Aさんのお話 BRCA11 Aさんのお話...

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1 A さんのお話 私は HBOC のことを医療関係者の方々にはお話ししたことがありますが、一般の方にお話しさせていただ くのは今日が初めてです。 私自身が HBOC だと分かったときに、私は家族や友人などに HBOC ってこんな病気なんだよということを しゃべりまくりまして、私の周りの人は私から HBOC について非常にレクチャーを受けていました。そのため 4 ~5 年前にアメリカの女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが遺伝子検査をして BRCA1 だということが分かっ て、両方の胸を切除して再建をしたというニュースがマスコミで割とセンセーショナルに取り上げられたときも、 私の友人たちは口々にアンジェリーナ・ジョリーも同じなんだねというふうにメールとか電話をしてきたような感 じでした。 まず初めに、私がどういった経緯で、がんが見つかる前からどういった経緯で遺伝性乳がんに対していろん なことをしてきたかという私の体験をまずお話をさせていただきまして、その後に家族のこと、HBOC は必ず 自分一人のことではなく、周りの家族のことを巻き込んだ形で進んでいくかと思いますので、そのことについ てお話をさせていただきたいと思います。 A さんの体験と選択 うちはがん家系ではない 私は今から 6 年半前に 47 歳で乳がんが見つかり、約半年間の抗がん剤治療後、遺伝カウンセリング、 遺伝子検査を受け、BRCA1 遺伝子変異陽性と診断されました。その後、乳がんの全摘手術と同時に、 対側のリスク低減乳房切除と、リスク低減卵巣卵管切除をしました。このようにお話しすると、最先端の 治療を選択する積極的な患者というふうに印象を持たれるかもしれませんが、決してそうではありません。 本当にいろいろな偶然が重なり、当初は全く考えてもみなかった決断をすることになったのです。 私は乳がんが見つかる前、37 歳のとき、卵巣嚢腫の手術をした以外は持病もなく健康でした。健康に ついて特に関心が高かったわけではありませんが、卵巣嚢腫の手術をしたことや、中年の女性には乳がん や子宮頸がんが多いからと思って子宮頸がんの検診と卵巣の検診、あと乳がんの検診を年に 1 度、それ ぞれ決まったクリニックで受けていました。また、父方の祖母が乳がんだった以外は父方の家系も母方の家 40 歳代後半に乳がん 遺伝カウンセリング・遺伝子検査を受けた時期:乳がんの手術前 遺伝子検査の結果:BRCA1病的変異あり リスク低減乳房切除術:実施 リスク低減卵巣卵管摘出術:実施

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Page 1: Aさんのお話 BRCA11 Aさんのお話 私はHBOCのことを医療関係者の方々にはお話ししたことがありますが、一般の方にお話しさせていただ くのは今日が初めてです。

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A さんのお話

私は HBOC のことを医療関係者の方々にはお話ししたことがありますが、一般の方にお話しさせていただ

くのは今日が初めてです。

私自身が HBOC だと分かったときに、私は家族や友人などに HBOC ってこんな病気なんだよということを

しゃべりまくりまして、私の周りの人は私から HBOC について非常にレクチャーを受けていました。そのため 4

~5 年前にアメリカの女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが遺伝子検査をして BRCA1 だということが分かっ

て、両方の胸を切除して再建をしたというニュースがマスコミで割とセンセーショナルに取り上げられたときも、

私の友人たちは口々にアンジェリーナ・ジョリーも同じなんだねというふうにメールとか電話をしてきたような感

じでした。

まず初めに、私がどういった経緯で、がんが見つかる前からどういった経緯で遺伝性乳がんに対していろん

なことをしてきたかという私の体験をまずお話をさせていただきまして、その後に家族のこと、HBOC は必ず

自分一人のことではなく、周りの家族のことを巻き込んだ形で進んでいくかと思いますので、そのことについ

てお話をさせていただきたいと思います。

A さんの体験と選択

うちはがん家系ではない

私は今から6年半前に47歳で乳がんが見つかり、約半年間の抗がん剤治療後、遺伝カウンセリング、

遺伝子検査を受け、BRCA1 遺伝子変異陽性と診断されました。その後、乳がんの全摘手術と同時に、

対側のリスク低減乳房切除と、リスク低減卵巣卵管切除をしました。このようにお話しすると、最先端の

治療を選択する積極的な患者というふうに印象を持たれるかもしれませんが、決してそうではありません。

本当にいろいろな偶然が重なり、当初は全く考えてもみなかった決断をすることになったのです。

私は乳がんが見つかる前、37 歳のとき、卵巣嚢腫の手術をした以外は持病もなく健康でした。健康に

ついて特に関心が高かったわけではありませんが、卵巣嚢腫の手術をしたことや、中年の女性には乳がん

や子宮頸がんが多いからと思って子宮頸がんの検診と卵巣の検診、あと乳がんの検診を年に 1 度、それ

ぞれ決まったクリニックで受けていました。また、父方の祖母が乳がんだった以外は父方の家系も母方の家

40歳代後半に乳がん

遺伝カウンセリング・遺伝子検査を受けた時期:乳がんの手術前

遺伝子検査の結果:BRCA1病的変異あり

リスク低減乳房切除術:実施

リスク低減卵巣卵管摘出術:実施

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系も特にがんになった人を知らなかったので、がんにならない、とまでは思っていなかったけれども、うちの家

はがん家系ではないというふうに信じておりました。

ところが、7 年前に私の妹に 45 歳で乳がんが見つかりました。そのとき医師から父方の祖母が 40 代で

乳がんになっていたので、もしかして家族性乳がんかもしれませんねと言われました。妹から私もそのことを

聞いていたので、私もいつか乳がんになるかもしれないなとその時から漠然と思っておりました。そして私の

妹の乳がんが見つかってから 1 年もたたないうちに、右胸だけが生理が終わっても張りが取れないし、あと

何か右脇にも何となく違和感があるなと思って、毎年乳がん検診を受けているクリニックを受診しましたら

乳がんが見つかりました。右胸に 5 センチ弱の乳がんがあり、トリプルネガティブでリンパ節転移をしていまし

た。そこのクリニックから紹介状を書いてもらいまして、2011 年 8月に受診しました。

その病院を選んだ理由は乳がんの術数が多くて、チーム医療が受けられること。あと通院しやすいこと、そ

れからホスピタリティーが良さそうだったからですが、そのときはその病院で遺伝カウンセリングや HBOC に関

する医療をやっているということは全く知りませんでした。

もしかしたらHBOC かもしれない

検査の後、担当医と治療方針を話し合って、すぐに術前化学療法をして、その後、摘出手術をしよう

ということになりました。最初に医師からご家族の方に乳がんの方はいらっしゃいますかと家族歴を聞かれ、

すぐに思い出したのは父方の祖母が乳がんというのと、妹が 45 歳で乳がんということでした。おばあさんは

何歳で乳がんになられましたかと聞かれた後、ご家族に卵巣がん、卵管がんの方はいらっしゃいますかと聞

かれました。そのころの私は遺伝性乳がんについての知識がなかったので、乳がんは聞かれるのは分かるけ

れども、何で卵巣がんと卵管がんのことを聞くのだろうと不思議に思っていたんですけれども、それ以上のこと

はその場では分からなかったので帰宅後に両親に電話をして聞いてみました。

両親に確認したところ、妹が45歳で私と同じトリプルネガティブ、父方の祖母が42歳で乳がん、さらに

86歳で対側の乳がん。また父方のおばが55歳で卵管がんということが分かったので、医師にそのことを話

すと、あなた方姉妹はもしかして HBOC かもしれませんねと言われました。そのとき HBOC について初めて

説明を受けまして、あと HBOC の説明の小冊子を頂きました。また希望すれば HBOC がどういう病気な

のか、どのようなリスクがあるのか、もっと詳しく話が聞ける遺伝カウンセリングがあるということや、HBOC の

遺伝子検査を受けることができるということを妹と一緒に聞きました。ただ、遺伝子検査を受けてその結果

でこれからする抗がん剤治療の方針が変わるわけではないということも言われました。

もらった小冊子をうちに帰ってじっくり読んでみると、ほとんど自分のことに当てはまっていたので、この時点

で私は自分が HBOC である可能性がかなり高いなというふうには思っておりました。もし HBOC であれば

がんになっていない反対側の胸も乳がんになりやすいことや卵巣がんになる確率も高いということも書いて

あったので、将来、卵巣がんやもう一方の胸も乳がんになるかもしれないなというふうに思っておりました。

医師からはそのとき、一度、遺伝カウンセリングを受けてみてはいかがですかとも言われましたが、そのころ

の私は忙しかったので、すぐに遺伝カウンセリングを受ける気にはなれず、治療が終わって落ち着いてから時

間的な余裕と心の余裕ができたら、暇になったら、遺伝カウンセリングだけは受けてみようと思っていました。

そのころの私は化学療法を受ける患者の多くの人が思うように、この化学療法が私の乳がんに効くのだ

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ろうかとか、副作用は大丈夫なんだろうか、あと仕事をしながら乳がんの治療を続けられるだろうか。そうい

ったことに非常に関心が強くて、HBOC のことまで冷静に考える余裕がありませんでした。なので、ちょっと

棚上げをして、心が落ち着いてから受けてもいいかなというふうに思っておりまして、ただ、危険性が高いと

いうふうに書いてあったので、そのリスクだけは知っておきたいなというふうに思っておりました。

リスク低減手術 日本ではいったいどうなっているのだろう?

約半年間の抗がん剤治療も終わった 2012 年の 3 月初め、手術のための検査をするころに医師から

再度、遺伝カウンセリングを受けてみてはどうですかと言われたので、全部治療が終わって落ち着いたら受

けてみようと思いますと伝えたところ、どうせ受けるなら手術の前に受けてみてはどうですか、どのような手術

にするか決める参考になるかもしれませんからと言われました。それを聞いて、いつ受けても同じだから確か

にそれもそうだなというふうに思ったので、すぐに遺伝カウンセリングの予約を入れました。ここでこの医師の

一言がなかったら、今の私はいないと思っています。この言葉の一押しに本当に感謝しております。

予約をしてから遺伝カウンセリングを受けるまで、約 10 日間ありました。遺伝カウンセリングのときにきち

んと説明を聞いたり、いろいろ質問できるように HBOC についてもう少し勉強しておこうかなと思いまして、

何か私の知らないもっと情報がきっとあるに違いないと思って、うちにあった乳がんの本や病院のライブラリー

にあった本を HBOC という視点でもう一度全て読み返してみました。ですが、分厚い乳がんの本にもどれ

もたった 1 ページ、HBOC について書かれているだけで、内容がコピーしたのかと思うほどみんな同じで、最

後に治療方法として、日本ではリスク低減手術は一般的でないと決まって書かれていました。本に書いて

あることはもう既に私が知っていることばかりの情報だったので、ここで本は頼りにならないと見切りを付けま

して、インターネットだったら何か見つけられるのではないかと思って検索をしてみました。

夜遅くまでネット検索をして、ようやく有効な情報を 2 つ見つけました。その 1 つは日本語に翻訳された

NCCN の診療ガイドラインです。診療ガイドラインは患者のために書かれたものではないので専門用語の

オンパレードで素人の私にはどこから読んでいいのか、全く分からなかったので、仕方ないので最初から最

後まで全部読みました。そこに BRCA に変異がある場合にはリスク低減手術も検討すべきと書いてあると

ころがあって、それを見つけたときはその資料が何だかきらきらして見えました。診療ガイドラインに書かれて

いるのだから、標準治療のようなものであるはずなのに、それまで見たどの本にも書かれていなくて、なぜここ

にだけ書かれているのだろうと不思議に思いました。

もう 1 つはたまたまヒットしたアメリカのHBOCの女性の手記です。日本語に翻訳されたものだったんです

けれども、その手記には HBOC 遺伝子検査をして、こんな治療をして、このようにリスク低減手術をしたと

いうことが詳しく書かれていました。これを読んでいましたら、ずっと前 2000 年ごろに NHK スペシャルという

中で「遺伝子治療の現在」という番組で見た映像が突然目の前に浮かんだのです。その番組で紹介され

ていたアメリカ人女性の話とネットで読んだアメリカ人女性の手記の内容が重なって、私はこの人たちと同じ

なんだ、これは私のことなんだと気が付いたのです。医師の説明、もらった小冊子、NCCN の診療ガイドラ

イン、ネットで見つけたアメリカ人女性の手記、ずっと昔に見たアメリカのテレビ番組。ばらばらだった情報が

つながって一気に全体像が表れたと同時になぜアメリカでは 10 年も前からリスク低減手術が行われてい

るのに日本では一体どうなっているんだろうと思いました。

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また、家族歴をさらに調べてみると、父親のいとこの 4 人姉妹のうち 2 人の人に乳がんが出ていまして、

1 人は 40 代で乳がんで亡くなっていますが、もう 1 人の方は 30代で乳がんになって、あと 60 代で対側

の乳がんになったという方が見つかりました。ただ私のいとこではなくて、父のいとこなので、実際に 1 人の方

は会ったこともないし、1 人の方は 1 度だけ小学生時代に会ったということで、ほとんど私にとっては知らな

いような人なんですけれども調べてみるとそういうことが分かりました。こういう人たちに乳がんが出ているとい

うことで、遺伝カウンセリングを受ける前からさらに自分自身が HBOC である確率は高くなったなというふう

に感じておりました。

遺伝カウンセリングを受けてみて良かったこと

2012 年の 3 月に妹と一緒に遺伝カウンセリングを受けました。カウンセリングはとても和やかなムードで

こちらから聞く前に私が聞きたかったことはどんどん話していただける感じでした。実際に私は実は遺伝カウン

セリングを受けるまでは全く遺伝子検査を受けようというふうには思っていませんでした。検査を受けて、結

果が出て、私に何が残るのだろう。高いお金を払って、あなたはHBOCですという烙印だけ押されても、何

だかちょっと割に合わないような気がしていて、検査をして、結果を得ることで自分にどんなメリットがあるの

か全く分からなかったです。

カウンセリングを受けてみて良かったと思えることが 3 つあります。1 つは検査結果がもし陽性の場合、つ

まりHBOCだった場合、乳がんや卵巣がんのリスク管理のため検診をずっと継続して行い、経過観察で重

点的にフォローしてもらえるということ。これを聞いたとき、それまで HBOC の烙印だけ押されて、私は一人

取り残されるんじゃないかという不安が非常にあったんですけれども、その言葉を聞いて、私は本当に心底

ほっとしました。2 つ目は現在、HBOC に有効な抗がん剤も治験中1であり、近い将来何らかの有効な治

療法が見つかるだろうということを聞いて、その場で私と妹は顔を見合わせていました。それは治療法があ

るかもしれないと知って、とてもうれしかったからです。3 つ目は乳がんや卵巣がんになるリスクを減らす方法

として、リスク低減乳房切除やリスク低減卵巣卵管切除の手術がこの病院でもできると聞いて、これには

とても驚きました。おまけに私の場合、3 週間後に乳がんの摘出手術をする予定でしたが、リスク低減乳

房切除と卵巣卵管切除もできると言われまして、私はその一言で遺伝子検査を受けようと決めました。

というのも、37 歳で卵巣嚢腫になったとき、術前検査で卵巣がんのマーカーの値が非常に高くて、内視

鏡手術ができなかったんです。そのときに卵巣がんってどんなものだろうというのを一生懸命調べました。卵

巣がんは見つかったときには症状が進んでいることが多いことや治療の厳しさを知っていたので、卵巣がんに

なるのは怖いなと思いました。卵巣がんが非常に怖かったので、卵巣がんになる苦しさがないなら、どうして

も卵巣を取りたいというふうに強く思ったので、遺伝子検査を受けようと思いました。

受け取った一番大切なものは将来への希望

遺伝カウンセリングでは私にとって有望な情報をたくさん受け取ることができました。でも、今、振り返って

1 がん化学療法歴のある BRCA 遺伝子変異陽性かつ HER2 の陰性の手術不能または再発乳

がんに対して分子標的薬オラパリブが承認されている(2018 年 8 月現在)

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みると、そこで受け取った一番大切なものは情報ではなく将来への希望だったと思います。そのころの私に

とって一番の贈り物だったと思います。

遺伝カウンセリングを受けた後、一緒に受けた妹と病院のカフェで 2 人で医師に言われたことはこうだった

よねと確認作業をしました。その時点で妹に私は遺伝子検査受けることに決めたから、と伝えて、翌日、

遺伝子検査を受けました。

検査の結果がもし陽性だった場合、リスク低減卵巣卵管切除に加えて、がんになっていない反対側、

対側のリスク乳房切除もするか、それとも乳房のほうは経過観察にするのか、検査結果が出るまでの約 1

週間は非常に悩みました。手術の日程もあってその間にどうするか決める必要がありました。がんになって

いない胸を、リスク低減乳房切除をした場合、しなかった場合、数々のメリット、デメリットを紙に書いてみ

たものの、メリットとデメリットが頭の中でぐるぐる回って、全く決められませんでした。1 人で考えることも限界

になってきたので、自力で問題解決をするのはあきらめまして、自力がだめなら他力本願ということで、人に

頼ることにいたしました。人に話して頭の中を整理しようと思いまして、友人に次から次へ電話しました。友

人にはやっと抗がん剤治療も終わったので一緒にご飯でも食べにいかない?と言って、食事に誘い出した

り、夜中に電話をしまして、そのときに自分の乳がんのことや、HBOC のこと、HBOC がどういう病気かとい

うのを詳しく説明したりしました。私は遺伝子検査の結果待ちだけれども、多分 BRCA1 遺伝子変異だと

思うと。私は卵巣卵管は取ろうと思っているけれども、がんになっていない乳房は取るかどうか迷っているの

ということも全部話しました。そして、HBOC について、友達からいろいろ質問をされたり、それに答えたりを

繰り返して、何人かに話を聞いてもらううちに少しずつ自分の気持ちを整理することができました。

結論を出すまでの間に、乳房の同時再建の医師に再建のことや、あとリスク低減乳房切除という選択

肢について話をしました。その中で医師から、片方のみの再建は健常なもう一方に合わせなければならな

いけれども、両方一度に同時再建するなら合わせる必要がないから、仕上がりは断然きれいな胸ができる

わよと言われました。そのころの私は「きれい」という感覚が欠落していまして、とりあえず健康に何とか無事

に乳がんを治療して元気になりたいという一心だったので、先生のその言葉を聞きまして、世の中にはそう

いう考えがあるんだとちょっと目からうろこが落ちる感じでした。私の心に最後まで引っかかっていたのは、体

の正常に機能しているところ、まだ悪くなっていないところを取るってどうなんだろう。それって倫理に合ってい

るのかなとか、そういうことに割と抵抗感があったんですけれども、この先生の言葉でなんかすっと肩の力が

抜けて、私の好きなようにすればいいんだなという倫理とかそういう世の中のこと関係なくて、私の思いどおり

で決めていいんだなというふうにすっと肩の力が抜けました。

乳がんが見つかったとき、私はできるだけ再発転移のリスクが減る治療を積極的にしようと思っていまし

た。私にとって一番大切なことは何かをもう一度考えたとき、それは元気に過ごせる時間をできるだけ長く

キープしたいということでした。もしリスク低減乳房切除をせず、その後に乳がんが見つかったら、治療にかか

る時間や回復にかかる時間がもったいないなと思って、最終的にリスク低減乳房切除をすることに決めまし

た。

HBOC 遺伝子検査の結果は BRCA 遺伝子変異陽性でした。その検査結果を聞いたとき、やっぱり

BRCA1 だったかと淡々と思っただけで、特に落胆するとか悲しいという気持ちには全く、そういう気持ちは

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湧いてこなかったです。むしろ私が乳がんになった原因が、この BRCA遺伝子の異常にあったのだと原因が

分かって、妙に納得したというか、すっきりした気分になりました。その後、2012 年の 4 月、乳がんの全摘

手術とともに、リスク低減乳房切除及び卵巣卵管切除をいたしました。

A さんの家族のこと

A さんのお母さんのこと

私の母はこの遺伝、HBOC には関係ないのですが、母は私の遺伝子検査の結果が陽性であるという

ことを聞いて、いいところは似ないもんだねと言っていました。しばらくして実家に帰ってみると、実家の冷蔵

庫に「BRCA1 遺伝子異常」と書いたメモがマグネットで留めてありました。高齢なので新しい単語は覚え

られないんだなと思っていましたが、その日の夕食のとき、母が「自分が持病で通院している近所の消化器

内科のクリニックで医師からいつもお変わりありませんかと聞かれるけれども、週に 2 回も通っているのでそん

なに変わったことなんてないから、娘が BRCA1 遺伝子に異常が見つかって、リスク低減手術をしましたと

言ったら、先生からそれは何ですかと聞かれたので、私、先生にHBOCについてレクチャーしてきたのよ。先

生は今まで知りませんでした、勉強になりましたって言ってたわ」と何事にも好奇心旺盛で前向きな母は自

慢げに言っておりました。

A さんのお父さんのこと

もともとこの遺伝子を持っていると思われるのは父なんですけれども、割と淡々として事実を受け入れる

タイプなので、私が HBOC だったということを聞いて「そうか」と言っただけでした。お父さんは乳がんになるか

もしれないし、前立腺がんにもなるかもしれないし、すい臓がんにもなるかもしれないから気を付けてねと伝

えたら、「そうか、分かった」というその一言だけでした。

A さんの妹といとこのこと

私の家系の中で、血縁者向け遺伝子検査を受けたのは、今のところ妹といとこです。55 歳で卵管がん

になった父方のおばがいますが、おばには息子が 2人います。そのうち 1人が遺伝子検査を受けました。

まずは妹の場合。45 歳で乳がんが見つかり、都内の総合病院で温存手術後、放射線治療、抗がん

剤治療をしました。主治医からは家族性乳がんかもしれないという話はありましたが、HBOC の可能性に

ついての説明は全くありませんでした。妹は私の乳がんの治療方針を決めるときも遺伝カウンセリングのとき

も一緒に話を聞いていたので、私が BRCA1 陽性と分かった後、すぐに遺伝カウンセリング、その後に血縁

者向け遺伝子検査を受け、やはり BRCA1 遺伝子変異陽性でした。そのころ彼女は不妊治療をしてい

たこともあり、不妊治療後に私と同じ病院でリスク低減卵巣卵管切除を受けました。

次に未発症のいとこである卵管がんのおばの息子の場合ですが、私が乳がんの手術で入院しているとき

に夫婦でお見舞いに来てくれました。そのときに私が HBOC で BRCA1 遺伝子に異常があることや、

HBOC の危険性を説明して、リスク低減手術もしたことを話しました。そしていとこ自身や彼の 20 代の 2

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人の娘にも HBOC の可能性があること、HBOC について詳しく知るために遺伝カウンセリングを受けたり、

遺伝子検査ができることも話をしました。しかしまさかいとこの入院のお見舞いに来ていきなり「あなたは 2

分の 1 の確率で乳がんや卵巣がんになりやすい遺伝子があります」という話を聞かされるとは思いもよらな

かったでしょうし、驚きだけで何が起きたのかよく分からないまま病院から帰って行きました。その後、2 週間

ぐらいしていとこから電話がありました。その間にいろいろ勉強していたようで、遺伝カウンセリングの申し込

みはどうしたらいいの?とか妹は遺伝子検査を受けるのかといったことを聞かれました。しばらくして、メール

で遺伝カウンセリングの予約をしたという連絡がありました。私はいとことその家族に HBOC の正しい知識

を得るためにも、ぜひ遺伝カウンセリングだけは受けてもらいたいと思っていたので、良かったなと思っていまし

た。その後、妹の遺伝子検査の結果が出たころ、いとこから妹に遺伝子検査の結果について問い合わせ

の電話があったそうです。妹が「やっぱり BRCA1 だった。(いとこは)これからどうするの? 私は姉のカウ

ンセリングに同席していて、話も聞いていたので、自分も遺伝カウンセリングを受け、遺伝子検査を受けた

けど、HBOC は新しい分野だから医師にもいろんな考え方の人がいて、私の主治医は HBOC の検査や

リスク低減手術には積極的な考えではないの。今後どうするかはまだ検討中」と話したそうです。その後、

いとこは遺伝カウンセリングの予約をキャンセルしてしまいました。もともと妻が遺伝カウンセリングや遺伝子

検査に消極的で、医師ですら HBOC に関していろいろな見解があり、治療として確立したものでないなら

受ける必要はないというのが理由のようでした。

ここからは私といとこの間で交わしたメールの一部を読みます。

メール

2012 年 6月 私からいとこへのメール

カウンセリングをキャンセルしたと聞きました。どうしたのですか。娘たちが話を聞きたくないということでし

ょうか。遺伝子検査を受ける、受けないは別として、後々後悔しないためにもリスクを知っておいたほうが

良いと思うのですが、彼女たちが BRCA1 遺伝子変異を持っている確率は 4 分の 1 あるのだし、もし

BRCA1 であれば、70 歳までに乳がんになる確率、87%、普通の女性の 18 倍以上も危険度は上

がります。卵巣がんになる確率、44%。普通の女性の40倍以上です。彼女たちがこのリスクを認識す

れば、きちんと検診にも行くだろうし、そうすれば乳がんを早期発見できる可能性も大きいです。私も妹

も乳がん検診を毎年受けていました。セルフチェックもそれなりにやっていました。特に妹に乳がんが見つ

かってから、私もなるかもと気を付けていました。でもかなり大きくなってから自分で見つけました。普通の

乳がんは 1 センチの大きさになるのに長くかかりますが、一部には短期間で急速に大きくなるタイプもあ

り、どうやら私はそのタイプだったようです。たらればの話も何ですが、もし私が乳がんになる前に BRCA1

であることが分かっていたら、HBOC のリスクを考え、乳がん検診を受ける病院を変え、検診の頻度も

上げていたと思います。そうすれば、もっと初期の段階で乳がんを見つけられたかもしれません。さすがに

アメリカの女性のようにがんになる前に予防的乳房切除は選ばないと思いますが、卵巣は近い将来切

除するといったところでしょうか。確かに HBOC の治療の予防策についてはいろんな考え方があり新しい

分野なのでまだ確立したものはありませんが、非常に乳がん、卵巣がんになりやすいという事実はデータ

で実証済みです。資料を添付しました。

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上記メールから 3日後 いとこから私たち姉妹へのメール

メールありがとうございます。体験者の意見として大変重く受け止めました。BRCA 遺伝子の異常の

有無を確認することが娘たちの今後の乳がんに検診に対する真剣度に大きく影響することを再認識し

ました。近いうちに私は遺伝カウンセリングと遺伝子検査を受けることにします。その結果を受けて、今

後どうするかは娘たちと相談するつもりです。妻ともよく話し合いました。彼女が遺伝子検査にネガティブ

な本当の理由は、娘たちがまだ 20 代で、これから結婚、出産を経験することになります。もし遺伝子

検査の結果が陽性だった場合、結婚や出産をためらいはしないか。つまり母として不憫に思うということ

なのです。しかしながら、現実から逃れることはご指摘のように、万が一の場合、後悔を残すことになると

思います。最終的には娘たちの判断に委ねますが、私の遺伝子については白黒付けます。

2 か月後。いとこから私たち姉妹へのメール。

今日遺伝カウンセリングを受けにいってきました。とてもいい先生で、丁寧に説明していただきました。

検査結果が1か月後に出ますので、また報告します。医学は日進月歩なので、仮に娘たちにBRCA1

変異があっても、発症しない治療方法が見つかる可能性も高く、仮に BRCA1 変異がない場合でも、

新たな HBOC の遺伝子が見つかる可能性もあるので一喜一憂することではないと分かりました。私が

陰性であればひとまず安心ですが、ではまた。

3 か月後。いとこから私たち姉妹へのメール。

水曜日に検査結果を聞きに行ってきました。結果はおかげさまで陰性でした。結果を聞く前から陽性

でも注意すれば済むことなので気にしておらず、陰性と分かっても、ああそうですかという感じでした。落ち

着いたら、3 人でご飯でも食べにいきましょう。ではまた。

以上で、私の HBOC に関する話は終わりです。

最後に、私はたまたま HBOC についての情報に触れる機会や遺伝カウンセリングを受ける機会に恵ま

れ、とてもラッキーでした。こうして今、思い返してみると、全ての偶然が私に味方してくれたおかげで、ここま

でこぎ着けたんだと本当に奇跡のような気がします。病院選びをはじめ、それぞれのポイントで、何か一つで

も違う選択をしていたらここにいることはなかったと思います。適切な時期に適切なアドバイスをして、ここま

で導いてくれた医師をはじめ、医療関係者の方々にとても感謝しています。そして私の話を根気良く、ふむ

ふむと聞いてくれた家族や友人たちに感謝しています。