた。そして当然のことながら、国際法及びアメリカが締結した条約が(かならずしも憲法の最高法規条項で

は明らかにされていない)、憲法及び法律と、どのような関係にたつかということが、議論されるようになつてきた。

まず、アメリカ合衆国の締結した条約が、国内的にどのような地位におかれるかについては、憲法の最高法規条項に

いう「……合衆国の権限のもとに既に締結され、または将来、締結されるすべての条約は、これを国の最高法規とす

る」ことによつて、条約が合衆国の国内法(㌫p工古ミ)であることは異存がない(5)。 このことは、アメリカ法がイ

ギリス法を継受しているという歴史的な過程から、すくなくとも一般国際法について、イギリスにおいて確定した

「国際法は国内法の一部である」 (ヲ吟。日芦8巴㌃≦訪①㊦①巳。『仔。置a言≦)という、コモンローの原則が、当然

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条約と法律との関係187

合衆国害心法の最高規条項にも影響したことは、たしかであるへ6)。

 条約がこのように国内法であるということは、ただちに他の国内法である憲法及び法律との、国内的効力関係の位

置ずけが問題とされなければならないのであるが、憲法規定はこのことについて、何ら解決を与えていないといつて

よい。すなわち、憲法は、「この憲法、この憲法に従つて制定される合衆国の法律」を条約とともに、同時に国の最

高法規としているからである。が一般にアメリカでは、条約は連邦議会の制定する法律と同位にある、と主張されて

いる(7)。 しかし、条約と法律とのこの”同位原則”は、両者の効力が抵触したとき、いずれを優先して適用すべき

かという問題が生じた場合、かならずしも解決のきめ手とはならず、むしろ、このような場合は、問題をかなり複雑

にしているといつてもよい。

 議論のなかで、 ”後法は前法を廃止する”(片σQ。。。℃。旨」、」。5苫.」。匡①甘。σqgけ)という国内法における一般原則が、

条約と法律との関係においても、当然に適用されるべきである、とする主張があるが、これは前述の”同位原則”から

生れてくる主張である。しかし、この”後法優位の原則”を適用することは、条約優位論者にしても、法律優位論者

にしても、事後に成立した条約もしくは法律の有効であることを主張するときに、引合いに出される原則である。と

ころが、事前の条約もしくは法律の効力を論ずるときは、この原則の適用をさけるという、きわめて便宜的な結果を

生んでいる。この間の事情は本文において検討されるが、いずれにしても、 ”同位の原則”は、条約と法律との関係

についてみる限り、必ずしも一般的ではない。

 なお主題に関連して、下院の条約締結権参加の傾向、条約の国内執行の形態及び司法部が条約をどのように取扱う

かという諸問題を、附加的に検討した。

 まず、第一の問題は条約締結に立法部のうち上院のみが参加するというアメリカの特殊な制度から生じるものであ

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188叢論律法

る。つまり条約が国内法として有効であるためには、上院のみで、より民主的な国民の代表者である下院の締結権参

加を必要とすべきである、という主張は、逆に、下院がその締結に参加しない条約は、完全な立法形式とはいえないか

ら、議会の制定した法律に優位するものではない、という主張におきかえられる。このような観点からも、主題の検

討にあたつて、下院の条約締結への参加の傾向を、附随的にとりあげておくべきであろう。次に、条約そのものの性

質から、あるいはその締結の仕方から、条約自身国内での執行力をもつ条約、いわゆる自力執行条約(。力㊦㌣6×8巨日浪

[器巴ぺ) と、そうではなく、議会の立法をまつて、はじめて効力をもつようになる条約とがあるという理論が、判例

で確立しているが、このように、条約の国内執行の形態が異るという議論は、当然、条約と法律との関係を論ずる際

の基礎的知識として必要であろう。最後に、条約と国内裁判所の問題がある。アメリカにおいては、条約は政治問題

(廿o巨n巴ε2日己)として、司法的判断を避けようとする傾向が強い。そして、どうしても、なんらかの結論をださ

なければならない場合には、条約と他の国内法(憲法も含めて)との両者が、できるだけ抵触しないよう解釈される

べきである、とされている。それでもなお、条約と他の国内法との優位問題はのこるのであつて、条約と法律との関

係を論ずるにあたつて、当然、簡単にでも検討しておくべき問題である(8)。

 (1) 。乃葺庁巴昌倉戸。旨]6ユ=ぬ汗。言。①蔓壱o≦㊦で8出辞≦°↑°戸⑦<こZo°。。二㊤足゜、勺゜一c。一c。]国゜ζ゜ヒd喝己し5“↓『。呂①。・§匹国×。290

   >σq器6日o巨む・日書6d巳[江o力宮宮。・二㊤OQ9」=°

                                             し。∨o。°

(2)

(3)

(4)

(5)

(6)

印菖。°。き牛Oo己牛寸H旦2ロg」8巴昌画ζ已巳口冨=四ミーZ①酔㊦ユ碧合昌匹dづ一gエ。。冨⇔Φ。・b罫廿・×一口、や

」ひ江こ⑰c。∨c。

本文四一〇頁参照

しかし、その執行の仕方に異つた形態があることについて、本文四三八頁以下参照

国際法は国内法であるとするアメリカ判例の一つとして、≦曽¢<°国盲c昌二七九六年)事件でのチ占、ールズ判事の次の

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  見解があげられる。 「国際法には一般的・約定的、慣習的なものの三種がある。その第一のものは、人種の一般的同意によ

  つて、普遍的に確立され、すべての国家を拘束する。第二のものは明示の同意にもとずき、普遍的でなく、それに同意した

  国のみを拘束する。第三のものは、暗黙の同意にもとずき、それを受容した国のみに対して(その遵守は)義務とせらるべ

  きである」。深津栄一、国際社会の法構造一一八頁参照

(7) 高野雄一、憲法と条約一七五頁。

(8) この論文は、私の研究テーマである「条約の国内法的考察」に関するものの、すでに発表した諸稿中、主題に関係あるも

  のを修正・補足してまとめたものである。

条約と法律との関係189

第一章 条約と既存の法律との関係

        第一節 条約と既存の州法との関係

 建国当初、アメリカ合衆国の各州は、独立戦争の際に敵国人であつたロイヤリストの財産ー主として土地不動産

ーを、土地没収法を適用して没収した。イギリスは平和条約締結交渉で、この問題をとりあげ、連合政府がロイヤ

リストの財産を保護するべく強く要望したが、アメリカ側では、このような問題は、各州の権限によつて規制される

べきものであつて、連合政府が直接に債権者の救済に当る権限はない、という立場をとり、したがつて、連合政府が

そのような取極めを外国とする必要はないと考えていたが、のちにジョン・アダムスの提案によつて、平和条約に次

のような規定を挿入することになつた(-)。すなわちその第四条に、 「いずれの債権者もこれまで契約したすべての

債権について、英貨での支払をうけるためには、法律によつて阻害されることのないことを約する」(三、という一ケ

条が設けられたのである。

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190叢:△貢問律法

 ところが、この条約条項は、なかなか州によつて実施されなかつた。むしろ、州内の財産権について、州が規制する

権限は、州および州民の自由を保護する州に留保された権限1のちに憲法修正第一〇条に規定されたー内にある

ものとして、条約締結以前から制定されていた、既存の土地没収法を優先適用し、条約条項は殆ど無視されたのであ

る(3)。連合政府時代の議会も、同じようにこの条約条項を強行することは消極的で、せいぜい、州ができるだけこ

の条約条項の実施のために、法律を制定することを要望する勧告決議を採択するにとどまつた(、)。

 合衆国憲法第六章二項のいわゆる最高法規条項は、このような情勢を背景に、一方では、連邦国家の確立を目的と

し、他方では、イギリスとの平和条約の中に規定された、債権者の救済のための条約事項を、州に実施させることに

よつて、独立戦争後の国際関係の調整をも果すために設けられた(,)。だが、各州はこの憲法条項を無視した。そし

て、各州の裁判所においても、州内の財産権についての規制は、州に留保された権限であるという理由によつて、条

約規定は州法に対抗しえないとして、土地没収法の有効なることを判決した。しかし、連邦最高裁判所に、これらの

事件がもちこまれてから、裁判所は平和条約の規定が、既存の各州土地没収法に優位する、という主張を支持した。

 その主張の一つは、平和条約の規定と、バージニア州土地法との関係について論じられた、ウエアー対ヒルトン事

件(6)での、チェース判事の見解に代表される。この事件の判決で、チェース判事は、憲法第六章二項は、明らかに条

約が州法に優位することを規定しているから、 「……州立法部の行為が条約を阻害できるとすれば、条約は国の最高

法、つまり合衆国全体の最高法たることはできない。……(だから)……条約は、その条約に違反する各州の憲法の

いかなる部分をも完全に無効にすることができる」(7)、とのべている。 いま一つの見解は、州に条約締結権がない

ということからくる理由をあげる場合がある。ハウエンシュタイン対ラインハム事件(8)で、ソウイン判事は次のよ

うに主張する。 「外国人の権利を保護するには、条約規定は効果的であり、このような条約問題は、結局条約締結権

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条約と法律との関係191

に関する問題である。もし連邦政府が締結した条約を実施する権限を有しなかつたならば、それはまつたく無意味で

ある。なぜなら、州は明らかに”条約・同盟および連合をつくること”を禁止されているのであるから(9)、条約を

実施する機関がまつたく存在しないという結果になるからである。結局、条約は憲法によつて定められた条約締結権

を有する権限の範囲内で考慮されるべき問題である」(皿)。

 しかし、これらの主張は、憲法解決の枠内で論ぜられているため、憲法修正第一〇条の、 ”憲法上州に留保された

権限”に属する権限の行使を内容とした条約は、憲法に反するとする主張とは、並列的なものでしかない。ところ

が、ミズーリ対ポーランド事件(11)でホームズ判事は、この問題を次のような理由で解決した。すなわち、国家には

「……条約のみが関係することのできる国家利益についての緊急問題が存在する……」(21)ので、このような緊急問

題が、たとえ内容的にそれが州に留保された権限に類するものであつても、条約によつてのみしか解決できない問題

であれば、その問題に関する限り、 「州が無能力である場合」(31)に該当するから、そのような条約に対して州法の有

効性を主張することはできないとした。

 今日では、条約と既存の州法との関係は、建国当初の如く、州権論の強固な時代における議論は全く影をひそめ、

判例で確立した前記の諸理由を州権留保条項に優先せしめて、条約はいかなる場合でも1既存・事後を問わずi

州法に優位し、条約規定に反する州法を無効とするという原則が確立している。

(1)実際、独立戦争後、各州の没収法の対象となつたイギリス人の債権額は、二千万ドルの多額にのぼり、平和会議では、その

 処理が重要な課題の一つとなり、イギリス側は、連合政府がその解決に努力することを強く要望した。国『註9§エ○。巳荘

 勺ρ6…けこや㏄心゜

(2)Nζ已ゆさ円器昌。°。も二U=㌫玲

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一叢論律法

(3) 中原精一「米国における州法と条約との関係」1外国人財産問題を中心として  明大短大紀要五五頁以下参照。

(4) ⑩司oξg言o=冨○。日民 8巨08σq苫。・。。」博ど口③合ひpaΩ。巳倉毛二」[こ勺・c。這・

(5) 。力已汗而エロa、。カ.。{~廿゜一c。一。。°なお外国人の財産権を保障する条約は、イギリスとの平和条約の規定の外、その後、フラ

  ンス、スウェーデン、オランダ、プロシア等の間にも締結された。

(6) ≦碧。<°出苔。Pc。OpF一㊤ぷ一お①・同じような判決をしたものとして、増8芭Φ<°9Φ井5一。。c。日≦旬言05く゜Oo日①ξ、

  一c。U旦苦9江目く°出巨§。°・〔㊥゜・器5}。。5等の事件がある。

(7)切“ヒ。』】畏。熔ぺ》{巴・旨一ω♂二冨。。g身。ζ日日。昌○。曇巨[{8巴罫きく。=□勺昌・]二窪も』①~N司・

(8) O。江PO嵩2。目08。。9已↑合昌巴目ρ≦“一〇お“カ・⑩OO・なお同じような判例としては、 O而。齢。ぺく“戸声σQ㈹。。“一。。OOい剴p『四且く°

  望Nρ一㊤O一 08言庁且2<°民。田ぎき一〇8…Oo。宮江く°閏↑=日日一c。OごΩoo。。<・呂o〔亘品Nq⊃ふ内己一く・民戸〔已二。。ま等。

(9) これは、憲法第一章第一〇条第一項に「各州は条約、同盟もしくは連合を締結……してはならない」、 と規定されている

  ことによつている。

(10) OoO辞o廿゜o一丁巾9S

(11) Oo注Lぴ{匹こや9。。~巴七。甲Q。已け巴§白o℃・6一{こ勺」c。一。。・

(12) Oo江吾一ひ庄こU一〇°

(13) Ooユ白」げ置こ廿゜竺O傷

        第二節 既存の法律を優位とする主張

 アメリカ合衆国では、下院が条約の成立に関係していないという理由で、条約は既存の法律に優位して適用されな

い、とする主張がある。つまり、合衆国憲法第二章第二項は、条約の締結について、大統領と上院のみの参加を認め

て、次のように規定しているからである(ユ)。「大統領は上院の助言と同意を得て、条約を締結する。ただし、この

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条約と法律との関係193

場合には、上院の出席議員三分の二の同意を必要とする」。

 条約が国内法として有効であり、かつ法律と同位の効力を有するためには、条約の締結に下院が参加し、連邦議会

の制定する法律と同じ立法形式をとらなければならない、とする主張は、すでにジエイ条約の締結のさい、強よく主張

されている。このとき、まずフランシス・コールビンは次のようにのべている。 「……彼は下院が条約の成立に影響

をもたないという。私はもつものと考える。条約は、一般に国家間の通商の規制としての通商的性質を有している。

すべて、通商条約は、当然に下院の同意を得なければならない」(2)。この主張は、合衆国憲法第一章第八条第三項の

「外国との通商および各州間並びにインディアン部族との通商を規律すること」が、連邦議会の権限として規定され

ていることをもとにしてなされたものである。後年、この主張は、条約締結に下院が参加しなければならないという

見解にとつて、もつとも大きな理由づけとなつた。そしてまた、ジェイ条約をも含めて、通商的性質および金銭条項

を含む条約が、下院の立法に服して実施されるという慣行、さらには条約批准前に、大統領が、下院へ条約案その他

を提示する慣行の成立に、大きな役割を果していることでも注目される。また、マジソンは、条約権に制限があるか

どうかについての一般論として、条約締結権を行使する政府が、絶対的専制的なものであるか、それとも制限された

ものーもつと正確にいえば、憲法上の権力分立にたつた政府ー1であるかによつて判断した。すなわち、 「国家の

すべての権力が、政府によつて纂奪されているか、またはすべての権力機関が同一人に統合されているような絶対専

制的な政府のもとでは、条約権が制限されることは起りえない。……しかし、制限的政府の場合は事情を異にする。

この場合は、条約権が無制限であるということは考えられない」(3)、とのべている。そしてさらに彼は、他の機関の

行為が立法に関する性質のものであれば、下院は憲法にしたがつて、その行為について、立法権の範囲で審議と裁量

を行使しなければならない、と主張した。そして、この見解にしたがつて、ジエイ条約の内容を検討すれば、それは

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194叢論律法

明らかに通商的性質を有する条約であるのであるから、通商および航海についての問題は、憲法上立法権に属するも

のである以上、当然下院の裁量に服するものである、とのべている(、)。 この点ではコールビンの見解と一致する。

 また、ウィリアム・ポーターは、下院が一つの発言をも許されることなく、条約に国の最高法としての資格を与え

ることは不当であるとし(6)、「私はつねつね、国民の投票なくして権力の一般的行使はないと考えている」(7)ので、

条約締結に、国民の代表者である下院が参加しないことは、代表民主制の建前からも不当であると主張する。ジョ

ン・シュバンビックは、憲法の最高法規条項の三つの形式を次のように分析して、条約が法律を廃止できることの不

合理さをのべている。「…・:第一にこの憲法、第二にこの憲法に従つて制定され、国の承認と三つの機関の同意が与

えられる法律、第三に条約。そこで、 この最後の条約が第二の法律を廃止できるという理論がいかに不合理なこと

か。すなわち、条約は国家の単に二つの機関が関与するにすぎないにもかかわらず、すべての権限、つまり才入を必

要とする法案を含むすべての権限を内包しているが、実は条約は本来、単なる財産管理人にすぎないからである」(8)。

条約の締結に下院の参加を認めることが、条約の最高法規性を確立する上に必要であるとするこのような主張は、同

時に、下院の参加しない条約が、あくまで国の最高法であるとするならば、それは連邦の制定する法律との関係ではな

く、単に州法に対してのみ最高であり、それは最高法規条項を読めば、ただちに理解できることであるという主張と

なる。このことについて、フランシス・コールビンは、 「……この憲法の下でつくられるすべての条約は、国の最高

法である。すなわちその成立過程からも、憲法自身および法律とともに恒久的なものである。条約がその意味で、州

のみを拘束するのはニプラスニが四と同じように明白である」(9)。そして、彼はイギリスとの平和条約締結のさいの

論議で、マジソンが主張した「条約・憲法・法律の最高性は、州法を制限するのであつて、連邦の法律ではない」(-o)、

という意見に賛成して、 「条約の最高性は、州のそれと対比される。条約は州法に対して最高でなければならない」

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条約と法律との関係195

(11)として、条約の最高性が法律との関係では適用できないと主張した(12)。

 以上はジェイ条約締結のさいに主張された諸見解であるが、条約締結に下院が参加しなければならないことは、実

際は下院自身がその後あらゆる場合に主張してきた。たとえば、一八一五年の通商協定に関係して、上院が、この協

定に反するすべての法律は無効であると宣言する法案を可決したとき、下院は、一般条約および通商条約は、既存の

法律を無効にしないという主旨の法案を提出した。しかし、この主張は通らなかつた(13)。そこで、下院は法律の中

で、事後の条約が既存の法律を廃止できない方法をとることを試みた。一九二四年の移民法がその一例である。この

法律の第三条(六)は、 「現存する通商および航海の条約の規定の下で、通商を営むためにのみ、合衆国に入国する

資格のある外国人」の非移民状態を規定した(u)。 この規定の中の「現存する条約」という言葉によつて、事後の条

約をこの規定に適用できないようにしたものである。しかし、この法律はのちに修正されることとなつた(15)。 なお

下院の条約締結権参加の傾向については、第三章でとりあげた。

 裁判例では、既存の法律と事後の条約のいずれを適用するかについて、既存の法律に一致しない条約を無効とした

例もあるが、一応後法優位の原則に従つている。しかし、既存の法律に条約が優位して適用されても、直ちに既存の

法律を廃止できる効力まで、条約がもつものではないという見解がとられている。例えば、ジョンソン対ブラウン

事件で、ペックハム判事は条約が国内法を廃止するという主張をしりぞけ、さらにもし条約と法律のいずれもが矛盾

しないにもかかわらず、法律が、有効となり得ない場合でも、事後の条約が黙示的に事前の法律を廃止したとは考え

られない、とのべている」(16)。裁判所と条約との関係についてものちに第三章で略述している。

 以上要するに、主として条約と法律はその成立形式が異なる、ということに、既存の法律に条約が優位しえないと

する主張の根拠があるわけで、もし下院の条約締結権参加が認められれば、同じ立法形式として、条約と法律とは同

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196叢論律法

位にあり、その効力関係には当然、後法優位の原則が適用されることになるわけであるが、条約締結権への下院の全

面的参加は、アメリカにおいてきわめて困難な問題といえる。この点については項をあらためてみて、検討する。

 (1) 上院が条約締結権に参加することを憲法上規定した理由は、単に大統領の締結した条約に同意を与えるというだけでな

   く、元来は締結行為そのものについての共同行為として、上院の役割をかなり重視して考えられたものであつた。

 (2)』』9{(。e≒『o㊦ひ§切日[汀。。6<§{。。9Φ08<Φ巨8㏄8え。℃巳8亀〔冨司&而旦08°・江εまコ三く。二且゜⑩÷

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(11) 口=oTO①ひ巴o♂口廿℃°9口゜

(12) ジェイ条約締結の際、その成立についてレパブリカンとフェデラリストとは激しく争つたが、条約成立に反対するレパブ

  リカンの主張は、この条約を下院の審議に委ねることを願うものであつた。そこで、ニューヨークの、E・リビングストン

  は、この意味での決議案を提出した。それにはジェイ条約の商議に関係する一切の文書を下院に伝えることを大統領に要求

  することが決められていた。この要求は、条約締結には大統領と上院のみが関係するのであつて、下院にその権限はないか

  ら、文書の提出は必要としないとして、大統領によつて拒否された。卑注窃①且Ω。巳白。㊥・合叶こ勺・c。。。+∴〉§仁国尉。『○。昌⑳“

Page 14: 第三節 条約の司法審査 第二節 条約の国内執行の形態 第一節 ......187 条約と法律との関係 まず、第一の問題は条約締結に立法部のうち上院のみが参加するというアメリカの特殊な制度から生じるものであかという諸問題を、附加的に検討した。

 60ピ∨ΦP刈O一゜

(13) 巨創こや。。。。ロ〉目巨げoら08σq°二。。ロー】。。一◎8庁一冶。。・

(14) おGnS[」呂巴一9・

(15)男゜戸≦穿。Pd旨&。。{g50。目∋2n巨司苫③ユ。切。a一・旨巨旬c。白匙巨§“一8ρで七・・。⑦~ωce・

(16) N8d°。力゜c。OO巴c。ご・同様の事件として、喝縞8ロ戸[<。一ヨ勺8<。日窪[“。カ一己①昌巳C⇔。○日Oo・<○。×(おc心±・

条約と法律との関係197

        第三節 事後の条約を優位とする主張

 既存の法律が事後の条約に優位すると主張する、主たる根拠は、前節にみてきたように、条約の締結に下院の参加

が認められないとすれば、条約は、国民の、より民主的な代表者である下院が参加して制定された法律に、当然服す

べきである、ということにあつた。ところが一方、条約が既存の法律に優位するという立場では、条約の締結に下院

の参加を必要としない、と主張される。

 ここでも、ジェイ条約の締結の際の論争の中から、条約優位の主張を抜きだしてみると、まず、ジョーンズ・イレデル

は、条約締結に下院が参加しない以上、条約は立法形式による法律ではないとする意見に反論して、条約は憲法がそ

の制定手続つまり条約の締結権を認めているから、国の法として効力がある、とする。すなわち、「条約が締結された

とき、条約は法律として効力を有する。立法・司法・行政の各機関のすべての行為は、それが憲法にもとずく権限に

従つていれば、国内法である」(、)。また、「採択されたこの憲法および締結された条約を支持せよ。この条約(ジェ

イ条約)は国内法である。なぜか。それは憲法が条約締結権を認めているからである」(、)。そして、 この主張をさ

らに敷行して、ハミルトソは、条約締結権を議会の立法権と対比して、次のようにのべている。 「立法府が行使する

手段は、立法府が制定する法律や、立法府が命令する規則である。立法の対象は国家であり、国家の管轄内にある人

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198叢論律法

および財産である。条約権を行使する手段は他国との契約である。その立法の対象は、契約国および契約国相互の人

および物である。条約は、法律によつてできることを完成することができる。しかし、法律は、条約のできることを遂

行しえない。このちがいは明白かつ決定的である。そして、たとえ条約の効果が、ある場合には、条約を法律と同じ

もののようにみせかけたとしても、この両者は立法することと、契約することとの違いを生ぜしめる。議会の立法権

は、条約締結権からのぞかれる。前者ができないことをやるのは後者の権限である。議会は……法律によつて、われ

われ自身の通商および外国人がわれわれと営むものを規制することはできる。しかし、われわれの外国での通商を規

制することはできない」(3)。

 このハ、、、ルトンの考え方は、次のギヤラチンの主張にみる如く、優位論争における、一種の折衷的見解におきかえ

られる。彼はまず、 「…:・法律と条約とは同一の性質を有するものではない。両者は国内法としての効力があるが、

一定の制限がある。 つまり、両者は憲法の支配に服し、異つた権限によつてつくられるだけでなく、これらの権限

は、政治機関としても別々の機関に分けられる。かくして、法律はそれを制定する権限をもつ立法府のみによつてで

しかつくられない。また条約は立法府の同立百心を要せず、行政府のみによつてでしかつくられない」(4)、と説明して、

このようにしてつくられた条約が国の最高法であり、憲法も法律もまた最高法である場合、優先権はいずれにある

か、条約は既存の法律もしくは条約法を廃止できるかという質問には、次のような解答を与える。 「法律の廃止を要

求できるのは、それを制定した権力である、というのが政治における合理的格言である」(5)から、 「法律は条約を廃

止しない。なぜなら、条約は法律制定の場合には参加しない他の当事者ー外国!の同意でつくられるからであ

る。また逆に、大統領と上院によつてつくられる条約は法律を廃止することができない。なぜなら、下院が法律制定

に参加しているからである」(6>。事実、ギャラチンのこの結論は、ジェイ条約締結の際の既存の法律と条約との優位

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一条約と法律との関係一199

論争の折衷説としてだされたものとされているが、条約と法律との制定当事者と対象の相違によつて、このような結

論・つまり両者は相互に抵触しないという結論になることは、一方では、行政府という機関ーアメリカの場合は上

院もふくめてーのみによつて、国民の権利を拘束する法的効果が生じ、場A口によつてはーつまり条約の内容によ

つてはー憲法の変更をも生じるかもしれないにも拘らず、立法機関が憲法に従つた立法形式によつてこれを阻止で

きないということは、きわめて不自然ではないかという反論がでてくる。この考えは下院が条約締結権に参加すべき

であると主張する側から、強く反論されるもので、これがのちにブリッカー修正という形で、合衆国議会で論議され

た主要な点である。このことについては、のちにのべることとする。

 なお、ウィリアム・R・デイビスは、条約が国の最高法であるということは、条約が国際法によつてきめられてい

るからだと主張する。つまり、 「条約は、契約当事者間の協定行為であるが、しかもなお条約は国際法によつて、そ

の国の国民にとつて国の最高法となる。すべての文明国は一致して、条約を立法による一般の法律と同じ最高性を認

めた」(7)。そして、米国憲法第六章第二項は、国際法の原則を平易に宣言したものであり、条約の効力の法的宣言に

ついては、さらに明確な規定が必要であるとのべている(、)。

 しかし、一般にアメリカでの論議の中で、事後の条約を優位とする立場は、条約は現行憲法の手続に従つて締結さ

れれば、直ちに国内法としての効力を有することになる、とする前提のもとに、国内法となつた条約と、既存の法律と

の関係は、いわゆる事後法優位の理論が適用されるべきである、と主張する。たとえばハミルトンは、先の主張にもか

かわらずその後、「条約は”後法は前法を廃止する”という法該に従つて、条約に反する先行法を必然的に廃止しな

ければならない」(6)、とのべ、また、カツシングは、イギリスとの一八五三年二月一七日の著作権協定が問題となつ

たとき(この協定は実際には批准されなかつた)、 次のように答えている。 「憲法に従つて締結されることを予定さ

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200叢論律法

れている条約は、実質的にも、形式的にも、 ”後法は前法を廃止する”という法理論の一般的条件のもとで、……そ

れに抵触する既存の連邦法をすべて無効とする力をもつている」(m)。

 行政機関が既存の法律よりも条約を適用した例としては、イギリスとの一九〇九年の協定が、アメリカ船長には適

用されなくて、外国船の船長には制限を設けた、ある法律の規定を廃止する効果をもつているという、グレゴリー司

法長官の意見の結果、行政官は既存の法律ではなく、条約の方を適用した(11)。裁判例では、 クック対合衆国事件お

よび、ハネビック対合衆国事件が、既存の法律を条約が廃止できるとした、数少い例としてあげられている(21)。

 (1) 国≡o計O①ひ彗8一く“廿゜N。。°

 (2)ま{亀゜もふ。。ヂ

 (3)固『①匹而。。四昆○。巳荘。廿・昆・る・c。ぺ“⊃-c。c。ρ9日≡5Z。°・。ρ国8蔓9ぴ9ド。倉。(。伜)『9≦。完。[≧°×昌匹9匡①目言見

   一N<巳mこ一〇〇♪<□℃」Oo。⊥①O°

 (4)邑註。;且Oa三昆も三・。吉〉目巨゜・。召8ぬ゜二。罫まo-まs

 (5)巨△°も゜・。。。ご〉目ξ一゜・。ら08σq°二。アま?まw°

 (6)ま己“ヤc。。。一…〉§ξ尻。「08σqこ8]ω・《⑦①~+ΦNなおマサチューセッツ州のサミューエル、ライマンは条約は単に執行の

   面における裁量権が下院にあるにすぎないことを指摘し、下院の干渉なしにそれに反するすへての国内法を廃止するとの

   べ、マサチューセッツ州のブラッドバーグは、条約の前で、これに反する既存の法律でも法律として有効であることは(憲

   法の)どこにも書いていないと主張した。

 (7)望{。ひO。ぴ§切二く∨℃°=“⊃⊥皆

 (8) 日庄こ七=Φ⊥NO°

 (9)固昆g目巳Ω。巳宍。勺・。三巾・。。。豆9匡互z。“・。∨も」×

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(11)

(12)

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第二章 条約と事後の法律との関係

条約と法律との関係201

        第}節 既存の条約を優位とする主張

 既存の条約と事後に制定された法律との関係については、両者の規定を、できるだけ抵触しないように解釈するこ

とによつて、解決をはかろうとする考え方がつよいにもかかわらず、判例における付随意見では、一八五〇年頃から、

事後の法律を、条約に優位して適用しようとする傾向が拾頭し、その結果として、法律優先の見解が判例の中で数多

く見出だされる。が、しかし、早い時代から、事前の条約を、事後に制定された法律より優位におこうとする議論も、

かなり強く主張されてきている。

 もっとも早い時期に主張された例は、ハミルトンが、ニューヨーク市の]≦①百008巨で審理されたラトガー対ワ

ッディングトン(」べ○。心年)事件について論評したもののなかに見出される。 この事件の審理に適用された、ニュー

ヨーク州の弓苫。‘。‘冨。‘。‘>9は、イギリスとの平和条約より以前に可決されたものではあるが、この法律の可決の段階

で、すでに平和条約に何が規定されるかを予期していたから、両者の関係は、既存の条約と事後の法律との関係と同

一に観察してよいと前提して、この事件における法律の内容は明らかに条約規定に抵触しているから、既存の条約に

違反した事後の法律として理解すべきであるとして、条約優位の理由を次のように主張した。

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202叢払百冊律法

「被告を義務づけることは、国際法に違反し、厳粛な平和条約に違反したために、評判を失い、連合を侵害するように

敵国を復活せしめ、同盟の平和をおびやかすものと考えられる。われわれは、このようなことが立法部によつて意図

されることを、支持してもよいだろうか。法律が、このようなことを意図することはできない。もしそのように意図

されたとすれば、その法律は無効である」(-)。この主張は、その当時のアメリカの国際的立場を考慮した、素朴な政治

的論議であつたが、この主張にもみられるように、条約とは外国との契約によつて成りたつものであるから、契約当

事者たる外国の意見を無視して、国内法上、一方的にこれをを破棄することはできない、という考え方は、条約優位

論に共通してみられる、基本的な態度である。

 ハ、、、ルトンは、すでに前章でみたように(三、のちに、「”後法は前法を廃止する〃という法諺に従つて、条約に反

する既存の法律を必然的に廃止しなければならない」、と主張している。 しかし、既存の条約と事後法との効力関係

については、このように政治的論議ではあるが、まつたく逆の立場にたつている。そればかりではなく、ハミルトン

は上記の政治的論議に加えて、さらにこれを条約権と立法権のそれぞれの内容を検討することによつて、理論的に既

存の条約が法律に優位することを裏付けしているのである。すなわち国内法律をつくる権限は、立法府の権能であり、

外国との間で、条約を締結するのは行政府の権能である、にもかかわらず、 「憲法によつて、下院は課税する権限を

もつているが、条約は特別な場合、その行使を制限することができる。なぜなら、個人と同様に国家は協定によつ

て、その行為の道義的力を奪うことができる。そして、国の立法に関係する機関は、連合権もしくは契約する権限を

もつ機関のなす協定によつて、その効力が制限される」(3)とする。そして、「このように外国との契約が、立法府の

行為を拘束するのは条約権が、立法権からのぞかれるというよりも、条約権は特別な場合、立法権に対する例外的権

限であるためだ、といつたほうがより正しいだろう」(、)、と条約権の本質は立法権と全然別な権能ではなく、立法権

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条約と法律との関係203

の例外的権限として認められるものであると主張した。したがつて、立法権の例外的権限としての条約権に基く条約

は、立法における特別な場合として、通常の法律よりも優先して適用されるべきであるとする(5)。

 ジョン・ジェイは、フェデラリストのなかで、条約が通常の法律と同じように、随意に廃止できると信じている人

もいるけれど、それは間違つていると警告し、次のように説明する。条約は、外国との契約である。契約である以

上、両国が十分にその契約を履行することを確認しておかなければならない。自国だけが絶対的な拘束をうけて、相

手国は、勝手にその契約を修正し、もしくは廃止することのできることを認めて、契約を承諾する国家を発見するこ

とは、困難である(6)。「条約は、契約当事国のいずれか一方ではなく、両者によつてつくられることを忘れてはなら

ない」。だから、「両当事国の同意は、条約成立のときに必要であると同様に、条約の変更・廃止のときにも必要と

されるものである」(8)から、事後の法律に違反するからといつて、条約を一方的に無効にすることはできない。

 ジェイはまた、リッチモンドにおける大陪審への非難のなかで、この考え方をさらに強調して、次のようにのべて

いる。まず「……合衆国の法律は、三つの大きな区別を認めていることを注目すべきである。第一に合衆国の権威の

もとでつくられるすべての条約、第二に国際法、第三に憲法及び合衆国の法律」(9)である。条約の性質について、

「独立国間の条約は、相互同意及び協定から、その力と義務がひきだされる契約、もしくは取引きである」(01)。そし

て、 「ひとたび正式に締結されれば、一方の同意、または一致なしには、他の一方の当事者によつて変更されること

はない…・:」(11)、と条約の変更には相手国の承認を必要とすることを主張し、さらに、 「われわれは他の国と商議

し、契約をつくることはできるが、われわれは、彼等に対して立法することはできない。また、われわれは自分達の

法律を廃止し、変更することはできるが、国家は勝手に条約を修正する権能をもたない」(12)。 以上のような理由か

ら、条約は必然的に国の最高法となり、そしてそのように、「きわめて当然に憲法第六章二項に宣言されている」(13)、

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204叢M戸岡律法

と主張している。また、 「条約もしくは条約の条文に、その有効性についての疑問と問題点がある場合には、 これ

らの疑問は、その事件に関係する国際法の原理・原則にしたがつて解釈されなければならない」(14)、 とのべてい

る。 

ジェイの主張と同じように、 条約は他国との同意を必要とする契約であるから、 もしそれを廃止しようとするな

ら、それは「当事者の相互協定によるか、さもなければ戦争によつてのみしか、条約を廃止する途はない」(15)、とい

う主張もなされる。この主張は、ジェイ条約を審議した第四議会における論議の一つであるが、この時には、なおほ

かに既存の条約を優位とすることを支持する二、三の見解がみられる。たとえば、ペンシルバニヤ州のW・ブイン

ドレーは、国家は「法律の廃止によつて、法律の圧迫から解放されるが、他の国の同意なしには、条約から生じた苦

難からは解放されない」(61)。また、G・スミスは、 「国家も政府のいかなる機関も、全く条約がかたい約束であると

いう理由で、条約を拒絶する自由はない」(71)、とのべ、さらに次のように宣言した。 「条約が有効なことは、合衆国

の法律としての恒久性をもつという理由と性質によるものであり、したがつて、 (既存の条約は)条約に反するすべ

ての法律を可決する、合衆国の立法部の権限を制限する」(81)。F・エイムズは、 「道義と誠意(08匹宣汗)を必要

とする法律」(91)は、すべてに優先するとし、条約はまさに、誠意(Ω。&宣汗)を特に必要とする法形式である、と

主張する。一八一六年の第一四議会での、イギリスとの通商条約を実施する法律制定をめぐつて争われた議論のなか

で、当然既存の条約と事後の法律との関係が論議された。 このときの主張でも、エイズムのいう誠意((〕OO匹 ら知声[げ)

が、他の法律以上に、特に、条約には要求されていることから、国内で一方的に、条約を廃止するような法律の制定

はできない、という意見が大勢を占めた(⑳)。

 (1) 穿註㊦゜。ρ5巳Oo巳白o巾6一斤こや±㊤…戸切゜ζo日切゜(。α)“≧o×碧江①『民脚き]】[89江酔①蜀o巨象昌σqo『書。2陣江○さ一8へ⑰

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条約と法律との関係205

心一ぷ

(2)本文四一九頁参照

(3) 団日匹窃①目匹Ωo巳辞告江゜、勺゜+ぱ゜

(4)巨匹゜も゜鳶舎

(5)巨匹゜も書足+°

(6)司訂問&6邑巨2。°⑦古忌。匹①日にひ日○臣三。♪℃°鳶一゜

(7)巨匹こや鳶一゜

(8) ま庄こ℃°±一゜

(9)口注匹;且O。巳臼。廿゜合゜も“鳶心゜

(10)宗江こ⑰鳶N

(11) ≡達」や《品゜

(12)声ひ己こ喝゜芯N

(13) 苦庄こ∨《品゜

(14)ま己こ廿゜芯N

(15) 〉ロロ§一切亀○。oσQ叶。・・。・“舎『08σqこ一留。・。。・ωこ一冶Ol一お◎8一。・・①ぱ・この意見はノースカロライナ州のB・ウイリアムスの意

 見である。なおコネクチカット州のJ・コイットは、ある状態では、 「条約の破棄が正当なものであるということ、また、

 条約が破壊的であるかどうかもしくは条約を維持して平和を保つか、それを破つて戦争を宣言するかは、下院の権限内にあ

 る」、ということを認めた。ま…江こ6巳。。◆ΦOO⑦吉“⑳①c心“OΦご国臣画o。。§エOo巳吾o℃・江[こ℃・鳶⑦・

(16)〉昌5已己ωo[08σq苫゜。°。”世げ08σqこ8ゲ冶O°

(17) ま宣こ8㍍O㊤U°

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206叢論律法

(18) 一宮亀こひ巳゜。°口㊤ぷUOO°

(19)」ぴ」合8言口犬゜ストーリー裁判官も、条約は他の法律以上に、特にΩ。。ユ巨日を必要とされるものであることについ

  て、のべている。。力8『寸Oo日日㊦昌訂『甘。。o白夢。○○目巴一ε江05亀夢①d巳宕エO力㌫[。胡p亘『冠σq㊦牛。合江oP一c。⊂。c。“碗OOρ廿・Oc。。。・

(20) 印註窃袈且Ωo己辞名゜。一吟゜㊨やもふ讐lS。。‥〉言已巴。。。[08σQ冨。。y文庄08σQ・“]箕ω。・・潮一c。㌫⊥c。一◎8言±∨七±・

        第二節 事後の法律を優位とする主張

 一般に、議会の制定した法律が、条約よりも国内的効力関係で優位におかれるべきだとする、アメリカ合衆国での

もつとも単純な理論は、合衆国憲法第六章二項のいわゆる最高法規条項に規定されている、憲法、法律及び条約の配

列のしかたに、その根拠をおいている。たとえば、ジエイ条約批准のさいに、ペンシルバニヤ州のジョソ・シュバン

ビックは、次のように説明している。つまり、憲法の最高法規条項の三つの形式を分析すれば、書かれている順序か

ら、当然にその相互の効力関係も明らかとなる。すなわちそれは、 「……第一にこの憲法、第二にこの憲法に従つて

制定され、国の承認と三つの機関の同意が与えられた法律、第三に条約」(-)である。また、条約の性格については、

「この最後の条約が、法律を廃止できるという理論が、いかに不合理なことか。なぜなら、条約は、国家の単に二つ

の機関が関与するにすぎないにもかかわらず、すべての権限、つまり才入を必要とする法案を含むすべての権限を内

包しているけれども、それは実は単なる財産管理人にすぎないからである」(2)。

 条約と法律の成立過程に関係する機関が、条約は政府と上院であるのに対し、法律はさらに下院がこれに参加し、

しかも下院は国民のもつとも民主的な代表者であるから、これらによつて制定された法律は、当然政府と上院のみし

か参加しない条約よりも優位にたたされるべきであるとする理論もまた、一般に法律優位論の根拠とされている。こ

れら憲法条文を根拠としたり、締結権者を根拠とする法律優位論は、すでに第二章の既存の法律を優位とする主張を

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条約と法律との関係207

見た際に検討したところである。しかし、条約優位論から見ると、条約成立過程において関係する機関について法律

優位論の主張は、契約当事者である外国の立場をみおとしていると、反論(3)する。また、憲法に書かれた順序に従

つて効力関係の序列をきめようとする考え方も、今日ではそれほど大きな理論的役割をもつていない。これらの論議

は、すでにみてきたジエイ条約批准の際のコイットの主張(4)、フランスとの条約と一七九八年の法律との抵触につ

いてあらそわれた論議(5)、及び一八二一年のアミアブル・イサベラ事件での報告(6)などにみることができる。

 既存の条約は事後の法律によつて無効とされる、という主張が、裁判所で最初に採用された例は、アイオワ州の最

高裁判所のウェブスター対ライド(一八四六年)事件における判決の中にみられる。この判決で、 「条約は、憲法に

よつて国の最高法と宣言されているが、それは同時に法律についてもいえる。法律は一つの法律が他の法律を廃止す

るのと同じ方法で、条約を廃止することができる」、とのべられている。 この理論は、条約は憲法上、国の法律で

あるから、国内的効力関係については、国内法における”後法は前法を廃止する”、という原則を採用したものであ

る(7)。 この時期には、学説の上でも、ウエブスター対ライド事件での法律優位の理論を支持する見解が、かなりあ

らわれた。 たとえば、大統領及び上院の同意があれば、条約を下院が廃止することができる(8)。また「戦争宣

言の権利への付帯事項」として、議会が条約を無効もしくは変更する権利をもつているというような主張がなされ

た(9)。

 一八三二年のロシヤとの通商条約と一八四二年の関税法との間の抵触問題で生じた二つの事件(-o)は、結果的には、

条約と法律との抵触問題として判決されたわけではないが、その事件の審理過程で、きわめて示唆に富んだ議論がな

され、とくにテーラー対モートン(一八五五年)事件でのカーチス判事の見解は、のちにこの種の裁判に大きな影響

を与えた。テーラー対モートン事件で、カーチス判事は、まず条約を執行することを拒絶する権限は、政府にあると

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208叢一論律一法

して、 「……そうする権利は、その独立に深く影響することなく、政府の剥奪されない特権である。アメリカ合衆国

の国民が、いかなる場合にも、政府のこの権限を剥奪したと私には思えない。それは、ある場合には存在し、そして

適用すべきであると私には思える」、と主張する。そして、その政府の権限を行使する機関は、 「……それが議会に

属することは疑いないようである。:::そしてまた、これらの国内法(条約をふくむ)を廃止する権限が、いかなる

場合にも議会に存在しなければならず、また、議会以外の他の機関がそれを所有しないのだから、そのとき、議会は

憲法が議会に賦与している国民のための立法にもとずく法律を適用する」(皿)とのべて、立法による既存の条約の廃止

を強調した(31)。この事件は、一八四二年の関税率が、アメリカに輸入されるロシヤ麻に、その他の国から輸入される

麻とくらべて、不利な関税率を規定していることから、この不平等規定は、一八三二年のロシヤとの通商条約の、最

恵国条項に違反しているのではないか、ということで問題となつたものである。カーチス判事は、ロシヤ麻がなぜ他

の国の麻と異つた関税率となつているか、という事実問題を、裁判所が判定することは、困難な仕事であり、結局そ

のような判定は、裁判所の能力外であり、それは立法部の役割である、とのべている(u)。 この判決のいわんとして

いるところは、のちにのべる政治問題(℃。巨6巴ρき巴8)に、裁判所は判断を下さないという点にあるが、述べら

れた内容は、前記の如く、法律による条約の廃止を、承認したこととなつたのである。

 条約が、ただちに、純然たる国内法であるかどうかについては、多くの見解がある。がしかし、カーチス判事はこ

のことに関しては、条約は外国との契約であるが、しかし排他的に、それは純然たる国内法であるした。そして、ア

メリカを外国政府に従属する、 .。『巴芭①。・。・8昆亘oロ。。にのこすことを欲しなかつた(“)。ジエイやハミルトンなどのよ

うに、条約を優位におこうとする人々が、条約の国内的効力を論ずるとき、条約優位の根拠として、その成立過程に

おける、契約当事老である外国主権を考慮に入れたのに反して、カーチス判事のこの主張は、契約のこの一方の当事

Page 26: 第三節 条約の司法審査 第二節 条約の国内執行の形態 第一節 ......187 条約と法律との関係 まず、第一の問題は条約締結に立法部のうち上院のみが参加するというアメリカの特殊な制度から生じるものであかという諸問題を、附加的に検討した。

条約と法律との関係209

者ー外国ーを条約の国内的効力関係から排除したものである(亘。

 J・G・クリッテンデンは、スペインとの一八一九年の条約と抵触する法律に関する意見の中で、次のようにのべ

た。 「法律は……条約と同じように、国の最高法である。両者は、同一の基礎におかれる。そこでは、権力を与える

法律の最後の表明が優位しなければならない」貧)。この見解は、明らかに“後法優位の原則”の適用である。彼はさ

らに、 「私は、条約の尊厳に無関心ではないし、また条約の忠実な遵守の、公の重要性を認識している。しかし、そ

の道義的効力及び国際法の下での義務は、現在考察の主題ではない」(91)。 「われわれの前の問題は、憲法の下での条

約の法的効力である。条約が、それに抵触するすべての法律を無効にする、ということは、条約への永久の服従に政

府の全政治権力をおくことになるが」(勿)、……「わが国における最高の政策及び立法権は、この憲法の下で、合衆国

の議会の手にある。そして、その行為は憲法による場合を除いては、誰からも支配されることはない。しかも憲法

は、議会が条約に反する法律を可決しない、といつてはいないし、条約違反の立法を禁止せられることはまつたく考

えられないできごとであるだろう」(飢)、とのべている。

 既存の条約と事後の法律との関係について、連邦最高裁判所が最初に示した見解は、円冨○冨8ズ8↓。ひ880①。・。

(頃Oβ餌…P⑦⇔<°d°O力゜)(一八七〇年)である。この事件で、最高裁判所は四対二で事後法が既存の条約に優位して適用さ

れるものと判断した。この多数意見を支持したスウエイン判事は、次のようにのべている。 「条約は、憲法を変える

ことはできないし、またもしこの文書に違反していれば、無効であると判決される、ということはいうまでもない。

これは、われわれの政治の性質及び基本的原理から生じるものである。条約と法律は、それらが抵触する場合には、

憲法によつて解釈されない。……(この場合には、単純に)条約は事前の法律を廃止し、法律は事前の条約を廃止す

る」2)。このようにスウエイン判事は、条約の違憲性審査を否定するとともに、条約と法律との関係には、 “後法優

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210叢払6岡律法

位の原則”を適用している。

 いま一つとりあげられる事件は、人頭税事件(一八八四年)である。この事件で問題となつたのは、アメリカの港

に入港する外国人に五〇セントの課税をするという、一八八二年八月三日の移民法に、いくつかの、既存の条約が抵

触するかどうか、ということであつた。一八八一年に、ニューヨーク東地区巡回裁判所で問題の人頭税は、通行人に

課せられたものであり、それゆえに、既存の条約に違反すると主張された。ブラッチフォードは、それは船の所有者

と、その船に課せられた税金であるから、条約規定に違反しないとした(32)。そして、さらに事後の法律が、既存の

条約に優位するとして、次のようにのべた。 「条約は、全面的に国内法とはいえない。むしろ、条約は法律を制定す

るという条項の部分をのぞいては、契約以外のなにものでもない。この条項なしに、条約は事前の低触する法律を廃

止することはできない。また、国の最高法たる条約は、事後の犠触する法律によつて廃止されなければならない。

そうでなければ、条約と法律の両老が国の最高法であるという条項は、効果のないものとなる。事後の抵触する法律

に反する条約は、この新しい法律が、古い法律(条約)を廃止するまで、国の最高法としての効力をもつ」(叙)。ここ

にも“後法優位の原則”にもとつく、事後の法律優位の主張がみられる。

 このように”後法優位の原則”は、広く既存の条約に対する事後法優位の理論の根拠となつていたが、外国人排斥

法にからむ一連の事件の審理においては、テーラー対モートン事件でのカーチス判事の議会主権の見解が復活した。

議会主権の主張は、一方では政治問題に関する裁判所不介入の原則をつくると共に、他方では条約に対する法律優位

の原則をうみだした。

 中国人排斥事件(一八八九年)で、上告人の○冨。○『p勺ぎσQは、一八七五年から一八八七年まで、アメリカ合

衆国に居住していた。最後の年に、彼は、彼が出発のときに有効であつた条約と法律にもとずき、サンフランシスコの

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条約と法律との関係211

税関吏によつて発行された再入国証をもつて、訪問のため中国に帰つた。一八八八年に彼は帰米することになつたが、

帰米一週間前の一〇月一日に可決された法律によつて、彼の証明書は無効となつた、という理由で、入国を拒否され

た。新しい法律では、帰米の証明書は、合衆国から出発したときの税関吏によつて発行された入国証ではなく、あ

らたに外国の出発地にいるアメリカ領事から得なければならないことを要求した(25)。フィールド判事は、このような

立法をすることは、国家の主権における、固有の権限であるとして、この法律を支持し、次のようにのべた。 「外国人

排斥の権限は、憲法によつて委任された主権の一部として、合衆国の政府(孤o<o日日o巳)に属する権限であるので、

政府の判断で、国の利益が、それを要求する場合には、いつでもそれを行使することができる。……政府のこの権限

は、他に移すことも、破棄することもできないものである」(26)。

 モルモン教会対合衆国事件(一八九〇年)でブラッドレー判事は次のようにのべている。 「これらの権限(外国人

排斥の権限)は、議会主権のそれであり、すべての独立国に附随するものである。同じように征服・条約・継承等に

よる領土獲得の権利も、議会主権の付随的内容をなすものである」(万)。また、西村対合衆国事件(一八九二年)で、

グレー判事は、「あらゆる主権国が、国内に外国人の入国を禁止し、もしくはそのような規制をすることが妥当と考

えられる場合、及び一定の条件で入国を許可することを決定する場合、主権国はその権限を、主権国に固有のものと

して、また自己保全の本質的なものとして有している。……合衆国ではこの権限を連邦政府に授権している。憲法も

また、戦争や平和の場合、国際関係の全支配を国の政府にみとめている」(82)。グレー判事は、なおフォン.ユー・チ

ン対合衆国事件(一八九二年)で、さらに次のようにのべている。 「帰化せず、またこの国の市民となる方法を講じ

なかつた外国人を追放する権利は、同じような理由にもとずいており、この国への入国を禁止し、妨げる権利と同じ

ように絶対的なものである。合衆国は主権国であり、独立国である。そして、国際関係の全支配と、その支配を維持

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12

@し、有効とするに必要な政府のすべての権力を、憲法によつて授権されているL(92)。これら一連の見解は、たとえ

2  既存の条約に反する法律が議会によつて制定されたとしても、その法律は、主権国家における立法機関である、議会

  に与えられた権限によつてつくられたものであるから、その法律が、既存の条約を超えて有効であるという、国家の

  独立性と事後法優位の理論とが結びついたものである。

叢「二△

耐田律法

(1) 目一…oせO。言8。。L貝勺゜ホO°

(2)巨エこ卓なP

(3) 本文四一八頁等参照

(4) 〉ヨ8尻鳥08σQ°三仔08σq°二゜・ご。°。ωこ=口⑩1℃8一゜・°①91S

(5)卑注g四aO。巳良。廿゜。】~℃ピ゜鳶01SS

(6)ま」匹・》やSP この事件では、裁判所は、条約に違反する法律の無効宣言権はない、と主張する、と同時に、条約を停止

  するかどうかを決定することができるのは、立法部であると主張した。

(7) なお、この判決は、結局は、裁判所では条約の効力の判定をなすべきではなく、それは立法機関のなすべさものであると

  して、条約審査について、その当時ようやく滲透してきた、条約に対する司法的無能力及び条約に対する立法権優位の理論

  を採用した。{ひ{ユ゜“唱゜心c。〒÷c。ド

(8)」・民菖6。§。§ユ。〔-8>日9・昌↑竃二旦切゜(2㊦≦<。完二・。器⊥・。・。oy]も゜博・。⑦゜

(9)≦・㌘己⑲〉≦2。ご訂○。曇{ε江8・[↑冨ご忌a。。巨露。『〉§・{βN且。江゜二。。Nρ喝も゜⑦∨-。。°

(10) ニューヨークの南部地区巡回裁判所で審理された、町。合窪く°○ξ言事件(一八四九年)における訴状および、S・ネルソ

  ン判事の見解と、いまひとつは、円p工自く・窓。葺8事件のカーチス判事の見解。 なお同様にロシヤ麻の税率について生じ

  た事件として、一八三二年の条約と一八六一年の関税法との抵触問題を論議した戸。廿2<Ω日合事件(一八七一年)があ

  る。

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一条約と法律との関係

一213

(11) 司a2巴○嵩o°。ぎ汗o℃2{o鮎一司c。㊤ムc。おw<o『鵠“カ・∨c。玲

(12) 」ひ庄こや∨o。+°

(13) このような主張のもとに、カーチス判事は、具体的な事例として、一七九八年七月七日の法律(一。。㌫fOWc。)を議会が可

  決したとき、それは、フランスとの条約に対する義務をとりのぞいたとのべている。団臣△而。。①昆Oo己江こo唱・6…~廿・c。⑦・

(14) 頃合2巴6嵩輻o亨2°、や“c。ご口注9碧匹02臣、oや。剛言U・☆S

(15) d巳吟a。力9憂戸o勺○葺(。力已肩o目①Ooξけy一〇出o≦曽白c。89⑦N㊤・

(16) ま己こc。㊤⊂心90NO

(17) 一巨江こc。㊤七。9⑦N㊤・なおカーチス判事は、O器9。。8口く°。。昌鮎♂己事件で、合衆国は、条約の廃止に外国政府の同意をうる

  ためにもつ.ゴ。菅。・・の8a三。巨.。の中におかれるべきであるということを、かつて考慮されたことを私は知らないとつけ加

  えたが、グールドは、もし彼が本当にそう考えていたとすれば、ジエイやハミルトンの見解、ジエイ条約批准の際の論議及

  び司巨窪<◆○巨↑一。。事件における論議等をしらなかつたからであろうとのべている。国日江2pえΩo巳吾。勺゜。《fや+c。ρ

(18) ○田o芭○豆己o旨oご冨〉口ざΩ8°oご9d・。力こくo『曾⑰c。+O・

(19) 」ぴ庄゜wやc。ま゜

(20) 」ひ崔こやc。《9

(21) ま己こ喝゜c◎+只

(22) d巳9エ。。[92戸6℃o詳(o力已宮。日。○。已口)一一≦g=p6㊦(一c。⑦c。i一。。主yO宗讐忠Ol⑦巴二この事件で取扱われた条約は、イン

  ディアン条約であつたということから、外国がアメリカ議会に影響されやすいことについて、インディアンと同じに考えつ

  いては、注音心されなかつた。

(23) 口巴9§阜Ωo巳Poや巳吟こ喝も・±ロムホ・

(24) 品町a2巴戸唱o箕。『(完。。OLO呈y一c。U①二±・

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214

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一c心Od巳⇔a。。冨{⑦゜・男。℃o『[°。(o力毛器∋。Ooξ()Oc。一葺O。。+σ

一c。Oご巳8匹。力sg《,男。ピo吟[【‘(o力=宮㊦ヨ①Ooξけ)一£鳶゜

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一おd巳けao力g8。。男。廿o『け切(o。毛『。日①08詳)8。。g∨Oざ

∨=°

叢工ftra律法

第三章 条約と法律との関係に附随する若干の問題点

        第一節 下院の条約締結権参加の傾向

 条約の締結に際し、下院がその条約の承認に参加しないことは、アメリカでは、条約と法律との関係についての論

争の、ポイントの一つとなつている。現在でも、条約の締結行為に、直接、下院が参加することはないが、上院の条約承

認権が、単なる拒否権にすぎないといわれるところから、下院の条約締結権参加への動きはつねに生じている(-)。そ

して、現在ではこの不満を解消するために、批准された条約の、国内執行の面で、下院がこれに参加することを慣行

化している。もつともこの慣行は、すでに引用してきたジエイ条約締結のときに、すでに始まつていた。ジエイ条約

は一七六九年二月二九日に大統領によつて正式に批准され、布告された。翌日、その条約の実施のために、大統領は

支出金の承認を議会に要請した。ところが、下院はその条約の商議に関する書類、および全権代表ジエイ氏に対する

大統領の訓令の写しを提出するよう、要請した。これは、下院が、財政的負担を伴う条約の締結に、実質的に参加せ

んとする意図を示したものである。これに対して、大統領は、条約の締結は憲法上、上院の同意を得て大統領がなす

もので、下院はこれに参加する権限のないことを理由に、この要請を拒否する旨を回答した。下院はこの点を了承す

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条約と法律との関係215

るとともに、財政的負担を伴う条約の実施については、議会で可決される法律に基かなければならない、と宣言した

。このようにして、五月六日、ジエイ条約の実施に伴う支出金を認める法律を採択したのである?)。

 さらに、一九〇三年頃からは、大統領が条約を批准する前に、その条約の内容を下院に提示すること(3)、そして

これにもとずいて、下院は大統領の条約批准前に、財政に負担を課することとなる条約、関税を決定する条約、議会の

所管となる事項を含む条約などについては、議会の立法による承認を必要とする慣行が成立している(4)。

 ところで一方、上院の条約承認権についてみると、独立当初の十三州の数が増加し、国際関係が進展かつ複雑化し、

さらにアメリカの国際政治上の地位が変化したことから、上院の条約承認権の果す、立法権による抑制という初期の

役割がうすれてきた。しかも、大統領が条約締結に際して、上院の同意を回避する傾向が生じた。これがいわゆる行

政協定(爵8葺…<。轟苫。日。茸)とよばれる条約形式である。このような条約の締結が、大統領に専権として認められ

ているのは、次の三つの理由によるとされている。①大統領に外交権を与え、大統領をして陸海軍の最高司令官と

し、かつ大統領に対し、法の誠実な執行を要求している憲法の条項から(6)、黙示的に推測される彼の権限に基き、

条約を締結する場合。この権能のもとに締結されたものは、重要なものが多く、また大統領の憲法上の執行権限の限

界として、問題となつたものがかなりある。例えば、相互に海軍の軍備を制限すべくとられた、英国との間の一八一七

年おけるラッシュ・バゴット協定、一九一八年の休戦条約、一九三三年ロシヤとの外交関係再開協定、一九四〇年の

英国に対する基地祖借と駆逐艦譲渡の交換協定、および第二次大戦中に結ばれたヤルタ協定、カイロ宣言、ポツダム

協定等の一連の協定等である(7)。② 大統領が協定を締結しうる権限が、議会立法により明示もしくは黙示に許さ

れ、または明白に委任される場合。この例としては、各種郵便協定、一九三四年の通商協定法によつて与えられた権

限に基いて結ばれた双務的関税協定、一九四一年の借款法にもとずいて結ばれた協定、最近の例としてM・S・Aに

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216叢工戸冊律法

基いて結ばれた各種協定等がある(8)。③大統領が条約規定を施行することの目的のため、特別な行政協定をつく

るべく、先行する条約により授権されている場合。以上のような理由によつて、大統領が上院の同意をうけることな

く、外国と単独に協定を結ぶことができるのである。

 連邦最高裁判所においても、この大統領の権限を支持する判決がみられる。一九三六年、合衆国対力ーチスライト輸

出会社事件におけるサザーランド判事の附随意見は、次のようにのべている。「連邦政府が対外的主権を与えられたの

は、憲法が積極的な権限を賦与したことによるものではない。戦争を宣言し、遂行する権能、平和を結ぶ権能、条約

締結権、他国との外交関係を維持する権能は、たとえ、憲法に明示されなくとも、国家に必然的に附随するものとし

て連邦政府に与えられたであろう。……重要な複雑せる徴妙な多様の問題を含む、この広い対外関係においては、大

統領のみが国家の代表者として話し、聞く権限をもつている。……国際関係の保持にあたつて、困難llおそらくは

重大な困難  を避け、われわれの目的達成に成功せんとすれば、国際関係における交渉と調査にょって価値のある

ものとなる国会の制定法は、国内関係にのみ関する場合には許せないような程度の、裁量権と法律上の制限を免れる

機能を、大統領に与えねばならないことが、しばしばあることは全く明瞭である」(9)と。

 このような大統領に対する条約締結権の包括的権限の承認は、現実に第一次・第二次大戦を経て現在に至るまで、

戦時、戦後の処理問題で膨大な行政協定を生んだ(-o)。そこで、下院ではつねつね意図していた、下院の条約締結権

参加を目的とした憲法修正を提案した(11)。上院の条約承認権に対する下院の不信は従来からあつたが、第一次大戦

後のベルサイユ条約に対する上院の不承認、国際連盟加入の拒否等にあらわれた、上院の非国際的感覚に対する非難か

ら、条約締結権に参加する下院の希望は増大し、第二次大戦後の行政協定締結に対する抑制をも含めて、一九五〇年

代に入ると、本格的な憲法修正案がだされるようになつた。これらの修正案でもつとも議論を呼び、下院の条約締結

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条約と法律との関係217

手続への参加を徹底化した内容をもつたのが、いわゆるブリッカー修正(12)である。 この修正案第三節では、「連邦

議会は、外国もしくは国際機関と締結するすべての行政協定およびその他の協定を規制する権限を有する。前項のす

べての協定は本条が条約に対して課する制限に服する」、と規定しており、この後段の条約に対する制限とは、その

第二節に「条約は、条約が存在しない場合に有効である立法によつて、合衆国の国内法として有効となる」、 として

いること、および、その第一節に「憲法に抵触する条約の規定は、効力を有しない」という規定をさしている。この

ようにきわめて厳格な規制力をもつて、立法機関の一つとしての下院の参加を規定したものであつたが、この修正案

は成立しなかつた。

(1) 団φ○自三】吉印㊦゜。巳自け“○由。。§工噌o≦㊦亘c。己&こ一〇+c。、℃°ぱc。°

(2)Ω§合戸ば、器昌β↓訂障ζ臭{品pロ叫P含8日。巨ふa。エ゜も゜宗OムΣ一口注。シ・・且08一倉○唱゜窪こ廿゜c。謡円

(3) ○°08ぺσqo七〇三8u・、↑p日=話8亘8巳窃言$§Φ二ρ8言げo日亘89言ユ。日而ロひ一〇も。P℃」O°

(4) ロジエ・パント「条約に関するアメリカ上院の権限」レファレンスニ七号抜刷五頁。おな高柳賢三「条約の違憲性」 (山

  田教授還歴祝賀論文集所載)第六項立法権と条約締結二七七頁以下には、アメリカの下院が、憲法の各規定の中にある下院

  の権限を理由に、条約権に制限を加える傾向にあることを詳細にのべている。

(5) 以下の分類は、』°ζ゜ζ彗『。5】吋冨〉日①ユ6§08.‘吟{已ま昌巴o力く,,吟。βで゜c。8中゜

(6) この条文は憲法第二章第二条一項、第二項及び同章第三条

(7) これらの諸協定のなかでは、あるものは合衆国の財政上の問題であるにもかかわらず、大統領の執行権限のみで協定が結

  ばれるのはおかしいとするもの(英国との間の交換協定、一九四〇年)、大統領の軍統帥権は認められても、領土処分、利

  権の設定まで及ぶものではない(ヤルタ協定)として、非難された例がかなりある。

(8) この場合の協定は、相手国との間で多く片面批准によるものが多い。例えば、日本との原子力平和利用条約において、わ

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218叢-A司岡律法

  が国では国会の承認を要したが、アメリカでは単に議会の閲覧に供しただけである。だから批准書交換ではなく、批准され

  たことを通知する交換公文によつて、一九五五年一二月二七日発効した。

(9) ρヒ目゜。。己゜・汀5吋『ρ。葺『o「08巴ε亘○峠・巴勺。≦。『ぎ仔①da需牛。り冨桿β品《①・邦訳「アメリカにおける憲法上の権限の発

  展」法務庁資料統計局司法資料三〇四号二〇一~二〇二頁。

(10) 一七八九年より一九三九年までの間、条約数は七九九件であるのにくらべて、行政協定は二八二件となつている。これ

  を国務省発表の一九四五年より、一九四八年までの統計によると、条約三五件に対し、行政協定四三二件の多きにのぼつて

  いる。ρ巳5自≦15σQ宮“司『odコ」8臼o力S吟oψき鮎日9彗9一〇β巴①σq冨o日①昌ご]ロ甘吟目①凱05巴Oo50≡巴」oP20・+一一・

(11) この種の憲法修正論議は、むしろ第一次大戦後のベルサイユ条約に対する上院の否決、国際連盟加入の拒否等にあらわれ

  た上院の条約承認権である三分の二規制に対し、これを非民主的、非国際的なものとして、上院のみでなく下院を加えた立

  法府全体の多数決の方向にもつていこうとしたことから始まる。第七八及び第七九議会で、この種の憲法修正案は、それぞ

  れ一〇回ずつだされている。Oo白σq吟。器昌巳酔。蚕庁田。☆↑5β亀昌窪亘6ω“]巨25①[日5巴○°ロ。巨①ま見2p+二“や鵠∨1⊂。刈゜。°

(12)国×62牙。〉σq『。。日。巨餌a夢。印。廿。ωaO。旦一εま口①一〉目。え日。巨8日。司『8亘㊥。550。ヨ旨。昇u一“呂{切合{σq昌ダ

  戸。ξc。二8c。…。。三庁竺碧O“声2『一。{日σq夢。言Φp[<廿○≦。♪国昌く°目゜男。<こくo口“a三8“℃°c。8…ロ゜。。6ゴ乞自貫o㊥゜。一榊こヤc。中c。㈱

第二節 条約の国内執行の形態

 アメリカ合衆国では、その憲法六章二項で「この憲法・この憲法に従つて制定される合衆国の法律、合衆国の権能

の下に、既に締結され、または、将来締結されるすべての条約は、これを国の最高法とする。……」と規定してい

る。このことは条約が直接に国内法の一部となること、換言すれば、条約はなんら国内立法をまたずに、法律と同様

に執行されることを意味しているといえよう。憲法のその他の規定にも、それを否定することは何も定められていな

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条約と法律との関係219

い。ところが実際には、とくに裁判所の判例では、必ずしも、すべての条約について無条件に、条約がそのまま執行

されることを認めているとはいえない。例えば、一八二九年のフォスター対二ールソン事件で、ジョソ・マーシャル

判事は次のようにのべた、すなわち「ある条約が法律規定の援助によることなく、自動的に実施されるものであれ

ば、その条約は裁判所では立法行為による法律と同等なものとみなさなければならない。しかし、条約の条項が一つ

の契約を意味し、締結国のいずれかが特定の行為を行うことを約束する場合であれば、その条約は行政府にそれを求

めているのであつて、司法府にかかわるものではない。従つてその条約が裁判所にとつて規則となるたためには、そ

のまえに、立法府がこの契約を実施しなければならない」(-)、とのべている。これによると、条約にはその契約のし

かたによつて、条約自身が直接に国内的に執行される場合  自力執行条約(oD⑳弔。×。2⌒日ぬ⇔苫巴く)ーと、そうで

ない場合とがあり、後者の場合、つまり条約が、別に立法をなすべきことを約束した場合、条約はその立法を通じて

国内的に執行されることになる(2)。

 このような考、見を具体的に論じた最近の事例として、藤井事件におけるカルフォルニヤ州最高裁判所の判決があ

る(3)。 この事件は、カリフォルニヤ州の外国人不動産法(吋庁。≧庁昌印。勺。江鴫]巳富け等m戸艮一qっ呂)が、外国人に

よる不動産所有権を禁止し、そのような外国人によつて取得された不動産は、州に帰属するものである、と規定して

いるのに対して、これを正当な警察制限でなく、かつ州憲法の人権条項に違反するものとして訴えられた(4)。 これ

に対して、カリフォルニヤ州地方控訴院は、この法律を国連憲章の下で宣言され、かつアメリカ合衆国が批准した人

権宣言口に違反するものと判決した。すなわち、国連憲章前文、第一章第一条、第二条及び第九章第五条、並びに人権

占日三=口の第一条、第二条及び第一七条にそれぞれ規定されている人種差別の廃止、財産に関する平等な権利の保障は、

カリフォルニヤ州の外国人不動産法に示される人種的差別の規定と抵触し、国の最高法である条約としての国連憲章

Page 37: 第三節 条約の司法審査 第二節 条約の国内執行の形態 第一節 ......187 条約と法律との関係 まず、第一の問題は条約締結に立法部のうち上院のみが参加するというアメリカの特殊な制度から生じるものであかという諸問題を、附加的に検討した。

220叢論律法

並びに人権宣言は、カリフォルニヤ州外国人不動産法を無効とするものである、と判決した。この判決に対して、カ

リフォルニヤ最高裁判所は、あらまし次のようにのべている。憲章前文、第一条は、国際連合の一般的な目的と目標

を宣言したものであつて、加盟国に対して法的義務を課したり、また個人のために権利を設定したりすることを目的

とするものではない。原告が採用した第五六条、第五七条とて自動執行的でないことは同様である。それらは、国際

連合に協力する義務を負担したものではあるが、明らかなことは、将来、諸国による立法により宣言された目標を、

達成することが要求されていることであつて、憲章の批准によつて、これらの規定が、国の裁判所にとつて、法の規

則となるようにとの意思があつたことを示すものはなにもない。憲章のこれらの規定および人権宣言の規定は、加

盟国の立法を要求しているが、それは道義的要求であつて、法的義務として課しているのではない。それは加盟国

が契約したにすぎないのである。だからもちろん、契約の主旨を無にしてはならないが、しかし、原告が依拠した

憲章の規定は国内立法に優位するものではなく、カリフォルニヤ外国人不動産法を無効とするものではないと結論

した。

 実際、憲章のこれらの規定は、加盟国によつて、尊重されなければならないという拘束義務を創設していることは確

かである(5)。 ラウター・パハトは次のように書いている。 「国連憲章は法的文書である。その言葉は法律用語であ

り、国際法の用語である。個人の”基本的人権”をくりかえして確認するにあたつて、法的権利iー国際法によつて

承認された法的権利または国の法とは、別個の法的権利に言及することが当然に考えられねばならない」(、)。これが

国際法の問題としての憲章の効力に限定される場合には、この見解の正しいことは明白である(7)。だが、国連憲章

が加盟国間で拘束的国際義務となるようにすることは、必ずしもその人権規定が、直接に国内裁判所で強制される加盟

国の市民に、権利を附与するということは意味しない(、)。 ラウター・パハトも認めているように、憲章のこれらの

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条約と法律との関係221

規定は「国家間の法を主体として、個人を認める方向の”顕著な段階”を画するものである。しかし、これらの規定

は、個人に関する国際的手続権能を完全に授与しているからといつて、個人自身の権利、及び司法の分野で、かくし

て獲得された地位の法的利益を執行せしめるということにはならない」のである(9)。

 しかしながら、国際連合憲章中にも自力執行規定は有しうるのであつて、それではどのような規定が自力執行的で

あるかについて、判決は他の事例を引用しながら説明している。まず判決は、ある条約が締結国一方の国民に対し

て、他方締結国内にある不動産を相続する権利を認めるとともに、相続開始のときより二年以内に、その不動産を売

却し、なんら差別的な税金を課せられることもなく、その収得金を引きあげることができる旨規定しているのに注目

して、クラーク対アレン事件その他の判決を援用しながら、この種の規定こそ自力執行法をもつものであるとした。

この条約では、締結国は自国民が、その国内より財産を撤去する場合にくらべて、他方締約国民の場合に不利な負担、

課金・税金を課さないと規定しているのであるが、このような規定はそのまま各締約国内で実施されるのである。そ

のため改めて、国内立法手続をとる必要はない。そうでないとすれば、こういう条約規定は無意味となつてくるおそ

れがある。このほか、判決は条約の中には、国内立法の手続をまたないでも、国内で直ちに実施せられる場合につき、

個人の権利義務を支配する規則を具体的に規定したものがあることを指摘し、それが明らかにされた幾多の判例を

あげ、そして国連憲章の規定については、次のようにのべている。憲章の制定者が、若干の規定について国内立法の

手続をまつことなく、実施しようと意図した場合には、明確かつ決定的な言葉を用い、その意図を明示したことは注

目に値することである。例えば、第一〇四条は、 「この機構は、その任務の遂行と目的達成とのために必要な法律上

の能力を各加盟国の領域において享有する」、 と規定している。また第一〇五条は、 「ωこの機構はその目的達成に

必要な特権及び免除を各加盟国の領域において享有する。②これと同様に国際連合加盟国代表およびこの機構の職員

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222叢一△fi岡律法

は、この機構に関する自己の任務を独立に遂行するために必要な特権およが免除を享有するL、 と規定している。カ

ーラン対ニューヨーク市事件では、これらの条項は自力執行的であるとされたとのべ、憲章中にもこのように自力執

行規定のあることを指摘している(01)。

 以上が判例にみる、立法を必要としない条約-自力執行条約1と、立法を必要とする条約についての具体的区

別のあることの例であるが、 アメリカ下院では慣例で、条約には立法の義務、少くとも道義的な立法義務が生ずる

ものがあるとしている。このことはすでに、前節の下院の条約権参加の傾向のところでのべたところであるが(11)、

一般に条約実施に予算措置を伴う場合は、連邦議会の立法を必要としており、さらに条約規定にもとずいて法律の制

定を必要とするものが数多く存在する。それゆえ、憲法の最高法規条項だけで、単純に、条約は自力執行性を有する

のではなく、憲法の定めるところに従つて締結された条約は、執行部、司法部を拘束すると同時に、立法部をも拘束

するものであり、その事項が連邦議会の列挙された権限および合意された権限内に属する限り、無条件に立法措置が

とられるべきである原則が強く主張され、前述した判例にみるように、条約自身が言い表わす契約による立法措置を

必要とする場合には、条約はこれらの法律を通じて、はじめて国内的に執行されるのである(21)。以上のようにアメ

リカでは、条約の国内執行には、憲法上無条件に条約が自力執行性をもつているに拘らず、慣例上、また判例によつ

て、条約の性質、それにふくまれる契約のしかたによつて、そのまま執行される条約と、立法措置をまつてはじめて

国内的に執行される条約とがある。

 (1) 問。i-毎<2竺切8三㊥Φ§。。一や、d°。力゜。。毛゜○。巨廿一c。博O…因剴』㌃㌣。9子。巾ひ{〔“喝も』?薯三。坤①・

 (2) 条約の国内執行について、自力執行条約とそうでない条約とがあることについてすぐれた研究として、高野雄一「憲法と

   条約」九七頁以下参照、なお因。力合乏昌ぷ〉日Φa6きOo自島言亘o昌国一ピ①き一〇ゆぶ℃も・。。ぽ冷

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条約と法律との関係223

(3)司毛ご゜。。§5㊤∨○巴゜〉唱一゜鐸曽∨も゜呂+c。吉一80三ε=<°・。巨5呈N℃°民2メ⑦皆(9=o足)…bd°o』察。9子。カ゜

  6…8勺゜8占c。…中。。各≦①吟N“o廿゜6」言巾c。一。。1ω一㊤゜

(4) 次の事件では外国人不動産法の合憲性を認めている。勺o耳。誌。匡く°≦6ぴぴNOc。dひ゜漂辞≦。ぴびく°○。印完日NOc。d°。力』冨…

  即」良く・Σ。ひ亘NO⊂。ご゜。庖゜c。N900汀巨くsOp一・ロ。S甘“NΦ。。d・o力゜謡。。°次の事件では外国人不動産法の不平等性を認めている。

  ○さ昌●<°○昌乙n[巴ρ㈱。。Nd°o力゜Oc。c。W。。冨云く°民『巴旨。吟三c心+d°。力゜旦司品品g巨く°巴゜。亡σqpヨ。○日Us。+d°。。°+一〇°

(5)切』合ξ旨ちで゜。#°三゜c。旨

(6)C§壱碧ぎ吋9巴亙①。房。ご『巴ξ・言呂8ひ三声“ρ戸儂二忠c。も』∨“巨゜

(7)峯彗c。】。。°

(8) 家゜讐c心一c。°

(9)ζ巨§9頁9氏問pユ。邑巨§①且国¢§ロ戸{σq算§oも゜㌫o°

(10) 藤井事件におけるカリフォルニヤ州最高裁判所の判決の概略については、入江啓四郎「加州土地法違憲の判決」世界週報

  三三巻一六号二六三三頁参照。

(H) 本文四三四頁参照

(12) Oo吟≦日㊦臼Oo9亘ε江oP卜昌江ぺ。・」。。①ロ匹甘9壱『6富ま♪一ΦUc。“や爲①なお判例としては団身。<°戸oひ2房OPごNd°Qね゜Oc。O

  一。。。。+巴9c。°>a器5〈°〉且『。嵩二c。c。d°°力゜一ナ一〇8、gc。c。°

        第三節 条約の司法審査

 アメリカの裁判所においては、条約と法律との抵触問題についての議論は数多くなされているが、これらは、すべ

て判決の中の付随意見としてのべられているものであつて、確定判決として、条約の国内的効力の方向を示したもの

は存在しない。なぜこのようなことになつているかについて、ここでアメリカ最高裁判所の示す、条約の司法審査に

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224叢論律一法

ついての態度の概略を、簡単に眺めてみることにしたい。

 アメリカ連邦最高裁判所の膨大な判決の歴史の中で、この問題については、二つの大きな理由が存在していること

がわかる。その理由の一つは、条約は政治問題(勺。豪。巴ρ已婁…8。,)に類するものであるという判断からくる制約で

ある。いま一つは条約と国内法が犠触する場合は、両者の解釈をできるだけ合致するように解釈しようとする”合致

の推定”の原則の採用による制約である。これらの制約は、本来的に司法審査権のもつ本質的制約とは別に、アメリ

カ合衆国の政治史のなかでつくられてきた政策的、自己制限的な制約ということができる。

 政治問題については、次のように理解される。三権分立のもとにおいては、立法部と行政部とは、司法部に対して

一括して政治的部門と呼ばれる。そして、ある種の事項については、政治的部門が最後的決定権をもつべきであつ

て、司法部はかかる決定には関与せず、その決定に従うべきだというのが、この種の事件を支配する思想である(-)。

このような理解のもとで、裁判所はある種の事件について、たとえそれが”事件”たる姿をとり、かつ純理的には、

憲法、 条約及び国際法の解釈適用の客体となりうるべき場合でも、 それが広く政治部門の問題であると判断されれ

ば、それは司法決定のらち外にあるとして、裁判所が自らの管轄権を否認することになる(三。 この理論は、沿革的

には、国際関係についての政治的部門の決定を、裁判所で問題とすることが許されないことから発生した。クラーク判

事は、 「わが政府の外交関係の処理は、連邦憲法上、行政府と立法府すなわち政治的部門にまかせられている。この

政治的な権能の行使の妥当であるかどうかは、司法審査または判決の客体とならない」(,)とのべているが、このよう

な外交関係の処理には、条約のほかに戦争の開始及び終了、外国人の入国禁止及び追放、領土権の範囲、国家承認、

交戦団体の承認、中立、外交官並びに領事の代表権限の有無についての判定などがあげられる。条約の国内的効力に

ついても、多くの裁判で政治問題として、判断を拒否されてきている。

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条約と法律との関係225

 一八二一年にR・G・ハーバーは「条約の規定を停止するについて、この国が正しく政治的配慮をする場合の決定

は、立法部がする。裁判所は、条約締結権および条約の義務を免除する、より高い立法権によつて生じるものから、

法律を分離しなければならない」(4)。ウエブスター対ライド事件(一八四六年)で、裁判所は混血児について、アイ

オワ州の。。⑦。昌エ町。×地方に授権する一八三四年の議会法が、一八二四年の条約に違反するかどうかの問題に関し

て、次のようにのべている。 「,その法律の規定にもずとき、この地方に異例の措置をすることが、一八二四年の条約

に、違反するかしないかの論議は、問題ではない。政府は、すべての条約の守一旨をそこなわないで保有する、もつ

とも強い道義的義務をもつ。だが、この問題で権限をもつ立法部が、この義務に違反することが当然とみるならば、

それをさまたげることは、司法権の範囲ではない。……もし裁判所が阻止できるならば、その行為は、戦争宣言(メ

キシコに対して)が、条約の違反であつたという理由で、法律自身のすべての力を麻痺させることのできる、主権者

の行為と同じとなろう」(5)。テーラー対モートン事件で、カーチス判事は、議会が条約を無効とするかどうかを考え

る場合、そのような仕事はほとんど裁判所の能力の外にあるとのべた。さらに彼はこのような問題は、政治機関が決

定すべきで、議会による条約の無効についての異議の問題であるとした。この事件の興味ある部分は、条約と法律と

の抵触は、より高い義務をもつている機関で解決されるということであつた。カーチス判事が、とくに否認したそう

することの一つの基礎は、ロシヤ麻が、マニラやインド麻とはちがつた植物でつくられていることを発見したからで

ある(6)。そして、本来そのような仕事は裁判所の仕事はなく、政治部門の仕事であるということにあつた。こうし

て、判事は、ペンシルバニヤ州対ウィーリング・ベルモント橋梁会社(一八五二年)事件で、司法的無能力のテーマ

をくりかえした。つまり、もし裁制所が条約の義務を主張したならば、 「それは戦争宣言を無効にし、軍隊の召集を

停止し、大きな国際的仲裁者となる」(7)。また、ミラー判事は、条約に違反する法律の無効宣言権は、裁判所にはな

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226叢弘tima律法

いという見解の権威として、ア、ミアブル・イサベラ事件を引用した(8)。、・・ントン判事もまた次のようにのべている。

「もし、法律によつて明白に授権されていなければ、外国人を追放すべき、政府の政策部門の決定を審査することは

裁判所の摂理内にはない」(9)。

 これらの事件における諸見解は、条約と法律との関係で論じられたため、裁判所のいう政治部門は立法部にあり、

条約の審査を、結局立法部にまかせたということになつた。条約の司法審査を否定するとき、条約が憲法に違反する

という主張についても、同様の立場にたつた。たとえばドウ対ブレイデン事件(一八五三年)では、米国とスペイン

との間にフロリダの売買交渉が行われた際、スペイン王には、王がフロリダにおけるスペイン人に対してなした、土

地の下附を取消す憲法上の権能がない、という抗弁が提出されたが、裁判所は、それは大統領と上院の決すべき問題で

あるとした(10)。ターリンデン対エイムズ事件(一九〇一年)では、ドイッ帝国の成立は、北米合衆国とプロシヤ間の、

犯人引渡条約を終らせしむるかどうかが問題となつたが、裁判所は、終了しないとする行政府の見解に従つた(H)。

 条約と法律との抵触についての、裁判所の判断が存在しないいま一つの理由は、両者をなるべく抵触しないように、

解釈しようとする制約から生れる。たとえば、一八〇四年の、マリー対スクーナー・チャーミング・ベスティー事件

において、アメリカ最高裁判所のマーシャル判事は、 「議会の制定法は、他に可能な解決方法が残つている限り、国

際法に抵触するものと解釈してはならない」(聰)とのべた。一八七一年のスコシア号事件で、ストロング判事は、「国

家は、海上法を変更しえない。その法は普遍的義務についてのものである。一またはニケ国の法では、世界の義務を

創設しえないのである。これらのことは、国際法と同様に、文明諸国の共通の同意に基礎をおいている」(31)、とのべ

ている。さらに一九二五年のザ・オーバー・ザ・トップ事件で、トーマス判事は、「裁判は国際法の原則に違反する法

律の実施を拒否する自由はないが、そのために、その法律を解釈する場合は、その国際法の原則が、諸国民の良心に

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一条約と法律との関係

一基礎をおき、そしてまた法律は、故意に国際法の該規則を破る意図がなかつたものと推定してならないことはない。

換言すれば、法律が疑いもなく、国際礼譲の原則を無視する意図でない限り、その法律は、その原則(国際法)に合

致する意図であると推定される」(14)、とのべている。

 (1) 高柳賢三、司法権の優位、二〇二頁

 (2) 前掲、二〇二頁。

 (3)○島。昌く・○β言巴ピ窪夢零Ooこぱ⑦d・o乃』㊤トc。Oド一〇一刈におけるクラーク判事の見解。

 (4)d巨a°。g⑦ω㌘℃。吟÷乙・(。力毛゜025三≦訂罫{c。一〇一c。吉目巴ひ押一。。巴…ζ。『募.戸唱。旨三。ξ二。。c。O~一c。+否ま⑦g合∨

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高柳・前掲、二〇四頁註一四

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W口』°ロこ○嵩窪8H旦③日曽江8己〔旬き一〇〇ρ℃・一一・深津栄一、国際社会の法構造、

。。

W芸ま江“廿」S深津・前掲一九六頁。

深津・前掲一九六ー一九七頁。

一九六頁。

227

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228叢江百岡律法

あ と が き

 条約と既存の法律との関係は、まず両者の成立要件の問題から論議が始まる。既存の法律を優位とする立場では、

法律に条約が影響を及ぼすためには、条約がその成立にあたつて、法律と同じ立法形式によらなければならない、つ

まり、条約の締結に下院の参加を必要とすることが、まず前提条件であつた。これに対して、事後の条約を優位とす

る立場は、条約の成立と法律の成立は、その当事者および対象を異にするのであるから、条約の成立に下院の参加を

経なくても、憲法上その締結権者がきめられていれば、条約は国内法としての効力を有し、既存の法律に優位すると

する。それは、 ”契約は守らなければならない”(喝①O[① 0力已目[ O力O冶くO】]臼①)という国際法でいわれる原則をその根底に

おいて、 「条約は国際法を制定するが、また国内法をも制定する。合衆国憲法の下では、条約は国の最高法となる。

実際、条約法は憲法に超越することができるのに対して、法律は憲法に適合しない場合は無効である」、という理由

で、条約は法律に優位しているという主張である。しかし、条約を優位とする主張に対する反論は、条約が上院およ

び大統領のみによつて、しかも外国との間に約束されるとすれば、合衆国は国民の代表者がきめたものより、行政府

が外国ときめたものによつて拘束されることになり、主権は一体どこにあるのかという疑問となつてあらわれてく

る。とくに、上院の条約権参加の実質的な無力と、国際的な保守性、それに上院の承認を回避して行われる行政協定

の増大は、国際問題について、国民の代表老である議会が全然関与しないということになり、この不合理を解決する

ために、「条約は条約が存在しない場合に有効である立法によつて、合衆国の国内法として有効となる」、という修

正案にまで発展する。けれども、この主張のおちいるジレンマは、時間および距離的に世界は縮少し、国際関係が緊

密化していく現実において、迅速な処理を必要とする外交関係を、会議体に委ねることが、果して賢明な策かどうか

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条約と法律との関係

ということである。

 次に既存の条約と、事後に制定された法律との抵触の場合には、次のような論議の展開がみられた。まず、条約優

位論では、先にのべた”契約は守らなければならない”という原則を一層強調する。つまり、条約成立過程における

外国の地位が、条約の国内的効力にも重要な役割を果すべきであることを強く主張する。一方、事後の法律を優位と

する主張は、当然「後法は前法を廃止する」 (8σQ窃℃。・。§日苫。・唱〔。器;宮。σQき[)という”後法優位の原則”を、そ

の根拠とする。それは、条約と法律とを”同位”におくことから主張されるものである。これは、事後の条約が既存

の法律に優位するという主張にもその理由の一つとされた。しかし、この”後法優位の原則”は、本文においても察

知できるように、全く論者の便法として利用された傾向がある。むしろ、だから事後の法律が条約に優位するとする

主張は、同時に国家主権の維持にあることを強調する。法律が条約を廃止する力は、国家の立法府に与えられた権利

の行使であり、国家が、対外的に主張できる、主権の行使であると主張する。

 このような論議の展開を概観すれば、少くとも、アメリカでは、その背景として横たわる、下院の締結権参加の問

題、行政協定の問題、条約の執行形態の問題さらには裁判所の条約適用.解釈の問題等について解答がだされない限

り、条約と法律との関係を単純に”同位法”として、 ”後法優位の原則”で律することはできないであろう。しか

し、これらの諸問題は、すでにみたように、それぞれ関連し合つて、今日なお決定的な解答がでているとはいえない

から、今後も、条約と法律との関係は、アメリカにおける、古くして、つねに新しい問題として論議されよう。

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