効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム...

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特定非営利活動法人地域精神保健福祉機構 学校メンタルヘルスリテラシー教育研究会 第 44 回(平成 25 年度)三菱財団社会福祉事業・研究助成 早期介入を目指した中学校におけるメンタルヘルスリテラシー教育プログラムの普及事業 効果的な 学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム 立ち上げ方、進め方 ツールキット 2015 年9月

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学校現場においてメンタルヘルスリテラシー教育プログラムの実施の理解を得て、体系的に実施するのは決して容易ではありません。このような状況を踏まえて、私たちが開発した効果的学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラムの実施を、このテーマに関心をもつ多くの関係者の皆さんと共有するとともに、私たちが経験した学校現場と連携してこのプログラムを実施・普及することの障壁を乗り越えるための知恵や工夫を盛り込んだツールキットを発行することにしました。

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特定非営利活動法人地域精神保健福祉機構学校メンタルヘルスリテラシー教育研究会

第44回(平成25年度)三菱財団社会福祉事業・研究助成早期介入を目指した中学校におけるメンタルヘルスリテラシー教育プログラムの普及事業

効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム

立ち上げ方、進め方ツールキット

2015年9月

♥効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム 

立ち上げ方、進め方ツールキット

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効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラムの立ち上げ方、進め方ツールキット

発刊にあたって

近年、世界各国で精神障がいにおける早期介入や、精神障がいに関するリテラシー教育のあり方が注目を集めるようになりました。精神障がいの発病後に治療開始までの受療が遅れた場合には、病気の治癒が悪くなったり、その結果障がいの程度が重くなったり、治療効果が乏しいことが世界各地から報告されています。

これに対して、精神疾患の発病後から受療までの未治療期間(DUP ; duration of untreated psychosis)を短くし、早期に支援を提供することによって、その後の障害を軽減したり、予後を改善することが期待されています。

しかしながら、精神保健福祉領域においては、しばしば必要時に精神保健福祉専門家や専門機関に援助を求めることが遅延します。また適切なサービスが十分に活用されないことが頻繁に起こります。このような受療行動遅延の原因として、国民一般にわたる精神保健福祉機関に対する知識の不足や偏見などメンタルヘルスに関する基礎的な総合的知識、すなわち「メンタルヘルスリテラシー」の乏しさがあると指摘され、それが相談や受療への障壁となると考えられているのです。

このような状況の中で、思春期にあたる中学生や高校生の時期は、ちょうど精神障がいの好発期にあたります。精神保健福祉上の多種多様な不適応が高頻度で発生する時期です。国内では、不登校からひきこもりへの遷延化や摂食障害の増加などが社会問題化しています。

これに対して、思春期の精神保健福祉問題に直面する中学校・高等学校においては、精神的不調に対して具体的な対応が迫られているのです。思春期の生徒を支援する教育現場においては、本来であれば、一次予防の観点から早期支援に焦点を当てて、メンタルヘルスに関する知識の増進をはかる必要があります。そして精神的な不調が発生した場合には、適切な援助希求行動をとることができるようになることを目指したメンタルヘルスリテラシー教育を体系的に実施する意義は大きいのです。実際に、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、アメリカ合衆国をはじめとした世界各国ではこのような状況に対して、国をあげて学校メンタルヘルス教育を実施する体制を整備しています。

私たちは、2003 年以来、思春期に差し掛かった中学生を対象にして、効果が上がる学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラムを開発し、その有効性と成果を明らかにしてきました。同時に、効果的なメンタルヘルスリテラシー教育プログラムを、日本全国に実

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施・普及できるように、特定非営利活動法人地域精神保健福祉機構(コンボ)が中心となって、一般社団法人日本精神科看護協会など専門職団体や当事者・家族会などが連携して、都道府県レベル、市町村などの地域レベルでメンタルヘルスリテラシー教育を実施する精神保健福祉チームを形成し、中学校・高等学校、さらには小学校などと連携して、プログラムを実施・普及する取り組みを進めてきました。

しかしながら、学校現場においてメンタルヘルスリテラシー教育プログラムの実施の理解を得て、体系的に実施するのは決して容易ではありません。このような状況を踏まえて、私たちが開発した効果的学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラムの実施を、このテーマに関心をもつ多くの関係者の皆さんと共有するとともに(ツールキット Part 2)、私たちが経験した学校現場と連携してこのプログラムを実施・普及することの障壁を乗り越えるための知恵や工夫(ツールキット Part 3)を盛り込んだツールキットを発行することにしました。このツールキットは、特定非営利活動法人地域精神保健福祉機構(コンボ)のホームページから、関心をもつ多くの関係者の皆さんにご参照いただけるコンテンツとして、広く国内外に公表することを考慮しています。

この取り組みは、第 44 回(平成 25 年度)三菱財団社会福祉事業・研究助成を受けて実施しています。学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラムの実施・普及と、そのためのツールキット開発にご理解とご支援をいただいている公益財団法人三菱財団に心より感謝とお礼を申し上げます。また本プログラムを体系的に実施するうえで全面的にご協力いただいた東京都清瀬市教育委員会、および市内5中学校の関係者の皆さま、試行事業にご協力をいただいた各地域の学校関係者の皆さまに深謝申し上げます。

私たちの取り組みは、最近数年間にわたって、年に複数回開催する学校メンタルヘルスリテラシー教育に関する研修会やセミナーに参加し、このプログラムの実施・普及を主体的に位置づけてきたメンバーで組織する「学校メンタルヘルスリテラシー教育推進委員会」が中心的に進めてきました。このツールキットも、推進委員会メンバーのボランティア的な関与によって完成する運びとなりました。

この間、私たちの取り組みにご協力・ご支援・ご関与いただいた皆さまに対して、この場を借りて心よりお礼を申し上げます。

このツールキットを活用して、効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラムに関心をもつ皆さまが1人でも増えて、他国同様に、このプログラムが全国に1日も早く体系的に実施・普及されることを心より願っています。

そのためにひき続き、皆さまのご関与とご支援をよろしくお願い申し上げます。

2015 年9月 30 日

特定非営利活動法人地域精神保健福祉機構

学校メンタルヘルスリテラシー教育研究会

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効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム

立ち上げ方、進め方ツールキット

発刊にあたって ………………………………………………………………………………  3

Part 1総論:メンタルヘルスリテラシー教育の立ち上げ方、

進め方ツールキットとは

第1章 MHL教育の立ち上げ方、進め方ツールキットの概要と意義、その歴史 …………………………………………………………………………… 13

1節 MHL 教育の立ち上げ方、進め方ツールキットの構成の概要 13

2節 ツールキットが必要とされた背景と意義 141項 児童・思春期のメンタルヘルスの問題の特徴と早期支援の遅れ 14/2項 本教育プログラムを誰が使うことを想定しているのか 15

3節 MHL 教育開発の歴史と経過 161項 教育プログラムを開発してきた手順 16/2項 国内外の学校教育におけるMHL教育の現状 18/3項 学校教育の必要性について 20

4節 まとめ 21

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♥Part 2メンタルヘルス教育プログラムの実際

第1章 総論 …………………………………………………………………………………… 25

1節 教育プログラムの使い方 251項 プログラムの実施手順 25/2項 ツールとしての使い方 26

第2章 生徒プログラムの概要 ………………………………………………………… 29

1節 教育をするにあたっての事前準備 291項 対象者のニーズ把握 29/2項 教育内容の選択 30/3項 プログラム実施の順序の決定 30/4項 授業の予行練習 31/5項 原稿やマニュアルの作成 31/6項 授業の工夫 31/7項 準備の時期と内容(時系列) 33/8項 学校との打ち合わせにおける留意点 33/9項 日時、実施形態など 34/ 10項 倫理的な配慮 34

2節 当日の準備 351項 講師スタッフの配置 35/2項 道具・交通費の準備 35

3節 事後にすべきこと 36

第3章 1年次プログラム(開始年次プログラム) ………………………… 37

1節 教育プログラムⅠ(ストレスとこころの病気) 371項 はじめに 37/2項 目的 37/3項 内容の要約 38/4項 授業内容 38/5項 授業の工夫 38/6項 授業に際して必要なツール 42/7項 事前・事後に必要なこと 42/8項 授業が受診をうながした:生徒が症状を自覚し、治療を開始 43

2節 教育プログラムⅡ(こころの相談機関の紹介・説明) 441項 はじめに 44/2項 目的 44/3項 内容の要約 45/4項 授業内容 46/5項 授業の工夫 46/6項 授業に際して必要なツール 46/7項 事前・事後に必要なこと 46/8項 伝え方の工夫:専門相談機関について説明する難しさ 46

3節 施設見学プログラム(メンタルヘルスに関する相談施設の見学) 48

1項 はじめに 48/2項 目的 49/3項 内容の要約 49/4項 授業内容 49/5

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項 授業の工夫 53/6項 見学に際して必要なツール:「取材ノート」 53/7項 事前・事後に必要なこと 53/8項 ビデオ学習の利用:施設見学が実施できない場合 54

4節 教育プログラムⅢ(シェアリング:相談施設を見学した生徒による発表) 561項 はじめに 56/2項 目的 56/3項 内容の要約 56/4項 授業内容 56/5項 授業の工夫 57/6項 授業に際して必要なツール 57/7項 事前・事後に必要なこと 57

5節 教育プログラムⅣ(当事者との交流プログラムとまとめ) 581項 はじめに 58/2項 目的 58/3項 内容の要約 59/4項 授業内容 59/5項 授業の工夫 60/6項 授業に際して必要なツール 60/7項 事前・事後に必要なこと 61

第4章 フォローアッププログラム ……………………………………………… 63

1節 2年次プログラム(こころの健康に関する体験学習①) 631項 はじめに 63/2項 目的 63/3項 内容の要約 64/4項 授業内容 64/5項 授業の工夫 64/6項 授業に際して必要なツール 67/7項 事前・事後に必要なこと 67/8項 体験談 67

2節 3年次プログラム(こころの健康に関する体験学習②) 681項 はじめに 68/2項 目的 68/3項 内容の要約 69/4項 授業内容 69/5項 授業の工夫 71/6項 授業に際して必要なツール 73/7項 事前・事後に必要なこと 73/8項 導入時のプログラム選択 74

第5章 教員・保護者プログラム ………………………………………………… 75

1節 教員プログラム 751項 はじめに 75/2項 目的 75/3項 授業内容 76/4項 当事者プログラム 78/5項 授業の工夫 79/6項 授業に際して必要なツール 79/7項 事前・事後に必要なこと 80/8項 不登校生徒の多い学校での体験から 80

2節 保護者プログラム 811項 はじめに 81/2項 目的 81/3項 内容の要約 82/4項 授業内容 82/5項 授業の工夫 83/6項 授業に際して必要なツール 86/7項 事前・事後に必要なこと 86/8項 精神障がい者家族の体験談への共感 87

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♥Part 3学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラムの

立ち上げ方、進め方ガイド

第1章 総論 …………………………………………………………………………… 91

第2章 学校MHLプログラムにかかわる人たちのニーズ ……………… 94

1節 学校・教員 94

2節 医療・保健・福祉関係者 95

3節 当事者・家族 96

4節 行政 98

5節 保護者・生徒 99

第3章 実施する学校を募る、開拓する ………………………………………… 100

1節 学校開拓のための広報 1001項 教育委員会 100/2項 学校 101/3項 地域 102/4項 セミナーや研修会で関心を寄せた層への働きかけ 103

2節 広報ツール、アプローチ 1031項 広報ツール 103/2項 広報活動のためのスタッフ 104/3項 行政機関(教育委員会など)への訪問 104/4項 学校への訪問 104

3節 学校開拓の実例 106

第4章 プログラムを実施する仲間を募る …………………………………… 110

1節 講師養成研修会と考える会 110

2節 地域全体に働きかける(シンポジウム・フォーラム) 111

3節 特定の対象者への働きかけ(職能団体との連携) 112

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第5章 養成のための研修 ………………………………………………………… 114

1節 講師養成研修会の目的とさまざまな方法 1141項 講師養成研修会の目的 114/2項 講師養成研修会の時期 115/3項 講師養成研修会の内容と方法 115/4項 研修会の運営 117/5項 各地域での施設内研修の開催 118

第6章 プログラム導入までのプロセス ……………………………………… 119

1節 MHL 教育の導入までのプロセス 1191項 誰に、どこに、どう働きかけるのか 119/2項 導入手順、導入の難しさと背景 120

2節 MHL 教育の実施段階に応じた活動の進め方 1211項 導入が決まらない時期 121/2項 導入の交渉期 121/3項 導入決定期 122/4項 導入後の定着期 123

第7章 MHL教育実施の計画を立てる ………………………………………… 125

1節 MHL 教育へのニーズをアセスメントする 1251項 なぜニーズをアセスメントすることが必要か 125/2項 地域(学校)のニーズを把握する方法 125

第8章 学校MHL教育実現に向けた組織づくり …………………………… 128

1節 事務局設置の目的 1281項 学校MHL教育に関する活動全体のコーディネート 128/2項 学校MHL教育活動に取り組む人たちの育成、モチベーションの維持 128/3項 学校MHL教育活動に関連する情報の記録と管理 129

2節 事務局の体制づくり 1291項 事務局を立ち上げる 129/2項 事務局を組織する 129/3項 事務局として定期的に集まる習慣をつくる 130/4項 事務局としての初期活動 130

3節 事務局の主な機能 1301項 学校開拓に向けての戦略プランを立てる 130/2項 授業プログラム実施体制の調整 131/3項 授業プログラム実施体制の維持・継続 131/4項 他地域との連携、コンサルテーション体制の構築 131

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第9章 MHL教育の定着・継承 ………………………………………………… 132

1節 MHL 教育を継承できる仕組みをつくる 1321項 活動の記録を残す 132/2項 活動に携わる仲間との関係づくり 133

2節 学校ニーズの検討とプランの見直し 1331項 前年度後半、もしくは新年度のはじめに学校を訪問し、授業ニーズを把握する 133/2項 プログラム実施プランの作成 134

3節 技術の継承 134

4節 モチベーションの維持・向上 135

5節 地域で MHL 教育を継続する 135

第10章 MHL教育プログラムの活動と成果を評価する ……………… 139

1節 科学的なプログラム評価の必要性:効果的な MHL 教育プログラムを導入・

   維持・発展させるために 1391項 科学的根拠に基づく実践の意義とプログラム評価の必要性 139/2項 実践の中で取り組むプログラム評価 139/3項 実践の中でのモニタリング、評価調査 140/4項 まとめ:教育プログラムの効果から 140

2節 ニーズアセスメントとアウトカム評価 1421項 ニーズアセスメントとアウトカム評価を行う意義 142/2項 ニーズアセスメントの領域 142/3項 ニーズアセスメントとアウトカム評価を行う時期 144

3節 プロセス評価とは 1451項 プロセス評価を行う意義・目的 145

初出一覧/引用文献/参考文献・資料 ……………………………………………………… 151執筆者/研究会メンバー/編者一覧 ………………………………………………………… 155

学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラムで使用する教育ツー

ル、マニュアル等の全体資料(本書では一部抜粋して紹介)は、NPO

法人地域精神保健福祉機構・コンボのホームページから入手可能です。

ご活用ください。

https://www.comhbo.net/?page_id=7159 

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♥Part 1

総  論メンタルヘルスリテラシー教育の

立ち上げ方、進め方ツールキットとは

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1節 MHL教育の立ち上げ方、進め方ツールキットの構成の概要

本書はメンタルヘルスリテラシー(以下、MHL)教育を、学校教育の現場に導入・実施・定着させるための実施方法、実施プロセスを示し、必要な時にはいつでも利用できるようにしたものです。

私たち「学校 MHL 教育研究会(前:MHL 研究会)」が、本格的に中学校での MHL 教育を学校現場で開始したのは 2004 年でした。諸外国での予防教育がすでに活発化する中、国内の学校教育において、メンタルへルスをテーマとした教育を導入しようとする動きや実践例はほとんどありませんでした。もちろん手がかりや参考となるものはありません。そのため手さぐりで資料を集めたり、学校と話し合いを重ねたり、教育の開発や遂行、事前の調査など数年間の準備期間を経て、試行的な実践からはじめていきました。経験的にわかったこととして、教育の実施や導入には困難さがあります。またいったん導入したとしても、継続することが何よりも難しいのが教育です。

そこで学校教育にメンタルヘルスの内容を導入し継続するためには、何が必要なのかと考えました。1つはお手本となるマニュアル、またそれを活用するための手順書となるものです。はじめた時に、本書のツールキットのような針路を示すものがあれば、ずいぶんと気が楽だったことでしょう。今後、学校での MHL 教育をはじめたいと思う人、深めていきたいと考える人に、本書を役立てていただければと願います。

本書の構造を述べます。Part 1 では「MHL 教育の立ち上げ方、進め方ツールキットとは」として、教育が必要とされる背景や、これまでの実績をまとめました。Part 2 では

「MHL 教育プログラムの実際」として、開発してきた教育プログラムの概要と内容を紹

♥第1章

MHL教育の立ち上げ方、進め方ツールキットの概要と意義、その歴史

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Part 1 総論:MHL 教育の立ち上げ方、進め方ツールキットとは

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介します。Part 3 では「学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド」として一番困難であろう教育の導入に向けた実際の動き方について、これまでの経験をもとにまとめました。

2節 ツールキットが必要とされた背景と意義

1項 児童・思春期のメンタルヘルスの問題の特徴と早期支援の遅れ

私たちが行ってきた MHL 教育は、主に児童・思春期の中学生を想定しています。この年代は不登校、ひきこもり、リストカット、拒食など、精神保健上のさまざまな不適応が多く発生しはじめる時期です。

また、生涯に罹患する精神疾患(DSM- Ⅳによる)は、24 歳までに4分の3が開始するといわれ(Kessler RC, et al, 2005)、児童期から思春期は精神障がいの初発期にもあたります。しかし、こうした問題の多さにもかかわらず、精神的な不調を抱えた多くの生徒(約5~8割)は、精神科や心療内科などの医療機関、心理カウンセリング、保健所など専門相談場所へ赴き、それを利用する、といったことを行っていません(Rickwood DJ, et al, 2007)。

また中学校内にスクールカウンセラーや養護教諭などの専門家がいますが、身体的な不調であれば早めに手当てができるものの、こころの相談を行うことには遅れが生じたり、十分に活用されていない傾向にあります。このように、手当てが必要な生徒に対する専門的な支援の遅れる現状が指摘されています。

精神疾患は、初発から治療開始までの期間(DUP:duration of untreated psychosis /精神病未治療期間)が非常に長いことが特徴となっており、その弊害が指摘されています

(McGorry PD, 1992)。精神科医療に携わる方々は、その経験からも、患者さんに対して「もう少し早く来院されていれば……」という思いをもった方も少なからずおられるのではないでしょうか。

必要時に専門家に援助を求める行動は「援助希求行動(help-seeking behavior)」といわれ、精神保健領域においてこの行動が遅れるのには、さまざまな要因が絡みあっていることがわかってきました(McGorry PD, 1996)。たとえば、精神の健康について正確に認識できないために援助希求が遅れるという理由。つまり、こころの病気や症状についての知識の不足です。知識の不足には、「不調時に相談する場所がわからない」といった、相談先に関する知識も含みます。

さらに精神疾患への否定的なイメージや偏見もあります(Takamura S, et al, 2008)。近年、徐々にこうしたイメージは肯定的な方向に変化しつつあるように感じられますが、いまだ

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第1章 MHL教育の立ち上げ方、進め方ツールキットの概要と意義、その歴史

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精神的な不調を人にあきらかにすることには抵抗があると感じられます。こうしたことも、不調時に相談を非常にためらわせる要因の1つとしてあるようです。

このように人生の早い時期に精神疾患や、そのほかの精神的不調を抱える割合が高いこと、そして問題を抱えたのちにもしばしば対応が遅れ、医療を受けられない、また専門家を活用できない実態があります。対応の遅れは、精神的な不調を抱えた当人の予後を中長期的に悪化させます。逆に早期に対応することが、その人に良好な予後をもたらすのです。こうした問題を改良するための1つの方法として、教育が位置づけられると考えています。つまり私たちが行ってきた研究会の活動の趣旨(目的)は MHL を向上させることであり、最終的には早期介入・支援を実現することにあります。

2項 本教育プログラムを誰が使うことを想定しているのか

私たちは地域ごとの精神保健福祉の専門職が、学内のキーパーソンと連携して教育を推進するという形式をとっています。以前に調査した学校ニーズのアンケート結果から、こころの健康についての授業を実施しない理由の1つとして「専門のスタッフがいない」ことが上位となっていました。この結果から考えれば、学校外の専門家が専門的知識を提供し、サポートすることで、MHL 教育の実施につながり、ひいては生徒が精神的に不調な際にいち早く、早期介入へとつなぐことができると考えられます。

しかし、だからといって学校外の人材だけに限っているわけではありません。本教育プログラムは使う者をあえて特定してはいません。学校内外の誰でもが使えるようなツールキットになっています。過去に協力を求めて働きかけてきた人たちには共通の意思がありました。それは MHL 教育をやってみたいという思いをもっていることでした。しかし、その理由はそれぞれでした。

たとえば精神科の看護師が教育を実施する動機となることは何でしょうか? 地域の方からの依頼があった、社会の偏見を少しでも軽くするために、新たな分野に挑戦したいという欲求から、研究のために、医療機関の所属長から言われて、など多くの背景が考えられます。また精神疾患の当事者やその家族にとっては、自らの体験を伝えることで精神障がいの実情を知ってほしい、予防のためのメッセージの必要性を感じたという動機があるでしょう。

そもそも私たちの活動のはじまりは「偏見の除去(アンチスティグマ)」を目的としたものでした。その目的を果たすための方法が、MHL 教育であったわけです。アンチスティグマと MHL 教育は大きく関連しています。啓発活動によって偏見をなくすことはMHL を向上させることの一部であり、早期介入にもつながるのです。参加する者の動機がそれぞれでも、対象者となる生徒に利益がもたらされれば、そこに価値があります。

本書を使用して教育をしたいという動機や目的は、立場によってさまざまでしょう。学校で働く教員にとっては最前線で接している生徒たちのニーズを察知し、早目に手当てをしたいと望むかもしれません。それぞれの立場にとって表1のような特徴があるといえる

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Part 1 総論:MHL 教育の立ち上げ方、進め方ツールキットとは

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ので、教育を実施する場合には、これらの特徴を知ったうえで相補的に支援できる実施体制をつくることが大切であると考えます。

3節 MHL教育開発の歴史と経過

1項 教育プログラムを開発してきた手順

現在推進する MHL 教育の経過について大まかに述べます(図1)。私たちの MHL 教育の開発プロセスについて、大まかにいうと図1のa~hの手順で教

育プログラムの開発を行いました。詳しい内容については以下の通りです。

 a)教育による効果をあげ、事前に考えられる生徒に対するネガティブな侵襲をできるだけ減らすためには、さまざまな専門分野からの検討が必要であると考え、こころの専門家(精神保健学・精神看護学・心理学・社会福祉学など)が集い、定期的に教育プログラムの検討を行った。

 b)プログラム理論をベースとして健康教育の仮説モデルの枠組みに沿い、主に健康教育概念の「知識」および「意識」に働きかける教育プログラムを作成した。つまり、知識や意識を向上・変容させることが最終的には態度や行動を変容させると仮定し、それにもとづいて教育を構成した。

 c)開発した教育プログラムを実施し、短期的な効果を評価した。ここでは数カ月単位での効果を検証した。

 d)精神保健福祉教育が、中学生の精神保健ニーズに合致し、教育内容として妥当であ

学校内外 長所や短所等の特徴

看護師 専門性に長けている保健師 学校外の相談資源に詳しい精神保健福祉士 時間がとりにくい作業療法士精神科医

教員 生徒と距離が近くサポートしやすい養護教諭 専門性については学習が必要保健体育の教諭

当事者本人 意識が高く説得力に長けている当事者の家族 時間がとりにくい社会復帰施設(見学) 参加する者が限られる

使うことを想定する者と種別

精神保健の専門家

学校関係者

当事者

表1 本書を使うことが想定される立場とその特徴

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第1章 MHL教育の立ち上げ方、進め方ツールキットの概要と意義、その歴史

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るかを再度中学校に点検を依頼した。 e)短期的な効果から教育プログラム内容が妥当であるのかどうか、学校が所有する精

神保健ニーズと合致するのかどうかを聴取し、学年の進度にそって、中学校3年間にわたる体系的なプログラムを構築した。そして教員および保護者プログラムを開発した。

 f)教育プログラムの実施を予定する中学校に対して、教育プログラムのプレゼンテーションを教員に対して行い、内容を点検した後に生徒に対してプログラムを実施した。実施時には参加を呼びかけ、すべての教育実施時には養護教諭や担任教諭などに同席していただいた。また、生徒に対する質問紙および教員などからの評価を行った。

 g)評価を経て、教育プログラムを改良した。目的に添うよう教育プログラムの改訂を行い、臨席教員から教育実施ごとに得られた意見も内容の修正に活かした。

なお、e)~g)は同時並行で行っています。

 h)教育プログラムの完成としたが、教育プログラムは時代や場所によって常に変容させることが必要なことと考える。

このような教育を予防の方法として位置づけ、対象者に合わせてつくりあげ、そして実践する。またその効果を測るというのが大まかな手順です。

a 専門家による研究会基盤の形成

c 1校をモデル校として1年次教育を試行

e 教育プログラムの改訂と2年、3年次プログラムの開発

b 教育の構成

d 教育内容の点検を依頼

f 教育プログラムの実施と評価

g 教育プログラム改良、教育後の再検討

h 生徒版プログラム完成

図1 MHL 教育の開発プロセス

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Part 1 総論:MHL 教育の立ち上げ方、進め方ツールキットとは

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2項 国内外の学校教育における MHL 教育の現状

1)日本国内の動向わが国における MHL 教育活動の動向について、授業内容や指導上の留意点などがパッ

ケージ化されている教材や、継続的に学校現場で教育活動が行われている例を中心に、代表的なものを取り上げます。

2004 年、私たちの組織する「学校 MHL 教育研究会」が「精神保健福祉教育プログラム」を開発し、島根県や東京都清瀬市の中学校において教育活動を開始しました。

2008 年には NPO 法人企業教育研究会、アンチスティグマ研究会、NPO 法人全国精神保健福祉会連合会が共同で教材を開発し、『こころの病気を学ぶ授業 統合失調症編』として発表しています(NPO 法人企業教育研究会、2008)。2009 年には続編として東京学芸大学が中心となって『こころの病気を学ぶ授業 うつ病編』を開発しています。いずれの教材も中学校、高校などの教育機関や関連施設の希望者に無償提供され、総提供数は 2,000以上にもなり、実際に学校の教員がこの教材を利用して授業を行っているとの報告もあります(日本イーライリリー株式会社、2012)。

2009 年からは東京都世田谷区、三重県津市、三重県四日市市、長崎県大村市の4地域を中心とした学校への啓発事業が始まりました。都立松沢病院の針間らは、雑誌『こころの科学』にオーストラリアの学校精神保健増進プロジェクト「Mind Matters」の教材テキストの翻訳の連載を開始しました(巻末参考文献・資料参照)。その後、「Mind Matters」を参考とした中学生・高校生向け教材として『10 代の心を守るために 精神疾患学校教育プログラムキット』を開発し、全国の学校および関係機関へ配布しました。また、2009年2月には三重県津市内の協力中学3年生約 160 名に対して、医療関係者6名による実験的授業も実施しています。その後、2010 年にかけて、長崎県大村市の中学校、東京都世田谷区の定時制高校においても医療関係者による授業が行われました(医療法人カメリア、

2009)。2011 年以降、三重県では自殺予防につなげることを目的とした『Teaching Kit For

Youth Mental Health 中学生のための精神保健授業ツールキット』を新たに開発し、中学生を対象とした「心の病気」の理解として、疾病とストレス対処に関する内容を中心に教育活動を継続しています(内閣府、2014)。

2012 年度からは、東京都三鷹市の社会福祉法人「巣立ち会」が組織する「ユースメンタルサポート Color」が、東京都立世田谷泉高校、都立松沢病院と連携し、精神疾患をもつ高校生への早期支援事業を開始しています(社会福祉法人巣立ち会、2009)。定期的に支援員を派遣し、生徒や保護者への相談支援、職員との連携を行いながら、メンタルヘルスについての授業や教職員向け研修などを行っています。

2013 年には、公益財団法人精神・神経科学振興財団が中心となり、中学校の保健体育副読本として『悩みは、がまんするしかないのかな?』を作成しました(こころの健康副読

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第1章 MHL教育の立ち上げ方、進め方ツールキットの概要と意義、その歴史

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本編集委員会、2013)。この副読本は、中学校関係者、医療関係者、支援者らにより編集され、学校の教科書を補完するものとして東京、神奈川、千葉、埼玉の公立中学校を中心に配布されました。今後は、中学生を対象にした、こころの健康に関するボランティア出前授業の実践も行っていくとのことです。

近年では、東京大学大学院教育学研究科(健康教育学分野)や日本学校精神保健研究会が組織する学校精神保健プロジェクトにおいて、「こころの健康教育プログラム」の開発

(Ojio Y, et al, 2015)、授業用のアニメーション動画の作成が進められています(種市、2014)。芦屋学園短期大学幼児教育学科の木下による研究調査において、2005 年~ 2011 年までの期間でリーフレット教材として使用されているものを収集した結果、22 資料が該当したとの報告(木下、2014)があることからも、今回ご紹介した教材や教育活動実践例のほかにも、問題意識を同じくする有志の方々による活動が多数存在し、全国各地で展開されていることがうかがわれます。

2)海外の動向世界的に MHL 教育の効果検証に関する研究は多く行われており、枚挙にいとまがあり

ません。海外主要国の中でもオーストラリア、イギリス、カナダ、アメリカ合衆国の4カ国は、10 代を対象とした MHL 教育を実施しています(Appelhoff R, 2013 ; 小塩ら、2013)。

特にオーストラリアは他国に先駆けて実践をはじめたことで知られています。1998 年、豪州政府の国家精神保健計画で年齢階層別の精神疾患予防対策が課題にあげられ、10 ~20 代の若者を対象とした予防的取り組みの必要性が明示されました。2000 年より学校精神保健プログラム「Mind Matters」が実施されるようになり、普及率は全中学校の約7割に及びます。「Mind Matters」以外のプログラムとして、精神疾患の当事者らが講師をする「mental illness education act : mieact」、不安や抑うつ状態への対処やうつ病予防を目的とする「youth beyond blue」などがあり、これらを採用している学校もあります(巻末

参考文献・資料参照)。イギリスでは、イングランドとウェールズを中心に、児童生徒は「人格、社会性、保

健と経済の教育(personal, social, health and economic education : PSHE)」を学ぶことが推奨されています(国立教育政策研究所編、2004)。この教育内容の一部である「health and wellbeing」の項に思春期の精神発達過程、精神疾患の特徴、差別偏見への対応に関する学習が含まれています。これらの学習に加えて、社会生活能力や感情活用能力の育成を目的とした教育プログラム「Social and Emotional Aspects of Learning : SEAL」を取り入れているところもあります(巻末参考文献・資料参照)。

カ ナ ダ で は、 精 神 保 健 促 進 プ ロ グ ラ ム「Ever Green」 の 中 に、「A School-Based Integrated Pathway to Care Model」が含まれており、政府指定の教材を用いてプログラムを実施しています。内容は精神疾患の予防や早期発見、早期支援、学校と他機関との連携に重点が置かれています(Evergreen, 2010 ; 小塩ら、2013)。

アメリカ合衆国では、全国保健教育基準(National Health Education Standards : NHES)

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Part 1 総論:MHL 教育の立ち上げ方、進め方ツールキットとは

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に明示されている保健教育に関する学習目標のうち、「感情と精神の健康」について、各州の状況や課題を踏まえた独自授業を実施しています。約6割の州がこの学習内容を必修としています(国立教育政策研究所編、2004 ; 巻末参考文献・資料参照)。

これら全国規模の MHL 教育活動の共通点について、東京大学大学院教育学研究科の小塩らは、「いずれの国でも学校のみでなく家庭、地域住民、精神保健サービス資源など学校に関わる地域全体への働きかけから、支援を必要とする各生徒への個別対応までを網羅するシステムが構築されており、その中で MHL を含む精神保健教育が学校で行われている」ことを指摘しています(小塩ら、2013)。精神疾患に関する知識、偏見改善、援助希求行動の3つの柱に関する教育活動と並行して、地域啓発から個別支援までを扱うシステムの構築も行うことが重要であることがうかがわれます。このような考え方は日本国内においては三重県四日市市での取り組みに生かされています。

今回ご紹介した内容は、MHL 教育の3つの柱(精神疾患に関する知識、偏見改善、援助希求行動)を踏まえた活動例が中心でしたが、このほかにも自殺予防や生きる力の育成などを目的とした教育プログラムも数多く開発されています。代表的なものとしてはオーストラリアで開発され、日本を含む世界各地で活用されている「FRIENDS」プログラム、ニュージーランドの「Travellers」、イギリスの「Zippy’s Friends」などがあげられます

(巻末参考文献・資料参照)。

3項 学校教育の必要性について

学校外の施設スタッフが学校へ出かけていって教育をすることは、とても大きな意義があります。オーストラリアのメルボルンでは、精神疾患の予防や早期介入を行うセンター

(http://www.eppic.org.au/)の精神科看護師らスタッフが、地域の学校へ出かけて授業を行っています。

しかし日本においては、学校現場の障壁はいっそう大きいかもしれません。私たちの研究会でもメンタルヘルス教育を導入する際には、かなりの苦労を要しました。

学校は誰もが少なくとも一度は通った経験があり、なじみのある場所であると思います。しかし、教育導入の困難さに接すると、あれほど慣れ親しんだ学校がやや閉鎖的な場所に映ることもあります。

現行の学校教育のカリキュラムでは、精神疾患などをはじめとする専門性の高いメンタルヘルス教育は、学校にとって義務ではありません。学校も与えられた修業期間で必要な学習内容の指導を行わねばならないため、時間の制約もあり、ほとんど行われていないのが現状です。

しかし、メンタルヘルス教育が行われていないのには、それを実施するためのスキルが学校側にないことも背景の1つでしょう。生徒は非常に精神的な危機にある時期にありながら、早期の予防につながる正しい知識を身につける機会が少なく、症状がわからないまま放置したり、手当てがわからなかったりするため、問題が深刻化してしまう傾向にあり

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第1章 MHL教育の立ち上げ方、進め方ツールキットの概要と意義、その歴史

21

ます。そのような現状の中、精神疾患における早期介入・早期支援をめざす動きが各地で活発

になりつつあります。それは DUP(未治療期間)を短くし、早期介入を実現することが、精神的健康を害した者の経済的そして心身の負担を軽減し、何よりもよりよい予後が得られる可能性があるためです。

予防的な取り組みには個別に対する支援と、集団を対象にした支援がありますが、研究会では集団を対象とした心理教育的なアプローチを、児童・思春期にある対象者が生活の大半を過ごす場所である学校で行うことにしています。

こうした取り組みを実施する場所として、私たちは学校での教育が特に重要であると考えました。それは人生早期に、全体に働きかけられるメリットがあると考えたからです。人生早期というのは、発症以前に、ネガティブなイメージが生じる前に、という意味があります。さらに、早期の教育によって得られる効果は、大人になってから得る教育効果と比較して高いと考えられます。また、全体に対して働きかけられるメリットについていえば、事前の調査によると、生徒が困った際にもっとも相談相手として選択するのは友人であることから、自分が不調になった場合だけではなく、まわりの友人が困った時にも、支え手として適切な助言を与えられることが期待される点からです。

メンタルヘルス教育の特長は、知識や意識を底上げできるというところです。自分だけでなく、友人同士の関係性の中で支え合いが生まれる利点があります。このように学校環境を活用することは、多くの利点があると考えられます。

4節 まとめ

教育をはじめた当初は、受け入れる学校の姿勢は「いったい何をするのか?」と、比較的ネガティブで、警戒心が強いといった印象がありました。しかし、いったん学校にこの教育が導入されると、おおむね教育への態度が肯定的に変化し、受け入れが格段によくなりました。多くの中学校から、環境が整えば教育プログラムを引き続いて受け入れてもよいといった意向をうかがっています。

生徒に向けて教育プログラムを実践することは、生徒自身もさることながら、先生たちの精神的なストレス予防にも効果があるように感じられます。また、学校側の意識の変容の根底には、学校をめぐる過酷な現状があろうかと思います。学校を訪問すると先生たちからは非常に困っているという声を耳にします。個々の事例について、対応をどうすればよいのかといった相談をされることがあります。希望を託すかのように学級崩壊の現状を訴えられることもあります。こうした困った状況の背景を私たちのような外部スタッフが

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Part 1 総論:MHL 教育の立ち上げ方、進め方ツールキットとは

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受けとめ、理解を示してきたこと、そして学校全体の MHL の底上げに貢献する効果などが、受け入れられる理由だと考えられています。

学校を1つのシステムとして考えれば、生徒には教員も保護者もそれぞれが密接に絡みあって影響を及ぼしています。もともと私たちの教育プログラムは、個々の対応をうながし、さらに全体的な知識の普及をめざしており、当初は、生徒版のみでの教育プログラムの構成でした。しかし、学校システム全体に働きかける重要性を感じ、教員・保護者も含めた教育プログラムおよびその実施ツールキットの開発を模索してきました。

学校がさまざまなプレッシャーを抱えて、多くの教員が精神的な健康を害している中、学校周辺の精神保健の専門家が外部から訪問する取り組みは、地域で学校を支える貴重な機会となろうかと思います。

私たちが実施する MHL 教育の目的は、こころの健康を害しがちな中学生に対してメンタルヘルスについての知識を総合的に提供し、さまざまな体験をしてもらうことで、最終的には生徒が不調を感じた際にみずから援助を求める行動を促進しようというものです。これは、メンタルヘルスに関する知識や信念、また特定の問題を精神的不調と認識する能力、精神健康に役立てる態度や行動などの「メンタルヘルスリテラシー能力」を向上させることが治療へのアクセスを促進し、早期介入を可能にするという考え(Jorm AF, 2000)

が基盤にあります。つまり MHL 教育の主たる目的は早期介入・支援の実現です。

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♥Part 2

メンタルヘルス教育プログラムの実際

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1節 教育プログラムの使い方

1項 プログラムの実施手順

本プログラムの対象者は、生徒、教員、保護者の三者です。学校にメンタルヘルスリテラシー(MHL)教育プログラムを導入することが決まったら、まず学校の教員を対象にした教員プログラムを実施します。教員は、生徒の教育に日々かかわっている教育の専門家であり、生徒にとっては家族以外で頼れる身近な大人でもあります。外部の精神保健福祉の専門家にとっては協力者になってもらえる存在です。そのため、学校の先生がメンタルヘルスについて先に理解する機会を設けることが重要となります。

次に、保護者プログラムを実施します。保護者は、生徒にとって一番身近な大人であり、思春期の子どもの成長や発達についての知識を理解し、思春期に起こりえるこころの問題などについて知ることはとても重要です。生徒プログラムが始まる前に、教員や保護者がメンタルヘルスについて理解している環境を整えることが望ましいと考えます。

生徒プログラムは、1年次に4回、2年次に1回、3年次に1回の講義で、合計6回の授業で構成されています。1年次の授業は、講義のほかに、相談機関への見学、精神障がいをもつ当事者の体験談を聞くなど、多彩な内容を含んでいます。

このように、学校にプログラムを導入する際には、教員および保護者向けのプログラムを生徒プログラムに先駆けて行うことが理想です。しかし、学校は MHL 教育の必要性を十分認識していない現状があり、教員や保護者向けプログラムを希望されず、生徒プログラムから開始することもあります。その場合は生徒プログラム実施の際に、担任の先生や

♥第1章

総  論

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

26

養護教諭だけでなく、校長、教頭、学年主任の先生など、できるだけ多くの先生方の同席をお願いするとよいでしょう。そこで教員や保護者に対する教育の必要性を理解してもらうことができれば、教員や保護者のプログラムにつなげることもできます。表1に、教育プログラムの全体像を示します。

2項 ツールとしての使い方

生徒プログラム、教員プログラム、保護者プログラムはすべてスライドと講義内容がセットになって構成されています。そのため、スライドに合わせて説明文を読むだけで講義が進行できます。

教員プログラムは最大3カ年にわたる4種類で構成されています。学校と相談し、希望に合ったテーマを設定してください。教員の研修会などの場を活用して実施するとよいでしょう。

保護者プログラムは、3種類で構成されています。保護者全員を対象にした保護者プログラムの実施は難しいです。できるだけ多くの保護者が参加できるよう、学年ごとの授業参観や PTA の講演会などの場を活用するとよいでしょう。学校や PTA と相談のうえ、学校のニーズに応じた形態で提供してください。

MHL 教育の中心となるのは生徒プログラムです。中学校3年間を通じて段階的かつ継続的に学習できるように構成されています。1年次プログラム4回(50 分×4回)+見学、2年次プログラム1回(50 分)、3年次プログラム1回(50 分)が基本的な構成です。この構成は、学校の実情や希望に応じて、修正可能です。

対  象 内  容 実施時間

生徒1年次

講義1 ストレスとこころの病気

総合的学習の時間、保健体育など

講義2 こころの相談機関の紹介・説明見学・取材 メンタルヘルスに関する相談施設の見学講義3(シェアリング) 相談施設を見学した生徒による発表・シェアリング講義4(体験談) 当事者との交流プログラムとまとめ

2年次 講義5 こころの健康に関する体験学習(2年)3年次 講義6 こころの健康に関する体験学習(3年)

教員1年目

医師や臨床心理士、精神保健福祉士などの専門家による、精神疾患についての講演会を中心としたプログラム(全2回)

教員研修など2年目 精神障がいをもつ当事者や、その家族の体験談を中心としたプログラム3年目 プログラム全体の振り返り

保護者

講演会「思春期のメンタルヘルス:子どものこころを知るために」

保護者会などグループワーク「子どものこころの健康に関する事例をとおして」

「体験したから伝えたい、思春期の子どもをもつ親御さんへのメッセージ」(精神障がい者家族の体験談)

表1 MHL 教育プログラムの全体像

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第1章 総  論

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生徒プログラムの時間やテーマ、含まれる内容である構成要素、想定される講師やスタッフ、教育ツールや学習形態などの概要を表2「生徒プログラムの内容」と表3「生徒プログラムの構成要素、必要なツール、スタッフ、学習形態」に示します。実施時期は中学1年次から3年次としていますが、学校側が用意できる時間数や要望によっては、2年次や3年次に、1年次の内容を実施するという形式も考えられます。学校側と話し合う際には、各プログラムに含まれる項目を参考にしてください。ただ、これまでの開発プロセスから明らかになったこととして、生徒の早期介入への効果を期待する場合に必要とされる基本的な内容は、中学1年次プログラムの最初の1、2時限目です。

プログラム実施後には、校長や担当の先生、スタッフ同士での振り返りを必ず行ってください。当日に行うだけではなく、生徒へのアンケートを実施したり、後日改めて学校を

表2 生徒プログラムの内容

1年次プログラム 2年次プログラム 3年次プログラム

50分×4回 50分×1回 50分×1回

有(希望者のみ) 無 無

「ストレスとこころの病」 「こころの健康に関する体験学習」 [こころの健康に関する体験学習」

・精神障害の生涯有病率の説明 ・ストレスによる身体へのサインの説明 ・ライフイベントとストレスの説明

・ストレスと精神疾患に関する説明 ・怒りのコントロール ・ストレスマネジメント「瞑想」

・ストレスの内容と対処(GW) ・ストレスマネジメント「呼吸法」 ・「悩み」の肯定的意味づけ

・ストレスによって起こる身体反応 ・相談資源の特徴と内容 ・相談資源の特徴と内容

・クイズによる知識確認 ・思春期の発達段階の説明・ストレス対処の一環としてマズローの基本的欲求説明

・精神疾患エピソードの紹介 ・ストレスと生産性の説明 ・うつ病の増加の説明

「こころの相談施設の紹介・説明」 ・うつ病の対応の説明 ・早期介入のメリットの説明

・心身相関の説明

・専門相談機関の説明

・専門相談で保障されるルール説明

・医療機関のイメージ(寸劇)

・支えあい体験

「メンタルヘルスに関する相談施設の見学」

・当事者との交流

・相談の疑似体験

・取材ノートを用いたインタビュー

・体験内容の振り返り

「相談施設を見学した生徒による発表」

・体験内容の共有

「当事者との交流プログラムとまとめ」

・講義による当事者との交流

・「悩み」の肯定的意味づけ

寸劇の使用と、体験学習の機会の提供、当事者とのふれあ

いなどの体験学習を要素として取り入れた風船や袋などの小道具を用いて、復習により強化した

寸劇を取り入れて、3年次にありがちな悩みなどを教育内容

に取り入れた

講義4回目(〃)

見学(〃)

生徒プログラムの内容

構成

講義時間

見学有無

※全ての教育プログラムはマニュアルを事前に作成した。また実施中はその内容を振り返るため、ビデオカメラで撮影し教育内容が均一に保たれているかを随時評価した

講義1回目(テーマとプログラムと構成する要素)

教育伝達の工夫点

講義2回目(〃)

講義3回目(〃)

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

28

訪問し、担当の先生と話し合う時間をもつのもよいと思います。それぞれのプログラムの詳細は、第2~4章「生徒プログラム」、第5章「教員・保護

者プログラム」であらためて述べます。なお、前述のとおり、メンタルヘルス教育プログラムで使用する教育ツール、マニュア

ルは、NPO 法人地域精神保健福祉機構(コンボ)のホームページ(https://www.comhbo.net/?page_id=7159)から入手可能です。

表3 生徒プログラムの構成要素、必要なツール、スタッフ、学習形態

・精神障害の生涯有病率の説明 スライドを用いた講義

・ストレスとは何か スライドを用いた講義

・ストレスの内容と対処 講師1名 グループワーク

・精神疾患に関する説明 研究会スタッフ3名 スライドを用いた講義+寸劇

・クイズによる知識確認 クイズ

・精神疾患エピソードの紹介 スライドを用いた講義

・心身相関の説明 スライドを用いた講義

・専門相談機関の説明 講師1名 スライドを用いた講義

・専門相談で保障されるルール説明 養護教諭1名 スライドを用いた講義+寸劇

・医療機関で行われる相談のイメージ 研究会スタッフ3名 スライドを用いた講義+寸劇

・支えあい体験 体験

・当事者との交流 体験

・相談の疑似体験 スタッフ6名 体験

・取材ノートを用いたインタビュー 体験

60分 「体験内容の振り返り」※ ・取材ノートを元に体験内容の振り返り 教員1名+スタッフ2名 取材ノート グループワーク

50分 「シェアリング」 ・体験内容の共有 講師1名+スタッフ2名 スライド 生徒による発表+スライドを用いた講義

・当事者との交流 当事者1~2名 講演

・「悩み」の肯定的意味づけ 講師1名+スタッフ2名 スライドを用いた講義

・1年次教育内容の振り返り 講師1名 スライドを用いた講義

・ストレスによる身体へのサインの説明 研究会スタッフ4名 スライドを用いた講義+風船を用いた実演

・怒りのコントロール スライドを用いた講義

・ストレスマネジメント「呼吸法」 体験

・相談資源の特徴と内容 スライドを用いた講義

・思春期の発達段階の説明 スライドを用いた講義

・ストレスと生産性の説明 スライドを用いた講義

・うつ病の増加の説明 スライドを用いた講義

・1,2年次教育内容の振り返り 講師1名 寸劇

・ライフイベントとストレスの説明 研究会スタッフ4名 スライドを用いた講義

・ストレスマネジメント「瞑想」 体験

・「悩み」の肯定的意味づけ スライドを用いた講義

・相談資源の特徴と内容 スライドを用いた講義

・マズローの基本的欲求説明 スライドを用いた講義

・うつ病の対応の説明 スライドを用いた講義

・早期介入のメリットの説明 スライドを用いた講義

※:体験を希望した生徒のみ

講師とスタッフテーマ 構成要素

「ストレスとこころの病」

「こころの相談施設の紹介・説明」

「こころの健康に関する体験学習②(3年)」

50分

50分

「メンタルヘルスに関する

相談施設の見学」※

教育マニュアル,スライド,ケーキの箱,ハートのクッション,矢印様の棒,精神疾患にちなんだク

イズ景品

スライド,ハートのクッション,演劇のシナリオ

スライド,ハートのクッション,風船,風船を入れるハートの袋,矢印様の棒

講義時間

3年次プログラム

1年次プログラム

2年次プログラム

「こころの健康に関する体験学習①(2年)」

「当事者との交流プログラムとまとめ」

2時間

50分

50分

50分

学習形態使用した教育ツー

教育マニュアル,スライド

記録用カメラ,取材ノート

教育マニュアル,スライド,ハートのクッション,矢

印様の棒

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1節 教育をするにあたっての事前準備

1項 対象者のニーズ把握

Part 1 の第1章で、中学生の年代は精神保健上のさまざまな不適応が多く発生しはじめると述べましたが、その現れ方は個人によって異なります。これから教育を実施する対象者(学校の生徒)の状態を把握することは、MHL 教育の実施時の配慮に生かすだけではなく、この学校ではどのような点を強調して説明するとよいかといった授業内容の検討につながります。

対象者のニーズを把握するためには、学校や学年全体、あるいは個別に起こっているメンタルヘルスに関連する課題について学校から説明を受けるほかに、アンケート調査を行うのもよいでしょう(表1)。学校全体をシステムとして考えると、生徒を中心に、教員や保護者など生徒を取り巻く人々のニーズを把握することも大切です。ニーズを把握したら、提供しようとしている教育プログラムは、学校が直面している課題に見合ったものであるかを検討し、必要に応じて教育プログラムの内容を修正します。

ほかにも事前に対象者がどのような集団であるのかを見学すること(学校の授業風景を見学するなど)もお勧めします。私たちは児童・思春期の子どもの教育の専門家ではありません。学校はせっかくの機会ですから、生徒にわかりやすく伝えてほしいと思っていることでしょう。貴重な機会を無駄にしないためにも、対象者と近づいて集団の特徴をつかんでおくと、教育プログラムが立てやすくなります。

♥第2章

生徒プログラムの概要

Page 30: 効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム 立ち上げ方、進め方ツールキット

Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

30

2項 教育内容の選択

私たちが今回提示する教育プログラムは中学1年次から3年次にわたるものです。「テーマ」は授業単位ごとに設定し、各授業内に含まれる内容は「構成要素」、学習方法は構成要素ごとに行う「学習形態」として示しています(Part 2 第1章 表3「生徒プログラム

の構成要素、必要なツール、スタッフ、学習形態」)。どのテーマが教育の内容として適切なのかは、学校・教育機関、教員によって異なりま

す。たとえば衝動的な喧嘩が多いことを学校が抱える課題としてあげられている場合には、「怒りのコントロール」について授業を行ってほしい、またはストレス全般について話を聞きたいなど、さまざまな要望が寄せられます。このように、対象者のニーズに合わせてどのプログラムが合致するのか、どの内容を強化すればよいか選択するとともに、授業の時間帯や、何の授業時間を使うのか、生徒にとって初めて聞く内容なのか、何年生なのかなども考慮して教育プログラムの内容を選択したほうがよいでしょう。

3項 プログラム実施の順序の決定

何をどのように話していくのか、講義のアウトラインを組み立てていきます。たとえば「教育プログラムⅠ」(ストレスとこころの病気)はすべての基礎となるテーマですが、上記の構成要素をこの順番に説明した理由は、① 生涯有病率の事実を知ってもらうことでこころの病気が身近であることを知り、② ストレスという身近なことからこころの健康を考え、③ ストレスの内容や対処を生徒間で話しあうことで意見を共有し、④ 専門的な知識を理解する、そして、⑤ クイズで親しみをもって知識確認をして、⑥ エピソードからこころの病気について意外な事実を知ってもらう、といった流れが授業の目的とする内容の理解を促進するのではないかと考えたためです。この流れについては、一度授業を行った後に組み立て直してもよいかと思います。同じく内容として伝える量は、実際に行

[教員から] ・生徒のメンタルへルス上のニーズ ・教員のメンタルへルス上のニーズ ・保護者のメンタルへルス上のニーズ ・希望する授業内容[保護者から]

 ・生徒のメンタルへルス上のニーズ ・保護者のメンタルへルス上のニーズ ・希望する授業内容[生徒から]

 ・メンタルヘルス上のニーズ

表1 事前に学校と打ち合わせるとよい内容

Page 31: 効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム 立ち上げ方、進め方ツールキット

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第2章 生徒プログラムの概要

31

いながら調整していくことで 50 分に盛り込む適切な量がわかってきます。

4項 授業の予行練習

初めて授業をする時は、緊張して効果的に話すことができないものです。しかし、何度か講師の経験を重ねるうちに、人に話をするコツ、効果的に伝えるコツがつかめてきます。もし失敗しても、「仲間は誰も聞いていない」くらいの開き直りで、めげずに何度も経験を重ねるとよいと思います。

効果的に話をするためのトレーニングとして、自分が教育する姿を客観的に振り返る方法が有効です。具体的には、練習をビデオで撮影する、ほかの人に見てもらってコメントをもらう、鏡でながめるなどの方法があります。なお実際の授業をビデオ撮影し、後々の振り返りに使うこともよいでしょう。講師として人前で話すことに慣れてきた段階でも、新しい内容を話す場合には、予行演習はしたほうがよいと思います。何回も原稿を読み込むことや、発声練習を行うことも大切です。多くの人の前に立って、緊張して原稿を棒読みしていたのでは、参加者は退屈してしまうことを心に留めておきましょう。

5項 原稿やマニュアルの作成

私たちはスライドを主な教材としていますが、時に紙媒体なども併用します。スライドは文字が小さくなりすぎず、アニメーション機能や写真などを取り入れると、関心を引きつけ効果的です(スライド例1)。ただし、最初はあまり凝りすぎずに、ストーリーを明確にしておくことが重要です。

原稿を見ないで講義ができれば、それにこしたことはないのですが、そのためには豊富な知識と経験が必要となります。講師としての経験が少ない間は、講義で話す内容を原稿に起こしておくと安心です。最初は話す内容がすべて書かれているフル原稿注1)からはじめて、講師の経験を重ねるとともに講義原稿を減らしてアウトラインだけ書いてある原稿にしたり、重要ポイントは詳しく記したり工夫してつくるとよいでしょう。

6項 授業の工夫

授業は講義形式だけでなく、寸劇やロールプレイ、グループワークなども多く取り入れ、授業に動きをもたせています。寸劇では経験上、ウケを狙いすぎず、腹の底から声を

注1)フル原稿の量:スピーチや学会の発表の場合は、1分間に 300 字程度が聞き取りやすい目安とされています。したがって、10 分間話すフル原稿だと約 3,000 字程度の原稿になります。講師の体験を重ねていくと、その場その場に応じた変更やアドリブでの対応ができるようになりますが、これは経験値がモノをいいます。マニュアルとしては、読み原稿だけでなく、当日の動き方についてのマニュアルも必要です。口頭原稿および動作などの動き方を含めて、補助スタッフと役割を決めて打ち合わせておくと、初めての場合でも動きやすくなります。

Page 32: 効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム 立ち上げ方、進め方ツールキット

Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

32

出して堂々と演じると、よりよい反応が得られたように思います。このほかにも、最後に簡単なクイズを出すと事前に伝えておき、参加者の関心を引きつ

けておき、授業の最後で穴埋め問題のプリントを配布したことがあります。授業の所々で参加者に問いかける、写真などを効果的に使う、映像を短時間流す、話に抑揚をつける、などの工夫も効果的です。

最後に基本的なこととして、参加者の目を見て、反応を確かめながら進めること、授業では難しい専門用語は使わず、わかりやすい表現を用いることがあげられます。

書式変更: フォント : (英) HGP創英角ポップ体, (日)MS 明朝スライド例1 生徒プログラム(一部抜粋)

Page 33: 効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム 立ち上げ方、進め方ツールキット

33

第2章 生徒プログラムの概要

33

準備の時期の目安 時系列にみた準備項目

教育実施1年前依頼状の送付と承認実施に向けた打ち合わせ

半年前教育スタッフの配置教育プログラムの内容の決定と学校への通知

3カ月前場所、時間、予算の確保学校に教育場所の確認、授業の日時教育プログラムの内容の決定

1カ月前学校へ確認したうえで、教育スタッフの配置1週間前に道具の準備

前日

当日の動きの確認お金の準備(交通費、お弁当代、小道具代など)学校への最終確認、スタッフへのアナウンス、動き方の準備機材の確認

表2 教育の導入が決まった際の流れ:必要な準備項目と時期

7項 準備の時期と内容(時系列)

教育の導入が決まった際には、おおむね表2のような流れで準備を行います。

8項 学校との打ち合わせにおける留意点

7項で示した内容を順次決定していきます。中でも学校との実施に向けた打ち合わせは、重要項目の1つとなります。学校との関係を良好に築き、共有する目標に向かって足並みをそろえ、教育を継続するためにはいくつかの重要なポイントがあります。

1)なるべく顔を合わせること電話だけや書面だけ、あるいはメールだけで意思の疎通を図ることはなかなか難しいも

のです。基本的なことではありますが、スタッフが学校に足を運び、先生方と顔を合わせたうえで、打ち合わせを行うことをお勧めします。これは学校との関係性を築きはじめたばかりの時期には特に重要な姿勢です。

2)小まめな連絡教育プログラムを導入する学校では、カリキュラムの一部としてプログラムを行うた

め、授業直前で教育内容を変更することや、穴を空けることは許されません。やり取りが途絶えると、学校は大変心配しますので、なるべく小まめに、連絡をすることが必要です。

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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3)授業場所や講師や補助スタッフの配置の確認授業を行う場所について事前に確認しておくと、講師は当日の進行についてイメージが

しやすくなります。重要なのは、部屋の大きさ、場所、講師の位置と生徒が座る位置などです。学校の規模によりますが、参加人数が少なく、小さな教室で行う場合は、意見交換を取り入れた双方向の講義が効果的です。

あくまで経験によるものですが、最適人数は最大 100 名ぐらいが精いっぱいで、それ以上を超えると教育効果に影響がでてしまいます。対象人数が多い時は、スタッフの数は必要になりますが、いくつかの集団に分けることが望ましいです。学年や地域などによって反応は異なるため一概にはいえませんが、中学生の場合、30 名程度がやりとりしやすく、教育効果が得やすい人数です。

9項 日時、実施形態など

日程の打ち合わせにおいて、もっとも大切なのは授業時間の確保ですが、ここが至難の業です。学校には多くの行事があります。学習指導要領に基づいて学校が行うべき教育内容も増加しており、学校には時間的なゆとりがないことを踏まえる必要があります。

基本的には学校が提示した候補日・時間帯から選ぶことになります。どの科目の時間に実施するかは、現場の教員の主体性や判断に任されます。本教育プログラムを実施することが多い授業科目としては、「保健体育」や「総合学習」などが該当します。過去には、学校運営の都合上、対象生徒の担任教員の担当科目がたまたま「音楽」であったことから、本プログラムを「音楽」の時間に実施したこともありました。メンタルヘルス教育の時間は「保健体育」がもっとも妥当な科目と考えられますが、ほかにも学校に裁量権のある時間は必ずあります。ある地域のケースでは、学校が毎年行う職場体験の授業時間に、本プログラムの施設見学を割り当てました。学校側にもメリットがなければ貴重な時間を割くことはできません。まずは学校側のニーズとの合致点をさぐることが大切になると思います。

10 項 倫理的な配慮

教育プログラムを導入する際に教員が抱いていた懸念は、知識を生徒に提供することによっていじめなどを誘発しないか、つまり「寝た子を起こす」ことにならないか? でした。実績からいえば、一度もこのような事例を見聞きしたことはありません。しかし、プログラムを導入する立場としては、生徒や生徒の周囲の方たちの中に、こころの病気を抱えている当事者が含まれる可能性を踏まえた配慮は欠かせません。そこで、生徒たちには、こころの病気は「誰にでも起こりえる病である」こと、「早目に対処することで改善につながる」というメッセージをすべてのプログラムを通して繰り返し伝えています。

1年次プログラムにおける施設見学後のシェアリングや、当事者との交流の際には、当

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第2章 生徒プログラムの概要

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事者の方の個人情報への配慮や守秘義務について説明しています。さらに授業で事例を用いる場合には、個別性を排除した内容に加工したものを講義に盛り込むようにしてきました。考えうるあらゆる状況を想定して、倫理的な配慮を行いながら教育を実施することが必要です。

2節 当日の準備

1項 講師スタッフの配置

プログラム実施日程の調整が終わり次第、当日の講師、スタッフの配置を検討します。直接依頼する場合もありますが、メーリングリストにプログラム実施日、時間、内容、場所などの情報をメールで流して講師を募ります。学校の許可を得たうえで見学希望者を募ることもあります。授業内容によりますが、講師は少なくとも2名から3名を確保します。希望があれば見学者も受け入れ、寸劇のお手伝いを頼んでいます。学校や学年ごとに講師を固定することはしていません。同じ日に2つのプログラム(たとえば1年生、2年生)を実施する場合、大きな講堂で学年全員に授業をする場合などは、講師や補助スタッフも人数はたくさん必要になるため、日程を決める時期から、スタッフの予定を確認することが望ましいでしょう。授業当日までに各自で授業内容の把握、予行練習に取り組みます。実施日の2~3日前に確認メールを流し、当日の待ち合わせの場所、時間、持ち物など最終確認をします。

参加可能な講師がいない、講師の急なキャンセルが発生するなどがあります。このような場合に備えて、余裕をもった人員配置をすること、参加希望者リストを充実させておくこと、いざという時に応援を頼めそうなインストラクター仲間をたくさんつくっておくことが大切です。

2項 道具・交通費の準備

[道具]① ノート型パソコン② プロジェクター一式③ プレゼンテーション用ソフト(パワーポイントなど)④ 授業内容のスライドデータ⑤ 各種ケーブル

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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⑥ 学生へのアンケート用紙

①② については、学校の備品を借用できる場合もありますので、学校との打ち合わせの際に、備品を借用できるかどうか確認します。同じ日に、複数のクラスで授業を行う場合には、備品が足りない可能性が出てきます。この場合は、個人でノートパソコンやプロジェクターを準備する必要が生じます。⑥ は授業終了後の教員の反応と、生徒からの反応の両方を把握し、次回の授業に反映させることを目的としています。

[交通費]私たちは基本的に学校までの往復交通費は自費で賄ってきましたが、遠方から来るス

タッフには大きな負担が重なってしまいます。活動の維持継続のためにも、特定の人に金銭的負担が集中しないような調整が今後は必要かもしれません。

3節 事後にすべきこと

学校においてプログラムが終わった後、講師、事務局スタッフ、見学者全員が校長室などに集まり、担当教員、校長や副校長と振り返りの時間をもちます。学校側からの授業への意見、感想、今後への要望などがあれば詳細に記録しておき、今後の教育の参考とします。多くの場合、学校側からはプログラムに関する質問があるため、答えられる範囲で丁寧に応じます。生徒にアンケートを書いてもらっている場合、書き終わって回収するまでに振り返りの時間をもつ場合が多いです。集められたアンケートの内容を一緒に見ながら、さらに話を進めることもあります。

持参した機材の確認、学校から借用した機材の返却、アンケートの回収が終わったら学校でのプログラムが終了となります。終了後は、場所を改めてスタッフ同士で振り返りをする時間をもつとよいでしょう。ここでは、講師や見学者の感想、プログラム内容への意見、授業展開についての今後の課題などを、記録に残し、今後の活動に役立てていきます。

プログラム終了の翌日には、ファックスまたはメールで学校にお礼状を送ります。アンケートの整理や集計、学校との振り返り、スタッフ間での反省会のまとめを入力します。これらは貴重な活動記録として、地域の活動に携わるスタッフ全体で共有します。

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1節 教育プログラムⅠ(ストレスとこころの病気)

1項 はじめに

本章から教育プログラムの具体的内容に入ります。まずは中学1年生の1回目のプログラムで、テーマは「ストレスとこころの病気」としています。

こころの病気になった時、悩みを抱えた際に、医療や保健の専門相談機関に help-seeking の行動(援助希求行動:専門家に援助を求めること)を起こすには、いくつか前提となる条件があります。それは、「その症状がこころの病気である」ということを理解していること、「その症状が引き起こす問題の大きさ」に気づいていること、そして「その病気は自分もかかりうる」ということに気づいていること、などがあげられます。前述していますが、わが国の教育課程では、こころの病気の好発期にあたる思春期・青年期にこうした知識を提供される機会がなく、こころの病気に気づきにくい、という問題があります。

2項 目  的

1時間目は主に「精神疾患の紹介」です(以下、授業の内容にもとづいて「精神疾患」を「こころの病気」と記載します)。

こころの病気に関する基礎的な知識を学び、将来、精神的不調にみまわれた際に自覚など「意識」の変容へとつなげます。そのために、精神疾患に関してストレス脆弱説をもと

♥第3章

1年次プログラム(開始年次プログラム)

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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に説明を行います。この授業の目標は、主として以下の4点です。

① こころの病気は誰でもかかりうるものであることを理解すること。② ストレスという日常的な体験がこころの病気につながる可能性を理解すること。③ 代表的なこころの病気の病態について理解すること。④ こころの病気は回復しうる病気であることを理解すること。

3項 内容の要約

1)授業の流れ授業は、一生に3~4人のうちの1人がかかるといわれるこころの病気の生涯有病率の

紹介からはじまり、身近な病でありながら、学ぶ機会が少ないというメッセージを伝えます。続いて、日常生活で経験するストレスを取り上げ、グループワークを交えながら、代表的なこころの病気について学びます。授業は、以下の内容をすべて含んだイラスト入りのスライドツールを使いながら行います。

2)本教育プログラムに含まれる構成要素このプログラムは、① こころの病気の生涯有病率の説明、② ストレスによって起こる

身体反応、③ ストレスの内容と対処、④ こころの病気に関する説明、⑤ クイズによる知識確認、⑥ こころの病気エピソードの紹介、の構成要素を含んでいます。スライド例1は構成内容、スライド・写真、説明内容の概略です。

4項 授業内容

メインの講師1名と補助スタッフ2名によって行います。講師は授業全体を進めていきますが、補助スタッフと連携して動きを取り入れながら説明をします。1回目のプログラムでは、誰がどのような授業を行うのか、生徒は強い興味を抱いています。事前の準備は周到に行い、授業は自己紹介からはじめ、本教育プログラムの趣旨をわかりやすく伝えましょう。

5項 授業の工夫

1時間目に限った話ではありませんが、中学1年生の興味を 50 分間持続させる、というのはなかなか容易ではありません。「退屈な授業だった」という感想で終わってしまうと、その後の人生においても、メンタルヘルスの問題について肯定的なイメージを抱きにくいかもしれません(皆さんも学生時代に退屈していた授業を思い出してみてください。今でもあまりよい印象は残っていないのではないでしょうか)。

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第3章 1年次プログラム(開始年次プログラム)

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スライド例1 教育プログラムⅠ(一部抜粋)

授業時間:約 50 分

構成内容 用いるスライド・実施時の写真 説明内容精神疾患の生涯有病率の説明

精神疾患の生涯有病率を説明し、あまり接することのないように感じる疾患であるが、実は身近なことであることを説明。

ストレスとは何か ストレスの概論についてハートのクッションを用いてその機序を説明。

ストレスの内容と対処

ストレスに関する説明を行い、日常のストレスの内容と対処方法をグループワークで話しあう。

精神疾患に関する説明

精神疾患として、「統合失調症」「うつ病」「摂食障害」などの罹患率や症状などを含めて、その病気の特徴を説明。

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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1)言葉遣いの工夫1時間目の主な目的は、ストレスやこころの病気に関する知識を提供することです。つ

まり、「専門的な知識をできる限り噛みくだいて伝え、理解をうながす」ことです。これは精神科医療従事者の方が、普段の臨床場面の中で行っている「専門用語を噛みくだいて伝える」という工夫そのものです。患者や家族に対して病状や経過などを説明する時の言葉遣いに関する工夫は、本教育プログラムにおいても有効です。

なお、授業を受けている生徒本人、その家族や親類、周囲の方などがこころの病気に罹患している場合もあります。言葉の遣い方には、このような場合も想定した配慮を盛り込む必要があります。

加えて、専門用語以外の言葉の表現にも工夫が必要です。本教育プログラムの対象である中学1年生は、成長発達の途中段階にあり、大人同士の会話であれば了解可能な言葉を未学習である場合も多いためです(例:「(医療)機関」という単語を知らない生徒もいました)。

2)時間配分の工夫過去に、授業当日にパソコンやプロジェクターなどの接続に時間がかかってしまったこ

とがありました。また、体育館で授業を行った際には、生徒の移動に時間がかかり授業の開始が遅れたこともありました。生徒の私語が続き、予定どおりに授業が進行できないこ

クイズによる知識確認

授業全体の知識を、○×クイズで問いかけ知識の確認をする。クイズで最後まで勝ち抜いた者には、安価で、文具としても使える、こころの病気に関連した景品(または拍手)などを進呈してもよい。

こころの病気エピソードの紹介

天才といわれる人の中に「こころの病気」をもつ人が多いというエピソードを説明しながら、病=能力が低いという誤ったイメージを修正。

教育内容の知識を問う

○×クイズの景品

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第3章 1年次プログラム(開始年次プログラム)

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ともありました。しかし、中学校には時間割があるため、授業の延長は困難です。1時間目は本教育プログラムの初回であるため、上記のような予期しない出来事に遭遇

することがあります。2時間目以降は、1時間目の結果を踏まえて学校と打ち合わせをすればよいのですが、初回はそうはいきません。事前に学校と交渉をして、移動や教室準備の時間に加え、授業時間は正味 50 分は必要であると伝えておくことは大切です。もちろん、「生徒の移動時間込みで 50 分」など要望が学校から出されて、こちらの要望がかなわない場合もありえます。

したがって、「学校現場ならでは」の事態が起こりえることを想定し、たとえ授業時間が予定より短くなってしまっても、授業内容を最後まで実施できるような工夫が必要です。授業内容の原稿やマニュアルの作成、予行練習をとおして、時間配分をしておきましょう。なお、1時間目においては、特にグループワーク(後述)の前後で、生徒の私語が増えがちです。このため授業の態勢を整えるために時間を要する可能性があることも心に留めておきましょう。

3)グループワークの工夫1時間目ではグループワークを行います。具体的には、「ストレスの内容(ストレッ

サー)と対処」についてグループで話しあい、意見を発表してもらいます。話し合いを通じて、ストレスの原因は人によってさまざまで、感じ方は人それぞれであること、誰にでも悩みはあり、ストレス状態は身近なものという理解をうながします。

講師からの「グループになって話しあってみましょう」という提案に対して、生徒による話し合いが円滑に進めばそれに越したことはありません。しかし、対象となる中学1年生は、意見が正しいか、間違っているか、という評価に敏感な年頃であり、意見交換がなかなか進まない場合も少なくありません。また、逆に、盛り上がりすぎて話し合いが脱線してしまい、先生方による介入の必要が生じる場合もあります。グループを巡回し、意見交換の状況を見ながら、講師もグループに交じって自分のストレッサーを発表する、話題が脱線しそうな時は調整するなどのかかわりをしていきましょう。

なお、事前にグループワークを前提とした座席配置にしてもらうように依頼しておくと、導入が円滑です。グループごとの意見発表の際には、「では、○班の班長さん、どんな意見が出ましたか」と呼びかけられるなど、発表の進行がスムーズになります。

4)その他の工夫興味を引きつける工夫として、ハートのクッションや矢印用の棒などの小道具を用いる

ほかに、寸劇を取り入れる方法もあります。特に、こころの病気の説明をする際にスライドを使って講義した後に、代表的な症状を取り上げて簡単な寸劇で説明すると、生徒の関心を引くだけでなく、理解もより深まるようです。

また、スライドの説明を生徒に読み上げてもらう、という方法もあります。生徒が発表する機会があると、生徒自身は緊張しますが、主体的に授業に参加している意識も生まれ

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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ます。どの生徒を指名するかについては、事前に先生方に相談し、全体の前で発表することが得意そうな生徒を把握しておくようにします。

6項 授業に際して必要なツール

 ・教育プログラム講師用マニュアル ・授業用スライド ・配布資料(スライドの印刷物、相談機関一覧、アンケート、ワークシートなど) ・マイク(小規模の部屋を使う場合は不要な場合もある) ・小道具一式(ケーキの箱、ハートのクッション、矢印様の棒、こころの病気にちなん

だクイズ景品)

生徒の興味を引きつけながら講義を進めるうえで、小道具の活用は非常に効果的です。1時間目の場合では、ストレスの説明用に、ハートのクッション、矢印様の棒を用意すると便利です。ストレスを受けた“こころ”の変化をわかりやすく説明するために、ハートのクッションを“こころ”に、矢印様の棒を“ストレッサー”に見立てます。矢印の棒でクッションをへこませながら、「ストレッサーにより心に負荷がかかっている状態(クッションがへこんでいる)を“ストレス状態”」「それをなんとか元に戻そうとしているのが

“悩んでいる状態”」などと説明します。グループワークで生徒たちが発表したストレッサーを取り上げながら、クッションを徐々にへこませていくと、生徒の関心が高まり、反応もよいでしょう。

スライドではアニメーション化した説明を用意していますが、小道具を使った実演は、生徒の反応を見ながら授業を進められるという自由さがあります。実物のクッションですと、へこんだ部分が元の形に戻っていく過程を示すことができ、回復する力を説明するうえでも有効です。小道具の用意には手間が必要ですが、生徒の関心を引くだけではなく、

「心はストレッサーによってへこんだままではなく、元の形状に戻ることができる」という前向きなメッセージを、具体的に説明できます。ぜひお勧めしたい方法です。

7項 事前・事後に必要なこと

1)事前 小道具やスライドなどの必要なツールの準備 講師、補助スタッフの役割の決定、当日の動きの打ち合わせ 授業の予行練習

2)事後 中学校の先生方との意見交換

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第3章 1年次プログラム(開始年次プログラム)

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 授業の内容で、症状などが自分に当てはまるのではないかと感じる生徒へのフォローの検討。あらかじめ、授業の最後で「今日の内容で気になることがあれば〇〇に相談を」など相談先を提示する配慮が必要でしょう。

8項 授業が受診をうながした:生徒が症状を自覚し、治療を開始

忘れられないエピソードがあります。ある県の中学校で授業をはじめた頃のことでした。中学1年生のAさんという女子がこの教育プログラムを受けました。もちろん、彼女が抱える問題については、その時はわかりませんでした。しかしその後しばらくして、学校の担任の先生からAさんが摂食障害で精神科に入院していることをお聞きしました。そして筆者が大学の看護実習の学生指導でいつものように病棟へ行っていた時、Aさんが偶然、このプログラムを実施した筆者を見かけたとのこと。担任の先生は、親や本人とも相談し、「病棟にいる時に何か話しかけてもらえないか」との依頼をよせました。筆者は

「可能な範囲で」と受諾し、主治医に許可をとり、その後、病棟で会った時に話しかけました。彼女はいろいろな話をしてくれたのですが、授業のことを振り返って、摂食障害のことを筆者が説明した時に「あっ、これ私のことだ」と思ったそうです。授業の後、彼女は治療につながり、入院中は紆余曲折しながらも中学校へ戻り、無事に回復していきました。

中学3年次となって卒業間近の頃には、摂食障害の体験談を文章にまとめ、地元新聞社の賞を受賞し、新聞に掲載されたことを担任の先生が喜んで教えてくれました。私たちが行った教育プログラムが彼女自身にどのような影響を与えたかはわかりませんが、心の中の記憶の片隅に少しでもあったことを、とてもうれしく思ったものでした。

最初に授業を受けて卒業したAさんと同じ学年の中学生たちに、卒業3年後にフォローアップのアンケートをお願いしました。同じ学年の子が感想を書いてくれていました。

「ストレスがたまるとハートのクッションがつぶれて、いびつな形になってしまうという話をよく覚えています」。そして「高校3年間を振り返って部活や友達のことでいろいろ悩んだこともあったけど、親友に相談したり、話を聞いてもらって、すっと心が軽くなることがたくさんありました」と答えてくれました。まさにこの教育がめざすものがそこに表現されていて、Aさんや同じ学年の子たちのこころの中に生き続けていたことをとてもうれしく思いました。

なんらかのこころの問題を抱えている子は必ずいます。また、今は問題がなくても、将来に問題が起こる子は必ずいます。教育を実施したことで与えられた知識や意識の変化がこころの中に少しでも留まり続け、問題が起こった時に、それがよみがえって態度や行動に結びつけば、きっとその子は救われるであろうし、そうあってほしいと心から願っています。

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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2節 教育プログラムⅡ(こころの相談機関の紹介・説明)

1項 はじめに

教育プログラムⅡでは「こころの相談施設の紹介・説明」を行います。このプログラムは1節で紹介した教育プログラムⅠ「ストレスとこころの病気」で学んだ内容をもとに、もしかしたら自分や、周りの人がこころの病気を抱えているのではと感じた際の対処行動について学びます。こころに悩みを抱えた際に相談する相手や場所は、生徒にとって誰でしょうか? 私たちの調査では、生徒がこころの悩みを相談する相手は身近な人が多いことがわかりました。中でも生徒が頼りにするのが「横の関係」で、友人を相談相手としてもっとも多く選んでいました。反対に専門家などは選ばない傾向がありました。さらに私たちが行った別の事前調査では、精神健康度が低い生徒ほど専門家へ相談することに対してネガティブなイメージをもっており、行動することに抵抗感がより強いこともわかりました。

考えてみれば、中学生がこころに悩みを抱えた際に、ダイレクトに専門家のところへ行けることのほうが珍しいでしょう。その過程には親などの保護者や、学校の先生、周りの人たちからの意見を得ることも多いと思われます。そもそも相談ができる場所のイメージももっていませんし、経済的に自立していない中学生が、経済的にコストのかかる医療機関などを生徒だけで訪れることにも無理があります。しかし、相談場所や医療機関を必要とする生徒は必ず存在します。また、その時は必要ではなかったとしても、その先の人生で精神健康を害した場合に必要になることはありえます。教育プログラムを通じて、専門機関への相談に対する心理的な障壁を少しでも低くしておくことは、生徒たちの選択肢を広げ、早期支援につながるメリットがあります。

そもそも教育によって介入することの長所は、第一に一斉に同質の情報を提供できる点です。第二に、友人の悩みに助言をする場合に、相談場所の知識をもっていれば友人を早期支援につなげられる可能性があります。このように生徒自身だけでなく、周囲の人たちも含む環境全体の働きかけが可能になる点が強みといえるでしょう。

2項 目  的

この時間は、こころの不調を感じた際、専門的な支援を受けることができる資源(専門相談機関)に関する説明を行います。その目的は専門の相談機関の知識を向上させ、ネガ

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第3章 1年次プログラム(開始年次プログラム)

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ティブなイメージを和らげることです。それを達成するために、この授業の目標は、主として以下の3点です。

 ① 専門相談機関に関する理解を深めること。 ② こころの不調を感じた際、回復する援助を得るために専門相談機関に相談するとい

う選択肢をもつこと。 ③ 自らの状態に適した専門相談機関を選択できるようになること。

3項 内容の要約

1)授業の流れ寸劇を展開しながら授業が進みます(図1)。中心的な内容は専門の相談機関の説明で

すが、関連する内容として「こころと身体は一体である」という心身相関の話や、専門の相談機関で保障されるルールの説明などを行います。

2)本教育プログラムに含まれる構成要素このプログラムは、① 心身相関の説明、② 専門相談機関の説明、③ 専門相談で保障さ

れるルールの説明、④ 医療機関で行われる相談のイメージ、⑤ 支え合い体験、のような

図1 寸劇の例

(寸劇のストーリー) 健太君は中学1年生、健太君は好きな女の子(花子さん)がいるが、ささいなことでケンカをしてしまう。 また、部活動のバスケットボールもいまひとつ調子があがらない。 ↓ 悩みが深くなる。心理学の勉強をしているお姉ちゃんが相談にのってくれる。 ↓ お姉ちゃんは、授業で習ったことを少しずつ健太君に教える。 ↓

健太君は、少しずつ知識を得ていく。相談することなどの対処をためらうが、思い切って行動することで解決へとつながっていく。

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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内容を含んでいます。以下は構成内容、スライド・説明内容の概略です。

4項 授業内容(スライド例2)

5項 授業の工夫

2時間目は、ややもすると専門相談機関に関する知識の提示で終始してしまうため、生徒の興味を持続させるような進行が必要となります。具体的には小道具の活用やスライドの工夫があります。また学習形態の工夫として寸劇を取り入れて授業を進めるほか、支え合いの体験を生徒同士で行います。

6項 授業に際して必要なツール

・教育プログラム講師用マニュアル・配布資料(アンケート、ワークシートなど)・マイク(小規模の部屋を使う場合は不要な場合もある)・授業用スライド・小道具(役柄に応じたお面または名札など)・教育プログラムⅠに用いたハートのクッション、スライドを指す矢印様の棒

7項 事前・事後に必要なこと

1)事前小道具やスライドなど教育プログラムに必要なツールの準備や教育の内容を地域(学

校)特性に合わせたものに変更すること、寸劇を担当する者の確保と練習などが必要となってきます。役割に応じた事前準備として、配役の決定や、マニュアルの精読、動き方の予習などが必要となります。

2)事後プログラムⅡの後は「メンタルヘルスに関する相談施設の見学」「体験内容の振り返り」

「シェアリング」へと続きますが、見学先ごとのグループ化や事前学習などが可能であれば行います。プログラムⅡで終了する場合には、生徒の反応を授業中に観察しておき、わかりにくい箇所は説明を変更し、プログラムに反映させます。

8項 伝え方の工夫:専門相談機関について説明する難しさ

この教育プログラムⅡは伝え方が難しく、特にはじめた当初は、生徒の反応から専門相談機関の説明をするのに困難さを感じていました。そもそも相談施設の知識は、相談施設

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第3章 1年次プログラム(開始年次プログラム)

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スライド例2 教育プログラムⅡ(一部抜粋)

構成内容 用いるスライド・実施時の写真 説明内容心身相関の説明 こころと身体がつながって

いることを、心身相関という言葉を使って説明する。

専門相談機関の説明 悩みや精神疾患を抱えた場合の自己回復力を引き出すための資源であること。医療機関や公的な相談機関などの役割。※近隣の当該機関のイラストや写真を使うとイメージがわきやすい。

専門相談で保障されるルール説明

専門の相談機関が守るべきルールや特徴。

医療機関で行われる相談のイメージ

ロールプレイを用いた相談場面の再現。

授業時間:約 50 分

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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を説明しても、何も悩みがない生徒からは「精神科病院?」「カウンセリング?」「保健所ってなんだ?」という反応であり、退屈に感じているようでした。こうした生徒の反応は、授業を行う講師や補助スタッフにとっても大変で身の置き所がない経験でした。生徒の関心を引き、相談機関について明確に伝えるための工夫として、寸劇を取り入れて先述のようなストーリーを考案しました。

同じストーリーでも学校、対象者が異なればもちろん反応は異なります。また役割を演じる者によっても、反応はさまざまです。体験してわかったことは、演じることに羞恥心をもったりすると相手には伝わらないようです。また正確にやることばかりを考えてマニュアルばかりに目を向けても、相手はすぐに集中力を切らしてしまいます。かといって、演劇がうまくなれば授業が効果的になるかといえば、そうとも言えない気もします。どうやら必死さ、真摯に伝えようとする態度など、言葉にはならない非言語的なメッセージも生徒たちは敏感に受け取っているようです。

今回紹介するプログラムに限りませんが、伝え方の工夫はほかにもいろいろあると思います。これまでにプログラムにアレンジを加えた例があります。精神科医療機関で働いているメンバーが講師役や寸劇を行う際に、このプログラムで紹介した精神科医療機関についてよりイメージしやすいようにと、後半部分で普段の仕事内容や職場の様子、心がけていることを語る場面を盛り込んだことがありました。将来像を模索する中学生にとって、相談する立場だけではなく、相談を受ける側である精神科医療機関についてもイメージがわき、理解がより深まったようでした。ただ、私たちの方法は試行錯誤の1つの結果であり、ほかにも効果的な方法があるのかもしれません。地域や学校ごとに最適な方法を模索することが望ましいでしょう。

3節 施設見学プログラム(メンタルヘルスに関する相談施設の見学)

1項 はじめに

教育プログラムⅡからの連続のテーマとして、本テーマでは実際に施設を見学します。施設見学は、準備時間、施設見学の実施、シェアリングの段階を踏んでいきます。

早期介入に結びつく援助希求行動の増進には、偏見が影響要因としてあげられます。スティグマ(偏見)が固定化された対象への理解促進と偏見の除去には、その対象について知識を得ることと同様に、対象者と交流をもつ経験が有効であることが指摘されています。偏見や誤解の多い精神科医療機関や関連する専門相談機関を見学する経験を通じて、

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第3章 1年次プログラム(開始年次プログラム)

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これらの不適切なイメージを払拭し、偏見から脱することを図ります。

2項 目  的

相談行動に関する具体的なイメージを獲得できるよう、見学を通じ、意識に充当する部分への働きかけを行うことを目的とします。この講義の目標は、主として以下の3点です。

① 専門相談機関が実際にどのような場所なのかを理解すること。② 当事者との交流を体験すること。③ 相談の疑似体験を行うこと。

3項 内容の要約

1)授業のながれまず、施設見学に向けた施設との調整とあわせて、生徒は事前学習に取り組みます。見

学当日は、生徒は取材形式で専門相談機関について学びます。本教育プログラムに含まれる構成要素には、① 当事者との交流、② 相談の疑似体験、③ 取材ノートを用いたインタビュー、④ 体験内容の振り返りが含まれます。

4項 授業内容

1)見学実施の流れ見学の実施は以下の流れ(①~⑫)で行います(図2)。

2)主な具体的手順① 中学校への依頼と調整:見学を行うためには、まず教育委員会へ教育内容の趣旨を

説明し、見学実施の許可を得なくてはなりません。教育委員会で許可が得られたら、続いて学校長、さらに学校内の教育担当者、担任の先生に説明を行います。説明に出向く前には、あらかじめ正式な依頼文書を作成し、教育委員会、中学校宛に送ります。施設見学はプログラムの一部として行われることを、教育プログラム導入の際の依頼文に強調して記載しておくとよいでしょう。

中学校へ説明する前には、見学先の検討をつけ、施設からの内諾も得ておきます。学校長をはじめ、教育担当者や担任に対し、見学予定先の特徴や見学の目的と内容を説明し、実施日程、事前学習のスケジュールなどの調整を行います。日程は学校行事の時期を避け、時間帯も部活などにもなるべく支障がないように工夫する必要があります。

説明の際には、取材ノートを用いた見学学習は生徒の主体的な取り組みを促進し、教育

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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効果も高まる方法であることを強調してください。また万が一のことが起こった場合の対応方法についても確認したほうがよいでしょう。

② 見学施設の検討と調整:見学施設の検討に際しては、個人的なネットワークを介して、あるいは精神保健センターなど公的機関からの紹介を通じて、見学可能な施設を選び出す必要があります。

施設の候補としては、生徒が実際に利用可能な専門相談機関である病院やクリニック、保健所、教育相談所などが望ましいでしょう。しかし、移動距離や時間の制限により、適当な専門相談機関が見つからない場合もあります。その場合は、作業所などの福祉施設も候補に含めて、当事者との交流に重点を置くなどの柔軟な対応が必要です。

候補施設が決定したら、学校や教育委員会と同様に、施設に対して教育プログラム全体の説明と見学の趣旨を説明し、施設見学を依頼します。依頼の順番は、施設の管理機関、管理責任者、現場の見学担当者の順となります。見学施設の責任者と見学の内容や、実施日程、スケジュールについて学校の意向とすり合わせながら決めていきます。作業所などの場合、日程や時間帯を確認し、利用者の方と直接お話しできるような調整が必要です。

また、見学は生徒主体の取材形式であることから、写真やビデオ撮影などを行う場合には、施設に相談のうえ了承を得る必要があります。生徒が撮影することは、流出の危険を避けるために原則禁止にしたほうがよいです。ただし授業に活用する場合に限っては、十分に配慮したうえで撮影することもあります。その際記録をとる目的は、あくまで生徒の学習内容の共有であり、それ以外の目的には使わないことを生徒や見学先に明確に伝えま

①依頼と調整

中学校

③生徒へ事前説明

④希望者の募集

⑤保護者への説明と同意

⑥見学の事前説明→

⑩シェアリングの準備

⑪シェアリング

⑨見学先での説明や体験→

⑦引率者の配置 ⑫教育効果の報告

  ⑧移動手段の確保

   心の健康に関する見学先

     ②依頼と調整

教育実施者

見学先へ

取材内容を持ち帰り

作業所

メ ンタルクリ ニッ ク

精神病院

授産施設

精神保健福祉センター

保健所

児童相談所

図2 見学実施の流れ

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第3章 1年次プログラム(開始年次プログラム)

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す。

③ 生徒へ事前説明:見学先が決まったら、生徒に説明を行います。その際、見学先の概要がわかるように、写真をもとにスライドを作成して事前に見せたり、見学先のパンフレットを配布したりして、イメージがもて、興味がわくような呼びかけをする必要があります。施設の資料については、中学生が理解しやすい内容のものを用意できると、生徒の理解をうながし、当日の質疑応答の流れを円滑にします。そのため、場合によっては一般向けの施設資料とは別に、中学生向けに噛みくだいた内容の資料を作成し配布できるとなおよいでしょう。

事前説明は教育プログラム全体がはじまる前に行いますが、見学希望者が少ない場合には、教育プログラムがはじまって相談資源の説明を行う部分で、引き続き説明を加えてもかまいません。

④ 希望者の募集:見学に行く生徒を募集します。見学のメリットを説明し、1人でも多くの希望者が出るように工夫しましょう。たとえば、相談場所のイメージがつかめること、自分が相談する時の役に立つかもしれないこと、将来、医療福祉関係の仕事に就いてみたいと考えている生徒には仕事内容を知るチャンスになること、などがあげられます。同時に、受け入れ先の施設の都合から、希望者全員が参加できるわけではないこと、見学者には見学後のシェアリングの課題があることも説明します。万が一、見学希望者が少ない場合には、先生方から生徒を推薦してもらったり、再度見学の楽しさを PR したりします。

最終的に、希望者の人数と見学先の受け入れ態勢に応じて生徒をグループ分けします。

⑤ 保護者への説明と同意:倫理的配慮、事故などの万が一のことが起こった場合の対応に備え、保護者に説明を行い、見学の同意を得る必要があります。いずれも文書による説明でかまいません。学校のカリキュラム内での活動であること、見学学習のメリット、見学時の引率者の配置、見学先の概要など充分な情報を明記し、保護者が不安や誤解を抱かないように配慮します。

⑥ 見学の事前準備:[スタッフが行う準備]引率スタッフが中心となり、見学プログラムを作成します。基

本的には施設の担当者に案内をしてもらいますが、相談場所を肌で体験できるような配慮をし、普段の生活ではできない仕事の楽しみや相談の疑似体験など、プログラムに楽しみの要素をもたせる工夫をしましょう。当事者や利用者の了解が得られたら、作業や日常プログラムなどを通じて交流することも、こころの病気の理解の一助になります。見学の最初には見学施設先の職員による説明の時間を、見学の最後には生徒からの疑問や質問に答える時間を確保します。[生徒が行う準備]プログラムでは2時間の準備時間を想定しています。見学前に取材

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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ノートを作成のうえ、相談機関へのイメージ、当事者や利用者の方への質問内容について生徒に記載してもらいます。見学前の心構えと注意点として、施設見学は遊びではないこと、自ら主体的に真剣に臨むこと、見学先で個人情報を得た場合には守秘義務を厳守すること、見学の際にはスマートフォンや携帯電話の電源は切ることなどを伝えます。

見学時に写真やビデオ撮影を行う場合には、見学する生徒や保護者からも了解を得る必要があります。見学当日までに必ず保護者からの見学同意書を受け取ること、見学当日は取材ノートを持参すること、事前に質問内容の準備を忘れないように念を押してください。見学同意書は生徒から必ず“見学前”に受け取ってください。

⑦ 引率スタッフの配置:引率スタッフ同士で打ち合わせを行い、見学プログラムのチェック、当日のスタッフの動きの確認、引率時の諸注意などを共有します。集合時刻と解散時刻や、見学ルートの確認も必要です。また教員が施設まで引率する場合には、担当教員に講師や引率スタッフの氏名、連絡先、見学先をあらかじめ伝えるとともに、学校側の準備体制についても確認します。引率スタッフは、生徒の引率に加え、備品の運搬(カメラ、質問などが書かれた取材ノート、バインダーなど)も行うため、できれば見学先1カ所に複数名、最低でも2人以上を配置できるように調整します。

⑧ 移動手段の確保:引率スタッフは事前に交通手段を把握します。もちろん交通機関利用時は安全を最優先して選択することが必要です。

⑨ 見学先での説明や体験:見学当日は、事前に作成したプログラムにそって見学を行います。引率スタッフは、授業で用いる写真・ビデオ撮影や進行のサポートなどを行います。特に質疑応答の進行のサポートは重要です。生徒からの質問が、社会見学や職場体験などの授業の一環として準備された内容に偏った場合は、取材ノートに沿った質問をうながす、スタッフ自身がコメントをするなど、見学目的であるメンタルヘルス教育の内容に沿うように軌道修正します。生徒の個人的な悩みに関連した質問が出る場合もありますが、個人情報保護の観点から、このような質問については最小限のところで留めるようにスタッフがうながし、後ほど質問した生徒をフォローします。

見学後、教育実施スタッフは引率スタッフや教員から見学内容の報告を受けます。

⑩ シェアリングの準備:見学内容を生徒同士で共有するためにシェアリングの時間を設けます。シェアリングはプログラムの3時間目に行います。シェアリングの時間の前に、効果的なシェアリングの方法を決め、生徒は何をどんなふうに発表したいと考えているのかについて、スタッフや担任の先生方もまじえて話し合い、発表内容をまとめるなどの準備に取り組みます。

⑪ シェアリング:教育プログラムⅢへ。

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第3章 1年次プログラム(開始年次プログラム)

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⑫ 教育効果の報告:見学を通じて得られた教育効果について施設へ報告します。わかりやすいように報告書の形式をとります。謝金を用意している場合には施設への謝金支払いの手続きも行います。

もし見学希望者が現れなかった場合には、教育実施スタッフが代理で見学に行き、生徒に向けて報告する方法もあります。その際には、見学先を擬似的に体験できるようにビデオカメラなどで撮影してそれを編集して放映するとよいでしょう。

5項 授業の工夫

施設見学が職場体験や社会見学の一環として位置づけられている場合には、それらの目的を果たすと同時に、本教育プログラムの目的であるメンタルヘルスに関する知識や意識変容の獲得に向けた学習となるように、方向づけを行う必要があります。メンタルヘルスに関連した知識が得られるように、見学プログラムの所々で生徒に質問を投げかけ、感想を尋ねるなど工夫をします。

また、見学施設の受け入れ態勢や、見学可能な施設の数、引率スタッフの人数によって、見学に行ける生徒の数はおのずと限られてしまいます。見学に行けなかった生徒に対しては、3時間目のシェアリングの時間に、見学内容の共有をはかり、同様の教育効果がもたらされるように配慮します。

6項 見学に際して必要なツール:「取材ノート」

見学先の職員や利用者の方への質問や、見学内容を記すための「取材ノート」です(図3)。

取材ノートは、生徒が受け身にならず主体的に見学へ参加できるように使用するツールです。自ら聞き取り記録するというプロセスを通して、見学先への取材の概要をまとめて、学びを援助するよう配慮したものです。

7項 事前・事後に必要なこと

1)事前施設見学プログラムは、事前準備に2時間程度、施設見学に2時間程度、見学後のシェ

アリングと準備時間で2時間程度と、計6時間程度の時間を要します。これらの時間を確保できるかどうかを事前に学校側とよく話し合い、早めに時間割の調整を行います。事前準備の詳細は、4項に示したとおりです。

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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2)事後見学後はシェアリングを実施します。シェアリング終了後には、生徒の反応や、引率教

員からの意見を収集します。見学時の様子からフォローが必要と判断した生徒については、学校に報告のうえ、対応の検討を依頼します。

8項 ビデオ学習の利用:施設見学が実施できない場合

見学先施設が確保できない、見学先施設と中学校との日程調整がうまくいかない、施設見学当日の引率スタッフの確保が難しいなどの諸事情により、施設見学を実施できない場合には、視聴覚教材にて代替する方法があります。これは、見学先施設を紹介する視聴覚教材を作成し、その上映をもって施設見学と同等の教育効果をもたらすものです。

視聴覚教材の作成にあたっては、見学先施設から写真・ビデオ撮影の許可を得ることが必要です。施設見学は可能でも、施設利用者のプライバシー保護の観点から写真・ビデオ撮影は不可という施設もあります。私たちの場合は、カウンセリング施設に撮影の依頼をしました。依頼する際には、教育プログラム全体の主旨、視聴覚教材を用いる意義、視聴覚教材のアウトライン(施設見学プログラムの目的、教材の構成、撮影内容を教材にどの

図3 取材ノート

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第3章 1年次プログラム(開始年次プログラム)

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ように組み込むかを明示したもの)を事前に作成し、これらを施設責任者や担当者に説明しました。その結果、施設利用者のプライバシー保護という側面から、施設の休館日であれば撮影可能との許可を得ることができました。

撮影実施の許可を得てから、いよいよ教材の作成です。交渉に利用したアウトラインをたたき台として用い、プログラム実施スタッフとともに、どのような構成にすれば、施設見学プログラムの代替となりえるか、教材の詳細について話し合いました。最終的に、プログラム実施スタッフがレポーター役に扮し、施設の外観やフロアの様子を紹介したうえで、施設職員にインタビューを行う構成に決定しました。

撮影当日、参加スタッフは2名で、1名はビデオ撮影を担当し、もう1名はレポーターに扮しました。撮影は朝から夕方まで1日がかりでした。撮影が終わったら、次は編集作業です。映像編集専用のソフトウェアを使って、「全体で 30 分ほどの長さにするために、各シーンを調整する」「相談機関スタッフへのインタビュー場面には、質問と回答に文字を挿入する」などの加工や、各シーンの音声、画面の明るさを補正するなどの調整を行いました。編集作業は1週間ほどかかりました。アウトラインの作成から教材完成までにかかった期間は約1カ月でした。

視聴覚教材を上映する段階では、プログラム実施校に視聴覚機材の手配を失念するというミスがあり、上映当日は調整に奔走しました。教材を上映する際には、記録媒体

(DVD など)が、実施校の視聴覚機材で再生可能かどうか確認することが必須です。視聴覚教材を作成、上映した結果、視聴覚教材の利用は中学生の興味を引きつけるには十分に効果的であるとの手ごたえを得ました。しかし、その興味が 50 分間持続するかどうかは別問題です。教材を 50 分間上映し続けるだけではなく、ほかのプログラムと同様に、所々で質問を生徒に投げかける、意見や感想を募るなど、生徒が主体的に授業に参加できるような工夫が必要であると思います。

視聴覚教材を作成、利用してみて、施設見学と視聴覚教材には、それぞれメリットとデメリットがあると感じています。施設見学では、生徒が実際に施設へと足を運び、施設の雰囲気を肌で感じ取ることができます。そのため施設見学の前後を比較すると、生徒たちの相談機関に関する知識の増加、相談機関や相談行動に対する意識変容がもたらされるなどの大きな教育効果が期待できます。一方で、見学先の施設を生徒の家族や親類などが利用している場合も想定され、利用者や生徒の個人情報が守られるような配慮が求められるという側面があります。

視聴覚教材は作成の手間と時間を要しますが、作成後は何回でも利用可能です。施設見学で必要とされる事前事後の準備を省略できるため、見学プログラムにむけた学校側の負担も少なく、教育の実施が容易で全員に観せることも可能というメリットがあります。また、さまざまな施設を案内する教材を作成すれば、多くの施設があることや利用の仕方など、構造化された同質の教育内容を生徒が学べることも利点でしょう。その一方で、施設見学を実際に行った生徒が体験する内容や、もたらされる教育効果には及ばない面もあります。

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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4節 教育プログラムⅢ(シェアリング:相談施設を見学した生徒による発表)

1項 はじめに

施設見学は、生徒が専門相談機関の実際を学ぶ、非常に貴重な機会です。しかし、全生徒の見学を受け入れられるだけの規模の施設や、複数の見学施設を確保することは困難です。このため、見学に行った生徒たちからの発表を通じて、生徒全員が学びを共有する時間を設けています。

2項 目  的

見学内容や見学体験の共有。

3項 内容の要約

本プログラムでは、施設内の様子、質疑応答の内容、利用者の話など、見学先の機関がどのような場所だったのかを、見学した生徒に発表してもらいます。その発表から、ほかの生徒にも施設見学の様子をリアルに感じてもらうことをねらいます。必要に応じて施設の案内や写真を活用すると、視覚的な情報により具体的なイメージが想起されるでしょう。ホームページの画像なども、施設に了承を得たうえで活用できるとよいです。

本教育プログラムの構成要素は、体験内容の共有です。スライド例3は構成内容・写真・説明内容の概略です。

4項 授業内容(スライド例3)

見学した生徒らが事前に準備した資料を用いて発表します。見学の様子をスライドで映写しながら(または模造紙で)、体験を共有(シェアリング)しました。スライド例3にその様子を紹介します。

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第3章 1年次プログラム(開始年次プログラム)

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5項 授業の工夫

講師役は、見学した生徒の発表内容へのポジティブなフィードバックを行うとともに、たとえば、見学当日の生徒の様子、利用者や施設担当者方の反応といった、スタッフの目線からのエピソードや、スタッフ自身が感じたことなどをコメントするなど、見学に参加できなかった生徒が体験を共有しやすいようにシェアリングを盛り上げます。

見学で撮影した写真は、見学施設先の利用者の個人情報保護の観点から、シェアリングの目的以外には使用しないことを生徒にあらかじめ確認しておきます。

6項 授業に際して必要なツール

・取材ノート、写真やビデオ撮影をした場合は画像や映像データ。・パソコンなどの画像や映像の再生機器、プロジェクターなどの視聴覚機材。・発表準備に必要な文房具(模造紙、カラーペンなど)。

7項 事前・事後に必要なこと

1)事前目的に即したシェアリングを行うには、スタッフが発表の準備を手伝う必要がありま

す。しかし、学校教育の一環として、生徒の自主性が重視されるので、スタッフの介入には限界があります。そのため、スタッフは担任の先生と相談しながら、臨機応変に生徒の発表を支えなければなりません。また、シェアリング専用の発表時間が設けられることが望ましいのですが、用意された授業時間の主目的が「職場体験」の場合はほかの生徒の発

構成内容 実施時の写真 説明内容取材ノートをもとに体験内容の振り返り

見学した生徒は、見学を体験していない生徒に情報発信ができるよう、見学内容を振り返りながら資料を作成する。資料は見学から得た学びや発見、感想が記された「取材ノート」をもととする。発表資料は模造紙などに作成した。発表は、スライドを映写しながら、生徒が見学を通じて得た体験を自分の言葉で語り、ほかの生徒と体験の共有(シェアリング)を行う。

スライド例3 教育プログラムⅢ(一部抜粋)

授業時間:約 50 分(別途、発表内容の準備時間が必要)

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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表との兼ね合いで、発表時間が 10 分程度に制限されることもあります。そのため、限られた時間の中で、いかに要点を絞った発表を行うのかもシェアリングの成否にかかわります。スライド(パワーポイント)による発表が行えるようであれば、より効果的にシェアリングを進めることができるでしょう。

2)事後本プログラムで生徒が発表した内容を、見学施設先にも報告し、生徒の学びを共有でき

ると、施設側にとっても今後の見学受け入れや、活動展開の動機づけにつながるでしょう。なお、シェアリング後の写真データの扱いについては、学校と相談し、撮影を許可した

施設や利用者にとって不利益とならないような配慮はもちろんのこと、撮影した生徒自身が思わぬ批判にさらされないように、SNS などに載せないなど教員やスタッフが生徒に説明し、かつデータは教員やスタッフが管理することが望まれます。

5節 教育プログラムⅣ(当事者との交流プログラムとまとめ)

1項 はじめに

本プログラムは、1年次プログラム全体のまとめとして、こころの病気やこころの問題を抱える当事者の体験談を聞く時間としています。こころの病気は誰もがなりうる病気であり、特殊な病気ではないこと、治療や相談が助けになることなどを、当事者の実体験を通じて学んでいきます。

こころの病気やこころの問題に対する偏見やネガティブなイメージは、自分が実際に精神的不調を生じた際の援助希求行動を阻害する大きな要因の1つです。生徒は、これまで授業で学んできた内容と当事者の体験談を重ね合わせることにより、こころの病気や、医療機関、相談機関の果たす役割について理解を深める機会となるでしょう。

2項 目  的

当事者との交流を通して、こころの病気や精神障がいをもつ人への偏見や差別を払拭します。また、1年次プログラムのまとめとして、“悩み”を肯定的な存在として意味づけます。

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第3章 1年次プログラム(開始年次プログラム)

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3項 内容の要約

1)授業のながれ当事者との交流を行ったのちに、これまでの授業内容を振り返り、「こころの病気は特

殊である」「精神障がい者は病院や施設の中でしか暮らせない」といった視点が差別や偏見を助長し、精神的不調に対する早期治療や支援の妨げとなることを確認します。

授業の後半では「悩む」ことの意味について学びます。この教育プログラムの中心的なテーマは「こころの悩み」や「こころの病気」ですが、「悩む=弱いこと・恥ずかしいこと」と理解している生徒は少なくありません。悩みは否定すべきものではなく、新たな自分を創造する過程や、自分をより深く理解しようと努力する過程で生じるもので、肯定的な意味や新たな可能性を含んでいることを、生徒に理解してもらいます。

本教育プログラムに含まれる構成要素は、「当事者との交流」「悩みの肯定的意味づけ」「1年次プログラム全体のまとめ」です。

4項 授業内容(スライド例4)

スライド例4 教育プログラムⅣ(一部抜粋)

構成内容 用いるスライド 説明内容当事者との交流

当事者の要望によって準備する 当事者からこころの病気の発症から治療、寛解にいたる体験談や治療談を聞く場として交流プログラムを設ける。生徒は当事者の思いや考えを聞き、精神障がい者の現状と早期対処の重要性について学習。なお講演の最後には質疑応答の時間を設ける。

「 悩 み 」の肯定的意味づけ

1年次のまとめとして「悩み」を説明。その際には、「自分を捜す作業の過程」という言葉を用いて意味づけを行う。1年後、2年後に中学2年次、3年次の教育プログラムを行う予定があれば、その点も伝える。

相談することの意味

•自力で解決したいな、という姿勢は大切

すっきりする

違う見方アドバイス

こころの整理

いろんな人のサポートをうまく活用しながら、悩みを乗り越えましょう。

一人でできることに限界がくることもある

かりに他の人に相談したとしても、解決できるのは

他でもない自分自身

•相談する、のは自分の解決力をうまくひき出すための手段。他の人に甘えることではないのです。

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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5項 授業の工夫

当事者による講演は 20 ~ 25 分程度と授業時間の半分くらいを目安にし、講演内容については、事前に入念に打ち合わせを行います。講演後に、生徒との交流がもてるように質疑応答などの時間を盛り込むことも大切です。

私たちが経験した授業中のエピソードとしては、当事者がその場で実際に精神科薬を内服して見せる、得意の歌を披露するなどがありました。これらについては賛否両論いろいろありましたが、当事者やスタッフにとってはプログラムの主旨に沿って趣向を凝らした結果であったのだと思います。多くの場合、当事者から絞り出される体験談は、教員にとってもこころに残る貴重な機会になるようです。

1)体験談を語る当事者の思い当事者が顔や実名を公表し、自身のこころの病気について語ることは決して容易なこと

ではありません。当事者は講師役を前向きに引き受けた一方で、事実を語ることへの抵抗感、自分に不利益が生じるのではという不安や恐れに似た気持ちを抱いている可能性があること、初対面の生徒の前で強い緊張状態を体験する可能性があります。スタッフはこれらのことを肝に銘じ、当事者の思いを十分汲み取りながら、当事者と一緒に授業を運営していくとよいでしょう。

さまざまな困難を乗り越えてきた当事者の体験談を聞くことは、生徒にとって貴重な機会です。悩みの渦中にある生徒たちには、救いの言葉のようにも届くようです。実際、中学3年間の教育プログラムを振り返った生徒のアンケートでは「当事者からの体験談を聞いた時のことを鮮明に覚えている」との記載が多く見られました。

2)当事者への配慮当事者が体験談を語ることによって、その後に不利益にならないようにする配慮が必要

です。当事者が語った内容は授業の中での共有に留め、授業後に学校の外などで喋らないように生徒に説明することは大切です。しかし、あまり強調しすぎると、むしろ偏見に結びついてしまうため、さじ加減が重要です。簡潔に必要なメッセージだけを伝えるようにしましょう。

6項 授業に際して必要なツール

教育マニュアル、スライド。

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第3章 1年次プログラム(開始年次プログラム)

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7項 事前・事後に必要なこと

1)事前① 当事者への講演の依頼:当事者は、授業を行う地域の当事者団体や家族会から推薦

してもらうとよいでしょう。当事者の疾患については特に限定していませんでした。年齢は、生徒と離れすぎていない 20 ~ 30 代くらいのほうが、生徒が親近感をもちやすいかもしれません。

② 講演内容の検討:講演内容は、本教育プログラムの趣旨や学校側の教育的意図を踏まえた内容であると同時に、当事者が生徒に伝えたい内容も含まれるように考慮します。当事者の方に話してもらうほうがよいようであれば、体験談に盛り込んでほしい枠組みを準備します。

その分の原稿を準備すれば、体験談を語ることへの心理的な障壁が低くなるようです。さらに、これまでの経験からいえば、体験談を対話形式にして行うことも効果的でした。1人で話をするのがつらい場合には、複数名で運営することもよいでしょう。講演の時間は授業時間の約半分にあたる 20 ~ 25 分程度を目安にしていました。

※体験談の枠組みの一例を以下に示します。[例]

・どういうきっかけで、「人前で話をすること」としたか。・障がいに関する特徴――具体的なこと。・幻聴や幻視といった症状について――体験された経験から苦しかったことなど。・何がつらいか――周囲の人の対応や、理解について、など。・つらい時の対処方法。・日頃どういった仕事をされているのか。・生活全般に関すること。・休みの日の楽しみ、趣味。・ご自身が中学生だった頃のこと。・初めて調子が悪くなった時の前兆。

③ 講演当日の進行方法の打ち合わせ:講演に必要な物品の準備とともに、講師である当事者のサポートが必要な場合には、あらかじめ質問内容を用意し、当事者が話しやすいように環境を整えます。

また個人情報保護をはじめとする倫理的配慮の視点から、当事者がどのような配慮を望んでいるのか確認しておくとよいでしょう(例:匿名にするか/しないか、病名を明らかにするか/しないか、生徒へのどのような紹介が適切かどうか、など)。匿名とする場合

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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には、講師名を本人が希望する名称にしてもよいでしょう。

④ 講演内容に関して学校側の了解を得る:ごく一部ではありますが、学校教員側が偏見を抱き、講演に際し抵抗感を示される場合もあります。予定している講演内容について学校から事前に了解を得ることが望ましいでしょう。当事者が自身の体験を話すことは、決して容易なことではなく細心の配慮が払われるべき内容であることを伝えることも大切です。このあたりは学校の反応を見ながら、当事者の思いや立場への理解を求めるなどの、臨機応変な対応が必要です。

2)事後当事者に対しては、何らかの形で謝意を示すことが大切だと思います。ボランティアで

引き受けてくださる方も多いのですが、当事者の厚意に甘えず、講演に対する正当な対価として謝礼をお渡しすることが望ましいでしょう。

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1節 2年次プログラム(こころの健康に関する体験学習①)

1項 はじめに

中学1年生は、小学校という長年続いた安全な仲間集団の場から卒業し、新しい仲間、部活動やその中での先輩後輩関係、また教科の変化などに適応していく時期です。その環境は、中学1年生にとって緊張することも少なくはない生活でしょう。また中学3年生は、自分の未来を決める高校受験を控え、受験が終わったら3年間をともに過ごした仲間と離れ離れになるなど、不安や焦りを感じやすい時期といえるでしょう。

これらを考えると、中学2年生は、人生のイベントという意味では比較的安定した時期です。だからこそ、これまで生徒自身が自覚していなかった精神的な不調や悩みが表面化しやすく、早期発見、早期支援につながりやすい時期であるともいえます。そこで、中学2年生のプログラムでは、1年次のプログラムの復習に加えて、ストレスが過度にかかり、精神的に不調になった時のこころや身体の変化、またその対処方法などを紹介します。また、友達の悩みをいかに受け止めるかについてもわかりやすく紹介します。

2項 目  的

精神的な不調をより自覚できるよう、知識を強化し、活用していけるようにすることを目的としています。そのためにストレスによる反応について、こころの変化と身体の変化という新たな視点を通じ、中学1年次よりも深く学んでいきます。さらに思春期のただ中

♥第4章

フォローアッププログラム

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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にある中学生の特徴や、うつ病・自殺などの社会問題についても触れ、こころの健康について広く関心を呼び掛けていきます。この講義の目標は、主として以下の4点です。

 ① ストレスに関して1年生の時に学んだことを振り返り理解すること。 ② 中学生という時期は悩みやすい時期であることを理解すること。 ③ ストレスが加わるとこころも身体も不調になることを理解すること。 ④ 悩みすぎた時には近くに相談場所があることを理解すること。

3項 内容の要約

中学2年生のプログラムは約 70 分間で行うのが望ましいのですが、学校の時間割によっては 45 分の場合もあります。内容としては、① 1年生のプログラムの振り返り(こころの病気は珍しくない・ストレスって何・あなたのストレスの原因は・人それぞれストレスの原因は違う・こころの病気になる原因・こころの病気になっても回復する)、② 中学生という時期の特徴、③ ストレスに対するこころの反応・身体の反応(心身相関の説明)、④ ストレスの対処方法、⑤ 周囲の人、専門家に相談する選択があるということ、⑥ 自殺という社会問題、を扱います。

4項 授業内容(スライド例1)

メインの講師1名と補助スタッフ1名によって行います。講師は授業全体を進めていきますが、補助スタッフと連携して動きを取り入れながら説明をします。1年次プログラムを学習した生徒は、ストレスをはじめとする授業内容をよく覚えています。1年生の時に学んだことを生徒とともに振り返ったうえで、2年次プログラムの内容に移行すると円滑に授業が進むでしょう。

5項 授業の工夫

ストレスや感情といった抽象的な概念を説明する時は、1年次プログラムと同様に、小道具を用いて、視覚的に理解できるよううながします。

スライドの切り替え操作や小道具を用いながらの授業となるため、講師のほかに補助スタッフが1名いると進行が円滑です。補助スタッフとは小道具を出すタイミングや、話題を振る時のタイミングなどを事前に打ち合わせをしておきましょう。

授業前半に行う1年生の振り返りでは、多くの生徒が学習した内容を覚えています。特に、ストレッサーの説明をする際に「この矢のことを、なんと呼ぶでしょうか?」と質問を投げかけると、生徒たちは一斉に答えてくれ、授業の雰囲気も和みます。ストレッサーの内容やストレスの対処方法については、近くの生徒同士で数分話し合ってもらい、話し

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第4章 フォローアッププログラム

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構成内容 用いるスライド・実施時の写真 説明内容精神障がいの生涯有病率の説明

1年生の講義の振り返りとして、精神障がいの生涯有病率を説明し、あまり接することのないように感じる障がいであるが、実は身近なことであることを確認します。

ストレスとは何か ここも1年生の講義の振り返りとして、ストレスの概論についてハートのクッションを用いてその機序を説明します。

自分のストレスの内容を考える

ストレスの原因(ストレッサー)は人それぞれ違うということを強調します。ストレスの感じ方は個人によって違うということを伝えます。そのことによって、人の悩みを聞く時のこころの姿勢を伝えます。

思春期・青年期の特徴

中学生という時期の特徴とし て、 勉 強・ 受 験・ 部 活・親・友人などに関連して、そもそも悩みやすい時期であることを説明します。

授業時間:約 50 分

スライド例1 2年次プログラム(一部抜粋)

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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ストレスに対するこころの反応

ストレスに対して、こころがどのような反応をするのかを風船を使って説明します。たとえば、不安・抑うつなどです。

ストレス対処の方法 ス ト レ ス を 適 度 に コ ン トロールするためにはどうすればよいのかを伝えます。ここではストレスの対処レベルを3段階に分けて伝えています。

相談場所の確認 精神的に不調な時にもかかわらず、中学生の時は知識不足のために相談場所があることを知らないことがあります。そこで、近くには友達や家族、先生などさまざまな味方がいることを伝えます。

合った内容について発言を募るというように、生徒が主体的に取り組める時間がとれると、効果的です。

1年次の教育プログラムも同様ですが、授業の最後にクイズを行うことは、ゲーム的な要素を含みつつ、知識の確認もできるためお勧めです。「一生のうちにこころの病気にかかる割合は?」「悩みつかれて落ち込んだ友達にはもっと頑張れと励ます?」「こころと身体はまったくつながりはない?」など、このプログラムで一番伝えたい内容をクイズにすると、生徒からの反応はよく、楽しい雰囲気の中、授業を締めくくることができます。

また講師や補助スタッフのストレッサーや、ストレス対処方法を紹介し、大人も自分たちと似たような悩みを抱えていることがわかると、生徒たちは講師や補助スタッフの存在を身近に感じ、心理的な距離が縮まるかもしれません。

①原因に働きかける

②ストレスに気づく

③ストレスに強くなる

ストレスへの対処レベル

63

先生

保健室

スクールカウンセラー

精神科や心療内科

カウンセラー

家族

友人や先輩

ストレス、怒り、悩んだ時

悩みによっては早目に専門家に相談を

誰にも相談しない

誰かに相談する勇気を89

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第4章 フォローアッププログラム

67

6項 授業に際して必要なツール

 ・教育プログラム講師用マニュアル ・授業用スライド ・配布資料(スライドの印刷物、アンケート、ワークシートなど) ・マイク(小規模の部屋を使う場合は不要な場合もある) ・小道具一式(ハートのクッション、矢印様の棒、こころの病気にちなんだクイズ景

品) ・ストレスによって、こころや身体に生じたサインを説明するための風船(不安や抑う

つなどの反応を色別で表現しているため、風船の色は多いほうがよいでしょう。風船を膨らますための器具があると時間短縮に便利です。またはその場で膨らませる1個を残して、事前に膨らませて行ったほうがよいかもしれません)

7項 事前・事後に必要なこと

1)事前中学2年生のプログラムは、ほかのプログラムと違って寸劇がないため、授業の展開技

術が問われます。授業内容の時間配分を見積ったうえで、補助スタッフとの掛け合い、生徒からの発言をうながす機会を設けるなど、補助スタッフと相談しながら練習をしておくとよいでしょう。特に、小道具を用いる場合には、取り出すタイミングや操作の方法を打ち合わせておき、当日、効果的に示すことができるようにしておきましょう。

2)事後アンケートを通じて生徒の反応を把握するほか、授業に参加した先生方の意見や感想を

集め、今後のプログラムに反映させていきます。

8項 体験談

この2年生のプログラムは、内容が盛りだくさんになっており、ことに 50 分授業の場合、事前の練習ですべて同じようなペース配分で説明すると、かなり早口にならざるをえません。そのため、導入部分はゆっくりと入って興味関心をこちらに引きつけるようにし、その後は先ほど述べたように、強調したいところ、省いてもよさそうなところを取捨選択して伝えていました。生徒にとっても、早口で全部無理やり盛り込まれた授業よりは、いくぶんか省いてでもゆっくりとわかりやすく語りかけるように話す授業のほうが理解しやすく、安定感、安心感があります。また、中学生らしく反発的な発言をする生徒もいますが、そういう意見もかけがえのない、大切な考えだと認める姿勢、心の余裕が講師

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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には必要であると感じます。時間が余った場合は、自分がインタビュアーになったつもりで、一緒に参加している補

助スタッフたちへの生徒からの質問タイムを設け、なぜ看護師になったのか、精神科病院で働いての感想などを話してもらうのもよいと思います。生徒にとって医療福祉の専門職者と直接語り合える貴重な機会となるだけでなく、スタッフである私たちにとっても、生徒と交流する時間は、とてもよい刺激になります。

2節 3年次プログラム(こころの健康に関する体験学習②)

1項 はじめに

3年次プログラムを実施する場合、学校によってニーズが異なることが多いため、ほかの学年以上に学校との打ち合わせに力を入れる必要があります。中学3年生の特徴は受験と卒業があることです。学校側は、生徒が受験や卒業をうまく乗り越えていけるように、という意図をもって3年次プログラムの時期を検討しています。このため、受験前、受験シーズン、受験後、卒業式を控えた2~3月など、時期によって学校がプログラムに求める内容は異なります。受験シーズンが終わると授業スケジュールに余裕ができることも多いことから、学校が全校生徒を対象に MHL 教育を導入するかどうかの判断材料として、まず3年次プログラムを試しに実施することも少なくありません。つまり3年次プログラムは、各プログラムの中でも、学校側からの関心をもっとも得られやすいといえます。

2項 目  的

先にも述べたように、中学3年生は受験があるためもっともストレスの高い時期といえます。プログラムの導入時期によって、目的は大きく2通りに分けられます。

 ① 受験前の 10 ~ 12 月に導入する場合:受験に向かうストレス負荷からメンタル面に変化が生じる可能性について生徒に認識してもらうこと、あまり無理をしすぎないようにというメッセージを送ることにあるようです。

 ② 受験後の 2 月末から 3 月に実施する場合:4月から新生活を迎えるにあたり、こころに生じているストレスについて認識してもらうことです。

いずれにおいても、早期に相談行動をとることが大切であるというメッセージを伝える

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第4章 フォローアッププログラム

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ことが重要な目的です。

3項 内容の要約

3年次プログラムは 80 分間の授業が望ましいのですが、学校側から 50 分程度でという要求もあり、事前の練習で時間を計って工夫してください。

このプログラムの構成上の特徴は、通常の講義形式と、アニメーションを使用したプログラムが複合構成されているところです。受験前の高いストレス状態にある時期でも、受験後のリラックスした気分の時期でも、生徒の集中力が維持できるように構成を工夫しています(図1)。

4項 授業内容(スライド例2)

 ① 1~2年生時の教育内容の復習:精神疾患知識の向上、専門相談機関の知識の向上、専門相談機関のイメージ変容。

 ② ライフイベントとストレスの説明:精神的不調の自覚。 ③ ストレスとこころの反応:精神的不調の自覚。

図1 寸劇の一部(3年次プログラム)

(寸劇のストーリー)健太君は中学3年生、2カ月後に受験を控えた受験生です。健太君には好きな女の子(花子さん)がいます。受験を控えて同じ悩みを共有します。またこれまでに習った知識を確認します。↓受験が近づくにつれて悩みが深くなります。大学で心理学の勉強をしているお姉ちゃんが相談にのってくれます。↓お姉ちゃんは、授業で習ったことを少しずつ健太君に教えます。↓健太君は、少しずつ知識を得ていきます。基本的な生活から一歩ずつ積み上げていく大切さを知り、また、相談の大切さを確認します。

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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構成内容 用いるスライド・実施時の写真 説明内容1、2年次教育内容の復習

寸劇を用いてストレスとこころの病気を中心に、1・2年生時の教育内容を振り返る。

ライフイベントとストレスの説明

生活上のさまざまな出来事によるストレスの強さを、ホームズとレイによるライフイベントの表を用いて説明。

ストレスとこころの反応

ストレッサーからの攻撃を受けると、人はいろいろな反応をすることを風船にたとえて説明。ストレッサーに対する反応は正常な反応であり、決してそれらが悪いものではないことを伝える。

マズローの基本的欲求の説明

受験を控えた中学3年生へのメッセージとして、睡眠や食欲などの基本的な欲求の充足がストレス対策には重要であることを、マズローの理論を用いて説明。

スライド例2 3年次プログラム(一部抜粋)

授業時間:約 50 分

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第4章 フォローアッププログラム

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精神疾患の対応の説 明

こ こ ろ が 悲 鳴 を 上 げ て しまった時の状態、こころの病気のいくつかを、対処を含めて紹介。

早期介入のメリットの説明

相談場所はいろいろあることを、理解できるように説明。また、必要な時に援助希求行動を起こし、相談できることが大切であることを伝える。

3年間学んだ学校 MHL 教育の最後のメッセージを送る。

 ④ マズローの基本的欲求の説明:精神的不調の自覚。 ⑤ 精神疾患の対応の説明:精神疾患知識の向上、精神障がいの偏見の減少。 ⑥ 早期介入のメリットの説明:精神疾患知識の向上、専門相談機関のイメージ変容、

精神的不調の自覚。

5項 授業の工夫

3年次プログラムでは、1年次プログラムと同様にスライドのアニメーションに沿って、スタッフが寸劇を行います。寸劇用にスタッフは3~5人くらい必要ですが、この人数を集めることはなかなか容易ではありません。そこで、スタッフが十分集められない場

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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合には、学校側の協力を得るようにしています。セリフの少ない登場人物の役であれば、授業当日に先生方にお願いしても十分に対応していただけます。しかし、学校行事との兼ね合いで授業当日に参加する教員が少ない場合も多くあります。このため最近では、生徒にお願いすることも増えてきました。生徒にお願いする場合、人選は教員にお願いします。

これまでの経験では、演劇部や保健委員が担当してくれることが多いようです。依頼をする場合は事前に、生徒にスライド資料を渡して、生徒が準備するための時間を設ける必要があります。通常はデジタルデータの形で資料を渡し、資料の印刷は学校側にお願いしています。登場人物を担当してくれる生徒は資料を読み込むため、ほかの生徒以上にMHL への関心が高まります。ほかの生徒にとっても、クラスメートが登場人物を演じる様子を楽しみながら、学習内容への関心も高まる効果があるようです。また、生徒の主体的な姿勢や好意的な反応は、教員の評価や関心を高めることにもつながっているとの印象があります。

寸劇以外の工夫として、このプログラムを段階的に使う場合と、単年で実施する場合とで、授業を進めるテンポに変化をもたせることがあげられます。3年次プログラムはほかのプログラムと比較して、ボリュームのある教育内容です。このため、1年生から段階的にプログラムを導入している場合は、復習部分は確認程度に留めて授業することをお勧めします。

ただ、1年次プログラムでハートのクッションを用いていた場合は、ぜひ3年次プログラムもハートのクッションを活用してください。これまでのアンケート調査や生徒の反応から、大きなハートのクッションは思いのほか生徒に強く印象付けられているのだと感じています。学校を訪問した際に、「ハートのクッションの人だ……」と生徒から声を掛けられることも実際多いのです。私たちのねらい以上の効果をもたらしているハートのクッションは、1、2年の授業の記憶を呼び戻すための有効なアイテムとして用いるとよいでしょう。

3年次プログラムで新たに組み込まれている思春期危機や、エリクソンの自我同一性の達成、マズローの発達理論は、中学3年生には少し難しい内容であるため、スライドの内容をただ読むだけでは不十分という印象があります。これらの概念については、事前にわかりやすい言葉に置き換える、たとえ話や具体的なエピソードを盛り込むなど、原稿を準備し、授業に臨むことをお勧めします。

スライドの説明でも示していますが、ストレッサーは自分にとって常にマイナスの存在というわけではなく、自分の成長を助ける役割ももつことを強調して伝えてください。

卒業前に3年次プログラムが組み込まれた場合は、春からの新生活で体験しえる、具体的なライフイベントについて、いくつか当てはめて講義すると、卒業後の生活への心構えにもつながります。なお、ホームズとレイのライフイベント表は、古い研究であるため内容に賛否両論あるようですが、ストレスの度合いが点数化されて示されることから、生徒にとってわかりやすく、印象に残るようです。

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第4章 フォローアッププログラム

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6項 授業に際して必要なツール

 ・教育プログラム講師用マニュアル ・授業用スライド ・配布資料(スライドの印刷物、アンケート、ワークシートなど) ・マイク(できれば3本、うち1本はワイヤレスマイク) ・小道具一式(ハートのクッション、矢印様の棒)

7項 事前・事後に必要なこと

1)事前3年次プログラムを行う際、学校との打ち合わせでもっとも必要なことは、「自殺をし

た人の相談行動の新聞記事」のスライドを使用するか否か、という点です(スライド例3)。

生徒の家族や、周囲の学校の生徒などに自殺未遂、あるいは自殺者がいた場合、スライドの使用を避けて欲しいと学校側から要請されることが多いため、必ず確認してください。伝え方についての内容も確認するとよいでしょう。そのほかも、学校内におけるメンタルヘルスの状況について把握しておくことがほかのプログラム同様に望ましいでしょう。

また、継続的にプログラムを実施している学校か、試験的に単発でプログラムを行う学校なのか、またはプログラム実施の時期に応じて、導入部分をはじめとする授業展開、アドリブについて検討します。単発で実施する学校の場合、学校との交渉により、授業時間を 60 ~ 80 分に設定できると時間的に余裕をもって、次年度につながるような効果的な授業を行うことも可能になります。

寸劇の進行、役割分担については補助スタッフと打ち合わせます。またほかの学年同様

スライド例3 3年次プログラム(一部抜粋)

自殺について 自殺について。相談をしないで命を絶ってしまった人が多いこと。自殺を紹介する記事などメンタルに関連した動向を紹介。

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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に、会場の確認と、プログラムの実施に必須となるパソコン、プロジェクター、スクリーン、マイクの確認は必要です。

2)事後プログラムを導入した学校では、私たちが実施する生徒向けアンケートのほかにも、学

校が独自に生徒に感想文やアンケートを課すところが多いようです。MHL を継続的に実施している学校の生徒にとっては、3年間の総括になります。また、試験的に実施した学校においては、今後のプログラム導入の検討について学校内で話し合いがもたれます。翌年度以降の継続的なプログラム実施に結びつけていくためにも、学校からの評価を聞く機会をもつことは非常に重要です。

8項 導入時のプログラム選択

学校が MHL を導入する際、中学3年生を対象に試験的にプログラムを実施するケースが非常に多いです。そうした学校に対し、これまで私たちは1年生~3年生までを凝縮した複合プログラム(ダイジェスト版)を提供してきました。1回の授業で、全学年の学習内容を紹介しようとするため、複合プログラムは情報の密度が非常に高い、講義形式になりがちでした。生徒の集中力を維持することは難しく、講師側にとっても扱う情報量が多すぎることが負担でした。

そこで、3年生を対象に学校が初めてプログラムを実施する場合でも、3年次プログラムを提供する形に変えました。学校の希望からです。

受験を抱える中学3年生はメンタルヘルス上、とても不安定な時期で、当然、学校もそのことを認識しています。だからこそ、MHL 教育への期待も大きいといえます。3年生プログラムは、ほどよく息抜きをしながら授業が受けられるようにバランスよく構成されていますので、私たちの取り組みを学校にアピールするうえでは、もっとも有効なプログラムだといえます。

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1節 教員プログラム

1項 はじめに

中学生は、成長過程として身体的にも精神的にも不安定な時期です。また、精神疾患を罹患しやすい年齢でもあるため、中学生が精神的な不調を抱えることは少なくありません。さらに、思春期にさしかかった中学生は、大人に相談して支援を求めることへの抵抗感から、1人で悩みを抱え込みがちでもあります。このため日常的に生徒と接する立場である教員には、生徒の精神健康状態を把握し、適切な対応がとれるような知識と行動力、つまりメンタルヘルスリテラシー(MHL)を兼ね備えることが求められます。

ところが、日本では、学校教員が MHL 教育を受ける機会は少ないのが現状です。そこで私たち学校 MHL 教育研究会は、教員が精神疾患についての正しい知識や適切な対応方法について学ぶことができるよう、教員向けプログラムを作成しました。

2項 目  的

教員プログラムは、中学校教員を対象に、生徒の健全な成育を支えるための精神保健に関する知識やノウハウを提供します。具体的には、次の3つです。

 ① こころの問題全般の知識を提供すること。 ② こころの問題をもつ生徒がいた場合に、正しい対応の仕方について、アイデアを提

♥第5章

教員・保護者プログラム

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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供すること、また相談先についての情報を提供すること。 ③ こころの問題が身近なものに感じるようになること。

こころの問題を体系的に学ぶ機会を提供することで、生徒のメンタルヘルス上の問題を、学校が早期発見・早期対応できるようにサポートします。

3項 授業内容

教員プログラムは、生徒プログラムと同様に、以下の内容を3年間かけて実施します。

 ・1年目プログラム:医師や臨床心理士、精神保健福祉士などの専門家による、精神疾患についての講演会を中心としたプログラム(全2回)

 ・2年目:精神障がいをもつ当事者や、その家族の体験談を中心としたプログラム。 ・3年目:プログラム全体の振り返り。

1)各年のプログラム内容① 1年目プログラム(専門職者による講演会を中心としたプログラム)

[第1回目]思春期・青年期の精神疾患をテーマに、うつ病や統合失調症などの代表的な精神疾患について学習します。導入部分で、こころの問題を抱えた生徒の援助希求行動が遅れる要因を説明し、本プログラム全体の目的、生徒プログラムの概要などを紹介します。続いて、精神障がいの発症年代や、早期発見・早期対応についての基本的な知識、統合失調症やうつ病について、事例を交えて解説します(スライド例1)。

最後に、精神的な不調が疑われる場合のサインについて説明し、サインを把握した際の対応、利用可能な専門相談機関を紹介します。プログラム実施後には、近隣の相談機関・電話相談機関などを記載した参考資料を配布します。[第2回目]不登校などの学校不適応に焦点を当てた講演を行います。導入の部分では

第1回目の内容を振り返りつつ、学校で教員が実際に経験する生徒の不適応状態について取り上げます。特に不登校は、生活環境や友人関係といった外的要因に加え、発達の偏りや精神疾患などの内的要因が複雑に関与すること、不登校傾向のサインの見つけ方や具体的対応について説明します。このほか、摂食障害や神経症、心身症などについても説明します。最後に、教員同士でグループワークを行います。グループワークでは、架空事例を提示し、これまで行ってきた対応を振り返りながら、対応方法について意見交換を行い、各グループで出た意見についてシェアリングを行います(スライド例2)。

② 2年目プログラム(当事者や家族との交流、体験談を中心としたプログラム)精神障がいを抱える当事者や、その家族の体験談を聞く機会を設けます。詳しくは次の

4項で触れます。

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第5章 教員・保護者プログラム

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スライド例1 教員プログラム1年目 第1回(一部抜粋)

③ 3年目プログラム(プログラム全体の振り返り)これまで行われてきた本プログラムの効果を伝えつつ、3年間の振り返りを行います。

具体的には、1~2年目に行ってきた精神疾患や不適応についての知識、また当事者の実際の体験談を振り返ることで、メンタルヘルス教育の必要性を改めて伝え、知識の定着を図ります。そのうえで、教員プログラムに参加した教員の感想、教育効果のフィードバックなど、全体の総括を行います。終了時には、学校側の要望や期待を尋ね、翌年度以降も継続的に活動していけるような関係作りに努めます。

構成内容 用いるスライド・実施時の写真 説明内容精神疾患の生涯有病率の説明

精神疾患の発症率を、年代別に説明する。特に 10 代に多いこと(41.3%)を強調し、生徒自身や周囲の人間が精神疾患について知ることの重要性を伝える。

精神疾患への対応が遅れがちになることの説明

発症率の高さに対し、対応が遅れがちになることを説明する。そのうえで、早期発見・早期対応の必要性に移る。

各 精 神 疾 患 に つ いて、具体的な症状や特徴の提示

統合失調症、うつ病の基本的な症状を、スライドを用いて順々に伝える。その後、気をつけたいサイン、事例を交えた説明、具体的対応、対応上の注意など、より具体的な説明に移行する。

授業時間:約 50 分

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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スライド例2 教員プログラム1年目 第2回(一部抜粋)

4項 当事者プログラム

2年目プログラムでは、精神障がいを抱える当事者、その家族による講演会を開いています。当事者や家族との交流を通じ、精神疾患を発症した時の体験、その後の経過、早期発見・早期対応に対する思いや考え、発症後の困難な体験について知ることによって、精神疾患や精神障がいへの偏見や差別を払拭し、精神的不調を把握した際の適切な援助行動

構成内容 用いるスライド・実施時の写真 説明内容前回内容の振り返り 第1回の振り返りを行う。

思春期を3段階に分け、第二次性徴や仲間関係の変化、アイデンティティの獲得といった各段階の特徴を説明する。同時に、各段階で二次的に生じうる不適応についても言及する。

さまざまな不適応についての説明

思春期に生じやすい不適応の例として、摂食障害、神経症、心身症などを示す。それぞれ、具体的な特徴や対応を交えて説明する。

不登校についての具体的対応や、事例を交えての説明

不適応状態のうち、特に不登校については丁寧に説明を行う。タイプ別に説明し、具体的対応についても言及する。そのうえで、最後に数人から構成されるグループを複数作り、事例に基づいたディスカッションを行う。

授業時間:約 50 分

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第5章 教員・保護者プログラム

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にもつながります。

5項 授業の工夫

学校現場の教員には、学んだ知識の応用実践が求められます。そのため、教員プログラムにおいても実践的な知識への期待は非常に高いと感じています。加えて、現実に精神疾患を抱える生徒や教員への支援や対応に関わっている教員は、より具体的な助言を求めています。質疑応答の時間は長めに用意し、現場教員の支援ニーズの把握とともに、教員へのサポートができるとよいでしょう。そのためにも、事前に学校長や養護教諭、特別支援コーディネーターなどを通じて学校の状況を把握し、個別的に対応が必要なケースに関しては別途ミニカンファレンスを実施してもよいかもしれません。

メンタルヘルス教育についてさらに詳しく学びたいという要望にも応えられるよう、参考文献や研究機関に関する資料を作成することも工夫の1つです。最後に、先生からのよくある質問と回答例について示します。質疑応答の参考にしてください。

[教員プログラム実施時にあがりやすい質問 ( )内は回答例] ・実施にかかわる費用はどのくらいか。(学校の費用負担は基本的にない) ・生徒プログラムはフルバージョンで実施する必要があるか。(基本的にフルバージョ

ンが望ましいが、学校のニーズに合わせ対応することを説明する) ・生徒本人や親兄弟が精神疾患をもつ場合つらくないか。(打ち合わせの際に対応が検

討できること、そのために教員からの情報提供が重要であることを改めて伝える) ・不登校は精神疾患と関係するのか。(一概には言えないが、中にはその心配もあり、

また長引けば、何らかのケアが必要な場合も多いことを伝える) ・親に精神科を勧めたら怒るのではないか。(心配している具体的な様子を伝える。そ

のうえで相談機関・医療機関を勧めるといった、対応の工夫を伝える) ・発達障がいと精神疾患はどう見分けるのか。(成育歴が診断材料になるとされるが、

支援につながることがまずは重要で、最初の段階では病名にこだわらないほうがよいことを説明する)

 ・脳に影響する薬を子どもに飲ませて平気か。(服薬の有無を含め診断に沿った治療の重要性について説明し、早期発見・早期治療の重要性を伝えるとともに、多剤大量服薬の問題についても慎重に伝える)

6項 授業に際して必要なツール

 ・教育プログラム講師用マニュアル ・配布資料(スライドの印刷物、相談機関一覧、アンケート、ワークシートなど) ・PC、スライドのデータ、プロジェクター、スクリーンなど、スライド上映に関する

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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物品。 ・マイク(小規模の部屋を使う場合は不要な場合もある) ・参考文献(図説付の書籍や、関連機関が発行する冊子、研修機関の情報など)

7項 事前・事後に必要なこと

1)事前 ・タイムスケジュールや実施場所、学内で用意できる物品・持ち込む必要がある物品な

どの確認、学校側や実施協力者との連絡調整は、定期的に行う。 ・こころの問題に関して支援を要する生徒がどの程度いるかを把握する。 ・特別支援コーディネーターやスクールカウンセラーなど、学校精神保健のキーパーソ

ンを確認し、教員プログラムへの協力や参加について交渉する。 ・校内の教育相談部会や生活指導部会といった、校務分掌の組織構成を確認する。 ・精神保健に関する地域資源を調べ、一覧を作成する。 ・講師をつとめる当事者の推薦を地域の家族会や当事者会などに依頼する。

2)事後 ・アンケートを実施する場合は、個人情報なので、保管場所や入力担当など、役割を明

確にして取り扱う。

8項 不登校生徒の多い学校での体験から

2012 年度に東京都内で行った教員プログラムでの体験です。プログラムを実施した中学校は、古くからある住宅街の比較的治安のよい地域にありました。ところが不登校生徒数は他校に比べて多く、先生方は校内の教育相談体制の構築に苦慮されている印象を受けました。教育相談機関からも遠く、支援機関も周囲に少ないために、問題を学校が抱え込まざるをえない構造があったのだろうと推察しました。

実際に、こころの問題を抱えた生徒への対応に携わる先生方の困難感は非常に強いものでした。先生方はプログラムに強い期待と関心を示し、講演にも熱心に参加していましたし、質疑応答の時間には、今まさに対応に困っている事例に関する質問が数件あがりました。講師としてプログラムを実施してみて、学校が抱えている問題の大きさや深さに気づきました。本プログラムは、具体的な知識や実践方法を必要としていた先生方の期待に、ある程度応えられたのではないかと思いました。しかし、限られた時間の中で、生徒の家族歴や症状の経過、発達に関する情報も十分ではないケースについて、精神科医療従事者あるいは専門職者として適切なアドバイスを行うことにも限界を感じました。今後は、校務分掌などの校内組織を活かし、ケース会議の提案や、他機関との連携をうながすなど、学校が潜在的にもっている力を引き出すことも必要だと思いました。

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第5章 教員・保護者プログラム

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2節 保護者プログラム

1項 はじめに

親にとって思春期の子どもは、小学生から中学生になり、その身体的・精神的な発達に目を見張るものがあります。この時期、子どもには第二次性徴と呼ばれる身体の変化が起きます。この身体の変化はこころの変化の加速にもつながります。子どもはこの時期の不安定な気持ちを言葉で上手に表現できず、唐突に汚い言葉を使ったり、親にも反抗的な態度をとったりします。そして、親、特に母親に対して距離をとりはじめます。その変化は、親にとっては大きな不安となります。

この思春期の変化について、保護者に正しい知識をもってもらうとともに、精神疾患の発症が 10 代で多いこと、特に統合失調症では4割と、大変大きいことを理解してもらうことが必要です。精神疾患を発病した方のご家族から、「あの時、親にもう少し病気の知識があったら、もっと対応が違っていたのでは」と後悔する話をよく聞きます。思春期の子どもをもつ親は、この時期にはじまりやすい精神疾患の基本的な知識をもつことが必要なのです。

2項 目  的

保護者プログラムの目的は、大きく4つあります。

 ① 子どもの成長や発達についての知識を提供すること。 ② 思春期に起こりえる、こころの問題全般の知識を提供すること。 ③ 子どもが心配な状態にある時に、

(1) それが発達の過程にあるために見られるものか、病気のサインなのかを見分けるポイントを提示すること。

(2) 正しい対応の仕方について、アイデアを提供すること。(3) 相談先についての情報を提供すること。

 ④ 正しい知識を得て、安心してもらうこと。

子どもの悩みを日頃から、同じ親御さん同士で話せることが必要です。そして、必要があれば、学校の担任や養護教諭、スクールカウンセラー、近くの相談機関に相談するなど

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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の希求行動がとれることを期待しています。

3項 内容の要約

対象は原則として中学1年生の保護者としています。ここでは1年間に全3回行うプログラムを紹介しますが、学校の状況に応じて、このプ

ログラム内容を2回、あるいは1回にすることも可能です。

第1回 講演会「思春期のメンタルヘルス:子どものこころを知るために」第2回 グループワーク「子どものこころの健康に関する事例をとおして」第3回 「体験したから伝えたい、思春期の子どもをもつ親御さんへのメッセージ」(精

神障がい者家族の体験談)

各回ともに、グループワークを行い、保護者同士で自由に話せる時間をとります。その際、座席を円形に並べ、担当者がグループのファシリテーターとして参加し、話しやすい雰囲気になるように配慮します。また、保護者が困った時に援助を求めることができるように、養護教諭やスクールカウンセラーを紹介したり、医療機関や児童相談所などの相談先の資料を配付するとよいでしょう。

[本教育プログラムに含まれる構成要素]保護者プログラムでは、① 思春期のメンタルヘルスの知識、② 統合失調症やうつ病な

どの精神疾患の知識の提供、③ 精神障がい者家族の体験、④ 保護者同士で率直に話せるグループワーク、⑤ 学校の相談者となる養護教諭やスクールカウンセラーを紹介、⑥ 医療機関も含めた相談機関の資料の提供といった構成要素を含んでいます。

4項 授業内容

1)第1回:講演会「思春期のメンタルヘルス:子どものこころを知るために」思春期のメンタルヘルスについて 50 分ほど講義をし、質疑応答の時間をとるとともに、

30 分ほど小グループでグループワークを行います。保護者それぞれに抱えている悩みを語ってもらいます。子どもの友人関係、発達に関する悩み、子どもへの接し方に関する悩みなどが話されます。たとえば、夏休み明けに学校に行きたがらない時期があり、親として悩みながらも、学校と連絡をとって乗り越えた体験が語られたり、朝起きられない子どもに、どのようにかかわったらよいのか、子どもの行動に問題があった時に、どう注意をしたらよいのかなどです。講師に回答を求める傾向がありますが、質問をほかの保護者に振ることで、グループ全体の話に広がります。教員に同席してもらうと、普段の子どもの様子を発言されて、保護者の安心感や共感、視点を変える役割をしてくれます。

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第5章 教員・保護者プログラム

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最後に、保護者が困った時に援助を求めることができるように、保健室やスクールカウンセラーを紹介し、また、医療機関も含めた相談機関をまとめた資料を配付します。

2)第2回:グループワーク「子どものこころの健康に関する事例をとおして」前半は具体的な事例や場面を示して、保護者に考えてもらうようにします。たとえば、

A君が学校へ行きたくないという場面をあげて、「A君に何が起こっていると思いますか?」と問いかけます。参加者をグループにして、各グループで意見を出し合ってもらいます。その後に、摂食障害や不登校などの思春期に起こりうるこころの問題も含め、子どもの成長と発達について考えます。

後半のグループワークでは、保護者から反抗期にまつわる話など、具体的なエピソードを出してもらい、その対応について話し合います。1人の保護者がエピソードを話すと、ほかの保護者も共感し、話が続いて率直な話し合いになります。

終了後に、子どもの不登校体験や強迫行為について相談に来る保護者もあり、さまざまな深刻な問題を抱える保護者の多いことがわかりました。「ほかの方のお話が聞けてよかった」など、意見交換の場としての肯定的な評価が目立ちました。

3)第3回:「体験したから伝えたい、思春期の子どもをもつ親御さんへのメッセージ」精神障がい者家族会の会員による体験談「体験したから伝えたい、思春期の子どもをも

つ親御さんへのメッセージ」というテーマで 40 分ほど話してもらいます。子どもが統合失調症を発病した時の状況や症状、その時の驚きや混乱、親としての子育てへの後悔、治療や現在の回復まで具体的な体験談が話されました。さらに、今、子育てをしている保護者へのメッセージをいただきます。

その後、参加者に、講演の感想、今の子育ての悩みなどを、1人ずつコメントをしてもらいます。ご自分のお子さんの精神疾患の体験が話されたため、参加者も中学1年生の子どもだけでなく、その兄弟、保護者自身の病気なども隠されることなく率直に語り合えたことから、精神疾患に対する正しい理解や関心が高まったように思われました。終了後は、個別相談の時間を設けます。

第1回・2回を一緒にして、1回で行う場合も多いです。学校の希望によってアレンジしてください。スライド例3は構成内容、スライド・説明内容の概略です。

5項 授業の工夫

会場は、学校内の比較的広い場所が必要ですので、図書室や音楽室などを使用します。講師や保護者同士の距離が小さくなるよう、はじめから机を外して椅子だけを並べます。保護者の参加人数が当日まで把握しにくいこともあり、調整可能な会場作りをします。

講義では、具体的な場面を提示して、親としての対応を考えてもらったり、発表してい

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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構成内容 用いるスライド・実施時の写真 説明内容講演内容 思春期・青年期の特徴と心

の問題、不調時のサイン、不調時の対応、精神疾患の特徴、身近な相談場所について説明。

思春期の精神的不調 まずはじめに、日常よくある場面を示す。中学1年生のA君に何が起こっていると思いますか? と問いかけ、近くの人と話し合ってもらう。

思春期、青年期の発達課題と特徴

思春期を初期、中期、後期と3つの段階に分けて、その特徴を説明。身体の発達が先行、心の発達との不均衡が不安定さをもたらす。しかし、人間の発達でとても大切な時期であることを話す。

思春期・青年期で起こりうる精神疾患

思春期・青年期で起こりうる精神疾患として、うつ病、摂食障害、強迫性障害、統合失調症について、その概要を説明する。これらは誰もがかかる可能性があって、決して珍しくないこと、不調に気づいたら早めに相談することが大切であることを説明。

スライド例3 保護者プログラム(一部抜粋)

講演時間:50 分、その後グループワーク 40 分

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第5章 教員・保護者プログラム

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ただくなど、参加型の講義となるように配慮します。また、パワーポイントを使用します。グループワークでは、参加者の安全を守るために、「ここでの話は外に持ち出さない」

「話したくない時にはパスしてもよい」などのルールを伝えてはじめます。椅子を円形に並べ、講師はグループのファシリテーターとして参加し、話しやすい雰囲気になるように配慮します。全員が発言の機会をもてるようにします。各回とも、30 分程度の話し合いを行いますが、それでも時間が足りないくらいで、日頃から親同士が話し合える場の必要性を感じます。

対象とした中学1年の子どもだけでなく、その兄弟や保護者自身がメンタルヘルスの問題を抱えている場合も多いことがわかります。グループワークでは、徐々にお互いの垣根がなくなり、深刻な悩みが話されることも多々あります。相談機関や医療機関につながっ

学校の中で相談できる専門家の紹介

学校には相談できる専門家がいることを伝える。学校の養護教諭、スクールカウンセラーを紹介する。

地域の相談機関の紹介

心配なことがあれば、気軽に相談することを勧める。保健所、精神保健福祉センター、児童相談所、教育相談所などの相談機関を紹介する。さらに、病院やクリニックも紹介する。

次回講演会の案内 次回の講演会にも参加してもらえるよう、第2回講演会「体験したから伝えたい、思春期の子どもをもつ親御さんへのメッセージ」を案内する。

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Part 2 メンタルヘルス教育プログラムの実際

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たほうがよいと思われる場合もあります。すぐに利用可能な「医療機関も含めた専門相談機関についてまとめた資料(近隣の)」を配布することは、保護者が相談や受診行動を起こすための支援といえます。

保護者によっては、その後の個別の相談が必要なケースも多く、さらに継続した支援も不可欠であると感じます。プログラムを実施するにあたっては、中学校の養護教諭、スクールカウンセラーに出席をお願いするとよいでしょう。校長先生や担任の先生に同席してもらえると、自然な流れの中で、支援が連携できるのではないかと思います。

参加者の多くは母親ですが、わずかながら父親の参加もあります。グループワークでは、ファシリテーターの人数に配慮して、複数のグループとしています。クラス別にすることもよいかと思います。また、男の子と女の子の悩みは違っていることもあり、同性の話を聞きたいという意見もあります。子どもの性別でグループ分けするなどの工夫もあってよいかと思います。

終了後に、個別に相談を受けることも多く、それには丁寧に対応しています。そのためにも、近隣の相談機関の情報や、教員との連携が必要です。

6項 授業に際して必要なツール

・教育プログラム講師用マニュアル・配布資料(スライドの印刷物、相談機関一覧、アンケート、ワークシートなど)・パソコン、プロジェクター、スクリーン・マイク(できれば2本)

7項 事前・事後に必要なこと

1)事前保護者プログラムを行う際には、事前に学校側と協議し、学校側が希望する内容やこち

らが提供したい内容を調整する必要があります。また、当日に、養護教諭やスクールカウンセラーなどの勤務を調整し、参加していただくとよいと思います。

子どもが中学生になると、働きはじめる母親も多くなり、平日はなかなか学校に来られない保護者が増えます。保護者会との組み合わせや土曜日の実施など、集まれる環境の整備が必要です。PTA と連携し、年間行事を立てる前から相談することが望ましく、学校から PTA に働きかけて、PTA や学校主催の講演会として位置づけられるとよいでしょう。PTA 会長や学年の委員長の連名の案内チラシを作成し、各家庭に配布して周知してもらいます。

2)事後プログラムの終了後には、参加者へのアンケートを毎回実施し、役立ったかの評価、今

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第5章 教員・保護者プログラム

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後希望する内容、感想などを聞いています。その内容は、担当者の振り返りに役立てます。アンケートの回答で気になる記述があった際には、学校側に報告して、対応をお願いすることもあります。

8項 精神障がい者家族の体験談への共感

生徒プログラムが精神障がい者をもつ当事者の体験談を聞くというプログラムを位置づけているのと同様に、保護者に対しては、統合失調症を発症した子どもの親の体験を聞くプログラムを設けています。体験談の講師は、近隣の精神障がい者家族会から紹介してもらえると思いますので、ぜひ、相談してみてください。

同じ立場にある親として思春期の発症時の体験談は、ちょうど心理的に不安定な時期の子どもをもつ保護者には共感できます。こうした体験を聞くことで、より一層率直に話してよいのだという環境作りができるでしょう。実際、自分の家族に精神疾患があることなどが率直に話され、子どもの悩みだけでなく、親自身の悩み、夫婦の悩みなども、あふれるように話題に出ます。

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♥Part 3

学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラムの

立ち上げ方、進め方ガイド

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学校メンタルヘルスリテラシー(MHL)教育を推進する活動を開始してから約 10 年間が経過しました。この間、継続的な教育の取り組みにつながることのできた学校はいまだ少なく、活動するスタッフの確保に奔走している状況にあります。しかし、それでも活動をはじめた当初に比べると、私たちはたくさんの経験を重ね、活動を進めるためのノウハウのようなものを数多くえることができました。Part 3 は、このような私たちの経験をもとに、中学生を中心とする子どもたち、子どもを取り巻く「もっとも身近な大人」である教員や保護者に向けて、学校 MHL 教育をどのように届けていけばよいか、を示すものです。

学校での MHL 教育を子どもたちに届けていくうえでは、重要なポイントは6つあります。

① 学校 MHL 教育を知ってもらうこと。② 活動する場所(学校)を確保すること。③ 活動する人を集めること、取り組む関係者のネットワークを築くこと。④ 提供する教育プログラムの質の安定をはかること。⑤ 教育プログラムを定着させること。⑥ 円滑な教育提供を行うための実施体制、バックアップ体制・組織をつくること。

6つの視点について、以下に概要を示します。

1)学校 MHL 教育を知ってもらうことわが国において、学校における MHL 教育の考え方や必要性は、残念ながら諸外国と比

較して社会全体に知られていないのが現状です。そこで、2章ではプログラムに関する広報を、4章ではプログラムを実践する仲間の探し方、5章では講師を養成する研修会につ

♥第1章

総  論

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

92

いて述べています。これは少しでも多くの人に MHL 教育の考え方を知ってもらうことが重要であると考えたためです。

2)活動する場所(学校)の確保学校における MHL 教育を行う場合、初期の段階において、実施する場所(学校)を自

らの足を使って開拓する作業が必要になります。しかし、一口に学校、行政機関といっても組織内にはさまざまな部署があります。普段の生活や仕事でこれらの組織とのかかわりが少ない方の場合、組織について知る機会もあまりないのではないでしょうか。第3章では、活動場所を確保するための方法、学校や地域、行政機関の特徴や働きかけ方について紹介します。

3)活動する人を集めること学校 MHL 教育は、私たちの開発したプログラムを活用していただければ最低1人でも

できます。また精神保健医療や福祉、学校教育に携わる方であればそれぞれの経験を活かしてよりよくできるでしょう。しかし、皆さんが活動される地域の学校に、MHL 教育を効果的かつ継続的に届けるためには、複数の講師などのスタッフが必要です。そのため人員の確保が課題となります。また学校開拓ひとつにしても、人のつながりが大事にされますから、さまざまな経験や立場が重要になります。4章を中心に、できる限り多くの方の協力を得るための方法について述べます。

4)提供する教育の質の安定をはかること学校で生徒の授業として取り組むからには、教育の質の確保は重要です。このプログラ

ムは学校教員以外の人たちでも授業が行えるように構造化されており、教育を実践する人の職種は限定していません。実際に学校 MHL 教育に意欲的な人たちは、精神保健医療福祉の関係者が中心です。教育の専門家ではない精神保健医療福祉関係者が効果的に教育を実践できるよう、5章では講師養成研修会について述べます。7章では適切な教育実施計画の立案について、10 章で教育活動の成果を評価することについて述べます。

5)教育を定着させること学校 MHL 教育は、6章で述べるプログラム導入だけではなく、導入後の活動定着にも

難しさがあります。一時的な賛同を得ても、教育効果が期待できないと学校に判断されてしまえば、教育の継続は実現できません。安定したスタッフの確保のために事務局の体制づくり(8章)や教育活動の定着・継承(9章)が重要です。

6)円滑な教育提供を行うための支援体制をつくること学校で MHL 教育プログラムを継続的に提供していくためには、学校における教育プロ

グラム提供のほかに、学校開拓をはじめとするさまざまな業務が存在します(3章)。私

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第1章 総  論

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たちはこれらの業務を行う組織を事務局と呼び、円滑に教育プログラムを提供するためのバックアップ機能を行うために不可欠の存在と考えています(8章)。実際に教育を行う以外にプログラムを実施する学校と連絡調整をする業務や、教育プログラムを実施するスタッフを配置する業務、実施する学校を広げ、地域と連携する活動、また養成のための研修会を実施する活動などが重要になります。

本 Part は私たちにとっても現在進行中のことが多く、情報の整理が不十分であることを最初に述べておきます。しかしここで述べられていることは、私たちの実践経験から得た学びの集大成ともいえる箇所です。さまざまな地域から、さまざまな立場の方で構成された、私たち研究会の活動そのものであると理解していただき、これから各地域においてプログラムを導入しようとされる皆様のお役に立てればと願っています。

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現在、学校 MHL 教育の認知は充分ではありません。しかし、そこに問題意識をもっている方が多く潜在していることも事実です。わが国において長年にわたって精神科受診を特殊視して阻み、患者を苦しめてきた精神疾患に対する誤ったスティグマ(偏見)を、学校 MHL 教育の展開によって軽減させることが可能となります。そして精神疾患の早期受診行動のきっかけになりえることを理解していただくことができれば、多くの力添えが得られるともいえるでしょう。

1節 学校・教員

学校や教員のメンタルヘルスに対する関心は、徐々に高まっているように思われます。ただし学校や教員の関心には地域差が生じているようです。私たち、研究会では、これまでに教員を対象とした研修会をいくつか企画しました。

たとえば東京のベッドタウンに位置する神奈川と千葉のある地域で、同じような教員向けの研修会を企画しました。どちらも教員が参加しやすいように日にちなどを配慮し、広報も同じように行いましたが、一地域では参加が得られましたが、もう一地域では参加がまったく得られなかった経験をしました。

これまでの研究において、教員自身のメンタルヘルスへの関心の高まりが示唆されていますが、生徒への MHL 教育を導入するまでには達していないように思われます。また、個々の教員の関心が、必ずしも学校全体の MHL 教育への関心につながるわけではないようです。

♥第2章

学校MHLプログラムにかかわる人たちのニーズ

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第2章 学校MHLプログラムにかかわる人たちのニーズ

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つまり単に関心があるだけでなく、メンタルヘルスへの強い関心や危機感、未来に向けた取り組みへの意欲、精神障がいのアンチスティグマ(脱偏見)など現状を変える意識が必要です。MHL 教育の導入が実現できた学校では、MHL 教育へのある種の信念をおもちの教員が、学校全体を動かしました。こうした学校では、この教育を生徒に実践していくことで、徐々に教員全体の関心も高まっていきます。

【事例】スタッフとして講師をした元学校教員の経験から◆ある学校で学校 MHL プログラムの教員向けを実施している時に、一教員から質

問を受けました。「同僚が統合失調症にかかり退院してきたが、喫茶店で会って話を

してもいいものかどうか、今後どう付き合っていけばいいのか、まったく見当がつ

かないので教えてほしい」というのです。

ふつう、現場の教員は統合失調症という疾患名を聞くのも実際に遭遇することも

初めてで、まったくどうしていいのか皆目わからないのが現状です。しかし、早期

に発病する患者は小学校3年生くらいで医者にかかっていることもあります。精神

疾患を罹患してから医師にみてもらうまでに平均 13 カ月も要しているという、先

進諸国から見たら異様としかいいようのないほど、長期にわたって放置されている

のです。その原因にはスティグマなどさまざまありますが、何よりも学校現場でメ

ンタルヘルスの知識すら共有されていないことが、大きな要因と考えられます。

こころの調子を崩した子どもたちが、最初に行くところは保健室です。そして、

そこにいる養護教諭は、保健行事や不登校の生徒や保健室登校という状態に陥って

いる子どもたちの世話で手一杯なのが現状です。また、スクールカウンセラーは各

学校を週に一度訪問する程度で、子どもたちにとっては身近な存在ではありません。

専門家を身近にするという視点からも MHL 教育が肝要となってきます。

2節 医療・保健・福祉関係者

これまで私たちの企画する研修会への参加者の多数は、医療・保健・福祉従事者でした。つまり、学校 MHL 教育にもっとも関心を示しているのは、医療・保健・福祉の関係者であるといえます。現在私たち研究会で活動しているスタッフの多くが、これらの職業に従事しています。

総論にて述べましたが、この活動はスタッフの定着が非常に困難な状況にあります。その背景には、この活動に対する社会的な理解の乏しさがあるのですが、本来、積極的に介入するべき医療・福祉分野の施設においても、変わりがありません。社会貢献を将来的な

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

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投資と見通せる施設管理者は決して多くはなく、その場では経済的な利益をもたらさない学校 MHL 教育は、施設の協力が得難いのです。医療・保健・福祉従事者の中に、学校MHL 教育に対する関心が高い人材が存在する一方で、施設の理解が得られにくい現状があり、それを打破することがメンタルヘルス教育の定着に影響するといえます。以下に、スタッフの声を紹介します。

【事例】作業療法士の立場から◆私が精神科臨床に携わってから約 10 年、多くの未治療患者さんをみてきました。

1年2年は当たり前で、発症が疑われてから 10 年以上も医療機関を受診していな

い方もいました。患者さんや家族に理由をきくと、「そんな病気があるなんて知らな

かった」「どうしたらいいか、わからなかった」といった回答が返ってきます。

この状況には、「メンタルヘルスリテラシー」が大きくかかわっています。近年、

健康に関する情報番組が多く放送されていますが、精神疾患に触れているものはご

くわずかです。うつ病が紹介されることがあっても、統合失調症が紹介されること

は、ほとんどありません。精神科臨床では DUP(精神病未治療期間)という概念が

あり、DUP が短ければ短いほど予後はよく、長ければ長いほど予後不良とされてい

ます。そのため、あまりにも DUP が長ければ、リハビリテーションの効果にも限

界があるといわざるをえません。WHO(世界保健機構)は DUP を、3カ月未満が

望ましいと示しているように、早期の精神疾患教育が重要だと考えられます。

近年、介護予防やメタボ予防など、「予防」に関する意識は高まっています。で

すが、メンタルヘルスに関してはどうでしょうか。身体に関する予防が身体リハビ

リテーションの大事な役割であるように、精神に関する予防教育も精神科リハビリ

テーションの大事な役割だと考え、この活動に加わっています。

3節 当事者・家族

メンタルヘルス情報に関心の深い当事者や家族においても、学校 MHL 教育の必要性は充分には浸透していません。精神疾患への早期介入・早期治療への第一歩として、学校教育の有効性が述べられていますが、一部の当事者、当事者家族の中に誤解があるのも事実です。そうした方たちに学校 MHL 教育に対する正しい知識、つまり当然ながら早期介入そして適切で有効な早期治療と、若年期からの積極的薬物療法とはまったく異なるものであるという理解を得る必要があります。

一方で当事者や家族には、学校メンタルヘルスに強い関心をもつ人が多く潜在している

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第2章 学校MHLプログラムにかかわる人たちのニーズ

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ことも事実です。早期治療へつなぐための知識の必要性を、ほかの誰よりも認識しているからです。とりわけ思春期に発症した経験をもつ当事者や家族は、思春期の子どもたちが精神疾患の知識をもち、必要な時に援助希求行動を大人に向けて発することの必要性を誰よりも理解しています。さらに家族会に所属して、多くの当事者、家族の体験を見聞し、治療の遅れがもたらす悲惨を知り、メンタルヘルスの知識の普及の必要性を強く感じている人もいます。将来、自分たちと同じようなつらい体験者をできうる限り減らしたいとの思いは強いでしょう。だからこそ信頼できる力になりえると思います。

【事例】家族であるスタッフの声◆家族や当事者は、すでに発症を体験しているため、多くの人は医療情報や障がい

者福祉などに関心が向きます。それに対して MHL 教育は、予防的な要素が強く、

本人や家族にとっては、いわば間に合わなかった情報です。ではなぜ、関心を向け

たのでしょうか。

まず、当事者も家族も「こんなつらさは私たちだけでたくさんだ」という思いが

あります。友人や教師の不審な眼差し、口に出せなかった病名、不登校の親の集ま

りでさえ精神的な病気とわかると「うちの子とは違う」という目を向けられる。そ

こには偏見が存在しています。

また、家族や本人の「これが病気とは思わなかった」「精神科は行きにくい」と

いう無知と偏見が、治療を遅らせ悪化させたという後悔。反対に「こうした病気が

あり、精神科の治療が必要」というわずかな知識が早期治療に結びついた場合は、

「たったこれだけの知識があれば、病状の悪化を防いで後遺症を減らせる」と、MHL

の重要さに目覚めた人もいます。

ある当事者は、「高校入学直後に発病したのに、誰も気づかず、21 歳になるまで

治療を受けられなかった。私は大学受験に失敗し、同病の仲間は中途退学を余儀な

くされた。もし、中学校で正しい知識を教えてくれていたなら、私の人生も彼の人

生も、今とはまったく違ったものになっていたことでしょう」と言いました。今は

就職・結婚をしたり、大学院で学んだりと幸せを感じているそうですが、「それは結

果がたまたまよかっただけであって、10 代 20 代でしかできないことを体験でき

ず、その後の人生を左右された」という痛みは消えるものではありません。

こうしたつらい体験からの話は、強い説得力をもちます。「当事者が参加するこ

とで、生徒たちは生の声を聞くことができます。象を見たことのない子どもたちに、

写真を見せて説明するより、象を連れて来て触らせる方がはるかによいのと同じ」

と。

「たったこれだけの知識があれば……」という悔しさ、「わが子を救えなかった」

つらさ、また「思いがけない病気」「どれだけ偏見に苦しめられたか」等々、これら

を授業の前に語るだけで、生徒たちの「誰でもなるのかもしれない。この授業は聞

いておいたほうがよさそうだ」という気持ちを喚起できることもしばしばです。

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

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今、情報はどこからでも入って来ます。誤った情報は、本人や家族を混乱させ、

いじめの原因にもなります。誤った情報にさらされる前に、学校で正しい知識を伝

えることがいかに大事かを教育関係者は深く考えてほしいのです。

「悩みや症状は恥ずかしいことではないんだよ、誰かに相談したほうがいいよ」

と、自分の体験から伝えたい。また、友人が具合悪そうな時、知識があれば温かく

見守れる、専門機関に相談することを勧められる。この授業がそんなクラスをつく

る一助となればと願います。先生方や保護者も、あわてずに正しく対応できる知識

をもつために、ぜひこの学校 MHL 教育を利用していただきたいのです。

一方、家族や当事者は、専門家ではないため、体系的な学びをしていません。そ

のため個別の体験はあっても、深い広範な知識は不足しています。また自らの体験

が強烈であったために、それを普遍化してしまいがちな欠点をもつなど、授業をす

ることを不安に思う当事者や家族もいるかもしれません。

しかし、この学校 MHL 教育は、基本的なプログラムは練り上げられており、そ

れに基づいて授業をするため、専門家ではなくても、その部分を充分に補えるよう

になっています。全国のどの学校でも、生徒・教師・保護者に対し、それぞれここ

ろの健康についての正しい知識を伝えられるように作成されています。

生徒は精神疾患への関心はほとんどないといえます。医療関係者の授業は知識と

しては深められますが、一般論として聞いてしまいがちです。そこに家族や当事者

の体験談が添えられることは、身近に受け止められる可能性を強めることでしょう。

4節 行  政

精神疾患は 2013 年度医療計画より五大疾病に位置づけられるようになりました。このことは、精神疾患およびメンタルヘルス対策が、国をあげた取り組みとして重点施策となることを意味します。これまで、私たちが企画した研修会にも、行政機関から多くの方が参加しています。児童思春期と精神疾患への課題を、行政も強く理解しはじめているように思われます。

一方で学校におけるメンタルヘルス教育に対する行政からのニーズは、今のところ低いように思われます。一口に行政といっても、教育と医療・福祉ではまったく異なる分野であること、そしてその壁が大きいこと、さらに、メンタルヘルス分野における投資に社会的理解が得難く、予防教育はさらに社会的関心が薄いことが関連するようです。

メンタルヘルスの先進国では、国をあげた取り組みを決定してから数年後に、学校メンタルヘルスの導入が普及している国も多くあります。また、薬物乱用防止教育は、日本で

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第2章 学校MHLプログラムにかかわる人たちのニーズ

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も行政指導のもとに全国すべての学校で展開されています。この MHL 教育も、ある市では行政指導のもとに市内全校で実施されています。行政ニーズを引き出すことができれば、大きな力を得られることも事実です。

【事例】家族会員のスタッフの行政への働きかけ◆区内施設の精神障害者福祉ネットワークでは毎年、自治体への要望書を作成し、

MHL 教育の必要性を訴えています。そこから教育委員会へのつながりを得、中学の

校長会で説明。しかし、その後、中学校に連絡をとっても、授業実現には至ってい

ません。また、教育委員会主催の夏休み中の教員研修の依頼がありました。教員は

10 名で小学校教諭が多く、中で1名の養護教諭が学校の「たより」に授業内容につ

いて掲載しました。

障害者福祉推進委員会でも実施要求していますが、教育委員会と福祉部は政策的

つながりがなく学校には届きません。教育委員会に MHL 教育の必要性の理解を得

られてもなお、教育現場は壁が高いことも事実です。

5節 保護者・生徒

保護者や生徒は特に健康な状態の時には、一般に MHL の必要性を感じることはほとんどありません。保護者は自分の子どもに精神疾患が発症することを想定していないでしょうし、生徒に至っては精神疾患の存在をあまり認識していません。

しかし本当にニーズがないわけではありません。ニーズがないのは、MHL 教育以前に、メンタルヘルスそのものの知識がないだけです。これまで授業を行ってきた学校でも、生徒たちから「私、うつ病でした」「前から声が聴こえていたんです」「お母さんの病気がわかりました」などの声が聞かれました。また今、私たちとともに活動しているスタッフの中にも、子どもが発症して初めて精神疾患を知り、社会的な認知に問題意識をもって活動に加わった人も多くいます。つまり保護者も生徒も、潜在的にニーズがあるといえます。

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1節 学校開拓のための広報

学校で授業をするためには、教育関係者に対する広報活動が重要になります。ここでは私たちが行ってきた広報活動の実際とその成果を紹介します。

1項 教育委員会

プログラムの実施には学校への働きかけが必要となりますが、事前に各自治体の教育委員会の協力を得ておくことは重要です。しかし教育実施に向け教育委員会の協力を得ることはなかなか容易ではありません。これまでに働きかけてきた事例を紹介します。

教育委員会の全面的な協力が得られ、MHL が実施された地域としてはA市があります。A市は研究会の事務局がある地域です。地域には多くの病院があり、障がい者医療、社会福祉に関する関心が高い地域でもあります。教育委員会に働きかけをするうえでは、依頼する側の背景も影響するようです。活動をしようとする本人や施設が教育機関の身近にあれば顔の見える関係になるでしょうし、信頼も築きやすくなります。また普段の活動内容が事前にわかっていれば協力も得られやすくなるでしょう。もし何のつながりもない場合には、内容がわかるものを持参し、わかりやすい説明を心がける必要があります。A市では、市内5校の中学校があります。過去約 10 年間にわたって1年生から3年生までのプログラムが実践されてきました。教育委員会を通じて学校開拓につながることのメリットは、管轄地域をあげての取り組みに結びつけられる点であるといえます。

一方、ある県では今のところ教育委員会の支援は得られていません。研究会のメンバー

♥第3章

実施する学校を募る、開拓する

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第3章 実施する学校を募る、開拓する

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とともに回った教育委員会の数は5つですが、いずれも教育委員会の協力にはつながりませんでした。私たちの教育委員会での広報活動の体験の中には、最初にうかがった部署で、別の担当部署を紹介していただいたのはよかったのですが、後日電話連絡しうかがってみたら、同じ建物の同じフロア内にありました。このように教育委員会の協力は、決して容易には得られません。教育委員会の協力にはA市のような直接的な協力のほかに、学校宛にプログラム紹介のパンフレットの配布や、地域の校長先生が一堂に集まる校長会の調整などがあります。成果の有無にかかわらず、教育委員会への広報活動は、はじめの一歩として重要な位置づけであると思われます。

2項 学  校

学校を単位とした広報活動には、大きく分けて2つの方法があります。まず、学校を管理する立場にある校長先生や副校長先生(教頭先生)を対象とした広報活動で、もう1つは養護教諭やスクールカウンセラーなどの専門職、一般の教員を対象とした広報活動です。

中学校の授業に向け、各学校の校長先生に理解をえる必要性があります。そのため、どのような形で授業の展開に結びつけるにせよそれは必須です。校長先生の理解と支援があれば、少なくともその学校での授業実践に結びつけることができます。

学校の管理職を対象とした広報活動には、校長会の活用や、あるいは地域の中学校を1校ずつ回り、個別に広報する方法があります。校長会とは、地域の中学校の校長先生が集まる会議です。校長会は、政令指定都市の場合、市を単位とした校長会、区を単位とした校長会があります。校長会での広報のメリットは、複数の中学校の校長先生に一度に広報ができることです。ただし、広報できる時間は非常に短く、私が行った広報の時間は2分~5分で、関心度に応じて質問をいただく時間が与えられる形式でした。

広報は通常パワーポイントを用いて行っていますが、あわせてパンフレット資料を用意していくことが望ましいと思われます。校長会には、数年単位の持ち回りで代表校長が設定されています。地域の代表校長は、教育委員会や各中学校の校長先生に教えていただけます。実際の校長会での広報活動は、代表の校長先生の学校にて活動に関する広報をしたうえで、校長会に出向くか、もしくは教育委員会での広報活動を行い、教育委員会の調整を経る形になります。また直接的な校長会での広報だけでなく、知り合いになった校長先生を通じて、校長会でパンフレットを配布するのも有効な手段になります。B市の場合、先行して MHL 教育を実践させていただいていた学校の校長先生が校長会でパンフレットを配布してくださった結果、新たに2校の学校開拓に結びつきました。

ほかの広報対象者は、専門職や一般の教員です。中でも養護教諭は、学校の中で生徒のメンタルヘルスの問題をもっとも認識している理解者です。養護教諭を対象とした広報には、2つの方法があります。1つ目の方法は、地域の養護部会や、養護教諭自身で取り組んでいる研究会での広報です。これらは、養護教諭に事前にコンタクトが取れていること

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

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が条件になります。私たちの取り組みとしては、知人のつてを使い、実際に養護教諭として中学校に勤務している方とコンタクトをとり、そのうえで広報につなげています。実際には MHL の広報だけでなく、教員向けプログラムを実施したうえで、生徒向けプログラムの紹介を行っています。

また、このほかに教員向けにメンタルヘルスに関する研修会を、県内の中学校教員に対して実施しています。研修会は、夏休み期間中に実施するのが有効なようです。研修内容は、メンタルヘルスに関連するトピックス研修と、MHL 教育の必要性を説明する研修をあわせて行っています。研修会のプログラムの例を表1に示しましたので、参考にしてください。トピックス研修は地域の大学の教員に依頼し、実際のプログラム説明は研究会のスタッフが行っています。研修に集まった先生方の9割以上は養護教諭で、そのほかには学年主任の先生など一般の教員が参加しています。ただし、参加率は決して高いものではなく 400 以上の学校に声を掛け 20 校強の参加、さらにそこから MHL 教育の導入につながったのは、1年あたり1校程度であったことから、学校開拓は容易ではありません。人的資源が限られる中で、成果はなかなかあがりませんが、一方でこのような研修会は、県や地域の単位で行うことから、地域メンバーの交流の機会としても有効な時間といえます。

3項 地  域

地域の広報活動の対象は保健師や、精神障害者支援施設職員、社会福祉協議会職員、精神障がい者の家族会などです。地域に向けた広報は、開拓の直接的広報ではなく、学校開拓を担う者への広報になります。学校開拓の作業は時間を要します。そのためできるだけ多くの活動者が必要となります。広報活動を担う者の小さな時間の積み重ねや、学校や先生とのつながりが学校開拓への一歩として影響します。

保健師は地域に根付いた活動を行っています。地域により担当部署は異なりますが、精神障がいの担当者が配置されています。また保健師は、相談の受け持ちを地域担当としているため、その地域内の学校からみれば、メンタルヘルス問題を直接相談したり相談先の情報を求めることができる専門家といえます。そして学校との連携をとっている保健師は、学校開拓の担い手として大きな位置づけにあります。

保健師を対象とした広報は、MHL の世界的な流れや、授業プログラムの詳細な説明を研修会形式で行っています。業務内での研修会になるため、時間は1時間程度を想定して

時 間 テーマ 講 師13 : 30 ~ 15 : 00 生徒のメンタルヘルス:アディクションの観点から 大学教授15 : 00 ~ 15 : 30 オーストラリアにおける学校 MHL 教育の現状 学校 MHL スタッフ15 : 30 ~ 16 : 30 学校 MHL プログラム紹介 学校 MHL スタッフ

表1 研修会プログラムの例

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第3章 実施する学校を募る、開拓する

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います。またこのような研修会を通じて理解や関心が得られた対象者には、実際の授業の見学を積極的に勧めています。実際に関心を抱いていただくためには、授業の見学に参加することは有効な手段といえます。

地域における精神障害者支援施設職員に対する広報の有効性は、より地域の学校に近い位置に存在すること、そして精神医療、福祉に関する有識者であり、とりわけ精神科医療福祉の社会的な問題に直面してきた経緯があることがいえます。地域の生活支援センターなどを活用し当事者を含めて MHL に関する広報活動を行うことで、学校開拓の協力者を募ることが可能となります。学校での MHL 教育の重要性を、医療・福祉従事者にさらに浸透させるために、まずは情報を提供する機会をつくることが関心を高め、実際の授業展開の可能性につながるといえます。

4項 セミナーや研修会で関心を寄せた層への働きかけ

セミナーや研修会に参加される方々は、少なからず活動に興味を示しています。そして研修会などの参加後は関心が高まり、「ぜひ自分の地域(学校)でも」と考える参加者がいます。しかしその実現には多くの困難さがあります。その方々に対して継続的に情報を提供し、協力を求めることで参加の呼びかけを行ってきました。たとえば教員が参加した場合でも学校の教育実践には、学校内の調整が必要です。学校での MHL 導入の検討をしているとの連絡が入った場合は、必ず学校に個別訪問し、要望に応じて学校内の研修と組み合わせて教員プログラムを実施したり、生徒プログラムの内容を説明しました。また学校ニードの実態を確認しました。訪問には、通常2名のスタッフでうかがうことを心がけ、できれば異なる職種を組み合わせます。ニーズに合わせた適切なプレゼンの展開が実現できます。

2節 広報ツール、アプローチ

この節では、学校 MHL 教育の実践に向けた開拓を目的とした広報活動について説明いたします。

1項 広報ツール

必要な広報ツールはパンフレットと教育プログラムの資料です。パンフレットや教育プログラムの資料は、コンボのホームページからダウンロードが可能です。また広報ツール

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

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はパソコンの画面(あるいはプロジェクター)から直接資料を見てもらうか、事前に印刷を行い配布します。

教育プログラムには事前に目を通し、プレゼン用にプログラムを抜粋しておいてください。パンフレットは、訪問先に対して3部程度、さらに地域の学校数(市、区単位)の分の資料を用意しておくとよいでしょう。これまでの経験では多くの訪問先から「地域の学校に配布の協力ならできますよ」との協力が得られました。

2項 広報活動のためのスタッフ

訪問は、できれば職種の違う2名以上のスタッフで行うことが望ましいと思われます。その地域の社会福祉関係者や家族会の方の協力が得られれば、職種が違った視点からのアプローチが可能となります。こちらからのプレゼンでの効果よりもむしろ、プレゼン終了後の意見交換の際にも説明がしやすくなります。

3項 行政機関(教育委員会など)への訪問

行政機関(教育委員会など)の場合は、電話によるアポイントメントを最初に行います。行政機関への訪問の場合、この段階で拒否されることはほとんどないように思われます。ただし先方の日程が優先されるため、その日時に約束がとれるように柔軟に調整できることが求められます。約束は、通常は1週間から 10 日後に希望されることが多いようです。私たちの場合、主になるスタッフが約束をとり、もう1名は県内のスタッフ何人かにあたるようにしていました。

行政先の担当は2名程度、1回の面会時間は 30 分程度と考えておくとよいように思われます。行政機関では効果と実績を求められる印象があります。パンフレットの「効果測定の結果」と「活動実績」を示すと効果的と思われます。

4項 学校への訪問

学校の場合も電話によるアポイントメントからはじまります。連絡は校長先生に対し行います。

学校には私たちと同じように生徒の授業の実施や教本など多くの依頼があるようです。たとえば NPO 法人にもさまざまな形態の活動があるようで、「精神障がい者の支援を行っている NPO 法人コンボの○○です」と名乗っただけでは、普段の活動内容がわからないためか警戒されている印象をもちます。アポイントメントの獲得には、電話の段階で活動の概要が伝えられる必要があります。また、信頼がある活動であることをもっとも容易に伝えるためには、少しでも縁のある方からアポイントを取っていただくことが望ましいと思われます。地域の家族会や PTA の方に協力を仰ぐのは有効な方法の1つです。さ

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第3章 実施する学校を募る、開拓する

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らに学校の訪問の際に、卒業生やその親など学校にゆかりのある方に同行をしてもらうことも有効です。プレゼンは主要なスタッフが行い、地域の動向などの話には同行してくださった方とお話しいただくことで、有効なプレゼンが実現できます。

学校でのプレゼンの場合、先生方にとって重要なのは、自校の生徒に向けた授業展開として適合できるか否かです。行政向けのプレゼンと同様に全体像はパンフレットを用いて、プログラムの詳細はパソコンを用いてスライドを見ていただきますが、ウエートバランスは授業プログラムに主体を置くほうがよいようです。生徒向けプログラムの紹介では、1年生1時間目プログラムのような講義形式のプログラムと、1年生2時間目プログラムのようなストーリー性のあるプログラムを対比させて説明するとよい印象が得られます。

1)授業の組み込み方を提示する現在、学校では授業数の増加からスケジュールの調整が難しくなっています。Part 2

の項で説明した MHL 教育のすべての授業スケジュールの展開はなかなか困難です。プログラムの調整が可能なこと、他校での授業の割り振り方など、こちらの柔軟な対応を提示することで現実感がえられるようです。

例)公立中学校Aの場合:1年生1時間目プログラムは養護教諭に入っていただいて、「保健体育」として「ストレス」の授業に組み込み、残り1年生2時間目、2年生、3年生プログラムは「道徳」の授業として設定しています。

2)費用の提示学校にとって外部者による授業は決して珍しいことではなく、生徒の視点が広がり、職

業教育の視点からも積極的に取り入れたいと考えている学校もあります。しかし外部講師に支払う講義費用はあまり予算をとっていないようです。そのため、費用は授業展開するうえで重要になります。

私たちの場合、これまでの取り組みはすべて無料で取り組んできました。無料での授業提供をアピールすることは、学校にとっては魅力的でもあるようです。しかし現実的には困難なことも多くあります。予算の確保は今後の課題の1つです。

3)実績の紹介行政、学校ともに他地域、他校での実践・実績が重要な印象をもちます。実績のあるプ

ログラムであることをプレゼンで伝えることで、信頼の度合いは各段に上がります。近隣での実績がある場合はその学校名を含めて報告し、初めて行う地域では、ぜひほかの地域での実績をプレゼン内容に盛り込んでください。

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

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3節 学校開拓の実例

学校で MHL 教育の実施が可能になったのは、私たちがどのような働きかけをしたのか、どんなきっかけを得たのか、どういう方々の支援をいただいたかなどの実例を紹介します。

【事例】教育委員会が必要性を感じて全中学に導入◆市内に福祉系大学があるA市は、発達障がいをもつ児童の担任補助を学生に依

頼するなどのつながりを得ており、当時の教育委員会の学務課長は、そこから学校

MHL 教育を紹介されました。

当初、教育と福祉は観点が違うという難しさがあり、また、メンタルに関する授

業はプライバシーに触れるリスクがあるのでは……と心配する教育関係者もいまし

た。

そこで内容を教育指導課と検討し、5校ある中学の校長に MHL 教育の必要性を

話し、先駆的実験として 2007 年に開始。学校側の評判、生徒の反応もよく、継続

して今に至ります。自治体として MHL 教育をはじめる場合、モデル校の成功が導

入の可否になりますが、A市はよいモデルとしての役割を果たすと思われます。

【事例】障害福祉課から教育委員会そして学校に◆行政機関への働きかけは、まず身近なところからはじめることがきっかけにつな

がります。精神障がい者の家族会からの働きかけとして身近なのは、事情も通じて

いて顔見知りもいる障害福祉課です。B市では障害者福祉の課長から、教育委員会

に私たちの趣旨を説明する時間の了承をえてもらいました。

教育委員会との交渉にあたっては、家族会と付き合いのある障害者福祉の支援団

体などの教育に関心のある方に同席して意見も言ってもらうようにしました。指導

主事3名にこのプログラムの必要性を、プロジェクターを使って説明。熱心に聞い

て必要性を理解した旨の発言をいただきましたが、学校に実施を命令するわけには

いかないので、学校長との交渉は自分たちでやってもらいたいということでした。

社会福祉協議会と連携して行っている福祉教育推進連絡会の、「こころのバリアフ

リー出前講座」の中に「こころの病の予防教育」として「車椅子体験」「アイマスク

体験」「高齢者疑似体験」「聴覚障がい疑似体験」などの中の1つとしてパンフレッ

トを作り、全学校に配布しました。

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第3章 実施する学校を募る、開拓する

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さまざまなつてをたどって各中学校の校長あるいは教頭と面接し、そのパンフ

レットをもとに MHL 教育の必要性を説いて回りましたが、「多忙なので時間的にカ

リキュラムに組み入れることができない」と断られ続けました。ようやくその中で

1校、1年生を対象としたプログラムを実施。生徒の感想を読むとおおむね好評で

したが、残念ながら継続できず、中学校の忙しさの中で時間をとることの困難さを

痛感した次第です。

【事例】校長先生が研修会に参加◆C校長が MHL 教育を取り入れたのは、学校 MHL 教育研究会主催の研修会の案内

が、中学校に送られてきたことがきっかけでした。周囲の学校に精神疾患を発病し

て休職する先生がいるとの話から、精神疾患が身近な病気であると感じられていた

ようです。

研修会に参加して、思春期が精神疾患の好発期であること、精神疾患の生涯有病

率の高さ、早期介入・早期治療の効果を学ばれ、さらに精神疾患が周囲の理解がえ

られづらい社会的現状を問題視され、MHL 教育を導入してくださいました。C校長

の学校では継続的に MHL 教育の取り組みを行っていただいていますが、学校全体

のメンタルヘルス支援を強化し、担任、校長、副校長、養護教諭、スクールカウン

セラー、スクールアシスタントが、メンタルヘルスに問題を抱える生徒の情報を共

有できるシステムも構築されています。

【事例】校長先生がパンフレット配布に協力◆継続して授業ができている中学校の校長先生に、地域の校長会でパンフレットの

配布をしていただき、プログラム実践につながった例です。

東京都のE中学校では、本年で4年の継続実施になります。その担当が変ったの

をきっかけに、改めてパンフレットの配布を依頼したところ快諾いただきました。

すでに実践している学校校長からの配布資料であったからか、パンフレット配布後

すぐに1校は養護教諭から、もう1校は保健体育の先生から問い合わせがあり、い

ずれも授業実践につながりました。2校ともプレゼン実施する際、明らかに抵抗感

や不信感がなかった印象を受けました。

学校には私たちの学校 MHL 教育に限らず、多くの授業の依頼があるようです。

そうしたいくつもの要望の中から、限られた授業時間を割くうえで、私たちのプロ

グラムを選択してもらうには、校長の紹介は大きな後ろ盾になることが実感されま

した。

【事例】生徒の発症から必要性を感じていた先生がパンフレットを目にして◆

体育教員E先生が MHL 教育を導入したきっかけは、在学中に精神疾患を発病し

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

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た生徒の担任になった経験からでした(以下は導入のきっかけとなったエピソードを教員に

記載していただいたもの。倫理的配慮から教員の同意のもと、登場者の設定を個人特定できないよ

うにしています)。

「その生徒は中学入学当初より遅刻しがちで、徐々に欠席が増えていき 12 月に

は登校できなくなりました。年が明けた1月からも登校できず、精神科病院に入院。

小学校の高学年の頃から、通学路でも登校を妨げる何かを感じており、それが邪魔

してまっすぐに学校に行けないことがあったそうです。

入院は1年近くを要し、母親の面会さえも制限されていた時期が長くありました。

在学中、週に一度母親は学校へ様子を報告しに来ており、その際に発した母親の

「もっと早く気がついていれば……」という言葉が忘れられません。

精神疾患にも早期発見・早期治療が有効であることを学んだのはそれ以降であり、

その生徒自身や家族、教師に精神疾患の知識があれば、もっと早くに相談をして治

療ができたのではないかと悔やまれます」

E先生はこれ以降、生徒のメンタルヘルス教育の必要性を感じて、どのように取

り組みをもつべきなのか思案されていたそうです。そのような中で、他校の先生か

ら配布された学校 MHL 教育のパンフレットを目にし、連絡をいただきました。

【事例】養護教諭間の紹介による開拓◆MHL 教育を継続実施している私立学校の養護教諭の紹介があり、紹介先の学校で

授業をできたケースです。

公立学校での地域の養護部会と同様に、私立の学校でも養護教諭間の連携をもつ

機会があるようです。私立学校Fの養護教諭が、先行してプログラムを実践してい

た学校の養護教諭に生徒のメンタルヘルス問題について相談したことをきっかけに、

私たちのプログラムを認知していただきました。

私立学校では、受験を経て入学すること、友人関係が大きく変化すること、居住

地域からの距離があり多くが通学に交通機関を利用していることなどから、就学期

に心的ストレスがあるそうです。そのため私立学校Fでは1年生に対し、夏休み前

の時期に MHL 教育の授業依頼がありました。

【事例】養護教諭がMHL問題の認識が高かった◆公立学校Gでは、養護教諭が教員向けプログラムに参加したことをきっかけに依

頼がありました。この学校の特徴は、高校進学をしない生徒が他校に比較して多い

ことでした。

高校に進学する場合は、卒業後も教員をはじめとする他者との接点が多いのです

が、中学卒業後に自営業に従事する場合は、卒業後のメンタルヘルスサポートが少

ないことに、養護教諭は問題意識をおもちでした。そのような背景から、中学校の

就学中に MHL 教育を実施して欲しいと依頼がありました。

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第3章 実施する学校を募る、開拓する

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【事例】PTAを活用した開拓◆研究会メンバーの友人に、H県の公立中学校の PTA 会長がいたことから、中学

校の校長に、MHL 教育のプレゼンの時間をいただき、3年生のプログラム実施が成

功しました。継続実施には至りませんでしたが、H県としては初めての実施につな

がっています。

研究会活動をしているスタッフの友人には、中学生の子どもの保護者や、出身中

学校の先生や PTA との縁故がある方もいます。そうした方々の協力は学校開拓に有

効なようです。またこのケースでは翌年に、研究会メンバーと PTA の協力で、学童

保育の研究会で保護者プログラムの実施につながりました。学童保育は小学校の保

護者が中心ですが、その兄弟には中学生もいるわけで、効果的なプログラム実施に

つながっています。

【事例】家族会の協力で◆家族会メンバーの協力で、2校の学校実践につながったケースです。I市の家族

会総会に参加し、プレゼン時間を 10 分ほどいただき、協力要請をしました。賛同

を得た2カ所の家族会により、2校の学校開拓につながっています。実際の進め方

は、家族会の方に活動地域の学校に MHL 教育を紹介するアポイントをとっていた

だき、研究会スタッフと家族会メンバーで学校を訪問し、プログラムを説明して授

業実践となりました。

家族会の方の強みは、自身の体験やほかの家族会メンバーの体験を語れることに

あると思います。研究会スタッフはプログラムの説明を、家族会メンバーはつらい

体験を中心に MHL の重要さを語るという役割の分担ができます。研究会スタッフ

だけで回る学校開拓に比べ、明らかに学校の関心は高まります。

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1節 講師養成研修会と考える会

教育プログラムの普及啓発のためには、教育実践の場所を開拓すると同時に、学校からの要望に応じて授業を提供できるように講師の体制も準備しておくことが重要です。そこで、私たちは、講師養成研修会を開催し、講師として授業を提供できる体制を整えることとしました。2007 年度からはじまった研修会への参加者数は、延べ 500 名以上にのぼります。

講師養成研修会に参加される方は、第2章で述べたように、学校 MHL 教育へのニーズが高く、「MHL 教育をやってみたい!」「関心はあるけれど、何からはじめたらよいのだろうか?」という熱い思いをもっています。単なる研修会という形にとどまらず、熱い思いをもった人たち同士が出会い、自分の地域で学校 MHL 教育活動を展開するきっかけも提供できれば実りある研修会になると考えました。このような考えから、研修会の後半には参加者全員が集まり、研修会の主催者やスタッフとともに「学校 MHL 教育について考える会」と題した時間を1~2時間程度、必ずもつようにしていました(表1)。「考える会」では、最初に参加者1人ひとりがマイクを手渡され、自己紹介や参加した

きっかけなどを話します。全員の発言が終わったところで、次に地域ごとに4~5グループに分かれます。各グループ内で改めて自己紹介するとともに、自身が抱いている学校MHL 教育に関連した問題意識について意見を交換しあいます。スタッフは各グループにファシリテーターとして参加し、問題意識の共有をうながすとともに、今後の具体的な活動につながる話し合いとなるようにサポートします。参加者からの同意が得られれば、メールアドレスを記入してもらい、地域ごとのメーリングリストを作っています。研修会

♥第4章

プログラムを実施する仲間を募る

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第4章 プログラムを実施する仲間を募る

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後の協力支援体制を作るためです。スタッフは「考える会」の間、参加者から語られる内容から、その人がどれだけこの活

動に参加したいと感じているのかを見守ります。研修会の最後に、参加者全員に対し学校MHL 教育活動への継続的参加を呼びかけますが、参加者の中でも活動への意欲が非常に高いと感じられた方に対してはスタッフから改めて声をかけ、事務局の活動への参加なども案内します。このような講師養成研修会を経て、実際にプログラムに参加してスタッフとなる仲間は多くいます。研修会の開催ならびに「考える会」という方法は、仲間を募るという点では有効であると感じています。

なお、メールアドレスなど個人情報を集めた場合には管理をしっかり行うこと、メーリングリストを作った場合にはフォローアップをこまめに行い、教育の機会などの情報を提供するようにしましょう。

2節 地域全体に働きかける(シンポジウム・フォーラム)

シンポジウムやフォーラム、講演会、学会などの機会を利用して、学校 MHL 教育活動について周知する活動も行ってきました。関東地方だけではなく、関西や東北地方、東海地方などへ足を運び、学校 MHL 教育に関心をもっている方たちと多く出会いました。

これらの催しに参加する方の職種や背景は、一般市民の方だけではなく、教育職の方、福祉関係者、医療関係者などさまざまです。インターネットが普及した現代だからこそ、

時  間 内  容 担当(敬称略)9 : 00 スタッフ集合 事務局9 : 30 ~ 10 : 00 受付 事務局

10 : 00 ~ 10 : 10 主催者あいさつ 研究会メンバー10 : 10 ~ 10 : 40 総論1:必要性、研究的位置づけ 研究会メンバー10 : 40 ~ 11 : 00 総論2:全体像の紹介、枠組み 研究会メンバー11 : 00 ~ 11 : 20 各論1:教員プログラム 研究会メンバー11 : 20 ~ 11 : 50 各論2:生徒1年生1時間 研究会メンバー11 : 50 ~ 12 : 20 各論3:生徒1年生2時間 研究会メンバー12 : 20 ~ 13 : 00 昼食13 : 00 ~ 14 : 00 グループワーク14 : 00 ~ 15 : 00 模擬授業15 : 00 ~ 15 : 10 休憩15 : 10 ~ 17 : 00 意見交換会(考える会)

表1 研修会プログラム

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

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直接足を運んだ先で得た情報や、手に入れたチラシの内容は貴重なものです。こうした場を利用する際には、発表内容や配布資料に、活動する仲間を募集していることを明記し、アピールするようにします。学会でワークショップを開く際には、研修会同様に関心の高い方が集まっていると考え、積極的に活動内容の紹介をしてもよいかもしれません。

3節 特定の対象者への働きかけ(職能団体との連携)

学校 MHL に関心の高そうな専門職が集まる団体、いわゆる職能団体に働きかけて仲間を募ることも有効です。たとえば、看護師の職能団体の1つである「一般社団法人 日本精神科看護協会」(以下、日精看)は、社会貢献を後方的に支援する目的で協会事業として「こころの健康出前講座」(以下、出前講座)を展開しています。私たちの場合、日精看の地方支部に本教育プログラムへの参加を呼びかけたところ、協力を得ることができました。

表2に、参考資料として、日精看による出前講座の実態に関する調査結果を引用します。

これらを考慮すれば、精神科看護師はすでに教育による具体的な有益性をイメージできていると思われます。

一方、「教育機関での出前講座の実施がない理由」として、広報が不足している(58%)、講師がいない(10%)、組織体制が整っていない(10%)などの理由が多くみられました。また、学校での教育が必要であると医療・教育機関双方が思っていても、出前講座を行うための場所が確保できないこと、準備が整わないことから実現が難しいという背景もありました。今後、「専門家が不在である」という問題を抱える学校側と、「出前講座を実施する場所(学校)がない」という問題を抱える精神科看護師側がつながっていくためには何らかの力が必要となります。

このように、看護師にかかわらず職種ごとの詳細なニーズを掴んでおくと、参加協力の呼びかけ方の戦略がわかるでしょう。職業をもちながら時間を作って学校へ出かけていくのは容易ではないと言いました。しかし、もし職能団体などさまざまな組織からの支援が得られる場合には、その職種にとって社会貢献の意味合いが強化され、職場での賛同が得やすくなります。結果として推進体制が強化されることが予想されます。

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第4章 プログラムを実施する仲間を募る

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(精神科看護師の出前講座の実態)平成 25 年3月~4月にかけて出前講座の実態について日本精神科看護技術協会の都道府県支部を対象に調査を行った結果から「精神科看護師が教育機関で出前講座を行うメリットは何か」の問いには、下記のような回答が得られました。

【啓発によって期待される効果】 ・精神障害をもつ人との接し方を含め地域の方々の理解を深められる ・精神疾患への正しい知識を身につけられる ・ネット社会により誤った知識や見解が氾濫しているため、それらを少しでも訂正できる機会が得られる ・精神科を身近に感じてもらえることが、うつなどの早期受診、早期回復につながる ・こころの健康について考える機会になる ・病気でなくても落ち込んだりすることは、子どもからお年寄りまで誰にでも起こることだと知ってもら

うことで、こころの病気・メンタルヘルスについて啓発できる ・「精神科」のとらえ方を変えることでメンタルヘルスのより深い理解に結びつけられる介入者となれば

よい ・精神障害者が地域社会で暮らすうえでの問題などを知ってもらえる ・こころの健康を考え、「命の大切さ」を伝えることで問題解決につながる

【専門家としての視点】 ・臨床での体験を踏まえて話すことができる ・精神疾患、障害の正しい知識を伝えることができる ・具体的な事柄を伝えることが可能なため理解してもらいやすい ・身近な話題から話ができるのではないか

【結果として期待できる効果】 ・看護の質の向上 ・講師としての自信が自己のレベルアップにつながる。また看護の魅力を伝えることができることや、予

防的な働きかけができる ・早期に精神科疾患に対する理解を深めることで偏見の軽減につながる ・精神看護の理解を深め、精神科看護師の認知度やイメージをアップできる ・自殺抑制につなげる ・精神疾患をもつ人への理解が得られる

表2 日精看出前講座の実態に関する調査結果

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1節 講師養成研修会の目的とさまざまな方法

1項 講師養成研修会の目的

本プログラムを使用して教育を実践する人の職種は限定していません。プログラムは、学校教員以外の人たち、あるいは精神保健医療福祉の専門家ではない人たちも授業が行えるように構造化されています。しかし、実際に中学生とその保護者、学校教員を対象に授業を行うことは、簡単なことではありません。学校 MHL 教育プログラムの内容を読んだだけでは、実際に行われている授業のイメージがもちにくいと思います。さらに学校教員や保護者などから教育プログラムの目的や意義、教育効果について尋ねられた際に、わかりやすく説明することも想像以上に難しいものです。以上の理由から、私たちはプログラムの意義や目的を理解したうえで、効果的に活用することができるよう、講師養成研修会を開催する必要性があると考えました。講師養成研修会の目的を定義すると、以下の3つです。

① 中学生に MHL 教育を実施する意義や目的、教育効果の理解。② 学校に提供する MHL 教育プログラムの内容と質の確保。③ 学校 MHL 教育を推進する仲間を募る(第4章を参照)

♥第5章

養成のための研修

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第5章 養成のための研修

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2項 講師養成研修会の時期

私たちの場合、研修時期は、研修体制について試行錯誤する中で徐々に定まっていきました。現在の講師養成研修会は3ステップ方式としています。

ステップ1:学校 MHL 研究会の活動目的、教育プログラムの意義や目的、概要、教育効果の理解。

ステップ2:教育プログラムの模擬授業、参加者同士の意見交換、スタッフからの助言。ステップ3:実際の授業の見学(ステップ1の後でも可能)

この方式に沿って、参加者が無理なくステップアップできるように検討した結果、研修会は年2回、第1回目を 10 月、第2回目を翌年2月に開催することとしました。研修日数は各1日、見学2回を含めると計4日以上です。

1回目の 10 月は、学校で MHL 教育プログラムの実施が増えてくる時期でもあります。これまでの経験上、学校での授業実践は、学校カリキュラムや校内行事の都合上、例年7月および 11 月~3月に集中することが多いです。このため 10 月に研修会を設定しておくと授業予定日のアナウンスがしやすく、見学希望者を募ることもできます。参加者にとっては、テンポよくステップ3へ進むことができます。

2月の研修会に関しては、10 月の研修会でステップ1を受講した人が、途中で学校の授業見学を経て、授業へのイメージがもてたところで、授業実践練習としてステップ2を受講することができるように設定しました。ステップ2を受講した後に、年度内の授業を見学することも、もちろん可能です。このように、かなり試行錯誤と検討を重ねて、研修会を実施してきました。年2回の研修の場には毎回 50 名程度の方が参加され、その中でステップの2、3と進み、スタッフとしての活動につながった方は毎回1~2名程度です。

3項 講師養成研修会の内容と方法

ステップ1、ステップ2については、1日の研修会で実施しています。表1に、講師養成研修会のプログラム例を示します。なお、便宜的にステップ1をAコース、ステップ2をBコースと呼んでいます。

各ステップの内容について説明します。

1)ステップ1研修会ではAコースと呼んでいます。内容は、表1に示した通り、講義形式が中心で

す。一見すると、講師養成研修とはかけ離れた内容が含まれているように思われるかもし

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

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コース名 対象者 プログラム内容 研修担当 時間Aコース 研修会に初めて

参加する人MHL プログラム総論

 ・MHL ってなに? ・学校 MHL 研究会の活動状況および実績 ・学校 MHL 研究会の教育制度

看護師 15 分

諸外国における教育体制  ・マインドマターズプログラム紹介  ・フィンランドにおける MHL 教育の取り組み

看護師 20 分

日本の学校教育におけるメンタルヘルス教育について 家族(元教員)

15 分

学校教育におけるメンタルヘルス支援制度の実際  ・スクールカウンセリング制度  ・スクールソーシャルワーク制度

臨床心理士(スクールカウンセラー)

15 分

学校 MHL 研究会プログラムの紹介  ・プログラム全体の紹介  ・教員向けプログラムの紹介  ・1年生プログラムの紹介

看護師家族看護師

25 分10 分20 分

学校 MHL 教育の実施効果性  ・現在までの教育実践状況と効果

大学教員 20 分

学校開拓の方法と現状 作業療法士 15 分学校でのプログラム展開のコツ 看護師 10 分

Bコース Aコース修了者 模擬授業  ・各地域に分かれて模擬授業を展開

上記の講師が適宜参加

90 分

Aコース/Bコース

全参加者 学校 MHL 教育を考える会 主 催 者、 講師全員

60 分

表1 学校 MHL 教育研究会における講師養成研修会のプログラムの一例

れません。しかし、1項でお伝えしたとおり、学校 MHL 教育という概念そのものが十分浸透しているとはいえない日本において、まずは活動の理念を理解することが重要という考えのもと、このような内容としています。

講義形式が大半ですが、後半でグループワークを取り入れます。1年生プログラムまたは3年生プログラムで行われる寸劇の一部を参加者に演じてもらうことが多いです。参加者は、いきなり寸劇に取り組むのは恥ずかしく、「これが授業?」と戸惑うことと思います。しかし私たちが授業をする主な対象は中学生です。生徒の関心を引き、伝えたいメッセージをいかに効果的に届けるかを考えた時、寸劇のような形式が授業として有効であることを実体験してもらうために設けています。

2)ステップ2研修会ではBコースと呼んでいます。ステップ2では参加者による模擬授業を行いま

す。だいたい研修の1~2週間前に、参加予定者に対してメールで、学校で採用される頻度

の高い順に「1年生1時間目プログラム」「2年生プログラム」「3年生プログラム」につ

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第5章 養成のための研修

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いて模擬授業ができるよう、各自で練習しておいてほしい旨を連絡します。研修会当日は、1つ以上の模擬授業に取り組んでもらい、参加者やスタッフからのアド

バイスを受けます。模擬授業を行った参加者からは、実際に取り組んでみて抱いた疑問や意見が出され、プログラムをただ読んだだけでは掴みきれない授業実践の方法やコツを学ぶ場となっています。Bコースは本人の希望で何度でも繰り返し参加し、研修を受けることができるようにしています。

3)ステップ3見学のできる学校の授業日程は直前まで決まらないことも多いため、研修会の日程には

含めていません。研修会の当日あるいは研修会後に受講者に授業見学の日程を案内し、希望者がステップ3に取り組むという形式です。授業見学の回数は原則として2回以上、見学するプログラムは2種類以上としています。

見学者は、主にステップ1を受講した方を対象としていますが、どの地域でもコンスタントに授業が実施できている状況ではないことから、対象者に関する厳密な基準は設けていません。たとえば、学校 MHL 教育に関心のある人がいて、研修会の時期からも外れており、直近で授業の予定があるという場合には、研修会への参加よりも先に授業見学を案内することもあります。授業見学で学校でのプログラム実践を体感して、対象となる生徒を理解することと、自分自身のプログラム展開をイメージしてもらうことができます。

4項 研修会の運営

研修会を行うにあたって必要な準備は、主に以下の通りです。2項、3項で述べた内容とあわせて、研修会開催の参考としてください。研修内容や方法のほかは、一般的な研修会の運営と同様です。

 ① 日程と時間の決定。 ② 場所の決定と予約。 ③ 研修参加費の決定、受講証明書、領収書の準備。 ④ 研修内容の検討、研修プログラム作成。 ⑤ 研修担当スタッフの配置決定、研修資料の作成。 ⑥ 案内用紙の作成と配布(スタッフの職場関係の知人、メーリングリストを通じた案

内配布など)、参加者募集。 ⑦ 研修会当日のプログラム、配布資料の準備、参加者名簿。 ⑧ 運営担当スタッフによる会場準備(パソコン、プロジェクター、小道具などの持参、 

会場設営)。 ⑨ 参加者全員への確認メールの送信(Bコース参加者には模擬授業に関する連絡メー

ル)

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

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5項 各地域での施設内研修の開催

研修会は、各地域のニーズにあわせて参加しやすい場所で行うこともあります。たとえばいつも研修会の企画が首都圏に偏っていれば、地方から研修会に参加したいと思っても交通費がかかり、時間もとられるため参加ができない場合があります。

そこで参加を希望される地域や施設がある場合には、スタッフが出向いて研修会を行うことがありました。各地域で行う研修会は地域固有の問題も共有されやすく、研修会のあとの連携が可能であり、スタッフも安定的に学校へ出かけて行けるなどの強みがあります。施設で行う場合にも同様です。また地域や施設ごとに行う研修会は、仮にプログラムを実施する学校の開拓ができない時期の、スタッフのモチベーション維持にも有効です。

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1節 MHL教育の導入までのプロセス

1項 誰に、どこに、どう働きかけるのか

1)家族会 家族会は、全国各地に存在します。家族会の活動の状況は地域により異なりますが、通

常は自治体を単位に活動しています。私たちの活動しているA市では、各区に家族会が存在し、さらに各区の家族会を総括する市の家族連合会があります。家族会によっては、実際に MHL 教育の導入に向け、行政に対して働きかけを行っている団体もあります。そのため家族会での広報は活動協力者の確保に有効な方法の1つであるといえます。

実際の広報活動の方法です。各地域の家族会に連絡し、代表者に活動の主旨を説明する機会を設定します。代表者の理解を得られた後に、家族会での活動協力者を募る広報の機会が得られます。広報の内容は MHL 教育プログラムの説明が主体となります。

過去の取り組みでは家族会での広報活動の機会を得て、活動に賛同した家族会員の協力により学校への働きかけを行ったことがありました。家族会員の中には、自立支援協議会などを通じて学校長などとの交流のある方もいて、そうしたネットワークが導入に向けて機能することがあります。このように家族会員は、地域に強い地盤をもつことから、協力が得られると心強い存在になりえます。

2)セミナー(研修会)やシンポジウムセミナーやシンポジウムも、仲間を募る方法として有効な手段です。形式的にはどちら

♥第6章

プログラム導入までのプロセス

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

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もシンポジウムを取り入れ、各地の研究会メンバーが地域における MHL 教育活動を報告します。地域の代表者の顔を明確にすることで、シンポジウムを通じて MHL に興味を抱いた方と、地域の MHL 教育メンバーとの交流機会、連絡先の交換に結びつけることにつながっています。

講師養成研修会は、もっとも有効な広報機会です。年2回開催しており、毎回 50 名程度の参加者ですが、残念ながら実際に MHL 教育研究会スタッフになる方はごくわずかという現状もあります。しかし、職種にとらわれない広報ができています。

3)職能団体 職能団体への広報は、団体との直接的関係に結びつかなくても、モチベーションの高い

集団であることから有益な人材確保に結びつく可能性は大いにあるといえます。また、同じ職能団体でも地域ごとに活動が独立している場合も多く、強固な連携が保てているケースもあります。

たとえば、ある県では学校 MHL 教育活動に、現在まで7年にわたり、看護師の協力が得られています。このように、地域の職能団体への働きかけは、活動人員の確保に有効な手段であるといえます。

4)当事者団体当事者団体で広報する場合も MHL 教育の理解を求めることと、それに伴う活動内容を

紹介します。協力をお願いする際に気をつけたいことは、当事者が体験してきた未治療期間を否定しないように配慮することです。障がいを含めた個人を尊重する一方で、過去に行われてこなかった MHL 教育、そして、それに伴う未治療期間の延長化を問題提起しなければならないことは非常に難しいことです。

当事者の体験談は教育上の効果が高いと、これまでの研究により示されています。そのため、当事者の方とともに MHL の普及を図ることは非常に重要になります。しかし、当事者の方の中には、必ずしも MHL に関心を示さない方や、MHL 教育や早期治療への不信感をもつ方がいることは認識する必要性があります。

2項 導入手順、導入の難しさと背景

なぜ学校での MHL 教育の導入は難しいのでしょうか。学校教員に対する調査研究では、教員は生徒のメンタルヘルスの支援強化の必要性を感じていると示されていますが、私たちが活動を通じて出会った先生方からは、「学校での精神疾患の発病を経験したことがない。いじめの問題や、携帯電話の使い方など、ほかにもやらなくてはならない教育はたくさんある」(中学校教員)というお話をうかがいました。さらに、学校では学習指導要領にそった教育が一番優先されます。このほかにも生徒に教育すべき内容がたくさんある中で、MHL 教育の導入に理解を得ることは難しいものがあります。

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第6章 プログラム導入までのプロセス

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精神疾患の発症リスクは 10 代から 20 代にかけて高まりますが、急激な症状出現といった治療や支援が必要な状態を経験するのは 10 代後半が中心です。このようなリスクの高まりに対する認識の不足、実際の発病の時期が必ずしも一致しない点、多忙であるということが MHL 教育の導入・定着が難しい要因ではないかと思われます。

2節 MHL教育の実施段階に応じた活動の進め方

1項 導入が決まらない時期

MHL 教育を進める仲間が集まっても、実際に学校での MHL の授業導入までには意外に時間がかかります。神奈川県での取り組みを例にとると、仲間が集まって実際に授業の取り組みに至ったのは1年半、さらに定期的に MHL 教育を導入してくれる学校が得られたのはさらに2年の時間を要しました。ほかの地域では、学校開拓につながらない地域もあります。

この期間が長ければ長いほど、スタッフのモチベーション維持が難しくなります。私たちは MHL 教育導入が決まらない時期に他地域での活動に参加をしています。学校での実践の授業見学会を導入し、他地域の学校に講師やアシスタントとなるスタッフの派遣を行いました。その結果、学校開拓が実現できた際の講師派遣を円滑に行うことができた経緯があります。かなり遠い地域への派遣もあり、スタッフの不満がないわけではありませんでしたが、積極的に活動参加することでスタッフのモチベーションは維持されます。

また、MHL について話す機会を設ける、あるいは不登校など MHL に関連する講演などの依頼を積極的に受けることも、つながりを保つうえで必要と思われます。

2項 導入の交渉期

学校への MHL 教育導入の交渉は、いくつもの学校や教育委員会など、学校での MHL教育につながる可能性がある場所や団体に足を運ぶことが重要です。

学校での授業を希望する NPO 法人や企業は意外に多く、企業のような上手なプレゼンは私たちには難しいです。そのため、誠意を伝えることが重要と考えています。交渉先が学校の場合、医療現場のスタッフや当事者、家族が職種の壁を取り払ってかかわっていることには、少なからず関心を示してくれる印象を個人的にはもっています。

交渉の方法は、学校であっても教育委員会であっても、電話で概要を説明し、学校での打ち合わせの日程を調整します。先方から提示される日程は、1週間以内のことも多くあ

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

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り、突然の依頼にも対処できるように、電話するまでに主要スタッフの日程を把握しておくことも重要かもしれません。実際には細やかな配慮を心がけても学校開拓につながらない場合の方が多いのですが、根気強くトライし続けてください。

【事例】教育委員会と学校の関係◆教育機関から MHL の導入を見る場合、教育の根幹をなす学習指導要領から離れ

るわけにはいきません。各自治体の教育委員会は文部科学省に対して指導監督を受

けているわけですから、私たちが教育委員会にお願いに行って、まず問題にされる

のは、MHL 教育プログラムが学習指導要領の目標に合致しているか、内容は妥当な

ものかということです。

教育委員会に対し、まず教員向けプログラムの内容を説明し、特に問題ないとの

ことでした。すでに「薬物対策の授業」を、教科領域としては道徳や保健体育、総

合的な学習の枠内で教育計画を立てて実施していますから、同様に実施すればよい、

内容と授業者さえ決まれば、学校の授業計画の中で時間を確保すればよいとのこと

でした。

教育委員会の担当指導主事の回答は、「学校がこの授業を行うことについて、教育

委員会としては何ら異議はありません。中学校の校長が責任をもって自己判断で実

施するならば、許可の手続きも必要ありません。学校の教育計画の中に位置づけら

れて授業を実施することになります。ですから、教育委員会から実施するようにと

学校に指示することもないので、学校長独自の判断で実施するかしないかを決めて

もらって結構です」

そこで市内の中学校に行き、校長に説明して、快諾を得ることができました。そ

の後、校長から「教育委員会に問題ないとの確認をとった」とのこと。やはり、新

しいことをするためには、慎重に教育委員会に連絡をとって、「大丈夫だ」と確信を

得てから教育を展開しているようです。

教育委員会は学校独自に判断して導入してよいと言っているわけですが、実際に

は学校が独自に連絡もなく実施することには難色を示すでしょう。ですから、学校

に直接お願いに行っても、教育委員会の意向や、前例や周りの学校の状況をまず知

ろうとします。他校がやっていないことを実施するには何らかの意義づけや了解を

とりつける必要があるわけです。抜け駆けをするわけにはいかないのが学校現場の

現状です。事前に教育委員会の指導課に了解をとっておけば、学校から連絡が来て

も唐突な話ではなくなります。学校開拓にはこうした事情を斟酌する必要があるわ

けです。

3項 導入決定期

学校での MHL 教育の実践は、当たり前のことですが生徒のために行います。しかし、

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第6章 プログラム導入までのプロセス

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同時に学校の先生方や、地域で MHL に興味を抱いている方への広報の機会でもあります。MHL 教育のスタッフであっても他地域での MHL 教育には参加していなかった人、MHL に対しての興味はもちつつも参加に踏み切れなかった人、実際の授業イメージがつかみきれなかった人や、効果に疑問をもち活動に賛同できなかった人など、さまざまな方に見学案内の声をかけます。

実際に生徒の前で行われる授業風景は、とても効果的な広報活動です。学校との打ち合わせは必要ですが、通常5名程度の見学は受け入れられます。ぜひ、多くの方の見学につなげていただければと思います。

また、見学対象は地域の活動協力者だけではありません。学校の先生を通じ、地域のほかの学校の先生をお招きすることも可能です。実際、見学を通じてプログラムの導入につながった学校もあります。学校側の許す範囲で、多くの地域協力者や先生方に見学していただけるように手配することを忘れないでください。

4項 導入後の定着期

毎年の授業が定着した学校が1カ所得られたら、その後の学校開拓が円滑に進みはじめる可能性が高まると思われます。定着した学校の先生方との関係を密にとることで、地域の学校との関係が広がりやすくなります。たとえば開拓した学校で3年間を通じたプログラムの導入がされた場合、年間最低4回のプログラムがその学校で行われます。開拓したいほかの学校の先生に見学に来ていただく、あるいは地域のスタッフ募集の際やすでに集まったスタッフの育成にその学校が活用できます。

また、多くのスタッフの訓練の場所としてその学校を活用する場合、学校の都合にあわせる必要はありますが、育成したいスタッフの数にあわせて学年を2つに分けて MHL 教育を設定すれば、授業回数が倍に増えます。クラス単位で行うことで、プログラムの実践回数をさらに増やすことができます。こうした取り組みには学校側の理解が必須になります。そのため、学校との連携を密にとる必要性があります。

初回設定では、日程調整に学校側の協力も得られやすいですが、プログラムが定着し授業回数が増えると、学校の日程調整に無理がきかなくなり、徐々に派遣するスタッフの調整が難しくなります。プログラムはほかの授業の合間、つまり学期末や、学校の先生の少ない日程、修学旅行や地域の学校が合同で行うスポーツや音楽イベントの日に組み入れられることが多くあります。同じ地域であればイベントや夏休み、卒業式などの学校行事が一致することが多く、地域が異なっても大方の学校日程はほぼ同様なので、プログラムの実施希望はおのずと同じ時期に偏ります。つまり協力校が増えるにつれ、派遣するスタッフのスケジュール調整が難しくなります。

細かい授業スケジュールは数週間前に調整することもあるようです。私たち医療・福祉従事者は、翌月の勤務調整は前月の5日頃に希望の調整が終わってしまいます。講師派遣の調整などを考えると、最低でも前々月の月末までに日程調整を行う必要性があるので、

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

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学校と密に連絡をとり、早めの日程調整をお願いする必要があります。なお、学校側が研究的取り組みとして MHL 教育を取り上げることも多くあります。そ

の場合には、学校への研究協力も忘れないように心がけてください。

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1節 MHL教育へのニーズをアセスメントする

1項 なぜニーズをアセスメントすることが必要か

学校の外部に属する者には、学校の内部で何が行われ、何が現在の課題になっているのかはわかりません。課題がわからないまま学校へ行き、教育を実施したとしても、対象者となる生徒や教員、保護者が大きく変化することには限界があるでしょう。その学校がかかえるニーズをアセスメントし、対象者たちが現在直面している課題をあきらかにしたうえで授業をするほうが、教育効果は期待できます。事前に対象者のニーズを把握すれば、教育内容に反映できるからです。

2項 地域(学校)のニーズを把握する方法

学校において対象者のニーズを測定する方法は、調査やインタビューがあります。対象はその学校全体や学年全体、あるいは学区や地域全体も含まれます。おおむね表1のような対象や方法でニーズを把握しています。

学校の生徒を対象とした調査の例を示します(表2)。

♥第7章

MHL教育実施の計画を立てる

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

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表1 ニーズ把握の方法

ニーズアセスメントの対象

方  法 査定する内容

地域全体 地域アセスメントを行う(資料の収集・当該地域にある複数の学校を対象とした調査)

地域の属性保護者の職業の偏り地域の文化地域に根付く考え方や生徒の傾向過去に対象地域で起こった学校を巡る出来事地域のメンタルヘルス上のニーズ

学  校 生徒・保護者・教員のニーズ調査(調査・インタビュー)

メンタルヘルスに関する知識度メンタルヘルスに関するイメージ専門家に対する態度精神健康度悩みの実態や対処方法 など

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第7章 MHL教育実施の計画を立てる

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表2 生徒を対象としたアンケートの例

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学校 MHL 教育の推進活動の内容は広範で複雑であるため、個々の活動にかかわる人たちの意欲を大切にしながら、全体を俯瞰し、コーディネートをする役割が必要となります。私たちの場合は、各地域に組織された事務局がこれらの役割を担ってきました。以下に、学校 MHL 教育の導入・実現に向けて事務局を組織する際に必要な準備や手順、主な活動内容について紹介します。

1節 事務局設置の目的

1項 学校 MHL 教育に関する活動全体のコーディネート

学校 MHL 教育の実現に向けた活動は多岐にわたり、長い時間を要します。このため事務局が活動報告の機会を設け活動内容を確認します。具体的には、① 活動戦略の立案、② メンバーの活動状況の把握、③ それぞれの活動内容の検討と方向づけなど、です。

2項 学校 MHL 教育活動に取り組む人たちの育成、モチベーションの維持

学校 MHL 教育の実現には長い時間を要するため、活動に対するモチベーションの維持は重要な課題です。そこで、事務局が定期的に交流する場を設け、互いの活動内容の把握や困難状況の共有、問題解決に向けた意見交換ができるよう計らいます。

♥第8章

学校MHL教育実現に向けた組織づくり

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第8章 学校MHL教育実現に向けた組織づくり

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3項 学校 MHL 教育活動に関連する情報の記録と管理

メンバーがそれぞれの活動を通じて得た情報や知識、活動を円滑にするためのコツは、活動を支える貴重な財産です。これらは事務局が主体となって管理し、今後の活動に利用できる形に整えておくことが重要です。

2節 事務局の体制づくり

1項 事務局を立ち上げる

事務局の構成要員は複数でなければいけないという決まりはありません。「自分の地域でも、学校 MHL 教育を普及させたい!」と思い立ったら、たとえ1人でも事務局を起こすことは可能です。現在、私たちは、東京、千葉、神奈川、埼玉、静岡、鳥取・島根の6地域に事務局を設置しており、そのうち鳥取・島根、静岡の事務局は1名(3地域兼任)、神奈川や千葉の事務局は2~3名で構成しています。

2項 事務局を組織する

自分の職場の同僚や先輩後輩、あるいは研修会やセミナーなどで出会った人の中で、学校 MHL 教育に関心のある人はいないか呼び掛け、事務局のメンバーを増やしていきましょう。事務局として活動するうえでは、たくさん人がいたほうが動きやすいからです。第4章でも紹介した方法で仲間の輪を広げていくのもよいでしょう。仲間が見つかったらお互いの連絡先を交換し、相手の同意を得たうえでメーリングリストを作成し、交流を深めていきます。私たちの場合、精神保健看護分野に関する話題やニュース、大学や病院の公開講座、研修会の案内など、メーリングリストに登録したメンバーが関心をもちそうな情報を共有することが多いです。

なお、事務局を構成するメンバーは多職種で、さまざまな立場の人であることを推奨します。職種では精神科看護師、精神科作業療法士、社会福祉士、精神保健福祉士、養護教諭、臨床心理士、教員、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、精神科医、そのほか有志の者、立場としては医療・福祉従事者、教育関係者、当事者、当事者の家族などがあげられます。

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

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3項 事務局として定期的に集まる習慣をつくる

メンバー間でメーリングリストを介したやり取りをはじめたら、次は定期的に集まる習慣をつくります。「毎月第1金曜日、○○センター、19 時から」というように、集まる日時や場所を固定しておくと、定期的に集まる習慣が作りやすいと思います。顔を合わせることに意味がありますが、もし仮に遠隔地にメンバーがいて、毎回参加をすることが難しい時には、ネットを介した会議をすることもありました。なお集まる場所としては、公的施設の会議室ですと、地域にもよりますが、だいたい1~2カ月前から予約が可能で、比較的安価な費用で借りることができます。さまざまな職場、職種、立場のメンバーから構成されていることを念頭に置き、皆が集まりやすい仕組みを作ることが重要です。

4項 事務局としての初期活動

事務局としてある程度仲間が集まったら、徐々に活動を開始します。

 ① 勉強会や研修会の開催(第5章) ② 地域の学校ニーズの把握(第1章) ③ 他地域の活動内容を見学:プログラムの全体像を把握し、実施に向けてのヒントを

得るために先進例の見学をすることは重要です。学校 MHL 教育研究会では、これまでコンボを通じて他地域からの見学を多く受け入れてきました。授業当日の学校の先生方とのやり取り、生徒のリアルな反応を知ることは、「自分の地域でもできそうだ!」という手ごたえとモチベーションを高めることにつながります。

 ④ 他地域で先進的に取り組んでいる方からの助言を受ける:私たちの学校 MHL 教育研究会や、そのほかの活動団体と連携し、活動に関する助言を受ける機会を設けます。

3節 事務局の主な機能

1項 学校開拓に向けての戦略プランを立てる

メンバーが定着し、事務局の活動が安定してきたら、学校開拓に向けての戦略プランを立てる段階へと移ります。神奈川の事務局では、学校開拓にあたっては地域の家族会と連

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第8章 学校MHL教育実現に向けた組織づくり

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携しています。

2項 授業プログラム実施体制の調整

1項の学校開拓と並行して、学校側からの模擬授業の依頼にも応じられるように講師を養成します。勉強会や研修会の開催時に、他地域で先駆的に活動している方を講師に招いて、授業技術を身につける、先進例の取り組みを見学して授業実践のイメージやヒントを得る、などがあります。

私たちの場合、コンボ主催の講師研修を実施し、講師候補が数多く誕生しました。研修終了者は、すぐに講師として派遣されるわけではありません。授業を何回か見学してもらい、授業技術を磨く機会を設けながら、講師として活動するかどうかの意思確認という段階を経て、ようやく講師として派遣するという手順を踏むケースがほとんどでした。このような段階的な取り組みは、各地域の事務局が主体的に行っていました。

東京の事務局の場合、清瀬市内の複数の中学校ですでに授業を展開していたので、授業の予定が立ち次第、研修修了者を中心に、メーリングリストで見学者を募集していました。何回かの見学をクリアした方に対しては、その後の中学校での授業をお願いする、という流れでした。このように、即戦力となる講師の養成と確保は各地域の事務局が主体となり、取り組みます。

3項 授業プログラム実施体制の維持・継続

実施継続に関する調整内容は、主に以下の3点です(詳細は9章参照)。

 ① MHL 教育を継承できる仕組みを作る:(1) 活動の記録を残す、(2) 仲間との関係作り ② 学校ニーズの検討とプランの見直し ③ 技術の継承 ④ モチベーションの維持・向上

4項 他地域との連携、コンサルテーション体制の構築

自分の地域以外にも、同様の活動に携わっている地域や団体があれば、そうした人たちと定期的に集まりをもち、お互いの活動状況について報告をします。われわれの場合は、6地域の事務局が数カ月に一度集まり、活動内容の報告をしています。その際に、他地域からの助言を受ける、授業プログラムの実施を手伝ってもらう、講師の勉強会に講師として依頼するなど、お互いの活動がうまくいくように連携、協力をしています。

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教育プログラムを継続的に実施するためには、プログラムの見直しと改善を行い、より質の高いプログラムを作り上げていく作業が求められます。社会の変化に伴い、学校MHL 教育に期待する内容も変化していきます。これらの変化に対応するうえでは、事務局をはじめとする活動実施体制についても見直す必要が生じるでしょう。そこで、本章では MHL 教育の実施を維持継続していくうえで重要な取り組みについて紹介します。

1節 MHL教育を継承できる仕組みをつくる

1項 活動の記録を残す

第8章でも紹介しましたが、活動内容の記録と継承が一番大切です。メンバーが学校MHL 教育活動を通じて得た情報や知識、活動を円滑にするためのコツについて、必ず記録に残します。しかし、ボランティアとしてこの活動にかかわっている人にとって、詳細な記録を用意することは、容易なことではありません。そうはいっても、メンバーの入れ替わりに伴って、貴重な情報が散逸してしまっては非常に残念です。

私たちは、学校で授業を実施した後には、短い時間でも振り返りの時間を必ずもち、記録しました。ただ記録するだけで終わらせるのではなく、活動報告会を別に設けて、全体が共有できる形に記録を整えるような流れを作りました。また、報告会の内容も議事録として必ず記録しています。職場で開かれる会議の議事録と同様に、あらかじめフォーマットを定めておくと便利です。

♥第9章

MHL教育の定着・継承

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第9章 MHL教育の定着・継承

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2項 活動に携わる仲間との関係づくり

学校 MHL 教育活動にかかわっているメンバーは、主たる仕事をもちながら、その合間を縫ってこの活動のための時間を捻出しています。そのため、職場異動や転勤などライフイベントにより、活動参加の継続自体が難しくなることは少なくありません。

メンバーの入れ替わりが生じる時は、早めに引き継ぎをし、新たなメンバーの受け入れをします。新しくメンバーが入ってきた際には、研修会や会議などを通して、他メンバーと顔合わせをする機会を意識的に作り、新しく加わったメンバーであることを周知させることが望ましいです。安定した体制づくりのために、1人に多くの負担がかかることや、業務の一極集中を避ける、リスクの分散という点でも仕事を分担することは重要です。日程調整・管理役、備品管理役、学校との連絡役など役割を明確にしておきましょう。

2節 学校ニーズの検討とプランの見直し

学校開拓が成功し、初年度の授業が終了したら、次年度以降も引き続き授業を行えるように、学校側と調整して授業実施体制を整えます。実施継続に関する調整内容は、主に以下の2点です。

1項 前年度後半、もしくは新年度のはじめに学校を訪問し、授業ニーズを把握する

学校側のニーズは社会状況を反映しているため、年々変化しています。そのため、昨年度授業を実施した学校へは、前年度の後半あるいは新年度のはじめには必ず学校へ挨拶にうかがい、学校 MHL 教育に対する学校側の要望について意見を収集しています。初めて実施する学校の場合は、教育内容の概要、これまでの活動歴、活動報告書などを持参し、事務局のメンバーだけではなく大学教員や研究者など、3~4名で訪問していました。時期としては、新年度に入ってすぐに学校に連絡をとり、4月中に行うことが望ましいです。

学校側も、校長先生や教頭先生だけではなく、養護教諭の先生も交えて対応してくださいます。先生方との意見交換を通じて、各学年の特徴や、特別な配慮を要する生徒の存在の有無、いじめ対策や不登校対応の現状、養護教諭やスクールカウンセラーの定着度合いや担任の経験年数など、各学年の状況だけではなく、学校全体の文化についても理解する

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

134

ことに努めています。この訪問を通じて、学校 MHL 教育プログラムの中心となる核の部分は守りながら、社

会状況や学校文化を踏まえた内容を組み立てることになります。近年では、インターネット上での SNS を介したいじめ、感情のコントロールに関連した教育内容の希望があり、授業の導入の部分や生徒への例示に取り入れていました。学校側のニーズと事務局側のニーズは必ずしも一致するとは限りませんが、学校との信頼関係を築くためにも、丁寧な対応が求められます。

2項 プログラム実施プランの作成

学校訪問を終えて、年間のプログラム実施の全体像が見えてきます。そこでプログラム実施プランを作成します。実施の規模、実施方法、スケジュールなどを決め、実現可能な実施方法を具体的に検討します。講師の人数、実施学年、昨年度の状況などを踏まえて、具体的な実施方法について地域の担当者と事務局が相談し、推進委員会で助言を得るなど、多角的に検討し情報の共有をします。

3節 技術の継承

スタッフに教育技術の継承を行うために、スタッフ研修では授業見学の時間を取り入れていますが、見学だけでは不十分です。私たちが技術継承に有効な手段としておすすめしたいのは、ベテランのスタッフとペアを組んでのプログラム実践です。実際には教育プログラムを4分割し、2パートずつ交互に実践します。初心者のスタッフにとって、50 分通してのプログラム実践は負担があります。事前に練習を行っていても、プログラム開始直後は緊張が高まります。途中で休憩が入るこの方法では、高まった緊張をコントロールする時間を得ることができます。

また、ベテランとペアでプログラム実践することで、ベテランのプログラム実践を体感しながら修得することができます。プログラム実践の学校側からの評価もさほど低くなることはありません。また、プログラム終了後にベテランとの振り返りの機会をもてることから、教育技術の問題を指摘、指導が得られます。ペアによる実践を行うことで技術継承を円滑に行うことが可能となります。

MHL 教育を行ううえで必要となるのは、授業展開の技術だけではありません。学校との調整については後の章で触れますが、実際の学校において先生方とどのようなやり取りをしているかを知ることも重要な教育事項になります。スタッフの中には「MHL の授業

Page 135: 効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム 立ち上げ方、進め方ツールキット

135

第9章 MHL教育の定着・継承

135

は練習すればいいけれど、先生とのやり取りは経験もないし緊張しますよ」と話す方もいました。学校とのやり取りにおいても、実践場面を見学し技術の継承ができる仕組みとしても、ベテランスタッフとペアになって教育を行うことは、有効な手段と思われます。

4節 モチベーションの維持・向上

MHL を継続するうえでは、活動するスタッフやプログラムを導入する学校側のモチベーションの維持向上は重要な要素です。両者のモチベーションを上げる有効な方法は、やはり生徒の学習成果を実感することでしょう。学習成果を上げるためには、その都度プログラムの効果性を振り返ることが重要です。

ただし、単にプログラムそのものの修正をするのではなく、言葉の使い方や表現を検討することを学校の教員とともに行うことで、両者のモチベーションの向上につながることがいえます。先に3年生プログラムで取り上げた生徒にアフレコを依頼する方法については、学校の先生の提案から行うようになりました。こうした些細な工夫を協働作業として取り組むことで、学校側、スタッフともに教育実感を得ることができ、モチベーションの維持向上につながるのです。

5節 地域でMHL教育を継続する

【事例】学校周辺の専門家との協力で継続:島根県◆島根県A市における中学校でのメンタルヘルス教育は、2005 年度から続いてい

ます。活動を継続するにつれて、それまでの MHL 教育が明らかに生徒たちにとっ

てよい結果をもたらしていることがわかりはじめ、また学校の先生方からの要望も

大きかったことから続けてくることができました。

一方で、継続していくうちにさまざまな限界も生じてきました。メンタルヘルス

教育の目的は「生徒がこころに悩みや不調を感じた際に相談をする」ことですが、

私自身は相談の受け手として、教育を行った学校の周辺にいるわけではありません。

そのため社会資源の詳しい情報も不足していましたし、言葉にもやや説得力が欠け

ているようにも感じていました。また、教育の実施には多くの人を必要とするもの

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

136

の、その担い手は不足していました。教育を実施する人は、もちろん誰でもよいわ

けではありません。身近な教育関係者か、こころの健康に関する専門家が望ましい

と考えていました。

それらの課題を考えるうちに導き出された結論は、教育を実施する学校周辺の専

門家に協力を募ることでした。私たちのメンタルヘルス教育の活動の中でも、精神

科看護師が学校に出かけて教育実践する取り組みは、今回紹介した島根県が初めて

でした。当初は、「精神科医療に従事している人って、こんな人たちなんだよ」と、

顔を見せるだけでも将来安心して相談できることにつながるのではないかと考えて

いましたが、臆することなくロールプレイの役を演じて、生徒の中に入って期待以

上の教育を実践していただきました。結果的に「あぁ、こんなふうに教育をすれば

効果的なんだな」と、逆に多くのことを学びました。そして、話す言葉には本当に

説得力があり、専門家としての安心感を子どもたちに発信できたように感じました。

【事例】地域の組織を組み立てて継続を図る:千葉県◆1)チームの立ち上げ

千葉県では、学校 MHL 教育研究会・インストラクター研修会の参加者を中心に

声掛けを行い、「千葉支部」という形で活動をスタートしました。発起人をはじめ、

立ち上げメンバー 10 名程度から開始し、インストラクター研修が行われるたびに、

また声を掛け、仲間を増やすという形で組織化を図りました。

2)支部の組織化

同じ県といっても北から南まで、かなり広範囲となります。そのためメンバーの

勤務先や住所などから、実際に活動を行える範囲で割り振りを行い、5つのブロッ

クに分けました(表1)。

3)支部内役割分担

メンバーは精神保健福祉士、作業療法士、精神科看護師、当事者家族、当事者、

大学教員など、バラエティに富んだ構成となりました。しかし皆、日中業務を抱え

ながらの活動で、できることには限界があります。そのためそれぞれの勤務状況に

合わせて、可能な役割分担を行いました(表2)。

No ブロック名 重点市町村1 柏・流山ブロック 流山市2 市川・船橋ブロック 市川市3 千葉・市原ブロック 市原市4 成田・印旛ブロック 成田市5 旭・銚子ブロック 旭市

表1 千葉支部・ブロックと重点市町村

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137

第9章 MHL教育の定着・継承

137

4)メーリングリストの活用と自主勉強会の開催

支部独自のメーリングリストを作成し、メンバーの意欲を落とさぬよう、進捗状

況は逐一発信し、情報共有を図りました。また中学校での講義に向けて、自主勉強

会などを開催しました。

5)学校の開拓

千葉県では、大学教員と当事者家族が中心となって、学校開拓を行いました。開

拓に関して方法は確立しておらず、試行錯誤しながらの実践となりました。以下に、

いくつかの例を示します。

●教育委員会への訪問:中学校に訪問し、学校 MHL 教育の説明を行った際、多

くの中学校から「教育委員会はご存知ですか」と尋ねられました。事前に教育委員

会から了解を得ておいたほうが、話はスムーズになります。市町村によって異なり

ますが、多くの場合、教育委員会での担当は指導課になります。千葉県では6つの

教育委員会に趣旨を説明、そのすべてで実施の承諾を得ています(表3)。しかし、

実施するかどうかは校長の判断のため、実際の交渉は各中学校と行いました。ちな

みに、A教育委員会では全校長が集まる会議「校長会」で説明をすることができま

した。あまり時間はもらえませんが、一度に広報できる機会になります。

●中学校への訪問:教育委員会から承諾をもらった後は、中学校への直接訪問を

行いました。その際のアプローチは、① 直接、校長先生と話す、② 養護教諭と話

す、③特別支援コーディネーターと話す、などがあります。こちらについても、正

しい道筋は決まっていません。もしお知り合いがいれば、そちらから話を通した方

がよい場合もあります。ともかく校長の承諾は必須です。

No 役  割 職  種1 学校開拓・教育委員会訪問 大学教員・当事者家族・当事者2 講師 作業療法士・精神保健福祉士・当事者3 広報 全員

表2 役割分担とその職種

No ブロック名 教育委員会名1 柏・流山ブロック 流山市教育委員会2 市川・船橋ブロック 市川市教育委員会3 市原・千葉ブロック 市原市教育委員会 千葉市教育委員会4 成田・印旛ブロック なし5 旭・銚子ブロック 旭市教育委員会 銚子市教育委員会

表3 千葉県における学校 MHL 教育実施承諾市町村・教育委員会

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

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6)生徒プログラム実施に向けての壁

たとえ教育委員会から承諾を得ていても、実際に中学校でプログラムを行うのは

容易ではありません。大きな原因となるのは、① 学校が年度計画で動いていること、

② 外部のプログラムを入れる時間がないこと、③ 学校 MHL 教育の重要性が十分に

理解されていないこと、だと考えられます。

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139

1節 科学的なプログラム評価の必要性:効果的なMHL教育プログラムを導入・維持・発展させるために

1項 科学的根拠に基づく実践の意義とプログラム評価の必要性

教育を実施しても、教育をやりっぱなしで評価をせずに終われば、生徒にいかに波及して、どのような教育効果があったのかがわからないままです。教育が実施された場合に、その効果を実感できるのは、学校で生徒の変化を観察できる教員でしょう。

しかし外から学校へと出向いて教育を実施した場合には、生徒と普段向き合う機会がないだけにその効果は実感できません。教育効果がわからない場合、当初に立てた目的が果たされたのかもわかりませんし、評価を踏まえてよりよい教育プログラムへと発展させることに限界が生じます。そこで私たちは教育効果があったかどうかを、科学的に検証するプロセスをたどってきました。プログラム評価は教育の発展と有効性の検証に必要であるといえます。なお第 10 章の内容は「(篁宗一、2010)」の結果を引用しています。

2項 実践の中で取り組むプログラム評価

ここでは実際に行ってきたプログラム評価の紹介をします。島根県では中学生を対象としたメンタルヘルス教育を実施し、3年間にわたる教育効果

を、介入群と対照群の比較対照試験の研究デザインによって評価しました。教育プログラムの最適な評価を行うためにインパクト理論に基づきモデルを構築し、アウトカムの指標

♥第 10章

MHL教育プログラムの活動と成果を評価する

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

140

を健康教育の概念によって仮説を立てました(図1)。

【仮説】「精神健康についてのとらえ方」、つまり「知識」や「意識」、「態度」の向

上は、精神的不調時の援助希求に関する「行動」を促進する。

3項 実践の中でのモニタリング、評価調査

精神的不調に陥った思春期児童の早期介入を目的として、主要アウトカムは精神的不調時の援助希求に関する「行動」とし、それに影響を及ぼす副次的なアウトカムを「知識」、

「意識」、「態度」に対応する各概念として仮定し、評価を実施することとしました。表1にあげるのは主に「知識」「態度」「行動」の測定尺度の分類です。

4項 まとめ:教育プログラムの効果から

中学3年間にわたる長期のフォロー調査の結果から、図2のような結果が得られました。黒の折れ線が教育プログラムを実施した介入群、白が実施していない対照群です。介入群には1年から3年まで、各年度にプログラムを実施しました。

中学生に対するメンタルヘルス教育による早期の援助希求に関する知識、態度、行動に対する介入効果について3年間にわたる比較対照試験により評価した結果、中学生が悩みをもった際に援助希求行動をとる割合は 12 カ月後に、特に標的とする精神健康度が低い群(GHQ12 が4点以上)では 12 カ月および 24 カ月後に、介入によって有意に増加しました。つまり私たちが実施した教育が援助希求「行動」に影響することがわかりました。

図1 プログラム理論のモデル

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141

第 10章 MHL教育プログラムの活動と成果を評価する

141

健康教育概念 教育による効果の指標 測定尺度・変数

①精神疾患知識の向上 精神障害の知識度: 4項目

②専門相談機関の知識の向上 専門相談機関に関する知識度: 8項目

③専門相談機関のイメージ変容 こころの相談に関するイメージ:15項目

④精神障害への偏見の減少 消極的態度尺度:10項目

精神障害の罹患可能性の意識: 4項目

GHQ:12項目

悩みの有無:1項目

専門的心理的援助への態度尺度(Attitude toward Seeking Professional psychologicalHelp scale ;ASPH):12項目

専門相談機関への相談意向態度:12項目

行動 ⑦援助希求行動の実践 悩みがあった際の対応として,専門家および非専門家に対する相談経験の有無:8 項目

⑤精神的不調の自覚

⑥援助希求態度の変容

知識

意識

態度

表1 健康教育概念ごとの教育による効果指標に対応した測定尺度

図2 教育プログラムの効果

(知識)

左は専門の相談機関に関する知識がどのように推移しているのかを見たものである。グラフから、介入群では教育実施4週後では対照群に比べて有意に高く見られた。12 カ月後では各群の得点差は小さくなり、24 カ月後には有意差が見られなくなったが、27 カ月時点では再び有意差が見られた

(有意差:☆ p<0.05、☆☆ p<0.01)。

(態度)

専門の相談機関へ相談することの「態度」を測定する尺度「ASPH」の結果を見ると、4週および 12 カ月後に、介入群は対照群と比べて有意に高く見られた。24 カ月後には有意差はいったんなくなるが、27 カ月後では再び介入効果から有意差が見られた。

(行動)

悩みのある際に誰かに相談する「行動」について見たものである。精神健康度の低い者(GHQ が4点以上)に限定して、援助希求行動割合を見ると、2年次の 12 カ月後の時点で、介入群では 90.3%と対照群の 40%と比較して有意に高く、3年次の 24 カ月後時点でも有意に高く見られた。少なくとも2年次、3年次まで介入群では明らかに相談割合が高いことから、介入には相談を求める行動を高める効果が期待できることがわかる。

結果:「知識」の得点差~専門相談機関に関する知識度~

☆☆:P<0.01,☆<0.05【介入群と対照群の有意差(時点毎・ベースラインとの得点差)】

-1

1

3

5

専門相談機関に関する知識度 介入群 専門相談機関に関する知識度 対照群

0週  4週 12ヶ月              24ヶ月   27ヶ月

介入介入 介入

縦軸:ベースラインとの得点差

結果:「態度」の得点差

-3

-1

1

3

5ASPH 介入群 ASPH 対照群

0週  4週     12ヶ月            24ヶ月  27ヶ月

☆☆:P<0.01,☆<0.05【各尺度において介入群と対照群の有意差(時点毎・ベースラインとの得点差)】ASPH:Attitude toward Seeking Professional psychological Help scale(専門的心理的援助への態度尺度)

介入介入 介入

縦軸:ベースラインとの得点差

結果:精神健康度の低い者の援助希求行動

χ2検定 ☆☆:P<0.01, ☆<0.05

12ヵ月後

24ヵ月後

27ヵ月後

88.9

94.4

90.3 81.8

71.4

40.0 0

25

50

75

100

対照群 介入群

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

142

2節 ニーズアセスメントとアウトカム評価

1項 ニーズアセスメントとアウトカム評価を行う意義

私たちがこれまで進めてきたメンタルヘルス教育の開発と実施は、その効果について評価する研究的要素をもっていました。具体的には、客観的なデータとして質問紙などのアンケートを教育の前後に複数回実施してきました。事前の調査ではニーズアセスメントを行い、事後の調査ではアウトカム評価を行いました。

●ニーズアセスメント:解決すべき課題を把握し、教育の内容が適切かどうかを

判断する。

●アウトカム評価:教育を実施することで得られた教育効果を査定する。

2項 ニーズアセスメントの領域

主に生徒のニーズは図3、図4のようなモデルを組み立てて、それぞれの目標に応じた尺度を構成し、メンタルヘルスリテラシーに関連するアウトカム指標を測定してきました。

以下は主なニーズアセスメントとアウトカムの指標として用いた「知識」「意識」「態度」「行動」で用いた尺度の説明です。

1)「知識」概念を測定する尺度:【専門相談機関に関する知識度尺度】こころの専門相談機関に関する知識を測定することを目的として、スクールカウンセ

ラー・精神科を有する病院・保健所など8種のこころの専門相談機関についての知識を尋ねました。各機関について「よく知っていてイメージできる(4点)」から「まったく知らないのでイメージがわかない(1点)」の4件法で評価しました(合計 32 点満点)

(Cronbach のα係数は 0.84)。

2)「意識」概念を測定する尺度:【精神健康状態】精神健康度を測定するため、GHQ12 項目を用いて GHQ 得点法で評価しました。得点

が高いほど精神健康度が悪いことを示します。なお、精神健康度が低い者として GHQ 4/3点をカットオフポイントとし、4点以上を精神健康障がいのリスクが高い群としました(合計 12 点満点)(Cronbach のα係数は 0.84)。

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143

第 10章 MHL教育プログラムの活動と成果を評価する

143

3)「態度」概念を測定する尺度:【ASPH : Attitude toward Seeking Profes-sional psychological Help scale(専門的心理的援助への態度尺度)】

メンタルヘルスの不調時において、専門職への援助希求行動を行うかどうか、その態度を計測する尺度としては、Fischer & Turner が開発した「Attitude toward Seeking Professional psychological Help scale」や、それを簡略化した Fischer & Farina があります。本研究では「専門相談機関への相談意向態度尺度」の並存妥当性を確認するという目的を兼ねて、Fischer の尺度を篁が翻訳したものを、中学生でも理解しうる平易な日本語にしたうえで補助的に使用しました。なお、オリジナルの 10 項目の尺度に、家族が反対した場合の意向や、友人が悩んでいた場合の意向の2項目を加えて使用していました(合計 36 点満点)。「そう思う(4点)」から「そう思わない(1点)」の4件法(5項目で逆転項目)で評価し、得点が高いほど専門相談機関への相談態度が積極的であることを示しています(合計 48 点満点)(Cronbach のα係数は 0.65)。

図3 精神保健教育におけるプログラムインパクト理論

①精神疾患知識の向上

(将来)

②専門相談機関の知識の向上精神疾患発症時の援助

希求行動の実践

③専門相談機関のイメージ変容

④精神障害への偏見の減少

教育プログラムの実施

⑦精神的不調時の援助希求行動の実践

⑥援助希求態度の変容

⑤精神的不調の自覚

図4 健康教育の概念に対応する教育の効果指標

健康教育概念

    行動

    態度

    意識

    知識 精神疾患知識の向上 専門相談機関の知識の向上

精神的不調の自覚

援助希求態度の変容

援助希求行動の変容

専門相談機関のイメージ変容

精神障害への偏見の減少

こころの問題をもつ生徒 こころの相談機関・精神障害

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

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4)「行動」概念を測定する尺度:【援助希求行動】悩みがあった際の対応として、専門家および非専門家に対する相談経験の有無を尋ねま

した。

3項 ニーズアセスメントとアウトカム評価を行う時期

教育の質の向上には、事前の準備に加えて事後のフォローも重要になります。つまり基本的なニーズアセスメントとアウトカム評価を行う時期は事前事後の組み合わせによるものです。その時期は、学校側との調整になります。基本的な評価の時期は図5の通りです。

図5 基本的な評価の時期

3か年に渡る評価 一時点での評価(事前のみ)

評価時期(事前、1回目) 評価時期(事前、1回目)

教育の実施 教育の実施

評価時期(事後、2回目) 一時点での評価(事後のみ)

(クラス替え) 教育の実施

評価時期(事前・事後、3 回目) 評価時期(事後、1回目)

教育の実施 一時点での評価(事前事後、単年度のみ)

評価時期(事前、1回目)

評価時期(事後、4回目)

(クラス替え) 教育の実施

評価時期(事前・事後、5 回目) 評価時期(事後、2回目)

教育の実施

評価時期(事後、6回目)

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145

第 10章 MHL教育プログラムの活動と成果を評価する

145

また評価には、教育者である先生方から、「もっとこうすればよいのに」といった助言が得られる場合も含まれます。アンケート結果だけではなく、得られた意見は大切に受け入れるべきでしょう。授業後の意見は次の授業に取り入れ、教育に活かすことで、質は徐々に上げていくことができます。

また教育効果の評価で高い結果が得られれば、再現性も保てるように努めるとよいでしょう。私たちは実施したすべての MHL 教育を記録してきました。ビデオカメラなどで録画を行いながら、質を均一に確保することも大切です。

3節 プロセス評価とは

教育プログラムの本来の目的が達成されるためには、作成されたプログラムが意図したように対象となる生徒たちに実施されなければなりません。教育プログラムの運営に関して、それがうまく機能しているのかどうかを確かめることを「プログラムのプロセス評価」といいます。

1項 プロセス評価を行う意義・目的

プロセス評価はプログラムの実施によって、意図するように生徒に提供されているのかを検証することを目的とします。その意義は検証によって教育プログラムの一定の質を確保できることにあります。

教育を受ける生徒が教育プログラムをどの程度受けているのかを検証するために、計画したプログラムと実際に受けたプログラムの比較を行うこととします。主に以下の2点から行います。

●プロセス評価:

 ・教育プログラムが対象とする生徒たちに届いているのかどうか。

 ・教育プログラムが当初想定しているプログラム実施規模や、効果が得られる

形態で行われているのかどうか。

標的とする地域へ教育が届けられているのかどうかを見るのには、対象校の確保、対象人数の確保、対象の学年、確保された時間、参加度などの実施状況を検証する必要があります。

教育プログラムが当初想定しているプログラム実施規模や、効果が得られる形態で行わ

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Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

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れているのかどうかを見るのには、教室などの部屋が確保され、教育が行われる環境の調整、教育の研修を終えたスタッフが配置されるかなどの教育の質を検証する必要があります。私たちの研究会では、プロセスを評価するためのフィデリティ尺度(忠実度を測定するもの)を作成しました(表2)。

表2 参考となる学校 MHL 教育プログラムのプロセス評価尺度(フィデリティ尺度)案

[2006. 9, MHL 研究会にて吉田光爾作成]

【実施体制について】

1 プログラムのコーディネーター(外部実施)1 人あるいは複数の担当者がプログラムの調整役として指定されており、以下の業務を行う。(実施スタッフ内で)

□調査の管理□教職員への説明と調整□見学先の機関との調整□保護者向けの説明と準備

チ ェ ッ クボックスに該当するものがない

チ ェ ッ クボックスに1つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

チ ェ ッ クボックスに4つ該当する

2 学校側に窓口が存在する□コーディネーターによる教職員・保護者への

説明のための調整□見学への同行□ボランティア保険の用意□トラブルの際の調整□コーディネーターと月 1 回程度連絡をとっ

ている

コ ー デ ィネーターがいない

学 校 側 にコ ー デ ィネ ー タ ーが 存 在 しチ ェ ッ クボックスに1 つ該当する

学 校 側 にコ ー デ ィネ ー タ ーが 存 在 しチ ェ ッ クボックスに2 つ該当する

学 校 側 にコ ー デ ィネ ー タ ーが 存 在 しチ ェ ッ クボックスに3 つ該当する

学 校 側 にコ ー デ ィネ ー タ ーが 存 在 しチ ェ ッ クボックスに4 つ該当する

3 プログラムのコーディネーター(学校実施)1 人あるいは複数の担当者がプログラムの調整役として指定されており、以下の業務を行う。

□他の教職員への説明と調整□調査の直接の管理あるいは外部への委託・連

絡□見学先の機関との調整□保護者向けの説明と準備□ボランティア保険の用意

コ ー デ ィネーターがいない

学 校 側 にコ ー デ ィネ ー タ ーが 存 在 しチ ェ ッ クボックスに1 つ該当する

学 校 側 にコ ー デ ィネ ー タ ーが 存 在 しチ ェ ッ クボックスに2 つ該当する

学 校 側 にコ ー デ ィネ ー タ ーが 存 在 しチ ェ ッ クボックスに3 つ該当する

学 校 側 にコ ー デ ィネ ー タ ーが 存 在 しチ ェ ッ クボックスに4 つ該当する

4 関係作り学校での関係作りが、以下の条件を満たすようなシステムとして行われている。

□校長など管理者と事前ミーティングを行っている。

□学校側のニーズや要望がきかれている。□特にニーズが多い生徒についての情報が共有

されている。□プログラムを実施するクラスの担任とミー

ティングを行っている

チ ェ ッ クボックスに該当するものがない

チ ェ ッ クボックスに1つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

チ ェ ッ クボックスに4つ該当する

Page 147: 効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム 立ち上げ方、進め方ツールキット

147

第 10章 MHL教育プログラムの活動と成果を評価する

147

5 スタッフの実施体制実施スタッフが以下の構成を満たし、十分な人員を満たしている。

□講師□アシスタント□当事者□オブザーバーとしての教職員・SC

チ ェ ッ クボックスに該当するものがない

チ ェ ッ クボックスに1つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

チ ェ ッ クボックスに4つ該当する

6 学校の中の位置づけプログラムは何らかの公的な位置づけをもって行われている。

□教育委員会による推薦・承認事業□以下のような授業の枠組で行われる(例) ・総合的な学習としての授業 ・保健体育としての授業 ・ホームルームの時間としての授業など□連絡・案内は学校側から行われる

チ ェ ッ クボックスに1 つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

7 プログラムの関係者への周知プログラムは適切に関係者に事前に周知される

□生徒に対する文書での通知□保護者に対する文書での通知□一般教職員に対する説明会□養護教諭・SC に対する説明

チ ェ ッ クボックスに該当するものがない

チ ェ ッ クボックスに1つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

チ ェ ッ クボックスに4つ該当する

8 生徒との関係作りについて主たるスタッフは事前に生徒との関係作りを行う

□ SC・相談員などの形で学校との連携がとれている

□プログラムの事前に、生徒との顔合わせ・自己紹介などを行う

チ ェ ッ クボックスに該当するものがない

チ ェ ッ クボックスに1つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

9 見学先機関との連携事前に見学先機関との連携が適切にとれている

□事前に打ち合わせ・ミーティングを行う□プログラム・見学の趣旨が共有されている□見学先のルートなどについて確認が取れてい

る□取材ノートの内容について共有がされている

チ ェ ッ クボックスに該当するものがない

チ ェ ッ クボックスに1つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

チ ェ ッ クボックスに4つ該当する

10 1回のプログラムで参加する人数□原則として1回のプログラムは 40 人規模の

クラス単位で通常の教室(またはそれに準ずる場所)で行われる。

□1回のプログラムの最小規模は 10 人とする。

□参加人数が 40 名を超える場合は、プログラムの実施時間をわけて個別に実施するか、大教室を利用する。

プログラムの1回の参加人数は100 人 以上もしくは10 人未満

プログラムの1回の参加人数は80 人以上100 人 未満もしくは10 人以上15 人未満

プログラムの1回の参加人数は60 人以上80 人未満もしくは15 人以上20 人未満

プログラムの1回の参加人数は40 人以上60 人未満もしくは20 人以上30 人未満

プログラムの1回の参加人数は30 人~40 人

Page 148: 効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム 立ち上げ方、進め方ツールキット

Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

148

11 全体の構成プログラムは以下の4つの構成を含む。

□教育的カリキュラム□見学□見学振り返り□当事者からの講話

チ ェ ッ クボックスに該当するものがない

チ ェ ッ クボックスに1つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

チ ェ ッ クボックスに4つ該当する

12 教育的カリキュラムの内容生徒にメンタルヘルスについて教育するために、標準化されたカリキュラムを用いる。カリキュラムは4つの主題を含む。

□1)ストレスと精神疾患□2)専門相談機関に関する説明□3)悩むことの意義□4)当事者からの講話□5)相談機関の見学

チ ェ ッ クボックスに1つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

チ ェ ッ クボックスに4つ該当する

チ ェ ッ クボックスに5つ該当する

13 ストレスと精神疾患についてのプログラム1限のカリキュラムはストレスと精神疾患に関する以下の内容を含む。

□精神疾患の生涯有病率□ストレスとストレッサーに関する説明□ストレスが持続的にかかった場合におきうる

状態としての精神疾患□ストレッサーの個人差□代表的な精神疾患に関する説明□その他、ストレスがかかった場合におきうる

精神的不調

チ ェ ッ クボックスに該当するものが1つ以下

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

チ ェ ッ クボックスに4つ該当する

チ ェ ッ クボックスに5~6つ該当する

14 専門相談機関についてのプログラム2限のカリキュラムは以下の内容を含む。

□相談機関の位置付けに関する説明□精神科医療機関に関する説明□行政機関に関する説明□福祉系の事業所に関する説明

チ ェ ッ クボックスに該当するものがない

チ ェ ッ クボックスに1つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

チ ェ ッ クボックスに4つ該当する

15「悩むこと・相談すること」の意義に関するプログラム3限のカリキュラムは以下の内容を含む。

□自己を成長させる創造的行為としての「悩み」の意義付け

□思春期におきがちな悩み□相談する行為の意味づけ(情報の整理・アド

バイス・カタルシス・視点の変換)□当事者からの講話

チ ェ ッ クボックスに該当するものがない

チ ェ ッ クボックスに1つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

チ ェ ッ クボックスに4つ該当する

【教育プログラムの内容について】

Page 149: 効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム 立ち上げ方、進め方ツールキット

149

第 10章 MHL教育プログラムの活動と成果を評価する

149

16 当事者からの講話精神疾患・メンタルヘルス上の問題の当事者から以下の内容についての講話がなされる

□早期に相談することのメリットが語られる□相談に関する実際の様子が語られる□疾患・悩みをもつことが特別ではないことが

語られる□精神疾患をもちつつも希望や生きがいをもっ

て生きていることが語られる

チ ェ ッ クボックスに該当するものがない

チ ェ ッ クボックスに1つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

チ ェ ッ クボックスに4つ該当する

17 プログラムの順番上記プログラムは原則として1)→4)の順番で行われる。

(見学プログラムは2)の後に行われる)

プログラムの順番が守られていない・順不同

プログラムの順番は守られている

18 プログラムの時間上記プログラムは原則として1回の講義を 45 分以上で行う。

1回のプログラムは90 分以上もしくは30 分未満

1回のプログラムは60 分 以 上90 分未満もしくは30 分 以 上45 分未満

1回のプログラムは45 分 以 上60 分未満

19 マルチメディア教育教材は、いくつかの形式からなり、学習効果を高める。

□文書・資料の配布□スライド(パワーポイント)□ビデオの使用□小道具

チ ェ ッ クボックスに該当するものがない

チ ェ ッ クボックスに1つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

チ ェ ッ クボックスに4つ該当する

20 具体的な体験型プログラムの導入□ストレスに関するディスカッション・グルー

プワーク・自分にとってのストレス体験□講義内容に関する振り返り□支えあいの体験

チ ェ ッ クボックスに1つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

21 相談機関の見学者の数対象となるクラスのうち見学者が一定の割合を占める。

見学者は全体 の 10 %未満

見学者は全体 の 10 %以 上 15 %未満

見学者は全体 の 15 %以 上 20 %未満

見学者は全体 の 20 %以 上 25 %未満

見学者は全体 の 25 %以上

22 相談機関の見学の内容相談施設の見学内容は、以下のものを含む

□相談機関の内部の見学□施設のスタッフからの説明□見学ノートへの書き込み□ロールプレイ

※見学ができない場合は、上記の内容を含む代替学習を行う。(ビデオによる疑似体験など)

チ ェ ッ クボックスに該当するものがない

チ ェ ッ クボックスに1つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

チ ェ ッ クボックスに4つ該当する

Page 150: 効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム 立ち上げ方、進め方ツールキット

Part 3 学校 MHL 教育プログラムの立ち上げ方、進め方ガイド

150

23 見学の共有見学者の体験を共有する以下の取り組みがなされる。

□取材内容を見学者が発表する□取材ノートの内容が共有される(スライド、

資料の配布など)□スタッフからコメントが提示される□見学に行っていない生徒からの質問時間が設

けられる

チ ェ ッ クボックスに該当するものがない

チ ェ ッ クボックスに1つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

チ ェ ッ クボックスに4つ該当する

24 スタッフの役割スタッフは、以下の役割を果たしている

□ウォーミングアップを通し、和やかな雰囲気を作る

□質問や発言をきくなど相互的な授業を目指す□生徒の発言・質問に対し、スタッフが反応す

る(声に出してうなずく、肯定的なコメントを返す、感想に感謝を述べる)

□ディスカッションを要する場面では、発言していない生徒にも話題を振り、グループの相互作用を促す

□生徒自身がどうなりたいかに焦点を当てて話し合う

チ ェ ッ クボックスに該当するものが1つ以下

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

チ ェ ッ クボックスに4つ該当する

チ ェ ッ クボックスに5つ該当する

25 プログラムの評価プログラムは評価票で、以下のように評価・調査される。

□事前調査(生徒)□事後調査(生徒)□プログラムの満足度調査□プログラムに対する意見

チ ェ ッ クボックスに該当するものがない

チ ェ ッ クボックスに1つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

チ ェ ッ クボックスに4つ該当する

26 授業に関する集中度プログラムに参加する生徒は、一定の集中力をもって参加している。

私語や居眠りはほとんどみられない

私語や居眠りはわずかにみられるが、プログラムの進行を妨げるほどではない

私語や居眠り 聞 こ え、集中力を喚起するための講師による 注 意 が2、3回必要である。

私語がかなり 聞 こ え、集中力を喚起するための講師による注意が頻繁に必要である。

私語がひどく、講師による強い注意、または学校側の教職員の注意が必要である。

27 プログラムの事後の振り返りプログラム後、学校の教員と振り返りがなされる。

□調査結果の共有(報告書・プレゼンテーションなど)

□プログラムの課題・実施後の様子などのディスカッション

□実際の事例に関するフォロー体制作り

チ ェ ッ クボックスに1つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

チ ェ ッ クボックスに3つ該当する

28 長期的フォローアップの実施プログラム1年後に以下のことが実施される

□フォローアップの教育プログラムの実施□フォローアップ調査の実施

チ ェ ッ クボックスに該当するものがない

チ ェ ッ クボックスに1つ該当する

チ ェ ッ クボックスに2つ該当する

Page 151: 効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム 立ち上げ方、進め方ツールキット

151

■初出一覧[Part 1 1章2節]

篁宗一,吉田光爾,大島巌,大島なつめ,李載徳,久野光雄,志村和哉,横山恵子,倉島徹,堀絵里子,元永拓郎,桶谷肇,原田郁大(2011).教育現場×メンタルヘルス 今,メンタルヘルスリテラシーの向上をめざして:なぜメンタルヘルスリテラシーか? 学校教育の意義とこれまでの取り組みの紹介.精神科看護,38 (4) ; 49-55.

[Part 1 1章3節]篁宗一,李載徳,大島なつめ,大島巌(2011).教育現場×メンタルヘルス 今,メンタルヘルスリテラシーの向上をめざして:学校にメンタルヘルス教育を導入する際の手順について.精神科看護,38 (5) ; 56-64.

[Part 2 1章1節]篁宗一,吉田光爾,大島なつめ,李載徳,倉島徹,堀絵里子,横山恵子,大島巌(学校メンタルヘルスリテラシー教育研究会)(2010).精神保健福祉教育プログラム 研修用テキスト.日本財団助成「学校における精神保健福祉教育プログラム開発」事業資料集.

[Part 2 2章1節]篁宗一,李載徳,大島巌,横山恵子,久野光雄,大島なつめ,志村和哉,吉田光爾,倉島徹,元永拓郎,堀絵里子,桶谷肇,原田郁大(2011).教育現場×メンタルヘルス 今,メンタルヘルスリテラシーの向上をめざして:授業を実施するための準備について.精神科看護,38 (9) ; 55-61.

[Part 2 3章1節]吉田光爾,久野光雄,篁宗一,大島巌,李載徳,横山恵子,大島なつめ,志村和哉,倉島徹,元永拓郎,堀絵里子,桶谷肇,原田郁大(2011).教育現場×メンタルヘルス 今,メンタルヘルスリテラシーの向上をめざして:中学1年生の1時間目の授業「ストレスとこころの病気」について.精神科看護,38 (10) ; 54-59.

[Part 2 3章3節]篁宗一,志村和哉,久野光雄,吉田光爾,大島巌,大島なつめ,横山恵子,李載徳,倉島徹,元永拓郎,堀絵里子,桶谷肇,原田郁大(2011).教育現場×メンタルヘルス 今,メンタルヘルスリテラシーの向上をめざして:こころの相談施設の紹介・説明と相談施設の見学およびシェアリングについて.精神科看護,38 (11) ; 60-65.

[Part 2 3章3,4節]篁宗一,李載徳,吉田光爾,大島巌,大島なつめ,久野光雄,志村和哉,横山恵子,倉島徹,元永拓郎,堀絵里子,桶谷肇,原田郁大(2011).教育現場×メンタルヘルス 今,メンタルヘルスリテラシーの向上をめざして:当事者との交流プログラムとまとめについて.精神科看護,38 (12) ; 54-59.

[Part 2 3章4節]篁宗一(2013).学校で語りの場をつくる:中学生へのメンタルヘルスリテラシー教育の実践を通じて~参加してみよう 精神障害の啓発活動.精神科看護,40 (9) ; 23-28.

[Part 2 3章1,2,3,4節]実践家参加型効果的プログラムモデル形成評価研究班(研究代表:大島巌),学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム評価研究会(分担研究責任者:篁宗一)(2012).実践家参加型効果的プログラムモデル形成評価 学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム

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152

ツール集.

[Part 2 5章1節]大島なつめ,吉田光爾,篁宗一,大島巌,倉島徹,李載徳,横山恵子,堀絵里子,久野光雄,志村和哉,元永拓郎,桶谷肇,原田郁大(2011).教育現場×メンタルヘルス 今,メンタルヘルスリテラシーの向上をめざして:メンタルヘルス教育プログラムの実際② 教員プログラムの紹介.精神科看護,38 (7) ; 50-54.

[Part 2 5章2節]篁宗一,横山恵子,吉田光爾,大島巌,大島なつめ,李載徳,久野光雄,志村和哉,倉島徹,堀絵里子,元永拓郎,桶谷肇,原田郁大(2011).教育現場×メンタルヘルス 今,メンタルヘルスリテラシーの向上をめざして:メンタルヘルス教育プログラムの実際① 保護者プログラムの紹介.精神科看護,38 (6) ; 52-56.

■引用文献Appelhoff, R. (2013). School-based programmes to prevent suicide and build resilience among

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医療法人カメリア(2009).「精神病臨界期における包括的支援・治療技術,および早期発見,早期支援・治療スタッフ研修プログラムの開発事業」厚生労働省障害保健福祉推進事業 平成 21 年度報告書.

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木下隆志(2014).中高生を対象とした精神保健福祉教材の比較及び開発についての考察.関西国際大学研究紀要,15 ; 31-40.

国立教育政策研究所編(2004).保健のカリキュラムの改善に関する研究―諸外国の動向―イギリス.教科等の構成と開発に関する調査研究 研究成果報告書,17 ; 31-42.

国立教育政策研究所編(2004).保健のカリキュラムの改善に関する研究―諸外国の動向―アメリカ合衆国.教科等の構成と開発に関する調査研究 研究成果報告書,17 ; 3-30.

こころの健康副読本編集委員会(2013).「悩みは,がまんするしかないのかな?」http://www.psycience.com/(2015/9/5 掲載確認)

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Page 153: 効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム 立ち上げ方、進め方ツールキット

153

ンタルサポートサービス.http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/area/h26/pdf/5-4.pdf(2015/9/5 掲載確認)

NPO 法人企業教育研究会(2008).「こころの病気を学ぶ授業」の開発www.pref.osaka.lg.jp/attach/5745/00000000/kaihatu.pdf(2015/9/5 掲載確認)

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154

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FRIENDS PROGRAMS http://friendsprograms.com/(2015/9/5 掲載確認)

Kelly CM, Jorm AF, Wright A (2007). Improving mental health literacy as a strategy to facilitate early intervention for mental disorders. Medical Journal of Australia , 187 (7) ; 26-30.

[松沢病院マインドマターズチーム]白井有美,崎川典子,岡田直大,針間博彦(2009).マインドマターズ―オーストラリアの学

校精神保健促進プロジェクト(1):マインドマターズの概要とスクールマターズ.こころの科学,143 ; 119-126.

白井有美,川上俊亮,河上緒,徳永太郎,針間博彦(2009).マインドマターズ―オーストラリアの学校精神保健増進プロジェクト(2):こころの疾病を理解する.こころの科学,144 ; 135-143.

針間博彦,高濱三穂子,石川陽一,石川博康,大島淑夫(2009).マインドマターズ―オーストラリアの学校精神保健増進プロジェクト(3):コミュニティマターズ.こころの科学,145 ; 125-131.

松沢病院マインドマターズチーム(2009).マインドマターズ―オーストラリアの学校精神保健増進プロジェクト(4):いのちの教育.こころの科学,146 ; 135-143.

松沢病院マインドマターズチーム(2009).マインドマターズ―オーストラリアの学校精神保健増進プロジェクト(5):いじめといやがらせに取り組む.こころの科学,147 ; 122-130.

松沢病院マインドマターズチーム(2009).マインドマターズ―オーストラリアの学校精神保健増進プロジェクト(6):レジリエンスを強化する (1).こころの科学,148 ; 161-167.

松沢病院マインドマターズチーム(2010).マインドマターズ―オーストラリアの学校精神保健増進プロジェクト(7):レジリエンスを強化する (2).こころの科学,149 ; 149-155.

松沢病院マインドマターズチーム(2010).マインドマターズ―オーストラリアの学校精神保健増進プロジェクト(8・最終回)喪失と悲嘆.こころの科学,150 ; 159-164.

Mind Matters http://www.mindmatters.edu.au/(2015/9/5 掲載確認)

Mental Illness Education Act http://www.mieact.org.au/(2015/9/5 掲載確認)

日本イーライリリー株式会社(2009).第5回精神障害者自立支援活動賞医療福祉活動部門受賞 ひまわり寮の活動紹介.https://www.schizophrenia.co.jp/data/scz/current/dataobj-273-datafile.pdf (2015/9/5 掲載確認)

Partnership for Children (Zippy’s Friends).http://www.partnershipforchildren.org.uk/about-us/about-us-2.html (2015/9/5 掲載確認)

PSHE Association https://www.pshe-association.org.uk/3(2015/9/5 掲載確認)

Rossi PH, Freeman HE, Lipsey MW (2004). Evaluation : A systematic approach (7th edition), Sage, 2004(大島巌ほか監訳(2005)プログラム評価の理論と方法:システマティックな対人サービス・政策評価の実践ガイド.日本評論社)

Travellers on the road to RESILIENCE http://travellers.org.nz/(2015/9/5 掲載確認)

Page 155: 効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム 立ち上げ方、進め方ツールキット

155

学校MHL教育ツールキット執筆者(執筆分担)

〈Part 1〉1章1-4節(除3節2項)…篁宗一、吉田光爾、李載徳、大島なつめ、大島巌

1章3節2項…………………松浦佳代

〈Part 2〉1章……………………………上松太郎、横山恵子、篁宗一、李載徳、大島巌

2章1節………………………篁宗一、李載徳、大島巌

2章2節1項…………………鴨澤小織

2章2節2項…………………松浦佳代

2章3節………………………鴨澤小織

3章1節………………………吉田光爾、篁宗一

3章2節………………………篁宗一

3章3節1-7項……………篁宗一

3章3節8項…………………久野光雄

3章4-5節…………………篁宗一

4章1節………………………清水隆裕、篁宗一

4章2節………………………上松太郎、篁宗一

5章1節………………………志村和哉、大島なつめ、篁宗一

5章2節………………………横山恵子、篁宗一

〈Part 3〉1章……………………………上松太郎

2章1節………………………上松太郎、深澤五郎

2章2節………………………鎗田英樹、上松太郎

2章3節………………………加藤玲、澤田優美子、上松太郎

2章4節………………………加藤玲、上松太郎

2章5節………………………横山恵子、上松太郎

3章1-2節…………………上松太郎

3章3節………………………上松太郎、深澤五郎、加藤玲

4章……………………………篁宗一

5章……………………………上松太郎

6章1節………………………上松太郎

6章2節………………………上松太郎、深澤五郎

7章……………………………篁宗一

8章……………………………松浦佳代、鴨澤小織

9章1-4節…………………上松太郎

9章5節………………………篁宗一、鎗田英樹

10 章1節、2節………………篁宗一

10 章3節………………………吉田光爾、篁宗一

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【研究会メンバー】(五十音順) ○池田 直矢   (医療法人社団柏水会初石病院) ○井ノ口恵子   (横浜市立大学大学院/更生保護施設まこと寮) ○上松 太郎◆◆ (横浜市立大学附属市民総合医療センター)  植松 智美   (医療法人誠心会神奈川病院) ○大島  巌◆◆ (日本社会事業大学/ NPO 法人地域精神保健福祉機構)  大島なつめ◆  (医療法人社団平心会さぎぬま公園クリニック) ○桶谷  肇   (NPO 法人地域精神保健福祉機構) ○奥園 桜子   (東京大学大学院) ○加藤  玲◆◇ (新宿区精神障害者家族会新宿フレンズ) ○鴨澤 小織◆◇ (日本社会事業大学社会事業研究所)  久野 光雄◆  (宮原メンタルクリニック)  倉島  徹   (中央大学学生相談室)  澤田優美子◆  (日本社会事業大学大学院博士後期課程)  清水 隆裕◆◇ (聖隷クリストファー大学看護学部)  志村 和哉◆  (東京都公立学校スクールカウンセラー)  高久 光子   (社会福祉法人サンワークぱれっと) ○高橋 裕希   (狭山市役所)★○篁  宗一◆◆ (聖隷クリストファー大学看護学部)  錦織 琢磨   (医療法人誠心会神奈川病院) ○西田 崇大   (東京都立松沢病院) ○深澤 五郎◆  (市原市精神障害者家族会こすもす会)  元永 拓郎   (帝京大学大学院文学研究科) ○松浦 佳代◆◇ (東京医科歯科大学大学院) ○三浦 由美   (医療法人社団一陽会陽和病院) ○宮城 真樹   (東邦大学看護学部) ○鎗田 英樹◆  (帝京平成大学地域医療学部) ○横山 恵子◆  (埼玉県立大学保健医療福祉学部)

特定非営利活動法人地域精神保健福祉機構

学校メンタルヘルスリテラシー教育研究会

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157

  吉田 光爾◆◆ (日本社会事業大学)  幸村 幸男   (地方独立行政法人神奈川県立病院機構神奈川県立精神医療センター) ○李  載徳◆  (NPO 法人地域精神保健福祉機構)

★研究会代表  ○学校メンタルヘルスリテラシー教育推進委員会委員

◆◆ツールキット編者  ◆ツールキット執筆者  ◇ツールキット編集協力者

【学校 MHL 教育ツールキット編者】篁 宗一、上松太郎、吉田光爾、大島 巌

Page 158: 効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム 立ち上げ方、進め方ツールキット

第 44 回(平成 25 年度)三菱財団社会福祉事業・研究助成早期介入を目指した中学校におけるメンタルヘルスリテラシー教育プログラムの普及事業

効果的な学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラム

立ち上げ方、進め方ツールキット

発行日 2015 年9月 30 日

発 行 者 特定非営利活動法人地域精神保健福祉機構

学校メンタルヘルスリテラシー教育研究会

編   者 篁 宗一 上松 太郎 吉田 光爾 大島 巌

編集・印刷 公益社団法人やどかりの里 やどかり情報館

事 務 局 NPO 法人地域精神保健福祉機構(コンボ)〒 272 - 0031 千葉県市川市平田 3 - 5 - 1 トノックスビル2階TEL 047 - 320 - 3870 / Fax 047 - 320 - 3871