169.巨核球・血小板造血におけるNotchシグナルの...

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169. 巨核球・血小板造血における Notch シグナルの解明 錦井 秀和 Key words:巨核球,造血幹細胞,Notch シグナル, GPIbα 筑波大学 大学院人間総合科学研究科 疾患制御医学専攻 血液病態制御分野 Notch シグナルは古くから細胞分化を決定するシグナルとして知られており,主に T 細胞を中心とした免疫担当細胞系の分化 運命決定に関わると考えられてきたが,近年造血幹細胞・肥満細胞など様々な血液細胞の分化・維持にも役割を果たしているこ とが明らかとなってきた.最近 Notch シグナルが造血幹細胞から巨核球・血小板へ分化する運命決定にも,必須の役割を果た す可能性が示唆される報告がなされたが 1) ,これらは正常造血システムのみならず,造血器腫瘍発症のメカニズムにも重要な役 割を持っている可能性も示されているものの 2) ,その詳細なメカニズムには未だ不明な点も多い. 一方,正常造血における巨核球・血小板分化経路は,造血幹細胞(HSC)から骨髄球系共通前駆細胞(CMP)を経て,巨 核球・赤芽球共通前駆細胞(MEP)へと分化した後,最終的に成熟巨核球・血小板へと分化するモデルが提唱されてきた が,近年になって CMP を経ずに分化早期の段階で造血幹細胞から巨核球前駆細胞は分化運命が決定されるというモデルが 提唱されてきており,興味深い事にこの分化経路では Notch シグナルが重要な役割を担っている事が示唆されている 3,4) . これらの報告を踏まえ,我々は正常巨核球分化経路における Notch シグナル制御の担う役割を明らかにする事を目的とし,成 体マウス骨髄内巨核球前駆細胞の同定及び Notch シグナルの関連について解析した. 1.成体マウス骨髄における巨核球前駆細胞分画の同定 12 週齢前後の C57BL6 マウスの骨髄単核細胞を,Ficol 比重遠心法で単離し,分化抗原 (Lin) 陰性分画を MACS 法で純 化し,巨核球関連抗原または造血幹細胞関連抗原(c-Kit, Sca1, CD41, GPIba, CD150, CD16/32)に対する特異抗体を 組み合わせて反応させ,FACS Aria (BD 社) を用いて各分画を単離し,RT-PCR 法による遺伝子発現パターンの解析及び コロニー形成能・短期液体培養後のフローサイトメトリー解析を行った. 2.RT-PCR 法 単離した細胞または試験管内で分化誘導後の細胞を RNeasy Mini Kit (QIAGEN 社) で RNA を抽出した後,ThremoScript RT-PCR(Invitrogen)を用いて cDNA を作製し,Taqman PCR Probe を用いて,Real time PCR または半定量 PCR 法を用いて定量した. 3.蛍光免疫染色 成体マウスより採取した大腿骨の凍結切片を,4%PFA/PBS で固定を行った後,blocking serum で blocking を行い,anti- HamsterDelta4 抗体,anti-GPIb 抗体 (emfret),anti-CD41 抗体 (Invitorogen) を添加した.PBS で洗浄したあと二次 抗体 (invitrogen Anti-rabbit/rat Alexa 488,594,647 抗体) を反応させ,共焦点顕微鏡により観察を行った. 上原記念生命科学財団研究報告集, 26 (2012) 1

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169.巨核球・血小板造血におけるNotch シグナルの解明

錦井 秀和

Key words:巨核球,造血幹細胞,Notch シグナル,GPIbα

筑波大学 大学院人間総合科学研究科疾患制御医学専攻 血液病態制御分野

緒 言

Notch シグナルは古くから細胞分化を決定するシグナルとして知られており,主に T 細胞を中心とした免疫担当細胞系の分化運命決定に関わると考えられてきたが,近年造血幹細胞・肥満細胞など様々な血液細胞の分化・維持にも役割を果たしていることが明らかとなってきた.最近 Notch シグナルが造血幹細胞から巨核球・血小板へ分化する運命決定にも,必須の役割を果たす可能性が示唆される報告がなされたが 1),これらは正常造血システムのみならず,造血器腫瘍発症のメカニズムにも重要な役割を持っている可能性も示されているものの 2),その詳細なメカニズムには未だ不明な点も多い.一方,正常造血における巨核球・血小板分化経路は,造血幹細胞(HSC)から骨髄球系共通前駆細胞(CMP)を経て,巨核球・赤芽球共通前駆細胞(MEP)へと分化した後,最終的に成熟巨核球・血小板へと分化するモデルが提唱されてきたが,近年になって CMP を経ずに分化早期の段階で造血幹細胞から巨核球前駆細胞は分化運命が決定されるというモデルが提唱されてきており,興味深い事にこの分化経路ではNotch シグナルが重要な役割を担っている事が示唆されている 3,4).これらの報告を踏まえ,我々は正常巨核球分化経路における Notch シグナル制御の担う役割を明らかにする事を目的とし,成体マウス骨髄内巨核球前駆細胞の同定及びNotch シグナルの関連について解析した.

方 法

1.成体マウス骨髄における巨核球前駆細胞分画の同定12 週齢前後のC57BL6 マウスの骨髄単核細胞を,Ficol 比重遠心法で単離し,分化抗原 (Lin) 陰性分画をMACS法で純化し,巨核球関連抗原または造血幹細胞関連抗原(c-Kit, Sca1, CD41, GPIba, CD150, CD16/32)に対する特異抗体を組み合わせて反応させ,FACS Aria (BD社) を用いて各分画を単離し,RT-PCR法による遺伝子発現パターンの解析及びコロニー形成能・短期液体培養後のフローサイトメトリー解析を行った. 2.RT-PCR法単離した細胞または試験管内で分化誘導後の細胞を RNeasy Mini Kit (QIAGEN社) で RNA を抽出した後,ThremoScriptRT-PCR(Invitrogen)を用いて cDNA を作製し,Taqman PCR Probe を用いて,Real time PCR または半定量 PCR法を用いて定量した. 3.蛍光免疫染色成体マウスより採取した大腿骨の凍結切片を,4%PFA/PBS で固定を行った後,blocking serumで blocking を行い,anti-HamsterDelta4 抗体,anti-GPIb 抗体 (emfret),anti-CD41 抗体 (Invitorogen) を添加した.PBS で洗浄したあと二次抗体 (invitrogen Anti-rabbit/rat Alexa 488,594,647 抗体) を反応させ,共焦点顕微鏡により観察を行った.   

 上原記念生命科学財団研究報告集, 26 (2012)

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結 果

1.成体マウス骨髄細胞由来巨核球前駆細胞分画の同定造血幹細胞が濃縮されている cKit+Sca1+Lin-(KSL) 分画には GPba の発現は認めなかったが,興味深いことに CMP/GMP/MEP を含む cKit+Sca1-Lin-(KS-L) 分画のうち,CD34+, CD16/32dull の CMP 分画でのみ,巨核球成熟マーカーである GPIba の発現を認めていた(図1).次にCMP 分画における GPIba 陽性細胞の多分化能及び増殖能について評価を行った.cKit+Sca1-Lin-CD34+GPIba+分画(34a+細胞)は,形態的には細胞質に乏しい単核の未分化な前駆細胞様であった(図1).過去に報告されている巨核球前駆細胞マーカーである CD41,CD9 は全て陽性であり,幹細胞マーカーの一つである CD150 も 34a+細胞は陽性であった.次にこの細胞の分化能の評価を行った(図1).メチルセルロース法の結果,造血幹細胞分画である KSL 細胞や,CMP,GMP 分画にあたる前駆細胞分画ではコロニー形成が確認されたが,34a+細胞はコロニー形成を観察することができなかった.しかし,OP9 共培養法では 34a+細胞ではすべての細胞が大型の成熟巨核球へと分化し,培養を継続すると血小板の前駆体である Proplatelet 形成を認めた(図1).一方,エリスロポエチン添加下 34a+細胞からの赤血球分化は認めず,巨核球への分化運命が決定した細胞集団である事が示唆された (Data not shown).以上の結果より,34a+細胞はいわゆる CMP分画に含まれているにも関わらず,巨核球への分化運命が既に決定付けられた細胞分画である事が示された.次に我々は,34a+細胞の起源を明らかとするため,造血幹細胞を含む造血前駆細胞から 34a+細胞の分化誘導を試みた.特に 34a+細胞が造血幹細胞によく発現している CD150 を発現していることに注目し,CD150 陽性 KSL 細胞(CD150+KSL)と CD150 陰性KSL細胞(CD150-KSL),CMP細胞,MEP細胞を短期培養を行った後,フローサイトメトリーで 34a+細胞が誘導されるかどうか検討した.その結果,CD150+KSL からは 34a+細胞への分化が認められるのに対し,CD150-KSL,CMPGPIba 陰性分画,MEP 細胞からの分化誘導は確認できなかった.この結果は,34a+細胞は CMP/MEP を介さずに造血幹細胞より直接的に巨核球へ分化する経路上に位置する巨核球前駆細胞集団である事を示唆しており,現在移植実験による in vivo における分化能について検討を行っている.

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 図 1. 成体マウス骨髄細胞における巨核球前駆細胞.

(左)マウス骨髄単核球を単離し,Lin(分化抗原)陰性分画において,c-Kit 陽性 Sca1 陰性分画を各種蛍光抗体を用いて表面抗原解析を行った.CMP分画でのみGPIba 陽性分画が確認された(34a+細胞).(右上)34a+細胞は液体培養を行うと均一な成熟巨核球へ分化する.培養を継続すると,血小板前駆体であるProplatelet 形成を認めた.(右下)各分画をフローサイトメトリーで単離し,試験管内で 34a 細胞の分化誘導を試みた.34a+細胞は CMP(GPIba陰性),MEP分画からは誘導できず,造血幹細胞分画(KSL),特に CD150 陽性KSL分画から効率よく誘導された(n=3).

 2.巨核球分化経路におけるNotch-Hes シグナル経路次に,我々は 34a+細胞の遺伝子発現パターン及び骨髄内での局在をRT-PCR法及び骨髄凍結切片における蛍光免疫染色法により評価を行った(図2).Notch シグナルの下流に位置する転写因子HES1の発現は cKit 陽性前駆細胞分画の中で,34a+細胞は他分画と比較し極めてHES1 の高い発現を示し,同分画への分化において,Notch-Hes シグナルが何らかの役割を示している可能性が考えられた(図2).Notch レセプターのリガンドである Delta は骨髄内において血管内皮,間質細胞を含む様々な細胞に発現していることが知られている.骨髄内における 34a+細胞の局在を蛍光免疫染色で確認したところ,GPIba 陽性の単核細胞はDelta4 陽性血管内皮細胞に近接して局在していることが確認された(図2).

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 図 2. 巨核球前駆細胞と Notch シグナル.

(左上,右上)各分画ををフローサイトメーターで単離した後,RT-PCR 法で Notch シグナル下流分子 Hes1,巨核球分化関連転写因子 GATA1,NF-E2,顆粒球系分化関連転写因子 PU.1 の発現を検討した.34a+細胞はHes1(左上),GATA1,NF-E2 の高い発現を認める(右上).*P<0.01, **P<0.05.また,成体マウス骨髄凍結切片を免疫染色すると巨核球前駆細胞を含む GPIba+細胞は骨髄内では Notch リガンドDelta4 を発現する血管内皮細胞周囲に多く局在していた.

 この事から骨髄内においても骨髄内微小環境からのNotch シグナルが巨核球分化において何らかの役割を担っている可能性が示唆された.

考 察

本研究の結果,従来成熟巨核球分化抗原と考えられていた GPIba が前駆細胞分画の一部,しかも,従来提唱されてきた分化経路ではMEP分画の上流に位置する CMP分画の中に含まれており(=34a+細胞),その分化能は巨核球系へと限定されている事が初めて明らかとなった.さらに,34a+細胞は試験管内の短期分化誘導法の結果からは,CD150+KSL 細胞から直接的に分化誘導している可能性が高く,正常な巨核球分化経路は従来の CMP→MEP を介した経路のみならず,造血幹細胞からかなり未分化な段階で既に分化運命が決定している可能性が高い.また,34a+細胞で Notch シグナルの下流転写因子であるHes1 の mRNA が高発現していることは同分化経路においてNotch-Hes シグナルが重要な役割を担っている事を示唆するデータである.Hes1 は造血幹細胞で高発現している事が知られており,純化された造血幹細胞分画にレトロウイルスで遺伝子導入し強制発現を行うと,未分化性を維持したまま造血幹細胞が増幅することが報告されており,最近では慢性骨髄性白血病の急性転化時の白血病幹細胞の増幅にも役割を担っている事も示唆されている.Delta をはじめとするNotch リガンドを発現する造血微小環境からのシグナル伝達により巨核球・血小板造血は生体のホメオスタシスを保つために綿密に制御されていることが予想される.

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今後,正常及び巨核芽性白血病における Notch-Hes シグナルの重要性を明らかにするために,Notch シグナル経路のノックアウトマウスを用いた in vivo の実験を予定している.

共同研究者

本研究の共同研究者は,筑波大学人間総合科学研究科疾患制御医学専攻血液病態制御分野の千葉 滋(教授)である.最後に本研究にご支援を賜りました上原記念生命科学財団に深く感謝いたします. 

文 献

1) Mercher, T., Cornejo, M. G., Sears, C., Kindler, T., Moore, S. A., Maillard, I., Pear, W. S., Aster, J. C.& Gilliland, D. G. : Notch signaling specifies megakaryocyte development from hematopoietic stemcells. Cell Stem Cell, 3 : 314-336, 2008.

2) Mercher, T., Raffel, G. D., Moore, S. A., Cornejo, M. G., Baudry-Bluteau, D., Cagnard, N., Jesneck, J.L., Pikman, Y., Cullen, D., Williams, I. R., Akashi, K., Shigematsu, H., Bourquin, J. P., Giovannini, M.,Vainchenker, W., Levine, R. L., Lee, B. H., Bernard, O. A. & Gilliland, D. G. : The OTT-MAL fusiononcogene activates RBPJ-mediated transcription and induces acute megakaryoblastic leukemia in aknockin mouse model. J. Clin. Invest., 119 : 852-864, 2009.

3) Cornejo, M. G., Mabialah, V., Sykes, S. M., Khandan, T., Lo Celso, C, Lopez, C. K., Rivera-Muñoz, P.,Rameau, P., Tothova, Z., Aster, J. C., DePinho, R. A., Scadden, D. T., Gilliland, D. G. & Mercher, T. :Crosstalk between NOTCH and AKT signaling during murine megakaryocyte lineage specification.Blood, 118 : 1264-1273, 2011.

4) Ng, A. P., Kauppi, M., Metcalf, D., Di Rago, L., Hyland, C. D. & Alexander, W. S. : Characterizationof thrombopoietin (TPO)-responsive progenitor cells in adult mouse bone marrow with in vivomegakaryocyte and erythroid potential. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 109 : 2364-2369, 2012.

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