7.鉄系構造材料...

27
334 における ・エネ ギー ック 1 .はじめに 格が く安 している があるため、 幹エネルギー えられているが、CO 2 が多い。 ため、 によって エネル ギーを に安 に確 し、しか CO 2 題を するために によって CO 2 する Ultra-supercritical, USCある 1566 ℃、圧 24.1MPa えるプ ラントを USC プラント いる。 1 に、 ヨーロッパ、 における プラント ・圧 2をベースに、 けて 1990 USC プラントが している 1993 593 ℃)。 USC れて いる ある。USC プラント 610 ℃ま している。 プラント ボイラ ター に大 れ、ボイラ される (ボイラチューブ) をター する いった大 (パイプ)から る。プラント し、これに てター 20 く、 20 い。ボイラチューブに クリープ 、耐 、耐 され、 オーステナイト して いられている。一 、大 ター ンロータ よう 因する によるクリープ- ため、フェライト われてきた。 フェライト 、オーステナイト 格が に、 さく 大きいため きる するが、ク リープ い。また、Cr いため耐 い。こ ため、フェライト クリープ び耐 、プラント を握っており、フェライト わる プロジェクトが めら れている 1阿部 冨士雄 新構造材料センター、物質・材料研究機構 における の変 7.鉄系構造材料 (1)発電用鉄鋼材料の高温化

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第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第5章 環境・エネルギー材料

2006年度物質材料研究アウトルック

1.はじめに

石炭火力発電は、石炭埋蔵量が世界的に豊富で価

格が低く安定している特長があるため、原子力発

電と並んで我が国の長期的な基幹エネルギーの重

要な柱と考えられているが、CO2 排出量が多い。

このため、石炭火力発電によって我が国のエネル

ギーを長期的に安定に確保し、しかも CO2問題を

解決するためには、蒸気の高温高圧化によって発電

効率を高め CO2排出削減を可能とする超々臨界圧

(Ultra-supercritical, USC)火力発電用の高強度高耐

食耐熱鋼の開発が不可欠である 1)。

普通、蒸気温度 566℃、圧力 24.1MPaを超えるプ

ラントを USC プラントと呼んでいる。図 1 に、

ヨーロッパ、日本、米国、中国における石炭火力発

電プラントの蒸気温度・圧力の変遷を示す 2)。日本

では、高強度耐熱鋼の材料技術をベースに、世界に

先駆けて 1990年代に USCプラントが実現している

(1993年、593℃)。現在、USC技術を積極的に取り

入れて発電効率向上が急速に進んでいるのは中国で

ある。USCプラントの蒸気温度の最高は 610℃まで

達している。

発電プラントはボイラ系とタービン系に大別さ

れ、ボイラ系は過熱器管に代表される小径薄肉熱交

換器管(ボイラチューブ)と、過熱蒸気をタービン

に輸送する主蒸気管や管寄せといった大径厚肉鋼管

(パイプ)から成る。プラント温度は、通常、主蒸

気管の蒸気温度を指し、これに比べてタービン入り

口温度は 20℃程度低く、過熱器管温度は 20℃程度

高い。ボイラチューブには、高温クリープ強度、耐

酸化性、耐高温腐食性、溶接性、加工性などが要求

され、高強度高耐食オーステナイト系耐熱鋼が主と

して用いられている。一方、大径厚肉鋼管やタービ

ンロータのような厚肉の大型構造物では、内外部の

温度差に起因する熱応力によるクリープ-疲労損傷

が深刻なため、フェライト系耐熱鋼が使われてきた。

フェライト系耐熱鋼は、オーステナイト系耐熱鋼に

比べて価格が低い上に、熱膨張が小さく熱伝導度が

大きいため熱応力を低減できる利点を有するが、ク

リープ強度が低い。また、Cr濃度が低いため耐酸

化性も低い。このため、フェライト系耐熱鋼の高温

クリープ強度向上及び耐酸化性向上は、プラント高

温化の鍵を握っており、フェライト系耐熱鋼の高温

化に関わる研究開発プロジェクトが世界的に進めら

れている 1)。

阿部 冨士雄 新構造材料センター、物質・材料研究機構

図 1 欧州、米国、中国、日本における石炭火力発電の蒸気条件の変遷

7.鉄系構造材料

(1)発電用鉄鋼材料の高温化

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第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向

2006年度物質材料研究アウトルック

図 3 ボイラ用フェライト系耐熱鋼開発の系譜

2.世界の研究動向

2.1 石炭火力発電用耐熱鋼、耐熱合金の開発プロ

ジェクト

図 2に、石炭火力発電用耐熱鋼、耐熱合金の開発

に関する国家的プロジェクトを示す 3)。日本では、

NIMSで 650℃級フェライト系耐熱鋼のプロジェク

トが 1997年から 2006年まで展開された。ヨーロッ

パでは COST(Co-operation in the field of Science and

Technology)と称して国レベルの共同研究形式で研

究開発が進められてきた。耐熱鋼開発は、COST

501(1983-1997年、600℃級 9-12Cr鋼)、COST 522

(1998-2003 年、625℃級 9-12Cr 鋼)、COST 536

(2004-2009年、650℃級 9-12Cr鋼)として段階的

に進められ、現在ではヨーロッパのほとんどの国が

参加している。韓国では 2003年から 620℃級、中

国では 2004年から 650℃級の高 Crフェライト系耐

熱鋼の研究開発が進められている。一方、オーステ

ナイト系耐熱鋼に関する国家プロジェクトは見あた

らない。ヨーロッパの THERMIE AD700は 700℃

級、米国の DOE Vision21は 760℃級の発電用材料

開発プロジェクトで、両者とも最高温部の候補材と

して Ni基超合金を考えている。

2.2 フェライト系耐熱鋼開発の系譜:合金成分設計

図 3に、ボイラ用フェライト系耐熱鋼開発の系譜

を示す 4)。耐熱鋼開発における高温強度の目標値は、

通常、使用温度の 10 万時間クリープ破断強度が

図 2 日本、米国、ヨーロッパにおける石炭火力発電用耐熱材料の開発プロジェクト

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第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第5章 環境・エネルギー材料

2006年度物質材料研究アウトルック

100MPaと設定されている。600℃以上の高温プラ

ントでは、耐酸化性の確保も重要なので高 Crの 9-

12Cr系鋼の適用が考えられている。実用 9-12Cr系

鋼の組織は、焼戻マルテンサイト組織あるいは(焼

戻マルテンサイト+δフェライト)2相組織である。

合金成分で共通するのは、低 Mo-高 W化と Co、

V、Nb、B添加によって高強度化が図られてきたこ

とである。9Cr系鋼では、9Cr-1Mo鋼(ASME T9、

JIS STBA 26)から始まって、V、Nbを添加した

9Cr-1MoVNb 鋼(ASME T91、JIS STBA 28)が

1980年代前半に米国オークリッジ国立研究所で開

発された。9Cr-1MoVNb鋼の出現によって 600℃ク

ラスの USCプラントが可能になった。日本では、

Mo を減じ W を高めた 9Cr-0.5Mo-1.8W-VNb 鋼

(ASME T92、JIS STBA 29)が 1990年代に開発され、

620~ 630℃級次世代プラント用として期待されて

いる。さらにWを 3%まで高めMoを無添加とした

NIMSの 9Cr-3W-3Co-VNb鋼(MARN、MARBN)

は 650℃級材料として研究開発途上にある。12Cr

系鋼では、12Cr鋼(AISI 410)から始まり、9Cr系

鋼と同様な進展をたどり 620 ~ 630℃級の 12Cr-

0.5Mo-2W-CuVNb鋼(ASME T122, JIS SUS 410J3TB)

が 1990年代に我が国で開発された。また、耐酸化

性向上の観点から Crを 12%に高め、さらに高強度

化を図った 12Cr-WCoNiVNb鋼(NF12)や 12Cr-

WCoVNb鋼(SAVE 12)も 650℃級材料として開発

途上にある。

材料開発の基礎となる、クリープ強化機構 5)、析

出反応のシミュレーション 6)、ニューラルネット

ワークモデルを用いた理論的合金設計 6)に関する研

究も着実に進展してきた。

2.3 ヨーロッパにおけるフェライト系耐熱鋼の

研究開発

表 1にヨーロッパの COST 501及び COST 522プ

ロジェクトで開発した耐熱鋼の化学成分を、図 4に

COST開発鋼の 650℃、98MPaにおけるクリープ破

断時間を□印で示す 7)。9Cr-1Mo-1W系の E鋼は

図 3の ASME T911で、クリープ破断強度は ASME

T91と T92の中間にある。ヨーロッパでも高強度

化のため Coや Bの添加が図られたが、日本と異な

り強化元素としてWよりMoを重視している。

(mass %)C Cr Mo W Co Ni V Nb N B

COST 501B 2 (Rotor B) 0.17 9.34 1.55 - - 0.12 0.27 0.064 0.015 0.010

FB 2 0.13 9.32 1.47 - 0.96 0.16 0.20 0.05 0.019 0.009E 0.12 10.20 1.06 0.81 - - 0.19 0.014 0.050 -

COST 522FN 2 0.13 10.20 0.54 - - 0.25 0.23 0.065 0.04 0.0047FN 3 0.13 10.20 0.47 - 1.98 0.24 0.22 0.062 0.04 0.0058FN 4 0.12 11.50 0.48 - 1.9 0.28 0.21 0.065 0.06 0.0049FN 5 0.11 11.2 0.26 2.63 2.66 0.40 0.22 0.065 0.027 0.010FB 6 0.13 11.2 1.45 - 2.93 0.15 0.22 0.08 0.016 0.009FB 8 0.17 11.1 1.46 - 2.94 0.20 0.21 0.07 0.023 0.010

表 1 欧州COST 501 及び COST 522 プロジェクト開発鋼の化学成分

図 4 COST プロジェクト開発鋼(□印のデータ)の 650℃、98MPa におけるクリープ破断時間。□印以外のデータは、日本で開発された耐熱鋼

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3.国内の研究動向

3.1 粒界近傍組織安定化によるフェライト系耐熱

鋼の長時間クリープ強度向上

最近の研究成果で特筆すべき点は、NIMSにおい

て、粒界近傍で組織回復が進行すると局所的にク

リープ変形が促進され早期に破断すること、および、

粒界近傍の強化組織を長時間まで維持できる材料設

計の指針がいくつか明確になったことである 1、8)。

図 2の 650℃級MARBN鋼は粒界に偏析し易いボロ

ンを積極的に活用し、MARN鋼は微細 MX窒化物

のみを粒界-粒内に均一分散して粒界近傍マルテ

ンサイト組織を長時間安定化させたものである 1)。

図 5に示すように、MARBN鋼、MARN鋼とも既存

の高強度フェライト系耐熱鋼 P92、T91、NF12、

SAVE12に比べてクリープ強度が高く、650℃級耐

熱鋼として期待される。この他、フェライト母相の

金属間化合物析出強化型 15Cr鋼 9)、極低炭素マル

エージ鋼を高温用に改良した金属間化合物析出強化

型合金 10)といった材料も提案されている。

タービン用鋼は、室温、中温での引張強度も重要

視されるので、ボイラ用鋼に比べて炭素濃度が高く、

また、焼戻温度を低くして熱処理後に残留する転位

密度を高くしている。これ以外は、ボイラ用鋼と同

様に低Mo-高W化と Co、V、Nb、B添加によっ

て高温化が図られてきた。650℃級 USCのタービン

入り口温度は、主蒸気管温度(650℃)より 20℃程

度低い 630℃程度となるが、630℃級タービンロー

タ用としては、MTR10A(10Cr-0.7Mo-1.8W-3Co-

VNbB)、HR1200(11Cr-2.6W-3Co-NiVNbB)、

TOS110(10Cr-0.7Mo- 1.8W-3Co-VNbB)が我が国の

民間企業で開発されている 11)。

3.2 フェライト系耐熱鋼溶接継手におけるType IV

破壊の抑制

溶接熱影響部(HAZ)の母材側で脆性的に破断す

る、いわゆる Type IV(タイプ 4)破壊によるク

リープ寿命低下は、高温化に向けて深刻な課題の一

つである。Type IV破壊は 9~ 12C鋼では 600℃以

上で顕著となり、クリープ寿命が鋼種によっては

1/5~ 1/10に低下する。Type IV破壊はフェライト

系耐熱鋼全てに生じると長い間考えられてきたが、

最近、前述した NIMS のボロン添加 9Cr 鋼では

Type IV破壊の原因となる細粒 HAZが生ぜず母材

と HAZで均一な組織となること、従って Type IV

破壊を抑制できることが示された 12)。それを既存鋼

の P92の結果と比較して図 6に示す。高ボロン-

低窒素の成分であれば細粒化しないことが明らかと

なり、高温化に明るい見通しが得られている。

3.3 フェライト系耐熱鋼の高温水蒸気中耐酸化性

向上

フェライト系耐熱鋼では 600℃以上でスケール成

長が特に顕著となる。スケールは、通常、厚みのほ

ぼ等しい外層と内層の 2層から成り、外層はマグネ

タイト(Fe3O4)主体、内層は Fe、Cr、Mo等を含

むスピネル型酸化物である。最近の研究成果で特筆

337

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向

2006年度物質材料研究アウトルック

60

80

100

101

102

103

104

105

9Cr-3W-3Co-VNb-0.05N-0.002C (MARN)

9Cr-3W-3Co-VNb-0.08C-0.008N-0.014B (MARBN)

P92 (9Cr-0.5Mo-1.8W-VNb)

T91 (9Cr-1Mo-VNb)

NF 12 (12Cr-2.6W-2.5Co-VNbN)

SAVE 12 (12Cr-3W-3Co-VNbTaNdN)

Time to rupture ( h )

200

Str

ess (

MP

a )

650oC

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9Cr-3W-3Co-VNb-0.05N-0.002C (MARN)

9Cr-3W-3Co-VNb-0.08C-0.008N-0.014B (MARBN)

P92 (9Cr-0.5Mo-1.8W-VNb)

T91 (9Cr-1Mo-VNb)

NF 12 (12Cr-2.6W-2.5Co-VNbN)

SAVE 12 (12Cr-3W-3Co-VNbTaNdN)

Time to rupture ( h )

200

Str

ess (

MP

a )

650oC

図 5 650℃における高強度フェライト系耐熱鋼のクリープ破断データ

9Cr-3W-3Co-VNb-B steel

Welded joint

50

60

70

80

90

100

102

103

104

650oC

130ppmB-9Cr steel base metal

130ppmB-9Cr steel welded joint

P92 Base (NIMS-CDS)

P92 Welded joint

Time to rupture ( h )

150

Str

ess (

MP

a )

9Cr-3W-3Co-VNb-B steel

Welded joint

50

60

70

80

90

100

102

103

104

650oC

130ppmB-9Cr steel base metal

130ppmB-9Cr steel welded joint

P92 Base (NIMS-CDS)

P92 Welded joint

Time to rupture ( h )

150

Str

ess (

MP

a )

図 6 130ppm ボロン-9Cr 鋼と既存鋼 P92 の溶接継手の650℃クリープ破断データ

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すべき点は、Crが 9-12%以下のフェライト鋼では

従来不可能と考えられていた Cr2O3保護皮膜生成が

9Cr鋼で示されたことである 13)。9Cr鋼を 0.3 ppm

の酸素を含む Ar中で 700℃、20h以上予備酸化し

た後、650℃の水蒸気中で酸化試験すると、予備酸

化中に非常に薄い Cr2O3リッチのスケールが生成

し、その後の水蒸気酸化試験中に保護皮膜として作

用するため、水蒸気中の耐酸化性が顕著に向上する。

これ以外にも、Crショットピーニングした後に大

気中予酸化処理するか、あるいは Pd添加によって

も、9Cr鋼に Cr2O3保護皮膜が生成することが示さ

れ、耐酸化性に関しても高温化に明るい見通しが得

られている。

3.4 オーステナイト系耐熱鋼のクリープ強度向上

ボイラ用オーステナイト系耐熱鋼は、18Cr-8Ni

系から 20Cr-25Ni系へ、さらに高 Cr-高 Ni化と W

等の添加により高性能化が図られ蒸気温度 700℃ま

で使用可能な段階に達している。最近は、オーステ

ナイト系耐熱鋼の高強度化、高温化は専ら我が国で

進められている。高強度高耐食オーステナイト鋼と

して我が国で開発された 23Cr-43Ni-6W 系鋼の

HR6Wは、700℃級の大径厚肉鋼管用としても注目

されている 14)。HR6Wの 700℃、10万時間クリープ

破断強度は約 90MPaと高いが、Ni基超合金 Alloy

617には及ばない。しかし、HR6Wは、長時間時効

脆化、溶接性、熱間加工性に関しては Alloy 617よ

りも大径厚肉鋼管に適している。HR6Wでは長時

間時効によりシャルピー衝撃値が低下するが、

700℃、10,000h時効後も 130 J/cm2程度有するので、

700℃での長時間使用に実用上問題ないとされてい

る。

4.今後の研究動向

従来のフェライト系耐熱鋼は主として炭窒化物に

よる強化を利用してきたが、650℃より高温では、

金属間化合物による強化が不可欠になる。これまで

も、W(Mo)含有量の高い 9~ 12Cr鋼中に析出す

る Fe2(Mo,W)ラーベス相や Fe7(Mo,W)6-μ相、Pd

を添加した 9Cr鋼中に析出する FePd-L10型規則相

が検討されている。今後は、650℃より高温で長時

間まで凝集粗大化し難い金属間化合物の探索や、粒

界-粒内にわたって均一微細に析出させる新たな熱

処理プロセスの研究が必要になる。

700℃級オーステナイト系耐熱鋼の HR6Wは、Cr

リッチのM23C6炭化物および Fe2Wラーベス相によ

る強化を利用しているが、700℃より高温になると、

新たな強化相の探索が必要になる。HR6W 組成

ベースで、高 Cr化によるα Crの析出強化や、Al、

Ti添加によるγ'の析出強化の研究が開始されてい

る 14)。また、Fe2Wラーベス相より高温相安定性に

優れる相の探索として、Fe2Nbラーベス相の金属組

織学的な研究が開始されている 15)。

5.まとめ

フェライト系耐熱鋼は 650℃を、オーステナイト

系耐熱鋼は 700℃をクリヤーするためのクリープ強

度、水蒸気中耐酸化性、溶接継手のクリープ強度、

加工性等に関して材料設計指針が概ね確立されつつ

ある。700℃以上の発電プラントでは、クリープ強

度面で最高温部は Ni基超合金を利用するが、安価

なフェライト系およびオーステナイト系耐熱鋼を出

来るだけ高温域まで使用することになる。従って、

耐熱鋼の高温化のための研究は今後ますます重要に

なる。

引用文献

1 )阿部冨士雄:ふぇらむ 11(2006)197.

2 )T.-U. Kern, K. Wieghardt and H. Kirchner: Proc. 4th Int.

Conf. on Advances in Materials Technology for Fossil

Power Plants, Hilton Head Island, SC, USA, 2004, p. 20.

3 )R. Blum and J. Hald: Proc. 7th Liege Conf. Materials for

Advanced Power Engineering 2002, Liege, Belgium,

2002, p. 1009.

4 )F. Masuyama: Proc. 4th Int. Conf. on Advances in

Materials Technology for Fossil Power Plants, Hilton

Head Island, SC, USA, 2004, p. 35.

5 )K. Maruyama, K. Sawada and J. Koike : ISIJ Int. 41(2001)

641.

6 )H. K. D. H. Bhadeshia : ISIJ Int. 41(2001)626.

7 )B. Scarlin, T.-U. Kern and M. Staubli : Proc. 4th Int.

Conf. on Advances in Materials Technology for Fossil

Power Plants, Hilton Head Island, SC, USA, 2004, p. 80.

8 )九島秀昭、木村一弘、阿部冨士雄:鉄と鋼 85(1999)

841.

9 )Y. Toda, M. Iijima, H. Kushima, K. Kimura and F. Abe:

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第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第5章 環境・エネルギー材料

2006年度物質材料研究アウトルック

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ISIJ Int. 45(2005)1747.

10)S. Muneki, H. Okada, H. Okubo, M. Igarashi and F. Abe:

Mater. Sci. Eng. A 406(2005)43.

11)角屋好邦:まてりあ 42(2003)276.

12)田淵正明、近藤雅之、本郷宏通、渡部 隆、殷 福

星、阿部冨士雄:材料 54(2005)162.

13)H. Kutsumi, H. Haruyama and F. Abe: Proc. 4th Int.

Conf. on Advances in Materials Technology for Fossil

Power Plants, Hilton Head Island, SC, USA, 2004, p.

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14)M. Igarashi, H. Semba and H. Okada: 第 8回超鉄鋼ワー

クショップ、つくば、2004、p. 194.

15)竹山雅夫:第 9回超鉄鋼ワークショップ、つくば、

2005、p. 102.

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第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向

2006年度物質材料研究アウトルック

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第5章 環境・エネルギー材料

2006年度物質材料研究アウトルック

1.はじめに

近年アジアでは、中国等を中心とした爆発的な経

済発展を背景にして、鉄鋼材料を用いた社会インフ

ラの建設が急激に進んでいる。しかし、アジア諸国

は、高温多湿な大気環境下にあり、また、海岸に近

い地域に都市が集中していることから社会インフラ

用鉄鋼材料の腐食劣化対策が急務となっている。ま

た、インフラの維持管理費用が膨大なことから、維

持費用を著しく削減することが可能な材料として耐

候性鋼が着目されている。耐候性鋼は、大気腐食環

境において防食的な鉄さび層を表面に形成して長期

耐久性を保障するものであり、鋼構造体の塗装塗り

替え費用の削減が可能である。このため、日本を中

心としてアジア各国では、高性能耐候性鋼と利用技

術の開発が活発となっている。

2.世界の研究動向

東アジアの鉄鋼研究は、近年、国家的プロジェク

トと位置付けられ推進されてきており、耐候性鋼の

研究もその重要課題として進められている。中国で

は、NG(New Generation)Steelプロジェクトが

西村 俊弥 新構造材料センター、物質・材料研究機構

1999年より 10年計画で開始し、多くの大学を含む

40機関により鉄鋼研究が推進されている。耐候性

鋼の研究では、超微細粒鋼と耐候性鋼とを組み合わ

せた超微細粒耐候性鋼の開発が中国鋼鉄研究総院

(CISRI)でなされている。また、青島海洋腐食研究

所(QMCI)は、中国全土に大気暴露試験場を多数

有しており、耐候性鋼を含む低合金鋼の長期大気腐

食挙動について検討している。また、中国科学院金

属研究所(IMR)では、古くより低合金鋼の大気腐

食試験を行っており、最近ではプロジェクトとして

耐候性鋼の開発に注力している。

韓国では、HIPERS21プロジェクトが 1998年よ

り 10年計画で行われており、海浜地域で使用可能

な高耐食性耐候性鋼の研究が行われている。現在、

プロジェクト第 2期に入り、暴露試験等による実用

化技術の構築に取り組んでいる。

3.国内の研究動向

日本工業規格(JIS)では、SMA(0.4% Cu-0.6%

Cr-Fe系)の耐候性鋼が規格化されており、全国の

3000橋程度に使用されており、図 1に示すように

全鋼橋に占める比率も急速に増加している。SMA

図 1 JIS 耐候性鋼橋梁の建設量

7.鉄系構造材料

(2)土木用鉄鋼材料の長寿命化 -高性能耐候性鋼と利用技術開発-

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は、海からの海塩が飛来する海浜地域では耐食性が

低いことが指摘され、1981年から 9年間に渡り建

設省土木研究所が中心となり全国 41の耐候性橋梁

について調査を行い、飛来塩分量が 0.05 mdd(mg

NaCl /dm2/day)までの内陸地域で SMAは使用可で

あるとの指針が示されている 1)。

最近、海浜地域における橋梁の建設が進み、また、

山間部でも凍結防止剤散布により、塩化物に対して

耐食性を示す耐候性鋼が必要となっている。これに

対応するために Niを添加して耐食性を高めた Ni添

加型耐候性鋼が鉄鋼各社より開発されている。Ni

添加型耐候性鋼は、Niを 1~ 3重量%含有し、さ

らに、Cu、Mo、Crを添加して耐食性を高めており、

市場での普及が急速に進んでいる。

Ni添加耐候性鋼の高耐食性は認知されたが、Ni

は希少金属であり資源循環社会に対応することを目

的として、Niを Siや Alで置き換えた次世代型耐候

性鋼が NIMSにおいて開発されている 2)。Siや Al

は地球資源的に豊富であり、鋼材のリサイクル性を

阻害せず、希少金属の国際価格変動に左右されない

利点を持つ。一般に、Si、Alは鋼材の低温靭性を劣

化させる元素であるため、多量の添加は難しいが、

本開発鋼では金属結晶を超微細化して靭性劣化を克

服することに成功しており、耐食材料として新しい

領域を切り開いている。

4.今後の研究動向

アジア各国では社会インフラの建設に伴って苛酷

な大気腐食環境における鉄鋼材料の使用限界を把握

することが急務となっている。また、耐候性鋼を中

心とした高性能耐食鋼の開発を進めており、実環境

における評価が必要な段階となっている。このよう

な背景から鉄鋼材料の暴露試験をアジア各国が共同

で行うことが計画されつつある。特に、大気腐食に

関して知見の高い日本が中心となり、最新の解析技

術を駆使して複雑な大気腐食現象の解明を行うこと

が要望されている。これらの活動により、鉄鋼材料

の耐食性に関してアジアで共通なデータベースを構

築し、国際標準化の基礎資料を得ることが可能であ

る。

5.まとめ

アジアにおける急速な経済発展を背景として、社

会インフラの腐食劣化対策を目的に大気腐食研究や

高性能耐食鋼の開発が盛んとなっており、今後、国

際学会や共同暴露試験等により交流が一層深まるこ

とが期待される。

引用文献

1 )無塗装耐候性鋼橋梁の設計・施工要領(改訂版).建

設省土木研究所ほか、1993.

2 )第 9回超鉄鋼ワークショップ概要集.物質・材料研

究機構、つくば、2005、p. 50.

341

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向

2006年度物質材料研究アウトルック

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342

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第5章 環境・エネルギー材料

2006年度物質材料研究アウトルック

1.はじめに

窒素は、鉄鋼材料の強度、耐食性などの向上に有

効な元素であり、従来より窒素を積極的に利用した

鋼種が開発・実用化されてきている。図 1に窒素を

含有する鋼種の窒素レベルの推移および鋼種の例を

示す。実線が一般的な鉄鋼の製造プロセスである大

気圧下での溶解にて製造されている窒素量のレベル

である。Mnと Crを多く含むMn-Cr系オーステナ

イト鋼では、古くから窒素を多量に含有する鋼種が

開発されてきている。例えば、現在でも自動車用排

気バルブ鋼として広く用いられている 0.4mass%窒

素を含む 21-4N(JIS SUH35)が 1950年より前に開

発され、その後もリテーナリングや石油掘削用ドリ

ルカラーをはじめとする非磁性鋼として多くの鋼種

の実用化が図られている。最近では Mn-Cr系オー

ステナイト鋼の窒素含有量は 0.7mass%程度まで上

がってきている 1)。SUS304に代表される Ni-Cr系

オーステナイト鋼でも 1970年代に米国で窒素を積

極的に利用した Nitronic系の鋼種が実用化されてか

ら、より高い窒素を含む鋼種が開発されてきており、

化学プラント用の高耐食材として用いられている

Avesta654SMO 2)、自動車の排気ガスケットに実用

片田 康行 材料創製支援ステーション、物質・材料研究機構

化されている DSN9 3)など 0.5mass% Nを含有する

鋼種もでてきている。Cr系マルテンサイト鋼では、

本質的に窒素溶解度の高い成分系が得られないこと

から、窒素の利用は 0.15mass%程度までと限定的

である。

一方、より多くの窒素を添加するための加圧溶解

法についても古くから検討されている。研究室規模

では 1960年頃から誘導炉やエレクトロスラグ溶解

炉(ESR)での研究が行われ 4)、これらの結果を

ベースとして 1980年代に欧州で量産規模の加圧型

ESRが開発された 5)。図 1の中で四角枠で囲んだ鋼

種がこれらの装置を用いて開発されたものであり、

Mn-Cr系オーステナイト鋼では 1mass%程度、Cr

系マルテンサイト鋼では 0.4mass%程度まで窒素を

含有する鋼種が実用化されてきている。

このように窒素の特性を生かし、窒素を積極的に

利用する鋼種開発は精力的に行われてきており、そ

の製造方法も多種多様にわたっている。本章ではこ

れらの窒素利用鋼の製造方法について概説する。

2.窒素利用鋼研究の現状と動向

鉄鋼材料への窒素の添加方法としては、溶融状態、

図 1 窒素を利用した鋼種の窒素量の推移と代表鋼

7.鉄系構造材料

(3)高窒素ステンレス鋼

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固体状態の 2種に大別される。固体状態での窒素添

加方法としては、高温の窒素ガス中に保持し、材料

表面から窒素原子を拡散させる固相窒素吸収法のほ

か、メカニカルアロイング(MA)法、粉末冶金法

などがある。以下、溶融法と固相法に分け、それぞ

れの特徴を述べる。

2.1 加圧式 ESR法

加圧 ESR(Pressurized Electro-Slag Remelting)と

して知られる技術と装置はオーストリアで考案され

長い年月をかけて研究されてきたが 4-6)、最終的に

はドイツで完成された 7)。PESRの特徴は、他の溶

解法と異なり、一次電極の化学成分と最終インゴッ

トのそれが異なっていることであり、PESRでは一

次電極の溶解時に窒素源としての窒化物あるいは

フェロ窒化物を添加して加圧条件下のフラックス中

で溶解され、最終インゴットの化学成分が決定され

る。

1988年にフランスの Lilleで開催された高窒素高

国際会議(HNS'88)において、Steinらは、イン

ゴット重量 20トン、インゴット直径~ 1000 mmの

新しい PESR溶解装置を開発し、大型溶解に関する

研究を開始したことを発表した 7)。この装置の最大

圧力は 4.2MPaで、溶解に必要な窒素源およびフ

ラックスは圧力平衡装置を持った圧力バウンダリー

を介し、るつぼ内に順次供給される。この装置を用

いて、発電機の回転子端を締め付けるためのリテー

ニングリング用材料として P900N(18%Cr-18%

Mn-Mo-N)が開発された。この素材の窒素量は、

0.75~ 1.07質量%で、70%の冷間加工を施した結

果、引張強度 1550MPa、0.2%耐力 1530MPaのもの

が得られている。この 20トンの PESRについては、

HNS'90の国際会議でさらに詳細な報告がなされて

いる 7)。窒素源として、金属系の窒化クロム、窒化

マンガン、フェロ窒化クロムの粉末が使用されてい

るが、これらは比較的窒素含有量が低く、また重量

が比較的重いためインゴット内で偏析を生じるので

ダブルメルトを行う必要がある。これに替わって窒

化シリコン Si3N4は、30%N、60%Siと窒素の含有

量が高く、偏析もないので欧州においては窒素源の

主流となっているが、インゴット内に比較的高い

Siが歩留まるという問題がある。

PESR法で得られたオーステナイト系ステンレス

鋼(HNS)については、高圧条件下での溶解のため

窒素の溶解度が上昇するので、Mnのような窒素の

溶解度を高めるための添加元素を用いる必要はな

く、従ってMn添加による耐食性の低下を避けるこ

とができること、スラグによる精錬効果と脱酸剤に

より清浄性に優れた素材となること等により、合金

高強度、高耐食、非磁性の特性を兼ね備えた素材と

なる。HNSは、化学成分から見る限りオーステナ

イト系ステンレス鋼の範疇になるが、以上のように

バルク材として極めて優れた特性を示す。このよう

に HNSはその特性から従来にはない新素材といっ

てもよいほどの素材ではあるが、実際の応用までに

は解決すべき課題も多い。

実用上最も重要な課題は、加工性・成形性の確保

であろう。例えば 1重量%を越える窒素を含有する

HNSの場合、窒素の固溶強化により溶体化処理処

理後でも 300以上のビッカース硬さを示す。さらに

この素材は加工硬化が著しく、実際には加工と溶体

化処理処理を繰り返しながら加工を進めていくこと

になる。さらに靭性や強度延性バランスの解決には、

加工熱処理等を用いた結晶粒微細粒化や微細析出物

による組織制御技術の確立が望まれる。

2.2 固相窒素吸収法による高窒素ステンレス鋼の

製造と特性

固相窒素吸収法とは、鋼材を 1000℃以上の高温

の窒素ガス中に保持することで材料表面から窒素原

子を固相内(オーステナイト相)に拡散させ、材料

表面近傍、または材料全体の高窒素化を図る一種の

化学熱処理法(chemical heat treatment)である。こ

の手法は、相変態点以下の温度で材料表面に窒化物

を析出させて表面を硬化(析出硬化)する、いわゆ

る「窒化(nitriding)」とは本質的に異なり、固溶さ

せた窒素原子による固溶強化をねらうのが目的であ

るため、窒化と区別して「窒素吸収処理(nitrogen

absorption treatment)」、「solution nitriding」、「high

temperature gas nitriding(HTGN)」といった表現が

用いられている。固相窒素吸収法は、窒素と親和力

の高いクロムを多量に含むステンレス鋼に対して、

通常の溶製法では添加が困難な高濃度の窒素をガス

雰囲気焼鈍のみで容易に添加できる特長を有するた

め、高窒素鋼の製造プロセスとして実用的にも有効

な手段である。実際にドイツの Bernsら 8-10)のグ

343

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向

2006年度物質材料研究アウトルック

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ループにより、工業レベルでの処理技術が確立され

ている。

2.3 メカニカルアロイング法による高窒素鋼の

研究

メカニカルアロイング(MA)は 1970年 INCO社

の Benjamin 11)が粒子分散型のスーパーアロイ粉末

の製造法として提唱し、その後粒子分散型合金だけ

でなくアモルファス材料や最近ではナノ結晶粒材料

の製造法の一つとして研究、開発 12-14)に用いられて

いる。

MA法により HNS研究を行っているグループは

世界でもそう多くない。アメリカの Rawers のグ

ループは窒素雰囲気で鉄粉のMA実験を行い、MA

処理中の窒素吸収と組織変化、加えて押出し、HIP

により固化成形した試料の窒素、組織について調べ

ている 15)。彼らは MA中に鉄中に窒素が吸収され

その量は MA時間に依存すること、格子間位置に

侵入すること、結晶粒微細化に非常に効果的である

こと、固化成形時の昇温後でも残存していること等

を報告している。

フランスの Foctのグループは磁性に注目し、MA

実験を行っている。彼らは窒化鉄(Fe4N および

Fe2N)と純鉄を MA処理すると窒素含有量は MA

処理中に変化せず仕込み量に応じた窒化鉄の単相に

なることを報告している 16)。

ロシアの Popovichらは鉄とチタンを窒素雰囲気

中で MA処理すると、窒素の含有量がミリング時

間と共に増加することと、鉄とチタン、鉄と窒素が

反応し鉄、鉄チタン(Fe2Ti)、窒化チタン(TiN)

の三相になることを報告している 17)。

姫路工業大学(現兵庫県立大学)の山崎らは鉄と

鉄クロム合金 18)、鉄とチタン 19)を窒素雰囲気で

MA処理すると、窒化が進行し非晶質もしくはナノ

結晶質ができることを示した。

産業技術短期大学のグループでは鉄窒素系の非晶

質化を調べるため純鉄と窒化鉄による MA実験を

行い、非晶質化に、窒素が効果的であること、窒素

との親和力の強い第三元素の添加が効果的であるこ

と、親和力が強すぎると窒化物を形成し単相になら

ないこと、ステンレス組成の場合でも窒素の振る舞

いは同様であることを示した 20、21)。

3.ニッケルフリー高窒素ステンレス鋼の開発研究

近年、医療分野では、ニッケルアレルギーの危険

性の観点から、ニッケルを窒素で完全に置き換えた

ニッケルフリーオーステナイト系ステンレス鋼(以

後 Ni フリーステンレス鋼)の開発研究が注目さ

れている。しかし Niフリーステンレス鋼の歴史は

実は非常に古く、1956年には既に Tisinaiら 22)に

よって窒素および炭素でオーステナイト組織を安定

化した Fe-Cr-C-N系ニッケルフリーオーステナイト

ステンレス鋼が製造されている。その際利用され

た製造手法が固相窒素吸収法であった。その後、

Schenckら 23)の Fe-X-N系合金に関する研究を経た

後、国内でも熱力学の研究を目的として盛ら 24)、

増本ら 25)、今井ら 26)、菊池ら 27、28)等の研究グルー

プがニッケルフリーステンレス鋼の窒素吸収挙動に

関する研究成果を数多く報告している。ただし、当

時はアレルギー問題というより、高価なニッケルを

使用しない安価なオーステナイト鋼の製造に興味が

寄せられていたのだと思われる。最近では塙ら 29-32)

により、Niフリーステンレス鋼の生体用への応用

が試みられている。しかしながら、固相窒素吸収法

で製造した Niフリーステンレス鋼は、結晶粒が粗

大であり脆性的な破壊を生じること、熱的安定性が

低く溶接や耐熱用としての使用が困難なこと、ひず

み・応力に対する安定度が不十分であり加工誘起マ

ルテンサイトを生じやすいこと等、解決すべき問題

を多く残している。今後の合金設計・組織制御指針

が重要である。

4.NIMSにおける高窒素ステンレス鋼研究

国内における PESRによる高窒素鋼の例として、

NIMSにおいて 1997年から開始された超鉄鋼プロ

ジェクト研究(STX-21)の一環として行われてき

た「耐海水性ステンレス鋼の開発」33-35)をあげるこ

とができる。この耐海水性ステンレス鋼の開発指針

としては、Cr、Ni、Moの合金元素を極端に増加さ

せることなく、かつ素材の高清浄化を図ることによ

り、スーパーステンレス鋼級の耐海水性省資源型ス

テンレス鋼を開発することである。窒素添加と素材

344

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第5章 環境・エネルギー材料

2006年度物質材料研究アウトルック

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の清浄化を同時に実現できる装置として、窒素ガス

加圧式 ESR(Electro-Slag Remelting)装置を国内で

初めて開発し、不純物混入の原因となるMnを添加

しない高窒素添加ステンレス鋼の試験溶製に成功し

た 33-35)。

高窒素鋼研究は欧州において先行しており、そこ

では素材の窒素溶解度を高め、コストの低減化を図

るために、ベース材として高Mn鋼(~ 20質量%)

を使用しているのが特徴である。しかしながら高

Mn鋼の採用は耐食性向上の阻害因子となることが

実験的に示されており、NIMSにおける高窒素鋼の

研究は、耐海水性高窒素ステンレス鋼の開発を目指

したものであるため、Mnフリーの高窒素鋼の開発

を目指している。これまで実海水環境下の暴露試験

において 2年以上にわたってすき間腐食を発生しな

いという高耐食性を確認している。日本における高

窒素鋼研究は、日本鉄鋼協会材料の組織と特性部会

に設立された「鋼の諸特性に及ぼす窒素の有効性」

研究会(H16-19年度、主査:片田康行、物質・材料

研究機構)で国内の産官学 30余機関により組織さ

れ、高窒素鋼の製造、各種特性発現機構の解明、接

合、表面改質およびニッケルフリー高窒素鋼の実用

化研究等に関する精力的な研究活動が行われてい

る。

引用文献

1 )池田、岩田、波多野、石坂: 日本製鋼所技報 46(1992)

67.

2 )B. Wallen, M. Liljas, P. Stenvall: Werkstoffe und

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3 )桂井、西山、濱野: Honda R&D Technical Review 15

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HNS88, J. Foct and A. Hendry(Eds.), Maney Publishing,

London, 1988, p. 32.

8 )H. Berns and A. Kühl: Wear. 246(2004)16.

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10)H. Berns: Proc. High Nitrogen Sreels 2004, GRIPS

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12)日本金属学会報 27(1988)799.

13)工業材料 44(1992)18.

14)金属 65(1995)999および 1111.

15)J. Rawers,D. Govier and D. Cook: ISIJ Int. 36(1996)

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16)J. Foct and R. S. de Figueired: ISIJ Int. 36(1996)962.

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Kuchma: J. Mater. Technol. 17(2001)1.

18)Y. Ogino, T. Yamasaki and K. Namba: ISIJ Int. 33(1993)

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19)T. Yamasaki, Y. Ogino, K. Fukuda, T. Atou and Y. Syono:

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20)H. Miura, K. Omuro and H. Ogawa: ISIJ Int. 36(1996)951.

21)H. Ogawa and H. Miura: Jpn.J.Appl.Phys. 41(2002)5311.

22)G. F. Tisinai, J. K. Stanley and C. H. Samans: Trans. Am.

Soc. Met. 48(1956). 356.

23)H. Schenck, M. G. Frohberg and F. R. Reinders: Stahl

und Eisen 83(1963)93.

24)盛利貞、新名恭三、一瀬英爾、諸岡 明:日本金属

学会誌 27(1963)49.

25)増本健、奈賀正明、今井勇之進:日本金属学会誌 34

(1970)195.

26)今井勇之進.鋼の物性と窒素.アグネ技術センター、

東京、1994、p. 31.

27)菊池実、田中良平:鉄と鋼 61(1975)2892.

28)菊池実、田中徹、西村隆宣、武田修一、田中良平:

鉄と鋼 63(1977)105.

29)M. Sumita, T. Hanawa and S. H. Teoh: Mater. Sci. Eng.

C 24(2004)753.

30)D. Kuroda, T. Hanawa, T. Hibaru, S. Kuroda, M.

Kobayashi and T. Kobayashi: Mater. Trans. 44(2003)

414.

31)D. Kuroda, T. Hanawa, T. Hibaru, S. Kuroda and M.

Kobayashi: Mater. Trans. 44(2003)1363.

32)D. Kuroda, T. Hanawa, T. Hibaru, S. Kuroda and M.

Kobayashi: Mater. Trans. 45(2004)112.

33)Y. Katada, M. Sagara, Y. Kobayashi and T. Kodama:

Mater. Manuf. Process. 19(2004)19.

34)片田康行、相良雅之:防錆管理 48(2004)329.

35)Y. Katada, N. Washizu and H. Baba: Proc. HNS 2004,

Ostend, Belgium, GRIPS media(2004)549.

345

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向

2006年度物質材料研究アウトルック

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346

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第5章 環境・エネルギー材料

2006年度物質材料研究アウトルック

1.はじめに

鋼の結晶粒超微細化に関係する国家プロジェクト

として、超鉄鋼プロジェクトは 2005年度で第 2期

を終了し、スーパーメタルプロジェクトⅡも 2006

年度で終了する。超微細粒研究は一つの節目を迎え

たと言えるが、この 10年間、大学の研究も含め、1

ミクロン以下の超微細フェライト粒を得るための

様々な新しい加工熱処理法が提案されてきた 1)。こ

れらは、オーステナイト相からのフェライト変態を

利用する方法「相変態」ルートと、フェライト相の

強加工によって変態を経ずに超微細フェライト粒を

得る「再結晶」ルートに大別される。相変態あるい

は再結晶は組織形成過程の特徴を表したものである

が、超微細粒組織形成のためにはひずみで 1ないし

2を超える大ひずみ加工が必要とされる。したがっ

て、新しい加工熱処理法を大ひずみ加工技術として

捉えることも一般的である。再結晶ルートの場合、

フェライト温度域で加工が行われるため、温間大ひ

ずみ加工と位置づけることができる。相変態ルート

の場合も、オーステナイト低温域大ひずみ加工とな

る。

一方、特に大きなひずみ導入する方法を特徴とす

る研究も盛んで、Severe plastic deformationと言わ

れる ECAP(Equal Channel Angular Pressing)、HPT

(High Pressure Torsion)、MM(Mechanical Milling)、

ARB(繰り返し重ね圧延)、高速ショットピーニン

グなどの方法が提案されてきた。これらは、温間温

度域、または室温で加工が行われる。加工条件を表

す物理量として、ひずみ以外に加工温度、ひずみ速

度があるが、温度補償ひずみ速度である Zener-

Hollomon parameterを用いることによって、加工時

の負荷を表すことが可能である。

Z=ε⋅ exp(Q / RT) (1)

ここで、ε⋅ はひずみ速度(s-1)、Rは気体定数、T

鳥塚 史郎 材料信頼性センター、物質・材料研究機構

は加工温度(K)である。Qは高温変形の見かけの

活性化エネルギー(J・mol-1)である。図 1に Z値

とひずみによる超微細粒創製技術の分類を示す。現

状の圧延技術は低 Z-低ひずみ加工であり、結晶

粒微細化プロセスは、従来鉄鋼圧延プロセルである

熱間温度域に比べ、低い温度で加工が行われるため、

Z値は大きくなり、高 Z-大ひずみ加工と定義でき

る。

2.世界の研究動向

2.1 Severe Plastic Deformation

ロシアの Valiev 2)らを中心に現在、精力的に研究

が進められているのが Severe Plastic Deformation

(SPD)法である。古くは、Lankford 3)らが伸線加工

の研究で SPD という言葉を用いたが、近年では

ECAP法、HPT法がその代表的プロセスである 4)。

どちらの方法も極めて大きなひずみを導入できる方

法で、アルミニウムの結晶粒微細化を中心に研究さ

れてきた。ECAPとは、断面形状が変わらない強ひ

ずみ加工プロセスで、アルミニウム合金、マグネシ

ウム合金、銅合金などの結晶粒径をサブミクロンレ

ベルに微細化し強度や延性などの力学特性を改善す

図 1 結晶粒超微細化法のひずみ-Zパラメーター図による分類

7.鉄系構造材料

(4)超微細粒鋼の技術展開

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る。規格の市販材料が適用可能で、高強度材や成形

性の高い金属材料の製造を目的としている。同じ断

面積を持って交差する 2つの導管の一方に試料を入

れ、圧力をかけ試料を押し通し、屈曲部で材料に強

いせん断変形を与える方法である。韓国の Shinら

は、微細フェライト+マルテンサイト組織の生成に

関する研究を報告している 5)。

HPT(High Pressure Torsion)法では試料の上下

方向から巨大な圧力を加え、上または下の金型を回

転させることにより、試料と金型の摩擦力を利用し

て試料をねじり、せん断ひずみを加えて結晶粒を微

細化する方法である 2)。ただし、ECAP法や HTP

法における鉄系材料に関する研究発表の件数は、非

鉄金属に比べ多いとはいえない。これは、変形抵抗

の高い材料を金型内部で塑性加工させる困難さなど

が原因と思われる。

今後の方向性は、Valievによればラボ研究の段階

から実用段階に至るには、連続 ECAPのようなプ

ロセスの開発が必要であるとしている 4)。Severe

plastic deformation研究に関しては、2005年 9月に

行われた Nano SPD3において、日本・海外の著名な

研究者が一同に介して、研究成果の発表を行った 6)。

2.2 加工熱処理(TMCP)

韓国、中国でも、日本の超微細鋼研究に追随し、

研究が盛んである。両者のプロセスの特徴は、変態

プロセスを利用した結晶粒の微細化である。SIDT

(Strain induced dynamic transformatin)、DIFT

(Deformation induced ferrite transformation)と命名

している。Choiは加工中に生じる動的フェライト

が微細に生成するとしている 7)。しかし、強加工+

相変態で生成するフェライトの大きさに関しては、

変態開始温度、オーステナイトの形態や大きさなど

支配因子が多様であり、今後の研究が必要な領域で

ある。

3.国内の研究動向

3.1 全体

結晶粒微細化に関係する大型プロジェクトとし

て、超鉄鋼プロジェクトは 2005年度で第 2期を終

了し、スーパーメタルプロジェクトⅡも 2006年度

で終了する。大学の研究も含め、この約 10年間の

研究は金属学に大きな進歩をもたらしたといえる。

2006年 3月に行われた鉄鋼協会第 151回春期講演

大会では、「動的再結晶の理解の深まりと工業的応

用」が討論会(座長 梅本教授、豊橋技術科学大学)

として行われたが、超微細粒研究の進展にともない、

その組織変化を記述する用語として動的連続再結晶

が多用されるようになってきた。京都大学の牧教授

は、動的再結晶と静的再結晶の定義、不連続再結晶

と連続再結晶の定義についてのべ、これらが混乱す

ると議論も混乱することを指摘し、関連研究者一堂

に会して、議論をスタートすることの重要性を論じ

た。ここでは、電気通信大学酒井教授、大阪大学辻

助教授、NIMS鳥塚がそれぞれの研究結果に基づき、

強加工による組織変化と動的再結晶の関連について

論じた 8-11)。

鉄鋼協会と金属学会の共同セッション「超微細粒

組織制御の基礎(世話人 飴山教授、立命館大学)」

が 2006年 3月の講演大会で行われ、第 4回目であ

るにもかかわらず 18件の発表が行われ、依然、超

微細粒の分野において活発な研究が行われているこ

とを示している 12)。

3.2 代表的超微細粒生成技術

(1)表面強加工法 梅本らは 13)、様々な表面強加工

法(ショットピーニング、ドリル加工、ボール

ミリング、落錘加工 等)により、炭素鋼表面

をナノ結晶化(結晶粒径 100 nm以下)してい

る。これらの加工法は、ひずみ量は 10以上で、

ひずみ速度も 10 s-1以上の高 Z条件での強ひず

み加工といえる。Fe-0.1C組成の場合、表面ナ

ノ層のビッカース硬さは 8GPaと極めて高硬度

で、焼入ままのマルテンサイトよりも硬いとい

う特徴を有している。

(2)繰り返し重ね圧延法(ARB法)大阪大学の斉

藤、辻らによって開発された方法で、50%圧延

された材料を長手方向に 2等分し、重ね合わせ

てもとの板厚にして、再び圧延を繰り返す方法

である。板表面の脱脂やワイヤーブラッシング

が必要であり、接合圧延と考えることもできる。

圧延を 5回繰り返すとほぼ 4のひずみが導入で

き、全面が微細粒からなる組織が得られる。最

小 0.2 µmの結晶粒径が得られている。鉄だけ

でなく非鉄にも有効な微細粒材料創製方法であ

347

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向

2006年度物質材料研究アウトルック

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る 14、15)。

(3)ECAP法 九州大学の堀田らは、Alを中心とし

て、Cu、Fe、Mgなどのナノ組織化について、

精力的な研究を続けている。その内容は、2005

年 9月に福岡で行われた国際会議 Nano SPD3

に詳しく報告されている 6、16)。

(4)他、九州大学の高木らの Mechanical milling

法 17)や電気通信大学の酒井らの多軸鍛造 18)が

ある。

3.3 スーパーメタルプロジェクト第 2期

環境調和型超微細粒鋼創製基盤技術の開発

(PROTEUS)プロジェクト」(2002~ 2006年度)

では、結晶粒径 1ミクロンの熱延鋼板の工業的製造

プロセス基盤研究および接合部の結晶粒径の粗大化

を抑制する革新的接合技術の研究開発が行われてい

る。本プロジェクトは圧延および塑性加工の研究者

を中心として、1ミクロン以下の微細粒鋼を製造す

るプロセス技術が研究されている。江藤らの研究で

は、安定オーステナイト域で、短パス間時間圧延+

急速冷却をおこなうことによって 1.5ミクロン程度

のフェライトが薄板において得られている 19)。

3.4 NIMSの現状

超微細粒化技術研究として、(1)微細フェライト

組織創製や力学的性質に関する研究、(2)バルク材

製造技術開発、(3)部材への適用・技術移転に関し

て、それぞれ基礎研究を展開してきた。その結果、

プロセス設計の指針として、等軸微細粒生成に必要

な加工条件と粒径の関係の定量化を行った。その結

果、この指針をもとにプロセス設計が可能となり、

温間多パス溝ロール圧延技術を開発し、棒鋼や板材

のようなバルク材の製造へとつながった。さらに、

部材への適用・技術移転を通じて、ものづくりリン

クを形成し、いくつかの実用化が見えつつある 20)。

(1)微細フェライト組織創製

高 Z-大ひずみ加工による組織変化を Z値

およびひずみ εで表し、等軸微細粒生成に必要

な加工条件を明らかにするとともに、再結晶粒

径は、単純に Zの関数で表されることを明ら

かにした。図 2に示すように、全面が再結晶す

る条件は以下で表すことができる 21)。

ε 99%=0.15Z 0.1 (2)

一方、フェライト粒の大きさはひずみには影

響されずに、加工温度およびひずみ速度に影響

されることがわかった。粒径 dと Z値の間に

は次の関係があった(図 2)22)。

d(µm)=102.07 Z -0.16 (3)

以上の結果は、圧縮ひずみを対象としたもの

であるが、せん断ひずみは、微細粒生成に必要

なひずみを低下させることも明らかにした 23)。

(2)温間多パス溝ロール圧延

上述の基礎研究結果をもとにを温間多パス溝

ロール圧延を確立し、超微細粒バルク材の製造

が可能となった。(1)多パス圧延においても、1

パス圧縮加工と同様の過程をへて、超微細フェ

ライト粒組織が形成される。(2)結晶粒径は多

パス圧延でも Z因子で決まる。(3)1パスの圧

下率が 8-20%でも微細粒の生成に必要な累積

ひずみが得られることを明らかにした 24、25)。西

村ら 26)は高 Al、Siの成分を特徴とした耐候性

鋼を開発している。鳥塚 27、28)、花村ら 29)は延

性・靭性について、古谷ら 30)は疲労特性に関

する報告を行っている。

348

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第5章 環境・エネルギー材料

2006年度物質材料研究アウトルック

図 2 超微細粒組織形成のためのプロセス条件を与える”ひずみ-Zパラメータ-組織・粒径マップ”

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(3)独法成果活用プロジェクト

超鉄鋼プロジェクト第一期研究で得られた成

果の中で、社会に役に立ちそうな技術・知見は

第二期終了年度を待たずに、段階的に速やかに

技術移転を行うべきという要請があった。「使

われてこそ材料」をモットーに、超鉄鋼研究セ

ンターでは商品化研究チームを発足させ、超鉄

鋼の実用化のための民間との共同開発に取り組

んだ。ターゲットとして高強度精密部品の分野

を選定した。超鉄鋼線材(大阪精工株式会社)、

超鉄鋼ねじ((株)降矢技研)、超鉄鋼シャフト

(諏訪地区 STX-21 共同研究会)など高強度

精密部品の低環境負荷製造に取り組んできた

(図 3)。我々はこのような研究開発体制を「も

のづくりリンク」とよび技術移転と新たなシー

ズ発掘を行っている 20)。

4.今後の研究動向

基礎研究面では、強加工によって生じる微細組織

の生成過程について、より深い理解をすることが求

められる。一方、単に組織が超微細になり、強度が

上がったというだけでは、工業的付加価値は十分と

は言えない。微細粒ならではの特徴ある力学的性質

の探求と製造プロセス開発が今後の重要課題である

と思われる。

5.まとめ

結晶粒微細化に関係する大型プロジェクトとし

て、超鉄鋼プロジェクトは 2005年度で第 2期を終

了し、スーパーメタルプロジェクトⅡも 2006年度

で終了する。一つの節目を迎えたと言える。大学の

研究も含め、この約 10年間の研究は金属学に大き

な進歩をもたらしたといえる。今後は、特徴ある力

学的性質の探求や製造プロセス開発などが求められ

ていくであろう。

引用文献

1 )牧正志:第 177・ 178回西山記念技術講座、日本鉄

鋼協会、東京、2002.

2 )R. Valief: Nature Mater. 3(2004)513.

3 )G. Langford amd M. Cohen: Transaction of ASM 62

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9 )酒井拓: CAMP-ISIJ 19(2006)414.

10)辻伸泰: CAMP-ISIJ 19(2006)418.

11)鳥塚史郎: CAMP-ISIJ 19(2006)422.

12)藤原弘、赤田亮太、吉田勇樹、野呂淳史、飴山恵:

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13)M. Umemoto, Y. Todaka, J. Li and K. Tsuchiya: Mater.

Sci. Forum 503-504(2006)11.

14)紙川尚也、辻伸泰、齋藤好弘:鉄と鋼 89(2003)63.

15)N. Tsuji, S. Okuno, Y. Koizumi and Y. Minamino: Mater.

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16)Z. Horita et. al.: Mater. Sci. Forum 503-504(2006)19.

17)S. Takaki, K. Kawasaki and Y. Kimura: J. Mater.

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19)江藤学、福島傑浩、佐々木保、脇田昌幸、河野佳織、

芝原隆: CAMP-ISIJ 18(2005)378.

20)鳥塚史郎:まてりあ 45(2006)438.

21)S. V. S. Narayana Murty, S. Torizuka, K. Nagai, N.

Koseki and Y. Kogo: Scr. Mater. 52(2005)713.

22)大森章夫、鳥塚史郎、長井寿、山田賢嗣、向後保雄:

鉄と鋼 88(2002)857.

23)井上忠信、鳥塚史郎、長井寿 : Mater. Sci. Technol. 18

(2002)1007.

24)大森章夫、鳥塚史郎、長井寿、小関尚史、向後保雄:

鉄と鋼 89(2003)781.

25)鳥塚史郎: ふぇらむ 10(2005)188.

349

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向

2006年度物質材料研究アウトルック

図 3 結晶粒超微細化研究の技術移転成果

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26)西村俊弥:第 9 回超鉄鋼ワークショップ概要集、

2005、p. 50.

27)S. Torizuka, A. Ohmori, S. V. S. N. Murty and K. Nagai:

Scr. Mater. 54(2006)563.

28)A. Ohmori, S. Torizuka and K. Nagai: ISIJ Int. 44(2004)

1063.

29)M. Zhao, T. Hanamura, H. Qiu, K. Nagai and K. Yang:

Scr. Mater. 54(2006)1385.

30)古谷佳之、松岡三郎、島倉俊輔、花村年裕、鳥塚史

郎 : 鉄と鋼 92(2006)46.

350

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第5章 環境・エネルギー材料

2006年度物質材料研究アウトルック

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第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向

2006年度物質材料研究アウトルック

1.はじめに

遅れ破壊は水素脆性の一種で、代表的なものとし

て橋桁をつなぐボルトや自動車部品を固定するボル

トが使用開始後数日から数年後に突然脆性的に破壊

する現象があげられる。腐食環境におかれた部材の

腐食によって発生した 0.1重量 ppm(以下、重量

ppmは単に ppmと記す。)程度の極微量の水素の侵

入が原因となって破壊が起こる。遅れ破壊は時間遅

れ破壊の略称である。

水素脆性の研究が今また鉄鋼材料の最も重要な研

究開発課題として脚光を浴びているのは、水素脆化

特性に優れた高強度鋼の開発が、①次世代の画期的

な鋼製建築物や②地球環境改善に寄与する自動車の

軽量化などの実現の鍵を握っているためである。

平成 16 年に開始された府省連携プロジェクト

「新構造システム建築物」1)では、従来の鋼板の 2倍

以上の強度の 1,000 MPa鋼板を溶接せずオール機械

接合で組み立てる新鋼製建築物の開発が目標とされ

ている。阪神大震災における鋼製建築物の破壊の大

半が溶接部を起点にしていたこと、今後熟練溶接工

が不足する中で現場施工された溶接部の健全性を保

高橋 稔彦、秋山 英二、木村 勇次、津h 兼彰 新構造材料センター、物質・材料研究機構

証することは益々難しくなるという背景と、資源の

節約・再利用という思いのもとに生まれた構想で、

「溶接レスによる安全性の向上」、「使用鋼材量の半

減」、「易解体性・部材のリユース」などの同時達成

が目指されている。この構想の実現の成否を握るの

は、オール機械接合を可能にする鋼板強度の 2倍の

2,000 MPaの強度を有するボルトの開発である。

図 1に示した自動車重量と燃費の関係 2)から明ら

かなように、ガソリン車、ハイブリッド車のいずれ

にも軽量化は燃費向上の有力な手段である。このた

め、従来から千数百 MPa以上の強度を使用するエ

ンジン・駆動系部品の一層の高強度化に止まらず、

車体を支える足回り、骨格部品も 1,000 MPa以上の

強度を指向するようになっている。

図 2は鋼の強度と遅れ破壊発生の関係 3)である

が、強度が 1,000 MPaを超えると遅れ破壊の発生が

危惧されることが分かる。自動車部品では、ばねや

軸受けなどのように張力が作用しない部品において

も、疲労寿命が水素によって低下することが最近明

らかにされ、水素脆化抑制技術の開発は自動車軽量

化のための最重要課題となっている。

本稿では、遅れ破壊特性に優れた高強度部品開発

図 1 ガソリン車の重量と燃費の関係

7.鉄系構造材料

(5)耐水素脆化特性に優れた高強度鋼-超高力ボルトなどの部品への適用-

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の象徴となっている高強度ボルトに焦点をあて、研

究・開発の現状と今後の動向を展望する。

1,100 MPa程度であったボルト強度は 1,600 MPa

にまで上り、2,000 MPaへの途上にある。一方で、

高強度部品の使用が本格的に視野に入ってきたため

に「安全性を保証できる評価法」の開発が必須の課

題となったが、その実現は道半ばである。また、最

近の基礎研究の特徴として、①ようやく実験室で再

現した遅れ破壊現象の理解から進んで「自然現象と

しての遅れ破壊」を理解することが必須不可欠であ

るとの認識が高まってきていること、②水素の存在

状態の解析技術、高強度鋼の基本金属組織のマルテ

ンサイトの組織・力学特性解析技術、計算科学など

の利用によって遅れ破壊特性を定量的に検討するこ

とが可能になり、研究が新たな段階へ飛躍しつつあ

ることがあげられる。

2.研究動向

高力ボルトは建築分野では、1960 年代に 13T

(上限強度 1,500 MPa)まで JIS化されたがその後相

次いで遅れ破壊が発生し、1979年には実質的には

10T(同 1,200 MPa)まで後退した 4)。一方、自動

車用のボルトでは、1981年にアメリカの GM社で

足回り部品を固定するために使用された 1,200 MPa

超のボルトに遅れ破壊が発生し、640万台の車がリ

コールされるという事件が起きた 5)。このボルトは

遅れ破壊特性も評価されたが当時の評価法では遅れ

破壊発生の心配はないとされていた点に問題の深刻

さがあった。しかし、ちょうどこの頃から自動車の

燃費改善その手段としての部品軽量化の要請が高ま

り、象徴部品としての高強度ボルト開発が本格化し

た。

1990年代前半には 1,300 MPa級、2000年頃には

1,500 MPa級そして最近では 1,600 MPa級のボルト

が開発され、実用化されるまでに至っている。しか

し、「この方法で評価し、この基準を満たせば遅れ

破壊は発生しない」と保証できる方法がいまだに確

立されていないために、不安を抱えながら使用して

いるのが実態である。自動車メーカーによっては非

常に強いニーズを持ちながらも使用に踏み切れない

でいるのもこのためである。材料強度には引張試験

という世界共通の方法があり、構造物は引張試験に

よって求めた強度を用いて設計される。遅れ破壊に

はこれに相当する評価法がない。従って、現状では、

開発技術はこういう評価法のもとで開発されたもの

であると注釈付きでみなければならい。

2.1 遅れ破壊特性評価法開発の動向

最初に登場したのは、腐食、水素発生・侵入、破

壊の遅れ破壊過程を人工的に再現・促進する方法

(酸液浸漬法)で、1980年に提案された JIS原案法 4)

がその代表である。試験片に荷重をかけた状態で

pH2の塩酸という強い腐食液に浸漬放置して遅れ破

壊を発生させ、遅れ破壊発生の限界応力を求める方

法である。しかし、この評価指標の優劣と実際の遅

れ破壊発生傾向が逆転するという現象がいくつか明

らかになり JIS化されなかった。

1990年代に入り、遅れ破壊の原因である水素量

そのものを基準にとる評価法の開発を目指す研究が

開始された。背景に微量水素の高精度分析技術の著

しい進歩がある。1990年代の中頃には、「遅れ破壊

が発生する限界の水素量」と「使用される環境から

侵入してくる水素量」の大小によって遅れ破壊特性

を評価する方法(水素量法)が提案された 6、7)。こ

の評価法の妥当性が大量の暴露試験によって検証さ

れ、指標と実環境における遅れ破壊発生傾向の間に

良い対応関係があることが確認された(図 3)6)。こ

れより、評価は優劣を正しく判定できる段階までに

到達した。

352

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第5章 環境・エネルギー材料

2006年度物質材料研究アウトルック

図 2 強度と遅れ破壊発生の関係

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第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向

2006年度物質材料研究アウトルック

2000年代に入って、高強度部品の使用が本格化

するに伴い、評価法の研究は相対的な優劣ではなく、

使用可否を判定できる評価法を目指す段階へ進ん

だ。現在、水素量法をベースに、評価指標とその指

標の取得法の開発に向けて精力的に研究が進められ

ている。

2.2 高強度ボルト開発の動向

遅れ破壊特性の向上に関して明確な指導原理は今

に至るもない。そういう状況で、遅れ破壊特性向上

技術の開発は、遅れ破壊は、①部品が腐食しそのこ

とによって発生した水素が部品中に侵入し、②高強

度部品の基本金属組織であるマルテンサイトの粒界

に拡散集積し、③水素が限界量を超えると粒界に亀

裂が発生する、というプロセスで起こるという仮定

に基づいて進められている。

最初に粒界の破壊抵抗力を上げたボルトが開発さ

れた。下部ベイナイト組織が遅れ破壊に強いという

知見に注目して、1,300 MPaという高い強度を持ち

かつ粒界上の鉄炭化物の占積率が少ない材料が

Mo、Cr添加+高温焼戻しという方法で実現され、

1990年頃自動車用に実用化された。評価は、締め

付けたボルトを酸液に浸漬し遅れ破壊発生率を従来

ボルトと比較するという方法(1種の酸液浸漬法)

によって行われた 8)。

1990年代中頃に、バナジウム炭化物(VC)が大

量の水素を可逆的にトラップし、侵入水素の粒界へ

の集積を抑制する機能を持つことが発見された 9)。

VCは高温焼戻しという条件下で析出硬化によって

強度を増加させる機能を持っており、この両者の機

能を利用して 1,500 MPa材料が開発され、1990年

代末には建築ボルトとして実用化された 9)。遅れ破

壊特性は水素量法によって評価された。実環境下の

ボルトにおける VCの機能についてはまだ不明な点

が多いが、水素トラップ物質の利用は遅れ破壊特性

向上技術の大きなブレークスルーであり、機能の解

明が待たれる。

2003 年には、マルテンサイト組織を用いる従

来のボルトとは全く異なるピアノ線組織を持つ

1,600 MPaのボルトが開発され、自動車分野で実用

化された 10)。ピアノ線が遅れ破壊特性に優れている

ことは良く知られていたがボルトに成形する方法が

なかった。ピアノ線から直接ボルトを作るのではな

く、ボルトの成形工程でピアノ線組織を作る新製法

が開発され新しいボルトが生まれた。評価法は不明

である。大きなブレークスルーであるが、更なる高

強度化、ボルト以外の部品への展開には製法上の制

約があるように思われる。

表 1にまとめたように、ボルトの強度はようやく

1,600 MPaまで実用化されたが 2,000 MPaへの道の

りはまだ遠い。粒界炭化物の低減、水素トラップ物

質の利用に加え、新たな視点に立った研究が必要で

あると考えられる。

2.3 開発技術を理論的に意味づけし、新たな飛躍

の基盤を作る基礎研究の動向

水素脆化研究の最近の著しい進歩は、水素の存在

状態の解析技術と、高強度鋼の基本金属組織である

マルテンサイトの組織、力学特性解析技術の開発に

支えられている。

1990 年代に入って、水素量を 0.01ppm のオー

ダーで存在状態別に測定する技術として質量分析器

などを用いる「昇温脱離水素分析法」が開発され、

遅れ破壊特性と水素量の関係を定量的に解析するこ

図 3 遅れ破壊特性評価指標と暴露試験における遅れ破壊発生率の関係(縦軸:遅れ破壊評価指標、上へ行くほど特性良、横軸:暴露試験における遅れ破壊発生率)

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第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第5章 環境・エネルギー材料

2006年度物質材料研究アウトルック

とが可能になった 11)。先述の水素量を基準にとる評

価法もこれによって実現された。また、1980年代

に入ると水素を視る技術の研究が始まり 1990年代

に本格化した。鋼材中の元素で唯一視ることができ

なかった水素を視ようとする待望久しい試みであ

る。SIMS利用法 12)、銀デコレーション法 13)などが

開発されてきている。

一方、マルテンサイト組織の解析技術では、原子

間力顕微鏡を用いる微視組織解析技術 14)と、同じ

く原子間力顕微鏡を応用して結晶粒 1個の硬さを測

るナノ硬さ試験法 15)が 2000年頃に開発された。こ

れらの新ツールを用いる解析から、マルテンサイト

組織の新たな強度発現機構が提案され、粒界組織と

粒界強度の関係の解明が進むなど、遅れ破壊特性と

金属組織の関係を定量的に検討できる基盤が整って

きた。水素脆化機構の計算科学による解析も始まり、

新しい脆化モデルも提案されている 16)。材料開発へ

の展開が待たれる。

2.4 遅れ破壊研究体制の動向

遅れ破壊研究は、鉄鋼材料研究の中でも最も頻繁

に産学官の共同研究、プロジェクトが組まれてきた

課題である。1970年代の鉄鋼協会、鋼構造協会の

共同研究に始まり、この 10年ほどの間でも現在進

行中のものを含めて超鉄鋼プロジェクト、NIMS-建

築研-鉄鋼連盟共研、府省連携プロジェクト、鉄鋼

協会共研、ばね研共研などが行われた。水素脆化研

究の重要性が雄弁に物語られている。最近の共同研

究の特徴として、基礎研究も明確な目的・出口を

持って課題設定されていることがあげられる。

2.5 海外の研究動向

この分野の研究は我が国がはるかに先行している

が、中国において超鉄鋼研究と時を同じくして開始

された鉄鋼材料プロジェクトで超高力ボルトの開発

進められている 17)。一方、欧米では遅れ破壊特性に

優れた高強度鋼の開発を目指す動きはないが、基礎

研究分野では遅れ破壊の発生機構 18)、水素トラップ

機構 19)などに関する研究が行われている。

3.NIMSにおける研究の動向

NIMSでは 1997年に開始された超鉄鋼プロジェ

クトを契機に高強度鋼の遅れ破壊研究が始まり、現

在も評価法の開発、高強度鋼創製のシーズ開発・指

導原理確立、新解析手法の開発・利用の 3領域で研

究が進められている。評価法の開発では、限界水素

量の新たな指標としてワイブル応力・水素量を提案

し 20)、また使用環境から侵入する水素量を定量的に

解析する新たな方法論を提案するなど、「使用可否

判定可能な評価法の開発」を実務で推進すると共に

関連の共同研究を牽引している。さらに、これから

の焦点である「自然現象としての遅れ破壊」を理解

するための研究も新しいアイディアを提案しつつ共

研を主導中である。高強度鋼開発では、粒界の破壊

抵抗力と水素トラップ物質の利用の極限を追求して

1,800 MPa鋼の方案を得 21)、その工業的な実現、そ

の利用による新橋梁構造の提案を目指す共研、等を

推進中である。2,000 MPaを目指した研究にも着手

している。新解析手法の開発では、先述のマルテン

サイトの組織・力学特性解析技術を開発した。現在、

これらの技術を駆使して高強度鋼の遅れ破壊特性向

上の指導原理の開発を進めている。計算科学による

新水素脆化モデルも NIMSから発信された。この他、

NIMSの水素脆化に関する研究は、水素エネルギー

関連機器の信頼性に関わるいくつかの共同研究にも

参加している。

組 成 % 年

強度

MPa C Mn Cr Mo V B

焼戻し温度℃ 評価法

1980 1100 0.2 0.9 0.15 ― ― 添加 400 酸液浸漬

1990 1300 0.35 0.35 1.25 0.4 ― ― 500 酸液浸漬1998 1500 0.4 0.5 1.2 0.6 0.35 ― 600 水素量

2003 1600* 0.8 0.8 0.2 ― ― ― ― 不明

*ピアノ線型、他はマルテンサイト型

表 1 高強度ボルトの実用化推移

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4.今後の動向

遅れ破壊特性に優れた 2,000 MPa鋼の開発から歩

を進め、「使用可能な 2,000 MPaボルト・部品を開

発する」という観点で、特に重要なこととして 3点

をあげたい。

使用可否判定可能な評価法の開発がまず必要であ

る。このためには、実環境で生じる遅れ破壊の発生

挙動の解明、遅れ破壊発生数と連動させた水素量、

環境条件の経時変化などの基盤データの収集がいま

最も望まれる。遅れ破壊の特徴として、最近の暴露

試験でも使用開始後 6年を経て初めて発生した鋼種

の例があるように極めて長い時間がかかり、また暴

露サイトで発生挙動に大きな違いがあり、さらに発

生挙動にばらつきが伴い統計的な解析が必要である

こと、等が挙げられる。大量の暴露試験を内外で長

期間にわたって推進し、収集された情報を解析して

発信するために、これを主管するナショナルセン

ターの設置が望まれる。

2点目として 2,000 MPaボルト実現の鍵は成形法

のブレークスルーにあることを指摘したい。材料

シーズ開発は遅れ破壊抑制の 3原則に立って研究を

進める以外に妙案はないと思われる。水素侵入抑制

法の研究にも期待する。この強度になると、単純形

状の素材ではなく、「複雑な形状をした部品」に所

用の特性を持たせることの難しさがシーズの発掘と

実用化を阻む。今の成形法を前提にすれば自ずから

シーズ研究の検討範囲が限られる。成形法のブレー

クスルーが革新的なシーズの発掘と実用化に道を拓

くであろう。鋼板を使う部品の成形法として、ハイ

ドロフォームやホットプレスが開発されたことが、

鋼板使用部品の高強度化の本格的な展開に道を拓き

つつある。ボルトの分野でもその実現を願う。

3点目は解析手法の開発である。ここでは水素の

可視化技術の開発が切望される。現状では、空間分

解能、水素量の定量性などまだ十分なものではない。

水素脆化研究の新たな飛躍のためには必須の技術で

あり、研究の進展が期待される。

最後に今後材料開発を進める上で益々重要性が増

すこととして、地球環境あるいは安全性問題の解決

も資源問題への配慮を欠いた解では長続きしないで

あろうことをあげたい。すなわち、Mo、Crあるい

は Vのような稀少資源に頼る技術ではなく、炭素

鋼の領域で遅れ破壊特性にすぐれた部品を作る技術

を開発することが必要になる。すでに幾つかの端緒

的な取り組みにみられるように新しい創形・創質複

合技術の開発がブレークスルーの鍵を握っていると

考えられる 22)。

引用文献

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開発基本計画」、経済産業省ホームページ.

2 )「自動車燃費一覧について」、国土交通省ホームページ.

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17)H. Dong, X. Sun, Q. Liu and W. Hui: Proc. 2th Japan-

China Workshop on Automobile Materials for

Environment and Safety, 2004, p. 17.

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19)D. Li, R. P. Gangloff and J. R. Scully: Metal. Mater.

Trans. A 35A(2004)849.

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属学会誌 12(2001)1073.

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China, 2001, p. 239.

355

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向

2006年度物質材料研究アウトルック

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第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第5章 環境・エネルギー材料

2006年度物質材料研究アウトルック

1.はじめに

疲労強度は溶接構造物の強度と安全性を確保する

上で重要である。特に溶接継手部の疲労強度は、母

材のそれと比較して著しく低く、かつ母材強度に依

存せず、ほぼ一定の低い値である。溶接構造物の高

強度鋼活用設計においては、その低疲労強度が最大

のネックとなっている。この低疲労強度は隅肉溶接

部など継手形式に伴う応力集中に強く影響を受ける

ことになる。溶接時の局所的な加熱、冷却による溶

接部での膨張、収縮の結果発生する引張残留応力が、

大きな原因である。

現状においては溶接時に、引張残留応力の発生は

避けられない。残留応力低減のため溶接終了後に後

熱(応力除去焼鈍など)や表面圧縮応力付与のピー

ニング(機械的ピーニングやレーザピーニングなど)

が行われ、疲労強度改善が図られている。

そこで、もし冷却時に溶接金属の収縮を抑える

(制御する)ことができれば、溶接部での引張残留

応力を低減することができる。一般に鉄鋼材料は冷

却時には収縮するが、fccから bccへ相変態をする

ときに冷却中であっても膨張する(図 1参照)。こ

の相変態膨張が残留応力低減に及ぼす影響について

平岡 和雄、中村 照美 新構造材料センター、物質・材料研究機構

検討したのが、佐藤ら 1)で、高張力鋼の両端固定棒

による残留応力低減化実験において、その効果が示

されている。応力低減のポイントに①変態前γの降

伏応力が低い、②変態時の膨張歪が大きい、③変態

温度が低いことがあげられた。

その後、田村ら 2)は、鋳鉄の相変態を低温域で行

わせると、変態点における超塑性現象により、応力

が著しく緩和されることを示し、変態超塑性現象が

溶接割れ 2)や溶接変形 3)の抑制に有効であることも

示している。変態膨張とは異なる変態超塑性現象に

関しては、多くの議論があり、応力緩和に及ぼす超

塑性現象 4-7)については、十分に理解されているわ

けではない。

さらに、村田ら 8、9)は、Ni,Cr量を種々に変化し

た試験材を試作し、ねじり試験での変形抵抗を測定

し、10Cr-10Ni材で常温への冷却時点で、応力が小

さくなる可能性があることを示唆している。

このような研究経緯の下に、室温近くの低温で膨

張する溶接材料が、溶接継手疲労強度向上用の有力

な溶接材料候補として、日本鉄鋼協会高強度鋼板の

疲労強度向上研究部会 10)で取り上げられ検討さ

れた。溶接金属が低温の 200℃でマルテンサイト

変態を開始し、室温まで変態膨張し続けることに

より圧縮残留応力を誘起する溶接ソリッドワイヤ

(10Cr-10Ni系低変態温度溶接材料、LTTW: Low

Transformation-Temperature of Welding wire)が試作

され、同時にそのワイヤを適用するときの最適溶接

手順も検討された。試作ワイヤを用いた角回し溶接

継手の疲労強度は、図 2のように従来材に比して 2

倍に向上することが実証された 11-14)。

現状においては、低変態温度溶接材料が溶接継手

の疲労強度を飛躍的に高めることは多くの研究者に

より実証され、この溶接材料が溶接部の引張残留応

力を低減することについて認知されつつある。

図 1 一般高強度(HT780 級)溶接金属における冷却時の歪み挙動

7.鉄系構造材料

(6)溶接構造物の強度と安全性を確保する溶接材料-引張残留応力を除去できる低変態温度溶接材料の開発-

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第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向

2006年度物質材料研究アウトルック

2.世界の研究動向

低変態温度溶接材料は日本発の技術であり、海外

での研究例はほとんど見られない。NIMSと MOU

(覚書)を結んだスロバキヤ溶接研究所(VUZ)に

おいて低変態温度溶接材料を用いた溶接継手の研究

が行われている。VUZでは低変態溶接材料溶接継

手の残留応力の解析と継手評価 15)が行われている。

残留応力を解析する新たな方法としてチェコの核

物理研究所の中性子回折を用いた方法が適用され、

角回し溶接部の残留応力が精度よく求められてい

る 16)。この方法で低変態温度溶接材料による残留応

力低減効果が実証された。同時に、同一試験片での

疲労試験が NIMSの 5MN高速疲労試験機で実施さ

れ、疲労強度が 2倍に向上することが確認された 17)。

残留応力低減の実証により、高強度鋼に対して低変

態変温度溶接材料の適用例も大きく増えると予想さ

れる。

低変態温度溶接材料は 10Cr-10Niを基本組成と

し、マルテンサイト変態膨張を低温で生じさせるこ

とを特徴とした溶接材料である。この組成に近い溶

接材料は主にステンレス鋼用の溶接材料、高強度用

や靭性を確保するための溶接材料、あるいは、耐低

温割れや耐ブローホール用の溶接材料として使用さ

れている 18-22)。しかしながら、マルテンサイト変態

膨張を利用しての残留応力低減を目指したものでは

図 2 低変態温度溶接材料(LTTW I)による回し継手の疲労強度の向上

見あたらず、この分野に関して現状の研究は明らか

ではない。

3.国内の研究動向

3.1 国内での取り組み例

NIMS での超鉄鋼研究プロジェクトにおいて、

1999年に低変態温度溶接材料による溶接継手モデ

ルでの疲労強度向上が発表 23)されて以来、民間企

業、NIMS、大学で多くの研究が行われている。溶

接学会の平成 15年度春期全国大会のフォーラム 24)

では低変態温度溶接材料が課題として取り上げら

れ、「疲労強度改善スマートマテリアル[低変態温度

溶接材料]の効果と適用性」が開催された。ここで

は、溶接材料と溶接部の性質、残留応力の発生機構、

低変態温度溶接材料の効果と適用性について議論さ

れた。

低変態温度溶接材料を用いた溶接継手の研究は新

エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)にお

いて、「省エネルギー型鋼構造接合技術」として取

り上げられた(平成 15年~ 17年)。溶接学会の平

成 18年度春期全国大会 25)において、低変態温度溶

接材料のセッションが設けられ、その成果が紹介さ

れた。

低変態温度溶接材料は高 Cr-高 Niを基本組成と

し、鉄鋼メーカ、溶材メーカで研究が行われている。

国内の特許状況としては、変態温度を 400度以下に

して、疲労強度向上溶接材料について組成を中心に

した成分特許の申請 26-28)が多く出されている。

3.2 NIMSの現状

溶接構造物へ適用する場合には疲労強度改善のみ

ならず、その他多くの溶接性に関する諸特性が十分

に実用に供し得るものでなければならない。この溶

接材料の現状での課題は、溶接性に関わる総合性能

改善にある。そこで、NIMSでは独法成果活用プロ

ジェクト「高安全鉄骨構造部材の技術開発(平成

14年~ 16年)」において、10Cr-10Ni系の低変態温

度溶接材料 LTTW I(第一世代低変態温度溶接材料)

の課題を抽出し、その問題点の解決が図られた。

低変態温度溶接材料の基本組成は 10Cr-10Ni系の

高合金組成で、溶接金属は 1,000 MPa級の高強度と

なるため、800 MPa級以上の高強度鋼への適用が期

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第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第5章 環境・エネルギー材料

2006年度物質材料研究アウトルック

待される。しかしながら、一般に、高合金の高強度

溶接材料では溶接時に低温割れが生じ易くなるとい

う問題があり、溶接前に予熱が必要となるなど生産

コスト上昇に直結する溶接施工管理が必要となる。

低温割れは、溶接金属の拡散性水素量、ミクロ組

織(硬度の高い組織ほど水素割れに敏感であり、硬

さが割れ感受性の指標として用いられる)、引張残

留応力の三つの要素に支配されることが知られてい

る。低変態温度溶接材料は、まず引張残留応力を低

減できるので、低温割れ抑止には有効であるが、さ

らに拡散性水素の影響を抑えるために、残留オース

テナイト設計によって一層効果的であるという新

手 29-31)が提案された。すなわちオーステナイトはマ

ルテンサイトに比べ水素固溶度が大きく水素の拡散

係数が小さい。そこで、マルテンサイト主体の組織

に残留オーステナイトが存在する溶接金属組織とす

れば、残留オーステナイトに水素を固溶させ継手内

の拡散性水素量の減少を図ると同時に、水素の拡散

を抑えることになり、水素割れ感受性を下げること

ができる。このコンセプトに基づいて第二世代型の

低変態温度溶接材料(LTTW II)が開発され、図 3

のように残留γを有する組織で低温割れを完全に抑

制することが可能になった。

図 3 低変態温度溶接材料(LTTW II)による耐割れ性の向上

さらに、溶接作業性を向上するため、フラックス

を含有させたフラックスコアードワイヤ(Flux

Cored wire)を開発し、溶接止端部の形状改善によ

る疲労強度向上を可能とした 32)。

4.今後の研究動向

4.1 高強度マルテンサイト系溶接金属の性能改善

低変態温度溶接金属組織は、主としてマルテンサ

イトで 1,000 MPa超級の高強度を示すが、切欠き靭

性と伸びにおいて著しく性能が劣る、すなわち硬く

て脆いという課題が残されている。ところが図 4の

ように、一般的溶接法である 80% Ar- 20% CO2シー

ルドガスのMAGアーク溶接(Metal Active Gas arc

welding)での溶接金属の含有酸素量は 300~ 400

ppmレベルで、0℃での切欠靭性値は高々 40J程度

となるが、純アルゴンシールドガス中で溶接を行う

TIGアーク溶接(Tungsten Inert Gas arc welding)

では、溶接金属の酸素量は母材並の 30 ppmとなり、

0℃での切欠靭性値は 120J以上となる 33、34)。硬くて

脆いとされるマルテンサイト組織も含有酸素を低減

して酸化介在物の生成さえ抑制すれば十分な切欠靱

性が得られる。また伸びについても含有酸素の低減

は有効で高強度を維持して、4%程度の伸びが 15%

以上に改善されることが分かってきた。

4.2 継手性能と溶接安定性

溶接継手の性能を確保するためには、溶接金属の

(30kJ/cm)200

100

0

0 200 400 600

図 4 低変態温度高強度溶接金属の切欠き靱性

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第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第3部 物質・材料研究における今後の研究動向

2006年度物質材料研究アウトルック

酸素を減少させることが必要である。そのためには

純アルゴンガス中での TIGアーク溶接が有効であ

るが、生産性が低く低能率である。このため、生産

能率の高い消耗電極ワイヤを用いた GMA 溶接

(Gas shielded Metal Arc welding)が求められ、活性

ガス(酸素や炭酸ガス)を用いない純アルゴンガス

中のMIGアーク溶接(Metal Inert Gas arc welding)

プロセスの実現が求められる。しかしながら、純ア

ルゴンガス中の MIGアーク溶接は施工不可能とさ

れている。

純アルゴンガス中の MIGアーク溶接では、見か

けのアーク長は長くなり、アーク(特に陰極点)が

著しく動き回りクリーニング域と呼ばれる領域が拡

がり、ビードが蛇行しやすい等、溶接が不安定にな

るからである(図 5参照)。

従来の MIGアーク溶接では陰極点挙動の抑制と

安定ビード形成のために、2-5%の微量の活性ガス

(酸素または炭酸ガス)がアルゴンシールドガスに

添加される(図 5参照)。5% CO2を添加すると、

図 4からも分かるように 200 ppm以上の酸素が溶

接金属に含まれ、溶接金属の切欠靭性の確保が困難

になる。このように、継手性能を表す靭性(切欠靱

性)と溶接安定性を確保する活性ガスの量はトレー

ドオフの関係にあり、これを克服する溶接が求めら

れる。

4.3 同軸複層ハイブリッドソリッドワイヤの提案

最近、純アルゴンガス中の MIGアーク溶接にお

いて、ワイヤ溶融先端に長く伸びた金属液柱(図 5

参照)の不規則な動きによってアークが不安定にな

ることが高速ビデオ画像観察 35)により分かってき

た。純アルゴンガス中の MIGアーク溶接を安定化

するには、細長く伸びた溶融液柱を短くすることが

不可欠との考察から、ワイヤ側面部よりワイヤ中心

部ほど早く溶融するように工夫された従来ソリッド

ワイヤと異なる新構造ソリッドワイヤが提案され

た。この新構造ワイヤは、ワイヤ全体での平均成分

は低変態温度溶接材料(LTTW II)とほぼ同じで、

中心部(芯材)に融点が低いインコネル材料を周辺

部(フープ材)に融点がより高い鋼材を組み合わせ

た同軸複層構造のソリッドワイヤである(図 6参

照)。この試作ワイヤでは、先端の液柱は短くなり、

あたかも図 5のMAGアーク溶接のような安定な溶

滴移行を生じ、アークのふらつきも抑制され、安定

なMIGアーク溶接を行うことが可能となる 36、37)こ

とが確認された。この純アルゴンガス中の MIG

アーク溶接によって得られた低変態温度溶接金属で

は、含有酸素が約 50 ppmで、0℃での切欠靱性は

約 100Jとなり、15%以上の伸びが得られ、継手性

能が大幅に改善されている 38)。

図 5 活性ガス混合量と溶滴移行挙動と溶接安定性

図 6 同軸複層ハイブリッドソリッドワイヤの構造

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5.まとめ

本低変態温度溶接材料は予熱、後熱処理を不要に

して、疲労強度向上に加えて耐割れ性向上など優れ

た特性を持つ新たな溶接材料である。さらに、高強

度溶接金属の諸特性の改善に向けた新技術である同

軸複層ハイブリッドソリッドワイヤの実用化と新

MIGアーク溶接システムの実現が、今後の高強度

鋼溶接技術を大きく変えるものと期待される。

引用文献

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http:// www.xray.cz/epdic/abstracts/166.htnl

17)C. Shiga, L. Mraz, P. Bernasovsky and K. Hiraoka : IIW

Doc. IX-2149-05, July 2005.

18)E. Takahashi: U. S. Patent 5296677(1994).

19)Kim: U. S. Patent 6620261B2(2003).

20)Bjorkroth: U. S. Patent 3700851(1972).

21)Baumel: U. S. Patent 3740525(1973).

22)Terai: U. S. Patent 3836748(1974).

23)太田昭彦、前田芳夫、鈴木直之:鋼構造年次報告集

7(1999)173.

24)溶接学会全国大会講演概要、2003、Vol. 72、F1.

25)溶接学会全国大会講演概要、2006、Vol. 78、p. 226.

26)糟谷正特公開 2003-103393など.

27)武田裕之特公開 2004-98108など.

28)森影康特公開 2004-25304など.

29)銭谷哲、早川直哉、山本純司、平岡和雄、森影康、

久保高宏、安田功一、天野虎一:溶接構造シンポジ

ウム 2002講演論文集、2002、p. 346.

30)銭谷哲、早川直哉、山本純司、平岡和雄、森影康.

溶接学会全国大会講演概要.2002、Vol. 71、p. 120.

31)早川直哉、銭谷哲、山本純司、平岡和雄、森影康、

久保高宏、安田功一:溶接学会全国大会講演概要、

2003、Vol. 72、p. 240.

32)中村照美:工業材料 53(2005)57.

33)F. Gunic, N. Hayakawa, K. Hiraoka and M. Katabami: 溶

接学会全国大会講演概要、2005、Vol. 70、p. 10.

34)F. Gunic, T. Nakamura, N. Hayakawa, K. Hiraoka, H.

Terashima and M. Katabami: 第 9回超鉄鋼ワーク

ショップ、2005、p. 180.

35)中村照美、平岡和雄:溶接学会全国大会講演概要、

2005、Vol. 76、p. 168.

36)T. Nakamura and K. Hiraoka: 第 9回超鉄鋼ワーク

ショップ、2005、p. 178.

37)T. Nakamura and K. Hiraoka: Int. Inst. Welding, Prague,

2005, IIW Doc. 212-1080-05.

38)平岡和雄:溶接技術 54(2006)64.

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第3部 物質・材料研究における今後の研究動向第5章 環境・エネルギー材料

第5章 環境・エネルギー材料

2006年度物質材料研究アウトルック