心室頻拍を合併した,...

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118 レジデント 2012/4 Vol.5 No.4 第8回 心室頻拍を合併した,STEMI 再発例に対する治療 レジデント 2012/4 Vol.5 No.4 119 福田恵一(ふくだ けいいち) 慶應義塾大学医学部 循環器内科 教授 1983 年 慶應義塾大学医学部卒業。1990 年 慶應義 塾大学医学部 助手,1991 年 国立がんセンター研究 所 細胞増殖因子研究部 留学,1992 年 ハーバード大学ベスイスラエ ル病院 留学,1995 年 慶應義塾大学医学部 助手,1999 年 同 講師, 2005 年 同 再生医学 教授を経て,2010 年より現職。 本連載では,慶應義塾大学病院循環器内科で実際に行われたカンファレンスのなかで面 白い症例,興味深い症例を紹介していきます。実際の議論の様子をそのままお伝えして いきます。その臨場感を感じながら,楽しく,かつ勉強になるコーナーにしていきたい と考えています。 今回の症例は 47 歳男性,心筋梗塞 後心室頻拍を合併した患者さんです。 冠動脈疾患のリスクファクターとしては,糖尿 病と高血圧,脂質異常症があります。7 年前か ら繰り返し急性冠症候群に罹患し,これまで に計 3 回の経皮的冠動脈形成術(PCI)を施行 症 例:47 歳・男性 主 訴:眼前暗黒感 現病歴: 7 年前に急性心筋梗塞を発症し,近医で緊急 PCIを施行。その際,#15 に対してドライバー ステント留置。その後は近医に通院していた。 6 年前に不安定狭心症により入院,LAD#7 に 対してステントを留置した。5 年前に施行さ れたフォローアップの CAG では再狭窄を認め ず,近医において経過観察となっていた。 1 ヵ月前までは胸痛を自覚していなかった が,X 月 Y 日の午前 5 時ごろに突然胸背部痛 を自覚し,午前 7 時に近医の救急外来を受診。 心電図上,Ⅱ,Ⅲ,aV F において ST 上昇を認 めたため,ST 上昇型の急性心筋梗塞の診断で されました。今回は右冠動脈を責任病変とする ST 上昇型心筋梗塞(STEMI)を発症し,PCI を施行されるも十分な再還流が得られないまま 手技は終了となりました。以後,薬物療法が継 続されましたが,第 10 病日に持続性単型性心 室頻拍を発症し,当院へ転院となりました。 緊急 PCI を施行された。右冠動脈の #2 に血 栓閉塞を認め,TIMI 0 で PCI を終了。 第 10 病日に持続性単型性心室頻拍を発症 し,当院へ転院となった。 既 往歴:糖尿病,高血圧,脂質異常症 心室頻拍を合併した STEMI 再発例に対する 治療が,今回のカンファレンスのテーマです。 introduction 症 例 佐藤俊明(さとう としあき) 慶應義塾大学医学部 循環器内科 講師 1992 年 慶應義塾大学卒業,内科学教室 勤務。1996 年 慶応義塾大学医学部 呼吸循環器内科 勤務,1999 年 東 京歯科大学市川総合病院 循環器科 勤務,2001 年 Indiana University, 2003 年 University of California San Francisco 留学,2004 年 慶応義 塾大学医学部 循環器内科 特別研究助手,2008 年 同 講師。 司 会 監 修 参 加 者 第8回 心室頻拍を合併した, STEMI再発例に対する治療 〔専門医〕 〔学生〕 〔受持医〕 〔研修医〕 〔指導医〕 脚注:1 経皮的冠動脈インターベンション,2 左前下行枝,3 冠動脈造影検査,4 TIMI 分類:Thrombolysisi in Myocardial Infarction Trial 分類 はじめに :47 歳男性,心筋梗塞後心室頻拍を罹 患した患者さんです。現病歴の提示か らお願いします。 遠山:症例は 47 歳男性,主訴は眼前 暗黒感です。7 年前に急性心筋梗塞を 発症し,近医で緊急 PCI 1 を施行しています。 その際,#15 に対してドライバーステントを 留置しています。その後は近医に通院してお りました。6 年前に不安定狭心症により入院, LAD 2 #7 に対してステントを留置しています。 5 年前に施行されたフォローアップの CAG 3 では再狭窄を認めず,近医において経過観察と なっています。冠動脈疾患のリスクファクター としては,糖尿病と高血圧,脂質異常症があり ます。 :近医かかりつけであり,詳細な情報 がわからないところはあると思います が,何かご不明な点,質問はありますか? 狭 心症発作の詳細は? 遠山:以前も胸痛はあったということ はおっしゃっていましたが,7年前, 6 年前に関しては具体的にはどういった性状の ものなのか,詳細はわかりません。それ以降 1 ヵ 月前まで胸痛は自覚されていませんでした。X 月 Y 日午前 5 時ごろに突然,胸背部痛を自覚 され,午前 7 時に近医の救急外来を受診され ました。心電図上,Ⅱ,Ⅲ,aV F において ST 上昇を認めたため,ST 上昇型の急性心筋梗塞 の診断で緊急 PCI を施行されました。右冠動 脈の #2 に血栓閉塞を認め,結局 TIMI 4 0で PCI を終了しております。その際のピークの CK が 4753 IU/l,CKMB が 504 IU/l でした。 心電図診断 :入院時の心電図(図1)を見せても らえますか? 学生さんに聞いてみま しょうか。まずは調律はどうですか? 洞調律 ですか,それとも何か不整脈がありますか? 学 生 1:P 波 と QRS が 1:1 に 対 応 していて,RR 間隔も整なので洞調律 だと思います。 :調律は洞調律。心拍数は 76/ 分。P 波から PQ 間隔,QRS,ST と見てい きますが,まず ST だけ見てもらうと,どうで しょうか? 学生 1:ⅡとⅢ,aV F で ST は上がっ てて…aV L で ST 下降が…V 2 ,V 3 も下 降しています。 :Ⅰ,aV L ,V 2 ,V 3 で ST が低下している。 研修医の先生,心電図診断としてはど 図1 近医入院時の体 表面 12 誘導心電図:Ⅱ,Ⅲ, aV F 誘導で ST が上昇。Ⅰ,aV L V 2 誘 導 で ST は 低 下 し,STEMI と 診断しました。 V 1 V 2 V 3 V 4 V 5 V 6 aVR aVL aVF

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118 レジデント 2012/4 Vol.5 No.4

第 8 回 心室頻拍を合併した,STEMI 再発例に対する治療

レジデント 2012/4 Vol.5 No.4 119

福田恵一(ふくだ けいいち)慶應義塾大学医学部 循環器内科 教授1983 年 慶應義塾大学医学部卒業。1990 年 慶應義塾大学医学部 助手,1991 年 国立がんセンター研究

所 細胞増殖因子研究部 留学,1992 年 ハーバード大学ベスイスラエル病院 留学,1995 年 慶應義塾大学医学部 助手,1999 年 同 講師,2005 年 同 再生医学 教授を経て,2010 年より現職。

本連載では,慶應義塾大学病院循環器内科で実際に行われたカンファレンスのなかで面白い症例,興味深い症例を紹介していきます。実際の議論の様子をそのままお伝えしていきます。その臨場感を感じながら,楽しく,かつ勉強になるコーナーにしていきたいと考えています。

 今回の症例は 47 歳男性,心筋梗塞

後心室頻拍を合併した患者さんです。

冠動脈疾患のリスクファクターとしては,糖尿

病と高血圧,脂質異常症があります。7 年前か

ら繰り返し急性冠症候群に罹患し,これまで

に計 3 回の経皮的冠動脈形成術(PCI)を施行

症例:47 歳・男性

主訴:眼前暗黒感

現病歴:

 7 年前に急性心筋梗塞を発症し,近医で緊急

PCI を施行。その際,#15 に対してドライバー

ステント留置。その後は近医に通院していた。

6 年前に不安定狭心症により入院,LAD#7 に

対してステントを留置した。5 年前に施行さ

れたフォローアップの CAG では再狭窄を認め

ず,近医において経過観察となっていた。

 1 ヵ月前までは胸痛を自覚していなかった

が,X 月 Y 日の午前 5 時ごろに突然胸背部痛

を自覚し,午前 7 時に近医の救急外来を受診。

心電図上,Ⅱ,Ⅲ,aVF において ST 上昇を認

めたため,ST 上昇型の急性心筋梗塞の診断で

されました。今回は右冠動脈を責任病変とする

ST 上昇型心筋梗塞(STEMI)を発症し,PCI

を施行されるも十分な再還流が得られないまま

手技は終了となりました。以後,薬物療法が継

続されましたが,第 10 病日に持続性単型性心

室頻拍を発症し,当院へ転院となりました。

緊急 PCI を施行された。右冠動脈の #2 に血

栓閉塞を認め,TIMI 0 で PCI を終了。

 第 10 病日に持続性単型性心室頻拍を発症

し,当院へ転院となった。

既往歴:糖尿病,高血圧,脂質異常症

 心室頻拍を合併した STEMI 再発例に対する

治療が,今回のカンファレンスのテーマです。

introduction

症 例

佐藤俊明(さとう としあき)慶應義塾大学医学部 循環器内科 講師1992 年 慶應義塾大学卒業,内科学教室 勤務。1996 年 慶応義塾大学医学部 呼吸循環器内科 勤務,1999 年 東

京歯科大学市川総合病院 循環器科 勤務,2001 年 Indiana University,2003 年 University of California San Francisco 留学,2004 年 慶応義塾大学医学部 循環器内科 特別研究助手,2008 年 同 講師。

司 会

監 修

参 加 者第 8 回

心室頻拍を合併した,STEMI再発例に対する治療 〔専門医〕

〔学生〕

〔受持医〕

〔研修医〕

〔指導医〕

脚注:1 経皮的冠動脈インターベンション,2 左前下行枝,3 冠動脈造影検査,4 TIMI 分類:Thrombolysisi in Myocardial Infarction Trial 分類

はじめに

:47 歳男性,心筋梗塞後心室頻拍を罹

患した患者さんです。現病歴の提示か

らお願いします。

受 遠山:症例は 47 歳男性,主訴は眼前

暗黒感です。7 年前に急性心筋梗塞を

発症し,近医で緊急 PCI1 を施行しています。

その際,#15 に対してドライバーステントを

留置しています。その後は近医に通院してお

りました。6 年前に不安定狭心症により入院,

LAD2#7 に対してステントを留置しています。

5 年前に施行されたフォローアップの CAG3

では再狭窄を認めず,近医において経過観察と

なっています。冠動脈疾患のリスクファクター

としては,糖尿病と高血圧,脂質異常症があり

ます。

:近医かかりつけであり,詳細な情報

がわからないところはあると思います

が,何かご不明な点,質問はありますか? 狭

心症発作の詳細は?

受 遠山:以前も胸痛はあったということ

はおっしゃっていましたが,7 年前,

6 年前に関しては具体的にはどういった性状の

ものなのか,詳細はわかりません。それ以降1ヵ

月前まで胸痛は自覚されていませんでした。X

月 Y 日午前 5 時ごろに突然,胸背部痛を自覚

され,午前 7 時に近医の救急外来を受診され

ました。心電図上,Ⅱ,Ⅲ,aVF において ST

上昇を認めたため,ST 上昇型の急性心筋梗塞

の診断で緊急 PCI を施行されました。右冠動

脈の #2 に血栓閉塞を認め,結局 TIMI4 0 で

PCI を終了しております。その際のピークの

CK が 4753 IU/l,CKMB が 504 IU/l でした。

心電図診断

:入院時の心電図(図 1)を見せても

らえますか? 学生さんに聞いてみま

しょうか。まずは調律はどうですか? 洞調律

ですか,それとも何か不整脈がありますか?

学 学生 1:P 波と QRS が 1:1 に対応

していて,RR 間隔も整なので洞調律

だと思います。

:調律は洞調律。心拍数は 76/ 分。P

波から PQ 間隔,QRS,ST と見てい

きますが,まず ST だけ見てもらうと,どうで

しょうか?

学 学生 1:ⅡとⅢ,aVF で ST は上がっ

てて…aVL で ST 下降が…V2,V3 も下

降しています。

:Ⅰ,aVL,V2,V3 で ST が低下している。

研修医の先生,心電図診断としてはど

図 1 近医入院時の体

表面12誘導心電図:

Ⅱ,Ⅲ,

aVF 誘導で ST が上昇。Ⅰ,aVL,

V2 誘導で ST は低下し,STEMI と

診断しました。

V1

V2

V3

V4

V5

V6

aVR

aVL

aVF