第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情...

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4 章 国、地域別日本語教育事情 4 章 国、地域別日本語教育事情 本章の読み方 本章の構成は下記のとおり 要: 一般事情政治・経済教育制度等 日本との関係*外務省ホームページより引用 日本語教育事情: 1.日本語教育の実施概要2.日本語教師について 3.教育機器について 4.教科書、教材について 5.学習目的、到達目標について 6.日本語教育に関する問題点と取り組み 7.求められる日本語教育支援 上記は国別(ロシアのみ地域別)に共通項目 *調査対象機関には国別(ロシアのみ地域別)に通し番号(①、②、……) をつけてあり、同番号は資料Ⅰ「ロシア・NIS諸国調査先日本語教育機 関データ」の目次番号と同一。 本章で使用する用語について 日本センター 下記の地にある「日本センター」は、市場経済への移行を目指すロシア・ NIS諸国の改革を日本国として支援するための国際機関「支援委員会」(事務 局は東京)が設置したもの。 ロシア(モスクワ、サンクトペテルブルグ、ハバロフスク、ウラジオストク、 サハリン)、ウクライナ(キエフ)、キルギス(ビシケク)。 上記以外の「日本センター」は、現地にて独自に設置したものである。 日露青年交流センター 日露両国の政府間協定に基づき設置された国際機関である日露青年交流委 員会の事務局(東京)。 39

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情

第 4 章 国、地域別日本語教育事情

― 本章の読み方 ―

本章の構成は下記のとおり

各 国 概 要:

一般事情* 政治・経済* 教育制度等 日本との関係* *外務省ホームページより引用

日本語教育事情: 1.日本語教育の実施概要* 2.日本語教師について 3.教育機器について 4.教科書、教材について 5.学習目的、到達目標について 6.日本語教育に関する問題点と取り組み 7.求められる日本語教育支援 上記は国別(ロシアのみ地域別)に共通項目 *調査対象機関には国別(ロシアのみ地域別)に通し番号(①、②、……)

をつけてあり、同番号は資料Ⅰ「ロシア・NIS諸国調査先日本語教育機

関データ」の目次番号と同一。

本章で使用する用語について

日本センター 下記の地にある「日本センター」は、市場経済への移行を目指すロシア・

NIS諸国の改革を日本国として支援するための国際機関「支援委員会」(事務 局は東京)が設置したもの。

ロシア(モスクワ、サンクトペテルブルグ、ハバロフスク、ウラジオストク、

サハリン)、ウクライナ(キエフ)、キルギス(ビシケク)。 上記以外の「日本センター」は、現地にて独自に設置したものである。

日露青年交流センター 日露両国の政府間協定に基づき設置された国際機関である日露青年交流委 員会の事務局(東京)。

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ロシア連邦�

Russian Federation

ロシア連邦�

ウクライナ� カザフスタン�モンゴル�

バイカル湖�ヴォルガ川�

中 国�

モスクワ� カザン�

エカテリンブルグ

�トムスク

ウラン・ウデ�

ヤクーツク�

マガダン�

ペトロパブロフス

ク・カムチャツキ

ー�

ナホトカ�

ウラジオストク�

ハバロフスク�

ユジノサハリンス

ク�

ノボシビルスク�

クラスノヤルクス

リャザン�

サンクトペテルブ

ルグ�

一般事情�

政治・経済�

教育制度等�

《面積》1,707万H(日本の45倍、米国の2倍近く)� [参考:ソ連: 2,240万H] �《人口》1億4,500万人(2001.1.25)� [参考:ソ連: 2億8,862万4千人/1990.1.1]�《首都》モスクワ�《民族》ロシア人(81.5%)、タタール人(3.8%)、ウクライ ナ人(2.9%)、チュヴァシ人(1.2%)�《言語》100以上の言語があるが、ロシア語が公用語�《宗教》ロシア正教がもっとも優勢であるが、イスラム教、ユ ダヤ教、仏教等多数の宗教がある。�《略史》ロシア諸国の起源は、9世紀、ノルマンの首長リュー リックがノヴゴロド公国を建てたことに始まる。13世紀の蒙 古の支配を経た後、モスクワ公国、ロマノフ朝ロシア帝国 と支配者の交替を経て、1917年、革命によりレーニン率い るボリシェヴィキがソヴィエト政権樹立。レーニン、スターリ ン、フルシチョフ、ブレジネフ、アンドロポフ、チェルネンコ、ゴ ルバチョフと指導者が交替した後、1991年8月の政変で共 産党支配が終了し同年12月のソ連邦解体にともないエリ ツィン大統領の率いるロシア連邦が成立した。�

《政体》共和制�《元首》プーチン,ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ大統領� (任期4年、2期まで) �《議会》連邦院(定数178:連邦構成主体の行政・立法機 関の代表)と国家院(定数450、任期4年:最近の選挙は 99年12月)の2院からなるロシア連邦議会�《政府》首相 カシヤノフ,ミハイル・ミハイロヴィチ�《主要産業》鉱業(石油、天然ガス、石炭、鉄鉱石、金、ダ イヤモンド等)、鉄鋼業、機械工業、化学工業、繊維工業�《GNI/一人当たりのGNI》3,290億米ドル/2,250ドル (99年:世銀)�

《教育制度》4-5-2制。ロシアでは初等・中等教育は11年 制の学校(シュコーラ)で行われる。シュコーラには普通 学校と専門学校(普通学校よりも特定の科目に力を入 れた学校)がある。11学年のうち、1~4学年が初等教 育、5~9学年が前期中等教育、10~11学年が後期中 等教育にあたる。10、11学年へは高等教育を希望する 者(大部分)が進学する。高等教育は11学年卒業後 の総合大学(4年間または5年間)、もしくは単科大学� (4年間または5年間)で、学士号(5年間修学のところ 修士号の場合もある)を取得する。1学年から9学年ま では義務教育であるが、初等教育では6歳入学と7歳入 学の機関があり、それぞれ4年間と3年間が修学期間と なる。このため7歳入学の機関では4学年に在籍生徒 がいない場合がある。�《教育行政》初等、中等、高等教育機関のほとんどが教 育省の管轄下にある。�《言語事情》公用語はロシア語であるが、タタールスタン 共和国におけるタタール語等、民族語の復権の動きが 強まっている地域もある。�《外国語教育》普通学校では5学年から外国語の授業が 始められる。ほとんどの学校で外国語は一言語としてお り、英語であることが多い。複数の言語を学ぶ学校では、 第一外国語は必修科目であり、選択科目としてファクリ タチフと呼ばれる外国語の授業が行われている。このフ ァクリタチフは日本の選択科目より自由な性質を持つも のであり、評価や履修の記録は成績表に特に残されな いことが多い。専門学校では、通常、2学年から一つもし くは二つの外国語の授業が始められる。その他、リツェ イやギムナジア等(初等・中等教育機関)では、入学と 同時(1学年)にニつ以上の(ニつであることが多い)の 外国語の授業が始まる。授業のレベルは比較的高いと 言える。また、専門学校やリツェイでは、外国語は必修 科目であることが多い。教えられている外国語の種類は 学校によるが、第一外国語は、ほとんどの場合、英語、 フランス語、ドイツ語、スペイン語、日本語、中国語のう ちいずれかであり、特にその中でも英語である場合が多い。�

首都� 地方都市�

クラスノダール�

ピャチゴルスク�

イルクーツク�

ニジニノブゴロド

- 40 -�

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部

日 本 語 教 育 事 情

ロシア主要部

1.日本語教育の実施概要

ロシア主要部として、ロシアの首都モスクワ市

とリャザン州の日本語教育事情をここで概観する。 ロシア・NIS諸国では、ほとんどの機関でソ

連邦崩壊後に日本語教育が開始されている。モス

クワには、ソ連時代から日本語教育を実施してき

た歴史ある大学があり、教員の層も厚く、レベル

の高い教育が実施されている。モスクワは、やは

りロシア・NIS諸国における日本語教育の中心

的存在といえるだろう。 モスクワ大学、国際関係大学、モスクワ言語大

学などの高等教育機関において、日本語教育が本

格的に行われ、専門家が育成されている。そのほ

か、初・中等教育機関、社会人対象の講座などで

も日本語教育が行われている。 モスクワ市内の初・中等教育機関約 10 校で行

われている日本語教育は、ほとんど各校 1~2 名

の教員によって指導されている。教育内容の充実

度は、その教員の熱意、資質、経験に依存すると

ころが大きい。授業形態は、必修あるいは選択必

修科目としてよりも、自由選択科目として実施し

ているところが多い。初・中等教育共通の詳細な

カリキュラム、シラバスなどは存在せず、担当教

員の裁量に任されている。教室環境、教材、機材

などの教育環境は、機関により大きな差がある。 また、モスクワ近郊の諸都市でも日本語教育が

始められているが、特に、日本からの日本語教師

派遣のあるリャザンでは定着しつつある。

<高等教育機関> ①モスクワ大学

2 世紀にわたる歴史をもち、人文科学、社会科

学、自然科学関係の学部をもつ総合大学。ソ連時

代から最高学府としての名声と実力を備え、多く

の卒業生が国内外で活躍している。

(A)アジア・アフリカ諸国大学日本語日本文学講座

モスクワ大学付属アジア・アフリカ諸国大学は、

クレムリンの向かいに位置し、1956年に創立され

た東洋大学の日本語朝鮮語講座が前身であり、72年にアジア・アフリカ諸国大学となった。故ゴロ

ブニン教授が、長く指導にあたり、同氏の教科書

『日本語』は、今でもロシア国内ばかりでなく、

NIS諸国の日本語教育で使われている。現在、

日本語教育を行っている教師の多くが、この教科

書で日本語を学んできており、この地域の日本語

教育のあり方に、大きな影響を及ぼしている。

アジア・アフリカ諸国大学(ISAA)の校舎

日本語日本文学講座では、教師約20名が教育・

研究指導にあたっている(うち1名は国際交流基

金/(社)日本外交協会派遣の日本語教育専門家)。

学部学生約100名が在籍し、また大学院生もいる。

教師は、ほぼ全員が同大学の出身であり、日本文

学、日本語学、翻訳通訳論、日本語教育等を専門

としている。伝統的な厳しい文法語彙教育を受け

ており、日本語に対する知識は総じて高く、1 年

間から数年間の滞日経験や、通訳業務の経験をも

つこともあり、会話力は高い。 学部は5年制で、学生は日本語専攻であるとと

もに、言語文学、歴史、経済のいずれかも専攻す

る。2000年度の学習プログラムは、最も授業数の

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部

多い 1 年は、週 8 コマ、年間 240 コマ(80 分/

コマ)となる。学年が上がるにしたがって、日本

語の学習時間は減るが、5年間で総計850コマ(文

学専攻はさらに言語学・日本文学270コマが加わ

る)が予定されている。実際のクラスは、主に、

ゴロブニンの『日本語』の内容に沿って授業が行

われ、文法教育、漢字教育、ロシア語訳が重視さ

れる。次に、01年度の学習プログラムを紹介する。

毎年、年間コマ数などに、若干の変更がみられる。

アジアアフリカ諸国大学使用教材別にみる学習プログラム

クラ

授業時間数

(1コマ=80分)

教師

主教材名

1年 経済

1

8 8コマ/wx30w=240コ

マ/年

露2

日1

日本語初級(ネチャエワ)

経済

2

7 8コマ/wx30w=240コ

マ/年

露2

日1

日本語初級(ネチャエワ)、

日本語で読んで書いて話し

て(ストルーゴワ、シェフテレ

ビッチ)

文学 4 9コマ/wx30w=270コ

マ/年(*1)

露3

日1

日本語で読んで書いて話し

て(ストルーゴワ、シェフテレ

ビッチ)

歴史 4 8コマ/wx30w=240コ

マ/年

露2

日1

2年 経済 9 7コマ/wx30w=210コ

マ/年

露2

日1

日本語(ゴロブニン)

歴史 11 7コマ/wx30w=210コ

マ/年

露3

日1

経済 9 6コマ/wx30w=180コ

マ/年

露2

日1

3年 3年生のための教科書(マエ

フスキ-)、中級における和

露・露和通訳(ミーシナ) 文学 8 11コマ/wx30w=330

コマ/年(*2)

露4

日1

露2

歴史

9 6コマ/wx30w=180コ

マ/年 日1

露3 経済

1

7

5コマ/wx30w=150コ

マ/年

経済

2

7 5コマ/wx30w=150コ

マ/年

露3

4年

Intensive Course in Japanese

Intermediate 、 通訳( ブ ィ コ

ワ)、ニュースで学ぶ日本

語、新聞で学ぶ日本語

文学 12 10コマ/wx30w=300

コマ/年(*3)

露5

5年 15 4コマ/wx30w=120コ

マ/年(*4)

露4 日本語教科書上級Ⅰ、自作

資料、新聞等生教材

教師数:露→現地人教師 日→日本人教師。

* 1:含言語学1 コマ *2:含言語学2 コマ、日本文学3 コマ

* 3:含日本文学3 コマ *4:含教授法1 コマ

近年、日本で開発された視聴覚教材も使われて

いる。00年度の週当たりの授業内容は次のとおり

(1 年:文法 5 コマ/会話 3 コマ。2 年:文法 4/会話 3。3 年:文法 3/会話 3・4 年:文法 2/会話2/翻訳1。5年:文法1/会話1/翻訳1)。

また同校は、東海大学、創価大学、龍谷大学な

どとの交換留学制度があり、各学部学生の多く(毎

年10数名)が、4年次終了後1年間日本へ留学す

る機会をもつ。

アジア・アフリカ諸国大学の授業風景

(B)ジャーナリズム学部

アジア・アフリカ諸国大学に隣接するジャーナ

リズム学部は、ソ連時代から多くのジャーナリス

トを育ててきた歴史がある。 日本の援助で日本センターが学部内に設置され

たのを機に、1999 年 3 月、1,2 年生の希望者を

集めて日本語教育が始められた。00 年度には、1年 8 名、2 年 6 名、3,4 年生 10 名、合計 24 名

が学んでいる。教師は、アジア・アフリカ諸国大

学との兼任の現地人教師1名と、日露青年交流セ

ンターから派遣された日本人教師1名。教材には

日露青年交流センター作成のテキスト等を使用。

授業は週2コマ(90分/コマ)で、ジャーナリズ

ム専攻の学生たちに合わせ、ニュースや新聞用語

への理解、その聴き方、見方の修得を目標として

いる。 ②モスクワ国立言語大学 1930年に設立。在籍学生数は約3000人。モス

クワ国立外国語大学(外国語のみの単科大学/

Institute)から、モスクワ国立言語大学(法律等

の新しい分野を新設し、総合大学/Universityに

なった)に改称された。90年9月に日本語教育が

開始されている。後述する2学部(翻訳通訳学部

と言語学部)以外では、教育学部で日本語を履修

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部

した学生が98年度に4名卒業。 また、付属のリセ(中等教育機関)をもち、生

徒は2つの言語(英語と日本語など)を第1外国

語として学んでいる。リセ卒業試験の成績が良け

れば、無試験で同大学に入学できるため、入学前

から日本語力を備えている場合もある。 (A)翻訳通訳学部 1990 年に日本語教育を開始した。1~5 年生に

1 クラスずつ日本語クラスがあり、1 クラスの人

数を、それぞれ8人以内に制限した少数精鋭の授

業。学習者数は 29 名。希望者は多く、入学の倍

率は10倍になる。学生の約10%が有料学生。カ

リキュラム・方針は学部が決定し、コースデザイ

ンは講座が決定する。教師は9名で日本人教師は

いない。授業数は学年により異なり、週に 7~9コマ、年間192~266 コマ(90 分/コマ)ある。 大学自体の方針が、「コミュニカティブ・アプ

ローチ」の実践で、日本語講座の教師たちも、伝

統的な文法訳読法にとらわれず、コミュニカティ

ブな授業を目指している。1 年から日本語・日本

研究の授業がはじまり、3 年からは翻訳・通訳の

専門の授業が並行して行われる。卒業生は日本国

大使館で働くなど、各方面で活躍している。

(B)言語学部 言語学部では、1993年に副専攻として日本語教

育を開始。新入生にどの外国語を学ばせるかは、

学長が決定する。そのため、00年度の日本語学習

者は、5 年生に 7 名(うち 3 名は留学中)在籍す

るのみ。カリキュラム、授業内容、教師(3 名)

は翻訳通訳学部と共通。

③モスクワ国立国際関係大学 1944 年、モスクワ大学の学部から独立。01 年

度の学生数は約 3870 名(うち、429 名は外国人

留学生。354 名が夜間コース。大学院生もいる)。

国際経済、国際法、国際関係、国際ジャーナリズ

ム学部がある。設立当初より、外交官養成の大学

として知られていたが、現在も外務省関係者の子

弟が多い。市中心から南西に、やや外れた地区に

あり、周囲の丘には新興高層住宅街が広がる。 日本語教育は 54 年 9 月に開始。日本語講座は

国際関係学部に属し、ほかに、韓国語、モンゴル

語、インドネシア語の講座がある。国際関係学部

には、第1外国語として日本語を専攻するクラス

が毎年1クラス(10名以下)置かれるが、他の学

部は希望者数に応じて設置されるため、01年度は、

経済学部の4,5年生と、ジャーナリズム学部の1年生だけに学習者が在籍するのみ。学習者数がや

や減る傾向にあるという。 学習時間は、1年が週6コマ(80分/コマ)、2

~4年生が5コマ、5年生が4コマで、文法・読解

法が中心。第2外国語としての選択はない。学内

の各学部では、同大学入学のための準備コースが

開かれており、年によっては日本語が大学入試科

目になるため、準備コースにおいても2年間、日

本語が教えられることがある。現国際関係学部 1年生は、入学時にすでに初級前半を終えている。

01年度は、国際経済学部の準備コースで日本語が

教えられている。ほとんどのクラスに長期日本滞

在経験者がいるが、日本で正式に日本語を学んだ

者は少ない。 教師陣6名はいずれも経験豊かで、長年母語話

者教師なしでやってきたが、01年に、国際交流基

金日本語教育アドバイザー1 名が会話指導等に加

わった。日本の国際基督教大学、静岡県立大学と

大学間協定がある。 ④ロシア科学アカデミー東洋研究所付属東洋大学 ロシア科学アカデミー東洋研究所は、1818年に

設立された東洋学を総合的に研究する機関である。

その研究分野は、言語、文学、民族学、歴史、宗

教、経済、経営、情報システムと多岐にわたって

おり、対象も極東から北アフリカ、中国からオー

ストラリアまで、世界の3分の2にあたる。同研

究所付属東洋大学は 92 年に設立され、在籍学生

数は約100名。同研究所長が学長を兼任し、東洋

学者、地域研究の専門家の養成を目的としている。 日本語教育は東洋大学の設立と同時の 92 年 9

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部

月に開始された。日本語は外国語の中で最も人気

があり、ほぼ毎年開講されている。01年度の学習

者は31名。9名の現地人教師と日本人2名(現地

契約)が講師をしている。各学年週6コマ、年間

204コマ(80分/コマ)の授業があり、上級まで

総合的な教育が行われる。 卒業生の進路は、日本国大使館への就職、日本

の諸大学に研究員として留学、東洋研究所の大学

院への進学などである。大学付属の夜間ビジネス

コース(3・6・9ヵ月)にも日本語講座がある。 ⑤ロシア国立人文大学 ロシア国立人文大学は、前身のモスクワ歴史古

文書大学の組織を引き継ぎ、1991年に設立された。

学生数約5000人。 日本語コースは、理論応用言語学部で開始され

た。理論応用言語学部の学生は、第1外国語とし

て諸外国語を選択するが、人気があるのは日本語、

英語、ドイツ語。東洋語を選択する者は全体の3

分の1で、その中でも1位が日本語、次に中国語、

朝鮮語。1~5 年生の各学年に 1 クラスずつ、10名以内の学習者がおり、01年度は計33名が履修

している。法学部、芸術歴史学部等の学生も第 1外国語として日本語を選択でき、同じクラスで一

緒に学んでいる。それぞれの学年に担当教師がお

り、授業内容、使用教科書などは、各教師が決定

する。5 年生は、主に新聞記事の精読・翻訳を行

う。東京大学と大学間協定があり、交換留学を行

っている。日本からの留学生 1~2 名が、週 1 コ

マ程度、会話等の授業を担当する。

⑥モスクワ(ガウデアムス)外国語大学 1990 年設立の非国立非営利大学。学生は学費

を払うが、国立大学・有料学生の8分の1程度の

学費。在籍学生数は 1000 人以下。外国語学部、

翻訳通訳学部、経済法律学部のほか、01年9月よ

り情報テクノロジー学部、外国研究・地域研究学

部が新設された。外国研究・地域研究学部にも日

本語講座がある(01年度は1年生14名が在籍)。 外国語学部では、1~5 年生まで、21 名が日本

語を主専攻としている。そのほか、英、仏、独、

伊語コースがある。主専攻ながら、教師数が不足

(現地人教師3名)している。授業時間は週5コ

マ、年間170コマ(90分/コマ)。ほとんどの学

生が日本への留学を希望しているが、実際に行け

る学生は少ない。卒業後の進路も、日本関係の仕

事に就ける者はほとんどいない。 01年度新設の外国研究・地域研究学部でも日本

語教育が始まり、学習者が14名いる。 教育方針は、実践能力を重視しており、日本語

を研究対象と捉える機関とは、一線を画している。

ロシア国立人文大学学内にあるインターネットカフェ室

⑦モスクワビジネス大学

1992 年設立の国立大学で、学生総数 672 名。

日本語講座は、経営・経済学部所属で 93 年 3 月

開始。第 1 外国語は英語で、日本語は必修の第 2外国語(ほかに独・仏語がある)として選択され

る。履修期間は5年で、00年度は22名の卒業生

を出し、01年度の履修学生は99名と多い。授業

時間は、週3~4コマ(90分/コマ)で、これを

2 名の教師で教えるため、負担がかなり大きい。

新潟産業大学との交換留学制度があり、同大学か

ら日本人教師を1名招いたこともある。日本語能

力試験2・3級を目指している。

⑧国際スラブ大学

言語学部のほか、心理学、デザイン、法学、国

際経済、演劇などの学部をもつ新しい私立大学。

1999 年に日本語教育を開始し、01 年度は、第 1外国語として学ぶ 3 年生 6 名が週 4 コマ(80 分

44

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部

/コマ)、第 2 外国語として日本語を選択した 2年生4名が週2コマを履修。1年生2名には、教

師が個人的に集中授業で教え、レベルを近付けた

上で2年生のクラスに参加させている。学生は日

本の文学に対する関心が高い。教師は、前年度ま

では日本人教師も含み数名いたが、01年度は現地

人教師1名のみ。

⑨実用東洋学大学

1993年設立の私立大学で、歴史・言語(文学)・

国際法・経済の各学部がある。外国語講座は約10種の東洋語を扱う。日本語は93年に開始。01年

度の在籍学生数は115名で、うち日本語専攻は25名。日本語の修学年限は4年。各クラス5名程度

で、1 年生のみ 2 クラス、他は1 クラス。授業は

週10~16コマ(40分/コマ)のほか、日本文学、

歴史などの授業もある。 モスクワ大学アジア・アフリカ諸国大学(以下

ISAAとする)のカリキュラムで学習しており、

一部の授業はISAAの教室を使用して行われ、

学生はISAAのコンピュータールームも使える。

教師は日本人1名を含む8名で、ISAAの教師

も多い。日本語能力試験1級合格を目標とし、卒

業後の進路として、ISAAの5年生に編入でき

ることが特徴。大学間協定はないが、岡山商科大

学、大阪経済大学、お茶の水女子大学などへ留学

する者もいる。 ⑩リャザン国立教育大学

モスクワの南南東 200 ㎞、人口 65 万のリャザ

ン州・州都リャザン市にある中心的大学で、学生

総数は、夜間コースを含め約 6000 人を数える。

設立は1930年。日本語コースは00年9月に開始

したばかりで、外国語学部英語・英語教育学科で

副専攻として学ぶ。修学期間は、2 年生から 5 年

生の4年間とするが、01年度は2年生11名が週

4コマ(90分/コマ)、3年生10名が週5コマを

学習するのみ。大学側は、条件が整えば近い将来

主専攻にしたいとするが、教師は、00年度から日

露青年交流センター派遣の日本人教師1名のみが

指導に当たっている。 教育機器は、日本語コース専用のものはないが、

他学科のものを使用。NHK 衛星放送を教材に取

り入れたいものの、パラボラアンテナの設備、設

置が高価で実現し得ない。教材は『みんなの日本

語』を使用、中級教材については検討中。ビデオ

教材が不足している。 学部長の方針により、英語・英語教育学科の最

優秀クラス全員が、第2外国語として日本語を学

習するように決められている。中には、日本語教

師になる意志をもつ学生もいる。まだ開始2年目

の新しいコースだが、「近い将来、第 1 外国語に

したい」と学部長が大変力を入れており、教室に

活気がある。他地域から現地人教師を招かず、母

語話者と同校が育てる教師で続けていく方針。モ

スクワから列車で3時間程ながら、日本の存在は

影さえない。しかし、同校がこの地域の開拓者と

なり得よう。 リャザン市では、初・中等教育での日本語教育

は、まだ始まっていないものの、ここ教育大学の

卒業生に期待がかかっている。卒業予定者を教師

としてむかえ、日本語コースを開設したいとする

中等教育機関も数校ある。

<初・中等教育機関> ⑪第1239番学校

1957年に設立、総生徒数は約1100名。学校の

校舎、設備、備品は、同地の学校としては例外的

に整っている。日本語教育は 63 年に開始してお

り、初・中等教育機関の中でソ連時代から行われ

ていたのは珍しい。60年代からモスクワ日本人学

校と交流しながら日本語を教えていた。それ以前

は、日本語クラブ「さくら」として活動。 日本語は選択科目であり、適宜 15 名位の生徒

を集めてクラスを作り、教え始めるが、学習生徒

数は徐々に減少している。00年度は、4クラス29名(2,3年生クラス15名、4年生クラス3名、5年生クラス4名、7,8,9年生クラス7名)が週

2回、現地人教師2名の指導の下で学習している。

教材は、日本人学校などから寄付されたものがか

45

Page 8: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部

なりあるが、やや古いものが多い。 ⑫第1535番リセ

人文科学の分野に才能をもつ生徒を教育する

目的で、1991年、アジア・アフリカ諸国大学が設

立した中等教育機関(リセ)。以前は中国語の学校

であった。総生徒数は約400名で、同校に入学す

るにはロシア語、英語、歴史、数学などの入学試

験を受ける。日本語教育は 96 年に開始された。

00 年度は、8~11 年生が 7 クラス、40 名。内訳

は、8年生2クラス12名、9年生2クラス13名、

10年生2クラス8名、11年生1クラス7名で、

週3~4コマ(45分/コマ)の日本語を学ぶ。現

地人教師2名が指導にあたっており、うち1名は、

他の学校で長く教えていたが、最近同校に移って

きた。教材には、ネチャエワ『日本語』や『日本

語初歩』を使う。日本語能力試験等の目標はない

が、モスクワ大学アジア・アフリカ諸国大学へ入

学できるようにするという目標がある。初級文法、

漢字 250、読解、会話などを教えるが、中でも会

話を重視している。

⑬1555番学校

1990 年に設立された、総生徒数 390 名の中等

教育機関(リセ)。以前は、フランス語を学ぶ学校

であった。生徒は、選抜試験を受けて入学する。

外国語教育に力を入れており、英、仏、独、西、

伊、中、ヘブライ語などを教えている。日本語教

育は 98 年に開始。モスクワ国立言語大学と密接

な関係をもっている。00 年度は、3 クラス 26 名

(8年生1クラス9名、9年生1クラス10名、10年生1クラス7名)が週5~6コマ(45分/コマ)

と、かなり本格的に学ぶ。 日本語は、第1外国語科目として、同校卒業後、

既述言語大学に日本語を専攻するため進学するこ

とを想定している。現地人教師2名が指導に当た

る。1 名は言語大学卒業生、もう 1 名は同大学在

学生。主教材には、ネチャエワ『日本語初級Ⅰ,

Ⅱ』を使用している。

⑭ジュコフスキー3番校

1967 年に設立された、モスクワ郊外にある総

生徒数約520名の学校。英語教育に力を入れてお

り、独、仏、西語なども教えている。日本語教育

は、95年に選択科目として開始された。週1コマ

(90 分/コマ)で、2 クラス10 名(5 年:5 名、

9 年:5 名)が学習している。教師は、現地人教

師 1 名のみ。教材には、『はじめてのにほんご』、

『日本語初歩』などを使用。

ジュコフスキー3 番校5 年・9 年生の混成クラスの授業風景

⑮私立アジンツォボ学園

1992 年に設立された、モスクワ郊外の私立校

で、総生徒数は175名。学校としては、法律・経

済分野へ進むための教育を重視している。選択の

第2外国語として、独、仏、西、伊、トルコ、ブ

ルガリア語を教えており、日本語もその1つとし

て95年に開始された。00年度は、10名(2年生

2名、5年生2名、6年生1名、7年生1名、8年

生1名、9年生3名)が週2コマ(45分/コマ)、

日本語を学習。教師は、モスクワに留学中の日本

人学生。前任も別の日本人が担当した。教材には、

『こんにちは日本語』、『日本語かんたん』などを

使用している。

⑯第71番学校

モスクワ市南部の住宅街にある学校で、1963年設立。総生徒数 467 名。日本語は、93 年から

日本人医学留学生により始められた。現在も、同

日本人教師が、通訳を本業とする現地人教師とと

もに指導にあたっている。クラブ活動のような自

由選択科目で、5~8 年生まで、21 名が週 2 コマ

46

Page 9: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部

(60 分/コマ)学んでいる。14 歳(8 年生)に

なってパスポートがもらえると、日本へ行ける可

能性がある。日露交流協会の招きで、今までに 2名が東京でホームステイし、また、日本からも学

生を受け入れている。このような活動が、生徒に

は良い刺激になっている。何か面白いことをした

い、という生徒たちの気持ちに応えて、日本語・

日本文化を楽しんで学習させている。 ⑰第1257番学校

1954 年に設立された総生徒数 553 名の学校。

外国語教育に力を入れており、2 年生から英語教

育が始まる。日本語は、中、仏、独、アラビア語

とともに、選択必修の第2外国語の1つになって

いる。91 年の開始で、00 年度には、6 クラス 45名(8年生:2クラス18名、9年生:2クラス15名、11 年生:2 クラス 12 名)が週 3 コマ、年間

100コマ(45分/コマ)で日本語を学んでいる。 当初のカリキュラム作成には、アジア・アフリ

カ諸国大学も関わった。教師は現地人教師2名だ

が、教師の交代が続き、ここ数年定着していない。

教材には、『日本語初歩』、『日本語中級Ⅰ』、『た

のしいにほんご』等を使用している。

11 年生と教師

⑱第959番学校

1988年設立、総生徒数1100名。日本語は、選

択科目として97年9月に始められた。01年度は、

14名(1年:3名、6年:2名、8年:3名、10年:

6 名)で、1 年生が週 3 コマ(90 分/コマ)、他

の学年は週2コマ、日本語・日本文化を学んでい

る。『An Introduction to Modern Japanese』を

教材に、英語兼任の教師1名が指導。教材等は不

足していながら、学校と教師の積極的な方針から、

モスクワで行われる子ども日本語弁論大会には、

6年生が2名参加し、活躍している。

⑲第548番学校 市中心から南へ車で 40 分あまり、郊外の新興

高層アパート群の中にある学校。1989 年設立し、

総生徒数約 1500 人。学年により 3 つの地区に分

散している。その1つの地区の名をとった、ツァ

リツェノ教育センターで、00年より日本語教育が

始まった。 5 年生から 10 年生までの自由選択科目でサー

クルのような形で行っており、一部には住民も参

加している。英語や数学などの学科から、空手や

サッカー、絵画、ダンスなど、30種類以上の多岐

にわたるサークルがあり、ホールやコンピュータ

ー室も備えている。 日本語は、2学年(5・6年生、7・8年生、9・

10年生)で1クラスを構成し、9・10年生には社

会人 2 名を含み、計 42 名の 3 クラス。それぞれ

週 2 回(2 時間/回)の授業を専任講師が指導し

ている。生徒たちの興味は、相撲やサッカーなど

のスポーツ、ロボット技術やアニメ、自然や動植

物や食べ物など。 <学外機関> 外交アカデミー

1974 年 9 月設立。大学卒業者で、既に実務に

ついている人の専門的再教育機関。修学年限は 2年で、この間は学業に専念しなければならない。

ロシア各地の行政機関、他のNIS諸国政府関係

機関から派遣される人に加え、法曹界の人が多い。

いずれも入学試験を免除されている。授業料は有

料で、在籍学生数は約1000人。 ロシア連邦外務省の付属機関としても機能し、

日本国外務省の語学研修生も受け入れており、現

在、日本人が10数人学んでいる。 日本語講座は、74年の機関設立と同時に開講さ

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Page 10: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部

れ、養成学部東洋語講座に属する。現在、第1外

国語として日本語を選択(第2は英語)する学生

は 7 名で、徹底した少数精鋭主義。1 年次の3 名

は、週 6 コマ(90 分/コマ)、2 年次 4 名は週 5コマを学習する。 また、同じ建物の中で夜間にも日本語コースが

開かれているが、同コースは、外交アカデミー労

働組合委員会付属で別組織である。ここも入学試

験はなく、一般公開の有料講座。中・高生を含む

学生と社会人が混在している。同じく 2 年制で、

週2コマ。熱烈な日本文化愛好家もいるが、学習

者の定着は難しく、01 年度は 1 年次 16 名、2 年

次8名が在籍。

2.日本語教師について

<概観> 長年、日本語教育を行ってきた高等教育機関、

特に、モスクワ大学付属アジア・アフリカ諸国大

学(ISAA)や、モスクワ国立言語大学、国際

関係大学などでは教授陣の層は厚く、ソ連時代か

ら教えている 40 歳代以上のベテラン教師が中心

となっている。一方、新しく日本語教育を開始し

た機関では、教師の層は薄く、主要大学の日本語

教師がこれらの日本語講座を兼任している場合が

多い。 モスクワにおける高等教育機関の現地人日本

語教師は、ISAA出身者が圧倒的に多い。彼ら

は、日本語・日本文学を専攻した教師であり、日

本語、日本文学の様々な分野で、博士論文等に取

り組む研究者でもある。また、日本文学の翻訳や

日本語教育教材開発での業績をもつ者も少なくな

い。その主だった教授陣は、師弟関係や自ら開発

した教材を通じて、モスクワ地区のみならずロシ

ア各地をはじめNIS諸国の日本語教育にも影響

力をもっている。 こうした地では、20歳代の若手教師で常勤のポ

ストを得ることは至極困難である。01 年度から、

ISAAの大学院で日本語教授法の講義も始まり、

優秀な若手教師の輩出が期待されるが、ポストの

保証はない。近年、ISAA等を卒業後、出身地

に戻り、日本語教育を起こしている例も見られる。 日本人教師は、国際交流基金派遣日本語教育ア

ドバイザー、国際交流基金/(社)日本外交協会派

遣日本語教育専門家、日露青年交流センター派遣

教師、地元在住者などがいるが、機関数、学習者

数に比べれば少ない。 初・中等教育機関の日本語教師も、若手とベテ

ランに両極化され、困難な経済状況下で兼任、兼

職することにより、生活をしのいでいる教師が多

く、学校教育を愛しながらも定着は難しいという

状況がある。ここでも日本人地元在住者がボラン

ティア的に参加し比較的長期にわたり活動を支え

ているが、日本語教育の経験者は少ない。 <日本語教師会の活動状況> CIS日本語教師会があり、毎年 10 月に、全

CIS学生日本語弁論大会、その前日に、日本語

教師会(研究発表会)が行われる。その他、弁論

大会のモスクワ予選、子ども日本語弁論大会、日

本語能力試験などを主催しているが、大半は日本

国大使館が準備に大きく関わり、ISAAの日本

語・日本文学講座事務局が指導を受けながら動い

ているのが実情で、法人化など、組織を強化する

ことは難しい状況である。 現在、教師会会長はISAAの講座長が務め、

主だった活動もISAAの教師が行う。また、日

本から派遣されている日本語教育専門家が、日本

語教師勉強会、初・中等教育機関教師の勉強会な

どを主催し、ネットワークを広げている。

3.教育機器について

主要大学では、テープレコーダーやビデオデッ

キ等の視聴覚機器は一通り備えられており、授業

でも比較的よく使われている。コンピューターを

設置している高等教育機関は多いが、ソフトが十

分でないところもあり、積極的に利用するかどう

かは、教授法に対する考え方により教師間に個人

差がある。視聴覚教材やコンピューターの総合的

活用については、まだ開発の余地があるといえる。 初・中等教育機関では、視聴覚機器がないとこ

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Page 11: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部

ろもあり、また、仮にあっても機器の管理上の制

約や、使えるソフトがないなど、機器使用上の制

約がある場合も珍しくない。実際に、自由に使用

されているといえるのはテープレコーダー程度で

ある。コンピューターは、教師が個人的に使用す

ることがほとんどである。 また、コピー機については、ロシア・NIS諸

国全般にいえることだが、モスクワにおいても、

教育機関のコピー機を自由に使用することは非常

に困難である。管理上の制約に加え、トナー、紙

など消耗品の不足やメンテナンス上の問題がある。

4.教科書、教材について

高等教育機関では、同地で長く使われてきたゴ

ロブニン『日本語』とそれに準じた教材が現在で

も使われているほか、ネチャエワ『日本語』やミ

ーシナ『中級における和露・露和通訳』もよく使

われている。それ以外にもロシア語で書かれた教

科書、参考書、練習問題集などの多くがモスクワ

で出版されているため、他地域に比べロシア語で

書かれた教材が入手しやすい。 またモスクワ地域では、副教材に日本で出版さ

れたものを使うという組み合わせが多いようだ。

国際交流基金の教材助成や教師が研修・留学した

際に入手したものなどで整いつつある。 『日本語初歩』など日本で開発された教科書や

その他各種教材もかなり使われているが、それら

は日本からの寄贈以外には手に入らないことが多

いため、主教材としての普及には制約が大きい。

上級では新聞記事がよく使われる。 初・中等教育機関において、特に日本語を第 2

外国語としている学校では、ほとんど大学と同じ

教材を使っている(ネチャエワ『日本語』が最も

多い)。選択科目としている機関、特に初等教育機

関においては、教材など何もないのが実情で、ロ

シア内で出版されているものもまだあまり知られ

ていない。個々の教師が工夫して絵本や折り紙、

玩具などで楽しい雰囲気を出す努力をしている。

5.学習目的、到達目標について、

高等教育機関においては、研究者・大学教授な

ど日本の専門家を目指す者と、通訳・翻訳・企業

など実務を志向する者とになろう。後者について

は、具体的にはアジア・アフリカ諸国大学(IS

AA)では卒業までに通訳や翻訳ができるように

なるということを1つの目標にしている。いずれ

にしても、前者・後者もとに高度な語学力が必要

な上、特に後者は日本経済の後退などにより一層

厳しい状況にあることは、学年が上がるにつれ学

生も理解はしている。その上でなお、何とかして

日本または日本語と関係のある仕事をしたいとい

うのが本音である。 また、同地域においては、学生のみならず一般

的にも日本文化・日本人に対する根強い興味、関

心が高く、伝統文化、文学、歴史、思想はもとよ

り、日本人の生活意識、習慣、感性等々、基本的

に日本語学習は、異なった文化としての日本文化

に対する興味に支えられているといえよう。 一方で、最近は、モスクワでも日本語能力試験

が行われるようになったため、到達目標として、

各級に合格することを目標に掲げる教師もいる。 初・中等教育段階では、機関によりまちまちで、

1555番リセのように、明確な学習目的を示してい

るところは例外的である。多くの学校では、他国

の文化を理解し、少しでも視野を広めることを目

的に日本紹介を中心にしている。

6.日本語教育に関する問題点と取り組み

長い歴史をもつモスクワの日本語教育界では、

ソ連時代から学会をリードしてきたベテラン教師

と、新ロシア時代の若手教師とに二分され、前者

が圧倒的に多く、後者が今まさに育ちつつある状

況である。ベテラン教授陣からの知識・ノウハウ

の継承と、ISAA大学院で日本語教授法が講じ

られるようになったことなどを契機に、若手教師

の養成がこれからの課題となろう。 また、モスクワの教師は、日本での研修・留学

の機会を比較的得やすい環境にあるが、その成果

を効果的に還元していくことが、これからの必要

な取り組みといえる。さらに、主要大学には人材

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Page 12: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部

が集中する一方、日本語教育の歴史の浅い機関、

特に、初・中等教育機関では、経済的悪条件が、

教師不足や質的低下を招き、コースの安定を欠く

結果になっている。 日本語教育の多様化が叫ばれて久しいが、大別

するに、従来、中心的役割を果たしてきた日本に

関する専門家の育成に加え、様々な分野において

日本理解者を生み出すこと、さらには、一般の人々

の中、あるいは学校教育の中で文化教育の1つと

して、日本に対する親近感を育てることなどがあ

げられる。 モスクワ地域は、極東ロシアに比べて距離的な

ことからも日本との交流が少ないという問題点は

あるが、地域住民にも開かれた学校活動の1つと

して、日本語・日本文化教育を行うという新しい

試みも見られ、モスクワ日本人学校との交流や東

京・モスクワ相互のホームステイなど、様々な努

力が続けられている。

7.求められる日本語教育支援

機関ごとに差はあるものの、日本からの支援が

なくとも自力でやっていける機関もあるが、全般

的には、現地人教師の一層のレベルアップを図る

ために、定期的なセミナーの開催、新しい教材や

使い方の紹介などが求められている。 また、初・中等教育用の日本語教材、教授法の

紹介が、性急な問題としてあげられる。 日本国大使館広報文化センターの図書室は、モ

スクワのみならず地方、NIS諸国の日本語教師

も利用しているが、教材のさらなる拡充、最新化

を望む声が高い。

ヴォルガ川中下流域 1.日本語教育の実施概要

ここでは、沿ヴォルガ連邦管区内の中心都市、

ニジニノブゴロド市とタタール共和国の首都、カ

ザン市の日本語教育事情を概観する。 ニジニノブゴロドは、ヴォルガ川両岸に広がる

ニジェゴロド州の州都。ロシア第4の都市であり、

水運、鉄道、その他の交通の要衝として歴史的に

栄えた都市である。同地では、ニジニノブゴロド

言語学大学ならびに数箇所の初・中等教育機関で

日本語教育が行われている。 また、カザンは、タタール人(ロシア人に次ぐ

第2の民族)が人口の約半数を占める共和国の首

都。タタール共和国は、ロシア連邦の石油、天然

ガス生産の約11%を占め、第2のバクーとも呼ば

れる。その首都では、カザン国立教育大学で日本

語教育が実施されている。 ウラル以西の通称、ヨーロッパ・ロシアでは、

日本語教育機関はモスクワとサンクトペテルブル

グに集中していて、分散割拠のシベリア、極東と

対照をなす。ヴォルガ川中下流域の2つの都市で

の日本語教育は、わずかな分散ながら貴重な存在

といえよう。管轄はモスクワの在ロシア日本国大

使館と遠く、2001年、ロシア改革支援のための日

本センターがニジニノブゴロドに開所されたもの

の、同地域で日本人に接触する機会は稀である。

<高等教育機関> ①ニジニノブゴロド言語学大学

1937 年に設立された言語大学で、総学生数は

3500人。日本語教育はソ連時代の86年より開始

された。修学年限 3 年の選択外国語科目として、

1~3年生までの29名が学習する。週2コマ(90分/コマ)で年間 50 コマ。主教材として、1,2年生は『日本語初歩』、3年生は『現代日本語初級

総合』を使用。教師は3名で、現地人教師2名は

ベテランの教授と助手、両名とも国際交流基金の

50

Page 13: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/ヴォルガ川中下流域

教師研修に参加している。1名は日本人で、98年

に(社)日本外交協会が派遣後、現地契約をした教

師が3年間教授し、それを引き継ぎ、01年度から

は日露青年交流センター派遣の教師が教えている。 ②カザン国立教育大学(カザン)

カザン国立教育大学の校舎 大学の歴史は古く、1876年に前身となる師範学

校が設立されており、01 年に創立 125 周年の祝

賀会が開かれた。総学生数は 9000 人と規模の大

きな大学である。外国語学部に英語東洋語学科が

作られたのが 91 年。当初はトルコ語とアラビア

語で始まり、中国語、ペルシア語も加わり、98年

からは日本語教育も始まった。東洋諸語は副専攻

となっており、主専攻である英語のコマ数が多い。

日本語は週2~3コマ(85分/コマ)で、主教材

は『新日本語の基礎』。27名の学習者が1~3年に

在籍する。東洋諸語の履修者をみると、日本語は

地の利のあるトルコ語、アラビア語に次ぐ人気と

なっている。学外の一般の人も参加できる有料希

望者コースを週1コマ、夕方に開いている。 教師は講座発足時より日本人教師が 1 名のみ。

そもそも「タタール日本文化情報センター・サク

ラ」が日本語コースの開設を大学に働きかけ、日

本側に教師派遣の要請をした。それを受け、98年

に(社)日本外交協会が日本語教師 1 名を派遣、同

教師が翌年現地と直接契約をして続け、その次年

度は、(社)日本外交協会より他の教師が派遣され

た。01年度からは日露青年交流センターが教師を

派遣している。こうして日本人教師は常時1名が

4 年間在籍しているが、現地人教師が 1 名もおら

ず補完的な教育ができないことが課題といえる。

<初・中等教育機関> ③ロマノフ名称人文芸術学校(ニジニノブゴロド)

総生徒数は 200 人。日本語教育開始年は 84 年

と古いが、現在は学習者も少ない。10・11年生3名に週 2 コマ(90 分/コマ)、年間 64 コマの授

業がなされている。教師は国際交流基金の教師研

修を経験しているロシア人教師1名。 ④第13番言語ギムナジア(ニジニノブゴロド)

1936 年設立、総生徒数は 840 人。日本語教育

は 98 年から開始している。2,7,8 年生に計 14名が在籍し、7・8年生は合同クラス。週2コマ(90分/コマ)、年間64コマの授業が2クラスで行わ

れる。教師はロシア人教師1名で、ロマノフ名称

人文芸術学校の教師が兼任している。 2.日本語教師について

[ニジニノブゴロド] 高等教育機関では、経験ある

現地人教師が日本語講座を支え、日本人教師が会

話など母語話者としての教授機能を担っている。

初・中等教育では教師不足である。 ニジニノブゴロド言語学大学日本人教師(左)と学生たち

[カザン] 国立教育大学で、98 年に初めて日本人

教師を受け入れ日本語教育を開始したが、常時 1名しかいない。既述のとおり、パートナーとなる

現地人教師がおらず、翻訳や読解の指導という点

からも現地人教師の育成が望まれる。 3.教育機器について

51

Page 14: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/ヴォルガ川中下流域

[ニジニノブゴロド] 言語学大学では、カセットテ

ープレコーダー、ビデオデッキならびに使用でき

るビデオソフトは、若干ではあるが揃っている。

コンピューターの使用は目下教師のみである。

初・中等教育機関ではカセットテープの使用が中

心となっている。 [カザン] 国立教育大学では、視聴覚教室はあるが、

ビデオデッキやテープ教材がほとんどない。テー

プレコーダーは教師個人のものを使用している。

コピー機は学科にあるが、トナー切れ等により常

時使える状態ではない。コンピューターも、東洋

語学科の教師・学生が利用できるものはない。 4.教科書、教材について

[ニジニノブゴロド] 言語学大学では、『日本語初

歩』、『現代日本語初級総合』を使用。初・中等教

育機関ではロシアで出版されている教科書。 [カザン] 『新日本語の基礎』を使用。テープなど

補助教材は日本人教師個人のもの。各課の文型・

例文・会話・新出語・練習をまとめ、ハンドアウ

トとしコピーして配布している。 5.学習目的、到達目標について

[ニジニノブゴロド] 言語学大学では、戦後の日本

経済発展に対する憧れ、ならびに言語的関心が学

習動機になっている。到達目標は日本語能力試験

3級としている。 初・中等教育機関では、日本文化に対する興味

から学習を始める生徒が多く、日常会話・基本的

な読み書きを目標としている。 [カザン] この地でも、日本文化に対する関心が学

習動機の主なものとなっている。教師になりたい

という潜在希望者はいるが、現実的に日系企業や

日本関連機関が存在せず、教育機関においても、

現地人教師を置く予定が立てられずにおり、日本

語関連の就職は現状考えられない。教育大学では

日本語副専攻の学生は、英語を主専攻としている

ので、英語教師になることが当面有力な選択肢と

なる。 6.日本語教育に関する問題点と取り組み

両地域において、視聴覚器材・教材の不足に関

しては日露青年交流センターの派遣教師が携行す

るもので、わずかに改善を図っている。 カザンに現地人教師がいないという問題に関し

ては、とにかく現在の履修学生を育て、副専攻で

あっても、将来、日本語教育に携われる人材を育

成すべく、現地機関と派遣日本語教師で今後も努

力していかなければならない。特に、日本人の少

ない地域ではコミュニカティブな日本語よりも翻

訳力が求められることが多くなる。まずは、その

ような力をつけた卒業生を出していく必要がある。

7.求められる日本語教育支援

日本が「遠い」国であるこの地域では、研修や

留学の機会提供のほか、日本文化紹介の催しや日

本映画祭、多数の日本人の訪問など、日本文化・

日本人に接する機会を望んでいる。 また、カザンでは海外にあって、日本人にしか

習ったことのない学生が育っている。日本での研

修などで日本語力をつけることにより、1 つのモ

デルケースとなる日本語指導者ができあがる可能

性もある。現地では、日本への留学、日本語研修

の機会を強く求めている。

コーカサス地方 1.日本語教育の実施概要

コーカサスといえば、旧ソ連のヨーロッパ側の

最南端、東はカスピ海、西はアゾフ海と黒海には

さまれた地域で、コーカサス山脈南側のグルジア、

アルメニア、アゼルバイジャンはそれぞれ独立国

家となった。山脈の北側がロシアになるが、ここ

では、同地域のクラスノダール市、スタヴォロポ

リ地方ピャチゴルスク市ならびにその周辺地域に

52

Page 15: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/コーカサス地方

おける日本語教育事情を概観する。 この地域でも、ソ連邦崩壊後に日本語教育が始

まった。日本からの物理的な距離、または日本国

大使館・総領事館のある都市(管轄はモスクワの

在ロシア大使館)、直航便の発着地、シベリア鉄道

からの距離、いずれをとってもロシア国内では、

日本から最も遠い場所であるといえる。 <高等教育機関> ①経済法律実科大学(クラスノダール)

経済法律実科大学の

校舎 この大学は、1999年にクバン国立大学から分離

独立した私立大学で、総学生数 1800 人、8 学部

ある。日本語教育は、クバン国立大学の時から行

われていたが、実質は商業ベースの独立した講座

であり、クバン国立大学の庇を借りて実施してい

たもの。独立後も講座が同様に継続されているこ

とから、開始時期は 95 年とする。講座が所属す

る東洋学部は 92 年に設立され、アラビア語、ト

ルコ語にはじまり、次いで、中国語、韓国語が加

わった。 日本語講座は、東洋学部の選択外国語科目の 1つ(英語は必修)として、週5コマ(90分/コマ)

の授業で、25名が学習。教師は、開講時から指導

にあたっていた現地人教師と、現地契約の日本人

教師が2人で初の卒業生を出した。その後、2000年度開始前に交代し、新卒(同校)の現地人教師

2 名と日露青年交流センター派遣の日本人教師に

一新された。修学年限は5年とし、年間190コマ

の授業を行うが、00年度は1~3年生にしか在籍

学生がおらず、総合するカリキュラムはまだでき

ていない。日露青年交流センター作成の初中級テ

キストや『みんなの日本語』を使用している。 校舎は、元文化センターだった立派な建物を買

収して使っており、日本語講座も、00年2月に同

建物に移転し、施設・設備面では充実している。

ビデオデッキやコンピューターなどの使用環境も

良好。 ②ピャチゴルスク国立言語大学(ピャチゴルスク)

1939 年に創立された国立大学で、総学生数約

3500 人。「追加教育プログラム」の枠内で日本語

が教えられている。これは、夕方に開かれる公開

講座のようなもので、語学は 2 年間で修了する。

他にイタリア語、ギリシア語、アラビア語、ヘブ

ライ語(受講者が最も多い)があり、01年度から

中国語も始まる。 00 年度前期で大学を去った言語学専門の現地

人教師が、94年から不定期に試行的に日本語を教

えることがあったが、日露青年交流センターの教

師が 99 年に赴任し、以後継続的に日本語教育を

開始した。大学側は同年を開始年としている。 追加教育プログラムは、午後4時から5時半ま

で行われ、1 年目は週 2 回、2 年目は週 3 回の授

業がある。01年度より、特例として日本語講座の

み3年次が設定される。受講生は各語学部の学生

や教師、一般社会人や中等教育の生徒も含み 27名。主教材には『みんなの日本語』を使用。

ピャチゴルスク国立言語大学追加教育プログラムの授業風景

53

Page 16: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/コーカサス地方

追加教育プログラムには、語学のほかに、パソ

コンや司書などの技能講座、美容や演劇などもあ

り、全部で約 50 コースが行われている。現地で

は幾分高めの受講料がかかり、日本語学習者の裾

野を広げるには、その点が1つの障害となる。将

来的には、東洋語学科を設立したいという希望を

大学側はもっているが、教師は上記日本人教師 1名のみであり、その実現は容易ではない。

③エセントゥキ経営ビジネス法律大学(エセント

ゥキ)

ピャチゴルスクの隣町、人口7万5千人のエセ

ントゥキに 1993 年に創立された私立大学。当初

は、他地域にみる私立大学と同じく、国立の教育

機関に間借りしながら始まったが、経営が順調に

進み、まだ創立して 10 年に満たないにもかかわ

らず、今では被服工場を買収して改装し、自前の

校舎としている。大学の所有という製材所やミネ

ラルウォーター工場などもある。総学生数も拡大

して4000人となっている。95年には、サンクト

ペテルブルグ国立工学経済学アカデミーの分校と

なり、卒業生は「本校」サンクトペテルブルグ工

学経済学アカデミーの学士ももらえる。 日本語講座は 2000 年度後期より、有料の自由

選択外国語科目として始まった。学生は、1 年生

のみ 6 名で週 2 コマ(80 分/コマ)、年間 80 コ

マの計画で、主教材は『みんなの日本語』を使っ

ている。教師は、国際交流基金の長期教師研修に

参加経験をもつ若手現地人教師1名のみ。英・仏・

独・西語は外国語講座として講座教員室があるが、

日本語教師にはない。01年度からは第2外国語講

座に加わる予定。 <初・中等教育機関> ④IBCリセ(ピャチゴルスク)

同校はソ連邦崩壊期、教育自由化の流れの中で

1991年に創立された。北コーカサス地方で最初の

私立中等教育機関で、幼稚園の建物を借りている。

全校生徒 176 名、男女は半々、1 学年 14~15 名

のかなり小規模な学校である。教員数は 44 名。

つまり、教師1名に生徒4名の割合となる。卒業

生はロシア各地の大学に進学する。力を入れてい

る語学の授業は、クラスを2分割して行っており、

語学教育には理想的といえる。英語は必修で第 2外国語として仏・独・西語のいずれかを選択する。

革命前のリセ、ギムナジウムが行っていた、古典

的中等教育のよき伝統への復帰を理念とする。校

名のIBC(ロシア語:ИКС)は、Intellect-Beauty-Conscience の頭文字である。キリスト

教を支えとし、週1回の宗教の時間もある。

幼稚園の建物を借りた中学校IBCリセ 日本語教育は 94 年から開始した。当時のピャ

チゴルスク言語大学の教師が指導を始め、5 年生

から、もちあがりで7年間かけて学習するという

コースである。00年度は、エセントゥキ経営ビジ

ネス法律大学の教師が兼任となり、5 年生に 6 名

の学習者がいる。週2コマ(40分/コマ)の授業

は、教師の都合で土曜日に連続で行い、主教材は

『日本語初歩』。加えて、もう 1 名の若手現地人

教師が日本文化の授業を行うこともある。毎年、

「サクラの日」という日本文化紹介の親睦会を開

いている。教育理念のしっかりとした学校である。 2.日本語教師について

同地域の日本語教師数は少ない。クラスノダー

ルは3名、ピャチゴルスクとエセントゥキと合わ

せて2名の教師しかいない。計5名のうち2名が

日本人教師で、日露青年交流センターから派遣さ

れている。 クラスノダールの 2 名の現地人教師は新卒で、

相次いで日本へ研修に行くことになっている。こ

54

Page 17: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/コーカサス地方

の2名が研修を終える頃には、態勢が整ってくる

であろう。 ピャチゴルスクのIBCリセとエセントゥキに

は、ピャチゴルスク言語大出身の若手教師1名が

いる。同教師は日本での研修を終えている。 この地域で機関に教師が複数いるのはクラスノ

ダールだけで、授業分担は、現地教師が1年生を

全コマ教え、2,3年生は日本人4コマずつ、1コ

マは現地教師としている。 3.教育機器について

施設・設備面では、国立大学と私立大学ではか

なり状況が違う。ピャチゴルスク国立言語大学は、

一般的なロシアの国立大学と同レベルで十分とは

いえない。クラスノダール、エセントゥキの2つ

の私立大学は、かなり経営的に成功しているよう

で、とりわけ、クラスノダールの経済法律実科大

学の設備は大変充実している。教室はホワイトボ

ード、学科室にはビデオデッキ等を完備している。

日本の衛星放送が見られないのが残念だとするが

(何かの事情で受信カードが入手できないらしい。

中国・韓国のものは映る)、他の地域とはレベルの

異なる悩みだ。エセントゥキにも、利用は有料だ

がコンピューター室が6室もある。IBCリセは

私立だが、小規模で機材は不足がちである。 4.教科書、教材について

教科書としては、『みんなの日本語』が多く使わ

れている。クラスノダールでは、日露青年交流セ

ンター作成のテキストも併用している。IBCリ

セでは、『日本語初歩』があり使っているが、低学

年の生徒には適していないので検討中とのこと。 5.学習目的、到達目標について

日本が遠く、日本の情報が少ないこの地域の日

本語学習目的を考える場合、ここピャチゴルスク

にみられる「有料一般参加型」のケースが参考に

なると思われる。学習者の半数強が学生、残り半

数近くは他言語の語学教師である。それは、仕事

や就職に役立てたいというより、語学に対する純

粋な興味の方が勝っている様子である。

6.日本語教育に関する問題点と取り組み

日本人と接する機会自体が極端に少ない。クラ

スノダールの日本人教師は、1 年間日本人に会わ

なかったという。また、ピャチゴルスク、エセン

トゥキのあるスタヴォロポリ地方には、チェチェ

ン紛争の余波で、日本国外務省が同地域に渡航延

期勧告を出しており、ますます日本人の訪問機会

は減っている。 そうした中、現地での取り組みとして、ピャチ

ゴルスク言語大学では、01年5月に2回目の日本

フェスティバルが催され、日本映画の上映のほか、

生け花や写真の展示、武道の演武が行われた。9月には、学内に日本センターが開設される。この

センターは、同大学国際部の所轄のもと、日本国

大使館から機材寄贈を受けながら、大学が運営す

ることになる。 クラスノダールの経済法律実科大学では、日本

の大学との交流プログラムはないが、半年間、韓

国のテグ大学に留学し、日本語を学ぶというプロ

グラムを行っている。韓国の日本語教育レベルは

高く、日本人と接する機会も多く、物価も日本に

比べて安いなど、理にかなったロシアからの留学

先となっているようである。 また、クラスノダールでは、前任の日本人教師

が「クバン日本文化情報センター」を設立すべく

努力したが、その計画は実現できていない。今、

現地では、中国・韓国を含めた「東アジア文化セ

ンター」創設を構想中とのことである。 7.求められる日本語教育支援

日本人と接する機会があまりに少ない同地では、

日本への研修・留学機会の増大、同世代の日本人

と交流する機会などを強く求めている。

55

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/ウラル地方

ウラル地方 1.日本語教育の実施概要

ウラル地方は、ロシア連邦中央部の東経ほぼ

60度線に沿い、北から南に走るウラル山脈を中心

とする地方。中心都市は、山脈の南部に位置し、

重化学工業で発展してきたエカテリンブルグ市。

ここでは、同市ならびに近郊にあるチェリャビン

スク市における日本語教育事情を概観する。 同地の日本語教育の歴史は新しく、1994 年に

ウラル大学で、地域研究の必要性から始まってい

る。天然資源を多く産出し、産業が盛んな土地柄

から、一部翻訳家の手により、科学技術系の文書

が翻訳されていたが、広く人材が必要なほどの需

要にはならなかった。ウラル地域最大の都市はエ

カテリンブルグで、同地域の日本語教育の中心と

いえる。 同地の日本語教育の特徴は、ウラル大学という

高等教育機関と、露日協会という民間文化交流団

体が一体となって、日本文化紹介を中心とした活

動を通して行われていることである。露日協会の

主催による文化活動は、音楽会、展覧会などの特

別な行事のほか、茶道、華道、アニメなど 10 種

以上のクラブ、また、一般日本語講座、初・中等

教育機関に対する日本語教師派遣など活動は盛ん

である。 日本語教師・学習者は、一連の活動に関わるこ

とで地域社会と交流をもち、その中で日本語と関

わりをもっている。 <高等教育> ①ウラル国立大学(エカテリンブルグ)

創立 1920 年と歴史が示すとおり、ウラル地方

の学術、文化の中心であり、ロシアでも屈指の名

門総合大学である。 日本語教育の分野でもエカテリンブルグの中心

的機関ではあるが、歴史は浅く、93年に国際交流

地域学科が設立され、その翌年に日本地域研究の

一環として始められた。現在、日本語教育は歴史

学部と哲学部で行われている。

(A)歴史学部国際関係および地域研究学科 1994年の日本語教育開始は、エカテリンブルグ

では最も古い。日本語を第1外国語とする学生は、

毎年 10 名ほどで、1~5 年生まで在籍し、計 30人。週6~9コマ(45分/コマ)の授業がある。

高学年になると、日本の中学高校の公民・日本史

のテキストを読んだり、商業用の文書を読んだり

し、日本語を学術交流情報交換の道具とすること

を到達目標としている。 教師は2名で、うち1名は神奈川県横浜生まれ

の現地人教師。もう1名の現地人教師と、日露青

年交流センター派遣の日本人教師は哲学部も兼任。

大阪外国語大学と大学間協定がある。

(B)哲学部 1998年に日本語教育が始められ、卒業生はまだ

いない。学習者数 26 名。日本語は副専攻で、週

に2~3コマ(80分/コマ)と少ないところを、

正規授業枠以外で、1~2コマ授業をするクラスを

増やしている。視聴覚教材も最大限活用し、日本

語運用能力を高めることに力を入れている。

56

ウラル大学哲学部2年生の授業風景 同学部の主任教師は、露日協会エカテリンブル

グ支部の会長であり、情報文化センター「日本」

(後述)の代表でもある。そのため、同学部の学

生は、同センターでの日本文化活動の運営にも積

極的に参加し、また、初・中等教育機関へ日本語

教師として派遣されている。教師は、現地人教師

とウラル大学大学院生を含む 2 名の日本人教師。

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/ウラル地方

②チェリャビンスク国立大学(チェリャビンスク)

1975 年創立の大学で、学生数も 1 万 1 千人と

規模は大きい。98年、東洋語学部が設立され、00年 2 月に日本語教育が開始されたばかりである。

学習者数は多い順に、アラビア語、トルコ語、中

国語、日本語となっている。 チェリャビンスク国立大学教師(右から5番目)と2年生の学生 日本語も履修希望者が多いことから、自由科目

として始まったが、その後、選択科目制となった。

1学年しかないが、クラスが4つ、学習者数は46名と多い。授業数は、現在、週2コマ(120分/

コマ)だが、4 コマに増やす予定である。日本語

履修者の募集は、不定期、01年度の募集の予定は

ない。教師は若手現地人教師 2 名で、1 名はアラ

ビア語との兼任。

<初・中等教育機関> ③第144番校

2001 年 1 月に日本語教育を開始。英、独語が

必修科目で、日本語は唯一の自由選択外国語科目。

学生の日本への関心(漫画・ゲーム・コンピュータ

ーなど)が高まったことにともない、文化紹介のク

ラブのような形で存在する。 00 年度は、5 年生の20 名が、週2 回の授業を

受け、教師は、ウラル教育大学の学生が務める。

同教師は情報文化センターの茶道などで活躍して

いる。

④第177番ギムナジア

1992年9月開始。選択科目で5年生から11年

生まで 7 年間のコースだが、現在は、8 年生まで

56 名が履修している。週 2 コマ(40 分/コマ)

の授業を、ウラル大学歴史学部の学生が、『日本語

初級』を主教材に教えている。到達目標は初級修

了レベル。英語は必修科目となっており、選択科

目として、仏、独、日、中国語があるが、日本語

が一番多くの生徒を集めている。

⑤第211番ギムナジア

同校は1992年創立の国立学校。1学年15名ほ

ど、全校生徒数160名の少数精鋭の学校で、現地

でもその名が知られている。 94年9月に日本語教育を開始した。選択科目と

なっており、6年生から11年生まで6年間のコー

ス。現在は、週 2 コマ(40 分/コマ)37 名の生

徒が学習している。ウラル大学哲学部の主任教師

と日本人教師が指導にあたる。主任教師は、楽し

さとわかりやすさを力点に置いたテキスト、『子

供のための日本語』を著しており、同校でも主教

材に使っている。 同校は212番校と並び、エカテリンブルグ初・

中等教育機関における日本語教育の中心の1つで

ある。 卒業生の多くが、成績優秀者に贈られる「金メ

ダル」を獲得することからも、そのレベルの高さ

がうかがわれる。7 年生からは論文も課せられ、

スヴェルドロフスク州の論文コンクールでは、こ

の4年間で3回優勝している。優勝した論文のテ

ーマは、96 年「日本の詩」、99 年「禅:片手の響

き」、00年「神道:日本の文化と社会における神々

の道」であった。

第211番ギムナジア9年生の授業風景

57

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/ウラル地方

⑥第212番ギムナジア

1994年9月に日本語教育を開始。選択科目で、

5年生から11年生まで7年間のコースだが、現在

は9年生までしかいない。週2コマ(40分/コマ)、

26名の生徒が学習している。前述の211番ギムナ

ジアと同じカリキュラムを使っており、生徒数

121 名の少数精鋭のエリート校である。教師はウ

ラル大学哲学部の主任教師と同学部の学生。 以前に関わった日本人教師の紹介で、絵画の交

換など日本の小学校との交流を行っている。学校

には、日本から贈られた絵が貼ってある。00年の

夏休みには、日本への研修旅行のグループが組織

された。

⑦第2番言語学リセ

1951 年創立の伝統ある学校で、日本語教育は

92年9月開始。初・中等教育ではエカテリンブル

グで一番の歴史をもつ。92年の露日協会発足にと

もない、日本文化紹介の活動が盛んになる中、露

日協会会長の提案より、「実験的」に開始された。

日本語は選択科目で、現在は、週 2 コマ 10,11年の学生 11 名が学習している。教師はウラル大

学の学生1名。現在は211番校、212番校に中心

が移っており、最近は規模が縮小傾向にある。

<学外機関> 情報文化センター「日本」

情報文化センター「日本」は、1992 年に設立さ

れた「露日協会」を母体とし、その活動の場とし

て露日協会会長によって設立された。 同センターは 96 年に設立され、方々に散見さ

れた日本語教室を統合した。日本語のクラスは、

レベル・興味によって分かれて、13 クラス、計

70 名が学んでいる。受講者は 12 歳から 45 歳ま

でと様々だが、ほとんどが 14~18 歳。文法・会

話・文化紹介・読解等を総合的に学習するが、学

習者の関心も多様であり、教師の教え方もまちま

ちである。 また、情報文化センター「日本」には、日本語

講座のほかに多くのクラブが存在し、日本語学習

者は、他のクラブに入っていることもしばしばで

ある。クラブは生け花、茶道、折り紙、盆栽、日

本語、日本料理、アニメとマンガ、合気道、文通、

ウラル九州、日本文化研究会の11種。

2.

58

情報文化センター「日本」の和室↑ ↓茶道の練習 センターには日本語教師のほか、日本語学習者、

本からの留学生、一般の日本愛好家などが集い、

の地の日本語教育において重要な役割を果たし

いる。 日本語教師について

概観> エカテリンブルグでは、ウラル大学の現地人教

が核となっている。日本人教師は、日露青年交

センターから1名が派遣され、留学生も1名働

ている。前述のウラル大学哲学部の教師で、露

協会の会長がいくつもの機関を掛け持ちし、さ

に、ウラル大学の学生を初・中等教育機関に派

していることから、当地の初・中等教育機関の

本語教師は、ほとんどウラル大学の学生である。

本語教育の歴史同様、教師も若く、国際交流基

のプログラムに参加した者もほとんどいない。

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/ウラル地方

チェリャビンスクでの教師は2名のみで、日本

人教師もいない。2000年以降、エカテリンブルグ

の教師との情報交換も始まった。 <日本語教師会の活動状況> 情報文化センター「日本」に、ほとんどの教師

(含学生兼教師)が集まっており、センターが教

師会の役割を果たしている。ウラル大学の両学部

間は、到達目標、手法ともに性質が異なり、積極

的な交流はない模様。

3.教育機器について

カセットテープ、ビデオデッキ、テレビなどの

ハード面では、どの機関も整備されている。コン

ピューターは機関により様々だが、高等教育機関

はコンピューターセンターをもっており、第 211番ギムナジアの設備は、大学よりも充実している。

コンピューターに関しては、ハードよりも操作技

術・活用法に問題があるように思える。

4.教科書、教材について

[エカテリンブルグ] 機関によって所蔵教材に差

があるが、ウラル大学歴史学部、情報文化センタ

ー「日本」、露日協会、第211番ギムナジアには、

日本からの援助により多くの教材がある。 教師が多機関に所属していることが多いので、

初・中等教育機関では、主にセンターと露日協会

から教材を借りて授業を行っており、あまり問題

はない。ただし、部数は学習者分ないのでコピー

している。 初・中等教育機関では、ウラル大学哲学部主任

教師作成の、『子供のための日本語』がよく使われ

ている。『子供のための日本語』は、初・中等教育

用の教科書で、イラストを多く用い、表記もキリ

ル文字表記にするなど、経験に基づく「楽しさ・

分かりやすさ」を基盤としたテキストである。 [チェリャビンスク] 日本語教育が始まったばか

りで、教材・教具ともに不足している。教師が大

学で習ってきたロシア出版の教科書を使用してい

る。副教材の充実が今後の課題であろう。

5.学習目的、到達目標について

[エカテリンブルグ] 高等教育機関(ウラル大学歴

史学部・哲学部)では、日本語能力試験2級程度。

しかし、両学部では、それにともなう技能的な目

標が違う。第1外国語である歴史学部では、専門

性が問われるのに対し、第2外国語である哲学部

では、文化紹介などの活動が行える技能も必要で

ある。 初・中等教育機関では、言語習得よりも文化理

解・文化紹介が中心となっているところが多い。

その頂点が第211番ギムナジアで、最終学年では、

関心のあるテーマで論文を書く必要があり、州の

コンクールで高い評価を受けている。 [チェリャビンスク] チェリャビンスク大学東洋

語学部は、地域学の専門家を養成するための学部

であるが、日本語は第2外国語であるため時間数

も少なく、到達目標も日本語能力試験3級程度と

している。現実的には日常的な会話ができること

を目標としている。

6.日本語教育に関する問題点と取り組み

日本文化ブームを背景にした日本語ブームの

到来により、全くの人手不足になっている。初・

中等教育機関で教えている教師は、まだ初級修了

程度の学生たちで、人材の育成が急がれる。しか

し、「5年前には考えられなかった」この日本語ブ

ームが終わった後は、質の問題が焦点になってこ

よう。高等教育の最中にある学生は、本来の学習、

日本語力の向上に取り組み、教育という観点から

視野を広げる必要がある。日本人教師も日露青年

交流センターからの派遣が定期的に期待できるだ

けで、絶対数の不足と、今後の継続性に現地サイ

ドは不安を感じている。 7.求められる日本語教育支援

[エカテリンブルグ] 積極的なリーダーがいる地

なので、日本語に付随した活動などには事欠かな

い。物質的なものの不足はあまり深刻ではなく、

今後は、ウラル大学の2名の現地人教師を専門的

な見地から支え、継承できる人材の育成に対する

59

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/ウラル地方

支援を現地では求めている。日本との交流がまだ

まだ少ない同地においては、日本人・日本文化を

伝え得る人材の長期滞在を望んでいる。 [チェリャビンスク] まずは、物質的な支援が必要

であろう。現在、教材・教具は、日本製のものは

皆無といっていい。また、同地の教師からは、現

地、もしくは本邦においての、日本語研修等の機

会提供を望む声が高い。

西シベリア地方

1.日本語教育の実施概要

西シベリア地方として、ここではロシア第3の

都市、ノボシビルスク市(人口約160万人)を中

心にした周辺地域を扱う。 ユーラシア大陸の中央に位置し、首都モスクワ

からも東京からも離れた、西シベリアの中心都市

ノボシビルスクは、郊外にソ連時代の科学技術を

支えた学術都市(アカデムゴロドク)を擁するシベ

リア最大の都市である。 同地域の日本語教育は 1970 年にアカデムゴロ

ドクの中心研究機関、ノボシビルスク国立総合大

学で始まり、この 30 年間で、卒業生はシベリア

の諸都市のみならず、モスクワや海外でも活躍し

ている。 90年以降、教育大学や技術系の大学などでも日

本語教育が実施されるようになった。 モスクワ、サンクトペテルブルグや極東の諸都

市と違い、ほとんど日本と接触することのない土

地でありながら、日本に対する関心は非常に高く、

他地域に比べても、日本語教育のレベルは決して

低くない。 また、同地域では、シベリア・北海道文化セン

ターが日本語教育に関わる積極的な活動を行って

いる。同センターは、札幌市とノボシビルスク市

が姉妹都市提携をしている関係から、札幌市の民

間団体が建設費用を寄贈し、建物が完成後は、ノ

ボシビルスク市が運営を行っている文化センター

である。 この地域では、初・中等教育機関でも数機関が

日本語教育を実施しているが、それらの機関は、

同センターとの情報交換を効果的に行っている。

<高等教育機関> ①ノボシビルスク国立総合大学

シベリア・ソ連科学アカデミーの設立にともな

う学術都市(アカデムゴロドク)建設が行われ、ノ

ボシビルスク大学は、その中心機関の1つとして

1959年に創立された。以降、シベリアのみならず

全ソ連の科学研究の中心地として栄えた。総学生

数は4000人で、10の学部で構成される。 日本語教育は 70 年より同大学で始められ、歴

史の長さ、質ともにシベリア地区の中心であると

いえる。 現在、日本語教育が行われている人文学部東洋

学科では、日本語のほか、中国語、韓国語があり、

こうした言語をはじめ、哲学、歴史、考古学など

を専門とする。

ノボシビルスク国立大学日本語講座使用教材別にみる学習プラン

クラ

授業時間数

(1 コマ=90 分)

教師

主教材 副教材

1

① 9 6 コマ/wx32w=192 コマ/年 日1 日 本 語初 級

Ⅰ,Ⅱ(ネチャ

エワ)

日本語能力試

験3・4 級ほか

5 コマ/wx32w=160 コマ/年 露1 中級日本語 日本語(ネチャ

エワ)ほか

2

① 13

1 コマ/wx32w=32 コマ/年 日1 新日本語の中

5 コマ/wx32w=160 コマ/年 露1 文化中級日本

語Ⅱ

毎日の聞き取

り 50 日他

3

① 8

1 コマ/wx32w=32H/年 日1 ロールプレイ

で学ぶ中級か

ら上級への日

本語会話

4

① 9 5 コマ/wx32w=160 コマ/年 日1 文化中級日本

語Ⅱ

速読の日本語

ほか

* 2001 年度コース/教師数:露→現地人教師、日→日本人教師

/授業時間に試験期間は含まない。

60

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/西シベリア地方

同大学では、いずれの学部も専門性を重視し、

日本語専攻の卒業論文についても日本の文献から

の翻訳が必要となる。そのために、読解・翻訳の

技能は、日本語能力試験2級以上のものが必要と

なる。 日本語を第 1 外国語で学ぶ者は 46 名。週に 5

~6コマ(90分/コマ)のクラスがある。教師は

4 名、うち 1 名は国際交流基金/(社)日本外交協

会派遣の日本語教育専門家。01年度は、現地人教

師が留学したため、現地契約の日本人教師1名が

加わった。 また、ノボシビルスク大学には、人文学部のほ

かに外国語学部でも、99年より日本語教育が行わ

れている。第2外国語として、かなりのレベルを

求めており、相応する学生が育ちつつある。教師

は、同地の日本語教育創設期より日本語に関わっ

てきたベテラン現地人教師1名と、その教え子の

計2名。 ②ノボシビルスク国立教育大学

1934年設立の教育大学で、7000人の学生、13の学部を有する。90年に日本語教育開始。日本語

は第1外国語で学習者数80名。週3コマ(80分

/コマ)のクラスがある。 ノボシビルスクで唯一、日本の大学と交換留学

制度をもつ大学であり、同大学の成績優秀者は、

毎年、1~2名が北海道教育大学札幌校に留学でき

る。現在、この留学から帰ってきた若い卒業生た

ちが、初・中等教育機関の日本語教育を支える新

しい力となっている。 ③シベリア国際関係大学

1998年にできた新しい大学で、国際関係学部と

地域研究学部の2学部あり、実践的な地域学の専

門家を育成している。99年1月に日本語教育を開

始した。日本語学習者は、主専攻と副専攻に分か

れる。学習者数は、双方合わせて 57 名。クラス

は、主専攻が週 5 コマ(80 分/コマ)、副専攻が

週3コマである。教師2名は、教育大学、初・中

等教育機関と兼任している。

日露間での交流に、コーディネーターとして活

躍できる人材の育成を目標とする。

61

シベリア国際関係大学5年生の授業風景

④シベリア独立大学

1997年10月に日本語教育を開始した。日本語

は 2 年間の選択科目で、学習者数 11 名。週 1 コ

マ 90 分のクラスがある。クラスの時間の半分を

言語の学習、半分を文化紹介に当てている。言語

の学習といっても、実践的なものではなく、言語

学的な構造(文法)を明らかにするのが目的。教師

は1名で、ノボシビルスク日本語教師会の会長で

あり、シベリア・北海道文化センターの教師兼職員

が担当している。 ⑤シベリア国立測地学アカデミー

1935 年設立の同大学は、不動産調査関係学部、

測地学部等、5 学部、約 2500 人の学生を有する

技術者育成のための大学である。 94年9月に日本語教育を開始。日本語は、必修

選択科目として留学生課に設置され、学習者数

27名。週2コマ(90分/コマ)のクラスがある。

測地用の機材のマニュアルを読解する等、翻訳が

できるようになることが到達目標である。将来的

には、日本企業との共同事業を誘致するために、

専門書の読解をできるまでにしたいとする。 教師1名は、留学生課で外国人学生にロシア語

を教えるかたわら日本語も兼任している。 ⑥トムスク工科大学(トムスク)

同大学は、創立 1900 年の歴史の古い大学で、

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/西シベリア地方

学長の経営的成功により発展を続けている。西シ

ベリアの日本語教育機関の中では、ハード面の施

設の充実度は群を抜いている。コンピューターを

はじめ、ビデオデッキなどの設備は完備。その上、

机、椅子もすべて新しく、清潔な廊下、美しい壁、

重厚なドアなどが目を引く。 99年9月に日本語教育を開始した。第2外国語

として選択できる日本語コースと、コマーシャル

コース(有料)の日本語授業がある。学習者数は、

それぞれのコース25名の計50名。第2外国語を

選択した場合の授業時間は、週2コマ(90分/コ

マ)、00 年度は 1 年生のみ在籍。コマーシャルコ

ースは、週3コマのクラスとなる。 これら日本語教育のクラスは、言語コミュニケ

ーション学部の世界諸言語文化学科に属し、教師

は 4 名、うち1 名は現地契約の日本人。3 名の現

地人教師はみな若い。主教材には、ゴロブニンの

『日本語』が使用されている。始まったばかりの

日本語教育ではあるが、今後、成長していくもの

と思われる。

⑦トムスク国立大学(トムスク)

トムスク大学は、1888年に創立されたシベリア

最古の大学である。22の学部をもち、学生数は約

1万人。 92年9月、国際関係学部設立と同時にノボシビ

ルスク国立大学から教師を招き、日本語教育を開

始。00 年度に国際関係学部では、日本語を第 1外国語としている学習者数は28名で、1年生と4年生に在籍している。 学習時間は1年生が週6コマ(90分/コマ)、

4年生は週3コマ。教師は4名、うち1名は現地

契約の日本人。現地人教師 1 名を除き、3 名はト

ムスク工科大学と兼任。将来的には、言語だけで

はなく専門も含めて教えられる地域学の専門家を

養成するのが到達目標。

その他の高等教育機関における日本語コース その他、ノボシビルスク工科大学等でも日本語

教育が行われている。

<初・中等教育機関> ⑧第21番学校

第21番学校11年生の授業風景 1989 年に設立された学校で、90 年 9 月に日本

語教育が開始された。日本語は選択必修の第2外

国語で、第 1 は英語。学習者数は 90 名、もう 1つの第2外国語である仏語より人気がある。授業

は週2コマ(40分/コマ)で、5~11年生までク

ラスがある。 到達目標は、初級前半、日本語能力試験4級レ

ベル。文法のほか文化紹介に力を入れている。教

師は3名、主任教師の日本語教授歴は長く、確実

な講座運営がなされている。他の2名はノボシビ

ルスク国立総合大学の学生。教科書は、5 年生の

導入では『ひろこさんの楽しい日本語』を使い、

その後『初級日本語』を使用。

⑨第180番学校

1997 年 9 月に日本語教育を開始。生徒の両親

が日本語教育を学校に要請し、校長が教育大学に

教師を依頼した。放課後の有料コースの1つであ

り、クラブのような形態の自由選択科目として始

まった。学習者数22名で、週2コマ(60分/コ

マ)の授業は、教育大学の学生が担当する。教師

2 名は、北海道教育大学札幌校との交換留学を終

えた5年生。 ⑩第200番学校

1997 年 9 月に、人文学科系コース(ほかに自

然科学系、数学・物理系コースがある)が設立さ

れる際、両親と学生に調査を行い、希望の多かっ

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/西シベリア地方

た日本語を選択必修の第1外国語科目の1つとし

て開始した。学習者数は44名(10,11年生)で、

週3コマ(40分/コマ)のうち、1コマは日本事

情紹介になっている。シベリア・北海道文化セン

ターより、情報を得て授業に役立てている。到達

目標は、日本語の基礎を知り、日本の文化を知る

こと。卒業後 4~5 名は日本語学習を継続する。

教師は1名。教育大学の卒業生で北海道教育大学

への留学経験もある。 ⑪東洋文化学校(トムスク)

東洋文化学校の活発なクラブ活動、日本を題材にとりいれた人形劇 1993 年 9 月、学校の設立と同時に日本語教育

が開始された。日本語は有料の選択科目で、学習

者は 5 年生から 11 年生まで 125 名が履修。週 2コマ(45分/コマ)のクラスがある。 空手、音楽、芸術、人形演劇などのクラブ活動

を活発に行う中で、実質的な文化活動に日本語を

介すという教育スタイルが特徴。トムスクの人形

劇のコンクールでは、日本から題材をとった劇で

優勝したこともある。 現在、日本の北立誠小学校(三重県津市)と手

紙等の交換を行っている。生徒の相互訪問も予定

している。教師は2名で、トムスク国立大学と工

科大学で兼任。

2.日本語教師について

<概観> 両地域に共通していえるのは、日本人教師が少

なく、クラス運営等は、教育機関側がきちんと管

理しているということである。

[ノボシビルスク] 同地の日本語教師は、ノボシビ

ルスク国立総合大学の卒業生が高等教育機関で、

そしてノボシビルスク教育大学の卒業生が初・中

等教育機関で働いているのが特徴である。経済的

理由から、掛け持ちも一般的で、日本語教育機関

のほかに、個人的に日本語を教えている場合もあ

る。日本人教師は、国際交流基金/(社)日本外交

協会から派遣された日本語教育専門家がノボシビ

ルスク国立総合大学に1名、個人現地契約でノボ

シビルスク工科大学、ノボシビルスク国立総合大

学に1名ずついる。日本人留学生がボランティア

で教えることはない。 [トムスク] トムスクは、高等教育機関、初・中等

教育機関ともにほぼ同じスタッフが働いている。

個人現地契約の日本人教師が1名いる。 <日本語教師会の活動状況> [ノボシビルスク] 日本語教師会は、1993 年に教

師研修の必要性、また、日本からの学生・研究者

の受け入れなどの必要性から発足した。初代会長

は、同地の日本語教育の創始者であり、ノボシビ

ルスク国立総合大学で長年日本語教育に携わって

きた女性教師である。99年より、シベリア・北海

道文化センターの職員を兼ねる教師が後任につき、

現在に至る。活動内容として、「少年・少女日本語

スピーチコンテスト」、「子供の日」の活動など主

に、初・中等教育の日本語学習者を対象にしたも

ののほか、「教師セミナー」、大学生のための「日

本語能力検定テスト」、「日本語弁論大会」などを

主催している。

「少年・少女日本語スピーチコンテスト」で優勝した学習者

63

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/西シベリア地方

[トムスク] 既述のとおり、同地には日本語教師

が少なく、1 つのグループになっている。教師会

という形で組織化しているかは不明だが、同地に

おける日本語教育に係る活動は、すべて同グルー

プの教師が行う。トムスクは、地理的にノボシビ

ルスクと近く、ノボシビルスクで日本語教師セミ

ナーなどが実施されるときは参加している。

3.教育機器について

機関によって様々だが、カセットテープレコー

ダー、ビデオデッキ、テレビなどの視聴覚機器は、

比較的どの機関でも活用が簡単であるものの、コ

ンピューターに関しては、初・中等教育機関では

ほぼ使えず、高等教育機関でもノボシビルスク国

立総合大学とトムスク工科大学を除けば、使用が

難しい状態である。 しかし、どの機関にも共通していえることは、

ハードよりソフトの不足とその活用方法に課題が

あるという点である。

4.教科書、教材について

どの機関も共通して少ないといえる。ロシアで

手に入る教科書も、その種類に限りがあり、日本

で出版された教科書は、レベル別に1種類あれば

良い方である。また、聴解・読解など機能に分か

れた参考書類はほとんどないといってよい。 さらに、参考書類は個人所有のものが多く、機

関に属するものが少ない。一番教材が豊富にある

と考えられるノボシビルスク国立総合大学でさえ、

各レベルの総合教科書は 1~2 種類というところ

であり、機能別の参考書は、2000年度の国際交流

基金/(社)日本外交協会の日本語教育専門家派遣

を契機に本格的に揃え始めている。教師用の参考

書は少なく、教師が自主的に文法事項を容易に調

べられる環境が必要である。ほかの機関は、さら

に状況が悪く、特に、初・中等教育機関はほとん

ど教師個人のものに頼っている状態である。 この地域では、共通の図書館というものも少な

く、借りられる本も限られている。比較的蔵書の

多いノボシビルスク国立総合大学は、アカデムゴ

ロドクという市中心から離れた場所にあり、加え

て、自由に貸し出せるというシステムはない。 5.学習目的、到達目標について

この地域には、日本国在外公館・日系企業はな

く、留学生・観光客も少ないので、直接日本人と

触れる機会はほとんどない。よって機関によって

差はあるが、アカデミックな研究のために文献を

読むことを到達目標とし、ただ学問としての日本

語を修了するといったコースが多い。したがって、

一般的な特徴として、実際的な日本との接触を目

的とした日本語教育という機能は低いといえる。 初・中等教育に関しては、文化理解のレベルが

多いが、中には言語的にも初級を修了し、コミュ

ニケーションも可能な卒業生もいる。しかし、そ

れを受け入れる体制が高等教育機関にはなく、

初・中等時の教育をどうつなげていくかが課題で

ある。 日本語学習者の大学卒業後の進路は多様である

が、日本語を使って仕事をしている者は少なく、

多くは現地の政府系機関・企業に就職している。

日本語を使う就職先としては、現地の日本語教師

が一番多いが、待遇の悪さからか長期定着が困難

となっている。 6.日本語教育に関する問題点と取り組み

日本から離れているという現地の事情から、ア

カデミズム、または思考訓練としての語学教育が

日本語の課題になっていることが多い。 メディアの発達から、若い学習者は、テレビ、

インターネットを通じてかなり日本の口語表現を

取り入れ、それを使用したがっている。地理的な

悪条件を変更することは不可能だが、メディアを

取り入れ、コミュニケーションの道具としての訓

練は可能であると考えられる。 また、従来的なアカデミズム、思考訓練として

の語学学習の発展を考える際に必要なのは、いわ

ゆる日本語学の専門家を増やし、新しい情報と方

法論で、現地のアカデミズムを活性化することで

あろう。

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/西シベリア地方

7.求められる日本語教育支援

現地では、物理的支援としては、教師会とノボ

シビルスク国立総合大学を中心に、教材の充実を

図る支援を求めている。 また、コンピューター上での日本語環境の整備

のために、情報・技術提供がほしいとする。さら

に、遠隔教育のためのインフラが整えば、さらな

る可能性が開けると期待している。 しかし、最大に効果をあげるには、人材育成で

る。日本が遠い地であるからこそ、現地日本語教

師・日本語学者の日本での研修機会を増やし、日

本留学のプログラムを少しでも多く確保したいと

している。

東シベリア地方 1.日本語教育の実施概要

東シベリア地方として、ここではイルクーツク

市、クラスノヤルスク市、ならびにブリヤート共

和国ウラン・ウデ市の日本語教育につき概観する。 イルクーツクはバイカル湖の南端に位置し、シ

ベリア開発の中心地として発展してきた。歴史的

にも日本とは関係の深い地であり、現在は石川県

金沢市と姉妹都市提携をしている。同市における

日本語教育の中心はイルクーツク言語大学で、通

訳者を養成する部門と地域研究者を養成する部門

に分かれ、第1外国語として日本語を学ぶ。 他機関においては、副専攻または選択科目とな

り、個々の専門に関わる日本語を習得することに

なる。したがって、カリキュラムに日本語の授業

を組み入れる時間数にも限界があり、4 技能すべ

てを伸ばすことは難しく、「読み、書き」に重点が

置かれているのが現状である。 全体として、優秀で熱意のある教師が多く、大

半が言語大学出身者である。しかし、各機関の教

師が定期的に集まる情報交換や研究の場はまだな

い。イルクーツクでの弁論大会は、現在のところ

年2回行われ、参加対象となる学生を分けている。

イルクーツクの学生は訪日経験が少ないが、純粋

に日本に対する関心をもっている様子で、真面目

に日本語学習に取り組んでいることがうかがえる。 クラスノヤルスク、ウラン・ウデにおいては、

日本語教育実施機関は少ないものの、積極的に取

り組み、確実な歩みをしている。

<高等教育機関> ①イルクーツク国立言語大学

1948年に設立された大学で、イルクーツクの日

本語教育の中心となっている。現在、東洋語学部

と露日教育センターで日本語教育が行われている

が、この2部門は、近い将来、統合される予定で

ある。 同大学の現地人教師は、学科主任を含めると 5名で全員女性、みな国際交流基金の長・短期教師

研修や 00 年に実施された沖縄スタディプログラ

ムに参加している。 また、日本人教師はすべて現地採用されている。

教材集めや日本語教育に関する情報収集は、この

教師たちに頼るところが大きい。

(A)東洋語学部 東洋語学部では、通訳者の育成を目的としてい

る。2000年度の学習者は、1年生から5年生まで

125 名と多い。カリキュラムは、教育省で作成し

たものが基本となっているが、今後、新カリキュ

ラムを検討していく予定である。 学習時間は週5~7コマ(80分/コマ)、年間で

200~280コマとなる。 授業科目は、日本語の文

法、読解、翻訳等のほか、4 年生の科目として、

日本人教師が日本語で講義する言語学理論や日本

語史、文法理論等の科目もある。 現在のところ、教材選びは各教師が行っている。

日本語能力試験 2 級程度を到達目標としている。

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/東シベリア地方

(

2い

現地人教師自身が、学生時代に漢字の学習で苦労

イルクーツク言語大学東洋学部のクラス、漢字の授業

B)露日教育センター 露日教育センターでは、地域研究者の育成を目

としている。中国語を選択している学生が多い。

000 年度に日本語を第 1 外国語として選択して

るのは、1年、4年、5年に在籍する30名。学

時間は週 7 コマ(80 分/コマ)。同センターの

当教師は日本人1名を含む2名。学習者数が少

いので、学生にきめ細かい対応ができるとのこ

。東洋語学部とともに新カリキュラムを検討中。

達目標は日本語能力試験2級レベルである。 イルクーツク国立経済アカデミー

1930 年にイルクーツク国民大学として設立さ

、93年にはイルクーツク国立経済アカデミーと

て認可される。現在、ロシアの経済部門の教育

リードする機関の1つとして知られている。将

的には、法学部を設置し、大学名も名称変更す

予定である。 日本語教育は言語大学より早く、89年に東洋語

部として始まった。その後、98年9月に専任の

師が着任するまで、言語大学の学生が非常勤講

として教えていた。 専攻は国際経済で、第1外国語は英語、第2外

語として日、韓、中、西、仏、独語の中から選

する。ドイツ語の履修者が最も多く、次いで日

語と中国語である。 教師は2名で、現地人教師と日本人教師が連絡

密にし、各担当が作成したシラバスにしたがっ

、1 年ごとに担当科目を交換している。特に、

したことから、漢字の指導に力を入れており、習

得漢字の目標は1010字としている。00年度の学

習者は 50 名で、1~5 年生に在籍する。3 年、4年では読解中心の授業になり、取り上げるテキス

トは専門の経済に関するものが多い。また、ビジ

ネスレターの書き方やビザ申請の用紙、宿泊カー

ドを使用した授業、イルクーツクの歴史について

日本語で受ける授業もある。5 年生で行うディス

カッションでは、新ロシア人、ニュース、国民性

などをテーマとする。さらに、週1回、書道のコ

ースも設けている。01年度より、日露青年交流セ

ンターから日本語教師の派遣も始まっている。 ③イルクーツク国立工科大学

イルクーツク工科大学は、1929 年に設立され、

学生総数は1万1千人と規模の大きい大学である。

日本語教育は東方学部と国際学部で行われている。 (A)東方学部 日本語教育は 1993 年 9 月に始まった。日本語

は選択科目の中の1つで、中国語(397名)に次

いで履修者が多い(349名)。教師は現地人の男性

教師3名と日本人教師1名で、現地人教師のうち

の1名が国際学部を兼任している。カリキュラム

は文部省のものを参考にしており、日本語のほか

に、日本人教師が担当している日本文化(折り紙、

料理、浮世絵、水墨画、俳句、短歌)の授業もあ

る。履修修了時には、日本語の会話を理解できる

こと、露日・日露翻訳ができること、与えられた

テーマについて自分の意見を発表できることを目

標としている。 (B)国際学部 国際学部には、文化、世界経済、広報、心理の

各学科がある。第 1 外国語は英語で、2 年生から

第 2 外国語として仏、独、西、日本語の中から 1つ選択する。学習者は約 40 名。現地人教師 1 名

が、1999年11月までいた日本人教師作成のカリ

キュラムに沿って授業を行っている。

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/東シベリア地方

④イルクーツク国立大学

イルクーツク国立大学は 1918 年に設立され、

学生総数は 1 万人である。 国際学部外国語講座

に、英、仏、独、ポーランド、トルコ、中、日、

韓国語の各講座がある。 日本語教育の開始は99年で、手探りの状態であ

る。文部省の指導のもとにカリキュラムを作成し

ているが、実際には、各教師の考えによって教材

選びや授業内容が決められている。教師は現地人

教師男女 2 名で日本人はいないが、2 名とも国際

交流基金の長期教師研修を受けている。学習者が

まだ 2 学年のみで 19 名である。目標は、学部に

よって異なるが、ビジネス学部 1 年については、

基本的な言語知識を習得すること、発音の基本を

理解すること、基本文法の習得、語彙は 600 語、

漢字は240字、初級の通訳ができること、文字の

理解ができることとなっている。

教室に掲げられた標語「学問は光、無学は闇」

⑤私立シベリア法律・経済・経営大学

私立シベリア法律・経済・経営大学は 1994 年

に設立され、学生総数は 1500 人である。地域経

済学部として東洋語が副専攻となり、学生数は多

い順に韓、中、日本語(00年度66名)となる。 男性現地人教師2名のうち1名が、東洋語講座

長的な役割をしており、カリキュラムも決めてい

る。学習者数は、1 年から 3 年までは文法・漢字

中心の授業で、4,5年生になると新聞記事の読解

や翻訳中心の授業になる。 到達目標は、現代日本に関する基本知識を得る

こと、日本語能力試験1級程度合格と考えている。

国家試験では、テキスト翻訳、質疑応答、聴解を

行う。現在は日本人教師はおらず、会話の授業を

行っていないことから、学生の聞き取りや会話能

力は十分でない。 ⑥クラスノヤルスク国立総合大学(クラスノヤル

スク)

1961 年創立の総合大学だが、学生数はほぼ

3000人と中規模の大学である。日本語は、現代外

国語学部で主専攻、経済学部で選択科目として開

講されている。

(A)現代外国語学部 同学部では、教師、言語学の専門家、通訳・翻

訳家の育成を目的に外国語教育を行う。1995年に

日本語は開始され、2 期の卒業生を出している。

01 年度の学習者数は 46 名で、1~5 年生に在籍。

学習時間は、週7コマ(90分/コマ)から学年が

上がるにつれ減るが、修学プランは 2088 時間と

なる。『新日本語の基礎』、ネチャエワの『日本語』、

『初級日本語』など複数の主教材を使う。教師は

4 名で、うち日本人が1 名。現地人教師 1 名は国

際交流基金の教師研修にも参加。また、同大学の

第1期卒業生も教師に迎えている。英語の教育実

習を2週間行う。

(B)経済学部 旧「東シベリア情報センター」が、1992年に日

本語講座を開設したことが契機となっている。 経済学部の学生(01 年度 16 名)が、2 年間選

択科目として週2コマ学習する。現代外国語学部

の現地人教師2名が指導にあたる。 ⑦ブリヤート国立大学(ブリヤート共和国ウラ

ン・ウデ)

ブリヤート国立大学は、バイカル湖の東側に位

置するブリヤート共和国の首都ウラン・ウデ市に

ある。設立は 1995 年だが、前身はブリヤート教

育大学である。日本語教育は、東洋学部の3部門

(日本語言語学日本語科、日本語言語学日本史科、

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/東シベリア地方

東洋言語学中国語科等)で実施されている。日本

語履修学生は毎年募集できず、01年度は3部門1学年ずつ在籍している。 ブリヤート国立大学には日本人1名を含む4名

の教師がおり、3 部門の日本語教育にあたる。教

授経験 8~9 年の現地人教師が 2 名おり、教師間

をよくまとめ、互いに教授能力を高め合っている。

うち1名は、国際交流基金の長期教師研修経験者

で、新しい形の日本語教育を取り入れようと常に

試みている。 (A)東洋学部日本語言語学日本語科 東洋学部は、ブリヤート教育大学時の 1992 年

に開始されているが、日本語の授業は、ブリヤー

ト国立大学設立と同時期の95年に開始された。 日本語は1年生のみの開講で、第1外国語とし

ている。学生は21名、週に8コマ(45分/コマ)

学習している。

(B)東洋学部日本語言語学日本史科 日本史科でも第 1 外国語として日本語を履修。

学生は3年生のみで18名、学習時間は週7コマ。

(C)東洋学部東洋言語学中国語科等 中国語科、モンゴル語科、トルコ語科で、日本

語を第 2 外国語として履修できる。2 年生の学生

が40名、週に4コマ学習している。 <初・中等教育機関> ⑧第25高学校

第25番学校8・9年生の合同クラス、両端が同校教師

イルクーツクの第25番学校は1982年に設立さ

れ、全生徒数は 1400 人である。以前、日本から

来た若い女性がイルクーツクに短期間滞在し、折

り紙や日本の歌などを紹介したことが、特設コー

スを設置するきっかけとなった。 2000 年度の教師は言語大学の学生で、週 1 コ

マ80分の授業を8・9年生計13名に教えている。

カリキュラムは、前年度勤務した工科大学の教師

が作成した。特に到達目標の設定はなく、ひらが

な・カタカナをマスターし、自己紹介ができるこ

と、そして、隣国である日本という国に関心をも

たせることを目的としている。

⑨その他初・中等教育機関における日本語コース

クラスノヤルスクでは、第 41 番学校にて日本

語教育が行われていたが、1999 年 6 月より中断

している。

2.日本語教師について

<概観> イルクーツクでは、全体的に、日本語教育に情

熱をもち、独自の教授法を見つけようと努力して

いる教師が多い。特に、日本での教師研修を受け

た教師は日本語能力も高く、様々な手法を学んで

きており、さらに経験や研究を積んでいけば、イ

ルクーツクの日本語教育を代表する立場になるで

あろう。 言語大学に教育学と人類学の教師養成科目があ

り、教育実習は2ヵ月間行われるが、日本語の実

習ではない。 この東シベリア地域の特徴としては、他地域に

比べ日本人教師が多く、現地人教師と協調しなが

ら日本語教育を進めている点があげられる。 <日本語教師会の活動状況> 現在、日本語教師会はないが、イルクーツク弁

論大会やセミナー等で顔を合わせる機会はある。 3.教育機器について

現地人教師で日本語教育にコンピューターを活

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/東シベリア地方

用している例はほとんどなく、日本人教師がイン

ターネットから得た情報を教材として使用するこ

とが多い。また、第2外国語としてのコースにお

いては、テープ教材やビデオ教材の利用もほとん

どない。

イルクーツク国立経済アカデミーのコンピューター室

ただし、イルクーツク国立経済アカデミーにつ

いては、コンピューター室がいくつかあり、他大

学に比べると、学生が日本語のソフトを使って自

習できる環境が整っている。 機関によっては、ビデオデッキがあっても肝心

のビデオ教材がないところや、ビデオデッキ自体

を必要としているところもある。 4.教科書、教材について

主教材として、『日本語初歩』、『新日本語の基

礎Ⅰ,Ⅱ』、『みんなの日本語Ⅰ,Ⅱ』、『日本語中

級Ⅰ,Ⅱ』を使っている機関が多い。ただし、担

当する教師によって、同じ学年でも違う教科書を

使う場合があり、中級以降で既習項目や学力に差

が出ることがあり得る。副教材は、『日本語作文の

方法』、『毎日の日本語』、『Basic Kanji』、ゴロブ

ニンの『日本語』、『Japanese for busy people』が使われている。 どの機関も、中級以上の教材集めに苦労してい

る。適当な教科書がないので、専門に関連した新

聞記事や雑誌の切り抜きを利用している場合が多

い。日本人教師から情報を得ることになるので、

日本人教師のいない機関は、情報を得る手段を模

索している。

5.学習目的、到達目標について

日系企業への就職を希望している学生が多いが、

実際、日系企業はイルクーツク市内には1つもな

く(市外に木材関係の会社がある)、専門を生かせ

る職業に就けないのが現状だ。大学院に進学する

か、商社、市役所などに就職している。日本の大

学との交換留学制度は、以前、富山大学や金沢大

学との間であったが、現在は終了していて交流は

ない。 学生が訪日する機会としては、イルクーツクの

スピーチコンテストで優勝することや、日露青年

交流センターの招聘プログラムなどがある。 イルクーツク国立大学については、到達目標と

して、討論の場で自由に自分の専門についての意

見を述べられることを目的としており、そのため

に日本人教師の派遣や専門家の講義を強く要望し

ている。 ブリヤート共和国ウラン・ウデ市は、北海道留

萌市と姉妹都市提携をし、交流活動を行っている。

2002年には提携30周年を迎える。 6.日本語教育に関する問題点と取り組み

全般的に、教材の不足が問題点だといえる。日

本語の専門教育を行っているイルクーツク言語大

学でさえ、教科書は1冊ずつしかなく、学生は教

師の用意したコピーを使っている。 また、日本語史などの新しい科目ができる予定

だが、肝心の資料が揃っていない。イルクーツク

には日本センターもなく、管轄の在ハバロフスク

総領事館も遠いため、日本人教師が休暇を使って

ハバロフスクを訪問した際に、日本センターで資

料を探すなどしている。同時に、国際交流基金の

図書寄贈プログラムに申請し、日本語の教材や情

報を収集している。 教師の質を高めることについては、教師対象の

研修プログラムに参加し、日本へ行く機会を積極

的に活用している。 日本語を学習している学生が、将来に対して不安

を抱くこともあるが、日系企業の進出があまり進

まず、解決策を見つけることは難しい。

69

Page 32: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/東シベリア地方

7.求められる日本語教育支援

イルクーツクは、日本語教師の数が他地域に比

べれば多い方である。このため、機関を超えた教

師会や、勉強会のような場でお互いの意見交換や

情報交換ができれば、同市全体の日本語教育の質

がさらに上がるものと思われる。現地では、それ

には相応の指導的専門家も必要であるし、かかる

経費の支援も求めたいとする。 また、現地では、日本から経済などの分野別専

門家の講演などを望む声が高い。 さらに、大学間交流も中断されている中、現地

教師からも、学生同士の交流の機会提供を求める

声が聞かれた。

サンクトペテルブルグ市

1.日本語教育の実施概要

かつてのロシア帝国の首都であり、モスクワに

次ぐロシア第 2 の都市である。1712 年、ロマノ

フ朝が首都をサンクトペテルブルグに移し、1918年にモスクワに戻すまでの約2世紀にわたり、同

市は、ロシアの政治、経済、文化、芸術の中心都

市であった。 日本語教育の歴史も、1 世紀を越える厚みがあ

る。サンクトぺテルブルグ国立総合大学を中心に、

4 つの大学がそれぞれに個性をもち、それぞれの

役割を自覚しているかのように共存している。

また、初・中等教育においても日本語教育が盛ん

であり、主な日本語教育機関は4つある。 <高等教育機関> ①サンクトぺテルブルグ国立総合大学

大学の創立は 1724 年と古く、ロシアを代表す

る大学である。また日本語教育の歴史も長い。

1898 年に始まり、先頃 100 周年を祝っている。

この大学における日本語教育の沿革は、「ロシア

における日本語教育史」という類の資料と合致す

る。ほとんど同義といえる時代も長くあった。そ

の歴史と伝統は、日本語教育関係者の矜持である

ようだ。古典教育に力を入れてきたが、最近は実

用日本語も重視している。同大学の教師は、00年

度で現地人教師7名、日本人教師3名(うち2名

は日露青年交流センター派遣)がおり、学内の 2部門で日本語教育にあたっている。

(A)東洋学部日本文学科・極東諸国歴史学科 同大学の日本語教育の中心となる学科で、日本

語を第 1 外国語とする。1 年おきに文学科と極東

諸国歴史学科の学生をとる。1999年より、同大学

では学費有料(私費)の学生も受け入れているの

で、学費無料(国費)コースとクラスを分け日本

語教育を行う。95年から、学士課程(バカラブリ

アート)4年、修士課程(マギストラトゥーラ)2年の6年制となり、00年度の学生数は、日本文学

科で 42 名、極東諸国歴史科 27 名、修士課程 16名。また、東洋学部中国語・韓国語学科でも第 2外国語として日本語を学習している。

サンクトペテルブルグ国立総合大学日本語科プログラム(1999 年度)

科目 授業タイプ 学年 時間数

日本学入門 基本講義 1 36

日本語演習 基本ゼミナール 1~5 2206

日本地理 基本講義 1 36

日本史 基本講義 1~2 208

日本文法 基本講義 2 68

日本文学史 基本講義 2~3 136

日本の民族学 基本講義 2 32

日本古典文法 基本講義 3 36

日本の手書きの書籍 専攻講義 3 36

日本の叢書およびくずし書きの演習 専攻ゼミナール 3 32

日本の言語学のテキスト読解演習 専攻ゼミナール 3 36

日本語の形態的構造 専攻講義 3 32

日本仏教史 専攻講義 4 36

日本の文芸批評史および思想史 専攻講義 4 36

科学のテキストの読解演習 専攻ゼミナール 4~5 104

日本における言語の現状 専攻講義 4 36

日本の美的観念史 専攻講義 5 36

日本の経済、国家体制および現状 基本講義 5 36

中国古典語の演習 基本ゼミナール 2~5 240

東洋諸国の文学史 基本講義 5 36

70

Page 33: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/サンクトペテルブルグ市

コマ数は週2~3コマ(90分/コマ)と少ないが、

国立総合大学日本文学科教師と日本人教師

(B)特別東洋学部 3 つのコースがある。夜間部として第 2 高等教

育プログラム(2~3 年間)、技能向上プログラム

(3年間)、語学コース(2年間)である。夜間部

は、既に大学を卒業し、別の専攻の学位をもつ者

を主な対象としている。所定の課程を終えた者に

は、東洋学部と同じ学位がもらえる。語学コース

は、希望者が習いたい言語を習う語学講座で、3ヵ月ごとに試験があり、2 年を修了し最終試験に

合格すれば修了証が与えられる。日、中、アラビ

ア、トルコ語などの東方言語を学ぶことができる。

すべてが有料の商業ベースである。東洋学部の有

料コースの学生も、学費をここに納める。

②サンクトぺテルブルグ国立文化芸術大学

創立は 1918 年。2 年前に旧称の文化アカデミ

ーから改称。ソ連時代の 72 年に日本語教育が始

まり、現主任日本語教師が同大学に招かれた。以

来、同教師が約30年間日本語講座を支えている。 大学には図書館情報学部、芸術学部、文化学部

と夜間部、通信部があり、日本語は第 2・第 3 外

国語として希望者が受講するが、図書館情報学部

の学生がほとんどだという。 外国語講座には、ほかに英・仏・独・西語があ

る。教師数は、99年から日露青年交流センター派

遣の日本人教師が加わり2名となった。 授業は第2・第3外国語ながらかなり厳しく、1年生の受講者は、当初 10 数人いてもすぐに減っ

てしまうとのこと。2 ヵ月目から漢字を教える。

途中で脱落しなかった学生はかなりのレベルに達

する。1 年生は授業で月に 2 回程度、日本につい

て10分くらいの発表をする。 全CIS学生日本語弁論大会でも、3 年連続で

サンクトペテルブルグの代表になっており、日本

語作文コンクールにも参加し、良い成績をおさめ

るなど、学習者の積極性をよく引き出している。

指導上の特徴は、翻訳能力をつけることに主眼が

置かれていること。その翻訳能力で鍛えられた力

を会話力に転換していく術もあり、主任教師の教

授法は、30年来よく練り上げられ工夫されている。 ③ゲルツェン名称ロシア国立教育大学

大学の創立は18世紀末(1797年)にさかのぼ

り、200年以上の歴史がある。日本語教育は、初・

中等教育機関の日本語教師の需要に応えて、95年

から始まったが、規模は小さく、初・中等教育一

般の教師養成が同大学の柱である。また、96年か

らは語学センターでも日本語が教えられている。 日本語は、第2外国語として3年生から学習す

る。大学側の都合で1学年にしか日本語のクラス

がない。つまり、日本語クラスは開講されると 3年間持ち上がって、そのクラスが卒業すると新規

のクラスを始めるというシステム。 00年度は3年生クラスのみで学生は12名。学

年に英語を第1外国語とする9クラスがあり、そ

のうち毎年6クラスがドイツ語を第2外国語とし、

仏語、西語が1クラスずつ、あと1クラスが日本

語、フィン語、デンマーク語などを習うが、これ

らのクラスの開講は、3 年に 1 度のローテーショ

ンとなる。独・仏・西語を第1外国語とするコー

スもあり、そこでは英語が第2外国語。語学セン

ターは、有料の開放講座で修学年限3年。00年度

学習者数は約10名。 ④東洋大学(私立大学)

ペレストロイカ期の教育自由化の中で、1989年に人文大学として創設され、94年にその東洋学

部が単科の大学として独立した。他の多くの私立

71

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/サンクトペテルブルグ市

大学と同様に、中等学校に教室を借りて運営され

ていたが、01年1月からは、半地下のフロアを専

用で市から借りることができた。 日本語教育は、他の言語と同じく選択制となっ

ており、現在、全学年に学習者がいるわけではな

い。授業は夕方からで日本でいえば夜学に相当す

る。したがって学習者の中には他大学の学生や社

会人もいる。日本語は人気が高く、ここで教えら

れている3つの言語の中で最も学生数が多い。 <初・中等教育機関> ⑤第631番学校

第631番校は、グローバル教育を基本理念とし

1992年に創立された。外国語教育は、他国の文化

を理解し、尊重する人間性を育むことを目的とし、

英語とフランス語が全学年の必修科目であり、選

択科目としてラテン語と日本語が開設されている。 日本語は93年に開始し、00年度の学習者は36

名。学習時間は、週 2 コマ(40 分/コマ)。教科

書は、『日本語初歩』などを使うが、基本的に、日

本文化の体験学習を重視している。教師は2名で

専任の英語教師と非常勤の大学生。日本人教師は

いない。

第631番校の正門外観

⑥第583番学校

1990年の開校以前に、校長が視察旅行で訪日し

た際、古い文化と最新技術をあわせもつ日本に大

変興味をもったことを契機に、学校内外で協力者

を募り、91年に同市の初・中等教育では初めて日

本語コースを開始した。

0基

1教

72

第583番校3年生の授業風景

1年生から学習を始めることが特徴で、これは、

国語は子どもの頃からふれる方が良いとする、

校側の強い信念に基づくもの。00年度の学習者

78名。学習時間は、週3コマ(45分/コマ)

年間 102 コマ。教科書は、1~3 年生は『やさ

いにほんご』。5~9 年生は『日本語初歩』を使

していたが、00年度から、ロシアで出版された

科書、ネチャエワの『日本語』に切り替えた。 日本事情として、月に1~2回、書道、日本史、

本文化などを講義する。3,5,7 年生は、その

容についての絵と小論文を書く。 教師は6名で専任が5名。非専任1名は日本人

師で、99 年度は(社)日本外交協会が派遣、

0年度は現地個人契約。専任教師は全員国際交流

金の教師研修に参加している。

第83番学校

1982 年に開校された同校の生徒数は、

380人。東京のロシア大使館付属ロシア人学校で

鞭を取っていた前校長夫妻が、帰国後日本語教

を取り入れたいと知人の現副校長に協力を要請

、日本語教育の特別学校として 93 年に開始さ

た。

義務教育科目同様、卒業試験に日本を課すこと

特徴がある。「バラの学校」と称される同校は、

本の青山学院高等部との交流もあり、日本の学

にならって制服、校章が導入され、校歌には、

バラが咲いた」が歌われる。

00 年度は、1 年生から11 年生まで282 名の生

が日本語を学習。学習時間は、以前週3コマで

Page 35: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/サンクトペテルブルグ市

あったが、現在は週2コマ(40分/週)で、年間

64 コマ。低学年は、『たのしいこどもの日本語』、

高学年はロシアで出版されている『日本語で読ん

で書いて話そう』などを使い、6 人の教師が教え

る。うち日本人教師は1名、現地人教師の3名は

大学生。学習者数が多いので、みな 10 コマ以上

を担当している。

校歌「バラが咲いた」を歌う第83番学校6年生

⑧第27番学校

1858 年開校の、伝統ある初・中等教育機関で、

ドイツ語・歴史・文学の専門校。ドイツの国立機

関からドイツ語教師が派遣されている。長年ヨー

ロッパ志向であったが、90年代の教育改革の流れ

の中で東洋諸語教育が導入された。 東洋語(アラビア語、中国語、日本語)は有料

の選択科目で、独語あるいは英語が必修外国語と

なる。日本語は 94 年に開始され、4 年、7 年、8年コースがある。 しっかりとしたカリキュラムがあり、学習者は

3年生から11年生まで96名。学習時間は週2~8コマ(40分/コマ)で、年間で70~280コマと、

同市の初・中等教育では時間数は多い方である。

低学年は『たのしいにほんご』、高学年はロシア出

版の教科書と『日本語初歩』を使う。 同校は、東洋大学に教室を提供していた時期も

あり、カリキュラム作成、教師の紹介など東洋大

学との関係が密接である。教師は9名で、日本人

教師はいない。既にドイツ人教師がおり、学内規

定で外国人教師の招聘には、人数ほか、複雑な問

題があるという。

2.日本語教師について

サンクトペテルブルグの日本語教育は、基本的

に同市で学んだロシア人の教師によって担われて

いる。教師の数は多いが、50歳前後にかたまって

いる。初・中等教育機関の教師には大学生も含ま

れる。ロシアの主要都市として日本人の訪問も多

く、通訳などを兼業、複数の機関を兼任している

教師も多い。1999年度から日露青年交流センター

により、年間2~3名の若手教師の派遣が始まり、

高等教育機関にて『みんなの日本語』などを使い、

主に会話を担当している。また、国立総合大学へ

の日本人留学生など、2~3名の日本人も現地契約

で日本語教育に関わっている。

3.教育機器について

ビデオデッキはあるものの、盗難が懸念され管

理が厳しい分、使用が難しい。コンピューター化

は進んでいるとはいいがたく、大学には学生用コ

ンピューターはあるが(文化芸術大学は約200台)、

日本語教育・学習のためコンピューターを教師・

学生が自由に使える環境にはない。 初・中等教育機関においては、コンピューター

は、教師の私物を利用している場合がほとんどで

ある。ビデオデッキは校長室等にあり、使用しに

くい状態。ビデオソフトの活用は第 83 番校が最

も盛んである。 4.教科書、教材について

高等教育機関での使用教材は、4 機関それぞれ

個性的である。初級主教材も様々で、『Japanese for Today』、『Basic Japanese(1970)』、『初級日

本語』などで、やや古めの教科書を現地人教師が

独自の教授スタイルで使いこなしている。中上級

では、生教材として日本語の原書・原資料を読む

ことが多い。特徴的なのが文化芸術大学で、かな

り古い教科書を使い、翻訳には技術文献も使用、

普通の日本人も知らないような専門用語が頻出す

る。しかし、現実に翻訳の需要があり、その練習

のためにも、この技術文献等の翻訳を学生は好む

とのこと。

73

Page 36: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/サンクトペテルブルグ市

初・中等教育機関においては、低学年でも日本

で発行された子ども対象の教科書を使いこなして

いることが特徴。学年が上がるにつれ、ロシア出

版の子ども用教科書を使ってみるなど、試行錯誤

して適切な教材を探している様子。副教材には日

本で出版されたものも多く取り入れ、日本事情・

日本文化の理解に努力している。

5.学習目的、到達目標について

国立総合大学の場合、経済事情と関係するので

あろうが、研究者志望は減り、日本語教育の方針

も古典から実用日本語へと重点が移っている。学

習動機に実利的な目的が増えてきてはいるが、学

習者数については、他の地域に見るような増大は

ない。日本語や日本文化への憧れ、語学への興味

は依然大きい。 初・中等教育においても、両親、生徒ともに日

本に対する好奇心が動機になっている。日本人の

考え方、意識を理解するには、伝統芸術・文化を

知ることが重要と考えているようだ。教師側では、

文化といってもサブカルチャーとして人気の「ポ

ケモン」などは、一過性のものと考える者も多い。 日本との交流では、国立総合大学は大阪市立大

学と、国立文化芸術大学は岩手大学と大学間協定

をもち交換留学を行っている。第 83 番校は、青

山学院高等部とホームステイプログラムを実施し

ている。また、大阪市とサンクトペテルブルグ市

は姉妹都市提携をしている。 到達目標は、国立総合大学で日本語能力試験 1級、教育大学で同2級を目標にし、国立文化芸術

大学では、技術関係情報の翻訳能力を高めること

としている。 初・中等教育では4級合格としながらも、文化

理解が本来の目的である。第 83 番校のみ卒業の

試験科目に日本語が入る。 6.日本語教育に関する問題点と取り組み

ロシア経済の問題ではあるが、個別の機関だけ

では対応できない教師の待遇などの問題はある。

また、東洋大学の場合は、施設・設備面でも難を

抱えているが、同市のいずれの機関も「泣き言」

や「陳情」をいうよりも、自助努力と工夫で問題

の解決を図ろうとしており、自分たちのやり方に

対する自信がうかがえる。 7.求められる日本語教育支援

歴史が長く、能力のある多数の卒業生を輩出し

ている地域である。基本的に、同市はここ 10 年

の日本語ブームでの蓄積ではなく、独自の日本・

日本語に関する教育手法をもっている。支援に際

しては、各機関のニーズを再確認する必要があろ

う。一般的には、伝統を損ねることなく、新しい

日本の情報、教材や教授法を継続的に提供してい

くことが必要と思われる。

ハバロフスク地方 1.日本語教育の実施概要

ハバロフスク地方の中心都市ハバロフスク市

は、北緯48度30分の内陸に位置し、ソ連時代に

おいては、中国と国境を接する軍事的要塞の地と

して、また、豊富な天然資源を背景とした原材料

の供給地として、造船・航空機製造など軍需産業

を中心に発展してきた。 第2次大戦後は、日本人のシベリア抑留地の1

つであり、日本人が強制労働に従事し残した建築

物が現在も残っている。 当地における日本語教育は、主専攻として日本

語を学ぶことができる、唯一のハバロフスク教育

大学が中心になっている。 また、設立2年目の極東外国語大学は、教育大

学のカリキュラムを参考にしながら、独自の新カ

リキュラムを作成しようという柔軟性がある。選

74

Page 37: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/ハバロフスク地方

択科目として日本語を教えている機関については、

日本語自体の時間数や、学生の学習意欲を高める

上での苦労があると考えられる。この点、日本人

教師を中心に、日本センター等の施設を借りて日

本事情や文化紹介、ビデオ上映をするなど工夫が

みられる。 初・中等教育においても、数機関で日本語教育

が取り入れられている。第3ギムナジアをはじめ、

第4、第5、第38学校などで多数の児童・生徒が

日本語を学習している。 日本語教師会や勉強会がまだ成立せず、教師間

のネットワーク化が望まれるところだ。

<高等教育> ①ハバロフスク国立教育大学

ハバロフスク国立教育大学は、日本語を専攻で

きる高等教育機関で、当地の日本語教育の中心と

いえる。1993年より毎年、国際交流基金/(社)日本外交協会の日本語教育専門家が派遣されている。

東洋語学部には、日本語学科、中国語学科、韓国

語学科があり、日本語学科の学生数が最も多い。 日本語学科については、00度の1年次からカリ

キュラムが変更になった。これまであった地理、

歴史、文化の科目の代わりに、音声、語彙、日本

語史の専門科目が増えた。日本語授業のコマ数も、

学年が上がるにつれて減ることになる。

ハバロフスク教育大学日本語学科使用教材別にみる修学プラン

(2001 年度コース)

クラ

授業時間数(1 コマ=40 分) 教師

主教材 副教材

① 15 6 コマ/wx39w=234 コマ/年 露1

② 15 6 コマ/wx39w=234 コマ/年 露1

③ 15 6 コマ/wx39w=234 コマ/年 露1

1

④ 15 6 コマ/wx39w=234 コマ/年 露1

日本語初歩 楽 し く 聞 こ う

Ⅰ、毎日の聞

き取り初級、ゴ

ロブニン日本

① 12 8 コマ/wx36w=288 コマ/年 露1

② 14 8 コマ/wx36w=288 コマ/年 露1

日本語中級Ⅰ

③ 14 8 コマ/wx36w=288 コマ/年 露1

2

④ 14 8 コマ/wx36w=288 コマ/年 露1

Intermediate

Japanese

毎日の聞き取

り初級、ゴロブ

ニン日本語

① 10 10 コマ/wx33w=330 コマ/年 露1

日1

3

② 13 10 コマ/wx33w=330 コマ/年 露1

日1

Intermediate

Japanese、

文化中級日本

語Ⅰ

みんなの日本

語初級Ⅱ標準

問題集、日本

語能力試験 3

級試験問題、

楽 し く 聞 こ う

Ⅱ、楽しく話そ

う、楽しく読もう

① 9 10 コマ/wx25w=250 コマ/年 露1

日1

② 6 10 コマ/wx25w=250 コマ/年 露1

日1

4

③ 10 10 コマ/wx25w=250 コマ/年 露1

日1

日 本 語中級

Ⅱ、

中級から学ぶ

日本語

中級から学ぶ

日本語、同ワ

ークブック

5

① 16 10 コマ/wx21w=210 コマ/年 露2 新聞記事、短

編小説翻訳

教師数について:露→現地人教師 日→日本人教師

教師は 11 名おり、うち日本人教師は 2 名。卒

業時の到達目標は、日本語能力試験2級程度であ

る。教員養成の大学でありながら、実際には教員

を希望する学生が少ないことから、今後、5~6年

の間に総合大学にし、教師養成コースと通訳、異

ハバロフスク教育大学のキャンパス

学習者は 143 名で、1 年で年間 350 コマ(80/コマ)、5年で年間210コマほどになる。 また、01年度からは、さらに新しいカリキュラ

を使用することになっている。

文化間コミュニケーションを学ぶコースとに分け

ていく計画がある。 ②極東外国語大学

1998年に設立され、英語、日本語、中国語の3学科が設置されている。まだ設立 2 年目なので、

試行錯誤しながら学科を運営している状況で、日

本語科の主任格となる現地人教師はいない。日露

青年交流センターから派遣された教師が2名勤務

している。 2000 年度のコースとしては、第 1 外国語とし

ての3年間課程と5年間課程がある。既に、他の

高等教育機関での教育を終えている者については、

75

Page 38: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/ハバロフスク地方

履修済みの科目があるという理由で3年間課程に

入学させる。ただし、クラスは課程別に分かれて

おらず、5年間課程の4、5年在籍者はまだいない。

り選択できる。各学年 2~6 の日本語クラスがあ

り、学習者は300名に近い。 カリキュラムについては、ハバロフスク州の教

育委員会の作ったものを使用している。教師は、

極東外国語大学の授業風景 その他、第 2 外国語として、2 年生から始まる

3 年半のコースがある。すべてのコースの学習者

数は約 90 名。カリキュラムは、ハバロフスク教

育大学のものを参考にし、現在、独自のカリキュ

ラムを作成中である。3 年生までは、年間で 256コマ(80分/コマ)の授業計画のもと日本語教育

を行っている。 卒業後、地域研究者や観光ガイドとして活躍で

きるよう育成する方針である。 ③モスクワ消費者協同組合大学極東分校

1992 年から商業科で、99 年から世界経済科で

日本語教育を開始した。両学科で専門科目のほか

に、必修外国語科目として日、英、中、ハングル

語の中から1つを選択する。英語の履修者が最も

多く、次いで日本語である。学習数は、00年度に

46名であった。 <初・中等教育> ④ハバロフスク第3ギムナジア

第 3 ギムナジアは 1961 年に設立され、生徒数

は約1300人。日本語教育の開始は91年で、生徒

たちに、英語だけでなく他の国の言語にも親しま

せたいとの方針のもと、隣国の日本語を第2外国

語として取り入れた。必修科目で 6 歳から 16 歳

までの11年間のコースと、11歳から16歳までの

6 年間のコースに分かれており、生徒の希望によ

現地人専任講師 3 名で日本人教師はいない。週 2コマ(45分/コマ)の授業では、単に日本語だけ

でなく、日本の歴史や文化、地理、自然、生活習

慣などについても教えている。 ひらがな、カタカナと漢字は、200 字程度を目

標とし、日本語や日本事情を学ぶことによって、

今後、交流を深めていく日本という国に関心をも

つようになればよいと考えている。テキストは、

低学年では、『ひろこさんの楽しい日本語』、高学

年は『新日本語の基礎』を使っている。ハバロフ

スク教育大学日本語学科への進学希望者が多い。 2.日本語教師について

<概観> 日本語能力の高い教師が多くいるが、ハバロフ

スクの教師間で、リーダーシップを取る者がまだ

出てこない。若手で情熱のある教師もいるので、

指導方法に対する研究心を高めるよう期待したい。

今のところ、現地人教師のほとんどが文法訳読法

で授業を行っている。また、日本からの派遣や現

地採用された日本人教師のいる大学もいくつかあ

るので、効果のある連携をもっと検討していく必

要があろう。 <日本語教師会の活動状況> 全体としての日本語教師会や勉強会はまだない

が、ハバロフスクの日本人教師での会合はある。

今後、教師同士の指導方法を交換したり、教育上

の問題点についての解決方法を話し合う方向で、

現地人教師を含めた全体会を発足することを計画

中である。 3.教育機器について

教育大学ならびに極東外国語大学では、映画を

はじめとしてビデオ教材を使用しているが、他の

機関では、計画的に使用するまでには至っていな

76

Page 39: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/ハバロフスク地方

い。上記2大学でもビデオ教室が完備されておら

ず、他の機関と同様に、設備の整っている日本セ

ンターを何らかの形で利用している。 また、コンピューターを使って教材作成をする

教師はいても、インターネットで情報収集するこ

とはないようだ。

4.教科書、教材について

主教材として、『日本語初歩』、『新日本語の基

礎Ⅰ,Ⅱ』、『ひろ子さんの楽しい日本語』、『日本

語中級Ⅰ,Ⅱ』などが使われている。教科書は各

担当教師が選ぶ傾向にある。 極東外国語大学は、最近、ハバロフスクで出版

された教科書を試験的に使ってみたが、文型の提

出順序や、初級で必要な文型が含まれていないと

の理由で、今後、継続して使用するかどうか思案

中である。 ハバロフスク教育大については、国際交流基金

から寄贈された教材がほとんどである。若い教師

たちの間では、学生の聞き取り能力強化のため、

新たにテープ教材を研究するなどの前向きな姿勢

がみられる。新聞の翻訳は、テーマが偏る傾向が

あるので、『日本語中級Ⅱ』を取り入れ、うまく併

用しているようだ。

モスクワ消費協同組合大学の図書室

5.学習目的、到達目標について

全体として、日本企業への就職を望む者が多い。 教育大学の 2000 年度の卒業生は、日本企業や

ホテル、日本語教師、通訳として、ほとんどの者

の就職が決まった。在外公館に登録された日本企

業の支店、駐在官事務所などの数は 10 社、日露

の合弁企業数は43社ほどある。 極東外国語大学は、00年度の卒業生4名のうち

3 名の進路は、通訳、日本留学、空港国際ターミ

ナル勤務などである。 第3ギムナジアは、教育大学への進学を希望し

ている学生が多いが、昨年の卒業生25名のうち、

合格したのは5~6名に過ぎなかった。 日本との交流プログラムは、他のロシア・NI

S地域に比べれば盛んな方である。ハバロフスク

市は、新潟市と姉妹都市提携をしており、ワニノ

市は、北海道石狩町と交流がある。ハバロフスク

地方としては、兵庫県、青森県と交流している。

日本語日本文化研修や成績優秀者研修への参加に

加え、日露青年交流センターの招聘プログラム、

みちのくリースプログラム(青森)、はばたけ 21(新潟)、ロータリー奨学金などがある。ただし、

モスクワ消費者協同組合大学については、日本へ

行くチャンスもほとんどなく、00年度も、1名が

群馬県の組合の招待で3ヵ月間研修を受けたのみ

であった。

6.日本語教育に関する問題点と取り組み

全体として、教師の待遇が悪く、定着しないと

いう問題があるが、具体的な解決策は考えられて

いないのが現状である。実際、ハバロフスクのベ

テラン教師は、いくつかの機関で教師経験を積ん

できた者が多い。若い教師が日本で教師研修を受

けて、自分自身の教授法を確立していけば、将来

的に、ハバロフスク全体の日本語教育のレベル向

上につながると思われる。 また、教材が少ない、専門に関連したビジネス

や経済の教科書が必要、との声もある。 極東外国語大学については、優秀な学生が多い

が、学生の能力差が大きいクラスがあるなど、ク

ラス編成の面で問題がある。働きながら真面目に

勉強している学生が多いだけに、早急に解決した

いところである。これは、教育大学にも共通の問

題だが、学生の心理面を考えると、簡単にクラス

替えができないというのが本音である。そうなる

77

Page 40: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/ハバロフスク地方

と、次に考えられるのは、同じ学年の担当教師同

士で連絡を密にし、能力差が出ない指導をしてい

くよう検討する必要があろう。 7.求められる日本語教育支援

教材が少ないことが問題点としてよく上げられ

るが、現在ある教材をきちんと使える教師が不足

しているとも考えられる。その点においても、教

師が研究のできる場を作ることが先決だと思われ

る。教育大学の東洋語学部で、研究発表を行う場

があるが、今後、それがハバロフスク全体として

実施できれば理想的といえる。 また、ハバロフスクでも様々な文化行事が行わ

れていて、以前、チェーホフの短編を日本語で公

演した劇団があったが、公演日数や施設の関係で、

残念ながら日本語を勉強している学生たちは見る

ことができなかった。このような行事をきっかけ

に、学生が学習意欲を高めることも大いに考えら

れるのため、学生も参加できる文化行事の定期的

開催を現地では望んでいる。 さらに、ハバロフスクの学生は、高学年になる

と訪日する機会をもつ者も多くなってくるが、ロ

シアと日本の学生が、直接意見交換のできる場を

設定できれば、それまでの日本語学習をさらに発

展させることが可能になるであろう。

カムチャツカ州

1.日本語教育の実施概要

日本語教育の中心は、カムチャツカ教育大学と、

カムチャツカ技術大学といった高等教育機関で、

カムチャツカの町の風景

ロシア人に加え、北方諸民族も暮らす、人口約

40万人のカムチャツカ州の主要産業は、漁業・水

産加工業である。カムチャツカ半島の東側に位置

する、州都ペトロパブロフスク・カムチャツキー

市は、軍事的理由により閉鎖されていたが、1992年に開放された。地理的要因と観光業、水産業な

どの産業的需要から日本語教育が起こり、夏季に

限るが、日本からの観光客でにぎわう。 この地域の特徴としては、日本語教師の日本人

の割合が大きいこと、街の規模に比し、1 機関の

日本語学習者の多いことなどがあげられる。

市内にまとまっている。 <高等教育機関> ①カムチャツカ国立教育大学

この大学は、ペトロパブロフスク・カムチャツ

キーの日本語教育の中心であり、唯一、第1外国

語として日本語教育が行われている機関である。 1993年に日本語教育を開始。日本語は主専攻と

副専攻に分かれ、学習者は、それぞれ58名、147名、計 205 名。主専攻は、週に 6~7 コマ、副専

攻は、週 2~5 コマのクラスがある。日本語コー

スは、当初、第2外国語として作られ、99年から

第1外国語のコースも作られた。また、01年度よ

り通訳コースが開かれ、様々な専攻の学生が学べ

るようになった。 現在、外国語学部東洋語学科では、日本語が主

専攻の「日本語英語コース」、英語が主専攻で日本

語が第 2 外国語の「英語日本語コース」、そして

他学部からも受講できる、第2外国語の「通訳コ

ース」と、3つのコースがある。

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/カムチャツカ州

②カムチャツカ技術大学(旧カムチャツカ国立海

洋アカデミー) 1996年に日本語教育を開始。日本語は副専攻で

あり、学習者は92名。週に2~4コマのクラスが

ある。カムチャツカ教育大学が教育学を専門にし

ているのに対し、技術大学では、現地の産業に必

要とされる通訳・翻訳家の養成が目標である。 ③カムチャツカ人文カレッジ

とが多いのに対し、4~5年と長期的にカムチャツ

カに日本語教師として暮らそうとしている。この

結果、長期的な戦略が可能であり、組織的な活動

も可能である。現地人教師は、数では多いが、カ

ムチャツカ教育大学の主任教師を除くと、あとは

みな若い。同主任教師を中心に、日本人スタッフ

がクラスの内容、質などを維持しているという構

図である。 <日本語教師会の活動状況>

日本人教師によるカムチャツカ人文カレッジ2年生の授業

1994 年 9 月に日本語教育を開始した。日本語

は副専攻で、学習者数65名。1年生では、日本語

は選択授業となっており、2年生より必修となる。

よって、コースは変則的な 2 年制。2 年生より週

4コマのクラスがある。 <初・中等教育機関> ④イングリッシュリツェー(カムチャツカ人文カ

レッジ付属)

1996 年 9 月に日本語教育を開始。日本語は選

択科目で、履修者 65 名。週に 2 コマのクラスが

ある。日本語のコースは2年間で、学年を問わず

希望者が選択できる。よって様々な学年の学生が、

1年目、2年目それぞれのコースに在籍している。 2.日本語教師について

<概観> 特徴的なのは、日本人教師の割合の多さと、そ

の滞在期間の長さである。教師 15 名中、現地人

教師は 10 名、日本人 5 名である。他のロシア・

NIS地域の日本人は、1~2年で帰ってしまうこ

日本語教師会という組織はないが、実質活動をし

ている日本語教師は10名ほどなので、共同で行う行

事も多い。活動内容は、弁論大会や、東京グランド

パレスホテルへの実習プログラムの選抜試験、日本

文化紹介の催しなどである。

また、州立図書館では2ヵ月に1回、日本文化紹介

の催しがあり、これまで、日本人教師全員参加で日

本料理を作り、紹介したり、阿波踊りの披露などを

してきている。

79

日本人教師より宮沢賢治を学ぶ、カムチャツカ教育大学東洋語学科

3.教育機器について

どの機関に関しても、テレビ、ビデオデッキな

ど、基本的な設備はあるが、ソフトがない。コン

ピューターに関しては、どこの機関も設備が十分

でなく、インターネットの回線状態も悪い。 4.教科書、教材について

ロシア製の教科書は手に入るが、日本製の教材

に関する情報を、十分入手しているとはいえない。

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/カムチャツカ州

日本人教師が日本に帰国した際に、購入してくる

か、個人所有のものを使用している。また、個人

で教材を作っている教師もいる。教材の種類・内

容などは言うに及ばず、基本的なテキストも不足

している状態である。 5.学習目的、到達目標について

日本訪問の機会、日本との交流は、他の地域より

幾分多いといえよう。2001年で、カムチャツカ弁論

大会は5回目を迎え、小渕・エリツィン基金から上

位2名に日本旅行が賞品として与えられている。

東京グランドパレスホテル実習プログラムは、毎

年、カムチャツカ全体から5名、1年間来日して、ホ

テル実習が受けられる。この実習プログラムは、現

在3年目で、今までに10名が実習を受けている。こ

れが、この地の日本語学習者への大きな動機付けに

なっている。 到達目標は、カムチャツカは、前述のように主に

観光業の分野で日本語を使用することが多く、実際

に必要な、ガイド・通訳といった実務能力をともな

う語学教育がなされている。

中心機関である教育大学と技術大学では、それ

ぞれの専門性を生かし、日本語教師、技術通訳な

どの育成を目指している。 6.日本語教育に関する問題点と取り組み

地理的に日本に近いとはいえ、情報インフラの

不備による日本の情報の絶対的不足は否めない。

また、日本国総領事館等も当地にはないため、簡

単な情報も長距離電話をかけなければ得られない。

さらに、長期滞在の日本人が核となっているが、

諸般の事情から、こうした日本人教師が日本語教

育からの撤退を余儀なくされることもある。

7.求められる日本語教育支援

教材教具などの物理的な支援とともに、日本人

教師に対する情報提供が必要である。現地日本人

教師は、実質的な核をなしているが、日本からの

援助の情報について、知らないことが多い。また、

若い現地人教師の育成が急務であり、養成のため

の支援を現地では求めている

サハリン州 1.日本語教育の実施概要

サハリン州は、人口約 63 万人、漁業・水産加

工業、石油・天然ガス採掘業などを主要産業とし、

州都は、人口約 16 万人のユジノサハリンスク。

日本時代は豊原と呼ばれた。函館より空路で約 2時間、日本から最も近いロシアといえる。 地理的、歴史的な理由で始まったサハリン州の

日本語教育であるが、最近の日本語教育の高まり

は、主に経済的な理由からと思われる。学習者の

ほとんどが就職のため、またはビジネスに必要と

いう理由で学習している。サハリン州で、日本語

が学べる主な高等教育機関は、サハリン国立総合

大学をはじめとして3校あり、初・中等教育機関

でもごく少数だが、日本語教育が始まった。社会

人対象の教育機関は、現在のところ日本センター

のみで、日本語学習ブームの中、社会人を対象に

した教育機関の増設が望まれている。 2000年より、サハリン州弁論大会が北海道庁の

支援で始まり、01年6月のサハリン州弁論大会で

は、参加者数も増え、これまでの高等教育機関に

加え、初・中等教育機関の生徒も参加するなど、

参加者層も広がった。また、同弁論大会をきっか

けに日本語教師会が発足し、現在のところサハリ

ン国立総合大学が中心になって運営している。 さらに、サハリン国立総合大学日本語教師陣が、

サハリン日本人会の協力のもとにボランティアベ

ースで始めた日本語会話クラブ(JCC)も、当地の

日本語学習者の間では人気がある。

80

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/サハリン州

また、サハリン州では、ポロナイスク市などユ

ジノサハリンスク以外の地域でも日本語教育が行

われている。 <高等教育> ①サハリン国立総合大学

1949 年に政府の教員養成教育機関として創立

され、54年にユジノサハリンスク国立教育大学と

された。98年には、芸術大学、アレクサンドロフ

スク教育大学を統合して、サハリン国立総合大学

となり、現在に至る。

日本語教育が開始されたのは89年で、当時は、

選択科目としての日本語クラスのみであったが、

91年のソ連邦崩壊後、東洋学部が創設され、日英

学科が置かれる。92年には、同東洋学部に経済学

科も設立された。その後、同学部は「経済・東洋

学大学」と経営上独立した組織となった。現在、

経済・東洋学大学には、言語学科、東洋学科、経

済学科の3つの学科があり、言語学科、東洋学科

では、日本語は必修専門科目として、経済学科に

おいては選択科目として教えられている。

(A)言語学科 2000 年 9 月より名称が改められ、日英学科か

ら「言語学科日本語専攻」となる。日本語は、英

語とともに必須科目である。01年6月現在、履修

者数は105名。このコースを卒業した学生は、言

語学士、日本語および英語教師としての学位が与

えられる。同学科には他に韓国語専攻も併設され

ている。

(B)東洋学科 1999年に設立された。言語学科同様に、日本語

は必須科目である。01 年 6 月現在、履修者数は

40名。日本語の学習時間数は、言語学科と同じだ

が、卒業時の学位は東洋学学士となる。同学科に

は、言語学科同様、韓国語専攻も併設されている。

(C)経済学科 本学科では、日本語か英語のどちらかを選択科

目として履修することになっているが、英語履修

者の方が圧倒的に多い。卒業時は、エコノミスト

としての学位を与えられる。 ②三育大学

元来、在サハリン韓国人のための韓国語教育を

目的として、韓国語学科が設立されたが、近年の

サハリンにおける外資系企業の進出にともない、

諸外国とロシアの友好関係に広く貢献できるよう

な人材の育成を目標として、1996 年 9 月に日本

語と英語学科が設立された。4 年制で、日本語科

には、全学年にそれぞれ10名前後の学生がおり、

サハリン州の地方出身者が多い。日本語は、副専

攻として教えられているため、1 週間の授業数は

4コマ程度。

81

三育大学の授業風景

最終学習到達目標は、日本語能力試験3級合格

程度。しかし、教材不足と日本人教師の欠如から、

目標達成できていないのが現状である。 夜間コースがあり、14歳から受講できる日本語

の公開講座がある。こちらも4年制で、到達目標

は日本語能力試験3級程度。 講師は、専任現地人教師が 1 名。00 年までは、

ボランティアの日本人教師が非常勤で指導してい

た。日本語教材はほとんどなく、図書館にある日

本語関係の蔵書は、日本国総領事館から寄贈され

た雑誌等のみで100冊にも満たない。大学にはビ

デオデッキはあるが、日本語・日本文化関係のビ

デオ教材がないため活用されていない。コンピュ

ーターは教師用2台、学生用6台があるが、教師

が教材制作に使用するのみにしか使われていない。

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/サハリン州

③ユジノサハリンスク経済法律情報大学

日本語教育が開始されたのは 1997 年からであ

るが、01年6月現在、同校の日本語講座は、ロシ

ア教育省から正規の日本語コース(5 年制)とし

ての認可がおりていないため、独立したコースに

はなっていない。日本語は、人文学部の必須外国

語として教えられている。現在、日本語を学習し

ている学生は130名。01年度、4年生7名が人文

学部で日本語を学習し、初の卒業生となる。 カリキュラムは、ロシア教育省、サハリン州教

育省のガイドラインに基づき、同大学の日本語担

当教官が作成している。専任日本語講師は、ロシ

ア人講師4名で、非常勤講師は日露青年交流セン

ターから派遣されている日本人講師1名。 日本語教材の不足は深刻で、図書館にある日本

語蔵書は 50 冊ほどなので、学生が卒業論文を書

くためには不十分。教科書に関しても、初・中級

用の教科書がないため、現地人教師自らが新聞や

インターネットを使い、3,4年生用の教材を作成

している状態で、日本語教材の支援を強く要望し

ている。コンピューターは、教師用2台、学生用

20台があり、いずれもイギリスの石油会社BPか

ら寄贈されたものである。 <初・中等教育> ④東洋リセ

1991年、学生の大学進学のための学校として設

立された。学生は、第1外国語として英語を履修

していて、00年までは、第2外国語として日本語

か韓国語をそれぞれ週1時間履修していたが、01年から、教育要項が改正され、日本語のみの履修

になり、科目名も「東洋文化」と変わった。「東洋文

化」のクラスでは、2年間で簡単な日本語のほかに

日本文化について学習する。 カリキュラムは、ロシア教育省作成の指導要項

に基づき、副学長が決定している。講師は、現地

人講師が1名のみ。 同校は初・中等教育機関には珍しく、当地に進

出しているイギリスの石油会社から寄贈されたコ

ンピューターが 20 台あるが、日本語環境がない

ため日本語教育には使用されていない。 日本語教材は、日本センターや、ホームステイ

等の交流を行っている北海道北見市から寄贈され

たものを使っているが、まだまだ不足している。 日本語学習修了時に、日本文化についてのレポ

ートをロシア語で書かせるなど、文化理解に焦点

を当てて日本語教育を行っている。

⑤第9番学校

学校自体は古くからあるが日本語教育は、1997年、現第15番学校の教師を招き開始した。01年

度の学習者は92 名で、2 年,3 年,6 年,10 年,

11年に在籍する。 授業時間は、低学年が週3コマ(40分/コマ)

で、代入練習や会話、日本文化紹介などを行い、

寄贈された日本の国語の教科書で学習している。

10,11年生は週4コマで、『日本語初歩』を使い、

文法も学習する。01年度の教師は、現地人教師2名で、うち1名は大学で日本語を専攻した新卒の

教師。同教師が、6 年生以外の全学年を担当して

いる。 外国語として英語が必修、必修第2外国語とし

て日本語コースと韓国語コースがある。日本語コ

ースは人気があるが、教師数に限りがあり、全校

生徒の約3分の1が履修。 卒業試験に日本語も含まれる。卒業生の一部は

日本語教育を行うユジノサハリンスクの大学に進

学、学校全体では、ロシアの他地域への進学も増

え、00年度は、サンクトペテルブルグの大学へ多

数進学した。 ⑥第15番学校

学校自体は、1952年に設立されたが、日本語教

育が始められたのは 00 年 9 月から。専任教師は

日系ロシア人教師 1 名。日本語カリキュラムは、

市教育委員会とサハリン国立総合大学経済・東洋

学大学学長とが相談して決定される。週2コマ40分の授業で、現在のところ希望者のみが学習でき

る選択科目とされている。履修者数は、01 年 6月現在、60名でレベルは同じ。

82

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/サハリン州

同年9月より、北海道サハリン友好経済協力推

進協議会の支援で、日本人教師が2年契約で派遣

される。同校では、夜間に一般人を対象にしたボ

ランティア日本語教室を開いており、これは、日

本サハリン同胞交流協会の支援によって運営され

ている。クラスは年齢別に分かれていて受講者は

80名にのぼる。 同校の最大の問題は、深刻な教材不足で、教科

書も、北海道庁から寄贈された日本の小学生用国

語教科書を使っている状態である。

2.日本語教師について

<概観> 全体的にみると、日本語教師の年齢層がかなり

低いという特徴がある。平均年齢は 20 歳代の後

半くらいである。 サハリン州の大学日本語講師の9割以上は、現

サハリン国立総合大学経済・東洋学大学言語学科

の日本語専攻の卒業者で、教鞭をとってはいるも

のの、教師経験が 3 年以下の者が大半を占める。 こうした教師陣は、大学でとりあえず外国語教

授法を勉強してはいるが、まだ自分が教わったや

り方そのままの方法で、学生を指導している教師

が多い。 また、なかには日本語教授法を勉強したことが

ない教師もおり、今後は日本語教師会の教授法セ

ミナーや、国際交流基金の短期教師研修に積極的

に参加することが強く望まれる。教師陣の多くは、

日常会話程度の日本語なら、ほぼ問題なく理解で

きるので、この点は高く評価したい。 初・中等教育機関の教師は、日本語能力に関し

ては、大学の講師陣より多少劣るが、日本文化に

対し高い関心をもち、授業に積極的に還元しよう

とする献身的な態度が見受けられる。 日本人教師は、01年6月現在、サハリン国立総

合大学経済・東洋学大学に国際交流基金/(社)日本外交協会から派遣されている日本語教育専門家

が2名、日露青年交流センターからの派遣教師が

ユジノサハリンスク経済法律情報大学に1名、三

育大学にはボランティア講師が1名いる。01年9

月より、第15番学校にサハリン同胞協議会から1名の派遣がある。

<日本語教師会の活動状況> 日本語教師会は、01年6月にサハリン国立総合

大学が中心となって発足した。年2回を目安に日

本語教師セミナーを開催している。初回のセミナ

ーの参加者は、サハリン国立総合大学の講師が中

心であったが、2 回目は三育大学の講師、日本セ

ンターの所長が参加し、サハリン州教育委員会、

在ユジノサハリンスク日本国総領事もセミナーに

招待されるなど、日本語教師会もさらに組織化さ

れ規模が大きくなっている。

83

第2回サハリン州教育セミナー(サハリン国立総合大学にて)

3.教育機器について

高等教育機関には、各機関に 2~3 台のテレビ

やビデオデッキがある。しかしながら、テレビや

ビデオデッキがあっても肝心の日本語ビデオ教材

や日本語衛星放送受信機がないので、有効活用が

なされていない。 コンピューターに関しては、サハリン州の外資

系企業から寄贈されたコンピューターが設置され

ているが、台数が限られている上、日本語環境が

ないので、授業や教材作成にはあまり活用されて

いない。また、このような外資系企業から比較的

寄贈を受けやすい機関(言語学科を設置している

大学)と、そうでない機関があるようだ。 コピー機は、どの教育機関でも、ほぼ皆無に等

しい。そのため、多くの教師はハンドアウトを使

わず、主に黒板を使って指導している。

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/サハリン州

4.教科書、教材について

教材不足は、どの教育機関も訴えている深刻な

問題である。高等教育機関でさえ、図書館の日本

語関係の蔵書が100 冊に満たないところもある。 初・中等教育機関では、教科書さえもない状態

で、北海道庁から寄贈された小学生用の国語の教

科書を使用して日本語を教えている。ビデオ・テー

プ教材も不足していて、せっかくビデオ機器等が

あっても視聴覚教材がないため、効果的な授業が

なされていない。教師の中には、教材不足を解決

するべく、日本の新聞や雑誌等から自作教材を作

る意欲的な者もいる。 5.学習目的、到達目標について

学習目的では、石油開発関係、漁業関係の日系企

業や国際企業体が多く存在することから、そのよ

うな企業に就職するために日本語を学ぶという学

生がほとんどである。観光ガイドなどのサービス

業に従事することを希望する学生もいる。 また、サハリン州は日本の自治体との交流も盛

んである。ユジノサハリンスクは旭川市と函館市、

ポロナイスクは北見市と、その他北海道内の諸地

域と交流(ネヴェリスク:稚内市、ホルムスク:

釧路市、オジョルスキー:猿払村、コルサコフ:

紋別市、稚内市、ドリンスク:名寄市、トマリ:

天塩町、セヴェロクリリスク:根室市)があり、

日本語学習の動機付けになっている。 大学の学習到達目標は、どの機関でも日本語が

主専攻の場合、日本語能力試験2級レベルに設定

されているのだが、実際、日本語講座修了時に、

2 級レベルに達している学生は、日本留学経験な

どがある一部の学生だけである。慢性的な教師不

足、教材不足が到達目標の達成をはばんでいる 1つの理由でもあるようだ。 初・中等教育機関の場合、学習到達目標は日本

語のひらがなとカタカナの読み書きができる程度

で、現状では、ほぼ目標は達成されている様子。

日本語教育というよりも日本文化に対する興味を

もたせるような授業が行われているが、大学は逆

に言語偏重のところが多い。大学で日本語を学ん

でいる学生には、将来の就職のために日本語を学

習している者が多いが、大学での授業でビジネス

日本語を教えているのは、現在、サハリン国立総

合大学経済・東洋学大学のみである。 6.日本語教育に関する問題点と取り組み

どの教育機関にとっても共通の問題点は、深刻

な教材不足と慢性的な日本語教師の不足だろう。

教材不足に関しては、教師が自ら教材を作成した

り、他の機関から教材を貸与してもらうなど、何

とか対処しているようだ。国際交流基金の教材助

成プログラムに、2001年度以降、積極的に応募し

ようとしている。 しかしながら、教師不足の方は、待遇面との関

わりもあるので、一筋縄で解決できる問題ではな

く、当面は、日本語教師会のセミナーや国際交流

基金の短期教師研修などで現地人日本語教師の質

の向上に努めるしかないように思われる。 7.求められる日本語教育支援

各機関が一番望んでいる支援は、教材援助であ

る。どの機関も教材の不足は深刻で、特に、大学

レベルでは、図書館に日本語関係の蔵書が十分に

揃っておらず、卒業論文の作成には不十分な状態

である。 初・中等教育機関には、きちんとした教科書も

ない状態で、日本文化を教える授業が中心である

のに、文化指導に役立つビデオ教材もない。 また、慢性的な教師不足についてだが、この問

題を解決するためには、教師の待遇改善における

補助を求める声が高い。教師の給与が低く、ロシ

アでも、物価が高いといわれるサハリンでの生活

は厳しい。大学の優秀な人材が外資系企業に流れ

てしまい、教師のなり手が増えないのは、この辺

に問題があるのかもしれない。 日本語教育熱の高いこの地域で、日本語能力試

験を受験することができれば、学習者の意欲も増

すものと思われる。01年度からウラジオストクで

受験できるようになったものの、旅費を考えると、

より受験しやすくなることが強く望まれている。

84

Page 47: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/沿海地方

ロシア沿海地方 1.日本語教育の実施概要

ウラジオストク、ナホトカなどの諸都市を含む、

日本海に面した極東地域をロシア沿海地方と称す

る。ウラジオストクは、1860年、清朝からロシア

の領土となった地域。第2次大戦後は、ソ連太平

洋艦隊の最前線基地の軍港であったが、1992年に

対外開放された。

上での細かいカリキュラムはなく、担当教師に任

されているのが現状である。また、その教授法も

一部の機関、教師を除いて、翻訳・訳読法が主体

となっている。 ほとんどの教育機関で英語は必須科目である。

加えての外国語である日本語の人気の背景には、

日本への留学、日本語を生かした就職という現実

的な目的が大きい。

ウラジオストクの港と町並み

当地における日本語教育は歴史が長い。ソ連時

代より、極東国立総合大学にて日本語・日本研究

が行われており、モスクワ、サンクトペテルブル

グと並ぶ拠点研究機関であった。 解放後は、主要な高等教育機関でも主専攻、副

専攻としての日本語、および第2外国語として日

本語教育が行われるようになった。日本に近いと

いう地理的条件もあり、身近に感じられるせいか、

高等教育機関のみならず、初・中等教育機関でも

外国語の選択科目として日本語が取り入れられて

いる。今では、学習者層が幼児、社会人にも広が

り、当地の日本センターでは、60名以上の学習者

がいる。 日本語学習の裾野が広がり、学習者人口も増え

ると、当然どこの機関でも、慢性的な教材不足、

機材不足、人材不足の問題を抱えることになる。

しかし、今のところどの機関でも、それらの問題

をどう解決すべきかという具体策が講じられない

まま進んでいる状態である。 各機関において、コースとして日本語を教える

今後、学習者人口が増えることによる競争の激

化が予想され、一方、日本企業の撤退などもあり、

受け皿は決して増えてはいない。この現状が、今

後、同地域の日本語教育にどう影響するかは未知

数である。 しかしながら、日本との交流プログラム、旅行、

公費あるいは私費留学により、実際に日本・日本

文化に触れる機会をもつ人々も少なくないことな

どからみて、日本語学習環境の一定枠は、今後も

継続されると思われる。 <高等教育機関> ①極東国立総合大学

1899年に創設された当時は、現在の極東工科大

学の場所にあったが、今はオケアンスキー通りに

移転されて、その敷地内にウラジオストク日本セ

ンターもある。1939年から56年まで、大学が閉

鎖されたが、その後、再興され、現在、6 つのイ

ンスティテュートと9つの学部がある総合大学で

ある。 日本学部がある東洋学大学には、756 人が在籍

し、ナホトカにも分校がある。また、函館にも分

校があり、日本人学生がロシア語・ロシア文学を

学ぶ。日本では専修学校扱いだが、卒業証書は大

学卒として認められる。 93年より国際交流基金/(社)日本外交協会から

2名の日本語教師が派遣され、96年に1名の派遣

となったが、同大学の日本語教育に大きく関わっ

てきている。また、同大学は国際交流基金の同地

域の日本研究拠点校として機能している。

85

Page 48: 第 4 章 国、地域別日本語教育事情...第4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア主要部 日本語教育事情 ロシア主要部 1.日本語教育の実施概要

第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/沿海地方

(A)東洋学大学 日本学部 1899年に東洋学院として創設され、日本語教育

が開始された。創設当時は、極東で唯一の日本語

教育機関であった。 東洋学大学日本学部使用教材別にみる学習プログラム

(2001 年度)

クラ

授業時間数

(1 コマ=80 分)

教師

主教材・副教材

1

① 14 6 コマ/wx34w=204 コマ/年 露2

日1

日本語初歩、みんなの日本語

② 12 6 コマ/wx34w=204 コマ/年 露2

日1

日本語初歩、みんなの日本語

③ 13 6 コマ/wx34w=204 コマ/年 露2

日1

日本語初歩、毎日のききとり他

④ 13 6 コマ/wx34w=204 コマ/年 露2

日1

日本語初歩、みんなの日本語

⑤ 14 6 コマ/wx34w=204 コマ/年 露2

日1

日本語初歩、みんなの日本語

2

① 18 6 コマ/wx34w=204 コマ/年 露4

日1

日本語中級Ⅰ、みんなの日本

語、中級読解入門、日本語表

現文型

② 7 6 コマ/wx34w=204 コマ/年 露4

日1

日本語中級Ⅰ、みんなの日本

語、中級読解入門、日本語表

現文型

③ 17 6 コマ/wx34w=204 コマ/年 露3

日1

日本語中級Ⅰ、みんなの日本

語、中級読解入門、日本語表

現文型

④ 17 6 コマ/wx34w=204 コマ/年 露3

日1

日本語中級Ⅰ、みんなの日本

語、中級読解入門、日本語表

現文型

3

① 7 5 コマ/wx34w=170 コマ/年 露1

日1

生教材、表現文型500 他

② 8 5 コマ/wx34w=170 コマ/年 露1

日1

生教材、表現文型500 他

③ 13 5 コマ/wx34w=170 コマ/年 露2

日1

生教材、表現文型500 他

④ 14 5 コマ/wx34w=170 コマ/年 露1

日1

生教材、表現文型500 他

4

① 10 5 コマ/wx34w=170 コマ/年 露2

日1

生教材、ビデオ「本田宗一郎」他

② 8 5 コマ/wx34w=170 コマ/年 露2

日1

生教材、ビデオ「本田宗一郎」他

③ 14 5 コマ/wx34w=170 コマ/年 露2

日1

生教材、ビデオ「本田宗一郎」他

④ 13 5 コマ/wx34w=170 コマ/年 露2

日1

生教材、ビデオ「本田宗一郎」他

5

① 7 5 コマ/wx34w=170 コマ/年 露1

日2

生教材(日本語・ロシア語)「敬語」

② 8 5 コマ/wx34w=170 マ/年 露1

日2

生教材、(日本語・ロシア語)「敬

語」

③ 13 5 コマ/wx34w=170 コマ/年 露1

日2

生教材、「敬語」、オリジナル他

④ 15 5 コマ/wx34w=170 コマ/年 露1

日2

生教材、「敬語」、オリジナル他

*教師数について: 露→現地人教師 日→日本人教師

*クラス番号: ①は日本語・日本文学

②は日本語・地域研究

③~⑤は日本経済の専攻

実用的な人材の育成が中心であり、一時の閉鎖

期間を経て、東洋学部として 1962 年に再興され

た。日本語教育のみならず、日本研究の拠点とし

ても、歴史ある存在である。 2000 年 6 月、従来の少数精鋭教育が施された

学生が卒業した。現在はかつての2倍の学生が在

籍、その数255名。到達目標は、日本語能力試験

1級。総授業時間は2000時間を超えている。 (B)東洋学大学 中国学部 日本語は選択科目として、2000 年 2 月に開始

した。3~5 年生の開講を予定しているが、00 年

度に成立したのは 4 年生のみ。3 学年続けた場合

の学習総時間は560時間となる。到達目標として

は、日本語能力試験2級が設定されている。内容

については日本学部のアドバイスを受けている。 (C)経済ビジネス大学 日本語は選択科目として、1995年から始められ

た。現在、3 年生 2 クラス、4 年生 2 クラス、5年生 1 クラスが成立している。総授業時間数は、

253 時間と初級後半に届くのがやっとの状態で、

特に到達目標として日本語能力試験を設定してい

ないが、4級ぐらいは可能と考えられている。 (D)国際関係学大学 日本語は選択科目として、1996年から始められ、

現在、1~4年生81名が学習している。総授業時

間数は1000時間以上になるが、到達目標として、

特に日本語能力試験は意識されていない。選択科

目であることから、定着に時間がかかる。また、

学年が上がるにつれ、必然的に専門科目が優先と

なり、学習意欲が薄れるなどの要因もあり、実際

の修了時の到達レベルは初級後半となっている。 ②極東国立工科大学

1899年に創設された。もとは技術系であったが、

現在ではいくつかの文系の学部も抱えている。以

前、極東国立総合大学のあった場所にある。ナホ

トカにも分校がある。

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/沿海地方

(A)東洋学大学東洋学日本語学科 1996 年に創設され、01 年 6 月に初めて卒業生

を送り出した。00 年度の学生数は 102 名。到達

目標は日本語能力試験 1 級レベル。5 年生は研修

生として1年生を教える制度がある。 (B)第2外国語選択科目(行政学部、法律学部、国

際学部、政治学部、社会工学部) 必修選択の東洋語として、日・中・韓国語のい

ずれかの言語を選択することになっている。学習

期間は、行政学部のみ 2 年で、その他の学部は 3年。学生数は371名。授業時間総数は約600時間

で、日本語能力試験2級レベルを到達目標として

いる。傾向としては、日本語より韓国語を選ぶ学

生が多くなっている。 (C)付属ナホトカ分校社会工学部(ナホトカ) 機関としては 1994 年に設立され、日本語の授

業は、選択科目として 96 年から始められた。他

の外国語の設定はない。総授業時間数は277時間、

自分や地域のことが日本語で話せるようになるの

が到達目標。2 年生から 3 年間学習できるが、現

在、2,3 年生の希望者はなく、希望者がいる 1年生に授業を行っている。 日本の自動車関連の技術系大学、あるいは専門

学校と教師の交換ができないか模索している。 ③ウラジオストク国立経済サービス大学

ザインなどの分野にまで領域を広げている。学内

にはコンピューターが500台あり、LLの設備も

ある。施設そのものも増築が重ねられ、新しい施

設も多い。キャンパス内にいくつもの店があり、

外部の人々も買い物ができるようになっている。

ナホトカに分校もある。

(A)東洋学・言語学学部 1996年より日本語教育が開始され、継続してク

ラスを設置できたため、01年6月に初めて卒業生

を輩出できた。地域学科の中の日本語専攻として

207 名が在籍。日本語以外の選択必修の言語とし

ては、中、韓、英語がある。学習総時間数は1326時間、到達目標は日本語能力試験2級。 (B)言語学部 言語学科の英語主専攻の学生が、副専攻言語と

して、日本語および仏・伊・中・独・韓国語から

必修選択する形になっている。日本語は 1997 年

から始められた。学習年数は 3 年半。2 年生から

5年生まで45名が学習している。到達目標は日本

語能力試験3級。 (C)社会サービス・ツーリズム学部 第 2 外国語として選択する日本語講座として、

1998 年より開始された。学習年数は 2 年間。2,3 年生が対象となり、現在 39 名が学習している。

総授業時間数は178時間。到達目標は日本語能力

試験4級とされている。

ウラジオストク国立経済サービス大学コンピューター室

1967年に創設された。00年度の総学生数5053人の大学である。多くの学部をもち、最近ではデ

(D)付属ナホトカ分校(社会サービス・ツーリズム

学部、経済マネージメント学部)(ナホトカ) ナホトカ分校は1994年に開設された。現在、

1200 人の学生がいる。日本語教育は第 2 外国語

として 97 年に始められた。他言語の教師が確保

できず、第 2 外国語は日本語のみとなっている。

学習年数は 3 年間。1~3 年生まで 162 名が学習

している。総学習時間数は640時間。到達目標は、

将来の仕事に生かすためであり、日本語能力試験

などの具体的なレベル設定は今のところない。

87

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/沿海地方

④海洋国立大学(旧極東国立海洋アカデミー)

1890 年に創設され、学生数は 2342 名。うち

1530 名は海軍学校生で、授業料等は無料である。

航海実習などがあることから、卒業まで5年8ヵ

月を要する。

海洋国立大学1年生クラス

近年、心理学部などの文系の学部を作り、812名の学生が在籍している。通常の大学と同じく有

料で5年制である。 日本語は、選択科目として 1991 年より始めら

れた。学習年数は5年、現在168名の学生が学習

している。総学習時間数は725時間、到達目標は

日本語能力試験3,4級レベル。 学生の学習意欲そのものは高いが、実習や作業

の関係で学習を継続することが難しく、高学年ま

で学習を続ける者は少なくなる。 その他の日本語コース

極東国立工科大学では、以前、みちのく銀行の

支援で「みちのく教室」という日本語講座が開講

していた。現在、みちのく銀行の支援はなくなり、

名称だけを受け継ぎ経済学部が有料で運営してい

る。学生はほとんど経済学部の学生である。 ウラジオストク経済サービス大学文化学科、宗

教学科では、希望者があれば日本語講座が開講さ

れる。 <初・中等教育機関> ⑤第1番高校

1902年に創設され、生徒数は1223人。日本語

は91年に開始された。5年生から11年生まで選

択科目として7年間勉強できる。 現在、242 名が日本語を学習している。他の言

語では、独・仏・韓・中国語があるが、日本語を

選択する生徒が一番多い。総授業時間数は514時

間、到達目標としては、少数でも日本語能力試験

4級に合格することとされている。

⑥第51番学校

1961 年に開校。現在、1 年生から 11 年生まで

1075人の生徒がいる。日本語教育は88年から始

められ、選択科目として 10 年間勉強できる。現

在、562名が学習している。総学習時間は885時

間。目標は、大学入学などに有益な知識を得るこ

と、また、隣国である日本の文化を知り、国際交

流の精神を早期教育することとしている。 1 年生から日本語を学べるということで、校区

外からも受験者がある。学校は、入学希望者が日

本語を学習できるか、入学前にその適性をみる。

途中でついていけなくなった場合は、校区内の生

徒であれば、日本語の授業を受けないで通常の学

校生活を続け、校区外から通学している生徒の場

合は、自校区の学校に転校することになる。 同校には、ウラジオストク市と姉妹都市提携を

している新潟市から、市の職員が日本語教師とし

て派遣されている。同派遣は01年度に11年目を

迎えた。同職員は、派遣前に(社)日本外交協会が

行う派遣専門家対象の研修に参加しており、現地

では教師として独自のカリキュラムを組んでいる。

こうした教授活動は、両市の相互交流に大きな役

割を果たしている。

第51番学校2年生クラス

88

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/沿海地方

⑦教育カレッジ付属第1番学校

1992年に設立され、450人の生徒がいる。教育

カレッジは、教育大学の予備部門。教育大学は、

初等教育の教師になるためのものであるため、教

職を目指さない者は別のカレッジに行く。日本語

は95年から始められた。選択している生徒は、6年生から8年生までの3学年。総授業時間数は140時間。到達目標としては日本語能力試験の4級と

するが、あまりこだわってはいない。 他言語では、仏、独が選択できるが、どちらの

希望者数も日本語には及ばない。外国語教育科目

を決める前に、父母にアンケートを実施したとこ

ろ、結果は日本語が一番の人気であったという。

⑧FESU付属カレッジ

1992年に、極東国立総合大学(FESU)の付属カ

レッジとして設立された。学生数は558名。日本

語は選択科目として、いずれ東洋学大学日本学部

に進学する予定の学生を対象に 97 年から始めら

れた。00 年度は、2 学年 52 名が学習している。

総学習時間数は約200時間。あくまでも大学での

授業に慣れるための予備教育とされているので、

能力試験などの目標は特にない。 ⑨東洋語学校

1989年に設立された私立学校。当初は日本企業

3 社のバックアップもあり、無料で授業をしてい

たが、それらの企業は撤退し、現在は有料である。

市内から少し離れたところにあり、付属の幼稚園

もある。在籍生徒数は20人。1,2,5,6,7,8年生のクラスで日本語教育が実施されている。日

本語能力試験などの目標は、特に設けていない。 ⑩人文学商業カレッジ(旧ウラジオストク人文協

同組合商業専門学校)

1962 年に設立された。全日制 627 人、通信教

育 558 人、計 1185 人の学生を抱えている。日本

語は、現在40名の学生が履修している。8年前に

同校が日本語教育を始めたときには、日本語を副

専攻にする機関は、ほかになかった。副専攻とし

て履修するのは、法科、経済学部、商品学・経営

学部・自動工場管理システム学部、調理学部であ

る。01年度より、教育学部で主専攻として授業が

始まる予定。主・副専攻ではない学生は、一部を

除いて選択科目として日本語を学ぶ。学習時間数

は、主専攻で年間368時間、副専攻では104時間、

選択科目72時間。 日本の学校との交流を強く望んでいる。現在は、

教師の個人的な紹介により、私費の日本人訪問を

受け入れている。 ⑪外国語学校(ナホトカ)

学校教育ではなく、外国語塾といった形で運営

されている。機関の中心となるのは英語教育で、

カナダとの交流プログラムもある。英語以外には、

日本語をはじめ、仏・独・中・韓の各国語が学習

できる。複数言語の学習も可能である。

89

外国語学校の授業風景

日本語教育は 1994 年から始められた。学校全

体の学生数は減少しているが、日本語に関しては

増えている。98年度の学習者は140人に達した。

学習時間数はコースにもよるが、300~500時間。

日本との交流プログラムの実現を模索している。

その他初・中等教育機関における日本語コース

新しくできた機関として、パシフィック・ライ

ン、ナホトカのボストーク・エキスプレスがある。

また、第2番学校でも日本語のクラスがある。 FESU付属カレッジでも、コースではないが、

サークルのような形で日本語に慣れ親しむよう、

数人の生徒が学習している。

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/沿海地方

2.日本語教師について

<概観> 現地人教師は待遇の悪さから、いくつものアル

バイトを掛け持ちせざるを得ず、自身の日本語力、

教授力を向上させるための研修の場などを作る余

裕はない。どの機関も、公的プログラムによる日

本での研修を頼みにするしかない状況である。ほ

とんどの機関に教師養成コースはなく、必要性は

感じていても、そこまで手がまわらないというの

が現状である。 日本人教師との分担は、それぞれの機関によっ

て異なるが、日本人教師が会話、日本事情を担当

する機関が多い。現地人教師と日本人教師の間で

は、分担に関する打ち合わせ程度のものがあって

も、細かい内容に関する話し合いがもてないとい

うのが大部分である。これは、現地人教師の忙し

さと、個人作業が基本になっているロシア的な考

え方からくるものであろう。 教師の数の確保、定着には、どの機関も苦しい

対応を迫られている。学習者人口の増加から、量

的対応が第一になり、質的対応が二の次になる傾

向がある。どの機関も、日本人教師に日本語教育

経験者を求めるのは当然だが、現実は、それを許

さないことが多い。 <日本語教師会の活動状況> ウラジオストクでは、毎年行われる「ウラジオ

ストク・スピーチコンテスト」への協力要請のた

めに、日本語教師会が年1回は必ず開催されてい

た。2000 年 9 月より、現地における日本語教育

関連の情報を共有し、日々の授業、現地での日本

語教育の問題点について意見交換する場として、

月 1 回のペースで勉強会を行っている。これは、

日本からの派遣専門家が主体となりまとめたもの。 当初は日本人教師だけであったが、01 年より、

現地人教師にも参加を呼びかけている。時々、若

干名の参加がある。 現在は、土曜日に極東国立大学の教室を借りて

いるが、別の曜日の開催を希望する声もあり、今

後はそういった要望に対応する意向である。

3.教育機器について

ほとんどの機関で、カセットテープレコーダー、

ビデオデッキが足りないという状態にある。盗難

にあった機関、また、盗難を恐れて機器類の管理

場所を機関長の部屋等にしているところが多く、

日常使いたいときに使用できない場合がある。ま

た、ビデオデッキについては、マルチ・タイプで

はないために使用できる教材が限定されるという

こともある。 CD-ROMについては、それを自習用あるい

は授業用に活用できるまでに至っていない。コン

ピューターの台数が足りない、あるいは、ない、

ということもある。教師がコンピューターを使っ

て教材作成しても、プリンターに使用制限がある

など、機器類の使用がかなり難しい。 ソフトがあってもハードがない、ハードがあっ

ても授業での活用度は一部を除いて、あまり高く

ないといえる。機関内の機器の絶対数が少ないこ

とから起こる、他学科との調整、故障、停電など、

乗り越えなければならない問題は数多い。 4.教科書、教材について

高等教育機関では、『新日本語の基礎』、『日本

語初歩』、『みんなの日本語』を初級で使用してい

る。初・中等教育機関では、それらに、『こんにち

は日本語』などが加わる。それらは寄贈されたも

のであることが多い。ほとんどの機関では部数が

足りず、2 人で 1 冊、またはコピーしたものを使

用しているのが実情である。また、各機関内のコ

ピー機は台数も少なく、故障も多い。コピー用紙

もほとんど教師の負担になることが多い。教科書

は、1 人 1 冊が可能な機関でも学校からの貸出と

いう形をとる。どの機関も、新しい教材の情報を

積極的に得る手だては特になく、あるものを使っ

ているのが現状である。 日本事情を知り、生きた日本語のやりとりを視

聴するためのビデオ教材は、かなり整っている極

東国立総合大学を除き、どの機関でも不足してい

る。日本人と接触する機会が多く、ビデオで視聴

した場面が実際に起こり得るウラジオストクでは、

90

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/沿海地方

教室で学習した日本語を実際に使えるようになる

ことが、学習継続の動機付けにつながると考えら

れ、ビデオ教材の充実が望まれる。 5.学習目的、到達目標について

多くの電化製品だけでなく、町の中を走るほと

んどの車が日本の中古車であり、家族や知り合い

が船員で、日本の話を聞いたことがあるという学

生も多く、また、かつて日本人がこの地に住んで

いた時代がある等の点から、物、生活、歴史的な

ことが何らかの形で、この地域の人々に間接的で

はあるが、かなり近い距離をもって日本という国

を意識できる素地がある。 加えて、地理的に近いということ、また、人に

よっては旅行、私費あるいは公費留学、日本企業

への就職、ビジネスに生かせる可能性といったこ

とが、日本語に興味をもつ大きな理由となってい

る。そのために、日本の文化だけでなく、日本人

の意識、生活習慣、ビジネスマナーを知る必要も

出てくる。またそういう背景があるから、多くの

親が子どもに学習させるようになったと思われる。 新潟市は、1991年より毎年、第51番校に1名

を日本語教師として派遣(10ヵ月間)して10年

となるが、ここの交流プログラム「はばたけ」は、

企業の協賛で、県が窓口となり、市が手続きをし

て、日露の子どもたちのホームステイを実現させ

ている。 また、新潟県にも県内の大学への留学制度があ

る。富山県は「日露友好の橋」を造り、現在、そ

の近くに日本庭園を造っている。 そうした自治体と在ウラジオストク日本国総領

事館が共催し「ウラジオストク・スピーチコンテ

スト」を実施しており、初・中等教育機関の児童

から社会人まで、学習者に日本語で自分の考えを

発表するチャンスを提供している。毎年、2 名、

富山県内の大学へ県費留学生(1 年間)を送って

いる。 極東国立総合大学には、日本の大学との交換留

学制度がある。語学研修ゼミナールでは、受け入

れに関して、福井県にある交流協会が関わってい

る。また、学生だけでなく、教師も提携大学の大

学院で研究できるチャンスがある。 長期の留学プログラムとしては、文部科学省奨

学生(学部)、研究留学生(大学院)などがあり、

短期プログラムとして、国際交流基金の海外日本

語学習成績優秀者研修、日本語履修者訪日研修、

日露青年交流センターの訪日研修などがある。 また、現地の教師にとっては、国際交流基金の

教師研修に参加できる可能性が日本語教師になる

動機になっていることもある。 就職に関していえば、日本語を生かした仕事に

就くことは、昨今なかなか難しくなっている。総

領事館や日本の企業で働いている者もいるが、毎

年採用があるわけではない。むしろ、企業に関し

ては、今後増える見込みはなく、受け皿としては

期待薄である。大学生の多くは、旅行者の通訳ガ

イド、翻訳などのアルバイトをしているが、それ

を卒業後に本職とするには、非常に不安定な職種

であることを認識している。 教師不足の折から、在学時より日本語を教え、

教師になる者もいるが、教師職の待遇の悪さを理

由に転職する者も少なからずいる。 6.日本語教育に関する問題点と取り組み

昨今の学習者の増加は、教師不足、教材機材不

足、日本・日本語教育に関する情報の不足を生み

出している。これらを解決したくても、予算もな

く、強力なバックアップ先を見つけられない限り、

取り組みようがないというのが実際である。多く

の学生を入学させて、少々資金が増えたところで、

教育機関全体の学習環境が整うには、かなりの時

間がかかるであろう。 教師不足により、教師になりやすい環境ではあ

るが、どの機関もその質に若干の不安をもち、向

上を目指したいと考えているようである。しかし

ながら、その解決も自らの力では時間的に難しく、

日本での研修などを頼りにするしかない。 大学の選択科目で日本語を学ぶ学生の中には、

学習意欲が薄くなってくる傾向があり、教師はそ

れにどう対応するかが悩みでもある。

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/沿海地方

7.求められる日本語教育支援

現地では、日本語を生かした雇用先が増えるこ

と、もしくは日本人が当地をビジネス、旅行など

で訪れる機会が増えることを一番に望んでいる。 現在の状況では、短期滞在であったとしても日

本からのスタディ・ツアーのような形で、毎年一

定数の日本人学生が当地を訪れる体験的交流プロ

グラムなどの実施が求められている。 また当地から留学、研修などの各種プログラム

で日本を見て体験して帰ってくる人数と、日本人

が当地を訪問する人数の少なさを考えると、未だ

相互交流が盛んであるとはいいがたい。日本から

の交流訪問等を現地は望んでいると思われる。

学習者人口が増えている今、量に対応する支援

を求める声も強いが、人・物・情報の質的な面に

ついて、自立を損なわない適切な支援がウラジオ

ストクには必要であると考えられる。 地域のリーダーを育てる拠点となる場、実際に

現地人教師が使える教授法の紹介や、効果的な日

本語クラス運営などを指導できるアドバイザーが

必要となろう。拡大する多くの日本語教育機関の

教師たちに、等しくアドバイスを施す環境、また

モデルクラス(モデルコース・モデル校では大き

すぎて行き届かない可能性があるので)を設定し

て教師たち学ぶ場を作ることへの支援なども求め

られている。

サハ共和国、マガダン州等

1.日本語教育の実施概要

サハ共和国は、シベリア北東部の内陸にあり、

主要産業はダイヤモンド採掘。首都はヤクーツク

市で人口約22万人、ヤクート人が3割を占める。 この地での日本語教育は、純粋に日本語・日本

に対する興味・日本研究を、学問として捉える学

習者中心に始まったといえる。現在もその傾向は

続いている。高等教育機関は3つあるが、日本語

教育はヤクーツク国立大学のみで実施されている。 マガダン州は、オホーツク海に面したカムチャ

ツカ半島の対岸に位置し、州都は人口約 25 万人

のマガダン市。 日本語教育は、唯一の高等教育機関である、北

方国際大学のみで行われている。 サハ共和国とマガダン市の両日本語教育機関

とも、東洋言語学科あるいは言語学科を設置して

おり、日本語科を第1外国語として、通訳科など

を第2外国語として指導する場合が多い。 初・中等教育でも日本語の指導を開始している

機関があるが、毎年開講されてはいない。 その他、アムール州の州都、ブラゴベシェンス

ク市でも日本語教育が行われている。

<高等教育> ①ヤクート国立大学(サハ共和国ヤクーツク)

ヤクート国立大学は、サハ共和国で最大規模の

大学で 1956 年に設立された。日本語教育は、同

大学内の3部門で実施されている。東洋言語学科

日本語講座、通訳学科日本語講座そしてヤクート

国立大学内にある経済大学での日本語講座である。 本格的に日本語教育に取り組み始めた、東洋言

語学科日本語講座に期待が集まる。

(A) 東洋言語学科 2000 年 9 月に、東洋言語学科の第 1 外国語と

して日本語講座が本格的に開始した。日本語を主

専攻とし、1 年生が 15 名、2 年生が 14 名、それ

ぞれ週に6コマ(90分/コマ)ずつ学習している。

同学科では、日本人専任教師が1名、現地人専任

教師3名で教授にあたっている。まだ2年生まで

しか存在しないが、東洋言語学科は通年開講され

る方向で進んでいる。

(B)通訳学科 歴史的には、最初、1992年に、通訳学科の第2

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/サハ共和国、マガダン州等

外国語として日本語講座が開始された。現在日本

語は副専攻で、1年生13名と4年生14名が、週

に3コマずつ学習する。なお、2,3年次および5年次には中国語を履修することになる。 教師は、現地人専任教師が2名で日本人教師は

いない。学習期間が短い上に、通訳の練習も含め

ており、カリキュラム設定・到達目標に多少無理

がある。ただし、通訳学科では、日本語教師希望

者も在籍し、現地人教師の育成につながっている。

(C)ヤクート国立大学内経済大学 ヤクート国立大学内経済大学では、1997 年に

第2外国語として日本語講座が始まった。日本語

は選択科目で、2 年生が 5 名、3 年生が 6 名、4年生が5名、それぞれ週に2コマずつ学習してい

る。専任日本人教師が 1 名、専任現地人教師が 1名である。 ②北方国際大学(旧マガダン大学)(マガダン州マ

ガダン) 北方国際大学は、1999 年にマガダン大学より

名称変更された。日本語科は言語学部に所属し、

93年9月に開設された。

している。同地での日本語教育に対する情熱を感

じさせる。 現在、学生は1年生12名、週に4コマ(90分

/コマ)。2年生が13名、週に4コマ。3年生が

8 名、週に4,5 コマ。4 年生が12 名、週に7コ

マ学習している。北方国際大学の日本語科は、設

立当時、英語の履修を許されない学生が、その第

2 希望として選択していたらしい。しかし、現在

は人気のある科になり、言語学部の中で最も優秀

な学生が集まる科と成長してきた。

ロシア・NIS諸国の多くが抱える問題だが、

日本人教師が長年にわたって同地域に滞在しない

ので、計画的な教育が実施できない。ここマガダ

ンも例外ではなく、生活が厳しいこともあり、教

師の入れ替わりが激しいのが深刻な問題である。

ただし、現在初めて、ここ2年余り継続して滞在

する日本人日本語教師(現地契約)1名(01年10月現在)が、同大学の信頼を得て、現地人教師 2名とともに教授にあたっている。 2.日本語教師について

<概観> 本地域の日本語教育実施大学には、日本語教師

2~6名が配置されている。教師は専任で、現地雇

北方国際大学の教師(中央)と学生たち ドイツ語科・英語科は5年制だが、日本語科は

4 年制である。なお、93 年から 95 年に入学した

日本語科学生は、3 年で卒業認定されており、96年以降に入学した学生からが4年制である。2000年6月には4年制の第1期生が卒業した。 日本語科は 93 年に開講して以来、毎年開講し

ており、卒業生も毎年10名前後、合計43名輩出

用の日本人教師と現地人教師である。ほとんどの

大学において日本人教師が 1~2 名、現地人教師

が 1~5 名在職している。多くの教師は、教授経

験年数が浅く、年齢層も低い。日本語教師の平均

年齢は20歳代後半である。 日本語実施の2機関においては、日本人教師が

会話を担当し、現地人教師が文法・文字を担当し

ている。日本語教授法の指導を受けた現地人教師

は少ない。しかし、ヤクート国立大学には、国際

交流基金の長期教師研修を受講した教師がおり、

成果を上げている。 <日本語教師会の活動状況> 教師会は組織されていない。現在は、極東地域

(ハバロフスクやサハリン、ウラジオストオク)

で行われる教育セミナーなどに参加している。

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第 4 章 国、地域別日本語教育事情 ロシア/サハ共和国、マガダン州等

教育セミナー参加の

ヤクート国立大学の

若手教師(左)と

北方国際大学の学生

3.教育機器について

ほとんどの高等教育機関で、コンピューター、

テープレコーダー、ビデオデッキなど、各種の機

器が不足している。各機関に 1~4 台はあるもの

の、自由に使える状況ではない。インターネット

接続状況も悪い。加えて、テープ・ビデオ教材も

適切なものが少なく、視聴覚教育がスムースに実

施されていない。 コピー機も皆無に等しく、学生に配布するプリ

ントはコピー屋を利用して、学生に費用を請求し

ている。または、ハンドアウト等は利用せず、黒

板に書いた教科書文例を学生が書き写すことによ

り授業は実施されている。 4.教科書、教材について

どの機関でも、教材不足を深刻に訴えている。

学生が教科書を入手するルートもなく、あったと

しても高額になり購入できない。また、全員に貸

与できる教材も辞書も非常に少ない。 現在は、国際交流基金の教材援助や日本人教師

個人所有の教材を使用して当座をしのいでいる。

日本の教材各種は言うに及ばず、基本的なテキス

トも不足している。ヤクート国立大学では、『み

んなの日本語』、『新日本語の基礎』、北方国際

大学では、ゴロブニン『日本語』、『日本語初歩』

などが使われている。

5.学習目的、到達目標について

学習目的は、日本語科、日本史科、通訳学科な

ど各科で異なるが、日本文化・日本文学・現代日

本に対する興味から日本語を学習しようとしてい

る。しかし、ほとんどが、初級のテキストに基づ

くカリキュラムを、画一的にこなすのが精一杯で、

到達目標も中級以上にはなかなかならない。 ヤクーツクは、山形県村山市と交流関係があり、

日本とは遠い地域ながらも今後の交流、それにと

のなう日本語の需要が期待される。 マガダンでは、北方国際大学の卒業生が初めて

早稲田大学大学院に国費留学し、日本語学習者の

目標となっている。

6.日本語教育に関する問題点と取り組み

日本語教育に関する情報が極めて不足してい

るため、どんな教授法・教材が良いのかわからな

い機関が多い。また、情報インフラを整えるため

に、どんな手段があるのかを知らない教師も多い

が、極東地域で行われる教育セミナーに積極的に

参加し情報を得ようとしている。 日本語教師には教授経験が少ない者が多い。ま

たは教授法の指導を受けたことがないために指導

上、苦悩があるようだ。加えて教師希望者が少な

く、教師数も不足している。

7.求められる日本語教育支援

教具・教材・教育機器の不足を現地では訴えて

いる。現地日本人教師は、「テープレコーダーとコ

ピー機(もしくは卓上コピー機でも有り難い)、そ

してコンピューターを 1 台でも寄贈いただきた

い」と話す。 また、少しでも質の高い日本語教育を行うため

に、教授法セミナー等に参加する機会を増やした

いと現地教師は望んでいる。 日本語教育に関する情報が伝わるような体制作

りなどの自助努力も必要ながら、インフラの整備、

そして、機関を長期的視野に立ち、一貫して指導

できるキーパーソンの育成、あるいは日本からの

アドバイザー的人材の派遣も必要であろう。

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