正課体育実技の運動強度(1) 桑森真介 山口政信 鈴...

16
明治大学教養論集 通巻241号 体育学(1991)pp,15-30 正課体育実技の運動強度(1) 一アルティメットー 桑森真介 山口政信 鈴井正敏 岩波 手塚政孝 1 はじめに ’大学における正課体育実技の授業では,複合的な教育課程の中で,運動文化 の正しい伝達や各種運動技能を体得させることとともに,健康と体力の保持・ 増進といった視点からの配慮が必要である。 健常な身体内部環境の保持には,運動刺激が重要な要素であることは周知の とおりであり,正課体育授業時には,適切な運動量(質と量)を保持すること が考慮されなければならない。健康を意識した授業の展開には,授業時の運動 内容が,学生の身体,特に全身持久性などの向上にどのような運動刺激となっ ているのかを明らかにすることは極めて重要なことであると考える。 すでに,正課体育実技の運動強度の評価については,広肝)らの各種球技種目 の運動強度についての報告の他,いくつか散見することができる。 近年,運動内容の検討の中,運動強度の評価には,簡便な経時的心拍数の測 定が応用されており,それは心拍変動が全身持久性の主たる指標である酸素摂 取量と比例関係にあることが明らかとなったことによるものである。 今回は,共同研究者の山口が昨年度より実技授業に取り入れたアルティメッ トを取り上げることとした。実技授業時の心拍変動を経時的に測定し,合わせ て運動負荷試験を行ない,アルティメットを教材とした運動内容が,学生への 運動刺激としてどのような意義をもっているのか,その運動強度の評価を試み 一15一

Transcript of 正課体育実技の運動強度(1) 桑森真介 山口政信 鈴...

Page 1: 正課体育実技の運動強度(1) 桑森真介 山口政信 鈴 …˜‡しないこと(isocapnic buffering)を確認した2)・14)・17》。 G 運動強度の評価

明治大学教養論集 通巻241号 体育学(1991)pp,15-30

正課体育実技の運動強度(1)       一アルティメットー

桑森真介 山口政信 鈴井正敏

岩波 力 手塚政孝

1 はじめに

’大学における正課体育実技の授業では,複合的な教育課程の中で,運動文化

の正しい伝達や各種運動技能を体得させることとともに,健康と体力の保持・

増進といった視点からの配慮が必要である。

 健常な身体内部環境の保持には,運動刺激が重要な要素であることは周知の

とおりであり,正課体育授業時には,適切な運動量(質と量)を保持すること

が考慮されなければならない。健康を意識した授業の展開には,授業時の運動

内容が,学生の身体,特に全身持久性などの向上にどのような運動刺激となっ

ているのかを明らかにすることは極めて重要なことであると考える。

 すでに,正課体育実技の運動強度の評価については,広肝)らの各種球技種目

の運動強度についての報告の他,いくつか散見することができる。

 近年,運動内容の検討の中,運動強度の評価には,簡便な経時的心拍数の測

定が応用されており,それは心拍変動が全身持久性の主たる指標である酸素摂

取量と比例関係にあることが明らかとなったことによるものである。

 今回は,共同研究者の山口が昨年度より実技授業に取り入れたアルティメッ

トを取り上げることとした。実技授業時の心拍変動を経時的に測定し,合わせ

て運動負荷試験を行ない,アルティメットを教材とした運動内容が,学生への

運動刺激としてどのような意義をもっているのか,その運動強度の評価を試み

                一15一

Page 2: 正課体育実技の運動強度(1) 桑森真介 山口政信 鈴 …˜‡しないこと(isocapnic buffering)を確認した2)・14)・17》。 G 運動強度の評価

たのである。

II 方  法

A 被験者

 被験者は,文科系学部に所属する男子大学生5名であった。被験者の選択に

は,健康状態が良好であること,日常激しい身体運動を行なっていないこと,

呼吸循環器系の病歴を持たないこ≧などを配慮した。

B 期 間

 実験は,1989年および1990年の11月から12月にかけて行なった。各被験者の

心拍数(HR)測定時の気温,気圧,および相対湿度を表1に示した。運動負荷

試験実施時については,気温13~18°q,気圧761~762mmHg,相対湿度50~62

%の範囲であった。

表1HR測定時の環境

被験者  気温 気圧 相対湿度     (℃)(mmHg) (%)

1.A.   6  762

N.M.  10  762

T.M.  8  758N.K.   8  758

S.S.   12  763

25882

Rりに」447

C 場 所

 体育実技中のHRの測定は明治大学和泉校舎グランドで,また,運動負荷試

験は同大学体育館内測器室にて実施した。

D 体育実技中の心拍数(HR)測定

 バイン社製携帯用心拍数記憶装置(MAC VHMI-016)により,体育実技(ア

ルティメット)受講中のHRを30秒毎に測定した。験者は, HR測定の開始と

同時にストップウォッチを作動させ,HR測定中の被験者の動きの内容と時刻を

記録用紙に記入した。

                -16一

Page 3: 正課体育実技の運動強度(1) 桑森真介 山口政信 鈴 …˜‡しないこと(isocapnic buffering)を確認した2)・14)・17》。 G 運動強度の評価

E 運動負荷試験

 アルティメットを教材とした体育実技中の運動の強度が最大酸素摂取量(V

O2max)の何%程度のものであるのかを推定するために,体育実技中の経時的HR

測定の後,1週間以内に運動負荷試験を実施した。運動負荷装置には,モナー

ク社製自転車エルゴメーターを使用し,回転数は60rpmとした。強度の設定

は,0.5kpでの3分間のウォーミングアップの後,2分間の休息をとらせ,その

後Okpから毎分0.5kpつつ負荷を上昇させ,被験者をall-outに追い込むとい

う方法を用いた。運動負荷中の呼気ガスパラメーター(酸素摂取量:VO2,毎分

換気量:VE,二酸化炭素排泄量:Vco,,ガス交換比:RER,その他)とHRの

測定・解析には,ミナト医科学社製呼吸代謝連続監視システム(RM-300),三

栄測器社製心電図監視記録装置(カルディオスーパー2E31A),および日本電

気社製パーソ,ナルコンピューター(PC-9801VX)を用いた。なお,これらのパ

ラメーターのサンプリングタイムは30秒とした。

F 無酸素性作業閾値(AT)7)・1°)の決定方法

 一般にATは,それ以下の運動強度では運動のために必要なエネルギーが主

に有酸素的に産生され,それ以上の運動強度になると無酸素的な(乳酸性の)

エネルギー産生機構がより強く働きだす閾値として知られている。

 ATの測定方法には,運動負荷中の血中乳酸の経時的変動から決定する方法

と,運動負荷中のいくつかの呼気ガスパラメーターの経時的変動から決定する

方法とがある1)・1°)・14)・16)。今回は,これらの内後者の方法を採用し,運動負荷中の

毎分換気量(VE)および二酸化炭素排泄量(Vco2)のそれぞれについて,直線

的傾向から外れて上昇しだす時点を最小自乗法によりもとめ,それらの平均値

をATとした1)17)・16。なお,その時点でVE/Vo2は上昇し始めるがVE/Vco,は上

昇しないこと(isocapnic buffering)を確認した2)・14)・17》。

G 運動強度の評価

 運動負荷試験により得られたHRとVo2の関係式を最小自乗法によりもと

め,その式と体育実技(アルティメット)中のHR測定結果から,アルティメ

               ー17一

Page 4: 正課体育実技の運動強度(1) 桑森真介 山口政信 鈴 …˜‡しないこと(isocapnic buffering)を確認した2)・14)・17》。 G 運動強度の評価

ットを教材とした体育実技の運動強度(VO2m。、に対する%:%VO2m。、およびV

d2)を推定した4>・18)。

 また,体育実技中の運動強度をATと比較することによりさらに検討を加え

た。

III結果および考察

 各被験者の身体的特徴および生理的機能について表2に示した。すべての項

目において,一般成人男性の標準的な値9)・15>と大きな差はみられなかった。

        表2各被験者の身体的特徴および生理的機能

    年齢 身長 体重 Voma/Wt AT-%Vo.ax AT-Vo, AT-HR被験者     (歳)  (cm)  (kg) (ml/dg/min)  (%)  (ml/min)(beats!min)

LA.  19  179  64

NM. 20 170 61TM. 20 170 60N。K.  20  176  64

S.S.  19  174  65

47.9    49.7   1522    101

52.8    46.7   1503    108

44.9    59.6   1607    125

45.1    52.9   1527    124

50.7    52.1   1714    122

平均値  19.6 173.862.8 48.3 52.2 1575  116.O

SD    O.6  3.9  2.2  3.5   4.8   87.5  10.8

 各被験者の体育実技(アルティメット)中の運動内容を以下の四つに分類し,

実技中のHRの変動を図1~5に示した。

① 「説明,休憩等」………………・・教師の話を聞いたりゲームの順番を待って

                いるとき

(2)「準備運動および整理運動」……授業開始時あるいは終了時の準備運動およ

                び整理運動のとき

(3>「パス・キャッチ練習等」………各種パスおよびキャッチ練習のとき

(4)「ゲーム」…………・……・……・…ゲームに参加しているとき

 これらのHRの変化は,前述したように,各被験者の運動負荷試験中の結果

より算出されたそれぞれのHR-VO2の関係式から,%VO2maxあるいはVO、の変

化に近似的に変換することができる4)・18)。この方法によりHRから変換した%V

                -18一

Page 5: 正課体育実技の運動強度(1) 桑森真介 山口政信 鈴 …˜‡しないこと(isocapnic buffering)を確認した2)・14)・17》。 G 運動強度の評価

                     説明、休憩等

                 」::コL準備運動または整理運動

                 」匿ヨ_パス・キャ。チ練習等

beat・/mi・      一■■Lゲーム     %v。,。、、 200                                     %

・1::戯\∴だゾ}NJI㌻1Σ

エ,。」コL匝亜巫重_■■■L-■匿』

0

100

80

60

40

20

0

Ψ02

ml/min

 3000

2000

1000

0

0

図1

1。 2。 3。 4・ 5・ 6・ 7b 8・                           min

           時  間

体育実技(アルティメット)受講中のHRの変動一被験者LA.の場合

beats/min

200

150

 100工

50

    説明、休憩等

」::コ_準備運動または整理運動

且パス・キャッチ練習等

O       lO      20      30      40      50      60

              時  間

図2 体育実技(アルティメット)受講中のHRの変動

70 80

min

100

80

60

40

20

被験者N.M.の場合

Vo2

ml/min

3000

2000

1000

0

一19一

Page 6: 正課体育実技の運動強度(1) 桑森真介 山口政信 鈴 …˜‡しないこと(isocapnic buffering)を確認した2)・14)・17》。 G 運動強度の評価

                     説明、休憩等

                 」::コL準備運動または整理運動

                 」EX一パス・キャ・チ練習等

beat・/・1・     」■【ゲーム    %Ψ・・… 200                                      %

                               ATレベル  100

crF::1こ認㌔〆釦削職☆ん汽》ii

05

0

 Vo2

ml/min

3000

2000

1000

O       IO      20      30      40      50      60

               時  間

図3 体育実技(アルティメット)受講中のHRの変動

 beats/min

 200

 150     .へ

 100Y、一ノ’1

]:

 50

  0

 70    80

     min

被験者T.M.の場合

                  説明、休憩等

             」:::1一準備運動または整理運動

              」ヨ亜Lパス・キャッチ練習等

                               の                              %VO2max             」■■_ゲーム       %

…挑♂撒編♂で}〆聖於∴ヲ

                           ATレペル

100

80

60

40

20

0

Ψ02

mr/min

3000

2000

1000

0

O       lO      20      30      40      50      60

               時  間

図4 体育実技(アルティメット)受講中のHRの変動

 70    80

     min

被験者N.K.の場合

一20一

Page 7: 正課体育実技の運動強度(1) 桑森真介 山口政信 鈴 …˜‡しないこと(isocapnic buffering)を確認した2)・14)・17》。 G 運動強度の評価

beats/min

   説明、休憩等

」:::L準備運動または整理運動

JI ELパス・キャ。チ縮等

一■■Lゲーム

                   評v㌧ザIll

…一一一一U肘ヂヤー認一一甘一+≠一一一ぐrア

%▽02m、, VO2

 o/o  ノ  

                図5 体育実技(アルティメット)受講中のHRの変動一被験者S.S.の場合

02m。、および寸O、を,図1~5の右側に示した。また,運動強度を評価する際の

めやすとして,運動負荷試験の結果より得られたATのレベルを図中に破線で

示した。

 図1~5をみると,被験者によりゲーム時間や休憩時間等がかなり異なるこ

とがわかるが,これは,担当教員がより適切な授業形態を確立するために1989

年と1990年で異なるゲーム形式を採用したことによるものである。つまり,1989

年(被験者1.A.およびNM.の場合)では,ゲーム時間を設定しその時間内で疲

れた場合には休憩者と交代してもよいという指示を与えている。また,1990年

(被験者T.M., N.K.,およびS.S.の場合)では,設定したゲーム時間内に,い

ずれのチームがポイントを得た場合においても,両チームの休憩者(3~4名)

がプレーに参加し同数のプレーヤーが休憩にまわるという形式を採用した。な

お,上記のいずれの場合においても,ゲーム時間は授業時問との関係から柔軟

に設定された。

 ところで,今回採用したようなHR-VO2関係式から運動強度を評価するとい

う方法は,ある程度の誤差を生ずる可能性があることが知られている3)・14)・18)。こ

のことから,今回のような授業の現場でのHRの変動から運動強度を評価しよ

うとすることは,必然的にその正確性に限界が生じてくる。このことを踏まえ

                _’21一

Page 8: 正課体育実技の運動強度(1) 桑森真介 山口政信 鈴 …˜‡しないこと(isocapnic buffering)を確認した2)・14)・17》。 G 運動強度の評価

たうえで,アルティメット授業中の運動強度について検討をすすめていくこと

とする。

 表3に,各被験者について体育実技(アルティメット)中の運動内容別の

HR,%VO2m。x推定値,およびそのトータル時間を示した。ゲーム中のHRは

平均で143beats/卑inであり,その値は%VO2m。xに換算すると73%であった。ま

た,トータル時間の平均は27.8分であった。パス・キャッチ練習中については,

HRは129beats/min,%Vo2m。xは61%,トータル時間は14.4分であった。準備・

整理運動では,HRは103beats/min,%VO2m。xは39%,トータル時間は5,6分で

あった。

                   の  , 各被験者の運動内容別のHRおよび%VO2maxをみると,被験者によりかなり

のばらつきがあることがわかる(表3参照)。特に,被験者1.A.の場合,他の被

      表3各運動中の平均HR,%VO2max,およびその時間

被験者「準備運動または整理運動」 「パス・キャッチ練習」   「ゲーム」

HR%”ITO2max時間  HR%VO..時間  HR%’VO2ma、時間

1.A.

N.M.

T,M.

N.K.

S.S。

123  62

98  38

93  28

105  37

96  30

ハOrDρ0ρ05

140  75

122  58

123  55

133 61129  57

43に」OJ1

11111

161 92   33120  56   30

137  67   30

150   75    ・21

148  73   25

平均値

SD103   39      5.6   129   61     14.4   143   73     27.8

12.O l3.6   0.55   7.4  8.0   2.97  15.5 13.1   4.79

                     ただし単位は, HR :beats/min                           %†o、。、.:%

                            時間 :min

験者に比べどの運動においてもHR,%VO2m。xともに高い値を示している。そ

こで,図1により被験者IAのHRの変化と%VO2m。xの縦軸をみてみると,ゲ

ーム中に100%を越えているところがいくつかみられる。また,ゲーム中のpeak

HRの値は180beats/minであり,運動負荷試験で得られたHRmax(176beats/

min)よりも大きな値であった。このようなことから,被験者LA.のゲーム中の

%VO2maxの値は,92%という極めて高い値を示したものと考えられる。

 今回実施した運動負荷試験では,前述したように負荷装置に自転車エルゴメ

                ー22一

Page 9: 正課体育実技の運動強度(1) 桑森真介 山口政信 鈴 …˜‡しないこと(isocapnic buffering)を確認した2)・14)・17》。 G 運動強度の評価

一ターを使用したが,このように自転車エルゴメーターを使用した場合,脚部

の疲労による筋肉痛などから,呼吸循環機能が完全にall-outに達せずに,結果

としてVO2ma、やHRma.が実際の値よりいくらか低い値となることが知られてい

る3)・6)。事実,今回の運動負荷試験での各被験者のHRmaxの平均値は,176.6beats/

minというように比較的低い値を示した。今回推定した%VO2m。xから運動強度

を評価する際には,このようなことを踏まえ,いくらか低めに見積もる必要が

あるのではないかと思われる。

 ところで,体育科学センターでは,全身持久性を強化するために必要な運動

強度と時間を図示している13)。アルティメットを教材とした体育実技が,全身持

久性の強化に有効なものであるかどうかを検討するため6)・8)・12),今回のアルティ

(、

D∈Noう訳)憾題颪

%oo

80

60

40

0

/「ゲーム・

10        20         30        40          50

       時   間図6 体育実技(アルティメット)中の運動内容別の

  時間および運動強度   (体育科学センターの図13)に筆者らが加筆)

一23一

6乳、n

Page 10: 正課体育実技の運動強度(1) 桑森真介 山口政信 鈴 …˜‡しないこと(isocapnic buffering)を確認した2)・14)・17》。 G 運動強度の評価

メットゲーム中のHRの変化から推定された運動強度(%VO2m。x)とその時間

を,体育科学センターの図の中に加筆し図6に示した。

 アルティメットゲームは,前述したような理由から運動強度(%VO、m。x)を

いくらか差し引いて評価しても,かなり強い運動であることがわかる。また,

時間の面では,その運動が間欠的であるとはいえ,平均ゲーム時間約30分とい

うように有酸素的能力強化のための充分な刺激になっているのではないかと考

えられる(図6および表3参照)。パス・キャッチ練習は,強度変化がかなり大

きく,その間のHRはしばしば高い値を示すことがある(図1~5参照)が,

平均的には図6に示すように比較的軽い運動といえる。

 次に,アルティメットゲーム中の運動強度を他のスポーツ種目のそれと比較

アルティメット

焔雛植       ↑ボー・グ↓最 平 最                ▲ーゴルフー-▼

T■●腫↓          ▲ーバレーボールー1▼

  ボク ↑シング寺 フィギャー↑スケート↓.

争バドミントン壷

▲ーテニスー▼

▲ーハンドボールー▼

↑バスケットボール↓▼

↑無陣↓

▲ーホッケー⊥▼

050m◆11競走

度強動

準水翻素酸

0      0      0      0      0      0      0      0      010   9   8   7   6   5   4   3   2

運騰,(

㎜ 鵬 ㎜ ㎜ ㎜ 畑 ㎜ 鵬 ㎜ ㎜

図7 アルティメットと各種スポーツ種目の運動強度の比較

        (山地の図8)に筆者らが加筆)

          -24一

Page 11: 正課体育実技の運動強度(1) 桑森真介 山口政信 鈴 …˜‡しないこと(isocapnic buffering)を確認した2)・14)・17》。 G 運動強度の評価

することにより5)・18)・19),アルティメットゲームの特徴について運動強度の面から

検討することとした。図7は,山地の図18)に今回測定したアルティメットゲーム

中のHRを加筆したものである。

 図7からもわかるように,今回測定したアル{ティメットゲーム中のHRは,

被験者間で大きな差がみられた。最も高いHRを示した被験者IAの場合,本

人の話から極めて強く動機づけられている様子をうかがうことができた。また,

最も低いHRを示した被験者N.M.の場合は,表3に示すように,ゲーム中のHR

(120beats/min)がパス・キャッチ練習中のそれ(122beats/min)よりも低い

値を示したが,このようにゲーム中のHRが極めて低値であったことは,被験

者N.M.が充分に動機づけられていなかったことが主な理由ではないかと推測さ

れる。アルティメットの場合,その人が充分に動機づけられていれば,その運

動強度は,バスケットボール,ハンドボール,テニス等に匹敵するものになり,

動機づけが不充分であればいくつかのスポーツ種目の中でも運動強度の低い種

目と同程度のものになるのではないかと考えられる(図7参照)。

 続いて,体育実技(アルティメット)中の運動強度を無酸素性作業閾値(AT)

との関連で評価することとする。図1~5に示すように,ゲーム中あるいはパ

ス・キャッチ練習中のHRは,かなりの頻度でATのレベルを越えている。こ

のようなことから,アルティメットゲームおよびパス・キャッチ練習は無酸素

的要素もかなり含まれる運動であると考えられる。

 以上ヨ体育実技(アルティメット)中のHRをもとにその運動強度を評価し

てきたが,これらのことから,アルティメットを教材とした体育実技は,有酸

素的能力の向上のみならず無酸素的能力の強化にも有効ではないかと考えられ

た。ただし,すべてのスポーツに共通すると思われるが,ゲーム中のHRは動

機づけのレベルなどによりかなり差がみられるようである。したがって,指導

者はこの点にも充分配慮する必要があろう。

一25一

Page 12: 正課体育実技の運動強度(1) 桑森真介 山口政信 鈴 …˜‡しないこと(isocapnic buffering)を確認した2)・14)・17》。 G 運動強度の評価

IV ま と め

 体育実技で実施しているアルティメット受講中の運動強度を評価するため,

同一被験者に対し実技中のHR測定と運動負荷試験を実施した。被験者は,健

康な文科系学部男子大学生5名であった。

 結果は以下のとおりであった。

1)パス・キャッチ練習中のHRは,平均で129beats/minであり,その値は%

 VO2maxに換算すると61%であった。

2)ゲーム中のHRは,平均で143beats/minであり,その値は%VO2m。xでは73

 %であった。また,ゲームに参加したトータル時間は平均28分であった。

3)体育実技(アルティメット)中のHRは,かなりの頻度でATのレベルを

 超えていた。

 以上について検討を加えた結果,アルティメットを教材とした体育実技は,

有酸素的機能だけでなく無酸素的機能の面においても充分な効果があるのでは

ないかと考えられた。

あとがき

アルテ“イメットについて

 フリスビー(商標名)として知られている皿状の円盤は,一般にフライング

ディスクと呼ばれている。フリスビーとは本来パイ屋さんの名前で,1950年代

にアメリカのエール大学の学生がそのパイ皿を投げあうときに「フリスビー」

と呼びあったことに由来するといわれている。現在公認されている種目は10種

目におよび,個人競技としてはアキュラシー(正確投げ),ディスタンス(距離

投げ),およびディスクゴルフ,’団体競技としてはガッツやアルティメット(ア

メリカではアルティメートと呼ばれている)などが盛んに行なわれている。

 アルティメット(ultimate)の起源は,1968年にアメリカのニュージャージー

州コロンビアハイスクールであるとされている。このゲームは,1チーム7名

                一26一

Page 13: 正課体育実技の運動強度(1) 桑森真介 山口政信 鈴 …˜‡しないこと(isocapnic buffering)を確認した2)・14)・17》。 G 運動強度の評価

でディスクをパスしあい,相手のエンドゾーンに走り込んだ味方にディスクが

わたることによって1点が与えられるというものである。コートは図8のよう

に設定されている。なお,本実験時の授業においては,コートの広さは図8の

最下段の太字のとおりとし,1チームの人数を9~11名,1チームのゲーム参

加人数を6~7名とした。アルティメットはバスケットボール,ハンドボール,

アメリカンフットボールに似ている。スローイングやキャッチングなどの基礎

技術,敏捷性や持久力などの体力,およびフォーメーションなどのチームワー

クや頭脳プレーが要求され,究極の(ultimate)スポーツと名づけられた理由も

ここにあるといえよう。

 本研究グループの一員である山口は,1988年度在外研究先のオレゴン大学(ア

メリカ)において,アルティメットの授業を受講した。空中のディスクは放物

線を描かず,投げ方や風によってさまざまに変化する。プレーヤーは,そのデ

エンドライン

109m(75m)

〔40m〕

65m

“コ プ 工1

レ ン

ルラ

イン

ドゾ

イ グ 1

ン  “¥ ン1

卜一一一→←一一一一 65m -一一一一*-22m→1              (45m)             (15m)              〔24m〕             〔8m〕

              45m               LOm

    図8 アルティメットのコート(文献1)の図に筆書らが加筆)

       ※ライン幅は5~10cm        最上段,(),〔〕,および最下段太字はそれ        ぞれのコートの大きさを示している。

35m(30m)

〔20m〕

35m

一 27一

Page 14: 正課体育実技の運動強度(1) 桑森真介 山口政信 鈴 …˜‡しないこと(isocapnic buffering)を確認した2)・14)・17》。 G 運動強度の評価

   写真1オレゴン大学におけるアルティメットの授業風景

イスクを容易にキャッチできるように感じるが,実際にはそれほど簡単なこと

ではなく,その意外性に球技では得られない新鮮さを感じた。帰国後,さっそ

く明治大学での体育実技の授業に取り入れた結果,学生の反応は極めて良かっ

た。

 現在,我が国における大学でのアルティメットを教材とした体育実技は,上

智大学や東京経済大学など一部の大学でしか実施されていないようであり,ま

た,その運動強度などに関連した研究報告も見あたらない。このようなことか

ら本研究は実施されたが,その結果,アルティメットは体育実技の授業種目と

して有効な教材であることが認められた。また,使用する用具はディスクだけ

であり,経費の点からも負担は少ない。さらに,慣れてくれば,審判をおく必

要がなく(アメリカではセルフジャッジで行なわれている),学生や生徒の自主

的な運営が充分可能である。これらの観点より,ある程度のグランドの広さが

確保できるならば,アルティメットは大学ではもちろんのこと,中学や高校の

授業さらにはクラブ活動としてその真価を発揮するものと期待している。

一28一

Page 15: 正課体育実技の運動強度(1) 桑森真介 山口政信 鈴 …˜‡しないこと(isocapnic buffering)を確認した2)・14)・17》。 G 運動強度の評価

〈引用・参考文献〉

1)Caiozzo,VJ., Davis,JA., Ellis,J.F., Azus,J.L, Vandagriff,R., Prietto,C.A. and

  McMaster,W.C.(1982)AComparison of Gas Exchange Indices Used亡o De亡ect

  the Anaerobic Threshold, J. AppL Physiol。53,1184-1189.

2)Davis,J.A.(1985)Anaerobic Threshold:Review of the Concept and Directions

  for Future Research, Med. Sci. Sports Exerc.14,339-343.

3)Hansen,J.E.(1984)Exercise Instruments, Schemes and Protocols for Evaluat-

  ing the Dyspneic Patients, Am. Rev。 Respir. Dis.129(Suppl.), S25-27.

4)橋本勲(1984)運動量の測定と評価,臨床スポーツ医学1(6>,650-655.

5)広田公一,豊田博,青山昌二,遠藤郁夫,野崎康明,山本恵三,北川薫,古沢久

  夫,中塘二三夫,島津大宣,竹内正雄,清水教永(1973)大学正課体育実技の教

  育効果に関する研究(6),正課体育実技における各種スポーツゲーム実施中の心拍

  数変動について,東京大学教養学部体育研究室体育学紀要7,1-6.

6)池上晴夫(1990)運動処方,初版,朝倉書店,東京,267.

7)Jones,N.L. and EhrsamRE.(1982)The Anaerobic Threshold, Exerc. Sports

  Sci. Rev.10,49-83.

8)Kilbom,A.(1971)Effect on Women of Physical Training with Low Intensities,

  Scand. J. Clin. Inveat.28,345-352.

9)桑森真介,佐藤隆(1990)未発表資料.

10)宮下充正,山本義春,田村真一,篠原稔,武藤芳照(1989)換気性作業閾値が無

  酸素性作業閾値を与える,体育の科学39,397-404.

11)日本フライングディスク協会 編著,江橋慎四郎 監修(1988)フライング・デ

  ィスクのすすめ,初版,べ一スボールマガジン社,東京,11-59.

12)Sharkey,B.J. and Holleman,JP.(1967)Cardiorespiratory Adaptations to

  Training at Specified Intensities, Res. Quart.38,698-704.

13)体育科学センター(1976)健康づくり運動カルテの処方と運動の実際,健康づく

  り運動カルテ,初版,第4章,講談社,東京,49-78.

14)谷口興一,吉田敬義(1989)正常値,運動負荷テストとその評価法,初版,第6

  章,南江堂,東京,97-128.

15)東京都立大学体育学研究室(1989)日本人の体力標準値,第4版,不昧堂出版,

  東京,412.

16)Wasserman,K., Whipp,BJ., Koya1,S.N. and Beaver,W.L.(1973)Anaerobic

  Threshold and Respiratory Gas Exchange during Exercise, J. Appl. Physiol,

  35,236-243.

17)Wasserman,K.(1978)Brea亡hing during Exercise, N. Eng1. J. Med. 298, 780-785.

一29一

Page 16: 正課体育実技の運動強度(1) 桑森真介 山口政信 鈴 …˜‡しないこと(isocapnic buffering)を確認した2)・14)・17》。 G 運動強度の評価

18)山地啓司(1981)心拍数の科学,第2版,大修館書店,東京,306.

19)山地啓司(1984)心臓とスポーツ,初版,共立出版,東京,234.

一30 一