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39 4.Nd-Fe-B 磁石の微細構造と保磁力 物質・材料研究機構 元素戦略磁性材料研究拠点 宝野和博 1. はじめに Nd-Fe-B 系磁石(ネオジム磁石)は Nd 2 Fe 14 B 相と数種類の Nd リッチ相で構成される多結晶材 料である[1]Nd 2 Fe 14 B 相は K 1 =4 MJ/m 3 もの高い結晶磁気異方性を持つが、単結晶では保磁力(H c ) が発現せず永久磁石としては使えない。 5 m 程度の Nd 2 Fe 14 B/Nd の複相微粒子を磁場中で配向し て焼結すると、 Nd 酸化物粒子と焼結時に液相であった Nd リッチ相が粒界三重点を埋める緻密な 焼結体が形成され、これによって 0 H c =1.2 T 程度の保磁力が発現する。Nd 2 Fe 14 B 相は磁性化合物 としては比較的高い飽和磁化( 0 M s =1.6 T)を持つために、この相の体積分率を 90%以上にして微細 組織を最適化すれば、 0 M r =1.4 T 以上の残留磁化、 400 kJ/m 2 程度の最大エネルギー積(BH) max を達 成できる。主相の結晶磁化容易軸(c 軸)が無配向の等方性磁石では、残留磁化が M r =M s /2 とな り、減磁曲線の角形性も悪いので、(BH) max = 0 M r 2 /4 も低くなる。よって液体急冷で作製されるナ ノ結晶等方性磁粉は中特性・低価格のボンド磁石用原料として使われている。現在関心の持たれ ている、電気自動車などの高性能磁石用途では、結晶磁化容易軸が配向している異方性磁石が使 われるが、その場合残留磁化 M r が飽和磁化 M s とほぼ同じ値になり、磁化 M は減磁界のもとでも 保磁力 H c まで全く減磁しない。但し、強く配向した磁石では高い保磁力が得られないという問題 がある。過去に、主相の体積分率を 98%以上に高めると同時に c 軸配向性を高めて 1.55 T もの残 留磁化を確保し、(BH) max =474 kJ/m 3 を達成した例も報告されているが[2]、このような高配向磁石 では保磁力 0 H c 0.8 T と、H c > 0 M r /2 の最大の(BH) max を得るための条件をかろうじて室温で満 たすのみで、通常の用途には使えない。このように、保磁力と残留磁化は相反する性質を持って いるので、磁石の高性能化は主相と副相の体積分率を最適化して保磁力・残留磁化を最適化して いくことになる。磁化は磁性化合物が持つ固有の物性であるが、保磁力は微細構造に敏感に依存 する工学特性であり、現在ある単純な保磁力モデルでは現実の焼結磁石の保磁力さえ説明しきれ ない。例えば、保磁力は焼結磁石の結晶粒径が微細化すると増大するが、その物理的根拠は十分 に説明されていない。また、磁壁の核生成に基づく保磁力モデルでは結晶磁化容易軸に 180°の角 度で外部磁界を加えると最も核生成磁界が高くなるとされているが、これは焼結磁石の結晶配向 依存性と一致しない。 一般的な Dy フリーの商用磁石の最大エネルギー積は 400 kJ/m 3 程度で、このクラスの磁石の基 本組成は Cu 0.1 at.%程度、Al 0.5 at.%程度微量に添加した Nd 14 Fe 80 B 6 基合金で、 0 H c は焼結 後の最適化熱処理後に 1.2 T 程度になる。Nd 2 Fe 14 B 化合物のキュリー点は 315C で、保磁力は温 度上昇と共に低下する。そのため、室温で 1.2 T の保磁力もハイブリッド自動車用モータの動作 温度の 200C ではわずか 0.2 T 程度にまで低下してしまう。この問題を解決するために開発され た磁石が Dy 含有焼結磁石であり、 Nd 2 Fe 14 B 化合物の Nd の一部を Dy で置換することにより主相 の結晶磁気異方性を高め、それにより保磁力を高めている[3]。約 30%Nd Dy で置換した焼 次世代永久磁石材料をめざして 磁石材料の微細構造と保磁力

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4.Nd-Fe-B 磁石の微細構造と保磁力

物質・材料研究機構 元素戦略磁性材料研究拠点

宝野和博

1. はじめに

Nd-Fe-B 系磁石(ネオジム磁石)は Nd2Fe14B 相と数種類の Nd リッチ相で構成される多結晶材

料である[1]。Nd2Fe14B 相は K1=4 MJ/m3 もの高い結晶磁気異方性を持つが、単結晶では保磁力(Hc)

が発現せず永久磁石としては使えない。5 m 程度の Nd2Fe14B/Nd の複相微粒子を磁場中で配向し

て焼結すると、Nd 酸化物粒子と焼結時に液相であった Nd リッチ相が粒界三重点を埋める緻密な

焼結体が形成され、これによって0Hc=1.2 T 程度の保磁力が発現する。Nd2Fe14B 相は磁性化合物

としては比較的高い飽和磁化(0Ms=1.6 T)を持つために、この相の体積分率を 90%以上にして微細

組織を最適化すれば、0Mr=1.4 T 以上の残留磁化、400 kJ/m2程度の最大エネルギー積(BH)max を達

成できる。主相の結晶磁化容易軸(c 軸)が無配向の等方性磁石では、残留磁化が Mr=Ms/2 とな

り、減磁曲線の角形性も悪いので、(BH)max=0Mr2/4 も低くなる。よって液体急冷で作製されるナ

ノ結晶等方性磁粉は中特性・低価格のボンド磁石用原料として使われている。現在関心の持たれ

ている、電気自動車などの高性能磁石用途では、結晶磁化容易軸が配向している異方性磁石が使

われるが、その場合残留磁化 Mrが飽和磁化 Msとほぼ同じ値になり、磁化 M は減磁界のもとでも

保磁力 Hcまで全く減磁しない。但し、強く配向した磁石では高い保磁力が得られないという問題

がある。過去に、主相の体積分率を 98%以上に高めると同時に c 軸配向性を高めて 1.55 T もの残

留磁化を確保し、(BH)max=474 kJ/m3 を達成した例も報告されているが[2]、このような高配向磁石

では保磁力0Hcが 0.8 T と、Hc>0Mr/2 の最大の(BH)maxを得るための条件をかろうじて室温で満

たすのみで、通常の用途には使えない。このように、保磁力と残留磁化は相反する性質を持って

いるので、磁石の高性能化は主相と副相の体積分率を最適化して保磁力・残留磁化を最適化して

いくことになる。磁化は磁性化合物が持つ固有の物性であるが、保磁力は微細構造に敏感に依存

する工学特性であり、現在ある単純な保磁力モデルでは現実の焼結磁石の保磁力さえ説明しきれ

ない。例えば、保磁力は焼結磁石の結晶粒径が微細化すると増大するが、その物理的根拠は十分

に説明されていない。また、磁壁の核生成に基づく保磁力モデルでは結晶磁化容易軸に 180°の角

度で外部磁界を加えると最も核生成磁界が高くなるとされているが、これは焼結磁石の結晶配向

依存性と一致しない。

一般的な Dy フリーの商用磁石の最大エネルギー積は 400 kJ/m3 程度で、このクラスの磁石の基

本組成は Cu を 0.1 at.%程度、Al を 0.5 at.%程度微量に添加した Nd14Fe80B6基合金で、0Hcは焼結

後の最適化熱処理後に 1.2 T 程度になる。Nd2Fe14B 化合物のキュリー点は 315C で、保磁力は温

度上昇と共に低下する。そのため、室温で 1.2 T の保磁力もハイブリッド自動車用モータの動作

温度の 200C ではわずか 0.2 T 程度にまで低下してしまう。この問題を解決するために開発され

た磁石が Dy 含有焼結磁石であり、Nd2Fe14B 化合物の Nd の一部を Dy で置換することにより主相

の結晶磁気異方性を高め、それにより保磁力を高めている[3]。約 30%の Nd を Dy で置換した焼

次世代永久磁石材料をめざして 磁石材料の微細構造と保磁力

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結磁石の保磁力は 3 T 程度になるが、Dy 置換した(Nd,Dy)2Fe14B 相では Dy と Fe の反強磁性的交

換結合により磁化が下がり、0Hc=3 T 級の(Nd,Dy)-Fe-B 系磁石で最大エネルギー積は 240 kJ/m3

程度にまで低下する。現在、この0Hc~3 T, (BH)max~240 kJ/m3級の Dy 含有高保磁力磁石がハイブ

リッド自動車や電気自動車(HV/EV)の駆動モータ用磁石として使用されている。

近年、ハイブリッド自動車と電気自動車の普及により Dy 含有高保磁力磁石の使用量が急激に

増加しており、そのために Dy の資源問題が浮上してきた。Dy のクラーク数は Nd の 10%ほどし

かなく、その上、資源が特定国に偏在しているために、将来にわたって Dy が安定に供給される

かどうかが懸念されるようになってきた。このような理由から Dy を使わずに Nd-Fe-B 系焼結磁

石または異方性磁石の0Hcを 3 T 程度に高めることが強く求められている。中村らは焼結磁石表

面から Dy フッ化物などを結晶粒界に沿って拡散させ、結晶粒界部分の薄い層の結晶磁気異方性

を高めて、少ない Dy 量で高保磁力を実現する粒界拡散法を提案した[4]。現在、これが省 Dy 技

術として磁石メーカーで実用化されている。Dy 粒界拡散法のメリットは Dy 濃度が結晶粒界部分

だけで高くなっているために、バルク磁石全体の磁化の減少もわずかで、高いエネルギー積を維

持しつつ少ない Dy 量で高保磁力を達成できることにあるが、粒界拡散で Dy を浸透させられる試

料厚さには制約がある。一方で、Dy を全く使わずに 3 T レベルの保磁力を Nd-Fe-B 系異方性磁石

で達成する研究も盛んになってきている。0Hc=1.2 T という Nd-Fe-B 焼結磁石の保磁力は、

Nd2Fe14B 化合物の異方性磁界 7.7 T の 20%にも満たないことから、微細組織を最適化して磁化反

転に対する抵抗力を高めれば、更に高い保磁力が得られるというのがその根拠となっている。

焼結磁石の保磁力が結晶粒径の微細化とともに増加することは古くから良く知られている。図

1は過去の文献[5-13]から Dy を含まない Nd-Fe-B 系焼結磁石と異方性 HDDR 磁粉の0Hcの変化

を結晶粒径に対して整理した図である[14]。Ramesh らは磁化反転が反転磁区の核生成によるとの

仮定のもとで、結晶粒の表面積による核生成の頻度確率から焼結磁石の保磁力は平均粒径の2乗

の対数に反比例(1/lnD2)することを導き出し、実験的にもその傾向を示した[5,15]。この保磁力の

結晶粒依存性は粒径 3-5 m までは実験的に成り立つものの、図1に示されるようにその後急激に

結晶粒径の減少とともに

0Hc が下がり始める[16]。

この0Hc が下がり始める

結晶粒径は焼結磁石中の酸

素量によって大きく変化す

ることも知られており、臨

界粒径以下で表面に反転磁

区の核生成サイトとなる欠

陥が増えるか、結晶粒間の

磁気結合が強まることを示

唆している。この臨界粒径

は Nd2Fe14B 相の単磁区粒

子サイズよりも一桁も大き

図 1 種々の文献から得られたNd-Fe-B異方性磁石の保磁力と結晶

粒径の関係。[14]

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いことから、結晶粒界での欠陥をなくせば0Hc は単磁区粒子サイズ(~0.25 m)まで上昇し続ける

と考えられる。一方、水素不均化脱離再結合 (hydrogen disproportionation desorption recombination,

HDDR)法で製造される磁石粉の結晶粒径は Nd2Fe14B 相の単磁区粒子径とほぼ同じ 250 nm 程度で

あるのに、その HcJ は焼結磁石の保磁力の結晶粒径依存性を単磁区粒子径にまで外挿した値の半

分程度でしかない[11,12]。このような実験事実から、単に焼結磁石の主相の結晶粒径を下げるだ

けでは Hcを高めることができないことが分かる。この高保磁力化のよりどころとされている、焼

結磁石の結晶粒依存性は個々のハード相粒子が磁気的に孤立しており個々の粒子での磁区の核生

成が保磁力を支配するという仮定のもとで導出されているが、最近の Nd-Fe-B 系磁石の微細組織

解析結果はハード相粒子が磁気的に孤立しているとする仮定が成立しないことを示唆している

[17]。よって、今後より高い保磁力を持つネオジム磁石を開発するためには、現行の磁石の微細

組織のどの部分が磁化反転の起点になり、保磁力が異方性磁界のわずか 20%程度にしか到達しえ

なのかを理解する必要がある。このような観点から、本稿では Nd-Fe-B 系磁石の微細組織と保磁

力の関係について最近の実験結果を紹介する。

2. Nd-Fe-B 焼結磁石の微細組織

Nd-Fe-B系焼結磁石の微細組織についての研究の大部分は 80年後半から 90年代のものであり、

これまで工業的に大量に使われて来たにもかかわらず、当時の解析手法の限界からその微細組織

の詳細についてはいくつかの疑問点が残されていた。従来の研究では主相以外の副相として

Nd1+Fe4B4, NdCu, NdO, Nd2O3相などが報告されてきたが[18-20]、これらの相は SEM 観察では識

別が困難であったことから、これらを Nd リッチ相として総称することが多かった。焼結磁石の

平均粒径が 5-10 mであることから、顕微鏡法の中では SEMがもっとも適した観察法であるが、

試料を機械研磨により仕上げていた従来の SEM 観察では、粒界 3 重点の Nd リッチ相や、粒界部

分が酸化・剥離し、これらが空隙として観察されるという問題があった。実際、古い文献では空

隙が焼結磁石の微細組織の一つの特徴として挙げられているが[20]、最近の市販焼結磁石ではこ

のような空隙は全く観察されな

い。また、結晶粒界に存在する

とされる Nd リッチ層の厚さは

数 nm と、結晶粒径と3桁違い

の薄さであることから、従来の

SEM 観察では殆ど見逃されて

いた。Vial らは高分解能 SEM に

より焼結後の最適化熱処理によ

り数 nm 幅のネオジリッチ相が

結晶粒界に沿って均一に形成さ

れることを報告したが[21]、こ

れ以前のほとんどの SEM 観察

ではこの結晶粒界層は見逃され

図 2 (BH)max=400 kJ/m3級 Nd-Fe-B 系焼結磁石の高分解能 SEM

観察結果。(a) BSE 像、(b) In-lens SE 像。(c) - (e) Fe, Nd, O の

EDS マップ。加速電圧は 2 kV。(NIMS 佐々木泰祐博士提供)。

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ていた。最近、我々は SEM 筐体内で集束イオンビーム(FIB)で磁石表面の最終研磨をした試料を

低加速電圧(~2kV)で SEM 観察を行うことにより、反射電子(BSE)像、in-lens 型の 2 次電子(SE)

像ならびに EDSマップを比較することによりで各Ndリッチ相を同定することができることを示

した[22,23]。図 2 は SEM の同一視野の BSE 像と In-lens SE 像である。従来の SEM 観察では三重

点の Nd リッチ相は単に主相にくらべて明るいコントラストで観察されるだけで、図 2 の BSE 像

に示されたように相の種類に基づいたコントラストは観察されていない。一方、In-lens SE 像は、

表面近傍からの弱いエネルギーを有する2次電子によって結像するので、表面形状に起因するコ

ントラストに加え、導電性などの物性でコントラストが変化する。このため、BSE 像でほぼ同様

のコントラストが得られる2種類以上の Nd リッチ相でも、酸化物や硼化物で全く異なるコント

ラスとが得られる。図 2(c)-(d)は同一視野から得られた EDS マップであるが、これから図 2(a), (b)

のどの領域が酸化物であるかを識別できる。この観察結果から Nd リッチ相は酸化物と金属に大

別されることが分かる。従来の研究から酸化物相として NdO と Nd2O3 が報告されているが、図

2(a)のBSE像ではNd2O3, NdOともに明るく観察されており、そのコントラスト差は小さい。一方、

In-lens SE像ではこれら2種の酸化物のコントラストは明瞭に識別できる。またNd1Fe4B4相とNdO,

Nd2O3を BSE 像で識別することは困難であるが、In-lens SE 像では硼化物が主相よりも暗く観察

されることから、BSE 像と In-lens SE 像の比較で、Nd-Fe-B 焼結磁石に含まれるほぼ全ての Nd リ

ッチ相を個別に識別することが可能に

なった。もちろん、SEM による相同定

には、あらかじめ SEM 像と同一視野

から電子線透過する試料を作製し、マ

イクロビーム電子線回折で各相の構造

の決定と SEM BSE, In-lens SE 像との

対比を行っておく必要がある。図 3 に

FIB-SEM 複合機を用いて、SE, BSE,

in-lens SE 像、さらには電子線後方散乱

回折(EBSD)ならびに同一視野からの

TEM 電子線回折を併用して、焼結磁石

中に存在するあらゆる相の同定例を示

す。この結果から、(BH)max=400 kJ/m3

クラスの Nd-Fe-B 系焼結磁石に存在す

る Nd リッチ相は dhcp-Nd, Fe を固溶す

る Ia3構造の Nd(Fe), NaCl 構造を持つ NdOx, hcp-Nd2O3, Nd1Fe4B4が主な相であることが確立され

た[23,25]。Dy を含有する高保磁力磁石では Nd2O3, NdOx の Nd に Dy が置換した酸化物や NdOx

や Nd2O3 が Dy に還元されて DyO や Dy2O3 が形成される。つまり、保磁力を向上させるために

Dy を添加しても、かなりの Dy を三重点の酸化物の形成に消費されてしまう。

最近 Woodcock らは電子線後方散乱回折(EBSD)と EDS を用いて、Nd-Fe-B 磁石の結晶配向の観

察と相の同定の試みを行った[26]。TEM 観察では視野が狭いために、隣接する2つの結晶粒から

図 3 (BH)max=400 kJ/m3級 Nd-Fe-B 系焼結磁石の同一視野

の SEM In-lens SE 像、TEM BF 像、エネルギーフィルタ

ー像(EF-TEM), マイクロビーム電子線回折と各相の

EDS スペクトラム。(NIMS 佐々木泰祐博士提供)

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ある方位関係が観察されたときにそれを一般化する傾向がある。特に高分解能電子顕微鏡

(HRTEM)観察では格子像を得るために特定の方位関係を満たした像のみを選択的に観察する傾

向にある。HREM 像から、Nd2Fe14B と NdO 相の界面は特定の方位関係をもった整合界面であり、

これが高い保磁力の原因であるとする説に対し[27,28]、Woodcock らは焼結磁石で Nd2Fe14B が高

い配向性を示すのに反して、Nd リッチ相には強い配向がみられないことから、特定の方位関係は

存在しないとしている。また EBSD による方位解析は HDDR 磁石の異方性発現のメカニズム解明

にも活用され始めている[29]。

3.Nd-Fe-B 焼結磁石の最適化熱処理による微細組織変化

焼結磁石は体積分率 10%以下の Nd リッチ相を含む単結晶 Nd2Fe14B の粉体を磁場中で圧粉し、

それを 950~1100C で焼結することによって製造される。焼結後の結晶粒径は粉体のサイズの約

50%程度粗大化する。焼結後の試料で 0.9 T 程度の保磁力が得られるが、それを 600˚C 1 h 程度最

適化熱処理することにより保磁力が 20%程度増加する。この最適化熱処理による保磁力増大のメ

カニズムを解明するために、焼結直後と最適化熱処理後の試料の微細構造解析がこれまで SEM,

TEM により行われ、最適化熱処理後に結晶粒界にそって均一な薄い(2-3 nm)の Nd リッチな粒界

層が形成されることが報告された[17,21,22,27]。Vial らは高分解能 SEM による BSE 像観察により、

焼結直後では不連続にしか観察されなかった Nd リッチな薄い層が、最適化熱処理により連続的

に結晶粒界を覆うことを示した[21]。また Shinba らによる高分解能 TEM 観察では、最適化熱処

理された試料の主相の結晶粒界に存在する薄い層はアモルファス構造を持ち、粒界三重点の近傍

で厚くなった部分は結晶化していることを報告している[27]。これらの結果から、非磁性の Nd

リッチな結晶粒界相が個々の主相間の交換結合を分断し保磁力を向上していると考えられてきた。

しかし、これまでの研究ではこれらの Nd リッチ相の組成・磁性ならびに保磁力最適化に必須の

微量添加元素 Cu の役割については明らかになっていなかった。

最近、Sepehri-Amin らは SEM, TEM, 3DAP を相補的に用いて(BH)max=400 kJ/m3 級の焼結磁石の

微細構造解析を行うことにより、最適化

熱処理が焼結磁石の微細構造に及ぼす影

響を詳細に調べた。図 4 に (a) 焼結後

(0Hc~0.9 T)と(b)焼結後最適化熱処理さ

れた焼結磁石(0Hc~1.2 T)の SEM による

BSE 像を示す[17]。Nd リッチ相の粒に加

え、結晶粒界に沿った非常に狭い領域か

ら明るいコントラストが観察されている

ことから、Nd が Nd2Fe14B 相の結晶粒界

に偏析していると考えられる。熱処理を

加えた試料で結晶粒界のコントラストが

より強く観察されており、このことから

最適化熱処理によって結晶粒界部分に連

図 4 (a) 焼結後(0Hc~0.9 T)と(b)焼結後最適化熱処

理された焼結磁石(0Hc~1.2 T)の SEMによるBSE像

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続的な極薄の粒界相が形成されたと考えられる。この粒界相の化学組成を定量的に測定するため

に、3次元アトムプローブ(3DAP)による詳細な解析が行われた。その結果、この粒界相の RE 濃

度(Nd+Pr)は約 35at.%であり Fe と Co の強磁性元素の濃度が 67at.%にも達していることを見出し

た。さらに、3DAP で決定された Nd30Fe66B3Cu1と同一組成の薄膜を作製し、それが HRTEM で観

察された粒界層と同様にアモルファス構造を持つこと、さらに磁化が0M~0.4 T 程度の強磁性相

であることを示した。この結果は最近の孝橋らの Spin-SEM による観察結果[30]、中村らの XMCD

による結果[31]、さらに村上らの電子線ホログラフィーによる結果[32]でも支持され、最適化熱処

理された焼結磁石のハード相の結晶粒が磁気的に孤立しているという従来の仮定が正しくないこ

とが実験的に確立された。焼結直後も最適化熱処理後も焼結磁石の Nd2Fe14B 結晶は 2 nm 程度の

ソフト層を通して交換結合しており、結晶粒界のソフト相が磁壁移動のピニング力を及ぼすこと

は最近の動的磁区観察でもほぼ確立されてきている。この実験事実から焼結磁石の保磁力メカニ

ズムを再考する必要がある。また、量産焼結磁石に微量添加されている Cu は最高 2 at.%程度まで

粒界相/Nd2Fe14B 相境界に偏析しており、この Cu の微量添加が最適化熱処理により Nd リッチな

結晶粒界層を連続的に形成するのに大きな役割

を果たしている。

図 5 は最近の SEM, TEM, 3DAP を用いた微細

組織解析結果から導かれた焼結直後と最適化熱

処理後における焼結磁石の微細組織変化を模式

的に示している[17]。焼結直後の試料では粒界

三重点に NdO や Nd2O3などの Nd 酸化物の粒が

あり、そこから二粒子粒界につながる鋭角部分

のところに金属 Nd リッチ相が存在する。金属

Ndリッチ相中にはNdCu析出物が析出している。二粒子粒界にはNdの偏積が確認されているが、

粒界層は連続的には形成されていない。よって、Nd2Fe14B 結晶粒は隣接する粒子と結晶粒界で交

換結合していると考えるのが妥当である。Nd と NdCu は 540C で共晶反応を示すために NdCu/Nd

が最適化熱処理段階で液相となり、それが結晶粒界に浸透し、これが凝固後に均一なアモルファ

ス粒界層となると考えられる。実際、Nd-Cu, Nd-Fe-Cu系ともに dhcp-Ndと低温共晶を示す相(NdCu,

Nd6Fe13Cu)が存在し、Vial らの DSC 測定でも明瞭に低融点共晶が観察されている[21]。そのとき

NdOx, Nd2O3などの酸化物 Nd リッチ相は固相として残り、酸化物 Nd リッチ粒と Nd2Fe14B 界面に

も Nd-Cu が偏積する。液相となった Nd-Cu 合金が結晶粒界ならびに酸化物/Nd2Fe14B 界面に浸透

し、Fe を固溶して固相となったのが、アモルファス粒界相である。液相からアモルファス固相に

変態する際に、Nd-Cu に固溶していた Cu が粒界相/Nd2Fe14B 界面に偏積する。これまでこの粒界

相が Nd2Fe14B 粒間の磁気的交換結合を分断した結果、0Hcが上昇するとされていた[26]。しかし

ながら、アトムプローブの定量解析や最近の粒界層の磁化解析からこの粒界層は強磁性であるこ

とが確立された[17, 30-32]。Shinba によるローレンツ TEM 観察[27]や、最近の Ono らによる走査

型透過 X 線顕微鏡(STXM)によっても[33]焼結磁石の結晶粒界を通して磁区が連続的に繋がって

いることが報告されており、焼結磁石の保磁力を理解するには磁壁のピニングを含めて再考せざ

図 5 焼結磁石の焼結直後と最適化熱処理後

の微細組織変化の模式図。[17]

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るを得ない。

焼結磁石の保磁力は Nd2Fe14B 粒の結晶粒界だけでなく、Nd2Fe14B 粒と粒界三重点で頻繁にみ

られる粒状 Nd リッチ相との界面にも大きな影響を受けると考えられる。粒状の Nd リッチ相は

dhcp-Nd, fcc-Nd, fcc-NdO, hcp-Nd2O3などがあるが、いずれも非磁性相である。そのため、粒子形

状に由来する反磁界が発生し、ここから反転磁区が核生成すると考えられている。よって焼結磁

石の保磁力を理解するためには、2 粒子粒界だけでなく、粒界 3 重点での粒子状 Nd リッチ相との

異相界面での歪みや欠陥にも注目する必要がある。

4.焼結磁石の結晶粒微細化による保磁力向上

図 1 に見られるように、焼結磁石の保磁力は結晶粒が微細化すると増加する。ところが、主

相の結晶粒径が 3 - 5 μm 以下の粒径になると急激に保磁力が低下しはじめる。この臨界径が酸素

濃度により変化することは Nothnagel によ

り報告されている[16]。Li らは結晶粒径 4.5

μm で0Hc=1.7 T の焼結磁石と結晶粒径 3.0

μm で0Hc=1.6 T に低下し始めた微結晶粒

焼結磁石 SEM の BSE 像のコントラストか

らNdリッチ相を金属Ndリッチ相とネオジ

ム酸化物(NdOx)に分類し、保磁力低下の観

察された 3 m の結晶粒の焼結試料では Nd

リッチ相が大部分酸化物になってしまって

いることを示した[6]。その結果、臨界粒径以下の焼結磁石の過剰 Nd が大部分酸化物として三重

点に固定されてしまい、Cu を添加しても金属 Nd との低温共晶が現れなくなり、最適化熱処理に

おいても結晶粒界で適度な粒界層が形成されなくなると考えた。

最近、宇根らは、ジェットミリングを He 雰囲気中で

行うことにより、1 μm 以下の粉体を作製し、さらに、酸

素量を制御した不活性ガス雰囲気中でプレスレス焼結を

行い、平均粒径 1 μm の焼結磁石で 2 T の保磁力を達成

している[34]。図 6 に0Hc=1.9 T, (BH)max=400 kJ/m3の平

均粒径 1 m の超微結晶粒焼結磁石の SEM による BSE

像を示す。dhcp-Nd と NdOx がバランス良く Nd リッチ相

として粒界三重点で分散している。この磁石の特徴はプ

ロセス中に酸素雰囲気が制御されるために、通常の焼結

磁石で一般に観察される Nd2O3相が殆ど観察されず、酸

化物相がほぼ全て fcc-NdOxである点である。Nd2Fe14B の単磁区粒子径は約 0.25 m であるので、

平均粒径 1 m はスケール的には単磁区粒子径に近くなってくる。そのために図 7 で示されるよ

うに、従来の焼結磁石ではみられなかった2段階で飽和する初磁化曲線が観察されるようになる

[7]。一段目は粒内の磁壁移動による磁化過程、2段目は強磁性結晶粒界でピンされた磁壁が単磁

図 6 0Hc=2 T の微結晶焼結磁石の SEM In-lens SE 像

(NIMS 佐々木泰祐博士提供)

図 7 平均結晶粒 1 m の焼結磁石

の初磁化曲線[7]

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区粒に侵入するために必要な磁界である。この磁壁のピニングの拘束から解放される磁界がほぼ

保磁力と同程度であることから、焼結磁石においても結晶粒界における磁壁のピニングが保磁力

を理解する上で重要であることが示唆される。このような初磁化曲線の2段階での飽和挙動は異

方性熱間圧延磁石でも報告されており[35]、Nd-Fe-B 磁石の結晶粒が 1 m 以下になると共通して

現れる現象であり、異方性 Nd-Fe-B 磁石の真の保磁力メカニズムの理解に大きな示唆を与える。

5.超微細結晶異方性 Nd-Fe-B 磁石

Nd2Fe14B 粒子を磁気的に孤立した単磁区粒子径の約 240 nm まで微細化すると、粒内からは磁

壁は消失、結晶粒界からカーリングによる磁化反転となり、保磁力は磁気的に孤立した多磁区粒

子の場合よりも高くなると期待される。図 1 の焼結磁石から実験的にもとめられた保磁力のサイ

ズ依存性を単磁区粒子径まで外挿すると、240 nm の単磁区粒子径で 2.5 T 以上の保磁力が期待さ

れる。しかし、焼結時の粒成長を考慮すると、このような単磁区粒子径の焼結磁石を製造するた

めには粉体を 130 nm にまで微細化しなければならず、発火の危険性があるだけでなく微粒子表

面で金属 Nd リッチ相がほとんど Nd 酸化物となってしまい粒界層が形成されなくなること、さら

に磁場中配向と焼結時の異常粒成長の抑制が困難になることが予想される。

超微細粒異方性磁粉の製法として、HDDR プロセス実用化されている。HDDR 法は 1989 年に

武下と中山によって開発された手法であり[36]、Nd2Fe14B の単結晶粉を水素化させ Nd2Fe14B + H2

→2NdH2 + 12Fe + Fe2B の不均化反応により 3 相の超微細組織を形成し、その後、水素脱離再結合

反応 2NdH2 + 12Fe + Fe2B→Nd2Fe14B + H2 により Nd2Fe14B 相を再度得る。反応前はほぼ単結晶で

あった粉体の中に 200 nm 程度の Nd2Fe14B の結晶粒を当初の単結晶の c 軸方向に配向させること

ができる[37]。サイズが 60 μm 程度で、若干 Nd リッチ組成の粉体に水素化・脱水素化反応を行わ

せるので、酸素に接触するのは粗大な粉体の表面だけで、HDDR により 200 nm 程度に細分化さ

れた結晶粒界は直接酸素に接触しないために、結晶粒界自体は酸化の影響を受けない。このよう

な HDDR 粉はその微細な結晶粒径により比較的高い Hcを示し、結晶粒が配向しているので、異

方性ボンド磁石用原料として使われている。このような超微細粒異方性粉を磁場配向して焼結す

ることができれば、超微細粒異方性焼結磁石を製造することは原理的には可能である。

ところが HDDR による異方性磁粉の結晶粒径はほぼ Nd2Fe14B 相の単磁区粒子サイズであるの

に、その保磁力は高々1.6 T 程度で、焼結磁石の

保磁力の結晶粒径依存性を単磁区粒子径にまで

外挿した値の半分程度でしかない(図 1)。Li

らは保磁力 1.2 T の HDDR 粉の HREM 像とアト

ムプローブ分析結果から、焼結磁石の粒界相は

アモルファス構造であったのに対して、HDDR

磁石の粒界相は結晶相であり、結晶粒界で Nd

濃度が若干高くなってはいるものの、トータル

の強磁性元素(Fe,Co)の濃度が 77at.%もあるこ

とを指摘している。このことから、HDDR 磁粉

図 8 HDDR 磁粉のエネルギーフィルターTEM

による Nd の元素マップ。(a) HDDR 材料と、

(b) Nd-Cu 共晶合金による粒界拡散試料[40]

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では結晶粒は交換結合しており、Nd リッチな結晶粒界が磁壁のピニングサイトとして作用するこ

とにより保磁力が発現していると考えられる。実際、TEM によるローレンツ像観察により結晶粒

界に沿って磁壁がピニングされる様子が観察されている[38]。

仮に焼結磁石で観察されたのと同じような Nd, Cu 濃度の高いアモルファスの結晶粒界相が均

一に形成し、HDDR 粉の中の Nd2Fe14B 結晶粒間の交換結合を分断することができれば、Dy など

の重希土類元素を使わなくても 2.5 T 程度の保磁力を得ることができるものと期待される。この

ような発想から Sepehri-Amin ら[40]と三島ら[41]は独立に、HDDR 粉に低融点の Nd-Cu 共晶合金

を混ぜて加熱することにより、液相の Nd-Cu を結晶粒界に沿って浸透させ、結晶粒界に極薄の

Nd リッチ相を形成させることにより0Hc~2 T の保磁力が達成できることを示した。図 8 に Nd-Cu

拡散処理前後のエネルギーフィルターTEM による Nd マップを示している[40]。エネルギーフィ

ルター像で Nd-Cu の拡散により黒く観察される Nd2Fe14B 結晶の間の Nd の強度が増加しているこ

とから、個々の Nd2Fe14B 粒が Nd リッチ相により分断されている様子が明瞭に観察される。その

結果改善された保磁力が、図1に示されているが、従来の HDDR 磁粉をはるかに超える保磁力が

達成されていることが分かる。焼結磁石の保磁力の 250 nm への外挿値には達していないので、

微細構造を最適化することにより HDDR 磁石粉の保磁力のさらなる向上が期待される。

6.熱間加工異方性磁石

液体急冷法を用いると 20-50 nm 程度の等方的なナノ結晶組織を持つ箔帯を得ることができる

が、等方性であるので残留磁化が低く、これまでボンド磁石などの低特性磁石材料にしか使われ

てこなかった。Lee は 1985 年に液体急冷粉を圧粉し、熱間押し出しを行うことにより、c 面に扁

平に成長した結晶の c 軸が圧縮応力方向に強く配向することを見出し、超微結晶異方性磁石の可

能性を示した[43]。最近、大同特殊鋼ではこの

技術を応用してナノ結晶熱間加工異方性磁石の

量産に成功している[45]。しかしながら、HDDR

磁石同様に熱間加工磁石も結晶粒径が 250 nm

とほぼ単磁区粒子径に近いにもかかわらず、保

磁力は同等の残留磁化を持つ焼結磁石と同程度、

つまり0Mr=1.4 T で Hc=1.2 T 程度であり、結晶

粒微細化の効果が期待するほどには得られてい

ない。Liu らは熱間加工磁石の合金組成(残留

磁化)を系統的に変化させ保磁力を 1 - 1.8 T に

変化させた熱間圧延磁石の微細構造と保磁力の

関係を SEM, TEM, 3DAP により詳細に解析し、

保磁力は結晶粒界相中の Nd 濃度に強い相関が

あることを見出した[46]。また Lorentz TEM に

より、磁区は多数の結晶粒を含み、残留磁化状

態では磁壁は粒内にも存在し、磁界を加えると

図 9 Nd-Cu 共晶合金粒界拡散処理前後の熱

間加工磁石の減磁曲線と SEM BSE 像。

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磁壁が粒内から先ず移動し、結晶粒界にピニングされることを示した。また、粒界相の Nd 濃度

が高くなると磁壁のピニング力が著しく高くなることも実験的に示した。最近 Sepehri-Amin らは

このような熱間加工磁石に前述の Nd-Cu 拡散法を適応し、2.2 T の保磁力を報告している[46]。さ

らに最近 Akiya らはこの Nd-Cu 低温共晶粒界拡散法を 7×7×5.6 mm3 のバルク試料に適応し、図 9

に見られるように BH ループトレーサーでの減磁曲線測定を行い、実用レベルのサイズの磁石の

粒界改質のこの手法が適応できることを示した[47]。現在では、残留磁化の減少を最小限にして、

保磁力を向上する方法も提案されている。熱間加工磁石の特徴は液体急冷合金フレーク中にナノ

結晶が存在しており、固化成形中に粒子表面が大気に暴露されても、結晶粒そのものは大気にさ

らされないため、結晶粒を微細化しても酸化の影響を受けにくいところに特徴がある。よって 1

mm 以下の超微細結晶粒で高保磁力化を目指すなら、焼結法よりも熱間加工法にメリットがある

と考えられる。

7.おわりに

本稿では筆者らの研究を中心に Nd-Fe-B 磁石の微細構造と保磁力の関係について最新の成果を

取り入れて考察した。最近の微結晶粒異方性 Nd-Fe-B 磁石の研究動向をみると、Dy を使わなく

ても 2.5 T 級のネオジム磁石が遠からず実現されるように思える。それには、磁石組織をミクロ

から原子レベルで理解し、高保磁力を実現するための理想的な微細組織を決定し、それを目標と

した工業化可能なプロセスを計画するということが目標達成の近道と思える。

本稿は JST, CREST「元素戦略を基軸とする物質・材料の革新的機能の創出」研究領域(研究総括:

玉尾皓平)として取り組んだ研究内容に基づいて執筆した。内容は、大久保忠勝博士、H.

Sepehri-Amin 博士、佐々木泰佑博士との共同研究によるところが大きい。

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