Accumulate
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shishiNo.4
Accumulateby Tatsuya Ando
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時間地図から街を見る安藤達也
一枚の地図から
ここに一枚の一風変わった地図がある。
実際の地形図として見るならば、山と谷がいささか急だし、
第一川筋がないのが不自然だ。あちこちに点在する窪地は隕石が
衝突してできたわけではあるまいし。
実は、この地図は地形図ではなくて、街に蓄積した時間の多寡
を表した地図である。街に建っている建物(各黒点が建物を表す)
が古ければ高さが高く(色が茶色系で)、新しければ低く(色が
緑色系で)、地形図のように表されていて、直感的には時間の澱
が蓄積してできた地形図と理解することができる。
街を見る際に、普段とは違う、時間軸を取り入れた新しい見方が
できないだろうか。
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1. 山脈地形 例えば、いくつかの地点で山脈になっているところが見られる。この
ような高い山脈は、この地区の建物群が昔から街の中で存続してきたこ
とを表している。この地区のかつての街並みを今に残している地点であ
ると言えるだろう。
上の写真は、古くから続く木造の建物が密集した古書店街である。軒
先に古書が積み重なり、独特の風情を醸し出している。同じ並びには老
舗の和紙屋や喫茶店なども残っている。
「時間地図」と現実の風景先程の地図は、東京の文京区本郷を対象地として作られたものだ。
まずは、地図を持って街へ出てみることにしよう。
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2.深くえぐられた地形 次に、複雑に高低が入り乱れているぎざぎざの地形に着目しよう。下の写真は、4 軒
連続の長屋だったのだが、一番手前の家だけが長屋を切り離して、新築に建て替わった
場所である。この通りは落第横丁と呼ばれている長屋の多い通りで、奥にも同じ並びに
古い長屋があったが、そこも新築の戸建てに建て替わった。新旧の建物が近接して立地
している場所であり、お店にしても昔からの居酒屋が残る一方で、現代風のバーもある。
街は常に新しく更新していく。1 で見た地形もいずれはその中のどれかが欠けて、2
のような地形に遷移していくのだと考えられる。
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3.窪地地形 先程見た山の地形とは逆に窪地になっているところもある。
時間地図で濃い緑色で塗られた場所がそうである。
下の写真では、新築住宅の密集している地域が見られる。
ここにはかつて大きな古い邸宅が建っていたが、敷地が分割され、今は 7 つ
の新しい戸建て住宅が建っている。
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4.峠道 時間地図上で街を見ると、上りや下りが非常に多いことに気がつく(これが
実際の地形だったら、そのアップダウンに日々私たちは辟易するだろうが)。
ということは、普段私たちは、何気なく様々な時間の蓄積の中を行き来してい
るのである。言うなれば時間の澱の山の中を日々往復している。
その例となる一つの道を見てみよう。 これは時間の蓄積が低いほうから高
い方へ歩いていく空間体験と言えるだろう。実際の空間で見てみると、現代的
な戸建て住宅が続く街並みから一歩奥まった路地に入った途端、古い建物が多
い昔ながらの街並みに変化する。路地の真ん中には大正時代からある、竹藪に
覆われた屋敷も残っている。そこを抜けて、路地が終わる頃にはまた現代的な
マンションが建つ風景になる。
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駆け足で時間地図上の街をざっと見てきたが、この街には様々な年代の
建物が分布して、互いにそれらの関係性で風景を作り上げていることが分
かる。どれがいいか悪いかはここで言うつもりはないが、長い年月をかけ
て絶妙なバランスができ、日々緩やかに変化している。そしてそれが街の
雰囲気、アイデンティティーを作っているのだと思う。
ここ本郷に限らず、東京の他の街でも多かれ少なかれ同様のことが言え
るだろう。 さて、普段は当たり前すぎてあまり感じない、街に蓄積した時
間というものがおぼろげに見えてきただろうか。そもそもこの街に蓄積し
た時間というものをなぜ考える必要があるのだろうか。
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蓄積される時間 ・消費される時間
「時間の蓄積」という言葉をまざまざと意識したのは、ヨーロッパの街並みを訪ねて旅行
してからだろうか。西欧の街では、揺るぎない時間の重なりを感じることがある。果たして、
この街にはどれだけの歴史がつまっているのか、とても知りたくなる。
その最たるは、フランスのパリであろうか。街を歩いていると、過去の歴史から呼びかけ
られているような不思議な感覚をおぼえる。ごく当たり前に古い建物があちこちに残って
いて、長い歴史の蓄積の中に街があるかのようだ。
パリの街で最後に都市改造が行われたのは、19 世紀のオスマン帝の時代だから、ほとん
どの建物は少なくとも 100 年以上もの歳月、ここに立ち続けて街を見守ってきたというこ
とになる。中には中世から数百年以上も年月を経ている建物もあるのだろう。その時間的
スケールの大きさに圧倒される。街には少なくとも 100 年以上の時間が積み重なっていて、
現在もその時間は積み重なり続けている。
先程の時間地図でいうと、街中ほぼ全てが山の上にあるような地図になるのだろう。
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翻って日本の東京。少し前に、10 年ぶりくらいに子供のときよく遊んでいた街を久々に
訪れて、目を疑ったことがある。かつては、昭和時代からの町屋が立ち並び、二、三百円
くらいで食べられるそば屋や、駄菓子問屋街があった下町だったが、今や問屋街などはき
れいさっぱりとなくなり、高層ビルが林立する近代的な街になっていった。昔の面影も少
なく、どこの街かと見まがうほどである。時間地図でいうと、辺り一面が一気に緑色の平
地になってしまったようなものである。
このような状況は多かれ少なかれ日本の各地の街に当てはまるだろう。日本は、戦後一
貫して過去をほとんど顧みることなく、成長一辺倒で進んできた。高度経済成長期、バブ
ル期と次々と新しい高層ビルが建ち並んでいった。戦火をくぐり抜けてきた歴史ある建築
も、多くがこの二つの時期に失われた。まだ使える建物も、そこに新しい高層のビルを建
てた方が経済的に儲かると判断されれば躊躇なく次々と新しい建物へと更新されていく。
その様はスクラップアンドビルドと形容される。大量消費さながらに建物も消費されてい
く。この変化の急激さは西欧に比べて明らかに早い。
再開発で過去と現在に大きな断絶があったり、店名がころころと変わるチェーン店が建
ち並ぶ現在の街では、時間はとどまることを知らず、流れ去ってしまう。
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「時間地図」を持って街へ出よう
ただ、そんな東京にもあえて特徴を探すとすると、先程の地図で見たように、様々な時間
の蓄積がごちゃまぜになって街が形成されていることなのかもしれない。ぴかぴかの色彩
を放つ住宅地に古色蒼然とした長屋が接する。老舗の古風な建物のとなりに近代的なマン
ションが建つ。そんな街並み。
前述のパリでは、街に蓄積している時間は長いが、一律に古いものばかりであると言え
る。一方、日本では、出来て 10 年も経たない建物も多数あれば、数十年、時には 100 年
以上も前からの建物が同じ地区に隣り合って建っていることもある。カオスであると言っ
てしまえばそれまでだが、その多様性こそが逆に東京の街の特徴であるとも言える。
山脈地形で表された昔からの店の中には、かつて障子に貼る和紙を売っていた和紙専門店
もある。昔からのなじみの客が店のおばちゃんに話をしに来る一方で、窪地で表される新
興住宅やワンルームマンションに住む家族づれや若い学生たちもふらっと入ってきて、和
紙を買いに来ている。古本屋もそうだ。年配の大学教授がじっくりと居座って年代物の古
書を買っていく一方で、ふと立ち寄って文庫本などを見ていく一般の人たちもいる。深く
えぐられた地形で取り上げた横丁には古い長屋風の昔からの居酒屋やお店が残る一方で、
近接する新しい建物に現代風の洒落たバーができ、地元のなじみ客から、サラリーマン、
若者までが共存している。時には若者もこの街の昔話に耳を傾け、年配の方々も若者と語
らう。そんな多様な人々の交流は、時間地図の地形の複雑さに比例するのではなかろうか。
歴史のない街はない。今あるどんな街にしても、その街が経てきた歴史があり、時間が
ある。それを浮かび上がらせるツールが、時間地図である。さあ、見慣れた街にもう一度
時間地図を持って、歩きだしてみよう。また、今までとは違った街が見えてくるのではな
いだろうか。
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時間地図から街を見る
TATSUYA ANDO
安藤達也
東京都生まれ。東京大学工学系研究科社会基盤学専攻景観研究室に所属し、修士課
程修了。専門は、都市の景観、まちづくり、文化的景観など。『.review 001』(2010)
に「都市の時間的蓄積で捉えた、地方を考える新しいツール」を発表。
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