286 北極の海氷減少が もたらすもの€¦ · 286 号 定価 本体286円+税...

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ISSN 1346-0811 201812月発行 隔月年6回発行 306(通巻158号) Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology 158 北極の海氷減少が もたらすもの 人工知能を用いて “熱帯低気圧のタマゴ” を検出する 深海生物の餌を知る方法 海洋掘削科学を支える IODPキュレーター

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Page 1: 286 北極の海氷減少が もたらすもの€¦ · 286 号 定価 本体286円+税 編集・発行 国立研究開発法人海洋研究開発機構 横浜研究所 広報部

158 号

定価 本体286円+税

編集・発行 国立研究開発法人海洋研究開発機構 横浜研究所 広報部 広報課

〒236-0

00

1 神奈川県横浜市金沢区昭和町

3173-2

5 2018 年

12 月発行

 隔月年

6 回発行

 第

30 巻 第

6 号(通巻

158 号)

2018年10月10日、地球深部探査船「ちきゅう」は静岡県の清水港を出港した。今回

の任務は、IODP(国際深海科学掘削計画)第358次研究航海「南海トラフ地震発生帯

掘削計画:プレート境界断層に向けた超深度掘削」である。紀伊半島沖熊野灘の南海

トラフにおいて、巨大地震を引き起こすプレート境界断層があると予測される海底下

5,200m付近まで掘削を行う。2007年から行われてきた「南海トラフ地震発生帯掘削

計画」の集大成であり、巨大地震を引き起こすひずみエネルギーが蓄積される領域が

どのような地層から成り、現在はどのような状態なのかを明らかにすることを目指す。

 「ちきゅう」は今回の掘削地点であるC0002に10月13日に到着し、超深度掘削に向

けた準備を開始した。そして、12月3日には「ちきゅう」が2014年に到達した科学掘

削における掘削深度記録(海底下3,058.5m)を更新。また、掘削と同時に行う掘削

同時検層(LWD)により地層の物性データの取得にも成功した。今後さらに掘り進め、

海底下4,700m付近で柱状の地質試料(コア)を採取する。そして海底下5,200m付

近まで掘削し、そのあたりに存在すると予測されるプレート境界断層を見つけ、断層

のコア試料を採取する計画だ。「ちきゅう」による人類初の挑戦は2019年3月まで続く。

 最新情報は「ちきゅう」ウェブサイトの特設ページ(https://www.jamstec.

go.jp/chikyu/j/nantroseize/)や公式Twitter(@Chikyu_JAMSTEC)で発信して

います。ぜひご覧ください。

国立科学博物館にて

科博NEWS展示「南海トラフ地震発生帯掘削に「ちきゅう」が挑む」開催中! 開催期間:2018年11月13日~2019年3月30日

詳しい情報は、国立科学博物館ホームページ(https://www.kahaku.go.jp)を

ご確認ください。

「ちきゅう」、プレート境界断層を目指し掘削中!

Pick Up JAMSTEC

古紙パルプ配合率70%再生紙を使用

左:噴出防止装置(BOP)を取り付けたライザーパイプの降下。BOPを水深約2,000mの海底に設置されている孔口装置に接続し、「ちきゅう」と孔口装置をライザーパイプでつなぐ。中央:出番を待つ掘削同時検層ツール。右:カッティングスをふるうデモンストレーションを行う技術者。カッティングスとは掘削に伴って生じる岩石の破片で、地質の状態を知る重要な試料である。

©JAMSTEC/IODP

ISSN 1346-0811 2018年12月発行隔月年6回発行第30巻 第6号(通巻158号)

Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology

158北極の海氷減少が  もたらすもの

人工知能を用いて“熱帯低気圧のタマゴ”を検出する深海生物の餌を知る方法海洋掘削科学を支えるIODPキュレーター

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Blue Earth 158(2018)

Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology 158

1 特集北極の海氷減少がもたらすもの

14 Aquarium Galleryマリホ水族館激流で生きる──ゴギ

16 私がIODPで解きたい謎海洋掘削科学を支えるIODPキュレーターLallan P. Gupta高知コア研究所 科学支援グループグループリーダー代理IODPキュレーター

20 社会とつながるJAMSTEC人工知能を用いて“熱帯低気圧のタマゴ”を検出する松岡大祐地球情報基盤センター 先端情報研究開発部情報・計算デザイン研究開発グループ 技術研究員

科学技術振興機構さきがけ研究者(兼任)

24 JAMSTEC生まれの種シーズ

たち特定DNAの数を網羅的に定量する方法を発明星野辰彦高知コア研究所 地球深部生命研究グループ 主任研究員

28 Marine Science Seminar飼う、みる、測る深海生物の餌を知る方法野牧秀隆生物地球化学研究分野主任研究員

32 E Room Information第21回全国児童「ハガキにかこう海洋の夢コンテスト」作品募集中!

裏表紙 Pick Up JAMSTEC「ちきゅう」、プレート境界断層を目指し掘削中!

表紙 撮影:藤原 周/北極環境変動総合研究センター

1

2016年、北極海の氷縁観測中の「みらい」より。撮影:藤原 周/北極環境変動総合研究センター

北極の海氷減少がもたらすもの北極海の夏の海氷面積は過去に比べてとても小さくなってきている。ほかの地域に比べて北極は地球温暖化の影響を受けやすく、北極海の海氷は今後も減り続け、やがて夏季の北極海では消失してしまうと予測されている。海氷は海の“ふた”のような役割をして、海と大気とが接するのを妨げてきた。その“ふた”がなくなっていくことで、果たして何が起きるのだろうか。これまで明らかになっている科学的知見や、今後に向けた技術開発について紹介しよう。

取 材 協 力

菊地 隆北極環境変動総合研究センター センター長代理

小室芳樹北極環境変動総合研究センター北極域気候変動予測研究ユニット ユニットリーダー

安中さやか北極環境変動総合研究センター北極環境・気候研究ユニット 研究員

藤原 周北極環境変動総合研究センター北極環境・気候研究ユニット 技術研究員

杉江恒二北極環境変動総合研究センター北極海洋生態系研究ユニット 技術研究員

石橋正二郎北極環境変動総合研究センター北極観測技術開発ユニット 主任技術研究員

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Blue Earth 158(2018)Blue Earth 158(2018)

2016年北極航海にて、作業艇より撮影した「みらい」。撮影:坪根 聡/株式会社インターリンク北極はすでに後戻りできない状態 に変わってしまった

取 材 協 力  「数年前までは、北極が予測をはるかに上回るペースで急速に変化しつつあるといわれていました。しかし現在では、そのような進行形ではなく、北極はすでに『new state(新しい状態)』に変わってしまったといわれるようになっています」。そう語るのは菊地隆さんだ。「気温が上昇している、海氷が減っている、永久凍土が融けて縮小しつつある、水循環が変わりつつある、生態系にも影響が及ぶようになっている……。こういったことが極めて速く進み、以前には戻れない新しい状態になってきた、北極はすでに変質してしまったといわれるようになっているのです」 北極に関するさまざまな問題を政府間のハイレベルで話し合う場として北極評議会がある。北極評議会は、北緯66.5度より北に国土を持つ北極圏の8ヵ国(カナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデン、アメリカ)と、先住民団体6団体が主要メンバーとなっている。さらに、日本も含めた北極圏以外の国13ヵ国などがオブザーバーとして参加している。 「私たち研究者は、北極評議会での議論のためのもとになる科学的知見を取りまとめて報告書を出しています。そのうちの1つが、雪氷や水、永久凍土などに関する環境影響評価報告書『SWIPA』です。SWIPAでは、北極に関して、6つの『Key Fin ings』(重要な所見)が挙げられています」と菊地さん。それらのKey Fin ingは次の通りだ。

全球および北極域の平均気温の変化。赤線はCO2の排出量が現状のまま続いた場合、青線はCO2の排出を抑えた場合の気温である。北極に関して見ると、全球年平均(左)と比べて変化の度合いが2~3倍大きくなっている(中央)。特に冬の平均を取り出してみると(右)、さらに温度上昇が激しくなるとみられている。(SWIPA 2017より)

菊地 隆 北極環境変動総合研究センターセンター長代理

 1. 北極の気候は、すでに新しい状態に移っている。 2. 北極の気候変化は、極めて速く進行している。 3. 変化は、少なくとも今世紀なかごろまでは続く。 4. 温室効果ガス排出の本質的な削減が、今世紀なか

ごろ以降の影響を安定化できる。ぜいじゃく

 5. 適合策が、脆弱性を低減することができる。 6. 効果的な緩和・適合策には、北極の気候変化につ

いて精通する必要がある。

 二酸化炭素(CO2)の排出が現状のまま続くと、地球全体の平均気温は2100年には現在よりも4~5℃上昇すると予測されている。ただしCO2の排出を抑えることで、気温上昇を2~3℃以上抑えることができるとみられている。北極に関しては「全球と比べて変化の度合いが2倍から3倍ほど大きくなります。特に秋や冬だけを取り出してみると、さらに温度上昇が激しくなるとみられています」と菊地さんはいう。北極は、ほかの地域に比べて温暖化の影響を特に大きく受ける。このような現象のことを「北極の温暖化増幅」と呼んでいる。 現在、北極の夏の海氷の面積がどんどん小さくなっており、21世紀半ばくらいには海氷がなくなるかもしれないといわれている。海氷やその上に載っている雪は白いため、太陽光を反射する。雪氷面の反射率は最大85%もあるのに対して、海面の反射率は7%程度だ。そのため海氷が融けることで、太陽光によって海水が暖められることになる。夏の間に海水に蓄えられた熱は、秋~冬の気温上昇につながって結氷を遅らせる。その結果、海氷ができる量が減少する。海氷の量が少なくなると、翌年の夏の海氷は以前よりも融けやすくなる。北極では、こういった増幅機構が働くのだ。 海氷が減ると、人間生活にも影響が出る。その一例が波浪に関することだ。「北極海では海氷が海面を覆い、波の発生を抑えていました。海氷が減少し、さらに低気圧も以前より強くなってきたことで、波

北極の温暖化増幅

浪や高潮によって沿岸の人々の生活に影響が出ています」 「北極で気温上昇が進むと、海氷減少だけではなくさまざまな現象が起きると考えられます」と菊地さんは続ける。たとえば永久凍土の融解や水循環の変化、海水温の上昇や、海水の淡水化、酸性化などが起こる可能性があるという。 「陸上の氷河・氷床は、海水面の上昇にも関係します。永久凍土の融解は温室効果ガスであるメタンの放出にもつながります。そういったものが風や海洋循環などさまざまな現象の変化につながり、植生や生態系の分布も変わってきます」と菊地さん。「北極圏の人たちの生活に影響が出るだけでなく、航路や資源、観光、社会、気候変動など、北極圏外の人たちにも、さまざまな影響が出てくるでしょう。そうした理由から、北極について注視していかなければならないと考えられているのです」 北極雪氷圏の現在の状

況と今世紀なかごろに想定される状況。(SWIPA 2017より)

氷床の融解

現在の北極雪氷圏の状況

今世紀なかごろに想定される北極雪氷圏の状況

北極域の温暖化氷河・氷帽の融解

永久凍土の融解沿岸浸食のリスク増

海氷厚・面積の減少

永久凍土の融解によるメタン排出の増加

地表面近くの永久凍土の減少・消失

氷河・氷床・氷帽の減少、消失

多雨に伴うより暖かく湿った環境

海洋の温暖化・淡水化海洋循環の変化夏季海氷の消失

さらなる海氷の減少

海洋の温暖化

海洋生態系の変化

温暖化・多湿化、風系の変化

積雪の減少、期間の縮小

河川水流入の増加

積雪面積・期間の減少植生・陸域生態系の変化

全球年平均 北極年平均 北極冬平均14

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1900 1950 2000年

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°C 14

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°C 14

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1900 1950 2000年

2050 2100

°C

RCP4.5 RCP4.5 RCP4.5 RCP8.5 RCP8.5 RCP8.5

北極の温暖化増幅

夏季の海氷の減少

海水温の上昇海氷生成の減少

秋季~冬季の気温上昇結氷(海氷生成)の遅れ

2 3

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4 5Blue Earth 158(2018) Blue Earth 158(2018)

これまでで最も海氷面積が小さくなった、2012年9月の北極海の海氷の様子。©NASA/Go ar Space Flight Center

Scientifc Visualization Stu io. The Blue Marble ata is courtesy of Reto Stockli (NASA/GSFC).

北極では1年のうち、9月ごろに海氷面積が最も小さくなる。20世紀末以降、北極海の海氷面積は減り続けており、2012年には海氷は最小面積を記録した。

MIROC5による北極海の海氷の将来予測。最も激しく温暖化が進行するシナリオの場合、2070 80年ごろに海氷が消失すると予測されている。なお、このような話題で使われる「海氷が消失」という表現は、夏の海氷面積が100万km2未満になることを指す。

CMIP5での北極海の海氷面積の将来予測。最も激しく温暖化が進行するシナリオでの予測結果である。過去の変動をよく再現しているモデルの結果を抽出して色付けしたものだ。2040 60年に北極海の海氷が消失すると予測されている。

 ある海域の海面に対して海氷に覆われている海面の割合を「海氷密接度」と呼ぶ。北極では、毎年夏になると海氷密接度が最小になる。1979年以降の各年の最小日における海氷の分布を見ると、1980年代は最小日であっても北極海のほとんどが海氷に覆われていた。90年代から海氷に覆われない海域が増え始め、2000年を過ぎるころから海氷減少が顕著になってきた。2012年には海氷密接度が過去最小を記録した。 海氷の厚みも薄くなっている。人工衛星による上からの観測で海氷の厚みを計測することは難しいため、海氷の厚さは現場観測に気候モデルによる計算からの情報を加えて見積もられている。「モデルから導き出した海氷の体積と、衛星観測で得られた海氷面積とを比べてみると、面積より体積の方が早期から減っていることが分かった」と小室芳樹さんはいう。 では、北極の海氷は今後どうなっていくのだろうか。 将来を予測したくとも、現実の地球を使って実験

含めて世界中から20を超えるモデルが参加した。 最も激しく温暖化が進行するシナリオで将来の気候を予測したところ、大多数のモデルで21世紀中に夏の北極海の海氷が消えるという結果になった。ただし、海氷消失の時期についてはモデルによってばらつきが大きかった。 「モデルの予測結果が信頼できるものなのかどうか、たとえば50年後の結果を見てもそれが正しいかどうかを現時点で判断することはできません。そこでモデルの信頼性を見るときは、過去の再現性の高さを指標にします」と小室さん。海氷の過去の変動の再現性が高い5つのモデルをピックアップして予測値を見たところ、2040 60年ごろに海氷が消失するだろうという結論に至った。 小室さんによれば、最近は海氷の動きも注目されているという。海氷減少によって、海氷に隙間が現れる。隙間があると海氷が動きやすくなる。「そのことが海氷の増減にどう影響するのか、はっきりしたことは分かっていません。ただ、2012年に海氷が最小になったこととも関連があるのではないかといわ

することはできない。そこでまず地球を物理的に理解して方程式で記述した上でコンピュータのなかに地球の模型をつくり、その模型を使って実験を行う。この地球の模型を「気候モデル」や「数値モデル」などという。 「模型は現実をデフォルメしたものなので、現実の地球の将来を正しく示しているとは限りません。デフォルメの仕方によって結果が異なります」と小室さんはいう。「ただし、1つのモデルによる予測が心もとなくても、世界中の研究者がつくった各気候モデルの実験結果を持ち寄って検討すれば、1つのモデルによる予測よりも信頼性が高くなります」と小室さん。 そこで立ち上げられたのが「CMIP(結合モデル相互比較プロジェクト)」だ。CMIPは、気候モデルの結果を比較検討するための国際的な枠組みである。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書に先立って行われたCMIP第5期計画(CMIP5)では、JAMSTEC、東京大学、国立環境研究所で共同開発された気候モデル「MIROC5」も

れています。2012年8月、北極海の強い低気圧の影響で、海氷がまばらな海域に強い南風が吹きました。それをきっかけとして起きた一連のプロセスによって、海氷が大きく減ったと考えられています」 「よりよい将来予測のためには、気候モデルを海氷の現実に近づけることが重要です」と小室さん。たとえばMIROC5をはじめ多くの気候モデルでは、海氷は1辺50kmほどのサイズのメッシュのなかに浮かぶ1 数枚の板という、非常に簡略化された表現がなされている。ところが実際の海氷は、大きさもかたちもさまざまだ。「現実に近い海氷の情報をモデルに取り込むことが必要になるでしょう。そのためにも、いままで以上に実際に海氷がある海域に行って観測を行うことが重要になると考えています」 またモデルが正しいかどうかの判断に使える観測データを増やすことも重要だ、と小室さんは続ける。「最近、人工衛星のデータから、海氷の厚さを推定できるようになってきました。現在使われている手法では、まだ夏の海氷の厚さを推定できませんが、予測の立場からは今後の発展に期待したいところです」

コンピュータで予測する、将来の 北極海の海氷減少取 材 協 力

小室芳樹 北極環境変動総合研究センター北極域気候変動予測研究ユニットユニットリーダー

0 1980 2020 2040 2060 2100

6

10

海氷面積(北半球9月)

[10

0万

km2 ]

年2000 2080

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年2010 2020 2030 2040 2050 2060 2070 2080 2090 2100 0

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海氷面積(北半球9月)

[10

0万

km2 ]

2000年 2040年 2070年

海氷密接度

1.00 1.00 1.00

0.80 0.80 0.80

0.60 0.60 0.60

0.40 0.40 0.40

0.20 0.20 0.20

0.01 0.01 0.01

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20202010 2005 200019951990198519801975 2015

北極海氷面積

海氷面積(

10

0万

km2)

2018年、アムンゼン湾を進むカナダ沿岸警備隊の砕氷船「ローリエ」より。撮影:小野寺丈尚太郎/地球環境観測研究開発センター

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Blue Earth 158(2018) Blue Earth 158(2018)

北極海での大気─海洋間のCO2交換量。1997年から2014年までの18年間を平均したものである。全域で吸収しているが、海域によって吸収量の大きさが異なっていた。

海氷が減少した北極海の二酸化 炭素吸収量が明らかに1日あたりmmol/m2

(1mmolは1000分の1mol) 取 材 協 力  大気中に放出される人為起源の二酸化炭素 ない。「大気─海洋間のCO2の交換量を地球全体で の間はほぼ海氷に覆われていますが、夏には海氷安中さやか 見積もろうとする際に、北極海だけ直接的な見積も が少なく、またその時期にちょうど大気と海洋間の(CO2)の半分ほどは、陸と海に吸収されている。海北極環境変動総合研究センター 北極環境・気候研究ユニット によるCO2吸収は、温暖化を考える上で重要だ。研究員

 ただし、海がどこでも一様にCO2を吸収しているわけではない。大気と海の間では、CO2の交換が行われており、CO2を吸収する海もあれば、大気中に放出する海もある。大気─海洋間のCO2の交換量は、海洋と大気のCO2分圧の差、海上を吹く風の強さ(風速)、海氷密接度から計算できる。 「北極海では海氷が“ふた”の役割を果たすため、CO2の交換はほぼないと考えられてきました」と安中さやかさんはいう。「しかし近年は、海氷が減少して大気と直接触れる海域が増えています。さらに、海氷は1枚岩のようなものではなく、小さな穴が開いていて空気が通り抜けられることも分かってきました」と安中さん。海水温が上がると海のCO2分圧は上昇し、海水温が下がるとCO2分圧は低下する性質がある。大気と海の間ではCO2分圧が高い方から低い方へとCO2が移動する。低温の北極海はCO2分

りができていませんでした」 そのような状況のなかで安中さんは、北極海の観測値のない海域についても海洋のCO2分圧の値を推定する手法を開発した。すでにCO2分圧の観測値がある海域のなかから、水温や塩分、海氷密接度などといった環境が最も似通った場所を探す。その海域のCO2分圧をもとに、観測値のない海域のCO2分圧を推定するのだ。 「その手法を用いて見積もったCO2分圧をもとに、1997年1月から2014年12月までの大気─海洋間のCO2の交換量の分布図を、1ヵ月につき1枚、合計216枚得ることができました」と安中さん。そして、その分布図からさまざまなことが明らかになった。 1997年から2014年までの18年間の、大気─海洋間のCO2の交換量の平均を見ると、全域でCO2を吸収していた。ただし一様に吸収しているわけではなく、グリーンランド海やバレンツ海、チュクチ海で

CO2分圧差が大きくなるために大きな吸収があること、秋は風が強くなるために吸収が大きくなることが分かりました」 「長期的な変化傾向を見ると、海域によって増減があります」と安中さん。海氷が減少すると、大気と海水が接する面積が増えるのでCO2の吸収量は増加する。一方で水温が上昇して吸収が減少する海域もある。北極海全体で足し合わせてみると、現在のところ±0の状態になっているという。 「北極海全体での1年間のCO2の吸収量を見積もったところ、1.8±1.3億トンの吸収があることが分かりました」と安中さん。これは海洋全体が吸収しているCO2の約10%の量に相当する。面積で見れば、北極海は海洋全体の約3%しかない。北極海はCO2の重要な吸収源になっているのだと安中さんはいう。 「北極海におけるCO2の吸収量が今後どうなるか

グリーンランド海

バレンツ海 グリーンランド 0

-3

ロシア

-6

-9

チュクチ海

カナダ

-12

1日あたりmmol/m2の10年間の変化量

放出

吸収小

吸収大

圧が低いので、CO2の重要な吸収域となる可能性が指摘されていた。 「大気のCO2分圧や風速、海氷密接度は観測や数値モデルによって分布などを把握できるので、海のCO2分圧が分かれば、北極海でのCO2の交換量を計算できます」と安中さん。海洋のCO2分圧の測定は、主に船舶による現場観測で行われる。しかし、北極海は海氷に覆われているために、観測数が非常に少

0 グリーンランド海・ノルウェー海 チュクチ海

0

吸収が大きくなっていた。「これらの海域は特に風が強く、北極海のなかでは比較的海氷が少ないために、CO2の吸収が大きくなっていると考えられます」と安中さん。 また季節変化を見ると、グリーンランド海とノルウェー海では、秋から冬にかけてCO2の吸収が大きくなっていた。一方、チュクチ海では、夏から秋にかけて吸収が大きくなっていた。「チュクチ海は、冬

は、さまざまな要因があってよく分かっていません。私たちにできることは、今後も注意深く監視していくことだと思います」と安中さん。「この研究の結果は、地球全体のCO2の収支の見積もり、ひいては地球温暖化の将来予測における不確実性の軽減にも貢献できるのではないかと考えています。また北極海における海洋酸性化の実態把握にもつながると考えています」

グリーン 4

ランド2

0

-2

-4ロシアカナダ

CO2交換量の長期的な変化を示したもの。青は吸収が減っているところ、赤は増えているところを示している。グリーンランド海やバレンツ海北部では吸収量が増加していた。この海域では、海氷の減少による効果が大きい。一方、チュクチ海やバレンツ海南部では吸収量が減少していた。海氷は減少しているが水温が上昇したため、大気─海洋間のCO2分圧差が減少したことで、CO2の吸収量が減ったのである。

吸収減

吸収増

1日あたり

mm

ol/m

2

1日あたり

mm

ol/m

2

-5 グリーンランド海・ノ

-10 ルウェー海と、チュクチ海におけるCO2交換

-15 量の季節変化。同じ北極海周辺でも、海域

-20 によって異なる季節変1 2 3 4 5 6 7 8 9 101112月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 101112月 化をしていることが分 2008年、北極海を航海中の「みらい」より。

かった。 撮影:藤原周/北極環境変動総合研究センター

6 7

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Blue Earth 158(2018) Blue Earth 158(2018)

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2008年、北極海を航海中の「みらい」より。撮影:藤原周/北極環境変動総合研究センター海氷減少に左右される北極海の 植物プランクトンの運命

取 材 協 力  「海氷は、光や熱、風のエネルギーが海面から海藤原 周 北極環境変動総合研究センター

中に伝播することを遮る海の“ふた”の役割を持ちま北極環境・気候研究ユニット す。海氷が減少して“ふた”がなくなることは、海洋技術研究員

生物にも大きく影響します」。そう語るのは、植物プランクトンの研究を進める藤原周さんだ。「植物プランクトンに及んだ変化は、食物網を通じて生態系全体に伝播していくため、海氷減少に対する植物プランクトンの応答を把握することは重要です」 海では、太陽光は海面付近に多く、栄養は深い方に多い。植物プランクトンの増殖は、これらの光と栄養のバランスで決まると藤原さんはいう。 北極海の冬は日照時間が極めて短く、また海氷に覆われるため海中は非常に暗く、植物プランクトンはほとんど増殖できない。その結果、海中には豊富な栄養が蓄えられる。春から初夏にかけて日照時間が伸び、また日射が強くなるころに海氷が融けると、豊富な栄養と光を獲得して植物プランクトンは「ブルーム」と呼ばれる大増殖を起こす。真夏になると、海面が暖められてできる暖水層や海氷の融け水による低塩層が、下層からの栄養供給を壁のように妨げる働きをする。そのため植物プランクトンが最も増殖するのは、光がぎりぎり届き栄養が豊富な深い層となる。植物プランクトンが増殖する深度が次第に

左の図では、海氷融解が早まるほど大型の植物プランクトンが増える海域を赤で示している。右の図は、海氷融解が早まるほどブルーム期間中の水温が下がる海域を青で示している。海氷融解が早いと、ブルーム期間中の水温が低く、ブルームの規模の増大、そして大型の植物プランクトンが増加する海域が広がっている。

海氷融解タイミングと春季ブルーム規模& 海氷融解タイミングと植物プランクトンサイズの関係 春季ブルーム期間の海面水温の関係

深くなっていき、やがて結氷を待つことになる。 「過去20年間で、北極海の大部分で基礎生産量(植物プランクトンの生産量)が増えています。そして基礎生産量が増えた海域と、海氷に覆われていない期間が長くなった海域との地理的分布は一致しています」と藤原さん。「海氷に覆われていない期間の増加は、植物プランクトンが光合成できる期間の増加を意味します。また、海氷面積の減少は、光合成できる海域の増加を意味します。その両面の理由から、近年の基礎生産量が増加の一途をたどっているのです」 北極海では海氷融解の直後にブルームが発生する。ベーリング海からチュクチ海にまたがる陸棚域での海氷融解のタイミングはここ20年で1~2ヵ月も変化していた。「調査の結果、海氷融解が早まると、春のブルーム期間中において大型の植物プランクトンが増え、またブルームの規模が増大する海域が広がることが分かりました」と藤原さん。「海氷融解が遅い年は、海氷が融けるのが夏至に近い時期になります。強い日射を受けて海面に暖水層が発達して下層からの栄養塩供給も抑えられ、ブルームが収束しやすくなります。一方で、海氷融解が早い年は、まだ日射が強くない時期なので海面の受ける熱が比

較的少なく、すぐには暖水層が発達しないため、継続的に下層からの栄養供給が起こります。結果的に、優先的に栄養を獲得できる大型の植物プランクトンが増加し、ブルームの規模も増大すると考えられます」 「北極海では、最近30年間で秋に強風の日が増えており、海氷減少によって海が荒れやすくなっています」と藤原さん。荒れる海が生態系に及ぼす影響を調べるため、藤原さんたちは2013年の海洋地球研究船「みらい」の航海で、低気圧が通過する前後での海洋環境や植物プランクトンの分布の変化を調査した。 その結果、強風が吹いた後は、表層の優占群集(生物量が多い種類)が入れ替わったという。「強風前は、海洋表面付近には3~4℃の暖水層があり、栄養は上までたどり着けない状態でした。強風によって表面付近の海水がかき混ぜられたため、下層にいた元気な植物プランクトン群集が栄養と共に光の多い上層に持ち上げられ増殖したと考えられます」 藤原さんはまた、2008~10年の毎年9月に、太平洋側の海盆域で、植物プランクトンの分布や環境変化に対する応答を知るため、「みらい」による広域調査を行った。調査海域は、以前は通年氷に閉ざ

されていたが、最近になって海面が露出するようになったところだ。 いずれの年も、浅い陸棚域には、暖水に適応した大型の植物プランクトンが分布していた。一方、北の海盆域には、冷たい水、さらに貧栄養に適応した、小型の植物プランクトンが優占的に分布していた。「最も暖かかった2008年だけ、海盆域の一部の海域に、暖水、そして貧栄養環境に適応した、小型の植物プランクトンが優占的に分布していました」と藤原さん。「海氷融解が遅い年は、冷たい水が分布します。その結果、冷たい水に適応した小型の植物プランクトンが優占的に分布します。2008年は、ほかの年よりも1~2ヵ月早く海氷融解が起きていました。海氷融解が早まって水温が上昇し、暖水に適応した小型種が優先的に分布するようになったと考えられます。融氷の早まりと昇温によって優占種が交代したのです」 一連の研究によって「海氷減少や海洋環境の変化が植物プランクトンに及ぼす影響が見えてきた」と藤原さん。植物プランクトンの変化が、どのように連鎖していくのか。そういった生物間をつなぐ研究に取り組んでいきたいと抱負を語る。

上は植物プランクトンの種類によって色分けしてある。強風の日(9/17)を境に、植物プランクトンの種類が変わっているのが分かる。下は水深による水温の分布。強風によって海水がかき混ぜられて、表面付近の水温は強風が吹く前よりも下がっている。

定点調査期間中の植物プランクトン群集組成の時系列分布強風 貧栄養適応小型種(緑藻類・ハプト藻類)

大型種(高活性珪藻類)大型種(老化珪藻類)

0 増加

チュクチ海 チュクチ海暖

10

水深(

m)

水深(

m) 20

30

40

50

シベリア シベリアアラスカ アラスカ 9/9 9/11 9/13 9/15 9/17 9/19 9/21 9/23 9/25

定点調査期間中の水温の時系列分布0 4

10 暖水 3水温低下20 2

30 1

水温(

°C)ベーリング海 ベーリング海

40 冷水減少 冷

-170°

-170° 50 -1

-29/9 9/11 9/13 9/15 9/17 9/19 9/21 9/23 9/25

8 9

0

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Blue Earth 158(2018) Blue Earth 158(2018)

取 材 協 力

撮影:藤原 周/北極環境変動総合研究センター

地球温暖化や海氷減少による海洋 酸性化は生態系に何をもたらすか 2008年、北極海を航海中の「みらい」より。

 北極の海では海洋酸性化も進んでいる。「海氷が 能性があるとみられている600 800μatmとしまし う。CO2が光合成によって植物プランクトンに取り 係ありません」と杉江さん。「実験を行った海域は、杉江恒二 北極環境変動総合研究センター北極海洋生態系研究ユニット技術研究員

なくなって大気と海水とが直接触れると、二酸化炭素(CO2)が海水に溶け込めるようになります。CO2の吸収量が増えると、海水のpH(水素イオン指数)が下がっていきます」と語るのは杉江恒二さんだ。海水はもともと弱アルカリ性で、pHが下がると中性に近づいていく。酸性側に近づいていくことから、海洋酸性化と呼ばれる。 杉江さんは、温暖化や海洋酸性化などの環境の変化によって、プランクトンの群集の組成がどのように変化するのかなどを調査するための実験を進めてきた。

た。海氷融解や河川からの淡水流入量が増えることで、将来的に海洋の塩分が下がるといわれているので、塩分を下げた実験設定も用意しました。環境条件をさまざまに組み合わせながら、どの要因が植物プランクトンに影響するのかを調べました」 実験の結果、温暖化、酸性化、またそれらの両方の影響を受けると、小型のプランクトンが増えるという結果が得られたと杉江さん。 北極海では現在、大型の珪藻類が多く、それがカイアシ類やオキアミ類などの動物プランクトンの餌となり、さらにそれらの動物プランクトンが魚類

込まれ、プランクトンが死んだ後に有機物が深海底へと沈んでいく。そのように炭素が運ばれる過程は「生物ポンプ」と呼ばれる。「浅いところでは、沈んでいったものが底生生物に食べられたりバクテリアに分解されたりするため、炭素を深層に隔離する効果はプランクトンが大きくても小さくてもあまり関

生物ポンプによってカナダ海盆側の深いところへと沈んでいく、源になる海域です。深いところに沈んでいくと、相当な期間、表面に炭素が戻ってこない環境になるのです。小型の植物プランクトンの増加は、将来的に北極海の生物ポンプの作用を弱くすることも考えられます」

1.5

大型と小型のプランクトンの増殖速度が、条件を変えたときにどう変化するかを示したグラフ。それぞれ①現在、②酸性化、③温暖化、④酸性化+温暖化、という条件にした場合の結果である。

●① ●② ●③ ●④

●① ●② ●③ ●④

 2015年と16年に行われた海洋地球研究船「みら や鯨類などの餌になっている。「今後、実際の海でい」の北極航海時、杉江さんは現場の海水の水温、 温暖化や酸性化が進行していくと、北極海の生態系塩分、CO2濃度といった環境条件を変えながら、植 の構造が変わっていく可能性があります」と杉江さ物プランクトンの培養実験を行った。実験海域は んはいう。「『食う─食われる』の関係が1回起きるチュクチ海とカナダ海盆の境界付近だ。そこはチュ と、食べた側の呼吸や運動などにエネルギーが使わ

小型植物プランクトンの

大型植物プランクトンの

比増殖速度(

1日あたり)

比増殖速度(

1日あたり)

1.0

0.5

0.0

この写真には、大型の植クチ海の浅いところから、カナダ海盆の深いところ れることで、約80%のエネルギーが消失します。小 1.5

物プランクトンと小型の へと海底が斜面になっている場所である。 型の植物プランクトンが増えると、それらを餌とすものが同時に写し出されている。中央付近に写っ  「みらい」の甲板上に、現場で採取した10リット る小型の動物プランクトンが増えます。少数派だっているのが大型の植物プ ルの海水を入れた培養容器を複数用意する。それ た小型の動物プランクトンの割合が大きくなることランクトンで、背景に粒のように写っているのが ぞれの海水の水温や塩分、CO2濃度などの条件を変 で『食う─食われる』の回数が多くなると消失する小型の植物プランクトン え、定期的に海水を少しずつ採取して、なかに含ま エネルギーが増え、大型の動物プランクトンや魚類

1.0

0.5

0.0である。植物プランクト LT LTHC HT HTHC

れている植物プランクトンを調べた。「今世紀末に など生態系の高次の生物が減る方向になります。植ンは小さな生物だが、そのサイズの幅は非常に広い。最小のものと最大の

は、高ければ水温が4℃ほど上がると予測されてい 物プランクトンの大きさは、海の生態系にとって重2016年の「みらい」北極航海時の甲板での実験の様子。画面右側の水槽内にあるケースのなかに、それぞれ条件を変えた海水が入った培養容器が並んでいる。プランクトンを観察するため培養容器から海水を採取する杉江さんが写っている。

るので、高水温の実験設定では、現場の水温+4℃ 要なのです」植物プランクトンの縮尺は、ゾウリムシと人間の に設定しました。CO2分圧も、今世紀末に達する可  杉江さんは、続く2017年の「みらい」、18年の北縮尺に相当するほどだ。

海道大学水産学部附属練習船「おしょろ丸」の北極航海でも実験を行った。2015年、16年の実験では、

大型と小型では、それを捕食する動物プランクトンの種類も異なる。

小型植物プランクトンと、それを捕食する動物プランクトンが海水のなかで共存している状況での実験だった。「その場合、たとえば酸性化で捕食圧が減ったことで小型の植物プランクトンの増殖速度が伸びたのか、あるいは小型の植物プランクトンにとってCO2が多い方が都合がよくて増殖速度が伸びたのか、その区別がつきません」と杉江さん。 そこで2017年、18年の実験では、従来の実験と同じ条件の海水と、小型の動物プランクトンを減らして捕食圧を無視できるほど小さくした海水とを比較しつつ実験を行った。その結果、「温暖化と酸性化の両方の影響があると、小型の植物プランクトンが増えやすいことが、捕食者がいない系でも成り立ちそうだということが見えてきました」 チュクチ海とカナダ海盆の境界付近で実験を行ったことにはもう1つの意味がある、と杉江さんはい

10 11

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Blue Earth 158(2018) Blue Earth 158(2018)

カメラ

北極海氷

3Dレーザースキャナー

2m

30m

3Dレーザースキャナーはレーザー光を放って戻ってくるまでの時間を計測することで海氷下の形状を三次元で可視化する装置で、海氷の底から30mほどの距離で使われる。マルチビームエコーサウンダーは発振した複数の音波が氷に反射して返ってきたときの位相差から形状を可視化する装置で、海氷の底から50mほどの距離で使われる。カメラは小さいので常設されるが、それ以外の装置は欲しい情報に応じて付け替えられるようにする予定だ。ドローンは水深300mまで潜ることができる。

海中観測ドローンで、北極の海氷 下を観測する取 材 協 力

石橋正二郎 北極環境変動総合研究センター北極観測技術開発ユニット主任技術研究員

2016年北極航海にて、作業艇より撮影した「みらい」。撮影:坪根 聡/株式会社インターリンク

50m 1,000 4,000m マルチビームエコーサウンダー

300m 15km

北極海氷

音響モデム

3km

50m

音響モデムと電磁モデムのイメージ。音響モデムは市販のものを、電磁モデムはJAMSTECで現在開発中のものを利用する予定だ。

 北極海では海中の環境に関する観測値が非常に少ない。また海氷の厚さも詳しくは分かっていない。そういったデータを取得するために、JAMSTECでは北極海の海氷の下を航行する極域用海中観測ドローンを開発中だ。 これまでの海中探査機は数mから10mクラスのものが多い。「開発中の海中観測ドローンは長さが約1.8mと、従来の探査機に比べて小型軽量です。大型の探査機では専用の母船が必要になる場合があります。海中観測ドローンはできるだけ小型軽量にして、研究者が乗る船であればどんな船でも使えるようにするというのがコンセプトです。また母船による支援がなくても海氷下を単独で自律的に航行する能力を持たせます」。そう語るのは、海中観測ドローンの開発を進める石橋正二郎さんだ。 海氷の形状を計測するため、音響反射を用いるマルチビームエコーサウンダーやレーザー反射を用いる3Dレーザースキャナーを搭載する予定だ。海氷の海上部分の形状(厚み)は分かっているので、海氷下の形状が分かれば海氷全体の厚さを知ることができる。これに加えて、深度や水温、電気伝導度を計測するためのCTD計、海水の透明度とプランクトン量を計測するための蛍光光度・濁度計などの海中環境を計測する機器も搭載される。観測装置は必要

に応じて入れ替えられるようにする予定だという。「研究者の要望に応えて、たとえ大きな観測装置でも機体の外側に取り付けるオプションも考えています」と石橋さん。 基本的な観測装置のほか、航行に必要な装置や電池なども合わせて総重量は約250kg。片道15km、往復30kmを航行できるように設計されている。「これまでのように点での観測ではなく、海氷下を線で、面で、そして三次元的に可視化もしくは計測することで、北極の海氷をこれまでにない正確さで把握し、北極に関するさまざまな研究分野に貢献できるようなドローンにするべく開発を進めています」と石橋さんはいう。 「技術的な課題はもちろんある」と石橋さん。「最重要課題は、海中のドローンが自分の位置を知る方法です」。海中では電波が届かないので、GPSの電波は受信できない。もちろん海中には目印もない。 そこで、海中で自分の位置を知るために搭載されるのが慣性航法装置だ。この装置は主に、自分の移動量を計測する加速度計と、自分が進んでいる方向を計測するジャイロから成る。移動した方向と移動量を把握できれば、基本的にはそれらを足し合わせていけば、自分の現在位置を求めることができる。ただし、「ほんのわずか、たとえば進行方向の角度

がたった1度違うだけでも、30km進むと最低でも500mの誤差が出ます。実際にはほかの誤差要因もあるので、その誤差は数kmに及びます。そのため場合によっては、往復して帰ってきた場所が氷の下になり、ドローンを回収できなくなる可能性があります」 「そのような事態を避けるため、ドップラー速度計を利用します」と石橋さん。ドップラー速度計は、慣性航法装置よりも正確な速度を計測することができる装置だ。「慣性航法装置の速度をドップラー速度計の速度をもとに数学的に補正してやると、誤差を大幅に抑えることができます。つまり航行距離が30kmでも数十mという比較的小さな誤差に抑えることができるのです。そのためには“対氷速度”をうまく計測させる必要があります」 さらに音響モデムや電磁モデムを使い、ドローンの位置を把握しようとしている。「音響モデムは、ある周波数の音で船から呼び掛けることでドローンと通信する装置です。ただ通信できるのは3kmほどになります。その間に、ずれが見つかればドローンの位置を補正してやります」と石橋さん。 一方、電磁モデムは氷の上に設置する。「電磁モデム自体の位置はGPSによって正確に把握でき、氷の上から最大で50m圏内にいるドローンとの通信が可能です。もしドローンの位置が多少ずれても、電磁モデムから50m圏内に入れば、位置を補正したり、

12 13

電磁モデム

場合によっては帰還するように命令したりすることもできます」 将来的には、複数のドローンを同時運用することも視野に入れている。「小型軽量のドローンだからこそ実現できる運用形態があると期待しています。たとえば同じ海域の異なる深度域を同時に複数のドローンを使って計測するようなことが考えられます」と石橋さん。また小型軽量であることを生かし、船以外の場所、たとえば観測したいエリアの氷に穴を開けて、氷の上からドローンを展開することも考えられるという。 「現在、機体製作に入っています。機体製作終了後に各種ソフトウエアの組み込み、そしてさまざまな試験を経て、2020年以降に北極海での運用を目指しています。極域用海中観測ドローンは、北極に関する科学研究を工学的な面からサポートするものです。北極のいま、そして未来を知るために、できるだけ高品質なデータを取得して貢献できればと考えて開発を進めています」

極域用海中観測ドローンの完成イメージ。BE

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15Blue Earth 158(2018) Blue Earth 158(2018)

マリホ水族館

激流で生きる──ゴギAquariumGallery

ゴギはイワナの一種。成魚は15〜20cmほどで、最大30cmくらいまで成長することもある。中国山地の山間部の渓流に生息。

雄のゴギ。雄は雌よりオレンジ色が強く、やや派手な色をしていることが多い。個体差はあるが、雄は顎が出ていて、雌は全体に丸い顔をしている。

 ゴギは広島県の天然記念物だ。しかし、その魚を知る人は、広島でもそれほど多くない。それは、ゴギが中国山地を流れる川の最上流域にあたる山奥の渓流に生息しているからだ。 2017年6月にオープンしたマリホ水族館のテーマは、地域の環境を含めた展示だ。そのなかで「うねる渓流の森」ゾーンにある広島山間部の渓流を模した水槽は、水族館の目玉だ。水槽の前に立ったお客さんは、まずその激しい水流に目を奪われる。 この水槽の準備はオープン前の2016年1月に始まった。展

示水槽の4分の1ほどの水槽で何度も何度も水流実験を行った。 ゴギは、養殖場から手に入れた。冬場には近づくこともできないような山奥に、その養殖場はひっそりとある。そこから体長15cmほどのゴギの成魚を200匹ほど入手した。 数日は水槽に適応させるための慣らし飼育。水流なしの状態から始め、水流を起こすポンプの出力を徐々に上げていく。ゴギは、自然界では急流の岩陰を好み、そこに流れ着く小さな虫などを餌にしている。しかし養殖魚は筋力がなく、環境にも慣れていないので少しずつ水流に慣れさせ、野生の生息域

に近い状況へと持っていくのだ。渓流で暮らしていた習性が残っているのだろう、オープン日にはうねる渓流水槽の激流のなかで力強く泳ぐ姿を見せてくれた。 この水槽では、ゴギと同じサケ科のアマゴも飼育している。しかし、ゴギよりやや下流ですみ分けているアマゴはこの激流を好まないのか、ゴギに比べ、急流部へ姿を見せることは少ない。 激流のなかを群れで泳ぐゴギの姿は圧巻だ。餌を投げ入れたときなど、どんどん激流へ突っ込んでくる。初めは激しい流

れだけに目を奪われていたお客さんも、激流に逆らって泳ぐゴギの姿にひかれていくのが分かる。うねりをものともせずに泳ぐ姿に、生きる勇気が湧いてくる。 BE

取材協力:河内航平/マリホ水族館 飼育員

Information: マリホ水族館〒733-0036 広島県広島市西区観音新町4丁目14-35TEL  082-942-0001  URL http://mariho-aquarium.com/

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Blue Earth 158(2018) Blue Earth 158(2018)

Core Redistribution

私が

IODPで 解きたい謎

Lallan P. Gupta高知コア研究所科学支援グループグループリーダー代理IODPキュレーター

ララン・P. グプタ。1968年、インド・カーンプル生まれ。アラハバード大学卒業。ジャワハラール・ネルー大学大学院博士課程修了(Ph. D.)。1993〜95年、ハンブルク大学(ドイツ)研究生。1997年4月、工業技術院 外国人招聘型フェロー。産業技術総合研究所 特別研究員などを経て2006年、JAMSTEC技術主任。2011年より現職。

高知コアセンターのサンプリング室でコアを確認するGuptaさん。

ガンジス川から地球環境へ──インドのご出身ですね。Gupta:ガンジス川が流れるカーンプルという都市で生まれ育ちました。大学の学部では生物学を学びましたが、その学部の先輩から、ニューデリーにあるジャワハラール・ネルー大学では新しい分野を学べると聞き、調べてみると環境科学という初めて聞く分野があることを知りました。スケールの大きなテーマで面白そうだと思い、ジャワハラール・ネルー大学大学院へ進み、環境科学を専攻しました。1989年、ちょうど地球温暖化が世界的に注目を集め始めたころです。

海洋掘削科学を支えるIODPキュレーターIODP(国際深海科学掘削計画)の研究航海で採取された貴重な掘削試料(コア)は、掘削海域ごとに世界に3ヵ所あるコア保管拠点で保管される。その1つが、高知大学とJAMSTECが共同運営する高知コアセンター(KCC)だ。KCCにはIODP以前の海洋掘削計画によるコアも保管されており、世界中の研究者から年間100件ほどのコアの利用申請が届く。その申請内容や研究者の実績を調べ、コアを提供するかどうか判断を下しているのが、IODPキュレーターのラ ラ ン グ プ タ

Lallan P. Guptaさんだ。

──どのような研究を行ったのですか。 ついて学びました。その研究室に来ていGupta:故郷のカーンプルでは工場排水 た東京大学の研究者から、日本で海底がガンジス川へ流れ込み、多くの人たち 堆積物のコアを分析して過去の環境変が汚染を心配しながら沐

もくよく

浴をしていまし 動を調べていることを聞きました。それた。研究室の先輩がガンジス川の汚染を がきっかけとなり、インドで結婚したば調査していたので、私はガンジス川に流 かりの妻と一緒に1997年4月に来日したれ込む支流で川の水や堆積物を採取し のです。て分析を進めました。──日本で研究をするようになったきっ コアから生物ポンプを探るかけは何ですか。 ──どのような研究を行ったのですか。Gupta:川の汚染よりも、さらにスケー Gupta:つくば市(茨城県)にある工業ルの大きな地球規模の環境に興味を持 技術院(現 産業技術総合研究所:AIST)つようになり、1993〜95年、ドイツ・ハ で、海洋掘削科学の研究を始めました。ンブルク大学の研究生として環境変動に 日本近海で掘削されたコアに含まれてい

60°N

90°N

EUROPE

ドイツブレーメン大学ブレーメンコアレポジトリ(BCR)

ASIA

日本高知コアセンター30°N (KCC)

AFRICA

KCC

AUSTRALIAINDIAN30°S OCEAN

60°S

90°S0° 30°E 60°E 90°E 120°E 150°E 180°

る有機物を分析して、生物ポンプについて調べる研究です。──生物ポンプとは何ですか。Gupta:大気から海へ吸収された二酸化炭素(CO2)を使って、海洋表層の植物プランクトンが光合成により有機物をつくります。その植物プランクトンの排せつ物や死骸が海の中層や深層へ沈み、CO2が大気から長期間隔離されます。そのような働きが生物ポンプです。 海底に堆積した有機物の一部は、微生物の働きにより分解され、炭素が海や大気へ戻ります。堆積物のコアに含まれる有機物の種類や量を分析して、どれく

NORTHAMERICA BCR

アメリカAFRICAテキサスA&M大学

ガルフコーストレポジトリ(GCR)

GCR PACIFICOCEAN SOUTH ATLANTIC

OCEANAMERICA

150°W 120°W 90°W 60°W 30°W 0°

らいの有機物が分解されて海や大気へ炭素が戻るのか、どれくらいの炭素がどのような時間スケールで堆積物に閉じ込められるのかを推定する研究を進めました。そのような炭素循環を探ることが、地球環境の仕組みを知り、温暖化などの環境変動を予測する上で重要です。──日本での研究や生活で苦労された点は?Gupta:研究の面では、分析機器などがそろっていたので、自分がやりたい研究をすぐに始めることができました。生活の面では、やはり日本語に苦労しましたね。来日したときに知っていた日本語は

KCCコア保管庫にて

IODPの採取海域別 IODPコアの情報を検索できるGREENLAND コア保管庫分布図 KCCのホームページ

http://www.kochi-core.jp/iodp-curation/index.html

「さよなら」だけでした。──日本語習得の秘

訣けつ

は?Gupta:お酒の席に積極的に出ることです(笑)。遠慮なしにオープンな気持ちでみんなと話をすることで言葉を覚えました。

IODPキュレーターに──コアの保管や研究者への配布を行うキュレーターの仕事に興味を持った理由は何ですか。Gupta:巨大な地球環境の仕組みは複雑です。1人の研究者や1つの研究チームでできることには限りがあり、国際協力で

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18 Blue Earth 158(2018) Blue Earth 158(2018)

産業技術総合研究所での研究の様子。上の写真は、研究室にて(1999〜2000年ごろ)。下の写真は、2001年に生物ポンプ関係のプロジェクトでJAMSTECの海洋地球研究船「みらい」に乗船。

解明を進める必要があります。そのような思いを強く抱いていたころ、アメリカのテキサスA&M大学とドイツのブレーメン大学に加えて、IODPの世界3大コア保管拠点の1つとして高知コアセンター(KCC)の立ち上げ準備が進み、JAMSTECがIODPキュレーターを募集していることを知り、ぜひやってみたいと思い応募しました。──2006年6月に、JAMSTECに入られました。Gupta:採用されてすぐにアメリカとドイツのコア保管拠点でキュレーターの研修を受け、そこで学んだことをKCCのスタッフたちと共有しました。 KCCには、IODPの研究航海により西太平洋やインド洋で採取されたコアが保管されます。2003年に始まったIODPの以前に実施された、深海掘削計画

(DSDP)や国際深海掘削計画(ODP)において採取されたコアは、「レガシーコア」と呼ばれます。西太平洋やインド洋で採取され、ドイツやアメリカに保管されていた、長さ約83km分のレガ

シーコアのKCCへの搬入が2007年に始まりました。それと同時に、国際的なコアの提供サービスを開始しました。──仕事の具体的な内容について教えてください。Gupta:KCCに保管されているコアを使いたいと、世界中の研究者からリクエストが来ます。その申請書を検討して実際に提供するかどうか判断する役割を、私はずっと担ってきました。最近では、年に90〜100件ほどの申請があります。──どのような観点で判断するのですか。Gupta:申請書に書かれたコアを使った実験が本当に実現可能かどうかを調べます。そのために、その実験の背景となる研究について論文を読み込みます。申請される研究分野は広範囲に及ぶので、文献だけでは分からない場合には高知コア研究所の専門家たちに聞いたりします。 また、申請してきた研究者の過去の経歴や論文を調べ、その研究者が申請した実験を本当に実行できるかどうか検討します。コアの分析について経験が浅い研究者が大量のコアをリクエストしてきた場合には、研究の的を絞って少ない量のコアから実験を始めることを私から提案することもあります。そのようなやりとりのほとんどを電子メールで行いますが、相手の気持ちまで読み取ることは難しいですね。 コアの提供を受けた研究者は、原則として3年後までに研究結果を論文発表する義務があります。しかし、3年を過ぎても論文を発表せず、追加のコアを申請

してくる研究者もときどきいます。追加のコアを提供することでその研究がうまく進展するのか、それを判断するのは難しく、とても悩みます。 学会に出掛けると、コアの提供を断った研究者に出会って気まずくなることもありますが、コアを提供した人から「今回、その研究結果を発表します」と感謝されると、とてもうれしいですね。 世界のなかで誰がどのような研究をしているのか、どのような新しい分析手法が開発されているのか、海洋掘削科学の最新動向を把握できる点も、IODPキュレーターの仕事の魅力です。

新手法でコアから新しい情報を読み取る──この10年間で申請内容に変化はありますか。Gupta:大きな研究テーマの1つが、過去の環境変動を探ることである点は変わりません。コアから有孔虫や珪

けいそう

藻などの殻の微化石を取り出し、そのかたちや量から過去の環境変動を探る研究が長年、進められてきました。それに加えて最近では、殻などに含まれる元素の濃度や、同じ元素でも質量の異なる安定同位体の比率の分析など、新しい手法により過去の海水温などを精密に推定する研究が増えています。レガシーコアからも新手法によって新しい情報を読み取ることができます。そのような過去の環境変動の詳細なデータをもとに、未来の環境変動を高い精度で予測できるようになります。

2016年9〜11月、海底下生命圏の温度限界を探るIODP第370次研究航海「室戸沖限界生命圏掘削調査

(T-Limit)」が実施された。写真は、室戸沖の「ちきゅう」からヘリコプターでKCCに到着したコアを確認するGuptaさんたち。

IODPキュレーションチームのメンバー

──高知コア研究所では、海底下の生命圏を探る研究も進められていますね。Gupta:最近、始まった新しい研究です。かつては、海底下深部は生命が存在できない死の世界だと考えられていました。しかし最新の手法でコアを分析することで、海底下の深部にも微生物が生き延びていることが分かってきました。海底下生命圏の研究は今後、さらに盛んになっていくでしょう。──どの国からの申請が多いのですか。Gupta:2007年ごろは、アメリカ、イギリス、日本、ドイツ、フランスという順

番でした。最近では、アメリカ、日本、イギリス、ドイツ、オーストラリアという順番に変わり、日本の順位が相対的に上がりました。KCCができたことと、地球深部探査船「ちきゅう」の掘削航海が始まったことで、日本の海洋掘削科学が活気づいています。「ちきゅう」が採取した、地震や津波に関係するコアも、リクエストが多いですね。

より深部へ──「ちきゅう」は現在、南海トラフの海底下5,200m付近に存在すると予測さ

れる地震発生帯へ向けて掘り進めています。さらに将来、マントル層の掘削も目指していますね。Gupta:海底下の深部からコアを採取するのは技術的に難しいので、得られるコアは少量になります。従来よりも掘削するコアの直径を大きくするなど、得られるコアの量を増やす工夫が必要でしょう。 また、深部の掘削では掘削機械の振動が大きくなり、コアがぼろぼろになったり、ひびが入りやすくなったりする傾向があります。するとコアから情報を読み取る際の障害となります。きれいな質の高いコアを採取する技術の開発も、今後の大きな課題です。 キュレーターとしては、海底下の深部で採取された希少なコアを、どのような研究のために、誰に提供していくのか、ますます難しい仕事になるでしょう。 私は1968年6月の生まれです。その年の8月に深海掘削計画(DSDP)の最初のコアが採取されました。私は海洋掘削科学と同じ年齢なんです。また、IODPの記念日(IODP Day)の6月15日は妻の誕生日でもあり、縁を感じます。これからも海洋掘削科学を支える仕事を続けていきたいと思います。 BE

2008年10月28日、最後のレガシーコアを保管庫に搬入するIODP 計画管理法人(IODP-MI)のHansChristian Larsen 副代表と、Guptaさん(右)。

2009年2月、高知コア研究所で開催されたIODPキュレーター会議。日本、アメリカ、ドイツをはじめ、韓国、台湾のキュレーション関係者が一堂に会した。

19

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Blue Earth 158(2018) Blue Earth 158(2018)

社会とつながるJAMSTEC社会とつながるJAMSTEC

人工知能を用いて “熱帯低気圧 のタマゴ” を検出する

台風情報が出ていると気になって確認する、という人も多いだろう。台風の進路予測・強度予測の精度はとても高く、災害対策にも役立っている。今回、松岡大祐さんは気象シミュレーションデータからディープラーニングを用いて“熱帯低気圧のタマゴ” を精度よく検出する手法を開発。この手法を人工衛星の観測データに適用できれば、精度の高い台風の発生予測が実現するだけでなく、進路や強度についてもより早くから高精度な予測が可能になり、被害の軽減にも大きく貢献できると期待されている。

取材協力 松岡大祐地球情報基盤センター先端情報研究開発部情報・計算デザイン研究開発グループ 技術研究員

科学技術振興機構 さきがけ研究者(兼任)

⃝いまディープラーニングが注目されている 松岡さんはこれまで、シミュレーションデータの可視化手法の研

究開発を行ってきた。シミュレーションデータに隠れている特徴を

抽出して表現する可視化によって、構造や現象がはっきり見えるよ

うになり、理解しやすくなる。たとえば、海洋大循環モデルによる

シミュレーションデータについて海面水温を色相、海面流速を明度

で表す手法を開発し、黒潮や親潮やそれらから分離した渦の抽出

が可能になった。なぜ松岡さんは今回、熱帯低気圧のタマゴを検

出する手法の開発に取り組んだのだろうか。

 「コンピュータ上で人と同様の知能を実現させようという人工知

能(AI)の技術が、この2、3年で急速に発達してきました。特に、

ビッグデータのなかに潜む特徴を多層のニューラルネットワークを

用いて反復的に学習し、新たなデータに対して高精度に予測を行

うディープラーニングが注目され、画像認識や音声認識、自然言

語処理などさまざまな分野で応用されています。JAMSTECには海

洋や気象に関するビッグデータがたくさんあります。それらに

ディープラーニングを用いたら新しい展開があるのではないか。そ

う考えたのが始まりです」と松岡さん。ディープラーニングのユー

ザーが増え、さまざまなソースコードやドキュメントの入手が容易

になってきたことも、後押しとなった。

 それが2017年の初めだ。当時のJAMSTECでは、ディープラー

ニングを用いた研究はあまり行われていなかった。その理由を松岡

さんは、「JAMSTECで行っている海洋学や気象学などの研究では、

物理方程式に基づいてモデルをつくりシミュレーションを行って結

果を予想する、モデルドリブンなアプローチが取られてきました。

一方、ディープラーニングを用いた研究は、得られたデータを総合

学習に用いた雲画像の一例 NICAMのシミュレーションデータ20年分に対して熱帯低気圧の追跡アルゴリズムを適用し、熱帯低気圧のタマゴと発達中の熱帯低気圧の雲画像を5万枚、熱帯低気圧に発達しなかった低気圧の雲画像を100万枚切り出した。各画像の1辺は約1,000km。

的に分析して理論を導き、それに基づいて予測する、データドリブ

ンなアプローチです。分野によるアプローチの違いというのが大き

いのではないでしょうか」と説明する。「私は情報科学分野の出身

なので、データドリブンなアプローチにはなじみがあります。そこ

で早速、ディープラーニングを用いて気象のシミュレーションデー

タから熱帯低気圧のタマゴを検出できるか、試してみました。する

と、とても高い確率で熱帯低気圧のタマゴを検出できたのです」

 松岡さんは、予想以上の結果に興奮する一方で、こんなに簡単

にうまくいくのならば誰かがすでにやっているに違いないと思い、

文献を調べてみた。すると、ディープラーニングを用いて熱帯低

気圧か熱帯低気圧ではないかを判定する研究は行われていたが、

熱帯低気圧のタマゴを検出するという研究はなかった。「世界で唯

一の研究だったのです。実現すれば、台風の発生予測にイノベー

ションを起こせる。この研究に大きな可能性を感じ、本格的に取り

組み始めました」。台風の専門家であるJAMSTECシームレス環境

予測研究分野の中野満寿男 技術研究員、画像認識の専門家である

九州大学の内田誠一主幹教授らとの共同研究の体制を立ち上げた。

⃝熱帯低気圧のタマゴを検出する方法 熱帯から亜熱帯の海上で発生する低気圧を熱帯低気圧と呼び、そ

のうち北西太平洋または南シナ海に存在し、最大風速が秒速およそ

20 21

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Blue Earth 158(2018) Blue Earth 158(2018)

深層畳み込みニューラルネットワーク(CNN)によるアンサンブル識別器 CNNによるアンサンブル識別 18:00:00 10/21/2003 UTC学習フェーズ 器を用いた未学習のデータに

熱帯低気圧 識別器1 対する識別結果の例 90°N

・タマゴの50,000

白枠は識別対象とする領域で、雲画像: 雲量30〜95%の領域(1辺約5万枚

50,0001,000km)を約125kmずつス

識別器2 ライドしている。赤枠は、対象50,000 領域のうちアンサンブル識別器 60°N

それ以外の が熱帯低気圧またはそのタマゴ雲画像:

であると識別した領域である。…

100万枚 50,000 識別器10…

50,000 点は熱帯低気圧の追跡アルゴリ

学習データ

ズムによって分かっている熱帯 30°N50,000 低気圧(青点)とそのタマゴ(赤

点)の中心点で、9個ある。数

CNNは多層になっていて、それぞれの層で大きさや性質の異なる特徴を抽出する。10種類のCNNに異 字は熱帯低気圧になってから、

なる学習データを学習させることで特徴抽出の視点が少しずつ違う識別器になり、それぞれの質の高さ あるいは熱帯低気圧になるまで

に応じて評価点を設定しておく。 の時間。赤枠の中に点がある場 0°合、正しく検出できていること

識別フェーズ 2クラス を意味する。このデータでは9識別器1 分類:0 or 1 個中8個を正しく検出できてい

て、捕捉率は88.9%。熱帯低気圧またはそのタマゴであると予 30°S

対象データ 識別器2測した領域は82あり、誤検出で

0 or 1 あったのは8領域で、空振り率9.8%

+36h

+72h

+168h

+162h+66h−30h

−144h

−84h

−60h

… …

識別器10 0 or 1

最終的な存在確率:0-100%

60°S

1枚の入力画像に対して10種類の識別器を用いて識別を行う。それらの評価点の平均が事前に与えた閾90°S

0°  値を超えた場合、熱帯低気圧またはタマゴであると見なす。

17m以上のものを台風と呼んでいる。そのような強い熱帯低気圧

は、存在する海域によってハリケーンやサイクロンとも呼ばれる。

 ディープラーニングについても、もう少し説明をしておこう。

ディープラーニングは深層学習とも呼ばれ、ディープニューラル

ネットワークを用いた機械学習の一手法である。ニューラルネット

ワークとは、ヒトの脳神経回路を模擬したモデルだ。それを多層に

したものがディープニューラルネットワークで、画像認識では深層

畳み込みニューラルネットワーク(CNN)と呼ばれるモデルが用

いられることが多い。

 これまでの画像認識では、認識したい対象物を表す特徴量、た

とえば画像中の対象物の濃淡パターンなどを事前に人が定義する

必要があった。CNNを用いた画像認識では、大量のデータを学習

させることで、対象物の特徴量を自動的に抽出する。「CNNを用い

ると、人が認識していなかった特徴量も抽出され、それを使って

識別が行われるため、識別精度が大幅に向上します」と松岡さん。

 気象シミュレーションデータは、全球雲解像モデルNICAMによ

るものを使用。NICAMとは、全球での大気現象をスーパーコン

ピュータ上で再現しようとする数値モデルで、地球全体で1つ1つ

の雲の発生と挙動を直接計算することにより雲に起因する不確実

性を排除し、高精度の計算を実現している。今回の研究では、

NICAMによって1979年から2008年までの30年間について空間解

像度14kmで計算したデータを使用した。

 このデータには風速、気圧、気温、渦度などの物理量も含まれ

ているため、熱帯低気圧を発生前にさかのぼって追跡できる。

NICAMによる1979年から1998年の20年分のシミュレーション

タマゴと発達中の熱帯低気圧の雲画像を5万枚、熱帯低気圧に発達

しなかった低気圧の雲画像を100万枚切り出した。これらを学習

データとしてCNNを用いた機械学習を行い、未学習の雲画像に対

して熱帯低気圧のタマゴであるか、タマゴではないか、2クラスに

分類できる識別器を構築した。ただし、熱帯低気圧になった直後

とタマゴを正確に分類するのはほぼ不可能であるため、熱帯低気

圧に発達したものもタマゴと同じクラスに分類することにした。

 また、識別精度を高めるため、複数の識別器を組み合わせて用

いることにした。「1人の優秀な人の意見のみで答えを出すより、

複数の普通の人の多数決で答えを出した方が正しい結果が得られ

やすいことが知られています。そのため、異なるデータを学習させ

て特徴抽出の視点が少しずつ異なる10種類の識別器をつくりまし

た」と松岡さん。それが、アンサンブル識別器である。

⃝発生1週間前の熱帯低気圧のタマゴを高精度に検出 次は、いよいよ熱帯低気圧のタマゴを正しく検出できるかどうか

の検証だ。NICAMのシミュレーションデータのうち、学習に用い

なかった1999年から2008年の10年分のデータから雲が一定量以

上存在する領域を切り出し、アンサンブル識別器に入力する。こ

のとき、10種類の識別器のうち質の高い識別器は評価点を高く、

質の低い識別器は評価点を低く設定しておく。1枚の入力画像に対

して10種類の識別器によってそれぞれ識別結果を出し、評価点を

平均する。それが事前に決めた閾値を超えた場合、その画像は熱

帯低気圧またはそのタマゴであると見なす。

 「検出性能をどのように評価するかが難しかった」と松岡さん。

60°E  120°E  180° 

率は100%だが、誤りも多くなる。逆に、確実な雲を1個だけ熱帯

低気圧またはそのタマゴであるといえば、誤りはゼロだが、ほかに

もある熱帯低気圧またはそのタマゴを見逃していることになる。そ

こで松岡さんは、捕捉率と空振り率という2つの指標で検出性能を

評価することにした。捕捉率は、対象とするデータ中に存在する

熱帯低気圧およびタマゴのうち、どの程度を正しく検出できたか

を表す。空振り率は、熱帯低気圧またはタマゴであると予測した

結果のうち、どの程度間違えていたかを表す。捕捉率が高く、空

振り率が低い方が検出性能が高いといえる。

 検証の結果は?「最もよい結果が得られた例の1つでは、9個の熱

帯低気圧とそのタマゴが含まれているデータで、8個を正しく検出

できました。捕捉率88.9%です。熱帯低気圧またはそのタマゴで

あると予測した領域は82あり、そのうち誤検出であったのは8で、

空振り率はわずか9.8%でした。熱帯低気圧のタマゴをなるべく取

りこぼしなく、空振りも少なく、精度よく検出することに成功した、

と胸を張っていえる数字です」

 海域ごとに見ると、北西太平洋において熱帯低気圧のシーズン

である7〜11月は、捕捉率が79.0〜89.1%と高く、空振り率は32.8

〜53.4%と比較的低く、検出性能が高い。一方、北インド洋の検

出性能は低かった。「検出性能は、各海域における熱帯低気圧の寿

命や学習データの数に強く依存するようです」と松岡さんは解説

する。北西太平洋の熱帯低気圧に関しては、発生1週間前のタマゴ

を74.8%という高い捕捉率で検出すること成功している。

⃝人工衛星の観測データへの適用が課題

120°W  60°W  0°

ラーニングを用いて熱帯低気圧のタマゴを高精度に検出できること

が分かりました。しかし、実際に熱帯低気圧のタマゴを検出するに

は、人工衛星の観測データや、データ同化を行ったシミュレーショ

ンデータにも適用できる識別器を開発しなければなりません」と松

岡さんは指摘する。そのために、衛星観測データを追加学習させた

り、NICAMのシミュレーションデータの解像度を衛星観測データ

の解像度に近づけたり、さまざまな調整を行っているところだ。

 一方で、松岡さんは「CNNの中身を理解することも重要」とも

いう。「ディープラーニングでは、どのような根拠をもって判断が

行われるのか、またはどのような特徴量を抽出しているのかが人に

は見えにくく、ブラックボックスであるといわれています。私たち

は、熱帯低気圧の発生メカニズムにも興味があります。CNNの各

層で抽出している特徴量のなかに発生メカニズム解明の鍵を握っ

ているものがあるかもしれないと考え、もともとの専門であるデー

タ可視化を活かした分析を進めています」

 松岡さんは、「JAMSTECにNICAMのシミュレーションデータが

あったからこその成果」と断言する。「人工知能の応用研究では、

データを持っているところが一番強いといわれています。高品質な

気象や海洋のデータ保有量ではJAMSTECは世界トップレベルで

す。それにディープラーニングを使わないのはもったいない。アイ

デア次第で革新的な成果が得られるはずです。地球深部探査セン

ターの井上朝哉さんや海洋工学センターの吉田 弘さん、地球内部

物質循環研究分野の桑谷 立さんたちと行っているAI勉強会の効果

もあり、データドリブンなアプローチがJAMSTEC内に浸透し始め

ていると感じています。これから次々と成果が出る予定なので、楽

データに熱帯低気圧の追跡アルゴリズムを適用し、熱帯低気圧の すべての雲を熱帯低気圧またはそのタマゴであるといえば、正解  「NICAMによるシミュレーションデータに対しては、ディープ しみにしていてください」 BEBE

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Blue Earth 158(2018) Blue Earth 158(2018)

JAMSTEC 生まれの種シーズ

たち

特定DNAの数を網羅的に定量する方法を発明環境中や生体組織などから得られた試料について、そこに含まれる微生物の種類ごとの個体数を網羅的に調べることは最新技術でも難しい。星野辰彦さんたちは、微生物の種類の指標となる特定DNAの数を解析する

「定量シーケンス(qSeq)法」を開発した(図1)。その手法は、生物学や医学、海洋・地球科学など、さまざまな分野へ革新をもたらす可能性を秘めている。

特定のDNA 4種類の塩基

配列A

00000001

00000002

00000003 8種類の異なるバーコード

00000004 PCRで増幅

配列B

00000005

00000006

00000007

00000008 3 PCRで増幅する。

1  2図1 定量シーケンス法の原理 配列AのDNAが4個、配列Bが4個ある。 DNA 8個に8種類の異なるバーコード

を付ける

イラスト:吉原成行

取材協力

星野辰彦 高知コア研究所 地球深部生命研究グループ主任研究員

00000001

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00000002

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00000004

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00000007

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00000008

4 PCRで増幅すると、増幅効率が配列によって異なるため、配列Aは8個、配列Bは7個に増幅された。増幅することでDNAの塩基配列を解読して配列別に分類することができるようになる。

5配列別のバーコードの種類数は、配列Aが4種類、配列Bが4種類と分かる。それが増幅前の配列別のDNA数に相当する。

PCR による増幅効率が異なるため、増幅前のDNA数は分からなかった 星野さんの専門は、海底の堆積物にすむ微生物の生態だ。「私たちのグループで扱っている堆積物では、試料1ccあたり数百〜数千という種類の微生物が検出されます。その数百〜数千種類について、種類ごとの個体数を調べることは現実的には不可能です」 種類ごとの個体数を調べるには、まず生物を種類ごとに分類する必要がある。生物の種類を調べる代表的な手法は、細胞内でタンパク質を合成する舞台となるリボソームRNA(16S rRNA)の遺伝子の塩基配列を解読することだ。 遺伝子の情報は、DNAにあるアデニン(A)・チミン(T)・グアニン(G)・シトシン(C)という4種類の塩基の並び方(塩基配列)によって書かれている。生物の種類ごとに、16S rRNA遺伝子の塩基配列は異なる。 試料中に含まれる16S rRNA遺伝子の数と微生物の個体数は1対1で対応するわけではない。しかし、16S rRNA遺伝子の配列別の数が分かれば、微生物の種類ごとの個体数や構成比を推測する有力な情報となる。「ところが、配列別のDNA数を知ることも、これまでの技術では難しかったのです」と星野さんは指摘する。なぜ難しいのか? 塩基配列を解読するシーケンス技術は日進月歩で発展しているが、環境中から抽出した少量のDNAの塩基配列を網羅的に解読することは容易ではない。「すべてのDNA配列を読み切ってしまうメタゲノム解析ならば、多数派の生物のDNA数を解析できます。しかし、そこに存在する数千種類の生物のDNAの配列や数を解析するためには、膨大な量のDNAを解析する必要があります。そこで、16SrRNA遺伝子などマーカーとなるDNA断片のみをPCRという手法でコピーをたくさんつくって増幅し、塩基配列を解読することで、試料中に存在する生物種を広く同定する方法が用いられています」 PCRでは、1回の反応サイクルごとにDNAの数を約2倍に増幅できる。ただし、DNAの塩基配列によってその増幅効率は異なる。1サイクルごとに正確に2倍に増幅できるものを効率100%だとすれば、99%や95%のこともあるのだ。 最初の試料に4種類の配列のDNAが均等に25%の構成比で含まれていても、30サイクルを繰り返して増幅した場合、効率100%の配列は40%以上の構成比に増え、効率95%の配列の構成比は10%以下に減ってしまう(図2)。「PCRで増幅した後のデータからは、増幅前の配列別のDNA数や構成比は正確には分からなかったのです」

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べる「一塩基多型(SNP)」の研究で、バーコードの付け方もqSeq法とは異なっていた。また、星野さんは増幅後のバーコードの種類数から増幅前のDNA数を確率論的に推測できることを示した。 増幅前のDNAにバーコードを付ける際、すべてに異なる種類を付けることができれば、増幅後のバーコードの種類数と、増幅前のDNA数は完全に一致する。しかしある確率で、同じ種類のバーコードが複数のDNAに付いてしまう。すると、増幅後のバーコードの種類数よりも、増幅前のDNAの数は多かったことになる。「バーコード付加の部分は先行されていたのですが、その確率をポワソン分布に基づき計算し、増幅後のバーコードの種類数から増幅前のDNA数を推測できることを示し特許を取得できました」

環境DNAや腸内細菌などさまざまな研究分野へ貢献 星野さんたちは、さまざまな試料中に含まれる16S rRNA遺伝子のDNA数を、qSeq法で解析する実験を行った。個々の標的DNA に対してそれぞれ専用の分析系(アッセイ系)を構築できれば、別の手法でDNA数を正確に解析することができる。その正解数とqSeq法で導き出したDNA数がほぼ一致した(図3)。 さらに、DNAの正解数が分かっている模擬試料を使った実験でも、qSeq法によりほぼ正確にDNA数を解析できることを確かめた。 「16S rRNA遺伝子に限らず、特定のDNAを対象にPCRで増幅して塩基配列の解読を行うあらゆる研究分野に、qSeq法は適用できます」と星野さん。2010年代に入り、「環境DNA」の研究が盛んになっている。水中や土壌など環境中のDNAの解析により、その環境に生息する生物の種類や個体数を推定し、生態系の持続的利用や環境保全に貢献しようという研究だ。2018年には、日本に環境DNA学会が設立された。「たとえば、特定の環境の時系列的な変化を調べる場合、従来の手法では、ある種類が増えて、ある種類は減ったという大ざっぱな傾向は分かっても、どれだけの数の増減があったのかという定量的な議論は難しい状況でした」 qSeq法は環境DNAの研究に大きく貢献する可能性がある。JAMSTEC海底資源研究開発センター 調査役の山本啓之さんたちは、qSeq法で解析ができる実験キットを開発するとともに、海中のプランクトンの分析に適用する実験を始めている。 「魚介類などの分析にqSeq法を適用すれば、海の生物資源の持続的利用に貢献できるでしょう。さらに腸内細菌の研究にも大きなインパクトを与

えることができるかもしれません」と星野さん。 ヒトの腸内には、500〜1,000種類の微生物が生息しており、その種類と数がヒトのさまざまな病気や健康に影響を与えていることが分かり始め、大きな注目を集めている。「腸内細菌をqSeq法で解析してより定量的な研究を行うことで、少数派の微生物の増減が病気や健康に与える影響など、新たに見えてくることがあるかもしれません」 DNAの解読データなど、生物やヒトに関する大量のデータを解析して定量的な研究を進める

「データ駆動型サイエンス」が、生命科学や医学の新潮流となっている。qSeq法はデータ駆動型サイエンスを推進する強力な手法となるだろう。

AIで微化石を自動的に分類する 星野さんのもう1つの発明を紹介しよう。「私たちは、IODP(国際深海科学掘削計画)に参加していますが、微化石の専門家の人材不足が大きな課題になっています」 海底の堆積物には、地球や生命の過去の歴史が刻み込まれている。その歴史をひもとくには、得られた試料の年代を調べる必要がある。堆積物の年代を知るために、そこに含まれる珪藻

けいそう

や有孔虫などの微化石の種類が指標として用いられている。 「熟練の科学者が微化石をかたちから種類別に分類することで、堆積物の年代を決定することができます。しかし、後継者が不足しているため、熟練の科学者たちが引退すると貴重な経験や知識が

N1: Emiliania huxleyi

N4: Reticulofenestra haqii

N2: Gephyrocapsa oceanica

N5: Gephyrocapsa caribbeanica

N3: Small Gephyrocapsa

N6: Reticulofenestra product画像提供:萩野恭子/高知大学 海洋コア総合研究センター

図2 PCRの増殖効率の違いが構成比に与える影響配 列 ご と のPCR増幅効率の数%の違い が、30サ イ ク ル後に配列別の構成比に大きな違いをもたらす。

 

バーコードの種類数で増幅前のDNA数が分かる! 星野さんは、PCRで増幅する前の配列別のDNA数を解析する画期的な手法「定量シーケンス

(qSeq)法」を考案した(図1)。 まず、塩基8個から成るDNA断片でバーコードをつくる。4種類の塩基が8個並ぶことで、4の8乗=6万5536種類のバーコードができる。 PCRで増幅する前の16S rRNA遺伝子が書かれたDNAに、それぞれ異なる種類のバーコードを付ける。それにより、バーコードの種類数と試料中のDNA数が一致することになる。 qSeq法の最大のポイントは、PCRで増幅するとDNA数は増えるが、バーコードの種類数は変化しないため、増幅前のDNA数が分かることだ。 PCRで増幅することでDNAの塩基配列の解読が可能になり、配列別に分類できる。同じ配列のDNAに付いたバーコードの種類数から、増幅前の配列ごとのDNA数が分かるのだ。 「このqSeq法のアイデアを思い付いた後に、過去の論文を調べてみると、PCRで増幅する前にバーコードを付けるという手法を、2014年ごろにアメリカの研究グループが発表していました」 その主な目的は個人ごとの塩基配列の違いを調

失われてしまう恐れがあります。私はAI(人工知能)で微化石を自動的に分類して年代決定ができるのではないかと思いました。そのアイデアにNEC(日本電気株式会社)が興味を示してくれました」 まず、熟練の科学者たちが分類した微化石の種類ごとの正解画像をたくさんAIに学習させる。すると、AIは種類ごとのかたちの特徴を抽出して分類できるようになると期待される。 「最初のきっかけをつくったのは私ですが、私はAIや微化石の専門家ではありません。NECのAIの専門家にJAMSTECや高知大学、産業技術総合研究所の微化石の専門家たちが加わり、システムの開発を進めています」(図4) 掘削船の船上で掘削試料から微化石の標本(プレパラート)を技術者が作製し、顕微鏡画像を撮影。その画像からAIが微化石を分類して堆積物の年代を自動的に決定できるようにすることが目標だ。 「アイデアを思い付いたら、すぐにやってみるのが私の研究スタイルです」と語る星野さん。これからも、さまざまなイノベーションの種が星野さんから生まれ出ることだろう。 BE

特許情報● 特許第6284137号  標的核酸の定量方法及びそのためのキット● WO2018/207885  解析装置、地層年代推定装置、解析方法、  地層年代推定方法、およびプログラム

図4 AIによる微化石の分類実験AIの機械学習により、偏光顕 微 鏡 画像中の微化石を6種類に分類する実験などを進めている。

【問い合わせ先】JAMSTEC イノベーション推進課 [email protected]

【JAMSTECシーズ集】JAMSTECの 最 先 端の研究や技術開発から生まれた、さまざまな分野に及ぶ特許を下記のWEBサイトで紹介しています。

図3 定量シーケンス法の実験例4種類のいずれの試料でも、デジタルPCRで求めた数(正解数)に近いDNA数を定量シーケンス法で導き出せることが確かめられた。

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MarineScienceSeminar

餌を知ることが大事な理由 今回のテーマは、深海生物の餌を知る方法です。生物の餌を知ることがなぜ大事なのでしょうか。 生物の分類にはいろいろありますが、栄養となる有機物をどのように手に入れるかに注目すると、大きく従属栄養生物と独立栄養生物に分けられます。従属栄養生物は生育に必要な有機物を外から取り込む生物で、動物と菌類、一部のバクテリアなどが含まれます。独立栄養生物は有機物を自分でつくることができる生物です。光のエネルギーを使い光合成によって有機物をつくる植物や、酸化還元の化学エネルギーを使い化学合成によって有機物をつくる一部のバクテリアなどがいます。従属栄養生物にとって餌は栄養を取り入れる唯一の方法であり、餌なしには生きていけません。そして餌は、どこにすんでいるのか、体の大きさはどのくらいか、どのような動きをするのかなど、生物の生態と密接に関わっています。 また、海であれば、植物プランクトンが有機物をつくり、それを動物プランクトンが食べ、動物プランクトンを小魚が食べ、小魚を大きな魚が食べます。こうした食物連鎖によって、餌に含まれる炭素や窒素、リンなどが一次生産者から高次消費者に移っていきます。餌が分かれば食物連鎖が分かり、食物連鎖が分かれば地球のなかで元素がどのように循環しているのかが分かります。 さらに、生物が何を食べるかは、持続可能な水産資源の利用や、養殖や水族館での適切な飼育にも関わります。 こうしたさまざまな理由から生物の餌を知ることが重要なのです。 生物は種類にもよりますが数十種類も

飼う、みる、測る深海生物の餌を知る方法地球情報館公開セミナー 第215回(2017年12月16日開催)

生物の生態を考える上で、何をどれだけどのように食べているのかという食性を知ることは、非常に重要です。では、深海生物の食性にはどのようなものがあるのでしょうか。そして、深海生物の食性を調べるにはどのような方法が使われているのでしょうか。

野牧秀隆 生物地球化学研究分野 主任研究員

の生物を食べているため、「食べる・食べられる」という食物連鎖の関係はとても複雑です。それは、ひとつながりの鎖ではなく、網の目のようにつながっていることから、食物網とも呼ばれます。では、その複雑な関係をどのように調べるのでしょうか。

深海生物のいろいろな食性 深海は生物にとって特殊な場所です。太陽光が届かないため、光合成による有機物の生産ができません。化学合成によって有機物をつくる生物がたくさんいる場所は、深海底のうちの0.1%以下です。そのためほとんどの深海生物は、海の表層で植物プランクトンがつくった有機物の残りかすや、生物の遺骸や排せつ物を主に食べています。それらはマリンスノーとして落ちてきますが、深海まで届く

食物の少ない深海環境に生きる生物の「食」について紹介します。

 腐肉食は、たまに降ってくる魚やクラゲ、海生哺乳類など大型生物の遺骸や深海で死んだ生物の遺骸を食べます。日本海でときに大発生して漁師を困らせるエチゼンクラゲも、その遺骸は深海でカニのよい餌になっていたりします(図2)。クジラの遺骸に数千匹のコンゴウアナゴが群がっている様子が撮影されたこともあります(図3)。数ヵ月もすれば骨だけになってしまい、次は骨のなかの有機物を食べる生物が集まってきます。 バクテリア食は、堆積物のなかにいるバクテリアを食べます。バクテリアは大量にいるので、線虫など小型の生物にとって格好の餌になります。雑食は、何でも食べます。微生物共生は、体の表面や体のなかに共生している微生物が化学合成によってつくった有機物を受け取ったり、その微生物を食べたりします。

                    ナマコは堆積物食で、表層から落ちてきたマリンスノー図1:堆積物に残されたナマコの摂食痕が積もっている堆積物の表面を剝ぎ取るように食べる。北西太平洋の凌風海山の北方、水深5,255mで、有人潜水調査船「しんかい6500」によって撮影。

量はほんのわずかです。深海生物は、その少ない栄養をどうにか手に入れようとして苦労しています。そうした深海生物の食性・栄養の取り方には、濾過食、堆積物食、植食、肉食・腐肉食、バクテリア食、雑食、微生物共生などがあります。 濾過食は、海中を流れている有機物の粒子をえらや触手などで濾過して捕集することで少ない栄養を効率的に集めます。堆積物食は、落ちてきたマリンスノーを効率よく集めるために堆積物の表面を薄く剝ぎ取るように食べて、そのなかで消化できるものから栄養を取ります(図1)。植食は、マリンスノーのなかでも植物プランクトンの遺骸を選択的に食べるものです。栄養価が高いのですが、それが深海に大量に供給されるのは植物プランクトンが急激に増殖する春のブルームの直後だけです。

深海生物の餌の調べ方:餌を食べている様子を見る、飼育する 深海生物が何を食べているかを調べる方法はいろいろあります。摂餌生態観察は、深海で食べている様子を見るものです。何をどのように食べているのかが直接分かりますが、観察中に餌を食べるかどうかは運次第であり、また、そのときに食べたものがいつも食べているものとは限りません。潜水船などを用いた調査では、摂餌生態を観察できるのは数分から数時間であり、いつも食べているものをきちんと知ることは困難です。 一方、浅海の生物の行動観察には最近、バイオロギングが使われています。温度や圧力、加速度、映像などを記録できる装置(ロガー)を生物に取り付け、海に戻します。ロガーは一定期間後に外れ、それを回収して解析すると、生物の

図2:エチゼンクラゲを食べるカニ深海に沈んだエチゼンクラゲの遺骸にカニやバイガイが集まってきて食べている。この周辺では、こういった遺骸がいくつも見られた。日本海の隠岐堆、水深913mで3000m級無人探査機「ハイパードルフィン」によって撮影。

図3:クジラの遺骸に群がるコンゴウアナゴ漂流していたクジラの遺骸を相模湾の海底に沈めてから約2週間後の様子。おびただしい数のコンゴウアナゴが集まっていた。水深920m、「ハイパードルフィン」によって撮影。

のまき・ひでたか。1978年、長野県生まれ。東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員を経て、2006年よりJAMSTECポストドクトラル研究員。海洋・極限環境生物圏領域研究員などを経て、2013年より現職。主な研究テーマは、深海生態系とそこで起きている物質循環。

自然界での行動や何を食べていたのかが分かります。数日から数ヵ月といった長期間での観察が可能で、その生物の一般的な摂餌行動を知ることができます。深海生物のバイオロギングは現状では難しいですが、ロガーがさらに小型化し、深海生物にも簡単に装着できるようになれば、深海生物の摂餌に関する貴重なデータを得られるかもしれません。 運に頼らずに餌を食べる様子を観察できる方法に、室内飼育実験があります。JAMSTECが開発した「ディープアクアリウム」は、深海生物を現場の圧力を保ったまま持ち帰ることができ、餌を食べる様子を窓から観察できます。しかし飼育できる生物の数は限られるため、加圧しなくても生きていられる生物は通常の水槽に入れて観察します。ところが、たとえば有孔虫の場合、室内飼育では深海に比べて活性が低く、深海の現場ほど餌を食べません。ある種のバクテリアの場合は、室内飼育の方が現場より活性が高くなります。やはり、生物が天然の状態で何を食べているのかを知るには、圧力条件も重要なのです。 そこで私は、現場培養装置を用いた実験を行っています(図4)。同位体という、化学的な性質は同じだけれども重さの違う元素で標識を付けておいた藻類、バクテリア、グルコースなどを堆積物中にいる生物に与えます。一定期間後に堆積物ごと船上に回収し、生物が取り込んだ同位体の量を測定してどの餌をどれだけ食べたかを調べます。それによって、植食か、バクテリア食か、堆積物食かなど生物の天然での食性が分かります。しかし、ある程度隔離された空間に生物を閉じ込めて餌を与え後日回収する必要があるた

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30 Blue Earth 158(2018) Blue Earth 158(2018)

植物プランクトン

植物プランクトン

TP=4

TP=1

TP=2

TP=3

TP=5

40

35

30

25

20

15

-15 -10 -5 0 5 10 15

10

5

0

動物プランクトン

動物プランクトン(ヨコエビ)

動物プランクトン(コペポーダ)

オムル

オムル

カジカ(浮遊性)

カジカ

カジカ

バイカルアザラシ

バイカルアザラシ

グルタミン酸の窒素安定同位体比(‰)

8.2cm

32cm

有孔虫など

13Cで標識した餌

注入器

ばね

引き金

           装置を堆積物に設置した後、安定同位体である13Cや15Nで標識した図4:現場培養装置餌をまく。一定期間後に堆積物ごと船上に回収し、生物が餌をどれだけ食べたかを調べる。左は装置の仕組み。右は深海の堆積物に設置した様子で、中央付近に長期培養に用いる開放型の培養装置が、その周辺に短期培養に用いるコア型の培養装置が設置されている。め、大型生物には不向きです。また、自 い、天然の幼生が食べていると考えられ

フェニルアラニンの窒素安定同位体比(‰)

図5:炭素・窒素安定同位体比によるバイカル湖生態系の解析栄養段階が1つ上がると、炭素安定同位体比が0.5〜1‰、窒素安定同位体比は3〜4‰増加する。バイカル湖の生物について炭素・窒素安定同位体比の解析を行った結果、各生物の栄養段階が明らかになった。提供:小川奈々子/生物地球化学研究分野

植物プランクトン

-350

5

10

15

20

-30 -25 -20

動物プランクトン(ヨコエビ)

動物プランクトン(コペポーダ)

オムル

カジカ(浮遊性)

バイカルアザラシ

窒素安定同位体比(‰)

炭素安定同位体比(‰)

然界に存在するすべての餌を同位体で標 る組成に近い餌に変えた結果、養殖で幼図6:アミノ酸の窒素安定同位体比によるバイカル湖生態系の解析 生から稚魚へと成長できる割合が増えたグルタミン酸は、栄養段階が1つ高くなると窒素安定同位体比が約8‰ずつ上がる。フェニルア そうです。このようにアミノ酸の窒素安

識して与えることは困難なため、餌についてある程度事前に分かっている生物に

ラニンは、栄養段階が高くなってもほとんど変わらない。グルタミン酸とフェニルアラニンの窒有効な手法といえます。

口、歯の形状や腸管内容物を調べる アリクイの舌がアリ塚のなかのシロアリを食べるのに適していたり、サメの歯が魚をかみちぎるのに適していたりするように、口や歯の形状と餌は密接に対応している場合があります。そのため、口や歯の形状から食べているものを推定できます。ほかの手法に比べると餌の特定の精度は落ちますが、死んだ試料や化石にも応用可能です。しかし、ある種類で

素安定同位体比の差が大きいほど、栄養段階が高いと推定できる。右は、推定されたバイカル 定同位体比解析による栄養段階の推定湖の食物ピラミッド。 は、養殖にも役立っているのです。提供:小川奈々子/生物地球化学研究分野

天然のデータロガー 餌の推定に安定同位体比を使う手法

にいる、つまり生物の栄養段階が上がる アミノ酸の窒素安定同位体比解析が注目 には、食物網構造を理解できること以外ほど体内には重い同位体が増えていきま されています。生物の体をつくっている にも大きなメリットがあります。生物のす。栄養段階が1つ上がると、炭素安定 アミノ酸には20種類あり、この手法では 体には、貝殻や魚の耳石など成長に伴っ同位体比が餌よりも0.5~1‰(パーミル、 グルタミン酸とフェニルアラニンに注目 て年輪のように形成されていく硬組織が1‰は1,000分の1)とほんの少しだけ増 します。グルタミン酸は従属栄養生物の あります。そのなかに、成長段階ごとの加し、窒素安定同位体比は3~4‰増加し 体内でも生成され、栄養段階が1つ高く 同位体比の情報が保存されていきます。ます。わずかな差ですが、安定同位体比 なると窒素安定同位体比が8‰ほど上が それらの情報を順番に測定していくこと

口や歯の形状と餌に対応関係があるからといって、ほかの種類でも成り立つとする過度な一般化は危険です。 採取した生物の腸管の内容物を取り出して観察する方法もあり、餌の生物をほぼ種レベルで特定できます。ただし、クラゲなど消化されやすい餌は、食べていても認識できないことがあります。また、小型の生物には不向きです。 最近は、腸管内容物のDNA解析も行われています。消化されやすい餌でもDNAは残ることがあるため、内容物そのものを見るより正確に、ほぼ種レベルで餌の生物を特定できます。解剖する必要もないため、小型の生物にも適用できます。ただし、内容物を直接観察する場合と同様、腸管に残っているものしか解析できないため、分かるのは食べてから排せつされるまでの数日間の情報です。また、腸管の内容物と、消化・吸収されて体に残るかは、別問題です。食べたけ

こともあります。ナマコは堆積物を食べてなかにある有機物を消化しますが、ナマコの糞

ふん

を調べたところ炭酸カルシウムの殻を持つ有孔虫が消化されずに生きていたという報告もあります。また、魚やクジラの胃腸からプラスチックが見つかる例があるように、口から食べて胃腸に入っているだけでは本当は餌とはいえません。

体に残る餌の化学情報を調べる 食べる餌に応じて生物の体に残る化学物質や元素の量が時間をかけて変わっていきます。それを調べることで、生物が「胃に入れた」だけでなく消化・吸収したものを知ることができます。 その方法の1つが、炭素と窒素の安定同位体比の解析です。同位体とは、現場培養実験でも出てきましたが、同じ元素

う原子同士をいいます。放射線を出してほかの原子に壊変していくものが放射性同位体、壊変を起こさないものが安定同位体です。自然界に存在する炭素の大部分は質量数12(12C)ですが、質量数13(13C)のものが1.1%含まれています。窒素は、大部分が質量数14(14N)で、質量数15(15N)のものが0.36%含まれています。最も存在量の多い安定同位体に対してほかの安定同位体が存在する比率、炭素でいえば 13C/ 12Cを安定同位体比といいます。 同位体は、化学的な性質は同じですが、質量が違うので反応速度がほんの少し違います。餌に含まれていた炭素の一部は呼吸によって、窒素の一部は尿として体から排出されますが、軽い同位体の方がほんの少しだけ排出されやすく、重い同位体はほんの少しだけ体に残りやすいの

を正確に測ることでその生物の栄養段階や食物網内での位置が分かります。 深海の例ではありませんが、バイカル湖の生物について炭素・窒素安定同位体比解析を行うと、各生物の栄養段階と食物網の構造がきれいに見えてきました(図5)。 一方で、相模湾の深海生物について解析したところ、食物網構造はそれほど明確ではありませんでした。異なる炭素・窒素安定同位体比を持つ餌が1つの生態系内にたくさんあると、生物がそれらを混合して食べた場合、同位体比の情報も平均化されてしまうからだと考えています。私の研究では多細胞生物だけではなく単細胞の真核生物などについても測定していますが、栄養段階が1つ上がると安定同位体比がどれだけ増えるかは生物の分類群によって異なることも、食物網構造がきれいに見えてこない大きな原因です。

ります。一方、フェニルアラニンは従属栄養生物の体内では生成されないので、栄養段階が高くなっても窒素安定同位体比がほとんど変わりません。つまり、生物のフェニルアラニンの窒素安定同位体比は餌生物の値を示し、フェニルアラニンとグルタミン酸の窒素安定同位体比の差が栄養段階を表します(図6)。 市場に出回っているウナギの多くは、ウナギの稚魚(シラスウナギ)を捕獲して育てたものです。しかし近年、ウナギの稚魚の捕獲量が減少していることから、卵から幼生、稚魚、そして成魚へと育てる完全養殖の実現が目指されています。ところが幼生から稚魚に育てることが難しく、その原因の1つは餌だといわれています。天然のウナギの幼生が何を食べているのか分かっておらず、与えていた餌では幼生から稚魚への変態に必要な栄養素が不足している可能性があったのです。そこで天然のウナギの幼生について

で、その生物が生まれてからどのような餌を食べてきたのかを知ることができるのです。 同位体比解析に用いられるのは、炭素と窒素だけではありません。酸素安定同位体比からは温度と塩分、ストロンチウム安定同位体比からは生息域が川か海か、ホウ素安定同位体比からはpHを、というように、同位体比からは摂餌生態だけでなくすんでいた環境などいろいろな情報を知ることができます。同位体比は、天然のデータロガーなのです。最近では、安定同位体だけでなく、炭素放射性同位体比から餌の起源の推定も行われるようになってきました。 このように生物の食性を調べる方法はいくつもあり、それぞれ得られる情報の質が違い、利点も欠点もあります。私たちは複数の方法を組み合わせたり、新しい方法を開発したりして、深海生物が何を食べているのか、より正確な情報を得

れども消化できずに排せつされてしまう で、中性子の数が異なるために質量が違 です。そのため食物ピラミッドの上の方  そうした欠点を解決できる方法として、 アミノ酸の窒素安定同位体比解析を行 られるように努力しています。 BE

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Blue Earth 153(2018)

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海と地球の情報誌 Blue Earth第30巻 第6号(通巻158号)2018年12月発行

発行人 村田範之 国立研究開発法人海洋研究開発機構�広報部�編集人 田村貴正 国立研究開発法人海洋研究開発機構�広報部�広報課

Blu Earth編集委員会

制作・編集協力 有限会社フォトンクリエイト取材・執筆・編集 立山 晃(p16-19、p24-27)、鈴木志乃(p20-23、p28-31、裏表紙)         岡本典明/ブックブライト(p1-13)、坂元志歩(p14-15)デザイン     株式会社デザインコンビビア         (飛鳥井羊右、山田純一、岡野祐三)撮影� 撮影   ��藤牧徹也(p16) 

ホームページ http://www.jamstec.go.jp/Eメールアドレス [email protected]*本誌掲載の文章・写真・イラストを無断で転載、複製することを禁じます。

第21回全国児童「ハガキにかこう海洋の夢コンテスト」作品募集中!JAMSTECでは全国の児童を対象としたコンテストを開催しています。「海」や「海の研究」、「海を調べる技術」についてのあなたの「夢」を、ハガキサイズの紙いっぱいに、絵やCGや文章で自由に表現してください。入賞特典として、研究船の体験乗船を予定しています。皆さんからのご応募をお待ちしています。

応募期間:2018年12月3日(月)〜2019年1月21日(月)当日消印有効詳しくは、JAMSTECのホームページをご覧ください。

賛助会(寄付)会員名簿 2018年12月10日現在

国立研究開発法人海洋研究開発機構の研究開発につきましては、次の賛助会員の皆さまから会費、寄付を頂き、支援していただいております。(アイウエオ順)

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3 Blue Earth 158(2018)

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158 号ISSN 1346-08112018年12月発行隔月年6回発行第30巻 第6号(通巻158号)

158Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology

人工知能を用いて“熱帯低気圧のタマゴ”を検出する深海生物の餌を知る方法海洋掘削科学を支えるIODPキュレーター

北極の海氷減少が  もたらすもの

左:噴出防止装置(BOP)を取り付けたライザーパイプの降下。BOPを水深約2,000mの海底に設置されている孔口装置に接続し、「ちきゅう」と孔口装置をライザーパイプでつなぐ。中央:出番を待つ掘削同時検層ツール。右:カッティングスをふるうデモンストレーションを行う技術者。カッティングスとは掘削に伴って生じる岩石の破片で、地

Pick Up 質の状態を知る重要な試料である。

JAMSTEC

©JAMSTEC/IODP

「ちきゅう」、プレート境界断層を目指し掘削中!2018年10月10日、地球深部探査船「ちきゅう」は静岡県の清水港を出港した。今回

の任務は、IODP(国際深海科学掘削計画)第358次研究航海「南海トラフ地震発生帯

掘削計画:プレート境界断層に向けた超深度掘削」である。紀伊半島沖熊野灘の南海

トラフにおいて、巨大地震を引き起こすプレート境界断層があると予測される海底下

5,200m付近まで掘削を行う。2007年から行われてきた「南海トラフ地震発生帯掘削

計画」の集大成であり、巨大地震を引き起こすひずみエネルギーが蓄積される領域が

どのような地層から成り、現在はどのような状態なのかを明らかにすることを目指す。

 「ちきゅう」は今回の掘削地点であるC0002に10月13日に到着し、超深度掘削に向

けた準備を開始した。そして、12月3日には「ちきゅう」が2014年に到達した科学掘

削における掘削深度記録(海底下3,058.5m)を更新。また、掘削と同時に行う掘削

同時検層(LWD)により地層の物性データの取得にも成功した。今後さらに掘り進め、

海底下4,700m付近で柱状の地質試料(コア)を採取する。そして海底下5,200m付

近まで掘削し、そのあたりに存在すると予測されるプレート境界断層を見つけ、断層

のコア試料を採取する計画だ。「ちきゅう」による人類初の挑戦は2019年3月まで続く。

 最新情報は「ちきゅう」ウェブサイトの特設ページ(https://www.jamstec.

go.jp/chikyu/j/nantroseize/)や公式Twitter(@Chikyu_JAMSTEC)で発信して

います。ぜひご覧ください。

国立科学博物館にて

科博NEWS展示「南海トラフ地震発生帯掘削に「ちきゅう」が挑む」開催中! 開催期間:2018年11月13日~2019年3月30日

詳しい情報は、国立科学博物館ホームページ(https://www.kahaku.go.jp)を

ご確認ください。

編集・発行 国立研究開発法人海洋研究開発機構 横浜研究所 広報部 広報課

2018 年12 月

発行

 隔月年

6 回発行

 第

30 巻 第

6 号(通巻

158 号)

〒236-0

00

1 神奈川県横浜市金沢区昭和町

3173-2

5 

定価 本体286円+税古紙パルプ配合率70%再生紙を使用