4価の硫黄を含むチオクムレンの化学 - JST

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説 B 4価の硫黄を含むチオクム レンの化学 夫*・岡 治* Chemistry of Thiocumulenes Containing Quadrivalent Sulfur Yoshio INAGAKI* and Renji OKAZAKI* Eight thiocumulenes of the type X=S=Y (sulfur dioxide, disulfur monoxide, sulfur diimides, sulfinyl- amines, thiosulfinylamines, thiocarbonyl ylides, thiocarbonyl imines, and sulfines) were reviewed with respect to the structure, the preparation, and the reactivity (Diels-Alder type reaction, ene-reaction, photolysis, thermolysis, and reactions with nucleophiles, free radicals, carbenes, or nitrenes). Following relationships between the reactivity of the cumulene X=S=Y and the electronegativities (xx, xy) of the ligands (X, Y) were found: (1) the less are the values of xx+xy and I xx—xy I, the more is 1,3-dipolar nature, rather than dienophilic nature, of the cumulene enhanced. (2) When xx>xy, the larger is the value of xx—Xy, the more reactive is the S=Y bond. (3) Large value of xx+xy favors nucleophilic attack on to the central sulfur atom over the terminal atoms (X or Y). 1. は じめ 4価 の硫 黄 を含 むヘテ ロク ム レン類 X=S=Y(X,Y: CRR',NR,O,S)に は,二 酸 化 硫黄,ス ル フ イニ ル ア ミンR-NSOなどのよ うにかな り古 くか ら知 られてい る もの もあ るが,各 種 のX,Yの 組 合 せ につ い て,あ る程 度系統的な研究が行なわれはじめたのは比較的最近であ る。X=S=Yは ア リル ア ニ オ ン と等電 子 的 な π 結 合 を もち,そ の点ではオゾン,カ ルボニルイ リド,ア ゾメチ ンイ リ ドな どの1,3双極子 と同様 の挙動が期待 され る。 確 かに,こ れ らの うちのい くつかは1,3双極子 としての 性 質 を示 す が,一 方,親 ジ エ ン試 剤 と し ての 性 質 を示 す もの もあ り,そ の反 応 性 はX,Yの 違 い に よ り異 な る。 本 稿 で は,こ れ らチ オ ク ム レン の構 造,合 成,反 応 につ いて,最 近の成果に重 点をおいて整理 し,特 にこれ らク ム レ ンの 反応 性 が,X,Yの 違 い に よ りどの よ うに 変 化 す るか を 明 らか に し,そ の変 化 を決 定 す る要 因 につ い て 考 え てみ た い 。 従 って,本 稿 は,こ れ らの チ オ クム レン に関する網羅的な記載は行なっていないので,個 々のク ム レ ン につ い て は,こ れ まで の 総 説 も併 せ て参 照 して い た だ きた い1). 2. 構 今 まで に構 造 決 定 が な され た チ オ クム レ ンの うち,最 も単 純 な もの の構 造 を 図1に 示 す2~8).い ずれ も ∠XSY が120°程 度 の 平 面 屈 曲 構 造 で あ り,中 心 の硫 黄 原子 は sp2混成 で,3中 心4電 子 結 合 の ア リル ア ニ オ ン と等電 子 的 な π 結 合 に よ り,4個 の π電 子 がX,S,Yの三原 子 上 に 非 局 在 化 して い る と考 え られ る。 ス ル フ ィン の CSO部 分 のgeometzyは マイ クロ波スペ ク トルによ り 求 めたH2CSOの 場 合 とX線 回 折 に よ り求 め たcis-メ シ チル(フ ェニル スル フ ィニル)ス ノレフィン(8)の場 合9)とで ほとんど同 じで あることか ら,他 のチオ クム レ ン の湯 合 に もXSY部 分 のgeometryは,置 換基 によ っ て あ ま り変 化 し ない と思 わ れ る。 た だ し強 い電 子 供 与性 基,吸 引性 基 の導 入 に よ り,そ の構 造 は か な り変 化 す る よ うで ある。 た とえば 安 定 チオカルボニルイ リド(7) は,も はや チイ ラ ンへ の環 化 な どチ オ カル ボ ニ ル イ リ ド * 東京大学理学部化学教室( ) * Department of Chemistry, Faculty of Science, The University of Tokyo ( ) 1

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絵 説 B

4価 の硫黄を含むチオクム レンの化学

稲 垣 由 夫*・ 岡 崎 廉 治*

Chemistry of Thiocumulenes Containing Quadrivalent Sulfur

Yoshio INAGAKI* and Renji OKAZAKI*

Eight thiocumulenes of the type X=S=Y (sulfur dioxide, disulfur monoxide, sulfur diimides, sulfinyl-

amines, thiosulfinylamines, thiocarbonyl ylides, thiocarbonyl imines, and sulfines) were reviewed with

respect to the structure, the preparation, and the reactivity (Diels-Alder type reaction, ene-reaction,

photolysis, thermolysis, and reactions with nucleophiles, free radicals, carbenes, or nitrenes). Following relationships between the reactivity of the cumulene X=S=Y and the electronegativities (xx, xy) of the

ligands (X, Y) were found: (1) the less are the values of xx+xy and I xx—xy I, the more is 1,3-dipolar

nature, rather than dienophilic nature, of the cumulene enhanced. (2) When xx>xy, the larger is the

value of xx—Xy, the more reactive is the S=Y bond. (3) Large value of xx+xy favors nucleophilic

attack on to the central sulfur atom over the terminal atoms (X or Y).

1. は じ め に

4価 の硫黄 を含 むヘテ ロクム レン類 X=S=Y (X,Y:

CRR',NR,O,S)に は,二 酸 化硫黄,ス ルフ イニルア

ミンR-NSOな どのよ うにかな り古 くか ら知 られてい る

もの もあ るが,各 種 のX,Yの 組合せ について,あ る程

度系統 的な研究 が行 なわれは じめたのは比較的最近であ

る。X=S=Yは アリルアニオン と等電子的 な π結合を

もち,そ の点ではオゾン,カ ルボニルイ リド,ア ゾメチ

ンイ リ ドな どの1,3双 極子 と同様 の挙動が期待 され る。

確 かに,こ れ らの うちのい くつかは1,3双 極子 としての

性質を示 すが,一 方,親 ジエ ン試剤 としての性質 を示す

もの もあ り,そ の反応性 はX,Yの 違い によ り異な る。

本稿では,こ れ らチオクム レンの構造,合 成,反 応 につ

いて,最 近の成果に重 点をおいて整理 し,特 にこれ らク

ム レンの反応性 が,X,Yの 違 いによ りどの よ うに 変 化

す るかを明 らかに し,そ の変化 を決定す る要因 について

考 えてみたい。従 って,本 稿 は,こ れ らのチオ クム レン

に関す る網羅 的な記載は行 なっていないので,個 々のク

ムレンについては,こ れ までの総説 も併せて参 照 してい

た だきたい1).

2. 構 造

今 まで に構造決定が なされたチオ クム レンの うち,最

も単純 な ものの構造 を 図1に 示す2~8).いずれ も ∠XSY

が120° 程度の平面屈曲構造であ り,中 心の硫 黄原子 は

sp2混 成で,3中 心4電 子結合のア リルアニオ ンと等電

子的 な π結合 によ り,4個 の π電子 がX,S,Yの 三原

子上 に 非 局 在 化 してい ると考え られ る。スルフ ィンの

CSO部 分のgeometzyは マイ クロ波スペ ク トルによ り

求 めたH2CSOの 場合 とX線 回 折 によ り求 めたcis-メ

シチル(フ ェニル スル フ ィニル)ス ノレフ ィン(8)の 場

合9)と で ほとんど同 じで あることか ら,他 のチオ クム レ

ンの湯合 にもXSY部 分のgeometryは,置 換基 によっ

てあま り変化 しない と思われ る。ただ し強い電 子供与性

基,吸 引性基 の導入 によ り,そ の構造はかな り変化す る

よ うで ある。 た とえば 安 定 チオカルボニルイ リド(7)

は,も はや チイ ランへ の環化 などチオ カルボニルイ リド

* 東京大学理学部化学教室()

* Department of Chemistry, Faculty of Science,

The University of Tokyo (

)

1

2 有機合成化学 第36巻 第1号 (1978) (2)

(1 ) (2)

(3)(4)

(5)(6)

(7)

の特徴 的な反応 を示 さず,図1に 示す よ うなね じれた構

造 を し てい る8).

(8) (9)

これ らのチオ クム レンの うち,SO、,S、0以 外 の場合

には幾何 異性体が存在 し得 る。HNSOは 図1に 示す と

お りシス型 として存在す るが,一 般 のスル フ ィニル アミ

ンR-NSOも,NMRや 双 極 子 モーメ ン トの測定10)あ

るい はCNDO/2法 による計算 か ら11),や は りシス型 が

安定で ある。 スル ポジイ ミ ドRNSNR'は 図1に 示すよ

うなシスートランス型が安定であ り,溶 液中において も,

R,R'が'一 ブチル基 の場合,25。Cで'一 ブチル基 のNMR

シ グ ナル は1本 で あ るが,-29。Cで コア レス セ ン ス を

示 し,-40。Cで は 等 強 度 の2本 の シ グ ナ ル に 分 難 す る

こ とか ら,や は りシ ス ー トラン ス型 が安 定 で あ り,常 温

で は速 い 異 性化 が 起 き てV・る と考 え られ る11,12)。 スル フ

ィン類RR'CSOの1H-NMRス ペ ク トル で は,そ のSO

結 合 に 関 して5ッ η の領 域 で 低 磁 場 シ フ トが み られ る。

この こ とを利 用 して(9)の 異 性 化 の 活 性 化パ ラメ ー タ ー

を求 め た と ころ ∠Hキー22.2±0.7kca1/mo1,∠S㌔ 一

26・0±1・7e.u.と い う値 が得 られ た13)。 」S≒ の大 き な負

の値 は オ キ ナチイ ラ ン環 類 似 の 遷 移 状 態 を とお る こ とを

示 唆 して い る。N一 チ オ ス ル フ ィニ ル ア ミンR-N=S=Sに

つい て は,溶 液 中の 構 造 に関 す るデ ー タ は な い が,結 晶

中 では シス 型 と して 存 在 す る7).

3. 合成と安定性

ここでは個 々のチオクム レンの一般的 な合成法 を簡単

に紹介 す るとともに,そ の安定性 につい て述べ る。チオ

クム レンX=S=Yは ア リル アニオンと同様 な4電 子を含

む π軌道 を もつた め,熱 分解経路 として,三 員環への同

旋的 閉環が期待 され る.

3.1.ス ル フィニルア ミン(R-NSO)1a・1b)ス ルフ

ィニアミンi類は一般 に熱 的に安定であるが,ス ルホニル

基 のよ うな電子吸引基 がつ くと湿気 に対 して不安定 にな

る。合成法 としては,一 級ア ミン と塩化 チオニル との反

応,式 〔1〕,が一般的であるが,塩 化 チオニル をき らう

場合には式 〔2〕に示す よ うなスルフ ィニル交換 を利用で

きる。式 〔2〕の反応 は可逆反応 であ り塩基性 の強い アミ

M

C2J

ン上ヘスル フ ィニル基が移動す る。また,母 体化 合物 の

HNSOは 気相低圧 において,塩 化 チオニル とアンモニ

アとの反応 によ り得 られ る3).

3,2,ス ルホ ジイミ ド(R-NSN-R')1b)ス ル ホジ

イ ミド類 はRが 一級 また は二級 アル キル基 の場合 は不安

定 で,室 温 程度で分解す るが,Rが 三級 アル キル基の場

合 は安定 である。 しかし高温 では 〔3〕式の よ うに分解 し

てオ レフ ィンを生 じる14)。Rが ア リール基の場合は比較

的安定で あるが,加 熱す ると脱 硫 してア ゾ化合物 を生 じ

る(〔4〕 式)14)。 しか し(10)は 還 流ベンゼン またはメ

タノール 中で速やかにアニ リン(11)と ベンゾイ ソチア

ゾ ール(12)へ 不 均化 す る(〔5〕 式)15).

C 3 D

C4

Fig. 1 Geometry of Thiocumulenes

( 3 ) 4価 の硫黄を含むチオクムレンの化学 3

〔5〕

また,Rが ア リールスルポ ニルの場合 には湿気がない

場合 には安定 であるが反応性が高 く,湿 気 に対 して不安

定 である.

スルホ ジイ ミド類 はスル フ ィニル アミン と塩基 との反

応(〔6〕 式)ま たは一級 ア ミンとハ ロゲ ン化硫黄(IV)

との反応(〔7〕 式)に よ り合成で きる。一級 アミンと二

塩化硫黄(SC1,)と の反応で得 られ る多量体を熱分解す

るこ とによって も合成で きるが(〔8〕 式)16),〔9〕式に示

す よ うな立体障害 のある場合 には多量体 を経 ずにスルホ

ジイ ミドを生 じる17)。また,〔10〕 式の反応 も 利 用でき

る.

〔6〕

〔7〕

〔8〕

〔9〕

〔10〕

3.3. スル フィ ン 類(RR'C=S=0)1c)ス ルフ ィン

類 は塩化スルフ ィニルか らの脱塩 化水素(〔11〕式)あ る

い は対応す るチオ カルボニル化合物 を当量の過酸 で酸化

す ることによ り得 られ る(〔12〕 式).

〔11〕

〔12〕

チ オカルボニル基の酸化 はスルフ ィドの酸化 に優先す

るので,(13)の よ うな化 合 物の場合 で もスルフ ィドを

酸化す ることな くスルフ ィンを合成 できる。 しかし過剰

〔13〕

の過酸 を用 いるケ トンに まで酸化 され る(〔13〕 式).

スルフ ィン 類 は 一 般 に 安 定 であ るが,ジ メチル体

((CH、),C=S=0)は 不安定であ り室温で分解 す る18)。ま

た,(14)を 加熱す る とSO、 を脱離 して(15)と(16)

とを生 じる18)。ケ トン(16)の 生成 は三員環 中間体(17)

を経 るこ とを示唆す る.

〔14〕

3.4.チ オカルボ ニルイ リド (RIR2C=S=CR3R4)

チオカルボ ニルイ リドは一般に不安定 で,閉 環 してチイ

ランになる。 しか し一方の炭 素上 に電子供 与性基 を,他

方 に電子吸 引性基 を導入す ることに より安定 なチオカル

ボニルイ リドが得 られ る。た とえば,ベ ン ゾジチオール

チオンとジ トシルジ アゾメタン との 反 応(〔15〕 式)に

よ り(18)が19),ま た,チ オ ウロニ ウムか らの脱 プ ロ ト

ンによ り(19a)~(19f)が 安定な化合物 として得 られた

(〔16〕式)20)。 しか し(199)と(19h)は 不 安定であ

る20)。チオ カルボニル化合物 とジア ゾ化合物 との反応 な

どによ り得 られ るチ アジア ゾリン(20)の 熱 分解 による

脱窒素 によって もチ オカルボニルイ リドが 発 生 す るが

(〔17〕式),最 終生成物はチイ ランである2D。 このチア

ジ アゾ リン経由の発生法 については,Kello99の 総 説に

〔15〕

〔16〕

4 有機合成化学 第36巻 第1号 (1978) ( 4 )

〔17〕

多 くの例が引用 されている19).

〔18〕式に示 すよ うな,ジ ビニル スル フ ィド誘 導体の

光閉環に よるチオカルボニルイ リドの発生 も報告 されて

い る22).

〔18〕

チオ カルボニルイ リ ド(21)か らはチイ ラン(22)が,

また,(23)か らは(24)が 生 じるこ とか ら,チ オカル ボ

ニルイ リ ドのチイ ランへの閉環 は熱的 に許容 な同旋的 閉

環 で あ る こ とが わ か る(〔19〕,〔20〕 式)23).

〔19〕

〔20〕

3・5・ チ オ カ ルボ ニル イ ミ ン(RIR2C=S=N-R3)

ベンゾジチオールチオンとクロラミンTと の反応に よ り

チオカル ボニルイ ミン(25a)が 安定な結晶性物質 として

得 られる19)。同様 に して(25b),(25c)も 安定な化合物

とし て得 られ る24).

〔21〕

こ れ らの化 合 物(25)を 加 熱 す る と3一 イ ミ ノ体(26)

とチ オ ン(27)と を生 じる24)。 玉 垣 らは この 反 応速 度 の

溶 媒 お よび 置 換 基 効 果 につ い て 検 討 し,ア セ トニ トリル

中 では,∠S≒=3・8e・u・,ρ=-0.56(Ar上 の 置 換基 に 関

して)と い う値 を得,-N-SO、-Arの 求 核 攻 撃 に よ り非

極 性 の チ アジ リジ ン 型 遷 移 状 態(28)を 経 る もの と考

え て い る24).

〔22)

安定 なチ オカルボニルイ ミンとしては,こ の他に(29)

が 報 告 され て い る25).

〔23)

また(30)か らの脱塩化水 素によ り(31)が 発生す る

ことが捕捉反 応によ り確 認 できるが(後 述),単 離 はで

き な い26).

〔24)

3・6・ チ オ ス ル フ ィニ ル ア ミ ン類(R-N=S=S) チ

オ ス ル フ ィニ ル ア ミン類 は,ス ル ポ ジイ ミ ド とチ オ尿 素

あ るい は イ ソチ オ シ ア ナ ー トとの反 応 の 中 間体 と して 考

え られ た こ とが あ った が(〔56〕 式)27),実 験 的 な確 証 は

全 くな か った 。1974年 にBartonら はチ オス ル フ ィニ ル

( 5 ) 4価 の硫黄を含むチオクムレンの化学 5

ア ミノ基 を もつ化合物 の最初 の例 であるN一 チオスルフ

ィニルーρ一ジメチルア ミノアニ リン(32)が,ρ 一ジメチル

ア ミノニ トロソベ ンゼ ンと五硫化 リンとの反応 に よ り,

安 定な赤紫色結 晶 として得 られ ることを報告 した28).

〔25〕

この化合 物(32)を 熱 分解す ると,ア ゾベ ンゼ ン(33)

と硫 黄 とを 生 じる28).

〔26〕

筆 者 らは アニ リン(11)とS2Cl、 との反 応 に よ りN一

チ オ スル フ ィニ ル アニ リン(34)を 安 定 な赤 紫 色 結 晶 と

して得 た29)。 同様 に して(35)と(36)が 合 成 で き るが,

(35)は 低 温 で のみ 安 定 で あ り,(36)は 室 温 で も徐 々に

分解 す る17)。 また,2,4,6一 トリ+ブ チル ア ニ リン とS、-

C1、 との反 応 で は,5H-1,2,3一 ジ チ ア ゾ ール 骨 格 を もつ

新 しい複 素 環 化 合 物(37)が 安 定 な 黄色 結 晶 と して得 ら

れ る29)。 こ の化 合 物 は,溶 液 中 で はN一 チ オ ス ル フ ィニ

ル ア ニ リン(38)と の平 衡 混 合 物 と して 存 在 す る29,30).

〔27〕

〔28〕

還流ベ ンゼン中(34)を 加 熱す ると(11),(12)お よ

び硫黄 を生 じる。筆者 らは,こ れ らの生成物 は 〔29〕式

の経 路によ り生 じると考えてい る15)((〔5〕式参 照).

〔29)

3.7.一 酸化二硫黄1d)こ の化合物は気 相(1Torr)

では数時 間~1日 程度単量体 として存在するが,常 圧 で

は黄色液状 の多量体 となる。合成法 としては,マ イ クロ

波 スペ ク トル測定 の際 に用いた,塩 化 チオニル とAg、S

との反応 などがあ る.

3.8.ジ チオケ トン(チ オカ ル ボ ニルスルフ ィ ド,

RR'C=S=S)1921年 に(40)な どの活 性 メチ レン化

合 物 とS、Cl,と の反 応に よ り,ジ チオケ トン(41)が 得

られた とい う報告 がなされてい るが31),構 造 に関す る証

拠はな く,こ の反応 生成物 が(41)で あるか ど うか は疑

わ しい.

〔30)

4. 2π+4π 型 環 化 反 応

ここではチオ クム レン類 が2電 子 成分 として反応 する

例,す なわ ち,チ オ クム レン類 と共役 ジエンおよび1,3

双極子 との反応 について述べ る.

4.1.二 酸化硫黄 二酸化硫黄が共 役 ジエ ンと2n

+4π 型 の反応 をして環状スルホ ン(42)を 生 じることが

古 くか ら知 られ て い た32).

〔31〕

スルホン(43)は 熱 分 解 によ り,ト ランスートランス

のジエ ン(44)の み を生 じるが,ス ルホン(45)は シスー

トランスのジエ ン(46)の みを生 じる。した がってSO2

とジエン との反応 は立体選択的 に逆旋的経路 を とおるこ

とが わ か る33).

〔32〕

〔33〕

反応性 の高い ジエ ン(47)と の反応は,低 温 では2π

+4π 型 の反応 で(48)を 与 える。(48)は20℃ まで温

6 有機合成化学 第36巻 第1号 (1978) ( 6 )

度 を上 げ る と(49)へ 異 性 化 す る。 一 方(48)を 熱 分 解

す る とcycloreversionが 起 こ り,2n+4π 型 の反 応 に よ

り,ス ル ホ ン(50)を 経 て(51)が 得 られ る34).

〔34〕

4.2.ス ル フ ィ ニル ア ミ ン類(R-NSO)1a・1b)ス ル

フ ィニル ア ミ ン類 はRが アル キ ル基 の とき は ジ エ ン と反

応 し ない 。Rが ア リール 基 の とき はN=S部 分 で ジ エ ン

に付 加 し,6員 環 化合 物(52)を 生 じる 。 この化 合 物 は

酸 性 加 水 分 解 に よ り(53)に,ま た,ア ル カ リ加 水 分解

に よ りN一 ア リール ヒ。ロ ール 誘 導体 に変 換 さ れ る.

〔35〕

付加 の配 向性 は専 ら立体的要因で決 ま り,一 般に立体

的 に有利 な異性体 を生 じる。 しか し 〔36〕式 のよ うに,

低温では(54)を,高 温では(55)を 生 じ,(54)は 加熱

す ると(55)へ 異性化 す ることが知 られてお り,動 力学

的支配 による生成物 の生成 に際しては電子的要因 の影響

も大 きい ことがわかる.

〔36〕

1,3一双 極 子 と の反 応 ではAr-N-S=Oと して 付加 の 配

向 が 説 明 で き る(〔37〕,〔38〕 式)。

〔37)

〔38)

4.3.ス ルポ ジイ ミ ド(R-N=S=N-R)1b)Rが ア

ルキル基 またはア リール基 の ものは反応性 が低 くジエ ン

と反応 しないが,少 な くとも一方 の窒素原子 にスルホニ

ル基 を導入 する とジエン との2π+4π 型付加体 を生 じる

(〔39〕式).

〔39〕

非対称 のスル ホジイ ミ ド(56)の 場合 には,よ り電子

吸 引性 のスルポ ニル基側のS=N結 合 ではな く,ア リー

ル基側のS=N結 合で反応す る.

〔40〕

4・4・ ス ル フ イン類(RR'C=S=0)ス ル フ ィン 類

は そ のC・S結 合 で共 役 ジ エ ン に付 加 す る35)(〔41〕~ 〔43〕

式)。

〔41〕

〔42〕

〔43〕

1,3一双極子 であ るニ トリルイ ミン との反応 では対応す

るチオカルボニル化合物 と同様 の配 向,す なわちC-SO

として説明でき る生成 物を生 じる36)(〔44〕式).

〔44)

( 7 ) 4価 の硫黄を含むチオクムレンの化学 7

5. エ ン 反 応

前節で述 べたDiels-Alder型 反応の他 に,チ オ クム レ

ンが2π 成 分 として働 く反応 として,一 部 のチオ クム レ

ンについて,エ ン反 応 が知 られている。N一スル フ ィニ

ル アニ リン(57)を ひ ピネン と 長 時 間加熱す るとエ ン

付加体(58)が 得 られ る37)。またN一 スル フ ィニルーρ一ト

ルエ ンスルホンア ミドとβ水素 を もつオレフ ィンとの反

応 でもエ ン付加体(59)の 生成 が報告 されてV・る37).

〔45)

〔46)

Kreszeら は ス ル ポ ジ イ ミ ド(60)が β 水 素 を もつ オ

レフ ィン と低 温 で 反 応 し,エ ン付 加 体(61)を 生 じる が,

ス ル フ ィル イ ミ ン型S=N結 合 の イ リ ド性 の た め に,加

熱 す る と(62)転 位 す る こ とを 報 告 した38)。Sharplessと

Horiは,こ の転 位 生 成 物 をK,CO,一 水 一メ タ ノー一ル で処

理 す る こ とに よ り,も との オ レ フ ィンの β位 に トシ ル ア

ミ ノ基 を 導入 で き る こ とを示 した(〔48〕 式)39)。 す な わ

ちス ル ホ ジ イ ミ ド(60)は オ レ フ ィンの β位 の ア ミ ノ化

剤 と な る こ とが 示 され た.

〔47)

〔48〕

6. 2π+2π 型 環 化 付 加 反 応

この型 の反応 が報告 されてい るのは,ス ルフ ィニルア

ミンi類とスルホジイ ミ ド類だ けであ る。スルフ ィニルア

ミ ン類 は ジ フ ェニ ル ケ テ ン と反 応 して4員 環 化 合 物(63)

を生 じ る40)。 また,N一 ス ル フ ィニ ル ア リー ル ス ル ホ ン

ア ミ ド(64)と ビニ ル エ ー テ ル との2π+2π 型 付 加 体

(65)も 報 告 され て い る41).

〔49)

〔50)

ジ トシ ル ス ル ポ ジ イ ミ ド(60)は 低 温 で は ジ フ ェニル

ケ テ ン との2π+2π 型 付 加 体 を生 じる が,こ の付 加 体 は

加 熱 す る と転 位 して,形 式 的 に は4π+2π 型 付 加 体(66)

を与 え る(〔51〕 式)42)。 ま た(60)は ビ ニ ル エ ー テ ル

(67)と 反 応 して(68)を 生 じ る。 この化 合 物 は メ タ ノー

ル に よ り(69)に 導 くこ とが で き る(〔52〕 式)38).

r51ヤ\ ノ

〔52)

この他 に 〔53〕~〔56〕式の反応が2π+2π 型 付加体 を

経 る ものと考 えられ てい る27).

〔53)

〔54〕

(55〕

8 有 機合成化学 第36巻 第1号 (1978)

( 8 )

〔56)

〔57〕

7. 1,3一双 極 子 と して の反 応

7.1.ス ルフ ィニルアミンおよび スルホ ジイミ ド

前節 〔51〕式 の ような型式 的な ものを除けば,ス ル フ ィ

ニルア ミンおよびスルホジイ ミドが1 ,3一双 極 子 として

反応す る 例 は知 られ てい ない。 ただ し1,3一 分子内双極

性付加 を経 ると考え られ る反応(〔58〕,〔59〕式)が 知 ら

れ て い る43).

〔58〕

〔59〕

なお,次 のよ うな1,4一 双 極 子 としての反応 について

は柘植 らの総 説を参照 してい ただきたい1e).

〔60〕

7・2・ チオカルボ ニルイ リ ド チオ カルボニルイ リ

ド(70)を アゾジカルボ ン酸ジエチルの存在下 に発生 さ

せ ると,1,3一 双極子付加体(71)を 生 じる23)。N一フ ェニ

ルマ レイ ンイ ミドまた はTCNE存 在下 に(73)を(72)

よ り発生 させ ると,1,3一 双極子付加体(74)ま たは(75)

を生 じる24)。他のチオカルボニルイ リドに関しても同様

の形式の反応が報告 されている19).

〔61〕

〔62〕

7・3・ チオ カル ボ ニル イ ミ ン チ オ カル ボ ニ ル イ ミ

ン(31)を エ ナ ミン(76)ま た は(77)の 存 在 下 に発 生

させ る と,そ れ ぞ れ1,3一 双 極 子 付加 体(78),(79)を 生

じる26)・ しか しイ ナ ミン(80)はS上 へ の求 核 攻 撃 に よ

る と思 わ れ る(81)を 生 じた26).

〔63〕

7・4・ チオ スル フ ィニル ア ミ ン類N一 チ オ ス ル ブ

イニル ーρ一ジ メチ ル ア ミ ノ アニ リン(32)は ノル ボ ル ナ

ジ エ ン に対 して1,3一 双 極 子 とし て 付 加 し,エ キ ソ付加

体(82)を 生 じ る28)。(32)は シ ク ロペ ン タジ エ ンに対 し

て も1,3一 双 極 子 とし て 付 加 し,(83)を 生 じ る28)。N一

チ オ ス ル フ ィニル ー2,4一ジ ーかブ チ ルー6一メ チル ア ニ リ ン

(34)も シ ク ロペ ン タ ジ エ ン と反 応 して 付 加 体(84)を 生

じ る44).

〔64〕

〔65〕

8. 求核試剖との反応

求核試剤 は一般 にチオクムレンX=S=Yの 硫黄原子 を

( 9 ) 4価 の硫黄を含むチオクムレンの化学 9

攻撃す るが,X,Yの 種類 に よってはX,Y原 子 を 攻 撃

す ることもあ る.

8.1.二 酸化硫黄 グ リニ ャール試剤 は二酸化硫黄

の硫黄原子 を攻撃 してスル フ ィン酸 を生 じる45).

〔66)

8.2.ス ルフ ィニルアミン スルフ ィニル ア ミン類

とグ リニ ャール試剤 との反応 で も硫黄原子への求核攻撃

によ りスルフ ィンア ミドを生 じる46).

〔67)

8.3.ス ルホ ジイ ミ ド グ リニ ャール試剤 あるいは

有機 リチ ウム化合物 とスルポジイ ミ ドとの反応 で も硫黄

原子 上へ の攻撃iによ り(86)を 生 じる47)。この反応は1:

1で 定量的に完 結 し,当 量点 でスルポジイ ミ ドの色が消

失す るので,グ リニ ャール試剤や有機 リチ ウム化合物の

標定法 として利用できる.

〔68)

電子吸引基の置換 したスルホジイ ミドに対 しては,ア

ル コールやオキシム も硫黄原子 へ求核的 に付加す る と思

われ るが,付 加 体は 〔69〕式 の よ うに さらに分解す る48).

〔69〕

8.4.ス ルフ ィン スル フ ィン(87)と メチル リチ

ウム との反応 では硫黄原子へ の求核攻撃 によ り(88)を

〔70〕

生 じる49)。しか し,ス ルフ ィンの 酸 接 触 加水 分解 など

(〔71〕~〔73〕式)で は炭素原子へ の求核攻撃が起きる50~

52).

〔71)

〔72)

〔73)

8.5.チ オ カルボ ニルイ リ ド チオカルボニルイ リ

ドと求核試剤 との反応 に関 しては,安 定チオ カルボニル

イ リド(19)と エ ノ レー トアニ オンまたはチオ カルボニ

ル化合 物 との反応 が報告 されてい るが,い ずれ も硫黄原

子への求核 攻撃 によ り,最 終的 には硫黄原子上での置換

反応が起き る20)。すなわち,安 定 チオカルボ ニルイ リド

はスルフ ランに類似 した挙動 を示す が,一 般 のチ オカル

ボ ニルイ リドめ場合は ど うなるか興 味深い.

〔74〕

8.6.チ オ カ ル ボ ニ ル イ ミ ン チ オ カ ル ボ ニ ル イ ミ

ンに対す る求核攻撃,は,そ の炭

素原子 と硫黄原子 の両方に起 こ り

得 る。前節 〔63〕式 に示 したエナ

ミン との反応 は炭素原子へ の求核

攻撃 であ り,イ ナミンとの反応は

硫黄原子 への求核攻撃 である。 ま

た フェニル リチ ウムはチオカルボニルイ ミン(29)の 炭

素原子 を攻撃 して(89)を 生 じる25).

〔75)

9. 遊離基 との反応

9.1.二 酸 化 硫 黄53)過 酸 化 ベ ン ゾイ ル を還 流 ベ ン

10 有機合成化学 第36巻 第1号 (1978)

( 10 )

ゼン中熱 分解 してフ ェニル遊難基 を発生 させ,こ れ に二

酸化硫黄 を通 じる と,ジ スル ホン(90)を 生 じる。 また

トルエン中での 反 応 では,ベ ンジルフ ェニルスルホン

(91)を 生 じる。 この ことか ら,フ ェニル遊 離 基 は二酸

化硫黄 の硫黄原子に付加 してスルホニル遊 離基(92)を

生 じると考え られ る.

〔76)

9.2.ス ル フ ィニル アミン54)N一 スルフ ィニ ル-4-

メチル アニ リン(93)の 存在下 に過酸化ベ ンゾイル を熱

分解す ると 〔77〕式の生成物が得 られ る。 こ の 結 果 は

〔78〕式 に示す よ うに,ス ルフ ィニルア ミノ基 の硫 黄 原

子 にフェニル遊離基(94)が 付加 してスルフ ィニルア ミ

ノ遊離基 を生 じるため として説明 された.

〔77)

〔78)

9.3.ス ル ホ ジイ ミ ド55)Ingoldら は ジ+ブ チル

ス ル ポ ジ イ ミ ドに対 す る遊 離基(F3C・,Me、Si・,Bu,Si・,

(EtO),PO・,F、CS・)の 付 加 をESRに よ って 調 べ,こ

れ らの 遊 離 基 が ス ル ホ ジ イ ミ ドの窒 素 原 子 に付 加 して 遊

離 基(95)を 生 じる こ とを報 告 し てい る.

〔79〕

10. カルベンおよびナイ トレンとの反応

N一スルフ ィニルアニ リン存 在 下 にジフ ェニルジアゾ

メタンを光分解す ると 〔80〕式 の生成物 を生 じる56)。こ

れ らの生成物は,N一 スルフ ィニルアニ リンのN=S結 合

にジフ ェニルカルベ ンが付加 してできる(96)を 経 て生

じる と考 え られる.

〔80)

N一スルフ ィニルアニ リン存 在 下 にア リールアジ ドを

光 または熱 分解す ると 〔81〕式の化合物 を生 じる57)。こ

の反応 は熱 的には110。C以 下では起 こらないので,ア ジ

ドとの付加 体(98)か ら窒素 分子 が脱離 して(97)を 生

じるのではな く,ナ イ トレンとN一 スルフ ィニルアニ リ

ン との反応 によ り(97)が 生 じ,こ れがさ らに分解 した

もの と考 え られる.

〔81)

スルフ ィン(99)の 存在下 に(100)を 分解す ると,ス

ルフ ィンのC=S結 合 にカルベ ンが 付加 した型 の(101)

を生 じる58)。しかしジアゾ体(100)と の付加体(102)が

得 られる場合 があるので59),(102)か ら窒素分子 が脱離

して(101)を 生 じるもの と思 われる.

〔82〕

スル ホジイ ミ ドとカルベ ンとの反応 としては次の反応

(〔83〕式)が 報告 されている60).

〔83)

( 11 ) 4価 の硫黄を含むチオクムレンの化学 11

11. 光 分 解

本稿 で取 り上 げたチオ クム レンの うち光分解反応 が報

告 されているのは,ス ル フ ィン類 とN一 チオスルフ ィニ

ルアニ リン(34)の 揚合 だけである.

スルフ ィン類 は光照射に よ り脱硫 してケ トンを生 じる

こ とが知 られてい る1c)。Carlsenら はチオベ ンゾフ ェノ

〔84)

ンーS一オキシ ド(103)をEPAマ トリックス中 一196。C

で光照射す ることに よ り,390nmに 吸 収極大 を示す 中

間体 の発生 を認 めた61)。この化学種は,温 度を上 げる と

対応す るケ トンを生 じることか ら,(104)で あ ると考え

られ る.

〔85)

N一 チ オ ス ル フ ィニ ル ア ニ リン(34)を ペ ン タ ン 中 で光

分解 す る とス ル ポ ジイ ミ ド(10),ア ニ リン(11)お よ

び硫 黄 を生 じる15)。 光 照 射 をEPAマ トリ ック ス 中 一

196。Cで 行 な うと,473nmに 約15000の モ ル吸 光係 数

を もつ化 学 種 の 発 生 を 認 めた 。 この化 学 種 は(105)~

(107)の い ず れ か で あ ろ うと思 わ れ る17).

〔86〕

12. 構造と反応性との関係

以上,チ オ クム レンX=S=Yの さまざまな反応性 を紹

介 したが,こ こでチオ クム レンの性質 とX,Yと の関係

を整 理 してみるこ とにす る.

12.1.物 性 図1に 示 したX=S=0のS=0結 合距

離 あるV・はY=S=NRのS=N結 合距離 をそれぞれX,Y

の電気陰性度に対 してプロ ッ トしてみると,図2に 示す

よ うな直線 関 係 が認 め られ る。す なわ ち,X,Yの 電気

陰性度が大き くなるにつれてS=0ま たはS=N結 合距

離が減少す る,つ ま り結合 が強 くなることがわか る.

また,Bockら の 光 電 子 スペ ク トル のデ ータに基 づ

き62),XニS=0の 第1イ オ ン化 ポテンシ ャルをXの 電 気

陰性度に対 して プ ロッ トしてみる と,図3に 示す よ う

な直線 関係 が認 め られる.

12.2.反 応性12.1.で 述べた よ うな チオ クム レ

ンX=S=Yの 物性 とX,Yの 電気 陰性度 との相 関関係 は

当然 その反応性 にも反映す る。本稿で紹介 したチオ クム

レンX=S二Yの 反応性 は,X,Yの 電気陰性度Xx,XYと

次 のよ うな関係 にあ る(表1).

(1)Xx+XYが 小 さく,IXx-XYIが 小 さいほ ど4π

電子系 として反応 しやすい。(た とえば,RNSS, RR'-

Fig. 2 Relationship between S=0 bond length

of X=S=O and electronegativity of X

(0), and between S=N bond length of Y=S=NR and electronegativity of Y (0)

Fig. 3 Relationship between 1st ionization

potential of X=S=O and electronega-

tivity of X

12 有機合成化学 第36巻 第1号 (1978) ( 12 )

CSNR",RIR2CSCR3R4は1,3一 双極 子 として反応す る

の に対 して,SO2, RNSO, RR'CSO, RNSNR'は 親ジ

エン試剤 として反応す る。)

(2) XX>XYの 場合,XX-XYが 大 きい ほどS=Y結

合 が活性 となる。(た とえばX=S=OS=0結 合が関与

す る反応 はほ とんど 無い。 また,〔39〕 式 に示 した よ う

にAr-N=S=N-SO、Rは 電子吸 引基一SO2Rの 付いていな

いS=N結 合 で反応す る。)

(3) XX+XYが 大 きい ほど中央の硫 黄 原子 への求核

攻撃 が起 きやす く,小 さい ほど末端原子X,Yへ の求核

攻撃 が起 きやす くなる。(た とえば,SO2,RNSO,RN-

SNR'と 異 な り,ス ル フ ィンの場合は炭素原子 への求核

攻撃 も起 きる。)

12.3.分 子軌道論的解釈 すでに 述 べ た よ うにチ

オクム レンX=S=Yは ア リルアニオン型3中 心4電 子 π

結合 をもつ。図4(a)に ア リル型HMOを 示 し,(b)

(a) (b) (c)

には1位 の炭素原子を,(c)に は1,3位 の炭素原子 を仮

想 的な電気 陰性原子X(ク ーロン積分 α+β,隣 接 原子

との交換積 分 β,非 隣接原子 との交換積 分0)で 置換 し

た場合 のHMOを 示 した 。これ らはそれ ぞれ(a)XX+

XYお よびlXX-XYlが 小 さい場合, (b)lXX-XYl が

大 きい場合,(c)XX+XYが 大 きい場合 に 対 応 す るX=

S=Yの モデルである と考 え られる.

電 気陰性 原子Xを 導入す るこ とによ り図4(b),(c)に

示すよ うに被 占軌道 のエネル ギーが低下す る。つ ま り結

合 が強 ま り結合距離 が短縮す る とともに,イ オン化ポテ

ンシ ャルが増大す るこ とが理解 できる.

次に反応 性における規則性 を福井 らのフロンティ ア軌

道法に よって説明 してみ るこ とにす る63).

HOMO係 数 とLUMO係 数 との和 は(a)の 場合,1,3

位が最大 とな るが,(b)で は2,3位 が大 きな値 を示す。

この ことか ら(a)の よ うなlXX-XYlが 小 さい場合は

1,3位 での反応性 が高い,つ ま り,1,3一 双極子 としての

性 質が強 いのに対 し,(b)の よ うなlXX-XYlが 大きい

場 合は,2,3位 が活性 とな り,親 ジエ ン試 剤 としての性

質 が強 くなることが理解でき る.

LUMO係 数は(a)~(c)い ずれ も2位 で 最 大 となる

が,そ の絶対値 は(c)>(b)>(a)で あ り,XX+XYが 大

きい ほど2位 へ の求核攻撃が起きやすい ことを示す.し

かし(b)の 場合 には2,3位 の係 数の差 が小 さく,3位

へ の求核攻撃 もか な り起 きやす くなっている.

このよ うな反応性 の変化 は,も ちろんX,Y上 の置換

基 によって も変化す るが,そ の傾向は置換基 を も含めた

原子団X,Yの 電気陰性度 を考え るこ とによ り同様 に説

明できる.

13. お わ り に

以上,種 々のチ オクム レンX=S=Yの 物性 と反応性 に

お ける共通点 と相 異点をX,Yの 電気陰性度 と関連づ け

て整理 してみた。スルフ ィニルア ミン類 に関 して は,多

くのタイプの反応例 が報告 されてい るが,他 のチ オクム

レンについては,可 能 と思 われるタイ プの反応が報告 さ

れず に残 ってお り,未 知のチオクム レンの合成 とともに

今後の研 究成果 が期待 される.

(昭和52年8月12目 受理)

文 献

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Tablc 1 Classification of Thiocumulenes by Ligand

Electronegativity

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( 13 ) 4価 の硫黄を含むチオクムレンめ化学 13

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61) L. Carlsen, N. Haait, A. Holm, J. Chem. Soc. Perkin 1, 1976, 1404

62) B. Solouki, P. Rosmus, H. Bock, Angew. Chem. Int. Ed. 15, 384 (1976); H. Bock, B. Solouki, P. Rosmus, R. Steudel, ibid., 12, 933

(1973); E. Block, H. Bock, S. Mohmand, P. Rosmus, B. Solouki, ibid., 15, 383 (1976)

63) 福井謙一,「 化学反応 と電子 の軌道」丸善(1976)

など

次 号 予 定

総 説

プロスタ グランデ ィン研究の最近の動向 酒 井 浄中 村 紀 雑

接触酸化法 によるヒ ドラジン合成 林 弘

ゼオライト触媒を用いた有機反応 原 伸 宜

資 料

1,4一 シ ク ロヘ キ サ ジエ ン 大 前 巌

技 術発達史

THFγ-ブ チロラク トンの製造技術 の発達 浅 野 泰 資

業 界情 勢

高分子凝集剤 広 田 国 郎

報 文

2-ア ミノ-6-プ ロモー お よび2-ア ミノ-3-プ ロモ-1-フ ェナ レノ ン か ら得 られ る

分散染料 佐 藤 富 次 郎横 手 正 夫

REVINDEX

新 しい合成, 他