8 理想気体その2―ボース気体,古典極限...8.2 Bose{Einstein分布の特徴...

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機シ:統計熱力学 2019 (松本):p. 74 8 理想気体その2―ボース気体,古典極限 前章では,量子力学の基本的仮定:「同種粒子は区別がつかない」 から出発し,2つの 粒子の交換に対する波動関数の対称性の違いから,あらゆる素粒子は フェルミディラック統計に従う粒子 (フェルミ粒子, fermion) ボースアインシュタイン統計に従う粒子 (ボース粒子, boson) のいずれかに大別できることを見た. さらに,相互作用が無視できるフェルミ粒子系について,その波動関数の性質から「同 じ状態を2つ以上の粒子が占有することはない(Pauli の排他律)」ことを導き,さらに (T,V,μ) が指定された大正準集団を考えることにより,エネルギー ϵ の平均占有数が,次 フェルミディラック分布に従うことを見出した: f (ϵ)= 1 exp [ ϵ-μ k B T ] +1 この章では,ボース粒子 について同様の考察を行い,波動関数の対称性の違いが統計 力学的な違いをもたらすことを学ぶ.さらに,ある物理的条件の極限では,フェルミ粒子 系・ボース粒子系ともに,古典粒子系と同じ統計性になることを示す. 8.1 ボースアインシュタイン分布 前章で述べたように,ボース粒子の特徴は,1つのエネルギー固有状態を占める粒子の 数に制限がないということである.このことを念頭に,前章(§7.3)と同様の議論を繰り 返そう. 前と同じく,固有状態 ϵ k を占める粒子の数を n k とすると 粒子数 N = k n k (8–231) 全エネルギー E = k ϵ k n k (8–232) と表される.フェルミ粒子の場合は n k =0 または 1 であったが,ボース粒子の場合は n k =0, 1, 2,... 任意の非負整数値をとることができる.

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8 理想気体その2―ボース気体,古典極限

 前章では,量子力学の基本的仮定:「同種粒子は区別がつかない」 から出発し,2つの

粒子の交換に対する波動関数の対称性の違いから,あらゆる素粒子は

 ・フェルミ–ディラック統計に従う粒子 (フェルミ粒子, fermion)

 ・ボース–アインシュタイン統計に従う粒子 (ボース粒子, boson)

のいずれかに大別できることを見た.

 さらに,相互作用が無視できるフェルミ粒子系について,その波動関数の性質から「同

じ状態を2つ以上の粒子が占有することはない(Pauliの排他律)」ことを導き,さらに

(T, V, µ) が指定された大正準集団を考えることにより,エネルギー ϵの平均占有数が,次

のフェルミ–ディラック分布に従うことを見出した:

f(ϵ) =1

exp[ϵ−µkBT

]+ 1

 この章では,ボース粒子 について同様の考察を行い,波動関数の対称性の違いが統計

力学的な違いをもたらすことを学ぶ.さらに,ある物理的条件の極限では,フェルミ粒子

系・ボース粒子系ともに,古典粒子系と同じ統計性になることを示す.

8.1 ボース–アインシュタイン分布

 前章で述べたように,ボース粒子の特徴は,1つのエネルギー固有状態を占める粒子の

数に制限がないということである.このことを念頭に,前章(§7.3)と同様の議論を繰り

返そう.

 前と同じく,固有状態 ϵk を占める粒子の数を nk とすると

粒子数 N =∑k

nk (8–231)

全エネルギー  E =∑k

ϵknk (8–232)

と表される.フェルミ粒子の場合は

nk = 0 または  1

であったが,ボース粒子の場合は

nk = 0, 1, 2, . . .

の任意の非負整数値をとることができる.

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・正準集団の考え方

N,V, T が与えられている場合,全エネルギーが E となる1つの微視的状態が出現する確

率は

P (E) =

exp

[−∑

ϵknk

kBT

]Z

(8–233)

分配関数は

Z(N,V, T ) =∑

すべての {nk} の組み合わせ

exp

[−∑

ϵknk

kBT

](8–234)

「すべての組み合わせ」の中身はフェルミ–ディラック分布のときとは異なるが,これ以上

Z の手計算を進めることができないのは同じである.

・大正準集団の考え方

µ, V, T が与えられている場合,粒子数がN となる確率は

P (N) =

exp

[Nµ−

∑ϵknk

kBT

(8–235)

大分配関数は

Ξ(µ, V, T ) =

∞∑N=0

exp

[Nµ

kBT

]Z(N,V, T ) (8–236)

フェルミ粒子の場合と同様,これは計算することができる:

Ξ =

∞∑N=0

∑すべての {nk} の組み合わせ

exp

[∑(µ− ϵk)nk

kBT

]

=

( ∞∑n1=0

exp

[(µ− ϵ1)n1

kBT

])·

( ∞∑n2=0

exp

[(µ− ϵ2)n2

kBT

])· · · ·

=

(1 + exp

[µ− ϵ1kBT

]+ exp

[2(µ− ϵ1)

kBT

]+ · · ·

)×(1 + exp

[µ− ϵ2kBT

]+ exp

[2(µ− ϵ2)

kBT

]+ · · ·

)× · · ·

=∏k

1

1− exp[µ−ϵkkBT

] (8–237)

これは,初項が 1で,x ≡ exp[µ−ϵkkBT

]を公比とする無限等比級数 infinitegeometric series だから

1 + x+ x2 + x3 + · · · =1

1− x

となる.|x| < 1 が収束の必要(かつ十分)条件であることを思い出しておこう.

この結果から,化学ポテンシャル µが与えられた場合の平均粒子数を求めると

⟨N⟩ = kBT∂ log Ξ

∂µ

= −∑k

kBT∂

∂µlog

(1− exp

[µ− ϵkkBT

])

=∑k

exp[µ−ϵkkBT

]1− exp

[µ−ϵkkBT

]≡

∑k

⟨nk⟩ (8–238)

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0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

0 2 4 6

Me

an

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pa

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n n

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be

r <

n>

(ε−µ)/kBT

kBT/µ = 0.010.10.31.03.0

図 8–15: いろいろな温度における Bose–Einstein分布関数.

すなわち,平均粒子数は各固有状態の平均占有数の和で求められ,k番目の固有状態(エ

ネルギー固有値 ϵk)の平均占有数は

⟨nk⟩ =exp

[µ−ϵkkBT

]1− exp

[µ−ϵkkBT

] = 1

exp[ϵk−µkBT

]− 1

(8–239)

と表されることがわかる.この関数を,Bose–Einstein分布(あるいは省略して Bose分

布)という.図 8–15に,いくつかの温度での Bose–Einstein分布の例を示した.

結果だけを見ると,Fermi–Dirac分布 (7–220) と Bose–Einstein分布とは,わずかに分母中の±1だけの違いであるが,これが大きな性質の差をもたらすことが以下でわかる.

8.2 Bose–Einstein分布の特徴

 関数 (8–239) は次のような特徴を持っている:

(1) ϵ → µ+ 0(µに正の方から近づく)において,f(ϵ) → +∞である.逆に言うと,µ

は,可能なあらゆるエネルギーよりも小さい値である. 条件 µ < ϵ は exp[− ϵ−µ

kBT

]< 1

と同等であり,数学的には,p. 75の注釈で述べたように無限等比級数∞∑

n=0

xn の収束条件 |x| < 1に対応

している.

(2) T が絶対零度に近い低温であるとき,ほとんどの粒子は基底状態にある.基底状態

をエネルギーの原点にとることにしよう.つまり,ϵ0 = 0とする.このとき,基底状

態にいる粒子の数 N0 は

N0 =1

exp[

−µkBT

]− 1

である.指数関数を Taylor展開すると

N0 ≃ 1[1− µ

kBT

]− 1

= −kBT

µ

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となる.第ゼロ近似としてN0 が粒子総数N にほぼ等しいとすると µ ≤ ϵ0 = 0 に注意.

µ = −kBT

N(8–240)

のように,化学ポテンシャルが温度に依存することがわかる.

演習

ボース粒子系について,前章の演習問題と同様に,圧力やエネルギーの表式を導き,やはり

E =3

2PV

が成り立つことを示せ.

8.3 (発展)ボース粒子系の例:自由粒子系での凝縮現象

 ボース粒子の代表例としては,フォトン(光子)やフォノンがあるが,これらは質量が

ゼロという特殊性をもっているため,後の章で別に扱うことにする.

 相互作用の小さい(すなわち理想気体とみなせる)ボース粒子系の一般的な例として,

ここでは,4He原子核の集団を例にとって,その低温での性質を考えよう.粒子の振る舞 4He の原子核は陽子2個と中性子2個からなる.陽子・中性子ともに偶数個であるから,4He の原子核はボース粒子ということになる.

いが Schrodinger方程式で記述できるのは電子の場合と同じで,その結果,縮退度も

同じ式この式では,スピン自由度のことは考えていないので,式(7–222)の12になっている.各々の素粒子のス

ピン自由度を考えると,本当はもう少し複雑になる.

g(ϵ) = 2π(2m)

32

h3V√ϵ (8–241)

で表される.

 前節で見たように,低温では 基底状態にある粒子の数N0 が非常に多くなるので,全粒 もともと,この縮退度の表式は離散的なエネルギー準位を 連続的分布で近似 したものだったことを思い出そう.このように「励起状態」を分離して考える必要があるのは,熱エネルギー kBT が第1励起エネルギー程度以下になるような極低温領域での場合である.

子数N を,N0 と励起状態にある粒子数Nex とに分けて考えると

N = 2π(2m)

32

h3V

1

exp[− µ

kBT

]− 1

+

∫ ∞

0

√ϵdϵ

exp[ϵ−µkBT

]− 1

≡ N0 +Nex (8–242)

これを逆に解くと µが求まるのであるが,低温においては第2項は,式 (8–240)より

µ ≃ −kBTN ≃ 0として近似計算をする:

最後の積分計算は,積分の近似公式∫ ∞

0

√xdx

ex − 1≃ 2.3147

≃ 1.3059√π

(Kittelの教科書 p. 170の脚注)を使った.

√π をくくり出したのは,

式 (8–245) を見易く整える目的である.

Nex ≃ 2π(2m)

32

h3V

∫ ∞

0

√ϵdϵ

exp[

ϵkBT

]− 1

= 2π(2m)

32

h3V (kBT )

32

∫ ∞

0

√xdx

ex − 1 (∵ x = ϵ

kBT で変数変換)

≃ 2π(2m)

32

h3V (kBT )

32 ·(1.306

√π)

(8–243)

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この式から Nex ≃ N となる温度 TB を求めよう. kB の下添え字 B は BoltzmannのB,TB の下添え字 B はBoseのB,である.紛らわしいがやむを得ない.

N ≃ 2.612(π)32(2m)

32

h3V (kBTB)

32 (8–244)

から

TB =h2

2πmkB

[N

2.612V

] 23

(8–245)

が得られる.以上をまとめると

Nex =

N ×(

TTB

) 32

T < TB

N T ≥ TB

(8–246)

 当然,残りの粒子は基底状態にあるわけで,その数は ランダウの記号 O(1)は,ここでは全粒子数 N に比べて圧倒的に少ない(=1のオーダーの)数を意味する.

N0 = N −Nex =

N ×[1−

(TTB

) 32

]T < TB

O(1) T > TB

(8–247)

つまり,TB を境にして系の状態は大きく異なり,TB (ボーズ転移温度と呼ばれることが

ある) より低温では非常に多くの粒子が基底状態を占有することになる.この現象をボー

通常の凝縮(例えば水蒸気が水滴になるなど)は,粒子間に引力的相互作用が働くことによって起きる.Bose–Einstein凝縮は,これとは違い,量子力学の原理によってほとんどの Bose粒子が基底状態になるという現象で,粒子間に相互作用のない理想気体であっても起きるという,全く本質の異なる現象である.

ス–アインシュタイン凝縮 Bose–Einstein condensation という.

(参考) ボース–アインシュタイン凝縮現象は,1925年,インドの物理学者ボースからの手

紙をきっかけとして,アインシュタインが予言したものである.非常に類似した現象として超

伝導や超流動が発見されたが,理想的なボース気体によるボース–アインシュタイン凝縮は長

らく未発見のままだった.1995年,レーザー を用いてアルカリ原子(例えばルビジウム Rb

が使われた)の希薄気体をマイクロケルビン(10−6 K)以下の極超低温に冷却することで,

原子集団のボース–アインシュタイン凝縮が初めて観測された.これを実現した E.A. Cornell

(米国), W. Ketterle (ドイツ), C.E. Wieman (米国) が 2001年ノーベル物理学賞を共同受賞

している.

演習

データブックによれば,1気圧での沸点近傍の液体ヘリウムの密度は 124 kg/m3

である.ボース転移温度 TB を求めよ.

(解)原子量は 4.00 であるから,1モルの 4Heの体積は

V =4.00× 10−3kg

124kg/m3∼ 3.23× 10−5m3

したがって式 (8–245)より

TB =

(6.63× 10−34J · s

)22π 4.00×10−3kg

6.02×1023× 1.38× 10−23J/deg

[6.02× 1023

2.612 · 3.23× 10−5m3

] 23

= 2.8K

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(参考)レーザー冷却出典: Wikipedia(日本語版)

 レーザー冷却とは、レーザー光を用いて、気体分子の温度を絶対零度近くまで冷却する

方法のこと。おもに、単原子分子、もしくは単原子イオンに用いられる。ここでは主に

レーザー冷却過程のうちおおむね数 K(ケルビン)から数mK(ミリケルビン)の領域で

有効に働くドップラー冷却過程について説明する。

ドップラー冷却原子は光を吸収すると、その光のエネルギー(光子の運動エネルギー)をもらい、光圧と

いう力を光の進行方向へ受ける。ドップラー冷却過程ではこの光圧を利用する。簡単のた

めにまず、一次元での説明を行う。まず、冷却しようとしている物質は気化しているもの

とする。また、圧力は充分に低く、原子(イオン)同士の相互作用は無視できるくらい低

い確率でしか起こらないものとする。ここに、左右両方向から、冷却しようとしている

原子の吸収波長よりもやや長波長側に調節した同じ強度のレーザー光を照射したとする。

もし、原子(イオン)が右に運動していると、左右から照射されている光の原子から見た

波長は光のドップラー効果により変化をする。この変化の符号は反対で、具体的には右か

ら照射されている光の波長は原子から見て短くなり、左から照射されている光の波長は長

くなる。これにより右から照射されている光の波長は吸収波長により近づき、左から照射

されている光の波長は遠ざかることになる。右から照射されている光の吸収確率が増え左

から照射されている光のそれが減ることにより、実質的に左向きの光圧を受けることに

なる。逆に左に運動している原子は、同様の過程により実質的に右向きの光圧を受ける。

左右どちらに運動していても運動方向と反対向きの光圧を受けることになり、原子(イオ

ン)の平均速度は減少する。つまり左右方向の運動について冷却される。これは三次元空

間の各軸について同時に行なうことができ、全ての軸について運動エネルギーを減らす、

すなわち冷却することができる。なおレーザー光を吸収することで原子(イオン)の得た

エネルギーは、原子を励起させたのち自然放射によって放出される。この際の放射は全方

向にランダムに起こるため、その際の光圧は原子の平均速度には寄与しない。しかし、原

子の温度すなわち運動エネルギーは原子の平均自乗速度に比例し、これはこの自然放射に

より増大する。ドップラー冷却過程で到達できる温度はドップラー効果由来の光圧のアン

バランスによる冷却効果と、自然放射による加熱効果のつりあいで決まり、使用する原子

(イオン)の吸収線の線幅に比例する。ナトリウム、ルビジウム等のアルカリ金属原子、

水素、準安定希ガス原子についてはこの線幅はMHzのオーダーであり、ドップラー冷却

限界温度はmK(ミリケルビン)のオーダーとなる。ストロンチウム等のアルカリ土類原

子については kHzのオーダーの吸収線が使用可能であり、その場合μ K(マイクロケル

ビン)のオーダーとなる。

偏光勾配冷却アルカリ金属原子等のように、レーザー冷却に用いる吸収線の下状態が角運動量を持つ場

合、レーザー冷却の次のステップとして偏光勾配冷却過程が使用可能である。偏光勾配冷

却過程ではドップラー冷却限界以下への冷却が可能である。この場合の冷却限界は光子反

跳温度で与えられる。光子反跳温度は原子(イオン)が光を一回吸収あるいは放出する際

の速度変化に対応する温度であり、大抵の場合μ K(マイクロケルビン)かそれ以下であ

る。このことから、偏光勾配冷却過程の冷却限界温度も数μ K程度となる。

限界ドップラー冷却過程、偏光勾配冷却過程を含むレーザー冷却が有効に働く大前提として原

子(イオン)同士の相互作用が無視できるというものがある。ボーズ=アインシュタイン

凝縮を実現するためには高密度を実現する必要があり、レーザー冷却のみではこれは達成

不可能である。このため、原子系でのボーズ=アインシュタイン凝縮の実現のためには更

にもう一段階、蒸発冷却を必要としている。

応用形成された絶対零度近くの分子やイオンの集団は量子性を顕著に表し、ボース=アイン

シュタイン凝縮の検証、量子コンピュータの実験などに用いられる。

Simplified principle of Doppler lasercooling:

(1) A stationary atom sees the laserneither red- nor blue-shiftedand does not absorb the photon.

(2) An atom moving away from thelaser sees it red-shifted and doesnot absorb the photon.

(3) An atom moving towards thelaser sees it blue-shifted andabsorbs the photon, slowing theatom.

(4) The photon excites the atom,moving an electron to a higherquantum state.

(5) The atom re-emits a photon. Asits direction is random, thereis no net change in momentumover many absorption-emissioncycles.

(Wikipedia 英語版 より)

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8.4 古典極限

 最後に,量子力学から出発したフェルミ理想気体(F–D)やボース理想気体(B–E)の

性質が,ある極限において我々のよく知っている古典理想気体 classical ideal gas の性質と

一致することを見ておこう.これにより,我々が日常出会う多くの場合においては安心し

て古典的取り扱いができることがわかるだろう.

 温度 T,体積 V,化学ポテンシャル µが指定されている理想気体において,エネルギー

状態(固有値)ϵの微視的状態を占める平均粒子数は,

(F-D分布) ⟨n⟩ = 1

exp[ϵ−µkBT

]+1

(8–248)

(B-E分布) ⟨n⟩ = 1

exp[ϵ−µkBT

]−1

(8–249)

で与えられることを,既に学んだ.ここでもし,条件

exp

[ϵ− µ

kBT

]≫ 1 (8–250)

が成り立てば,これらの分布の分母の「1」を省略することができて,F–D,B–Eいずれ

の場合も

⟨n⟩ ≃ exp

[−ϵ− µ

kBT

](8–251)

となる.この分布を古典極限での分布,あるいは 古典分布 classical distribution と呼ぶ.

条件 (8–250)は,明らかに次の条件と等価である:

⟨n⟩ ≪ 1 平均占有数が1よりも十分に小さい (8–252)

kBT ≪ ϵ− µ 熱エネルギーにくらべてエネルギー準位が高い (8–253)

 以下では,このような古典分布に従う系の性質を調べよう.

8.4.1 古典極限での理想気体の熱力学量

 まず,化学ポテンシャル µを,条件

N =∑k

f(ϵk) (8–254)

によって求めよう.式 (8–251)を代入すると

N = exp

kBT

]∑k

exp

[− ϵkkBT

](8–255)

和∑k

の部分は,1粒子系の分配関数 Z1 と同じであることがわかる.

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 簡単な系として,一辺が Lの立方体の箱の中の自由粒子を考えると,その分配関数は,

容易に求めることができる(§2.3 参照):

積分公式∫ ∞

0

exp[−αx2

]dx =

1

2

√π

α

∑k

exp

[− ϵkkBT

]=

∞∑nx=1

∞∑ny=1

∞∑nz=1

exp

[−

h2

8mL2 (n2x + n2

y + n2z)

kBT

]

=

[ ∞∑n=1

exp

[− h2n2

8mL2kBT

]]3

≃[∫ ∞

0

exp

[− h2n2

8mL2kBT

]dn

]3=

[√8mL2kBT

h2

√π

2

]3

=

[(2πm)

32

h3(kBT )

32

]V

≡ nQV (8–256)

ここで,nQ ≡ (2πm)32

h3 (kBT )32 は数密度(あるいは体積の逆数)の次元を持った量で,量

さっと次元解析をやってみよう:[m

32 h−3(kBT )

32

]= kg

32 (Js)−3J

32

= kg32 J−

32 s−3

= kg32

(kg·m2·s−2

)− 32 s−3

= m−3

子濃度 quantum concentration と呼ばれ,粒子質量と温度の関数である.また,nQの逆数

から得られる代表的長さ

λT ≡ n− 1

3

Q =h√

2πmkBT(8–257)

を熱的ド・ブロイ波長 thermal de Broglie wave length という.すなわち,量子濃度とは熱

Louis-Victor Pierre Raymondde Broglie (1892–1987) フランスの物理学者.物質波を提唱したことで 1929年にノーベル物理学賞受賞.

的ド・ブロイ波長のサイズの箱に粒子を1個閉じこめたときの濃度(密度)である.

 以上より,次式が得られる:

N = exp

kBT

]nQV (8–258)

こうして,古典極限での理想気体の化学ポテンシャルの表式

この式から,粒子数密度N/V と量子濃度 nQ の比が重要であることがわかる.これが,わざわざ nQ を定義した理由である.

µ = kBT logN/V

nQ

= kBT

[logN − log V − 3

2log kBT +

3

2log

h2

2πm

](8–259)

を求めることができた.

演習

300 Kにおける電子と陽子の λT を求めよ.

略解 データブックを参照すると,電子の質量は 9.11× 10−31 kg,陽子の質量は 1.67×10−27 kg であることがわかる.代入すると,

電子の λT =6.626× 10−34[Js]√

2π · 9.11× 10−31[kg] · 1.381× 10−23[J/K] · 300[K]= 4.30× 10−9[m]

陽子の λT =6.626× 10−34[Js]√

2π · 1.67× 10−27[kg] · 1.381× 10−23[J/K] · 300[K]= 0.100× 10−9[m]

およそナノメートル程度の大きさをもつことがわかる(電子は陽子より 2000 倍程度軽いので λT は長い).

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 この化学ポテンシャルの表式を出発点として,他の熱力学量を求めることができる.た

とえば熱力学の関係式 ∂F∂N = µを積分することにより

F = NkBT

[logN − 1− log V − 3

2log kBT +

3

2log

h2

2πm

]= NkBT

[log

N/V

nQ− 1

](8–260)

これを 体積で微分することにより

P = −(∂F

∂V

)T,N

=NkBT

V(8–261)

このようにして,よく知られた古典的理想気体の状態方程式が導かれる.また,温度で微

分すると

S = −(∂F

∂T

)V,N

= −NkB

[log

N/V

nQ− 1− 3

2

]= NkB

[log

nQ

N/V+

5

2

](8–262)

この表式は実験的には古くから知られていたものであり,1900年代初頭に単原子分子気体

について理論的研究を行った人々の名前に因み,サックール–テトロード式

各々の経歴は調べられなかったが,Wikipedia によれば“The Sackur-Tetrode equationis named for Hugo MartinTetrode (1895–1931) andOtto Sackur (1880–1914), whodeveloped it independently asa solution of Boltzmann’s gasstatistics and entropy equations,at about the same time in1912.”とのことである.

Sackur–Tetrode formula と呼ばれている.最後に,内部エネルギーは

E = F + TS =3

2NkBT (8–263)

これもおなじみであろう.

 ここで注意すべきことは,こうした古典極限の表式は,あくまでも条件 (8–250)が成り

立つ範囲での近似的な話ということである.例えば,nQ ∝ T32 なので,エントロピーの

式 (8–262)が T → 0において発散する(熱力学第3法則が成り立たない),などという議

論は意味がない.なぜなら,T → 0ではフェルミ粒子系にせよボース粒子系にせよ

f(ϵ) ≪ 1という条件が明らかに破れているからである.厳密には,世の中には「フェルミ

粒子」か「ボース粒子」しかなく,T → 0でも古典的に振る舞うような粒子はこの世に存

在しないのである.

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機シ:統計熱力学 2019 (松本):p. 83

演習

(古典系) 混合のエントロピー

 温度 T に保たれた体積 2V の箱の中央に仕切りがあり,それぞれ,A粒子,B粒子が N 個入っているとする.仕切りをとって混合させたときのエントロピー変化 ∆S を Sackur–Tetrode式に基づいて議論せよ.

(1) A粒子とB粒子が実は同じもの(例:どちらもアルゴン)であったとき.

(2) A粒子とB粒子が違う種類(例:アルゴンとネオン)であったとき.

 粒子の種類が同じか違うかによって,異なった ∆S が得られたはずである.これは,Gibbsのパラドックスと呼ばれているが,パラドックス(逆説,矛盾する命題)ではなく,エントロピーが,正しく混合 mixingの本質に基づいて定義されていることを示している.

8.4.2 分配関数の古典的取り扱い

 古典極限での理想気体の Helmholtz自由エネルギーの表式,(8–260)が求められたので,

ここから逆に,古典極限での分配関数 Z(N,V, T )がどんな形になるかを考えてみよう.第

5章の結果から,

F = −kBT logZ (8–264)

なので,古典理想気体の分配関数として

Z(N,V, T ) = exp

[− F

kBT

]=

(2πmkBT

h2

) 3N2 1

exp[N logN −N ]V N (8–265)

となる.ここで,Stirlingの公式 logN ! ≃ N logN −N を逆に使うと

Z(N,V, T ) =

(2πmkBT

h2

) 3N2 V N

N !(8–266)

が得られる.

 一方,自由度 (r, p)をもつ粒子を,最初から完全に古典力学的に扱うと,自由粒子系の

内部エネルギーは各粒子の運動量 pi によって

E =∑i

p2i2m

(8–267)

で与えられるから,分配関数は定義(第 4章を参照のこと)により

∑微視的状態

exp

[− E

kBT

]=

∏i

∫dri

∫dpi exp

[− p2i2mkBT

]

= V N

[∫ ∞

−∞dp exp

[− p2

2mkBT

]]3N= V N

[√2πmkBT

]3N= (2πmkBT )

3N2 V N (8–268)

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機シ:統計熱力学 2019 (松本):p. 84

が得られる.両者を比べると,

古典極限における分配関数

Z(T ) =1

N !h3N

∫d{r}

∫d{p} exp

[− E

kBT

](8–269)

と定義するべきであることがわかる.以前の定義式 (4–96) と比べると,分母に,新しく

積分変数につけた {} は,すべての粒子の変数について積分することを意味する.たとえば,d{r} は

dr1dr2 . . . drN

を簡単に表記したものである.

2つの因子が現れた:

• N ! : N 個の粒子が互いに区別できないことをあらわすと考えられる.

• h3:粒子は量子力学に従うため,不確定性原理 principle of uncertaintyにより,Planck

定数 h以下の精度で rと pを同時に指定できないことから生じると解釈される.

演習

 質量mの古典的自由粒子N 個が,面積 A,高さH の円筒に閉じこめられているとする.円筒は一様な重力(重力加速度 g)中にあるとする.温度 T において

(1) 式 (8–269)に基づいて分配関数 Z を求めよ.

(2) 高さが無限大の極限 H → ∞ において,系のエネルギーと熱容量を求め,通常の理想気体と比較せよ.

(3) さらに,重力が弱くなった極限 g → 0について,議論せよ.

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機シ:統計熱力学 2019 (松本):p. 85

8.5 (発展的話題)粒子間に弱い相互作用が存在する場合

 ここまで,最も扱いやすい系として,粒子間に相互作用のない理想気体のみを扱ってき

た.実在気体 real gas では,粒子間に引力や斥力などの相互作用が存在する.その簡単な

モデルとして,ポテンシャルエネルギーが2体間相互作用の和で表される場合を考えよう:

E =∑i

p2i2m

+∑i<j

ϕ (|ri − rj |) (8–270)

(補足)  ϕ(r)の有名な例として,Lennard-Jonesポテンシャルがある: Sir John Edward Lennard-Jones(1894–1954) 英国の理論物理学者,理論化学者.分子間相互作用や液体理論に関する研究で有名.

-1

0

1

2

0 1 2 3 4

φ(r

) / ε

r / σ

図:Lennard-Jones 2体間ポテンシャル

ϕ(r) = 4ϵ

[(σ

r

)12

−(σ

r

)6]

(8–271)

ここで,σ は粒子直径を表すパラメタ,ϵは相互作用の強さ(ポテンシャルの深さ)を表すパ

ラメタである(右図を参照).この関数は,アルゴンなどの単原子分子気体やメタンなどの

小さい炭化水素分子などのモデルによく用いられている.大まかに言うと,r < σ は電子雲

の重なりによる反発領域,r > σ では電子雲の偏り(分極)による弱い引力 (分散力)領域を

表している.物質の状態方程式などをよく再現できるように経験的に求められたパラメタの

一例を 表 8–3に示す:

表 8–3: Lennard-Jonesパラメタの例.出典:B.E. Poling, J.M. Prausnitz, J.P. O’Connell: The Properties of Gases and Liquids (5th ed.,MacGraw-Hill, 2001)

Substance σ [A] ϵ/kB [K]He helium 2.551 10.2Ne neon 2.820 32.8Ar argon 3.542 93.3Kr krypton 3.655 178.9Xe xenon 4.047 231.0H2 hydrogen 2.827 59.7N2 nitrogen 3.798 71.4O2 oxygen 3.467 106.7F2 fluorine 3.357 112.6C2 chlorine 4.217 316.0CO carbon monoxide 3.690 91.7CO2 carbon dioxide 4.130 336.0CCl4 carbon tetrachloride 5.947 322.7CH4 methane 3.758 148.6C2H6 ethane 4.443 215.7C3H8 propane 5.118 237.1C6H6 benzene 5.349 412.3CH3OH methanol 3.626 481.8C2H5OH ethanol 4.530 362.6H2O water 2.641 809.1Hg mercury 2.969 750.0

この表を眺めていると,いろいろとおもしろいことに気付くだろう.例えば,「希ガスは原子番号の順に σも ϵ も並んでいるな」とか,「メタノールはエタノールより σ が小さいのに ϵ は大きい」とか,「水は σが小さいのに ϵが異様に大きい」とか… これらが各々の分子がもつ個性である.

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機シ:統計熱力学 2019 (松本):p. 86

 このような相互作用がある場合,古典極限での分配関数は,前節の結果から

Z =1

N !h3N

∫d{r}

∫d{p} exp

[− E

kBT

]

=(2πmkBT )

3N2

N !h3N

∫d{r} exp

−∑i<j

ϕ (|ri − rj |)

kBT

=

(2πmkBT )3N2

N !h3N

∫d{r}

∏i<j

exp

[−ϕ(rij)

kBT

](8–272)

ここで,rij = |ri − rj |であり,また,古典力学系なので運動量についての積分は座標と 量子力学では,座標と運動量は可換ではないので,運動量についてのみ積分するということができない.は独立に実行することができる.座標についての積分は複雑で,厳密な計算は一般に不可

能だが,

exp

[−ϕ(rij)

kBT

]= 1 + fij (8–273)

と書くことにして,上の式の∏

ij を展開すると

Z =(2πmkBT )

3N2

N !h3N

∫d{x}

∏i<j

(1 + fij)

=(2πmkBT )

3N2

N !h3N×∫

d{x} [1 + (f12 + f13 + · · ·) + (f12f13 + f12f14 + · · ·) + · · ·]

(8–274)

これは,fij を1つずつ含むもの,2つの積を含むもの,. . .という形に展開したことに

なっている.これはクラスター展開 cluster expansion と呼ばれ,気体や液体の統計力学理

論ではよく用いられる.

 最初の2つの項のみを計算してみよう.これは,温度が高く(すなわち |fij | ≪ 1)密度

が低い場合に妥当な近似である.

(1) 初項(つまり粒子間相互作用のない理想気体)は,明らかに V N となる.

(2) 第2項は,同じ形の項がペアの数,N(N−1)2 個,だけあるので,f12 ≡ f(r)で代表さ

せると

N(N − 1)

2V N−2

∫d{x1}

∫d{x2}f12 =

N(N − 1)

2V N−1

∫ ∞

0

4πr2drf(r) (8–275)

よって,第2項までで打ち切る近似により

Z ≃ Z1 + Z2

=(2πmkBT )

3N2

N !h3NV N

[1 +

N(N − 1)

2

1

V

∫ ∞

0

4πr2drf(r)

](8–276)

このようにして,実在気体系でも分配関数を近似的に求めることができ,そこから

Helmholtz自由エネルギーや圧力などの熱力学量を計算することができる.たとえば

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機シ:統計熱力学 2019 (松本):p. 87

P = −∂F

∂V

= kBT∂ logZ

∂V

≃ kBT∂(N log V + N(N−1)

21V

∫∞0

4πr2drf(r))

∂V

log(1 + x) ≃ x (|x| ≪ 1 のとき) の近似を使った

≃ kBT

(N

V− N2

V 2

∫ ∞

0

4πr2drf(r)

)=

NkBT

V

[1−

(N

V

)∫ ∞

0

4πr2drf(r)

](8–277)

 このように,圧力を密度 NV のべき級数で展開して表現することはビリアル展開virial

Wikipedia よりビリアル展開とは,実在気体の圧力や浸透圧を,温度と圧力への依存性を解析的に表すため,モル体積の逆数の冪級数に展開することである.ヘイケ・カメルリング・オネス(Heike Kamerlingh Onnes,1853–1926, オランダの物理学者.1913 年ノーベル物理学賞受賞)が1901年に提出した.Virialとは「力」を意味するラテン語である.

expansion と呼ばれ,熱力学において実在気体の状態方程式を近似的に表現するのによく

用いられる.その統計力学的な裏付けがここにある.

(さらに補足)

  Lennard-Jonesポテンシャルのような簡単な場合でも,積分

∫ ∞

0

4πr2drf(r)は手計算ではで

きないので,ここでは定性的な議論として,斥力的な相互作用が優勢な場合を考えよう.これは,

密度が高く,平均粒子間距離が小さい場合に相当する.このとき,f(r) ≡ exp

[−ϕ(r)

kBT

]− 1 < 0

であるから,この積分は負になる.結果として,この系の圧力は,同じ密度の理想気体の場合よ

りも大きくなることがわかる.これは直感と合致する.逆に引力的な相互作用が優勢な場合には,

もちろん圧力は理想気体の場合よりも小さくなる.

8.6 この章のまとめ

(1) Bose粒子系の大正準集団を考えることにより,化学ポテンシャル µと温度 T の条件

下でエネルギー ϵの状態を占有する平均粒子数が,Bose–Einstein分布

f(ϵ) =1

exp[ϵ−µkBT

]− 1

に従うことがわかった.

(2) ボース粒子系では,ある温度 TB より低温になると,ほとんどの粒子が基底状態を占

有するBose–Einstein凝縮が起こる.

(3) エネルギー状態の占有数が1よりも十分に小さいような条件では,フェルミ粒子系

もボース粒子系も同じ 古典極限 を与える.

(4) 古典力学に基づく分配関数の表式には,粒子の同等性に基づく因子 N !と 不確定性

原理に基づく因子 h3N が必要である.