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1
第3講 ニュートリノの性質
3.1 3種のニュートリノ
電子 (e−)、ミューオン (µ−)、タウレプトン (τ−)の3種の荷電レプトンは、質量を除けば全く同じ性質を持って
いる。種々の反応率なども質量値を置き換えるだけで正確に再現できる。この3つのレプトンを区別する性質は
全くない。にもかかわらず付随するニュートリノとともに固有の量子数 (レプトンの香りといい、(νe,e−)は e-数、
(νµ,µ−)は µ-数、(ντ,τ−)は、τ-数と名付ける)を持っており、互いに混じることはない。弱い相互作用には左巻
きの粒子が、ペア (2重項)で関与する。弱い力は、2種類の”弱 (電)荷”により生じると言い換えてもよい (SU(2)
対称性)。電磁相互作用の力の伝達子は一種類のフォトンのみであるのに反し、弱い相互作用では3種の伝達粒子
(W+,Z0,W−)があるのはこの理由による。ただし、右巻きの粒子は弱荷を持たず弱い相互作用に関与しない*1) 。
弱い相互作用の仕方により、レプトンを分類すると以下のようになる。
レプトン
[νe
e−
]L
[ν µ
µ−
]L
[ν τ
τ−
]L
, eR,µR,τR (3.1a)
同じ電荷を持つならば、電磁力の強さが物質の種類によらず全て同じであるのと同じように、弱い力の強さもま
た物質の種類に依らず (普遍相互作用)、力の示す性質もよく似ている。実際、電磁力と弱い力は力の源の電(弱)
荷の数が違うだけで、共にゲージ理論という数学的な枠組みに従う*2) 。2重項が、Wボソンを放出もしくは吸収
することによって弱い力を伝える時は、電荷が変わるので粒子種も変化する。しかし変わる相手は必ず2重項の
パートナーである。Zボソンの吸収放出の場合は、電荷はそのままであり変身はしない。
レプトン数保存則 クォークやレプトンはスピンが 1/2のフェルミオンであり、粒子と反粒子で数の数え方が
違う。あらゆる反応で、クォーク数とレプトン数 (粒子数-反粒子数)は保存することが知られている。例えば次の
ベータ崩壊とミューオン崩壊で眺めてみれば、全て保存していることが判ろう。
ベータ崩壊 d → u + e− + ν̄e
クォーク数 1 1 0 0
レプトン数 0 0 1 −1
ミューオン崩壊 µ− → e− + ν̄e + νµ
レプトン数 1 1 −1 1
µ数 1 0 0 1
e数 0 1 −1 0
歴史的経緯 ニュートリノの種類は、歴史的には最初はベータ崩壊に関与するニュートリノのみが知られてい
たが、ミューオン崩壊での電子スペクトルが連続分布することから、2個のニュートリノが放出されることが判
り、これが第2のニュートリノの存在を示唆するはじめの徴候であった。
µ− → e− + ν̄e+νµ (3.2)* 1) 中性のゲージボソンは、一部フォトンと混合しているので、右巻き成分にも結合する。* 2) 強い相互作用は3種の色荷により生じ、SU(3)対称性に従うゲージ理論である。
第 3講 ニュートリノの性質 2
ここで、もし二つのニュートリノが同種ならば、このニュートリノはミューオンにも電子にも結合するわけであるから、
図3.1の様な過程により、µ→eγ崩壊反応が存在しなければならないが、この反応は現在に至るまで観測されていない。
図 3.1: µ→ eγ 反応。ミューオンに結合するニュートリノと電子に結合するニュートリノが同一粒子であれば、この過程が存在する。
µ→ e+ γ 分岐比< 1.2×10−11 (3.3)
しかし、違う粒子であるならばこの過程は存在しないことが説明できる。こ
の仮説は、πメソンからの崩壊ニュートリノを使って、物質と反応させ、電子が生成されるか、ミューオンが生成されるかを見れば検証できる。πメソンは
π+ → µ+ +νµ
によりミューオンとニュートリノに崩壊するが (図 3.2(b))、このニュートリノ
は定義により νµである。これがベータ崩壊からのニュートリノ (νe)(図 3.2(a)
図では反電子ニュートリノ)と違うならば、電子ニュートリノは電子のみを生成し、ミューニュートリノはミュー
オンのみを生成するはずである (図 3.2(c)(d))。実験的にまさにそうなっていることが、レーダーマン・シュタイン
バーガー・シュワルツ等により 1962年に確かめられた。
図 3.2: (a)ベータ崩壊、dクォークは原子核の中の中性子の中にいる。(b)パイオン崩壊。π+ は uクォークと反 dクォークの複合体であり、合体して消えると共に仮想的にW+ に変わり、さらに µ+νµの対に崩壊する。(c)(d)(e)は νe,νµ,ντ を物質 (クォーク)と反応させたとき対応するレプトンを生成する。また生成レプトン種を見れば入射ニュートリノの種類が判明する。
タウレプトンは、
e− +e+ → τ− + τ+ (3.4a)
τ →
e+ ν̄e+ντ
µ+ ν̄µ+ντ(3.4b)
反応で発見され、崩壊パターンがミューオンと全く同一であることから、第3番目のニュートリノ ντ が確認さ
れた。ντ , νe(νµ)は、τ → e(µ)+ γがないことから、あるいは、νe(νµ)ビームでタウレプトンが作れないことから言える。香りの保存は標準理論では前提として組み入れられている。標準理論の範囲では香りの混合、例えば
µ→ eγ, τ → µγや e+X → µ+Yなどの異種のレプトンを崩壊生成する過程は観測されていない。ただし、ニュー
トリノの混合は存在することが判っており、標準理論の枠組みを越えた取り扱いを必要とする (後述)。
ニュートリノは3種類だけか? 標準理論では、ニュートリノは3種類のみである。実験的には次のようにして
確かめられる。電子衝突型加速器で、ゲージボソン Zを作り、次いで崩壊する次の反応を起こす。
e− +e+ → Z → ∑i{(qi + q̄i)+(ℓ−i + ℓ̄+
i )+(νi + ν̄i)} (3.5)
第 3講 ニュートリノの性質 3
終状態はエネルギー保存則から各粒子・反粒子対の質量がmZ/2以下のみ可能である。従って、トップクォーク対
へは崩壊できない*3) 。終状態のクォーク対は、ハドロンとして観測される。終状態のニュートリノは直接観測に
はかからない。
図 3.3: e− +e+ → Z →ハドロンの全断面積。Nν=3,4,5についての計算値と実験値を比較している。
しかし、全崩壊率には関与するので観測可能な過程、例えばハ
ドロンへの崩壊率の全崩壊率の中に占める割合(分岐比)
BR =Γ(Z →ハドロン)
Γ(Z → all)(3.6)
が変わる。e−と e+2体重心系での全エネルギーE(e−e+) = mz
領域でのハドロンの生成断面積は
σ(e−e+ → hadrons) = σ(e−e+ → Z)BR(Z → hadrons) (3.7)
であるので、ハドロン生成断面積は、ニュートリノの種類数に
より断面積を変える。実験値はトップを除く5種類のクォーク
と3種類の荷電レプトン、3種類のニュートリノに崩壊すると
仮定したときの計算にぴったり一致した (図 3.3)。
Nν = 2.994±0.012 (3.8)
mz/2を越える重いニュートリノが存在したとしても、この実験
では検知できないが、非常に軽い3種類のニュートリノがあっ
て4番目から突然重くなりシナリオは考え難い。
3.2 ニュートリノの検出
ニュートリノは、強い相互作用と電磁相互作用を持たない唯一の粒子である。弱い相互作用は文字通り物質と弱
くしか反応しないので、検出は困難を極め、予言 (1930)から 30年近く経過して、ようやくライネス・コーワン
らにより検出 (1956)されたのであった。今日、ニュートリノは加速器、原子炉で大量生産され、大気ニュートリ
ノや太陽ニュートリノも日常的に観測されているが、ライネス・コーワンの方法は今日でも低エネルギー反電子
ニュートリノ検出に使われる方法であるので、詳しく解説しておこう。検出反応は
ν̄e+ p→ (e+ +W−)+n→ e+ +n (3.9a)e+ +e− → γ+ γ
n+Cd →Cd∗ →Cd+(3∼ 4)× γ′s(3.9b)
原子炉で作られるニュートリノは正確には反電子ニュートリノであり、レプトン数保存、レプトンの香り保存則
を考慮すると、反ニュートリノがW−ゲージボソンを仮想的に放出して陽電子 e+となり、W−ボソンが陽子 p(実
際は uクォーク)に吸われて、中性子n (dクォーク)なる。陽電子は反電子であるから直ちに物質中の電子と対消
滅して、エネルギー和が 2meとなる2個のガンマ線を放出する。中性子は遅い速度で飛び出て、あちこちふらふ
らしながら最後にはカドミウム原子核に吸収され、3-4個のガンマ線を放出する。この間、10−4秒位の時間が経
過して∼ 1mほども動く。γ線は物質中の電子を跳ね飛ばしたり (コンプトン散乱)、原子核近傍の強い電場を通過
すると制動放射をおこして電子・陽電子対を生成するので、これらの電子が原子を励起して放出する光をシンチ* 3) mZ = 91GeV,mtop = 185GeVである。他は mu ∼ 3MeV,ms ∼ 6MeV,ms ∼ 120MeV,mc ∼ 1.3GeV,mb ∼ 4.2GeVレプトンは me ∼ 0.51MeV,mµ = 105.7MeV,mτ ∼ 1777MeVである。
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レーションカウンターで検出する。反応時に陽電子が出す信号と中性子捕獲時の遅延同時計数 (コインシデンス)
が望む事象の信号となる。
実験は、米国南カロライナ州にあるサバンナ原子炉の近傍に、図 3.4のような検出装置を置いた。検出装置は信号
図 3.4:始めてのニュートリノ検出 Reines-Cowan(1954):原子炉からの反ニュートリノが、陽子と反応して陽電子と中性子を作る。陽電子は物質中の電子と対消滅を起こし、2個の γ 線を放出する。中性子はカドミウム (Cd)原子核に遅れて吸収され、X線を放出する。
の光を出す塩化カドミウムを含む水の層を液体シンチレーターではさみ、光電子増倍管でシンチレーション光を
検出する。原子炉の 1kWあたり 2×1014個のニュートリノが放出されると計算され、実際に検出器を置いた場所
では 1013/sec/cm2のフラックスがあると推算された。これは太陽ニュートリノの約 100倍の強度であるが、何分
にも反応頻度が小さく宇宙線による偽信号 (バックグラウンド)と区別を付けにくい。宇宙線バックグラウウンド
は、今日の最新実験でも未だにつきまとうやっかいな問題である。この最初の実験では特に深刻であった。結局、
原子炉運転時とオフの値の差を取り、ようやく平均して 20分に一回真の反応が起きていること確認した。
3.3 ニュートリノの質量
3.3.1 ベータ崩壊による電子ニュートリノの質量測定
原子核ベータ崩壊を考える。これは原子核内のクォークが
d(pd) → u(pu)+e−(pe)+ νe(pν ) (3.10)
のように変換する過程であるので、行列要素は
< f |Z
H (x)d4x|i > = −Gβ√
2
Z
d4xei(pe+pν )x < f |u(x)γµ(1− γ5)d(x)|i > [u(pe)γµ(1− γ5)v(pν )] (3.11a)
Gβ = GF cosθC (3.11b)
と書ける。d、uクォークが自由粒子であれば
< u| j µ(x)|d >∼ u(pu)γµ(1− γ5)d(pd)e−i(pd−pu)x (3.12)
となり、空間積分は通常は運動量保存則を与える。しかし、実際は原子核の中にいる。原子核は非常に重いから、
始状態と終状態でエネルギー差 (= ∆E)はあるものの、動かないと見て良い。低エネルギー極限では
u(pu)γµu(pd) → δµ0, u(pu)γµγ5u(pd) → (0,σσσ) (3.13a)
第 3講 ニュートリノの性質 5
である。また、電子とニュートリノの運動量は高々数 MeV/cでドブローイ波長は ∼ 1/p∼ 100×10−13m≫原子核サイズ . 10−14mであるから、(pe+ pν )x≪ 1であるので ei(pe+pν )x ≃ 1として高次の項を無視する。この条件で
許される遷移を許容遷移という。原子核の始状態と終状態ではさんだ期待値の部分を
< 1τ+ >=Z
d3xΦ f (x)1τ+Φi(x), < σσστ+ >=Z
d3xΦ f (x)σσστ+Φi(x), (3.14)
と書き、第1項をフェルミ遷移、第2項をガモフ・テラー遷移という。τ± は、nを pに変える演算子である。前
者は eν が角運動量ゼロ、後者は角運動量 1を持ち去る場合で、そのときの原子核遷移は各々∆J = 0, ∆J = 0,±1
でパリティ変化無しと言うことになる。
崩壊率は上式を自乗してスピンについて始状態の平均、終状態の和を計算して得られる。非相対論的量子力学では
Wf i = 2π|Hi f |2ρ, ρ =位相空間体積 (3.15)
と表される式である。結論として、|H f i |2部分は電子とニュートリノの運動量を含まず、静的近似で計算した原子核の遷移行列 (3.14)で表される。すなわち、電子とニュートリノの運動量分布は位相空間のみで決まる。電子の
エネルギー以外は全て積分してしまうと、崩壊率は、
dΓ =G2
β
2π3 |M |2F(Z,E)peEepνEνdEe (3.16a)
pνEν = (E0−Ee)√
(E0−Ee)2−m2ν, E0 = M(Z,A)−M(Z+1,A)−mν = Ee,max (3.16b)
|M |2 = | < 1 > |2 + |CGT|2| < σσσ > |2 (3.16c)
F(Z,E)はクーロン波動関数による補正項で計算可能な量である。
K(E) =
[dΓdEe
F(Z,E)peEe
]1/2
(3.17)
と置くと、mν = 0であれば、K(E) ∝ E0−Eeと直線になるはずである。これをカーリー・プロットという (図 3.5)。
mν , 0ならば、終端付近で直線性からのずれとして観測されるはずである。
実験的考察 (1) E0 が小さいほど小さな mν の値が測定できるので、通常 E0 の最も小さいトリチウム
(3H, E0 = 18KeV) が選ばれる。質量値測定に有用な領域は、エネルギーが Ee = E0 − ∆ ∼ E0 の区間であり、
図 3.6:応答関数とその振る舞いの分析
ここの事象の統計を上げることが望ましい。全体の位相
空間に対する Ee > E0−∆空間の割合を求めてみると
ε =
R E0E0−∆ E2(E0−E)2dER E0
0 E2(E0−E)2dE= 10
(∆E0
)3
(3.18)
∆ = 1eVとすれば、ε ∼ 2×10−13となる。mν の精度を
上げるに従い急速に効率が落ちることが判る。
(2) 検出器の解像力は有限であり、エネルギーE’を持っ
た電子のエネルギー観測値は、E’の付近に分布する。こ
の分布関数を検出器の応答関数といい、例を図 3.6に示
す。ROP(E)が、エネルギー E’の電子の放出する光量分
布で通常正規分布をする。EL(E)は、ベータ電子放出源
第 3講 ニュートリノの性質 6
図 3.5:トリチウムベータ崩壊のスペクトルと終端部のカーリープロット。mν , 0ならば、終端点がずれて、終端で垂直になる。しかし、実験誤差を入れると上右図のような分布となる。
の物質中でのエネルギー損失、BS(E)は放出源支持構造からの後方散乱による。真のスペクトル分布を N(E′)とすれば実際に観測される電子のエネルギースペクトルは、
N(E)obs=Z
N(E′)R(E,E′)dE′ (3.19)
で与えられるので、真のスペクトルの形が崩れる (図 3.5のカーリープロット図)。
(3) また、トリチウム原子は、原子核とクーロン力により束縛状態のエネルギー状態を作るが、ベータ崩壊電子
放出前後で、束縛状態が変わる。通常は終状態が基底状態におさまるが、中には励起状態に行くものもある。そ
の場合余分のエネルギー ∆V が失われる。従って上のスペクトルは
pνEν = ∑i
Pi(E0−∆Vi −Ee)√
(E0−∆Vi −Ee)2−m2ν) (3.20)
と変更される。Pi は、励起状態 i に行く確率である。これは、カーリー・プロットスペクトラムの傾斜を減少さ
せ、終端で平坦にする効果を持つ。
東大核研の実験*4) を、図 3.7に示す。2重収束の磁石を使うスペクトロメター例。右側の首の所にある 3H アイ
ソトープよりベータ崩壊で放出された電子が、円弧を描いて左側の口にある面に比例計数箱とシンチレーション・
カウンターに捕らえられる。∆p/p= 0.02%(∆E = 8eV)を実現し、磁石の設定を固定したまま、終端エネルギー E0
付近で 1600eVの範囲の粒子を計測した。図の右側にカーリー・プロットを示すが、mν = 0とする曲線に最も良
く適合し、mν < 13eVと抑えられた。
KATRIN 静電型スペクトロメターを使った実験の代表例として、ドイツ・カールスルーエで現在準備中のKATRIN
実験装置図を、図 3.8に示す*5) 。これまでに最良の結果を出したマインツ実験*6) トロイツク実験*7) と基本的
に同じ構造の装置で、感度は 10倍以上、mν < 0.23eVを目指す。
装置の動作原理 (MAC-EF=Magnetic Adiabatic Collimator with Electrostatic Field)を図 3.9に示す。二組の超伝導ソ
レノイドコイルにより両端で強い磁場 Bsと B0、中央では非常に弱い磁場 Bminを作る。また、円筒系の静電極を* 4) Phys. Lett.B187(1987)198-204* 5) http://www-ik.fzk.de/ katrin/index.html* 6) Phys. Lett. B460 (1999) 219* 7) Phys. Lett. B460 (1999)227-235
第 3講 ニュートリノの性質 7
図 3.7:左側に測定装置、右側にデータのカーリープロットを示す。データは mν = 0とする曲線に最も良く適合し、mν < 13eVと抑えられた。
図 3.8:K ATRIN: 計画中のニュートリノ質量測定装置。mν < 0.2eVを目指す。
第 3講 ニュートリノの性質 8
図 3.9: KATRINの測定原理図。
周りに配置して、縦方向 (磁力線方向)に左半分は減速、右半分は加速するようにする。トリチウムアイソトープ
は、左端の超伝導ソレノイド磁石の中にある。放出されたベータ崩壊の電子は磁場に補足され (補足立体角は 2π)、
縦運動量により右方へ移動し、横運動量により磁力線の周りをサイクロトロン運動をする。サイクロトロン運動
による横エネルギーは
ET = −µ·B, µ=ET
B=一定 (3.21)
で磁場と共に小さくなる。磁場はゆっくりと変化するので、サイクロトロン運動は断熱的に (粒子の角運動量=磁
気能率 µが保存したまま)変化し、横エネルギーが縦方向のエネルギーに変換される。従って、中央付近では
(ET)min = µBmin (3.22)
を除く全ての横エネルギーが、縦方向のエネルギーに転換されている。静電場で粒子をゆっくり減速させて、
E0 > Ee > E0− (ET)minのみを、中央から右へ通過させる。生き延びた電子は、今度は加速されて右側のソレノイ
ドコイルに到達し、計測される。従って通過した電子の持つエネルギー幅は
∆E ∼ (ET)min = Ee×Bmin
Bmax∼ 18KeV× 3×10−4T
6T∼ 1eV (3.23)
であり、これが質量測定精度の目安となる。狙う質量精度はmν < 0.23eVである。
図 3.9に現在までのニュートリノ質量の世界における実験値を示す。最良値はmν < 2.3eVである。
3.3.2 ミューニュートリノとタウニュートリノの質量
ミューニュートリノの質量 ミューニュートリノの質量は
π+(p) → µ+(q)+νµ(k) (3.24)
第 3講 ニュートリノの性質 9
図 3.10:これまでのベータ崩壊での質量測定の世界平均。最良値は mν < 2.3eV90%CL
の反応において、エネルギー運動量が保存することを使うと、πの静止系において
mπ =√
q2 +m2µ+
√k2 +m2
ν, k = |k| = |−q| = q (3.25a)
から、パイオンとミューオンの質量が既知であれば、ミューオンの運動量 qを測定する事によって、ニュートリ
ノの質量が求まる。 mπ = 139.56995±0.00035MeV
mµ = 105.658389±0.000034MeV
q = 29.79200±0.00011MeV
⇒ m2ν = −0.016±0.023 (3.26a)
mνµ < 0.17MeV (90%CL) (3.26b)
が得られている*8) 。
タウニュートリノの質量 e−e+ 反応でタウペアを作り、タウの多重 πメソン+ニュートリノへの崩壊を使う。
e− +e+ → τ− + τ− (3.27a)
τ± → π± +π+ +π− +ντ (3.27b)
m2ν = E(ν)2−p(ν)2 = (mτ −∑
iE(πi))2− (∑
ip(πi))2, E(πi) =
√p(πi)2 +m2
π (3.27c)
から計算する。上のエネルギー運動量はタウの重心系での測定量である。タウニュートリノの質量精度は、タウ
自身の質量精度に依存する。
mτ = 1777+0.30−0.27 MeV ⇒ mντ < 18.2MeV (95%CL) (3.28)
* 8) K.AssamaganPhys. Rev.D53(1996) 6065
第 3講 ニュートリノの性質 10
宇宙論による質量制限
∑i
mνi . 0.3−1eV (3.29)
この値は、宇宙の背景輻射や銀河団の質量ゆらぎパワースペクトルなどから得られた。図 3.11に、宇宙の密度ゆ
らぎがニュートリノ質量によりどのように変わるかを示す。左図は k−P(k)図である。右側に同じデータである
図 3.11:宇宙の密度ゆらぎはニュートリノ質量に依存する。P(k)≡< |δk|2 > : δk は、密度ゆらぎのフーリエ成分。S.Barwick et al.,astro-ph/0412544。右図は同じスペクトルであるが、より直観的に理解しやすい物理量である密度ゆらぎ < (δm/m)2 >∼
R
P(k)k3(dk/2π2k) を宇宙のスケール(λ ∼ 2π/k) の関数として表したもの。 Tegmark: http://www.hep.upenn.edu/ max/sdss.html
が、直観的に理解しやすい物理量に直し、密度ゆらぎをスケールの関数として表した。kとスケールは逆比例関係
にあるので、左側の図で kの大きいところが、右側ではスケールの小さいところに対応することに注意。密度ゆ
らぎとは、スケール λ = 2π/kを決めたとき、宇宙の任意の場所の半径 λの球の中にある質量の統計サンプルのゆらぎ (δm/m)2 = ∑(mi− < m>)2/ < m>2のことである。ゆらぎの種は暗黒物質の質量ゆらぎである。ニュートリ
図 3.12:宇宙データから制限されるニュートリノ質量を3種のニュートリノ質量和を最も軽いニュートリノ質量 (m) の関数として描く。mが小さい場合の質量和はそれぞれの線の間に入る。
ノは暗黒物質の候補からははずれたが、質量を持てばゆらぎの種の一部に寄与する。図 3.12は、パワースペクト
第 3講 ニュートリノの性質 11
ルから得られた種々の解析の質量上限値を与える。この値は、全ての種類のニュートリノ質量和∑mi に対する上
限値である。
後述するニュートリノ振動データにより
∆m223 = |m2
3−m22| ≃ 2.6×10−3 大気ニュートリノ (3.30a)
∆m212 = m2
2−m21 ≃ 8 ×10−5 太陽ニュートリノ (3.30b)
と判っているが、質量差 |m23 − m2
2| の符号が判らないので、m1 < m2 < m3 (normal hierarchy)と、m3 < m1 <
m2 (Inverted hierarchy)の二つのケースが考えられる。mが大きければ、3種のニュートリノの質量が大きくて
差が小さいが (縮退と言う)、∆m2i j ≃ Max{m2
i ,m2j}であれば、mが小さくなるにつれ、レベルが分岐する。
宇宙論の議論は種々の仮定が入るので確実ではないが、それを考慮しても全種のニュートリノ質量和が数 eVを越
えることはないであろう。従って、ミューニュートリノやタウニュートリノの実験室での測定精度は非常に悪い
が、全てのニュートリノの質量和は 1eV程度を越えることはないというのが、ほぼ定説である。3種のニュート
リノが縮退せず、階層構造がはっきりしていて、m1 << m2 << m3であれば、
mν3 ≃ 0.05eV, mν2 ≃ 0.01eV (3.31)
となる。現在進行中の電子ニュートリノのや2重ベータ崩壊での予想到達質量上限値は、これより一桁位悪いが、
将来的にはこの値を超えることが目標となる。
シーソーメカニズム ニュートリノ振動発見 (1998)により、ニュートリノの有限質量が確定したが、質量の値
が他のフェルミオンに比べて非常に小さく (図 3.13)、他のフェルミオンとは異なる特別な扱いを必要とする。
図 3.13:フェルミオン質量。ニュートリノ質量は mj =√
|∆mi j |。mtop ∼ 175GeV,mb ∼ 4.3GeV,mc ∼ 1.25GeV,ms ∼ 105MeV,md ∼ 6MeV,mu ∼ 3MeV,mτ = 1777MeV,mµ = 105.7MeV,me = 0.511MeV
mtop ≃ 175GeVに比べるとmν
mtop< 10−13 (3.32)
一番軽い電子に比べてもmν
me< 10−7 (3.33)
もの差がある。標準理論では質量はヒッグスとの相互作用により生じると考えられ、ヒッグスの真空期待値を
v = 250GeVとするとき、各粒子の質量は
m∼ gv (3.34)
と表される。すなわち、質量の差はヒッグスとの結合力の差であり、ニュートリノだけ極端に小さいことは不自然
であると考えられる。しかし、ニュートリノが粒子と反粒子の区別のないマヨラナ粒子であれば、シーソーメカ
ニズムにより極端に小さい質量値の説明を割に自然な形で提供できる。
ニュートリノを何故マヨラナと考えるか?
第 3講 ニュートリノの性質 12
右巻きのニュートリノが見つかっていない。ニュートリノを検出する手段は弱い相互作用しかなく、右巻きニュー
トリノは弱い相互作用をしないから、検出してないからといって存在しないとは限らないという考えもある。し
かし、宇宙論からは、ゼロ質量 (正確には数MeV以下の質量)のニュートリノ種は (左巻きと右巻きを独立に数え
て) 3-4以下と制限される。宇宙論はニュートリノの持つエネルギーで議論しているから、Z → NνLν̄L 実験で正確
に N = 3ときめられたことと合わせて、質量の軽い右巻きのニュートリノは存在しないと考えるのが妥当である。
ディラック方程式に従う粒子は4成分 (粒子・反粒子、スピン 1/2の自由度)を持つ。質量がゼロであれば、2成
分のワイル方程式でよく、左巻き右巻き成分は独立な粒子となるが、ニュートリノ振動の発見により質量のある
ことが証明されたから、ワイル粒子の可能性は除外される。質量が有限であっても、粒子と反粒子の区別がない
とすれば、やはり2成分のマヨラナ方程式が成り立つ。この場合、左巻きニュートリノ νLと右巻ニュートリノ νR
は独立な方程式を充たすから、質量が同じである必要はなく、右巻きニュートリノの質量mRが大きくてまだ発見
されていないという解釈が成立する。
そこで、標準理論の範囲内では、mL = 0であるが、質量の大きい右巻きのマヨラナ粒子が存在し、左巻きニュー
トリノと混合すると仮定しよう。この場合、νL,νRを基底とする質量行列M は
M =
[mL 0
0 mR
]→
[mL mD
mD mR
](3.35)
のように非対角要素が入る。
(3.35)を対角化して得られる二つの場を、ν′,N、その固有値をmν ,mN とする。この質量固有状態は、L 成分と R
成分を共に含み、決まったカイラリティ状態にない。今、質量の大きな νRを導入する以外は標準理論の枠内で考
えることにし、mL = 0、mD は標準理論の質量スケール、mR ≫ mD とする。この時固有解は容易に求められ
|ν′ > ≃ |N1 > −mD
mR|N2 >, |N >≃ |N2 > +
mD
mR|N1 > (3.36a)
mν′ ≃−m2D
mR, mN ≃ mR (3.36b)
質量が負であることは問題ではない。|ν >= γ5|ν′ >と置けば質量を正にできるからである。上式から
mν ·mR = m2D (3.37)
となり、mRを大きくすることにより mν を小さくできる。これがシーソーメカニズムという名の由来である。
mD ∼ mW, mR ∼ 1016GeVとすれば、mν ∼ 10−3eVとなって、ニュートリノの質量を再現する。1016GeVは、大統
一理論のエネルギースケールであり、これらの値は大統一理論の範囲では自然な値となる。ニュートリノの質量起
源を追求することにより、大統一理論への足がかりがつかめる可能性が出てきた。
以上に述べたようにマヨラナニュートリノであれば、右巻きニュートリノが存在しないことの説明や、ニュー
トリノ質量を小さくする自然なメカニズムの導入が可能である。ディラックニュートリノの場合は、小さな質量
を自然に導入することが難しいので、現在はマヨラナニュートリノ説が有力である。
3.4 ニュートリノのヘリシティ
弱い相互作用、特に荷電カレント反応は左巻き粒子にのみ作用する。その顕著な事実を如実に示す例として πメソン崩壊を考察する。
π+ → µ+ +νµ, π+ → e+ + νe (3.38)
電荷の保存とレプトン数保存より、電荷が正の πメソンからはニュートリノ、電荷が負の πメソンからは反ニュートリノが生成される。崩壊粒子はカイラリティ負の固有状態である。ニュートリノは質量がゼロであるから、純粋
なヘリシティ負状態、反ニュートリノは純粋なヘリシティ正状態で放出される。一方、µ+(e+)は質量を持つので
第 3講 ニュートリノの性質 13
ヘリシティの期待値は vである。しかし、πメソンのスピンはゼロであるから、πメソンの静止系では、運動量と角運動量保存則により µ+(e+)のヘリシティは負でなければならない (図 3.14参照)。カイラリティが負の µ+(e+)の持つ負ヘリシティ成分は、1−v∼ m2/p2程度である。したがって、πメソンの µと電子への相対分岐比は質量
図 3.14:π メソンの2体崩壊。角運動量保存則と左巻き成分のみが反応に関与する事実により、µ+ のヘリシティは負でなければならない。
の自乗に比例する。より詳しい計算によれば、
Γ(π → µ + ν) ∝ m2µ
(m2π −m2
µ)2
m5π
(3.39)
であるのでΓ(π → e+ ν)Γ(π → µ + ν)
=m2
e(m2π −m2
e)2
m2µ(m2
π −m2µ)2 = 1.284×10−4 (3.40)
放射補正値をも考慮すると理論値は 1.233×10−4となり、実験値 1.218±0.014×10−4と良く合う。終状態の差は
µと電子の質量差しかなく、ナイーブに考えれば、位相体積の大きい eν の方が崩壊率も大きいと推測されるが、弱い相互作用が左巻き粒子にのみ作用するために、このような大きな差が出る*9) 。
ニュートリノヘリシティの測定 歴史的にはベータ崩壊のニュートリノ、すなわち νeのヘリシティが最初に測ら
れたが、ここでは νµが左巻きであることを示した実験を紹介する。
πメソン崩壊反応でミューオンオンのヘリシティが測れれば、ニュートリノのヘリシティが判る。ミューオンのスピンの向きは、原子核に当てて電磁気散乱 (モット散乱)をさせれば、散乱分布に左右非対称が出るので測定でき
る。モット散乱には電気散乱 (クーロン散乱)と磁気散乱があり、クーロン散乱は電荷のみによるので散乱は左右
対称である。一方、ミューオンの静止系では、近づいてくる原子核が電流として見えるから、ミューオンのスピ
ンは、コンパスが触れるのと同じく回転力を受け、磁場勾配があれば力を受ける。電流が左側にある場合引力と
すれば、右側にある場合は逆の斥力にになる。結果的にどちらの場合も右側に散乱されることになるので、非対
称が生じるのである (図 3.15左)。
図 3.15:左図:クーロン散乱は非対称を生じないが、磁気散乱はミューオンのスピンの向きにより散乱される方向が異なる。右図:ミューオンが π の重心系で生成されたときの縦方向スピンは、実験室系では横方向スピンとなる。
ただし、磁気相互作用は磁場のスピン方向成分により生じるので (H = −µµµ·H)、スピンの向きは電流に、言い変えればミューオンの運動量方向に垂直な成分のみが関与する。π崩壊で生成される正のミューオンはヘリシティが
負の状態であるからスピンは縦成分のみである。πを飛ばして前方かつ有限角を持つて崩壊するミューオンを拾
えば、スピンは回転して (と言うよりはスピンが変わらず運動量方向がずれる (図 3.15右))。実験装置を図 3.16に* 9) 弱い相互作用が右巻き粒子に作用しても同じ効果となるが、次に述べるように、ミューオンの偏極を調べて左巻きと判る。
第 3講 ニュートリノの性質 14
図 3.16:実験配置図。ミューオンはカウンター #1,カウンター #2の穴、カウンター #3(鉛シートの直前) を通り抜け、鉛で散乱されてカウンター #4に捕らえられる。さらに #4で崩壊電子の遅延信号を捕らえてミューオンであることを確認する。#3と #4の相対配置で右方向もしくは左方向散乱の区別をする (Phys.Rev.Lett.7(1961)23)。
示す。左方から運動量エネルギー 43MeVの負パイオンが入り、崩壊して生成された負ミューオンが前方円形状に
ならべた 10個の鉛シートのどれか (例えば3番)に当たり、後方大角度散乱をして、鉛のシートに垂直に配置した
カウンター (4)で止められる。ミューオンは、ビーム線と鉛 3の作る平面内に、かつビーム軸にはほぼ垂直方向に
偏極している。止まったミューオンはさらに崩壊して電子を放出するので、遅延信号が存在すればミューオンと
同定できる。右側の鉛シートからは右方散乱、左側の鉛シートからは左方散乱となる。この設定が円対称に 10組
配置してある。
計算によれば、左右の非対称度は横偏極度を Pyとして
A =L−RL+R
= ±0.09, f or Py = ∓1 (3.41)
実測では、A = −0.09±0.031を得て Py = 0.9、すなわち、µ−がほぼ 100%正のヘリシティを持つこと、従って反
ミューニュートリノが、右巻きであることが実証された。
3.5 二重ベータ崩壊
レプトン数非保存のテスト ニュートリノがマヨラナ粒子であれば、レプトン数は保存しない。レプトン数非保
存を検証する実験で重要なのは2重ベータ崩壊である。2重ベータ崩壊とは、原子核が電子を2個放出して原子
番号が2大きい原子核に変わる反応で、2νモードと 0νモードの2種類がある (図 3.17(a),(b))。
2νモード : (Z) → (Z+2)+2e− +2ν̄e (3.42a)
0νモード : (Z) → (Z+2)+2e− (3.42b)
2νモードは、通常のベータ崩壊が核内で2重に起きるもので、弱い相互作用の高次効果として当然期待されるものである。0νモードは反応の前後でレプトン数が2変化していて、レプトン数保存則が破れて始めて起きる反応、すなわちニュートリノがマヨラナでないと起こらない反応である。弱い相互作用はカイラリティを保存するので、
図 3.17(b)のヴァーテックス (1)に注目すると、電子とペアで生成されるニュートリノは νLの反粒子、マヨラナで
あれば右巻き粒子でなければならず、ヴァーテックス (2)のニュートリノは左巻き状態でなければならない。質量
がゼロの場合は、角運動量保存則によりこの過程は起こらない。この過程が起きるためには、ニュートリノがマ
ヨラナでありかつ質量を持つ(この場合は、異なるヘリシティ状態が (mν/me)2程度存在する)か、もしくは弱い
相互作用が標準理論と違って、右巻き粒子に作用する成分もあるとしなければならない。
実験的には、0νモードと 2νモードは、2個の電子のエネルギー和が一定の値をとるか、連続値をとるかで区別できる (図 3.18左図)。2重ベータ崩壊は 1018 ∼ 1024年もしくはそれ以上の崩壊寿命を持ち、自然環境による
第 3講 ニュートリノの性質 15
図 3.17: 2重ベータ崩壊の三つの過程:(a)2ν モード、(b)0ν モード、(3)マヨロン放出モード
図 3.18:左図:2重ベータ崩壊おける電子のスペクトル。(a)2ν モード、(b)0ν モード、(c)マヨロン放出モード。中図:ゲルマニウム検出器によるベータアクティヴのアイソトープスペクトル。種々のピークの鋭い山は検出器のエネルギー分解能を示している。測定時間 1.29kg y.右図:2重ベータ崩壊が検出されるはずのエネルギー領域のデータ。点線は 90%CLで除外できる信号の大きさを示す。
背景雑音 (宇宙線や測定器を構成する物質内に含まれるアイソトープ)の影響の除去が困難な実験である。ゲルマ
ニウムはそれ自身が精密なエネルギー検出器であるので、100%の立体角検出効率を持つ。ゲルマニウム検出器の
エネルギー情報のみを使った実験例を図 3.18(中・右図)に示す。0νモードの崩壊電子は、互いに 180°方向に放
出されるので、背景雑音を減らすためには軌跡をも検出するのが望ましい。その例として現在進行中の最新式の
NEMO3検出器*10) を図 3.19、3.20に示す。
2νモードは観測されていて*11)
100Mo→100 Ru+2e− +2ν̄e τ1/2 = 7.1±0.4×1018年 (3.43a)76Ge→76 Se+2e− +2ν̄e τ1/2 = 1.5±0.1×1021年 (3.43b)
等を与えるが、0νモードはまだ観測されていない。現在最良の上限値はゲルマニウム (Ge)から得られていて
τ0ν > 1.9×1025年 (3.44)
この値をニュートリノ質量の上限値に換算するには、原子核行列の知識が必要であるが、一桁くらいの不定性を
伴う。種々の計算を総合して、マヨラナニュートリノの質量の上限値は
mν < 1eV (3.45)
となる。
* 10) http://nemo.in2p3.fr/* 11) A.S.Barabash、Neutrino2006, SantaFe
第 3講 ニュートリノの性質 16
図 3.19: NEMO3検出器:左側にモジュールを取り出して構造を示す。外壁側の青い物体がエネルギーを測るカロリメター、空間がガイガーカウンターの感度領域で中央にベータ放出源を膜状に全体としては円筒形に張り巡らす。 ββアイソトープ 10kg、円筒表面積 20m240−60mg/cm2、軌跡検出器体積8角形ドリフトセル (6180)、ガイガーモードで動作、σi = 0.5mm, σz = 1cm,カロリメター 1940プラスティックシンチレーター、光センサー PM.,FWHM(1MeV)~11−14.5%、磁場 (30G)+鉄シールド (20cm)+中性子シールド (30cm H2O)。感度:τ ∼ 1024y, mν ∼ 0.1eV
図 3.20:左図:NEMO3検出器の検出可能な崩壊モード、右図:2ν モード崩壊電子の検出事象例。中央の円弧状の源から内外に放出された電子の軌跡とエネルギー量が赤色の長方形で示されている。これは 2ν モードの電子であるが、0ν モードの電子であれば、角度 180で正反対方向に、かつ両者のエネルギー和が一定となる。
第 3講 ニュートリノの性質 17
なお、ニュートリノ混合が存在するときは、2重ベータ崩壊から得られるマヨラナ質量は、3種のニュートリノ
質量固有状態の質量mj の重ね合わせとなり、
< mν >= ∑j
η j |Ue j|2mj (3.46)
と表される。ここに、η j は位相因子で CP固有状態により符号を変える量である。この位相因子のため、固有の
マヨラナ質量は大きいにも関わらず、観測される< mν >は小さいという状況があり得る。ただし、大方のモデル
では < mν >≃ mνeである。