12 回 Web2.0 とオープンソース Ruby · 3 Ruby on...

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情報産業論 電子商取引と新ビジネス 12 Web2.0 とオープンソース Ruby 1.オープンソース・ソフトウェア Ruby (1) Ruby から Ruby on Rails Ruby は、まつもとゆきひろ氏( 1965 - 1 によ 1993 年に開発されたオブジェクト指向スク リプト言語(プログラム言語)である 2 。オープ ンソース・ソフトウェアとして世界中のプログ ラマの注目を集めている言語である。 Ruby は当初キラー・アプリケーショ ンを持たなかったため、一部の技術者の 間を除いては業務用には爆発的な普及は しなかった。 それが、 2005 年にデンマークのプログラマである David Heinemeier Hansson により、 Web アプリケーシ ョンフレームワーク( Ruby の多くの再利用可能なコー ドがフレームワークにまとめられることによって開発者 の手間を省き、新たなアプリケーションのために標準的 なコードを改めて書かなくて済むようにする)で ある Ruby on Rails RoR とか単に Rails と呼ば れる)としてリリースされ、一気に注目を集める ようになった 3 1 本名は「松本 行弘」だが、一般にはひらがな表記が定着している。英語圏では Matz の通称 で知られる。現在は島根県松江市に在住し、同市の株式会社ネットワーク応用通信研究所 NaCl)に特別研究員として勤務している。 2 Ruby は当初 1993 2 24 日に生まれ、 1995 12 月に fj 上で発表された。名称の Ruby は、プログラミング言語 Perl 6 月の誕生石である Pearl(真珠)とほぼ同じ発音をするこ とから、まつもと氏の同僚の誕生石(7 月)のルビーを取って名付けられた。 3 Ruby on Rails はアプリケーションの開発を他のフレームワークより少ないコードで簡単 に開発できるよう考慮し設計されている。Rails の基本理念は「同じことを繰り返さない」 (DRY:Don't Repeat Yourself)と「設定よりも規約」 (Convention over Configuration)である。 「同じことを繰り返さない」というのは定義などの作業は一回だけですませろとの意味であ る。 71

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情報産業論

電子商取引と新ビジネス

第 12 回 Web2.0 とオープンソース Ruby

1.オープンソース・ソフトウェア Ruby

(1)Ruby から Ruby on Rails へRuby は、まつもとゆきひろ氏(1965 -)1

によ

り 1993 年に開発されたオブジェクト指向スク

リプト言語(プログラム言語)である2。オープ

ンソース・ソフトウェアとして世界中のプログ

ラマの注目を集めている言語である。

Ruby は当初キラー・アプリケーショ

ンを持たなかったため、一部の技術者の

間を除いては業務用には爆発的な普及は

しなかった。

それが、2005 年にデンマークのプログラマである

David Heinemeier Hansson により、Web アプリケーシ

ョンフレームワーク(Ruby の多くの再利用可能なコー

ドがフレームワークにまとめられることによって開発者

の手間を省き、新たなアプリケーションのために標準的

なコードを改めて書かなくて済むようにする)で

ある Ruby on Rails(RoR とか単に Rails と呼ば

れる)としてリリースされ、一気に注目を集める

ようになった3。

1 本名は「松本 行弘」だが、一般にはひらがな表記が定着している。英語圏ではMatz の通称

で知られる。現在は島根県松江市に在住し、同市の株式会社ネットワーク応用通信研究所

(NaCl)に特別研究員として勤務している。2 Ruby は当初 1993年 2 月 24 日に生まれ、1995年 12 月に fj 上で発表された。名称の Rubyは、プログラミング言語Perl が 6 月の誕生石である Pearl(真珠)とほぼ同じ発音をするこ

とから、まつもと氏の同僚の誕生石(7 月)のルビーを取って名付けられた。3 Ruby on Rails はアプリケーションの開発を他のフレームワークより少ないコードで簡単

に開発できるよう考慮し設計されている。Rails の基本理念は「同じことを繰り返さない」

(DRY:Don't Repeat Yourself)と「設定よりも規約」(Convention over Configuration)である。

「同じことを繰り返さない」というのは定義などの作業は一回だけですませろとの意味であ

る。

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(2)Ruby on Rails の爆発的普及 Web2.0 と Ruby Ruby はまつもとゆきひろ氏が既存の言語を研究しつくして、理想の言語とし

て設計したプログラム言語である。Ruby on Rails を開発した Hansson が「美し

いコードを書けるから Ruby を選んだ」(Hansson 氏インタビューによる)話

すように、技術者は仕事でもRuby で快適にプログラムを書きたいと考えていた。

そして今までに Ruby で開発されたソフトウェアの蓄積と、こられすべてがオー

プンソース・ソフトウェアとして公開されているため、業務用としても注目を

集めるようになったのである。

 ソフトウェア開発の作業には膨大な時間、巨額の投資が必要である。ソフトウ

ェアが簡単にコピーされるなら企業も望むだけの収入を得ることができなくな

る。そこで企業はソース・コード(ソフトウェアの設計図)などの技術情報を

隠し、法的にもコンピュータの内部情報は知的財産であるとして著作権で守ら

れている。また、コンピュータやソフトウェアの普及には互換性を進めていくた

めに規格の標準化が必要である。これは公的な場で決められるのではなく、

Windows に典型的に見られるように、よく売れたためにみながそれに従うとい

うデファクト・スタンダードが力を持ち、結果として一つの企業が市場を占有

するとい覇権構造に直結してきた。

一方、Linux に代表されるオープンソース・ソフトウェアの開発方式は、イン

ターネットを中心としたネットワーク上で、多数の企業や開発者の参加によっ

てオープンな形態で進められている。また開発されたプログラムはソース・コ

ードも含めて公開され、修正・改良が加えられ再配布される。利用者の「参加」を

前提とした Web2.0 と呼ばれるネットビジネスの新たな流れの中で、ビジネス分

野においても一気に注目を集めるようになった。Googleや Amazon などの

Web2.0 を代表する企業が多くの個人の「参加」、情報の集積によって収益をあげ

ているのに対応して、そのシステムを支えているオープンソースの開発も同様

のスタイルで行われているのである。

Proprietary Software Open Source Software

ProgrammersEngineers

Enterprise

 CommunitySelling

Free

Small SizedBusinesses

Small SizedBusinesses

Small SizedBusinesses

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2、Ruby と地域産業振興

(1)ソフトウェアを地域資源に

 大都市圏の経済成長が続く一方で、その成果は地方の経済、中小企業にまでは

届いていない。むしろ経済格差が拡大しており、各地域は独自の地域資源を活用

した産業振興政策と市場拡大が求められている。その中で、日本の中のいわば

「辺境」に位置する島根県松江市はRuby を地域資源とした Ruby City MATSUE Project を 2006 年度に開始した。Ruby は、Webサイトの構築などに優れ、楽天や

ニフティなど多くのネット企業での採用が進んでいるが、インターネット通販

による地域の特産品の全国市場への展開や、Web を活用した地域コミュニティ

の活性化まで、IT(情報通信技術)を活用した地域振興策は数多く存在してい

る。プログラミング言語はその IT を支える技術であるが、「無国籍」とも言える

プログラミング言語そのものを地域資源とした振興策はあまり例を聞かない。

また、Ruby はオープンソース・ソフトウェア、特定の企

業ではなく世界的な開発者のコミュニティによって支え

られている技術である。この「無国籍」で「オープン」なも

のをローカルな地域資源として、地域産業の振興に結び

付けようという発想は新鮮であり、かつ無謀なプロジェ

クトでもある。そして、その取り組みのスタートはオープ

ンソースに関する情報交換・交流の場として、松江駅前

ビルの空きスペース、会議室ほどの場(松江オープンソ

ースラボ)の開設という、ささやかなものであった。

 そして同年 9 月にはこの『松江オープンソ

ースラボ』を拠点として、オープンソース・

ソフトウェアに関わる企業、技術者、研究者、

学生、ユーザが交流を深めることで、技術・

競争力の向上と優れた人材の育成を図る組

織として、しまねオープンソース・ソフトウ

ェア(OSS)協議会も立ち上がった。Rubyは世界的な、国籍を超えたコミュニティの、

開発者の互恵的な精神によって支えられて

いる技術であるが、松江市において開発者

を中心とした地域のコミュニティが立ち上

がったのである。

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(2)地域コミュニティの育成

オープンソース・ソフトウェアは、導入する企業にコストを削減のメリット

がある一方、IT 企業にとっても導入に伴うサーバの構築やシステムインテグレ

ーション、そして各種サポートの提供がビジネスの中心になる。松江市が眼をつ

けたのはこの後者のビジネスの側面であり、Ruby だけでなく、これが公開され

ることによる資源すべてを利用した IT ビジネス、そして産業振興に結びつけよ

うという目論見である。

オープンソースの活用から生じるビジ

ネスを地域の産業として確立していく方

向性は、このように机上のプランとして

は描けるが、先例があるわけではなく、ま

た地方都市・松江単独で可能になるプロ

ジェクトでもない。

そこで、日本の「辺境」松江市のプロジェ

クトが成功するカギは、いかに全国・全

世界のオープンソースのコミュニティと連携し、その中で地域の企業の後術力・

開発力を向上させ、これをビジネスへと結びつけるか、にかかっている。そのた

め松江市のプロジェクトは Ruby の開発同様に、コミュニティとの連携、地域間

の連携、そして地域での産官学とい

うコミュニティを活用した人材育

成と産業振興の結びつき、これらを

最重要視している。松江オープンソ

ースラボでの企業や組織の枠を超

えた勉強会・セミナー「オープンソ

ース・サロン」を開催し、オープン

ソースに関わる全国の開発者を招

くことによって地域の開発力の向

上と同時に、オープンソース Ruby のメッカ・松江を印象付けている。また全国

的なオープンソースのカンファレンスで

のアピール、そして IT のメッカ、米シリ

コンバレーへ出かけてのプロモーション

も行ってきた。また、島根大学でのオープ

ンソースと Ruby をテーマにした講義の

新規開設と、これに県内外の企業・開発

者が協力することのよって人材育成と産

業振興の連携を図っている。

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(3)地域産業振興に向けて

オープンソースの開発方式は地方の IT 企業であってもビジネス機会を広げ

ることになる。そして、日本の IT ビジネスに特徴的な産業内・業界内での委託・

受託の関係=ベンダーロックインを解除し、地方の IT 企業が直接受注を拡大す

る可能性も生み出す。実際に、地方レベルでは既にいくつかの地方自治体の ITシステムの導入/運営コスト削減とあわせて、地場の IT 企業振興も目的に進めら

れている。これも行政による間接的な開発援助による地域産業振興策であると

言えよう。

しかしながらより重要なのは、地方の企業がその中で技術力・開発力、また企

画力や営業力を向上させて、直接に市場を創造・拡大させていくことである。こ

れは IT ビジネスに限ったことではないが、オープンソースの開発にはそれを支

える世界的なコミュニティがある。また地域でも産業界や教育界がそれぞれオ

ープンソースのコミュニティで関わると同時に、地域での産学連携も地域コミ

ュニティを築いている。産業界での開発~ビジネス、大学での研究と人材育成、

そして行政のサポートによってオープンソース Ruby が地域産業振興につなが

りつつある。

Ruby City MATSUE Project はこの 3 年の間の取り組みの過程で、オープン

ソースで開発する企業の誘致、オープンソース Ruby の開発者の育成、そしても

ちろん地元 IT 企業の Ruby を活用した受注の拡大など、着実な進歩を見せてい

る。「無国籍」で「オープン」なものをローカルな地域資源として、地域産業の振興

につなげる取り組みは、松江オープンソースラボとコミュニティとのネットワ

ークで進んでいる。

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• 2007年7月 Ruby普及支援団体「Rubyアソシエーション」設立

• 2007年12月~ Ruby技術者検定試験の実施• 2007年度IPA自治体OSS導入実証実験事業    自治体基幹業務システム(医療・介護保健システム)の開発

• 2008年2月~ 地域間SNS連携実証実験・松江SNS稼動(盛岡市、兵庫県佐用町、松江市)

• Rubyを中心とした地場企業の受注拡大