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税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月 株式を利用したインセンティブ報酬の収入計上 時期に関する一考察 畑 山 茂 樹

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税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

株式を利用したインセンティブ報酬の収入計上

時期に関する一考察

畑 山 茂 樹

税 務 大 学 校

研 究 部 教 授

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2 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

論文の内容については、すべて執筆者の個人的見解

であり、税務大学校、国税庁あるいは国税不服審判所

等の公式見解を示すものではありません。

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3 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

要 約

1 研究の目的(問題の所在)

インセンティブ報酬とは、一定のプラン等に基づいて事前に目標及び支払

額が設定され、その目標の達成の有無により支払が決定される報酬である。

インセンティブ報酬の目的は、役員等に会社の業績向上や株価の上昇を目指

す精勤を期待することにある。そのため、将来の報酬を得ることができる権

利や株式が事前に交付されるが、一定の期間は権利等の行使や譲渡が制限さ

れ、設定された目標が達成されると権利行使が可能となり、あるいは譲渡制

限が解除されることにより、報酬としての利益が生ずる仕組みが採られる。

インセンティブ報酬においては、事前に交付される権利や株式にも経済的

価値があると認められるため、①権利等の交付時、②目標の達成時、③権利

の行使時又は④譲渡制限の解除時などのいずれの時点で課税すべきかが問題

となる。

我が国では、一定の要件の下で、いわゆる税制適格ストック・オプション

の権利行使益の課税を繰り延べる特例(措法 29 条の2)のほか、新株予約

権等を利用したストック・オプションの権利行使時課税(所令 84 条2項)

及び譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック)の譲渡制限解除時課税

(同条1項)について規定しているが、これら以外のインセンティブ報酬に

ついて個別の規定は設けられていない。

個別規定のないインセンティブ報酬の収入計上時期については、いわゆる

権利確定主義を採用したと解されている所法 36 条の解釈に基づいて判断す

ることとなるが、過去の裁判例においては、インセンティブ報酬の収入計上

時期の判断において権利確定主義がどのように適用されているのか、又は適

用されていないのかが必ずしも明らかではない。

そこで、株式を利用したインセンティブ報酬の課税に関する裁判例を分析

することにより、個別規定が置かれていないインセンティブ報酬を含む収入

計上時期の一般的な考え方について考察する。

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4 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

2 研究の概要

(1)株式を利用したインセンティブ報酬の仕組み

イ 米国におけるインセンティブ報酬制度

米国における経営者報酬は、①基本給、②年次賞与及び③長期インセ

ンティブ報酬を組み合わせて支給されるのが一般的である。

これらの報酬の総額は、1990 年代後半に急激に増加しており、その大

部分は金銭報酬以外の長期インセンティブ報酬が占めている。そして、

近年は、ストック・オプションよりもフルバリュー型の株式報酬が増加

している。

米国におけるインセンティブ報酬には様々な種類があるが、 終的に

支給される報酬が金銭であるか株式であるかによって金銭報酬と株式

報酬とに区分され、それぞれ設定される目標が会社の業績に連動するか

株価に連動するかによって業績連動型報酬と株価連動型報酬に区分さ

れる。また、株式報酬については、株式の交付の時期による区分も行な

われる。

ロ 我が国におけるインセンティブ報酬制度

我が国では、平成7年の特定新規事業実施円滑化臨時措置法の改正に

より、同法の認定会社におけるストック・オプション制度が導入された

後、平成9年の商法改正により、一般的な株式会社にストック・オプショ

ン制度の対象が拡大された。

その後、平成 13 年の商法改正により設けられた新株予約権制度が、

平成 17 年に制定された会社法においても引き継がれ、その都度、制度

における制限の撤廃等が行われることにより、新株予約権を利用したス

トック・オプションの活用が図られてきた。

他方、株式報酬制度については、会社法上の制約等の面から慎重な姿

勢が採られてきたが、平成 27 年7月にコーポレート・ガバナンス・シ

ステムの在り方に関する研究会の報告書において、金銭報酬債権を現物

出資する方法を用いる新しい株式報酬が解釈として示されたことによ

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5 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

り、我が国においても譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック)

の導入が可能となり、必要な税制の整備が行なわれた。

この結果、我が国においても様々な種類のインセンティブ報酬の利用

が可能となった。

(2)収入計上時期に関する規定等

イ 所得の実現と収入計上時期

我が国の所得税法は、包括的所得概念(純資産増加説)を採用してお

り、所得を「収入」と捉えることにより、実現した所得を課税の対象と

している。

所得の実現時期の原則的な判断基準が権利確定主義であり、現実の収

入がなくても、収入の原因となる権利が確定した時点で所得の実現が

あったものとして課税所得を計算することになる。ただし、原則的な基

準である権利確定主義が適用される範囲(例外との境界)や、「権利の

確定」の意義は必ずしも明確とはいえない。

権利確定主義の適用に関しては、所得の種類や取引の形態に応じて適

切な基準を設定することが重要であることから、権利確定主義を適用す

べき場合について検討したところ、ⅰ)収入が金銭で支払われる場合、

ⅱ)収入として金銭以外の資産が交付される場合、ⅲ)収入となる経済

的利益が資産の低額譲渡の形態で享受される場合における金銭の支払

請求権又は資産の引渡請求権が「収入の原因となる権利」に該当し、こ

れらの場合には権利確定主義を適用すべきと考えた。

ロ インセンティブ報酬に関する規定

いわゆる税制適格ストック・オプションについては、一定の要件の下

で課税を繰り延べる特例(ストック・オプション税制。措法 29 条の2。)

が設けられている。

また、当該特例が適用されない税制非適格ストック・オプションにつ

いては、その権利行使時の株式の時価を基礎として収入金額を計算する

旨の規定(所令 84 条2項)が設けられているので、権利行使時が収入

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6 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

計上時期になると解されている。

そして、株式報酬である譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストッ

ク)については、譲渡制限の解除時の株式の時価を基礎として収入金額

を計算する旨の規定(同条1項)が設けられているので、譲渡制限の解

除時が収入計上時期になると解されている。

ただし、これら以外のインセンティブ報酬については個別の規定が設

けられていないため、各種所得の収入計上時期を一般的に規定する所法

36 条の解釈に従って判断することになる。

(3)インセンティブ報酬の課税に関する裁判例の分析

イ ストック・オプションに関する裁判例

ストック・オプションに係る 高裁平成 17 年判決及びその原審であ

る東京高裁平成 16 年判決では、いずれもストック・オプションの交付

時課税を否定し、権利行使時に課税すべきと判断している。

高裁平成 17 年判決では、その判断において権利の確定という表現

は使われておらず、所得が実現したか否かを基準とする判断が行われて

いるように思われる。

これに対し、東京高裁平成 16 年判決は、権利確定主義に関する判例

を引用しているものの、やはり権利が確定したか否かで判断しているわ

けではなく、ストック・オプションの付与が「現実の収入」に当たるか

否か、ストック・オプション自体が「収入の原因となる権利」に該当す

るか否かという観点から判断しているように思われる。

ロ ストック・アプリシエイションライトに関する裁判例

金銭報酬であるストック・アプリシエイションライトに係る東京地裁

平成 16 年判決は、基本的にストック・オプションに関する判断をその

まま引用して結論を出している。

いずれも権利行使時を収入計上時期とすべきとしているが、その判断

理由において権利確定主義を適用しているような説明は見当たらない。

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7 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

ハ リストリクテッド・ストックに関する裁判例

リストリクテッド・ストックに係る東京地裁平成 17 年判決は、権利

確定主義に係る判例を引用しているものの、譲渡制限の解除時を収入計

上時期とする判断を行なうに当たって権利確定主義がどのように適用

されたのかは、その判決理由からは不明である。

東京地裁平成 17 年判決は、交付された譲渡制限付株式(リストリク

テッド・ストック)が、没収される可能性のある不確定なものにすぎな

いことや、事実上処分が不可能とされていることなど、5つの事実認定

に基づいて判断しているのであるが、判決理由では、それらの事実がそ

れぞれ結論にどのような影響を与えたのかは明らかではない。

ニ ストック・ユニットに関する裁判例

本件におけるストック・ユニットは、その交付後、一定期間の経過に

より順次確定し、定められた転換予定日に株式に転換されることにより

株式が交付される仕組みである(リストリクテッド・ストック・ユニッ

トに該当すると考えられる。)。

ストック・ユニットに係る東京地裁平成 28 年判決は、権利確定主義

に係る判例を引用し、本件では、本件ストック・ユニットの転換日に株

式を取得することができる権利を確定的に取得したと評価できるので、

その転換日に「収入の原因となる権利」が確定したと判示している。

また、本件では、ストック・ユニットに付された譲渡制限とは別に、

インサイダー取引の防止を目的とするグループ会社の自主規制として、

一定期間の株式の取引制限が課されていたため、それが収入計上時期の

判断に影響を与えるか否かが問題となった。東京地裁平成 28年判決は、

本件で 終的に報酬として交付される株式の引渡請求権が確定した時

点が収入計上時期であり、インサイダー取引に関する制限は、その判断

に影響を与えないと判示している。

(4)インセンティブ報酬の収入計上時期

以上の検討結果を踏まえ、インセンティブ報酬を、① 初に交付される

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ものが権利か株式か(又は金銭か)、② 終的に報酬として交付されるもの

が金銭か株式かという観点から分類し、それぞれの類型における収入計上

時期についての考え方を整理した上で、現行法令との関係について考察す

る。

イ 初に金銭が交付される類型

この類型のインセンティブ報酬の収入計上時期は、交付された金銭の

返還を要しないこととなったときである。

初に金銭が交付された時点では、当該金銭が収入となるか否かが未

定であり、返還の可能性があるので、交付の時点で純資産が増加したと

みるべきではなく、そのため、金銭の交付時は収入計上時期とは解され

ない。

受領した金銭の返還を要しないこととなったときに、返還債務が消滅

し、純資産が増加するので、その時点で所得が実現すると考えられる。

このように考えると、この類型のインセンティブ報酬の収入計上時期の

判断において、権利確定主義は適用されないことになる。

ロ 初に権利Aが交付される類型

権利Aは、これを行使することによって報酬としての金銭の支払請求

権を生じさせる権利であり、ストック・アプリシエイションライト等が

該当する。

この類型のインセンティブ報酬の収入計上時期は、権利Aを行使した

ときであり、当該行使によって生ずる金銭の支払請求権が「収入の原因

となる権利」に該当し、この場面で権利確定主義が適用されると考える。

権利Aの交付時には、権利Aに換価可能性がなく、所得が生ずるか否

かは未定である。そのため、権利A自体が「現実の収入」や「収入の原

因となる権利」に該当することはなく、その交付時は収入計上時期とは

解されない。権利Aの行使可能時も同様であり、これらの時点では権利

確定主義は適用されないと考える。

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9 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

ハ 初に権利Bが交付される類型

権利Bが交付される類型には、大きく分けて2つの仕組みがある。1

つは、権利Bを行使することによって、報酬として交付される株式の引

渡請求権が生ずるリストリクテッド・ストック・ユニット等であり、も

う1つは、権利Bを行使して株式の時価よりも低い権利行使価格を払い

込むことによって、株式の引渡請求権が生ずるストック・オプションで

ある。

いずれの仕組みにおいても、その収入計上時期は権利Bを行使したと

きであり、当該行使によって生ずる株式の引渡請求権が「収入の原因と

なる権利」に該当し、この場面で権利確定主義が適用されると考える。

権利Bの交付時や権利行使可能時は、収入計上時期とは解されず、権

利確定主義が適用されないことについては、権利Aと同様である。

ただし、 終的に株式の引渡請求権を生じさせる権利Bは、これを証

券化し、自由に売買できる市場が存在する可能性がある。そのような状

況で権利Bに付された譲渡制限が解除された場合には、当該譲渡制限の

解除時を収入計上時期と解すべき余地があるが、インセンティブ報酬で

ある以上、権利行使の前に譲渡制限が解除されることはないと考える。

ニ 初に株式が交付される類型

この類型のインセンティブ報酬では、 初に譲渡制限の付された株式

が交付され、目標を達成すると譲渡制限が解除されるが、目標を達成し

ないと交付された株式が没収される仕組みである。この場合の収入計上

時期は、交付された株式が没収されないこととなったときと、株式に付

された譲渡制限が解除されたときの、いずれか遅いときであると考える。

初に株式が交付された時点では、目標を達成するか否かが未定であ

り、交付された株式を没収される可能性があるので、その時点で純資産

が増加したとみるべきではなく、そのため、株式の交付時は収入計上時

期とは解されない。

受領した株式が没収されないこととなったときに、株式の受領ととも

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に生じた返還義務が消滅し、純資産が増加するので、その時点で所得が

実現すると考えられる。

また、譲渡制限の付された株式は自由に処分することができないが、

譲渡制限が解除されることにより自由な処分が可能となり、株式を管理

支配することになるので、その時点で所得が実現すると解することもで

きる。

このように考えると、この類型のインセンティブ報酬の収入計上時期

の判断において、権利確定主義は適用されないと考えられる。

ホ 現行法令との関係

分類した各類型のインセンティブ報酬のうち、個別の規定が設けられ

ているのは、①権利Bを交付する類型のうち、税制適格ストック・オプ

ション以外のストック・オプション(所令 84 条2項)と、②株式を交

付する類型のうち、特定譲渡制限付株式に該当するリストリクテッド・

ストック(同条1項)の2つである。これらの規定は、いずれも会社法

の改正等に伴って設けられたものであるが、次のとおり、疑問となる点

が存在する。

前者については、新株予約権が証券化されて市場が存在する場合、新

株予約権に付された譲渡制限が解除された時点を収入計上時期と解す

べき余地があるものの、現行法はこの点に対応していないと考えられる。

また、後者については、現行法は譲渡制限の解除時を収入計上時期と

解しているものの、研究の結果によれば、株式の没収可能性も考慮すべ

きであると思われる。

ただし、いずれの場合もインセンティブ報酬であることを前提とすれ

ば、実際に問題となる場面は生じないと考えられる。

3 結びに代えて

研究では、インセンティブ報酬の収入計上時期に関する一般的な考え方の

整理を試みようとしたのであるが、過去の裁判例を分析したところ、権利確

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定主義の適用関係が不明確であったため、その点が検討の中心となった。

そこで、権利確定主義を適用すべき場合として3通りの取引形態を想定す

るとともに、インセンティブ報酬を4つの類型に区分して、それぞれの類型

ごとに収入計上時期についての検討を行なった。

結論として、権利や株式の交付時は収入計上時期とは解されないが、それ

は権利確定主義に基づく判断ではなく、「所得が実現」していないことを理由

とするものと考えられた。権利確定主義が適用されるのは、 初に権利を交

付する2つの類型において、権利の行使時を収入計上時期と解する場面であ

り、この場合、権利行使によって生ずる金銭の支払請求権又は株式の引渡請

求権が「収入の原因となる権利」に該当すると考える。

このように考えることにより、インセンティブ報酬の収入計上時期の判断

における権利確定主義の適用関係に関し、一つの説明ができたのではないか

と考える。

また、インセンティブ報酬を4つの類型に区分したことにより、各類型に

おける考え方の整合性を図る必要が生じ、結果として、現行法における疑問

点を把握することとなった。ただし、インセンティブ報酬であることを前提

とすれば、実際に問題となる場面は生じないので、現時点で法令等の改正の

必要性は少ないと考える。

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12 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

目 次

はじめに ························································································ 17

第1章 株式を利用したインセンティブ報酬の仕組み ···························· 19

第1節 米国におけるインセンティブ報酬制度 ·································· 19

1 米国における経営者報酬 ······················································· 19

2 インセンティブ報酬の種類 ···················································· 21

3 インセンティブ報酬の仕組みと分類 ········································ 24

第2節 ストック・オプション制度の導入・発展の経緯 ······················ 27

1 平成7年の新規事業法の改正以前 ··········································· 27

2 平成7年の新規事業法の改正等 ·············································· 28

3 平成9年の商法改正等 ·························································· 29

4 平成 13 年の商法改正等 ························································ 30

5 平成 17 年の会社法の制定等 ·················································· 32

6 小括 ·················································································· 36

第3節 リストリクテッド・ストック導入の経緯 ······························· 36

1 導入前の状況 ······································································ 36

2 新しい株式報酬制度の導入の検討 ··········································· 37

3 金銭報酬債権を現物出資する新しい株式報酬 ···························· 38

4 リストリクテッド・ストックの導入に伴う税制改正の概要等 ······· 39

5 我が国におけるインセンティブ報酬の種類 ······························· 42

第2章 収入計上時期に関する規定等 ················································· 44

第1節 各種所得の収入計上時期 ···················································· 44

1 所得概念 ············································································ 44

2 包括的所得概念と所得の実現 ················································· 46

3 所得の実現と年度帰属 ·························································· 47

4 所得の年度帰属と権利確定主義 ·············································· 49

5 権利が確定するとき ····························································· 51

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13 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

6 経済的利益等の収入計上時期 ················································· 52

7 小括 ·················································································· 53

第2節 ストック・オプション税制 ················································· 53

1 制度の創設(平成8年度改正) ·············································· 53

2 その後の主な改正 ································································ 54

3 現行のストック・オプション税制の概要等 ······························· 55

4 小括 ·················································································· 56

第3節 ストック・オプションとしての新株予約権等 ························· 57

1 所令 84 条2項が適用される場合等 ········································· 57

2 所令 84 条2項各号の内容 ····················································· 62

3 小括 ·················································································· 66

第4節 リストリクテッド・ストックとしての譲渡制限付株式 ············· 66

1 特定譲渡制限付株式の定義等 ················································· 66

2 特定譲渡制限付株式が交付された場合の収入金額の計算等 ·········· 68

第5節 その他のインセンティブ報酬 ·············································· 71

第3章 インセンティブ報酬の課税に関する裁判例 ······························· 73

第1節 高裁平成 17 年判決 ························································ 73

1 事件の概要等 ······································································ 73

2 判示内容 ············································································ 74

3 検討 ·················································································· 74

第2節 東京高裁平成 16 年判決 ····················································· 76

1 事件の概要等 ······································································ 76

2 判示内容 ············································································ 76

3 検討 ·················································································· 77

第3節 東京地裁平成 16 年判決 ····················································· 80

1 事件の概要等 ······································································ 80

2 判示内容 ············································································ 82

3 検討 ·················································································· 83

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14 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

第4節 東京地裁平成 17 年判決 ····················································· 85

1 事件の概要等 ······································································ 85

2 判示内容 ············································································ 86

3 検討 ·················································································· 88

第5節 東京地裁平成 28 年判決 ····················································· 91

1 事件の概要等 ······································································ 91

2 判示内容 ············································································ 92

3 検討 ·················································································· 97

第4章 インセンティブ報酬の収入計上時期 ······································ 103

第1節 インセンティブ報酬の分類 ··············································· 103

1 インセンティブ報酬の意義等 ··············································· 103

2 株式を利用したインセンティブ報酬の分類 ····························· 104

第2節 初に金銭が交付される類型 ············································ 105

1 該当するインセンティブ報酬の仕組み等 ································ 105

2 初に金銭が交付される類型における収入計上時期 ················· 106

第3節 初に権利Aが交付される類型 ·········································· 111

1 該当するインセンティブ報酬の仕組み等 ································· 111

2 初に権利Aが交付される類型における収入計上時期 ·············· 112

第4節 初に権利Bが交付される類型 ········································· 116

1 該当するインセンティブ報酬の仕組み等 ································ 116

2 初に権利Bが交付される類型における収入計上時期 ·············· 117

第5節 初に株式が交付される類型 ············································ 124

1 該当するインセンティブ報酬の仕組み等 ································ 124

2 初に株式が交付される類型における収入計上時期 ················· 125

第6節 現行法令との関係等 ························································ 129

1 各種インセンティブ報酬の収入計上時期 ································ 129

2 現行法令との関係等 ··························································· 130

3 小括 ················································································ 134

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15 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

結びに代えて ················································································ 136

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16 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

凡 例

本稿で使用している法令等の略称は、次のとおりである。

なお、これらの法令等の規定は、特に記載のない限り、平成 30 年6月 15 日

現在のものに基づく。

《法令等》 《略称》

所得税法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 所法

所得税法施行令・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 所令

所得税法施行規則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 所規

所得税基本通達・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 所基通

法人税法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 法法

法人税法施行令・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 法令

法人税法施行規則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 法規

租税特別措置法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 措法

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17 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

はじめに

インセンティブ報酬とは、一定のプラン等に基づいて事前に目標及び支払額

が設定され、その目標の達成の有無により支払が決定される報酬である。イン

センティブ報酬の目的は、役員等に会社の業績向上や株価の上昇を目指す精勤

を期待することにある。そのため、事前に、将来の報酬を受け取ることができ

る権利や譲渡制限を付した株式が交付され、会社の業績や株価等の目標が達成

されると権利行使が可能となり、あるいは譲渡制限が解除されることにより、

報酬としての利益が与えられる仕組みが採られる。

この事前に交付される権利や株式にも経済的価値はあると認められるため、

インセンティブ報酬に関しては、権利等が交付された時、目標を達成した時、

権利を行使した時又は譲渡制限を解除した時などのいずれの時点で課税すべき

かが問題となる。

株式を利用したインセンティブ報酬は、欧米において発展し、我が国におい

ても、ストック・オプションを中心にその導入が図られてきた。また、税制面

においても、一定の要件を満たすストック・オプションの権利行使益に対する

課税を株式の譲渡時まで繰り延べる特例(措法 29 条の2)が設けられたが、

外国法人から与えられるインセンティブ報酬に関しては、法令上特別の定めが

置かれることはなかった。

そのため、外国法人から交付されたストック・オプションの権利行使益に関

し、その所得区分等について訴訟で争われる事例が数多く発生し、その結果、

雇用関係等を前提とするストック・オプションの権利行使益については、平成

17 年1月 25 日の 高裁判所の判決(1)により権利行使時の給与所得に該当する

旨の判断が示され、また、リストリクテッド・ストックについては譲渡制限解

除時の給与所得に該当する旨の下級審の判断(2)が示されているものの、その理

由において権利確定主義を適用する考え方が必ずしも明確ではないように思わ

(1) 三小判平成 17 年1月 25 日民集 59 巻1号 64 頁。 (2) 東京地判平成 17 年 12 月 16 日訟月 53 巻3号 871 頁など。

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18 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

れる。

その後、我が国においても、株式報酬としての特定譲渡制限付株式の制度が

認められたことにより、利用可能なインセンティブ報酬の種類が増加すること

となり、今後の活用が見込まれているところ、現行法においては、いわゆる税

制適格ストック・オプションに係る上記特例のほか、会社法上の新株予約権等

を利用したストック・オプションについて、その権利行使時の株式の時価を基

礎として収入金額を計算する旨の規定(所令 84 条2項)及びリストリクテッ

ド・ストックとしての特定譲渡制限付株式について、譲渡制限の解除時の株式

の時価を基礎として収入金額を計算する旨の規定(同条1項)が設けられてい

るにすぎず、これらに該当しないインセンティブ報酬に関しては、個別の規定

は設けられていないため、その収入計上時期については、一般に権利確定主義

を定めたものと解されている所法 36条の解釈に基づいて判断することになる。

そこで、本稿においては、第1章で、株式を利用したインセンティブ報酬の

仕組みについて概観し、第2章で、所得税における収入計上時期に関する考え

方とともに、インセンティブ報酬に関する規定の内容を確認し、第3章で、イ

ンセンティブ報酬の課税に関する裁判例について分析することにより、第4章

で、各種インセンティブ報酬の収入計上時期に関する考え方について考察する

こととした。

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19 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

第1章 株式を利用したインセンティブ報酬の 仕組み

本章では、米国におけるインセンティブ報酬制度とともに、我が国において

インセンティブ報酬の中心とされてきたストック・オプション制度と、近年、

導入が認められたリストリクテッド・ストック制度について概観することによ

り、株式を利用したインセンティブ報酬の仕組みについて考察する。

第1節 米国におけるインセンティブ報酬制度

1 米国における経営者報酬

(1)報酬の分類

米国における経営者報酬は、性質の異なるいくつかの要素が組み合わさ

れたパッケージの形を取るのが一般的であり、

① 基本給=経営者の職務内容、能力、過去の実績等を基に決定される金

銭報酬。業績等により金額が変動しない。

② 年次賞与=単年度の業績に連動する金銭報酬。事後的に報酬委員会等

が裁量で支給額を決定するものをボーナス、あらかじめ設定された業績

目標等の達成度に応じて支給額が決定されるものを短期インセンティブ

報酬として区別する場合もある。

③ 長期インセンティブ報酬=報酬を将来の株価や業績に連動させること

により、経営者と株主の利害の一致や有能な人材の流出防止というイン

センティブを与えることを目的とするもの。

の3つに区分するのが代表的な分類であるとされている(3)。

インセンティブ報酬とは、一定のプラン等に基づいて事前に目標及び支

(3) 財団法人比較法研究センター「役員報酬の在り方に関する会社法上の論点の調査研

究業務報告書」(2015 年)〔1・2頁〕(http://www.moj.go.jp/content/001131783.pdf)(平成 30 年6月 15 日現在)。

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払額が設定され、その目標の達成の有無により支払が決定される報酬であ

る。インセンティブ報酬において設定される目標は、会社全体の業績その

他のパフォーマンスである場合や、個人又は一定のビジネスユニットのパ

フォーマンスである場合もあり、パフォーマンスの指標としては、株価や

その上昇額、売上高その他の会計上の指標や顧客数の上昇など、様々なも

のがあり得る(4)。

上記のとおり、インセンティブ報酬には、短期的なパフォーマンスに応

じて支払が行われる短期インセンティブ報酬と、長期的なパフォーマンス

と連動して支払が行われる長期インセンティブ報酬がある(5)。また、株価

等を指標とする長期インセンティブ報酬の仕組みとして、株式やストッ

ク・オプション又はこれらと同様の経済的利益を与える方法があり、これ

らは(会社の株式・持分等を意味する)エクイティ報酬と呼ばれる(6)。

(2)近年における報酬の動向

米国の代表的な株価指数であるS&P500 を構成する会社の 高経営責

任者(CEO)の平均報酬額の推移について、金銭報酬とそれ以外とを区

分してみると、1970 年代後半から徐々に報酬総額が増加し始め、1990 年

代後半に急激に増加しているところ、その増加の大部分は金銭報酬以外の

長期インセンティブ報酬の増加によるものであった(7)。

また、米国の大企業 50社におけるCEOの報酬の構成の推移をみると、

報酬額が株価に連動するエクイティ報酬について、1990 年代は株式価値と

権利行使価格との差額が報酬となるストック・オプションが圧倒的に多

かったが、2004 年以降はストック・オプションの割合が減少する一方で、

株式を交付することにより株式価値の全体が報酬となるフルバリュー型の

(4) 熊谷真和=塩田尚也「米国における経営陣報酬の実務動向(上)」商事法務 1996

号 36 頁(2013 年)注9〔45 頁〕。 (5) 本稿では、主に長期インセンティブ報酬を研究の対象とするので、以後、長期イン

センティブ報酬を単に「インセンティブ報酬」と表記する場合もある。 (6) 熊谷ほか・前掲注(4)〔38 頁〕。 (7) (財)比較法研究センター・前掲注(3)〔6頁〕。

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報酬が増加し、2006 年には両者の比率が逆転して、その傾向が 2008 年以

降も続いている(8)。

そして、米国の主要な上場会社300社を対象とした2014年の調査では、

ほとんどの会社で取締役に対するエクイティ報酬は、その報酬全体の 50

パーセント以上を占めており、その内訳をみると、ストック・オプション

は少なく、フルバリュー型の株式報酬が大部分を占めているところ、その

株式報酬の支給方法も、一定の株式数を交付するものから一定の金額に相

当する株式を交付するものへの切替えが進んでいるとされる(9)。

このように、現在では、欧米の上場会社の経営者の報酬として、ストッ

ク・オプションと並んで(あるいは、むしろそれ以上に)、リストリクテッ

ド・ストックやパフォーマンス・シェアなどの株式報酬が重要な位置を占

めるとされている(10)。

2 インセンティブ報酬の種類

米国における長期インセンティブ報酬には、次のようなものがある(11)。た

だし、リストリクテッド・ストックやパフォーマンス・シェアといった語に

厳密な定義はなく、これらが何を意味するかは、これらの報酬を用いる会社

によって、また、これらの報酬について論じる文献によって、異なり得ると

される(12)。

(1)ストック・オプション(stock option)

ストック・オプションとは、その企業の所定の数の株式を所定の価格(権

利行使価格)で所定の期間(権利行使期間)内に購入できる権利である。

ストック・オプションを交付された役員等は、その権利の行使可能期間内

(8) (財)比較法研究センター・前掲注(3)〔6頁〕。 (9) (財)比較法研究センター・前掲注(3)〔7頁〕。 (10) 伊藤靖史「株式報酬と会社法(上)」商事法務 2138 号4頁(2017 年)〔5頁〕。 (11) 園田成晃「米国の長期インセンティブ報酬制度(上)」商事法務 1385 号 16 頁(1995

年)〔16-20 頁〕。ここで記載したインセンティブ報酬の内容は、主に同論文を参考

にした。 (12) 伊藤・前掲注(10)〔10 頁〕注4。

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に株式の時価が権利行使価格を上回った場合に、権利を行使して株式を取

得することにより、株式の時価と権利行使価格との差額に相当する利益を

得ることができることから、役員等に株価上昇を目指すインセンティブが

働く。

米国のストック・オプションには、大別すると、米国内国歳入法 422 条

に規定する要件を満たすことにより税制上の優遇を受けることができる

「奨励型ストック・オプション」と、当該要件を満たさないため税制上の

優遇を受けることができない「非適格ストック・オプション」がある。な

お、ストック・オプションは、相続の場合を除き譲渡禁止であり、交付さ

れた者のみが行使できる等の条件が付される。

(2)ストック・アプリシエイションライト(stock appreciation right)

ストック・アプリシエイションライトとは、その権利を交付された者が、

権利行使時点における対象株式の市場価格が権利行使価格を上回る部分に

相当する額を、株式か金銭(又はその組合せ)で受領できる制度である。

ストック・オプションと同様、株価の上昇により報酬額が増加するが、ス

トック・オプションとは異なる点として、①株式の取得の際に権利行使価

格相当額の払込みの必要がないこと、②金銭での受領が可能であることが

挙げられる。

ストック・アプリシエイションライトは、ストック・オプションと抱き

合わせの形で役員等に交付されることが多く、その場合、一方を行使する

と他方は失効する。

(3)リストリクテッド・ストック(restricted stock:譲渡制限付株式)

リストリクテッド・ストックでは、会社が役員等に対して一定の株式を

無償譲渡するが、一定期間が経過するまで他者への譲渡を禁止し、その間

に任期満了や死亡・障害以外の理由で会社との雇用関係が終了した場合に

は、受領した株式を無償で会社に返還させる仕組みが採られる。支給され

る株式数については、事前に定められた株式数をそのまま支給するタイプ

や、一定期間の会社業績等の目標達成の度合いに応じて増減させるものな

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どがある。

ストック・オプションのように株式の市場価格と権利行使価格との差額

が報酬となるオプション型に対し、株式自体を交付するので株式の価値全

体が報酬となるためフルバリュー型と呼ばれる(13)。

また、当初は株式の現物を交付せず、一定期間経営者の地位にあること

といった受給権確定の条件が成就した場合に初めて株式を交付する制限付

株式ユニット(リストリクテッド・ストック・ユニット)という制度もあ

る(14)。

(4)パフォーマンス・シェア(performance share)、パフォーマンス・ユニッ

ト(performance unit)

パフォーマンス・シェアとは、役員等に対して、一定期間における会社

の業績に応じて株式を支給する制度であり、これを金銭で支給するものが

パフォーマンス・ユニットである(15)。

役員等に対して、事前に一定数の株式や一定金額を受領する権利を与え、

一定期間(3年程度)の会社業績の目標達成度合いに応じて 終的に支給

される株式数や金額が増減する。この制度においては、一定の業績評価期

間の終了時に株式や金銭の受給権が生ずるが、 終的な支払が行われるま

での待機期間を置くものがある。

(5)ファントム・ストック(phantom stock)

ファントム・ストックとは、現実には株式を支給しないが、あたかも役

員等へ株式(仮想株式)を支給したものとみなして、株式を保有していれ

ば得られたであろう配当金や株式の値上がり益相当額を金銭で支給する制

(13) (財)比較法研究センター・前掲注(3)〔2頁〕。 (14) (財)比較法研究センター・前掲注(3)〔3頁〕。 (15) 石綿学=酒井真=渡辺邦広=梶元孝太郎「中長期業績連動報酬・株式報酬の新展

開」商事法務 2134 号5頁〔図表1〕では、業績連動型の金銭報酬をパフォーマンス・

キャッシュと呼んでいる。また、阿部直彦=郡谷大輔「実質的に解禁された新しい株

式報酬」労政時報 3909 号 109 頁では、「ユニット」とは、設定された条件の達成後

に株式を受け取る権利の総称をいうと説明されており、この説明の方がリストリク

テッド・ストック・ユニットの説明とも整合する。

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度である。

配当金相当額は、その期の配当金に相当する金額が、交付されたファン

トム・ストック数に応じて計算される。株式の値上がり益相当額は、事前

に定めた価格(零の場合もある。)と評価日現在の株式の時価との差額に基

づき、交付されたファントム・ストック数に応じて計算される。

3 インセンティブ報酬の仕組みと分類

インセンティブ報酬とは、前述したとおり、一定のプラン等に基づいて事

前に目標及び支払額が設定され、その目標の達成の有無により支払が決定さ

れるものをいう。すなわち、支払の条件としてあらかじめ達成すべき目標が

設定され、目標が達成された場合に報酬を受領することができる権利や株式

が事前に交付されるのであるが、目標が達成されなければ当該権利等は失効

し又は没収され、報酬は支給されない(あるいは生じない)仕組みが採られ

る。また、インセンティブ報酬は、それを受け取る者の将来の精勤にインセ

ンティブを与えるため(あるいは人材の流出を防止するため)に事前に権利

等が交付されるものであるから、インセンティブ報酬として有功に機能させ

るためには、必然的に将来における一定期間の勤務が条件とされ、交付され

た権利等をその期間中に処分(換価)することはできないような措置を講じ

ることが必要になる(16)。

インセンティブ報酬は、株主の利益を 大化するようなインセンティブを

経営陣に与えることを目的とするものである(17)ため、設定される目標は、株

価や業績(利益)とされることが多く、株式自体を報酬として交付する仕組

みも採用される。

インセンティブ報酬は、その設定される目標が株価であるか業績であるか

によって、株価連動型報酬と業績連動型報酬とに区分することができ、その

(16) 換言すれば、付与された権利等が直ちに譲渡できるような仕組みが採られている

場合、それは将来の精勤にインセンティブを与えるものではなく、インセンティブ報

酬とは異なる報酬(通常は、過去の勤務に対する報酬)と考えるべきであろう。 (17) 熊谷ほか・前掲注(4)〔36 頁〕。

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他にも、 終的に支給される報酬が金銭であるか株式であるかによって、金

銭報酬と株式報酬に区分できる。また、株式報酬については、株式の交付時

期が役務提供等の条件が成就する前か後かによって、事前交付型と事後交付

型に区分することができる。

(1)金銭報酬

金銭で支給されるインセンティブ報酬は、当期利益や ROE(株主資本利

益率)等の経営指標を基礎として算定される業績に連動するものと、株式

の市場価格に連動するものに分けることができる。前者の例として、年次

業績連動型賞与(短期の業績目標の達成度に応じて支給される金銭報酬)

やパフォーマンス・ユニット(中長期の業績目標の達成度に応じて支給さ

れる金銭報酬。パフォーマンス・キャッシュともいう。)が挙げられ、後者

の例としては、ファントム・ストックやストック・アプリシエイションラ

イトが挙げられる(18)。なお、ストック・アプリシエイションライトも、ファ

ントム・ストックの一種であるとされる(19)。

(2)株式報酬(事前交付型)

初に譲渡制限を付した株式を交付し、目標が達成された場合に制限を

解除する仕組みを採るインセンティブ報酬として、リストリクテッド・ス

トックとパフォーマンス・シェアが挙げられる(20)。リストリクテッド・ス

トックは、役務提供期間の開始時に譲渡制限を付した株式を交付し、当該

期間経過後に譲渡制限を解除するものをいい、リストリクテッド・ストッ

クに業績条件又は株価条件を付したものをパフォーマンス・シェアとい

う(21)。

(18) 大石篤史=奥山健志=小山浩「インセンティブ報酬の設計をめぐる法務・税務の

留意点(上)」商事法務 2077 号 28 頁(2015 年)〔29・30 頁〕。 (19) 大石ほか・前掲注(18)〔35 頁〕。 (20) 荒井優美子「株式報酬制度の会計・税務」経理情報 1464 号 10 頁(2016 年)〔11

頁〕図表2。 (21) 石綿ほか・前掲注(15)〔5・6頁〕。

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26 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

(3)株式報酬(事後交付型)

事後交付型の株式報酬の典型例として、ストック・オプションが挙げら

れる。

なお、通常は事前交付型の株式報酬とされるリストリクテッド・ストッ

クやパフォーマンス・シェアにおいても事後交付型の設計は可能とされる

こともあるが(22)、これは、条件の達成後に株式を交付する「ユニット」と

称する権利を事前に与えるユニット型の類型(リストリクテッド・ストッ

ク・ユニット、パフォーマンス・シェア・ユニット)と考えられる(23)。欧

米では、事前に株式を交付して譲渡制限を設定するリストリクテッド・ス

トックやパフォーマンス・シェアには、条件を満たさなかった役員等が株

式の返還に応じない場合の労働法上の規制や訴訟リスクが存在することか

ら、ユニット型が採用される傾向にあるとされる(24)。

上記区分によりインセンティブ報酬を分類すると、次表のとおりとなる。

(22) 経済産業省「『攻めの経営』を促す役員報酬-企業の持続的成長のためのインセン

ティブプラン導入の手引-(平成 29 年9月時点版)」14 頁 (http://www.meti.go.jp/press/2017/09/20170929004/20170929004-1.pdf)(平成 30年6月 15 日現在)。

(23) 石綿ほか・前掲注(15)〔5頁〕。 (24) 阿部ほか・前掲注(15)〔11 頁〕。

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27 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

交付

資産

報酬額算定の指標

(株式の交付時期) インセンティブ報酬の種類

金銭

業績連動 パフォーマンス・キャッシュ

(パフォーマンス・ユニット)

株価連動 ファントム・ストック

ストック・アプリシエイションライト

株式

(事前交付)

業績連動 パフォーマンス・シェア

株価連動 リストリクテッド・ストック

(事後交付)

業績連動 パフォーマンス・シェア・ユニット

株価連動ストック・オプション

リストリクテッド・ストック・ユニット

第2節 ストック・オプション制度の導入・発展の経緯

1 平成7年の新規事業法の改正以前

我が国では、平成7年に新規事業法(25)が改正されるまで、株価や会社の業

績に応じた長期インセンティブ報酬としてのストック・オプションはほとん

どみられなかった。その理由として、当時の商法における新株の有利発行や

自己株式の取得に係る制約(26)があったとされる(27)。

(25) 特定新規事業実施円滑化臨時措置法(平成元年6月 28 日法律第 59 号)。平成 11

年 12 月 22 日法律第 223 条附則4条により廃止。 (26) 山下隆一=寺内真彦「特定新規事業円滑化臨時措置法の一部改正」商事法務 39 巻

2号 89 頁(1996 年)〔93 頁〕。 (27) 楠純夫「ストックオプション制度と擬似ストックオプション」経理情報 790 号 10

頁(1996 年)〔11 頁〕は、税法上の制約として、「オプション権利行使(株式取得)

時点で、その時の株式時価と権利行使価額との差額に対して所得税(給与所得)が課

され(所得税法施行令 84 条、所基通 23-35 共6)るため、現金収入がない時点(売

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28 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

そのため、当時の我が国においては、実質的にストック・オプション的な

効果を狙った手法(いわゆる擬似ストック・オプション)が限定的・実験的

に行われているのみであった(28)。

2 平成7年の新規事業法の改正等

平成7年法律第 128 号による新規事業法の改正により、我が国にもストッ

ク・オプション制度が導入された(29)。

ストック・オプション制度としては、新株引受権方式(30)と自己株式方式(31)

が考えられるところ、新規事業法の改正によるストック・オプション制度の

導入においては、新株引受権方式が商法の特則として導入された。

新規事業法におけるストック・オプションを利用する場合には、認定会社

と新株の発行を受けるとされた者との間で新株発行請求権付与契約を締結す

ることが必要とされ、その契約において、新株発行請求権を喪失する事由や

新株発行請求権を第三者に譲渡することはできないことなどを確認的に定め

ておくことが望ましいとされている。これは、新規事業法8条1項の決議に

却前)で納税負担が生じてしまう」ことを指摘しており、また、升本和美「ストック・

オプション制度の動向と税務取扱いの検討」税経通信 51巻3号 182頁(1996年)〔183頁〕は、この点に関する商法や証券取引法の規制及び税法の問題として、「具体的に

は、商法 210 条による自己株式の取得制限、商法 265 条による役員の利益相反取引

への抵触、商法 280 条ノ2の新株予約権有利発行期間制限等があり、証券取引法 210条により単位未満株の差金決済禁止やインサイダー取引規制がある。また、特に事実

の後追的な性格の強い税法において、制度として認可されていないストック・オプ

ションについてはその取扱いについて法令上必ずしも明らかにされておらず、所得の

種類・時期について問題がある」と指摘している。 (28) 山下ほか・前掲注(26)〔93 頁〕。 (29) 山下ほか・前掲注(26)〔90 頁〕。 (30) 会社が役員等にストック・オプションを交付する際、会社が新株の有利発行のた

めの株主総会の特別決議により、交付する対象者、行使価格等を決め、ストック・オ

プションを有する者がそれを行使して行使価格を払い込んだ場合に、会社がその者に

対して新株を発行する方法(北川清「改正新規事業法の概要〔Ⅰ〕-ストック・オプ

ション制度の導入を中心に-」商事法務 1415 号2頁(1996 年)〔6頁〕)。 (31) 会社が役員等にストック・オプションを交付する際に、会社が自己株式を市場か

ら調達しておき、ストック・オプションを有する者がそれを行使して行使価格を払い

込んだ場合に、会社がその者に対し市場から調達しておいた自己株式を交付する方法

(北川・前掲注(30)〔6頁〕)。

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29 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

基づき新株が発行できるのは、認定会社の役員等に限定されているので、そ

の者が認定会社の役員等ではなくなった場合には、その新株発行請求権は根

拠を欠いて消滅することになると解され、また、当該決議において新株の発

行を受ける者の氏名を決議することから、それを受ける者はその決議された

者に限られるため、新株発行請求権を第三者に譲渡することはできないと解

されていることによる(32)。

3 平成9年の商法改正等

平成9年法律第 56 号による商法の改正は、議員立法により行われたもの

である(33)。

この改正により、株式会社においてもストック・オプション制度の導入が

認められ、会社は、ストック・オプションのために、①自己株式を取得する

こと(自己株式方式)及び②取締役又は使用人に新株引受権を交付すること

(新株引受権方式)ができることとなった(34)。

会社が自己株式方式によるストック・オプションのために株式を取得する

場合、その譲受人(取締役又は使用人)の氏名、譲渡する株式の種類、数及

び権利行使価格並びに権利行使期間その他権利行使についての条件について、

定時総会の普通決議が必要であり、取締役又は使用人にストック・オプショ

ンを交付するためには、ストック・オプション契約を締結する必要がある(上

記改正後の商法 210 条の2第2項3号)(35)。そして、上記決議における譲受

人の氏名は具体的に記載することが必要と解されている(36)ので、ストック・

(32) 北川清「改正新規事業法の概要〔Ⅱ〕-ストック・オプション制度の導入を中心

に-」商事法務 1416 号8頁(1996 年)〔12-15 頁〕。 (33) 岸田雅雄「ストック・オプション制度の導入と商法上の課題」税経通信 730 号 25

頁(1997 年)〔25 頁〕。 (34) 法務省民事局参事官室「ストック・オプション制度に関する商法改正等について」

商事法務 1459 号 11 頁(1997 年)〔11 頁〕。 (35) 岸田・前掲注(33)〔26 頁〕。 (36) 岸田・前掲注(33)〔26 頁〕。多数の商法学者も同様の解釈を示しているが(江頭憲

治郎ほか「《資料》開かれた商法改正手続を求める商法学者声明(平成9年5月 12日)」商事法務 1457 号 76 頁(1997 年)〔78 頁〕)、保岡興治「ストック・オプショ

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30 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

オプション(自己株式の譲受けを請求する権利)を第三者に譲渡することは

認められないと考えられる。

会社が新株引受権方式によるストック・オプションを交付するためには、

定款の定めと正当な理由が必要であり(同法 280 条の 19 第1項)、更に交付

を受ける取締役又は使用人の氏名、新株引受権の目的となる株式の種類、数

及び発行価額並びに権利行使期間その他権利行使についての条件について、

株主総会の特別決議が必要である(同条2項)(37)。また、新株引受権方式の

ストック・オプションについては、明文でこれを譲渡することができないと

規定されている(同法 280 条の 20)。

なお、当初、これらの方法を併用することは認められていなかったが、平

成 12 年法律第 90 号による商法の改正により認められることとなった(38)。

4 平成 13年の商法改正等

平成 13 年法律第 79 号による商法の改正により、自己株式の取得制限が見

直されていわゆる金庫株の解禁が行われたことに伴い、自己株式方式のス

トック・オプションが廃止され、ストック・オプションが新株引受権方式に

一本化された(39)。

その後の平成 13 年法律第 128 号による商法の改正において、会社の資金

調達方法の改善を図るための株式制度の見直し等が行われ、その一環として、

新株予約権制度が創設された(40)。

新株予約権とは、これを有する者が会社に対してこれを行使したときに、

ン制度等に係る商法改正の経緯と意義」商事法務 1458 号2頁(1997 年)〔6頁〕で

は、大企業の場合には、ストック・オプション・プランの趣旨・内容を明らかにする

要素を示せば、譲受人の氏名は例示で足りるとしている。 (37) 岸田・前掲注(33)〔27 頁〕。 (38) 伊藤靖史「ストック・オプションと会社法」法律時報 75 巻4号 26 頁(2003 年)。 (39) 原田晃治=泰田啓太=郡谷大輔「自己株式の取得規制等の見直しに係る改正商法

の解説(上)」商事法務 1607 号4頁(2001 年)〔22 頁〕。ただし、その後創設された

新株予約権制度において、自己株式方式のストック・オプションも認められている。 (40) 石井敏彦『早わかり商法改正による新株予約権の所得税法上の取扱い』10 頁(大

蔵財務協会、2002 年)。

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31 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

会社がその者に対して新株を発行し、又はそれに代えて自己株式を移転する

義務を負うものをいう(上記改正後の商法 280条の 19第1項)。したがって、

改正前に一旦廃止された自己株式方式のストック・オプションも含まれてお

り、新株予約権制度の創設により自己株式方式と新株引受権方式のストッ

ク・オプションが同一の規制に服することとなった(41)。この新株予約権は、

新株の発行とは別に交付ないし発行され、それを受けた者が権利を行使する

ことによって新株が発行されることになるもので、新株発行契約の予約完結

権としての性質を有するものである(42)。

改正前、ストック・オプションとしての新株引受権は、会社の取締役又は

使用人に限定して発行することが許容されていたが、改正後の新株予約権で

は、この交付対象者の制限が撤廃され、会社の取締役又は使用人以外の誰に

でも(例えば、子会社の役員や使用人のほか、会社の顧問弁護士や取引先等

にも)ストック・オプションを交付することが可能となった(43)。

新株予約権における重要な改正点として、新株予約権の有利発行規制の整

備が挙げられる。改正前、新株引受権自体の価値は、必ずしも明確に観念さ

れていなかったが、改正により、新株予約権を単独で発行できるようになり、

その発行価額が観念されることとなった(同法 280 条の 20 第2項3号)。こ

れを前提に、新株予約権の有利発行とは、発行時における新株予約権の金銭

的評価額(ブラック・ショールズ式などによって算定される。)を著しく下回

る対価での発行をいうこととなった(44)。ただし、いかなる場合をもって有利

発行と考えるかについては議論がある(45)。

新株予約権の発行価額は取締役会で決することができるのであるが、新株

予約権の行使により新株が発行される場合、新株予約権の発行価額と行使価

(41) 伊藤・前掲注(38)〔26・27 頁〕。 (42) 前田庸「商法等の一部を改正する法律案要綱の解説(上)」商事法務 1606 号4頁

(2001 年)〔12 頁〕。 (43) 伊藤・前掲注(38)〔27 頁〕。 (44) 伊藤・前掲注(38)〔27 頁〕。 (45) 藤田友敬「オプションの発行と会社法(上)」商事法務 1622 号 18 頁(2002 年)

〔20-23 頁〕。

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32 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

額の合計額が新株の発行価額とみなされており(同条4項)、労務出資が認め

られない株式会社においては取締役又は使用人の役務提供をもって新株予約

権の対価とすることはできないとの考え方があり、そのためストック・オプ

ションとしての新株予約権の発行は常に無償発行となる結果、株主以外の者

に対する特に有利な条件での発行に該当し、株主総会の特別決議が必要にな

るとされた(同法 280 条の 21 第1項)(46)。

このように、ストック・オプションは、新株予約権の有利発行の一つの類

型として位置付けられるとともに、この商法改正によって廃止された新株引

受権制度等の下におけるストック・オプション制度と比して、前述した交付

対象者の制限の撤廃のほかにも、株主総会の決議事項の簡素化、交付する株

式数の制限の撤廃、権利行使期間(10 年間)の撤廃、権利の譲渡制限に関す

る事項の緩和についての改正が行われた(47)。

5 平成 17年の会社法の制定等

平成 17 年に新たに制定された会社法においても、新株予約権の制度が設

けられた。会社法における新株予約権は、現在のインセンティブ報酬として

のストック・オプションに利用されるものである(48)。以下、その内容を確認

する。

(1)新株予約権の意義等

新株予約権は、権利者(新株予約権者)が、あらかじめ定められた期間

(権利行使期間)内に、あらかじめ定められた価額(権利行使価額)を株

式会社に対して払い込めば、会社から一定数の当該会社の株式の交付を受

けることができる権利である(会社法2条 21 号)。権利行使価額の払込み

(46) 藤田友敬「オプションの発行と会社法(下)」商事法務 1623 号 30 頁(2002 年)

〔30 頁〕。 (47) 国税庁「平成 14 年改正税法のすべて」144・145 頁(2002 年)。 (48) 神田秀樹『会社法〔第 20 版〕』167 頁(有斐閣、2018 年)。新株予約権には、こ

のようにインセンティブ報酬として役員等に交付するもののほか、資金調達のために

発行するもの、株主優待策として発行するもの、買収防衛策として発行するものの4

つのタイプがあるとされる。

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33 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

をするか否かは新株予約権者の自由であり、払込みを受けた会社は自己株

式を交付してもよい。権利行使価額の払込みにより、新株予約権者は当然

に株主となるので(同法 282 条1項)、新株予約権は形成権である(49)。

(2)新株予約権の内容

新株予約権を発行するときは、次の事項を権利内容として定めなければ

ならない(会社法 236 条1項各号)(50)。

① 新株予約権の目的である株式の数又はその数の算定方法

② 新株予約権の権利行使価額又はその算定方法

③ 金銭以外の財産を新株予約権の行使に際してする出資の目的とすると

きは、その旨並びに財産の内容及び価額

④ 権利行使期間

⑤ 新株予約権の行使により株式を発行する場合に増加する資本金及び資

本準備金に関する事項

⑥ 譲渡制限新株予約権とする場合にはその旨

⑦ 新株予約権に会社が強制取得できる旨の条項を付す場合には取得事由

⑧ 会社が合併の消滅会社となる場合に存続会社の新株予約権を交付する

等の取扱いをするときはその旨及び条件

⑨ 新株予約権を行使した際に交付される株式数に一株に満たない端数が

生ずる場合にそれを切り捨てるものとするときはその旨

⑩ 新株予約権証券を発行するときはその旨

⑪ 新株予約権証券を発行する場合において新株予約権者に証券の記名式

証券・無記名式証券間の転換請求権を認めない場合にはその旨

なお、一般に、権利について行使の条件を定めることは可能であること

から、新株予約権にその行使の条件を付すことも当然可能である。新株予

約権に行使の条件が付されたときは、その条件は新株予約権の内容とな

(49) 江頭憲治郎『株式会社法(第7版)』788 頁(有斐閣、2017 年)。 (50) 江頭・前掲注(49)〔791 頁〕。

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34 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

る(51)。

(3)新株予約権の譲渡

新株予約権は、譲渡することができる(会社法 254 条1項)。新株予約

権の譲渡の効力及び対抗要件は、新株予約権証券を発行しているか否か、

証券を発行している場合には記名式か無記名式かによって異なる。

新株予約権証券が発行されていない新株予約権の譲渡は、意思表示のみ

により効力が生じ、新株予約権原簿への記載・記録が会社その他の第三者

に対する対抗要件となる。他方、新株予約権証券が発行されている新株予

約権の譲渡は、意思表示とともに証券を交付することにより効力が生じる。

記名式証券の場合には、新株予約権原簿への記載・記録が会社に対する対

抗要件となり、証券の占有が第三者に対する対抗要件となる。無記名式証

券の場合には、証券の占有が会社その他の第三者に対する対抗要件とな

る(52)。

このように要件を満たせば新株予約権の譲渡は可能であるが、新株予約

権をインセンティブ報酬として役員等に交付する場合など、その譲渡を制

限する必要があるケースが存するため、新株予約権の発行の際、権利内容

として、その譲渡による取得につき会社の承認を要するものと定める譲渡

制限新株予約権の制度が設けられている(同法 236 条1項6号)。譲渡制

限が付された新株予約権を譲渡しようとする場合は、会社から譲渡の承認

を得た上で新株予約権原簿の名義書換えをしなければ、会社に対してその

譲渡・取得を対抗することはできない。なお、会社が承認しない場合でも、

譲渡制限付株式の場合とは異なり、会社に新株予約権の買取り等の義務は

生じないと解されている(53)。

(4)新株予約権の有利発行

公開会社では原則として取締役会決議で新株予約権を発行することがで

(51) 相澤哲=豊田祐子「新会社法の解説(5)新株予約権」商事法務 1742 号 17 頁(2005

年)〔18 頁〕。 (52) 成和明哲法律事務所『会社法実務大系』186 頁(民事法研究会、2017 年)。 (53) 江頭・前掲注(49)〔805 頁〕。

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35 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

きるが、いわゆる有利発行に該当する場合には、株主総会の決議が必要と

なる(54)。

有利発行とは、新株予約権の発行が、①金銭の払込みなしに発行する場

合において、発行条件が特に有利な条件であるとき(会社法 238 条3項1

号)又は②募集新株予約権の払込金額が引受人にとって特に有利な金額で

あるとき(同項2号)であり、発行時点における新株予約権の金銭的評価

額を著しく下回る対価で発行する場合が該当する。これは、新株予約権の

取得に公正な対価が支払われているか否かに着目するものであって(55)、新

株予約権の行使時に経済的利益が生ずるか否かを問題とするものではない。

この点が、会社法制定前の商法(旧商法)においては、必ずしも明確では

なかったようである(56)。

(5)新株予約権の発行の際の払込み

旧商法における新株予約権を発行する際の払込みについては、金銭以外

の財産による払込みに関する規定はなく、そのような払込みの可否につい

ては争いがあったが、会社法における新株予約権の発行の際の払込みにつ

いては、金銭による払込みに代えて、金銭以外の財産を給付し、又は会社

に対する債権をもって相殺することができる旨が規定された(会社法 246

条2項)。これは、新株予約権に係る払込みは、出資(新株予約権の行使時

の出資を含む。)とは異なり、新株予約権者にとっては会社に対する債務の

履行に過ぎないので、代物弁済や相殺が可能であることは本来当然であり、

そのことを確認的に規定したものとされている(57)。

また、新株予約権の発行は、その価値に対応した対価で(すなわち有償

で)行われるのが通常であるが、無償(対価の払込みを求めないでという

意味)で行なわれる場合もある(58)。

(54) 藤津康彦「新株予約権の有利発行」企業会計 60 巻5号 140 頁(2008 年)〔140 頁〕。 (55) 江頭・前掲注(49)〔789・790 頁〕。 (56) 藤田・前掲注(45)〔18 頁〕。 (57) 相澤ほか・前掲注(51)〔20 頁〕。ただし、会社の承諾は必要である。 (58) 神田・前掲注(48)〔166 頁〕。

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36 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

インセンティブ報酬であるストック・オプションとしての新株予約権の

発行においても同様であるが、旧商法におけるストック・オプションにつ

いては、前述したとおり、新株予約権の無償発行として有利発行決議が必

要と考えられてきた。しかし、会社法において、ストック・オプションと

しての新株予約権の発行は、原則として有利発行にはならないと解されて

いる。これは、①新株予約権を有償で発行する場合には、新株予約権を付

与される役員の会社に対する報酬債権(公正価値に相当する額)をもって

新株予約権の払込金額に充てる(相殺する)と構成することにより、また、

②新株予約権を無償で発行する場合には、会社に対する労務に対して交付

すると構成することにより、いずれも「特に有利な条件」による発行には

該当しないと解することが可能とされたことによる(59)。

6 小括

以上のような経緯を経て、我が国においてもインセンティブ報酬としての

ストック・オプションの活用が順次図られてきたところである。

第3節 リストリクテッド・ストック導入の経緯

1 導入前の状況

欧米の上場会社の経営者のインセンティブ報酬としては、ストック・オプ

ションと並んで、リストリクテッド・ストックやパフォーマンス・シェアと

いった株式報酬が重要な位置を占めているが、我が国の上場会社の経営者の

報酬は、伝統的に金銭による固定額の基本報酬が多くの部分を占めており、

インセンティブ報酬はあまり用いられてこなかった(60)。

前述のとおり、平成9年の商法改正等により、一般的な株式会社において

ストック・オプションの交付が可能となり、その後、徐々にストック・オプ

(59) 神田・前掲注(48)〔170・171 頁〕。 (60) 伊藤・前掲注(10)〔5頁〕。

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37 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

ションを取締役に交付する会社が増加してきたが、近年においてもなお、取

締役の報酬の構成要素のうちでは、基本報酬の占める割合が多かった(61)。

2 新しい株式報酬制度の導入の検討

このような状況の中で、上場会社の経営者に会社の業績を向上させるイン

センティブを与えるために業績連動型の報酬を積極的に利用することが求め

られるようになり、平成 26 年6月に閣議決定された「日本再興戦略」改定

2014 を受けて策定された「コーポレートガバナンス・コード」(平成 27 年

6月1日施行)の原則4-1において、「経営陣の報酬については、中長期的

な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資する

ようなインセンティブ付けを行うべきである。」とされ、その補充原則4-2

①において「経営陣の報酬は、持続的な成長に向けた健全なインセンティブ

の一つとして機能するよう、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金

報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきである。」とされた。

続く「日本再興戦略」改定 2015(平成 27 年6月 30 日閣議決定)におい

ても、攻めの経営のためのコーポレート・ガバナンスの強化として、「経営陣

に中長期の企業価値創造を引き出すためのインセンティブを付与することが

できるよう金銭ではなく株式による報酬、業績に連動した報酬等の柔軟な活

用を可能とするための仕組みの整備等を図る。」こととされ、コーポレート・

ガバナンス・システムの在り方に関する研究会(以下「CG研究会」という。)

の報告書(62)では、新しい株式報酬の導入として「我が国では株式報酬型ス

トックオプション(権利行使価格を1円等の極めて低廉な価格とするストッ

クオプション)という株式保有と類似した状態の実現を意図するストックオ

(61) 伊藤靖史「役員の報酬」江頭憲治郎編『株式会社法大系』277 頁(有斐閣、2013

年)〔280・281 頁〕。 (62) CG研究会・平成 27 年7月 24 日「コーポレート・ガバナンスの実践-企業価値

向上に向けたインセンティブと改革-」8頁 (http://www.meti.go.jp/press/2015/07/20150724004/20150724004-1.pdf)(平成 30年6月 15 日現在)。

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38 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

プションは既に存在する。欧米において中長期のインセンティブとして普及

しているPerformance ShareやRestricted Stockと同様の仕組みを我が国で

導入するため、信託を用いた新しい株式報酬が導入され始めている。さらに、

金銭報酬債権を現物出資する方法を用いて株式報酬を導入する場合について

も、その法的論点を整理する。」とし、同報告書の別紙三「法的論点に関する

解釈指針」(以下「解釈指針」という。)の「第4 新しい株式報酬の導入」

において、金銭報酬債権を現物出資する方法を用いる新しい株式報酬が解釈

として示された(63)。

3 金銭報酬債権を現物出資する新しい株式報酬

解釈指針の「第4 新しい株式報酬の導入」では、考えられる方法として

次の3通りの方法が示されている。

1つ目の Performance Share(業績連動発行型)は、①役員に業績等に連

動した金銭報酬債権を付与し、②業績等の連動期間として定めた一定期間経

過後に当該金銭報酬債権を現物出資財産として払い込み、役員に対して株式

を発行する方法である。

2つ目の Performance Share(初年度発行-業績連動譲渡制限解除型)は、

①役員に対して金銭報酬債権を付与し、②当該金銭報酬債権を現物出資財産

として払い込み、役員に対して譲渡制限を付した株式を発行、③業績等の連

動期間として定めた一定期間経過後に譲渡制限を解除する方法である。なお、

譲渡制限については、会社と役員との契約による場合と、種類株式による場

合があるとされている。

3つ目の Restricted Stock は、①役員に対して金銭報酬債権を付与し、②

当該金銭報酬債権を現物出資財産として払い込み、役員に対して譲渡制限を

付した株式を発行、③一定期間経過後に譲渡制限を解除する方法である。譲

(63) ただし、弥永真生「リストリクテッド・ストックの法的陥穽」ビジネス法務 17 巻

4号 50 頁(2017 年)は、「将来の期間の取締役の役務提供に対応する報酬債権を取

締役に付与すること」に対する会社法上の問題点を指摘している。

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39 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

渡制限について、会社と役員との契約による場合と、種類株式による場合が

あることについては、Performance Share と同様とされている。なお、2つ

目の Performance Share(初年度発行-業績連動譲渡制限解除型)との相違

は、譲渡制限を解除する条件を業績と連動させるか、一定の期間の経過とし

て捉えるかという点にある。

4 リストリクテッド・ストックの導入に伴う税制改正の概要等

上記のような経緯を経て、我が国においてもリストリクテッド・ストック

の利用が可能となったのであるが、ストック・オプション制度の導入とは異

なり、リストリクテッド・ストックの導入に当たって特に会社法の規定が見

直されたわけではなく(64)、平成 28 年度税制改正において、インセンティブ

報酬としての譲渡制限付株式の税務上の取扱いに関する規定が設けられ、更

に平成 29 年度税制改正において、役員給与の損金不算入に関する規定の整

備等が行われたところである。

(1)平成 28 年度税制改正の概要

平成 28 年度税制改正において、所令 84 条1項に新たにインセンティブ

報酬としての譲渡制限付株式(特定譲渡制限付株式)に関する規定が設け

られ、個人が法人から役務提供の対価として一定期間の譲渡制限その他の

条件が付されている特定譲渡制限付株式が交付された場合の収入金額は、

その特定譲渡制限付株式の譲渡制限が解除された日における価額とされた。

このことから、特定譲渡制限付株式に係る所得の課税時期は、譲渡制限が

解除された日によるとする取扱いが明らかにされている(65)。

法人税においても、法法 54 条に譲渡制限付株式を対価とする費用の帰

(64) 荒井優美子「株式報酬の会計と税務-譲渡制限付株式とストック・オプションの

取扱い」税経通信 71 巻 10 号 106 頁(2016 年)〔107 頁〕。 (65) 国税庁個人課税課情報第 11 号「平成 28 年度税制改正に伴う所得税基本通達等の

主な改正事項について(情報)」平成 28 年9月 26 日〔4頁〕 (https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/shotoku/shinkoku/160926̠2/pdf/01.pdf)(平成 30 年6月 15 日現在)。

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40 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

属事業年度の特例の規定が設けられ、内国法人が個人から役務提供を受け

る場合において、その役務の提供に係る費用の額につきその対価として特

定譲渡制限付株式が交付されたときは、その役務の提供を受ける内国法人

は、その個人においてその役務の提供につき給与等課税事由が生じた日(譲

渡制限が解除された日)においてその役務の提供を受けたものとして、法

人税法の規定を適用することとされた(66)。

譲渡制限付株式の発行法人においては、役員に対し報酬として交付した

譲渡制限付株式に係る費用の損金算入の可否が問題となるところ、平成 28

年度税制改正前の法人税法においては、インセンティブ報酬としてのリス

トリクテッド・ストックの交付は、退職給与に該当する場合を除き、法法

34 条1項各号のいずれにも該当しないため、損金算入はできないと考えら

れていた。この点について、平成 28 年度税制改正では、法法 54 条に特定

譲渡制限付株式に関する規定を置くとともに、特定譲渡制限付株式による

給与について事前確定の届出を不要とする改正を行い(法法 34 条1項2

号)、特定譲渡制限付株式に係る費用についても損金算入することが可能と

された(67)。

(2)平成 29 年度税制改正の概要

平成 29 年度税制改正においては、特定譲渡制限付株式に該当する株式

の発行法人の範囲及び法人における役員給与の損金不算入制度についての

改正が行われた。

改正前の特定譲渡制限付株式は、個人が法人に対して役務の提供をした

場合において、その法人又はその法人の親法人(68)の譲渡制限付株式である

(66) 財務省「平成 28 年税制改正の解説」342 頁(2016 年)。ただし、この給与等課税

事由が生じた日については、平成 29 年度の税制改正により、給与等課税額が生ずる

ことが確定した日に改正されている。 (67) 渡辺徹也「役員に対するインセンティブ報酬への課税とコーポレート・ガバナン

ス-リストリクテッド・ストックを中心に」宍戸善一=後藤元編著『コーポレート・

ガバナンス改革への提言-企業価値向上・経済活性化への道筋』249 頁(商事法務、

2016 年)〔259・260 頁〕。 (68) 親法人とは、譲渡制限付株式の交付の直前に、個人から役務の提供を受けた法人

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41 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

ことが要件とされていたところ、親法人以外の法人が発行した譲渡制限付

株式についても、役務の提供の対価として交付したいというニーズがある

ことを踏まえ、上記要件を定めた規定(所規 19 条の4第1項)の改正が

行われた(69)。

役員給与の損金不算入制度(法法 34 条1項)については、改正前は、

定期同額給与、事前確定届出給与及び一定の利益連動給与に該当しなけれ

ば損金算入は認められなかったものの、退職給与や新株予約権によるもの

については、この損金不算入制度の対象から除かれていたため、不相当に

高額な部分(同条2項)や仮装隠蔽経理によるもの(同条3項)に該当し

なければ損金算入が認められていた。しかし、 近の会社の給与の支給形

態は、退職給与や新株予約権に係る給与でも利益に連動するものが現れて

きており、利益処分的なものは損金算入を制限するという従前の税制の考

え方によれば、退職給与や新株予約権に係る給与がほぼ無条件で損金算入

が認められるというのはバランスを欠くと考えられたことから、その整備

を図ることとしたものである(70)。

また、損金算入時期について、改正前はいずれも給与等課税事由が生じ

た日とされていたが、譲渡制限付株式については、給与等課税額が生ずる

ことが確定した日に改正された。これにより、譲渡制限付株式に係る給与

については、譲渡制限が解除されていなくても、無償で取得(没収)され

る可能性がなくなった時点で損金算入されることとなった。これは、譲渡

制限付株式が没収されることがなくなった時点で権利が確定したといえる

ので、そのなくなった日において役務の提供を受けたものとすることとさ

れたと説明されている(71)。なお、この改正の結果、譲渡制限付株式を交付

の発行済株式の全部を保有する関係にあり、かつ、その交付の時から譲渡制限付株式

に係る譲渡制限期間終了の時までその関係が継続することが見込まれている法人を

いう。 (69) 財務省「平成 29 年税制改正の解説」276 頁(2017 年)。 (70) 小竹義範=安藤元太「平成 29 年度法人税関係の改正について」租税研究 813 号

172 頁(2017 年)〔174 頁〕。 (71) 財務省・前掲注(69)〔313 頁〕。

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42 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

した法人における損金算入時期と、その交付を受けた役員等における収入

計上時期は、規定上一致しないこととなっている(72)。

5 我が国におけるインセンティブ報酬の種類

以上のような経緯を経て、我が国においてもリストリクテッド・ストック

の利用が可能となったことにより、現在の我が国の法制度上利用することが

できるインセンティブ報酬の種類は、次表(73)のようになっている。

報酬の種類 報酬の内容 交付資産

損金算入可否

平成 29 年度

改正前 改正後

在任時

特定譲渡制限

付株式

一定期間の譲渡制限が付さ

れた株式を役員に交付。

株式 可 可

株式交付信託 会社が金銭を信託に拠出

し、信託が市場等から株式

を取得。一定期間経過後に

役員に株式を交付。

株式 否 可

ストックオプ

ション(SO)

自社の株式をあらかじめ定

められた権利行使価格で購

入する権利(新株予約権)

を付与。

新株予約

可 可

パフォーマン

ス・シェア

(PS)

中長期の業績目標の達成度

合いに応じて、株式を役員

に交付。

株式 否 可

(72) 渡辺・前掲注(67)〔261・262 頁〕では、平成 29 年度の税制改正前であったため

か、収入計上時期の不一致については触れていないが、金額の不一致については、立

法論として両者を一致させることを検討すべきであると指摘している。 (73) 経済産業省・前掲注(22)〔26 頁〕参照。

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43 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

パフォーマン

ス・キャッシュ

中長期の業績目標の達成度

合いに応じて、現金を役員

に交付。

金銭 可

(注1)

ファントム・ス

トック

株式を付与したと仮想し

て、株価相当額の現金を役

員に交付。

金銭 否 可

ストック・アプ

リシエイショ

ンライト

対象株式の市場価格が予め

定められた価格を上回って

いる場合に、その差額部分

の現金を役員に交付。

金銭 否 可

退職時

退職給与 退職時に給付する報酬 金銭・株

式・新株

予約権

可 可

(注2)

(注)1 単年度で利益連動の場合のみ。一定の手続が必要。

2 業績連動の場合は、一定の要件を満たすことが必要。

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44 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

第2章 収入計上時期に関する規定等

本章では、 初に所得税法における収入に関する基本的な考え方について確

認した上で、インセンティブ報酬に関する規定として、いわゆるストック・オ

プション税制について規定する措法 29 条の2、税制非適格ストック・オプショ

ンの収入金額について規定する所令 84 条2項及びリストリクテッド・ストッ

クの収入金額について規定する同条1項について、それぞれの内容を確認する。

第1節 各種所得の収入計上時期

1 所得概念

所得税における所得の意義について、その真の意味は「財貨の利用によっ

て得られる効用と人的役務から得られる満足」であるが、これらを測定し定

量化することは困難であるから、所得税の対象としての所得を問題にする場

合には、これらの効用や満足を可能にする金銭的価値で表現することになる。

所得を金銭的価値で表現する方法として2つの類型がある。1つは消費型(支

出型)所得概念(各人の収入のうち、効用や満足の源泉である財貨や人的役

務の購入に充てられる部分のみを所得と観念し、蓄積に向けられる部分を所

得の範囲から除外する考え方)であり、もう1つは取得型(発生型)所得概

念(各人が収入等の形で新たに取得する経済的価値、すなわち経済的利得を

所得と観念する考え方)であるが、実際の制度においては、前者は採用され

ておらず、後者が各国の制度において一般的に採用されている(74)。

取得型所得概念にも2つの考え方があり、1つは制限的所得概念(経済的

利得のうち、反覆的・継続的に生ずる利得のみを所得と観念し、一時的・偶

発的・恩恵的利得を所得の範囲から除外する考え方)であり、もう1つは包

(74) 金子宏『租税法(第 22 版)』185-187 頁(弘文堂、2017 年)。水野忠恒『大系租

税法』134-136 頁(中央経済社、2015 年)及び谷口勢津夫『税法基本講義(第5版)』

190-195 頁(弘文堂、2016 年)参照。

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45 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

括的所得概念(人の担税力を増加させる経済的利得は、全て所得を構成する

という考え方)である。包括的所得概念を提唱したもっとも著名な学者であ

るヘンリー・サイモンズは、個人の所得を「消費において行使された権利の

市場価値」と「その期間のはじめとおわりの間における財産権の蓄積の価値

の変化」の合計と定義しており、これによると、個人が一定期間において全

く消費を行わなかったと仮定した場合、所得をその期間に生じた資産の純増

加額として捉えることができることから、「純資産増加説」とも呼ばれる(75)。

今日では、後者の包括的所得概念が一般的な支持を受けており、我が国に

おいても、第二次大戦前は制限的所得概念が採用されていたが、戦後は包括

的所得概念が採用されている(76)。このように、所得概念をどのように構成す

るかは、その時々における立法政策の問題であると解される(77)。

このように我が国においては包括的所得概念(純資産増加説)が採用され

ていることから、借入れによる金銭の受領は所得を構成しないこととなる。

その理由については、①借入れによる金銭の受領は、そのことにより発生し

た返済債務と相殺され、所法 36 条1項に規定する収入金額に含まれないと

いう考え方(78)と、②そもそも所法7条1項1号に規定する「すべての所得」

(75) 増井良啓「租税法入門第4回〔所得税1〕所得の概念(1)」法学教室 358 号 136 頁

(2010 年)〔137・138 頁〕。税制調査会「昭和 38 年 12 月所得税法及び法人税法の

整備に関する答申」5頁においても、「所得税及び法人税における所得概念について

は、個別経済に即した担税力を測定する見地からみて、基本的には、現行税法に表わ

れているいわゆる純資産増加説(一定期間における純資産の増加-家計費等所得の処

分の性質を有するものによる財産減少は考慮しない-を所得と観念する説)の考え方

に立ち、資産、事業及び勤労から生ずる経常的な所得のほか、定型的な所得源泉によ

らない一時の所得も課税所得に含める立場をとるのが適当である」とされている。ま

た、神戸地判昭和 59 年3月 21 日訟月 30 巻8号 1485 頁は、「純資産の増加は、法令

上それを明らかに非課税とする趣旨が規定されていない限りは、課税の対象とされ

る」と判示している。 (76) 金子・前掲注(74)〔187・188 頁〕。 (77) 金子宏「租税法における所得概念の構成」『所得概念の研究(所得課税の基礎理論

上巻)』1頁(有斐閣、1995 年)〔73・74 頁〕。増井・前掲注(75)〔137 頁〕では、「所

得の概念は、あたかも天から降ってきたもののようにして先験的に決まっているとい

うものではない。所得税制をつくる私たちが、時代と状況に応じ、目的論的に構成し

なければならないのである。」とされる。 (78) 岡村忠生=酒井貴子=田中晶国『租税法 Tax Law』65 頁(有斐閣、2017 年)。

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46 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

に含まれないという考え方(79)とがあるが、いずれも純資産が増加していない

ことがその根拠とされている。また、借入金に類似する預かり金については、

預かった金銭はその者に「帰属」していないため所得として認識しないとい

う見解が示されている(80)。

これらの考え方によれば、借入金については、その返済が免除されたとき、

預かり金については、それが預かった者に帰属することとなったときに所得

を構成することになると考えられる。

2 包括的所得概念と所得の実現

所得税法は、所得を 10 種類に分類し、退職所得(所法 31 条)、山林所得

(所法 32 条)、譲渡所得(所法 33 条)のほかに一時所得(所法 34 条)とい

う類型を設けて、一時的・偶発的・恩恵的利得も一般的に課税の対象として

いる。更に、雑所得(所法 35 条)という類型を設け、これを利子所得ない

し一時所得のいずれにも該当しない所得と規定している。これは、納税義務

者の担税力を増加させる利得は原則として全て所得として課税の対象とする

という考え方を示したものであり、包括的所得概念を採用したものと解する

ことができる(81)。

包括的所得概念を採用している場合においても、所得と非所得との限界は

微妙であり、その限界領域には多くの問題が存在するとされる(82)。所得の実

現もその1つである。

所得の実現に関する問題は、2つの観点から捉えることができる。1つは、

所得の範囲に関連して、実現した利得のみが所得を構成するのか、それとも

未実現の利得も所得に含まれるのかの問題であり、もう1つは、所得の年度

(79) 新井益太郎監修『23 年度改正対応版 現代税法の基礎知識』52 頁(ぎょうせい、

2011 年)。 (80) 増井良啓「債務免除益をめぐる所得税法上のいくつかの解釈問題(上)」ジュリス

ト 1315 号 192 頁(2006 年)〔193 頁〕。 (81) 金子・前掲注(77)〔48・49 頁〕。 (82) 金子・前掲注(77)〔50 頁〕。

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47 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

帰属に関連して、ある所得がどの年度において課税の対象となるかの問題で

ある(83)。

前者の問題に関し、我が国の制度においては、実現は所得概念の要素では

ないと解されている(84)ので、未実現の利得も、所得概念の上では所得に含ま

れると解される(85)。

しかし、日本国憲法には、所得が実現した時点において初めて課税すると

いう「実現原則」を定めた規定はない(86)から、実現した利得のみを課税の対

象とするか、それとも未実現の利得も課税の対象とするかは立法政策の問題

である(87)。所得税法は、いずれの所得についても、その金額を収入金額又は

総収入金額として規定し(所法 23 条ないし 35 条)、いわば所得を「収入」

の形態で捉えている。収入という言葉を通常の用法に従って、経済価値の外

からの流入と理解する限り、所得税法は、原則として、収入という形態で実

現した利得のみを課税の対象とし、未実現の利得は(これも所得ではあるが)

課税の対象から除外していると解される(88)。

3 所得の実現と年度帰属

所得の年度帰属とは、課税のタイミングの問題であり、期間税である所得

税においては重要な問題となる。所得の年度帰属に関する基準については、

現金主義と発生主義の2つの考え方があるが、①今日の経済社会では、信用

(83) 金子・前掲注(77)〔77 頁〕脚注 182。 (84) 金子・前掲注(77)〔76 頁〕。 (85) 岡村忠生「所得の実現をめぐる概念の分別と連接」法学論叢 166巻6号 94頁(2010

年)〔103 頁〕では、「包括的所得(経済的所得ともいえる)の全体像がまずあり、こ

れを制限する要素として、実現が位置付けられる。考えてみれば、所得の実現という

表現にも、未実現を含む包括的な所得が含意されている。」とされる。 (86) 谷口智紀「アメリカ合衆国における所得の実現要件」税法学 565 号 127 頁(2011

年)〔147 頁〕は、米国における所得課税は、合衆国憲法修正 16 条の要請を受けて行

なわれており、同条が必然的に実現した所得のみを課税の対象とするから、米国では

所得の実現は憲法上の要請である、とされる。 (87) 金子・前掲注(77)〔73・74 頁〕。増井良啓「租税法入門第8回〔所得税5〕収入金

額」法学教室 362 号 124 頁(2010 年)〔126・127 頁〕。 (88) 金子・前掲注(77)〔74 頁〕。

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48 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

取引が支配的であるため、現金主義では1年間の所得の正確な算定が困難で

あること、②現金主義の下では、納税者が所得のタイミングを操作すること

ができるため、所得の算定が不正確になるおそれがあること、という2つの

理由から、発生主義によるのが相当と解されている(89)。

所法 36 条1項が「収入すべき金額」と規定しているのは、現金主義を排

し発生主義を採用する趣旨であると解されているが、発生主義における「発

生」の概念は多義的である。所得税法は、所得を「収入」と捉えることによ

り、原則として実現した所得のみを課税の対象とし、未実現の所得を課税の

対象から除外していることなどからすると、全ての所得は実現と同時に課税

対象たる所得となると考えられるのであって、所得の年度帰属に関しては、

発生主義という言葉の代わりに、実現主義(90)という言葉を用いるのが適当で

あり、この年度帰属の問題は、所得がいつ実現したか、すなわち所得の実現

時期の判定の問題と捉えることができる(91)。

ただし、実現主義という言葉には2つの意味がある。第一は、上記のとお

り実現した利益のみが所得であり、未実現の利益は課税の対象となる所得に

は含まれないという意味の実現主義である。第二は、企業会計の世界におい

て成立し妥当性を認められてきた収益の年度帰属に関するコンベンション

(企業会計上の収益計上基準)の集合を意味する概念としての実現主義であ

る。この第一の意味における実現主義は、未実現の利益の排除を目的とする

ものであり、所得の実現時期について明確かつ積極的な指針を与えるもので

はないのに対し、第二の意味における実現主義は、各種の類型の取引におけ

る企業会計上の収益計上基準を個々に明らかにしているものの、それは実際

的な考慮や便宜に基づいて形成されてきたものであって、何らかの統一的な

(89) 金子宏「所得の年度帰属-権利確定主義は破綻したか-」『所得概念の研究(所得

課税の基礎理論上巻)』282 頁(有斐閣、1995 年)〔282 頁〕。 (90) 増井・前掲注(87)〔126 頁〕では、所得税法は、所得が実現した時点において初め

て課税する「実現原則」を採用しているとされる。 (91) 金子・前掲注(89)〔283・284 頁〕。

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49 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

基準に基づいて判断されたものとは考えられないとされる(92)。

所得税法は、前述のとおり、第一の意味における実現主義を採用している

と解されるところ、その理由は一元的なものではなく、①保守主義の原則を

基礎とする伝統的な会計慣行や、②所得の観念が伝統的に経済価値の外から

の流入・帰属の観念と結びついていることのほか、仮に未実現の利得に課税

するとすれば、③場合によっては資産の換価を強制することになること、④

全ての資産について毎年正確な評価を行なうことは極めて困難であることと

いった実際的な理由が挙げられるのであり(93)、このように未実現の利得を課

税の対象から除外していることと、第二の意味における実現主義とは区別し

て考えなければならない(94)。

4 所得の年度帰属と権利確定主義

所得の年度帰属の問題について、所法 36 条1項は、「その年分の各種所得

の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、

別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額」とすると規

定している。この「収入すべき金額」とは、実現した収益、すなわちまだ収

入がなくても「収入すべき権利の確定した金額」のことであり、この規定は、

広義の発生主義のうちいわゆる権利確定主義を採用したものであると一般に

解されている(95)。

判例も、所得税法にいう「収入すべき金額とは、収入すべき権利の確定し

た金額をいい」(96)、「総収入金額又は収入金額の計算について、『収入すべき

(92) 金子・前掲注(89)〔295・296 頁〕。 (93) 金子宏「所得概念について」『租税法理論の形成と解明上巻』421 頁(有斐閣、2010

年)〔427 頁〕。 (94) 水野忠恒「企業会計における実現主義と租税法における所得の実現との交錯につ

いて-ストック・ユニットの事例をもとにした権利確定主義と所得の実現に関する詳

論-」租税研究 794 号 40 頁(2015 年)〔43 頁〕では、「所得の実現」と「企業会計

上の実現主義」とは異質なものであると指摘されている。 (95) 金子・前掲注(74)〔293・294 頁〕。 (96) 二小決昭和 40 年9月8日刑集 19 巻6号 630 頁。同決定の判例解説(坂本武志

「判解」 高裁判所判例解説刑事篇昭和 40 年度 178 頁)(1969 年)〔182 頁〕では、

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50 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

金額による』と定め、『収入した金額による』としていないことから考えると、

同法は現実の収入がなくても、その収入の原因たる権利が確定的に発生した

場合には、その時点で所得の実現があったものとして、右権利発生の時期の

属する年度の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採

用しているものと解される」(97)としている。

権利確定主義とは、「外部の世界との間で取引が行われ、その対価を収受す

べき権利が確定した時点をもって所得の実現の時期と見る考え方」(98)であり、

所得の実現時期の判定における原則的な基準として妥当性を認められるべき

である(99)と解されている。権利確定主義が原則的な基準である以上、全ての

場合を律し得る普遍妥当的な唯一の判定基準であるというわけではなく、そ

れが妥当し得ない例外的な場合には、管理支配基準(利得が利得者の管理支

配の下に入ったときに所得として実現したと解する考え方)を適用すべきで

ある(100)。

このように、収入計上時期すなわち所得の年度帰属の問題は、所得がいつ

実現したかという所得の実現時期の判定の問題であり、その判定の原則的な

基準が権利確定主義であるが、例外的に管理支配基準を適用すべき場合、つ

現実に収入があったときによるとする現実収入主義と、権利確定主義とを比較し、条

文の文言が「収入すべき金額」とされていることから、現実収入主義は文理に合わな

いので、権利確定主義が妥当であり、これが所得税法の解釈として一般的に認められ

ているとされる。 (97) 二小判昭和 49 年3月8日民集 28 巻2号 186 頁。同判決は、所得税法における

権利確定主義について、「もともと、所得税は経済的な利得を対象とするものである

から、究極的には実現された収支によつてもたらされる所得について課税するのが基

本原則であり、ただ、その課税に当たつて常に現実収入のときまで課税できないとし

たのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいので、徴税政策上の技術的

見地から、収入すべき権利の確定したときをとらえて課税することとしたものであり、

その意味において、権利確定主義なるものは、その権利について後に現実の支払があ

ることを前提として、所得の帰属年度を決定するための基準であるにすぎない。」と

判示している。 (98) 金子・前掲注(89)〔284 頁〕。 (99) 金子・前掲注(89)〔302 頁〕。 (100) 金子・前掲注(89)〔302・303 頁〕。

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51 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

まり権利確定主義が適用されない場合の判断基準は明確ではない(101)。

5 権利が確定するとき

前述のとおり、権利確定主義は、収入すべき権利が確定した時点をもって

所得の実現の時期とみる考え方であるが、いつ「権利の確定」があったとみ

るのかという点については、必ずしも明確な基準が確立されていないことが

指摘されており、そのため、所得の種類や取引の形態に応じて合理的な基準

を見出していくほかないと考えられている(102)。

判例も、「収入の原因となる権利が確定する時期はそれぞれの権利の特質を

考慮し決定されるべきものである」(103)と判示しているものの、その判例解

説(104)においては、「いわゆる権利確定主義のいう『権利の確定』ということ

の意味については、必ずしも明確ではない。学説、裁判例では、これを権利

の『発生』と同一ではなく、権利発生後一定の事情が加わって権利実現の可

能性が増大したことを客観的に認識することができるようになったときを意

味するものとしているようであり、具体的には各種の取引ごとにその特質を

検討して判断している。」と説明されている。

このように、所得の種類や取引の形態に応じて適切な基準を設定するため

には、その類型化が重要であり(105)、この点について、膨大な数の事例を処

理する必要がある課税実務においては、所得分類や取引の類型ごとに「収入

すべき時期」として取り扱う日を所得税基本通達(所基通 36-2~36-14)

で明らかにしている(106)。

(101) 金子・前掲注(89)〔303 頁〕では、管理支配基準の適用は、租税法律関係を不安定

にするおそれがあるため、厳格な要件の下に、例外的な場面にのみ認められるべきで

あるとされる。 (102) 清永敬次『税法(新装版)』101 頁(ミネルヴァ書房、2013 年)。 (103) 二小判昭和 53 年2月 24 日民集 32 巻1号 43 頁。 (104) 越山保久「判解」 高裁判所判例解説民事篇昭和 53 年度 22 頁(1982 年)〔26 頁〕。 (105) 金子・前掲注(89)〔301 頁〕。 (106) 佐藤英明『スタンダード所得税法(第2版)』245 頁(弘文堂、2016 年)。

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52 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

6 経済的利益等の収入計上時期

所法 36 条1項が、「収入すべき金額」について、金銭以外の物又は権利そ

の他経済的な利益(経済的利益)をもって収入する場合には、その金銭以外

の物又は権利その他経済的利益の価額とすると規定しているとおり、収入に

は、金銭が支払われる場合に限らず、金銭以外の資産が交付される場合や、

経済的利益を受ける場合も含まれる(107)。経済的利益とは、「物品その他の資

産の譲渡を無償又は低い価額で受けた場合におけるその資産のその時におけ

る価額又はその価額とその対価の額との差額に相当する利益」などが該当す

る(108)。したがって、報酬として株式の交付を受ける場合はもちろん、時価

よりも低い価額で株式を取得する場合の当該時価と支払額との差額に相当す

る利益も収入に該当し、所得を構成することになる。

金銭以外の資産の交付をもって収入する場合の収入金額は、当該資産を取

得する時における価額とされている(所法 36 条2項)ので、この場合にお

ける収入計上時期は、当該資産を取得する時であると解される。そして、こ

の「資産を取得する時における価額」も、「収入すべき金額」の一つであると

考えられ、金銭の支払に代えて資産が交付される場合もあることを想定する

と、この「資産を取得する時」については、金銭の支払を受ける場合と同様、

原則として権利確定主義が適用され、当該資産の交付を受ける「権利が確定」

した時が収入計上時期であると考えられる。

また、経済的利益をもって収入する場合の収入金額は、当該経済的利益を

享受する時における価額とされている(同項)ので、この場合の収入計上時

期は、当該経済的利益を享受する時であると解される。経済的利益には様々

な形態のものがあると考えられるところ、資産の低額譲渡の場合における経

済的利益については、上記資産の交付をもって収入する場合が資産の無償譲

渡と同様に考えられることからすると、原則として権利確定主義が適用され、

当該資産の低額譲渡に係る「権利が確定」した時が収入計上時期であると考

(107) 金子・前掲注(74)〔291 頁〕。 (108) 所基通 36-15 参照。

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53 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

える(109)。

7 小括

以上のことからすれば、収入計上時期の判断に当たり、権利確定主義を適

用すべき場合としては、ⅰ)収入が金銭で支払われる場合、ⅱ)収入として

金銭以外の資産が交付される場合、ⅲ)収入となる経済的利益が資産の低額

譲渡の形態で享受される場合、が該当すると考えられる。そして、これらの

場合には、「収入の原因となる権利」として、金銭の支払請求権又は資産の引

渡請求権を観念した上で、当該権利が確定した時を収入計上時期と判断する

ことになるので、この考え方を踏まえて研究を進める。

第2節 ストック・オプション税制

1 制度の創設(平成8年度改正)(110)

平成7年の新規事業法の改正によるストック・オプション制度の創設に伴

い、税制面においても、税負担の公平性を確保しつつ、新規事業活動を支援

し、同制度の導入の円滑化に資するよう、ストック・オプション税制(措法

29 条の2)が創設された。

ストック・オプション税制は、①新規事業法の認定会社の役員等が、その

認定会社の特別決議に基づきその認定会社と締結した契約により与えられた

特に有利な発行価額で新株の発行を請求する権利(ストック・オプション)

を行使して新株を取得した場合の経済的利益については、一定の要件の下で、

所得税を課さないこととし、②この非課税の特例を受けて取得した株式を当

該取得の日以後に譲渡した場合には、その株式の譲渡による所得については、

(109) 他の形態の経済的利益については、例えば、無償による資産の貸与や無利子の融

資など、継続的に経済的利益を受け続ける場合の収入計上時期については、所基通

36-16 においてその取扱いが定められているが、当該取扱いの根拠となる考え方は

明らかではなく、この場合に権利確定主義が適用されるか否かも定かではない。 (110) 国税庁「平成8年改正税法のすべて」83 頁以下(1996 年)。

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54 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

その払込金額を取得価額とした上で、株式等に係る譲渡所得等の申告分離課

税を行う(上場株式等に係る譲渡所得等の源泉分離選択課税の特例(111)は適

用しない。)こととするものである。

上記①の措置は、上記ストック・オプションの権利行使益は原則として権

利行使時に給与所得として課税されるものであることを前提として、その場

合、納税資金捻出のために取得した株式を直ちに売却せざるを得ず、ストッ

ク・オプションの趣旨が活かされないおそれがあるとの指摘に対応して講じ

られたものである。

また、②の措置は、①の特例を受けて取得した株式の譲渡益には、本来で

あれば給与所得として課税される権利行使益が含まれており、そのような所

得についてもみなし利益率が適用される源泉分離課税の選択を認めることは

公平の観点から問題があるとの考えによるものである。

2 その後の主な改正

平成9年度税制改正において、特定通信・放送開発事業実施円滑化法の改

正により導入されたストック・オプションについても、新規事業法における

ストック・オプションと同様の課税繰延べ等を認めるストック・オプション

税制の対象とされた(112)。

平成 10 年度税制改正においては、平成9年の商法改正により、一般的に

ストック・オプション(株式譲渡請求権又は新株引受権)の交付が認められ

るようになったことから、税負担の公平にも配慮しつつ、その趣旨が活かさ

れるよう、一般的なストック・オプションについても新規事業法等に基づく

ストック・オプションと同様の課税繰延べ措置等を認めるストック・オプショ

ン税制の改組が行われた(113)。なお、改正に当たって、権利行使価額の年間

の総額制限や適用除外となる大口株主の持株数要件などについての見直しも

(111) ただし、当該特例は、平成 11 年度税制改正において廃止されている。 (112) 国税庁「平成9年改正税法のすべて」86 頁以下(1997 年)。 (113) 国税庁「平成 10 年改正税法のすべて」143 頁以下(1998 年)。

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55 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

行われた。

平成 14 年度税制改正において、平成 13 年の商法改正により新株予約権制

度が導入され、ストック・オプションの交付対象者の制限の撤廃が行われた

ことを踏まえ、ストック・オプション税制の適用対象者の拡充が図られた。

具体的には、改正前の商法では、ストック・オプションが交付できるのは自

社の役員等に限られていたところ、改正後の商法における新株予約権につい

ては交付対象者に制限がないこととされた。しかし、ストック・オプション

税制の趣旨等を踏まえると、全ての者を課税繰延べ措置等の対象とするのは

適当ではないことから、この制度の適用対象者の範囲を、自社の役員等のほ

か、新株予約権等の交付決議のあった株式会社が他の法人の発行済株式等の

総数の 100 分の 50 を超える数の株式を直接又は間接に保有する関係にある

場合における当該他の法人の役員等(その権利承継相続人を含む。)を加える

こととされた(114)。

平成 18 年度税制改正において、平成 17 年に制定された会社法においても

ストック・オプションとしての新株予約権制度が設けられたことから、当該

新株予約権もストック・オプション税制の対象とされた。

3 現行のストック・オプション税制の概要等

以上のような経緯を経て、現行のストック・オプション税制の概要は、次

のようになっている。

株式会社又は当該株式会社がその発行済株式等の総数の 100 分の 50 を超

える株式等を直接又は間接に保有する関係にある法人の役員等が、当該株式

会社の株主総会等の決議に基づき、当該株式会社と締結した契約により与え

られた会社法上の新株予約権(商法上の新株予約権、新株引受権及び株式譲

渡請求権を含む。)で、当該権利に係る契約において、次の要件を満たすもの

を当該契約に従って行使することにより株式を取得した場合の経済的利益に

(114) 国税庁・前掲注(47)〔141 頁〕。

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56 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

ついては、所得税を課さない。

上記の契約における要件とは、

① 権利の行使は、決議の日後2年を経過した日から 10 年を経過する日ま

での間に行わなければならないこと。

② 権利行使価額の年間の合計額が 1200 万円を超えないこと。

③ 新株予約権は、譲渡してはならないとされていること。

④ 権利行使によって取得した株式は、その株式会社を通じて金融商品取引

業者等に保管の委託等がされること。

そして、上記非課税の特例を受けて取得した株式を譲渡した場合には、株

式の譲渡所得として申告分離課税制度(措法 37 条の 11 等)の対象となり、

譲渡所得等の金額の計算上控除する取得費の額は、その権利行使の日におけ

る価額(所令 109 条1項3号)ではなく、その払込みをした金銭の額(新株

予約権の取得に要した費用の額を含む。同項1号及び措令 19 条の3第 12

項。)となる。

4 小括

ストック・オプション税制は、ストック・オプション制度の円滑な導入を

図るという趣旨から、「ストック・オプション制度に係る課税の特例」(115)と

して創設されたものであり、一定の要件に該当するストック・オプション(税

制適格ストック・オプション)の権利行使益に対する課税について、その収

入計上時期を権利行使によって取得した株式の譲渡時とする課税の繰延べと

ともに、その所得区分を株式の譲渡所得とする所得区分の変更をすることと

したものである。

このように、ストック・オプション税制は、「特例」として設けられた制度

であるから、この特例が適用されないストック・オプション(税制非適格ス

トック・オプション)の権利行使益に対する課税が、本来、どのように行わ

(115) 国税庁・前掲注(110)〔83 頁〕。

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57 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

れるべきであるかについて、直接影響を与えるものではないと考えられる。

ただし、当該特例を定める措法 29 条の2が置かれている措法第2章第3節

のタイトルが「給与所得及び退職所得」であることからすると、当該特例が

適用される税制適格ストック・オプションの権利行使益については、その権

利行使時の給与所得又は退職所得に該当することが前提とされていると考え

られる(116)。

第3節 ストック・オプションとしての新株予約権等

前述のとおり、税制適格ストック・オプションの課税に関しては措法 29 条

の2が規定しているところ、同条が適用されないストック・オプションの課税

に関しては、所令 84 条2項が設けられている。同項は、同項各号に該当する

場合において、所法 36 条2項の収入金額をどのように計算するか(計算方法)

を定めた規定であるが、その内容からすると、収入計上時期についても定めて

いるものと解される。以下、同項の規定の内容を確認する。

1 所令 84条2項が適用される場合等

(1)所令 84 条2項は、発行法人から同項各号に掲げる権利(新株予約権等)

で当該権利の譲渡についての制限その他特別の条件が付されているものを

与えられた場合(株主等として与えられた場合を除く。)における、当該権

利の行使に係る経済的利益については、当該権利の行使により取得した株

式の市場価額から、権利の交付を受けた者が支払った権利行使価額等を控

除した金額とする旨を規定している。

このように、同項が規定しているのは、新株予約権等の権利行使益の計

算方法についてであるが、同項は、当該権利行使益の計算において新株予

約権等自体の交付時の価額を控除することとしておらず、また、所令 109

(116) 金子・前掲注(74)〔237 頁〕参照。

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58 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

条1項3号によれば、所令 84 条2項が適用される権利行使により取得し

た株式の取得価額は、当該権利行使時における株式の市場価額とされてい

る。したがって、これらの規定は、同項が適用される場合の新株予約権等

に関し、その交付時には課税せず、権利行使時に課税することを規定した

ものと解することができる(117)。

なぜならば、仮に、新株予約権等の交付時における当該新株予約権等の

価額を収入金額として課税するのであれば、権利行使時における権利行使

益の計算において、当該新株予約権等の価額を控除すべきであるし(118)、

また、権利行使時における株式の市場価額を収入金額の計算の基礎とする

からこそ、その権利行使により取得した株式の譲渡時には、当該権利行使

時における株式の市場価額に相当する額を控除すべきこととなり、そのた

め当該株式の取得価額を当該権利行使時における株式の市場価額としたも

のと考えられるからである。

(2)所令 84 条2項が適用される新株予約権等は、「当該権利の譲渡について

の制限その他特別の条件が付されている」ことを要件としているところ、

この文言は、平成 18 年の税制改正において加えられたものであり、「従来

の基本的な考え方を明確化」したものと説明されている(119)のであるが、

ここでいう「その他特別の条件」とは、どのような条件であるのか、「特別」

とはどのような態様ないし事情をいうのかは、文理上、明確であるとは言

い難い。

上記改正は、平成 17 年の会社法制定を受けて行なわれたものであり、

(117) 原正子「所得税法施行令第 84 条の考察-個人に係る新株予約権の課税関係を中心

として-」税大論叢 69 号 75 頁(2011 年) (https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/kenkyu/ronsou/69/02/02.pdf)(平成

30 年6月 15 日現在)〔137 頁〕は、現行所令 84 条2項の規定は、「同条に規定する

場合に該当する場合には、権利の行使時に所得の実現があったものとして課税所得を

計算すること、すなわち、権利の行使時が課税時期となることを意味するものと解さ

れる。」としている。所基通 23~35 共-6の2参照。 (118) そうしなければ、新株予約権等自体の価値に対し、交付時と権利行使時に重複し

て課税するという不合理な事態が生ずることとなる。 (119) 財務省「平成 18 年税制改正の解説」152 頁(2006 年)。

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59 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

前述したように会社法における新株予約権を発行するときには、その権利

内容として定めなければならない複数の事項が法定されている(120)。当該

事項には、権利行使価額や権利行使期間のほか、新株予約権に譲渡制限を

付す場合にはその旨、発行会社が強制取得できることとする場合にはその

事由などが含まれており、また、法定されている事項ではないが、一般に

権利行使の条件を付すことも可能と解されている(121)。

ところで、ここでいう「その他特別の条件」は同項の適用要件であるか

ら、それを任意に定め得ることが必要である。したがって、権利行使価額

や権利行使期間のように新株予約権を発行するときには必ず定めなければ

ならない事項が「その他特別の条件」に該当するとは思われない。

譲渡制限以外の任意に定めることのできる条件としては、発行会社が強

制取得できる事由及び権利行使の条件が挙げられるところ、前者は、それ

を満たすと新株予約権等の権利自体が没収されて権利行使ができなくなる

ものであり、後者は、それを満たさなければ権利行使はできないというも

のであるから、いずれもその成否が権利行使の可否という重要な結果をも

たらすという意味において、「特別」の条件であると解することは可能と考

える。

このことからすると、「その他特別の条件」の内容が必ずしも明確ではな

いとしても、上記新株予約権等の権利行使の可否に影響を与える条件が含

まれると考えることは可能であり、それを否定する理由はないように思わ

れる(122)。

また、「当該権利の譲渡についての制限その他特別の条件が付されてい

る」との文言からすると、譲渡制限とその他特別の条件とは並列的に規定

されていると解されるので、これらのいずれか一方が付されていれば、同

(120) 会社法 236 条1項各号。 (121) 相澤ほか・前掲注(51)〔18 頁〕。 (122) 任意に定めることのできる条件は、他にも①金銭以外の財産を権利行使の際の出

資の目的とするか否か、②会社が合併する場合の新株予約権の取扱いなどがあるが、

これらが「その他特別の条件」に含まれるか否かは不明である。

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60 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

項が適用されることになる。したがって、譲渡制限が付されていれば、こ

の要件を満たすことになるから、「その他特別の条件」の内容が問題となる

のは、譲渡制限が付されていない場合に限られることになる。

これらの点に関し、先行研究(123)では、「その他特別の条件」を権利行使

が可能となる条件と解した上で検討を行ない、これら2つの要件は、新株

予約権等の交付時に課税しないための要件として一定の合理性を有するも

のと認められるとした上で、同項の適用要件として、新株予約権等の交付

時に新株予約権等自体の市場取引が行なわれている場合を加えていない点

で不十分であり、また、新株予約権等自体を譲渡した場合の取扱いについ

ての立法措置が必要であると指摘している(124)。

このように、同項が規定する内容には不明確な部分等はあるものの、イ

ンセンティブ報酬としてのストック・オプションにおいては、その交付を

受けた者の将来の精勤にインセンティブを与えるという目的を達成するた

め、必然的にストック・オプション自体の処分を制限するとともに、将来

の一定期間の勤務を権利行使の条件とすることになるので、上記要件を満

たさないとして同項の適用から除外されることはない。換言すると、譲渡

制限も権利行使の条件も付されていない新株予約権が交付されたとすれば、

そのような新株予約権の交付は、インセンティブ報酬としてではなく、過

去の勤務に対する対価等の別の目的で交付されたものと考えざるを得ず、

そのような場合には同項が適用されないことがあり得ると考える。

(3)所令 84 条2項は、新株予約権等が「株主等として与えられた場合」に

は適用されない旨を規定している。これは、新株予約権等が株主平等の原

則に従って平等に与えられた場合には、当該新株予約権等を行使して株式

を取得したとしても、論理的には株式の希釈化が生ずるにすぎず、株主間

の利益移転が生ずることはないことによるものと解されるのであるが、同

(123) 原・前掲注(117)〔160-167 頁〕。 (124) 原・前掲注(117)〔217・218 頁〕。なお、新株予約権等を発行法人に譲渡した場合

の取扱いについては、平成 26 年の税制改正において立法措置が講じられた(所法 41条の2)。

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61 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

項は、更に「当該発行法人の他の株主等に損害を及ぼすおそれがないと認

められる場合に限る。」と規定し、「株主等として与えられた場合」を限定

している。これは、例えば、発行法人が種類株式を発行している場合には、

株主等として新株予約権が交付された場合であっても、結果として、ある

種類の株主に損害を及ぼすおそれがあること、すなわち株主間で利益移転

が生ずることがあり得ることを考慮して、そのような場合には同項が適用

され得ることを明確にする趣旨で、平成 18 年の税制改正において追加さ

れたものと解されている(125)。

このことからすると、新株予約権等がインセンティブ報酬として役員等

に交付される場合が、この「株主等として与えられた場合」に該当しない

ことは明らかであるから、当該新株予約権等の交付が、この点によって同

項の適用から除かれることはない。なお、新株予約権等が「株主等として

与えられた場合」に該当せず、インセンティブ報酬として交付されたもの

でもない場合には、他の要件についても検討した上で、同項の適用の可否

について判断することとなる。

(4)以上のとおり、所令 84 条2項の規定には必ずしも明確とは言い難い部

分等はあるものの、我が国におけるインセンティブ報酬としてのストッ

ク・オプションについて同項が適用されることについての疑義はないから、

当該ストック・オプションについては同項が適用されることにより、その

交付時には課税されず、権利行使時における権利行使益が課税の対象とな

る。

ただし、インセンティブ報酬としてのストック・オプションのうち、税

制適格ストック・オプションに対しては、措法 29 条の2が優先して適用

されるので、所令 84 条2項の規定は、税制非適格ストック・オプション

に対して適用されることになる(126)。

(125) 原・前掲注(117)〔140-144 頁〕、財務省・前掲注(119)〔152 頁〕及び所基通 23

~35 共-8。 (126) 渡辺徹也「ストック・オプションに関する課税上の諸問題-非適格ストック・オ

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62 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

2 所令 84条2項各号の内容

所令 84 条2項が適用される具体的な権利については、同項各号に規定さ

れているので、以下、同項各号の内容を確認する。

(1)所令 84 条2項1号及び2号は、平成9年の商法改正により一般的なス

トック・オプションが導入されたことに伴い、平成 10 年度税制改正にお

いて追加された規定である。いずれも平成9年改正後の商法上のストッ

ク・オプション(1号は自己株式方式における株式譲渡請求権、2号は新

株引受権方式における新株引受権)が与えられた場合の収入金額について

規定しており、自己株式方式の場合も新株引受権方式の場合も、権利行使

により取得した株式の価額から、権利行使の際の払込金額(自己株式方式

の場合は株式の譲渡価額、新株引受権方式の場合は新株の発行価額)を控

除した金額が収入金額とされる(127)。

(2)所令 84 条2項3号は、平成 13 年の商法改正により新たに新株予約権制

度が創設されたことに伴い、平成 14 年度税制改正において追加された規

定である。

この新たな新株予約権制度における新株予約権は、証券取引法上の有価

証券として位置付けられ、市場での取引が可能となったのであるが、同号

では、特に有利な条件で発行する決議により与えられた新株予約権に係る

経済的利益については、改正前の新株引受権等と同様に、権利行使により

取得した株式の価額から権利行使の際の払込金額を控除した金額を収入金

額とすることとしている。

その理由は、実際に市場で取引価格が形成される新株予約権が出てくる

か否かが不透明であり、当面は市場価格が形成されない新株予約権が大宗

を占めると考えられたことから、このような新株予約権の課税時期等が不

明確になることを避けるため、上記商法改正後の同法 280 条の 21 第1項

の有利発行の決議に基づく新株予約権が与えられた場合には、従来の新株

プションを中心に-」税法学 550 号 57 頁(2003 年)〔59 頁〕脚注(6)。

(127) 国税庁・前掲注(113)〔86・87 頁〕。

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63 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

引受権等と同様に当該新株予約権に係る収入金額の計算を行なうこととし

たものである旨が説明されている(128)。

(3)所令 84 条2項4号は、平成 17 年に制定された会社法の規定に基づく新

株予約権に関し、平成 18 年度税制改正において追加された規定である。

この規定によれば、会社法における新株予約権のうち一定の要件を満た

すものが同項の対象となり、新株予約権の交付時ではなく権利行使時にお

ける権利行使益が課税の対象とされている。そして、その要件とは、「当該

新株予約権を引き受ける者に特に有利な条件若しくは金額であることとさ

れるもの又は役務の提供その他の行為による対価の全部若しくは一部であ

ることとされるもの」である。

これは、会社法における新株予約権は、旧商法における新株予約権と比

較すると、それを交付する方法が多様化し、様々な形態での発行が可能と

されたこと、また、前述したとおり、新株予約権の払込みに際しては、金

銭による払込みに代えて報酬債権による相殺も認められることとなり、そ

の場合や新株予約権を無償で発行する場合であっても、会社法上の有利発

行に当たらないと解することが可能とされたこと等を踏まえて改正された

ものである旨の説明がされている(129)。

会社法における新株予約権の発行について、その払込みの方法の観点か

ら区分すると、金銭等の払込みを要するもの(有償発行)と払込みを要し

ないもの(無償発行)があり、前者については、通常、実際に金銭又は金

銭以外の資産の給付若しくは会社に対する債権との相殺が行なわれると考

えられるが、インセンティブ報酬としてのストック・オプションについて

は、実質的な払込みは行なわれず、会社から与えられた報酬債権との相殺

を行なうことが考えられる。後者については、通常、何ら払込みの対価を

観念し得ないが、インセンティブ報酬としてのストック・オプションにつ

(128) 国税庁・前掲注(47)〔222 頁〕。この時点では、譲渡制限等の要件は規定されてい

なかったので、市場で自由に取引される新株予約権であっても、権利行使時に課税す

ることとして規定されていたことになる。 (129) 財務省・前掲注(119)〔152 頁〕。

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64 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

いては、払込みの対価として労務の提供を観念することが考えられる。そ

して、それぞれについて、会社法における有利発行に該当するか否かを判

断することになるのであるが、インセンティブ報酬としてのストック・オ

プションについては、いずれも公正価値による払込みと解することにより、

有利発行には該当しないことになる。

これらを整理すると、次表のとおりである。

有償

実際に金銭等

の払込みを行

うもの

① 金銭の払込み 通常は公正価値の払込みが行

なわれると考えられるので、有

利発行には当たらない。(注)

② 資産の給付

③ 債権との相殺

実質的な払込

みは行わない

もの

④ 会社から付与

された報酬債

権との相殺

同上。

無償

⑤ 何ら対価の払込みを観念しない

もの

有利発行に当たる。

⑥ 会社に対する労務の提供を観念

するもの

通常は公正価値に相当する労

務の提供を観念するので、有利

発行には当たらない。(注)

(注)金銭の払込みや労務提供の額が公正価値に満たない場合は、有利発

行となる。

このように整理すると、会社法における新株予約権のうち所令 84 条2

項が適用されるのは、「当該新株予約権を引き受ける者に特に有利な条件若

しくは金額であることとされるもの」としての⑤と、「役務の提供その他の

行為による対価の全部若しくは一部であることとされるもの」としての④

及び⑥となる。

したがって、④ないし⑥については、同項が適用されることにより、新

株予約権の交付時には課税されず、権利行使時における権利行使益が「収

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65 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

入」として課税の対象になることとなる。インセンティブ報酬であるストッ

ク・オプションとしての新株予約権は、譲渡制限及び権利行使条件が付さ

れた上で、無償で交付されるか(⑤又は⑥)、有償で交付されるとしても報

酬債権との相殺という形で交付される(④)ので、いずれも同項が適用さ

れ、権利行使時に課税されることとなる。

(4)所令 84 条2項5号は、元をたどれば、昭和 29 年に所規9条の4《新株

引受権の評価》として創設された次の規定である(130)。

「第9条の4 法人から新株の引受権を与えられた場合(株主として新

株の引受権を与えられた場合を除く)における当該新株の引受権に係る法

第9条に規定する収入金額又は総収入金額の計算については、当該新株に

係る払込期日における新株の価額(当該払込期日の翌日以後一箇月以内に

当該新株の価額が低落したときは、その低落した 低の価額)から当該新

株の発行価額を控除した金額による。」

この規定は、各種所得の金額の計算について規定した当時の所法9条に

おける収入金額又は総収入金額について、所法 10 条5項の委任を受けて

定められたものであり、昭和 40 年の所得税法の全文改正の際、所令 84 条

とされたものの(131)、その基本的な内容についての変更はない(132)。

そして、昭和 48 年度税制改正において、この規定が適用される場合に

ついて改正が行われ、「発行法人から有利な発行価額による新株その他これ

に準ずるものを取得する権利を与えられた場合」に適用されることとされ

た後、所令 84 条に1号から4号が順次追加されたことに伴い、当初の規

定は5号に移動し、平成 18 年度税制改正により現行の文言である「株式

と引換えに払い込むべき額が有利な金額である場合における当該株式を取

得する権利(1号から4号に該当するものを除く。)」に改正されるととも

に、「権利の譲渡についての制限その他特別の条件が付されているもの」で

(130) 原・前掲注(117)〔126・127 頁〕。 (131) 原・前掲注(117)〔128 頁〕。 (132) 原・前掲注(117)〔130 頁〕脚注(102)。

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66 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

あることが同条を適用する要件として明示された。

(5)以上のとおり、所令 84 条2項各号の規定は、商法等の改正に伴い、順

次、同項に追加されてきたものであり、我が国におけるストック・オプショ

ン制度の発展に対応して改正されてきたものであるから、外国におけるイ

ンセンティブ報酬としてのストック・オプションに、同項の規定が直接適

用されるものではないと考える。

3 小括

所令 84 条2項の規定によれば、同項各号に掲げる権利に係る経済的利益

の収入計上時期は権利行使時であると解されるものの、当該権利の交付時に

課税しない根拠となる考え方については必ずしも明らかではない。そこで、

本稿においては、権利の交付時に課税せず、行使時に課税すべきとする考え

方について、いわゆる権利確定主義を中心に検討することとする。

第4節 リストリクテッド・ストックとしての譲渡制限付株式

所令 84 条1項は、特定譲渡制限付株式の定義と、それが交付されたときの

収入金額について規定している(133)。そして、その規定内容からすると、収入

計上時期についても定めているものと解される。以下、同項の規定の内容を確

認する。

1 特定譲渡制限付株式の定義等(134)

(1)譲渡制限付株式とは、次の要件に該当する株式である。

イ 譲渡(担保権の設定その他の処分を含む。)についての制限が付されて

おり、かつ、その譲渡についての制限に係る期間(以下「譲渡制限期間」

という。)が設けられていること(所令 84 条1項1号)。

(133) 渡辺・前掲注(67)〔256 頁〕。 (134) 財務省・前掲注(66)〔126・127 頁〕。

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67 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

譲渡制限の方法については特に規定されていないため、種類株式であ

る譲渡制限付株式を交付する方法のほか、普通株式を交付する際に、交

付する法人と交付を受ける個人との間の契約において譲渡制限を設け

る方法も認められる。

ロ その個人から役務の提供を受ける法人又はその株式を発行し、若しく

はその個人に交付した法人がその株式を無償で取得することとなる事由

(以下「無償取得事由」という。)が定められていること(同項2号)。

無償取得事由については、勤務の状況に基づく事由(交付を受けた個

人が譲渡制限期間内の所定の期間勤務を継続しないこと、勤務実績が良

好でないこと等)又は法人の業績等の指標の状況に基づく事由(法人の

業績があらかじめ定めた基準に達しないこと等)に限定されている(同

号括弧書き)。

(2)特定譲渡制限付株式とは、次の要件を満たす譲渡制限付株式である。

イ 役員等の役務提供の対価としてその個人に生ずる債権の給付と引換え

にその個人交付されるものその他その個人に給付されることに伴ってそ

の債権が消滅する場合のその譲渡制限付株式であること。

ロ 役員等から役務の提供を受ける法人又はその親法人(135)の株式である

こと。

なお、このロの要件は、平成29年度税制改正により撤廃されている(136)

ので、現行法においては、役務提供の対価として交付されるのであれば、

株式の発行法人と交付を受ける者との間の関係について、特に制限はな

いこととなった。

(3)上記(1)の譲渡制限付株式に該当するための要件は、これを満たす譲

渡制限付株式の交付を受ける役員等に将来の精勤に係るインセンティブを

与えるためのものと認められるから、所令 84 条1項は、インセンティブ

報酬としてのリストリクテッド・ストックを対象とするものであると考え

(135) 前掲注(68) 参照。 (136) 財務省・前掲注(69)〔276 頁〕。

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68 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

られる。

また、上記(2)イの特定譲渡制限付株式に係る要件をみると、同項は、

解釈指針によって新たな株式報酬として導入が可能となった、我が国の会

社法に基づいて交付される譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック

やパフォーマンス・シェア)を対象とする規定であると考えられる。

2 特定譲渡制限付株式が交付された場合の収入金額の計算等

(1)所令 84 条1項は、個人が法人から役務提供の対価として特定譲渡制限

付株式を交付されたときにおけるその特定譲渡制限付株式に係る収入金額

は、その特定譲渡制限付株式の譲渡についての制限が解除された日におけ

る価額とすると規定している。

同項は、特定譲渡制限付株式に関し、所法 36 条2項が規定する収入金

額について規定したものであることがその文理上明らかであり、特定譲渡

制限付株式に係る収入計上時期について直接規定しているわけではないが、

収入金額をその特定譲渡制限付株式の譲渡制限の解除日における価額と規

定していることからすれば、当該譲渡制限の解除日を収入計上時期とする

ものと解すべきである。また、その際、当該特定譲渡制限付株式の交付時

の価額を控除することとしていないのであるから、当該交付時には収入を

認識せず収入計上時期とはしていないこととなる。

なぜならば、仮に、特定譲渡制限付株式の交付時にその時の株式の価額

を収入金額として課税するのであれば、譲渡制限の解除時に課税するとし

ても、その際には、既に交付時に課税された金額を控除して収入金額を計

算することとしなければ、同一の価値に重複して課税するという不合理が

生ずるからである(137)。

このように、所令 84 条1項は、特定譲渡制限付株式の交付を受けた場

(137) 特定譲渡制限付株式の譲渡時に控除される取得価額は、譲渡制限の解除時に収入

金額とされた当該特定譲渡制限付株式の時価とされ(所令 109 条1項2号)、株式の

価値に二重に課税することが回避されている。

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69 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

合の収入計上時期を、当該特定譲渡制限付株式に係る譲渡制限の解除日と

する旨を規定したものと解され、実務上の取扱いもそのように定められて

いる(138)。

(2)所令 84 条1項が設けられた趣旨は、外国法人の役員等に交付されたリ

ストリクテッド・ストックに係る経済的利益の課税時期について、株式が

交付された日ではなく、その株式の譲渡制限が解除された日に総収入金額

に算入すべきとした裁判例(139)を踏まえた取扱いを法令上明確化したもの

と説明されている(140)。

ただし、当該裁判例は、突き詰めれば個別の事実関係を前提とした事例

判断にすぎないし、後述するように、その根拠となる考え方において権利

確定主義がどのように適用されているのかは、必ずしも明らかではない。

この特定譲渡制限付株式の収入計上時期について、所得税法は、現実の

収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定的に発生した場合には、

その時点で所得の実現があったものとして、権利発生の時期の属する年分

の課税所得を計算するという「権利確定主義」を採用していることを前提

として、特定譲渡制限付株式に係る譲渡制限が解除された時点において、

特定譲渡制限付株式の処分が可能となることから、特定譲渡制限付株式に

係る経済的利益の権利が確定し、所得課税されることとなるとする見解が

ある(141)。

一方、この見解に対しては、仮に、譲渡制限の付された株式がインセン

ティブとは無関係に勤務先の法人から役務提供の対価として交付されたと

すれば、それは単なる現物給与であり、その交付時の収入として課税され

るものと考えられるにもかかわらず、なぜ、インセンティブ報酬として交

付される特定譲渡制限付株式については、その交付時に課税せず、譲渡制

(138) 国税庁・前掲注(65)。 (139) 東京地判平成 17 年 12 月 16 日訟月 53 巻3号 871 頁。 (140) 財務省・前掲注(66)〔126 頁〕。 (141) 石綿学=渡辺邦広=小山浩=梶元孝太郎「日本版リストリクテッド・ストックの

導入(上)」商事法務 2102 号4頁(2016 年)〔8・9頁〕。

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70 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

限の解除時に課税すべきであるのかという疑問が指摘されている(142)。

もっともこの指摘は、現行所令 84 条1項が追加される前のものであるか

ら、明文の規定が設けられたことによって解決が図られたと考える余地は

あるものの、同項の規定がリストリクテッド・ストックに係る経済的利益

の収入計上時期についての取扱いを「法令上明確化したもの」であるとす

れば、明文の規定の有無にかかわらず合理的な説明が可能でなければなら

ないと思われる。

(3)特定譲渡制限付株式の交付時に課税しない理由については、「実質的に特

定譲渡制限付株式が報酬として交付されたと考えたとしても、譲渡制限に

係る期間中においては、処分ができず、発行法人により無償で取得される

可能性があることから、特定譲渡制限付株式に係る経済的利益の権利が確

定しておらず、特定譲渡制限付株式の交付時点においては所得課税しない

ものとして取り扱われることになったものと思われる。」という見解があ

る(143)。

しかし、上記見解における「特定譲渡制限付株式に係る経済的利益の権

利」が、具体的にどのような権利を観念しているのかが明確ではない。イ

ンセンティブ報酬としてのリストリクテッド・ストックでは、譲渡制限が

付された株式が交付され、 終的には当該株式自体が「収入」を構成する

ものと考えられる。そうすると、上記権利とは、交付される特定譲渡制限

付株式自体のことであるようにも思われるが、株式の基本的な権利である

自益権(配当受領権)及び共益権(議決権)の有無は、特定譲渡制限付株

式に関する税務上の取扱いに影響しないとされており(144)、そのため、自

益権及び共益権のある株式を交付されているにもかかわらず、その交付の

時点では課税せず、譲渡制限が解除された時点で「権利が確定」したとい

(142) 渡辺徹也「インセンティブ報酬に対する課税-リストリクテッド・ストック等を

中心に-」税務事例研究 150 号 27 頁(2015 年)〔35 頁〕。 (143) 石綿ほか・前掲注(141)〔8頁〕。 (144) 黒田嘉彰=土屋光邦=松村謙太郎「『攻めの経営』を促すインセンティブ報酬」商

事法務 2100 号 33 頁(2016 年)〔38 頁〕。

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71 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

う認定にも疑問が示されている(145)。

所令 84 条1項が我が国の会社法の解釈を踏まえて設けられた規定であ

るとしても、この疑問に対して租税法の解釈に基づく説明を行う必要があ

るのではないかと考える。

本稿では、これらの疑問点に対し、権利確定主義の考え方を踏まえた説

明を試みるものである。

第5節 その他のインセンティブ報酬

前述のとおり、インセンティブ報酬の収入計上時期については、税制適格ス

トック・オプションに対する措法 29 条の2、税制非適格ストック・オプショ

ンに対する所令 84 条2項及びリストリクテッド・ストックに対する同条1項

の各規定が、個別に定められている。

ただし、これらの各規定は、いずれも我が国の商法や会社法等の規定に基づ

く新株予約権(ストック・オプション)や特定譲渡制限付株式(リストリクテッ

ド・ストック)について定めたものであるから、外国法人から与えられるストッ

ク・オプションやリストリクテッド・ストックについて直接適用されるもので

はない。外国法人からストック・オプションやリストリクテッド・ストックが

与えられた場合の所得区分については、所令 84 条の規定の適用を受ける場合

と同様に取り扱う旨が所得税基本通達(146)において留意的に定められているも

のの、その収入計上時期については、同条の適用を受ける場合と同様に取り扱

う旨を定めた通達もない(147)。また、インセンティブ報酬には、ストック・オ

プションやリストリクテッド・ストック以外にも様々な種類があり、我が国で

も、今後、それらの利用が拡大する可能性はある。

(145) 小山浩「企業実務上留意すべき重要租税判決の解説」租税研究 764 号 300 頁(2013

年)〔309・310 頁〕。 (146) 所基通 23~35 共-5の2及び同6の各(注)。 (147) 所基通 23~35 共-5の3及び同6の2は、外国法人から与えられたストック・オ

プションやリストリクテッド・ストックについての取扱いについて触れていない。

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72 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

このように、外国法人から給付されるインセンティブ報酬についてはもちろ

ん、内国法人から給付されるインセンティブ報酬であっても、上記個別規定が

適用されないものについては、いずれも各種所得の収入計上時期を規定する所

法 36 条の解釈に従って判断することになる。

この場合、特例として規定されている措法 29 条の2とは異なり、所令 84 条

が確認的に規定されたものであるとすれば、それが適用されるインセンティブ

報酬と適用されないインセンティブ報酬の各収入計上時期が整合的に理解され

なければならないと考える。

そこで、次章では、インセンティブ報酬における権利確定主義の適用関係を

念頭に置き、外国のインセンティブ報酬の収入計上時期等について判断した裁

判例について分析する。

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73 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

第3章 インセンティブ報酬の課税に関する 裁判例

本章では、所得税法が収入計上時期の原則的基準として権利確定主義を採用

していることを踏まえ、インセンティブ報酬の所得区分等を争う訴訟において、

権利確定主義がどのように適用されていると考えられるのかについて分析する。

具体的には、①ストック・オプションに係る 高裁平成 17 年判決(148)、②そ

の控訴審判決である東京高裁平成16年判決(149)、③ストック・アプリシエイショ

ンライトに係る東京地裁平成 16 年判決(150)、④リストリクテッド・ストックに

係る東京地裁平成 17 年判決(151)、⑤ストック・ユニットに係る東京地裁平成 28

年判決(152)について検討する。

第1節 高裁平成 17 年判決

1 事件の概要等

本件は、米国親法人であるA社から、日本子法人であるB社の役員である

納税者X1に付与されたストック・オプション(本件ストック・オプション)

の権利行使益(本件権利行使益)の所得区分が争われた事件である。

本件ストック・オプションは、A社及びその子会社の役員等に対する精勤

の動機付けなどを目的として付与されるものであり、被付与者の生存中は、

その者のみがこれを行使することができ、本件ストック・オプションを譲渡

したり移転したりすることはできないとされている。被付与者には、付与日

から6ヶ月間の継続した勤務が求められ、1年経過後から順次、権利行使が

可能となる。被付与者とA社グループとの雇用関係が終了した場合には、そ

(148) 三小判平 17 年1月 25 日民集 59 巻1号 64 頁。 (149) 東京高判平成 16 年2月 19 日裁判所ウェブサイト。 (150) 東京地判平成 16 年 10 月 15 日判例タイムズ 1204 号 272 頁。 (151) 東京地判平成 17 年 12 月 16 日訟月 53 巻3号 871 頁。 (152) 東京地判平成 28 年1月 21 日訟月 62 巻 10 号 1693 頁。

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74 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

の終了の日から 15 日間に限り権利行使ができるとされている。

これらのことからすると、本件ストック・オプションは、一般的なインセ

ンティブ報酬としてのストック・オプションであると認められる。

2 判示内容

本件においては、本件権利行使益の所得区分が争点とされていたため、本

判決は、その収入計上時期について明示的な判断は示していない。

ただし、争点である所得区分についての判断の前提として、本件における

事実関係に基づき、「本件ストックオプション制度に基づき付与されたストッ

クオプションについては、被付与者の生存中は、その者のみがこれを行使す

ることができ、その権利を譲渡し、又は移転することはできないものとされ

ているというのであり、被付与者は、これを行使することによって、初めて

経済的な利益を受けることができるものとされている」との事実認定が行わ

れている。

3 検討

本判決の判例解説(153)では、本件権利行使益の所得区分の判断における給

付該当性の問題(本件権利行使益が、付与会社であるA社から納税者X1に

対する給付であるといえるか否かという問題)については、本件ストック・

オプションに係る所得の実現時期をどのように考えるかによって、結論が異

なると説明されている。この説明において、ストック・オプションは権利行

使益を得ることが期待できる権利として経済的価値を有するものであるとし

て、ストック・オプションの付与を受けたこと自体により所得が実現したも

のと考える余地があり、このような考え方に立つ場合には、ストック・オプ

ションの権利行使益を付与会社からの給付として課税関係を考えるのは相当

ではないとする。

(153) 増田稔「判解」 高裁判所判例解説民事篇平成 17 年度(上)39 頁(2008 年)〔50

頁以下〕。

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75 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

しかし、所得税法における所得とは、人の担税力を増加させる経済的利得

であることが必要と解されており、ストック・オプション自体に経済的価値

があるとしても、インセンティブ報酬としてのストック・オプションは、一

般的に、譲渡が禁止され換価可能性のないものであるから、ストック・オプ

ションを付与されたこと自体で被付与者の担税力が増加したと見るのは相当

でなく、権利行使により現実に権利行使益が得られて初めて所得が実現した

と解するのが相当と説明されている。

また、ストック・オプションの付与契約で定められた条件が満たされて、

権利行使が可能となった時点で所得が実現したと解する考え方については、

権利行使が可能となったとしても、権利を行使するか否かは被付与者の自由

な判断にゆだねられているのであるから、その時点で直ちに被付与者の担税

力を増加させる経済的利得があったと考えるのは相当でないとしている(154)。

このように、本判決は、ストック・オプションの権利行使益の収入計上時

期については明示的な判断を示していないのであるが、判例解説によれば、

収入計上時期についての検討を踏まえた上で判断したものと考えられる。た

だし、判例解説においても、いわゆる権利確定主義をそのまま適用したと認

められる説明や、権利の確定という表現は見当たらず、①ストック・オプショ

ンの付与時点、②ストック・オプションの権利行使可能時点、③ストック・

オプションの権利行使時点の、いずれの時点で「所得が実現」したと評価で

きるのかという基準で検討し、本件においては、ストック・オプションの付

与時又は権利行使可能時に所得が実現しているとはいえず、権利行使時に初

めて所得が実現したと判断したものと思われる(155)。

(154) 増田・前掲注(153)〔58 頁〕注 12。 (155) 一原友彦「判批」平成 17 年行政関係判例解説 72 頁(2007 年)〔78 頁〕は、 高

裁平成 17 年判決がストック・オプションの付与時に課税しないとした判断について、

権利確定主義に係る判例( 二小判昭和 49 年3月8日民集 28 巻2号 186 頁)を引

用した上で、「一般的に、『現実の収入』があった場合には、所得税の担税力を増加さ

せる所得の実現があることが当然の前提とされているのであるから、『権利』の取得

それ自体を『現実の収入』とみるためには、それにふさわしい担税力の増加が認めら

れる換価可能性のある『権利』をもって収入する場合であることを要するものと解さ

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76 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

なお、この検討は、「ストック・オプションの付与と権利行使を全体として

みて課税関係を考えることによってこそ、その実体に即した課税が可能にな

るものというべきである」(156)との考え方に基づいて行われたものと考えら

れる。

第2章第1節4で述べたとおり、権利確定主義は、所得の実現時期の判定

における原則的な基準と解されるところ、本判決は、本件ストック・オプショ

ンの収入計上時期について、私法上の権利が確定したのはいつかという観点

からではなく、ストック・オプションというインセンティブ報酬の仕組みに

おいて、所得が実現するのはいつかという観点から判断したもののように思

われる。

第2節 東京高裁平成 16 年判決

1 事件の概要等

本判決は、 高裁平成 17 年判決の控訴審判決であるから、事件の概要等

は、 高裁平成 17 年判決と同じである。ただし、被控訴人である納税者X

1が、ストック・オプションの付与時にストック・オプション自体の経済的

価値を給与所得として課税することは論理的に可能なはずであると主張して

いたため、当該主張に対する判断が示されている。

2 判示内容

(1)本判決は、ストック・オプションの権利行使益の収入計上時期に関する

納税者X1の上記主張に対し、所法 36 条1項がいわゆる権利確定主義を

採用しているものと解されるとした判例(157)を引用した上で、「ストック・

れる。」とした上で、ストック・オプションの取得そのものは「現実の収入」には当

たらず、権利行使益が「現実の収入」として所得が実現すると解するのが相当と説明

している。 (156) 増田・前掲注(153)〔51 頁〕。 (157) 二小判昭和 49 年3月8日民集 28 巻2号 186 頁。

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77 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

オプションは、株式の売買の一方の予約又はこれに類似する法律関係から

発生した予約完結権であり、それ自体は、株式の引渡しを請求できる権利

ではなく、株式譲渡契約を成立させることのできる権利にすぎないので

あって、譲渡が禁止され、換価可能性もないのであるから、このようなス

トック・オプション自体が所得税の担税力を増加させる経済的利益たる『所

得』に該当し、その付与によって被付与者に現実の収入があったとみるこ

とはできないし、その付与時に現実の収入の原因となる権利を被付与者が

取得したものということもできない。」と判示して、ストック・オプション

の付与時課税を否定している。

(2)本判決は、ストック・オプションと権利行使益との関係等について、「ス

トック・オプション自体とその権利行使益とは、別個のものであり、付与

時にストック・オプションの移転があったとすれば権利行使時に付与者か

ら被付与者に対する権利行使益相当額の経済的利益が移転することはあり

得ないとか、後者は前者が値上がりしたものであるということはできない

のであって、両者の間に、前者が所得税法 28 条1項にいう給与所得に該

当するとすれば後者が給与所得に該当しないことになるというような論理

的な関係はないというべきである。」と判示している。

3 検討

(1)本判決は、納税者X1によるストック・オプションの収入計上時期に関

する主張に対し、所法 36 条1項がいわゆる権利確定主義を採用した規定

であるとする判例を引用して判断しているが、具体的な当てはめにおいて

は、 高裁平成 17 年判決と同様、「権利の確定」という表現は使われてい

ないため、本判決において、権利確定主義が収入計上時期の判断基準とし

てどのように機能しているのかは直接には読み取れない。

この点に関しては、本判決が引用した上記判例は、所法 36 条1項が「収

入すべき金額」と規定していること(すなわち権利確定主義が採用されて

いること)につき、「現実の収入がなくとも、その原因たる権利が確定的に

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78 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

発生した場合には、その時点で所得の実現があったものとして、課税所得

を計算する」と判示しており、これによれば、収入計上時期の検討に当たっ

ては、「現実の収入」があった場合と、現実の収入がなく、「収入の原因と

なる権利」が発生した場合とを、区別して考える必要があるのではないか

と思われる。

本判決と同様にストック・オプションの権利行使益の所得区分等が争わ

れた別件判決に係る判例研究(158)においても、権利確定主義に係る判例(159)

などからすると、「現実収入」と「収入の原因となる権利」とは別個である

とし、「現実収入」の代表例は金銭や不動産であり、金銭引渡請求権(金銭

債権)や資産引渡請求権が「収入の原因となる権利」であり、金銭債権を

現実収入とは捉え難いとしている。問題は、「収入の原因となる権利」自体

が「現実収入」に該当することがあり得ることであり、ストック・オプショ

ン(新株予約権等)においても、それ自体が「新株(現実収入)を受領す

る権利、すなわち収入の原因となる権利なのか、それともそれ自体現実収

入なのか、という問題」があると指摘している。そして、権利確定主義に

よれば、「収入の対象となる金銭や資産の受領権が初めて生じた時には、受

領権そのものは現実収入にはならず、後にその受領権が確定した場合に収

入金額が生じる」のであり、「金銭や資産の受領権そのものが現実収入にな

る余地はあるが、それはそのような受領権が証券化されるなど(例えば、

手形や小切手)の処分可能な場合(あるいはすでに処分されたことがある

もの)である。」とする。ただし、権利確定主義は、「現実収入」と「収入

の原因となる権利」の区別が明白である場合の問題であり、その区別が明

白ではないストック・オプションのような事例には権利確定主義はふさわ

しくないとも指摘している。

このように考えると、「収入の原因となる権利」が観念できる場合には権

(158) 高橋祐介「ストックオプションの権利行使益が一時所得とされた事例」税法学 549

号 163 頁(2003 年)〔182-184 頁〕。 (159) 二小判昭和 53 年2月 24 日民集 32 巻1号 43 頁。

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79 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

利確定主義が適用されることになるが、「現実収入」があったときに権利確

定主義を適用して収入計上時期の判断を行なうか否かは、消極的に考える

べきであるようにも思われる。

(2)本判決は、具体的な当てはめにおいて、「現実収入」と「収入の原因とな

る権利」を区分して検討を行なったように思われる。すなわち、ストック・

オプションという権利の付与時点では、まず、ストック・オプションとい

う権利自体が「現実の収入」(担税力を増加させる経済的利益たる「所得」)

に該当するか否かを検討し、次に、ストック・オプションという権利が所

得を実現させる「収入の原因となる権利」に該当するか否かを検討した結

果、そのいずれにも該当しないと判断して、ストック・オプションの付与

時には課税しないとの結論を導き出したものと考えられる。本判決がその

ように判断した理由は、本件ストック・オプションには換価可能性がない

ため「現実の収入」には該当せず(160)、ストック・オプションとしての仕

組みを全体としてみた場合、ストック・オプションの権利行使により発生

する株式の引渡請求権が「収入の原因となる権利」であって、ストック・

オプション自体は、「収入の原因となる権利」を生じさせる権利にすぎず、

「収入の原因となる権利」ではないと考えたことによるものと思われる。

このように考えると、ストック・オプションの付与時を収入計上時期と

しない判断において、権利確定主義が直接適用されているわけではなく、

むしろ権利確定主義が適用される場面ではないことが、付与時に課税しな

い理由になっているとも考えられるのであり、この点が判決理由における

権利確定主義の適用関係を分かりにくくしていた理由かもしれない。

なお、ストック・オプションの権利行使が可能となった時に課税しない

理由についても付与時と同様であるとする別件の東京高裁判決(161)が存す

(160) 酒井克彦「租税判例研究 親会社ストック・オプションの権利行使益に係る所得

区分(下)-東京高裁判決(平成 16 年2月 19 日判決)の検討を中心にして-」税

務事例 36 巻6号1頁(2004 年)〔4頁〕は、ストック・オプション自体に流通性が

あり、市場が確立されている場合には、付与時に課税すべきであるとしている。 (161) 東京高判平成 16 年 10 月 28 日税務訴訟資料 254 号順号 9801。

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80 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

るのであるが、ストック・オプションは法的には形成権であり、それを行

使するまでは権利行使益を取得するかどうかについて不確定であり、収入

実現の蓋然性が高いとはいえないことを理由とする見解も示されてい

る(162)。

(3)本判決は、ストック・オプション自体が付与時に給与所得として課税さ

れることと、権利行使益の所得区分との間には関係がないかのように判示

しており、これは、前述した 高裁平成 17 年判決の判例解説に示された

考え方(ストック・オプションの付与時に所得が実現するという考え方に

立つ場合には、権利行使益は付与会社からの給付とみることは相当でない

とするもの)とは異なるように思われる。

本判決も 高裁平成 17 年判決も、ストック・オプションの譲渡が禁止

され、換価可能性がないことなどを理由として、その付与時に課税すべき

ではないとの結論を導き出しているところ、仮に、譲渡が制限されず、換

価可能性がある場合には、付与時に課税されると考えられ、その後、権利

行使された場合の権利行使益(権利行使により取得する株式の価額から、

付与時に給与所得として課税された額と権利行使の際の払込金額との合計

額を控除した残額)についてどのように課税すべきかは、改めて検討する

必要があると考える。

第3節 東京地裁平成 16 年判決

1 事件の概要等

本件は、①米国親法人であるC社から日本子法人であるD社に勤務する納

税者X2に付与されたストック・オプション(本件ストック・オプション)

の権利行使益及び②ドイツ親法人であるE社から日本子法人であるF社に勤

務する納税者X2に付与されたストック・アプリシエイションライト(本件

(162) 酒井・前掲注(160)〔4・5頁〕。

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81 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

ストック・アプリシエイションライト)の権利行使益の所得区分が争われた

事件である。

ストック・アプリシエイションライトとは、ストック・オプションのよう

に権利行使価格の払込みをしないで、権利行使時の株式の市場価格と権利行

使価格との差額に相当する額の金銭(163)を取得することができる権利である。

本件ストック・オプションは、その趣旨、目的及び制度の内容からすると、

一般的なインセンティブ報酬としてのストック・オプションであることが認

められる(164)。

本件ストック・アプリシエイションライトは、E社及びその子会社の役員

等に対する精勤の動機付けなどを目的として付与されるものであり、その譲

渡は制限されている(165)。被付与者は、平成○年6月 30 日、9月 30 日等の

あらかじめ定められた日にのみ、その権利を行使することが可能とされ、権

利を行使すると上記相当する額の金銭が支払われる(166)が、これらのいずれ

の日にも行使しなかったストック・アプリシエイションライトは失効する。

本件ストック・アプリシエイションライトが付与されてからそれが行使でき

る 初の日までの間に、被付与者が従業員としての地位を失った場合にも権

利は失効するが、行使可能なストック・アプリシエイションライトを行使せ

ずに雇用関係が終了したときは、引き続き権利行使は可能とされている。

これらのことからすると、本件ストック・アプリシエイションライトは、

一般的なインセンティブ報酬としてのストック・アプリシエイションライト

と、基本的な仕組みにおいて大きな違いはないということができる。

(163) 当該相当額に対応する株式の交付を受けることも可能とされるが、本稿では、ス

トック・アプリシエイションライトを金銭報酬に分類して研究を進める。 (164) したがって、 高裁平成 17 年判決の判示を適用することができる事例であると考

える。 (165) 本件ストック・アプリシエイションライトは、E社の常務会の書面による同意が

なければ、遺言又は相続による以外に、譲渡することができないとされている。 (166) 本件では、金銭の支払業務は、E社ではなく、E社と契約した別のドイツ法人が

行うこととされている。

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82 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

2 判示内容

本判決は、まず、本件ストック・オプションの権利行使益の所得区分につ

いて判断し、次に本件ストック・アプリシエイションライトの権利行使益の

所得区分についての判断を行っているものの、本件における争点が権利行使

益の所得区分であったため、権利行使時を収入計上時期とすべき理由につい

ての説明は見当たらない。

ただし、本判決は、ストック・オプション自体を所得とみる考え方すなわ

ちストック・オプションの付与時課税については、「ストックオプション制度

におけるストックオプションそれ自体には、譲渡禁止特約が付いているので、

その交換価値は存在していない。したがって、ストックオプションに基づい

て従業員等が現実的収入を得るためには、ストックオプションを行使する方

法しかあり得ないのであるが、通常、ストックオプションの権利行使価格は、

付与時における株価と近似しているため(そうでなければ、長期インセンティ

ブ報酬としての意味がない。)、ストックオプションを付与された時点におい

てこれを行使しても、経済的利益は生じない仕組みとなっている。しかも、

一定の期間を経てから、一定の条件の下でなければこれを行使することがで

きないこととされているのであるから、直ちにこれを行使して、経済的利益

を得ることは、その契約内容からも不可能となっている。そして、将来、そ

のような条件等に従って従業員等が権利行使をしたことにより取得した権利

行使益は、付与を受けた時点におけるストックオプションそれ自体の価値と

は大きく異なるものであることは明らかである。そうだとすると、このよう

なストックオプションそれ自体が、ストックオプションの付与を受けた時点

で、担税力を増加させる経済的利得たる『所得』に該当するとは、解し難い」

と判示している。

そして、納税者X2が、「ストックアプリシエイションライトの付与から従

業員等によるストックアプリシエイションライトの行使に至るまでの一連の

流れについて見た場合、従業員等が会社から受け取ったのは、ストックアプ

リシエイションライトそれ自体であって、権利行使益は、既に受領したストッ

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83 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

クアプリシエイションライトを従業員等の側において運用して得たものにす

ぎない」などと主張したことに対し、本判決は、ストック・オプションに係

る上記判示などをそのまま引用して、納税者X2の当該主張を排斥している。

3 検討

(1)ストック・アプリシエイションライトの仕組みは、ストック・オプショ

ンにおける権利行使益に相当する額を金銭で支払うというものであり、支

給されるものが金銭か株式かの違いはあるが、基本的な仕組みは同じと考

えることができる(167)。ストック・アプリシエイションライトでは、上記

の権利行使益に相当する額を、金銭で受領するか、株式で受領するか、又

はそれらを組み合わせて受領するかを選択することができる場合があると

され、ストック・オプションと抱合せの形(ストック・アプリシエイショ

ンライトとストック・オプションのいずれか一方を行使した場合は、行使

されなかった他方の部分は失効する形)で利用されることが多いとされて

いる(168)のも、このように基本的な仕組みが一致するためであろうと推察

できる。

本判決が、ストック・アプリシエイションライトの付与時に課税すべき

とする納税者X2の主張を、ストック・オプション自体の付与時に課税し

ない理由と全く同じ理由で排斥したことも、両者の仕組みの類似性に基づ

くものと考える。

(2)ストック・アプリシエイションライトをストック・オプションの金銭報

酬版と考えると、ストック・アプリシエイションライト自体は、権利行使

により金銭報酬を受けることができる権利であると考えられる。権利であ

る以上、ストック・アプリシエイションライト自体にも何らかの経済的価

値があると考えられるが、その譲渡は制限されており、換価可能性がある

(167) ストック・オプションは金銭報酬ではなく、権利行使時の払込金額と受領した株

式の市場価額との差額が経済的利益として収入金額となる点が、ストック・アプリシ

エイションライトとは異なる。 (168) 園田・前掲注(11)〔19 頁〕。

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84 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

とは認められない。したがって、ストック・オプションと同様、付与時に

は課税しないとの結論は妥当と考える。

この点について、「現実の収入」と「収入の原因となる権利」とを区別し

て考えると、ストック・アプリシエイションライトの付与時においても、

ストック・オプションと同様に、まず、ストック・アプリシエイションラ

イトの付与自体が「現実の収入=担税力を増加させる所得」に該当するか、

次に、ストック・アプリシエイションライト自体が「収入の原因となる権

利」に該当するか、について検討することになる。

そうすると、ストック・アプリシエイションライトには換価可能性がな

いため、その付与によって担税力を増加させる現実の収入があったとはい

えない。また、ストック・アプリシエイションライトというインセンティ

ブ報酬の仕組みにおいては、 終的に報酬としての金銭の支払が想定され

るので、この場合の「収入の原因となる権利」は、当該金銭の支払請求権

であると考えられる。しかし、ストック・アプリシエイションライト自体

は金銭の支払請求権ではなく、それを行使することによって、報酬として

の金銭の支払請求権を発生させる権利にすぎない。したがって、ストック・

アプリシエイションライトの仕組みを全体としてみると、ストック・アプ

リシエイションライト自体は「収入の原因となる権利」には該当しないと

考えられる。

以上の検討の結果、ストック・アプリシエイションライトの付与時には

課税しないこととなる。

(3)このように考えると、本判決が、ストック・オプションの付与時に課税

しないとした理由を、ストック・アプリシエイションライトについてもそ

のまま引用したことは、これらのインセンティブ報酬の仕組みの類似性を

前提とした妥当な判断であると考えられる。

これらのインセンティブ報酬は、 初に換価可能性のない権利が付与さ

れ、一定期間経過後にその権利を行使することによって、株式の引渡請求

権又は金銭の支払請求件を取得するというものであり、条件を満たさない

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85 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

場合は権利が失効するなど、報酬又は経済的利益が取得できない仕組みと

なっている。この仕組みを採るインセンティブ報酬としては、ファントム・

ストック及びパフォーマンス・キャッシュ等の金銭報酬のほか、ユニット

型のパフォーマンス・シェア・ユニットやリストリクテッド・ストック・

ユニット等の株式報酬を挙げることができる。そうすると、このように基

本的な仕組みが類似するインセンティブ報酬については、本判決と同様の

検討・判断を行なうことによって、換価可能性のない権利の付与時ではな

く、権利行使時に権利行使によって得た利益を課税の対象とするという結

論を導き出すことが可能と思われる。

第4節 東京地裁平成 17 年判決

1 事件の概要等

本件は、米国親法人であるG社から日本子法人であるH社の役員である納

税者X3に付与されたリストリクテッド・ストック(本件リストリクテッド・

ストック)に係る経済的利益(本件利益(169))の所得区分及び収入計上時期

が争われた事件である。

リストリクテッド・ストックとは、譲渡制限の付された株式であり、会社

が役員等にインセンティブ報酬として付与する場合は、一定期間の勤務等が

譲渡制限解除の条件とされる。譲渡制限期間中は、株式を処分することはで

きず、また、制限期間中に、任期満了や死亡等以外の理由で雇用関係等が終

了した場合は、原則として、付与された株式を返還しなければならないとさ

れる(170)。

本件リストリクテッド・ストックは、G社が、基幹従業員としての納税者

X3との雇用を継続するためのインセンティブを与えることを目的として付

(169) 本判決では、譲渡制限解除時の株式の市場価格を「本件利益」と定義しているが、

収入計上時期が譲渡制限解除時ではないとすれば、株式の市場価格すなわち「本件利

益」の金額も異なる結果となる。 (170) 矢澤圭一「判批」訟務月報 53 巻3号 871 頁(2007 年)〔878・879 頁〕。

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86 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

与されたものであり、あらかじめ定められた「業務が完了する日」までの間、

納税者X3がG社の基幹的地位等に留まり、継続的にフルタイムの勤務形態

で雇用契約を継続した場合、同日において同ストックに係る全ての権利が納

税者X3に帰属するとされている。ただし、同日までは同ストックを売却、

入質又は移転することはできず、同日までの間に、納税者X3が死亡等以外

の理由で退職、休職又は同業務に関連しない別の地位に就いた場合には、同

ストックは没収されることとされている。

これらのことからすると、本件リストリクテッド・ストックは、雇用契約

の継続を目的とするインセンティブ報酬としてのリストリクテッド・ストッ

クであるということができる。

2 判示内容

(1)本判決は、本件リストリクテッド・ストックの付与契約によれば、譲渡

制限の解除日(帰属確定日)において、同ストックに係る全ての権利は納

税者X3に帰属するものとされているのであるから、同ストックに係る権

利が 終的に納税者X3に帰属したのは同解除日であるとの解釈を許容し

得るとしながら、①同付与契約では、納税者X3は、同ストックの付与日

以降、それを売却等する権利を除く全ての株主権を有するとされ、②納税

者X3名義で譲渡制限株主帳簿に記入・登録され得るとされ、③納税者X

3が譲渡制限期間中に退職等したときは、同ストックは没収されるとされ

ていることに照らすと、納税者X3は、同ストックに係る株主としての権

利を、その付与によって取得した可能性も否定できないと判示している。

(2)本判決は、〔1〕本件リストリクテッド・ストックの譲渡制限の解除に

は、雇用関係の継続等の条件が付されており、これに反したとき同ストッ

クは没収されるという不確定な権利が認められているにすぎないこと、

〔2〕同ストックを処分することは、事実上不可能であったこと、〔3〕同

ストックには、株式買取請求権等の行使は想定されていなかったと解され

ること、〔4〕譲渡制限解除前の同ストックは市場価格が形成されないもの

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87 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

であると認められること、〔5〕譲渡制限の解除は、納税者X3の業務遂行

に対する対価としての意味があると認められること、という5つの事実認

定を行い、譲渡制限の解除に至るまでの間の納税者X3は、形式上、G社

の株主であるとはされているものの、その保有する株式を処分することも、

株式買取請求権等を行使してその価値を取得することも不可能な状況に置

かれていたものであるから、このような時点において、株式の経済的価値

を取得するに至ったと評価することはできず、むしろ、本件リストリクテッ

ド・ストックに係る経済的利益の取得は、譲渡制限の解除によって初めて

現実化したものであって、その年分の所得として認識するのが相当である

として、本件利益の収入計上時期は譲渡制限の解除時となるとの結論を導

き出している。

(3)本判決は、仮に、本件リストリクテッド・ストックの付与日に同ストッ

クに係る経済的利益を納税者X3が取得したと考えると、納税者X3は、

現実には株式の価値に相当する利益を取得する手段が全くないにもかかわ

らず、付与日の株価を基準として算出した所得に対応する多額の所得税の

納税義務を負うこととなり、このような結論は、納税者X3にとって酷と

いわざるを得ないとして、譲渡制限解除時課税を相当と判示し、これに対

する納税者X3の「権利等の換価可能性は必ずしも所得課税の要件とされ

ているものではない」との主張に対しては、「換価可能性は所得課税の担税

力を裏付けるものとしても重要であって、換価可能性ないし経済的評価可

能性の全く認められない段階で課税することは、納税者にとってもかえっ

て酷な結果を招く」として、納税者X3の同主張を排斥した。

また、納税者X3が、「我が国において勤務会社から譲渡制限のない株式

あるいは譲渡制限の付された株式を付与された場合にその付与された時点

での株価相当額が給与所得として課税されることとの整合性がない」と主

張したことに対しては、本判決は、「前者については適正な市場価格による

処分が可能であるし、後者については裁判所により適正な売買価格が決定

され換価され得るものである」(平成 17 年法律 87 号による改正前の商法

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88 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

204 条の5)という譲渡制限解除前の本件リストリクテッド・ストックと

の相違を指摘して、納税者X3の同主張を排斥した。

3 検討

(1)本判決は、本件利益に係る所得の帰属年分(収入計上時期)について、

所法 36 条1項がいわゆる権利確定主義を採用したものであることを指摘

し、「収入の原因となる権利が確定する時期は、それぞれの権利の特質を考

慮し決定されるべきものである」とする判例(171)を引用した上で、本件利

益の収入計上時期は、譲渡制限の解除時であると判断している。

しかし、前述したストック・オプションに係る裁判例と同様、本判決も

具体的な当てはめにおいて、「権利の確定」という表現は使っていないため、

本件の検討・判断において、権利確定主義がどのように機能したのかは必

ずしも明らかではない(172)。

本判決が上記判例を引用していることからすると、本件リストリクテッ

ド・ストックに係る権利の特質について検討することによって結論を得よ

うとしたようである(173)が、前記2(1)の判示のとおり、本判決は、本

件リストリクテッド・ストックに係る権利が納税者X3にどのように帰属

したのかについて、その付与契約の内容を検討しても結論を得ることはで

きなかったのである。

そこで、本判決は、本件リストリクテッド・ストックという仕組みにお

いて、納税者X3が有しているのは、条件によって没収されることがあり

(171) 二小判昭和 53 年2月 24 日民集 32 巻1号 43 頁。 (172) 矢澤・前掲注(170)〔879 頁〕では、「本判決は、親会社である米国法人から付与さ

れたリストリクテッド・ストックの譲渡制限が解除されたことによる利益が給与所得

に該当するとし、また、その利益の課税時期については、権利確定主義を前提に、そ

の具体的な権利の確定時期を、リストリクテッド・ストックが付与された時ではなく、

その譲渡制限解除時であると判断した点に意義があ」るとされている。 (173) 矢澤・前掲注(170)〔877 頁〕も、「本件利益に係る所得の帰属年分を検討するに当

たっては、そもそも本件リストリクテッド・ストックの法的性質をどのように考える

かが問題となる。」と指摘しており、この点に係る納税者X3の主張と課税庁の主張

が異なるものであったことを明らかにしている。

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89 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

得る不確定な権利にすぎないことや、本件リストリクテッド・ストックの

換価可能性及びその市場価値などに係る5つの認定事実を考慮し、本件リ

ストリクテッド・ストックに係る経済的利益が初めて現実化する時期は譲

渡制限の解除時であるとして、これを収入計上時期と判断したものと思わ

れるが(174)、これらの各事実が、権利確定主義を適用する上でどのように

考慮されたのかは不明である。

(2)本判決は、上記5つの認定事実に基づき結論を導き出しているのである

が、その思考過程における所法 36 条1項及び2項との関連については、

①納税者X3が本件リストリクテッド・ストックに係る権利を取得したの

は同ストックの付与日であるものの、上記契約の実態に即しその収入すべ

き金額の帰属時期を譲渡制限の解除時とするか、②同ストックに係る株主

権のうちこれを換価・譲渡する権利は譲渡制限の解除時に取得したとして、

その権利取得時を収入の帰属時とするか、③本件利益は同条1項の経済的

利益に該当し、それが発生した譲渡制限の解除時を収入の帰属時とするか

は、説明の仕方の相違にすぎないとしている。

しかし、本判決が示す上記3通りの考え方では、収入を構成するものが、

①は株主としての権利、②は株式の処分権、③は経済的利益と、それぞれ

異なっている。本判決は、いずれの考え方でも結論は変わらないとするよ

うであるが、この点が明確でないため、本件において権利確定主義がどの

ように適用されたのかが曖昧になっているのではないかとも思われる。

そこで、リストリクテッド・ストックが、第2章第1節7で述べた権利

確定主義を適用すべき場合のいずれに当たるかを検討してみると、リスト

リクテッド・ストックの仕組みにおいては、始めに株式が交付され、当該

交付された株式自体が 終的に「収入」を構成すると考えられるので、ⅰ)

収入が金銭で支払われる場合又はⅲ)収入となる経済的利益が資産の低額

譲渡の形態で享受される場案には該当せず、ⅱ)収入として金銭以外の資

(174) 渡辺・前掲注(142)〔33 頁〕は、本判決が上記5つの認定事実を重視しているとさ

れる。

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90 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

産(株式)が交付される場合に該当するように思われる。

この場合に権利確定主義を適用するとすれば、「収入」となる株式の交付

を受ける権利が確定したとき、すなわち実際に株式が交付されるときより

前の時点が収入計上時期になると考えられる。しかし、本判決は、株式の

交付時又はそれ以前ではなく、譲渡制限の解除時を収入計上時期と判断し

ていることからすると、本件リストリクテッド・ストックについて、上記

ⅱ)の場合に該当するとして権利確定主義を適用したものではないことと

なる。

そうすると、リストリクテッド・ストックについては、上記権利確定主

義を適用すべき場合(上記ⅰないしⅲ)のいずれにも当たらないことにな

る。

(3)ところで、本判決がリストリクテッド・ストックについて譲渡制限の解

除時に課税するとした考え方は、 高裁平成 17 年判決と軌を一にすると

の指摘があり(175)、その理由については、「行使制限が解除された後に非適

格ストック・オプションを行使して株式を取得した状態と、リストリクテッ

ド・ストックの譲渡制限が解除された状態は、制限を付されていない株式

が役員等の手元にあるという意味において、その経済状態が等しいからで

ある。すなわち、いつでも株式の譲渡が可能となったのであり、そのとき

をもって課税時期とするという考え方である。」とする。

前述のとおり、 高裁平成 17 年判決の判例解説においてもストック・

オプションの収入計上時期の検討に当たって「権利の確定」という表現は

使用されておらず、どの時点で「所得が実現」したと評価できるのかとい

う基準で検討したものと考えられるところ、本判決が、本件リストリクテッ

ド・ストックに係る譲渡制限が解除される前の時点においては「株式の経

済的価値を取得するに至ったと評価することはできず、むしろ、本件リス

トリクテッド・ストックに係る経済的利益の取得は、本件制限解除によっ

(175) 渡辺・前掲注(67)〔254・255 頁〕。

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て初めて現実化したものであって、その年分の所得として認識するのが相

当である」と判示したのも、 高裁平成 17 年判決と同様の基準で判断し

たものと考えられる。

(4)本判決は、本件リストリクテッド・ストックの換価可能性について、「所

得税の担税力を裏付けるものとして重要」と判示しているところ、譲渡制

限の解除時を収入計上時期と判断した理由は、譲渡制限の解除により担税

力が生じ、その時点で所得の実現を認めたものと考えることができる。

第5節 東京地裁平成 28 年判決

1 事件の概要等

本件は、米国親法人であるI社から日本子法人であるJ社の役員である納

税者X4ら(176)に付与されたストック・ユニット(本件ストック・ユニット)

に係る経済的利益(本件株式報酬)の収入計上時期が争われた事件である(177)。

本件ストック・ユニットは、将来においてI社の株式の交付を受ける権利

であり、本件ストック・ユニットの付与後、一定期間(おおむね2年ないし

3年程度)の経過により順次確定し、その後の転換予定日にI社の株式に転

換され、株式が交付される仕組みとなっている。

本件ストック・ユニットは、I社及びその子会社の役員等を対象に、報奨

を与え、I社株式の所有を勧奨することにより、その雇用を継続させ、精勤

の動機付けとすることなどを目的として付与されるものであり、被付与者の

死亡等の場合以外は、これを譲渡したり移転したりすることはできないとさ

れており、市場性もない。また、被付与者との雇用が、死亡等以外の理由で

終了した場合、未確定のストック・ユニットは取り消され、ストック・ユニッ

トが確定した場合であっても、被付与者が競合他社への就職等の競合する活

(176) 本件においては、複数の納税者が原告となっている。 (177) 本件では、他に株式報酬の収入金額の計算の基礎となる株価を、収入計上日の証

券市場における終値とすべきか、同日の高値と安値の平均値とすべきかについても争

われているが、本稿ではその点を取り上げない。

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92 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

動に従事した場合等には取り消されることとされている。

これらのことからすると、本件ストック・ユニットは、インセンティブ報

酬としての性格を有する株式報酬であるということができる。

ところで、本件では、本件ストック・ユニットに係る譲渡制限とは別に、

いわゆるインサイダー取引の防止等を目的とする一定期間の取引制限(178)が

I社株式について課されており、本件ストック・ユニットは、当該取引制限

期間内に転換されたが、当該期間中にI社株式の株価が暴落したため(179)、

納税者X4らは、当該制限期間が解除されたときが本件株式報酬の収入計上

時期であると主張したものである。そのため、本件においては、当該取引制

限を本件株式報酬の収入計上時期の判断において考慮する必要があるか否か

が主な争点となっている。

2 判示内容

(1)本判決は、所法 36 条1項がいわゆる権利確定主義を採用した規定であ

り、権利が確定する時期は、それぞれの権利の特質を考慮して決定される

べきるとする判例(180)を引用した上で、権利確定主義の適用に関し、「所得

税法は、人の担税力を増加させる経済的利得は全て所得を構成するという

包括的所得概念を採用していると解されるところ、包括的所得概念の下で

は、人が当該経済的利益を得ることについて法的な権利を観念することが

できない場合であっても、当該経済的利益を現実に得たときには、収入が

あったものとして扱うべきことになる。この場合は、権利確定の時期をもっ

て収入金額の計上時期を画する権利確定主義を適用することはできないが、

このような場合があることをもって、同法 36 条1項が権利確定主義を採

用しているとの解釈が左右されるものではない。」と判示している。

(178) この取引制限も、株式の譲渡を制限するものであるが、インセンティブ報酬にお

ける譲渡制限と区別するため「取引制限」と表記することとする。 (179) いわゆるリーマンショックによる暴落である。 (180) 二小判昭和 53 年2月 24 日民集 32 巻1号 43 頁。

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93 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

(2)本判決は、本件ストック・ユニットは、その転換後にI社株式の交付を

受けることができる権利であるが、その譲渡は禁止され、市場性もないこ

とから、金銭的に測定可能な経済的価値を有していたとは認められないと

判示した上で(181)、次のような事実認定を行い、納税者X4らは、本件ス

トック・ユニットの転換日において、金銭的に測定可能な経済的価値を有

するI社株式を取得することができる権利を確定的に取得したものと評価

することができるのであるから、同転換日に収入の原因となる権利が確定

したものというべきであり、本件株式報酬の収入計上時期は同転換日であ

るとの結論を導き出している。

本判決が、上記結論の前提とした事実認定は、①米国における源泉徴収

税額相当額の計算が、本件ストック・ユニットの転換日におけるI社株式

の株価に基づいて行われていること、②I社のコンプライアンス部門のエ

グゼクティブ・ディレクターは、転換とは、ストック・ユニットに対応す

るI社株式を引き渡すべき契約上の義務がI社に発生し、I社株式を受領

することのできる被付与者の権利がフィックスされることを意味し、換言

すれば、転換日とは、転換されたストック・ユニットに対応するI社株式

を支払うべきものになる日であるとしていること、③I社は、転換日前の

メールにより、納税者X4らに対し、本件ストック・ユニットの一部につ

いて予定転換日を繰り上げられ、繰り上げられた転換日に確定し、I社株

式が引き渡されること、転換時のI社株式の価額が一株 43.075 米国ドル

(転換日におけるニューヨーク証券市場の終値)であることなどが通知さ

れていること、④同通知では、転換後のI社株式のデリバリー(引渡し)

は基本的に5営業日以内に完了するとされおり、実際にもおおむね速やか

に納税者X4らの証券口座へのデリバリーが行われたこと、⑤納税者X4

らのうちの1名が、I社との個別合意に基づいて、ストック・ユニットの

(181) 本件では、本件ストック・ユニットが付与された時点で課税すべきか否かは問題

とされていないのであるが、本判決は、この判示部分でそれを否定したものと考えら

れる。

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94 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

一部につき現金での支給を申請しており、実際にストック・オプションの

40%相当分について、転換日におけるI社株式の価額に基づいて計算され

た金額の現金支給を受けていることなどである。

(3)本件において、納税者X4らは、転換日の時点においては、そもそもI

社株式のデリバリーも受けていない等、I社株式に係る収入金額の換価可

能性及び納税資金を含む資金の処分可能性も一切有していなかったため、

同日の時点で、納税者X4らの当該収入に係る所得については、収入実現

の高度の可能性や蓋然性があるとはいえず、「所得の実現」を認めることは

できないから、当該所得に係る収入計上時期は同日ではあり得ない旨を主

張した。

これに対し、本判決は、米国法の専門家らの意見によれば、株式のデリ

バリーを受けていない時点において、株式の実質的所有者として議決権等

を取得することができるかについては消極的に解さざるを得ないとしなが

ら、「所得税法 36 条1項が権利確定主義を採用したものであることは前記

で説示したとおりであるところ、同項が、金銭とは別に、金銭以外の物又

は権利その他経済的な利益それ自体をもって収入の対象としていることは

明らかであるから、かかる経済的価値がその価額を確定し得る状況の下で

個人に流入したといえるだけの具体的な事情がある場合には、当該個人に

現実の収入があるものと評価することができ、その時点において、何らか

の制約により当該経済的価値を直ちに金銭に換価し得なかったとしても、

そのことのみにより収入のあることが否定されることにはならないと解す

るのが相当である。上記の制約には、その生じる根拠、目的、内容、収入

実現に係る他の事情との関係等において様々なものがあり得るところであ

り、それらのいかんによって、収入実現過程における当該制約の意味合い

やそれが収入の対象たる利益の内容に与える影響等も異なり得るのである

から、収入の有無を判断するに当たっては、それらの諸事情を考慮した上

で、当該制約により上記経済的価値の流入を否定すべき特段の事情がある

といえるかどうかが検討されるべきである。そして、権利確定主義とは、

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95 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合には、

その時点で所得の実現があったものとして、権利確定の時期の属する年分

の課税所得を計算するという建前であるから、上記経済的価値を得るため

の権利を行使し得ることが確実になった段階で、収入の原因となる権利が

確定するものと解するのが相当である。」と判示した上で、I社の納税者X

4らに対するI社株式の支払債務が遅くとも転換日には確定し、納税者X

4らが「物又は権利その他経済的な利益」に相当するI社株式を取得する

ことができる権利を確定的に取得しているということができる以上、納税

者X4らが転換日において、I社株式又はそのセキュリティ・エンタイト

ルメント(証券についての権利)を取得しておらず、また、I社株式の実

質的所有者としての各権利を取得していなかったことは、本件株式報酬に

係る給与所得等の収入すべき日が転換日であるとの認定を左右しないもの

というべきであるとして、納税者X4らの上記主張を排斥した。

(4)また、納税者X4らは、I社株式に課された取引制限は、ウインドウ・

ピリオド(取引可能期間)の初日に解除されるまで継続しており、納税者

X4らは、その間、極めて強力な拘束力及び実効性を伴った同取引制限に

服していたことになり、仮にI社株式のデリバリーが転換日の翌日以降の

いずれかの時点で完了していたとしても、納税者X4らは、同取引制限の

解除日の前日までの間は、I社株式に係る収入金額の換価可能性及び納税

資金を含む資金の処分可能性(使用可能性)も一切有していない旨主張し

ている。

これに対し、本判決は、納税者X4らが同取引制限に極めて強固に服し

ていたことは認めた上で、①同取引制限は、従業員の個人的取引に関連し

た法律上、業務上及び倫理上の紛争を防止し、機密情報が濫用されないよ

う保護し、不都合な事態の出現を回避すること等の目的で設けられたもの

であり、従業員本人及びその配偶者等を対象として、同人らがI社内外の

全ての証券口座において保有する株式等の取引に関して、一定のガイドラ

インや制限事項を定め、広範囲にその取引の一定の制限を行うものであり、

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96 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

特にI社株式の取引制限については、インサイダー取引の規制ルールの遵

守を促進するための効果的な慣行としてI社が自主的に定め、ウインド

ウ・ピリオド以外の期間のI社株式の取引を社内規範、規制として、自主

的に制限しているものであり、かかる取引制限は、従業員等に対する規制

にすぎないものであって、本件ストック・ユニットの転換により取得した

I社株式自体は、I社株式がニューヨーク証券市場に上場している普通株

式であって、譲渡制限株式と異なり、株式それ自体に何らかの留保が付さ

れているわけではなく、また、従業員等が同取引制限等に違反して、I社

株式を譲渡したとしても、本件ストック・ユニット自体が取り消され、又

は、ストック・ユニットの転換そのものが無効とされ、若しくは、取り消

されることはない性質のものであるから、同取引制限それ自体は、I社株

式自体について特別に制限を加えるものではないこと、②ウインドウ・ピ

リオドによる取引制限は定期的に到来するものであり、株式取得のために

課される譲渡制限とも、株式自体に対する譲渡制限とも本質的に異なるも

のであること、③所得税法は、いずれの所得についても、その金額を収入

金額又は総収入金額として規定し(所法 23 条ないし 35 条)、所得を「収

入」、すなわち、経済的価値の外部からの流入と捉えているところ、この経

済的価値の外部からの流入は、必ずしも金銭に限られず、金銭以外の物又

は権利その他の経済的利益による場合もあることは、所法 36 条1項及び

2項の定めからも明らかであり、債務免除益のような金銭の流入を予定し

ていない経済的利益も含まれるところであって、同法は、かかる金銭以外

の物又は権利その他の経済的利益が流入した場合にも、それにより担税力

が増加したものとして課税する趣旨であると解されるところであるところ、

本件各株式報酬については、本件転換日に収入の原因となる権利が確定し

たというべきであるから、これに着目して課税したからといって直ちに担

税力を無視することになるわけではないこと、④所得税法が権利確定主義

を採用したのは、課税に当たって常に現実収入の時まで課税することがで

きないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期し難いので、

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97 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

徴税政策上の技術的見地から、収入の原因となる権利の確定した時期を捉

えて課税することとしたものであり、現実の収入がなくても、その収入の

原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があったもの

として、権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算することとしてい

るものであるから、所得の実現があったものとみることができる限り、こ

れに対する課税をし得るのであって、当該所得に係る所得税についての納

税資金の取得ないし取得可能性が課税の要件とされるものではないこと、

⑤ニューヨーク証券市場に上場されているI社株式は、これを売却するま

での間に株価が下がる可能性も、上がる可能性もあるが、所得の実現があっ

たものとされる転換日後の特定の時点でI社株式を処分することが可能に

なったとしても、同時点での処分が義務付けられるわけではなく、その後

の株価の動向を見ながらI社株式を処分することが可能であるから、同時

点においてたまたま株価が下がっていたからといって、そのことによりス

トック・ユニットに基づきI社株式を得た者に対して当然に納税資金調達

上の不利益を与えることになるともいい難いと判示して、上記納税者X4

らの主張を排斥した。

3 検討

(1)本判決は、権利確定主義を適用することができない場合があることを認

めているが、それは法的な権利を観念することができない経済的利益を現

実に得た場合であり、その場合にはいわゆる管理支配基準が適用されると

考えられる(182)。本判決は、このように収入計上時期の判断基準として管

理支配基準が適用される場合があることをもって、所法 36 条1項が権利

確定主義を採用しているとの解釈は左右されないと判示しており、当該判

示によって、同項が定める収入計上時期の判定規範(所得の年度帰属に関

する課税要件)は「所得の実現」の時期であり(183)、「権利の確定」を判断

(182) 大西篤志「判批」訟務月報 62 巻 10 号 1693 頁(2016 年)〔1701 頁〕参照。 (183) 換言すれば「収入実現の高度の可能性又は蓋然性が認められる時期」であるとす

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98 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

基準とする課税庁の主張は誤りであるとの納税者X4らの主張を排斥した

ものと考えられる。

第2章第1節4で述べたように、権利確定主義は、所得の実現時期の判

定における原則的な基準と解されるのであるから、両者すなわち「権利の

確定」と「所得の実現」とは相反するものではない(184)。

納税者X4らは、上記主張の根拠として、所得税法が権利確定主義を採

用していると解する判例(185)とともに、ストック・オプションに係る 高

裁平成 17 年判決(186)及びその判例解説(187)や、リストリクテッド・ストッ

クに係る東京地裁平成 17 年判決(188)も引用しているのであるが、これらの

裁判例が「所得の実現」を基準として判断しているとしても、「所得の実現」

と権利確定主義が相反するものではないのであるから、本件において問題

となるのは、本件ストック・ユニットの収入計上時期の判断に当たって権

利確定主義が適用されるのか否か、適用されるとすればどの場面で適用さ

れるのかという点にあると考える。

(2)本件では、始めにストック・ユニットという権利が付与され、それが一

定期間の経過により確定し、その後、転換予定日に株式に転換されて株式

が引き渡される仕組みが採られている。この仕組みにおいては、 終的に

交付される株式自体が報酬(収入)であり、所得を構成すると考えられる

ので、第2章第1節7で述べた権利確定主義を適用すべき場合のうち、ⅱ)

収入として金銭以外の資産が交付される場合に該当すると考えられる。そ

うすると、この場合の「収入の原因となる権利」は当該株式の引渡請求権

る。

(184) 「所得の実現」と権利確定主義及び管理支配基準との関係について、「訴訟におけ

る主張立証の場面を想定していえば、所得の実現が主要事実であり、収入すべき権利

の確定や収入の現実の管理支配は間接事実である」との見解も示されており(谷口・

前掲注(74)〔342 頁〕)、この見解においても、「所得の実現」と「権利の確定」は相

反するものではないと考えられる。 (185) 二小判昭和 49 年3月8日民集 28 巻2号 186 頁。 (186) 三小判平 17 年1月 25 日民集 59 巻1号 64 頁。 (187) 増田・前掲注(153)。 (188) 東京地判平成 17 年 12 月 16 日訟月 53 巻3号 871 頁。

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99 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

であり、それが確定する場面で権利確定主義が適用されると考える。

本判決も、このように考えて、本件における「収入の原因となる権利」

であるI社株式の交付を受ける権利を確定的に取得したと評価できる本件

ストック・ユニットの転換日を収入計上時期と判断したものと考えられる。

本件ストック・ユニットは、その転換によりI社株式の交付を受ける権

利を取得するという権利であって、それ自体は株式の引渡請求権であると

はいえないから、本件ストック・ユニットが確定しても、その時点で「収

入の原因となる権利」が確定したことにはならないと考える(189)。

また、本判決は、本件ストック・ユニットは権利であるものの金銭的に

測定可能な経済的価値を有していないと判示している。これは、本件ストッ

ク・ユニットが付与されたとしても、そのこと自体で現実の収入が生ずる

とはいえないことを明らかにすることにより、本件ストック・ユニットの

付与時には課税しないとの考え方を示したものとみることができる(190)。

(3)このように、本件においては、I社株式の引渡請求権が確定する場面で

権利確定主義が適用されるのであるから、株式の引渡しという現実の収入

がなくても、その収入の原因となる権利である株式引渡請求権が確定した

以上、その時点で所得の実現があったものとして、権利の確定時期の属す

る年分の課税所得を計算することになる。

権利確定主義の適用による収入計上時期の判断を否定するためには、権

利が確定していないことあるいは当該権利が「収入の原因となる権利」に

該当しないことが必要であり、権利確定の時点において現実の収入(株式

の引渡し)や換価可能性がないことは、上記判断を否定する理由にはなら

ないと考えられるのであって、前記2(3)における納税者X4らの主張

は、この点において誤りというべきである。

(189) 本件においては、本件ストック・ユニットの確定日を収入計上時期とすべきか否

かは争われてはいなかったため、本判決は、その点についての判断を示してはいない。 (190) 本件においては、本件ストック・ユニットの付与時に課税するか否かも問題とさ

れてはいなかったのであるが、本判決は、念のため、その点を明らかにしたものと考

えられる。

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100 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

本判決の判断も、「本件は、権利確定主義が妥当する場面であることを前

提として、その場合における『収入すべき金額』の判断において重要なの

は経済的価値の流入があったか否かという点であり、当該経済的価値に換

価可能性がないことはその経済的価値の流入を直ちに否定するものではな

い」とするものであり、「これは、まだ現実の収入という事実がなくても(当

該経済的価値を使用することができなくても)所得の実現を観念できると

する、権利確定主義の基本的な考え方に即した判断」であると解されてい

るところである(191)。

(4)本件において納税者X4らが服していた取引制限の期間中は、実際にI

社株式を譲渡することは困難であったことが認められるものの、本判決は、

当該取引制限が従業員等に対する制限であり、定期的に繰り返されるもの

であって、I社株式自体に付された制限ではないことから、このような制

限は本件における収入計上時期の判断に影響を与えるものではないと結論

付けたものと考えられる。

本件のように株式自体が報酬として交付される仕組みにおける収入計上

時期の判断に当たっては、当該株式自体に付される制限の内容を考慮すべ

きと考えられるのであり、その交付を受ける者がすでに所有している他の

株式について同様に受ける制限についても考慮すべきとする考え方には疑

問が残る。また、取引制限が株式報酬の収入計上時期の判断に影響を与え

るとすれば、基本的に1回限りの制限であることが当然というべきであり、

定期的に複数回付される制限が影響を与えるとすれば、同一の株式の価値

に複数回課税されることとなりかねず、極めて不合理な結果となることは

明らかであるから、本判決の結論は妥当なものと考える(192)。

(191) 大西・前掲注(182)〔1702・1703 頁〕。 (192) 大西・前掲注(182)〔1703 頁〕も、本判決は、「経済的価値の換価可能性について

制約を受けていたとしても、それが『経済的価値の流入を否定すべき特段の事情』に

当たらない場合には『収入すべき金額』の判断には影響しないとした一般論…を踏ま

えて、当該制約が上記『特段の事情』に当たるか否かを、その制約が付された目的や

内容等に即して具体的に検討したもの」であり、「検討に当たっては、当該制約が、

当該経済的価値の内容(株式の権利内容など)自体を変更するものか、それとも属人

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101 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

また、取引制限により換価可能性や納税資金の処分可能性がない旨の納

税者X4らの主張に対しては、所得税法は金銭以外の物又は権利その他の

経済的利益も担税力を増加させる「収入」となり得ることを予定している

ので、収入の原因となる権利が確定した時点で課税することは担税力を無

視するものではないし、納税資金の取得可能性自体が課税の要件とされる

ものではないと判示している。

これらの判断は、所得税法が権利確定主義を採用することにより、実際

に所得が実現するよりも前の時点で課税することを許容していることが理

由となっているように思われる。

(5)本件ストック・ユニットは、リストリクテッド・ストック・ユニットと

呼ばれるインセンティブ報酬であり、その収入計上時期は、本件ストック・

ユニットの転換により株式の交付を受ける権利が確定した時であると考え

る(193)。

この株式の交付を受ける権利が「収入の原因となる権利」であり、当該

権利が確定する場面で権利確定主義が適用されるので、その時点で所得の

実現(株式の引渡し)があったものとして課税所得の計算が行なわれるこ

とになる。「収入の原因となる権利」が確定している以上、実際に株式の引

渡しがあることは必要ではなく、当該株式の換価可能性の有無も収入計上

時期の判断に影響を与えるものではないと考える。

なお、インセンティブ報酬において 初に交付される権利や株式に付さ

れる譲渡制限は、当該権利等の交付時に課税しない理由として説明されて

いるところ、これは、その交付時点では所得が実現するか否かが未定の状

態であることも理由となっているのではないかと思われる。本件で付され

ている取引制限は、上記譲渡制限とは、その趣旨・目的や対象範囲等が異

なることに加え、既に収入の原因となる権利が確定した株式の取引を制限

的な事情に着目して加えられたものかという点が考慮要素となり得る」としている。

(193) 本件ストック・ユニット自体には換価可能性がないため、その付与時は収入計上

時期とは解されないし、本件ストック・ユニットの確定時も、現実の収入や収入の原

因となる権利は生じないため収入計上時期とは解されない。

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102 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

するものである点が結論を異にする理由であるように思われる。

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103 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

第4章 インセンティブ報酬の収入計上時期

本章では、第1章から第3章までの検討結果を踏まえ、インセンティブ報酬

の収入計上時期に関する考え方について整理する。

初に、インセンティブ報酬の意義と仕組みを再確認した上で、交付される

資産の種類と時期を基準にしてインセンティブ報酬を分類し、次に、分類され

たインセンティブ報酬の類型ごとに、その収入計上時期に関する考え方につい

て検討する。 後に、検討の結果を整理し、現行法令との関係について確認す

る。

第1節 インセンティブ報酬の分類

1 インセンティブ報酬の意義等

第1章第1節1(1)で述べたように、インセンティブ報酬とは、一定の

プラン等に基づいて事前に目標及び支払額が設定され、その目標の達成の有

無により支払が決定される報酬である。インセンティブ報酬は、それを受領

する者の将来の精勤にインセンティブを与える(あるいは人材の流出を防止

する)ことを目的とするものであるから、インセンティブ報酬として有功に

機能させるためには、必然的に将来における一定期間の勤務等が条件とされ、

設定された目標が達成されなければ、報酬は支給されない仕組みが採られる

ことになる。

インセンティブ報酬においては、将来、目標が達成された場合、事前に定

められた報酬としての金銭又は株式の交付を受ける権利等があらかじめ役員

等に与えられる。会社は、役員等に対してそのような権利等を与えることに

よって、役員等が将来の報酬を実感し、インセンティブがより強く働くこと

を期待するとともに、役員等にとっては、その権利等は、将来、目標を達成

したときに報酬を得ることを約する証であり、一種の担保としての意味を持

つものと考えられる。

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104 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

会社にとってインセンティブ報酬は、特定の役員等にインセンティブを与

えることを目的として給付するものであり、それ以外の第三者に利益を与え

ることを目的としてはいないのであるから、当該役員等があらかじめ与えら

れた権利等を第三者に譲渡することは基本的にできない仕組みを採ることに

なる。

2 株式を利用したインセンティブ報酬の分類

インセンティブ報酬の目的及び基本的な仕組みは、前記1のとおりである

が、第1章第1節2及び3並びに同章第3節5で述べたとおり、インセンティ

ブ報酬には様々な種類があり、それらは、いくつかの観点から分類すること

ができる。

本章における検討に当たっては、① 初に付与又は交付されるものが権利

か株式か(又は金銭か)、② 終的に支払又は交付されるものが金銭か株式か、

という2つの観点から分類することとする(194)。

上記2つの観点から各種インセンティブ報酬を分類すると、次表のとおり

4つの類型に区分することができるので、次節以降において、その類型ごと

の収入計上時期について検討する。

(194) インセンティブ報酬の分類に当たっては、設定する目標が株価であるか会社の業

績であるかという観点からの分類も一般的に行なわれているが、その区分は収入計上

時期の判断に影響を及ぼすとは考えられないので、本稿においては分類の基準としな

い。

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105 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

事前に交付

されるもの

終的に交付

されるもの インセンティブ報酬の種類

(1) 金銭

金銭

該当なし。

(2) 権利A

(注)

ストック・アプリシエイションライト

ファントム・ストック

パフォーマンス・キャッシュ

(3) 権利B

(注) 株式

ストック・オプション

リストリクテッド・ストック・ユニット

パフォーマンス・シェア・ユニット

(4) 株式 リストリクテッド・ストック

パフォーマンス・シェア

(注)事前に交付されるものが権利である類型(上記(2)及び(3))にお

いて、 終的に金銭が支給される場合の権利を「権利A」、 終的に株式

が交付される場合の権利を「権利B」と区分して呼ぶこととする。

第2節 初に金銭が交付される類型

1 該当するインセンティブ報酬の仕組み等

初に金銭が交付される類型のインセンティブ報酬は、実際には見当たら

ない。それは、このような類型のインセンティブ報酬を採用するメリットよ

りもデメリットの方が大きいためであると考えられるが、ここでは他の類型

のインセンティブ報酬との比較のために検討の対象とするものである(195)。

そこで、仮にこの類型のインセンティブ報酬の仕組みを考えてみると、

初に一定額の金銭を交付し、一定期間の勤務が行われて設定された目標が達

成されると、交付された金銭を報酬として取り扱うことになり、逆に目標が

(195) そのため、その仕組みを想定して検討せざるを得ない部分がある。

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106 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

達成されなかった等の場合には、交付された金銭を返還することになる。

この類型のインセンティブ報酬では、 初に交付されるのは金銭であって

権利ではないし、その金銭自体が 終的に報酬になるので、その過程で権利

行使を観念することはない。そうすると、この類型のインセンティブ報酬の

収入計上時期に関しては、金銭の交付時、設定された目標が達成されたとき

(金銭の返還を要しないこととなったとき)のいずれかであると考えられ

る(196)。

2 最初に金銭が交付される類型における収入計上時期

(1)この類型のインセンティブ報酬では、 初に交付された金銭は、設定さ

れた目標が達成されれば報酬となり、達成されなければ返還することとな

る。そうすると、当該金銭の交付には、将来の報酬の先払いとしての性質

があると認められるものの、交付時に報酬としての性質が確定していると

はいえない。このように、先に交付された金銭が、将来において収入とな

る可能性があるものの、その交付時における性質が未定である場合として

は、例えば、売買契約における解約手付金や不動産の賃貸借契約における

預託保証金を挙げることができる。

上記解約手付金に関しては、「解約手附は、両当事者が契約の解除権を留

保するとともに、これを行使した場合の損害賠償額となるものとして、あ

らかじめ授受するに過ぎないものであつて、それを受取つたからといつて、

それを受取るべき権利が確定しているわけではない」(197)から、その受領

(196) インセンティブ報酬の目的や、設定された目標が達成されなかった場合の金銭の

回収リスクを考慮すれば、交付された金銭を自由に処分(使用あるいは消費)するこ

とを制限することも考えられるが、不特定物である金銭を交付した上で、その処分を

制限する具体的な方法を想定することは難しく、そもそもそのような制限が付される

ことはないと考えられるので、そのような制限の解除時は検討の対象とはしなかった。

なお、預金口座や信託を設定して金銭を別に管理する方法も考えられるが、そのよう

な方法では、そもそも金銭を交付したといえるのかという疑問が生ずる。 (197) 二小決昭和 40 年9月8日刑集 19 巻6号 630 頁。同決定の判例解説(坂本・前

掲注(96)〔184 頁〕)では、解約手付の付けられた契約は、法律的にはいつでも解除

されうる不安定不確定なものであるから、当事者の一方が履行に着手するまでは、ま

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時には収入とされない。また、上記預託保証金に関しては、「将来の未払賃

料に充当する必要がなく、しかも賃貸借契約の終了にあたって返還する必

要のない部分は、預託を受けた時点において収入すべき権利が確定し

た」(198)と解すべきであるとされている。これらはいずれも、金銭を受領

した時点においては、それが収入に該当するのか、返還すべきことになる

のかが未定であり、将来の事情あるいは状況の変化や進展によって結論が

出される契約内容になっているものと考えられる。このように受領した金

銭が収入となるか返還するかのいずれかであるような態様の取引において

は、当該受領した金銭が収入となることが確定した時点すなわち返還を要

しないこととなった時点を収入計上時期とすべきと考えられる。

初に金銭が交付される類型のインセンティブ報酬において交付された

金銭も、上記解約手付金や預託保証金と同様、その交付時点では、 終的

に報酬となるのか、返還することになるのかが未定であり、目標が達成さ

れるか否かでその結論が左右されるものである。そうすると、当該交付さ

れた金銭については、それが報酬となり返還を要しないこととなった時を

収入計上時期とすべきと解するのが、金銭支払の態様が類似する解約手付

金や預託保証金との比較において、整合性のとれた考え方ということにな

る。

この考え方によれば、この類型のインセンティブ報酬の収入計上時期は、

金銭の交付時ではなく、当該金銭が報酬となり返還を要しないこととなっ

た時であり、通常は、目標を達成した時と考えられる(199)。

(2)次に、上記のような考え方において、収入計上時期の原則的な判断基準

である権利確定主義との関係をどのように整理することができるのか検討

だ権利が確定していないものとするのが正当であると説明されている。

(198) 金子・前掲注(74)〔295 頁〕。 一小判昭和 56 年 10 月8日訟務月報 28 巻1号 163頁参照。

(199) ただし、設定される目標には様々なものがあり、どの時点で金銭の返還を要しな

いこととなるかは、個々のインセンティブ報酬のプランや個別の契約内容等の具体的

な事実関係に従って判断する必要がある。

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108 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

する。

解約手付金や預託保証金に係る上記判例等においては、金銭を受領した

時点で返還の可能性のある部分についてはそれを「受取るべき権利」は確

定しておらず、受領時点で返還を要しない部分については「収入すべき権

利」が確定しているという説明が行なわれている。これは、権利確定主義

に基づく判断を意識した説明と考えられるが、この「受取るべき権利」や

「収入すべき権利」が、具体的に私法上のどのような権利を意味している

のか不明である(200)。また、権利確定主義を適用すべき場合のうち、 終

的に報酬として金銭の支払が想定されるときの「収入の原因となる権利」

とは、当該金銭の支払請求権であると考えられるところ、既に金銭を受領

している状態において、改めて金銭の支払請求権を観念することはできな

いのではないかという疑問も生ずる。

ところで、所法 36 条1項は、収入すべき金額に「金銭以外の物又は権

利その他経済的利益」が含まれることを明示的に規定しており、経済的利

益には、いわゆる債務免除益が含まれると解されている(201)。このように、

債務免除益が経済的利益に該当すると解される理由については、借入金は

純資産の増加をもたらさないため、借入れの時点で借主の所得とされない

ことと裏腹の関係にあると説明することができる(202)。すなわち、借入れ

の時点では純資産の増加はないが、債務の免除により返済すべき負債が減

少し、その時点で純資産が増加することを捉えて所得を認識しようとする

ものである。

そして、同条2項は、経済的利益をもって収入する場合の収入金額は、

当該利益を享受する時における価額とすると規定しているので、債務免除

益の収入計上時期は、それを享受した時であり、債務が消滅した時である

(200) 「収入すべき権利」とは、「収入の原因となる権利」のことをいうものとも考えら

れるが、これに該当する具体的な権利(私法上の請求権等)は見当たらない。 (201) 金子・前掲注(74)〔188 頁〕。所得税基本通達 36-15(5)参照。 (202) 増井・前掲注(80)〔196 頁〕参照。

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109 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

と解される(203)。

これを踏まえて検討すると、 初に金銭が交付される類型のインセン

ティブ報酬において交付を受けた金銭は、将来、返還の可能性があるから、

受領と同時に潜在的な返還債務が生じていると考えることができる。そう

すると、受領の時点では実質的に純資産の増加はないが、受領した金銭が

収入となり、その返還を要しないこととなった時に、上記潜在的な返還債

務が消滅し、負債が減少する結果、その時点で純資産が増加し、当該時点

が収入計上時期になると考えることができる。

ところで、純資産の増加要因が資産等の積極財産の増加である場合にお

いて権利確定主義が適用されるとすれば、当該増加する資産の交付を請求

する権利(金銭の支払請求権や株式の引渡請求権など)が確定的に発生し

たときが収入計上時期になると考えられる。この場合、当該権利(各請求

権)が「収入の原因となる権利」に該当し、現実の収入(金銭の支払や株

式の引渡し)が生ずる前の時点で課税されることとなる。

これに対し、純資産の増加要因が負債等の消極財産の減少である場合に

は「権利の確定」を観念することは難しく、当該減少する負債に係る義務

(返済債務)が消滅したときが収入計上時期になると考える。この場合、

債務が消滅すれば、その時点で現実に利益が生じ、それを享受したといえ

るから、積極財産が増加した場合における権利の確定のような課税時期の

前倒しは行なわれないことになる。

そうすると、 初に金銭が交付される類型のインセンティブ報酬の収入

計上時期の判断において、権利確定主義は適用されないものと考える。

なお、前述した解約手付金及び預託保証金に係る判例等は、権利確定主

義における権利を、私法上の請求権のように狭く捉えるのではなく、既に

受領している金銭を収入として扱う「権利」を観念して考えているのでは

(203) 民法 519 条は、「債権者が債務者に対して債務を免除する意思を表示したときは、

その債権は、消滅する。」と規定しているので、当事者の意思表示によって債務が消

滅することになる。

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110 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

ないかと思われる。

(3)インセンティブ報酬においては、特定の者に報酬を与えることを予定し

ているため、 初に交付された資産については、その自由な処分を制限す

る仕組みが採られる。例えば、その資産がストック・オプション等の権利

である場合には、それに譲渡制限を付すことになるから、 初に金銭が交

付される類型においても、実際に可能か否かはともかく、交付した金銭の

処分に制限を付すことは、論理的には考えられなくもない。ストック・オ

プションに付された譲渡制限は、ストック・オプションの交付時に課税し

ない理由と考えられるので(204)、仮に、上記の交付された金銭の処分に制

限が付されるとすれば、当該制限が金銭の交付時に課税しない理由になる

と考えることもできるかもしれない。

しかし、前述した解約手付金や預託保証金の事例では、いずれも受領し

た金銭に制限が付されておらず、自由に処分できることが前提とされてい

たのであるが、それを理由として金銭の受領時に課税すべきとは判断され

ていない。つまり、これらの事例では、受領した金銭を自由に使用(処分)

できることを前提としても、その時点を収入計上時期とはしていないので

ある(205)。

そうすると、 初に金銭が交付される類型のインセンティブ報酬におい

て、当該金銭の交付時に処分に係る制限が付されているか否かは、当該金

銭の交付時が収入計上時期にならないことと直接関係するものではないと

考えられる。この点については、結局、金銭の交付が収入の支払として行

なわれたものではなく、返還の可能性があるものとして支払われたことが、

金銭の交付時を収入計上時期としないことの理由であると解される。

(204) 第3章で取り上げた各判決は、ストック・オプション等に付された譲渡制限を収

入計上時期の判断における考慮要素として捉えた上で、これをストック・オプション

等の権利自体の交付時には課税しない理由として説明している。 (205) このように受領した金銭を自由に処分できるにもかかわらず、その時点を収入計

上時期とは解さないことからすると、管理支配基準が適用される場面でもないと考え

られる。

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111 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

(4)以上のことからすると、 初に金銭が交付される類型のインセンティブ

報酬の収入計上時期は、交付された金銭の返還を要しないこととなったと

きであると考える。

第3節 初に権利Aが交付される類型

1 該当するインセンティブ報酬の仕組み等

この類型のインセンティブ報酬では、 初に権利Aが交付され、目標が達

成された後、権利Aを行使することによって、 終的に報酬としての金銭が

支払われる仕組みが採られる。金銭報酬であるストック・アプリシエイショ

ンライト、ファントム・ストック、パフォーマンス・キャッシュがこの類型

に該当する。これらは、報酬として支払われる額の計算方法や設定される目

標は異なるものの、インセンティブ報酬としての基本的な仕組みに変わりは

ないと考えられる(206)。

権利Aとは、設定された目標が達成された場合において、これを行使する

ことにより所定の額の金銭の支払を受けることができる権利であり、それ自

体に何らかの経済的価値はあると考えられるものの、インセンティブ報酬と

して交付されるため、あらかじめ定められた勤務期間等の一定期間は、その

行使や譲渡が制限される。また、目標が達成されなければ、権利Aは消滅し、

それを行使して報酬を得ることはできないことになる。

この類型のインセンティブ報酬の収入計上時期に関しては、権利Aの交付

時、目標の達成時(権利Aの行使が可能となったとき)、権利Aの譲渡制限の

解除時、権利Aの行使時が考えられる。

(206) 報酬額の計算方法や設定する目標については、相当程度、自由な設計が許されて

おり、また、幾つかを組み合わせることも可能と考えられるところ、本研究において

は、それぞれのインセンティブ報酬における簡潔で基本的な仕組みを想定している。

以下、他の類型においても同様である。

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112 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

2 最初に権利Aが交付される類型における収入計上時期

(1) 初に権利Aが交付される類型のインセンティブ報酬では、 終的に金

銭が報酬として支払われるので、この報酬として支払われる金銭が収入と

して「所得」を構成することは明らかであろう。そうすると、ここでは、

原則として権利確定主義を適用すべき場合のうち、ⅰ)収入が金銭で支払

われる場合が該当すると考えられるので、これを踏まえて検討すると、こ

の類型における「収入の原因となる権利」は、上記報酬として支払われる

金銭の支払請求権であると考えられる。

そして、この支払請求権は、通常、権利Aを行使することによって発生

し、確定するものであるから(207)、権利確定主義に基づき、権利Aを行使

したときが、収入計上時期になると考えられる。

(2)権利Aの交付時を収入計上時期と解すべきか否かについては、第3章第

3節で取り上げた金銭報酬であるストック・アプリシエイションライトの

課税に関する裁判例の分析を参考に検討する。

分析の結果(同節3(2))によれば、ストック・アプリシエイションラ

イトは、それ自体に経済的価値があると認められるのであるが、インセン

ティブ報酬として交付されるストック・アプリシエイションライトには一

定期間の譲渡制限が付されるため換価可能性がないので、その交付によっ

て「現実の収入=担税力を増加させる所得」が生じたとはいえないと考え

られる。また、ストック・アプリシエイションライトを交付するインセン

ティブ報酬の仕組みを全体としてみると、ストック・アプリシエイション

ライトの行使によって生ずる金銭の支払請求権が「収入の原因となる権利」

であり、ストック・アプリシエイションライト自体は、金銭の支払請求権

を生じさせる権利にすぎず「収入の原因となる権利」には該当しないと考

(207) ただし、必ずしも権利行使を要しない場合もあるので、金銭報酬の支払請求権が

どの時点で確定するかについては、個々のインセンティブ報酬のプランや個別の契約

内容等の具体的な事実関係に従って判断する必要がある。

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113 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

えられる(208)。

また、この類型のインセンティブ報酬の課税について争われた事例は少

ないのであるが(209)、それは、この類型のインセンティブ報酬が金銭報酬

であることが理由ではないかと思われる。すなわち、金銭報酬の場合、「収

入」は金銭であることが明らかであるから、その収入計上時期は当該金銭

の支払請求権が確定したときになると考えられ、その際に権利Aのような

概念を念頭に置いて、その交付時を収入計上時期とするような考え方が生

じ難いからであろう。一般的な月給においても、雇用契約の締結により将

来の報酬(給与)を得ることができる権利を観念することは可能であるが、

基本的にそのような権利を課税の対象とすることはない。これは、将来の

役務提供に対する報酬は、実際に役務を提供することによって初めてそれ

を報酬として受け取ることが可能になると考えられるからである(210)。

したがって、ストック・アプリシエイションライトの交付時を収入計上

時期とすべきではないと考える。

そして、ストック・アプリシエイションライトのほか、権利Aに含まれ

るファントム・ストックやパフォーマンス・キャッシュも、その基本的な

仕組みに変わりはなく、上記の考え方を同様に当てはめることは可能と考

えられるので、この類型のインセンティブ報酬において、権利Aの交付時

を収入計上時期と解すべきではないと考える。

(3)次に、権利Aが行使可能となった時について検討する。

権利Aの行使が可能になったとしても、権利Aに譲渡制限が付されてい

(208) 仮にストック・アプリシエイションライトが「収入の原因となる権利」に該当す

るとしても、次にその権利が確定するのはいつかが問題になるので、直ちにその交付

時を収入計上時期と解すべきことにはならないのであるが、ストック・アプリシエイ

ションライトが「収入の原因となる権利」に該当しない以上、「権利の確定」を議論

するまでもなく、その交付時は収入計上時期とは解されないと考える。 (209) 第3章第3節で取り上げた東京地裁平成 16 年判決においても、権利Bの類型に属

するストック・オプションの課税が中心に争われたものである。 (210) 会社法における新株予約権や譲渡制限付株式は、将来の役務提供の対価として付

与された金銭報酬債権との相殺又は現物出資により交付されることが想定されてい

るところ、当該金銭報酬債権の付与時に課税しない理由も同様であると考える。

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114 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

るとすれば、換価可能性がないことに変わりはないから、権利行使が可能

となったことで「現実の収入」が生じたとはいえないと考えられる(211)。

また、権利Aの行使が可能になったとしても、権利Aは、それを行使する

ことによって報酬としての金銭の支払請求権を生じさせる権利であること

に変わりはないし、それを行使するか否かは未定であり、行使しなければ

報酬としての金銭の支払請求権は生じないのであって、権利A自体が「収

入の原因となる権利」に該当するということにはならない。

したがって、権利Aの行使可能時を収入計上時期と解すべきではないと

考える。

(4)権利Aに付された譲渡制限が解除された場合の収入計上時期については、

どのように考えるべきであろうか。

イ まず、権利Aの譲渡制限が解除されたことによって、権利A自体が「現

実の収入」に該当するか否かについて検討する。

権利Aの譲渡が可能となったことによって換価可能性が生ずる。換価

可能性のないことが権利Aの交付時課税を否定する理由であることに

照らせば、換価可能性が生じた時点を収入計上時期と解する考え方にも

一定の合理性はあると考える。

しかし、権利Aを交付する類型のインセンティブ報酬においては、権

利A自体を報酬として交付するものではないし、交付した権利A自体を

終的に報酬とすることを予定しているわけでもない。権利Aは、会社

と役員等との間の個別の契約等に基づいて交付されるものであり、権利

行使することによって当該役員等に金銭報酬の支払請求権を生じさせ

る権利であることからすると、権利Aを第三者に譲渡することは予定し

ておらず、これを売買する市場も通常存在しないので、譲渡制限が解除

されたとしても、実際に譲渡される可能性は少ないと考えられる。権利

(211) 権利行使が可能となった時点で既に譲渡制限が解除されているときは、権利Aに

換価可能性があることになるが、それは譲渡制限が解除されたことによるものである

から、次項において検討する問題であると考える。

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115 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

Aは、定められた条件が満たされた場合にそれを行使することによって

生ずる利益を報酬として与えることを約した証として、すなわち一種の

担保として交付されるものと考えられ、そのため、条件が満たされない

場合や、条件が満たされて権利行使された場合のいずれにおいても、権

利A自体は消滅し、 終的には存在しないことになる。

このようなインセンティブ報酬としての権利Aの性質やそれを交付す

る趣旨、更に権利Aが消滅しても利益が発生しない可能性があることを

考慮すると、権利Aに付された譲渡制限が解除されたとしても、その時

点で権利A自体を「現実の収入=担税力のある所得」として課税の対象

とすべきではないとする考え方に合理性があると考える。なお、このよ

うに考えると、権利Aの交付時を収入計上時期と解さない理由は、単に

譲渡制限が付されて換価可能性がないということだけではなく、権利A

を行使することによって初めて利益が得られることや、権利Aが行使で

きずに消滅する可能性があるという、この類型のインセンティブ報酬の

全体の仕組みも考慮すべきものと考える(212)。

このことからすると、権利Aの譲渡制限が解除されたことによって、

権利A自体が「現実の収入」に該当すると解すべきではないと考える。

ロ 次に、権利Aが「収入の原因となる権利」に該当するか否かについて

検討する。

譲渡制限の解除によって権利Aを譲渡することが可能になったとして

も、実際に譲渡しなければ譲渡代金の支払請求権は生じない。また、権

利Aを行使しなければ報酬としての金銭の支払請求権も生じない。これ

ら金銭の支払請求権は「収入の原因となる権利」に該当すると考えられ

るものの、権利Aは、これを行使することによって金銭の支払請求権を

生じさせる権利であって、譲渡制限が解除されたとしても、権利A自体

(212) ストック・オプションに係る 高裁平成 17 年判決の判例解説(増田・前掲注(153))

においても、インセンティブ報酬の仕組みの全体をみることによって実態に即した課

税が可能になると説明されている。

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116 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

が「収入の原因となる権利」に該当するということはできない。

ハ これらのことからすると、権利Aに付された譲渡制限が解除されたと

しても、その時点で権利A自体が「現実の収入」に該当すると解すべき

ではなく、また「収入の原因となる権利」に該当するということもでき

ないため、譲渡制限の解除時を収入計上時期と解すべきではないと考え

る。

なお、この類型のインセンティブ報酬における仕組みを全体としてみ

れば、 初に交付した権利Aを行使させることによって金銭報酬を与え

ようとするものであり、権利行使以外の方法で利益を与えようとするも

のではないから、権利Aを第三者に譲渡することを会社が許容する必要

はないし、インセンティブの観点からすると権利行使の前に譲渡制限を

解除することも想定し難いので、通常、そのような事態は生じないと思

われる。

(5)以上のことからすると、 初に権利Aが交付される類型のインセンティ

ブ報酬の収入計上時期は、権利Aを行使したときであると考える。

第4節 初に権利Bが交付される類型

1 該当するインセンティブ報酬の仕組み等

この類型のインセンティブ報酬は、大きく2つの仕組みに分けることがで

きる。1つは、 初に権利Bが交付され、目標が達成された後、権利Bを行

使することによって、 終的に報酬としての株式が交付される仕組みである。

交付された株式自体の価値が報酬額となるユニット型のリストリクテッド・

ストック・ユニットやパフォーマンス・シェア・ユニットがこれに該当す

る(213)。

もう1つは、 初に権利Bが交付され、目標が達成された後、権利Bを行

(213) 交付される株式自体の価値がそのまま報酬となるので、いわゆるフルバリュー型

の株式報酬である。

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117 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

使することによって、株式の時価よりも低い権利行使価格で株式の交付を受

ける仕組みである。交付された株式の時価と権利行使に当たって払い込む権

利行使価格との差額が経済的利益として報酬となるストック・オプションが

これに該当する。

権利Bは、設定された目標が達成された場合において、これを行使するこ

とにより所定の数の株式の交付を受けることができる権利(ストック・オプ

ションの場合には、株式の時価よりも低い価額で株式の交付を受けることが

できる権利)であり、それ自体に経済的価値はあると認められるものの、イ

ンセンティブ報酬として交付されるため、あらかじめ定められた勤務期間等

の一定期間は、その行使や譲渡が制限される。また、目標が達成されなけれ

ば、権利Bは消滅し、それを行使して報酬を得ることはできない仕組みが採

られる。

この仕組みや権利の性質については、 終的に交付されるものが株式か金

銭かという点を除けば、権利Aとほぼ同様である。

したがって、この類型のインセンティブ報酬の収入計上時期に関しても、

権利Bの交付時、目標の達成時(権利Bの行使が可能となったとき)、権利B

の譲渡制限の解除時、権利Bの行使時が考えられる。

2 最初に権利Bが交付される類型における収入計上時期

(1)まず、権利Bを行使することによって所定の数の株式が交付される仕組

みのリストリクテッド・ストック・ユニット等について検討する。

この類型・仕組みのインセンティブ報酬では、 終的に交付される株式

自体の価値が報酬額になるので、この報酬として交付される株式が収入と

して「所得」を構成すると考えられる。この点は、フルバリュー型の金銭

報酬であるファントム・ストックやパフォーマンス・キャッシュにおいて、

終的に報酬として支払われる金銭が収入として「所得」を構成すること

と同様と解される。これらの間には、報酬が金銭で支払われるか、又は株

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118 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

式で交付されるかの違いしかなく(214)、その違いによって金銭であれば所

得を構成するが、株式の場合は所得を構成しないと考えることに合理的な

理由を見出すことができないからである。

そうすると、この類型・仕組みのインセンティブ報酬においては、原則

として権利確定主義を適用すべき場合のうち、ⅱ)収入として金銭以外の

資産が交付される場合に該当すると考えられ、これを踏まえて検討すると、

この類型・仕組みにおける「収入の原因となる権利」は、上記報酬として

交付される株式の引渡請求権であると考えられる。そして、この引渡請求

権は、通常、権利Bを行使することによって発生し、確定すると考えられ

る(215)から、権利確定主義に基づき、権利Bを行使した時が、収入計上時

期になると考える。

ただし、この類型・仕組みのインセンティブ報酬においては、第3章第

5節で取り上げた東京地裁平成 28 年判決の事例のように、交付された権

利であるストック・ユニットを行使するのではなく、あらかじめ定められ

た期限(転換日)の到来により自動的に株式の引渡請求権に転換される場

合もある。この場合には、定められた転換日が到来した時が収入計上時期

となるのであるが、いずれにしても収入となる株式の引渡請求権が確定し

た時が収入計上時期となる点において変わりはないと考える。

なお、CG研究会の報告書の解釈指針で示された Performance Share

(業績連動発行型)は、この類型のリストリクテッド・ストック・ユニッ

ト等に近い性質を持つと指摘されており(216)、この場合、Performance

(214) インセンティブ報酬を支給する会社においては、金銭で支払う場合と、株式を交

付する場合とでは、コスト面や会社法上の制約等において相違するところは少なくな

い。 (215) ただし、必ずしも権利行使を要しない場合もあるので、株式の引渡請求権がどの

時点で確定するかについては、個々のインセンティブ報酬のプランや個別の契約内容

等の具体的な事実関係に従って判断する必要がある。 (216) 村主知久=西田武=桐山大地=小林真一=戸村健「上場会社の役員報酬の導入事

例・法務と税務-平成 29 年度役員報酬税制改正後の展望」税務弘報 65 巻7号 49 頁

(2017 年)〔54 頁〕。

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119 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

Share(業績連動発行型)において 初に付与される金銭報酬債権が権利

Bに相当すると考えることもできるかもしれない。

(2)次に、権利Bを行使することによって、株式の時価よりも低い権利行使

価格で株式の交付を受ける仕組みであるストック・オプションについて検

討する。ストック・オプションでは、交付された株式の時価と権利行使価

格との差額が経済的利益となり、当該経済的利益が収入として「所得」を

構成すると考える。

そうすると、この類型・仕組みのインセンティブ報酬は、原則として権

利確定主義を適用すべき場合のうち、ⅲ)収入となる経済的利益が資産の

低額譲渡の形態で享受される場合に該当すると考えられる。これを踏まえ

て検討すると、この類型・仕組みにおける「収入の原因となる権利」は、

上記経済的利益の計算の基礎となる資産すなわち低額で譲渡される株式の

引渡請求権であると考える。この引渡請求権は、通常、権利Bを行使する

ことによって発生し、確定すると考えられるから、権利確定主義に基づき、

権利Bを行使したときが、収入計上時期になると考える(217)。

なお、このように「収入の原因となる権利」を念頭に置いて考えると、

金銭報酬である権利Aの類型と、株式報酬である権利Bの類型では、その

収入計上時期の検討に当たって権利確定主義を適用すべき取引形態は異な

るものの、いずれも権利行使の場面で権利確定主義が適用されることにな

る。

(3)権利Bの交付時を収入計上時期と解すべきか否かについては、第3章第

1節及び第2節で取り上げたストック・オプションの課税に関する裁判例

の分析を参考にするが、結論としては、基本的に、前節2(2)で権利A

について検討した内容と同じである。

(217) ストック・オプションにおいても、株式の引渡請求権がどの時点で確定するかに

ついては、個々のインセンティブ報酬のプランや個別の契約内容等の具体的な事実関

係に従って判断する必要がある点は同様である。

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120 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

イ すなわち、インセンティブ報酬として交付されるストック・オプショ

ンは、その交付時において経済的価値があると認められるのであるが、

ストック・オプションには一定期間の譲渡制限が付されているため換価

可能性がなく、ストック・オプションの交付によって「現実の収入=担

税力を増加させる所得」が生じたとはいえないと考えられる。また、ス

トック・オプションを交付する類型のインセンティブ報酬の仕組みを全

体としてみると、ストック・オプションの行使によって生ずる株式の引

渡請求権が「収入の原因となる権利」であり、ストック・オプション自

体は株式の引渡請求権を生じさせる権利にすぎず、「収入の原因となる権

利」には該当しないと考えられる。したがって、ストック・オプション

の交付時を収入計上時期とすべきではないと考えられる(218)。

ストック・オプションに係る 高裁平成 17 年判決の判例解説(219)も、

ストック・オプションが経済的価値を有する権利であるとしても「それ

を付与されたこと自体で従業員等の担税力が増加したと見るのは相当

でなく、その権利行使により現実に権利行使益が得られて初めて所得税

法にいう所得が実現したものと解するのが相当」であり、 高裁平成 17

年判決は「事例判断の形式を採っているが、各社のストックオプション

制度は基本的な点において大差のないものと思われるから、本判決は同

種事案との関係でも先例的価値を有するものと考えられる」と説明して

いる。

また、権利Bを交付する類型のうち、ストック・オプションとフルバ

リュー型のリストリクテッド・ストック・ユニット等は、権利行使時に

権利行使価格に相当する金銭の払込みを要するか否かが相違するもの

の、基本的な仕組みは同様と考えることができるので、ストック・オプ

(218) 原・前掲注(117)〔161 頁〕では、会社法上の新株予約権について、その交付時に

は譲渡制限等が付されているため担税力を増加させるような経済的利益の実現が

あったとは認め難いこと、また、交付時には収入すべき金額が確定しているとはいい

難いことを理由として、新株予約権の交付時課税を否定している。 (219) 増田・前掲注(153)〔50・54 頁〕。

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121 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

ション以外の権利Bについても、上記の考え方に基づき、その交付時を

収入計上時期とすべきではないと考える。

ロ ところで、前節2(4)イで検討したところによれば、権利Aの交付

時に課税しない理由は、単に譲渡制限が付されていることだけではなく、

権利Aを行使することによって初めて利益が得られることや、権利Aが

行使できずに消滅する可能性があるという、この類型のインセンティブ

報酬の全体の仕組みも考慮したものと考えられるところ、この点につい

ては、権利Bにおいても同様と考える。

ただし、権利Aは、それを行使することによって金銭報酬を得ること

ができる権利であるから、一般にそれを売買する市場は無いと考えられ

るのに対し、権利Bのように 終的に株式の交付を受ける権利について

は、これを証券化し、市場における流通性・譲渡性を与える制度を採る

ことがあり得る(220)。そのため、仮に、証券化されて市場が存在する権

利Bが交付された場合には、その交付時を収入計上時期と解すべき余地

はあるものと考える(221)。

しかし、権利Bをインセンティブ報酬として交付する場合、その交付

時に譲渡制限及び行使制限を付すことは必要不可欠と考えられ、これを

証券化する必要は全くない。仮に証券化されたとしても、譲渡制限や行

使制限が付されている以上、その交付時を収入計上時期と解すべきでは

ないことに変わりはないと考える。

ハ この点に関し、会社法施行前の商法上の新株予約権についてではある

が、譲渡が禁止されず、市場等において売買される新株予約権について

は、「その付与時において新株予約権の価額(時価)と発行価額との差額

(220) 我が国の会社法における新株予約権は、一般的に譲渡性が認められており(会社

法 254 条1項)、証券化も可能である(同法 288 条)。 (221) 原・前掲注(117)〔162 頁〕では、会社法上の新株予約権についてであるが、市場

が存在しない場合には換価可能性が低いこと、新株予約権の評価の困難性及び執行の

困難性の観点から、譲渡制限の解除時に課税することは現実的ではなく、適切ではな

いとしている。

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122 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

は経済的利益として顕在化していることから、当然に所得税法第 36 条

第2項の規定により、付与時に課税すべきことになります。」という見解

が示されている(222)。このような状況の下で交付される新株予約権は、

インセンティブ報酬としての新株予約権とは異なるものであり、一種の

現物報酬として、その交付時を収入計上時期と解すべきことになると考

える。

また、米国では、役務提供に関連して交付されたストック・オプショ

ンについて、次のように「容易に算定可能な適正市場価値」が存在する

か否かによって取扱いを異にする課税制度が採られている(223)。

① 交付時に「容易に算定可能な適正市場価値」が存在し、行使制限や

譲渡制限が付されていない場合は交付時に課税され、オプション行使

時には課税されない。

② 交付時に「容易に算定可能な適正市場価値」が存在しない場合、交

付時には課税されず、オプション行使時又はオプション譲渡時に課税

される。

③ 交付時に「容易に算定可能な適正市場価値」が存在し、行使制限や

譲渡制限が付されている場合、交付時には課税されないが、交付時課

税の選択ができる。

④ ③の選択をしなかった場合、権利失効の実質的危険にさらされなく

なった時(224)に課税される。

(222) 石井・前掲注(40)〔20 頁〕。 (223) 渡辺・前掲注(67)〔263-265 頁〕。 (224) 吉永康樹「米国内国歳入法 83 条の意義と機能-リストリクテッド・ストックを中

心に-」横浜法学 24 巻2・3号 141 頁(2016 年)〔171-174 頁〕では、米国内国

歳入法 83 条は、ストック・オプション等の財産が、権利失効の実質的危険にさらさ

れなくなるか、制限なく譲渡可能となるか、どちらかとなるまで所得は認識されない

としているが、権利失効の実質的危険にさらされていない場合にのみ譲渡可能である

との規定を置くことによって、「実質的に、譲渡可能性という基準は外され、権利失

効の可能性のみで判断されることになった」と説明されている。

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123 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

(4)権利Bが行使可能となった時についても、基本的に、前節2(3)で権

利Aについて述べた内容と同じである。

すなわち、権利Bの行使が可能になったとしても、権利Bに譲渡制限が

付されている以上、換価可能性がないことに変わりはないから、権利行使

が可能となったことで「現実の収入」が生じたとはいえないと考えられる。

また、権利Bの行使が可能になったとしても、権利Bは、それを行使する

ことによって報酬として交付される株式の引渡請求権を生じさせる権利で

あることに変わりはないし、それを行使するか否かは未定であり、行使し

なければ株式の引渡請求権は生じないのであって、権利B自体が「収入の

原因となる権利」に該当するということにはならない。

したがって、権利Bの行使可能時を収入計上時期と解すべきではないと

考える。

(5)次に、権利Bの譲渡制限が解除された時について検討する。

この点に関しても、前節2(4)において権利Aについて述べた内容と

基本的に同じであり、権利Bの譲渡制限が解除されたとしても、その時点

で権利B自体が「現実の収入」に該当することはなく、また「収入の原因

となる権利」に該当するとも考えられないため、譲渡制限の解除時を収入

計上時期と解すべきではないと考える(225)。

ただし、上記(3)ロで述べたとおり、権利Bのように 終的に株式の

交付を受ける権利については、それを証券化し、市場における流通性・譲

渡性を有する制度を採ることがあるので、通常は証券化が想定されない権

利Aとはこの点が異なり、権利Bの交付時を収入計上時期と解する余地が

あることとの整合性を考える必要がある。

我が国の会社法において、ストック・オプションとして利用される新株

予約権は、原則として譲渡することができ(同法 254 条1項)、新株予約

(225) 原・前掲注(117)〔162 頁〕では、会社法上の新株予約権について、市場が存在し

ないときは存在するときと比べて換価可能性が低くなると考えられること、新株予約

権自体の評価が困難であることや執行可能性の観点から、譲渡制限の解除時を収入計

上時期とすることは現実的ではなく、適切でないとしている。

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124 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

権証券を発行することも可能である(同法 288 条)とされている。しかし、

インセンティブ報酬として交付する新株予約権に関して、会社は、それが

第三者に譲渡され、当該第三者から権利行使されること(その結果、権利

行使益は当該第三者が得ること)を予定しているとは解されないから、イ

ンセンティブ報酬としての新株予約権を証券化して自由に売買できる市場

が現れることは、実際には想定し難い。

また、権利Bを交付する類型のインセンティブ報酬においては、 終的

に権利Bを行使させることによる権利行使益を報酬として役員等に与える

ことを目的としているのであるから、権利行使が可能となるまではもちろ

ん、実際に権利行使が行なわれるまでの間、譲渡制限を解除する必要はな

いと考えられる。

そうすると、論理的には、権利Bが証券化され、市場があると認められ

る場合において、交付時に付されていた譲渡制限が解除されたときは、当

該譲渡制限の解除によって当初から譲渡制限を付さない権利Bが交付され

た場合(すなわち交付時に課税される場合)と同じ状況が生ずるため、譲

渡制限の解除時を収入計上時期と解すべき余地もあると考えられるが、実

際にそのような場面が生ずる可能性はないと思われる。

(6)以上のことからすると、 初に権利Bが交付される類型のインセンティ

ブ報酬の収入計上時期は、原則として権利Bを行使したときであると考え

る。

第5節 初に株式が交付される類型

1 該当するインセンティブ報酬の仕組み等

この類型のインセンティブ報酬では、 初に譲渡制限の付された株式が交

付され、目標が達成された場合には、譲渡制限が解除されて交付された株式

自体が報酬となり、目標が達成されなかった場合には、交付された株式が没

収される仕組みが採られる。リストリクテッド・ストック、パフォーマンス・

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125 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

シェアがこの類型に該当する。

この類型のインセンティブ報酬では、権利Aや権利Bが交付される類型と

は異なり、 初に交付された株式自体が 終的に報酬になるので、その過程

で権利行使を観念することはない。そうすると、この類型のインセンティブ

報酬の収入計上時期に関しては、株式の交付時、設定された目標が達成され

たとき(株式を没収されないこととなったとき)又は譲渡制限の解除時のい

ずれかであると考えられる(226)。

2 最初に株式が交付される類型における収入計上時期

(1)この類型のインセンティブ報酬においては、 初に交付された株式が

終的に報酬(収入)として「所得」を構成することになるが、株式が交付

された時点では、それが収入になるか没収されるかは未定であり、その結

論は目標の達成に委ねられている。このように、受領した資産(株式)が

収入になるか否かが未定である場合には、それが収入となることが確定し

た時点を収入計上時期と解すべきであると考える。 初に金銭が交付され

る類型と比較した場合、受領した資産が金銭であるか株式であるかによっ

て考え方を異にする合理的な理由はないと考えられるからである。

この考え方によれば、この類型のインセンティブ報酬の収入計上時期は、

受領した株式が没収されないこととなったときであり、通常は、目標を達

成したときであると考える(227)。

(2)上記のような考え方において、収入計上時期の原則的な判断基準である

権利確定主義との関係をどのように整理することができるのか検討する。

この類型のインセンティブ報酬では、 初に交付された株式が 終的に

報酬となる仕組みであることからすると、権利確定主義を適用すべき場合

のうち、ⅰ)収入が金銭で支払われる場合及びⅲ)収入となる経済的利益

(226) この類型は、 初に金銭が交付される類型と類似するが、交付される資産である

株式には譲渡制限が付される点が異なる。 (227) 株式を没収されなくなったときについては、個々のインセンティブ報酬プランや

個別の契約内容等の具体的な事実関係に従って判断する必要がある。

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126 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

が資産の低額譲渡の形態で享受される場合のいずれにも該当しないことは

明らかであり、ⅱ)収入として金銭以外の資産が交付される場合に該当す

るようにも思われる。しかし、 初に株式が交付された時点では、それが

収入となるか、没収されるかが未定なのであるから、当該株式が「収入と

して」交付されたものとはいえない。また、 初に株式を受領しているた

め、その後に株式の引渡請求権を観念することも困難である。これらのこ

とからすると、この類型は、ⅱ)収入として金銭以外の資産が交付される

場合には該当しないと考える。

この類型において 初に交付される株式は、将来、没収される可能性の

ある株式であるから、借入れにより受領した金銭と同様に、株式の受領に

伴ってその返還債務が生じていると考えるか、あるいは受領した株式を一

時的に預かったものと考えれば、そのような株式を受領した時点で純資産

が増加したと解することは妥当ではなく、返還債務が消滅したときあるい

は預かりの状態ではなくなったときに純資産額が増加し、その時点を収入

計上時期とすべき考え方に合理性があると考える。

このように考えると、この類型のインセンティブ報酬における収入計上

時期の判断に当たって権利確定主義は適用されないことになる。

(3)次に、インセンティブ報酬として交付される株式に付される譲渡制限と

収入計上時期との関係について検討する。

イ 我が国では、株式は、株式会社における株主としての地位を細分化し

て割合的地位の形にしたものであり(228)、自由に譲渡できるのが原則で

ある(229)。しかし、インセンティブ報酬として交付する株式は、それを

自由に譲渡できることとしたのでは、将来の精勤にインセンティブを与

えることができないため、譲渡制限が付されることになる。

株式の譲渡制限については、①法律による場合、②定款による場合、

(228) 神田・前掲注(48)〔66 頁〕。 (229) 会社法 127 条。

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127 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

③契約による場合があり(230)、インセンティブ報酬としての株式に譲渡

制限を付す方法としては、種類株式を利用する方法と、会社と役員等の

契約による方法とが考えられる(231)。前者の場合、株式の譲渡について

会社の承認を要する旨や発行可能種類株式総数等を定款で定めること

になる(232)。また、後者の契約による譲渡制限(233)は、種類株式を利用す

る方法よりも株式の発行手続が容易であるものの、インセンティブ報酬

における譲渡制限の実効性を確保するためには、証券会社に専用の別口

座を開設させて対象となる株式を管理させる等の措置をとる必要があ

るとされており(234)、このような措置を採ることにより、インセンティ

ブ報酬として交付される株式を会社に無断で譲渡することは、現実に不

可能になると考えられる。

ロ インセンティブ報酬として交付される株式に譲渡制限が付されると、

実際に交付された株式を譲渡することはできなくなるので、交付時にお

ける換価可能性はなく、このことは、交付時を収入計上時期とは解さな

い理由になると考える。

リストリクテッド・ストックに対する課税が争われた裁判例(235)にお

いても、「換価可能性は所得課税の担税力を裏付けるものとしても重要

であって、換価可能性ないし経済的評価可能性の全く認められない段階

で課税することは、納税者にとってもかえって酷な結果を招く」と判示

して、換価可能性の有無が担税力に影響を与え得ることを指摘している。

このように、 初に株式を交付する類型のインセンティブ報酬におい

(230) 神田・前掲注(48)〔97 頁〕。 (231) CG研究会の報告書(前掲注(62))の解釈指針〔14・15 頁〕。 (232) 神田・前掲注(48)〔98 頁〕。会社法 108 条2項4号。 (233) 会社に株式の譲渡についての同意権を与える契約は、積極的な合理性が認められ

るものを除き、無効の疑いが濃いとの見解があるが、取締役に株式を保有させること

により職務に精励させる場合には、積極的な合理性が認められると解されている(江

頭・前掲注(49)〔243 頁〕)。 (234) 田辺総合法律事務所=至誠清新監査法人=至誠清新税理士法人編著『第4版役員

報酬をめぐる法務・会計・税務』233 頁(清文社、2017 年)。 (235) 東京地判平成 17 年 12 月 16 日訟月 53 巻3号 871 頁。

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128 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

て、当該株式に譲渡制限を付すことは、それによって担税力の増加すな

わち所得の実現を妨げていると考えられる。

ハ インセンティブ報酬として交付される株式は、基本的に上場されてお

り、自由に売買できる市場があることからすると、株式の譲渡制限が解

除された場合、株式の交付時を収入計上時期としなかった理由(所得が

実現していないと判断した理由)が消滅することになる。そうであれば、

当該株式に係る譲渡制限の解除時には、株式の換価可能性が認められる

ことにより「所得が実現」したと解する考え方にも合理性があると考え

る。このような考え方は、権利Bが証券化されて市場が存在する場合に

おいて、その権利Bに付された譲渡制限が解除されたときを収入計上時

期と解すべき余地があるとする考え方とも整合する(236)。

そして、このように、インセンティブ報酬として交付される株式の譲

渡制限解除時を収入計上時期とする考え方は、株式の交付時には譲渡制

限により当該株式を自由に処分することはできないが、譲渡制限の解除

によりその自由な処分が可能になったこと、換言すれば、譲渡制限の解

除前は当該株式を管理支配しておらず、譲渡制限の解除によって当該株

式を管理支配することとなったことを根拠とするもののようであり、い

わゆる管理支配基準と整合するのではないかと思われる。

(4)以上のことからすると、 初に株式を交付する類型のインセンティブ報

酬の収入計上時期については、①交付された株式を没収されることがなく

なったときと、②株式に付されていた譲渡制限が解除されたときの2通り

の考え方のいずれにも合理性があると考えられる。①の考え方における株

式の没収可能性と、②の考え方における株式の譲渡制限は、いずれも「所

(236) 米国では、現物株式には「容易に算定可能な適正市場価値」が存することを前提

として、原則としてストック・オプションと同様の課税制度が設けられている(渡辺・

前掲注(67)〔264・265 頁〕)。すなわち、交付された株式が権利失効の実質的な危険

にさらされていなければ、交付時に課税され、さらされている場合にも、交付時課税

の選択が可能であるが、その選択をしなかった場合には、当該危険にさらされなく

なったときに課税されることとされている。

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129 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

得の実現」を妨げる理由であり、それが消滅したときに所得が実現すると

考えられるからである。

そうであれば、これらのいずれか一方が消滅したとしても、他方が存続

する限り所得は実現しないと考えられるから、結論としては、これらのい

ずれか遅いときが収入計上時期になると考える(237)。

なお、インセンティブ報酬としてのリストリクテッド・ストックを想定

すると、設定された目標が達成される前に譲渡制限を解除して株式の譲渡

を可能にしたのでは、インセンティブの効果が希薄になるばかりでなく、

終的に目標が達成されなかった場合に交付した株式の回収(没収)リス

クが生ずることになるので、実際に目標達成前に譲渡制限が解除されるこ

とはないと考えられる。したがって、論理的にはともかく、事実上、譲渡

制限の解除時が収入計上時期になると考える(238)。

第6節 現行法令との関係等

1 各種インセンティブ報酬の収入計上時期

研究の結果を踏まえて各種インセンティブ報酬の収入計上時期を整理する

と、次表のとおりとなる。

(237) ただし、譲渡制限が解除されたとしても没収される可能性がある以上、所得が発

生しない可能性は依然として存在するのに対し、譲渡制限が付されていたとしても没

収可能性がなくなったときは、株式が無価値となる場合を除き、以後、所得が発生し

ない可能性はなくなることからすると、没収可能性がなくなった時点で株式を確定的

に取得することにより所得が実現し、譲渡制限は株式価値の評価において考慮すべき

要素になると考えることにも合理性があるように思われる。 (238) なお、インセンティブ報酬としての譲渡制限とは別に、役員在任中に一定数の株

式の継続保有を求めるために譲渡制限を付すことや、違法行為等があった場合に株式

を没収する条件を設けることも想定される(石綿ほか・前掲注(15)〔10 頁〕)。これら

が収入計上時期の判断に影響を与えない譲渡制限であるか又は既に報酬として受領

した株式の返還(寄付)であると判断されれば、インセンティブ報酬としての譲渡制

限又は没収可能性とは区別して考えることになる。

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130 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

事前に交付

されるもの

終的に交付

されるもの 収入計上時期

(1) 金銭

金銭

金銭の返還を要しないこととなった

とき。

(2) 権利A 権利行使時。

(3) 権利B

株式

原則として権利行使時。

(4) 株式

株式の没収可能性がなくなったとき

と、譲渡制限の解除時とのいずれか遅

いとき。

2 現行法令との関係等

(1) 初に金銭が交付される類型のインセンティブ報酬については、その収

入計上時期を個別に定めた法令の規定は存しない。したがって、所法 36

条の解釈等に基づいて判断することになるが、研究においては、インセン

ティブ報酬以外の類似する取引形態における収入計上時期の考え方を踏ま

えて検討することにより、一定の結論を導き出すことができたものと考え

る。

なお、この類型のインセンティブ報酬は実際には見当たらないので、そ

の収入計上時期が問題となる事例は生じないと思われるが、他の類型のイ

ンセンティブ報酬の収入計上時期の検討において有用な考え方を得たもの

と考えている。

(2) 初に権利Aが交付される類型のインセンティブ報酬は金銭報酬であり、

その収入計上時期を個別に定めた法令の規定は存しない(239)。したがって、

その収入計上時期については、上記(1)の類型のインセンティブ報酬と

(239) 所令 84 条2項は、金銭報酬には適用されない。

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131 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

同様、所法 36 条の解釈等に基づいて判断することになる。

結論としては、第3節で述べたとおり、権利Aの交付時等を収入計上時

期と解すべきではなく、権利行使時が収入計上時期になると解されるので

あるが、これは、権利Aが市場で売買される状況にないことを前提とする

考え方である。したがって、論理的には、権利Aの交付時又は譲渡制限の

解除時が収入計上時期となることが全く無いとはいえないが、現実に権利

Aが市場で売買される状況を想定することはできないため、実際に問題と

なる場面は生じないと考える。

したがって、現時点において、権利Aを交付する類型のインセンティブ

報酬の収入計上時期について個別の規定を設ける必要はないと考える(240)。

(3) 初に権利Bが交付される類型については、次のとおりである。

イ 権利Bが交付される類型のインセンティブ報酬については、第4節1

で述べたように、大きく2つの仕組みが存在する。1つは、権利Bの行

使により取得する株式自体の価値が報酬となるリストリクテッド・ス

トック・ユニット等の仕組みであり、もう1つは、権利Bの行使により

時価よりも低い価額で株式を取得するストック・オプションの仕組みで

ある。

これらの権利Bが交付される類型のインセンティブ報酬のうち、ス

トック・オプションとしての新株予約権等については、所令 84 条2項

の規定が設けられている(241)。同項の規定は、新株予約権等の交付時に

おいて「当該権利の譲渡についての制限その他特別の条件が付されてい

る」こと等を適用要件とし、要件を満たす新株予約権等については、そ

の権利行使時に権利行使益に対して課税することを規定したものと解

(240) ただし、仮に権利Aを交付する類型のインセンティブ報酬の収入計上時期に関す

る規定を設ける場合には、基本的な仕組みが一致する権利Bを交付する類型のインセ

ンティブ報酬の収入計上時期を定めた規定(所令 84 条2項)との整合性を図る必要

があると考える。 (241) リストリクテッド・ストック・ユニット等は、権利行使時の払込金額(権利行使

価格)がないので、会社法上の新株予約権には含まれず、所令 84 条2項は適用され

ないと考える。

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される。

したがって、新株予約権等の交付時において譲渡制限等が付されてい

る場合には、その交付時、権利行使可能時又は譲渡制限の解除時には課

税せず、権利行使時を収入計上時期とすることになるが、要件を満たさ

ない新株予約権等に関しては、所法 36 条の解釈に基づいて収入計上時

期の判断を行なうことになる。

ロ 研究における結論は、権利Bが交付される類型のインセンティブ報酬

の収入計上時期は、原則として権利行使時とするものであるから、所令

84 条2項が規定する内容と基本的に齟齬するものではない。

ただし、第4節2(5)で述べたように、権利Bが証券化され、それ

を売買する市場があると認められる場合には、権利Bに付された譲渡制

限の解除時を収入計上時期と解すべき余地がある。インセンティブ報酬

としての権利Bに関しては、実際に問題となる場面は生じないと考えら

れるが、同項の規定は、インセンティブ報酬としての新株予約権等に限

定して適用されるわけではないので、同項の規定にこのような問題が存

在していることを認識しておく必要はあると考える。

ハ これらのことからすると、所令 84 条2項は、文理上、所法 36 条2項

に規定する価額(同条1項の収入すべき金額)について定めたものであ

るものの、その適用範囲は限定的であり、インセンティブ報酬の一般的

な収入計上時期について確認的に規定していると解するべきではないよ

うに思われる。

(4) 初に株式が交付される類型については、次のとおりである。

イ 初に株式が交付される類型のインセンティブ報酬において、譲渡制

限及び無償取得事由が定められ、役務提供の対価として交付される株式

は、特定譲渡制限付株式に該当し、所令 84 条1項が適用される(242)。同

(242) リストリクテッド・ストック・ユニット等は、株式を事後に交付するため、無償

取得事由が設けられておらず、同条1項の譲渡制限付株式にも該当しない(荒井・前

掲注(20)〔15 頁〕)。

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項が適用される特定譲渡制限付株式については、その交付時ではなく、

譲渡制限の解除時が収入計上時期になると解されるが、特定譲渡制限付

株式に該当しないリストリクテッド・ストックやパフォーマンス・シェ

アに関しては、所法 36 条の解釈に基づいて収入計上時期の判断を行な

うことになる。

ロ 研究における結論は、株式が交付される類型のインセンティブ報酬の

収入計上時期は、株式が没収される可能性がなくなった時(無償取得事

由が消滅した時)と、株式に付された譲渡制限が解除された時とのいず

れか遅い時とするものである。したがって、株式の没収可能性を考慮し

ていない所令 84 条1項の規定には疑問が残るところであるが、インセ

ンティブ報酬としてのリストリクテッド・ストック等を想定すると、事

実上、譲渡制限の解除時が収入計上時期になると考えられる(243)ので、

実際に問題が生ずることはないと考える。

また、インセンティブ報酬である以上、交付された株式に譲渡制限を

付し、無償取得事由を定めることは必要と考えられるので、同項が適用

されない場合は考え難い。したがって、この観点からも、実際に問題が

生ずることはないと考えられる。

ハ 所令 84 条1項の規定は、第3章第4節で取り上げたリストリクテッ

ド・ストックに係る東京地裁平成 17 年判決(244)等を踏まえて「個人が報

酬として譲渡制限付株式を交付された場合の総収入金額への算入時期等

について法令上明確化が図られ」たものであると説明されている(245)。

同判決は、譲渡制限の解除が所得の実現における重要な判断要素とな

ると考えていたようであるが、この判決の事実関係においては、株式の

没収可能性がなくなった時と、譲渡制限が解除された時が一致していた

ため、そのいずれを収入計上時期とすべきかについて、特に議論されて

(243) インセンティブ報酬においては、設定された目標の達成前(株式の無償取得事由

が消滅する前)に譲渡制限が解除されることは想定されない。 (244) 東京地判平成 17 年 12 月 16 日訟月 53 巻3号 871 頁。 (245) 財務省・前掲注(66)〔126 頁〕。

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134 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

いなかったのではないかとも考えられる。

そして、株式の没収可能性を考慮する考え方は、法人税法の規定とも

整合する。すなわち、法法 54 条1項は、インセンティブ報酬における

役務の提供を受けた日(損金算入時期)について、平成 28 年度の税制

改正では、給与等課税事由が生じた日(譲渡制限の解除時)と規定して

いたところ、平成 29 年度の税制改正により、給与等課税額が生ずるこ

とが確定した日(無償取得事由が消滅した時)とする改正が行われてお

り、当該改正については「譲渡制限が解除されていなくても、無償で取

得される可能性がなくなった場合には、その時点において権利が確定し

たといえるので、そのなくなった日において役務の提供を受けたものと

することとされた」と説明されているのである(246)。

3 小括

以上のとおり、各種インセンティブ報酬の収入計上時期に関しては、一般

的な規定が設けられているわけではなく、その適用要件を定めた一定の場面

に限定する形で個別の規定が設けられているにすぎない。具体的には、権利

Bを交付する類型のインセンティブ報酬のうち、ストック・オプションとし

ての新株予約権等に関するもの(所令 84 条2項)と、株式を交付する類型

のインセンティブ報酬としての特定譲渡制限付株式に関するもの(同条1項)

についてのみ規定が置かれている。

これらの規定は、我が国において利用できるインセンティブ報酬の仕組み

が順次導入されるに伴って、追加・改正されてきたものであり、インセンティ

ブ報酬の全体を通じて統一的に規定されているというよりも、適用場面を限

定した上で、個々に規定を設けている観が否めない。そのため、これらの規

定が適用される場合についてはともかく、直接適用されない場合における収

入計上時期の判断は必ずしも容易ではない。

(246) 財務省・前掲注(69)〔313 頁〕

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135 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

現状において具体的な問題が生ずる場面は想定されないが、将来、新たな

形態のインセンティブ報酬が考案される可能性も少なくないと考えられるの

で、そのような事態に備えて全体として統一的であり、整合性を有する考え

方に基づいて規定を整備する必要があるのではないかと考える。

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136 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

結びに代えて

インセンティブ報酬の課税に関しては、過去に多数の裁判例において、外国

法人から与えられたストック・オプションの権利行使益に係る所得区分等が争

われ、その関連で収入計上時期についても検討されてきた。我が国では、株式

を利用したインセンティブ報酬としてストック・オプションが中心に利用され

てきたが、近年、株式報酬を認める会社法上の解釈指針が示されたことに伴っ

て、税法が改正され、今後は、様々な種類のインセンティブ報酬の導入が可能

となり、その利用が増加するものと予想されている。そこで、この機会に、イ

ンセンティブ報酬の収入計上時期に関する一般的な考え方を整理することを目

的として研究テーマを選定したものである。

研究に当たって過去の裁判例を分析したところ、収入計上時期の判断におけ

る権利確定主義の適用関係が不明確であったため、その点が研究の中心になっ

た。権利確定主義に関する議論は古くから行なわれており、その適用の境界や

「権利の確定」の判断基準の曖昧さは、かねてから指摘されてきたところであ

る。

権利の確定の判断に当たっては、所得の種類や取引の形態に応じた適切な基

準を設定することが重要であることから、研究では、権利確定主義を適用すべ

き取引の形態として3通りの類型を想定して検討を行なった。これらの類型で

は、いずれも収入が発生することを前提として、具体的な金銭の支払請求権又

は資産の引渡請求権が「収入の原因となる権利」に該当するものと考え、これ

らが観念できる場合には権利確定主義が適用されると考えている。これで、全

ての場合が判断できるとは思われないが、一つの目安あるいは考え方の例示に

はなったのではなかろうか。

また、金銭や株式等の資産を受領しても、純資産が増加しない場合には「所

得が実現」しないので、そのような場合には権利確定主義の適用を議論する必

要はないと考える。その例として借入金について検討したところ、借入時には

所得は実現せず、債務の免除時に所得(債務免除益)が生ずるのであるが、債

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137 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

務免除益について権利確定主義を適用して収入計上時期を判断することは適切

ではないと考えている。

このような考え方の整理を踏まえて、インセンティブ報酬の収入計上時期に

ついての検討を行った。検討に当たっては、インセンティブ報酬を4つに分類

し、それぞれの類型ごとに収入計上時期についての考え方を整理している。

結論としては、事前に交付される権利や株式の交付時は、収入計上時期には

ならないが、それは権利確定主義に基づいて判断したものではなく、「所得が実

現」していないことが理由と考えている。このように考えることにより、過去

の裁判例における判決理由では不明確だった権利確定主義の適用関係を、ある

程度整理することができたのではないかと考えている。

また、4つの類型のうち、 初に交付されるものが〔(1) 金銭と(4) 株

式〕、〔(2) 権利Aと(3) 権利B〕の組合せにおいては、それぞれ金銭報酬

と株式報酬という違いがあるにすぎないので、これらを整合性のある考え方で

整理する必要があると考えた。

これらの中では、権利Bのうちストック・オプションとしての新株予約権と、

株式報酬であるリストリクテッド・ストックとしての特定譲渡制限付株式につ

いては、所令 84 条2項又は同条1項が適用されるが、それら以外のインセン

ティブ報酬については、所法 36 条に基づいて収入計上時期を判断することに

なる。その際、具体的には、個々の事実関係に基づいて検討することになるも

のの、本研究で示した基本的な考え方を踏まえ、全体として整合性のある判断

をする必要があると考える。

ところで、現行法令の規定には、研究の結果と完全には一致していない場合

があることが認められた。

1つは、権利Bが証券化されて自由に売買できる市場が存在する場合におい

て、権利Bの交付時に付されていた譲渡制限が解除された場合の収入計上時期

についてである。現行所令 84 条2項によれば、証券化や市場の有無は条件と

されていないので、交付時に譲渡制限が付されていれば、文理上、その収入計

上時期は権利行使時になると解さざるを得ない。これに対し、研究の結果によ

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138 税務大学校論叢第 92 号 平成 30 年6月

れば、市場のある権利Bが譲渡制限等を付されずに交付された場合には、交付

時に課税すべきと解されることとのバランスを考慮し、譲渡制限の解除時を収

入計上時期と解すべきと考えたところである。

2つ目は、譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック)の収入計上時期

についてである。現行所令 84 条1項によれば、同項の要件を満たす特定譲渡

制限付株式の収入計上時期は、譲渡制限の解除時になると解されるのであるが、

研究の結果によれば、その判断に当たっては、株式の無償取得事由(没収の可

能性)についても考慮すべきと考えられるのである。

ただし、いずれの場合もインセンティブ報酬であることを前提とすれば、実

際に問題となる場面は生じないと思われるので、敢えてそのためだけに法令等

の改正を行なう必要はないと考える。

今後は、インセンティブ報酬以外の場合との比較において不合理な場面や、

現行の規定を悪用して課税の繰延べや所得区分の変更が行われることがないか

という観点からの検討も必要と考える。